木堂と剣
1・7(夕)
そんな名剣も貧乏神だけは何うにも出来ないものと見えて、犬養氏は最近和田維四郎氏の取持で、所蔵の刀剣全部を根こそぎ久原家へ売渡す事に定めた。それと聞いた犬養夫人が眼頭に涙を一杯溜めて、
「三十年もかゝつて漸と溜めたんですもの、私には子供のやうにしか思へません。せめて一本でも残して置きたいもんですね。」
と言ふと、犬養氏は狼のやうな頭を厳く掉つた。
「私が一本でも残してみなさい。世間の人達は、犬養め一番好いのだけ一本引つこ抜いて置いた。狡い奴だと噂をするだらうて。」
と、てんで相手にしなかつた。
刀剣はその儘引つ括めて久原家の土蔵に持込まれたが、流石に三十年の間朝夕手馴れたものだけに、犬養氏も時々は思ひ出してついほろりとする。国民党の脱会者だつたら、思ひ出す度に、持前の唐辛のやうな皮肉を浴びせ掛けるのだが、相手が刀剣であつてはさうも出来ない。
それ以来犬養氏は、刀剣が恋しくなると、手近の押形を取り出してそれを見る事に極めてゐる。
「で、かうして毎日のやうに押形を取出してる始末なんだ。そこでこの頃は画剣斎と名乗つてゐるんだが、もしかこの押形まで手離さなくつちやならない時が来たら、その折はまあ夢剣庵とでも名乗るかな。」
と、葱のやうに寒い歯齦を出して笑つてゐる。画剣斎も、夢剣庵もまんざら悪くは無いが、もつと善いのは寧そ剣の事なぞ忘れてしまふのだ。そして剣の代りに生きた人間を可愛がる事を心掛けるのだ。
山葵
1・8(夕)
岡野氏はその前房州へ往つた折、うまい松魚を食はされたが、生憎山葵が無くて困つた事を思ひ出して、出がけに出入の八百屋から山葵をしこたま取寄せる事を忘れなかつた。
「那地へ着いたら松魚のうまいのを鱈腹食はせるぞ。」
岡野氏は山葵の風呂敷包を叩き/\かう言つて自慢さうに笑つたものだ。
その日勝浦に着くが早いか、亭主を呼び出して直ぐ、
「松魚を。」
と言つたが、亭主は閾際にかいつくばつて、
「折角ですが、もう一週間ばかしも不漁続きだもんで。」
と胡麻塩頭を掻いた。
岡野氏等は房州のやうな天国に松魚の捕れない法はない筈だと、ぶつ/\呟きながら次の天津をさして発つた。だが、悪い時には悪いもので、海は華族学校の先生達に当てつけたやうに、松魚といつては一尾も網に上せなかつた。
「去年山村耕花がやつて来た時にも鯔ばかし喰はされたと聞いたつけが……」
岡野氏等はこんな事を話し合ひながら、馬鈴薯の煮たの許し頬張つた。言ふ迄もなく馬鈴薯は畑に出来るものなのだ。
岡野氏は馬鈴薯で一杯になつた腹を抱へて、
「だが、山葵を何うしたもんだらうて。」
と皆の顔を見た。すると、一行の誰かが先年農科大学の池野成一郎博士が欧洲へ往く時、アルプス登山は草鞋に限るといつて、五十足ばかり用意して往つたが、草鞋は一向役に立たず、色々持て余した末、諸方の博物館へ日本の履だといつて一足づつ寄贈した事を話した。そして岡野氏の山葵もその儘宿屋に寄附したらよからうと附足した。
お蔭で天津の宿屋の裏畑には近頃山葵が芽を出しかけてゐる。結構な事だが、房州のやうな画家の天国には、少し辛過ぎるかも知れない。
真野博士
1・9(夕)
「馬鹿な運転手めが……」
と首を縊められたやうな声をして我鳴つたが、運転手の方でも負けぬ気になつて、
「禿頭の間抜め!」
と怒鳴り立てた。禿頭といふのは真野博士が色々の智識を蔵めてゐる頭の事で、林伯や児玉伯や馬鈴薯男爵などの頭と同じやうにてかてか光つてゐる。
それ以後真野博士は電車は怖いものに定めてしまつて、どんな事があつても電車にだけは乗らうとしない。
その真野博士が去年の夏、樺太へ往つた事があつた。知合の男に二頭立の馬車を周旋して呉れるものがあつたので、博士は大喜びでその馬車に乗つた。だが、電車の運転手に発見られた禿頭だけは樺太人に見せまいとして、大型の絹帽をすぽりと耳まで冠る事を忘れなかつた。
博士が乗つた馬車の馬は、二頭とも馬車馬としては何の訓練もない素人の、加之に気むづかしや揃ひと来てゐるので、物の二町も走つて、町の四つ角に来たと思ふと、一頭は右へ、一頭は左へ折れようとして喧嘩を始めた。万事に公平な真野博士は、孰方の馬にも味方をし兼ねて、
「お、お、お……」
と蒼くなつて狼狽へてゐる。
馬車馬の喧嘩は樺太でも珍らしい事なので、さうかうする間に其辺は見物人で一杯になつた。どちらを見ても知らぬ顔なので、博士は急に東京の宅が恋しくなつて泣き出しさうな顔を歪めてゐた。気短な馬はとうと噛合を始めた。その拍子に馬車が大揺れに揺れたと思ふと、大型な絹帽がころ/\と博士の肩を滑り落ちた。無慈悲な見物人は滑つこい博士の頭を見て声を立てて笑つた。
それ以来、博士は二度ともう馬車に乗らうと言はない。電車、馬車――敬愛すべき博士の交通機関の範囲は段々狭くなつて来るやうだ。
画の催促
1・10(夕)
さういふ向は、色々手を代へ品を更へて時機さへあれば絵の催促をするのを忘れない。到来物の粕漬を送つたり、掘立の山の芋を寄こしたりして、その度に一寸絵の事をも書き添へておくが、画家などいふものは忘れつぽいものと見えて、粕漬や山の芋を食べる時には、つい思ひ出しもするが、箸を下に置いてしまふと、今の好物も誰が送つて来たものか、すつかり忘れてゐる。
画家の胃の腑が当てにならない事を知つた依頼者は、近頃では妙な事を考へ出した。それは画の催促に出掛ける折、妙齢の娘を一人連れ立つて往くといふ事だ。
「先生、画をお頼みしてから、もう十年になります。実は此娘が嫁入の引出物にといふ積りで、夙くからお願ひ致しましたのですが、娘も御覧の通りの妙齢になりました。就いてはこの暮にでも結婚させたいと思ひますが、何卒そこの所をお掬み下すつて……」
かう言つて勿体らしく頭を下げる。
どんな画家でも、自分が物忘れをしてゐる間に、稚児輪が高島田になつたと聞くと、流石に一寸変な気持もする。とりわけ襖越しにそれを聞いてゐる女房は、つい身に詰まされてほろりとする。女房の口添は粕漬や山の芋と違つて、画家の忘れ物を直ぐ思ひ出させる効果がある。
「まあ、お気の毒どすえなあ。宅で忘れとる間に、あんな大きうおなりやしたのやさうどす。描いてお上げやすいな、早く。」
「さうだつてなあ、大急ぎで一つ描くかな。」
といふやうな訳で、絵は苦もなく出来上る。
その絵を引出物に、娘もめでたく輿入を済ませたらうと思つてゐると、つい鼻の先の新画展覧会に、その絵が大層もない値段で売物に出てゐるのが少くない。なに、絵が無くとも娘は結婚出来る世の中だ。結婚は済まさなくとも、児を生む事の出来る世の中だ。
それを知つた栖鳳などは、近頃は娘を連れて来ても一向相手にならない。そして絵の具は高いが、箪笥は廉いさうだから、結婚するなら今の間だと教へる。親といふものは、娘の結婚を「妙齢」よりも、箪笥の値段で定めるものだといふ事をよく知つてゐるから。
金ぴか革
1・11(夕)
植民地には人間の贋物が多いやうに、骨董物にもいかさまな物が少くない。そんな間を掻き捜すやうにして馬越氏は二つ三つの掘出し物をした。
「これでまあ大連まで来ただけの効はあつたといふもんだ。それに値段が廉いや、矢張目が利くと損はしないよ。」
馬越氏は皺くちやな掌の甲で、その大事な眼を摩つて悦んだ。そして骨董屋の店前を出ようとして思はず立ち停つた。
それは他でもない、薄暗い店の隅つこに、金ぴかの板のやうな物が目についたからだ。馬越氏はまた入つて来て亭主を呼んだ。
「一寸あの金ぴかを見せて呉れ。何だねあれは。」
「へへへ……とうとお目に留まりましたかな、今御覧に入れます。」と亭主は立つて往つてその金ぴかを取り出して来た。「何だか手前共にも一向見当がつかないんで御座いますが。」
見ると、羊の革を幾枚か貼重ねて、裏一面に惜気もなく金箔を押したものなのだ。
馬越氏の頭は、それが何であるかを考へる前に、直ぐその利用法を工夫し出した。一体茶人といふものは(馬越氏は自分で茶人だと思つてゐる)大黒様の頭巾を拾つても、それを神様に返さうとはしないで、直ぐ茶巾に仕立直したがるもので、馬越氏もその例に洩れず、この金ぴかな革を茶室一杯に敷いて茶でも立てたらなあと思つた。
「朝吹や益田めが嘸胆を潰すだらうて。」
馬越氏はそんな事を考へて、とうとその金ぴかな革をも買ひ取つた。
それを見たある物識の男が、
「それは喇嘛僧が使つてる威儀の物ぢやないか、こんな物の上に坐つたら、主人もお客も一緒に罰が当らうて。」
と言つて嚇すと、馬越氏はけろりとした顔で、
「喇嘛僧といふのは、何国のお方だね。」
と問ひ返したといふ事だ。
喇嘛僧はどこのお方でもよい。罰が当つたら、その罰をも薄茶に溶いて飲んでしまふがよい。茶人は借金の証文をさへ、茶室の小掛物にする事を知つてゐる筈だから。
成金気質**
1・12(夕)
東京の成金は、資金が出来ると、誰に勧められたともなく、直ぐ茶器を集めにかゝる。そして文琳の茶入とか
古の黒茶碗とかに大金を投げ出して、それを手に入れる。出入の骨董屋が焼鳥のやうに滑つこい頭を前へ突出して、
「檀那、どうも素敵な物がお手に入りましたな。ところで文琳と
古とかう揃へてみますと、是非一つ一休の一行物が無くつちやなりませんな。」「俺もさう思つてたんだよ。金は幾らでも出すから、一つ捜し出して貰ひたいもんだな。」と成金は顔を顰めて薄茶を一服ぐつと煽飲りながら「あの人の書いた君が代の歌つて無いもんか知ら。」
「さあ、無い事も御座いますまいて。」
と骨董屋は物の五日も経たないうちに、一休禅師の書いた君が代の歌を担ぎ込んで来る。
かういふ訳で、東京の成金といへば、茶人と言はれるのが何よりの自慢で、誰も彼もが流行のやうに大金を投じては、いか様な茶器を集めてゐるが、大阪の成金には、そんな道楽は薬にしたくも無い。
大阪の成金は咽喉の渇いた折には、番茶を飲む事を知つてゐる。文琳や
古を買ふ金があつたら、地所や株券を買ふ事を知つてゐる。偶には茶入や黒茶碗を購はないとも限らないが、それは自分で薄茶を啜らうためではなくて、物好きな東京の成金に売りつけようとするからだ。唯もうせつせと自分の仕事に精を出す。そして咽喉が渇いたら、有合せの安茶碗で番茶をぐつと煽飲る。これが上方成金の心意気である。
往時直江山城守は坊さんの承兌に贈つた手紙に、
「其の兵器を鳩集する所以のものは、恰も上国孱士の茶香古器を玩ぶが如し。東陲の武夫皆弓槍刀銃を嗜まざるなし、これ地理風質の異るに依るのみ。」
と言つて東国人が茶器を玩ばないのを、大層もなく吹聴したものだ。
山城め、江戸成金の茶道楽を聴いたら、銀行の監査役のやうに鼻を顰めてぶつ/\呟くだらうて。
丸髷嫌い
1・13(夕)
浅子女子は[#「浅子女子は」はママ]洋服が好きだ。生れ落ちる時洋服を着てゐなかつたのが残念に思はれる程洋服が好きだ。だが、それ程まで洋服が好きなのは、深い理由のある事なので、その理由を聞いたなら、どんな人でも成程と合点をせずには置かない。
理由といふのは他でもない。洋服は西洋人の被る着物だからだ。浅子夫人の解釈によると、西洋人の仕てゐる事には、何一つ間違つた事はない。偶に時計が九時で留つてゐるとか、愛国婦人会の幹事の鼻がぺたんこであるとかすると、女史は直ぐ苦り切つた顔をして、
「西洋にはそんな事は無い。」
と噛みつくやうにいふ。
九代目団十郎が、まだ河原崎権十郎といつた頃、ある和蘭医者のうちで珈琲茶椀を見て、不思議さうに弄くり廻してゐたが、暫くすると無気味さうにそつと下へ置いて、
「これがあの切支丹なんで御座いますか。」
と訊いたといふ事だ。つまり団十郎には、自分の知らない世界は切支丹であつたのだ。
浅子夫人の「西洋」もそれに一寸似てゐる。一口に西洋といつても色々国がある事だし、夫人の指すのは何の国なのだらうかと、それとなく聞いたものがあつた。すると夫人は穴の明く程相手の顔を見つめて、
「西洋を知らない。ほんとに汝さんのやうな鈍間なんざ、一人だつてありはしないよ、西洋には。」
と言つて、その西洋の女のやうに、肩を揺つて笑つたといふ事だ。
浅子夫人はまた島田や丸髷の日本髪が嫌ひだ。婦人会などで、若い大人達の丸髷姿が目に入ると急に気難しくなつて、
「夫人、あなたの頭に載つかつてゐるのは何ですね。」
とづけ/\嫌味を浴びせかけるので、気の弱い夫人達は、蝸牛のやうに結ひ立の丸髷を襟のなかに引つ込めてしまひたくなる。
オスカア・ワイルドだつたか、亜米利加の女は死んで天国へ往く代りに、巴里に生れ変りたいと思つてると言つたが、浅子夫人だつたら、そんな時に屹度西洋に生れ変りたいと言ふだらう。それが出来なかつたら、辛棒して芸術座の舞台にでも生れ変る事だ。那処には島田も丸髷もない代りに安価な「西洋」が幕ごとに転がつてゐる。
横山大観
1・14(夕)
一体芸術家といふものは、美しい山と美しい女とがあるとさへ言つたら、監獄のなかへでものこ/\蹤いて来るものなので、この二人の画家がそれがために伯耆くんだりまで往つたところで、少しも咎める事はない。
往つてみると、伯耆にも色々山はあつたが、二人が平素描き馴れてゐるやうな珍らしい山は一つも無かつた、二人は落胆して今一つの方へ出掛けた。
仕合せと女には美しいのが三四人居た。二人はそれを相手に酒を飲んだ。わけて大観は上機嫌で立続けに盃を傾けてゐたが、座にゐる女達は何うしたものか米華の方にばかし集まつて大観の前には酒徳利しか並んでゐなかつた。徳利はどれを振つてみても悲しさうな声を出して泣いた。
山にも失望し、女にも失望した大観は、翌る朝夙く宿を発つて山越に、作州の方へ出た。そして四十四曲りの峠まで来ると、態と峠へ立つて小便をした。(甚だ汚い話で恐縮するが、小便をしたのは大観氏で、茶話記者でない事だけは覚えて置いて貰ひたい。)
「この水、伯耆の方へ流れたら伯耆人が後悔する。もしか作州の方へ落ちたら大観が後悔する。」
大観はかう言つて占つた。
そのむかし仏蘭西のルツソオは漂泊の旅に上つて、ある疑ひが心に起きた時、孰方に定めたものかと石を投げて占つたといふが、大観はルツソオと同じ気持で、じつと水の行方を見た。水は寺内首相のやうに公平で、作州へも落ちず伯耆へも流れず、その儘土に沁み込んでしまつた。
大観は宇宙の謎を解きかねた哲学者のやうな顔をして作州の町へ下りて来た。
「突然」
1・16(夕)
「どうも、寺内首相が是非にと言はれるので、断り切れないでね、――いや突然だつたよ、全く突然でね。」
といつて、にや/\笑つた。
その日の夕刊が配達されると、木挽町の蔵相官邸の門衛は、恰どそこへ来合はせてゐた自分の話し相手に頓着なくいきなり夕刊を開けて、蔵相親任の条を読下した。そして、
「……いや突然だつたよ、全く突然でね。」
といふ挨拶を読むと、「ふふん」と鼻の上に皺を寄せて笑つたが、直ぐ気が付いたやうに、其処に手持不沙汰で坐つてゐる男をちらと窃み見をして、今度はまた口許でにやつと笑つた。
実をいふと、勝田氏が朝鮮銀行の総裁から、寺内内閣の次官として帰つた時から、氏はずつと木挽町八丁目の大蔵大臣官邸に神輿を据ゑつ切りであつた。で、門衛にしても、その当時から朝夕の送り迎へに大臣としての待遇をすれば、勝田氏にしても矢張り黙つて大臣としての待遇を受けてゐたのだ。
「何が突然なもんか、ちつとも突然な事なんかありやしない。」
門衛はかうでも言ひたさうな顔をしてにや/\笑つてゐる。
門衛の解釈によると、門衛の送り迎へを受けるのは、「大臣」で無くては出来ない事で、もしか勝田氏が文字通りに従来次官の積りで居たのだつたら、門衛の送り迎へに対して、何とか挨拶が無くてはなるまいと言ふのらしい。
勝田氏の為に説明すると、挨拶といふのは、一寸顔を見て会釈をするとか、敷島一袋を掌面に載つけてやる事だ。
結婚*
1・17(夕)
かういふと、そんぢよ其辺の洋食屋は
になつて憤りだすかも知れないが、実際の事だから仕方が無い。尤も長田氏の阿母さんは、そんな身体だから滅多に洋食なぞ食べない。従来義理に逼られて三度ばかし肉叉を手にとつた事があるが、三度が三度とも赤痢になつた。第一回は麹町の富士見軒、第二回は上野の精養軒、第三回は日本橋の東洋軒で食べたのだが、その後では何時でも極つたやうに病気になつた。
「異人の食べるお料理は、どうも性に合はないもんと見える。」
長田氏の阿母さんは、こんな考へで、今では洋食屋の前を通る時は、袖で鼻を押へて小走りにあたふた駈けぬける事にしてゐる。
ところが、この頃長男の秀雄氏の結婚談が持上つてゐるので、阿母さんはその披露の宴会を何処にしたものかと、今から頭痛に病んでゐる。
「花月……松本楼……伊勢虎……魚十……何処に定めたもんかな」と阿母さんは知つてる限りの料理屋を記憶から喚び出して、見積りを立ててみるが、時間と酒量の制限からいふと、矢張西洋料理屋を選ぶに越した事はなかつた。
「やつぱり洋食屋にするかな。」
と思ふと、阿母さんはもう下つ腹がちくちく疼み出して来る。
阿母さんに教へる。時間も費用も掛らねば、お腹も疼まず、加之に息子さんの秀雄氏も喜ぶといふ妙法が一つある。――それは日本料理屋でも、洋食屋でもない。当分結婚を延ばすといふ事だ。
三宅博士
1・19(夕)
先日も大学で教授会が開かれた。その折、医院長の三宅速博士が起つて一頻り何か喋舌つた。その言葉の端が大西氏の焦立つた神経に触つたものか、博士のお喋舌が済むか済まないうちに、大西氏はいきなり焼火箸のやうな真赤な言葉を投げつけた。
「禿茶瓶、要らぬおせつかいをするない。」
それを聞くと、三宅博士は行き詰つたやうに黙つて大西氏の席を見た。そして検見でもするやうに自分の頭を頸窩から前額へかけてつるりと撫で下してみた。成程大西氏の言ふ通り禿茶瓶には相違なかつた。
お人好しの博士は初めて自分の禿頭に気が注いたやうに一寸変な顔をしたが、直ぐ例の静かな表情にかへつて、
「なんぼ禿茶瓶かて、言はんならん事は言ふわい。」と云つてその儘席に着いた。居合した人達は一度に吹き出して了つた。疳癪持の大西氏も毒気をぬかれて一緒になつて笑ひ出した。
「なんぼ禿茶瓶かて、言はんならん事は言ふわい。」
大きにさうで、流石は三宅博士、言ふ事が真理に適つてゐる。頭の禿げてるのは、余り気持の好いものでもないが、さうかと言つて、言はねばならぬ事まで遠慮するには及ばない。世間には禿頭も多い事だから、呉々も言つて置くが、決して遠慮には及ばない。唯心掛けたいのは、物を言ふ場合に、成るべく禿頭に湯気を立てない事だ。
飲酒家
1・20(夕)
尤も亡くなつた上田敏博士などは、酒が肉体によくないのは判つてゐる。だが、素敵に精神の助けになるのは争はれない。自分は肉体と精神と孰方を愛するかといへば、言ふ迄もなく精神を愛するから酒は止められないと口癖のやうに言つてゐた。
その禁酒論者の片山博士の子息に、医学士の国幸氏がある。阿父さんとは打つて変つた酒飲みで、酒さへあれば、天国などは質に入れても可いといふ性で毎日浴びる程酒を飲んでは太平楽を言つてゐた。
阿父さんの博士もこれには閉口したらしかつたが、それでも、
「俺は俺、忰は忰さ。忰が一人酒を飲んだところで、俺が禁酒会員を二人拵へたら填合せはつく筈だ。」
と絶念をつけて、せつせと禁酒の伝道を怠らなかつた。
ところがその国幸医学士がこの頃になつてばつたり酒を止めて一向盃を手に取らうとしない。飲み友達が何うしたのだと訊くと、宣教師のやうな青い顔をして、
「第一酒は身体によくないからね。それから……」
と何だか言ひ渋るのを、
「それから……何うしたんだね。」
と畳みかけると医学士は軒の鳩ぽつぽや「世間」に立聞きされない様に急に声を低めて、
「あゝして親爺が禁酒論者なのに、忰の僕が飲んだくれぢや世間体が悪いからね。」
と甚く悄気てゐたさうだ。
禁酒論者へ報告する。まんざら捨てたものではない。酒飲みからも、国幸医学士のやうなかうした孝行者も出る世の中だ。
老女史
1・23(夕)
だが、そんな身装をしてゐる癖に、女史は五六年このかた小使銭といふものを持つた事が無い。小使銭はお附の三輪田女学校出身の女中が一切預つて、女史の後からてくてく蹤いて歩いてゐる。
女史は毎週、土曜日の午後、定つたやうに鎌倉の別荘へ出掛けるが、そんな折にも鐚銭一つ持合さないのが何よりの自慢らしい。
「でも汽車賃にお困りでせう。」
といふと女史は流行の四季袋の中から汽車の回数券を取り出して相手の鼻の先で見せびらかす。(四季袋のなかにはポケツト論語と毛染薬と塩煎餅とが一緒くたになつてゐる。)
「これさへ持つてゐると、いつでも汽車に乗れますでな。」
この回数券制度は子息の三輪田元道氏の思ひ附らしく元道氏は老人のある家庭へ往くと、
「御老人にお小使はお止しなさい。小児と老人は兎角無駄費をしたがるもんですから。」
と言ひ言ひしてゐる。
流石は教育家で、善いところへ気が附いたものだ。お小使さへ持合はせてゐなかつたら、どんな婦人会へでも出掛けて往つて、大びらで慈善箱の前に立つ事が出来る。
「私はお小使は持たない主義だから。」
と言つて……。
慈善箱の前に懐手の儘で立つ事の出来るものは、余程の勇者である。
禿頭首相
1・29(夕)
剪刀の刃音が頭の天辺で小鳥のやうに囀つてゐるのを聞きながら、うと/\としてゐると、突如に窓の隙間から号外が一つ投げ込まれた。理髪床の主人は、一寸剪刀の手を止めて、それに目を落したらしかつたが、
「とうと解散か、下らん事をしよるな。」
と言つて、またちやき/\剪刀を鳴らし出した。
床屋の主人は政治談の好きな、金が溜つたら郷土へ帰つて、県会議員になるのを、唯一の希望に生きてゐる男だ。私は訊いてみた。
「政党は何方が好きだね、汝は。政友会か、憲政会か、それとも国民党かな。」
床屋の主人は揉上の辺で二三度剃刀を鳴らしてゐたが、
「別に好き嫌ひはおまへんな、政党には。でも寺内はんだけは嫌ひだんね。」
ときつぱりと言つた。
「何故寺内だけがそんなに嫌ひなんだ。」
「さうかて見なはれ、あの人禿頭やおまへんか、あんな人床屋には無関係だすよつてな。」と主人は雲脂取でごり/\私の頭を掻きながら「髪の毛があつたところで、あんな恰好の頭てんで刈り甲斐がおまへんわ。」
ナポレオンは色の白い掌面で女に好かれたといふ事だ。一国の首相にならうとするには、成るべく頭の禿げない方が好い。少くとも床屋の主人には喜ばれる。
独帝の癖
1・30(夕)
大分以前の話だが、独帝には伯母さんに当る英国の
クトリア女皇が崩くなられて、葬儀の日取が電報で独帝の許へ報されて来た事があつた。その折独帝は、六歳になる甥を相手に何か罪のない無駄話に耽つてゐた。独帝は侍従の手から電報を受取つたが、なかに何か気に入らぬ事でも書いてあつたものか、(独帝は英吉利と英吉利人とが大嫌ひである)直ぐいつもの癖を出して自分の耳朶をいやといふ程引張つた。
それを見て小ましやくれた甥は言つた。
「伯父ちやん、何だつてそんなに耳を引張るの。」
「うむ、一寸困つた事が出来たでの。」
「いつも困ると、伯父ちやんは耳引張るの。」
甥は不思議さうに訊いた。
「さうぢや/\。」独帝は、じつと電報の文字に見惚れながら答へた。
「そんなら、もつと/\困る事があつたら、伯父ちやん何うするの。」
「その時はな、」と独帝は電報を卓子の上に投げ出して、その手でいきなり甥の耳を撮むだ。「その時はかうして他人の耳を引張つてやるのぢや。」
講和問題で甚く弱り切つてゐる独帝は、今度は誰の耳を撮んだものかと、じろじろ四辺を見
してゐるに相違ない。「正義」の大商人ウヰルソン氏なぞ、よく気を注けないと、兎のやうな耳朶を拗れる程引張られるかも知れないて。米の用意
1・31(夕)
内田大使は途中で顔昵懇の男と色々世間話の末、
「今度熊本へ寄るのは表向き墓参といふ事になつてゐるが、実をいふとね、――」と露西亜へ聞えないやうに態と声を低めて「お米の仕入のためなんだよ。それから味噌も醤油もね……」
と言つて、夫人と顔を見合せてにやりと笑つた。
「お米といつて何の位お持ちになるんです。」
と相手の男が訊くと、大使は長い間お米を噛つて来た鼠のやうな白い歯をちらと見せた。
「それは米にしても味噌にしても露西亜にも無い事はないが、値段が高い上に、本場物はなか/\手に入らない。で、今度は飛切の上米を五俵ばかり手荷物に加へようといふ寸法なんだが……」
露西亜の昔譚に、ある農夫が死にかゝつた時、火酒を一壜と蝋燭を五丁棺のなかへ入れて呉れと遺言したのがある。理由を聞くと、
「天国ではお酒が高いに相違ない。蝋燭は以前お寺で聖母様の前にあつたのを盗んだから、返へさなくつちや。」
と言つたといふ事だ。
内田大使の任期は漸と一年か一年半で済む事だらうから、白米は五俵もあつたら十分だらう。味噌は黴さへ我慢したら何時までも食べられる。だが、靂西亜の農夫のやうに天国へでも旅立つ事があつたら、大使はお米を何俵位用意する積りだらうて。
喫煙家
2・1(夕)
汽車が次の停車場に着くと、肥つた男が一人乗込んで、カアネギイの向ひに腰を据ゑるなり、汚れた煙管を取り出してぱつと火を点けた。
それを見たカアネギイは注意した。「この客車では煙草は喫めませんよ。」
「宜しい、解つてます。」と肥つた男は言つた。「喫ひさしを一服やつて了へばそれで可いんでさ。」
かう言つて肥つた男は、一服喫ひ尽してしまふと、また安煙草を撮み出してすぱすぱ吹かし出した。
「もし貴君」とカアネギイは少し声を高くした。「私は御注意しましたね、この客車では煙草は喫めないつて。それにも頓着なくそんなにすぱすぱお行りになると、次の停車場で巡査にお引渡しするかも知れませんよ。私はかういふ者です。」と言つて、彼は自分の名刺を出して見せた。
肥つた男は、それを受取るなり、懐中にしまひ込んだ。そして相変らずすぱすぱ煙を吹かしてゐた。
でも次の停車場へ来ると、肥つた男は煙管を啣へた儘碌に挨拶もせず他の客車へ移つて往つた。カアネギイは巡査を喚んで一部始終を話し、不都合な今の男の名前だけでも可い、知らせて欲しいと頼んだ。
「どうも怪しからん話で。」
と巡査は、その男の入つた客車の方へあたふた駈けて往つたが、暫くすると、甚く恐縮した顔をして帰つて来た。そして二度三度、カアネギイの前でお辞儀をした。
「いやはや、何と申上げたものか、実はその方を取調べようとすると、俺はかういふ者だと言つてこの名刺を下さいました。御覧下さい、亜米利加の丸持長者アンドリウ・カアネギイさんですよ。」
流石のカアネギイも開いた口が塞がらなかつた。名刺は先刻自分が相手に渡した許りのものであつた。
煙草は厭なものだが、それでも煙草喫ひには金持の知らない好い智慧が出る事がある。
大隈侯より
2・2(夕)
「一寸待ちなさい。」
と呼びとめた。
照子は美顔術師に習ひ覚えた表情をたつぷり見せて立ち停つた。
「お前、大阪で厄介になつてゐる家が幾軒程あるな。」
照子は変な事を訊かれるものだと思つたが、直ぐ考へて返事をした。
「はい世話になつてゐる家と申しますと、七軒も御座いませうか。」
「七軒か、よしよし。」
と言つて侯爵は其処にゐた小間使を見て一寸頤をしやくつた。すると、小間使は急いで次の室に入つたと思ふと、手帛の箱を七つ持つてまた出て来た。侯爵はそれを照子の方へ押しやつて、
「これをその人達へ土産にしなさい。私に貰つたと言つて。」
照子がその手帛を命令通り方々へ配つたか、それともこつそり箪笥の中に蔵つてゐるかは私の知つた事ではないが、親切な大隈侯は先日養子の信常氏が九州へ往つた帰途にも、態々大阪へ寄途をしてまで照子を訪ねさせた。
信常氏はその時憲政会のある代議士と一緒だつたが、二人は照子のお世辞に好い気になつて、一ぱし画家や詩人の積りで画を描いたり賛をしたりした。二人はこんな事で若い寡婦を嬉しがらせる事なら、自分達の顔一杯楽書をしても苦しくないと思つた。
一頻り戯書が済むだ頃、信常氏は「さうだすつかり忘れてゐたつけ、親爺から委託り物があつたんだ。」
と言つて、鞄のなかから小さな包みを取り出して照子の前に置いた。それはイブセンの『ノラ』の飜訳であつた。
照子は『ノラ』の名前は聞いてゐたが、それは松井須磨子のお友達で、人形屋の女房で、借金で亭主と喧嘩をして家を飛び出した女だ位に覚えてゐるのに過ぎなかつた。だが、侯爵からの進物だといふので、この頃は何処へ出掛けるにもそれを四季袋の中へ入れるのを忘れない。
大隈侯の考へではノラのやうな女になれとでも言ふのらしいが、照子は寡婦の成金で、喧嘩をしようにも肝腎の亭主がない。そしてその上にも物足りない事は借金が無いといふ事だ。凡そ成金に取つて何よりも不満足なのは、借金の無いといふ事で、彼等はそれがあつたら、大喜びで七倍にして払ふ事を心掛けてゐる見得坊である。
悪戯
2・3(夕)
今の英国皇太子がまだ稚かつた頃、ある日その雑誌棚の前へ来て、多くの写真帖のなかから『各国民元首帖』といふのを引張り出してじつと見てゐた。
それには胸一杯ぴかぴかする勲章を下げてゐる人が多かつた。なかに唯一人質素なフロツクコートを着て、苦り切つた顔をしてゐる男があつた。皇太子はそれを見ると、後を振かへつた。後には父君のジヨオジ陛下が立つてゐられた。
「阿父様、これ誰方なの。」
「それは米国の大統領ルウズヴエルト氏だ。」
皇太子は可愛らしい指先でルウズヴエルト氏の鼻の上を押へた。気難しやの大統領は嚔をしさうな顔になつた。
「阿父様、この人怜悧者なの、それとも馬鹿?」
「さうだな。」とジヨオジ陛下はにこ/\笑つて「ルウズヴエルト氏はなか/\偉い方だよ。まあ天才とでも言ふ方だらうて。」
それから四五日経つて、ジヨオジ陛下が何か見たい事があつて、その『各国民元首帖』を開けてみると、ルウズヴエルト氏の写真だけ取り外されて見えない。
「訝しいな。」
と言ひ言ひ、何気なく側にあつた『現代人物帖』を取り上げてみると、その第一頁目に失くなつたルウズヴエルト氏の写真が挿んであつた。
陛下は皇太子を召された。
「この写真を移したのは汝さんかい。」
「私よ。」
「何か理由があつたのかい。」
「だつて阿父様先日お話しになつたぢやないの。」と皇太子は自慢さうに言つた。「ルウズヴエルトさんは天才だつて。だから私元首帖から引つこ抜いて人物帖の方へ入れたのよ。それが悪くつて。悪かつたら堪忍して頂戴……。」
高い塔
2・4(夕)
森田氏が美術学校の学生に口頭試験をやつた事がある。その時一人の学生の順番になつた。その学生は級のなかで画の上手として聞えてゐた男だつた。
森田氏は厳べらしい口をして訊いた。
「君はバビロンの塔を知つてますか。」
学生はそんな物はてんで頭にも置いてゐないらしく即座に返事をした。
「知りませんよ、バビロンの塔だなんて。」
「何かの本に無かつたですか。」
森田氏は自分の講義録にあつたのを思ひ出させようとして、態と「本」といふ語に力を入れて言つた。
「有つたかも知れませんが、覚えてゐません。」
学生はきつぱり答へた。
森田氏は少し狼狽気味になつた。
「誰かに聴いた事はありませんか、学校の講堂か何処かで。」
「ありませんな。」と学生は蒼蠅さうに言つた。「先生、私は画家ですが、バビロンの塔なんか知らなくても画は描けると思ひます。私はまた基督教信者ですが、そんな塔なぞ知らなくても天国へ往けると思ひます。」
森田氏は履刷毛で鼻先を撫下されたやうな顔をした。成程考へてみると、自分はバビロンの塔を知つてゐるが、それを知つてゐるからと言つて画は巧く描けさうにも思へない。それに迚も天国へまで往けさうにも思へなかつた。森田氏は試験はこの儘で止めようかとも思つたが、尋でに今一つ訊いてみた。
「だが、まあ考へてみたまへ、バビロンの塔だよ、塔といふからには……」
学生は漸と思ひ出したらしく、急ににこ/\して、
「いや解りました。塔といふからには高い建築物です。恰ど浅草の十二階のやうな……」
「さうだ/\、よく覚えてゐたね。」
二人は寒山と拾得のやうに声を合せて笑つた。
伍廷芳
2・6(夕)
伍廷芳は逢ふ人毎に、とりわけ婦人さへ見れば、支那人に持前のお愛嬌をふり撒いた。着飾つた婦人連は、九官鳥に挨拶されたやうな変な表情をして顔を見合はせた。
折柄そこへ来合はせたのは一人の紳士で、伍廷芳とは初めての対面だつた。紳士は無遠慮に言つた。
「伍廷芳さん、近頃お国には貴方がしておいでの、尻尾のやうな弁髪を廃めようつて運動が起きてるさうぢやありませんか、結構ですね。」と紳士は一寸弁髪の先に触つてみた。「それだのに何だつて貴方はこんな馬鹿げた物を下げてお居でになるんです。」
「さあ」と伍廷芳はじろりと相手の顔を見た。紳士は鼻の下にもじやもじやと口髭を伸ばしてゐた。「何だつて貴方はそんな馬鹿げた口髭なぞ生やしてお居でになります。」
「御挨拶ですね。」と紳士は苦笑した。「これには理由があるんです、私は口許が悪いもんですから、それで……」
「さうでせう。さうだらうと思つた。」と伍廷芳はにやりともせず畳みかけた。「貴方が仰有る事から察すると、何うも余りお口許が好い方では無いやうだから……」
泣面大使
2・7(夕)
「こんな事になるだらうとは思つてたが、一体何うしたら帰国出来るんだらう。」
と、べそを掻いたといふ事だ。
本国の独逸は今では天国よりも遠いところにある。実をいふと、ベルンストロフ伯の故郷は天国でも独逸でも無い、伯の生れ在所は霧の多い倫敦だが、生れ在所だからと言つて、今更倫敦へ往く事も出来まい。
そんなだつたら、寧そ女房の里に落付く事だ。一体女房の里といふものは、落人の隠れ場所にとつて恰好なものだ。ベルンストロフ伯夫人は人も知つてるやうに米国生れの女である。
米国で評判を取らうとすると、何を措いても米国生れの女を女房にするのを忘れてはならない。
「女房がお国に居たいと言つて泣きますから。」
と言つてみるがいい。米国人といふ米国人は、教会の神様を叩き出しても、ベルンストロフ伯夫婦を引留めずには置かない。(実際米国には神様など居なくともいいのだから。)
新渡戸稲造氏なども米国の婦人を夫人にしてゐるので、幾割か米国人に評判がよい。氏はまた米国製の時計を持つてゐて、客と談話をする間も婦人問題を考へる時もいつも側を離さない。
だが、米国製の時計だけは同国人の評判を気にして持つてる訳ではない。時計は夫人の実家で出来たもので、夫人の実家は米国で聞えた時計商である。
廂髪
2・9(夕)
先日もこんな事があつた。その日は博士は朝から少し機嫌を損じてゐて、何家かの若い夫人が診察室に入つて来た折は、恰で苦虫を噛み潰したやうな顔をしてゐた。
さうとも知らない若い夫人は、一寸嬌態をつくつて博士の前に立つた。博士は指先で充血した眼の上瞼を撮んで、酸漿のやうに引くり返さうとしたが、直ぐ鼻先に邪魔物が飛び出してゐて、どうも思ふやうにならない。
邪魔物といふのは他でもない、若い夫人の廂髪なのだ。夫人はその朝病院に往くのだと思つて、心持廂髪を大きく取つてゐた。(女といふものは、亭主を貶されても、髪さへ賞めて貰へばそれで満足してゐるものだ。それ程髪は女にとつて大事なのだ。)
博士は邪魔物の廂髪を頻りに気にして、やきもきしてゐたが、とうと持前の疳癪玉を爆けさせた。
「えゝ、この廂が邪魔になる。」
と言つて、手の甲でぽんと跳ね上げた。廂髪は白い額の上で風呂敷のやうに顫へた。
若い夫人は気を失はんばかりに吃驚した。夫人に取つては、自分の髪の代りに、亭主を蹴飛ばされた方が幾らか辛抱が仕善かつたかも知れないのだ。
でも、仕合せと眼病は癒つた。若い夫人は手土産を提げて博士の宅へ礼に往つた。博士は蒼蠅さうにお礼の口上を聴いてゐたが、
「私が癒したのぢやない、大学が癒したのだ。」
と言つて、手土産を押し返した儘ついと立つて見えなくなつた。博士は何処へ往つたのだらう。若い夫人は自分の廂髪に隠れたのでは無からうかと思つた。その日の髪はそれ程廂が大きく結つてあつた。
顔と頭
2・10(夕)

いてゐた。十二三のちんぴらな小僧が物蔭から飛び出してこの音楽家の前に立つた。
「旦那磨かせて戴きませうか。」
パデレウスキイは立停つて黙つて小僧を見おろした。小僧は手に履刷毛を提げてゐる。紛ふ方もない履磨きで、橙のやうに小さな顔は履墨で真黒に汚れてゐる。
音楽家は洋袴の隠しから、銀貨を一つ取り出して掌面の上に載せた。
「履は磨かなくともいゝ、お前の顔を洗つておいでよ。さうするとこの銀貨をあげるから。」
その折音楽家の履はかなり汚れてゐたが、彼はその晩直ぐに天国の階段を上るのでも無かつたし、米国の土を踏むのにはそれで十分だと思つてゐたのだ。
「はい/\。直ぐ洗つて来ますよ。」
と小僧はさう言ふなり、直ぐ洗面所へ駈けつけて、土塗れの玉葱でも洗ふやうに顔中を水に突込んで洗ひ出した。
小僧は洗ひ立の顔をしてパデレウスキイの前に帰つて来た。音楽家は「よし/\」と言つて銀貨を小僧の濡れた掌面に載つけてやつた。小僧は一寸それを頂いたが、直ぐまた音楽家の掌面にそれをかへした。
「旦那、銀貨はこの儘お前さんに上げるから、これで散髪をおしよ。」
パデレウスキイは驚いて額を撫でてみた。成程帽子の下から長い髪の毛が食み出してはゐるが、それは音楽家がベエトオベンの頭を真似た自慢の髪の毛だつた。
「勉強せよ」
2・12(夕)
「俺だ。」
「俺だ/\。やつぱり俺だよ。」
と、それ以来通信局長の田中次郎氏は、思ひなしか逓信省内が広々としたやうに思はれた。
逓信省内には、大学を出たての若い学士連が虫のやうに蠢々してゐる。それを集めて昨年の秋から読書会といふものが起された。場所としては京橋の清新軒などが利用されてゐた。皿の物をかちかち突つきながら揚げ立のフライのやうな新しい書物の講釈から、時事問題などが話題に上されるのだ。つい先日の晩にも例会が開かれて、通信局、管船局各課の高等官の卵共が、ずらりと田中局長の前に並んだ。
「勉強だね、勉強しないと直ぐに世間に忘れられてしまふし、第一物事に目端が利かなくなる。」
他人の財布の中までも見通しさうな眼つきをして田中局長は言つた。局長のお言葉だけに、下役には、それが亜米利加発見このかたの真理のやうに聞えた。皆は脂肪肉のビフテキをかち/\言はせながら、各自に腹のなかで、
「局長のお言葉だ。大いに遣るぞ。」
と力んで居たやうだつた。田中氏は心持後に反りかへつて、胸衣の胸釦を弄りながら「真理」を語つた後の愉快さといつたやうな顔をしてゐた。
その翌日、突然休職の辞令が田中局長の頭に降りかかつた。夕刊を眺めた下役共は夢ではなからうかと自分の鼻先を抓つてみたりした。その折省内の廊下でばつたり出会つた若い「通信局」と「管船局」とがあつた。
「驚いたね、昨夜だつたぢやないか。」
「さうよ、だからさ、勉強しないと目端が利かなくなるんさ。」
納所花婿
2・14(夕)
「これではどむならん。何ぼ画家やかて今日は花婿やよつてな。」
と、楯彦氏は非常な決断で直ぐ理髪床に往く事にきめた。
楯彦氏はいつも頭をくりくり坊主に剃る事に定めてゐるが、婚礼の宵に納所のやうな頭をして出るのも幾らか興覚がした。
「いつそ揉上を短くして、ハイカラに分けてやらうか知ら。」と楯彦氏は理髪床へ往く途中、懐手のまゝで考へた。「そやけど、それも気恥かしいし、やつぱり五分刈にしとかう、五分刈やと誰も変に思はんやろからな。」
楯彦氏は腹のなかでさう決めて理髪床に入つて往つた。床屋は先客で手が一杯になつてゐた。楯彦氏はそこらの明いてゐた椅子に腰を下して美しい花嫁の笑顔など幻に描いてゐるうち、四辺の温気でついうと/\と居睡を始めた。
額に八千代の唇が触つたやうな気持がして楯彦氏は吃驚して目を覚ました。鏡を見ると、白い布片に捲まつた毬栗な自分の額が三分一ばかり剃り落されてゐる。
「あつ。」
と言つて、楯彦氏は首を縊められた家鴨のやうな声を出した。
「何ないしやはりましたんや。」
理髪床の爺は剃刀を持つた手を宙に浮かせた儘、腑に落ちなささうに訊いた。
楯彦氏は白布の下から手を出して、剃落された自分の頭にそつと触つてみた。頭は茶碗のやうに冷かつた。
「五分刈やがな、お前、今日は……」
と言つた儘、泣き出しさうな顔をした。
理髪床の爺は飛んだ粗忽をした。だが、まあ堪忍してやるさ、十日も経てば頭は五分刈の長さに伸びようといふものだ。世の中には三年経つても髪の毛一本生えない頭もあるのだから。
道楽
2・15(夕)
「親切な叔父さんね、だから私支那人が好きなんだよ。」
と、お世辞を振撒いて呉れるのがある。
だが、切手の蒐集は決して子供染みた事ではない。堂々たる帝王の事業で、その証拠には英国のジヨオジ皇帝陛下が大の切手道楽である事を挙げたい。凡そ地球の上で発行せられた切手といふ切手は、残りなく陛下の手許に集まつてゐる。陛下が世界一の海軍と共に世界一の郵便切手の蒐集を誇られても、誰一人異議を申し上げるものはあるまい。
ジヨオジ陛下には今一つ道楽がある。それはタイプライタアを叩く事で、この道にかけての陛下の手際は、倫敦で名うてのタイピストに比べても決して負は取られない。
だが、タイピストとしての陛下には唯一人恐るべき敵手がある。それは米国のウヰルソン大統領で、ウヰルソン氏がタイピストとしての手際は、大統領としての手腕よりも、学者としての見識よりも、際立つて傑れてゐる。
ウヰルソン氏は閑さへあると、タイプライタアに向つてコツ/\指を動かしてゐる。ある忙しい会社の重役は、甚く氏の手際に惚れ込んで、
「タイピストとしてうちの会社に来て呉れたら、七百弗までは出しても可い。」
と言つたさうだ。してみると、氏が若い寡婦さんを、後妻に貰つたのは、経済の立場から見ても聞違つた事ではなかつた。
平謝り
2・16(夕)
広川氏は多くの医者がするやうに独逸へ留学をした。洋行といふものは色々の事を教へて呉れるもので、東大の姉崎博士など、日本に居る頃は芝居を外道のやうに言つてゐたが、独逸から帰つて来ると、劇は宗教と同じく神聖なものだと言ひ出して来た。尤も姉崎博士の言ふのは劇の事で、芝居とはまた別の物らしい。
広川氏は独逸で芝居も見た。ミユンヘンの麦酒も飲んだ。その上にまた劇場よりも、居酒屋よりも、もつと面白いところへも往つた。そして大層賢くなつて日本に帰つて来た。
広川氏は停車場から一息に駿河台の自宅へ帰つて来た。そして窮屈な洋服を褞袍に脱ぎかへるなり、二階へ駆け上つて、肘掛窓から下町辺をずつと見下した。
「かうしたところは、日本も満更悪くはないて。――だが伯林はよかつたなあ。」
と、留学中の総決算をする積りで、腹の中で彼地であつた色々の事を想ひ出してみた。そして鳥のやうに独りでにや/\笑つてゐた。
すると、だしぬけに二階の階段を、二段づつ一息に駈け上るらしい足音がして、夫人が涙ぐんで其処へ現はれた。
「貴方、これは何うなすつたの。」
夫人が畳の上へ投げつけた物を見て、広川氏は身体を鼠のやうに小さくして恐れ入つた。
「謝る/\。もう何も言つて呉れるな。」
広川氏が平謝りに謝るのを見て、夫人は漸と気色を直した。夫人は貞淑な日本婦人である。日本の婦人は「貞淑」といふ文字の為には、どんな事をも辛抱しなければならないのだ。
それにしても夫人が畳の上に投げつけたのは何だらう。仕合せと神様と茶話記者とは其処に居合はさなかつたので少しも知らない。
洋服和服
2・17(夕)
「女房や娘の縫つたものには、一針づつ情愛が籠つてゐますから。」
と言ふと、その席に居合した多くの夫人令嬢達は吻と溜息を吐いて、
「ほんとにさうやつたわ、些とも気が注かなかつた。」
と、それからは主人の着物を家庭で縫ふ代りに、女房や娘の物をそつくり仕立屋に廻す事に定めたらしいといふ事だ。
悲惨なのは男で、これからは仕立屋の手で出来上つた、着心地の好い着物はもう着られなくなつた。然し何事も辛抱で、女の「不貞腐」をさへ辛抱する勇気のある男が、女の「親切」が辛抱出来ないといふ法は無い筈だ。
だが、下田女史の日本服推賞に対して、一人有力の反対者がある。それは広岡浅子刀自で、刀自は日本服などは賢い人間の着るべきものでないといふので、始終洋服ばかりつけてゐる。
