あらすじ
黄昏時、薄暗い部屋で十七歳の私は、禁断の小説を読みふけっていました。すると、障子にぱら/\と音が。最初は雨かと気に留めませんでしたが、音は次第に激しくなり、ついに恐怖のあまり障子を開けてしまいました。しかし、外は静寂そのもの。音の原因は分からず、私は恐怖に包まれます。その後も奇妙な音は続き、家中に不安が蔓延します。やがて、私は寝床につきますが、今度は足音が聞こえ始め、恐怖は頂点に達します。ついに耐え切れず、私は部屋を飛び出しますが、そこには恐ろしい光景が待ち受けていました。
 枕(まくら)に就(つ)いたのは黄昏(たそがれ)の頃(ころ)、之(これ)を逢魔(あふま)が時(とき)、雀色時(すゞめいろどき)などといふ一日(いちにち)の内(うち)人間(にんげん)の影法師(かげぼふし)が一番(いちばん)ぼんやりとする時(とき)で、五時(ごじ)から六時(ろくじ)の間(あひだ)に起(おこ)つたこと、私(わたし)が十七の秋(あき)のはじめ。
 部屋(へや)は四疊(よでふ)敷(し)けた。薄暗(うすぐら)い縱(たて)に長(なが)い一室(いつしつ)、兩方(りやうはう)が襖(ふすま)で何室(どつち)も他(ほか)の座敷(ざしき)へ出入(でいり)が出來(でき)る。詰(つま)り奧(おく)の方(はう)から一方(いつぱう)の襖(ふすま)を開(あ)けて、一方(いつぱう)の襖(ふすま)から玄關(げんくわん)へ通拔(とほりぬ)けられるのであつた。
 一方(いつぱう)は明窓(あかりまど)の障子(しやうじ)がはまつて、其外(そのそと)は疊(たゝみ)二疊(にでふ)ばかりの、しツくひ叩(だたき)の池(いけ)で、金魚(きんぎよ)も緋鯉(ひごひ)も居(ゐ)るのではない。建物(たてもの)で取※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(とりま)はした此(こ)の一棟(ひとむね)の其池(そのいけ)のある上(うへ)ばかり大屋根(おほやね)が長方形(ちやうはうけい)に切開(きりひら)いてあるから雨水(あまみづ)が溜(たま)つて居(ゐ)る。雨落(あまおち)に敷詰(しきつ)めた礫(こいし)には苔(こけ)が生(は)えて、蛞蝓(なめくぢ)が這(は)ふ、濕(し)けてじと/\する、内(うち)の細君(さいくん)が元結(もとゆひ)をこゝに棄(す)てると、三七(さんしち)二十一日(にじふいちにち)にして化(くわ)して足卷(あしまき)と名(な)づける蟷螂(かまきり)の腹(はら)の寄生蟲(きせいちう)となるといつて塾生(じゆくせい)は罵(のゝし)つた。池(いけ)を圍(かこ)んだ三方(さんぱう)の羽目(はめ)は板(いた)が外(はづ)れて壁(かべ)があらはれて居(ゐ)た。室數(へやかず)は總體(そうたい)十七もあつて、庭(には)で取※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(とりまは)した大家(たいけ)だけれども、何百年(なんびやくねん)の古邸(ふるやしき)、些(すこし)も手(て)が入(はひ)らないから、鼠(ねずみ)だらけ、埃(ほこり)だらけ、草(くさ)だらけ。
 塾生(じゆくせい)と家族(かぞく)とが住(す)んで使(つか)つてゐるのは三室(みま)か四室(よま)に過(す)ぎない。玄關(げんくわん)を入(はひ)ると十五六疊(じふごろくでふ)の板敷(いたじき)、其(それ)へ卓子(テエブル)椅子(いす)を備(そな)へて道場(だうぢやう)といつた格(かく)の、英漢數學(えいかんすうがく)の教場(けうぢやう)になつて居(ゐ)る。外(そと)の蜘蛛(くも)の巣(す)の奧(おく)には何(なに)が住(す)んでるか、内(うち)の者(もの)にも分(わか)りはせなんだ。
 其日(そのひ)から數(かぞ)へて丁度(ちやうど)一週間前(いつしうかんまへ)の夜(よ)、夜學(やがく)は無(な)かつた頃(ころ)で、晝間(ひるま)の通學生(つうがくせい)は歸(かへ)つて了(しま)ひ、夕飯(ふゆはん)が濟(す)んで、私(わたし)の部屋(へや)の卓子(つくゑ)の上(うへ)で、燈下(とうか)に美少年録(びせうねんろく)を讀(よ)んで居(ゐ)た。
