あらすじ
旧暦の六月二十四日の晩、北上川のほとりの松林で、梟たちが集まり、一羽の老いた梟が説法をしています。その説法は、鳥として生きる哀れさと、苦しみから逃れる道について説き、聞き手の梟たちは熱心に耳を傾けます。やがて夜が更け、満月が昇り、林は幻想的な光に包まれます。しかし、その中に、人間の家に捕らわれた一羽の小さな梟、穂吉の姿はありません。
        *

 旧暦(きゅうれき)の六月二十四日の晩でした。
 北上(きたかみ)川の水は黒の寒天よりももっとなめらかにすべり獅子鼻(ししはな)は微(かす)かな星のあかりの底にまっくろに突(つ)き出ていました。
 獅子鼻の上の松林(まつばやし)は、もちろんもちろん、まっ黒でしたがそれでも林の中に入って行きますと、その脚(あし)の長い松の木の高い梢(こずえ)が、一本一本空の天(あま)の川(がわ)や、星座にすかし出されて見えていました。
 松かさだか鳥だかわからない黒いものがたくさんその梢にとまっているようでした。
 そして林の底の萱(かや)の葉は夏の夜の雫(しずく)をもうポトポト落して居(お)りました。
 その松林のずうっとずうっと高い処(ところ)で誰(たれ)かゴホゴホ唱えています。
「爾(そ)の時に疾翔大力(しっしょうたいりき)、爾迦夷(るかい)に告げて曰(いわ)く、諦(あきらか)に聴(き)け、諦に聴け、善(よ)くこれを思念せよ、我今汝(なんじ)に、梟鵄(きょうし)諸(もろもろ)の悪禽(あくきん)、離苦(りく)解脱(げだつ)の道を述べん、と。
 爾迦夷(るかい)、則(すなわ)ち、両翼(りょうよく)を開張し、虔(うやうや)しく頸(くび)を垂れて、座を離(はな)れ、低く飛揚(ひよう)して、疾翔大力を讃嘆(さんたん)すること三匝(さんそう)にして、徐(おもむろ)に座に復し、拝跪(はいき)して唯(ただ)願うらく、疾翔大力、疾翔大力、ただ我等(ら)が為(ため)に、これを説きたまえ。ただ我等が為に、これを説き給(たま)えと。
 疾翔大力、微笑(みしょう)して、金色(こんじき)の円光を以(もっ)て頭(こうべ)に被(かぶ)れるに、その光、遍(あまね)く一座を照し、諸鳥歓喜(かんぎ)充満(じゅうまん)せり。則ち説いて曰く、
 汝等(なんじら)審(つまびらか)に諸の悪業(あくごう)を作る。或(あるい)は夜陰(やいん)を以て、小禽(しょうきん)の家に至る。時に小禽、既(すで)に終日日光に浴し、歌唄(かばい)跳躍(ちょうやく)して疲労(ひろう)をなし、唯唯(ただただ)甘美(かんび)の睡眠(すいみん)中にあり。汝等飛躍してこれを握(つか)む。利爪(りそう)深くその身に入り、諸(もろもろ)の小禽、痛苦又(また)声を発するなし。則ちこれを裂(さ)きて擅(ほしいまま)に※(「口+敢」、第3水準1-15-19)食(たんじき)す。或は沼田(しょうでん)に至り、螺蛤(らこう)を啄(ついば)む。螺蛤軟泥(なんでい)中にあり、心柔※(「車+(而/大)」、第3水準1-92-46)(にゅうなん)にして、唯温水を憶(おも)う。時に俄(にわか)に身、空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱(もんらん)声を絶す。汝等これを※(「口+敢」、第3水準1-15-19)食するに、又懺悔(ざんげ)の念あることなし。
 斯(かく)の如(ごと)きの諸(もろもろ)の悪業、挙げて数うるなし。悪業を以ての故(ゆえ)に、更(さら)に又諸の悪業を作る。継起(けいき)して遂(つい)に竟(おわ)ることなし。昼は則ち日光を懼(おそ)れ又人及(および)諸の強鳥を恐(おそ)る。心暫(しばら)くも安らかなるなし、一度(ひとたび)梟身(きょうしん)を尽(つく)して、又新(あらた)に梟身を得(う)、審(つまびらか)に諸の苦患(くげん)を被(こうむ)りて、又|尽ることなし。」
 俄かに声が絶え、林の中はしぃんとなりました。ただかすかなかすかなすすり泣きの声が、あちこちに聞えるばかり、たしかにそれは梟(ふくろう)のお経(きょう)だったのです。
 しばらくたって、西の遠くの方を、汽車のごうと走る音がしました。その音は、今度は東の方の丘(おか)に響(ひび)いて、ごとんごとんとこだまをかえして来ました。
 林はまたしずまりかえりました。よくよく梢をすかして見ましたら、やっぱりそれは梟でした。一疋(ぴき)の大きなのは、林の中の一番高い松の木の、一番高い枝(えだ)にとまり、そのまわりの木のあちこちの枝には、大きなのや小さいのや、もうたくさんのふくろうが、じっととまってだまっていました。ほんのときどき、かすかなかすかなため息の音や、すすり泣きの声がするばかりです。
 ゴホゴホ声が又起りました。
「ただ今のご文(もん)は、梟鵄(きょうし)守護章というて、誰(たれ)も存知の有り難(がた)いお経の中の一とこじゃ。ただ今から、暫時(しばし)の間、そのご文の講釈を致(いた)す。みなの衆、ようく心を留(と)めて聞かしゃれ。折角(せっかく)鳥に生れて来ても、ただ腹が空(す)いた、取って食う、睡(ねむ)くなった、巣に入るではなんの所詮(しょせん)もないことじゃぞよ。それも鳥に生れてただやすやすと生きるというても、まことはただの一日とても、ただごとではないのぞよ、こちらが一日生きるには、雀(すずめ)やつぐみや、たにしやみみずが、十や二十も殺されねばならぬ、ただ今のご文にあらしゃるとおりじゃ。ここの道理をよく聴(き)きわけて、必らずうかうか短い一生をあだにすごすではないぞよ。これからご文に入るじゃ。子供らも、こらえて睡るではないぞ。よしか。」
 林の中は又しいんとなりました。さっきの汽車が、まだ遠くの遠くの方で鳴っています。
「爾(そ)の時に疾翔大力(しっしょうたいりき)、爾迦夷(るかい)に告げて曰(いわ)くと、まづ疾翔大力とは、いかなるお方じゃか、それを話さなければならんじゃ。
 疾翔大力と申しあげるは、施身大菩薩(せしんだいぼさつ)のことじゃ。もと鳥の中から菩提心(ぼだいしん)を発して、発願(ほつがん)した大力の菩薩じゃ。疾翔とは早く飛ぶということじゃ。捨身(しゃしん)菩薩がもとの鳥の形に身をなして、空をお飛びになるときは、一揚(いちよう)というて、一はばたきに、六千由旬(ゆじゅん)を行きなさる。そのいわれより疾翔と申さるる、大力というは、お徳によって、たとえ火の中水の中、ただこの菩薩を念ずるものは、捨身大菩薩、必らず飛び込(こ)んで、お救いになり、その浄明(じょうみょう)の天上にお連れなさる、その時火に入って身の毛一つも傷(きずつ)かず、水に潜(くぐ)って、羽、塵(ちり)ほどもぬれぬという、そのお徳をば、大力とこう申しあげるのじゃ。されば疾翔大力とは、捨身大菩薩を、鳥より申しあげる別号じゃ、まあそう申しては失礼なれど、鳥より仰(あお)ぎ奉(たてまつ)る一つのあだ名じゃと、斯(こ)う考えてよろしかろう。」