この頃のやうな寒さには、刀自は護謨製の懐中湯たんぽを背中に入れて、背筋を鼠のやうに円くして歩いてゐる。いつだつたか大阪教会で牧師宮川経輝氏のお説教を聴いてゐた事があつた。宮川氏が素晴しい雄弁で日本が明日にも滅びてしまひさうな事を言つて、大きな拳骨で卓子を一つどしんと叩くと、刀自は感心の余り椅子に凭れた身体にぐつと力を入れた。その途端に背の湯たんぽの口が弾けて飛んだ。
宮川氏のお説教を聴きながら、自分ひとり洋服のまま天国に登つた気持で居た刀自は、吃驚して立ち上つた。裾からは水鳥の尻尾のやうに熱い雫がぽた/\落ちて来た。
刀自は宮川牧師を振り向いて言つた。
「でも洋服だからよかつたのです。これが和服だつたら身体中焼傷をするところでした。」
欠け皿
2・18(夕)
「日本にも医者が居るのかい。」
と甚く珍しがるやうだつたが、決して歓迎はしなかつた。
一行の食事は一人前一ヶ月百円以上も仕払つたが、料理はお粗末な物づくめであつた。外科医の一人は堅いビフテキの一片を肉叉の尖端へ突きさして、その昔基督がしたやうに、
「お皿のなかのビフテキめ、羊の肉ならよかんべえ、もしか小猫の肉だつたら、やつとこさで逃げ出しやれ。」
と蠱術のやうな事を言つてみたが、ビフテキは別段猫に化つて逃げ出さうともしなかつた。
ある時など態と縁の欠けた皿に肉を盛つて、卓子に並べた事があつた。それを見た皆の者は
になつて腹を立てたが、あいにく腹を立てた時の英語は掻いくれ習つてゐなかつたので、何と切り出したものか判らなかつた。一行の通弁役に聖学院の大束直太郎氏が居た。氏は英語学者だけに腹の減つた時の英語と同じやうに、腹の立つた時の英語をも知つてゐた。氏は給仕長を呼んだ。給仕長は鵞鳥のやうに気取つて入つて来た。
「この皿を見なさい。こんなに壊れてゐるよ。」と大束氏は皿を取上げて贋造銀貨のやうに給仕長の目の前につきつけた。「日本ではお客に対して、こんな毀れた皿は使はない事になつてゐる。で、余り珍しいから記念のため日本へ持つて帰りたいと思つてゐる。幾らで譲つて呉れるね。」
給仕長は棒立になつた儘、目を白黒させてゐた。大束氏は畳みかけて言つた。
「幾らで譲つて呉れるね、この皿を。」
給仕長はこの時漸と持前の愛嬌を取かへした。そして二三度頭を掻いてお辞儀をした。
「この皿はお譲り出来ません。日本のお客様の前へ出た名誉の皿でがすもの。」
と言つて、引手繰るやうに皿を受取つた。そしてそれ以後、縁の欠けない立派な皿を吟味して、二度ともう欠皿を出さうとしなかつた。
お愛嬌
2・19(夕)
日本でも内村鑑三氏などはリンコルンが大好きで、「君のお顔はどこかリンコルンに肖てゐる。」と言はれるのが何よりも得意で、精々悲しさうな顔をしようとしてゐるが、内村氏には他人の苦労まで背負はうといふ親切気が無いので、顔がリンコルンよりも、リンコルンの写真版に肖てゐる。
将軍ウヰルソンが或時コネクチカツトの議員を仕てゐる自分の義弟某と、リンコルン大統領を訪ねた事があつた。ウヰルソンの義弟といふのは、身の丈七尺もあらうといふ背高男で、道を歩く時にはお天道様が頭に支へるやうに、心持背を屈めてゐた。
リンコルンは応接室に入つて来たが、室の中央に突立つてゐる背高男が目につくと、挨拶をする事も忘れて、材木でも見る様に履の爪先から頭に掛けて幾度か見上げ見直してゐる。材木は大統領の頭の上で馬の様ににや/\笑つた。
「大統領閣下お初にお目に懸ります。」
「や、お初めて。」とリンコルンは初めて気が注いたやうに会釈をした。「早速で甚だ無躾なやうだが、一寸お訊ねしたいと思つて……」
背高男の議員は不思議さうな顔をして背を屈めた。
「何なりとも。閣下。」
大統領は口許をにやりとした。
「貴方は随分お背が高いやうだが、何うです、爪先が冷えるのが感じますかな。」
「へゝゝ……御冗談を。」議員は頭を掻いて恐縮した。
リンコルンの愛嬌と無駄口を利いたのは、一生にこれが唯一度きりであつた。
中村不折
2・20(夕)
ところが、来る客も来る客も誰一人銅鑼を叩かうとする者が無い。皆言ひ合せたやうに玄関に立つて、
「頼まう。」
とか、または、
「御免やす。」
とか言つて案内を通じる。
何事も他の云ふ事には聾で、加之に独断の好きな不折氏も、これだけは合点が往かなかつた。で、お客の顔さへ見ると、六朝文字のやうに肩を変な恰好に歪めて、
「宅の玄関には銅鑼が吊つてありますのに、何故お叩きになりません。まさか君のお目につかなかつた訳でもありますまい。」
幾らか嫌味交りに訊いてみる。
すると、誰も彼もが極つたやうに、
「いや、確かに拝見しましたが、あれを叩くのは何だか気が咎めましてね、恰どお寺にでも詣つたやうな変な音がするもんですから。」
と言ふので、自分を雪舟のやうな画僧に、(残念な事には雪舟は不折氏のやうな聾では無かつた)自宅を雲谷寺のやうな山寺と思つてゐる不折氏は、顔の何処かに不満足の色を見せずには置かなかつた。
だが大抵の客は用談が済んで帰りがけには、玄関まで見送つて出た不折氏の手前、
「成程結構な銅鑼だ。どれ一寸……」
と言つて極つたやうに鋼鑼の横つ面を厭といふ程叩し付ける。銅鑼は急に腹が減つたやうな声をして唸り出す。
「これは/\雅致のある音が出ますね。」
と客が賞め立てでもすると、不折氏は顔中を手布のやうに皺くちやにして、
「お気に入りましたか、ははは……」
台所で皿でも洗つてゐたらしい女中は、銅鑼の音を聴いて、あたふた玄関へ飛び出して来ると、其処には帰途の客と主人とが衝立つて、今鳴つたばかしの鋼鑼の評判をしてゐる。
「まあ、帰りがけの悪戯なんだわ。」
と女中は、腹立たしさうに余計者の銅鑼を睨まへる。
神よ、女中をして同じやうな聾ならしめ給へ。
竹越夫人
2・22(夕)
竹越三叉氏の、中学へ行つて居る息子さんは、上り端に編上げ靴の紐を解くと、直ぐに追はれる様に駈け上つた。阿母さんの竹代夫人は、その声にこの頃凝つて居る座禅を止めて、パツチリと眼をあけた。
「お帰り、いくらです。突然に、何にするの。」
「えゝ、十円。」
十円――中学へ行く子の要求としては少し多過ぎた。つい、この頃まで、物の値段も知らなかつたその子が何にするのか。兎も角何か目論んで、その費用を要求するといふ事は、子供の次第に一人前の人間になつて行く事を裏書する様なもので、一方には言はう様のない頼もしさがあつた。
「十円、何を買ふの。」
「えゝ、万年筆を買ふんです。」
「ちと高過ぎはしなくて。」
阿母さんの頭には、電車の車内広告の頭の禿げた男が、万年筆を捧げ銃の形にした絵が思ひ出された。それには二円八十銭より種々とあつた。が息子の方が、一足お先に母親の胸算用を読んでしまつた。
「ね、二円七八十銭からも有るにはあるけれど駄目なんです。友達は誰一人そんな安いの持つてないんですもの。」
賢明を誇る阿母さんは、手も無く十円の万年筆を買はされた。然し腹の底では、その学校の当局者が、そんな贅沢な万年筆を、学生風情に持たせてゐるといふ行り方が気に喰はなかつた。
「宅の人の二千五百年史なんか、二銭五厘の水筆で書き上げたんぢやないか、真実に贅沢な学校だよ。」
で、ある時竹代夫人は、何かの用事で学校に出掛けて、校長に会つた時、それとなく皮肉を言つた。校長は眼を円くして聞いてゐた。(それに無理もない。校長は万年筆が欲しい/\と思ひながら、十年以来鉛筆で辛抱してゐたのだ。)夫人の帰るのを待つて、生徒の誰彼は呼び出されたが誰一人万年筆は持つて居なかつた。そして最後にたつた一人あつた。その名は――竹越某。
侯爵夫人
2・23(夕)
鳩山夫人のこの振舞を見て、甚く癪にさへたものが一人ある。それは当の相手の添田氏でも無ければ、添田氏の夫人でもない。この頃の寒さに早稲田の応接間で、口を歪めて縮かまつてゐる大隈侯の夫人綾子刀自である。
侯爵夫人はもとから春子夫人のお喋舌とお凸額とが気に入らなかつたが、鳩山和夫氏が旧友を捨てて政友会へ入つてから一層それが甚くなつた。
侯爵夫人の考へでは、早稲田から神楽坂へかけて牛込一体は、自分の下着の蔭に、小さくなつてゐなければならぬ筈だのに、その中で春子夫人が羽を拡げて飛び廻るのだから溜らない。
「添田など何だつてあんなに意気地が無いんだらう。鳩山の寡婦に口説き落されるなんて。」
と侯爵夫人がやきもきしてゐる矢先へ、ひよつくり顔を出したのは早稲田の図書館長は市島謙吉氏だつた。侯爵夫人は有るだけの愛嬌を振り撒いて迎へた。そして市島氏が椅子に腰を下すなり、もう口説にかゝつた。
「市島さん、今度の選挙に牛込から出なすつたら如何。私及ぶ限りの御尽力は致しますよ。」
市島氏はその折古本の事ばかり考へてゐたので、侯爵夫人の言葉が何の事だか一寸呑み込めなかつた。だが、こんな時間に合せの笑ひを持合せてゐたので、
「へへへへ……」と顔を歪めて笑ひ出した。そして暫く経つてから漸と返事をした。
「何だつて突如にそんな事を仰有るんです。」
侯爵夫人は側にゐる大隈侯の顔をちらりと見た。侯爵は鱈の乾物のやうな顔をして凝と何か考へ込んでゐた。
「でも、私鳩山の寡婦が其辺を走り廻つてるのを見ますとほんとに癪でね……」
「成程、御尤で……」と市島氏は型のやうに一寸頭を下げた。そしてその次ぎの瞬間には文求堂の店で見た古い唐本の値段の事を考へてゐた。
有松英義
2・25(夕)
その頃月が瀬には、俥に狗の先曳がついて、阪路にかゝると襷に首環をかけた狗が、汗みどろになつてせつせと俥の先を曳いたものだ。
有松氏はずつと前から、自分の管内にさういふ忠実な狗が居る事を自慢にしてゐた。で、その日も出迎への俥の先に蹲踞つてゐる逞い狗を見ると、
「これだな、例の奴は。」
と言つて、属官を振かへつて、一寸にやりとした。
だが、狗はその折華族の次男と同じやうに雌の事を考へて無中になつてゐたので、知事の愛嬌に一向気がつかなかつた。よしんば気が注いた所で、相手を夢にも有難いお客とは思はなかつたに相違ない。
有松氏は俥の蹴込に片足をかけた。その瞬間俥のすぐ前を雌狗が一匹通りかゝつた。先曳の狗はそれを見ると、後藤内相のやうに猛然と起ち上つた。
機に俥がずる/\と引張られると、知事は後の片足を踏み外していきなり前へのめつた。属官は可笑しさを噛み堪へるやうな顔をして飛んで側へ往つた。
知事は真紅な顔をして起き上つた。属官は自分の疎忽のやうにお辞儀をしい/\フロツクコートの埃を払つた。フロツクコートは綺麗になつた。だが、肝腎の顔は何うする訳にも往かなかつた。有松氏の顔は名代の痘痕面なので、その窪みに入り込んだ砂利は、おいそれと手つ取早く穿くり出す事が出来なかつたのだ。
有松氏は月が瀬に着く迄何一つ喋舌らなかつた。花を見ても石のやうに黙りこくつてゐた。そして県庁に帰ると、属官を呼び出して、月が瀬の狗は動物虐待だから、屹度差止めると厳しく言ひつけた。
月が瀬名物の狗の先曳はそれで御法度になつた。それから幾年か経つた今日この頃、花は咲き、人は法制局長官になつて、どちらもにこ/\してゐる。
脅かせ
2・26(夕)
友達は慌ててビスマルクを呼んだ。
「君お願ひだから遣つて来て僕を捉まへて呉れ、さもないと僕は沼地に吸ひ込まれてしまふ。」
ビスマルクは大変な事になつたなと思つたが、強ひて平気な顔をしてゐた。
「馬鹿を言ふない、僕が其処へ飛び込んで見ろ、一緒に吸ひ込まれてしまふばかりぢやないか。」とビスマルクは相手が狗のやうに
いてゐるのを見た。「もうかうなつちや、迚も助かりつこは無い。君がいつ迄も苦しんでるのを見るのは僕も辛いから、一思ひに打ち殺してやらう。」ビスマルクはかう言つて、平気な顔で身動きの出来ない友達に狙ひをつけた。
「おい、じつとして居ないか、的が狂ふぢやないか。僕は寧そ一思ひに遣つ付けたいから、君の頭に狙ひを付けてるんだ。」
ビスマルクの残酷な言葉に、友達はもう泥濘の事など思つてゐられなかつた。何でも相手の銃先から遁れたい一心で、死物狂に
いてゐるうち、古い柳の根を発見けて、それに縋つてやつとこさで這ひ上る事が出来た。ビスマルクは笑ひ/\銃を胸から下した。その糞落付が自分を救つたのだなと気づいた友達は、
「君有難かつた/\」
と溝鼠のやうな身体をして、両手を拡げて相手に抱きつかうとした。ビスマルクは慌てて逃げ出した。
「もう好い/\。そんな様をしてお礼などには及ばんよ。」
神戸の船成金勝田氏は国民党の立場を気の毒に思つて、三十万円もふり撒くといふ噂がある。それも一つの方法には相違ないが、もつと好いのは、ビスマルク流に落選でもしたら、犬養始め皆の首根つこを縊めると脅かす事だ。――すると五十人は屹度当選する。
蓄音機
2・27(夕)
その吹込蓄音機は、尾崎氏の徒党に随分担ぎ出されたものだが、反対党で居て、それを選挙の道具に使つたのは国民党の高木益太郎氏唯一人きりだ。
高木氏は演説会の会場前へいつも高木尾崎立会演説と大きく触れ出したものだ。物好きな傍聴人が、軍鶏の蹴合ひを見るやうな気持で会場へぎつしり詰ると、高木氏は例の尾崎氏の吹込蓄音機と一緒に演壇へぬつと出て来る。
で、先づ先輩からといふので、その蓄音機をかけると、尾崎氏の吹込演説は感冒を引いたやうな掠めた声で喇叭から流れて出る。
いい加減な時分を計つて、高木氏が一寸指先を唇に当てると、蓄音機は礑と止つて、高木氏が一足前へ乗り出して来る。
「唯今尾崎君はあんな風な事を言つたが、吾々江戸つ子の立場から見ると……」
と、江戸ツ子自慢の聴衆が嬉しがりさうな事を言つて、小つ酷く尾崎氏の演説をきめつける。
で、幾度かこんな事を重ねて、高木氏の最後の駁論が済むと、氏はくるりと蓄音機の方へ向き直る。
「何うだ尾崎君、君の説は僕の駁論のために滅茶滅茶になつたが、異見があるなら、言つてみ給へ。こゝには公平なる江戸ツ子諸君が第三者として聴いてゐられるんだから。」
と勝ち誇つた軍鶏のやうに一寸気取つてみせる。弾機の弛んだ吹込蓄音機は黙りこくつて、ぐうともすうとも言はない。
高木氏は一足前へ進んで、
「どうだい、尾崎君、恐れ入つたかね。議論があるなら言つてみ給へ。参つたのだつたら何も言はなくともいゝ。」
と扇子の先で、蓄音機の喇叭を二つ三つ叩いてみせる。喇叭は悲しさうな顔をしてくるりと外方を向く。
「どうです、皆様、尾崎君もあんなに恐れ入つて恥かしがつてゐますから、まあ今日はこれで許してやりませう。」
といふが落で、演説会は閉会となる。かくて高木氏は高点を収めて安々当選した。
画の謝礼
2・28(夕)
それには呉服屋が店の関係上、上方の栖鳳や春挙の作に比べると、東京側の作家のものを、幾らか値段を低くつける傾向があるにも依るらしいといふ事だ。
大分以前京都のある呉服屋が栖鳳、香
、芳文、華香の四人に半截を一枚宛頼んだ事があつた。出来上つてから店の番頭が金子一封を持つて華香氏の許へお礼に往つたものだ。猫のやうな京都画家のなかで、唯一人吼える事を知つてゐる華香氏は、番頭の前でその封を押切つてみた。(むかし/\大雅堂は謝礼を封の儘、畳の下へ投り込んで置いたといふが、その頃には狡い呉服屋の封銀といふ物は無かつたらしい。)なかには五十円の小切手が一枚入つてゐた。
「五十円とは余りぢやないか。」
と華香氏は番頭の顔を見た。番頭は小鳥のやうにひよつくり頭を下げた。
「でも香
先生にも、芳文先生にもそれで御辛抱願ひましたんやさかい。」華香氏は鼻毛を一本引つこ抜いて爪先で番頭の方へ弾き飛ばした。
「ぢや栖鳳君には幾ら払つたね。」
番頭はさも困つたらしく頸窩を抱へた。
「栖鳳さんは店と特別の関係がおすもんやさかい……」
「ぢや百円も払つたかな。」
華香氏は坐禅をした人だけに、蛙のやうに水を見ると飛び込む事を知つてゐた。
「へゝゝ……まあ、そんなもので。」と番頭は一寸お辞儀をした。
「ぢや、竹内君をも怒らせないで、後の私達三人をも喜ばせる法を教へようかな。」
と華香氏は大真面目な顔をして胡坐を組んだ。
先刻から大分痛めつけられた番頭は、「是非伺ひませう」と一膝前へ乗り出した。それを見て華香氏は静かに言つた。
「竹内君のを私達の並に下げよとは言はないから、私達のを竹内君並に引き上げなさい。よしか、判つたね。」
呉服屋に教へる。東京画家のもこの秘伝で往つたら、大抵円く納まらうといふものだ。
画と田地
3・2
「そら君、何ちたつて国会議員やからね……押しも押されもせん国民の選良さ。」
と、会ふ人毎に代議士の値段を吹聴したものだ。
ところが前回の総選挙に落選してこのかた、がらり考へが変つた。
「どうも君代議士なんて、ほんまに詰らんよ。第一無学無趣味でね……まあ一口に言ふと愚者の群やな。」
と、よくよく仲間の頭が悪いのに懲りたやうな事を言つて、
「そやから僕もこの頃ぢや代議士なぞすつかり絶念めてしまうて、画家として立たうと思つてるのや。」
「画家に?」
相手が自分の耳を信じかねるやうに眼を円くして訊き返すと、保太郎氏は顔中をくしや/\にして、
「そないに君吃驚せんでも可えやないかいな。僕はこれでも雅号を米水と云つて、小室翠雲さんのお弟子だよ。」
よく訊いてみると、先頃何処かの画会に、保太郎氏が半截に山水画を描いて出品した事があつた。すると、大阪見物に出て来た、雲州辺の百姓がそれを見て熟々感心した。
「大阪には偉い画家がゐるて、こんなのを持つて居たら、後になつて屹度値が出る。」
と言つて女房に約束の黒繻子の帯を倹約して、それを購つて帰つた。――言ふ迄もなく画は黒繻子の帯と同格の値段だつた。
「田舎者かて馬鹿にはならんよ、僕の画が解るんやからなあ。」と、保太郎氏は愚者の群からおいてきぼりにされた図体を小刻みに揺りながら「僕の画を買つておくのは、田地を持つてゐると同じで、屹度孫子の利益になるよ。」
「画は田地と同じで――。」全くさうで、日本は農業国であるやうに美術国でもある。そして画家のやうな百姓も居る代りに、百姓のやうな画家も居ない事はない。
お焼物
3・3
それを見たお客の一人は不思議さうな顔をした。
「何だ、焼物だつて。嵩張らないとこを見ると、一輪挿の瀬戸物かな。」
と、独語を言つてゐたが、別に一輪挿を弄くる程の風流気も無い事に気が注いて一寸顎をしやくつて前にゐる芸妓を見た。
「焼物なぞ要らない、欲しきやあげようか。」
芸妓といふものは、お客の呉れる物だつたら、どんな物だつて辞退しない。そのなかで割合に気が進まなささうなのが男の心の臓位のもので、持合せの手帛に包まれさうな物だつたら、どんな物だつて否は言はない。
「大きに、ほんなら戴きまほ。」
芸妓は一寸頭を下げて、紙包みを長い袂の中に蔵ひ込んだ。商人は自分ながら江戸つ児の切れ離れのよいのに満足したやうににつと笑つた。
それを見た二三人のお客は、一輪挿一つで、江戸つ子の腹を上方女に見せる事が出来るなら、こんな廉い事は無いと思つたらしかつた。てんでに側に居る芸妓の膝に紙包みを投げ出した。
「僕も進げよう、要るなら取つとき給へ。」
芸妓は一度に頭を下げた。――一体女はよくお辞儀をするが、そんな折には極つて腹の中では笑つてゐるものなのだ。
宴会がはねて客の多くは一緒に電車で帰つて往つた。なかで行儀の悪い客の一人が膝の上で先刻の焼物の包を開けて見た。中にはサツク入の立派な真珠細工が入つてゐた。
先刻の切れ離れのいい商人は吃驚してそれを見た。
「焼物つて、君それなんか。」
「さうだよ。」
「ぢや瀬戸物ぢや無かつたんだな。失敗つた。」
商人は宿へ着くなり、先刻の会場へ電話をかけて、芸妓の名を訊いてみた。何でもその芸妓は心持髪の毛が縮れてゐたさうだ。だが、その折髪の毛の縮れた妓は四人あつた。
襟飾
3・4
マアク・トヱンは閑さへあれば、ストウ夫人の許へ出掛けて往つて、夫人と娘さんを相手にお喋舌に耽つたものだが、一向無頓着な男だけに、何うかすると寝衣の儘飛び出したりするので、その都度細君の不機嫌を買つたものだ。
「貴方その身態は何ですね、襦袢の綻びからお臍が覗いてるぢやありませんか。」
すると、この小説家は小娘のやうに顔を紅らめながら、
「や、飛んでもないこつちや、俺は何だつてこんなに粗忽者なんだらう。」
と甚く悄気かへつたものださうだ。
ある朝も例のやうにストウ夫人を訪ねてお喋舌をした。そして上機嫌になつて口笛を吹き/\帰つて来た。すると入口に細君が衝立つてゐて、亭主の姿を見るなり、鵞鳥のやうに我鳴り立てた。
「貴郎、そんな身装をしてお隣家へ往つてらしたんですか。襟飾もつけないで、何てまあ礼儀を知らない方なんでせう。」
小説家は一寸立停つて、情ない顔をしたが、その儘一言も言はないで書斎に入つて往つた。そして二三分すると、女中を呼んで小さな箱を隣りのストウ夫人の許まで持たせてやつた。
夫人は不思議さうに箱を開けてみた。なかには黒い襟飾に手紙が一本添へてあつた。
「これが私の襟飾です。どうぞ手に取つて御覧下さい。私は今朝三十分ばかしお邪魔をしたと思ひますから、三十分程御覧になつたら、直ぐ御返しを願ひます。実は襟飾といつてはこれ一つなんですから。」
ストウ夫人は命令通り三十分程襟飾を見てゐた。その間に煮物が焦げついたか何うかは、私の知つた事ではない。
寄附謝絶
3・5
それを心配したのが、朝吹英二、益田孝などいふ骨董好きで加之に世話好きの連中で、(この連中が世話好きか、骨董好きか、どつちか一つだつたら、もつと始末が善かつたのだ)今の内に何とか工夫をしなければ、こゝ五六年も経つと、山は悉皆がらん堂になつてしまふかも知れない、それには今迄のやうに宝物を物の判らない、慾つ張の僧侶に委せて置いては安心が出来ない、何でも博物館を一つ拵へて、そこに取纏めておくに限ると言ひ出した。
でその費用は一般の寄進からとあつて、大きな奉加帳が順繰りに富豪連の手に廻される事になつた。それを何番目かに請取つたIといふ富豪は発起人の顔触を見ると、急に苦い顔をした。
「折角だが、私はお断りをする。」と富豪は使者の前へ大きな奉加帳を押戻した。「だがお断りをすると云ふだけでは君もお困りだらうから、掻い抓んで理由をいふと――」と狗のやうに冷さうな鼻をした使者の顔を見た。使者は自分の顔の上を寄附金が跣足で逃げ出しでもするやうに、目をくしや/\させた。
「一体朝吹君や益田君は、以前せつせと高野山を渉猟り歩いて、自分の蒐集を拵へた人達なんぢやないか。」と富豪は錐のやうな言葉を投げつけた。「それだのに、今となつて、外の人達が自分の真似をするのを嫌つて、その防ぎをしようなんて、余り虫が好過ぎるよ。私も高野の宝物保存に就いては異議は無いのだから、朝吹君や益田君が自分達が以前狩り集めた物を返却すといふ条件付なら、何時でも寄附に応ずる。」
使者は幾度かお辞儀をして帰つた。次ぎの日、その富豪を訪ねて来たのは三越の野崎広太氏だつた。
「昨日は偉い権幕だつたさうだね。君の言ふ事には吾輩も大賛成だよ。すつかり溜飲を下げちやつた。」と野崎氏はデパアトメント・ストアのやうな大きな口を開けて笑つた。「で、その賛成者の吾輩がお勧めに来たのだから、今日は一つ顔を立てて貰ひ度いもんだな。」
富豪は頭を掉らうとしたが、頭が木片ででも拵へてあるやうに重かつた。
「いや、僕は昨日言つたやうな理由で、自分から進んで寄附は出来ない。その代り明日から暫く旅行をするから、君の手で好いやうに計つて置いて呉れ給へ、君の計ひなら異存は無い。」
野崎氏は好いやうに計つた。富豪は後で金高を聞いて、自分の胸算用より少し出し過ぎたなと思つた。恰ど婦人客が百貨店の帰途にいつも感じるやうに……。
斜視睨み
3・8
「閣下少し右の方へお向き下さい。」
と一人の写真師が言つた。すると今一人の写真師は、
「どうぞ左の方へ少し……」
と言つて腰を屈めた。
マアシヤル氏はあいにく顔を唯一つしか持ち合はさなかつたので、仕様事なしに、先づ一人の写真師の方を向き、それから次ぎの方を向いてやつた。
「有り難う。」
写真師は挨拶をしたまんまで、直ぐ右と左とに別れようとした。
「一寸待ち給へ。」副統領は呼びとめた。「君達の用事は済んだかも知れないが私の方に少し言ひ分が残つてゐるから。」
写真師はちらと変な眼付を交はしながら立ち停つた。
「君達はむかし/\斜視睨みの男が牛を殺さうとした話を聞かなかつたかい。」と副統領は哲学者のやうな静かな、皮肉な口風で話し出した。「斜視睨みの男は自分の助手に言つたさうだ。おい、俺は牛の眉間を叩しつけようと思つてる。だから、巧く牛を持つてゐて呉れなくつちや困るつて。」
「へえ……」と言つて二人の写真師は小首を傾げた。
副統領は言葉を次いだ。
「『旦那、お前さんが睨んでる方へ牛の頭を持つてくんですかい』と助手が訊くと、斜視睨みの男は、『さうだよ、解つてらあね』と怒鳴りつけた。すると、助手は『ぢや勝手にするがいゝ。お前さんの眼は両方を睨んでるが、牛には頭は一つきや無いんだからね。』」
写真師は顔を真赤にして遁げ出した。そして後で緩くり考へてみると、成程米国の副統領には顔は一つしか無かつた。恰ど屠牛所の牛と同じやうに。
先日の茶話「画の謝礼」のなかにあつた、都路華香氏の話は事実が違つてゐると、同氏から申越されたから取消す。氏は言つてゐた、「自分には鼻毛を引抜く程の勇気はありません」と。
名妓と貂
3・9
その頃竹内栖鳳氏は、度々招かれて利藻氏の別荘に往つたものだ。そして言ふ迄もなく、よく画を描いた。利藻氏と豆千代と、豆千代の可愛がつてゐた三毛猫とは栖鳳氏の身辺を取捲いて、じつと画の出来るのを待つてゐた。利藻氏と豆千代とは、画がよく解るやうに、時々感心したやうに頷いたり、小首を傾げたりしてゐたが、なかで三毛猫は一番正直だつた。画が始まると、背を円くして直に居睡をし出した。
仏蘭西の作家モリエエルは、自分の作物が出来上ると、先づ婆さんの女中に読み聞かせてみて、婆さんの解らない点は幾度か書き直したといふ事だ。栖鳳氏もその頃は何か描き上げると、側に居る者を振りかへつて、
「あんた方の眼には何に見えますか。」
と訊いてみて、その返事によつては、惜し気もなく、描いたばかしの画を塗り潰したものだ。
ある時も栖鳳氏は荒野に貂を配合した絵を描きあげた。そして出来上ると、例のやうに豆千代を振かへつてみた。
「あなたにはこれが何と見えますな。」
「さあ」と豆千代は当惑さうに美しい眉を顰めて利藻氏の方を見た。そして低声になつて「旦那はん、あれ狐だつしやろか、それとも狸……」
利藻氏は慌てて豆千代の袖を引張つた。もしか狐だの、狸だのいふ言葉が、栖鳳氏の耳に聴えようものなら、画家は折角巧く出来た絵を塗りくつてしまふかも知れない。それにしては金屏風が勿体なかつた。
豆千代は利藻氏の顔を見た。利藻氏は掌面の上へ指先で「テン」と書いてみせた。豆千代は狐や狸はよく知つてゐたが、貂といふ獣は見た事も聞いた事も無かつた。でも、折角旦那の教へて呉れる事だ、間違は無からうといふので、
「先生、貂だつしやろ。」と言つた。
「さうだ、貂だ/\、貂に違ひない。」と利藻氏も声を合はせた。
「やつぱり貂に見えますかな。」と栖鳳氏は安心したやうに筆を置いて笑つた。「はゝゝ……」
その笑ひ声が余り高かつたので、先刻から居睡りをしてゐた哲学者の三毛猫は、吃驚したやうに眼を覚まして皆の顔を見た。だが、笑つたのは、何うやら自分の事では無いらしいので、直ぐ恋男の隣家の黒猫の事を思ひ出した。
百万長者
3・10
長次郎氏は夙くから父に死別れたので、本派本願寺の利井明朗氏の手で色々と薫陶せられた。利井氏は真宗の坊さんだけに、阿弥陀様とも極懇意だつた。で、自分の手に畢へない処は、如来様の手でしつけて貰ふ事にお願ひした。
阿弥陀様は長い事お慈悲の一天張で本願寺の後見をして来たが、そこの坊さんは何うも金費ひが荒くて世間の評判が善くなかつた。で、今度だけは幾らか手加減をしたものと見えて、長次郎氏は石のやうに堅い人間に出来上つた。
長次郎氏は五十歳のこの頃まで、まだ芸妓といふ者の顔を見た事もなかつた。ある時、出入の男が長次郎氏が五銭銅貨のやうに青い顔で鬱ぎ込んでゐるのを見て、気晴しに妾でも置いたら何うかとお追従を言つてみた。
長次郎氏の顔は急に一銭銅貨のやうに真赤になつた。
「要らん事を言ひなさるな、俺には夙から妾宅はあるぢやないか。」
「へえ、さやうで御座いましたか、ちつとも存じませんので。」
その男が甚く恐縮すると、長次郎氏は
とした調子で、「私の妾宅つてえのは果樹園の事さ。」
と言つたといふ事だ。
その堅蔵の長次郎氏が、何う気が変つたものか、近頃京都の岡崎辺へ立派な別荘を新築した。そして神戸中検の梅幸、奈良米、千代、国子……といつたやうな妓達と一緒に自動車に乗つて、春先の京都を乗廻したといふ噂が立つた。
仲のいゝ地主友達が意見旁容子を訊いてみると、長次郎氏は例のやうに手首の珠数を爪繰りながら、
「うむ、あつたよ。」と変もない顔で答へた。「近頃芸者々々と他が言ふから、世間が変つて来たのでさうもするものかと思つて、服部さんや村野滝川さん達を、別荘に招待する尋でに、ついやつてみたばかしだがね、矢つ張果樹園の方が好いやうだ、妓は喧しくつてね……」
成程林檎は沈黙家だが、芸者はよくお喋舌をする。そして一番悪いのは長次郎氏のやうな人に、よく解らない事を喋舌る事だ。
父の遺産
3・11
友達は何れもおめかしや揃ひと来てゐるので、ある日の事辛抱がしきれないでロツクフエラアに注意をした。
「いつか中から一度言はう/\と思つてゐたが、君の身装は余りぢやないかね。」
ロツクフエラアは腑に落ちなささうに友達の顔を見た。
「何ういふ意味なんだね、僕の身装があんまりだと言ふのは。」
友達は情無ささうな顔をした。ロツクフエラアが生れて一度も新約全書を読まなかつたと白状したところで、まさかそんな表情はすまいと思はれる程の顔だ。
「何ういふんだか、一寸見たら判りさうなものぢやないか。僕達と比べてみたまへ、君の身装は随分見窄らしいぢやないか。」
ロツクフエラアは漸と気が注いたやうに、友達の身装と自分のとを比べてみた。
「別に見窄らしくも無いぢやないか、唯君達のが綺麗過ぎるんだよ。」
「だつて……」と友達は焦慮つたさうに言つた。「君は吾々の仲間で一番富豪なんぢやないか。」
「さうかも知れんな。」と富豪は相変らず平気な顔をして言つた。「それにしたつて僕は別に見窄らしくも思はんが……」
「見窄らしいよ、何と言つたつて見窄らしいよ。」と友達は暴になつて喚いた。「第一君の阿父の事を考へて見給へ、阿父さんは何処へ出るにもちやんとした身装をしてゐたよ。」
「さうだつたかなあ。」とロツクフエラアは白い歯を出して笑ひ出した。「だが、君、今僕の着込んでるのは、その阿父の服なんだよ。」
親譲りの服だつたら、ロツクフエラア擬きに着られもしようが、親譲りの禿頭だつたら何うしたものだらう。今の児玉翰長などは流石に孝行者で、あの齢で鬘も着ないで凝と辛抱してゐる。
郡長と女中
3・13
序に今少しく頭に余裕があつたら、大久保大阪府知事の相婿である事も記憶してゐて貰ひ度い。尤も近藤氏の娘だからと言つて、別段変つた事はない。唯里が工面がよいので、随つて婿さんが会社で貰ふ俸給をそつくり自分の小使に費ふ事が出来る位のものだ。
浜口夫人は姉さんの大久保夫人と同じやうに良妻賢母を理想としてゐる。良妻賢母に無くて叶はないものは、柔和な猫のやうな良人と、独楽のやうによく働いて呉れる女中とである。浜口夫人はその女中については、幾度か実家へ頼んで寄して貰つたが、なか/\気に入つたのが無かつた。
いろ/\捜し廻つた結果が、浜口君の郷里に恰好なのが一人見つかつた。この女ならば良妻賢母の助手として申分はあるまいとの保証だ。浜口君の郷里といふのは、紀州の湯浅なので、愈々呼び寄せようといふ段になつて礑と困つた。
女中といふのは世間並に若い女である。若い女に一人旅はさせられないのは、極り切つた事で、これだけは外に何一つ教へてくれない学習院の女子部でも教へる事になつてゐる。(学習院の女子部といふのは、自動車の運転手と情死した芳川夫人の母校である。)
浜口君夫婦は、座敷の隅で顔を二つ寄せて思案をしてゐたが、暫くすると浜口君は礑と手を打つた。
「いい事がある、今朝の新聞に大久保君が東京へ転任するといふ噂が出てゐたよ。」
無論そんな噂はあつた。だが、それは浜口家の女中問題とは関係なしに、内務大臣の頭の中に起きた考へだつたのだ。
浜口夫人は「まあ、さうなの。」と嬉しさうに頷いた。
「真実にさうだつたら、大久保の姉さんに連れて来て戴かうぢやありませんか。それは山出しの女中を連れるのは、姉さんもお嫌でせうけど、でも好いわ、属官がゐるんですもの、属官が皆世話してよ。」
大久保知事の転任は、とうと沙汰止みとなつた。その後浜口家の女中が何うなつたかは私の知つた事ではない。唯その世話をさせられる筈になつてゐた属官は、現に四国の某地で郡長を勤めてゐる。そして世の中に官吏ほど結構なものはないやうな顔をして、自宅の女中を叱り飛ばしてゐる。
青磁の皿
3・14
むかし鴻池家に名代の青磁の皿が一枚あつた。同家ではこれを広い世間にたつた一つしか無い宝物として土蔵にしまひ込んで置いた。そして主人が気が鬱々すると、それを取り出して見た。凡て富豪といふものは、自分の家に転がつてゐる塵つ葉一つでも他家には無いものだと思ふと、それで大抵の病気は癒るものなのだ。
ある時鴻池の主人が好者の友達二三人と一緒に生玉へ花見に出掛けた事があつた。一献掬まうといふ事になつて、皆はそこにある料理屋に入つた。
亭主は予々贔屓になつてゐる鴻池の主人だといふので、料理から器まで凝つたものを並べた。そのなかの一つに例の秘蔵の宝物と同じ青磁の皿に、一寸した摘み肴が盛られたのがあつた。
鴻池の主人は吃驚して皿を取り上げて見た。擬ふ方もない立派な青磁である。側にゐる誰彼は幾らか冷かし気味に、
「ほほう、結構な皿や、亭主、お前とこはほんまに偉いもんやな。鴻池家で宝のやうに大事がつとる物を突出しに使ふのやよつてな。」
と賞めあげたものだ。
鴻池の主人は、皿を掌面に載せた儘凝と考へてゐたが、暫くすると亭主を呼んで、この皿を譲つてはくれまいかと畳の上に小判を三十故並べた。亭主は吸ひつけられたやうに小判の顔を見てゐたが、暫くすると忘れてゐたやうに慌てて承知の旨を答へて、小判を懐中に捻ぢ込んだ。
鴻池の主人はそれを見ると、掌面の皿をいきなり庭石に叩きつけた。青磁の皿は小判のやうな音がして、粉々に砕けたと亭主は思つた。鴻池の主人は飲みさしの盃を取り上げながら言つた。
「あの皿は家の物とそつくり同じやつた。同じ青磁の皿が世間に二つあるやうでは、鴻池家の顔に関はるよつてな。」
そして眉毛一つ動かさうとしなかつた。
一寸往時の事を言つたまでだ。小杉家から出た宝物とは何の関係もない。
臍無し男
3・15
鈴木氏が以前備中の倉敷在にゐる或る友人を訪ねた事があつた。其処へ往くには是非村境を流れてゐる高梁川の渡し場を越さねばならなかつた。
渡し場の船頭は、大きな図体に闕腋を着け、冠を被た鼓村氏の姿を見て、天国から墜ちて来た人ででもあるかのやうに、目を瞠つて吃驚した。
「貴方は何様で御座いますな。」
船頭は畏る/\訊いた。
鼓村氏は剽軽な間に合せを言ふ事にかけては立派な芸術を持つてゐる男だ。誰でも可い、氏に、
「君の腹は恰で粉袋のやうに膨れてゐる、屹度臍なんか無いだらう。」
と言つて見るがいい。氏は屹度大きな掌面で下つ腹を押へた儘、低声になつて、
「よく知つてるね、誰にも言つて呉れちや困るが、実際僕の腹には臍が無いんでね……」
と真面目になつて言ふに極つてゐる。
「貴方は何様で……」といふ船頭の言葉を聞いた瞬間、鼓村氏はすつかりその何様になつてしまつた。
「俺かの、俺は京都から来たものぢやが、この村にSといふ男が居るかの。」
鼓村氏は芝居の台辞がかつた調子で言つた。
「はい、居りますでございます。」
「俺はそのSといふ男に位を授けに下つて来た者ぢや。」鼓村氏は自分でももう実際宮内省から来た者の様に思つてゐた。「粗忽があつてはならんぞ。」
「御苦労様に存じます。」
船頭は船底に虫のやうに平べつたくなつてゐた。
鼓村氏は二三日その友人の許で遊んだ。帰途にその渡し場を通ると、矢張り同じ船頭が待つてゐて、慌てて頬冠りを取つた。その瞬間鼓村氏は二三日前の悪戯を思ひ出した。で、厳べらしく言つた。
「船頭、位は無事に授けたぞ。この後ともSは大事にして遣はせ。」
「畏まりましてございます。」
船頭は大阪府のランチが後藤内相を送るやうに、おつかな吃驚に鼓村氏を乗せて水を渡つた。鼓村氏は舷から蛙のやうな恰好をしてぴよいと向う岸に飛んだ。
お蔭で氏は渡し銭を払ふ事を忘れてゐた。船頭も無論そんな事は思つてゐなかつた。のみならず友達のS氏にまで、その後二三ヶ月といふもの、どうしても渡し銭を貰はうとしなかつた。
大蛇の祟
3・16
何故息を吐いたかといふと、こんな式位で噂に聞いた大蛇の祟りが無事に取り除けられるものか、何うか疑はしかつたからである。
和江村の大蛇の祟りに就いては長い因縁譚がある。それは二三年前に竣功した由良川尻瀬戸島の石除工事に関聯したもので、この瀬戸島の蔭には往時から大蛇が棲んでるといふ伝説があつて、石除工事が行はれると聞いた時には、部落の農夫は何事も無ければよいがと案じたものだ。
だが大蛇は大阪の実業家のやうに、土木技師に賄賂を使ふ事を知らないので、石除は何の遠慮もなく取行はれた。お蔭で大蛇はその頃から棲む家が無くなつてしまつた。
棲家の無くなつた大蛇は、自然人間の胸に巣を組まねばならなくなつた。それからといふもの、和江村には従来無かつた精神病者がどん/\出来出した。どの病人もどの病人も、極つて蛇のやうに首を持ち上げた。そして、
「俺は瀬戸島の大蛇ぢや……」
と気味の悪い囈言を言ひ言ひしてゐる。
和江村では、その都度幾度か地方の神官を招いて、清祓式を行つてはみるが、一向効目が無くて狂人は殖えるばかりなので、寧そ大社教の管長様を迎へたらといふ事になつて、さてこそ千家管長の乗込みになつた。
だが、実をいふと管長も農夫を狂人にする事は知つてゐるが、(農夫を狂人にするには、思ひ切り村税を取立てるか、麦畑を踏み荒したらそれで十分だ。)狂人を元の農夫にする事は知らない。それに相手が大蛇では少し勝手が違つた。
で、精々念を入れて式を行ふ事にした。結構な事さ、世の中に女の離縁状以外には、念を入れ過ぎて悪いといふ事は、何一つ無いのだから……。
見え坊
3・19
宗教的所属といつた丈では、日本の政治家の前では一向通じないかも知れない。物は試しだ。先日中大阪に来てゐた尾崎愕堂氏を取つ掴まへて、
「貴方の宗教は?」
と唐突に訊いてみるが好い。愕堂氏は屹度鉛筆のやうに身体を真直にして、
「宗教つて死んで地獄へ往く事でせう。それならば私は今日風邪を引いてゐるから、癒つてからゆつくり出掛ける事にしませう。」
と言ふに極まつてゐる。
宗教つてそんな物ではない。真実の事をいふと接吻や賭博や、医者の診断と同じやうに生きてゐる間にすべき事で、宗教家の言ふ所によると、何でも宗教さへ信じて置けば借金などは打拾つて置いても差支ないものらしい。
だが、そんな詮議は何うでも可いとして、その折誰かがブライアン氏の宗教は何だらうと言ひ出した。すると、側にゐた浸礼教会派のある政治家が、
「近頃宗旨更へしてね、僕達と同じやうに浸礼派さ。」
と知つたか振を言つた。
「え、浸礼派になつたつて。」と隅つこで居睡りをしてゐた美以美派の田舎政治家が、眼を覚まし様怒鳴つた。「嘘いふない、そんな筈があつて溜るもんかい。」
「嘘なもんか、真実に宗旨更へをしたんぢやないか。」
と前の男は、後方を振向いて口を尖らせた。
「うんにや……」と美以美派の田舎政治家は頭を掉つた。「そんな筈は無い。一体何だらう、君達の浸礼派では、お宗旨に入る時頭を水に浸けるんだつていふぢやないか。」
「さうだよ。それにしたつてブライアンさんの宗旨更へに関係は無からうぢやないか。」
「有るともさ、大ありだ……」と美以美派の田舎政治家は立ち上つて演説でもするやうに手真似をした。
「考へてみたまへ、あのブライアンのやうな男が一寸の間でも世間から顔を隠して、頭を水に漬けるなんて、そんな事が考へられるかい……」
隈侯と勇
3・21
「古から智仁勇といふ言葉がある。」と侯爵はかう言つて、魚のやうに口を尖らせて皆の顔を見た。「手つ取早く譬へてみたら、智は狐、仁は庄屋、勇は鉄砲であるんである。」と言つて、痩せた筋だらけの腕を鉄砲のやうに、客の鼻先に突き出した。
「で、古昔から智仁勇と文字通りに順序を付けて、智を第一位に置いたやうぢやが……」と侯爵は前に突出した腕をだらりと狐の尻尾のやうに卓子の上に投げ出した。「智は畢竟狐で、徒らに疑ひが多くて、却つて事業の妨げとなつたんである。」
「御説、御説、全く御説の通りで……」と一番右手に居た男は、感心したやうに禿頭を後から撫で下した。この頭は幸福にも今日まで一度だつて「智慧」の厄介になつた事が無かつた。
侯爵はその頭をじろりと見て変な顔をした。
「次は仁で、先づ庄屋のお人好しといつた所ぢやが……」と投げ出した手を庄屋のやうに胸の上で拱んだ。「ぢやが、当今のやうな時勢では、得て狐の智慧に騙され易くての。」
「御意、御意……」と一番左の男は、気に入つたやうに二三度頷いた。この男は前の選挙に落選したのを、何よりも自分が仁者である証拠だと、今でも思つてゐるのだ。
「所で最後の勇ぢやが……」と侯爵は拱んだ手を解いて、鉄砲のやうにまた前へ突き出した。「今の政界に立つて、所謂高遠なる理想を行ふには、何よりも勇が無くつちやならんのである。そこで吾輩は近頃智仁勇の代りに勇智仁と言つて居るんぢや……」と言つて、筋ばつた拳骨でもつて卓子を一つどしんと叩き付けた。
その勇気におつ魂消たやうに、其辺の珈琲茶碗はがち/\と身顫をして飛上つた。
「成程勇でごわすな。今度はお互に一つ勇でも揮ひませうわい。」
と客は寒さうな顔を見合はせて、一緒に立つて侯爵にお辞儀をした。そして玄関で待たせた俥に乗ると、言ひ合せたやうに体を鯱子張らせて「勇だ/\。大いに遣るぞ」と強ひて附景気をしてゐた。
侯爵は旨いことを言つた。「智」だの、「仁」だの、そんな結構な物の持合せの無い男には「勇」で納得させるに限る。それに何よりも善いのは「勇」はお説教一つで十分で、侯爵の腹を痛めずに済む事である。
船株成金
3・22
一頻り船成金の声が喧しく言ひ伝へられた当時、広海氏も世間並に船で一儲したいと思つて、胸算用をにこ/\顔で包んで、のつそり川崎造船所の門を入つて往つた。
その日はぽか/\暖かくつて、金儲けを考へるには勿体ないやうな日和であつた。造船所の上には鳶が鼻唄を謡つてゐたが、お天道様や鳶に用事の無い広海氏は掛りの顔を見ると直ぐと切り出した。
「船が註文し度くてやつて来ましたのだが……」
「毎度どうも有雉う御座います。」造船所の掛員は油で固めた頭を弾機細工のやうに器用に下げた。
広海氏は言つた。
「何うでせう、一噸二百七十円位で約束が出来ますまいか。」
「二百七十円!」造船所の掛員は広海氏の顔を見て、盃のやうな口元をして笑ひ出した。「御冗談もんでせう、今時そんな値段で貴方……えへへへ……」
「怪つ体な笑ひ方だな。」と広海氏は少し
とした。「二百七十円と言つたが、そんなに可笑しいんですか。」「でも貴方。」と造船所の掛員は、又しても笑ひたくなるのを強ひて押へつけた。そして右手に長く寝そべつてゐる、一艘の新造船を指さした。「あれが一噸四百円のお引受でしたもの、今ぢや四百五十円を一文欠きましても……」
「四百五十円……真実ですか。」と広海氏は何処を見るともなく凝と考へ出した。空には相変らず、鳶が鼻唄を謡つてゐる。暫くすると、広海氏は帽子を脱いで叮嚀にお辞儀をした。「いや、どうも有り難う御座いました。」
造船所の掛員は、葬式の帰りに、一度こんなお辞儀に出会して以来久し振の事なので、甚く度胆を抜かれてしまつた。