 一體(いつたい)塾(じゆく)では小説(せうせつ)が嚴禁(げんきん)なので、うつかり教師(けうし)に見着(みつ)かると大目玉(おほめだま)を喰(く)ふのみならず、此(この)以前(いぜん)も三馬(さんば)の浮世風呂(うきよぶろ)を一册(いつさつ)沒收(ぼつしう)されて四週間(ししうかん)置放(おきつぱな)しにされたため、貸本屋(かしほんや)から嚴談(げんだん)に逢(あ)つて、大金(たいきん)を取(と)られ、目(め)を白(しろ)くしたことがある。
 其夜(そのよ)は教師(けうし)も用達(ようたし)に出掛(でか)けて留守(るす)であつたから、良(やゝ)落着(おちつ)いて讀(よ)みはじめた。やがて、
二足(にそく)つかみの供振(ともぶり)を、見返(みかへ)るお夏(なつ)は手(て)を上(あ)げて、憚樣(はゞかりさま)やとばかりに、夕暮近(ゆふぐれぢか)き野路(のぢ)の雨(あめ)、思(おも)ふ男(をとこ)と相合傘(あひあひがさ)の人目(ひとめ)稀(まれ)なる横※(よこしぶき)[#「さんずい+散」、42-3]、濡(ぬ)れぬ前(きき)こそ今(いま)はしも、
 と前後(ぜんご)も辨(わきま)へず讀(よ)んで居(ゐ)ると、私(わたし)の卓子(つくゑ)を横(よこ)に附着(つきつ)けてある件(くだん)の明取(あかりとり)の障子(しやうじ)へ、ぱら/\と音(おと)がした。
 忍(しの)んで小説(せうせつ)を讀(よ)む内(うち)は、木(き)にも萱(かや)にも心(こゝろ)を置(お)いたので、吃驚(びつくり)して、振返(ふりかへ)ると、又(また)ぱら/\ぱら/\といつた。
 雨(あめ)か不知(しら)、時(とき)しも秋(あき)のはじめなり、洋燈(ランプ)に油(あぶら)をさす折(をり)に覗(のぞ)いた夕暮(ゆふぐれ)の空(そら)の模樣(もやう)では、今夜(こんや)は眞晝(まひる)の樣(やう)な月夜(つきよ)でなければならないがと思(おも)ふ内(うち)も猶(なほ)其音(そのおと)は絶(た)えず聞(きこ)える。おや/\裏庭(うらには)の榎(えのき)の大木(たいぼく)の彼(あ)の葉(は)が散込(ちりこ)むにしては風(かぜ)もないがと、然(さ)う思(おも)ふと、はじめは臆病(おくびやう)で障子(しやうじ)を開(あ)けなかつたのが、今(いま)は薄氣味惡(うすきみわる)くなつて手(て)を拱(こまぬ)いて、思(おも)はず暗(くら)い天井(てんじやう)を仰(あふ)いで耳(みゝ)を澄(す)ました。
 一分(いつぷん)、二分(にふん)、間(あひだ)を措(お)いては聞(きこ)える霰(あられ)のやうな音(おと)は次第(しだい)に烈(はげ)しくなつて、池(いけ)に落込(おちこ)む小※(こしぶき)[#「さんずい+散」、42-12]の形勢(けはひ)も交(まじ)つて、一時(いちじ)は呼吸(いき)もつかれず、ものも言(い)はれなかつた。だが、しばらくして少(すこ)し靜(しづ)まると、再(ふたゝ)びなまけた連續(れんぞく)した調子(てうし)でぱら/\。
 家(いへ)の内(うち)は不殘(のこらず)、寂(しん)として居(ゐ)たが、この音(おと)を知(し)らないではなく、いづれも聲(こゑ)を飮(の)んで脈(みやく)を數(かぞ)へて居(ゐ)たらしい。
 窓(まど)と筋斜(すぢかひ)に上下(うへした)差向(さしむか)つて居(ゐ)る二階(にかい)から、一度(いちど)東京(とうきやう)に來(き)て博文館(はくぶんくわん)の店(みせ)で働(はたら)いて居(ゐ)たことのある、山田(やまだ)なにがしといふ名代(なだい)の臆病(おくびやう)ものが、あてもなく、おい/\と沈(しづ)んだ聲(こゑ)でいつた。
 同時(どうじ)に一室(ひとま)措(お)いた奧(おく)の居室(へや)から震(ふる)へ聲(ごゑ)で、何(なん)でせうね。更(さら)に、一寸(ちよつと)何(なん)でせうね。止(や)むことを得(え)ず、えゝ、何(なん)ですか、音(おと)がしますが、と、之(これ)をキツカケに思(おも)ひ切(き)つて障子(しやうじ)を開(あ)けた。池(いけ)はひつくりかへつても居(を)らず、羽目板(はめいた)も落(お)ちず、壁(かべ)の破(やぶれ)も平時(いつも)のまゝで、月(つき)は形(かたち)は見(み)えないが光(ひかり)は眞白(まつしろ)にさして居(ゐ)る。とばかりで、何事(なにごと)も無(な)く、手早(てばや)く又(また)障子(しやうじ)を閉(し)めた。音(おと)はかはらず聞(きこ)えて留(や)まぬ。
