あらすじ
俠客の石井山三郎は、美しい娘お蘭とその老母と出会う。老母は喘息で苦しんでいるが、お蘭は献身的に看病している姿に、三郎は心を打たれる。三郎は、老母に金銭的な援助をし、お蘭に好意を持つようになる。しかし、三郎は、お蘭の過去と、彼女の運命を左右する大きな秘密に気づくことになる。
 一席申し上げます。お耳慣れました西洋人情話の外題(げだい)を、松(まつ)の操(みさお)美人(びじん)の生埋(いきうめ)とあらためまして…これは池(いけ)の端(はた)の福地(ふくち)先生が口うつしに教えて下すったお話で、仏蘭西(フランス)の侠客(おとこだて)が節婦(せっぷ)を助けるという趣向、原書は Buried(ベリッド) a(エ) life(ライフ) という書名だそうで、酔った時はちと云い悪(にく)い外題でございますが、生きながら女を土中(どちゅう)に埋(うず)め、生埋めに致しましたを土中から掘出しまする仏蘭西の話を、日本に飜(なお)して、地名も人名も、日本の事に致しましただけで、前(ぜん)以てお断りを申さんでは解りませんから、申し上げまするが、アレキサンドルを石井山(いしいさん)三郎(ろう)という侠客(おとこだて)にして、此の石井山三郎は、相州(そうしゅう)浦賀郡(うらがごおり)東浦賀の新井町(あらいまち)に※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)船問屋(かいせんどんや)で名主役を勤めた人で、事実有りました人で、明和の頃名高い人で、此の人の身の上に能(よ)く似て居りますから、此の人に擬(なぞら)え、又カウランという美人をお蘭(らん)と名づけ、ヴリウという賊がございますが、是は粥河圖書(かゆかわずしょ)という宝暦八年に改易(かいえき)に成りました金森兵部小輔(かなもりひょうぶしょうゆう)様の重役で千二百石を取った立派なお方だが、身持が悪くて、悪事を働きました事を聞きましたから、これを圖書の身の上にいたし、又マクスにチャーレという、彼方(あちら)に悪人がござりますからマクスを眞葛周玄(まくずしゅうげん)という医者にして、チャーレを千島禮三(ちしまれいぞう)という金森家の御納戸役(おなんどやく)にいたし、巴里(パリー)の都が江戸の世界、カライの港が相州浦賀で、倫敦(ロンドン)が上総(かずさ)の天神山(てんじんやま)、鉄道は朝船(あさふね)夕船(ゆうふね)に成っておりますだけで、お話はすべて原書(あちら)の儘(まゝ)にしてお聞きに入れますから、宜しく其方(そちら)でお聞分けを願います。金森家の瓦解に成りましてから、多く家来も有りましたが皆散り/\ばら/″\になりまして、嫡子出雲守(いずものかみ)、末の子まで、南部大膳大夫(なんぶだいぜんだいふ)様へお預けに成りました。粥河圖書は年齢(としごろ)二十六七で、色の白い人品(じんぴん)の好(よ)い仁(ひと)で、尤も大禄を取った方は自然品格が違います。大分(だいぶ)貯えも有りまして、白金台町(しろかねだいまち)へ地面を有(も)ちまして、庭なども結構にして、有福(ゆうふく)に暮して居りました。眞葛周玄と云う医者を連れて、丁度十月十二日池上のお籠(こも)りで、唯今以て盛りまするが、昔から実に大した講中(こうじゅう)がありまして、法華宗は講中の気が揃いまして、首に珠数(じゅず)をかけ団扇太鼓(うちわだいこ)を持って出なければなりません様に成って居ります。