 声がしばらくとぎれました。林はしいんとなりました。ただ下の北上川の淵(ふち)で、鱒(ます)か何かのはねる音が、バチャンと聞えただけでした。
 梟の、きっと大僧正(だいそうじょう)か僧正でしょう、坊(ぼう)さんの講義が又はじまりました。
「さらば疾翔大力は、いかなればとて、われわれ同様賤(いや)しい鳥の身分より、その様なる結構のお身となられたか。結構のことじゃ。ご自分も又ほかの一切のものも、本願のごとくにお救いなされることなのじゃ。さほど尊いご身分にいかなことでなられたかとなれば、なかなか容易のことではあらぬぞよ。疾翔大力さまはもとは一疋の雀でござらしゃったのじゃ。南天竺(なんてんじく)の、ある家(や)の棟(むね)に棲(す)まわれた。ある年非常な饑饉(ききん)が来て、米もとれねば木の実もならず、草さえ枯(か)れたことがござった。鳥もけものも、みな飢(う)え死にじゃ人もばたばた倒(たお)れたじゃ。もう炎天(えんてん)と飢渇(きかつ)の為(ため)に人にも鳥にも、親兄弟の見さかいなく、この世からなる餓鬼道(がきどう)じゃ。その時疾翔大力は、まだ力ない雀でござらしゃったなれど、つくづくこれをご覧じて、世の浅間(あさま)しさはかなさに、泪(なみだ)をながしていらしゃれた。中にもその家の親子二人、子はまだ六つになるならず、母親とてもその大飢渇に、どこから食(じき)を得るでなし、もうあすあすに二人もろとも見す見す餓死を待ったのじゃ。この時、疾翔大力は、上よりこれをながめられあまりのことにしばしは途方(とほう)にくれなされたが、日ごろの恩を報ずるは、ただこの時と勇みたち、つかれた羽をうちのばし、はるか遠くの林まで、親子の食(じき)をたずねたげな。一念天に届(とど)いたか、ある大林のその中に、名さえも知らぬ木なれども、色もにおいもいと高き、十の木の実をお見附(みつ)けなされたじゃ。さればもはや疾翔大力は、われを忘れて、十たびその実をおのがあるじの棟(むね)に運び、親子の上より落されたじゃ。その十たび目は、あまりの飢えと身にあまる、その実の重さにまなこもくらみ、五たび土に落ちたれど、ただ報恩の一念に、ついご自分にはその実を啄(ついば)みなさらなんだ、おもいとどいてその十番目の実を、無事に親子に届けたとき、あまりの疲(つか)れと張りつめた心のゆるみに、ついそのままにお倒れなされたじゃ。されどもややあって正気に復し下の模様を見てあれば、いかにもその子は勢(せい)も増し、ただいたけなく悦(よろこ)んでいる如(ごと)くなれども、親はかの実も自らは口にせなんじゃ、いよいよ餓(う)えて倒れるようす、疾翔大力これを見て、はやこの上はこの身を以て親の餌食(えじき)とならんものと、いきなり堅(かた)く身をちぢめ、息を殺してはりより床(ゆか)へと落ちなされたのじゃ。その痛さより、身は砕(くだ)くるかと思えども、なおも命はあらしゃった。されども慈悲(じひ)もある人の、生きたと見てはとても食(とう)べはせまいとて、息を殺し眼(め)をつぶっていられたじゃ。そしてとうとう願かなってその親子をば養われたじゃ。その功徳(くどく)より、疾翔大力様は、ついに仏にあわれたじゃ。そして次第に法力(ほうりき)を得て、やがてはさきにも申した如く、火の中に入れどもその毛一つも傷つかず、水に入れどもその羽一つぬれぬという、大力の菩薩(ぼさつ)となられたじゃ。今このご文(もん)は、この大菩薩が、悪業(あくごう)のわれらをあわれみて、救護(くご)の道をば説かしゃれた。その始めの方じゃ。しばらく休んで次の講座で述べるといたす。
 南無(なむ)疾翔大力、南無疾翔大力。
 みなの衆しばらくゆるりとやすみなされ。」
 いちばん高い木の黒い影が、ばたばた鳴って向うの低い木の方へ移ったようでした。やっぱりふくろうだったのです。
 それと同時に、林の中は俄(にわ)かにばさばさ羽の音がしたり、嘴(くちばし)のカチカチ鳴る音、低くごろごろつぶやく音などで、一杯(いっぱい)になりました。天(あま)の川(がわ)が大分まわり大熊星(おおぐまぼし)がチカチカまたたき、それから東の山脈の上の空はぼおっと古めかしい黄金(きん)いろに明るくなりました。
 前の汽車と停車場で交換(こうかん)したのでしょうか、こんどは南の方へごとごと走る音がしました。何だか車のひびきが大へん遅(おそ)く貨物列車らしかったのです。
 そのとき、黒い東の山脈の上に何かちらっと黄いろな尖(とが)った変なかたちのものがあらわれました。梟(ふくろう)どもは俄にざわっとしました。二十四日の黄金(きん)の角(つの)、鎌(かま)の形の月だったのです。忽(たちま)ちすうっと昇(のぼ)ってしまいました。沼(ぬま)の底の光のような朧(おぼろ)な青いあかりがぼおっと林の高い梢(こずえ)にそそぎ一疋の大きな梟が翅(はね)をひるがえしているのもひらひら銀いろに見えました。さっきの説教の松の木のまわりになった六本にはどれにも四疋から八疋ぐらいまで梟がとまっていました。低く出た三本のならんだ枝に三疋の子供の梟がとまっていました。きっと兄弟だったでしょうがどれも銀いろで大さは[#「大さは」はママ]みな同じでした。その中でこちらの二疋は大分厭(あ)きているようでした。片っ方の翅をひらいたり、片脚(かたあし)でぶるぶる立ったり、枝へ爪(つめ)を引っかけてくるっと逆さになって小笠原(おがさわら)島のこうもりのまねをしたりしていました。
 それから何か云(い)っていました。
「そら、大の字やって見せようか。大の字なんか何でもないよ。」
「大の字なんか、僕(ぼく)だってできらあ。」
「できるかい。できるならやってごらん。」
「そら。」その小さな子供の梟はほんの一寸(ちょっと)の間、消防のやるような逆さ大の字をやりました。
「何だい。そればっかしかい。そればっかしかい。」
「だって、やったんならいいんだろう。」
「大の字にならなかったい。ただの十の字だったい、脚が開かないじゃないか。」