 處(ところ)へ、細君(さいくん)はしどけない寢衣(ねまき)のまゝ、寢(ね)かしつけて居(ゐ)たらしい、乳呑兒(ちのみご)を眞白(まつしろ)な乳(ちゝ)のあたりへしつかりと抱(だ)いて色(いろ)を蒼(あを)うして出(で)て見(み)えたが、ぴつたり私(わたし)の椅子(いす)の下(もと)に坐(すわ)つて、石(いし)のやうに堅(かた)くなつて目(め)を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(みは)つて居(ゐ)る。
 おい山田(やまだ)下(お)りて來(こ)い、と二階(にかい)を大聲(おほごゑ)で呼(よ)ぶと、ワツといひさま、けたゝましく、石垣(いしがき)が崩(くづ)れるやうにがたびしと駈(か)け下(お)りて、私(わたし)の部屋(へや)へ一所(いつしよ)になつた。いづれも一言(ひとこと)もなし。
 此上(このうへ)何事(なにごと)か起(おこ)つたら、三人(さんにん)とも團子(だんご)に化(な)つてしまつたらう。
 何(なん)だか此池(このいけ)を仕切(しき)つた屋根(やね)のあたりで頻(しきり)に礫(つぶて)を打(う)つやうな音(おと)がしたが、ぐる/\渦(うづ)を卷(ま)いちやあ屋根(やね)の上(うへ)を何十(なんじふ)ともない礫(つぶて)がひよい/\駈(か)けて歩行(ある)く樣(やう)だつた。をかしいから、俺(おれ)は門(もん)の處(ところ)に立(た)つて氣(き)を取(と)られて居(ゐ)たが、變(へん)だなあ、うむ、外(そと)は良(い)い月夜(つきよ)で、蟲(むし)の這(は)ふのが見(み)えるやうだぜ、恐(おそろ)しく寒(さむ)いぢやあないか、と折(をり)から歸(かへ)つて來(き)た教師(けうし)はいつたのである。
 幸(さいは)ひ美少年録(びせうねんろく)も見着(みつ)からず、教師(けうし)は細君(さいくん)を連(つ)れて別室(べつしつ)に去(さ)り、音(おと)も其(それ)ツ切(きり)聞(きこ)えずに濟(す)んだ。
 夜(よ)が明(あ)けると、多勢(おほぜい)の通學生(つうがくせい)をつかまへて、山田(やまだ)が其(その)吹聽(ふいちやう)といつたらない。鵺(ぬえ)が來(き)て池(いけ)で行水(ぎやうずゐ)を使(つか)つたほどに、事(こと)大袈裟(おほげさ)に立到(たちいた)る。
 其奴(そいつ)引捕(ひつとら)へて呉(く)れようと、海陸軍(かいりくぐん)を志願(しぐわん)で、クライブ傳(でん)、三角術(さんかくじゆつ)などを講(かう)じて居(ゐ)る連中(れんぢう)が、鐵骨(てつこつ)の扇(あふぎ)、短刀(たんたう)などを持參(ぢさん)で夜更(よふけ)まで詰懸(つめかけ)る、近所(きんじよ)の仕出屋(しだしや)から自辨(じべん)で兵糧(ひやうらう)を取寄(とりよ)せる、百目蝋燭(ひやくめらふそく)を買入(かひい)れるといふ騷動(さうどう)。
 四五日(しごにち)經(た)つた、が豪傑連(がうけつれん)何(なん)の仕出(しだ)したこともなく、無事(ぶじ)にあそんで靜(しづ)まつて了(しま)つた。
 扨(さて)其黄昏(そのたそがれ)は、少(すこ)し風(かぜ)の心持(こゝろもち)、私(わたし)は熱(ねつ)が出(で)て惡寒(さむけ)がしたから掻卷(かいまき)にくるまつて、轉寢(うたゝね)の内(うち)も心(こゝろ)が置(お)かれる小説(せうせつ)の搜索(さうさく)をされまいため、貸本(かしほん)を藏(かく)してある件(くだん)の押入(おしいれ)に附着(くツつ)いて寢(ね)た。眠(ねむ)くはないので、ぱちくり/\目(め)を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(あ)いて居(ゐ)ても、物(もの)は幻(まぼろし)に見(み)える樣(やう)になつて、天井(てんじやう)も壁(かべ)も卓子(テエブル)の脚(あし)も段々(だん/\)消(き)えて行(ゆ)く心細(こゝろぼそ)さ。