それから二三日すると、川崎造船所の株が蒼蠅い程頻と切り替られた。名前を調べてみると、孰れも皆広海氏なので、造船所の掛員は「あゝ、さうだつたか」と初めてあの叮嚀なお辞儀の理由が判つた。
広海氏に教へる。欧洲戦争此来死人が殖えたので、今では三途の川の船渡しが大分儲かるといふ事だ。株を買ふなら今の間である。
大井卜新
3・23
卜新氏は天保五年生れの今年八十四歳だといふから、成程当選でもしたら屹度最年長者といふ事になるだらうが、こゝに一寸困る事があるといふのは、卜新氏は自分が薬屋である立場から、平素医薬分業を唱へて議会でも何かのどさくさ紛れにはそれを持出さうとする。
それを知つてゐる堺の医者連は、卜新氏が戸別訪問にやつて来て、
「何分よろしう。」
と、天保五年以来一度も継ぎ更へた事のない頭を下げると、急に忙しさうな顔をして、
「や、選挙ですか、何うも今度は色々な人から頼まれましてね。」と極つたやうに汚れたカルテへ間違だらけの独逸語を走り書する。「それに大井さんの御持場は、確か医薬分業でしたつけね。」
「いや何うも御記憶のいゝ事で。」と卜新氏は長い間生薬と女の唇とを嘗めて来たらしい口を開けて笑つた。「あれは往事で拙者ももう当年八十四歳になりますでな。」
八十四歳を売物にしてゐる卜新氏は、とうと医師会に一札を入れた。一札には今度都合よく当選したら、医薬分業の提議だけは、どんな事があつても出さない、拙者ももう八十四だからといふ意味合の事が認めてある。
往時から一札の値段は、医者の診察と同じやうに兎角あやふやなものだが、病人に医者の診察を信じるものがあるやうに、医者が一札を信じたところでそれに少しも差支はない。然し卜新老の首根つこを押へつけて、議会で分業論を言はせまいとするには、もつと良い分別がある筈だ。
良い分別といふのは外でもない、もしか卜新老が約束に背いたら、持前のお医者の腕を揮つてみせる事だ。ゲエテが言つたぢやないか。医者に何一つ善い事はないが、若い女の手が握られるだけが取柄だと。卜新老は人も知つてる通り若い妾を可愛がるので名高い人だ。
半江の幅
3・24
「なに松本に一つの希望があるつて。一つなもんか、希望なら四つも五つも有つてら。その証拠には咋宵……」
と、昨宵どこかで見た事まで引張り出さうとする人があるかも知れないが、そんな事はまあ何うでもよい。
松本氏の希望といふのはかうだ。氏の養父松本重太郎氏が老年になつてあゝした悲惨な境涯に陥つた。その当時整理の為に多くの書画骨董を投げ出したが、それは重太郎氏が何よりも大事にかけてゐた品だけに、見るから気の毒な事が多かつた。で、出来る事なら、当時の秘蔵品を一つ一つ買ひ戻したいといふのだ。
だが、その当時の秘蔵品は、今では散々ばらばらに散ばつて、容易に持主を捜し当てる事が出来なかつた。ところが、この頃になつて唯一つ半江の密画山水が岡山の多額納税議員星島謹一郎氏の手にある事が判つた。
半江のその画は、重太郎氏が数ある蔵幅のなかでも一番好いてゐただけに、松蔵氏は何とかして買戻さねば承知出来なくなつた。で、最近人手で星島氏に談判を持込んだ。
「御承知だつしやろが、松蔵はんは甚い孝行者だしてな。」と仲に立つた男は擽つたさうな顔をして星島氏に言つた。「あんさん許にあの幅が納まつたある事聞かれますと、途方もない喜ばれましてな、親父の為めや、金は何ぼでも出すよつて貰うて来いと、こないに言はれますのやよつてな。」
床の間にはその半江の幅が懸つてゐた。星島氏は馬のやうな長い顔を持ち上げてその画を見た。画には胡瓜のやうな山や仙人やが描いてあつたが、何処が良いのかさつぱり判らなかつた。
星島氏も親孝行にかけては松本氏に負を取らなかつた。
「さう承はつてみれば何とかしてお譲りしたいんだが。」と星島氏は馬のやうにばち/\瞬きをした。「実をいふと、この幅は私の親父が存命中に手に入れたので、私一存では何うとも計らひ兼るのです。で、まあ折角だがお絶念下すつて……」
かう言つて星島氏は孝行者らしく狐のやうな軽い咳を二つ三つした。その瞬間仲に立つた男は、孝行者の松本氏も同じやうな咳をした事を想ひ出して可笑しくなつた。
芳賀矢一
3・25
博士は国文学者には珍しい気焔家だけに、布哇やカリフオルニヤでは日本人を集めて、国語教育について随分悪まれ口を利いたものだ。
加州のある土地で、博士は在留日本人から招待を受けて一夕国語教育の講演をした。博士のお喋舌と言へば、いつでも国語教育の一点張で、相手が唖であらうが梭魚であらうが、博士はそんな事には頓着なく、閑さへあれば直ぐ国語教育の談話を押しつける。
「民族の発展は何よりも国語に基礎を置かなければならぬ。」と、博士は八九年前本郷の洋服屋で拵へたフロツクコートの隠しから手巾を引張り出しながら言つた。「諸君が米国における事業は洵に立派なものだが、それ以上に諸君は日本語を普及させなければならぬ。」
手巾は雑巾のやうに黒かつた。博士はそれで脂ぎつた顔を撫でまはした。「だが、日本語とは諸君の遣つてゐるやうな言葉ではない。諸君のは山口や和歌山の訛言葉で、生一本の日本語といつたら、先づ私の遣つてゐるやうな言葉である。」
博士はかういつて、その生一本な日本語を使ひ馴れた唇を、雑巾のやうな手巾で押し拭つて壇を下りた。
それから博士はシカゴへ往つた。そして大威張りで土地一番のブラツクストンホテルへ泊つた。土地不案内な博士はある日日本の留学生を一人連れて散歩へ出た。そして日本で買つた繻子張の蝙蝠傘をつきながら、例のだくだくのフロツクコートで大股に町を歩いてゐた。
博士は途々民族の発展と日本語の普及とを考へてゐた。そしていゝ気になつて繻子張の蝙蝠傘を揮り廻してゐるうち、傘の先でしたゝか前に歩いてゐる大男の肩を叩いた。その男は振向いて怖い顔をした。
『日本国民性十講』の著者は慌てて帽子に手をかけた。そして大声に喚いた。
「や、どうも失礼しました。」
その言葉は英語でも仏蘭西語でもなく、生一本の日本語だつた。――博士は物の十分間も経つた頃、思ひ出したやうに、
「あ、今のは日本語だつたな、気の毒にヤンキイには解らなかつたらう。」
と言つて、残念さうに舌打をした。
弁護士
3・27
尋でだから言つておくが、リンカンが田舎弁護士をしてゐたのが事実だからといつて、田舎弁護士が大統領になると限つたものではない。弁護士といふものは、いつも自分に勝手な理窟をつけたがるものだから、この点だけは特に言つて置かなければならぬ。
その晩リンカンが泊る筈になつてゐる旅籠屋は、停車場から十四哩ほど引込んだところにあつた。リンカンはがた馬車に乗つて旅籠屋に出掛けた。途中で雨が降り出した。弁護士は路傍のごろた石と一緒に、頭からぐしよ濡れになつた。
宿に着いたリンカンは附近を見廻して、不機嫌な顔をした。部屋は馬小舎のやうに薄汚かつた。その上暖炉には小さな火しか燃えてゐなかつた。火の周囲には田舎の旅の者と仲間の弁護士が四五人、亀縮むだ手を出して顫へてゐた。どの手もどの手もまだ運を掴むだ事が無いらしかつた。
皆は木片のやうに黙つて衝立つてゐたが、暫くすると、仲間の一人がリンカンに言つた。
「甚く凍みるぢやありませんか。」
「さうですね。」とリンカンは返事をした。「地獄の熱さも溜らないが、こゝの寒さもまた格別ですね。」
「へえ、地獄の熱さですつて。貴方地獄においでになつた事があるんですか。」
と田舎客が口を出した。
「居ましたよ。」リンカンは真面目くさつて言つた。居合せた弁護士は、顔を見合はせてにやりと笑つた。孰れも腹の減つた様な笑ひ方だつた。
田舎客は険しい顔をして訊いた。
「そいぢや伺ひますが、地獄つてどんな処ですかい。」
「恰どこゝのやうな処でね。」と未来の大統領は吐き出すやうに言つた。「法律家はみんな火の周囲に立たせられて居ましたよ。」
流石にリンカンだ。弁護士はしながらも、すべて法律家の霊魂は焼栗のやうに地獄の火で黒焦にされるものだと知つてゐたのだ。単にこの点だけでも彼には大統領の値打はあつた。
呉々も言つておくが、その晩暖炉の周囲に立つてゐた弁護士は五六人あつた。そして唯一人リンカンだけが霊魂を焼栗のやうに黒焦にしないで済んだ。
「宅へ来い」
3・28
天国とはどんな善い所か知らないが、宮川氏にしても全で顔昵懇のない、加之に言葉に不自由な西洋の人達と一緒では嘸困り物だらうといふと、広岡女史は牝牛のやうな声で、
「天国でお喋舌が何の役に立つんです。あちらでは唯顔を見てさへ居れば十分なんですから、言葉に不自由なぞ無い筈です。」
と喚いたといふ事だ。成程聴いてみれば結構なところだ。結構には違ひはないが、それにしては雄弁家の宮川氏に取つて甚く物足りないかも知れない、宮川氏は何よりも「聴衆」が好きなんだから。
ある時広岡女史と、今丹波辺の田舎にゐる女伝道師とが落合つた事があつた。場所は四福音書と、安物の英和辞書と渡米案内の転がつてゐる教会の一室であつた。広岡女史は極めつけるやうな調子で女伝道師に言つた。
「宮川さんのと貴方のお仕事を比べて御覧なさい。お恥かしくは有りませんか。私共は実際宮川さんお一人のお蔭で、世界が幾らか明るくなつたやうに思つてるんですよ。」
女伝道師には、その瞬間宮川氏の禿頭を思ひ出して笑ふ程の余裕は無かつた。伝道師は直ぐに答へた。
「そんなに仰有るけど、宮川さんは殿方、私は女なんですもの、一様には往きませんわ。」
今日まで一度だつて自分を女だと思つた事のない広岡女史は、それを聞くともう溜らないやうに身悶えした。大きな膝の下では椅子が苦しさうに、ぎち/\泣き出した。
「へえ、貴女は女ですかい。」と女史は顔を前へ突き出して、一段と声を張つた。「基督の福音を伝道しながら、御自分では女の積りでお居でだつたのかい。」
「さうですとも、女に相違ないぢやありませんか。」と女伝道師は口を尖らせた。だが、実を言ふと、この伝道師には少しも女らしい所は無かつた。さうかと言つて男とも見えなかつた。あけすけに言つたら、油の切れた古時計のやうに思はれた。
「意気地のない!」
と広岡女史は思はず大声で怒鳴つた。そしてはつと気が注いて後を見ると、
間に懸つたゲツセマネの基督は吃驚したやうに顫へて居た。広岡女史はつと立ち上つたと思ふと、大きな手で相手の肩を押へた。「宅へ往きませう。宅の庭なら、幾ら貴方と啀み合つたつて構はないんですからね。」
森久保作蔵
3・29
森久保氏の芸当といふと、精々逆立ちか、馬の鼻面を嘗める位が、手一杯だらうと思ふ人があるかも知れないが、なかなか其
物でない――。森久保氏の芸当といふのは、流行の九官鳥と同じやうに物覚えが良いといふ事だ。森久保氏は一度読んだ書物なら滅多に忘れない。何枚の何行目にどんな文句があるといふ事まで、ちやんと諳んじてゐる。――尤もあの男の事だから、書物といつたつてたんと読んでゐる訳でもあるまいが、源平盛衰記と太平記とだけはが悉皆暗記してゐる。(事によつたら、森久保氏が今日まで読んだ書物は、この二冊以外には何にも無かつたかも知れない。)
頭の悪い政治家の仲間では森久保氏の記憶力はかなり評判ものだと見えて、政友会の本部で仕事の閑な折には、陣笠の誰彼が寄つて集つて、よくその試験を行つたものだ。
「よしか森久保君……」と陣笠は安本の太平記を盲探しに開けてみて「さ、新田義貞と勾当内侍の色事の条だよ。」と眼についたその文章を一寸読み聞かせる。「新田左中将常に召されて内裏の御警固にぞ候はれける、ある夜……」
「もう可い/\。」森久保氏は百姓のやうな硬つぱしい掌面を鼻先で揮り廻す。そして直ぐ説経祭文のやうな節で後の文句を読み続ける。「ある夜月凄じく風冷やかなるに、この勾当の内侍半ば簾を捲きて琴を弾じ給ひけり、中将その艶声に心引かれて、覚えず禁庭の月に立ちさまよひ……」
恰で自分が内侍と色事でもしてゐるやうな調子で、若い変な声を出して何時迄も読み続けるので、どんな相手でもついその記憶力に感心させられてしまふ。
聞けば森久保氏は、その記憶の良いのを自慢に、自分が長い間見たり聞いたりした事を土台として、自由党の内面史を拵へるといふ事だ。内面史だといふから、随分自分達の利益にならない闇い事をも書き残さなければならぬ筈だが、都合が好い事には、森久保氏は凡て自分の利益にならぬ事は何でも忘れるといふ秘伝を知つてゐる。
いゝ秘伝だ。達者に世の中を送らうとする者にとつて、恁
結構な秘伝はない筈だ。二大問題
3・30
なかでも大阪商船の山岡順太郎氏のは、際立つて他人のと変つてゐる。氏は入社希望者と応接室の卓子越しに向ひ合ふと、あの獣のやうな顔をぬつと相手の鼻先へつきつけて訊くさうだ。
「君の故郷は何処だつたけね。」と言つて。
商船会社の志望者といつても、もとは大抵胡瓜や馬鈴薯と同じやうに陸の上で生れたので、それ/″\自分の故郷といふのを有つてゐる。
「はい、私は鳥取生れで御座います。」
「鳥取か。」山岡氏は両手を卓子の上に支ひ棒にして、顔をその上に載つけた。ごりごりした顎髯にも痛まない程掌面は硬いらしかつた。「ぢや訊くが、鳥取では米は幾らしてるね。」
「米の値段ですか。」と年の若い入社志望者は、頭脳で分らない事を、胃の腑に相談でもするらしく、凝と首を傾げて考へ込んだが、多くの場合頭脳で判らない事は、胃の腑でも掻いくれ見当が立たないものだ。「さあ、幾らしてませうね、一寸分り兼ねます。」
「この男幾らか常識が乏しいと見えるな。」と山岡氏は相手に対する興味を半分方殺いだらしく、獣のやうな顔をそろ/\掌面から持ち上げて、ぐたりと椅子の凭れに寄せかけた。「ぢや今一つ訊くが、君はまだ独身者ださうだが、ちよい/\女買ひはするかい。」
「何を仰有るんです。」若い志望者は唐辛のやうに真赤になつて顫へた。「僕はまだそんな真似をする程堕落はしません。」
「さうか、それは結構なことだ。」と、山岡氏は残る半分方の興味をもすつかり無くしてしまつたらしく、のつそり立ち上りざま「何れ近日何等かの沙汰をしようが、余り当にしない方がよからう。」と体よく志望者を送り出してしまふ。
だが、肝腎の腹はその瞬間にすつかり既う極つてゐるのだ。山岡氏の意見によれば、米の価を知らないものは常識に欠けてゐる。性慾の談話を汚い物のやうに思ふのは偽善者の証拠だ。偽善者と非常識とは会社に取つて何の役にも立たないといふのだ。
いい了見だ。山岡氏の考へに微塵も違つた所はない――何故といつて、頭の半分で米の値段を考へ、あとの半分で性慾の事を考へるのが一番進歩した人生観だから。
小包の紐
3・31
カアネエギイは木片のやうな事務員でも、大抵は自分がぢかに会つた上で撰好みをする。凡てカアネエギイのやうに自分の腕一本で事業に成功した男は、得て自分の腕を自慢する余り、自分の鑑定をも信じたがるものなのだ。
ある若い学校出の青年が二人一緒にカアネエギイの事務所に就職を願ひ出て来た。カアネエギイは先づその一人を応接間に喚び出した。青年は怖る/\卓子の前に立つた。
百万長者は凝と青年の顔を見つめてゐたが、暫くすると立ち上つて後の棚から一つの小包を取り出して来た。
「これを解いて呉れ給へ。」
どんな難しい事を訊ひかけられるだらうと、胸をどきどきさせてゐた青年は、漸と安心したやうに綺麗に櫛の目の立つた頭を二三度下げた。そして叮嚀に小包の括り紐を切つて、紙包みを解いた。なかから出たのは、世界を堅麺麭のやうに水気の無い物にしたがつてゐるある宗教家の書物だつたが、青年は書物の標題などには頓着なく、克明に括り紐を継ぎ合せて、カアネエギイの前に差し出した。
その青年と入違ひに、今一人の男が喚び出された。そして同じやうに小包を配がはれた。その男は小包を見ると鳶が鼠を扱ふやうに、いきなり括り紐をぷつりと引切り、紙包みを破つて中から一冊の書物を引出した。そして括り紐と包み紙とは一緒くたに丸めて紙屑籠に投り込んだ。
それを見てゐたカアネエギイは初めて気に入つたやうに頷いた。そして一語一語金貨の音のするやうな声で、
「明日から出て来なさい、事務員に採用するから。」と言つて笑顔を見せたが、前の青年はその儘不採用になつた。
或る人がその理由を聞くと、カアネエギイは気もない調子で、
「今日はもう小包の四手紐を節倹するやうな時勢ぢやありませんからな。」
と言つたといふ事だ。成程立派な心掛だが、可笑しいのは近頃米独国交の雲行が怪しくなつて来たので、
「かうなつちや、何でも節倹して置くに限る。」といつて、小包の四手紐を粗末にしないやうに事務員に言ひ付けてゐるといふ事だ。
婦人の戯
4・2
鋏は色恋や愛国婦人会などと一緒に、婦人の玩具として発明せられたものだから、それを使ふのに誰に遠慮はない筈だ。折角鋏といふ調法な玩具があるのに、態とそれを使はないで、指先の仕事一つで造花を拵へるなんて、女も男のやうに案外無駄の多いものだと思つた。
むかしから画家がよく指頭画といふ事をする。(亡くなつた夏目漱石なぞも、京都で初めてそれを見て甚く感心したといふ事だ。)大雅堂がある時その指頭画を試つて、幾らか得意さうな顔をしてゐると、傍にゐた伊藤介亭(介亭は仁斎の三番目の子だ)がじつとそれを見て、
「大雅さんには近頃よい事をお覚えになりましたな。田舎へ旅立でもして、筆など一寸見当らない場合には重宝なもので御座らうて。」
と冷かしたので、大雅は甚く恥ぢ入つて、二度ともう指頭画を試らうとしなかつたといふ事だ。
むかし南唐に李
といつて書画に巧な人があつた。大きい文字を書く折には態と筆を用ゐないで、帛をぐるぐる巻にして、その先に墨汁を含ませて、べたべた塗くるのを甚く自慢にしてゐたといふ事だが、これなどもまあ一寸した思ひ付の戯だ。でも芸といふものは嬉しいもので、鋏なしの造花を弄くる婦人達は、何かの間違で監獄に入つても、まあ退屈なしにその日を送る事が出来ようといふものさ。
名物切
4・3
その噂を聴いた下村観山氏が、ある時伝手を求めて前田侯の邸へ観せて貰ひに出掛けた。無論画の参考にする為で。画家といふものは自分の「参考」のためには、若い婦人を裸体にする事さへ平気なのだから、他人様の土蔵を開けさす事位は何とも思つて居らない。
名物切といふと、何処の秘蔵でも花骨牌の札か、精々大きくて慈善音楽会の招待切符位のもので、加賀侯の名物切も観山氏の頭では無論そんなものだつた。
ところが皺くちやな執事が、土蔵から取り出して観山氏の前に展げたのはそんな小切では無かつた。恰で呉服屋の店先に転がつてゐる緋金巾か何ぞのやうに大幅のものだつた。観山氏はその前に鼠のやうに縮かまつた。
「いや、何うも大したもので……」
と観山氏が腹の底から絞り出すやうに感心すると、執事はそれを引手繰るやうに取り上げて、また異つた古渡の織物を大幅のまゝ次から次へと取り出して来たさうだ。
むかし唐の太宗皇帝は王羲之の書を三千六百余りも持合せてゐた。何でも一巻の長さを一丈二尺で一軸としたもので、なかで蘭亭の叙が一番名高かつたといふ事だ。
太宗はよく書が分つて、自分でも馬に乗つてゐながら、鞍坪の上でしよつちゆう書をかく真似をしたといふ程だからいゝが、加賀侯の名物切は少し持ち過ぎてゐる。
持ち過ぎてゐるやうにするには、名物切を世間に散ばらすか、それとも主人がもつと物識になる事だ。
蒙古牛
4・6
鹿児島には名物の藷焼酎がある。そして藷焼酎を飲むためにこの世へ生れて来たやうな男も随分居る。赤塚氏はそんな男を相手に藷焼酎をしたゝか飲んだ。そして肴には支那の談話をたんとした。支那の談話だけに幾ら嘘を吐いても差支ないのが面白かつた。
お蔭で赤塚氏はひどく腹を損ねた。そして懶けきつた胃の腑を抱へて奉天へ来るには来たが、病気は捗々しくは癒らなかつた。
近頃満洲では鄭家屯事件も無事に片付いたので、督軍張作霖が頻と「日支親善」といふ事を言ひ出した。張作霖は螺旋を巻き忘れた柱時計の顔を見ても、飲み忘れた水薬の香を嗅いでも、直ぐこの合言葉を思ひ出すのだ。そして、
「さうだ、日支親善を忘れちやいけない……」
と直ぐ何かの名義を拵へて宴会をする。この男の考へでは、日本人と支那人とは蠅のやうなもので、杯の縁か肉皿のなかでなければ仲善くはならないものらしい。
先日もさういふ宴会が一つあつた。お客の間に赤塚氏と呉俊陞氏の顔が見えてゐた。呉俊陞氏はいつだつたか蒙匪襲撃の途中で肩を傷めて、その後日本の医者のお蔭でやつとよくなつた男だ。赤塚氏はいふ迄もなく焼酎で胃の腑を損ねた総領事である。
呉俊陞氏は不思議さうに赤塚氏の顔を見た。
「貴方何うかしましたか、お顔の色が甚くすぐれませんね。」
赤塚氏は
のやうな青い顔をして、羨ましさうに呉俊陞氏の脂ぎつた身体を見上げた。「胃が悪くてね。好きな酒も飲めませんのさ。」
呉俊陞氏は瘠せた小狗を労はるやうに赤塚氏の肩へ手をかけた。
「ぢや、牛乳を召し上るんですね。何なら蒙古牛の乳をさし上げませうか。」
その翌る朝日本総領事館の門前へ、大きな蒙古牛が一頭連れ込まれた。腹の下には可愛らしい仔牛が一つ乳房を含むでゐた。赤塚氏はその由を聞くと、寝衣の儘表へ飛んで来てにこ/\した。
「へえ、牛を送つて来たのか、乳をやるとばかし言つたんだがなあ……」
その朝から赤塚氏は仔牛と一緒にちゆう/\唇を鳴らしながら蒙古牛の乳を啜つてゐるが、何故呉俊陞が乳牛と一緒に、仔牛まで送つて来たのか、それだけは幾度考へても判らないといふ事だ。
判らなければ教へてもよい。幾ら牛の乳でも藷焼酎のやうに煽飲りつけては、結句身の為めにならないといふ事を諭したいからだ。仔牛を見よ、物を適宜に飲食するといふ事にかけては、総領事よりは余程悧巧である。
戸別訪問
4・8
此間米国の大統領選挙があつた。その少し前ブライアン氏がミゾリイ州のある集会に招かれて出掛けた事があつた。ブライアン氏は好きな演説さへ出来る事なら、地獄へ旅立をするのも厭はないといふ人だ。
ブライアン氏はそこで一場の演説をした。そしてすつかり好い気持になつて、自分の椅子へ着くと、聴衆のなかから農夫らしい人の好ささうな顔をした男が一人出て来た。
「へへえ、先生様で御座らつしやりますか。」その男は叮嚀に頭を下げた。「私選挙ちふといつでも此方様に投票するだが、今度もまたさせて戴くかな。」
「さうか、それは辱い。」
ブライアン氏は農夫の律義さうな言葉を聞いて、にこ/\しい/\手を出した。農夫は嬉しさうにそれを握つた。その掌面の大きさといつたら、小麦の大束を握つた余りで、政治家の首根つこを縊める位は何でも無ささうだつた。
「先生様のお為めなら、俺い、何時だつて投票するだと、彼方からも此方からも持掛けるんで定めし先生様もお困りでがせうな。」
「いや、どうして/\。」とブライアン氏は苦笑ひをした。「私が困るのはそんな結構づくめぢや無くつて、実は私の為めには従来だつて一度も投票した事も無ければ、今後もすまいといふ連中なのさ。」
さういふ連中は日本の選挙界にも無い事はない。議員の候補者はそれを口説き落さうとして、戸別訪問をする。戸別訪問といふのは議員候補者の外には物貰ひしかしない方法なのだ。
悪物喰
4・9
漸と原稿も出来上つたので、芥川氏は東京に帰つて来た。すると千葉の旅籠屋宛に出した漱石氏の手紙が、後から追つ駈けて入つて来た。
芥川氏は何心なく封を切つて読み下したが、暫くすると可笑しさうににや/\笑ひ出した。すると恰ど其処へ予て心安立の滝田樗陰氏が女中に導かれて、ぬつと入つて来た。滝田氏は中央公論の編輯人で、小説家の首根つこを家鴨のやうに縊めて、思ふ儘の原稿を書かせるので聞えた人だ。
芥川氏はお客の顔を見ると、手紙を手に持つた儘、また一頻り溜らぬ様に笑ひ出した。
「訝しいぢやないか、僕の顔を見ていきなり笑ひ出すなんて。」
滝田氏はきよろ/\四辺を
したが、手紙が目につくと、猿のやうに手を伸ばして、それを引つ奪つた。手紙にはこんな事が書いてあつた。
「吾輩の許に滝田樗陰といふ悪物喰の男がよく来る。来る時はいつも何か知ら風呂敷包を持込んで、吾輩にいろんな物を呉れる例になつてゐる。で、滝田が来たといふと、直ぐ風呂敷包を聯想し、今度は何を持つて来て呉れたらうと、つい好奇心が動くやうになつた。」
滝田氏はにや/\笑ひ笑ひそれを読んでゐたが、
「いくら夏目さんだつて、悪物喰は余り酷いね。」
と言つて直ぐその場で漱石氏に宛てて、厳い抗議書を投げつけた。
すると、その翌る日、漱石氏から滝田氏に宛てた返辞が入つて来た。返辞にはこんな文句が書いてあつた。
「君を悪物喰といつたのは小生一生の不覚、自今如何やうな事があつても悪物喰などとは決して申すまじ、後日のため一札仍而如件。」
滝田氏はそれで満足したやうに、叮嚀に手紙の皺を伸して手文庫の蓋を開けた。手文庫のなかには、芥川氏に宛てた例の「悪物喰」の手紙がもうちやんと裏打をせられて入つてゐた。
人間にはそれ/″\苦手といふものがある。滅多に他人の言ふ事を肯かなかつたあの旋毛曲りの漱石氏も滝田氏に懸つては手も脚も出なかつたらしく、書、画、扇面、額、軸物……と相手の言ふが儘に手当り任せに書かせられてゐる。恰で襟髪を取つて、四つ這に這はせられた恰好だ。思ふといぢらしくなる。
独山と鉄斎
6・19(夕)
先日新規に帝室技芸員が幾人か任命せられた。技芸員はみんなその道に巧者な人達で、各自に何か製作を拵へてゐるらしいが、そんな極つた仕事の外に、時々笑ひ話の材料を蒔く事をも忘れない。そして何うかすると、その笑ひ話の方が製作品よりも面白い事がある。
新帝室技芸員の一人に富岡鉄斎翁が居る。翁は画の方で色々自慢話を有つてゐるが、その中で一番鼻が高いのは、相国寺の独山和尚を弟子に持つてゐるといふ事で、相手が相手だけに、来世では和尚の伝手で何処か上等の桟敷でも附込んで置きたいらしく、時偶和尚が訪ねて来ると、いつもその画を賞めそやして下へも置かぬ款待をする。
そんな訳で、和尚も自分はいつぱしの画家になつた積りで、そのお礼心に来世では成るべく如来様の御座に近い桟敷を鉄斎翁に予約して置く積りらしかつた。
所が、先日室町一条の鉄斎翁の画室で和尚はある相客に逢つた。相客は大阪辺のある富豪らしかつた。すると、鉄斎翁の言葉つきが急に変になつて来た。
「これはな、相国寺の独山和尚で俺の弟子や……」
といつたやうに、いつもの上人扱ひとは打つて変つた挨拶だ。
和尚の眉が虫のやうに動いたと思ふと、ふいと起ち上つて帰つて往つた。そしてそれからといふもの一度も鉄斎翁を訪ねようとしない。老画家の方からは幾度か招待をするが、和尚は漬物石のやうに黄ろい顔をして黙りこくつてゐる。
何をいつても老人同志の間の出来事で他愛もないに極つてゐるが、唯見逃す事の出来ないのは、その日から独山和尚の名で附込になつてゐた、「極楽」座の桟敷が一つ出物になつたといふ事だ。桟敷は特等席だ。心積りのある者は今から申込んで置くに限る。
富豪と番頭
6・20(夕)
富豪といふ富豪はみんな禿頭を抱へて欧羅巴の方へ逃げて往つた。アンドリユー・カアネギーもその仲間に洩れず、欧羅巴行きの支度に取り蒐つた。支度が出来あがると支配人の一人を呼び出した。
「私はこれから欧羅巴の方へ避暑旅行に出掛けたいと思つとる。どうもこの暑さでは遣り切れんからな。」と言つて、汗ばんだ額を撫でた。額のなかでは「金儲け」と「慈善」とが雨蛙のやうに溜息をついてゐた。
「それは御結構な事で……」
と支配人がお愛相をいふと、カアネギーは気の毒さうに支配人の顔を見つめながら言つた。
「この暑い盛りに君一人を残しとくのは全く気の毒さ。だが、私が船に乗込んで埠頭を離れる時、どんな好い気持で居るか、そんな事は思はんやうにしなくつちやならんぞ。」
「どう仕りまして――」支配人は軽く頭を下げた。この男は長年カアネギーに使はれてゐるだけに、よく富豪の気心を知つてゐた。「その代り貴方様も、お留守中私がどんな好い気持でゐますか、そんな事はお思ひにならんやうに願ひます。」
この頃好景気で、富豪といふ階級はうんと殖えたさうだから、さういふ輩はよくこの問答を味はつておいて貰ひ度い。そして成るべくなら旅費をしこたま懐中に捻ぢ込んで、梅雨のうちからでも好い、出来るだけ早く避暑に出掛ける事だ。
小山内薫氏
6・22(夕)
文学者小山内薫氏も、この女神様の熱心な信者の一人で、以前はいろんな物が怖かつた。――中にも「晦日」と物の解らない批評家とを一番怖ろしがつたものだが、その女神様を信心し出してからは、この二つさへ一向怖ろしくなくなつたといふ事だ。
それのみか、信心のお蔭で、小山内氏は色々な不思議を行ふ事が出来ると言つてゐる。現に先日も銀座のある停留場で終電車を待つてゐた事があつた。無学で加之に性急な終電車は、さういふ信者が夜中の街に立つてゐようと知る筈もなく、小躍りして停留場を素通りした。
置いてきぼりにされた小山内氏は、履直しのやうに道ツ傍にぺたりと尻を下した。そして一念こめて凝と電車の後を睨んだ。小山内氏は自分の二つの眼が、海老の眼のやうに前へ飛び出しさうに思はれた。
電車は佝僂のやうに首を竦めて走つてゐたが、物の小半丁も往つたと思ふ頃、何うした機みか、ポオルが外れてはたと立ち停つた。車掌は車から下りて頻と綱を引張つてゐたが、意地悪のポオルはなか/\手におへなかつた。後を追ひ縋つて来た小山内氏は、犬養木堂が外交調査会の会議室に入つて往くやうにつんと済ました顔をして車掌台に足をかけた。
「信者を置いてきぼりにした罰は覿面さ……」
小山内氏はその後会ふ人毎にこの話をして鼻をぴよこぴよこさせてゐる。まことに結構な事だが、出来る事ならさういふ人間も成るべくポオルを外さないやうに願ひたい。人間も蝸牛や電車と同じやうに二つの角をもつてゐる。そしてそれが上の方に繋がつてゐるうちはいつも大丈夫だ。
大掾の妻
6・24(夕)
弟子達が大掾について浄瑠璃の稽古をする時は、婆さんはいつもちよこなんと側に坐つて、横合からさんざ憎まれ口を叩く。すべて女といふものは、滅多に善い批評家にはなれつこは無いが、心掛一つで疵探しの皮肉家にはなれるものだ。
実をいふと、お高婆さんもその皮肉家の一人で、伊達太夫などは稽古のたんびに随分こつ酷く扱き下されるばかりか、何うかすると、
「おまはんは、食意地が張つとるよつて、そいでそないに息切がするのやし……」
と、胃の腑の棚卸しまで聞かされるので、随分つらい思ひをする事があるさうだ。人間といふものは、頭に水気が多いとか、霊魂に牛乳の臭ひがするとか言つて貶されても、大抵の場合笑つて済まされるものだが、唯胃の腑の事になるとさうは往かない。得て喧嘩になり勝ちなもので、伊達太夫が辛い思ひをするのに何の不思議もない。胃の腑は頭よりも、霊魂よりも人間にとつて急所だからである。
そのお高婆さんが、嫁入当時多くの女が経験するやうに(女としては何といふ有難い経験であらう)酷く姑に苛められた事があつた。お高さんはある晩寝物語にしく/\泣きながらそれを自分の良人に打明けて話した。
大掾は黙つてそれを聞いてゐた。その頃丁度「帯屋」を語つてゐたので、その翌る日から、お絹が姑のおとせに苛められる件に、女房の寝物語を使つて語つてみると、情合がいつになくよく出てゐるといつて、大層な評判を取つた。
大掾は宅へ帰ると一部始終を話して、女房に鄭重な挨拶をした。するとお高さんの顔が急に反古のやうに皺くちやになつた。
「師匠のお利益になる事やつたら、私お母はんにどないに言はれたかて辛抱しまつさ。」
正直なもので、女といふものは賞めて置いたらどんな辛い事でも辛抱する。そしてまたどんな善い事でも男に賞められなかつたら滅多に善い事だとは思はない。
自動車問答
6・25(夕)
「これは/\、鄭重な御挨拶だね。」とタフトはメリケン粉の粉袋のやうに、はち切れさうな顔を歪めて笑つた。「坊はさうして街を通る人に、みんな御挨拶するのかい。」
「いゝえ、伯父ちやん、僕がお辞儀するのは、自動車に乗つてる人ばかしだよ。」と子供は相手の大きな図体に見惚れながら言つた。「親爺がいつもさう言つてら。自動車の旦那衆だけには忘れんやうにお辞儀しろつてね。だつて自動車に乗つて来る人、みんな家のお客様だもの……」
タフトの顔には幾らか落胆りした色が見えた。正直者の大男は、子供心にも俺が前の大統領だといふ事を知つてゐてお辞儀するのだなと思つてゐたのだ。
「ぢや訊くが、お前の親爺の職業は何だね。」
タフトは子供の顔を覗き込むやうにして訊いた。
子供は白い歯を出して笑つた。
「当てて御覧よ、伯父ちやん。」
「さうだな。」と前の大統領は不得手の外交問題でも始末するやうに、顔を顰めて考へた。「さうだ、自動車の修繕屋ででもあるかな。」
「違ふよ、伯父ちやん。」と子供は不足たらしく鼻を膨らませて言つた。「うちの親爺は葬儀屋だあよ。」
葬儀屋だと聞いて、タフトが自分が死くなつた折の始末を頼んだか何うかは知らないが、この問答では綺麗にタフトが負けてゐる。すべて大男と子供と向き合つた場合、勝は多く子供の方にある。
独木舟
7・6(夕)
この頃府下の鯰江町の土底から掘り出された独木舟も、ある学者は千年迄の物だと言ひ、またある学者は千五百年以前の物だと言つて、一つの舟にざつと五百年の差違をつけて平気で済ませてゐる。だが、さる物識の説によると、あんな事になつたのは、学者の鑑定が足りないのでも何でもなく、掘出された独木舟が悪いのださうだ。
その悪い独木舟も愈々京都大学の手に入つたらしいが、舟の図体が余りに大きいので、どんなにして取寄せたものかと、大学の考古学者は寄つて集つてその方法に苦しんでゐる。
それを聞いた内藤湖南博士は、あの子供のやうな顔に皮肉な笑ひを浮べて、
「どんなに大きいたつて、独木舟を取寄せるなんか訳もない話ぢやないか。」
と言ふので、思案に余つた連中が、
「ぢや、何うするんだね。」
と訊くと、
「切り離すのさ、二つか三つかに。幾ら考古学者だつてこの位の智慧があつても善ささうなものぢやないか。」
と言つてけろりと済ませてゐる。
流石は湖南博士で、言ふ事が面白いが、然し博士でもまだ思ひ付かない無難な方法が一つ残つてゐる。それは独木舟をその儘もとの土の中に掘り埋めてしまふといふ事だ。――すべて自分の手に負へない物は、態と見ないに越した事はないのだから……。
成金の鞄
7・12(夕)
榎本氏は何処へ出掛けるのにも、その鞄を持つて往く事を忘れない。氏はよく理髪床へ出掛けるが(成金にしても、人並みに頭は一つ宛持つてゐる)、そんな折にも鞄だけは店に持込んで、じつと跨倉に挟んでゐる。人間は理髪床へ出掛けるやうに、一度は墓場へも往かなければならないが、榎本氏はそんな時にでも、あの鞄だけは屹度手放すまい。
所が、そんな大事な鞄も余儀なく手離さなければならぬ時がある。他でもない、それは蚊と蠅とを追駈ける時で、榎本氏は河鹿と違つてひどく蚊と蠅とを好かない。自分の部屋に蚊か蠅かが居ると、どんな夜中にでも起き出して来て、それを追ひ廻さずにはおかない。で、この頃では大分手馴れて来て、蚊だと直ぐに捕れるが、蠅だけは迚も手におへないので、そんな折には大事の鞄を抱へて逃げる事に定めてゐる。
氏はまた蜻
をも捕る。蜻
は相場師と同じやうに後方に目が無いので、尻つ尾の方から手出しをすると、何時でも捕へられる。榎本氏は時偶二階の窓から掌面を屋根の上へ突き出して雀を掴まへる事がある。言ふ迄もなく掌面には米粒を蒔いておくのだが、これには性急が何よりも禁物で、どんなに早くても四時間はかゝると言つてゐる。
不思議な事には、蚊も、蠅も、お喋舌の雀も、みんな榎本氏と異つて鞄を持つてゐない。耶蘇は「汝等野の百合を見よ」と言つたが、百合を見ようとすれば、馬に乗つて郊外まで出掛けなければならぬ。それも億劫だ。蚊や蠅で判る事だつたら何も態々郊外まで出掛けるにも及ぶまい。語を寄す、榎本氏、鞄は無くとも生きて往かれる世の中である。同じ事ならもつと大事で、そして、もつと手軽な物を持つたら何うであらう。
筍問答
7・18(夕)
「お爺さん、わたい貴方を見送つてから死にたいと思うてましたんやけど……」
媼さんは枕許に坐つてゐる爺さんの手を取つて泣いた。手は何方も皺くちやだつた。
「もう迚もあきまへんよつて、お先きへ遣つて貰ひまつさ。」
爺さんは水洟と一緒くたに涙を啜り込むだ。涙も水洟も目高の泳いでゐる淡水のやうに味が無かつた。
「そない短気な事言はんと、矢張私を見送つてからにしといてえな。」
爺さんは漸とこれだけの事を言つた。
媼さんは頭を掉つた。智慧の持合せの少かつたのを、六十年来使ひ減らして来たので、頭の中では空壜を揮るやうな音がした。
「あきまへん、迚もあきまへんよつて、お先きへ往かしとくなはれや、そしてお爺さんは後から緩くりおいなはれ。」
一頻り病人の咳きあげるのを、爺さんは後方から背を撫でてやつたりした。
「そない言はんと、せめて秋まで延ばしなはらんかいな。そのうち千日へでも往て、おもろい奇術を見てからにでもしたら何うや。」
爺さんは自分が何よりも手品が好きだつたので、お名残に媼さんと一緒にそれが見たかつたのだ。
媼さんは手をふつた。
「そない言うとくんなはるのは嬉しうおますけど、お爺さん、私やつぱり往きまつさ。」
と、宛ど他人に立聴きでもされるのを気遣ふやうに、干からびた口を爺さんの耳へ持つて往つた。
「この節は筍の出盛りやよつて、値が廉うおまつしやろ、お供養しなはるのに安上りに出来まんがな。」
「成程筍が廉い。それもそやなあ。」と爺さんはじつと胸算用をするらしかつたが、考へてみると、筍よりも矢張媼さんの生命の方が高かつた。「いや/\、やつぱり秋まで延ばしなはれ。」
「筍が廉いから今のうちに死にたい。」――倹約な商人の媼さんを、これ程よく現してゐる言葉はまたと有るものでない。媼さんといふ媼さんは、若い頃、
「箪笥が廉くなつた。娘を嫁けるのは今のうちだ。」
と言つて、年齢頃には頓着なく、箪笥の安いのを標準に嫁けられたものなのだ。
無識の得
7・19(夕)
光政は二三日前鷹狩に出掛けた折、途で食つた蜜柑の事を思ひ出した。光政は繍眼児のやうに口を窄めて、立続けに三つばかし食つたやうに思つた。蜜柑は三つとも甘味かつた。一体が気儘育ちだけに、それを思ひ出すともう矢も楯も堪らなくなつて小姓を呼んだ。
「蜜柑が食べたくなつた。二つ三つ持つて参れ。」
暫くすると、大顆の甘味さうなのが籠に盛つて持ち出された。光政は子供のやうに手を出してその一つを取つた。すると丁度その折襖の影から侍医の皺くちやな顔がひよつくり覗いた。
「御前様、蜜柑をとの御意ださうに承はりましたが、この頃の夜寒に如何で御座りませうな。」
侍医は怯々もので言つて、円い滑々した頭を下げた。
「うむ」と言つたきり、光政はじつと侍医の顔を見詰めてゐたが、暫くすると掌面の蜜柑をそつと籠のなかへ返した。蜜柑は生命拾ひをしたのが嬉しさうに、籠から滑り落ちて座敷に転がり出した。
その夜光政は寝床に入ると、誰にいふともなし、独言を言つて溜息をついた。
「あゝ危かつた/\。」
側に居た女が聞き咎めて理由を訊くと、光政は宵の間にあつた蜜柑の事を話して、あの折自分が、その位の事だつたら此方にも知つてゐるとでも言はうものなら、今後は誰一人間違つた事を止め立して呉れるものも無くなるだらう、
「ほんとに危い所だつた。」
と言つて、また一つ深い溜息を吐いた。
人の上に立つて多くの部下を統べてゐる者は、かうして、他の忠言を黙つて聞くだけの心掛が無くてはならぬ。だが、都合の好い事には、今時の上役は、
「蜜柑はお毒ですよ。」
と言はれて、「そんな事だつたら此方にも知つてるよ。」と口を返すだけの物識で無い事だ。すべて物を識らないといふ事は何かに就けて便利が多い。無識の事/\。
天文学者
7・20(夕)
ある時久し振に旧い友達が訪ねて来たので、天文学者は滅多に往きつけない土地一番の料理屋へ引張つて往つた。そして初めから終ひまで彗星の談話をしながら、肉汁を飲んだり、ビフテキを噛つたりした。すべて学者といふものは、自分の専門の談話をしなければ、どんな料理を食べても、それを美味いと思ふ事の出来ないものなのだ。
料理が済むと、主婦さんは勘定書を持ち出した。天文学者はじつとその〆高を見つめてゐたが、暫くすると、望遠鏡を覗く折のやうに変な眼つきをして主婦さんを見た。
「お主婦さん、乃公はこゝで一寸天文学の講釈をするがね、凡てこの世界にある物は、二千五百万年経つと、また元々通りに還つて来る事になつてゐる。してみると、乃公らも二千五百万年後には矢張今のやうにお前さんの店で午飯を食つてゐる筈なのだ。ところで、物は相談だが、この勘定をそれまで掛にして置いては呉れまいかね。」
「えゝ/\、よござんすとも。」と主婦さんは愛相笑ひをしながら言つた。「忘れもしません、ちやうど今から二千五百万年以前にも、檀那は今日のやうに、手前どもの店でお午飯を召し食つて下さいましたが、その折のお勘定が唯今戴けますなら、今日のは、この次ぎまでお待ち致しませう。」
天文学者は呆気に取られて、笑ひながら銭入を取り出して勘定を払つた。成程銭入を見ると、二千五百万年も前から持ち古して来たらしい、手垢の染むだものであつた。
市長の発明
7・21(夕)
「実際気の毒だ、何とかして下級吏員の身の立つやうにしてやらなくつちや。」と大阪市長の池上四郎氏は、先日中から夜の目も寝ずに考へ込んだ。池上氏は大阪市長として考へなければならない、切迫詰つた多くの問題を有つてゐる。さうかといつて、その合間合間に下級吏員や椎茸の値段を考へたところで少しも差支はない。
池上氏は自分の思案に余る事は、みんな市の長老に相談する事に定めてゐる。下級吏員の収入問題は、従来池上氏が取扱つて来た多くの難問題に比べて、別に解決し易いといふ程度の物ではなかつたが、市長は例になく自分一人で考へ込んだ。栗鼠が胡桃の貯蔵法を考へる折の様に、誰に相談もせず自分一人で考へ込んだ。
「成程善い事を思ひついた。これで乃公も安心が出来る。」
と池上氏は漸と何か思ひつくと、感心したやうに頭を撫でた。そして年俸一万二千円も、こんな頭の持主に取つては廉いものだと思つたが、その次ぎの一瞬間、市長になつて以来、自分の方でこの頭の事なぞすつかり忘れてゐたのを思ひ出して冷りとした。
その日から池上氏は人の顔さへ見ると、下級吏員の生活法を説いてゐる。氏の説によると、下級吏員の生活難は、その女房連が他から「奥さん」と呼ばれる、あの一語に根を置いてゐる。良人の収入の足そくにと思つて手内職をしようにも、「奥さん」と呼ばれてみると、さうもならず、つい小猫を相手にぶらぶら日を送る事になる。もしか今後下級吏員の女房を呼ぶのに「かみさん」と言ふ事に極めれば、手内職も誰憚らず出来ようといふもので、従つて市吏員の生活も屹度楽になるといふのだ。
結構な発明で、「奥様」と呼ばれて懶けてゐた女が、「かみさん」と言はれて、急に起き上つて働くといふ事なら、それを下級吏員の家庭だけに限るにも及ぶまい。何事も世間の為めである。せめて府知事や市長の家庭にまで及ぼしたいものである。
大食俳優
7・22(夕)
この男が最近に紐育へ往つた時、ふとした出来心で市の衛生講演会へ傍聴に出掛けて往つた。講演会の傍聴者といふものは、どこでも大抵出来心から来るものなので、若しかさうでない傍聴者が少しでも居るとしたら、それは皆頭の悪い連中で、聴者としては頼もしくない輩である。
その衛生講演会の壇上に現れたのは、近頃売出しの若い衛生学者で、蛋白質と澱粉と含水炭素と等分に混ぜて模範的に試験管のなかで拵へたやうな身体をしてゐた。それにしては少し脂肪が足りないやうに思はれたが、時節柄肉の価が高くなつてゐるので、無理もないと喜劇役者は思つた。
衛生学者は自分の口から出る一語一語が、生みたての卵のやうに滋養に富んでるらしい口附をして喋舌つた。その説によると、仮に人間を七十五歳迄生き延びるものとして、一生の間に食べる食量は、自分の体重の千五百倍になる。その中から麺麭だけを取つて、別に積重ねるとしたら、立派なお寺の建物程の容積になる。