「おい、おとなしくしろ。みんなに笑われるぞ。」すぐ上の枝に居たお父さんのふくろうがその大きなぎらぎら青びかりする眼でこっちを見ながら云いました。眼のまわりの赤い隈(くま)もはっきり見えました。
 ところがなかなか小さな梟の兄弟は云うことをききませんでした。
「十の字、ほう、たての棒の二つある十の字があるだろうか。」
「二つに開かなかったい。」
「開いたよ。」
「何だ生意気な。」もう一疋は枝からとび立ちました。もう一疋もとび立ちました。二疋はばたばた、けり合ってはねが月の光に銀色にひるがえりながら下へ落ちました。
 おっかさんのふくろうらしいさっきのお父さんのとならんでいた茶いろの少し小型のがすうっと下へおりて行きました。それから下の方で泣声が起りました。けれども間もなくおっかさんの梟はもとの処(ところ)へとびあがり小さな二疋ものぼって来て二疋とももとのところへとまって片脚で眼をこすりました。お母さんの梟がも一度叱(しか)りました。その眼も青くぎらぎらしました。
「ほんとうにお前たちったら仕方ないねえ。みなさんの見ていらっしゃる処でもうすぐきっと喧嘩(けんか)するんだもの。なぜ穂吉(ほきち)ちゃんのように、じっとおとなしくしていないんだろうねえ。」
 穂吉と呼ばれた梟は、三疋の中では一番小さいようでしたが一番温和(おとな)しいようでした。じっとまっすぐを向いて、枝にとまったまま、はじめからおしまいまで、しんとしていました。
 その木の一番高い枝にとまりからだ中銀いろで大きく頬(ほお)をふくらせ今の講義のやすみのひまを水銀のような月光をあびてゆらりゆらりといねむりしているのはたしかに梟のおじいさんでした。
 月はもう余程(よほど)高くなり、星座もずいぶんめぐりました。蝎座(さそりざ)は西へ沈(しず)むとこでしたし、天の川もすっかり斜(なな)めになりました。
 向うの低い松の木から、さっきの年老(としよ)りの坊さんの梟が、斜に飛んでさっきの通り、説教の枝にとまりました。
 急に林のざわざわがやんで、しずかにしずかになりました。風のためか、今まで聞えなかった遠くの瀬(せ)の音が、ひびいて参りました。坊さんの梟はゴホンゴホンと二つ三つせきばらいをして又(また)はじめました。
「爾(そ)の時に、疾翔大力(しっしょうたいりき)、爾迦夷(るかい)に告げて曰(いわ)く、諦(あきらか)に聴(き)け、諦に聴け。善(よ)くこれを思念せよ。我今汝(なんじ)に、梟鵄(きょうし)諸(もろもろ)の悪禽(あくきん)、離苦(りく)解脱(げだつ)の道を述べんと。
 爾迦夷(るかい)、則(すなわ)ち両翼(りょうよく)を開張し、虔(うやうや)しく頸(くび)を垂れて座を離(はな)れ、低く飛揚(ひよう)して疾翔大力を讃嘆(さんたん)すること三匝(さんそう)にして、徐(おもむろ)に座に復し、拝跪(はいき)して唯(ただ)願うらく、疾翔大力、疾翔大力、ただ我等(ら)が為(ため)にこれを説き給(たま)え。ただ我等が為にこれを説き給えと。
 疾翔大力微笑(みしょう)して、金色(こんじき)の円光を以(もっ)て頭(こうべ)に被(かぶ)れるに、その光遍(あまね)く一座を照し、諸鳥歓喜(かんぎ)充満(じゅうまん)せり。則ち説いて曰く、
 汝等(なんじら)審(つまびらか)に諸の悪業(あくごう)を作る。或(あるい)は夜陰(やいん)を以て小禽(しょうきん)の家に至る。時に小禽既(すで)に終日日光に浴し、歌唄(かばい)跳躍(ちょうやく)して疲労(ひろう)をなし、唯唯(ただただ)甘美(かんび)の睡眠(すいみん)中にあり。汝等飛躍してこれを握(つか)む。利爪(りそう)深くその身に入り、諸の小禽痛苦又声を発するなし。則ちこれを裂(さ)きて擅(ほしいまま)に※(「口+敢」、第3水準1-15-19)食(たんじき)す。或(あるい)は沼田(しょうでん)に至り、螺蛤(らこう)を啄(ついば)む。螺蛤軟泥(なんでい)中にあり、心柔※(「車+(而/大)」、第3水準1-92-46)(にゅうなん)にして、唯温水を憶(おも)う。時に俄(にわか)に身空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱(もんらん)声を絶す。汝等これを※(「口+敢」、第3水準1-15-19)食(たんじき)するに、又懺悔(ざんげ)の念あることなし。
 斯(かく)の如(ごと)きの諸の悪業、挙げて数うるなし。悪業を以ての故(ゆえ)に、更(さら)に又諸の悪業を作る。継起(けいき)して遂(つい)に竟(おわ)ることなし。昼は則ち日光を懼(おそ)れ、又人及(および)諸の強鳥を恐(おそ)る。心暫(しば)らくも安らかなることなし、一度(ひとたび)梟身(きょうしん)を尽(つく)して、又新(あらた)に梟身を得。審(つまびらか)に諸の苦患(くげん)を被(こうむ)りて又尽くることなし。で前の座では、捨身菩薩(しゃしんぼさつ)を疾翔大力(しっしょうたいりき)と呼びあげるわけあい又、その願成(がんじょう)の因縁(いんねん)をお話いたしたじゃが、次に爾迦夷(るかい)に告げて曰(いわ)くとある。爾迦夷というはこのとき我等と同様梟(ふくろう)じゃ。われらのご先祖と、一緒にお棲(すま)いなされたお方じゃ。今でも爾迦夷上人(しょうにん)と申しあげて、毎日十三日が[#「毎日十三日が」はママ]ご命日じゃ。いずれの家でも、梟の限りは、十三日には楢(なら)の木の葉を取(と)て参(まい)て、爾迦夷上人さまにさしあげるということをやるじゃ、これは爾迦夷さまが楢の木にお棲いなされたからじゃ。この爾迦夷さまは、早くから梟の身のあさましいことをご覚悟(かくご)遊ばされ、出離の道を求められたじゃげなが、とうとうその一心の甲斐(かい)あって、疾翔大力さまにめぐりあい、ついにその尊い教(おしえ)を聴聞(ちょうもん)あって、天上へ行かしゃれた。その爾迦夷さまへのご説法じゃ。諦に聴け、諦に聴け。善くこれを思念せよと。心をしずめてよく聴けよ、心をしずめてよく聴けよと斯(こ)うじゃ。いずれの説法の座でも、よくよく心をしずめ耳をすまして聴くことは大切なのじゃ。上(うわ)の空で聞いていたでは何にもならぬじゃ。」
 ところがこのとき、さっきの喧嘩をした二疋の子供のふくろうがもう説教を聴くのは厭(あ)きてお互(たがい)にらめくらをはじめていました。そこは茂(しげ)りあった枝(えだ)のかげで、まっくらでしたが、二疋はどっちもあらんかぎりりんと眼を開いていましたので、ぎろぎろ燐(りん)を燃したように青く光りました。そこでとうとう二疋とも一ぺんに噴(ふ)き出して一緒に、