 塾(じゆく)の山田(やまだ)は、湯(ゆ)に行(い)つて、教場(けうぢやう)にも二階(にかい)にも誰(たれ)も居(を)らず、物音(ものおと)もしなかつた。枕頭(まくらもと)へ……ばたばたといふ跫音(あしおと)、ものの近寄(ちかよ)る氣勢(けはひ)がする。
 枕(まくら)をかへして、頭(つむり)を上(あ)げた、が誰(たれ)も來(き)たのではなかつた。
 しばらくすると、再(ふたゝ)び、しと/\しと/\と摺足(すりあし)の輕(かる)い、譬(たと)へば身體(からだ)の無(な)いものが、踵(きびす)ばかり疊(たゝみ)を踏(ふ)んで來(く)るかと思(おも)ひ取(と)られた。また顏(かほ)を上(あ)げると何(なん)にも居(を)らない。其時(そのとき)は前(まへ)より天窓(あたま)が重(おも)かつた、顏(かほ)を上(あ)げるが物憂(ものう)かつた。
 繰返(くりかへ)して三度(さんど)、また跫音(あしおと)がしたが、其時(そのとき)は枕(まくら)が上(あが)らなかつた。室内(しつない)の空氣(くうき)は唯(たゞ)彌(いや)が上(うへ)に蔽重(おほひかさな)つて、おのづと重量(ぢうりやう)が出來(でき)て壓(おさ)へつけるやうな!
 鼻(はな)も口(くち)も切(せつな)さに堪(た)へられず、手(て)をもがいて空(くう)を拂(はら)ひながら呼吸(いき)も絶(た)え/″\に身(み)を起(おこ)した、足(あし)が立(た)つと、思(おも)はずよろめいて向(むか)うの襖(ふすま)へぶつかつたのである。
 其(その)まゝ押開(おしあ)けると、襖(ふすま)は開(あ)いたが何(なん)となくたてつけに粘氣(ねばりけ)があるやうに思(おも)つた。此處(こゝ)では風(かぜ)が涼(すゞ)しからうと、其(それ)を頼(たのみ)に恁(か)うして次(つぎ)の室(ま)へ出(で)たのだが矢張(やつぱり)蒸暑(むしあつ)い、押覆(おつかぶ)さつたやうで呼吸苦(いきぐる)しい。
 最(も)う一(ひと)ツ向(むか)うの廣室(ひろま)へ行(ゆ)かうと、あへぎ/\六疊敷(ろくでふじき)を縱(たて)に切(き)つて行(ゆ)くのだが、瞬(またゝ)く内(うち)に凡(およ)そ五百里(ごひやくり)も歩行(ある)いたやうに感(かん)じて、疲勞(ひらう)して堪(た)へられぬ。取縋(とりすが)るものはないのだから、部屋(へや)の中央(まんなか)に胸(むね)を抱(いだ)いて、立(た)ちながら吻(ほつ)と呼吸(いき)をついた。
 まあ、彼(あ)の恐(おそろ)しい所(ところ)から何(ど)の位(くらゐ)離(はな)れたらうと思(おも)つて怖々(こは/″\)と振返(ふりかへ)ると、ものの五尺(ごしやく)とは隔(へだ)たらぬ私(わたし)の居室(ゐま)の敷居(しきゐ)を跨(また)いで明々地(あからさま)に薄紅(うすくれなゐ)のぼやけた絹(きぬ)に搦(から)まつて蒼白(あをじろ)い女(をんな)の脚(あし)ばかりが歩行(ある)いて來(き)た。思(おも)はず駈(か)け出(だ)した私(わたし)の身體(からだ)は疊(たゝみ)の上(うへ)をぐる/\まはつたと思(おも)つた。其(そ)のも一(ひと)ツの廣室(ひろま)を夢中(むちう)で突切(つツき)つたが、暗(くら)がりで三尺(さんじやく)の壁(かべ)の處(ところ)へ突當(つきあた)つて行處(ゆきどころ)はない、此處(こゝ)で恐(おそろ)しいものに捕(とら)へられるのかと思(おも)つて、あはれ神(かみ)にも佛(ほとけ)にも聞(きこ)えよと、其壁(そのかべ)を押破(おしやぶ)らうとして拳(こぶし)で敲(たゝ)くと、ぐら/\として開(あ)きさうであつた。力(ちから)を籠(こめ)て、向(むか)うへ押(お)して見(み)たが效(かう)がないので、手許(てもと)へ引(ひ)くと、颯(さつ)と開(ひら)いた。
 目(め)を塞(ふさ)いで飛込(とびこ)まうとしたけれども、あかるかつたから驚(おど)いて退(さが)つた。