一生の間に噛つた野菜を、一纏めに汽車に積み込むとしたら、貨車を三哩ばかし繋がねばならぬ事になる。燻肉を一片づつ列べたら、ざつと四哩の長さになる。魚類が千五百貫、鶏卵が先づ一万二千個といふところ……
聴衆はそれを聞くと、てんでに恥しさうに掌面でそつと腹を撫でおろして居た。鉄面皮な胃の腑はそんな間でも平気で呼吸をしてゐた。衛生学者は一段と声を高めて、
「それから砂糖が千二百貫、塩が百八十貫、巻煙草が二十五万本……」
こゝまで喋舌つて来ると、喜劇役者は唐突にぼろぼろ涙を流して泣き出した。
「どうした、気分でも悪いのか。」
連の男が心配さうに訊くと、喜劇役者は手で押へつけるやうな真似をして、
「いや心配せんでもいゝ。」と慌てて洟と一緒に涙を拭いた。「どうも大した食物だね。そんな食物を割引もして貰はないで、食つてしまつたと思ふと、つい悲しくなつて。」
馬と自動車
7・23(夕)
彼等は何よりも婆芸者を怖れる。神を怖れなかつたソクラテスも、女の舌だけは身慄ひして怖がつたといふが、その女のなかで一番皮肉な、啄木鳥のやうな舌を持つてゐるのが婆芸者といふ一階級である。
今は紙幣びらを切つてゐる成金の、吝な、見窄らしかつた以前を知つてゐるのは、この婆芸者である。口の軽い、悪戯好きの彼等は、どうかすると晴の場所でもそんな事を素破抜かぬとも限らないので、派手好き、宴会好きの成金も、この輩の顔を見ると、そこそこに逃げ出してしまふ。
その成金の一人に、神戸に上西亀之助氏がゐる。懐加減が宜いだけに金の蒐るものならどんな物でも好きだが、たつた一つ自動車だけは好かない。
「あんな無遠慮な乗物は無い。あれは婆芸者かアメリカ人かの乗る物だ。」
と言つて口を極めて罵つたものだ。忘れてゐたが上西氏は人並外れた口達者である。実業家としては遣ひ場のない口達者が自動車をこき下す場合に初めて役に立つ事になつた。
自動車の嫌ひな上西氏は、馬に乗る事を稽古した。馬だけは幾ら焦燥つたところで、とても婆芸者が乗れさうにもないので、上西氏に取つてこんな恰好な乗物はなかつた。氏は馬の背で好い気持になつて、口笛を吹いたり、利子の勘定をしたりした。
馬は利殖の勘定や、株式の掛引を知らない代りに、雪嶺博士と同じやうに哲学を考へる事を知つてゐる。先日の朝も、上西氏が郵船株の目論見で夢中になつてゐると、鞍の下では馬は哲学上の大発見をした。その発見によると、成金は馬よりか唯二本脚が少いだけの事なので、馬は
として上西氏を鞍から揺り落した。上西氏はそれ以来、馬を怖がつて二度ともう鞍に手を掛けようとしない。そして友達の勝田銀次郎氏と相談の上、二人とも新しく自動車を買込む事に取り定めたさうだ。断つておくが勝田氏も最近犬養木堂に振落されて腰を打つた一人である。
若芽薑
7・24(夕)
時の将軍家家慶公は、前の大御所家斉が女の唇が好きだつたのと違つて、若芽薑が何よりも好物であつた。若芽薑といへば、どんな場末の安料理にも添はつてゐるものだ。将軍家がそんな物まで食べなくともよかつたかも知れないが、実をいふと、将軍家などいふものは、さうした料理のつまとか、ほんの一寸した洒落とかいつたやうなものに甚く惚れ込むものなのだ。
で、将軍家のお膳部に煮魚をつける時には、いつもこの若芽薑を添へる事に定つてゐた。すると、或日の事将軍家は皿の煮魚を啄いてゐるうち、ふと膳部の上に好物の薑が載つてないのに気が付いて、不思議さうに給仕の者の顔を見た。
「若芽薑は何うした、忘れたと見えるな。」
「どう仕りまして。」給仕は弾機細工のやうに頭を下げた。「さし上げませうにも全で品が手に入りませんので。」
将軍家は歯医者に齲歯の療治でもして貰ふ折のやうに、箸を手に持つたまゝぽかんと口を開けてゐた。
「手に入らないつて。高がお前若芽薑ぢやないか。」
給仕は顫へながら理由を話した。それによると何月何日のお布令に、自今若芽薑一切禁止といふ事があつたので、それ以来百姓が唯の一本も作らなくなつたのださうだ。
将軍家は箸を啣へた儘じつと考へ込んでゐたが、暫くすると、
「いつぞや越前が早生の果物なぞは侈奢の沙汰だといふので、差し止めたやうには思ふが、若芽薑のやうなものまで布令を出さうとは思ひがけなかつた。」
と言つて、甚く気まづい顔をしてゐた。
越前の没落はその後間もなくであつた。若芽薑の噛られなかつたのは、将軍家にとつて何よりも不足だつたに相違ない。――で、内証で世上の御夫人方に注意しておくが、物価が高くなつたからといつて、亭主のお膳から若芽薑だけは倹約しないやうに願ひ度い。多くの場合亭主は将軍家より一層手腕家である。
審判の日
7・25(夕)
アア
ン・コツブといへば、米国で聞えた記者だが、この男がある日教会へ往くと、牧師は例の「最後審判の日」といふ演題で長つたらしいお説教をしてゐた。牧師は聖書の言葉を引いて、この日の朝喇叭が高く鳴ると、有らゆる国の有らゆる時代の人民が皆神の玉座の前に引き出されて、現世で仕て来た行ひについて厳しい裁きを受けなければならぬと説いた。お説教が済むと、聴衆の一人が立上つて牧師に訊いた。
「先生、その日になると、人間残らずが神様の前へ引張り出されるとお言ひになりましたが、真実なんですか。」
「さうですとも。」牧師は判りきつた事のやうに言つた。
「それぢやカインとアベルも其処に居ますね。」
「無論です。」
「ダビデとゴライアス――あの二人も居ませうね。」
「居ませうとも。聖書にちやんと書いてありますよ。」と牧師は女のやうな繊細な手をして革表紙の聖書をとんと叩いた。
相手の男は面白くて堪らぬやうに、にこ/\しながら問ひを続けた。
「クロムウエルと査斯一世――あの二人も居るでせうね。」
「居るでせうとも。確に居る筈です。」
「ナポレオンとウエリントンも一緒に居る筈ですね。」
「居る筈です。多分打揃つて神様の前へ引き出されるでせう。」
「面白いぞ。」とその男は自分が教会の中に居るのを忘れたやうに大声を揚げて喜んだ。「そんな輩がうんと居るんだもの、僕等の順番にはなかなか廻つて来ないや。」
郭公
7・26(夕)
ある日の事、政宗公は、家老の片倉小十郎を呼んで何やら打合せをした。その頃は余り成金も居なかつたので、骨董物の値段も出なかつたし、それに伊達家でもさういふ物は、まだ余り持合せが無かつたので、談話が宝物入札の内相談で無かつた事だけは確に請合つても可い。
打合せのあつた翌日、紹巴は御城内へ呼出されて目つかちの殿様にお目にかゝつた。政宗は気難しい顔を、強ひて捻ぢ曲げるやうにして一寸笑つてみせた。
「紹巴か、よく参つて呉れたの。徒然の折ぢや、今日は連歌の話でもして呉りやれ。」
時が来ると、田螺も鳴く事を知つてゐる連歌師は、目つかちの殿様が歌を咏むといつても格別不思議には思はなかつた。それに歌咏みだの、俳諧師だのといふ輩は人殺しの口からでもいゝ、相手が自分と同じ風流人である事を聞くのを、何よりも嬉しく思つてゐるものなのだ。
恰ど時鳥の啼く頃で、庭には青葉が、こんもりと繁つてゐた。政宗はお産でもするやうに蟹のやうな顔をしかめてうん/\唸つてゐたが、暫くすると、
「啼け、聞かう、身が領分のほとゝぎす」
と咏むで、得意さうに書きつけた。
脇は片倉小十郎がつける事になつた。小十郎は両手を拱んで考へ込んだ。身体ぢゆうを時鳥が矢のやうに飛んでゐるやうに思つたが、どうしてもその尻尾を捉へる事が出来なかつた。で、やつとこさの事で、
「啼かずば黙つて行け、ほととぎす」
とつけて、紹巴の方へ廻して来た。
紹巴は発句から読み下してみると、殿様も家老も一羽づつ「ほととぎす」を飛ばしてゐるのには一寸驚いた。儘よ「もう一羽飛ばしてやれ」といふ気になつて、
「何うなりと御意にしたがへ、ほとゝぎす」
とつけて、何喰はぬ顔で政宗の方へ押しかへした。
殿様と家老と連歌師と、各自の境遇が思はれるやうな三人三様の咏み風は面白かつたが、それよりも面白いのは、その日少しも時鳥が啼かなかつた事だ。もつと正直にいふと時鳥が居なかつた事である。時島は大名や連歌師やには頓着なく遠い国へ飛んでゐたのだ。唯もう雌が恋しいばつかりに。
猿と木堂
7・27(夕)
猿廻しが、色々の芸を教へ込むには、一番四国生れが記憶がいいといふ事だ。この一事は四国出身の人達が、何をおいても忘れてはならない郷土自慢の材料で、人間に自慢の種が見つからない場合には、猿きちや蚤を自慢の数によみ込んだところで、少しの差支もないのだ。
四国の猟師が猿を捕るには、枢仕掛の一寸した戸棚を山の中に担ぎ込み、猿公がたんと集まつて来ると、猟師が自分で戸棚のなかへ潜り込み、ぴしやりと扉を閉める真似をしてみせる。幾度かこれを繰返した後、猿公が好きさうな食物をなかに入れておくのだ。
猟師の姿が見えなくなると、猿公は俳諧師の鳴雪翁のやうな(忘れてゐたが、鳴雪翁も猿きちと同じやうに四国生れである)新派か旧派かどつち附かずの顔をにこにこさせて、直ぐ戸棚に入つて来る。そしてその儘生捕られる事になるのだ。
尤も猿公のなかでも、少し薄鈍なのは、餌を食べると直ぐ遁げ出すので滅多に捕へられる事はないが、智慧自慢の小慧いのに限つて、猟師の真似をして、戸棚に入るといきなり扉を閉めてしまふので、ついもう出られなくなる。
智慧自慢の輩に限つて自分から生捕られる――これは何も猿きちに限つた事ではない。犬養木堂などはよく心得てゐて欲しい。
四国猿と木堂と――国策樹立とやらは何うか知らないが、芝居はどちらも相応に巧い。
避暑法
7・28(夕)
「どうも堪らん暑さですな。さ、主人の私から御免を蒙つて着物を脱ぎましたから、貴方もお取りになつたら何うです、暑い折には何よりこれですからね。」
と狸のやうに掌面で二つ三つ臍のあたりを叩いてみせる。
すると大抵の客は、「結構ですな、それぢや御免を蒙つて私も裸になりますかな。」と、徐々帯を解きにかゝるさうだ。堀内氏の言葉によると、かうして裸体になると、談話までがお上手が無くなつて、極ざつくばらんに運ぶといふ事だ。
むかし有馬侯の下屋敷が品川にあつた。海に臨んだ結構な普請で、欄干なども朱塗の気取つたものであつた。
ある夏の土用に、宝生太夫が親子打揃つて、この下屋敷へ暑さ見舞に上つた事があつた。土用の最中だといふのに、座敷には蒲団が天井に達きさうに高く積んであつた。よく見ると、その上に殿様が裸のまゝ胡坐を掻いてゐた。ほんの素つ裸で、たつた一つ紅絹の犢鼻褌を締めてゐるだけだつた。
宝生太夫は可笑しくなつたが、笑ふ訳にも往かなかつた。すると給仕の女が、黒塗に金蒔絵をした七つ梯をかけて、蒲団の山へ上つて往つた。そして宝生が暑さ見舞に来た由を申し上げた。
有馬侯は蒲団の上から剽軽な顔を覗けて下を見た。
「宝生か、よく参つたの、こんな高い所にゐても、今日は殊の外暑い。ま、ゆるりと休息してまゐれ。」
と、笑ひ/\言つたさうだ。
つまり他人よりか一段高いところにゐるといふ事だけで、少しは凉しい積りらしい。してみると、避暑にも色々流儀がある。
子供
7・29(夕)
「小説の方では、何うも余り傑作が出来さうにもないが、この子供は自分の創作にしては、どうやら出来が善いらしいから。」
と言つて、ひどくその名前を吹聴したものだ。
紐育に愛蘭生れの音楽家ヴヰクトル・ヘルバルトといふ男が居る。最近この音楽家に男の児が生れた。その折ヘルバルトはもう相当の子持ちであつたが、それでも嬰児の顔を見ると、可愛さに堪らぬやうに、接吻をしたり、頬ずりをしたりした。
仲間の友達が来ると、音楽家は危つかしい手附で、その嬰児を抱いて来て見せびらかしたものだ。嬰児はベエトオベンの楽譜や、ワグネルのオペラの上へ、口の悪い批評家のやうに時折は水をしかけるやうな事があつた。
友達は嬰児の顔を覗き込むやうにして、
「いゝ児だ。ほんとにいい児だよ。君にとつちや立派な音楽ぢやないか。」
と、幾らかお愛相のつもりで言つたものだ。
「音楽だつて。」とヘルバルトは眩しさうな眼つきで友達の顔を見た。「さうかも知れない、だが少くともオペラぢやないね。まあ、早く言つてみれば行進曲かな。昨宵なんか夜つぴて我鳴り通しなんだからね。」
光琳の羽織
7・31(夕)
節倹家の八郎右衛門は、その日も一寸した外出着しか着てゐなかつたが、光琳は風流な金更紗の羽織をはおつて澄ましてゐた。二人は葵橋の袂に立つて祭の行列を待つてゐた。
八郎右衛門はさういふ間にもじつと光琳の羽織に見惚れて、
「ええ出来や、描き更紗もこんなのは滅多にあらへん。画家の爺さんに被せるのは勿体ないやうなもんやな。」
と、内々は広い京都中でこの羽織の似合ふのは、富豪の自分を差措いては外に誰も居るまいとでも思つてゐるらしかつた。
すると、唐突に夕立がざつと降して来た。八郎右衛門は羽織の事も光琳の事もすつかり忘れて、慌てて逃げ出して来た。そして堤側のある農家の軒に駈け込んで、ぶつ/\呟きながら家鴨のやうに濡れた尻つ尾を振つてゐた。
そこへ光琳が杖をついてぼつ/\やつて来た。八郎右衛門は何よりもずぶ濡れになつた金更紗の羽織が気になつて溜らなかつた。で、自分の事のやうに、
「なぜ走らはらんのや、羽織が濡れるやおへんか。」
と口元を尖らせた。
光琳は冷やかに笑つた。そして、
「老人は躓くと危うてな。」
と、たつた一言言つたきり、羽織の事なぞはおくびにも出さなかつた。
時計盗み
8・2(夕)
市の天王寺中学で、ある実業家の子供が時計を盗まれた事があつた。時計は親譲りのかなり古い物で、疲れ切つた針は一昼夜を廻るのに二十四時間と三十分程かかつたが、それでも螺旋を巻くのさへ忘れなかつたら、時計は教育家のやうに悲しさうな溜息を吐き/\動いてゐた。
その時計が学校で盗まれたのを聞くと、校長は自分の同僚が首を縊りでもしたやうに悲しさうな顔をした。そして、あんな忠実な古時計を、持主のポケツトから盗み出した奴は、見つけ次第狗殺しのやうに叩きのめしも仕兼ねない意気込で廊下を歩き廻つてゐたが、暫くすると急に立ち停つて、何か教育上の大発見でもしたやうな晴々しい顔をした。
校長は盗まれた生徒を呼び出した。そして時計を盗まれたのは全く気の毒だ、これからは成るべく盗まれないやうにしなければならない、それには良い方法がある、と言つて、十二時を打つた時計のやうに両脚を机の下で揃へて卓子に頬杖をついた。
「方法つて、何う致すのです。」
生徒は校長の顔を覗き込んだ。
「何うもしない、時計を持たないのさ。つまり時計なぞ持つから盗まれるやうな事になるんぢやないか。」
と校長は失くなつた古時計の代りに、こんな立派な教訓を授けるのは、差引勘定には合はないが、その勘定に合はないところに教育者の職分があるとでもいつたやうな高尚な顔つきをした。
「時計さへ持たなかつたら、盗まれる心配はないのだ。」――流石は教育者で、言ふ事がちやんと理に合つてゐる。そしても一つ合理的に言つたら、時計は持つてゐても、学校へ来さへしなかつたら、盗まれる心配は無い事になる。
時計と生徒にとつて、学校は実際危険な所さ。
帽と勲章
8・3(夕)
先日の特別議会が済むと、田舎出の議員の多くは汽車に乗込んでぞろぞろ国元へ帰つて往つた。そのなかに山口県選出の三隅哲雄氏も交つてゐた。
夏分の旅は何よりも身軽で無くてはならぬ。で、三隅氏は旅鞄はそつくり手荷物として預け入れたが、そのうち唯二つの小荷物だけは、自分の坐席へ持ち込んで、網棚の上へ置くのを忘れなかつた。
三隅氏は憲政会の所属代議士であると共に、郷里では田地持だといふので郡農会の会長をも勤めてゐる。この年若な代議士は、窓枠に頭を凭せて、内閣不信任案当時の議会を思ひ浮べてみた。
演壇の上には尾崎行雄氏が衝立つて、物に怯えた魚のやうな表情をしてゐる。議場は蜂の巣を突ついたやうな騒ぎだ。大臣席には寺内伯の尖つた頭がてか/\光つてゐる。
「まるで馬鈴薯のやうな顔だ――馬鈴薯といへば、もう徐々植ゑつけなくつちやなるまいて。」
と、三隅氏は直ぐその頭で、馬鈴薯の値段なぞ考へたが、急に思ひ出したやうに、頭の上の網棚を見た。そこには小荷物が二つちやんと載つかつてゐた。三隅氏は安心したやうに煙草に火をつけた。
汽車が下関駅についた時には、三隅氏はぐつすり寝込んでゐた。僮に呼び起されて慌てて駈け出して往つたが、余り慌てたので、棚の上の小荷物は二つともすつかり忘れてしまつてゐた。
翌る日になつて三隅氏は真青な顔をして下関駅の遺失物掛を訪ねて来た。そして夥しい忘れ物のなかから、自分のを捜し出して、大喜びで中を検めて見た。――なかには買ひ立ての絹帽と勲四等の勲章が悲しさうな顔をして転がつてゐた。
食べ方
8・4(夕)
東湖は酒徳利を座敷の本箱の中へこつそり忍ばせておいて、箱の蓋には生真面目に李白集と書いてゐた。実際李白集があつたら質に入れて酒に替へ兼ねない程の男だつたのだ。
酒の肴にはやつこ豆腐か松魚の刺身かがあつたら、猫のやうにころころ咽喉を鳴らす事が出来た。水戸には今だに東湖の模倣者も少くない事だから、さういふ人達にとつて、東湖が俺は
が好きだと言はないで、やつこ豆腐で辛抱したのは、どれだけ幸福だつたかも知れない。これにつけても追随者を成るべくどつさり有ちたいものは、食物も精々手軽なところを選ばねばならない事になる。実をいふと、東湖はやつこ豆腐よりもまだ鰹の刺身の方が好きだつた。好きだけに、それを食べるのに自分独得の方法を発明してゐた。それは一つ一つ箸で撮み上げる代りに皿を掌面に載つけて、猫のやうに舌の先でぺろぺろ嘗め込むでしまふといふ芸当である。
京大法科の佐々木惣一博士は、蜜柑を食べるのに、人と異つた食べ方をする。それは指先で皮を剥かないで、蜜柑を掌面に載せておいて、前歯でそれに噛りつく、そして出来た歯形に指を突込むでそれから徐々剥いて行くといふ遣り方である。
それと同じ事を尾長猿が行つたところで、嬰児が行つたところで少しも気に懸けるには及ばない。要するに蜜柑は中味を食べさへすれば可いのである。
生食
8・5(夕)
女優のサラ・ベルナアル、平和論者のラ・フオレツト、彫塑家のロダン、著作家のバアナアド・シヨオ、それから今一人支那の伍廷芳――といつたやうな人達は、揃ひも揃つて皆菜食主義者である。菜食主義者だといへば、文字通りに肉を食べないで、穀物や野菜ばかしでお腹を拵へてゐる人達の事である。
菜食主義者の説によると、かうした人達が偉くなつたのは、平素血の垂るやうな獣の肉を噛らないで、清浄な菜食をするからださうだが、それに反対する肉食論者はまた、
「そんな筈があるものぢやない、物は試しだ、一月でいゝからサラ・ベルナアルに柔かい雛鶏を、シヨオに羊の肉でも食べさせてみるがいゝ、二人とももつと気の利いた事を行るやうになる。」
と言つて、
になつてゐる。先日亡くなつた米国の小説家ジヤツク・ロンドンは、肉食論者にもう一歩を進めて、凡ての魚類を生のまゝで食べようとした男だ。
「牡蠣や蛤を生で食ふ事があるのを思ふと、どんな魚だつて生きたのが食べられないつて法は無い。」
と言つて、平気でかますや烏賊を生の儘で頬張つてゐた。
二十万円
8・6(夕)
尤も偶にはそれを真実だと思ひ込む者が無いでもない。それは貧乏人といふ階級で、貧乏もどん底まで落ちると、相手の懐加減を見通す位は何でもなくなるが、中途半端の貧乏人になると、自分の前に立つ誰でもが富豪のやうに見えるものなのだ。かういふ半端者の貧乏人が国民党には少くない。
さういふ人達は池田氏の景気のいゝ懐加減を聞くと、朋輩の誼で幾らか立て替へて貰へるものと思つて、つい口をきり出してみる。すると、池田氏は物を呉れる者に附物の鷹揚な態度で、ポケツトに手を突込んだと思ふと、何か知ら掴み出して黙つて相手の掌面に載せて呉れる。――見ると、使ひ古しの郵便切手である。
池田氏は名代の切手蒐集家である。今の英国皇帝は世界切つての切手道楽で聞えた人だが、池田氏の集め方は、英国皇帝のとはずつと毛色が異つてゐる。ジヨオジ五世のは、国々の珍しい切手ばかしを選り好みをするのだが、池田氏のはそんな事には頓着なく、どんな有り触れた物でも構はない、手当り次第に集めるので、かうして掻き集めたのが、今では積り積つてざつと二十万枚ある。
尤も中には何処へ出しても引けを取らない珍らしいのも交つてゐるが、一番多いのは今普通にある五厘、一銭五厘、三銭……といつたやうな切手で、池田氏はその値段を勘定するのに、成るべく他に判り易いやうに、そしてそれよりもまた成るべく自分に判り易いやうに、一枚一円といふ値をつけてゐる。一円の切手がざつと二十万枚、疑もなく池田氏の財産は二十万円程ある事になる。
栗鼠は胡桃を勘定するのに、自分一流の数へ方を知つてゐる。池田氏がそんな方法を知つてゐたところで少しの差支もない。
孔雀女
8・8(夕)
その千葉秀浦が推也納の旅籠屋で病死した時、環女史は多くの日本留学生に取纏かれて、倫敦で孔雀のやうな気取つた暮しをしてゐた。
千葉が亡くなつた事は、留学生の仲間には旋風のやうに伝はつて往つたが、肝腎の孔雀女にだけは誰一人知らさうとする者が無かつた。
「千葉め、とうと亡くなつたつてな。」
「さうだつてね。ところで内の孔雀だね、那女に知らせたものか知ら。」
「どうせ知らさなきやなるまいが、まあ僕は止さう、お冠でも曲げられると事だからね。」
といつたやうに、皆は孔雀のべそを掻くのを見るのが怖さに、誰一人千葉の事を言ひ出さうとしなかつた。
ある晩の事、いつもの日本人だけの夕飯会で、誰かが大学の講義を聴き過ぎて胃を悪くした事を話した。(実際大学の講義は頭ばかしではない、胃の腑をも悪くするものなのだ。)すると、それを聞いた環女史はしんみりした調子で、
「旅にゐて病気する程心細いものはありませんね。」
と言つた。何でもないその語が皆の耳には宛で音楽のやうに聞えたので、居合はせた人達は惚々した眼つきで女の口元を見た。
その折環女史と差向ひに、腰かけてゐたのは、京大の助教授浜田青陵氏だつた。この年若な考古学者は環女史の言葉を引取るやうにして、
「でも世間には旅で死ぬる人さへあるぢやありませんか、現に二三日前も維也納で……」
「維也納で何かあつたんですか。」
環女史が身を乗り出すやうにして訊くのを見て取つた考古学者は、「少し言ひ過ぎたな」とは思つたが、さて何うする訳にも往かなかつた。
「維也納で客死した日本人があります、名前は確か千葉とか言ひましたつけ。」
「えゝ千葉ですつて……」
環女史は一口言つたまゝ菜つ葉のやうな顔色をして席を立つた。浜田氏は殉難者のやうな眼つきでその後姿を見送りながら、そゝつかしい自分の口許を捻つた。――その口は考古学の外は何一つ喋舌つてはならない筈の口だつたのだ。
倹約人
8・9(夕)
「こら働きをらんか。」
と怒鳴りつけて、厭といふ程尻つ辺を杖でどやしつけたものださうだが、新太郎少将はそんな杖を持たなかつたから城下の人達は尻つ辺を叩かれる心配だけは無かつた。
新太郎少将はある家来の屋敷前を通りかゝつた。その折屋敷の主人は二三人の下男を相手に、頬冠りに尻を端折つて屋根を這ひ廻つてゐた。岡山人の頭に要らぬ智慧が一つ巣をくつてゐるやうに、岡山の家といふ家には、瓦の葺き合せに名も判らぬ草が生えてゐる。それを取り除けようとして、主人は埃だらけになつて働いてゐたのだ。
主人は殿様のお通りだと聞いて、その仕事着のまんま、屋根から滑り下りて門外に蹲踞つた。少将はじろりと流し目に埃だらけの頭を見た。そして、
「屋根の繕ひ、大儀ぢやの。」
と言つて、有合せの小柄を褒美に取らせられた。主人は殿様のお賞めに預かつたのだからといつて、その日は一日屋根を這ひ廻つて、日の暮方まで下りて来ようとしなかつた。
翌る朝殿様から態々お召しがあつた。主人はそれを聞くと、
「ほう、また御褒美かな。そんな事になると、今度は隣家の屋根まで手を延ばさなくちやなるまいて。」
と、こんな事を思ひ思ひ登城した。
新太郎少将は気難しい顔をしてゐた。
「そちは昨日下男と一緒に屋根を繕つてゐたな。骨折は察しるが、身分不相応な働きぢやて……」
と言つて、かやうの事は下賤のすべき働きで、知行取は別にしなければならぬ仕事がある筈だ。あんな事が流行つては、家中の風儀が悪くなるからといふので、その男は長の暇を取らせられた。
狸と猿
8・10(夕)
「おや、もう死んださうな。」
といふと、狸はいゝ気になつて、ころりと横に倒れた儘死んだ真似をする。その時手捕にすれば訳もなく出来るといふ事だ。
幾ら普通教育が行き渡つたからといつて、狸が人間の語を習つたといふ事も聞かないから、それが真実か何うかは請合ひかねるが、猟師はこの仕方で幾度か狸を手捕にしたと自慢をしてゐる。
この方法を人間に応用してゐるのは犬養木堂で、寺内首相の噂をする時には、いつも口癖のやうに、
「とにかく誠意だけはある。」
と云つてゐる。すると寺内首相もその気になつて、急に謹直らしい顔をして、鼻先から禿頭の天辺にかけて出来るだけ誠意でてかてかさせようとするが、巧く手捕に出来るか何うかは疑はしい。
また猟師に聞くと、猿を手捕にすると、よく皮を生剥にする。皮はその儘乾かして冬着にするのださうだが、真裸にされた猿は、自分の毛皮を見てはらはら涙を流すさうだ。
幾度も犬養氏を引合に出して気の毒だが、氏もこの頃では引つ剥された自分の毛皮を見て涙を流してゐるに相違ない。――だが、安心するがいい、剥がれた毛皮は誰も着ようとはすまいから。
訥子の発明
8・12(夕)
牛肉の肉汁が滋養になるのはよく判つてゐるが、少し値段が張り過ぎるからといつて、格安な代用品を発明した男がある。それは「猛優」といふ名前で知られてゐる役者の沢村訥子である。
訥子といへば「血達磨」や「丸橋忠弥」の立廻りで、牛のやうに吼えながら牛のやうに挌闘するので聞えた男だが、あれだけの激しい立廻りをするのは、何か特別の滋養を採らなければならない。そこで考へ出されたのが塩引鮭の肉汁である。
塩引鮭の肉汁といふのは、名前通りに塩鮭の切身をとろ火で煮出した汁である。手つ取り早く言ふと安官吏の油汁のやうに脂つ気の薄い、鹹つぱい水気沢山なものだが、訥子は、
「うまい、素敵にうまい。」
と舌鼓を打ちながら、幾杯も立続けにそれを煽飲りつける。
「そんなものを飲つて、後で咽喉が渇くだらう。」
と言ふものがあると、訥子は牛のやうに上唇を嘗めまはして、
「渇いたら水を飲むまででさ。」
と変もなげに言つてゐる。そのむかし京役者の坂田藤十郎は江戸の水は不味くて飲めないといつて東下をする時には、京の水を四斗樽に幾つも詰め込んで持つて往つたといふが、同じ俳優ではあるが訥子の舌は藤十郎のやうに賢くない、何処の水であらうと平気で咽喉を鳴らしながら飲む事が出来る。
訥子は塩鮭の肉汁の外に今一つ年の寄らぬ法を知つてゐる。それは自分に子供があるといふ事を忘れるので、訥子には世間も知つてゐる通り、帝劇俳優の宗之助、長十郎といふ二人の息子があるが、彼は一度だつて自分を「阿父さん」と呼ばせた事が無い。いつも「兄さん/\」で、自分もすつかり「兄さん」気取りで、兄としての心持以上に一足も踏み出さうとしない。
最後に訥子は今一つ不老の霊薬を知つてゐる。それは幼い雛妓を招んで遊ぶ事で、枯れかけた松の周囲に、小松を植ゑると、枯松までが急に若返へるやうに、訥子はかうして妓の若さを自分の有にしてゐる。
強力道心
8・13(夕)
中馬には片つ方の耳朶が無い。それはこの男が西の宮の南天棒和尚の許に居た頃、ひどい傷をして耳朶が拗れかゝつた事があつた。中馬は猿のやうに耳を押へて医者の家に走つた。
医者はその折手術室である婦人客を診察してゐたので、中馬は暫く待合室に待たされた。婦人は指先に一寸切り創をしてゐたのに過ぎなかつたが、医者が丁寧に心の臓まで診察しようとしたので大分時間が手間どつた。女の心の臓が案外健康だつたので、幾らか物足りない気持で、医者が待合室へ入つて来ると、そこには中馬が引き拗つた耳朶を火鉢の火で炙つてゐた。
医者は呆気に取られた。
「何うしたのです、それは。」
「耳朶に怪我をしたものだから、縫つて貰はうと思つて来たのだが、余り手間取るから寧そ食つてしまはうと思つて。」
中馬はかう言つて、じろりと医者の顔を尻目にかけて欠餅か何ぞのやうにこんがり焼け上つた自分の耳をむしや/\食べてしまつた。医者は自分の手術料まで鵜飲みにされたやうな顔をして、呆やり衝立つてゐた。
中馬が力まかせに時々乱暴をするので、南天棒和尚が海清寺から退散を命けた事があつた。火吹達磨のやうに真紅になつた和尚の顔を見て取つた中馬は、すごすごと庫裏に入つて往つたが、暫くすると掌面に何か血だらけの物を載せて、ひよつくり方丈に出て来て黙つてお辞儀をした。
和尚は掌面を覗き込んだ。血だらけなのは中馬の小指であつた。
「それで詫びようといふのか。」
中馬はも一つ黙つてお辞儀をした。
「ならぬ。」
和尚はきつぱり言ひ切つた。指を一本切つたからといつて過失を許したなら、この後また九度までは許さねばならぬ事になる。中馬はまだ九本の指を残してゐたから。和尚はそれがうるさかつたのだ。
だが、中馬にしてみれば、不用の指が一本出来た事になる。小指は恋をする者にとつて大事な材料だが、恋をする者の財布は大抵空つぽなので、それを売りつける訳にも往かなかつた。で、中馬はいつぞやの耳のやうに食つてしまはうとしたが、傍から止める者があつたので、ある外科医の許でそれを継ぎ合はせる事にしたさうだ。
悪戯小僧
8・14(夕)
善い小僧をさがすのは、善い主人を捜すよりもずつと難かしい。善い主人に出会つた小僧は、無論仕合せには相違ないが、善い小僧に出会つた主人の仕合せとは比べものにならない。
アーノルド・デイリーは無論善い小僧に相違なかつた。何故といつて彼は時々主人を訪ねて来るお客に悪戯をする事を知つてゐたから。人間といふものは、応接間の一つも有つやうになると、小猫や狆を飼ふとか、掘出し物の骨董を並べるとかして兎角お客に戯らをしたがるものなのだ。狆や骨董が見つからない場合、その代りとして小僧を使つたところで少しの差支もない。
ある時――正しくいふと、六月の或日だつた――ルイズ・ヘールといふ女優が、フロウマンを訪ねて来た。玄関に出て来た悪戯小僧のデイリーは、女客の顔を見ると口を窄めて挨拶した。
「生憎檀那は居ませんよ。」
「さう」と女優は一寸困つたらしい顔をしたが「それぢや暫く待たせて貰ひませう、よくつて?」
「えゝ、お好きなやうに。」
小僧は相手を応接間に案内して次の室に引き下つた。そして読みさしの『ロビンソン漂流記』を膝の上に開けながら、こんな離れ島に住んでゐたら、うるさい女優のお客も来なからうななどと考へてゐた。
女優が待つてゐる間に応接間の置時計は三度ばかり当てつけがましく時を打つた。幾らか
くれ気味になつた女優は、険しい眼つきをして次の室に顔を覗けた。「小僧さん、あなた御主人がいつ頃お帰りになるか御存知なくつて。」
小僧は『ロビンソン漂流記』の上から重さうに顔を持ち上げた。
「えゝ、お帰りは九月の初旬頃だつて事に承はつてゐますよ。」
「何ですつて、九月の初旬……」
女優は自分の耳を疑ふやうに、戸を押し開けてずつと入つて来た。も一度言つて置くが、その時は恰度六月であつた。小僧は変もない顔をして言つた。
「えゝ、九月の初旬です、何しろ倫敦にお発ちになつたんですからね。」
自慢の髯
8・15(夕)
「どうぢや、日本一の髯ぢやぞ。」
と、他の顔さへ見ると、長い髯をしごいてみせたものだ。
今ゐる大槻如電氏なども実際いい顔で、あれで書物など読んでゐなかつたら、もつと立派な顔になつてゐたらうと思はれる位だ。いつだつたか、ある肖像画家が大槻氏の顔が描いてみたくなつたので、いつでもいい、閑な折に描かせては呉れまいかと頼んだ事があつた。すると大槻氏は孔の明く程画家の顔を見つめてゐたが、
「描きたいつてえのは、お前かい。」
と聞いた。画家は軽くお辞儀をした。
「さうです、私です。」
「まあ止すとしよう。」と大槻氏はにや/\笑ひながら言つた。「俺の顔は一つしか無いんだからね。」
談話はついそれなりになつてしまつた。
ある日の暮れ方、滄洲がいつものやうに、縁端で髯を扱いていい気持になつてゐると、そこへ恰幅のいいお爺さんが訪ねて来た。つひぞ見知らぬ顔だが、その髯を見ると、流石の滄洲も吃驚した。長さは三尺にも余らう、銀のやうな白さで、扱くと音がしさうにも思へた。
滄洲はさつと顔色を変へた。お爺さんはそれを尻目にかけて座敷に上つたが、初対面の挨拶が済むか済まないかに、もう声を張り上げて色々世間話を始めた。時々は熊の胆のやうな苦い皮肉を交へながら。
滄洲はそれが癪にさはつてならなかつた。何とかして高飛車に出てやらうと、幾度か下腹に力を入れてみたが、その都度お爺さんが自慢さうに扱いてゐる銀のやうな長い髯が目につくので、他愛もない詰らぬ事を言つてしまつて、吾ながらはつとした。
爺さんはいゝ加減に気焔を揚げて座を起つた。滄洲は溜息をつき/\、
「何しろ立派な髯だ。」
と腹のなかで思ひながら、勢のない顔をして玄関まで見送りに往つた。沓脱に立つた爺さんは一寸頤に手をやつたと思ふと、その儘髯を外して片手に持つた。そして素知らぬ顔をして帰つて往つた。
「ぢや、作り髯だつたのか。」
滄洲は覚えず口走つた。そして今迄忘れてゐた髯を握つて払子のやうに揮つてみたが、もう間に合はなかつた。
知事と電車
8・16(夕)
その男は薄汚れた夏服を着て、頭にはパナマ帽を被つてゐた。そして、睡不足らしい充血した眼をくしやくしやさせて群衆のなかに衝立つてゐる所は、誰が見ても物価騰貴の今日この頃、何をさし措いても増給の必要がありさうな男に思はれた。
その男は外でもない、府知事の大久保利武氏であつた。大久保氏は吊革にもぶら下らないで、左腋には読みさしの『十九世紀雑誌』の五月号を挿み、右手には幾度か俄雨にでも出会つたらしい絹紬の洋傘をついた儘じつと立ち通しでゐた。お客のない吊革は、この羊のやうな顔をした紳士を待遇すやうに、幾度か鼻先で小踊りをしてみせたが、大久保氏はそんな物に頓着もなく、洋傘をついた儘じつと立ち通してゐる。
お客を人形以上に思つてゐない電車は、狗のやうに身体を揺ぶつて走つた。そして曲角にかゝると無益な人形を振り落さうとでもするらしく、その度にお客は横へけし飛びさうになつたが、唯一人大久保氏のみは、変もない顔で衝立つてゐる。
実をいふと、大久保氏は電車に乗つて吊革にぶら下らないのが自慢なのだ。その証拠には、電車が尼崎に着いて、直ぐ前に空席が出来ても、氏は素知らぬ顔をして外つ方を向いてゐたが、車掌に尻を小突かれて、やつと不承不承に其処に腰を下した。
人間といふものは妙な事に誇りを持つもので、孔のあいた五銭銅貨を一つ持つてゐるのさへ自慢する者がある世の中だから、大久保知事が電車で鷺のやうに衝立つてゐるのを自慢したつて少しも差支はない。――差支はないが、同じ事なら吊革にぶら下る事をお勧めしたい。
何故といつて、吾々は呂革にぶら下る時、自分が乾鮭になつたやうな気持を味はふ事が出来る。郵船会社の重役を夢みるのも、乾鮭を夢みるのも、同じやうに新気分の会得である。――それに大久保氏には美しい夫人がある。吊革は夫人をして安心させる事が出来る。
町人と面師
8・17(夕)
さういつた風に余り髯を大事にし過ぎるので、自然仕事の方は疎かになつて、店は寂びれる一方だつた。
「かう不景気ぢや迚も行りきれない。」
その男は長い髯を扱いて溜息を吐くばかりだつた。
そこの殿様は大の能楽好きで、恰どその頃出入の面師にいひつけて能の面を拵へさせてゐた。
「面に植ゑつけるのに、誰か恰好な髯を持つてないものか知ら。」
殿様はかう言つて面師に相談をした。面師はその一刹那例の町人の事を思ひ出したので、あの髯だつたら申分はあるまいと言つた。
殿様は家来に面師を連れさせて、町人の許へ示談にやつた。
「殿様の仰せぢや、お前の口髯が売つて貰ひたい、代りに三十両遣はすから……」
「三十両」と町人は胸で算盤を弾いてゐた。逼塞した身には三十両といふ纏まつた金は有難かつた。だが、銭金には替へ難いと思つて来た自慢の髯である。町人は自分を納得させるのに、何よりも好い辞柄を見つけた。「殿様の仰せと承はりますれば、惜しい髯ではござりますが、御用にお立て申しませう。」
町人はかう言つて、剃刀を取り出して、自分の髯を剃り落さうとした。
「待たつしやれ。」と面師は吃驚して押し止めた。「剃り落したのでは、髯が死髯になつてしまひまする。」
町人は剃刀を持つた儘、魚のやうな愚な眼つきをして相手の顔を見た。面師は包みからお誂への面を取り出した。そして、
「かうしてお譲り受け申すのぢや。」
と言つて一本一本引つこ抜いて面に植ゑつけた。
町人は髯を抜かれる度に、歯を食ひしばつて泣き顔をした。そして自分で自分を納得させるために、
「何事も殿様の仰せでござるから……」
と言つて、大きな掌面で額の汗を拭いた。
寺内伯などは、二言目には「挙国一致」といふ事をいふが、もしか挙国一致で一国の首相に禿頭は見つともないから、一本々々生きた髪の毛を植ゑつけて欲しいと言ひ出したら何うするだらう。伯はこの町人のやうに顔を顰めて、じつと辛抱するだらうか知ら。
二十五仙
8・18(夕)
小橋君は耶蘇教の神様を信仰してゐる。耶蘇教の神様は、二羽の雀が一銭で買へる事と共に、日本人と亜米利加人とは神様の前に兄弟である事を教へて呉れる。
「してみると、米国から幾ら金を貰つて来たつて少しの差支もない筈だ、もと/\同胞なんだからな。」
小橋氏はかう思つたので、喜捨金を募りに遙々米国まで出掛けて往つた。
無賃で天国へまでも往ける筈の博愛社長にとつて、桑港行きの二等船賃は決して軽い負担ではなかつた。だが、小橋氏は久し振に俄分限の同胞を訪ねるやうな、晴々しい気持で船に乗込んだ。
船は無事に桑港に着いた。小橋氏は空つぽの大きな旅鞄を提げながら上陸した。
「さあ愈々同胞の国に着いたぞ。相手は懐中加減の好い輩だ、たんまり土産も出来ようといふものだ。」
小橋氏は口のなかで讃美歌を謡ひながら、大跨に町を歩いた。町には夥しい人が出てゐたが、皆他人らしい顔つきをして南京鼠のやうに忙しさうに走り廻つてゐた。
小橋氏は鞄を提げた儘はたと立ち停つた。自分が訪ねて往かうとする町の方角が立たなくなつたのだ。で、道通りの人の中から、精々親切さうな、信神家らしい男を見出して呼びかけた。
「もし/\一寸お訊ねしますが、N町へは何う往きますかね。」
その男は立ち停つて此方を見た。眼つきが安い絵本にある大工のヨセフに似てるやうにも思つた。
「N町へはこれを右へ折れて、とつ附きの四辻を左に折れるといゝ。」
「有難う。」小橋氏は同胞に礼をいふ心持で一寸帽子の鍔に手をかけて別れようとした。
「もし/\」とその男は呼びとめた。小橋氏は後方を振りかへつた。男は大きな掌面を小橋氏の鼻先につきつけた。
「物を訊いて心附を出さないつて法があるかい。」
「幾ら出せば可いんです。」小橋氏は怫として牡鶏のやうなきい/\した声で怒鳴つた。
「二十五仙。」相手は済ましきつて言つた。
小橋氏が財布から二十五仙撮み出してその男の掌面に置くと、男はにつと笑つて「移り」でも出した積りらしく言つた。
「こちらでは何んでもが金でさ。」
牡蠣と馬
8・19(夕)
フランクリンは馬を小舎に繋いで、入口に立つて外套の雪を叩き落した。
「あゝ寒い、寒い、霊魂までがすつかり凍つてしまひさうだ。」
独語を言ひ言ひ内部に入つて来た。見ると暖炉の周囲には、先客がどつさり寄つて集つて火いきれに火照つた真赤な顔をして、何かがやがや話してゐた。そしてフランクリンが寒さに顫へてゐるのを見ても、誰一人席を譲つて呉れる者も無かつた。
フランクリンは気まづさうな顔をして隅つこの椅子に腰を下した。そして亭主を呼んだ。亭主は玉葱の匂ひがぷんぷんする掌面を揉みながら入つて来た。
「へえ、入らつしやいまし、何か御用でございますか。」
「うむ、馬を小舎に繋いで置いたから、急いで牡蠣を一升やつてくれ。」フランクリンはかう言つて、亀縮むだ掌面で頤を撫でまはした。「殻のまんまで可いよ、殻は馬が自分で取つて食べるから。」
「馬の飼葉に牡蠣をやつてくれ。」――それを聞いたお客達は、今迄話してゐたお喋舌を止めて、一斉に此方を振り向いた。そして、亭主が台所から牡蠣の一升をもつて、馬小舎に出掛けたのを見ると、
「一体どんな馬だらう、牡蠣を食ふつてのは。」
と言つて、好奇心に充ちた眼を光らせながら、どやどやと後から蹤いて往つた。
フランクリンはにやにや笑ひ笑ひ、隅つこの椅子を立つて暖炉の側へ往つた。そして、好い気持に手足を拡げて、霊魂が息を吹きかへすまで暖まつた。
フランクリンめ、平素から人間は正直でなくつちやならぬと言ひながら、寒いとついこんな嘘まで平気で言つてのけてゐる。だが真実のところ、嘘一つ吐けないやうな碌でなしでは、迚も正直者にはなりかねる。
広告新案
8・21(夕)
松風氏は他人のものを取つて来て、自分の有にするのに人並秀れた腕をもつてゐる。――といふのは、何も隣家の林檎をちぎつて、自分の腹へ入れるといつた風な事を指すのではない。他人に善い考へがあつたら、それを借りて来て自分のものにする、つまり応用の才の秀れた事をいふのだ。
ある時松風氏の店員が、陶器の広告について面白い事を思ひついた。すべて店員などいふものは、得て自分の頭で考へた事を手に教へる前に、先づ社長の耳に入れようとするものだが、この店員もその例に洩れず、急いで社長室に飛び込んで来た。
その折松風氏は卓子に頬杖をついてこくり/\居睡りをしてゐたが、店員が入つて来たのを見ると、急に厳つべらしい顔をして相手を見た。
「何用かな。」
「広告の新案につきまして、些とばかし考へついた事がありますさかい……」
「新案か、新案に碌なものはないが、まあ話してみなさい。」
店員は精々京都訛りを出さないやうにして、詳しく新案の談話をした。この店員は自分の有を他人に取られまいとする時には京都弁を使ふが、他人から何か貰ひ受けたいやうな折には、努めて京都訛りを押し隠さうとする。
松風氏は黙つて店員の説明を聴き取つてゐたが、相手が喋舌つてしまふと、大きな欠伸を一つした。
「それつきりか、一向下らんぢやないか、ま、そんな事を考へるよか、せつせと仕事に精を出し給へ。」
その後一月程経つて、件の店員は社長室に呼び出された。松風氏は鼻から煙草の煙を吹き出してゐた。
「君に一つ聞いて貰ひたい事があるんだ、先日から吾輩広告の新案について思ひついた事があるもんだからね。ま、そこに掛け給へ。」
松風氏は店員に椅子を与へておいて、長々とその広告新案について説明を仕出した。
だが、聴いてみると、それは一月程前自分が松風氏に話したものそつくりの案なので、店員はすつかり面喰つてしまつた。で、やつと一言、
「あんさんのお考へどすさかい、間違はおへんやろ。」
と言つて、立ち上つた。この場合店員が露き出しの京都訛りを使つたのは上出来だつた。何故といつて、これ以上自分の有を取られては、迚も立つ瀬が無かつたから。
保険屋
8・22(夕)
夏の事だつた。勧誘員は扇をぱちぱち鳴らしながら、学者の頭は硝子製のインキ壺と一緒に、どうかすると毀れ易い。それを禦ぐには何よりも生命保険に入つて置くに限る、何故といつて生命保険は毀れたインキ壺の代りに、お銭を出して呉れる。お銭では新しいインキ壺を買ふ事も出来れば、麺麭菓子を買ふ事も出来るといつた風な事を喋舌つた。
博士はその間煙草をふかしふかし黙つて相手の顔を見つめてゐたが、一頻りお喋舌が済むと、静かな調子で、
「それぢや生命保険といふものは、恰で女郎のやうなもんですね。」
と奇妙な事を訊いた。
「え、女郎のやうだと仰有るんですか。」勧誘員はすつかり度胆を抜かれた容子で目を白黒させた。「何故でございますね。」
「でも君、肉体で稼ぐんぢやないか。」博士は冷やかに笑つた。「僕はそんな真似は厭だね。」
「へへへ……肉体で稼ぐには恐れ入りましたね。」
といつて勧誘員は戯けたやうに、一寸お辞儀をしたが、迚も駄目だとあきらめて、素直に起つて帰つた。