「お前の眼は大きいねえ。」と云いました。
 その声は幸(さいわい)に少しつんぼの梟の坊(ぼう)さんには聞えませんでしたが、ほかの梟たちはみんなこっちを振(ふ)り向きました。兄弟の穂吉という梟は、そこで大へんきまり悪く思ってもじもじしながら頭だけはじっと垂れていました。二疋はみんなのこっちを見るのを枝のかげになってかくれるようにしながら、
「おい、もう遁(に)げて遊びに行こう。」
「どこへ。」
「実相寺の林さ。」
「行こうか。」
「うん、行こう。穂吉ちゃんも行かないか。」
「ううん。」穂吉は頭をふりました。
「我今汝(なんじ)に、梟鵄(きょうし)諸(もろもろ)の悪禽(あくきん)、離苦(りく)解脱(げだつ)の道を述べんということは。」説教が又続きました。二疋はもうそっと遁げ出し、穂吉はいよいよ堅(かた)くなって、兄弟三人分一人で聴こうという風でした。

        *

 その次の日の六月二十五日の晩でした。
 丁度ゆうべと同じ時刻でしたのに、説教はまだ始まらず、あの説教の坊さんは、眼(め)を瞑(つぶ)ってだまって説教の木の高い枝にとまり、まわりにゆうべと同じにとまった沢山(たくさん)の梟(ふくろう)どもはなぜか大へんみな興奮している模様でした。女のふくろうにはおろおろ泣いているのもありましたし、男のふくろうはもうとても斯(こ)うしていられないというようにプリプリしていました。それにあのゆうべの三人兄弟の家族の中では一番高い処(ところ)に居るおじいさんの梟はもうすっかり眼を泣きはらして頬が時々びくびく云い、泪(なみだ)は声なくその赤くふくれた眼から落ちていました。
 もちろんふくろうのお母さんはしくしくしくしく泣いていました。乱暴ものの二疋の兄弟も不思議にその晩はきちんと座(すわ)って、大きな眼をじっと下に落していました。又ふくろうのお父さんは、しきりに西の方を見ていました。けれども一体どうしたのかあの温和(おとな)しい穂吉の形が見えませんでした。風が少し出て来ましたので松(まつ)の梢(こずえ)はみなしずかにゆすれました。
 空には所々雲もうかんでいるようでした。それは星があちこちめくらにでもなったように黒くて光っていなかったからです。
 俄かに西の方から一疋の大きな褐色(かっしょく)の梟が飛んで来ました。そしてみんなの入口の低い木にとまって声をひそめて云いました。
「やっぱり駄目(だめ)だ。穂吉さんももうあきらめているようだよ。さっきまではばたばたばたばた云っていたけれども、もう今はおとなしく臼(うす)の上にとまっているよ。それから紐(ひも)が何だか変ったようだよ。前は右足だったが、今度は左脚(ひだりあし)に結(ゆわ)いつけられて、それに紐の色が赤いんだ。けれどもただひとついいことは、みんな大抵(たいてい)寝(ね)てしまったんだ。さっきまで穂吉さんの眼を指で突(つ)っつこうとした子供などは、腹かけだけして、大の字になって寝ているよ。」
 穂吉のお母さんの梟は、まるで火がついたように声をあげて泣きました。それにつれて林中の女のふくろうがみなしいんしいんと泣きました。
 梟の坊さんは、じっと星ぞらを見あげて、それからしずかにたずねました。
「この世界は全くこの通りじゃ。ただもうみんなかなしいことばかりなのじゃ。どうして又あんなおとなしい子が、人につかまるような処に出たもんじゃろうなあ。」
 説教の木のとなりに居た鼠(ねずみ)いろの梟は恭々(うやうや)しく答えました。
「今朝あけ方近くなってから、兄弟三人で出掛(でか)けたそうでございます。いつも人の来るような処ではなかったのでございます。そのうち朝日が出ましたので、眩(まぶ)しさに三疋とも、しばらく眼を瞑(つぶ)っていたそうでございます。すると、丁度子供が二人、草刈(くさか)りに来て居ましたそうで、穂吉もそれを知らないうちに、一人がそっとのぼって来て、穂吉の足を捉(つか)まえてしまったと申します。」
「あああわれなことじゃ、ふびんなはなしじゃ、あんなおとなしいいい子でも、何の因果じゃやら。できるなればわしなどで代ってやりたいじゃ。」
 林はまたしいんとなりました。しばらくたって、またばたばたと一疋の梟が飛んで戻(もど)って参りました。
「穂吉さんはね、臼の上をあるいていたよ。あの赤の紐を引き裂(さ)こうとしていたようだったけれど、なかなか容易じゃないんだ。私はもう、どこか隙間(すきま)から飛び込(こ)んで行って、手伝ってあげようと、何べんも何べんも家のまわりを飛んで見たけれど、どこにもあいてる所はないんだろう。ほんとうに可哀(かあい)そうだねえ、穂吉さんは、けれども泣いちゃいないよ。」
 梟のお母さんが、大きな眼を泣いてまぶしそうにしょぼしょぼしながら訊(たず)ねました。
「あの家に猫(ねこ)は居ないようでございましたか。」
「ええ、猫は居なかったようですよ。きっと居ないんです。ずいぶん暫(しば)らく、私はのぞいていたんですけれど、とうとう見えなかったのですから。」
「そんならまあ安心でございます。ほんとうにみなさまに飛んだご迷惑(めいわく)をかけてお申し訳けもございません。みんな穂吉の不注意からでございます。」
「いいえ、いいえ、そんなことはありません。あんな賢(かしこ)いお子さんでも災難というものは仕方ありません。」
 林中の女のふくろうがまるで口口に答えました。その音は二町ばかり西の方の大きな藁屋根(わらやね)の中に捕(とら)われている穂吉の処まで、ほんのかすかにでしたけれども聞えたのです。
 ふくろうのおじいさんが度々(たびたび)声がかすれながらふくろうのお父さんに云いました。
「もうそうなっては仕方ない。お前は行って穂吉にそっと教えてやったらよかろう、もうこの上は決してばたばたもがいたり、怒(おこ)って人に噛(か)み付いたりしてはいけない。今日中誰(たれ)もお前を殺さない処を見ると、きっと田螺(たにし)か何かで飼(か)って置くつもりだろうから、今までのように温和(おとな)しくして、決して人に逆(さから)うな、とな。斯(こ)う云って教えて来たらよかろう。」
 梟のお父さんは、首を垂れてだまって聴(き)いていました。梟の和尚(おしょう)さんも遠くからこれにできるだけ耳を傾けていましたが大体そのわけがわかったらしく言い添(そ)えました。