 唯(と)見(み)ると、床(とこ)の間(ま)も何(なん)にもない。心持(こゝろもち)十疊(じふでふ)ばかりもあらうと思(おも)はれる一室(ひとま)にぐるりと輪(わ)になつて、凡(およ)そ二十人餘(にじふにんあまり)女(をんな)が居(ゐ)た。私(わたし)は目(め)まひがした故(せゐ)か一人(ひとり)も顏(かほ)は見(み)なかつた。又(また)顏(かほ)のある者(もの)とも思(おも)はなかつた。白(しろ)い乳(ちゝ)を出(だ)して居(ゐ)るのは胸(むね)の處(ところ)ばかり、背向(うしろむき)のは帶(おび)の結目許(ゆひめばか)り、疊(たゝみ)に手(て)をついて居(ゐ)るのもあつたし、立膝(たてひざ)をして居(ゐ)るのもあつたと思(おも)ふのと見(み)るのと瞬(またゝ)くうち、ずらりと居並(ゐなら)んだのが一齊(いつせい)に私(わたし)を見(み)た、と胸(むね)に應(こた)へた、爾時(そのとき)、物凄(ものすご)い聲音(こわね)を揃(そろ)へて、わあといつた、わあといつて笑(わら)ひつけた何(なん)とも頼(たのみ)ない、譬(たと)へやうのない聲(こゑ)が、天窓(あたま)から私(わたし)を引抱(ひつかゝ)へたやうに思(おも)つた。トタンに、背後(うしろ)から私(わたし)の身體(からだ)を横切(よこぎ)つたのは例(れい)のもので、其女(そのをんな)の脚(あし)が前(まへ)へ※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(まは)つて、眼(め)さきに見(み)えた。※(「口+阿」、第4水準2-4-5)呀(あなや)といふ間(ま)に内(うち)へ引摺込(ひきずりこ)まれさうになつたので、はツとすると前(まへ)へ倒(たふ)れた。熱(ねつ)のある身體(からだ)はもんどりを打(う)つて、元(もと)のまゝ寢床(ねどこ)の上(うへ)にドツと跳(をど)るのが身(み)を空(くう)に擲(なげう)つやうで、心着(こゝろづ)くと地震(ぢしん)かと思(おも)つたが、冷(つめた)い汗(あせ)は瀧(たき)のやうに流(なが)れて、やがて枕(まくら)について綿(わた)のやうになつて我(われ)に返(かへ)つた。奧(おく)では頻(しきり)に嬰兒(あかご)の泣聲(なきごゑ)がした。
 其(それ)から煩(わづら)ひついて、何時(いつ)まで經(た)つても治(なほ)らなかつたから、何(なに)もいはないで其(そ)の内(うち)をさがつた。直(たゞ)ちに忘(わす)れるやうに快復(くわいふく)したのである。
 地方(ちはう)でも其界隈(そのかいわい)は、封建(ほうけん)の頃(ころ)極(きは)めて風(ふう)の惡(わる)い士町(さむらひまち)で、妙齡(めうれい)の婦人(ふじん)の此處(こゝ)へ連込(つれこ)まれたもの、また通懸(とほりかゝ)つたもの、況(ま)して腰元妾奉公(こしもとめかけぼうこう)になど行(い)つたものの生(い)きて歸(かへ)つた例(ためし)はない、とあとで聞(き)いた。殊(こと)に件(くだん)の邸(やしき)に就(つ)いては、種々(しゆ/″\)の話(はなし)があるが、却(かへ)つて拵事(こしらへごと)じみるからいふまい。
 教師(けうし)は其(その)あとで、嬰兒(あかご)が夜泣(よなき)をして堪(た)へられないといふことで直(ぢき)に餘所(よそ)へ越(こ)した。幾度(いくど)も住人(すみて)が變(かは)つて、今度(こんど)のは久(ひさ)しく住(す)んで居(ゐ)るさうである。
明治三十三年二月
了

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
   1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
   1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:土屋隆
2007年4月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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