粥河は素(もと)より遊山半分信心は附(つけ)たりですから、眞葛の外に長治(ちょうじ)という下男を連れて、それに芳町(よしちょう)の奴(やっこ)の小兼(こかね)という芸者、この奴というのは男らしいという綽名(あだな)で、この小兼は厭味(いやみ)の無い誠にさっぱりとした女で、芸が善(よ)くって器量も好(よ)うございます。それに客愛想も好(よ)いから当時の流行妓(はやりっこ)で家(うち)には少しの貯えも有るという位、もう一人はその頃の狂歌師談洲樓焉馬(だんしゅうろうえんば)の弟子で馬作(うまさく)という男、併(しか)し狂歌は猿丸太夫(さるまるだいふ)のお尻(いど)という赤(あか)ッ下手(ぺた)だが一中節(いっちゅうぶし)を少し呻(うな)るので、それで客の幇間(たいこ)を持って世を渡るという男、唯此の男の顔を見ると何となく面白くなるという可愛らしい男で、皆様が贔屓にして供に連れて歩くという、此の五人連で好(いゝ)天気でぶら/\と出掛けました。
馬「私(わたくし)は初めて来たので、尤もお宗旨(しゅうし)で無いからだが何うも素敵で」
 ときょろ/\する。両側は一面に枝柿(えだがき)を売る家(いえ)が並んで、其の並びには飴菓子屋汁粉屋飯屋などが居て、常には左のみ賑かではございませんが、一年の活計(くらし)を二日で取るという位な苛(ひど)い商いだが、実に盛んな事で、お参りの衆は皆首に珠数を掛けて太鼓を叩きまする。
馬「斯う何だか珠数と太鼓が無いと極りが悪いようで、もし珠数と太鼓を買おうじゃアありませんか、珠数というのを」
圖「馬鹿ア云え、此の連中にそんな物が入(い)るもんか、入(い)らんぜ」
馬「それでも何だか無いと形(なり)が極りませんから、兼ちゃんお待ちよ珠数を買うから…おい婆さん」
婆「はい/\」
馬「あの珠数は幾らだ」
婆「はい/\其方(そちら)はなんで三分二朱でございます」
馬「高いね、もう些(ち)っと安直なのは無いかね、安いので宜しい、今日一日の掛流しだから、安いのが好(い)い、安いのは無いかい、其方(そっち)の方のは幾らだ」
婆「此方(こちら)のは白檀ですから一両二分で」
馬「ひゃア篦棒(べらぼう)に高い/\、もっと安いのは無いか、此方(こっち)のは」
婆「これは紫檀(したん)ですから二分で宜うございます」
馬「まだ高い/\、おいほんの間に合せにするのだから」
婆「そんなら梅と桜に遊ばせ」
馬「それは安いかい」
婆「六百文でございます」
馬「妙々梅と桜で六百出しゃ気儘か、宜しい…皆様(みなさん)先へ入らっしゃい…じゃア婆さん此金(これ)で」
婆「生憎(あいにく)お釣がございません、お気の毒様で、何うかお端銭(はした)がございますなら」
馬「じゃア斯うしよう、お参りをして来るからそれ迄に取替えて置いてお呉れ」
婆「はい畏(かしこ)まりました」
 と婆(ばゞあ)は金を受取り珠数を渡します。馬作は珠数を首に掛け、
馬「そんなら婆さん屹度(きっと)頼んだぜ、さア此奴(こいつ)が有りゃア大威張だ、時に兼ちゃん何うです大変な賑いですねえ、今日のお賽銭は何(ど)のくらい上りましょう、羨(うらやま)しいね私もお祖師様(そしさま)に成りてえ、もしあんな別嬪なぞに拝まれてね」
兼「馬鹿アお云いな勿体ない」
馬「さア来た/\」
 と本堂に上り柏手をポン/\。