「そうじゃ、そうじゃ。いい分別じゃ。序(ついで)に斯う教えて来なされ。このようなひどい目におうて、何悪いことしたむくいじゃと、恨(うら)むようなことがあってはならぬ。この世の罪も数知らず、さきの世の罪も数かぎりない事じゃほどに、この災難もあるのじゃと、よくあきらめて、あんまりひとり嘆(なげ)くでない、あんまり泣けば心も沈(しず)み、からだもとかく損(そこ)ねるじゃ、たとえ足には紐があるとも、今ここへ来て、はじめてとまった処じゃと、いつも気軽でいねばならぬ、とな、斯う云うて下され。ああ、されども、されども、とられた者は又別じゃ。何のさわりも無いものが、とや斯う言うても、何にもならぬ。ああ可哀そうなことじゃ不愍(ふびん)なことじゃ。」
 お父さんの梟は何べんも頭を下げました。
「ありがとうございます。ありがとうございます。もうきっとそう申し伝えて参ります。斯(こ)んなお語(ことば)を伝え聞いたら、もう死んでもよいと申しますでございましょう。」
「いや、いや、そうじゃ。斯うも云うて下され。いくら飼われるときまっても、子供心はもとより一向たよりないもの、又近くには猫犬なども居ることじゃ、もし万一の場合は、ただあの疾翔大力(しっしょうたいりき)のおん名を唱えなされとな。そう云うて下され。おお不愍じゃ。」
「ありがとうございます。では行って参ります。」
 梟のお母さんが、泣きむせびながら申しました。
「ああ、もしどうぞ、いのちのある間は朝夕二度、私に聞えるよう高く啼(な)いて呉(く)れとおっしゃって下さいませ。」
「いいよ。ではみなさん、行って参ります。」
 梟のお父さんは、二三度羽ばたきをして見てから、音もなく滑(すべ)るように向うへ飛んで行きました。梟の坊さんがそれをじっと見送っていましたが、俄(にわ)かにからだをりんとして言いました。
「みなの衆。いつまで泣いてもはてないじゃ。ここの世界は苦界(くがい)という、又(また)忍土(にんど)とも名づけるじゃ。みんなせつないことばかり、涙(なみだ)の乾(かわ)くひまはないのじゃ。ただこの上は、われらと衆生(しゅじょう)と、早くこの苦を離(はな)れる道を知るのが肝要(かんよう)じゃ。この因縁(いんねん)でみなの衆も、よくよく心をひそめて聞きなされ。ただ一人でも穂吉のことから、まことに菩提(ぼだい)の心を発すなれば、穂吉の功徳(くどく)又この座のみなの衆の功徳、かぎりもあらぬことなれば、必らずとくと聴聞(ちょうもん)なされや。昨夜の続きを講じます。
 爾(そ)の時に疾翔大力(しっしょうたいりき)、爾迦夷(るかい)に告げて曰(いわ)く、諦(あきらか)に聴(き)け、諦に聴け[#「聴け」は底本では「徳け」]。善(よ)くこれを思念せよ。我今汝(なんじ)に、梟鵄(きょうし)諸(もろもろ)の悪禽(あくきん)、離苦(りく)解脱(げだつ)の道を述べんと。
 爾迦夷(るかい)、則(すなわ)ち両翼(りょうよく)を開張し、虔(うやうや)しく頸(くび)を垂れて座を離(はな)れ、低く飛揚(ひよう)して疾翔大力を讃嘆(さんたん)すること三匝(さんそう)にして、徐(おもむろ)に座に復し、拝跪(はいき)して唯(ただ)願うらく、疾翔大力、疾翔大力、ただ我等(ら)が為(ため)にこれを説き給(たま)え。ただ我等が為にこれを説き給えと。
 疾翔大力微笑(みしょう)して、金色(こんじき)の円光を以(もっ)て頭(こうべ)に被(かぶ)れるに、その光遍(あまね)く一座を照し、諸鳥歓喜(かんぎ)充満(じゅうまん)せり。則ち説いて曰く、
 汝等(なんじら)審(つまびらか)に諸の悪業を作る。或(あるい)は夜陰(やいん)を以て小禽(しょうきん)の家に至る。時に小禽既(すで)に終日日光に浴し、歌唄(かばい)跳躍(ちょうやく)して疲労をなし、唯唯(ただただ)甘美(かんび)の睡眠(すいみん)中にあり、汝等飛躍してこれを握(つか)む。利爪(りそう)深くその身に入り、諸の小禽痛苦又声を発するなし。則ちこれを裂(さ)きて擅(ほしいまま)に※(「口+敢」、第3水準1-15-19)食(たんじき)す。或は沼田(しょうでん)に至り螺蛤(らこう)を啄(ついば)む。螺蛤軟泥(なんでい)中にあり、心柔※(「車+(而/大)」、第3水準1-92-46)(にゅうなん)にして唯温水を憶(おも)う。時に俄(にわか)に身空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱(もんらん)声を絶す。汝等これを※(「口+敢」、第3水準1-15-19)食(たんじき)するに、又懺悔(ざんげ)の念あることなし。
 斯(かく)の如(ごと)きの諸の悪業、挙げて数うるなし。
 悪業を以ての故(ゆえ)に、更(さら)に又諸の悪業を作る。継起(けいき)して遂(つい)に竟(おわ)ることなし。昼は則ち日光を懼(おそ)れ、又人及(および)諸の強鳥を恐(おそ)る。心暫(しば)らくも安らかなることなし。一度(ひとたび)梟身(きょうしん)を尽(つく)して、又新(あらた)に梟身を得、審(つまびらか)に諸の患難(かんなん)を被(こうむ)りて、又尽くることなし。
 で前の晩は、諸鳥歓喜充満せりまで、文の如くに講じたが、此(こ)の席はその次じゃ。則ち説いて曰くと、これは疾翔大力さまが、爾迦夷(るかい)上人(しょうにん)のご懇請(こんせい)によって、直ちに説法をなされたと斯(こ)うじゃ。汝等審(つまびらか)に諸の悪業を作ると。汝等というは、元来はわれわれ梟(ふくろう)や鵄(とび)などに対して申さるるのじゃが、ご本意は梟にあるのじゃ、あとのご文の罪相を拝するに、みなわれわれのことじゃ。悪業というは、悪は悪いじゃ、業(ごう)とは梵語(ぼんご)でカルマというて、すべて過去になしたることのまだ報(むくい)となってあらわれぬを業という、善業悪業あるじゃ。ここでは悪業という。その事柄(ことがら)を次にあげなされたじゃ。或は夜陰を以て、小禽の家に至ると。みなの衆、他人事(ひとごと)ではないぞよ。よくよく自(みずか)らの胸にたずねて見なされ。夜陰とは夜のくらやみじゃ。以てとは、これに乗じてというがようの意味じゃ。夜のくらやみに乗じてと、斯うじゃ。小禽の家に至る。小禽とは、雀(すずめ)、山雀(やまがら)、四十雀(しじゅうから)、ひわ、百舌(もず)、みそさざい、かけす、つぐみ、すべて形小にして、力ないものは、みな小禽じゃ。その形小さく力無い鳥の家に参るというのじゃが、参るというてもただ訪ねて参るでもなければ、遊びに参るでもないじゃ、内に深く残忍の想を潜(ひそ)め、外又恐るべく悲しむべき夜叉相(やしゃそう)を浮べ、密(ひそ)やかに忍(しの)んで参ると斯う云うことじゃ。このご説法のころは、われらの心も未(いま)だ仲々善心もあったじゃ、小禽の家に至るとお説きなされば、はや聴法(ちょうほう)の者、みな慄然(りつぜん)として座に耐(た)えなかったじゃ。今は仲々そうでない。今ならば疾翔大力さま、まだまだ強く烈(はげ)しくご説法であろうぞよ。みなの衆、よくよく心にしみて聞いて下され。