またある生命保険の勧誘員が、大阪の弁護士日野国明氏を訪ねて往つた事があつた。その男は例の調子で、生命保険にさへ入つて置けば、老人になつても気楽に日が送れるし、死ぬる時にも安心して息が引き取れるといつたやうな、巧い事づくめを言つたものだ。
すると皮肉屋の日野氏は感心したやうに頭を掉つた。
「ふむ、生命保険つて、そんな結構なもんかね。」
「全く結構づくめなもので御座いますよ。就いては何卒一つ……」
といつて、勧誘員は保険率の刷物を取り出して、そつと畳の上に置いた。
「そんな結構なものだつたら、君一人入つて内証にして置けば可いぢやないか。」日野氏は苦味丁幾のやうな言葉を相手の顔一杯に投げつけた。「人もあらうに見ず知らずの僕にまで知らせるなんて、君も余程親切な男と見えるね。」
親切な勧誘員は、そこ/\に座を起つたが、それ以来二度ともう日野氏に勧めようとしなくなつた。
尻と腹
8・23(夕)
それまで熊本には罪人を取扱ふのに、死刑と追放と、この二つしか無かつたのを、勝名の考へで笞刑と徒刑とがその外に設けられる事になつた。笞刑は言ふ迄もなく、尻つ辺を叩くので、それに用ひられる笞が新しく買ひ込まれた。
だが、勝名はその笞で罪人の尻つ辺を幾つ叩いていいものか見当がつかなかつた。その時分熊本の城下には叩しつけていい尻はどつさり有つたかも知れないが、他人の身体では肝腎の痛さは判らなかつた。
そこで勝名は自分の尻を叩く事に定めた。ある家来の子供にしこたま御馳走をふるまつて、上機嫌になつた時、大きな尻を捲つてその鼻先に突きつけた。
「さあ、その笞で思ひきり叩しつけてくれ。」
子供は狸をとつちめるやうな積りで、強く尻つ辺を叩きつけた。勝名は顔を顰めながら、
「さ、も一つ気張つて叩いた……」
と言つて、肌が紫色に脹れ上るまで笞を続けさせたといふ事だ。
流石は勝名で、思ひ付が面白いが、然し真実の事をいふと、他人の尻で済む事なら、自分の尻は成るべく叩かぬ方がよい。これを一番よく知つてゐるは発明家のエヂソンであつた。
エヂソンは今日まで色々の事を発明したが、その才能は早くも子供の時から現れて、恰ど七歳の頃、学校教師から袋に瓦斯を盛ると風船が出来ると聞いて、早速それを試してみようとした事があつた。
エヂソンが風船の材料として選んだのは、八歳になる自分のお友達だつた。この小発明家はお友達に沸騰散をしこたま飲ませておいて後からお冷水をぐつと一杯煽飲らせた。
エヂソンの考へでは、かうすればお友達の腹に瓦斯が一杯詰まつて、風船のやうに地面からすつと持ち揚がるに相違ないと思つてゐたのだ。――が、いつ迄待つてもお友達は持ち揚らなかつた。
「こんな筈ぢや無いんだがなあ。」
と言つて、小発明家は失望した顔をした。
だが、お蔭でお友達の腹のなかは雷のやうに鳴り出したに相違ない。得て無益な事ばかり書きたがる歴史家は、この小さな腹の出来事については何一つ書き残してゐない。
知らぬ女
8・24(夕)
ある日小山内氏が原稿書きにも飽いて、ペリカンのやうにあんぐり欠伸をして時間を潰してゐた事があつた。すると誰か知ら玄関に訪ねて来た者があつた。
「御免下さい、小山内さんと仰有いますのは此方様でいらつしやいますか。」
柔かい天鵞絨のやうな声なので、小山内氏は弾機細工のやうに机の前から起ち上つた。
「はい私どもでございます。」
この小説家は勢ひよく玄関の障子を押し開けた。そこには、小意気な下町風の若い奥様が立つてゐた。
女は恥しさうにして訊いた。
「小山内さんは居らつしやいますでせうか。」
「小山内は私ですが、誰方でいらつしやいますか、貴女は。」
小説家は覗き込むやうにして女の顔を見た。
女はまた燃えるやうな眼をあげて男を見た。四つの眼が衝突つた時、男は霊魂まで焼かれるやうな気持がしたので、そつと外つ方に視線を外した。
「おゝ、貴方だ貴方だ。」
女は思はず声をたてて、一足に玄関へ飛び上つた。小山内氏は何の事か一向解せなかつたが、どんな場合にも女に生捕られるのは苦しむものだと知つてゐるので、直ぐ次ぎの間に逃げ込んで、家鴨のやうに我鳴つた。
「違ひます、違ひます。僕と違ひますよ。」
「いゝえ、違ひません、お顔に見覚えがあるんですもの。」
女は幾らか落ついて言つた。そしてかうして唐突に訪ねて来た一部始終を話した。それによると、女は長い事胃腸病で困つてゐたが、ある夜の夢に若い男が来てお腹を撫つて呉れた。そして「私は大塚教会の小山内といふ者だ。」と言つてその儘消えてなくなつた。ふと目がさめてみると、病気の痛みは削り取つたやうに癒つてゐるので、女は嬉しさの余り教会で、小山内氏の許を訊いて、漸と訪ねて来たといふのだ。
「でも、お顔が夢でお目に懸つたのと、そつくりなんですもの。」
女はかう言つて、また男の顔を見た。
小山内氏はその大事な顔を海老のやうに真赤にした。そして自慢さうに言つた。
「してみると、僕だつたかな。さうです、矢張僕に相違ありませんよ。」
小山内氏は善い事を承認したものだ。もしか女がその折お金を立て替へたとでも言つたら、「ほんとにさうだつたね」と二つ返事で身銭を切つて払つてやると猶よかつた。
親達の体操
8・25(夕)
大部分裸麦の成分から出来上つてゐる高木氏の頭では、今の日本人は迚も見込が無い。何でも子供の間から自分の主義通りに拵へ上げてみなくつちやといふので、この少年臨海団は出来上つたのだ。
だが、子供を養成すると同時に、禿頭の親父連をも教育する事が出来たら申分は無いのだ。子供には歪みなりにも学校はあるが、気の毒な事には親父の入る学校はまだ出来てゐない、世間の親父が段々愚になるのは、かうした理由かも知れないと高木氏は思つた。それに実をいふと、高木氏にしても子供に賞めて貰ふよりは、親父に感心して貰ふ方が好きだつた。
で高木氏はその臨海団を湊海岸に連れて往く前に、一度自分の邸にその親達を招待した。親達は禿頭をてか/\させたり、胡麻白の丸髷を傾げたりして遣つて来た。誰も彼も聞えた物持連で、高木氏のよくいふ、麦飯の身体にいゝ事も、耳ではよく承知をしてゐるが、口では一向に知らない連中だつた。
一頻りお説教がすむと(説教好きな高木氏は、聴衆が居なかつたら、椅子を相手にでも麦飯のお説教をし兼ねない)高木氏は焼栗のやうに日に焦けた子供達の顔を見ながら言つた。
「さあ、これから一つ例の運動でも始めるかな。」
すると、子供達は小島のやうにさつと散らばつて各自の位置に着いた。そして力一杯声を張りあげて、
「忠君愛国、天真爛漫……」
と一斉に喚きながら、手を挙げたり、足を踏み跨つたりした。
「へへへ……面白いですな、あれだから健康になりまさ。」と親達が感心して見惚れてゐると、高木氏はづかづかとやつて来た。そして嗄れた声で、
「さあ、皆様もお始めなさい。子供に行つて可い事が、大人に行つて悪い事はありませんぞ。」
と叱りつけるやうに言つた。
皆はその権幕に吃驚して、弾機細工のやうに一度に飛び揚つた。そして子供達と一緒に声を合はせて、
「忠君愛国、天真爛漫……」
と喚きながら猿のやうに手を挙げたり、足を踏み跨つたりした。
だが、高木氏の考へは少し拙かつた。そんな事を教へて今の紳士達がすつかり達者になつて、長生でもしたら何うする積だらう。呉々も言つておく、凡て善い事はこつそり若い者にだけ教へておく事だ。
議員と子供
8・26(夕)
この男が先日ヴアージニアのヴアノンが岡に住むでゐる一人の友達を訪ねようとして、馬車旅行を企てた。ヴアノンが岡といへば、誰もが知つてゐる通り、亜米利加の開祖ワシントンが長く住んでゐたところで、タルボツト氏の友達は何でもその直ぐ近くに家を構へてゐるといふ事だつた。
すべて名所旧蹟の近くに住居を構へるといふ事は、自分にとつては兎も角も、訪ねて来るお客達にとつては、分り易くて便利なものだが、生憎タルボツト氏は従来一度も国祖の旧棲を訪ねた事が無いので、一寸方角が立たなくなつた。さうかといつて自分の行く先を馬に訊く事も出来なかつた。特別の場合の外は馬は大抵主人よりは愚なものと極つてゐるから。
ところが都合よく学校帰りの子供が一人そこを通りかゝつた。タルボツト氏は車の上から訊いた。
「ちよいと坊や、お前ワシントンのお家を知つてるかい。」
「知つてるよ。」
と子供は円まつちい顔をあげた。
「ぢや、叔父さんに教へてお呉れ。」
国会議員は生命拾ひをしたやうな顔をした。
子供は自分の今来た方角を指さした。
「これを真直にお往きよ、さうすると自然にワシントンのお家の前へ出ら。」
「有難う、坊やは善い児だね。」
とタルボツト氏は資本のかゝらない愛嬌笑ひを見せて馬に一鞭あてた。馬は急にワシントンとは昔馴染だつたやうな顔をして、勢よく駆け出さうとした。
「叔父さん」と子供は後を見送りながら呼んだ。「そんなに急がないで、緩くりお往きよ、ワシントンはもう死んぢやつてるんだよ。」
子供といふものは巧い事をいふものだ。日本にもこの頃では大急ぎで山登りや名所廻りに走りまはつてる人も少くないが、まあ緩くり落ついてやるさ、相手は生者ではなし、逃げ隠れもしないのだから。
猫と四斗俵
8・27(夕)
ゲエテはその『狐の裁判』で、「猫は形こそ小さいが、分別もあり、哲学をも知つてゐる。」と言つた。実際猫は鼠を捕る以外に、哲学の素養があるので、よく色々の偉い人のお友達となる事が出来た。仏蘭西の名高い政治家リセリウが、死際に可愛い自分の飼猫に少からぬ遺産を残したのは名高い話だ。
猫がその遺産を慈善事業に寄附したか、それとも利廻りのいゝ株でも買込んだか何うかは知らないが、よしんばその遺産が無かつたにしても、猫は多くの哲学者のやうに空腹を抱へるやうな事は滅多にない、何故なら猫は哲学と一緒に鼠を捕る事をも知つてゐるから。
議員の俸給に極りがあるやうに、猫の食量にも限りがある。往時から猫一匹が一年中の食量は、ざつと米一俵としたもので、もしかこれ以上に食べるやうな猫があつたら、それは大物食で、哲学者とは言ひ兼ねる。
ところがこの事実から立派な一つの発明を仕遂げた男がある。それは讃岐の塩田忠左衛門といふお爺さんで、お爺さんは猫に四斗俵一つは余り値段が張り過ぎる、
「俺ならその半分で済ませてみせる。」
と、自慢らしく言ひ言ひしてゐる。
実際お爺さんはそれを行り通してゐるのだ。その法といふのは収穫の時籾二斗を鼠一年分の餌として、土間の隅つこに俵の儘残しておくのだ。すると、夜になつて家中の鼠がこそ/\這ひ出して来て、鱈腹それを食べるが、籾二斗で恰度一年分の餌に足りるさうだ。
「こんなにさへしておくと、鼠も温和しいもので、米櫃一つ噛らなくなる。お蔭で猫なぞ飼はなくともいい。」
と爺さんは皺のよつた小鼻をぴく/\させてゐる。
だが、それは猫を唯の鼠捕りとして見た上の事で、猫はその外にまた哲学者である。ちやうど亡くなつた菊池大麓氏が枢密顧問官と同時に哀れな数学者であつたやうに……。
男爵と牛飯
8・28(夕)
ある時美術学生の一人が学校の廊下で岩村男を呼びとめた。
「先生、是非貴方にお知らせ致したい事があるんです。」
「何だね、乃公に知らせたいつてえのは。」
岩村男は凡そ世間に自分の知らない物は何一つないといつたやうな顔をした。
「美味い牛飯屋が一軒あるんです、御存じですか、本郷の中央会堂の横丁に。」
学生はいつの試験にも、岩村男に辛い点を附けられてゐるので、こんな事位で御機嫌を取直す事が出来たなら安いものだと思つた。実際岩村男が受持の西洋美術史の講義を覚えきるのは、男爵にしても、平民の子にしても容易な事ではなかつた。
「さうか、いゝ事を教へて呉れた。中央会堂の横丁だね。」
さう言つて学生に別れた岩村男は、控室に帰つて角々の摩り切れた例の紙挟を小脇に挟むだと思ふと、直ぐ表通りへ飛び出した。そして物の二十分と経たぬ間に会堂側の牛飯屋の店先に立つてゐた。
だが、その日の牛肉は男爵にもなれないで、一生扱き使はれた古牛の肉だつたので、齲歯の多い岩村男にとつては、噛み切るだけが却々容易な事ではなかつた。
「何が美味いんだ、恰で履の踵でも噛むやうなもんだ、酷い目に会はせやがる。」
ぶつぶつ呟きながら、この美術家は漸と一椀だけ掻き込むだ。
そして歯医者へ通ふ病人のやうに顔を歪めて表通りへ出ると、ばつたり出会つたのは、先刻学校の廊下で自分を呼びとめたその学生だつた。
「先生、もう入らつしやいましたの、一寸召し食られるでせう。」
学生は心安さうに言つたが、男爵は顔を歪めた儘返事一つせなかつた。――お蔭で学生は例よりまた美術史の点を少くしてしまつた。
肉饅頭
8・29(夕)
シユワツブはかう言つてゐる。――ここに甘味さうな、肉饅頭が一皿置いてあるとする。他の富豪だつたらそれを見ると、
「や、うまさうな肉饅頭があるな。おい皆来て見ないか、乃公はこれから肉饅頭を食べるんだよ。」
と、其辺に居合はす番頭手代を駆り集めて、そのなかで好い気になつて皿の物をぱくつくに極つてゐる。
ところが、カアネギーだけは、そんな真似をしない。この男は皿の肉饅頭が目につくと、
「や、肉饅頭があるな、おい皆来て乃公と一緒に食べないか。」
と言つて、屹度そこらに居る店の者を呼び寄せて、一緒に食べようとするに相違ない。
と、かう言ふと、そんぢよ其辺の富豪達は、雀のやうに口を尖らせて、
「そんなだつたら何もカアネギーに限つた事ぢやない。私だつたら肉饅頭どころか、ライスカレイがもう一皿あつたつて、それも皆と一緒に食べて見せる。そして食後には金口の巻煙草を一本づつ呉れても可い。」
と言ふかも知れないが、まあ、一寸待つて欲しい。
つまり資本主が儲けを得たら、それを使用人と一緒に頒けて楽むといふのは、カアネギーから始まつた事で、これ迄の富豪達の知らなかつた事なのだ。だからシユワツブは言つてゐる。
「カアネギーの爺め、肉饅頭を半分食つただけで、すつかり新時代の資本家になりすましてしまつた。」つて――。
禅僧と扇
8・30(夕)
ある夏の事、熊本の県会議事堂で釈宗演師の提唱があつた。名高い禅師の事だ、こんな暑さには、何か屹度アイスクリームを食べるやうな、凉しい話があるに相違ない、事に依つたら、来世で大手をふつて極楽へ通れる紹介状を書いて呉れまいものでもないと、色々な連中がぎつしり会場へ集まつて来た。
その日も蒸暑かつた。凡てに公平なお天道様は、禅坊主が来たからといつて、取つて置の風を御馳走する程の慈悲も見せなかつた。皆は襟を寛げて扇をばたばたさせた。そして広い熊本で難しい、理窟つぽい事の解るのは、先づここに集まつた自分達だけだらうといつたやうな顔をした。
宗演禅師は厳つい眼つきで皆を見下した。そして一語一語が五十銭づつの値段でもするやうに、ぽつりぽつりと口を切つた。皆はそれを聴落すまいと小首を傾げて耳を引つ立てた。禅師の言葉は噛みつくやうに皆の頭に落ちて来た。
「要するに、三界は渾てこれ一心ぢや、寒いといふ心、暑いといふ心、心頭を滅却すれば火もまた凉しぢや。」
「火もまた凉しだつて……巧い事を言つたもんだな、成程さう聞いてみると万事が心一つだわい。」
皆は感心したらしく腹のなかでさう思つた。そしてそんな有難い「心」といふものを持つてゐる自分達の幸福を思つた。――だが、さう思つても矢張熊本の夏は暑かつた。皆はその暑さを調節するのに、有難い「心」を用ゐないで、有り合せの扇をばたばたさせた。
気が注いてみると、会場のなかに宗演禅師一人だけは扇を使はないで、平気な顔をして椅子に腰をおろしてゐる。
「やつぱり心一つだ。偉いもんさ、火もまた凉しなんだからね。」
皆はかう思つて感心したやうに首を捻つた。――だが実をいふと、火もまた凉しかつたのに無理はない、その折襖の蔭から、小僧の一人が皆に隠れて、両手に大団扇をもつて、禅師を煽いでゐたのだから。
女と歌
8・31(夕)
「今日は心が忙しいから、不本意ながら長い手紙を書く。」
と断つて、手紙の長いのを恥ぢたものだが、女にそんな気の利いたことは解らない。女は手紙の文句が長くさへあれば、相手の男を親切者だと思ひとつてしまふ。
白河楽翁公が老中を勤めてゐた頃、大奥の女中仲間に、煙草盆に緋の紐をつける事が流行つた。女の好みだけに紐は煙草盆をぐつと差しあげても、まだ畳の上で曳きずる程長かつた。
楽翁公はそれが気になつて溜らなかつた。ある日の事老女の一人を呼び寄せた。老女は狐のやうに長い尻つ尾を持つてゐさうな女だつた。
「他でもないが、あの煙草盆の紐だね。」と楽翁公は言つた。「あんな物をぶら垂げてゐたところで、何の役に立つといふぢやなし、いつそ廃めたらどんなものだね。」
老女は石のやうに冷さうな顔をあげた。
「これはまた以ての外のお言葉かと存じます。御老中様には御存じないかも知りませぬが、あの紐と申しますのは、徳川のお家の長いのを寿くために、長目に致してございますので、唯今のお言葉で伺ひますと、まるでお家が早く滅びましても……」
「もう可い。解つた、解つた。」
楽翁公は顔を顰めて手をふつた。長い物好きな女の哲学には、流石の政治家も手を引つ込めてしまつた。
ある時茶話記者の許へ、歌を十首ばかり持ち込んだ女があつた。歌は十首とも失恋の歌だつたが、揃ひも揃つて字余りの三十五六字の上を越すやうなものばかりだつた。
「少しばかり字が多過ぎるやうですね。」
「ええ、心持が有り余るもんですから。」
記者は魚の骨が咽喉に刺さつたやうな気持がしたが、それでも漸と返事だけはした。
「そんなだつたら四十字迄はいいでせう、泣かれるよりか優ですからね。」
その後女は相変らず歌を作つてゐる。だが、もう字余りは少くなつてゐる。
帽の着様
9・1(夕)
で、身体に勿体をつける為に、団十郎の舞台を手本にする事に極めた。団十郎はあの通りの名優だつたので、平素は馬のやうな顔をして、馬のやうににやにや笑つてゐる唯の爺さんに過ぎなかつたが、一度役に扮して出ると、舞台一杯に大きくなつた。清浦氏はその呼吸を見て帰つては、こつそり手習ひをした。そして漸と自分の柄に鰭をつける事を覚えた。
政治家、軍人といつたやうな、世間の前に立つてお芝居をする必要のある人達は、相手の頭に強く自分を焼きつける為には、他に真似手のない特別お誂への態度をしなければならぬ事になつてゐる。
英皇帝エドワアド七世の肖像画を見たものは、皇帝がいつも競馬用の眼鏡と、上等の葉巻とを手に持つてゐるのを覚えてゐるだらう。どんなに競馬好きの皇帝にしても、聖書を読む折にまでそんな眼鏡は使はれなかつたに相違ないが、エドワアド七世の肖像といへば、どんな場合にも、あの眼鏡と葉巻とが附き物になつてゐる。恰どジヨセフ・チエムバレンに一眼鏡が附物になつてゐるのと同じやうに。
この頃それを際立つてよく利用してゐるのは、英国のベチイ提督である。提督は普通の海軍軍人と異つて、制帽を心もち横つちよに冠つてゐる。そして目廂の下から眩しさうな皮肉な眼つきでじろりと相手を見つめてゐる。
「あの横つちよに帽子を被てるのが意気だわ。好いたらしいベチイさん。」
と言つたやうな訳で、提督の写真は英国婦人の仲間に、魔除のお守符か何かのやうに大層流行つてゐる。
「だから言はないこつちやない、広告には何でも人の気を牽く特徴が無くつちや。」
と、英吉利のある広告学者は、提督の帽子の被やうから、取つて附けたやうな講釈をしてゐる。この輩は耶蘇が磔台に上つたのを、素敵な広告法だと思つてゐる仲間なのだ。
不折の書
9・3(夕)
と得意がつてゐるのは名高い話だ。六朝の文字があんなだつたか何うかは知らないが、もしかそれが御家流のやうな字だつたにしても、不折氏は矢張り今と同じやうにそれを真似て「六朝だ、六朝だ」と好い気になつてゐるに相違ない。
あゝした不折氏の書も世間には好きな人があると見えて、ちよいちよい画絹や画箋紙を持つてそれを頼みに出掛けるのがある。
「是非一つお願ひ致したいもので御座います。書はどうも六朝でないと見醒めが致しましてね……」
かうは言ふものの、依頼者の腹では、画を頼めば、潤筆料がどつさり要る。書だとお辞儀を三つばかしすればそれで十分だと、ちやんと算盤珠が弾いてあるのだ。
不折氏も初めの間はその手に乗つて、好い気になつて六朝を書いたものだが、近頃では漸とその魂胆に気づいたらしく偶に書を頼みに来るものがあると、
「私は画家だ、書はほんの道楽に過ぎないんだから、道楽のために閑潰しは御免を蒙る。」
ときつぱり跳ねつける事に定めてゐる。
尤も書と一緒に油画か水画の一枚も、頼む事が出来たらそれはまた別の話で、そんな折には不折氏は閑潰しな道楽文字を書いて呉れるばかしか、書の講釈までも聞かせて呉れる。そしてまた加之にお茶受の菓子までも食べさせて呉れる。その菓子といふのは、不折氏の油絵のやうに、水気のないからからのビスケツトである。
だが油絵の依頼は、懐加減に少し工合が善くないので、大抵の依頼者はその儘引き下つて行くが、帰りがけには屹度門札を引つ剥して往くのを忘れない。
「まあ、これでも貰つて置くさ。」
その故で、不折氏の門札はいつも真つ新だ。そしてその六朝文字が初めから段々と異つて来てゐる。
葵の上
9・4(夕)
その邦楽調査会の用事で、富尾木氏が京都にやつて来た事があつた。早稲田大学で国文学の講義をしてゐる人に五十嵐力氏がある。初めて京都へ来てみて、加茂川が自分の想像と大層違つてゐるのを見て、女のやうな上品な口を窄めて変な顔をしてゐた。旅をすると、何かきつと拾ひ物があるものだ。富尾木氏が京都に来たのは決して悪い事ではなかつた。
平家琵琶の検校藤村性禅氏がまだ生存してゐた頃で、富尾木氏もこの盲法師が波多野流の最後の人である事はよく知つてゐたので、態々宿に招いて平家の一曲を所望する事に定めた。
藤村検校は琵琶を抱いて入つて来た。検校はどんな音楽会でも、平曲だけは別物だといつて、いの一番に語らなければ承知しなかつたものだが、この日は一先づ琵琶を膝の上に置いて世間話をした。世の中には結構な音楽よりも、呆けて世間話でも仕て聴かせた方が、ずつと利益になる人があるのを検校はよく知つてゐた。
一頻りそんな話が済むと、検校は琵琶を取り上げた。
「何に致しまほ。御所望の曲がおしたら何なりと……」
検校は撥をとつて一寸威儀を繕つた。富尾木氏は「さあ」と言つて、白い巻煙草の煙の中で眩しさうに眼を細めてゐたが、暫くすると、
「それぢや葵の上でもやつて貰はうか。」
と言つて、忙しさうにまた煙を吐き出した。
「葵の上を?」
検校はだしぬけに鼻でも抓まれたやうに、顔中をくしやくしやさせた。そして富尾木氏の側に坐つた相客の方へ首を捻ぢ向けた。相客といふのは、島華水、岡本橘仙、湯浅半月……といつたやうな、検校とは古馴染で、これまで幾度か平家琵琶を聞いて、無事に生存へてゐる程健康な人達だつた。
だが、その人達は平気な顔をして控へてゐた。とんちんかんの多い世間で、一々それを笑つては、笑ひきれるものでないといふ事をよく知つてゐたのだ。検校は極り悪さうに言つた。
「源氏には葵の上の巻もおしたやうに存じて居りますが、平家にはおへんどすな。尤も小督の曲の前に葵の前といふのが一つおして……」
富尾木氏はそれを聞くと、羅字屋の釜のやうに鼻から口から白い煙を吐出した。
「源氏にある事が平家に無いといふ法はない、是非一つ葵の上を平家の節で聞かせて貰ひ度い。」
気の毒な盲法師は、迚も自分の手では出来さうにもないといつて、匆々に琵琶をしまつて座を立つた。
「源氏にある事が平家にないといふ法は無い」――ほんとにさうだが、しかし広いは世間で、富尾木氏の持つてゐる二つの眼が、検校には無いといふやうな例もある。そして検校の眼が見えないばかりに真赧になつた顔を見られずに済む事も出来る。
鮨の餞別
9・5(夕)
と、宗教家は口癖のやうに言つてゐるが、さういふ宗教家は、常も受ける方の地位には立つが、滅多に与ふる者にならうとはしない。恰どそのやうに女は男に対して、いつも受ける方で何一つ与へて呉れようとはしない。
みじめなのは男で、いろんな宝石や織物でもまだ与れ足りないで、終ひには「名誉」や「霊魂」までも進物にしようとする。女が生れつき立派な商人で、そんな無益な物に眼をくれるものでない事すら判らなくなるのだ。
女流声楽家三浦環女史が倫敦に居る頃、女史の周囲には医者や、銀行員や、外交官や、大学の助教授やが油虫のやうに寄つて集つて、御機嫌取りに色々の進物を女史の足もとに持ち運んで来たものだ。
かうした夥しい男の進物に対して、女史は多くの女と同じやうに何一つ返礼をしなかつた。時偶片眼を細めて一寸笑つてみせる位が精々だつたが、それがまた男にとつては無上に嬉しかつた。万一女史が二つの眼で一緒に笑つてみせて呉れる事だつたら、男達は各自に自分の心の臓を掴み出してみせるか、それとも蛙のやうに飜斗がへりをしてみせたに相違ない。
ところが一度不思議な事があつた。それは恰ど今東北医科大学にゐる加藤豊治郎博士が倫敦の下宿を立つて大陸漫遊に出かゝつた朝の出来事で、見送りに来てゐる多くの日本人を掻き分けるやうにして環女史が其処に現れた。皆はこんな美しい人に見送られるのだつたら、寧そ今から地獄へ旅立つても構はないとでも思つてるらしかつた。
環女史は小さな包みを取り出して加藤氏の掌面に載せた。
「お鮨なんですよ、昨夕大使夫人にお招きに与りましてね、その折戴いた御馳走なの、貴方に上げたいと思つて、態々持つて、帰つたのですわ。」
女史はかう言つて、例のやうに片眼で笑つた。
「さうですか、どうも有難う、御親切は忘れません。」
加藤氏は嬉しさが一杯で泣出しさうな顔をした。
「怪しからん、一片位僕にも裾分けしたつてよかりさうなもんぢやないか」と近眼の銀行員が側にゐる助教授の耳許で呟いた。「僕は先日電車のなかで女史が落した手巾までも拾つてやつたんだ。加藤が何をした、奴はその折夕刊を読んで知らん顔をしてたぢやないか。」
「止せよ、見つともないから。」
と助教授は相手をなだめながら皆の顔を見た。皆は歪むだ顔をして、吸ひつけられたやうに鮨の折を見詰めてゐた。
「一片頬張らせて呉れたらなあ、俺は羅馬までも従いて往くよ。」
助教授は皆の眼のなかに、こんな言葉を読む事が出来た。
女に教へる。――貰ひ物でも何でも可い、すべて鮨の事/\。
女と茶入
9・6(夕)
遠州は茶器の鑑定が巧かつたので、将軍はいつも大金をこの男に委せて、色々な名器を集めさせた。ところが、遠州はその金を一万両ばかし自分の用に費ひ込んだ。不都合な話で、かういふ男は銀行家には困りものだが、今の銀行家は悧巧者揃ひだから、遠州からお茶は習つても、費ひ込みだけは習はうとしない。
公儀の預り金を一万両も費ひ込んだとあつては、家は断絶に定まつてゐるが、遠州ほどの名人をそんな羽目に会はすのも気の毒だつた。で、井伊掃部頭と酒井左衛門尉とが仲に立つて、一万両は綺麗に償つて呉れた。茶人にしても罪人にしても、親切な友達は持つた方が都合の善いものだ。
遠州は二人に何がなお礼をしたいものだと思つた。遠州は男だつたから、他人の親切を被ながら、女のやうに唯笑窪を見せて済ます訳にも往かなかつた。で、自分の秘蔵のなかから茶器を二つ取出して、親切な二人に贈つた。酒井家が貰つたのは「飛鳥川」と銘の入つた茶入、井伊家のは宗祇の歌だつた。
「飛鳥川」の茶入は、遠州がまだ若い頃京都で掘り出したものだが、その時分には、
「使ふにはまだ新し過ぎるから。」
と言つて、大事に蔵ひ込んで置いて、後に堺に来てから取り出して見て、
「ほう、恰ど使ひ頃になつとるわい。」
と、箱書に「昨日と過ぎ今日と暮して飛鳥川流れて早き月日なりけり」と認めて、その儘使ひならしたものだつた。
茶入にも使ひ頃がある。人間にもそれが無い事はない。とりわけ女を取扱ふのには、何よりも先にその骨を覚えなければならぬ。女は茶入と同じやうに、結構な芸術品だからである。
出世の秘法
9・7(夕)
安永の老中、田沼主殿頭には妙な好みがあつた。それは、銀製の牛を拵へて側に置き、閑さへあれば呪文を唱へて、その背を撫でてゐる事だ。
その呪ひの故か何うかは知らないが、主殿頭は、身分不相応に出世して、紀州藩の小役人から老中にまでなつた。それを噂に聞いた当時の人達は、
「あの出世は牛のお蔭に相違ない、何でも偉くならうと思つたら、牛の背を撫でてやる事だ。」
といつて、牛を拵へて撫でる事が大流行に流行つた。
なかには主殿頭の向ふを張つて、大気張りに銀の牛を拵へたのもあつたが、大抵は木で削つたか、土で焼いたかしたのが多かつた。そんな輩に限つて、万一都合よく出世したら、その暁に銀の牛を拵へても遅くはあるまいと思つてゐた。
お蔭で瀬戸物店や、彫物師は牛の註文で懐中を膨らませたのも少くなかつたが、それを撫で廻した人達が、幾人づばぬけて主殿頭のやうな出世をしたかは判らなかつた。
今の寺内首相なども、軍人の癖に、右手を胡瓜のやうにぶら下げた儘で、それでゐて首相の椅子にまで就く事が出来た。物真似の好きな人は、この人のやうに一生右手をぶら下げてみるも面白からう。よしんば大臣になれなかつたにしても、右手を働かせなかつただけはその人の得である。右手といふものは、安月給を受取るとか、脂ぎつた女の手を握るとか、そんな無益な事しか出来ないものなのだ。
これはほんの内証事だが、こゝに往時から言ひ伝へた出世の秘法といふものを一寸お知らせする。それは自分の生れた年から数へて、恰ど七つ目に当つた干支を絵にかいて、いつも壁に懸けて置く時は、立身出世疑ひないといふ事だ。むかしから七つ目の干支と言つてゐるのは、かういふ理由があるからだ。
だが、七つ目の干支を使つてみても、一向立身しなかつたからと言つて、泣言だけは止して貰ひ度い。その時はその時で、また「哲学」といふ善いものがある。「哲学」はこの世で出世をした輩は皆馬鹿者だといふ事を教へてくれる。
首相の笑ひ顔
9・8(夕)
斎藤弥九郎だつたか、
「江川のは狩猟が好きなのぢやない、あれは病気なのだ、病気にも色々あるが、態々あんな殺生病に罹るなざ気の毒なもんだ。」
と言つたといふ事だが、実際江川の狩猟好きは病気の方に近かつた。
ある時佐久間象山が何かの用事で太郎左衛門を訪ねて来た事があつた。二人とも久し振に会つた所で、食物や女の噂をする方でも無かつたから、談話は手つ取り早く済んだ。
すると、太郎左衛門は直ぐ起き上つた。
「折角のお越しぢや、これから一緒に猪狩に出掛けようぢやないか。」
「そらお出でなすつた。」
と象山はさう思つて、馬のやうな長い顔でにやつと笑つたが、利かぬ気の男だけに直ぐ承知した。
「それぢやお伴するとしようかの。」
煽て好きで、理窟屋の象山は、鉄砲打の術も理窟の上ではなかなか精しかつた。
「太郎左衛門が巧いたつて、どれ程の事があらう、今日は一つ自慢の鼻を摧いてやらなくつちや。」
こんな事を思ひながら、灌木の林を分けてゆくと、いきなり大きな猪が転がり出した。凡て猪だの、借金取だのは、どんな場合にも案内なしに鼻先に突つかけて来るものなのだ。
象山は慌てて一発切つて放した。弾は撃ち人以上に慌てて飛んでもない方角へ逸れて往つた。すると直ぐ後から江川がずどんと口火をきつた。猪は急所を撃たれてその儘平伏つてしまつた。
「どうぢや、鉄砲はかういつたやうに撃つもんぢやぞ。」
太郎左衛門は自慢さうに声をあげて笑つた。
その笑ひ声が少し無遠慮過ぎたので、象山は胸を悪くした。この馬のやうな顔の持主は、馬のやうに白い歯を露き出して笑つたが、心の中では何だか面白くなかつた。象山と太郎左衛門との感情の行き違ひは、実をいふと、こんな小さな事に根ざしてゐるのだ。
先日の臨時議会で、在野党の質問が愚にもつかない事だらけで、一向政府の急所に触れないと、大臣席にゐる寺内首相は、定つたやうに顔を歪めて笑ひ出したものだ。
その笑ひ顔の厭味たつぷりな事と言つたら、誰が目にも腹を立てずに居られなかつた位だ。
「これまで寺内は嫌ひでもなかつたが、あの笑ひ顔を見て、誰よりも厭になつた。」
と言つた男がある。――かう聞くと、あの通り小心な首相の事だ、これからは滅多に笑はなくなるだらう。それも善い事だ。
原稿集め
9・9(夕)
世間にはよく色々の作家の手に成つた原稿を集めて歩く人がある。その人の作物に接し度いのなら、印刷された書物を読んだ方がよかりさうなものだが、さういふ人達に限つて余り書物など読まうとしない。そして拙くても何でも構はない、唯手で書いたものばかりを集め歩く。
英国の文豪キプリングの手蹟が集めたくて溜らない男があつた。もしか文豪が証文を書くとでもいつたら、この男は「金」に「良心」までも添へ物にして用立てて呉れたに相違なかつたが、キプリングは別に何一つ不足はしてゐないのでそれも出来なかつた。
ところが懇意な書肆で、いつも新版物を見繕つて文豪の許へ売り附けに往く男があつた。キプリングは書物を預る度に請取書に署名をするのが例となつてゐる。
「好い物が発見つた。これだけでも結構だ。」
と言つて前の男は書肆から署名入りの請取書を喜んで買ひ込むだ。味を占めた書肆は要りもしない書物までせつせと文豪の手許に担ぎ込むやうになつた。
また一人小説家のヘンリー・ジエームスを訪ねて往つた男がある。空手で物を貰ふ者に附物の愛嬌笑ひを惜し気もなく小説家の卓子の上にぶち撒けた。
「申し兼ねますが、先生、唯一枚で結構で御座いますから、貴方のお書きになりました原稿が戴かれないもので御座いませうか。」
「原稿?」と小説家は古い往時の話でもする折のやうな顔をした。「原稿とお言ひなのは、手で書いた文字の事なんですか。」
「はい、さやうで……ほんの一枚で結構でございますから。」
「それだとお気の毒だが有りませんよ。」と小説家は素気なく言つた。「私はいつも速記者に口授して書かすので、私の書いたものといつては先づ校正書位のものでせうからね。」
原稿集めの男がどんな顔をしたかは、私の知つた事ではない。
「ジエームスは無趣味な男だね、いつも速記者に書かすのだつて。道理で小説がしち諄いと思つた。」
そんぢよ其辺の日本の原稿蒐集家なら、その翌日から屹度こんな事を触れ歩くに定つてゐる。
お茶盗人
9・10(夕)
小文さんが何うして暮してゐるかは誰にも判らないが、京都にはさういふ生活を仕てゐる人はざらにあるのだから格別気に懸けずともよからう。兎に角小文さんは西行庵の茶室で茶を立てたり、花を活けたりして、暢気に暮してゐる。
その小文さんに妙な癖が一つある。それは毎晩日が暮れると、ぶらり家を出て祇園町をぶらつくのだ。意気な三味の音が雨と降るなかを、セルロイド製のやうな頭を掉り/\三条へ出て、橋詰の万屋で一寸小休みする。これが一年中押つ通して小文さんの日課のやうになつてゐる。
先日の晩、小文さんが例のやうにぶらつきに出掛けると、都合よくその間に盗賊がなかに忍び込んだ。都合よくといつたのに何の不思議があらう、小文さんは談話が好きだ。たとへどんな物が盗まれてあらうと、
「まあ、お聞きやす、昨夜家に盗人が入つてましたんや。ほんまどつせ、えらい盗人なんや、それが……」
と、会ふ人毎に吹聴が出来れば、盗まれた物位は、それでけろりと忘れる事の出来る人なのだから。
小文さんは帰つて来て初めて盗人が入つたらしいのに気が注いたが、別に吃驚もしなかつた。何故といふのに家には盗まれて惜しい物は何一つ置いてゐないのをよく知つてゐたから。小文さんは色々詮索してやつと茶壺と茶筅とが無くなつてゐるのを気が注いた。
小文さんは礑と手を打つた。
「嬉しい盗人やおへんか、茶壺と茶筅を盗むなんて、やつぱりお茶の心得がおすのやなあ、金目の物やつたら立派な茶匙がおすのに、それは残しておいたるんやさかいな。」
と会ふ人毎に、それを言つて感心してゐる。
「立派な茶匙がある……」
小文さんも巧いことを言つたが、それを盗まなかつた盗賊の方は、もつと目が高かつた。――それにまた盗賊は腹が空いてゐたのだ。
女優と監督
9・11(夕)
いつだつたかもある劇の稽古してゐる時、女優の一人に科が何うしてもフロオマンの気に入らないのがあつた。それはパトリツク・カムベル夫人といふ女優で、鶏のやうな癇高い調子を持つた女だつた。
フロオマンは鼻を顰めてカムベル夫人を見た。夫人は鶏のやうに胸を反らして舞台を歩き廻つてゐた。
「カムベルさん、何といふんです、貴女の芸は、てんでお話しにならないぢやありませんか。」
フロオマンは情なささうに言つた。
夫人はその折、役に同化した積りですつかり好い気持になつてゐたので、フロオマンの批評を聞くと、真蒼になつてぶるぶると胸を顫はせた。暫くは舞台の端に立つて、鉛筆のやうに真直になつてゐたが、急に履音を蹴立ててフロオマンの前へ出て来た。
「何だと仰有るんです、フロオマンさん、てんでお話にならないんですつて、私の芸が。ちよいと申し上げて置きますが、私かう見えても芸術家なんですからね。」
夫人は眼一杯に涙ぐんで、きいきいした声で我鳴り立てた。
フロオマンは苦り切つた顔をして外方を向いてゐたが、夫人の声が途切れると、だしぬけに牛のやうな声を張り上げた。
「夫人、貴女が芸術家ですつて。これは初めて伺ひました。結構な内職をお持ちですね。世間へは精々内証にして置きませうね。」
夫人は息が塞まつたやうな顔をして、その儘舞台を駆け下りてしまつた。
女優衣川孔雀が娘役として近代劇協会へ入つた時、これを箱入にして蔵つて置かなかつたのは、舞台監督の上山草人であつた。だが、色々試してゐるうち、孔雀の世間馴れた素振が、これまで初心な生娘でなかつた事を証拠立てて来た。草人は不安さうな目付をして訊ねた。
「お前これまで相応恋もして来たらしいね。」
孔雀は平気で頷いた。
「えゝ/\、さうなんだわ。恰ど貴方で十三人目よ。」
「十三人目!」
草人は心臓が破けさうな声をして叫んだ。だが感謝せよ、草人の心の臓はそんな事で破ける程脆弱つこくは出来てゐなかつた。
星野恒博士
9・12(夕)
中川忠順氏といへば、内田魯庵氏と並んで、一対の無駄話家と言はれる程話題に富んだ、物覚えの良い人だが、その中川氏までが星野氏の前では頭を掻いた話がある。
ある時何かの席で星野氏と中川氏とが落ち合つたものだ。どうせかういふ人達の落ち合ふ所だから、附近に若い女と酒が無かつた事だけは神様の前で証人に立つても可い。その折星野氏は深い溜息を吐き吐き、独語のやうに言つた。
「どうも宅の忰には閉口だ。頭が悪くててんでお話にならん。」
中川氏はそれを聞いて駱駝のやうに首を突き出した。凡そ世間にある事なら、何に限らず聴いて置いて損はないといふのがこの人の心得なのだ。
「ほう、頭がお悪いといふと、何か御病気でも……」
「いや、」と星野氏は皺くちやな古文書で一杯に詰まつてゐる頭を掉つた。「別に病気といふではないが、一度読んだ書物を御叮嚀にも二度も読みかへしてゐるやうですからな。」
中川氏は物覚えの良い、自慢の頭を思ひきり張り飛ばされたやうな気持がした。
「へえ、頭が悪いとお言ひのは、一度読んだ書物を二度読みかへされるからの事なんですか。それぢや伺ひますが、貴方は書物を幾度お読みになりますね。」
「私ですか。」と星野氏は不思議さうな顔をして相手を見た。「私は一度しか読みません。それで十分ですよ。貴方は。」
中川氏は頭を掻いた。「それは驚きましたね。私は二度繰返しても読みますよ。書物によつては三度繰り返す事すらあります。」
星野氏はそれを聞くと漸と安心したらしい表情を見せた。
「中川さん、それぢや貴方も頭がお悪いと見えますね。さう承はつてみると、忰ばかりでも無いので、まあ安心しました。」
学者に尊敬を表していふ。(学者といふものは、何よりも尊敬せられるのが好きなものだ。)かういふ頭の持合せがあつたら、私は先づ汽車の時間表を覚える。その次ぎには一度会つた女の名を成るべく忘れないやうにする。女の名を覚えてゐるのは兎角便利なものだ。
石黒忠悳男
9・13(夕)
石黒氏が偉い人か何うかは、その生涯と事業とをよく調べて見た上で無ければ定められないが、石黒氏自身だけは偉い人であるのをよく知つてゐるらしい。結構な話だ。
その石黒氏の話によると、自分を偉くしたのは半分以上川路左衛門尉聖謨の力だと言つてゐる。川路左衛門尉といへば、人も知つてるやうに仙石騒動を裁いた名代の傑物だつた。
石黒氏の父親は、子供を偉くするためには、何か素敵な物を見せなければならない、それには神様のお顔でも拝ませたら一番よかつたのだが、神様へお引合せを頼むには紹介者がうるさかつた。そこで、川路左衛門尉の前へ連れて往く事に定めた。
石黒氏の父親は、いつだつたか態と相手の目に立つやうにと、変り色の羽織を着て左衛門尉に会ひに往つた事があつた。その折左衛門尉は自分が毎朝馬で馬場先を運動する事を話したので、石黒氏は父親に牽かれて朝夙くから馬場先に出掛けて往つた。
左衛門尉は馬に乗つて遣つて来た。石黒氏は阿父さんに催促せられて慌てて頭を下げてゐた。左衛門尉は自分の前に茸のやうに踞つてゐるこの二人に目をつけた。
「や、お前いつぞや遣つて来た石黒ぢやの。」
左衛門尉は馬の上から声をかけた。馬は立停つて叱りつけるやうな目付でこれを見下した。
「はい、石黒で御座います。御健勝の御容子を拝しまして何よりも……」
石黒氏の父親は、かう言つて茸のやうな忰の頭をまた押へつけた。
「其処に居るのはお前の忰かい。」
左衛門尉がさういふと、馬もその積りで高慢臭い顔をして、茸のやうな忰の頭を見た。
「はい、手前の忰でございます、何卒お見知り置きを願ひます。」
石黒氏は父親に催促せられて、今まで下げ詰めだつた頭を擡げた。見ると馬の上で左衛門尉の二つの眼が蝋燭のやうに光つてゐた。
「いゝ児だの、勉強して偉い者になれ。忘れるんではないぞ。」
左衛門尉はかう言ひ捨てて馬に一鞭あてた。馬は自分で偉い者の手本を見せるやうに、後脚で砂を蹴つて飛んだ。
「勉強して偉い者になれ。忘れるんではないぞ。」――石黒氏の説によると、この一言を忘れないでゐたから、今の身分になつたのださうだ。実際結構な言葉だが、かういふ言葉は矢張馬の上から茸のやうな子供に聞かせた方が一番利き目があるやうだ。
蛇*
9・14(夕)
ある夏の夕方、仲善しの朋輩の一人が、荒縄の水に潰つたのを、
「そら蛇だ。」
と言つて、この男の脚もとに投げ出した。男は、
「呀!」
といつて、洋杖の倒れるやうにばたつと顛けかゝつたが、その儘顔を真青にして気絶してしまつた。
居合はす人達は慌てて医者を呼びに走つた。急場の間に合ふのは、大抵藪医者と極つてゐるが、亡くなつた後での名医よりは、息がある間の藪医者の方が有難かつた。その藪医者は気つけの薬と血の道の薬とをごつちやにして相手の口に含ませたらしかつたが、女に利く薬は男にも善いと見えて、気絶した男は、やつと息を吹き返した。
息を吹き返すと、その男は直ぐ刀の柄に手をかけて、先刻悪戯をした男に詰め寄つた。
「人中であんなに恥をかゝされちや黙つて居られない。さ、果し合ひをしよう。」
「いや、悪かつた。重々あやまる。ほんの悪戯に過ぎなかつたんだから宥して呉れ。」悪戯好きな男は先刻の縄を取り上げて見せた。「見給へ、投げ出したのは蛇ぢやなくて、縄だつたんだよ。」
縄だつたと気が注くと相手の男は一層声を荒くした。迚もこの儘では納まるまいと思つた悪戯男はのつそり立ち上つた。
「それぢや仕方がない。如何にも果し合をする。だが、他人の迷惑になつても何だから、明日の夕方人通りのない野原で行る事にしよう。」
翌る晩になると、例の男は甲斐々々しい白装束で、長い刀を引つこ抜いて待つてゐた。悪戯男は瓜のやうに素つ裸になつてやつて来た。そして、
「乃公の得物はこれだ。」
といつて、長い竹竿に五尺許りの青大将のによろ/\したのを結へつけて、相手の鼻先で揮つてみせた。
蛇嫌ひの男は、それを見ると刀を其処へ投げ捨てた儘、犬のやうに走つて自分の邸に逃げ込んでしまつた。
喧嘩は凡てかうするものだ。
相阿弥と鳥
9・15(夕)
義政の心には明は夢想郷のやうに思はれた。鸚哥はそこからの秘密の使者ででもあるやうに、将軍の耳に色々な言葉を囁いた。義政は籠に入れて側を離さず可愛がつた。