馬「いや柏手じゃア無かった粗忽(そゝっ)かしくッて宜(い)い、南無妙法蓮華経/\/\南(な)ア無妙(んめ)ウ法蓮華経もし一寸(ちょっと)様子が好(い)いじゃアありませんか別嬪ばかりずうっとさ、色気の有る物にゃア仏様でも敵(かな)いませんね、女がお参りに来なくっちゃアいけません、何うも鼻筋の通った口元の締った所(とこ)は左團次(さだんじ)に似て、顋(あご)の斯う…髪際(はえぎわ)や眼の所(とこ)は故人高助(たかすけ)にその儘で、面(おも)ざしは團十郎にすっぱりで、あゝありゃア先刻(さっき)遇(あ)った」
兼「何を云ってるのだえ騒々しいねえ」
馬「何さお祖師様のお顔の事さ」
兼「お祖師様のお顔に先刻(さっき)遇ったかえ」
馬「いえ何さ…扨(さて)忠二(ちゅうじ)もお蔭様で一度にふッ切りまして漸く歩けるように成りましたから、お礼に一寸(ちょっと)是非上らなくッちゃアならんと申しましたが、生憎(あいにく)今日はお約束がございまして、それで私(わたくし)が言伝(ことづて)を頼まれて参りました宜しく申し上げて呉れと申しました」
圖「これ/\馬作何を云うのだ」
馬「いえさ、私(わたくし)の友達がお祖師様の御利益(ごりやく)で横根を吹っ切りましたから、其のお礼のことづかりを云ってる処で」
皆々「アハヽヽヽ」

 これから元名村(もとなむら)の所へ来ると丹波屋(たんばや)という茶漬屋がありますが、此処(ここ)も客が一杯で彼(あ)れから右へ切れて、川崎へ掛る石橋の所、妻恋村(つまごいむら)へ出ようとする角に葭簀張(よしずっぱり)が有って、其の頃は流行(はやり)ました麦藁細工で角兵衛獅子を拵(こしら)え、又竹に指(さし)た柿などが弁慶に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さ)してあります。床几(しょうぎ)には一寸(ちょっと)煙草盆があって、店の方には※(「米+巨」、第3水準1-89-83)※(「米+女」、第3水準1-89-81)(おこし)に捻鉄(ねじかね)松風(まつかぜ)に狸(たぬき)の糞(くそ)などという駄菓子が並べてございます。唯今茶を汲んで居る娘は年が十八九で、眼元が締り、色くっきりと白くして豊頬(しもぶくれ)の愛敬のある、少しも白粉気(おしろいけ)の無い実に透通(すきとお)る様な、是が本当の美人と申すので、此の娘が今襷掛(たすきがけ)で働いて居ります、余(あんま)り美しいから人が立停って見て居る様子。
馬「もし旦那一寸(ちょっと)御覧なさい、素晴しい別嬪で、御覧なさいあの何うも前掛などが垢染みて居るが何うも別嬪で」
圖「成程是は美人だ」
馬「木地(きじ)で化粧なしで綺麗だから、何うも得て何処か悪い所(とこ)の有るもんだが、こりゃア疵気(きずけ)なしの尤(えら)い玉で」
 周玄は中々の助平だから先刻から途々(みち/\)女を見て悦んで居る所へ、
馬「先生何うです彼(あ)の娘は見事じゃアありませんか」
周「はゝア成(なア)る/\いやこれは美人、こりゃア恐入った代物(しろもの)だ、もし彼(あ)の床几に腰を掛けてる客ね、茶は呑みたく無いが、あの娘を見たい計りで腰を掛けて居ますわ、実に古今無類の嬋妍窈窕(せんけんようちょう)たる物、正に是れ沈魚落雁(ちんぎょらくがん)閉月羞花(へいげつしゅうか)の粧(よそお)いだ」
馬「はゝ当帰(とうき)大黄(だいおう)芍薬(しゃくやく)桂枝(けいし)かね、薬の名のような賞(ほ)め方だからおかしい、何しろ一寸(ちょっと)休んで近くで拝見などは何うでげしょう」
皆々「それがよかろう」