 次のご文は、時に小禽既(すで)に終日日光に浴し、歌唄跳躍して、疲労をなし、唯々甘美の睡眠中にあり。他人事ではないぞよ。どうじゃ、今朝も今朝とて穂吉どの処(ところ)を替(か)えてこの身の上じゃ、」
 説教の坊さんの声が、俄(にわか)におろおろして変りました。穂吉のお母さんの梟はまるで帛(きぬ)を裂(さ)くように泣き出し、一座の女の梟は、たちまちそれに従(つ)いて泣きました。
 それから男の梟も泣きました。林の中はただむせび泣く声ばかり、風も出て来て、木はみなぐらぐらゆれましたが、仲々誰(たれ)も泣きやみませんでした。星はだんだんめぐり、赤い火星ももう西ぞらに入りました。
 梟の坊さんはしばらくゴホゴホ咳嗽(せき)をしていましたが、やっと心を取り直して、又講義をつづけました。
「みなの衆、まず試(ため)しに、自分がみそさざいにでもなったと考えてご覧(ろう)じ。な。天道(てんとう)さまが、東の空へ金色(こんじき)の矢を射なさるじゃ、林樹は青く枝(えだ)は揺(ゆ)るる、楽しく歌をばうたうのじゃ、仲よくおうた友だちと、枝から枝へ木から木へ、天道さまの光の中を、歌って歌って参るのじゃ、ひるごろならば、涼(すず)しい葉陰(はかげ)にしばしやすんで黙(だま)るのじゃ、又ちちと鳴いて飛び立つじゃ、空の青板をめざすのじゃ、又小流れに参るのじゃ、心の合うた友だちと、ただ暫(しば)らくも離れずに、歌って歌って参るのじゃ、さてお天道さまが、おかくれなされる、からだはつかれてとろりとなる、油のごとく、溶(と)けるごとくじゃ。いつかまぶたは閉じるのじゃ、昼の景色を夢(ゆめ)見るじゃ、からだは枝に留(とど)まれど、心はなおも飛びめぐる、たのしく甘(あま)いつかれの夢の光の中じゃ。そのとき俄かにひやりとする。夢かうつつか、愕(おどろ)き見れば、わが身は裂けて、血は流れるじゃ。燃えるようなる、二つの眼(め)が光ってわれを見詰(みつ)むるじゃ。どうじゃ、声さえ発(た)とうにも、咽喉(のど)が狂(くる)うて音が出ぬじゃ。これが則(すなわ)ち利爪(りそう)深くその身に入り、諸(もろもろ)の小禽痛苦又声を発するなしの意なのじゃぞ。されどもこれは、取らるる鳥より見たるものじゃ。捕(と)る此方(こなた)より眺(なが)むれば、飛躍してこれを握(つか)むと斯(こ)うじゃ。何の罪なく眠れるものを、ただ一打(ひとうち)ととびかかり、鋭(するど)い爪(つめ)でその柔(やわらか)な身体(からだ)をちぎる、鳥は声さえよう発てぬ、こちらはそれを嘲笑(あざわら)いつつ、引き裂くじゃ。何たるあわれのことじゃ。この身とて、今は法師にて、鳥も魚も襲(おそ)わねど、昔(むかし)おもえば身も世もあらぬ。ああ罪業(ざいごう)のこのからだ、夜毎(よごと)夜毎の夢とては、同じく夜叉の業をなす。宿業(しゅくごう)の恐ろしさ、ただただ呆(あき)るるばかりなのじゃ。」
 風がザアッとやって来ました。木はみな波のようにゆすれ、坊さんの梟も、その中に漂(ただよ)う舟(ふね)のようにうごきました。
 そして東の山のはから、昨日(きのう)の金角、二十五日のお月さまが、昨日よりは又ずうっと瘠(や)せて上りました。林の中はうすいうすい霧(きり)のようなものでいっぱいになり、西の方からあの梟のお父さんがしょんぼり飛んで帰って来ました。

       *

 旧暦(きゅうれき)六月二十六日の晩でした。
 そらがあんまりよく霽(は)れてもう天(あま)の川(がわ)の水は、すっかりすきとおって冷たく、底のすなごも数えられるよう、またじっと眼をつぶっていると、その流れの音さえも聞えるような気がしました。けれどもそれは或(あるい)は空の高い処を吹いていた風の音だったかも知れません。なぜなら、星がかげろうの向う側にでもあるように、少しゆれたり明るくなったり暗くなったりしていましたから。
 獅子鼻(ししはな)の上の松林(まつばやし)には今夜も梟の群が集まりました。今夜は穂吉が来ていました。来てはいましたが一昨日(おととい)の晩の処にでなしに、おじいさんのとまる処よりももっと高いところで小さな枝の二本行きちがい、それからもっと小さな枝が四五本出て、一寸(ちょっと)盃(さかずき)のような形になった処へ、どこから持って来たか藁屑(わらくず)や髪(かみ)の毛などを敷(し)いて臨時に巣(す)がつくられていました。その中に穂吉が半分横になって、じっと目をつぶっていました。梟のお母さんと二人の兄弟とが穂吉のまわりに座(すわ)って、穂吉のからだを支えるようにしていました。林中のふくろうは、今夜は一人も泣いてはいませんでしたが怒(おこ)っていることはみんな、昨夜(ゆうべ)どころではありませんでした。
「傷(いた)みはどうじゃ。いくらか薄(うす)らいだかの。」
 あの坊さんの梟がいつもの高い処からやさしく訊(たず)ねました。穂吉は何か云(い)おうとしたようでしたが、ただ眼がパチパチしたばかり、お母さんが代って答えました。
「折角(せっかく)こらえているようでございます。よく物が申せないのでございます。それでもどうしても、今夜のお説教を聴聞(ちょうもん)いたしたいというようでございましたので。もうどうかかまわずご講義をねがいとう存じます。」
 梟の坊さんは空を見上げました。
「殊勝(しゅしょう)なお心掛(こころが)けじゃ。それなればこそ、たとえ脚(あし)をば折られても、二度と父母の処へも戻(もど)ったのじゃ。なれども健(すこや)かな二本の脚を、何面白(おもしろ)いこともないに、捩(ねじ)って折って放すとは、何という浅間(あさま)しい人間の心じゃ。」
「放されましても二本の脚を折られてどうしてまあすぐ飛べましょう。あの萱原(かやはら)の中に落ちてひいひい泣いていたのでございます。それでも昼の間は、誰(たれ)も気付かずやっと夕刻、私が顔を見ようと出て行きましたらこのていたらくでございまする。」
「うん。尤(もっとも)じゃ。なれども他人は恨(うら)むものではないぞよ。みな自(みずか)らがもとなのじゃ。恨みの心は修羅(しゅら)となる。かけても他人は恨むでない。」