だが、鸚哥は女と同じやうに綺麗な羽を持つてゐた。女が飛ぶ事の出来る世の中に鸚哥が飛んではならないといふ法はない。ある日近侍の小姓が餌を呉れようとする時、隙を覗つて鸚哥は籠の外へ飛び出した。
義政は鳥を捜し出して連れて来ない限り、近侍の首は無いものと思へと言つた。その折の将軍の顔は、悲しさと腹立しさとで、毀れた弁当箱のやうに歪んでゐた。
将軍家の近侍達は手分けをして八方へ捜しに出た。そして洛中洛外を問はず、木立のある所は、何処へでも立ち寄つて、枝葉を分けて詮索した。
其辺の軒下や繁みのなかからは、内証話や、接吻に夢中になつてゐた雀や山鳩やが慌てて真赧な顔をして飛び出した。
「何でこないな無粋な真似をおしやすのやろ。好かんたらしいお小姓やわ。」
と、鳩は京都訛りでいつ迄も呟いてゐるらしかつた。だが、肝腎の鸚哥はどこにも影さへ見られなかつた。
取り逃した近侍は、最早覚悟を定めた体に見えた。そこへひよつくり顔を出したのは、将軍家のお気に入りの画家相阿弥だつた。
「何だつて皆鬱いだ顔をしてるんだな、こんな結構な日に。」
近侍は事情を話した。
相阿弥は「さうか、それは困つたな。」と凝と考へ込んでるらしかつたが、暫くすると、
「醍醐を捜したかな、那処に居るかも知れんぞ。」
と、何だか手懸りがありさうに言つた。
皆は急いで醍醐の山に駈けて往つた。そしてあちこち捜してゐると、果して鸚哥が見つかつた。鸚哥は広い世間へ飛び出すには飛び出したものの、何処にも余り好い事は転がつてゐないので、もう籠恋しくなつてゐた時だつたから、直ぐ手捕にされて、もとの将軍家に連れ還られた。女もかうして一度は世間に飛び出すがいつかまた古巣に帰つて来るものだ。
義政は相阿弥を呼び出して、何ういふ理由で醍醐の山と見当をつけたかと訊いた。相阿弥の答は振つてゐた。
「宋元の絵を見ますと、鸚哥のとまる樹はいつも同じでございます。何と申しますのかは知りませんが、本朝では醍醐にあんな樹をたんと見受けますものですから。」
だから平常から言はない事ぢやない、画家は無学では困る。そして鸚哥はまた画家以上に物識で、滅多な樹にとまらぬやうにして呉れなくちや困る。
男のお産
9・16(夕)
ある時、松平大学頭の徒士が病気に罹つて招びに来た。元孝は二つ返事で飛んで往つた。そして仔細らしい顔つきで、病人の腹を診てゐたが、一寸小首を傾げて、
「お産後でございますか。」
と医者らしい叮嚀な言葉で訊いた。
徒士は変な顔をしたが、まさか医者が自分を産婦と取違へもすまい、これは屹度自分の聞違へに相違なからうと思つたので、「さうです」と言つて軽く頷いてみせた。徒士はどんな医者でもが、病人が自分の診断通りに返事をして呉れるのを喜ぶものだといふ事をよく知つてゐた。
医者はじつと脈を押へたまゝ、
「お産はいつ頃でございました。」
と訊いた。
病人は困つたらしく頭を掻いたが、とうと泣出しさうな顔をした。
「先生、何うか御戯談を仰しやらないで下さい。私は疝気を病んでるんですから。」
その瞬間医者は相手の顔を見て、鰕のやうに赧くなつた。
「いや、飛んだ粗忽を申しました。実は先刻御婦人の病気を診て、ついそれが頭に残つてゐたものですから。」
かう言つて、二度三度お辞儀をした。頭には何も残つてゐないと見えて、軽さうに動いた。
また一人下総に宗仙といふ医者があつた。その頃の暦学者として聞えた伊能忠敬の娘が病気した時、聘ばれて毎日のやうに病室に入つて往つた。
或日の午過ぎ、例のやうに慌てて入つて来た。心安立に碌々挨拶もしないで、膝を進めたと思ふと、其処に居合はせた娘の伯父の手を取つた。伯父は密源といつて頭を円めた僧侶であつた。
「成程、昨日よりはずつと快くなつた。もう案じる程の事はない。」
医者が安心したやうに言ふので、密源はその手を相手の鼻先に衝きつけた。
「宗仙さん、これは拙僧の腕でござりまするぞ。」
「や、これはどうも、飛んだ粗忽を……」
と言つて、宗仙は知らぬ世界へでも来たやうに、泳ぐやうな手附で真実の病人を捜しにかゝつたといふ事だ。
してみると、今の医者が病人の手を間違はずに握るといふ事でも、非常の進歩である。よしんば男の手に、産後の脈が搏たうと、それはほんの些細な事で……。
鶉と補助貨
9・18(夕)
むかし徳川の三代将軍時分に酒井讃岐守忠勝といふ老中があつた。賄賂を取ると極つたその頃の役人の間で、これはまた打つて変つた潔白者で、他人からの進物といつては何一つ手にしなかつた。
その頃幕府の典薬に始終讃岐守の世話になつてゐる男があつて、お礼の印に何がな贈り度いと思つてゐた。
「あの通り慾のない人だから、道楽の方から入つて往かなくつちや。」
と、色々聞合せてみると、讃岐守には何一つ道楽といふ程の物はなかつたが、唯一つ鶉を飼ふのが好きだといふ事が判つた。
典薬は早速江戸中を探して、素晴しく立派な鶉を買ひ込むだ。そしてその次ぎに讃岐守の前へ出た時、何喰はぬ顔をして鶉の話を持ち出した。
「御前、私近頃鶉のためにすつかり弱り切つてゐるのでございます。」
「ほう、何ういふ理由かな。」
讃岐守は好きな鳥の話だけに膝を乗り出して来た。
典薬は占めたと腹のなかで小躍りした。
「親族の者から貰ひ受けましたものの、うるさく鳴き立てますので弱つてしまひます。で、近いうちに料つて食べようかと存じます。」
「なに料つて食べるつて。」と讃岐守は眉を顰めた。「鶉の鳴声はなか/\風情のあるものぢや、料つて食べる段には雁でもよささうなものぢやないか。ではかう致さう、雁を乃公の方から遣はすから、その鶉と取り替へては呉れまいか。」
「さう願へますればこの上の仕合せはございません。三日でも飼つてみると、憐れが添はりまして。」
典薬は鶉のやうに背を円めてお辞儀をした。そしてその次ぎの日、大事な鶉籠を讃岐守の邸に持ち込んで来た。
讃岐守はその鶉の声を聴いて、初めて吃驚した。
「これは大した掘出し物ぢや。典薬め、物知らずにも程があつたものぢや。」
と気持善ささうに声を立てて笑つた。そして会ふ人毎にその掘り出し物を自慢したものだ。すると誰言ふとなくその鶉は典薬が大金を出して、買込んだものだといふ事が伝はつて来た。
讃岐守はさつと顔色を変へた。そして鳥はその儘出入の者に呉れてやつて、その後は死ぬるまで鶉を聞かうなどとは
気にも出さなかつた。工場の持主に教へる。補助貨が乏しかつたら、その代りに鶉を呉れてやつたら可からうぢやないか、鶉は売つて銭に替へる事も出来るし、煮て羹にする事も出来る。
玉蜀黍七本
9・19(夕)
ぎ立ての玉蜀黍を食ふのが一番好物だといつてゐる。どんな名前でも漢語読みにしなければ承知出来ない日本の陸軍では、玉蜀黍をも「ぎよくしよくき」と読ませてゐるが、私は軍人や山蜂のやうに剣を提げた生物は余り好かない方だから、玉蜀黍は成るべく農夫読みに温和しく「たうもろこし」と読んで貰ひたい。
キヤノン爺さんが、ある時華盛頓へ態々自分を訪れて来た田舎の選挙人を御馳走した事があつた。選挙人は頭の禿げた老人で、自分達の選挙した代議士と差向ひに食卓に就くのが、何よりも愉快で溜らなかつた。
キヤノン爺さんは、選挙人に色々珍しい料理を註文して呉れたが、自分は玉蜀黍しか食べなかつた。選挙人は出来立の牡蠣の油揚を口一杯に頬張りながら訊いた。
「キヤノンさん、先刻から拝見してゐると、貴方は頻りと玉蜀黍を召し食つていらつしやるやうですが、お腹に悪かありませんか。」
「いや結構です。」とキヤノンは前歯で大粒の玉蜀黍をぽつり/\噛りながら言つた。「もう七本も食べましたかな。」実際食卓の上には、玉蜀黍の食べ殻が七本転がつてゐた。
やつとこさで牡蠣の油揚を嚥み下した選挙人は、鶏の嘴のやうに、食物で汚れた唇を、ナプキンで拭き拭き言つた。
「附かん事をお訊き申すやうですが、キヤノンさん、貴方此市で何の位の食代をお払ひですね。」
「さやう、一日に六弗でしたかな。」と、玉蜀黍の好きな代議士は、皿に残つた今一本の好物を弄くりながら返事した。
「それはまた滅法界に高い」と選挙人は椅子を擦り寄せて低声になつた。「そんなに玉蜀黍ばかし食べてゐて、六弗とは余り勘定に合はなさ過ぎる。悪い事は言はんからかうなさい、これからは貸馬車屋へ往つてそこで玉蜀黍を買つて召し食るやうにね……」
流石に農夫の考へだけあつて一寸面白い。だが、廉い玉蜀黍も一度に七本も食つちや馬が怒るかも知れない。
能書
9・20(夕)
新右衛門がある時、旗本の某を訪ねると、予てこの男が能書の噂を聞いてゐた某は、「ようこそ、わせられた。」と言つて、貼り立の立派な屏風を座敷に担ぎ込んで来た。
「何でもよろしい、一つ記念の為めに書いて貰ひたい。」
一頻り酒がすむと、新右衛門は筆を執り上げて屏風に向つた。たつぷり墨汁を含ませた筆先からは、色々な恰好をした字が転がり出した。どの字も、どの字もが濁酒にでも酔つ払つたやうに踊つたり、飜斗返りをしてゐたりした。
「素晴しい出来だ、千万忝ない。」
と旗本は丁寧に礼を述べたものの、何が書いてあるのか何うしても読み下せなかつた。新右衛門に訊いて笑はれるのも業腹なので、どうにか了解めたやうな顔をして、
「いや全く素晴しい出来だ。」
と同じやうな事をまた言つて、嬉しさうに声を立てて笑つた。
それから二月ばかりして、新右衛門はまた某の邸へ来た。そして座敷に飾りつけてあつた先日の屏風を不思議さうに擬と見てゐた。
「結構な出来だ、誰方の蹟でせうな。」と独語のやうに言つてゐたが、暫くするとちよつと舌打をした。「一字も読めない、恐ろしく達者に書き上げたものですな。」
旗本はそれを聴くと、猫のやうに目を円くしたが、直ぐまたあの当時読み下せなかつたのは、自分の頭が悪かつた故ではなかつたと気が注くと、額に手を当てて満足さうに深い息をした。
和歌山の光明寺の開山に、円通といつて、草書に巧な和尚が居た。檀家に手紙でも書く折には、上手にまかせて草書でさつと書きなぐるので、貰ひ手の方では幾度見かへしても読み下せない事が多かつた。
「和尚様、こんな所は何と書いて御座いますのですな。」
そんな折には、檀家の者はてくてく歩きで、態々寺へ訪ねて来て、和尚の前へその手紙を拡げてみせたものだ。
「どれ、どれ。成程読み難い文字だな。」と和尚は幾度となく頭を傾げて居るが、ついぞ解つた例はなかつた。で、終にはいつもこんな事を言つて笑つたものだ。「衲にはてんで読め居らんわい。弟子の許に持つて往かつしやれ、那奴は衲の字と来たら、本人の衲よりもよく読み居るからの。」
馬の目潰し
9・21(夕)
「何事も馬を善くする為だ、ちつとやそつと人間が悪くならうが、そんな事位辛抱しなくつちや。」
といふのが、当局者の考へらしい。成程考へてみると、人間は少し善くなり過ぎてゐる。人間が馬のやうに従順に、そしてまた馬のやうに立派な馬鹿者になりきつてゐるのに、肝腎の馬が人間のやうに乱暴で、加之に人間のやうな自由思想家であるとしたら、人間は少し位悪くしても、精々馬の方に気をつけてやらなくちやならぬかも知れない。
馬をよくするのに、一つの方法がある。それは米国の馬商人が、馬市で取引きをする折、売物の馬に滅多に跳ねたり、飛んだり不様な真似をさせないで、
「見さつしやれ、牧師のやうに温和しくしてまさ。」と、その温和しいのを自慢に、成るべく高く売りつけよう為めに発明した怖ろしい悪企みなのだ。
悪企みといふのは外でもない、馬の眼に細い針を刺し通して、生れもつかぬ明盲にしてしまふのだ。盲になつた馬は、附近が見えないから、今までのやうに物に怯えて跳ねたり、飛んだりするやうな事は、まるで無くなつてしまふ。
その手術といふのが、また上手を極めるものださうで、どんなに気を注けて検べてみても、眼の中に少しの疵も見えない。十人が十人盲馬とは知らないで、高い金を払つて購つて往くさうだ。
日本では人間を教育するのに、よくかういふ方法を使つて、成るべく広い世間を見えないやうにしてゐる。そしてまた会社だの、工場ではそんな盲目の方が仕事に都合が好いからといつて、精々高い俸給を払つて、この明盲を抱へようとしてゐる。――結構な事さ、こんな結構な事を人間ばかりで私してゐるのも勿体ないやうな気がする。
悪物食ひ
9・22(夕)
と言ふと、広岡浅子、林歌子といつたやうな、年中他人のために怒つたり、泣いたりしてゐる婦人連は、
「可哀さうに生活が難かしいんだわ。」
と、直ぐ有り合せの麺麭屑と、お説教本とを贈つて寄さうとするかも知れないが、犬を食つたのは何も肉が高くなつたからではない。
それは犬の肉が大層好きだつたからで、この悪物喰ひは徳川の末頃江戸に住んでゐた男だつたが、一日犬を食はなければ気分が悪くなるので、そんな折には、予て剥いで置いた犬の皮を少しづつ煮て食べてゐたさうだ。
それと同じ頃に、江戸に大久保八右衛門といふ士が住んでゐた。この男の下郎にひどく煙草の脂が好きなのがあつて、閑さへあると、色々な人から煙管の脂を貰ひ集めて、それを椀に盛つて覆盆子でも味はふやうに食べてゐた。
それとよく肖てゐるのは、松平大進といふ武士のやり方で、酒宴になると、極つて長羅宇で、すぱりすぱりと煙草をふかし出す。そして煙草が半分ばかし燻つた頃を見計らつて、盃のなかにその吸殻を叩き込んで、ぐつと一息に煽飲りつけるのだ。
灰屋紹益が愛人吉野太夫の亡くなつた時、火葬にした灰を、その儘土に埋めるに忍びないからといつて、酒に浸してそつくり嚥み下してしまつたのは名高い話だ。
それと同じなのは、幕末頃に生きてゐた何とか三郎といふ男で、悪物食ひで評判を取つた程あつて、女房の叔母が亡くなると、火葬にして、その灰をアスピリンか何ぞのやうにすつかり嚥み下してしまつた。
それを見た女房は木葉のやうに真青になつて顫へ出した。
「まあ、何といふ怖ろしい人なんだらうね、お前さんは、現在女房の叔母の骨を食べてしまふなんて、まるで鬼ぢやないか、もう/\こんな家には一刻の間もじつとしては居られない。」
と女房は直ぐ表へ飛び出さうとした。三郎はその袂をじつと押へて、にや/\笑つた。
「そんなに怒るもんぢやないよ、お前がそんなに言ふんだつたら、これからお前の亡くなるまでは、もう人の骨なぞ食べやしないから。」
三郎め、女房が亡くなつたら、またその骨を食べてしまはうと思つてゐたのだ。
怖い物
9・23(夕)
大久保伊勢守といふのは、ひどく蜘蛛を怖れた。邸の植込を

いてゐる時、青白い梔子の花蔭に、女郎蜘蛛が居睡りをしてゐるのを見つけでもすると、真つ青になつて、抜脚して逃げ出したものだ。蛙は愛嬌者で、臍の無い癖に人間並に一つは持合せてゐるらしい顔つきをしてゐるが、広い世間にはこんな愛嬌者を何よりも恐がる人さへある。
それは栗原主殿頭といふ男で、この男は女房をも一人持つてゐたが、その女房よりも、地震よりも、蛙の方が怖ろしかつた。ある時伴の奴を一人連れて野路を歩いてゐると、唐突に蝦蟇に出会した。蝦蟇は先刻まで、物蔭で大学教授のやうに哲学を考へてゐたが、滅法腹が空いたので、のつそり明るみへ這ひ出して来たのだ。
主殿頭はそれを見ると、一度に二間ほど後に飛び退つた。そして刀に手をかけて屹となつた。刀は備前の正真物だつたが、刀鍛冶は蝦蟇を斬るために態々拵へたわけでもなかつた。
「憎つくき蝦蟇めが、己れはまだ主殿頭を知らないと見えるな。」
と思ひきり大きな声で怒鳴りつけた。
実際蝦蟇はまだ主殿頭を知らなかつたのだ。で、目をあげて念入りに相手の顔を見たが、別に秀れて高い鼻も持つてゐなかつた。
「己れ、早く退り居らんか。」
と主殿頭は顫ひ顫ひ刀をひつこ抜いてみせた。
だが、蝦蟇の方では別に退る程の必要もなかつたので、二足、三足のそのそ前へ這ひ出して来た。主殿頭はそれを見ると、
「いや胆の太い奴めが、其方には怖いといふ事が判らんと見えるな。」
と、その儘刀を担げて一散に逃げ出したさうだ。
音楽通
9・24(夕)
音楽の面白さは馬でも感じる事ができるが、音楽の巧みは人間にも解らぬ人が多い。トドハンタアといへば、名高い数学者で、加之に語学の達人で、希臘、羅甸はいふに及ばず、英仏独伊露の現代語から、ヘブリウ、アラビヤ、ペルシヤ、サンスクリツトの東洋語にも通じてゐた。こんなに沢山言語を知つてゐては、現世では滅多に使ふ機会もなからう、寧そ地獄へでも墜ちたら定めし晴々するに相違なからうと思はれる程だつた。何故といつて、地獄へは希臘人も露西亜人も印度人も皆などつさり落合つてゐる筈なのだから。
ところが、この語学と数学の達人が、音楽と来ては何一つ解らなかつたから可笑しい。師匠のド・モルガンは自分が風琴家であつただけ、トドハンタアが音楽に聾なのをよく調弄つたものだ。ある日もド・モルガンが音楽の事で、何か冗談をいふと、弟子は頭を掻き掻き言ひわけをした。
「でも、先生、私だつて。“God save the Queen ……”位はわかりますよ。」
「ほう、わかるか、それならまんざらでもないな。」
正直な師匠は風琴のやうに鼻を鳴らして感心をした。弟子は希臘語とヘブリウ語と、別々の抽斗に蔵ひ込んでる頭を反らして、ぐいと気取つてみせた。
「でも、これは国歌ですからね。」
“God save the Queen”を国歌だといふのに少しも間違つた事は無い。だが、トドハンタアは、全くの所その音律などは少しも判らなかつた。唯何か音楽が始まると、聴衆が一度に帽を脱いで起立をするから、そんな折に、やつと、
「ははあ、これは国歌なんだな。」
と、自分も慌てて尻を持ちあげてゐたのに過ぎなかつた。
仲買人
9・25(夕)
中将は蟋蟀のやうな長い髯を捻りながら言つた。
「日清、日露両戦役に於ける吾輩の経験によれば、相場を行つた者は、他の者に比べて軍人としての成績が一体によかつたやうだ。彼等は平素一か八かの勝負をやりつけてゐるので、度胸が据わつてゐる……」
それを聞くと、居合せた相場師は、急に立派な軍人になつたやうな気で互に顔を見合はせた。そして何処かで素晴しい手柄でもしたやうに思つて、それを考へ出さうとするらしかつたが、どうしても頭に浮んで来なかつた。それもその筈だ、彼等はみんな体格不良で、兵役を免除された輩だつたから。
中将は轡虫のやうにサアベルをがちやがちや言はせた。
「その度胸の据わつてるところが、即てまた諸君をして立派な飛行家とならしめるに相違ない。相場師と飛行家――吾輩はいつもこの両者を結びつけて考へてゐる者である。」
それを聞くと、皆は急にまたいつぱし偉い飛行家になつた積りで、宙返りでもした後のやうに、そつと自分の額を撫でてみた。額の中では下渋りな米の相場がこびりついて取れなかつた。皆は中将の言ふ様に、飛行家になるのだつたら、相場で大穴を明けた後でも遅くはあるまいと思つて、擽つたさうな顔つきをした。
長岡中将に教へる。文豪アナトオル・フランスの書いた話にかういふのがある。賭博打が二人船のなかで賭博をしてゐると、急に嵐が起つて船は引つ繰り覆されてしまつた。二人は浪のなかを泳ぎ廻つた末、やつとの事で黒い島のやうなものに縋りついた。それは鯨の背であつた。二人はその背を跨ぐと、いきなり洋袴の隠しから骰子を掴み出した。そして、
「さあ来た、一勝負やらかさう。」
と言つて、直ぐ賭博を始めたさうだ。
鯨の背を利用する事の出来る賭博打は飛行機の席も利用する事を知つてゐる筈だ。孰方も危険が附き纏つてゐるだけに、興味は一段と深からう。
細君選択法
9・26(夕)
初めて一万噸の船に乗つたといふだけなら、別に何の事もないが、その外に郡氏は素敵な発明を一つしてゐる。それは海員の細君選択法で、この方法で選り分けをすると、滅多に間違ひはない。
「現に自分の部下だつた男で幾人かこの方法で細君を定めたのがあるが、今ではみんなお蔭で善い女房を持つ事が出来たと言つて、礼を言ひ言ひしてますよ。」
と郡氏は、その方法が、有り触れた見合ひなどの比ひでない事を自慢してゐる。
一体海員は一月の半分以上を船に乗つてゐる、なかには三月も四月も家庭には帰つて来ないのもあるから、従つて海員の女房といふものは、人並み以上に慎み深い、貞操の堅いものでなければならぬ。男といふものは自分の女房が酸漿のやうに一室に閉ぢ籠つて、固くなつてゐるのでなければ、外で酒一つ飲む事の出来ない程の意気地なしである。海員とは言ふ迄もなく到る所の船着きで酒を飲む事の出来る職業者である。
郡氏の細君選択方法は、これと思ふ女があつたら、座敷で見合などしないで、その女が外出をする時、そつと後をつけて往くのだ。そして女が両側の店を覗き覗き、きよろ/\してゐるやうだつたら、その女は屹度移り気だから、迚も不在勝な海員の女房には出来かねる。そんな折には早く絶念をつけて、物の半町と後を蹤けないうちに横町へ逸れるなり、理髪床へ飛び込むなりするが可い。女を見損つた位の不満足なら、髯を剃るか、頭髪を刈るかすれば直ぐ忘れる事が出来るものだ。
もしまた女が側目も振らないで、真直に歩いてゐるやうだつたら、それこそ飛んだ掘り出し物だから、すぐその足で結婚を申込む位に機敏く立ち廻らなければならない。大きい声では言へないが、余り延々にしておくと、さういふ女でも、いつの間にか側目を振る事を覚えるものだから。
然し道の通り合せに、真直に見て歩く女があつたからといつて、何処の誰ぞとも知らない間は余り取逆上てはならない。さういふ折には一度急ぎ足に女を追越して、徐かに後を振かへつてみるがいい。
真直に見て歩く女には、斜視と鼻の低いのとがあるものだ。
痘面の笑顔
9・27(夕)
争臣の章まで来ると、光政は眼をあげて、皆の顔を見比べた。
「さ、こゝぢやて、お前達にとつて忘れてはならないのは。もしか乃公に善からぬ事があつたら、遠慮なく諫めて呉れ。そしてお前達も人の諫めに会つたら、屹度その言葉を請け容れるやうにしなくつちやならんぞ。」
皆は一度に頭を下げて恐れ入つた。――頭といふものは重宝なもので、どんな間違をしてゐても、叮嚀にお辞儀をさへすると、大抵の人は、
「乃公の云ふ事がよく頭に入つたと見えるて。」
と直ぐ感心をして呉れる。この場合頭は少し位禿げて居ようと、尖つて居ようと少しの差支もない。そしてそれから五分間と経たないうちに、今の事情をすつかり忘れてしまふのも矢張り頭である。
一度に下げた頭のなかに、唯一つ下げやうの足りない頭があつた。その持主は中川権左衛門といふ男だつた。権左衛門は一膝前へ乗り出して来た。
「寔に結構なお言菜で、お家万歳の兆と有難く存ずる次第でありますが……」と、一寸眼をあげて殿様の顔を見た。「正直に申しあげますると、殿様のお顔は痘瘡の痕が見苦しく目立つていらつしやる上にお眼の内が鋭いので、御機嫌の悪い時は二目と拝まれないやうに存じまする。で、真実に諫言をお好みになりまするなら、何よりも先きにお顔を和やかに遊ばされますやうに……」
備前少将はそれを聞くと、夏蜜柑のやうな痘面を少し赤くしてゐたが、暫くすると、
「成程な、よく言つて呉れた。」
と言つて軽く頷いた。それからといふもの、少将が家来の前では成るべく痘面をにこ/\させたのは言ふ迄もない。
結構な話だが、実をいふと、殿様にしては結構な話なので、そこらにざらにある銀行の頭取だの、会社の重役だのが、この真似をして、にこ/\して善いものか何うかは考へ物だ。強てにこ/\しようと思ふなら、その前に先づ痘瘡にかゝらなくつちや……。
大統領と子供
9・28(夕)
散歩といふものは、病後上りや、孱弱な人に良いばかりでなく、とりわけ一国の大統領や大臣には一等効力があるものだ。一体政治家などいふ輩は、自分が政治を執つてゐるうちが、この世の黄金時代で、狗までが自分を見ると道をよけて、お辞儀をするとでも思つてるらしいが、実際市街を散歩してみると、狗ばかりか、人間までが自分を見ると、吠えつかうとしてゐるのを知る事が出来る。
マツキンレイはある日の午過ぎ、例のやうに友達と散歩に出掛けた。恰ど秋の半頃で、空は女のやうな碧い眼をして笑つてゐた。市街を通る人は皆上機嫌で、自分の事を思ふのに忙がしい風であつた。マツキンレイはこんな結構な日は、ワシントンの治政中にも滅多になかつたらうと思つた。
ふと見ると、日射のいい道の片側に、子供が五六人がやがや遊んでゐた。そのなかに七歳ばかりの男の児が、たつた一人仲間を離れて、並木の蔭で小さな車に跨がつてゐた。大統領はそれを見ると、一寸悪戯がしてみたくなつた。
悪戯といふものは人間のする事業のなかでは最も高尚なものの一つで、天才でなければ出来ない芸当である。マツキンレイは背後から子供の被てゐる帽子の鍔をぐつと押へた。そして肩越しに大きな顔をにこにこさせて覗き込んだ。大統領のつもりでは、かうすれば、子供が屹度笑顔をかへして呉れるだらうと思つてゐたのだ。
ところが、子供は皮肉な小童だと見えて、にこりともしなかつた。そして落ついた声で、
「叔父ちやん、もうそれでする事ないの。」
と言つた。お蔭でマツキンレイは冷水を浴びせかけられたやうに竦むでしまつた。あの大きな図体の男が……。
老公と床屋
9・29(夕)
この夏のある日土地の理髪床に古稀庵から使者が立つた。
「お邸に出入の床屋が風邪を引いたについて、其方に仰せつけられるから、明日午過ぎお邸に上るがいゝぞ」と使者は自分が元老の筆頭ででもあるやうに横柄な口を利いた。「其方達の身分で老公のお髯を当るなんて、こんな果報な事があるもんぢやない。」
理髪床の主人は謹んでお受けをした。そして使者が帰つたあとで、土間に突立つて大きな咳払ひをした。
「さあ、愈々出世の手蔓が出来かかつたぞ。明日は一つあの殿様のお顔を、舶来石鹸のやうにつるつるに剃り上げて呉れるんだな。」
床屋は西洋剃刀を取上げて、せつせと革砥に当て出したが、急に何か気が注いたやうに、剃刀を持つた儘ぐたりと椅子に尻を落した。
「困つちやつたな、お邸へ上らうていふに、例のやうにこんな消毒衣の一枚看板ぢや失礼だし……」
友達といふものは、どんな場合にも結構なもので、床屋は仲の善い友達から、絽の紋附羽織と仙台平の袴を借りる事が出来た。床屋はそれを着けて幾度か姿見の前を往つたり来たりしたが、その都度百匹の南京鼠が裾の周囲に潜り込んでるやうに、袴の襞はきゆうきゆう音を出して啼き立てた。
床屋は言ひ付けられたやうに翌る日の午過ぎ、その姿で恐る/\公爵邸の閾を跨ぐと、昨日の使者が出て来て一室に案内した。
すると、隔ての襖が開いて、老公が入つて来た。皺くちやな浴衣を着た梅干爺さんで、こんな邸の中で無かつたら床屋は襤褸つ片と間違つて、掌面に揉みくちやにして屑籠に投り込んだかも知れなかつた。
老公は絽の紋附羽織に絹袴の男を見て、けげん相な顔をした。
「お前は誰だな。」
床屋は蠅のやうに畳の上に平つたくなつた。
「お召にあづかりました床屋でございます。」
「床屋だ?」老公は仰山さうなその身装をも一度じろつと見直した。大臣だつたら冷汗を掻き、次官局長の輩だつたら神経衰弱にもなりさうな眼附だつたが、床屋はけろりと済した顔をしてゐた。
老公は河鹿のやうに瘠せた顎を一つしやくつた。
「お前に用は無いから直ぐ帰れ。」
「はい。」と床屋は腰骨を蹴飛ばされたやうに、飛上つて帰つて来た。可哀さうに床屋の耳には世界中が仙台平の袴になつたやうに、其辺がきゆう/\喧しく鳴り出した。
病気必治法
9・30(夕)
だが、医者といふものは有難いもので、ゴオルドスミスが職業替をして詩人になつた後までも、態々遠方から尋ねて来て診察を頼むやうな病人も少くなかつた。そんな折にはお人好しの詩人は、気軽に起ち上つて、
「どれ/\診て上げよう、どんな容体だな。」
と、仔細らしい手附で脈を取つたものだ。ゴオルドスミスは自分が拙い藪医者である事はよく知つてゐたが、それと同時に藪医者でない医者がこの世の中に住んで居ようとも思はなかつたから、別に遠慮する必要も無かつたのだ。
ある時、見すぼらしい姿をした婦が一人駈け込んで来た。暢気な詩人はその折書肆からとゞいた幾らかの原稿料を、机の上にばら撒きながら、これで「天国」を購ふには、何ういふ方法を取つたが一番便利だらうかなどと、そんなたわいもない事を考へてゐた。
婦は泣声で鼻を詰まらせながら言つた。
「旦那様、亭主が長の病ひで食物さへ咽喉を通らなくなつて居ります。可哀さうだと思召して、一度診てやつて下さいませ。」
お人好しの詩人は、それを聞くと狼狽へ出した。婦を引張るやうにして、その家へ駈けつけてみると、病人は乾魚のやうに痩せた身体を床の中に横へてゐた。詩人は脈を取つてみた。脈には大して悪い徴候も見えなかつた。で、よく訳を訊いて見ると、食物が咽喉を通らないといふのは、実際通らないのではなく、通すべき食物が無いのだといふ事が判つた。詩人は念のためあんぐり口を開けさせてみた。咽喉はジヨンソン博士が大辞典を小腋に抱へたまゝ素通り出来る程広く開いてゐた。
尊敬すべき医者は仔細らしい顔をして言つた。
「いや、よく判つた。これには良薬が家にあるから、後から取りに来るがいゝ。」
婦はあとから薬を貰ひに、詩人の許へ出掛けた。詩人は、
「飲み方など詳しい事は、なかに書いてあるから。」
と言つて、薬の小箱を渡してくれた。箱は薬にしては少し重過ぎるやうに思はれたが、しかし軽過ぎるよりは気持がよかつた。婦は家に帰つて、いそいそ箱を開けてみると、なかから転がり出したのは、薬では無くつて金貨であつた。包紙には詩人の字で、
「必要な時適宜分服の事」
と書いてあつたさうだ。
医者がほんとに病人を治す積りなら、方法は幾らもあるものだ。
柿の実
10・1(夕)
天海は智慧者で名高い僧侶さんであつたが、柿を食べる時には子供のやうな口元をして噛つた。そして一つ食べてしまふと、
「結構な物を戴きました。」
といつて掌面に静かに残して置いた柿の核を懐紙に包んだ。
猿のやうに目敏い家光は、それを見免さなかつた。
「そんなに柿の核を蔵ひ込んで置いて、何うする積りぢやな。」
天海はお伽噺の蟹のやうに叮嚀に柿の核を懐中にしまひ込んだ。
「余り結構な味でございますから、戴いて帰つて境内に植ゑようかと存じます。」
家光は猿公のやうに白い歯を出して笑つた。
「それは良い思ひつきぢやが、しかし和尚はもう随分な齢ぢやないか、今から柿の核を植ゑたところで……」
「いや、いや……」と天海はまた蟹の爪のやうに手をあげて揮つた。「一国の政事を執らせられる方が、そんな気短な事を仰有るもんぢやござりません。兎角気長に構へさせられてな。今に御覧じませ、この種から立派な柿の実を生らせて御覧に入れます。」
「まさか……」
家光は心もち渋さうな顔をして笑つたが、その日の夕方には、柿の事なぞはもう悉皆忘れてゐた。一国の将軍といふものは、その日暮しの貧乏人と同じやうに柿よりももつと大切な事を幾つも持つてゐるものだから。
その後幾年か過ぎた。ある秋天海は紅く熟れた立派な柿の実を、籠に一杯盛つて将軍家の前に持つて来た。家光は今まで日本中を見つめてゐたやうな鋭い目で籠を見た。
「ほう、立派な柿の実ぢや、何処からの到来物ぢやな。」
「衲の寺に生りましたので。」と天海は性の善い小僧を見る折のやうな眼つきをして柿を見た。柿は小僧よりも行儀が善かつたので、別にくつ/\笑出しもしなかつた。「日外戴いて帰りましたあの柿の核から生りましたので……」
家光は「さうか……」と言つたきり、黙つてしまつた。お側の衆は今更のやうに溜息をついて感心した。お側の衆といふものは、かういふ時に感心するだけに生きてゐるものなのだ。
長命は時々賭に贏つものだ。無理もない。天海は百八歳も生き延びたのだから。
戦争終熄期
10・2(夕)
「俺ならその時期を予言する事が出来る。」
と言つて自慢さうに胸を反らしてゐる。
では、何時になつたら済むといふのだ、念のため教へて欲しいと友達がいふと、フイシユは革表紙の擦り切れた新約全書を机の上から引張り出して、
「有難いのは、この本だよ、ちやんと今度の戦争の終末期まで出てゐるから、大したもんさ。」
と鼻を鳴らして感心してゐる。
フイシユの説によると、今度の大戦争の張本人は言ふ迄もなく Kaiser である。ところでこの Kaiser といふ六文字のうちKはアルフワベツトの十一番目の文字、その十一を六の前に置くと116となる。
かうして後の五文字をも勘定して、出来上つた数字を残らず一緒にして見ると、次ぎのやうになる。
116 16 96 196 56 186── 666
フイシユは恋女房の円まつちい頤を撫でるやうにそつと指先でこの数字表を押へた。
「この六百六十六といふ数が大事なんだよ、この数が聖書のなかに出てゐるのは、君は知らないかも知れないが、約翰黙示録の第十三章さ。」
とフイシユは黙示録をあけて、その第十三章を友達の目先に突きつけた。
友達は昔馴染に出会つたやうな顔をして聖書を見た。聖書の方ではとんと見覚えが無いらしかつた。フイシユは声を出して黙示録を読んだ。
「またこの獣を拝し、曰ひけるは、誰かこの獣の如きものあらんや、誰かこれと戦ひをなすものあらんや……ね、全で独帝に当て箝るだらう、所が次を見給へ、四十二箇月の間働きをなすべき権を与へられたとある。だから四十二箇月すると戦争は済むのだよ。神様の思召なんだから仕方がない。」
四十二箇月目といふと来年の一月が丁度戦争終熄期といふ事になる。もしかそれが当らなかつたにしても、それは聖書や予言が悪いのではない、独帝が悪いのである。
書肆と作家
10・3(夕)
「ございますとも、チヤーチル先生の新版物で、無類飛切といふのがございまさ。」
と、直ぐこの作家の小説を売りつけようとする。で、数ある本屋のなかで、チヤーチル物の売高にかけては、いつの月も記録を取つてゐるのはこの本屋だ。
ある時チヤーチルがカリフオルニヤに旅行をした事があつた。小説家の友人は、この機会を外さないで、作家と本屋とを結びつけようと考へたので、予めその由を通じると、本屋は雀のやうに羽叩きをして喜んだ。
「結構ですな、かねて崇拝してゐる先生にお目に懸るなんて。だから本屋商売は止められませんのさ。」
本屋は、お愛相のつもりで、チヤーチルの作物は何一つ残さず読んだ。なかには十回も繰返したのがあると言つて附足した。そして腹のなかでは、もしかそれに少しでも懸値があつたにしても、そんな事は後から直ぐ弁償出来るとでも思つてるらしかつた。
本屋は小説家に紹介はされた。チヤーチルはにこにこ顔で本屋の手を握つた。
「――君に聞きますと、大層私のものがお好きださうで、大きに有難う。」
「いえ、何う仕りまして。……」
本屋はかう言つたきり、あとの言葉も次がないで、じつとチヤーチルの顔を見つめた儘ぼんやりしてゐた。小説家は幾らか手持不沙汰な思ひをしたらしかつた。
チヤーチルを宿屋に送り込んだ紹介人は、帰りに本屋の店を覗いてみた。本屋は椅子に凭れて籠のカナリヤを逃がしたやうな、浮かぬ顔をしてゐた。
「どうだ、愉快だつたかね、先生に会つて。」
「いや、いや」と本屋は紹介人の声を聴くと、椅子から起ち上つて来た。「チヤーチル先生つて、あんな顔をしてる方なんですか、ほんとに失望しましたよ。結句お会ひ申さなかつた方がどれ程良かつたでせう。」
困つた事には本屋はそれ以後余りチヤーチル物を売らうとしなくなつたさうだ。
帽子*
10・11(夕)
ミラボーといへば、仏蘭西革命の大立者であつたのは、少しでも政治に興味を持つた者の(政治といふものは、ほんの少し興味をもてば、それで十分だ)誰しも知つてゐる事だ。このミラボーは生れつき非常な醜男で、肉身の親父までが、何かの拍子には、
「ガブリエル、お前の顔はまるで悪魔のやうだな。」
と言ひ言ひしたといふ程だから、鼻がどんなに拉げてゐたか位は大抵察しられる。
神様のなかにも、葛城の神のやうに怖しく醜い顔をしたのもある位だから、人間や狗にみつともないのがあつたからといつて、別段物言の種にはならない。だが、困つた事には、醜い面付をした者は、何うかすると心までが僻んで来る。
尤もミラボーだけは、そんな気の弱い性では無かつた。顔の醜いのとは打つて変つて、頭のなかには美しいものを、たんと持つてゐたから、そんな心配もなかつたのだ。
ミラボーが子供の時、ある貴族の運動会へ出掛けて往つて、何米突かの徒歩競走に第一着を取つた事があつた。競走は懸賞附であつた。早稲田の坪内逍遙博士の説によると、子供の運動に賞品をつけるのは、道徳的によくないといふ事だ。子供は唯もう手足を動かしたいから運動に出るので、それに賞品が附くといふ事になると、子供心にも慾が手伝つて来て、終ひは何をするにも打算的になる虞があるといふのだ。誠に結構な考へだが、その仏蘭西の貴族は、運動会を開くのに、前もつて坪内博士に相談しなかつたものだから、つい賞品を出すやうな手抜かりが出来たのだ。
賞品は帽子であつた。ミラボーはそれを受取つたが、自分の頭に被てゐるのは、賞品のよりもずつと上等の洒落れた帽子であつた。ミラボーはその上等の帽子を脱いで、側にゐる禿頭の爺さんに呉れてやつた。
「お爺さんこれをあげよう。僕には頭は一つしきや無いんだから、帽子が二つあつたつて仕方がない。」
かう言つて、彼は賞品の帽子をすぽりと被つた。
坪内博士も安心して貰ひたい。貰ひ人がミラボーだけに、賞品も別に悪くはなかつたやうだ。だが九歳の子供の帽子を貰つたお爺さんがその帽子を何うしたかは記者も知らない。
支那人と活動
10・12(夕)
巻煙草は実際希臘にも無かつた。希臘人は煙草の代りに欠伸をしてゐたか、哲学を研究してゐたか知らないが、煙草が出来てから、人間は初めて閑潰しの所在なさを隠すことが出来るやうになつた。だが巻煙草の外に今一つ希臘に見られない結構なものが現代にある。それは活動写真である。
色々な点で現代的な支那人は、一体に活動写真が好きだ。ところが、不思議な事には、支那にある活動小屋の優なのは、大抵米国人の経営で、そんなのを数へ立ててみると、彼是八十余りもあるが、それが揃ひも揃つて観客の一万五千をも容れる事が出来ると聞いては一寸驚かれる。
支那人の観客は滅多に観覧席の椅子を買はない。椅子は大抵一弗半の定めださうだから、支那人にとつてもそんな勿体ない事は出来ない。支那人に一弗半の持合せがあつたら、屹度天国をでも払ひ下げるやうな素晴しい事を仕出来すに相違ない。基督の身体を銀三十で売つた耶蘇教徒は、支那人の掌面から一弗半を受取る事が出来たら、二つ返事で天国をも抵当に入れ兼ねまい。
支那人の多くは野球でも見るやうに、思ひ思ひに蹲踞んだり、突つ立つたりして活動写真に見惚れてゐる。ある時、さうした小屋へ往き合はせた日本の同業者が、支配人の米国人に会つて、
「安い椅子席でも拵へたらどうです、これぢや余り見つともないやうだから。」
と言ふと、支配人は顔を顰めて手を振つた。
「どうして/\。支那人に椅子でも宛てがつてみなさい、饑ゑ死するまでも、椅子に腰を下して、じつと写真に見とれてまさ。」
支那人のこの心理を知る事が出来たなら、もう一ぱしの支那通だと言つていい。
小粒金
10・13(夕)
むかし松平伊豆守が、ある時将軍家光公の御前へ出るのに、白い徳利を一つ持参してゐた。目敏い将軍家は直ぐにそれに気が注いたが、何喰はぬ顔をして、伊豆の素振を見てゐた。すべて将軍家とか、大家の檀那方とかいふものは、出入の者が白い徳利を持つてゐようと、短銃を持つてゐようと、成るべく見て見ぬ振をしなければならぬ。もしか咎め立をして、
「進上物でさ。」
と目の前に差し出されでもすると、それ相応の挨拶をする面倒を見なくてはならぬ。
伊豆守は膝の上に白い徳利を抱き寄せて、将軍家の顔を見た。
「私さる者から、昨日古今無類の名酒を貰ひ受けましたから、上覧に供へようと存じまして、唯今これへ持参いたしました。」
将軍家の目は初めて気が注いたやうに白い徳利の上に光つた。
「古今無類といふか、珍らしいものぢやの。」
「御覧下さりませ。」と伊豆守は、徳利を逆さまに畳の上にぶち撒けた。零れ出したのは灘の生一本と思ひの外、山吹色をした小粒金であつた。小粒金はちやらちやら音を立てて、畳の上を転がつた。
「ほほう、結構な名酒を貰つて、羨ましい事ぢやな。」将軍家は白い歯を見せてにやつと笑つた。「しかしそれには返礼をしなければなるまい、返礼には何をするつもりぢやな。」
「さあ、その返礼でございますて。」伊豆守は態と呆けた顔をしてみせた。「返礼には伊豆ほとほと持余して居りまする。恐れながらこれは御上へお願ひ申し上げますより外に致し方も御座りますまい。」
将軍家はお八つの菓子を貰ひ損ねた子供のやうに、態と外つ方を向いた。
「乃公は知らぬぞ。名酒を貰つたのは其方ぢやからの。」
伊豆守は声を立てて笑つた。
「それでは致し方も御座いません、名酒はその者へ返し遣はす、と致しませう。」
かう言つて、伊豆は掌を拡げて畳の上の小粒金を拾ひ集めた。小粒金は悪戯つ子のやうに指の叉を擦りぬけて転げ廻つてゐたが、それでも終ひには素直に元の徳利に納まつた。白い徳利は急にまた酒の入つてるやうな顔をした。
芸妓と小粒金と物にも色々あるが、どちらも酒でないのは同じだ。
時間経済法
10・14(夕)
ところが実際秋濤は立派な経済学者であつた。それには良い証拠がある。世間も知つてゐる通り秋濤は晩年神戸の仏蘭西語学校に教師を勤めてゐた。尤も秋濤の事だから語学校とは言ひ条、教場に入つても碌すつぽ仏蘭西語の手引はしなかつたかも知れないが、然し生粋の仏蘭西人のやうに軽く明るい気持で洒落を言ふ事を知つてゐる男だつたから、生徒を笑はす事だけは屹度出来たに相違ない。生徒を笑はすといふ事は、女を泣かすといふ事と同じやうに、立派な教育である。
ある日、秋濤はいつものやうに香のいゝ葉巻を啣へて教室に入つて来たが、平素にない生真面目な調子で、皆の顔を見た。
「諸君、今日のやうに忙がしい時代では何よりも時間の経済といふ事が大切である。それについて一つの相談は、諸君なり自分なりが、学校を中心に集まつて来るのは少からぬ時間の損失だから、一つ思ひ切つて、この教室を自分の宅に移したいと思ふのだが……」かう言ひさして、秋濤は喫みさしの葉巻を一服吸つて、ぱつと煙を吐いた。煙は紫色に光つて散ばつた。「さうすると、東から来る人には多少遠くなるかも知れないが、その代り西から来る人に近くなつて、差引損益はなくなり結局自分が登校する労力と時間だけが儲かる事になるのだ。」
秋濤の宅に美しい女が居る事を知つてゐる生徒は、誰一人異議をいふものは無かつた。仏蘭西語を習つて、加之に美しい女が見られるなぞ、何処へ往つたつて、そんな結構な事はない筈なのだから。
秋濤の宅は神港倶楽部の近くにあつた。その翌る日から皆は例の刻限よりは少し早目に其処に集まつた。もと中検のぽん太といつた秋濤の愛人は、語学の時間の合間々々にちよい/\意気な姿を見せた。その都度若い学生は千七百九十三年の大革命にでも遭つたやうに、胸をわくわくさせた。
秋濤は立派に時間を節約する事が出来た。その時間を何に費つたかは吟味せずともよい。人間には色々用事があるものだ。
飛青磁
10・15(夕)
飛青磁の香炉は、もと大阪の平瀬家に伝はつて同家名物の一つとして聞えてゐたものだ。この香炉が名物になつたのには、二つの訳があつた。その一つはこれに木瓜の青貝螺鈿の卓が添はつてゐた事で、今一つはこの香炉が贋物であるといふ事であつた。
平瀬家の入札に先代赤星家の主人は、この香炉と卓とを七千円で購ひ取つた。出入の骨董屋の値ぶみで卓が千円、香炉が六千円といふ積りであつた。
赤星がこの香炉を引取つたといふ事は、その頃の好者仲間で大分噂の種になつた。
「赤星め、とうとあの贋物を抱き込むだて。お互に一ぱしの鑑定家となるには、みんな高い税を払つたものさ。」
かう言つて、皆は鑑定家らしい顔を見合はせて笑つたものだ。だが、考へて見ると、笑つて済ますには余り惜しかつた。
「何でも一つ恥をかかせてやらなくつちや、物持なんて輩は恥でもかゝないと賢くなりやうが無いんだから。」