 穂吉はこれをぼんやり夢のように聞いていました。子供がもう厭(あ)きて「遁(に)がしてやるよ」といって外へ連れて出たのでした。そのとき、ポキッと脚を折ったのです。その両脚は今でもまだしんしんと痛みます。眼を開いてもあたりがみんなぐらぐらして空さえ高くなったり低くなったりわくわくゆれているよう、みんなの声も、ただぼんやりと水の中からでも聞くようです。ああ僕(ぼく)はきっともう死ぬんだ。こんなにつらい位ならほんとうに死んだ方がいい。それでもお父さんやお母さんは泣くだろう。泣くたって一体お父さんたちは、まだ僕の近くに居るだろうか、ああ痛い痛い。穂吉は声もなく泣きました。
「あんまりひどいやつらだ。こっちは何一つ向うの為(ため)に悪いようなことをしないんだ。それをこんなことをして、よこす。もうだまってはいられない。何かし返ししてやろう。」一疋(ぴき)の若い梟(ふくろう)が高く云いました。すぐ隣(となり)りのが答えました。
「火をつけようじゃないか。今度屑焼(くずや)きのある晩に燃えてる長い藁(わら)を、一本あの屋根までくわえて来よう。なあに十本も二十本も運んでいるうちにはどれかすぐ燃えつくよ。けれども火事で焼けるのはあんまり楽だ。何かも少しひどいことがないだろうか。」
 又その隣りが答えました。
「戸のあいてる時をねらって赤子の頭を突(つ)いてやれ。畜生(ちくしょう)め。」
 梟の坊(ぼう)さんは、じっとみんなの云うのを聴(き)いていましたがこの時しずかに云いました。
「いやいや、みなの衆、それはいかぬじゃ。これほど手ひどい事なれば、必らず仇(あだ)を返したいはもちろんの事ながら、それでは血で血を洗うのじゃ。こなたの胸が霽(は)れるときは、かなたの心は燃えるのじゃ。いつかはまたもっと手ひどく仇を受けるじゃ、この身終って次の生(しょう)まで、その妄執(もうしゅう)は絶えぬのじゃ。遂(つい)には共に修羅(しゅら)に入り闘諍(とうそう)しばらくもひまはないじゃ。必らずともにさようのたくみはならぬぞや。」
 けたたましくふくろうのお母さんが叫(さけ)びました。
「穂吉穂吉しっかりおし。」
 みんなびくっとしました。穂吉のお父さんもあわてて穂吉の居た枝に飛んで行きましたがとまる所がありませんでしたからすぐその上の枝にとまりました。穂吉のおじいさんも行きました。みんなもまわりに集りました。穂吉はどうしたのか折られた脚をぷるぷる云わせその眼は白く閉じたのです。お父さんの梟は高く叫びました。
「穂吉、しっかりするんだよ。今お説教がはじまるから。」
 穂吉はパチッと眼をひらきました。それから少し起きあがりました。見えない眼でむりに向うを見ようとしているようでした。
「まあよかったね。やっぱりつかれているんだろう。」女の梟たちは云い合いました。
 坊さんの梟はそこで云いました。
「さあ、講釈をはじめよう。みなの衆座にお戻りなされ。今夜は二十六日じゃ、来月二十六日はみなの衆も存知の通り、二十六夜待ちじゃ。月天子(がってんし)山のはを出(い)でんとして、光を放ちたまうとき、疾翔大力(しっしょうたいりき)、爾迦夷(るかい)波羅夷(はらい)の三尊(さんぞん)が、東のそらに出現まします。今宵(こよい)は月は異なれど、まことの心には又あらはれ給(たま)わぬことでない。穂吉どのも、ただ一途(いちず)に聴聞の志じゃげなで、これからさっそく講ずるといたそう。穂吉どの、さぞ痛かろう苦しかろう、お経の文とて仲々耳には入るまいなれど、そのいたみ悩(なや)みの心の中に、いよいよ深く疾翔大力さまのお慈悲(じひ)を刻みつけるじゃぞ、いいかや、まことにそれこそ菩提(ぼだい)のたねじゃ。」
 梟の坊さんの声が又少し変りました。一座はしいんとなりました。林の中にもう鳴き出した秋の虫があります。坊さんはしばらく息をこらして気を取り直しそれから厳(いか)めしい声で願をたててから昨夜の続きをはじめました。
「梟鵄(きょうし)救護(くご)章 梟鵄救護章
 諸(もろもろ)の仁者(じんしゃ)掌(て)を合せて至心に聴(き)き給え。我今疾翔大力(しっしょうたいりき)が威神力(いじんりき)を享(う)けて梟鵄救護章の一節を講ぜんとす。唯(ただ)願うらくはかの如来(にょらい)大慈(だいじ)大悲(だいひ)我が小願の中に於(おい)て大神力を現じ給い妄言(もうげん)綺語(きご)の淤泥(おでい)を化(け)して光明顕色(けんじき)の浄瑠璃(じょうるり)となし、浮華(ふか)の中より清浄(しょうじょう)の青蓮華(しょうれんげ)を開かしめ給わんことを。至心欲願、南無仏(なむぶつ)南無仏南無仏。
 爾(そ)の時に疾翔大力、爾迦夷(るかい)に告げて曰(いわ)く、諦(あきらか)に聴け諦に聴け。善(よ)くこれを思念せよ。我今汝(なんじ)に梟鵄諸の悪禽(あくきん)離苦(りく)解脱(げだつ)の道を述べんと。
 爾迦夷則(すなわ)ち両翼(りょうよく)を開張し、虔(うやうや)しく頸(くび)を垂れて座を離(はな)れ、低く飛揚(ひよう)して疾翔大力を讃嘆(さんたん)すること三匝(さんそう)にして、徐(おもむろ)に座に復し、拝跪(はいき)して願うらく疾翔大力、疾翔大力、ただ我等(ら)が為(ため)にこれを説き給え。ただ我等が為にこれを説き給えと。
 疾翔大力、微笑(みしょう)して金色(こんじき)の円光を以(もっ)て頭(こうべ)に被(かぶ)れるに、諸鳥歓喜(かんぎ)充満(じゅうまん)せり。則ち説いて曰く、
 汝等審(つまびらか)に諸の悪業(あくごう)を作る。或(あるい)は夜陰(やいん)を以て小禽(しょうきん)の家に至る。時に小禽既(すで)に終日日光に浴し、歌唄(かばい)跳躍(ちょうやく)して疲労をなし、唯唯(ただただ)甘美(かんび)の睡眠(すいみん)中にあり、汝等飛躍してこれを握(つか)む。利爪(りそう)深くその身に入り、諸の小禽痛苦又声を発するなし、則(すなわ)ちこれを裂(さ)きて擅(ほしいまま)に※(「口+敢」、第3水準1-15-19)食(たんじき)す。或は沼田(しょうでん)に至り、螺蛤(らこう)を啄(ついば)む。螺蛤軟泥(なんでい)中にあり、心柔※(「車+(而/大)」、第3水準1-92-46)(にゅうなん)にして唯温水を憶(おも)う。時に俄(にわか)に身空中にあり、或は直ちに身を破る、悶乱(もんらん)声を絶す。汝等これを※(「口+敢」、第3水準1-15-19)食するに、又懺悔(ざんげ)の念あることなし。
 悪業(あくごう)を以ての故(ゆえ)に、更(さら)に又諸の悪業を作る。継起(けいき)して遂(つい)に竟(おわ)ることなし。昼は則ち日光を懼(おそ)れ又人及(および)諸の強鳥を恐(おそ)る。心暫(しば)らくも安らかなることなし。一度(ひとたび)梟身(きょうしん)を尽(つく)して、又新(あらた)に梟身を得(う)。審(つまびらか)に諸の患難(かんなん)を被(こうむ)りて、又尽くることなし。
 で前の晩は、斯(かく)の如(ごと)きの諸の悪業、挙げて数うることなし、まで講じたが、今夜はその次じゃ。
 悪業を以ての故に、更に又諸の悪業を作ると、これは誠(まこと)に短いながら、強いお語(ことば)じゃ。先刻人間に恨みを返すとの議があった節、申した如くじゃ、一の悪業によって一の悪果を見る。その悪果故に、又新なる悪業を作る。斯の如く展転して、遂(つい)にやむときないじゃ。車輪のめぐれどもめぐれども終らざるが如くじゃ。これを輪廻(りんね)といい、流転(るてん)という。悪より悪へとめぐることじゃ。継起して遂(つい)に竟(おわ)ることなしと云うがそれじゃ。いつまでたっても終りにならぬ、どこどこまでも悪因悪果、悪果によって新に悪因をつくる。な。斯(こ)うじゃ、浮(うか)む瀬(せ)とてもあるまいじゃ。昼は則ち日光を懼(おそ)れ、又人及(および)諸の強鳥を恐る。心暫(しば)らくも安らかなることなし。これは流転の中の、つらい模様をわれらにわかるよう、直(じ)かに申されたのじゃ。勿体(もったい)なくも、我等は光明の日天子(にってんし)をば憚(はば)かり奉(たてまつ)る。いつも闇(やみ)とみちづれじゃ。東の空が明るくなりて、日天子さまの黄金(きん)の矢が高く射出さるれば、われらは恐れて遁(に)げるのじゃ。もし白昼にまなこを正しく開くならば、その日天子の黄金の征矢(そや)に伐(う)たれるじゃ。それほどまでに我等は悪業(あくごう)の身じゃ。又人及諸の強鳥を恐る。な。人を恐るることは、今夜今ごろ講ずることの限りでない。思い合せてよろしかろう。諸の強鳥を恐る。鷹(たか)やはやぶさ、又さほど強くはなけれども日中なれば烏(からす)などまで恐れねばならぬ情ない身じゃ。はやぶさなれば空よりすぐに落ちて来て、こなたが小鳥をつかむときと同じようなるありさまじゃ、たちまち空で引き裂かれるじゃ、少しのさからいをしたとて、何にもならぬ、げにもげにも浅間(あさま)しくなさけないわれらの身じゃ。」
 梟(ふくろう)の坊さんは一寸(ちょっと)声を切りました。今夜ももう一時の上(のぼ)りの汽車の音が聞えて来ました。その音を聞くと梟どもは泣きながらも、汽車の赤い明るいならんだ窓のことを考えるのでした。講釈がまた始まりました。
「心暫(しば)らくも安らかなることなしと、どうじゃ、みなの衆、ただの一時(いっとき)でも、ゆっくりと何の心配もなく落ち着いたことがあるかの。もういつでもいつでもびくびくものじゃ。一度(ひとたび)梟身(きょうしん)を尽して又新(あらた)に梟身を得(う)と斯(こ)うじゃ。泣いて悔(く)やんで悲しんで、ついには年老(としと)る、病気になる、あらんかぎりの難儀(なんぎ)をして、それで死んだら、もうこの様な悪鳥の身を離れるかとならば、仲々そうは参らぬぞや。身に染(し)み込(こ)んだ罪業(ざいごう)から、又梟に生れるじゃ。斯(かく)の如(ごと)くにして百生(しゃう)、二百生、乃至(ないし)劫(こう)をも亘(わた)るまで、この梟身を免(まぬか)れぬのじゃ。審(つまびらか)に諸の患難を蒙(こうむ)りて又尽くることなし。もう何もかも辛(つら)いことばかりじゃ。さて今東の空は黄金色(きんいろ)になられた。もう月天子(がってんし)がお出ましなのじゃ。来月二十六夜ならば、このお光に疾翔大力(しっしょうたいりき)さまを拝み申すじゃなれど、今宵(こよい)とて又拝み申さぬことでない、みなの衆、ようくまごころを以て仰(あお)ぎ奉るじゃ。」
 二十六夜の金いろの鎌(かま)の形のお月さまが、しずかにお登りになりました。そこらはぼおっと明るくなり、下では虫が俄(にわ)かにしいんしいんと鳴き出しました。
 遠くの瀬の音もはっきり聞えて参りました。
 お月さまは今はすうっと桔梗(ききょう)いろの空におのぼりになりました。それは不思議な黄金(きん)の船のように見えました。
 俄かにみんなは息がつまるように思いました。それはそのお月さまの船の尖(とが)った右のへさきから、まるで花火のように美しい紫(むらさき)いろのけむりのようなものが、ばりばりばりと噴(ふ)き出たからです。けむりは見る間にたなびいて、お月さまの下すっかり山の上に目もさめるような紫の雲をつくりました。その雲の上に、金いろの立派な人が三人まっすぐに立っています。まん中の人はせいも高く、大きな眼でじっとこっちを見ています。衣(ころも)のひだまで一一はっきりわかります。お星さまをちりばめたような立派な瓔珞(ようらく)をかけていました。お月さまが丁度その方の頭のまわりに輪になりました。
 右と左に少し丈(たけ)の低い立派な人が合掌(がっしょう)して立っていました。その円光はぼんやり黄金(きん)いろにかすみうしろにある青い星も見えました。雲がだんだんこっちへ近づくようです。
「南無(なむ)疾翔大力(しっしょうたいりき)、南無疾翔大力。」
 みんなは高く叫びました。その声は林をとどろかしました。雲がいよいよ近くなり、捨身菩薩(しゃしんぼさつ)のおからだは、十丈ばかりに見えそのかがやく左手がこっちへ招くように伸(の)びたと思ふと、俄に何とも云えないいいかおりがそこらいちめんにして、もうその紫の雲も疾翔大力の姿も見えませんでした。ただその澄(す)み切った桔梗いろの空にさっきの黄金(きん)いろの二十六夜のお月さまが、しずかにかかっているばかりでした。
「おや、穂吉さん、息つかなくなったよ。」俄に穂吉の兄弟が高く叫びました。
 ほんとうに穂吉はもう冷たくなって少し口をあき、かすかにわらったまま、息がなくなっていました。そして汽車の音がまた聞えて来ました。
了

底本:「新編風の又三郎」新潮文庫、新潮社
   1989(平成元)年2月25日発行
   1989(平成元)年6月10日2刷
入力:蒋龍
校正:noriko saito
2009年4月11日作成
青空文庫作成ファイル:
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