と、皆は赤星家の主人に恥をかゝせる事に定めた。実際人間は人前で恥をかくか、女に見捨てられるかすると、一度に賢くなるもので、この段になると、書物なぞはほんの閑潰しに過ぎない。
皆は銀の金槌を拵へて赤星に贈つた。茶会でも開いて、皆の居合はす前で、例の香炉を叩き割れといふ謎なのだ。赤星家の主人は金槌だけは黙つて懐中にしまひ込むだが、一向茶会を開かうとはしなかつた。
で、今度の売立で、木瓜の卓は六千円といふ値にせり上げられたが、無事に生残つた飛青磁は大分見倒されて二千三百八十九円といふ事になつた。
だが、気に懸るのは、銀の金槌で、今度の売立にもあの金槌だけは出て居ないところを見ると、何うかしたのではあるまいかと心配してゐる向もある。いや、心配するがものはない、銀の金槌は今だに赤星家に残つて、そこらの釘の頭を叩いてゐる。釘といふものは、出来星の紳士と同じやうに、根締が弛むと、直ぐ頭を持ちあげたがるものなので、時々金槌で叩いておく必要がある。
食前の祈祷
10・17(夕)
『シエーキスピア物語』で日本人にもよく知られてゐるチヤールス・ラムが、ある時多くの知合と一緒に誰かの晩餐に饗ばれた事があつた。皆が食卓につくと、主人役は、
「ラムさん。」
と言つて、多くのお客のなかから『シエーキスピヤ物語』の著者を呼んだ。
ラムは黙つてその顔を捻ぢ向けた。主人役は勿体ぶつた顔つきをして、
「恐れ入りますが、食前のお祈祷を貴方にお願ひしたいものですな。」
ラムはたつた今その晩のお礼を主人に言つたばかりの所だつた。この上神様にもお礼を言はなければならないものなら、それには牧師といふ恰好な人があつた。牧師といふものは平素から自分のいふ事だつたら、どんな不機嫌な折でも(よしんば齲歯が痛むで居らうと)神様は屹度お聴き入れ下さると言ひ言ひしてゐるものだ。
「牧師さんはいらつしやいませんか。」
ラムは多くのお客のなかから牧師を捜した。牧師は先刻まで其辺に居合せたが、神様に内証話でも出来たかしで一寸次の室に下つた所だつた。
「牧師さんは、あちらで御用をしてゐらつしやるやうですから、矢張貴方にお願ひしませう。」
主人役はかういつて催促した。
「それぢや、私が致しませう。」とラムは丁寧に頭を下げた。「神様、今晩はどうも有り難うございます。兎も角もお礼を申しておきます。」
実際その晩の御馳走は、主人役が神様に御相談をして出来上つた献立でも無かつたから、真面目に長つたらしく礼を言はれては、神様の方で顔を顰められたかも知れない。
神様が寺内首相のやうな小心者だつたら、そのコロツケの味付は乃公には相談が無かつたよと、禿頭を帷のかげから覗けて、一々お客に断つたかも知れない。
飲過ぎ
10・18(夕)
モーランドは一生借金に苦しめられ、債権者に拘引されるのが怖さに、後には蝙蝠のやうに夜分しか外へ出なくなつたが、然しさういふ間でも好きな酒だけは止さうとしなかつた。
モーランドが自分で書残した日課表といふものがある。それを見るとかうだ――
朝食前には
ラム酒と牛乳
ホーランド酒
午食前にはホーランド酒
珈琲一杯
ホーランド酒
ポルタア酒
シユラブ酒
エエル酒
ホーランド酒と水
ヂンヂヤア入りのポートワイン
ポルタア酒
午飯からその後にかけてはホーランド酒
ポルタア酒
シユラブ酒
エエル酒
ホーランド酒と水
ヂンヂヤア入りのポートワイン
ポルタア酒
ポートワイン
ポルタア酒
パンチ水
ポルタア酒
エール酒
阿片と水
晩食時にはポルタア酒
パンチ水
ポルタア酒
エール酒
阿片と水
ポートワイン
ヂンと水
シユラブ酒
就眠前にはヂンと水
シユラブ酒
ラム酒
とかういふ順に杯を煽飲つたといふから、朝から晩まで酒に浸つてゐたものと見て差支なからう。道理で自分の選んだ墓の銘には、「この下に酔どれの狗横はる。」
と書き残してあつた。
酒といふものは、禁酒論者が言ふやうにまつたく肉体には良くないらしいが、その代り精神には利益になる事が多い。杯のなかには、女の眼や立派な書物のなかに見られるやうな、色々の世界が沈んでゐる。だが過飲は過読と同じやうにどうかすると身体を毀す事が多い。――モーランドは少し飲み過ぎたやうだ。
あんなもんぢや
10・19(夕)
練兵場には名高い「あんなもんぢや」の木がある。植物学者の方では随分喧しい樹ださうだが、校長を排斥する学生にとつては、そんな事は何うでもよかつた。唯相手が樹だけに壁のやうに耳を持つてゐないのが何よりも都合が善かつたので、皆はその樹の蔭に集まつた。
若い八十幾名の学生は其処で誓約文を拵へた。そしてその足で矢野校長の宅を襲つて辞職勧告をした。矢野二郎といふ人は肺病患者だつたが、なか/\談話上手で石黒忠悳男などは、肺病の黴菌は怖いが、それでも矢野の談話だけは聴かずには居られないといつて、宴会の席などでは態々自分の膳に手帛を被せてまで、その隣に坐り込んだものだ。だが、矢野氏の舌もかうと思ひ込んだ一本気な学生を説き賺すには力が足りなかつた。
二三日すると、八十幾名の一味徒党は全部退学処分に遭つた。彼等は渡り鳥のやうにぱつと散ばつて社会の各方面に飛び込むだが、卒業証書が何よりもよく物を言ふ社会では、彼らの骨折は一通りで無かつた。で、わざ/\退校会といふ会まで拵へて互に力になる事にした。
「へつ、退校組のこちとらだ。しつかり踏ん張らなくつちや。」
彼等は顔を見ると、かう言つて励まし合つたものだ。
お蔭で彼等はめきめきと頭を擡げるやうになつた。一寸目の前に散ついてゐる連中を数へ立ててみても藤田組の阪仲輔氏、茨城県代議士の鈴木錠蔵氏、第百銀行の本庄重俊氏、大阪電灯の日高驥三郎氏、大阪アルカリの上領純一氏、日本車輛製造の原田勘七郎氏……といつたやうに、卒業証書の有無なぞもう気に懸けないでもいゝやうな顔触ばかりになつた。
その代り頭が禿げ出した。細君達は無暗に子供を産み落した。子供が大きくなるにつれて、彼等はこれ迄のやうに、
「へつ、退校組のこちとらだ……」
と、肱を張つて威張るのも変になつて来た。自分達が御自慢の「退校」も、出来る事なら子供にだけは知らせないでおきたいものだと思ふやうになつた。一体男といふものは、方々で色々と隠し食をする癖に、女房や子供にだけはそんな真似はさせまいとしてゐる。これが男の唯一つの道徳なのだ。で、この先生達は「退校会」も変だといつて、その後「大興会」といふ名に改める事にした。
所が、この八十幾名の同盟から抜け出して、平気で卒業証書を手に握つた男が二人ある。それは外でもない、大阪市助役の関一氏と三井物産大阪支店の武村貞一郎氏。
卒業証書だけは懐中に持つてゐるが気が咎めるかして、それ以来この二人は成るべく「あんなもんぢや」の樹だけは夢に見ない事にしてゐる。
珍書
10・20(夕)
教授は食卓の上の一番うまさうな果物を手に執つた。そしてそれを皆にひけらかして置いて、
「皆様、二百年ばかし前に出来た書物で、それ以来ラテン語、希臘語、ヘブリウ語と言つたやうな古代語にも翻訳されれば、一方ではまた現代の各欧洲語は無論の事、アラビヤ、ペルシヤ、支那、日本といつたやうな東洋語にも翻訳されてゐるのがありますが、その書物の名は何でせう。巧く言ひ当てた人にはこの果物を褒美として差しあげませう。」
と言つて、居合はす皆の顔を見た。
食卓の向うから女の黄ろい声が聞えた。
「先生、エスペラントでも翻訳がございませうか、その書物は。」
その声の持主はエスペラントで恋文でも書きさうな女であつた。
「無論あります。」とマシウス教授は皮肉に答へた。「恐らくエスペラントで最初に翻訳された小説でせう。だが、小説といつても、その書物には男女の情事はこれつぱかしも載つてゐませんよ。」
「さあ何だらうて。小説といつたら僕は随分読むには読んだんだがね。」と酒肥りにでつぷり肥つた紳士は、教授の掌面に載つた果物を見ながら言つた。「無論聖書ではあるまいし。」
「事によつたら、イソツプかも知れませんぞ。」と銀行の頭取らしい男は、探るやうな眼つきをして、教授の方を見た。この輩は聖書もイソツプも同じ小説で、二百年前に出来たものとでも思つてゐるらしかつた。
皆は御馳走で充くなつた腹を抱へて、めい/\じつと考へ込んでゐたが、何うしてもそれらしい書物が思ひ出せなかつた。マシウス教授は可笑しさうにくすくす笑ひながら、
「判りませんか、判らなきや言ひませう。『ロビンソン・クルウソウ』ですよ。さ、その代りこの果物は私が頂きますよ。」
と言つて、その儘刀を取つて外皮をむき出した。
皆は呆気にとられて互に顔を見合はした。
電車不通
10・21(夕)
むかし支那に王栄老といふ男がゐた。旅先から故郷へ帰らうとして、大河の岸まで来ると、甚い風で浪は馬のやうに踴つてゐて、なかなか渡し船などの沙汰ではない。王栄老は郊外電車の不通に出会つた銀行員のやうに、荷物を横抱きにぶつぶつ呟きながら、河つ縁の宿屋に入つた。
王栄老は七日七夜の間待つてみたが、風は少しも衰へなかつた。すると八日目の朝、髯の白い宿屋の主人がひよつくり座敷に入つて来た。
「何てまあ意地くね悪い風なんでせう、全くお察し申しますよ。」主人は胡散さうな眼付をして室の片隅に押しやつてある客人の荷物を見た。「かう言つちや何ですが、もしや貴方のお荷物に、何か大切な物があつて、水神様がそれを欲しがつてるのぢやありますまいか知ら。」
「成程な……」と客人は一寸考へるやうな眼色を見せたが、暫くすると、徐々荷物を解いて、なかから立派な払子を取り出した。払子は一度それを振ると、大抵の邪念は虻のやうに飛んでしまひさうに思はれた。「ぢや、これをさし上げるとしよう。掘出し物なんだが、まあ仕方がない。」
王栄老は払子を河に投げ込むだが、風は少しも衰へなかつた。慾の深い水神様は、もつと外の物をも欲しがつてるのかも知れないと、気の毒な旅人は、荷物の中から虎の皮の弓嚢を取り出して、惜しさうに密と河に落してみた。弓嚢は宿賃の一月分も出して、漸と手に入れた品だつた。
だが、風は少しも弱みを見せなかつた。王栄老は顔を歪めてべそを掻いてゐたが、暫くすると、また荷物の一番底から黄魯直が草書でかいた扇面を一つ取り出した。そして風邪をひいたやうな声をして、
「水神め、こんな物のある事までちやんと知り抜いてるんだな。」
と言ひ言ひ河の中へそれを投げ込むと、急に風が収まつて、空も河水も鏡のやうに静かになつた。栄老はお蔭で無事に向う岸に渡る事が出来た。
阪神電車で大阪に通つてゐる私は、初めての不通の折は読み古しの夕刊を、二度目には使ひさしの汽車の切符を水神様に手向けたが、供物が気に入らなかつた故か、水は少しも減らなかつた。もしか三度目に不通にでもなつたら、今度は隣席にゐる男の頭から新しい帽子でも引つ手繰つて手向けようと思つてゐる。
坪内博士と勲二等
10・23(夕)
無茶苦茶に人を表彰する事の好きだつた大隈内閣は、小泉八雲氏をどんな方法でか表彰したいものだと思つて、色々考へてみたが、大抵な方法は費用や面倒くさい下調べが要るので、残つた唯一つの最も容易しいのを撰ぶ事にした。それは外でもない、小泉氏に従四位を贈るといふ事だ。
その内意が小泉家に達せられると、驚いたのは未亡人であつた。従四位といへば、絵で見る天神様のやうに冠を被て、直垂でも着けてゐなければならぬ筈だのに、亡くなつた八雲氏は擬ひもない西洋人である。矮身で、怖しく近眼な、加之に、背広の背をいつも黄金虫のやうに円めてゐた良人に、窮屈な衣冠を着けさせるのは、何としても気の毒であつた。
で、未亡人は懇意な坪内逍遙博士の許に駆けつけて相談してみた。博士はそんな方面に一向無頓着な小泉氏の事だ、素直に貰つて呉れたところで、その次ぎの瞬間には、南京豆の袋か何ぞのやうに、その儘「従四位」をポケツトから引出して、友達に呉れまいものでもないと思つたが、直ぐまたその取り做し人が、自分に関係の深い早稲田の老伯であるのに気が注いたらしかつた。
「折角の志ですから、まあ貰つてお置きになつたらいいでせう。」
博士がかう言つたので、未亡人はその儘お受けをして、今では背広の服に冠を被た良人の姿を夢に見てゐる。
小泉氏の従四位をめでたく納めると、今度はその坪内博士へ、勲二等を呉れようといふ内意がその筋の手から達せられた。謙遜な博士はそれを聴くと、泣き出しさうな顔をした。
「困つたな。己にどんな間違ひがあつて、そんな物を呉れるといふんだらう。」と博士は眼鏡の奥で眼をくしやくしやさせながら、もしや自分が出した沙翁の翻訳に誤訳でもあつて、こんな事になつたのではなからうかと考へてみた。だが、あの翻訳は信用のある多くの註釈書を土台にしたので、そんな間違がありさうにも思へなかつた。「困つたな、それに貰つたところで、己には洋服といつたら、古いフロツクコオトが唯一着しか無いんだからね。」
実際博士は洋服をたつた一着しか持つて居なかつた。で、その翌る朝大隈伯を訪ねて、さんざ謝りぬいた末、漸と勲二等の御沙汰だけは思ひ止つて貰ふ事にした。
博士はこの噂が彼是世間に取沙汰せられるのを気遣つて、誰にだつて話した事はないらしい。だから、これを読む読者も成るべくなら他人に聞えないやうにそつと読んで貰ひたい。
魚の骨
10・24(夕)
「乃公が若かつた時には……」
といふのが何よりも娯みなものなのだ。もしかそれ以上の娯みがあるとしたら、それは日当りのいゝ縁先で、禿げ上つた前額一面に生え残りの髪を几帳面に一本一本列べる位のものだらう。
京都の知恩寺といへば、断わる迄もなく浄土宗の大本山である。そこの三十九代目の住職に、万霊上人といふ、大津生れの名高い僧侶さんが居た。何でも三十八年の間引続いて住職を勤め、延宝八年とかに九十二で逝くなつたといふから、随分達者な僧侶さんだつたに相違ない。
この僧侶さんが逝くなる五六年前の事だつた。ある日寺男を指図して庫裏の床下を掃除させたものだ。どこの家でも床下には色々の秘密がある。金の茶釜を掘り出したり、野良猫の隠し児を発見けたりするのは、大抵が床下で、もしか床下に何一つ落ちてないやうな家があつたなら、そこの祖先は落す程の物を持合はさなかつたので、こんな気の毒な事はない筈だ。
在方の床下にあるものが、寺方の床下に無いといふ法は無い。知恩寺の床下からは、つい先日食べ荒したばかりの魚の骨がどつさり出た。
「てつきり納所坊主の仕鱈に相違ない。お上人様のお目に懸けなくつちや。」
といふので、寺男はその魚の骨を拾ひ集めて上人の居間へ入つて往つた。
上人はそれを見て変に顔を歪めてゐたが、暫くすると、
「どうも今時の若い奴は根気が弱くて可かんな。」
と独語のやうに言つた。
「真実でございますよ、お坊さんの癖に、こんな物まで啄つくなんて、お上人様方のお若い時分には、ほんとに不味い物ばかし召食つてたぢやありませんか。」
寺男がぶつぶつ呟くと、お上人は掌面で押へつけるやうな真似をした。
「いやいや、そんな積りで言つたのぢやない、乃公らが若い時には、骨なぞ食べ残すやうな事はしなかつたと言つた迄さ。」
新調の軍服
10・25(夕)
都督の辞令を受取つた中将は、漸とこの頃似合ふやうになつた背広服を、惜気もなく脱ぎ捨てて早速中将の軍服に着替へようとした。中将は衣裳箪笥の底から、丁寧に仕舞ひ込むであつた古軍服を引張り出した。そして長らく会はなかつた友達にでも出会したやうに声をうるませて、
「久し振ぢやの、今日からまたお前の厄介になるんぢや、しつかり頼むぞ。」
と言つて、案山子のやうな恰好をして、その古洋服に手を通しかけた。
だが古洋服は生きた人間よりもずつと時代といふ事をよく知つてゐた。中将が手を通さうとすると気が進まなささうに、ぐたりとなつてゐたが、実際胸釦を穿めて、鏡の前に立つてみると、中将自身すら気が咎めてならない程折目折目が痛むでゐる上に、肝腎の金ぴかが厭に燻んだ色をしてゐた。金ぴかの燻んだのは、鼻髯の薄いのと一緒で、他人を嚇しつけるのに余り都合のいいものではない。
中将は早速軍服一揃ひを、帽子指揮刀ぐるみ新調する事にした。出来上るが早いか身に着けてみると、成程着心地はよかつた。
「やつぱり乃公は陸軍中将だつたな。」
中将はさう言つた様な顔をして、椅子に腰を下した。尻の下では意地の悪い椅子が咽喉を鳴らしてくつくつ笑つてゐた。
丁度満洲で守備隊の機動演習があつた。中将は早速新調のそれを着込んで視察に出かけて往つた。北満洲の秋の野には蝗や蛙が飛んだり、跳ねたりしてゐたが、新調の軍服を見ると、急に地面に這ひ屈んでしまつた。軍服は大手を揮つて、その前を通り過ぎた。
中将はその軍服でまた都督としての初上京をする事にした。途中関釜連絡船に乗ると、前檣には日の丸の旗をひらひら掲げて呉れる。下の関の山陽ホテルで、記者団の包囲を受けると、対話五分間で副官が撃退してくれる。
「やつぱり新調のお蔭さ、大したもんだな。」
軍服はまた胸を反らして東京行の汽車に乗り込んだ。
田中祥雲
10・26(夕)
ある時――丁度今時分のやうな松茸の出盛つた頃であつた。祥雲氏は仲間の彫刻家達と一緒に、牛肉と松茸とをしこたま買込んで来た。
「さあ、今夜は出来るだけ詰め込むんだぞ。」
と言ひ言ひ、皆は松茸を料つたり、カンテキの火を吹いたりした。その頃祥雲氏は市街外れの一軒家に、たつた一人で住んでゐたので、皆は其家に集まる事にしてゐたのだ。
仲間には、高村光雲氏の弟子で、泰雲といつた、蛞蝓の好きな男も交つてゐた。白砂糖にまぶして三十六尾まで蛞蝓を鵜呑にしたといふ男で、悪食にかけては滅多に他に負は取らなかつた。一体が美術家には思ひ切つた悪食をする輩が少くない。少々位技術は拙くとも、づば抜けた悪食の出来る男なら、先づ美術家としての資格には欠けない筈だ。それとは反対に幾ら腕が冴えてゐても、食後に定つて規那鉄葡萄酒をたつた一杯づつ飲むやうな美術家は余りぞつとしない。
祥雲氏はその晩鱈腹牛肉と松茸とを食つて寝床に入つた。すると、夜半過ぎから急に腹が痛み出して、溜らなくなつた。
「ひどく痛み出したな、何うしたんだらう。」
と祥雲氏はぱつちり眼を覚して横つ腹を押へた。禿げた頭にはいつの間にかびつしより汗を掻いてゐた。
「事によつたら虎列拉かも知れないぞ。」
さう思ふと、何うやら虎列拉らしい気持がした。
「虎列拉だ/\。てつきり虎列拉に相違ない、こりやかうしては居られないぞ。」
祥雲氏迚ももう助からないものと覚悟をした。同じ死ぬるのだつたら、せめて死様だけは立派にしたいものだと、起き上つて蒲団を四つに畳むだ。そしてその上に上つて座禅を組むだ。
「郊外の一軒家だ。明日は仲間めがやつて来て乃公の大往生を見て吃驚するだらうて。」
祥雲氏はこんな事を考へながら、気を落ちつけて目を閉いだ。
はつと気が注いて眼を開けて見ると、四辺には朝の光りが一杯に射し込んでゐた。横つ腹を押へてみたが、もう痛みは無くなつてゐた。
「朝だ、朝だ。乃公は生きてるよ。」
祥雲氏は飛び揚つて喜んだ。そしてその儘跣足で友達の許を訪ねて歩いて、「乃公は生きてるよ」と喚いて廻つた。
馬具屋
10・27(夕)
トーマス・リイドといへば、米国では一頻り鳴らした弁護士出の政治家で、共和党の弁士として議院で随分雄弁を揮つたものだ。
そのリイドは恐ろしく身体のがつしりした、とりわけ首根つこの太いので名高い男だつた。リイドがその太い咽喉元から喇叭のやうな声を出して演説でもすると、
「奴さん、まるで牛のやうな咽喉をしてるぢやないか、これぢや迚も敵ひつこは無い。」
と、反対派の代議士は、自分達の議席で鼠のやうに小さくなつて悄気てゐたものだ。
一体咽喉の太いのは、余り見つともよいものではない。呂昇なぞも、女義太夫としては外貌もよし、声もよいが、平常咽喉を使ひ過ぎる故で、首が棒つ杭のやうにがつしりと肥つてゐる。見てゐても醜いが、とりわけ恋人にでもなつてあの首根つこに手を掛けなければならないとなると屹度うんざりするに相違ない。自分は女と生れて、雄弁家リイドの女房にならなかつたのを喜ぶと同時に、男と生れて呂昇の恋人とならなかつたのを祝福せぬ訳にゆかない。
そのリイドが或る時襟を買ひに、通りすがりの雑貨屋へ入つて往つた。
「襟を見せて下さい。」
とリイドは汗ばんだ咽喉をくしやくしやの手帛で拭きながら言つた。
「はい/\、襟でございますか。大きさはお幾らで?」
雑貨屋の番頭は愛相よく訊いた。
「十九吋。」
この雄弁家は幾らか気が咎めるやうに低声で返事した。
「十九吋!」番頭はじつと客の咽喉を見つめてゐたが暫くすると、「手前にはあいにく持合せが御座いませんが、これから三軒目を尋ねていらつしやい。恰好のが見つかるでせう。」
リイドは太い首根つ子を真直に肩の上に押つ立てて三軒目の店を覗いてみた。そこは擬ひもない馬具店であつた。この共和党の弁論家は店の閾に衝立つた儘、暫くは馬のやうに眼を白黒させてゐた。
黒板博士と新聞紙
10・28(夕)
妓は薬師寺の吉祥天のやうに手の指を六本も持つてはゐなかつたが、それでも学者の心の臓を掴むには十分であつた。学者の心の臓は、蜆貝のやうに小さくて、加之に浅い所にしか住むでゐないので、どんな女にでも直ぐ掴む事が出来るものだ。――黒板博士は大事の心の臓を妓の掌面に置き忘れたまんまで東京に帰つて往つた。
月日の経つのは早かつた。博士は今度又奈良へ出張して来たので、旅龍へ着くと直ぐその妓に口をかけて見た。だが、間の悪い時には悪いもので、妓は何かの用事で筑前の博多に旅をしてゐるといふ事が判つた。無論博士の心の臓は化粧箱に入れた儘、奈良の屋形に残してゐるに相違なかつたが、博士は直ぐその後を慕つて、遙々博多まで下つて往つた。
二三日すると、博士はにこにこものでこつそり奈良に入つた。そして幾日かの調査を済ませて、また東京に帰つて来ると、その脚で直ぐ史料編纂局の田中義成博士を訪ねて、奈良土産を鞄のなかから取り出した。土産には霰酒や奈良漬などがあつた。
座には同僚の三四人が居合はせた。その中の一人が何心なく土産物の包んであつた新聞紙を手に取つて見た。新聞紙は奈良のものだつたが、矢張り新しい事が載つてゐた。実をいふと、奈良には滅多に新しい事が無く、偶に有つてもそれは面白くも無かつたが、その日の記事は新しい上に、素敵に面白かつた。読んだ一人は黙つて次ぎへ渡した。かうして次ぎから次ぎへ渡つて、最後にそれが田中博士の手に廻された。博士は東大寺の古文書でも覗く折のやうな、取つて置きの眼付をして新聞を見た。そして思はず吹出した。
旅鞄の口を締めてゐた黒板博士は、不思議さうに田中博士の顔を見た。
「何がそんなに可笑しいんです、どれ僕にも読ませて下さい。」
博士は新聞を引手繰るやうにして覗いて見た。新聞には博士が三味線を弾く妓の後を追つて博多まで下つて往つた始末が詳しく載つてゐた。博士は霰酒と奈良潰とを一緒くたに鵜呑にしたやうに、耳も鼻も頸窩も真赤になつた。
愛すべき博士よ、そんなに真赤にならなくともよい。新聞は博士の好きな古文書と同じやうに真実を語るものである。だが、博士も学者である。学者といふものは、自分に都合の悪い事は、古文書であらうが、新聞紙であらうが、
「これは嘘だよ。」
と一口に言ひ消すだけの勇気が無くてはならぬ。
元帥の諧謔
10・29(夕)
男がたんと並んでゐる場合に、女が先づ言葉を掛けるのは、そのなかで一番若い男と極つてゐるものだ。貴夫人は、一行のなかから若い将校を捜し出して言葉をかけた。
「あのう、戦争では貴方も独逸人を幾人かお殺しなすつて?」
「はい、五人ばかし遣つ付けましたよ、夫人。」
と若い仏蘭西の将校は、米国婦人のだしぬけの質問に幾らか気味を悪がりながら、自慢さうに言つた。
貴夫人はそれを聴くと、飛びつくやうにして、ひしと男の右の手を握つた。若い将校の五本の指は暖い女の掌面のなかで小鳥のやうに顫へてゐた。女は嬉しさうに訊いた。
「ちよいと、このお手なの、独逸人を殺したと仰有るのは。」
「まあそんなものでせう。」
若い将校はどきどきする胸を押し鎮めながら、態と気取つた物の言ひやうをしてみたが、気の早い米国の婦人はそんな事は少しも耳にとめないらしく、いきなり男の右の手を持ち揚げたと思ふと、それを自分の唇に当てがつて、幾度か熱い接吻をした。
「まあ、名誉なお手だこと……」
暫くして夫人は手を離しながらかう言つた。
若い将校は、嬉しさに取り逆せながら、今一つの左手では百人も独逸人を殺したらしい顔をして手先をもじ/\させてゐたが、それでも四辺を気にしてその手を吹聴する事だけはしなかつた。
側に立つてゐたのは、他ならぬジヨツフル元帥だつた。元帥は激しい独逸軍の攻勢にも、びくともしなかつたあの落付いた態度で、この場の容子をじろじろ見てゐたが、貴夫人が引揚げてしまふと、若い将校の方へのつそり向き直つて言つた。
「馬鹿め、あんなに接吻までして呉れようといふんだ、何だつて私は独逸人をこの口で噛み殺しましたと言はなかつたんだ。」
独逸帝国の最期の年
10・30(夕)
そこへひよつくり顔を出したのは、ジプシイの占ひ女で、鳶色の顔を皺くちやにして、
「陛下、御運を見させて戴きませう。」
と言つてお辞儀をした。
「陛下」と聞いて、ウイルレムは少からず喜んだ。
「陛下つて、どこの国のだい。」
「申上げる迄もありませんさ、新しい日耳曼帝国のね……」と占ひ女はにやにや笑つて返事をした。
ウイルレムは幾らか真面目になつて来た。
「そんな帝国がいつ出来るな。」
ジプシイの女は紙片を取り出して、拙な文字でその年の一八四九年へその数字をそれ/″\書き加へた。
1849 1 8 4 9──1871
「御覧なさいまし、こんな数が出ました。してみると一八七一年だと見えますよ。」
――実際その通りで日耳曼帝国の出来上つたのは一八七一年だつた。
ウイルレムは身体を乗り出すやうにして訊いた。
「ぢや、その帝国を乃公は幾年位治めるだらうね。」
占ひの女は、紙片でまた勘定を始めた。以前と同じやうに一八七一年へ、その数字をそれ/″\書き加へながら、
1871 1 8 7 1──1888
「ちよいと、こんな数になりましたよ、これで見ると陛下の御治世は一八八八年までといふ事になりますわね。」
――実際ウイルレム一世の崩くなつたのは、その一八八八年であつた。
皇帝はジプシイの女がてきぱきと返事をするので、幾らか調弄気味になつて訊いた。
「そしてその帝国はいつ迄続くだらうな。」
「さやうでございますね。」と女はまた勘定をし出した。一八八八年へ、その数字をそれ/″\つけ足しながら、
1888 1 8 8 8──1913
「こんな数が出ましたよ。」とジプシイの女は相手の眼の前へ 1913 といふ数字を突きつけた。
三つの予言のうち、初めの二つはぴたりと適中した。その手際でみると、あとの一つも中らぬとも限らぬ。今度の戦争が一九一四年に起きたのを考へ合はせてみると、ホオヘンツオルレルン家の最後の治世は一九一三年だつたといふ事になるかも知れない。
湖南博士の蔵書
10・31(夕)
「自分が他の学者のやうに、書物ばかし読んでゐたら、とても今のやうな思想家にはなれなかつたと思ふ。」
とよく言ひ言ひしてゐた。
実際思想家や芸術家にとつては、書物はさうさう役に立つものではないが、然し好きなら仕方が無い。世のなかには酒好きがあるやうに、書物好きもない事はない。手近な例をあげるなら、京都大学の内藤湖南博士の如きは、その書物好きの一人で、東洋史の専攻学者だけに、幾ら書物を読んでも、まだ読み足りないのは、博士にとつて仕合せである。
博士は京都大学の近くに住んでゐるが、家中は脚の踏み込むところもない程ぎつしり書物で詰まつてゐる。手つ取早く言つたら、博士の今の家は書物を入れる為めに借りた家で、博士自身や家族達は漸と室借をしてゐるに過ぎない有様だ。室借だといふのに何の不思議があらう、博士は家に居る時は、山のやうな書物の蔭で、あの小さな身体一つを遠慮して持扱つてゐる。
博士は以前火事に遭つて折角集めた書物をすつかり焼いてしまつた事があるので、今ではそれを保険に掛けてゐる。博士が蔵書全部の価格をざつと三万円に見積ると、保険会社の社員は四辺をきよろきよろ見廻しながら、
「三万円! 何う仕りまして、これだけの書物が三万やそこいらの金銭で購はれるものぢやございません。如何でせう、四万円といふ事に致しましては?」
と言つて、とうと博士を四万円といふ事に納得させてしまつた。保険屋は一文でも掛金を多くしたいのと、一寸物識らしい顔がしてみたかつたのだ。博士にしても自分の財産を過分に見積られて格別厭な気もせなかつたに相違ない。
だが、幾ら四万円貰つた所で、書物には金で購へないものがある。博士は旅に出掛ける時には、いつも蔵書の中から一番大事なものだけメリンスの風呂敷に包むで、夫人に託けておく。
「寝る時には忘れないで、これを枕許に置いといて呉れ、いざといふ場合には、これだけ持出して呉れたら、外の物はどうなつても構はん。」
夫人は書物よりももつと大事なものをたんと知つては居るが、やつぱり言ひつけられた通りに、いつも寝る時にはそのメリンスの風呂敷包を枕許に置くのを忘れないやうにしてゐる。包みの中には蒙文の元朝秘史や宋版の史記などが入つてゐる。
内々で博士に知らせる。世の中には蔵書狂といつて、どんな高い価を払つても珍書を集めようとする輩が居る。その人達は書物が読めない代りに、書物を容れるには、メリンスの風呂敷よりもつと上等な蔵を持つてゐる筈だから、秘史や史記はそんな輩に譲つたらどんなものだらう。博士はどんな書でも読む事を知つてゐる。読む事を知つてゐる人は手許に読物を置いてゐないのが一番気楽なものだ。
三十六計
11・1(夕)
「其角の野郎め、一度ひどい目に会はして呉れなくつちや。」
といつて、内々喧嘩の心積りをしてゐた。秀和は俳諧こそ其角よりは下手だつたが、以前が侍だけに、腕つ節はずつと太いのを持つてゐた。
其角は秀和が大層腹立つてゐる噂を聞いて、成るべく出会はぬやうに気をつけてゐたが、ある日の事間が悪く両国橋の上でばつたりと行き会つた。講談師の話によると、其角が煤竹売の大高源吾に出会つたのも矢張り両国橋の上だつたといふ事だから、其角といふ男は、閑さへあれば両国橋の上をうろ/\してゐたものと見える。
眼ざとい秀和は其角の姿を見遁さなかつた。
「おい其角、お前は何ださうだね。近頃方々で乃公の事を悪し様に言ひ触らして歩くさうだが、それは真実だらうね。」
秀和の言葉は初めから喧嘩腰だつた。
「真実だよ、真実だつたら何うするね。」
其角は喧嘩を買つて出た。
「果し合をする迄さ。」と秀和は刀の柄に手を掛けて、二足三足詰め寄つた。「そんな噂を触れ歩くからには、お前にも覚悟があるだらうから、さあ勝負をせい。」
「無論勝負をする。」其角はきつぱりと言ひ放つた。「乃公も男だ、いつでも相手になつてやるが、暫くの間待つてくれ。支度をしなくちやならんからな。」
其角はかう言つて、ぼつぼつ裾を端折つて、雪駄を脱いで帯に挿むだと思ふと、
「さあ来い……」
と言つて、その儘後をも見ずに、一散に駈け出してしまつた。
羅馬の来電によると、イゾンゾ河沿線の伊太利兵は、独逸勢が攻め寄せたと聞くと、俳人其角のやうに逸早く逃げ出したといふ事だ。悧巧な事だ。自分より強いものに出会したら、逃げたが勝だといふ事は狗もよく知つてゐる。馬鹿者の多い世の中に、狗の知つてゐる事を判へてゐる人間は先づ悧巧者とせなければならぬ。
戦争はいつ済むか
11・2(夕)
畏れ多いが、先づ我天皇陛下から申し上げると、陛下の御誕生が一八七九年で、御即位が一九一二年、御治世が五箇年で、今年の天長節で第三十八回の御誕辰を迎へさせられた。めでたいこの数を一緒に加へて見るとかうなる。
18791912 5 38──3834
次ぎに吾同盟国英国皇帝の御誕生が一八六五年、即位が一九一〇年、治世が七年、お齢が五二歳。これを一緒にすると、
18651910 7 52──3834
次ぎに伊太利国王の御誕生が一八六九年、即位が一九〇〇年、治世が一七年、お齢が四八歳。これを一緒にすると、
18691900 17 48──3834
次ぎに白耳義国王の御誕生が一八七五年、即位が一九〇九年、治世が八年、お齢が四二歳。これを一緒にすると、
18751909 8 42──3834
次ぎに仏蘭西大統領の誕生が一八六〇年、就任が一九一三年、治政が四年、年齢が五七歳。これを一緒にすると、
18601913 4 57──3834
次ぎに米国の大統領ウヰルソン氏の誕生が一八五八年、就任が一九一三年、治政が四年、年齢が五九歳。これを一緒にすると、
18581913 4 59──3834
次ぎに塞耳維国王の誕生が一八四四年、即位が一九〇三年、治世が一四年、年齢が七三歳。これを一緒にすると、
18441903 14 73──3834
次ぎに黒山国王の誕生が一八四一年、即位が一九一〇年。治世が七年、年齢が七六歳。これを一緒にすると、
18411910 7 76──3834
次ぎに羅馬尼国王の誕生が一八六五年、執政が一九一四年、治世が三年、年齢が五二歳。これを一緒にすると、
18651914 3 52──3834
不思議にもどの元首の合計もが三八三四といふ数になる。ところが、今言つた聯合七箇国は東西両半球を代表してゐるので、この数は当然二つに割られなければならぬ。割られた数はまさに 1917、丁度今年だ。今年中に平和になるとは受取れないが、まあ遠くもあるまい。
十億長者
11・3(夕)
十億長者――一口に言つてしまふと何でもないが、実際それだけの概念を得るのは却々容易ならぬ事だ。米国の銀行家の説によると、長年出納勘定に熟練してゐる銀行家が一時間に勘定出来る銀貨の金高は大きく見積つて、ざつと四千弗といふ事だ。
八時間打通しの労働で、一日に勘定出来る高は、銀貨で三万二千弗になる。この割合で百万弗の銀貨を毎日八時間づつ勘定して、幾日に数へ尽せるかといふと、ざつと一月以上、もつと詳しくいふと三十一日余りかかる事になる。
かうして一億弗を数み尽さうとするには先づ十年近くかゝり、も一つ進んで十億弗の銀貨になると、それを勘定するには毎日八時間働き通して、彼是百年近くかゝる事になる。この世に百年以上生き延びる人が幾人あるだらう。――とかういふのは、勘定好きな米国人の算盤から弾き出された計算である。茶話子は算盤の事は一向暗い方だが、成程聞いてみると、さうらしく思はれる。
してみると、滅多に成金なぞになる者ではない。况して成金に使はれるなぞは以ての外と言はなければならぬ。人間は誰しも女を可愛がるとか髯を剃るとかの時間がなければならぬもので、そしてそんな時間が無い程なら人生はまあ何うでも可い位のものだ。
戸川残花氏と狸
11・4(夕)
戸川氏は言つた。
「公園は奈良式が一番善いやうだ。近頃ちよい/\公園に銅像などを建てるが、あんな人工的なものを細々建て列べるよりも、いろんな樹木を植ゑて森林の感じでも出すやうに心掛けたいものだ。銅像は彫塑家の手際で何うかすると、拙いものが出来上るが、樹木はどんな場合にも傑作となるものだ。」
全くさうで、樹木はどんな彫刻よりも傑れてゐる。况して人間などとは比べ物にならない。だが、戸川氏の発明といふのはそんな事ではない、戸川氏は言つた。
「奈良の公園に鹿が飼ひ放しにしてあるのは気持が良い。吾々はお蔭で、動物の生活に親んで彼等を愛する事が出来るやうになる。」
全くさうであるが、然しこゝに一つ忘れてならないのは、人間が鹿に親む前に、鹿の方が人間に親んで、人間を愛するやうになつた事である。機会を掴む事にかけたら、鹿はいつでも人間よりは悧巧なものである。だが、戸川氏の発明といふのはそんな事では無い、戸川氏は言つた。
「鹿を飼ひ馴らす事の出来る人なら、屹度狸をも畜ふ事が出来る筈だ。動物には色々あるが、そのなかで狸ほどの愛嬌ものは少い。自分は奈良公園に鹿と一緒に狸をも飼つてみたいと思ふものである。」
戸川氏の発明といふのは、他でもない、奈良公園で狸を飼へといふ事なのだ。成程立派な発明で、これまで人を誑かす誑かすと言ひ慣らはして来た狸が、馴れてみると、決して誑かすものでないといふ事を知るのは、「真理」の下僕だと言つてゐる学者が、実は旦那気取で「真理」を頤でこき使つてゐる事、「国家」を女房の積りでゐなければならぬ筈の政治家が、外に幾人も可愛い女房を持つてゐる事を知ると一緒に、立派な智識である。それを思へば狸飼ふべし、鹿を質に置いても狸は飼はなければならぬ。
戸川氏は一頻り狸の飼養を奈良公園の当局者に勧めて置いて、急に親戚にでも耳打をするやうに低声になつて、
「それに、狸は毛皮もなかなか廉くないからね。」
と言つて笑つてゐた。成程皮を忘れてはならない、捕らぬ狸でも皮算用をする世の中に、飼つた狸の皮算用を忘れてはならない。
代議士の妻
11・5(夕)
「貴郎、呉々も言つておきますが、日曜日には忘れないやうに屹度教会へ往らつしやいよ、ね、よくつて。」
「うむ、往くとも。屹度往くよ。」
と、田舎政治家は素直に頷いてみせた。それを聞くと、夫人は漸と安心したやうに良人を手離した。女の気になつてみれば、旅で自分の代りに良人の面倒を見て呉れるのは、神様の外には誰一人居ないと思つてゐるのだ。それは真実の事に相違ないが、もつと真実なのは、神様に預けた方が一番無難なからだ。男といふものは、厩へ預ければ馬に蹴られるし、女部屋へ預ければ魂を抜き取られるし、女房の手に帰つて来る折には、十が八九傷物になつてゐるものなのだから。
代議士はワシントンで田舎の町では見られなかつた色々の珍らしいものを知ることが出来た。で、日曜日が来ても教会へは頓と御不沙汰ばかりしてゐたが、それでも国元の夫人へ出す手紙には定つたやうに、
「日曜日には教会にて素晴しきお説教を聴き申し候……」
と書くことだけは忘れなかつた。
二月程すると、夫人がだしぬけに訪ねて来た。代議士は広い世界が急に眼の前で巾着のやうに狭くなつたやうに思つた。で、旅宿の一室で出来るだけ小さくなつて、溜息ばかり吐いてゐると、次の日曜日の朝、夫人は金糸雀のやうな声ではしやぎ出した。
「さ、早くお顔を洗つてらつしやい、そして今朝は教会へ連れてつて下さるんですよ。ほら、貴郎がいつも素晴しいお説教を聴いたと仰有つたね、あの教会ですよ。」
田舎代議士は、はつと思つて弾かれたやうに飛び起きた。そして両手で頭をひつ抱へた儘、
「さあ、ことだ、教会つて、どこにそんな物があつたらうな。」
と、自分のほつつき歩いた首府の町々を、電車よりも速い速力で頭に描いてみた。馴染の酒店や珈琲店は派手な百貨店と一緒にワルツでも踊るやうに陽気に頭の中を過ぎて往つたが、教会らしいものの影は見えなかつた。やつと暫くして代議士は議事堂への通り路に見窄しい小さな教会がある事を思ひ出して、吻と息をついた。
「それがお前、見掛は余り立派な教会ぢやないんだよ。」
代議士は夫人を連れて、その小さな教会へ入つて往つた。少し早目だつたので、二人は一番前の椅子に腰を下した。暫くすると、ぞろぞろ信者の入つて来るらしい履音がした。その度に後方をふり向いてゐた夫人は、
「貴郎、ほんとに此処なの、これまでいつも入らしつたていふのは。」
「さうだよ、ほんとにこゝだよ。」
代議士は陣痛でも起きたやうな声を出した。
「だつて訝しいわ。」と夫人は不機嫌さうに呟いた。「御覧なさいよ、来る人も来る人もが黒ん坊ばかしよ。貴郎こゝは黒ん坊の教会ぢやなくつて。」
浮島
11・6(夕)
この秋の大阪府の洪水も、色々の事を吾々に教へてくれた。平常は知つたか振をしてゐる土木の技師が実は何にも知つてゐない事を教へて呉れたのも洪水の力だ。いつもはぬらくら者の水が、案外皮肉で、土地の知事がぼんやりしてゐる時間をよく知つてゐるものだといふ事を教へて呉れたのも洪水の力だ。
洪水は今一つ妙な事を教へて呉れた。それは、三島郡の三宅村鶴野といふところに不思議な浮島があるといふ事だ。そこの田地は皆で一二反もあらうか、平素土底から女の涙のやうな冷つこい水がちよろちよろ流れ出すので、大抵の者は気味を悪がつて手をつけなかつた。
ところが、この秋の出水で、四辺は幾度か水に浸されてゐるのに、この冷水の湧く田圃だけは、植付けられた稲のまゝ、ふはりと水の上に浮き上つてゐる。そして水が退くと一緒に、いつの間にかまた旧の位置に帰つてゐる。丁度鳰鳥の浮巣が潮の差引につれて上つたり下りたりするやうな工合に……
土地の老人の言葉によると、五十年前の洪水の折も同じ様な事があつたので、
「不思議だな、まるで浮島のやうだ。」
と言つて、暫くは気味を悪がつて寄付かなかつたものださうだ。
これには屹度何か理由がある事だらう、凡そ大阪府に転がつてゐる事に、理由の無いのは一つもない、大阪府は神様が御覧になつてゐる外に、大久保知事が仕事をしてゐるところだから。
長命の秘訣は結婚
11・8(夕)
身体を健康にするのには、色々方法はあるが、そのなかで一番簡便で、一番効力があるのは結婚をする事だ。実際結婚は健康の秘方ともいふべきもので、余り懇意でない人には、おいそれとこんな秘方を言つて聞かせるのは惜しい位のものだ。
ある統計家の調べたところに依ると、七百四十三人の男の狂人のなかで、結婚した男の数二百一人に対して鰥夫は五十人、未婚者は四百九十二人といふ比例を示してゐる。また他の人の説によると、自殺をする人の三分の二、どうかすると四分の三迄は大抵未婚者といふ事になつてゐる。
してみると、道徳的といふ事は、案外楽なもので、結婚さへすればそれでいゝといふ事になる。物価が高くなつて箪笥の値段は三割方張るかも知れないが、道徳的だと思へば我慢の出来ない事もない、先づ何を差措いても結婚する事だ。
また或る学者の説によると、結婚すると男は五年、女は四年だけ寿命を延ばす事が出来るさうだ。物好きな研究家(研究家といふものは物好きと麺麭と水とだけで生きて往かれる安価な人間である)が、ある時結婚が寿命にどんな関係があるかと十万の死亡者を調べた事がある。その結果でみると、二十歳から二十五歳までの間で有配偶者の死亡数五九七に対して無配偶者は一、一七四。二十五歳から三十歳までの間で、有配偶者の死亡数八六四に対して、無配偶者は一、三六九。三十歳から三十五歳迄の間で、有配偶者の死亡数九〇七に対して無配偶者は一、四七五。それからずつと飛んで八十歳から八十五歳までの間でも、有配偶者の死亡数一七、四〇〇に対して無配偶者は一九、六八八といふ比例を示してゐる。
道徳的であつて、加之に寿命が四つも五つも延びるといふ秘方だと聞いては、誰だつて結婚せずには置かれない筈だ。だが、たつた一つの困り物は、結婚には相手が要るといふ事だ。男とそして女――何といふ見窄らしい相手であらう。相手が無くて済むのだつたら、結婚は理想的である。
居士と大姉
11・9(夕)
血脈といふものは、手つ取り早く言つたら、女学校の卒業証書みたいなもので、これが失くなつてゐたからといつて、お嫁入には少しも差支ない筈だ。またこれを拾つた人があるにして、それをもつて自分の持参金代りに嫁入口を捜すわけにも往かない。先づ失くした方にも損が無ければ、拾つた方にも得は往かない代物だが、それにしても祖母さんが血脈の入つてゐない箱を一生の間大事にかけてゐたかと思ふと、遺族の人達は何だか変な気持になつた。
で、檀那寺に頼んで、新しく戒名を附けて貰ふ事にした。お寺の坊さんはけばけばしい色の法衣を引掛けて、鸚哥のやうな風をしてやつて来た。そして勿体ぶつて引導を渡したが、変な事には祖母さんの戒名が、
「△△△△居士」
となつてゐた。遺族の人達は自分等の耳を疑ふやうに、顔を見合せたが、誰の耳にも「居士」と響いたのに違ひはなかつた。で、早速坊さんに注意をした。坊さんは鸚哥のやうな法衣を被て、鸚哥のやうに習ひ覚えたお経の文句を繰返して、それで無事に亡者を極楽へ送りつけたらしい得意な顔をしてゐたが、遺族の注意を聞くと、さつと顔色をかへて、直ぐ引導のやり直しをした。そして何喰はぬ顔で、
「いえ、なに、死んでしまへば男も女もありませんよ。みんな同じでさ。」
と取済まして言つたさうだ。
「いえ、なに、死んでしまへば男も女もありませんよ。」――坊さんは巧い事を言つた。してみると、冥土には活動写真小屋のやうに、婦人席は区割がつけて無いものと見える。女好きな若い男にとつて、こんな結構な世界がまたと有らうか。引導を受けるなら今の間だ。
小説家と富豪の娘
11・11(夕)
お嬢さんは、自分の側にゐる紳士が、名高い小説家であるのを聞くと、何か文学上の話をしなければならないものとでも思つたらしかつた。誠に立派な心掛で、日本の社交的婦人が隣りに名高い詩人が居ようと、天文学者が居ようと、または神聖なる猫が居ようと、そんな事には頓着なく襁褓や愛国婦人会の話を持出すのと比べて大変な相違である。
だが、実をいふと、そのお嬢さんは女学校で習つた物以外には、その後余り難しい書物は読んでゐないらしかつた。女といふものは鼠と一緒で、よくよく食物が見つからない時でなくつちや、滅多に書物なぞ噛らうとはしないものである。お嬢さんは女学校でスコツトの物を一二冊読んだ事があつた。スコツトは学校を出てから、余り書物を読まない人達にとつて、いつまでも立派な友達である。
お嬢さんは嬌態を作つて小説家に話しかけた。
「先生、あなたはスコツトの物はお好きでいらつしやいますか。」
「好きですよ。貴女は?」チヤアチルは愛相よく言つた。
「まあ、嬉しい。先生もお好きでいらつしやいますの。私もう崇拝してるんですわ。」
小説家はこの若い娘が、内々自分をスコツトの描いた山国のお姫様に擬らへてゐるらしいのを見て取つた。
「湖上の美人――あれは何うです、佳い詩だとはお思ひになりませんか。」
「傑作ですわ、エレン姫の美しい事……」
お嬢さんは、自分を姫に肖てゐるとでも言つて貰つたら、代りにスコツトの借金位払つても可いやうな顔をした。
「それでは『マアミヨン』は、あの詩を何うお思ひですね。」
チヤアチルは魚を釣るやうな気持で訊いてみた。
「気に入りましたわ。」とお嬢さんは、自分をさも書物好きであるらしく吹聴したかつた。「わたしあの書物を確か十二度も読み返しましたつけ。」
「十二度?」
小説家は吃驚したやうに言つた。そして次ぎの瞬間には何だか嘘らしく思つたので、調弄気味に訊いてみた。
「ぢや、The title mart は何うですね、スコツトの……」
「あ、あれですか、あれも三度ばかし読みましたつけ。」
その書物こそつい前の年チヤアチル自身が公にした脚本であつた。
越路の「山科」
11・13(夕)
二三年前、同じ座で越路が同じ九つ目を語つた事があつた。その折越路は自分ながら物足りない点があつたので早速師匠摂津大掾の許に駆けつけた。芸人といふものは、罪のないもので、夫婦喧嘩をしたり、批評家とか蜂とかに螫されたりすると、直ぐに師匠の許に駈けつけようとする。師匠は師匠で、そんな折に余り害にならない薬を幾種か持合せてゐる。
越路は大掾に向かつて言つた。これまで幾度か師匠の九つ目を聴いて、結構な出来だと思はぬ事は無かつたが、さて自分が語つてみると、戸無瀬も本蔵も初めから鯱子張つて、まるで喧嘩を売りに来たやうにしか見えない。
「どこの工合だつしやろ、ねつから工夫が附きまへんよつて。」
と言つて、胡麻白の頭を凡帳面に下げた。
大掾はそれを聞くと、
「ふむ、お前もやつぱりさうかいな。」
と言つて感心したやうに首を掉つた。大掾の言葉によると、彼も長い間幾度かこの九つ目を語つたが、戸無瀬も本蔵もどうかすると喧嘩腰で、ぶつきらぼうになり勝ちなので、いつだつたか、越路と同じやうな事を言つて、師匠の春太夫に訊いた事があつた。春太夫は弟子の顔を見て唯にやにや笑つてのみ居た。
大掾はその後工夫に工夫を積んでみたが、漸と七十二歳の春になつて、初めて師匠春太夫のそれに比べて、余り聴き劣りのしない語り口に達する事が出来た。
「つまり稽古だな、稽古より外には何にも無い。」
と言つて、大掾はその昔春太夫がしたやうな笑ひ方を繰返した。
だが、実際は稽古ばかりではない、稽古の外に「世間」といふものを知らなければならない。越路も九つ目が立派に語れるやうになつたのは、大分「世間」が分つて来た証拠だ。お蔭で皮肉な客には喜ばれるか知らないが、この道楽者ももう恋女は出来ないものと腹を決めなければならぬ。
漱石と芸者
11・14(夕)
漱石氏は京都へ来ると、いつも木屋町の大嘉へ泊つたものだ。其家へは色々の訪問客と一緒に祇園の芸妓もちよいちよい遊びに来た。漱石氏は小説家として余り女を知つてゐない方だつたから、女にはかなり好かれた方だ。すべて女といふものは、実世間の上にも、作物の上にも、自分達を買被つてゐるとか、見当違ひをしてゐるとかする人達を好くものなのだ。
「先生、こんな好えお天気に外へも出んと、何してお居やすのや。」
芸妓達はこんな事を言ひ合ひながら、無遠慮にどやどやと漱石氏の室に入つて来たものだ。『猫』の作者は、胃の悪い黒猫のやうに、座蒲団の上に円く胡坐を掻いて唯にやにや笑つてばかしで、別に
れてゐる容子もなかつた。芸妓達は各自色々な事を訊いたり、喋舌つたりした。一体読者が自分の好きな作者の前へ出た時には、出来るだけ自分の愚を表白するもので、そんな折には作者は唯笑つてさへ居ればそれで可いのだ。芸妓連が一頻り雀のやうにぺちやくつて、さつと引き揚げて往くと、後に残つた一人の相客は溜息を吐きながら言つた。
「ああ、騒々しかつた。どんなにか御迷惑だつたでせう。」
「いや些とも。」と漱石氏は残り惜しさうな顔をして言つた。「なか/\面白かつたよ。」
「それでも貴方は芸妓と俳優は大嫌ひだつていふぢやありませんか。」
「さうでもないさ。」と漱石氏は億劫さうに言つた。「僕は芸者が嫌ひだつて言つたんぢやない、人間全体が嫌ひなんさ。」
鼻・鼻・鼻
11・15(夕)
ランドといふのは、もと亜米利加生れで、今は香料師として巴里に名を馳せてゐる娘である。花畑のなかの一軒屋に生れたので、子供の時は狗児か蝶々かのやうに色々の花の中に転がり廻つて日を送つた。で、いつの間にか、花の香を嗅ぐ嗅覚の力が素晴しく発達して、十一二の頃には眼を閉ぢたまんま、花弁を一寸鼻にあてたまゝで、どんな花の名でも言ひ当てるやうになつた。
馬乗の上手な者が馬丁になり、女の手を握る事の好きな男が医者になるやうに、すべての芸能は、その人に職業を与へて呉れるものだ。アンヌ・ハ
ランド女史も、鼻がよく利くといふので、ある香料研究所に雇はれて、どうにかその日の糊口が出来るやうになつた。頭と口とは大分の距離があるので、頭では容易に糊口の出来ない世の中だが、鼻は直ぐ近所にあるので、口を養ふのには都合が善かつたものと見える。或る日の事、この娘が研究所の一室で、ラワンデル香水と他の香油とを混ぜてゐる所へ、ぬつと入つて来たのは、仏蘭西の名高い香料師のシヤラボオ博士だつた。博士は一目見て、この娘の鼻が世にも珍しい働きを有つてる事を見て取つた。で、色々と勧めて、巴里に連れて帰る事にした。
博士の仕付で、この娘は、程なく押も押れもせぬ立派な香料師になつた。今では四百種の香料を手もなく嗅ぎ分け、どんな材料を当てがつても、一寸嗅いだばかしで、それから取れる香料を直ぐ判断する事が出来るさうだ。
この女の説によると、人間にはそれ/″\皆持前の香気があるさうだ。その香気をうまく利用する事が出来たら、化粧法は一段と進歩する事だらうし、恋をする人達は、さしづめ有力な材料が一つ殖えた事になる訳だ。
ところが、アンヌはその事実から怖しい発明を企てゝゐる。それは人間の有つてる香気から新しい香料を取らうとする事だ。これが発明出来て、寺内首相に白粉の香気がしたり、嘉悦孝子女史に石油の香気がする事が知れでもしたら、大変な幸福である。何故といつて、この人達は早速自分の香気を化粧品屋に売つて、その金を郵便貯金にする事を知つてゐるから。
演説の用意
11・19(夕)
ウイルソン大統領といへば米国でも聞えた雄弁家であるが、先日の事、仲の善いある友達が、大統領に対つて、
「貴君は名代の演説上手でいらつしやるが、一つの演説を用意なさるのに、どの位の時間が要りますね。」
と訊いたものだ。何事によらず、素人といふものは出来上る時間を訊きたがるもので、もしか画家に対つて、何よりも先に、
「あなた、この画をお仕上げになるのに幾日程お掛りでしたね。」
と訊く人があつたなら、その人がどんな美人であらうと、先づ素人だと見て差支ない。ウイルソンの友達も、いづれは何を見ても鼻を鳴らして感ずる輩だつたに相違ない。
ウイルソンは答へた。
「どの位の時間といつて、それは演説の長さによる事ですからね。」
「いや御尤もの事で。」と質問者はそれだけで何も角も飲み込めたらしい悧巧さうな顔をした。「してみますと、議会での大演説などは、お支度になかなかお手間が取れる事でせうな。」
「いや、さういふ意味ぢやない。」と雄弁家の大統領は上品に口を歪めて笑つた。「一番手間を取るのは、所謂十分間演説といふ奴で、あれを用意するには、正直なところ二週間はかゝりますよ。」
「へい、そんなもので。」質問者は何だか腑に落ちなささうな返事をした。
大統領は言葉を次いだ。
「それから、三十分位の演説だつたら、先づ用意に一週間といふ所です。もしか喋舌れるだけ喋舌つてもいいといふのだつたら、それには準備なぞ少しも要りません。今直ぐにと言つて、直ぐにでも喋舌れます。」
素人よ、もしか感心する必要があつたら、演説でも、文章でも、成るべく短いのを選んだ方が無難だ。早い話が、女房の諷刺にしても、手短な奴にはちよい/\飛び上る程痛いのがある。
広業と鰕
11・20(夕)
ある時ずんぐり肥つた、鼻先の酸漿のやうに赤い男が玄関に入つて来た。
「一つ画がお頼み申し度くて上りました。お差支が無かつたら、ちよつくら先生にお目に懸り度いもんですな。はい、ちつとばかし註文がございますんで……」
その男は出来るだけ言葉を叮嚀にしようとして、漸とこれだけの事を言つた。
広業氏は、客を座敷に通して、その註文といふものを訊いてみた。客は酸漿のやうな鼻先に大粒の汗をかいて居た。
「外でもありません、御註文と申しますのは、海のなかにかう島が二つ並んでるところなんですな、島が二つ……」
と言つて、客は大きな握り拳を二つ自分の鼻先に列べてみせた。
「成程島が二つ……」広業氏はコロツケのやうな島を二つ目の前に描き出した。「ところで、その島には松でも生やすのですか。」
「はい、松でも、桜でも、それとも玉蜀黍の樹でも一向差支ありません。」と客は平気な顔をして言つた。「さうして、その島の向うに初日の出の見えるところを描いて戴きたいのです。」
「島が二つ並んで、向うに初日の出……すると先づ、二見が浦といつたやうな所なんですね。」
広業氏は笑ひ笑ひ言つた。この画家は、今日まで二見が浦から少からぬ画料をあげてゐるので、内々この島の地主の積りで居たのかも知れなかつた。
「はい、その二見が浦なんで。」と客は立続けに二度ばかしお辞儀をした。そして禿げかゝつた額際を暴に掻きながら「その二見が浦の真中から、海老が頭を出して、日の出を拝んでるところを描いて戴きたいんですがね、如何でせう、御都合は。」
「海老が日の出を拝んでる……ははは。」広業氏は覚えず吹き出した。「貴方は商人さんのやうにお見受けするが、何の御商売かな。」
「へへへ……」客は海老のやうに腰を屈めて恐縮した。「実はその、先生、私どもの職業は天麩羅屋なんでしてね。」
天麩羅屋だと聞いては拒む訳にも往かなかつた。広業氏は海老が日の出を拝んでる絵を描いてやつた。――海老を正木美術学校長の似顔に描いたか何うかは知らない、海老と正木氏と――強い者の前では、孰方もよく腰を屈める術を知つてゐる。
新聞記者となる法
11・23(夕)
「それは君止した方がよからうぜ、屹度失敗するに極つてるからね。何故といつて、読者の地盤はもうすつかり開拓されちまつて、君の新聞が入る余地が残つてゐないぢやないか。」
「成程、それもさうだがね、まあ思ひ立つた事だから行つてみるさ。」
フランクリンも幾らか無理と思ひながら、新聞は出すには出した。ところで、その頃新聞といふものが幾つあつたかといふと、広い亜米利加を通じて、たつた二種あつただけだつた。
今の京都大学教授内藤湖南氏が、初めて新聞記者生活に入らうとした時、その先輩にあたる大内青巒氏は何か言つて聞かさなければならぬ羽目になつた。すべて先輩といふものは、後進が世間へ乗り出さうとする時には、得て何か言ひ聞かせたがるもので、そんな時自分にも実行出来兼ねる事を尤もらしく言ひ聞かせる者が、先輩らしい先輩といふ事になつてゐる。もしか、恰好な言葉が思ひ出せなかつたら、そんな折には論語でも開けて見るが可い。論語は他に言つて聞かせるのに、都合の好い事がたんと載つてゐる本である。
大内氏は論語とお経とがごつちやに入つてゐる頭を撫でた。
「すべて新聞記者となる者に三つの心得ておかねばならぬ事がある。第一は借金をせぬ事。第二は喧嘩をせぬ事。第三は最後まで専門を出さぬ事。この三つが巧く守れたら屹度成功疑ひなしぢや。」
内藤氏はこの三箇条を守り袋に入れた積りで記者生活に入つて往つた。そして幾年か経つて気が注いてみると、自分はいつの間にか記者生活を止めて、学者として大学教授になつてゐた。
「喧嘩は滅多にしなかつたが、最後まで出してはならぬ筈の専門で飯を食ふやうにはなるし、加之に今だに借金はたんと残つてるし……」
内藤氏は如何にも先輩にすまないか何ぞのやうに、かう言つて呟いてゐるが、それでも大学の卒業生か何かで新しく記者生活に入らうといふものがあると、
「第一は借金をせぬ事、第二は喧嘩をせぬ事。第三は最後まで専門を出さぬ事。この三つが巧く守れたら、屹度成功疑ひなしぢや。」
と言ひ言ひしてゐる。――成程善い教訓だ、よしんば新聞記者になれなかつたにしても大学教授にはなる事が出来る。
鴈治郎と英国
11・24(夕)
「何しろ英吉利ですからね、豪勢な国でさ、お金が有り余つて、洋犬や三毛猫までみんな財産を持つてるさうですからね……それに事によつたら勲章が貰へるかも知れない。」
俳優を動かすには、どんな場合でも金と勲章との話を持ち出すのが一番効力があるものだ。
「さうだつか、そないえゝ土地やつたら往きまつさ、出し物は何と何とにしまひよう。私『紙治』の炬燵が演つてみたうおまんのやが、英吉利にも炬燵がおまつしやろか。」
鴈治郎は乗気になつて、大きな鼻を衝き出した。
「さあ、有るかも知れませんが、貴方ほんとに往つてくれますか。」
相手は余り安請合なので、心もとながつて駄目を押した。
「往きま、ほんまに往きまんがな。」と鴈治郎は馬のやうな真面目な顔をした。そして次の室に居た女房に声をかけた。「お仙あんたも往きなはれ。」
お仙も二つ返事で英吉利へ渡る事になつたので、櫛引某は安心して帰つていつた。その後で鴈治郎は一ぱし物識らしい顔をして、英吉利では狗も洋服を着てゐるさうだから、汝も是非洋服を着ねばならぬと、女房に言つて聞かせた。
翌る朝鴈治郎は、弟子に買つて来させた世界地図を拡げて、頻りと英吉利の在所を捜してゐた。英吉利は持つて生れた小柄を恥ぢるやうに海の中に小さくなつてゐた。
「おい、誰か早く物尺をもつて来てんか。」
と鴈治郎は大声に怒鳴つた。そして女中の持つて来た物尺を引手繰るやうにして、日本と英吉利との距離を克明に測つてゐたが、暫くすると、地図と物尺とを一緒に其辺に投り出した。
「お仙大変やぜ、英吉利はお前、大阪と東京との二十倍も三十倍も遠方やぜ。」
女房はそれを聞くと、飲みかけてゐた湯呑を膝の上に引繰りかへした。
「そない遠方だつか。そやつたら止めなはらんかいな。」
「止めるとも、私な英吉利いふたら、東京の少し向うかと思うてた。」
女と青年士官
11・25(夕)
独逸の厭世哲学者シヨペンハウエルが、ある時友達の一人と料理屋に上つた事があつた。この哲学者は、生きてゐるといふ事は唯もう苦痛に過ぎないと言つてゐる癖に、人一倍養生はするし、伝染病が流行り出すと、誰よりも先きに住むでる町を逃げ出した程、自分の身体を大事にしたものだ。だから料理屋に上つて、贅沢な皿を註文したからといつて、別段咎め立などしないやうにして貰ひたい。
見ると、直ぐ側の卓子に、お洒落な青年士官が三四人居合せて、軍鶏のやうに胸を反らして、軍鶏のやうなきいきいした声で何か頻りと軽躁ぎ散らしてゐた。
厭世哲学者はそれを聞くと、額に癇筋をおつ立てて、苦り切つた顔をした。友達はこの哲学者が、平素から女と騒々しいのとが大嫌ひなのを知つてゐるので、独りでやきもきして居たが、そんな事に気を兼ねる程の青年士官では無かつた。哲学者は冷たい眼でじろり隣席の軍鶏を睨み/\してゐたが、黙つて懐中から金貨を一つ取り出して、かちりと卓子の上に置いた。
哲学者は言葉少に、友達と向き合つた儘、幾皿かの料理を平げてしまふと、先刻卓子に置いた儘の金貨を取上げて、又懐中にしまひ込んでしまつた。それを見た友達は理由を訊かないでは済まされ無かつた。
「君、その金貨は何うしたんだね、先刻から訊かう訊かうと思つてたんだが、まさか呪ひぢやあるまいね。」
「呪ひぢやない、寄附金さ。」と哲学者はいつもの皮肉な調子で言つた。「私は今時の士官が、女と馬と昇級の事以外に、何でもいいから談話をするものがあつたら、喜んでこの金貨を慈善事業に寄附したいと思つてたんだがね……」とまたじろりと佩刀を下げた軍鶏の方を見かへつた。「ところが、奴さん達、御覧の通りの始末でとんと私を慈善家にする機会を与へて呉れない。」
祇園の空を飛んだ若い飛行将校よ、あの折シヨペンハウエルが万亭の二階で流連をしてゐなかつたのは君に取つて勿怪の幸福であつた。さもないと、君は軍法会議の代りに、厭世哲学を聞かなければならなかつたかも知れない。厭世哲学は若い者にとつて、どんな刑罰よりも苛酷である。
臆病な象
11・26(夕)
chacanas といふ動物が、三浦観樹爺さんのやうな顔をしてるか、どうかは知らないが、あの爺さんに似たり寄つたりの悪戯者だと見えて、象が昼寝でもしてゐると、あの長い鼻を伝つて、ちよろちよろと背に駈けのぼり、錐のやうな鋭い爪でもつて皮に傷をつけ、そこから毒を注して、終ひには象を斃死させるやうな事を仕出来すのだ。
象はこの悪戯者が背に這ひ上つたと気がつくと、鼻を揮りまはして、大暴れに暴れ出すが、chacanas はそんな事には少しも驚かない、象が怒れば怒るほど、しつかり背に噛りついて離れない、そして鋭い爪でもつて、段々ふかく食ひ込んで往くのだ。
鼠の外貌がこの悪戯者に似てゐるのは、飛んだ幸福で、名もない、ちんちくりんな野鼠までが長い口髯を捻りながら、象を脅かす事が出来るのだ。
象はあの大きな図体でゐてよくいろんな物を怖がる。むかし徳川の八代将軍の頃和蘭人が象を連れて来た。誰よりも先きに将軍家に御覧に入れなくつちやといふので、象は引張られて常磐橋からお城に入らうとした。
象だの、荷車だのといふものは、よくお役人の手技りの穴へ脚を突込むもので、その頃常磐橋にも橋板のひどく損じた所があつた。象は危くそこへ片足を踏込んで、横つ倒しに倒れた。そしてニコラス皇帝のやうな悲しさうな顔をして涙ぐんだ。
漸と助け上げられて、象は無事に将軍家にお目に懸る事が出来た。その折象はお役人の手抜りを直訴しようとまで思つたらしいが、役人といふものは chacanas よりも長い爪をもつてる事を思ひ出したので、すつかり絶念めてしまつた。
それからといふもの、この象は橋を見る度に、ひどく物恐れをして、どうかすると尻込みをしたさうだ。象のため断つておくが、橋を怖れたのではない、こはいのはお役人の手抜りなのである。
「,」の価二百万弗
11・28(夕)
いつだつたか、同国の政府が、外国産の果樹を成るべくどつさり移植して、かうした果物の供給で、余り外国に金を払ひたくないといふので、外国産の果樹輸入は無税にするといふ海関税法を拵へた事があつた。
芭蕉実や蜜柑を廉く食はうといふには、こんな結構な規則は滅多に無かつた。肝腎の法文を印刷する場合に、どう間違つたものか外国産の果樹といふ“Foreign fruit plant”といふ言葉のなかに、句読点が一つ挿まつて、“Foreign fruit, plant”となつて、そのまゝ世間に公布せられてしまつた。
さあ、政府では外国産の果物を無税にしたといふので蜜柑や、葡萄や、レモンやバナナといふやうな果物が、大手を振つてどん/\入つて来た。それと気づいた政府が法文を訂正するまでには、関税の収入がいつもより雑と二百万弗少くなつてゐたさうだ。
句読点といへば、ある時近松門左衛門の許に、かねて昵懇の珠数屋が訪ねて来た。その折門左は鼻先に眼鏡をかけて、自作の浄瑠璃にせつせと句読点を打つてゐた。珠数屋はそれを見ると、急に利いた風な事が言つてみたくなつた。
「何やと思うたら句読点かいな、そんなもの漢文には要るかも知れへんが、浄瑠璃には要らんこつちや、つまり閑潰しやな。」
門左はひどく癪に障へたらしかつたが、その折は唯笑つて済ました。それから二三日過ぎると、珠数屋あてに手紙を一本持たせてやつた。珠数屋は封を切つてみた。手紙は珠数の註文で、なかにこんな文句があつた。
「ふたへにまげてくびにかけるやうなじゆず。」
珠数屋は「二重に曲げて首に懸けるやうな」とは、随分長い珠数を欲しがるものだと、早速そんなのを一つ拵へて持たせてやつた。すると、門左は註文書に違ふと言つて、押し返して来た。
珠数屋は蟹のやうに真赤になつて、皺くちやな注文書を掴むで門左の許に出掛けた。門左はじろりとそれを見て、
「どこにそんな事が書いてあるな、二重に曲げ手首に懸けるやうな、とあるぢやないか。だからさ、浄瑠璃にも句読法が要るといふんだよ。」
大観氏と上方舞
11・28(夕)
東京が代表する官僚的思想に対して、いつの場合でも反抗的、もしくは偶像破壊的な新運動を起すものは大阪である。典型的な文展に対して、大阪が同情し、後援すべき画風がありとすれば、それは独創を尚び、研究の自由を唱道し、兼ねてまた反抗的精神に富むでゐる美術院一派でなくてはならぬといふのが、会の主人側の意見であつた。
その夜富田屋の里栄は、起つて地唄の『雪』を舞つた。仏蘭西の象徴派詩人の作にあるやうな、幽婉な、涙ぐましいこの曲の旋律は、心もち面窶れのした妓の姿に流れて撓やかな舞振を見せた。
側目も振らず、じつとそれに見とれてゐた大観氏は、舞がすむと里栄を傍に呼んで、咎め立でもするやうに訊いた。
「結構な出来だつたね。大阪にはあんな結構な舞があるのに、何だつて花柳とか、藤間とか東京風の真似ばかりするんだね。」
「それはお客さんが悪うおまんね。」里栄も負けては居なかつた。「山村は陰気くさいよつて、何か、ぱつとした東京風の派手な踊が見たい/\言ははりますさかいな。つまり私らはお客さん次第だんがな。」
大観氏は空つぽの盃を唇にあてた。妓は慌てて銚子をとり上げた。
「そんなお客だつたら、君達が教育してやつたら可いだらう、山村の妙が解るやうに。」
妓は金糸雀のやうに口を窄めて笑つた。
「そやかて、先生、今時のお客さんは、東京の学校を出やはるもんやさかい、みんな東京贔屓だんがな。」
「そんな奴には舞つてみせなくとも可い。」大観氏は叱るやうに言つた。そしてくしやくしやの頭をぽりぽり掻いた。「解らん奴に何だつて見せる必要がある。きつぱり拒つちまへ、見る人が無かつたら、一人で舞ふまでさ。」
内証で大観氏と里栄とに教へる。こゝにお座敷のお客達に黙つて上方舞を見惚れさせる一つの秘方がある。それは山村に感心したお客には一幅宛大観氏の画を褒美として取らせるといふ事だ。今時のお客は景品がつくと、どんなものにでも感心する事を知つてゐるから。
珈琲一杯
11・30(夕)
鼠骨氏はこの三十分を何に費つたものかと考へた。丁度三十分だ。新聞を読むには、十分ばかし時間の端太が出る。女一人を口説くには幾ら短く見積つても卅五分はかゝる。一番都合のよいのは、珈琲でも飲んで欠伸をする事だ。
「さうだ、珈琲を飲まう、そしてゆつくり欠伸でもするんだな。」
鼠骨氏はかう思つたので、停車場ホテルに上つて珈琲を一杯註文した。
暫くすると、少僮は珈琲を持つて来た。鼠骨氏は鼠のやうな口もとをして匙を含んだ。そして湯気の立つた珈琲皿をかちかち鳴らしながら、漸と一杯を啜つてしまふと、指を立てて少僮を呼んだ。
「不味いね。欧羅巴の戦地ででもなくつちや、こんな珈琲は飲めないよ。」鼠骨氏はたつた今欧羅巴の戦場から来たやうな表情をして、少僮の顔を見た。「ところが、生憎ここは日本でね。」
「へへへ……」少僮は口を歪めたまゝ、珈琲皿を受取つてなかを覗き込んで見た。不味い珈琲はたつた一雫も残つて居なかつた。
それから一月ばかり経つて、鼠骨氏はまた同じホテルに入つて往つた。そして少僮が持つて来た珈琲を一口啜つて、軽く舌打をした。
「うまい、……馬鹿にうまい珈琲だね。」
それを聞くと、少僮はじろじろ鼠骨氏の顔を見て言つた。
「でも、先日あるお客様は、欧羅巴の戦地ででもなくつちや、こんな珈琲は……」
「よしよし。」と鼠骨氏は苦笑ひをしながら、銀貨を卓子の上において、これからまた欧洲戦にでも出掛ける者のやうに、慌てて出て往つた。
手品師と蕃山
12・1(夕)
一体大名や華族などいふものは、家老とか家扶とかの手で始終上手な手品を見せつけられてゐるものなのだが、備前少将は案外眼の明るい大名だつたので、用人達もこの人の前では、
「二二が六」
と手品の算盤珠を弾いて見せる訳に往かなかつた。で、少将は一度手品といふものが見たくて堪らなかつたのだ。
手品師は恐る/\御前へ出た。夏蜜柑のやうな痘痕面をした少将の後には、婦人のやうな熊沢蕃山や津田左源太などが畏まつてゐたが、手品師の眼には顔の見さかひなどは少しも附かなかつた。大勢の顔が風呂敷包のやうに一塊になつて動いた。
手品師は小手調べに二つ三つ器用な手品を見せた。それから金魚釣といつて、居合はせた小姓の懐中から金魚を釣り出さうといふ自慢の芸にとりかかつた。
小姓は気味を悪がつて、小さな襟を掻き合はせたりした。手品師はさつと釣針を投げて勢よく小姓の襟先を掠めて、それを引き上げたが、釣針の先には何もかかつて居なかつた。
手品師は慌てて、二度三度同じ事を繰り返したが、その都度手先が段々粗忽つかしくなるばかりで金魚は少しも釣れなかつた。そして終ひには、金魚の代りに小姓の前髪を釣り上げた。小姓は鮒のやうに泳ぐやうな手附をした。それを見て一座は声を揚げて笑つた。
手品師は真赤になつて畳の上に這ひ踞つた。額からは油汗がたら/\と流れた。
「これまで一度だつて仕損つた事のない手品なので御座いますが、今日はまた散々の不首尾で、お詫の申上げやうも御座りません。」手品師は子供の掌面で蝉の泣くやうな声をした。「私めの考へまするにはこのお座敷には人並秀れた偉い御器量のお方が居らせられますので、それでどうも手品が段取よく運ばないやうに存じられまする。」
備前少将はそれを聞くと、にやりと軽く笑つた。後の方では蕃山と左源太が腹のなかで頷いたらしかつた。
手品師め、手品には失敗つたが、巧い事を言つたもので、少将と蕃山と左源太とは、各自腹のなかでは、「その偉い器量人は多分乃公だな。」と思つたらしかつた。この人達にだつて自惚は相当にあつたものだ。金魚は釣れなかつたが、手品師は素晴しい物を三つ釣り上げてゐる。
杏の木
12・2(夕)
「医者は謝礼なぞ貪るべきものではない。」
と大阪医科大学の一室で客を相手に医学博士長崎仙太郎氏は言つた。博士は目薬の瓶のやうに小柄で、加之に目薬の瓶のやうに髯を有つてゐない。
「君は知つとるか知らないが、往時支那の廬山に何とか言つた医者があつた……」
博士は例の癖で室の隅つこを見詰めながら、その医者の名を考へた。
「さうだ確か董奉とか言つたつけ、董は艸冠に車といふ字だつたやうに思ふ、そんな字があつたつけな……」
博士は独語のやうに言つて、頭へ手をやつた。
客はそれを聞いて、物に無頓着な自分の友達が、ある時
といふ字を書いて「きつね」と振仮名をつけてゐた事を思ひ出した。
は「きつね」ぢやない、「こほろぎ」だと教へると、その男は
になつて、「だつて
が居る処には狐も居ようといふものぢやないか。」と言つた事があつた。長崎博士もそんな一人に相違なかつた。
博士は
のやうに真面目臭つて言葉を続けた。「その董奉といふお医者は、重病人の癒つたのには杏の木を五本、軽いのには一本をお礼代りに持つて来て植ゑさせる事にした。ところが、暫くすると其辺一杯に杏の林が出来た。で、後には医者の事を杏林といふやうになつたのだが、しかし……」
博士は杏でも食べたやうに急に口を窄めた。そして其辺に聞えないやうに一段と声を低めた。
「しかし今時のお医者さんは、杏の木位ではなかなか承知すまいて。」
杏の木の講釈なら今では誰もよく知つてゐる。唯医者の返礼にあの木を使はないのは、尋でに地所をつけてくれと言はれるのが怖いからだ。
菅原道真の子供
12・3(夕)
何でもその説によると、地獄にはその頃人間が総てで四千八百六十六万六千三百二十二人居た事になつてゐる。太古からその年代までの人数を数へ立てたら、随分な数に上るだらうが、その残りが皆天国に居るとすると、神様のお裁きも、かなり善い加減なものと言はなければならない。それにしてもその独逸人が、どんな方法で、地獄の市勢調査をやつたかは、その女房すら知らなかつたといふ事だ。女房に知らさないで何か知ら出来る亭主が居たら、それは偉い男で、この意味において件の独逸人は英雄である。
むかし宝暦の頃、江戸に菅大助といふ書肆が居た。ひどい歴史好きで、自分でも書を拵へたが、菅原道真の伝記を書く段になつて、この人に廿四人子供が居て、そのなかで名前が知れてゐるのは五人しか無いのを甚く気苦労に病んだ。
道真にしても世間の手前もあらうものを、二十四人とは少し産み過ぎたやうだ。この人は夙くから書をかいたり、詩を咏んだりして居たさうだが、外の方面にも相応早熟だつたものと見える。大助は残りの十九人の名前を調べ出さなければ、天神様に済まぬとでも思つたものか、色々な書を渉猟つてみた。だが、多くの大事な事を捜す場合と同じやうに書には何一つ書いてなかつた。
大助はとうと善い事を発明した。それは狐憑きを呼んで来て、神下しをかけて、一々名前を訊き出すといふ事だ。大助は狐憑きの言ふが儘に、ちやんと十九人の名前を書きとめたものだ。それを聞いた塙検校は、
「人間に判らぬ事が狐に判らう筈がない。」
と言つて、鼻の上に皺を寄せて笑つたさうだが、それは検校が間違つてゐる。人間に判らぬ事は、神様や狐に聞くべきで、神様が名代の沈黙家である以上、狐にでも聞かなければ仕方がない。唯狐がたわいのない嘘吐きであるのは、人間の拵へた古記録と無軒輊である事さへ知つてゐればそれで善い。
内蔵之助と延若
12・5(夕)
「一度小山田を演らしとくなはれ、思ふ存分に演りますよつて。」
延若は仕打の白井松次郎の顔を見ると、いつもかう言つたものだ。用心深い白井は、横着者の延若の言草だけにおいそれと直ぐには承知しなかつた。
「何故そないに小山田が演り度うおすのや、外にも善い狂言がたんとおすやおへんか。」
「私小山田が討入前といふ大事な晩やのに、ついふらふらと湯女の許へ往た、あの余裕のある気持が気に入つてまんね。」延若は長い顎をしやくつて、懐中にしまひ込んであつた右の手を出してちやんと膝の上に置いた。その手は女の心の臓を握るには少し頑丈過ぎる程肥つてゐた。「それから、翌る朝起きぬけに義士の引揚を見て、大石を痛罵する所がおまつしやろ、那処を演つてみたうおまんね。」
「滅相な、そないとこ演つて貰うて溜りまつかいな。大石さんは貴方、武士道の神やたら言ふやおへんか。」
と仕打は呆気に取られたやうに言つた。そして精々大石の友達ででもあるらしく、真面目に苦り切つた顔をしたが、幾らか面附が歪んで見えた。
「武士道かてよろしおまつしやろ。」延若も負けては居なかつた。「大石さんが武士道なら、私らは役者道だすさかいな、何演つたかてよろしおまんがな。」
仕打は蟇のやうな口もとをしたが、急に笑ひ出した。
「そない言はんと、まあ考へとみやす。私にしても、貴方にしても、これまで大石さんには、たんとお金を儲けさせて貰うてまつしやろ、それを今更……」
「あゝ、さうだつか……そやつたら貴方のは商人道や……」
延若は山雀のやうな声を立てて笑つた。そして小山田庄左衛門はその儘になつた。
倫敦で仇討
12・9(夕)
児玉氏が訪ねて往つた家に、鉄道院の大道良太氏の実家があつた。恰ど夏の事で、大道氏は大学の制帽を被つて帰つて来てゐた。そして商業学校の実習生が物売りに来たといふ事を聞くと、飛んで玄関へ出て来た。
「君かい、商業学校の実習生つていふのは。」大道氏は横柄な口をきいた。そして胡散さうにじろ/\児玉氏の荷物を覗き込んだ。「なんだ、石鹸に白粉に、歯磨粉か。けち臭い物を扱つてるぢやないか、君も未来の商人にならうていふのなら、こんな小売商人の真似なぞ止して、早く外国へでも踏み出すんだね。」
児玉氏はそれを聞くと、唖のやうに黙つて荷物を包みにかゝつた。「お為めのいい」石鹸は眇のやうな眼附で、利いた風な事を喋舌る大学生の顔を見てゐた。
その後七八年経つた。大道氏は大学を出て鉄道院に入り、児玉氏は商業学校を出て三井物産に入つた。そして都合よく倫敦支店に派遣せられて、外国へ踏み出す事になつた。
児玉氏が倫敦で一つぱしの英国通になつた頃、大道氏は鉄道院から派遣せられて、初めて倫敦へやつて来た。知合の誰彼が発起で、ある晩歓迎会が催された。児玉氏も勧められて出席したが、お客の顔を見ると吃驚した。そして次ぎの瞬間には、来て先づ善い事をしたと思つた。
一頻り酒が廻つた頃、児玉氏はづかづかと席を立つて大道氏の前へ往つて顎を突き出した。
「大道君、僕の顔に見覚えがあるかい。」
大道氏は眼をくしやくしやさせて、相手の顔を見た。
「いや、覚えがない、誰だつたつけね、君は。」
「君に覚えが無くても、僕の方には覚えがあるんだからね。」と児玉氏は卓子を間に馬のやうに齦をむいで見せた。「七八年前僕が滋賀商業の実習生で、君の家へ行商に往つたら、君は僕の石鹸を石ころか何ぞのやうに貶しつけて、加之に僕に外国行を勧めて呉れたつけが、お蔭で僕は君よりも早く外国の土を踏んだよ。」
児玉氏はかう言つて、自分の脚の下が、外国の土地である事を確めるやうに、二三度床板を履の踵で蹴飛ばした。
大道氏は機関車のやうに鼻嵐を吹いて真紅になつてゐたが、まあ仕合せと脱線もしないで済んだ。
独山和尚
12・10(夕)
「和尚様、何でも結構どすが、手前にも一つ描いて戴けまへんやろか。」
と、頭を下げて頼むものがあると、和尚は誰にでも直ぐ、気持よく描いて呉れる。
倹約な京都人は、他の描いてくれたものを、自分で観て娯しむやうな贅沢な事はしない。何がしかの金銭になるものなら、金銭にしないでは置かないのは京都人の持つて生れた気質で、さういふ所から和尚は色々な展覧会で自分が画いて呉れた山水が相応高い値段で売物になつてゐるのを見る事がよくある。そんな折には、和尚は定つたやうに自分でそれを買戻して、一々残らず引き裂いて捨ててしまふ事にしてある。結構な事で、他様に高い金銭を払はす程の代物でない事をよく知つてゐるのだ。
和尚は多くの禅僧と同じやうに酒が大好きだ。先日の晩、京都の大通岡本橘仙氏が、友達と一緒に和尚を相国寺に訪ねた事があつた。用事が済むと、和尚は待ち兼ねてゐたやうに、
「彼方に酒の用意がしてある筈ぢや、迷惑ぢやらうが、暫く附合つとくれ。」
と、二人が酒の肴ででもあるやうに、顔を見比べてにやにや笑つた。実際禅寺の坊さんなどいふものは、お客を小芋の煮転ばし位にしか思つてゐないものなので、それをよく知つてゐる橘仙氏は急に逃げ腰になつた。
和尚は他の迷惑などは少しも気にしなかつた。
「さ、参らう、手間は取らせんから。」
と言つて先に立つた。奥の室に燈火の用意の無い事を知つてゐる橘仙氏は、そこにあつた燭台を手に取つた。
「それぢや折角ですから御馳走になりませう。」
かう言つて後に蹤いて往つた。
和尚は勝手を知つた室だけに、先きへ入つて暗闇のなかに蝦蟇のやうに胡坐をかいてゐた。そして膝小僧を抱へ込んで達磨の事や胡瓜の事を考へてゐたが、いつ迄待つてみてもお客が入つて来ないのに不審を起して、不承無精に出掛けてみると、お客は二人とももう寺には居なかつた。そして広い玄関の室に消え残つた燭台が睡さうにぱちぱち瞬きをしてゐた。
その後ある茶会で、和尚は橘仙氏の顔を見ると言つた。
「岡本さん、あんたは却々食へん男ぢやな。」
折悪しく、橘仙氏はすつかり燭台の一件を忘れてしまつてゐたので変な顔をした。そしてその日の夕方漸とそれを思ひ出したので、態々相国寺の方へ向いて、声を出して笑つた。
天麩羅と天国
12・12(夕)
ある時友達の一人が訊いた事があつた。
「そんなにお説教ばかししてゐると、天国では屹度持てるだらうな。」
「さあ、それぢやて。」とバアナムは牛のやうな悲しさうな眼つきをして自分の身体を見まはした。「僕も天国へは上りたいんだが、この図体ぢや迚も上りきれまいと思つてね。」
淫書刊行で世間の噂に上つた湯浅吉郎氏が、聖書学者としてまだ同志社に関係してゐた頃、友達の中に頻りと耶蘇教を説いて廻つた事があつた。
「耶蘇教もいゝさ。まあ早く言つたら生命保険に入つたやうなもんでね。」と湯浅氏は猫のやうな円い掌面で頤を撫でまはした。「死んでみて、もしか天国があつたら、信者のお蔭で昇天を許されるし、よしんば無かつたところで損は往かないんだからな。」
湯浅氏はこんな風に耶蘇教を吹聴したものだ。
ある時同じ口調で箏曲家の鈴木鼓村氏に伝道をした事があつた。鼓村氏は年中貧乏で、どこの町へ住むでも家主に苦い顔を見せられ通しだつたので、天国が噂通り結構なところなら、今の内に一つ立派な家を予約して置きたかつた。
「湯浅君、天国にもやつぱり家主といつたやうなものがあるのかい。」
「そんな者はない。」湯浅氏は天国の支配人のやうな確りした調子で言つた。「つまり、早いもの勝ちなんだね。」
鼓村氏は天国といふ所は猿芝居の掛小屋のやうなものだなと思つた。で、今度は内証事のやうに声を低めて訊いた。
「天国には天麩羅があるかい。」
「なに、天麩羅だつて。」湯浅氏は変な顔をした。「麺麭に葡萄酒なら確にあるが、天麩羅は無いかも知れんな。」
鼓村氏はがつかりしたやうに言つた。
「さうか、天麩羅が無いんぢや、僕は天国は厭だな。まあ、止しとくとしよう。」
鼓村氏は狐のやうに天麩羅さへあつたら、動物園の檻のなかにでも棲む事が出来る男なのだ。
馬が悪い
12・14(夕)
大膳は何を考へるともなし馬の手綱を取つてゐた。馬は牝の事を考へてにやにやしてゐた。ふと気が附くと、直ぐ眼の前を美しい女が歩いてゐる。
「いゝ女だな。どこの娘だらうて。」
大膳はその一刹那に自分が独身者であるのを大層幸福に思つた。――独身者といふものは結構なもので、どんな聖母とでも、乞食とでも結婚する事が出来る。
大膳は女の後姿に見惚れながら、じつと手綱を掻い繰つてゐたが、暫くして四辺を見ると、今通りかゝつてゐるのは、ついぞ見も知らぬ町で、友達の家とは反対の方角だつた。
「はてな、何うしてこんな所へ出て来たらう。」
大膳は鞍の上で独語を言つたが、その次ぎの瞬間に馬が勝手に女の後をつけてゐるのに気がついた。馬は鞍の上の主人には頓着なく、ずんずん女の後を追つて往つた。
暫くして女は遊女町に入つた。そしてとある一軒の洒落れたお茶屋に入つたので、初めてそれが遊女である事が判つた。馬と主人とはお茶屋の門先に立つて残り惜しさうに内部を覗き込むでゐた。
それから大膳は遊女買を始めた。そしてせつせとその女の許に通ひつめたが、暫くすると金に詰まつて来た。
「困つたな、いい金の蔓は無いものか知ら。」
太膳は思案に苦しんで、馬に相談してみたが、馬は何にも言はないで首をふつた。大膳はやがてその馬をも手離してしまつた。馬を売つた金は十日とは残つてゐなかつた。
「切支丹へ入らう、さうすれば何許かの金になるさうだから。」
大膳は金が欲しさに切支丹に入つた。そして貰つた金で、こつそり神様に隠れて遊女屋通ひを続けてゐた。
そのうち切支丹が法度になつて、信徒は皆火炙にせられた。大膳もその数には漏れなかつた。
「俺が悪いのぢやない、馬が悪かつたのだ。」
大膳はかう言つて、炭団のやうになつて焼死んだ。
馬だの、女房だのが悪いと、男はよく酷い目に会ふものだ。
京都と偉人
12・16(夕)
山本氏は教壇の上から、居並んだ生徒を見下した。生徒は蛙の子のやうに臍なぞ持つて居ないやうな顔をして、几帳面に膝の上に手を置いてゐた。
「どうも京都人は意気地が無くつて可かん。」山本氏は一段と声を張りあげた。「その証拠には、京都からは偉い人物といつては少しも出て居らん。奈翁は百戦百勝の英雄だつた。ニウトンは地球の重力を発明した。カントは素晴しい哲学の本を書いた。ベエトオヴヱンは聾になつた。ミレエは腹が減つて饑いと言つた。そしてこれらの偉い人物は、誰一人京都から出はしなかつたぢやないか。」
山本氏は京都人の饗応が悪かつた許りに奈翁やミレエが仏蘭西へ逃げ出したやうに言つて、京都生れの生徒を責め立てた。生徒達は済まなかつたやうに、そつと溜息を吐いて、先生の厳つべらしい顔を見た。
山本氏は石版摺の奈翁のやうに、腰に拳をあてがつて、ぐつと反身になつて教壇をあちこちした。
「それとも京都から出た人にもつと偉い人があるとでも思つてゐるのかい、諸君は。」
山本氏はかう言つて、じつと蛙の子の頭を見た。
「あります。」蛙の子の一人がいきなり突立つて答へた。
「誰だ、誰だね、早く言つてみなさい。」
と山本氏は肩を聳やかすやうな真似をした。
「申すには申しますが、余り恐れ多うて……」
生徒はかう言ひさして身体を真直にした。
「判つた。判つた。後はもう言はんでもいい。」教壇の上の奈翁は、両手をちやんと揃へて鉛筆のやうに棒立になつた。そして泣き出しさうな声で言つた。「成程京都からもお偉い方が出てゐられる。」
女とお薬
12・17(夕)
エデイソンは発明も好きだが、発明の次ぎには戯談も好きだつた。今自分の実験室に入つて来た女の、高慢ちきな顔を見ると、例の癖がむつくり頭を持ち上げて来た。
「お嬢さん。」と発明家は女に呼びかけた。「申し兼ねますが、一寸貴女のお舌が拝借出来ますまいか、私の舌はいろんな実験ですつかり痺れつちまつて、一向味が解らなくなつてるもんですからね。」
若い令嬢は黙つて頷いてみせた。耳の遠いエデイソンには言葉をかけるよりも頷いてみせた方が解り易かつた。令嬢は舌の先でこの発明家の事業を輔ける事が出来たなら、こんな結構な事はないと思つてゐたのだ。エデイソンは小匙で乳鉢の薬料を一寸しやくつた。女は牛乳を欲しがる小猫のやうに、美しい舌の先を出してその薬料を受取つた。
「どんな気持がしますか。」
発明家は相手の顔を覗き込むやうにして訊いた。女は変に唇を歪めて何にも答へなかつた。
「すつと好い気持でせう。」
女は黙つて首を掉つた。
「ひりひり舌を刺しはしませんか。」
「違ひます。」女は漸と返事をした。
「はてな。」と発明家は態と小首をかしげた。「そんな筈は無いんだが、それぢやどんな味がしますね。」
「まあ、どんなに苦かつたでせう。」
女は口一杯煙草の脂を頬張つた蟇のやうな口もとをした。
「そんなに苦かつたですか。いや、何うも有難う。」
発明家はにやにや笑ひ突ひ、一寸頭を下げた。
「先生、それ一体何のお薬なんですの。」
令嬢は無気味さうに訊いた。
「解りませんな。それを今私が研究中なんです。」発明家はまた乳鉢を手にしながら言つた。「だが、ある男なぞは、この薬で馬を百匹も殺したと言ひますよ。」
「まあ、そんなお薬……」
令嬢はキヤベツのやうに真つ青になつてしまつた。
エデイソンはそれを見て嬉しさうに笑つてゐた。