馬「はい御免」
娘「入らっしゃいまし」
(先から居る客)「こりゃア大きにお邪魔を致しやした、どれ出掛けましょう」
娘「まア御緩(ごゆっく)りと遊ばしまし左様なら有難う」
馬「旦那御覧(ごろう)じろ今の三人連(づれ)は顔附でも知れるが皆(みん)な助平連(れん)で、此家(ここ)の娘を見たばっかりでもう煙草入を忘れて往(い)きましたぜ」
圖「そりゃア困るだろう、返して遣んな」
馬「返せたッて此の人込の中で知れやアしません、へゝゝゝこりゃアお祖師様から私(わたくし)への授かり物で、有難い、いえさ、向(むこう)でもこの人込の中だから気が附きゃア仕ません、忘れて居ますわ」
 と懐の中へ入れる。
圖「止せといえばよ、手前お祖師様の罰(ばち)が当るぜ、止しなよ」
 と云う所へ前の客はきょろ/\眼(まなこ)で遣って来まして、
客「只今此処(こゝ)へ煙草入を忘れましたが後(あと)で気が附きましたので、もし此処にゃア落ちていませんでしたか」
 馬作は不性無承(ふしょうぶしょう)に懐から煙草入を出しまして、
馬「はい今追懸(おっか)けて返して上げようと思って居たが、是ですか」
客「へいこれでございます、有難うございました、いえも詰らん煙草入ですが途中で煙草が無いと困りますから、左様なら有難うございます」
 とずいと往ってしまう。馬作は後(あと)で口を明いて向(むこう)を眺めて、
馬「あゝあれだ、取りに来(き)ようが余(あんま)り早い取りに来ようだ」
圖「狡(ずる)い事をするとつまり損をするぜ」
馬「損をするってえ旦那是迄私(わたくし)は何にでも損をした事はございません、そりゃアもう、からッきし酔ってお座敷を勤めてもね、物を忘れた事はありません、そりゃアもう其処(そこ)らに有る物を何でも拾って袂へ入れてね、お肴でも何でも構やア仕ません、それだから家(うち)へ帰るとね何時(いつ)でも手拭の八本位袂から出るので、そりゃア実に慥(たしか)なもので…いや待てよ…あゝ珠数(じゅず)の釣(つり)を取るのを忘れた」
圖「はゝゝゝそれ見ろ、直(すぐ)に罰(ばち)が当った」
馬「いや忌(いめ)えましい、時に兼(かね)ちゃんは何うしたろう、まだ来ねえ、だが旦那あの妓(こ)ぐれえ買喰(かいぐい)の好きな妓はありませんぜ、先刻(さっき)も大きな樽柿と蒸(ふか)し芋を両方の手に持って、歩きながらこう両方の喰競(くいくら)べを為(し)ながら…あゝ来た/\…兼ちゃあん此処だ/\、あんまり遅いから待って居たので」
兼「おや左様(そう)、今頼まれた物を買ってる中(うち)遅くなったの」
馬「頼まれ物だと、なんだ串柿かね、おい姉(ねえ)さんお茶をおくれ」
 茶碗も沢山(たんと)はございませんから、お客の帰る傍から其の茶碗を洗ってしとやかに茶を汲んで出す。
娘「貴方お茶をお上り遊ばせ」
 と出すのを見ると元小兼の主方(しゅうかた)の娘で、本多長門守様の御家来岩瀬某(なにがし)と申し、二百石を頂戴した立派な所のお嬢様で何う零落(おちぶれ)てこんな葭簀張(よしずっぱり)に渋茶を売って居るかと、小兼はじっと娘の顔を見詰めた切り、暫くは口もきけません。
兼「お嬢様まア何うなすった」
娘「兼や誠に面目次第も無い、お母様(っかさま)と私と一昨年からこんな業(わざ)をして」
兼「ほんにまアねえ、私(わたくし)も御存じの母が亡くなりまして其の亡くなる前にも、何うぞして入らっしゃる所が知れ無いかと申して、何うか尋ねて御恩に成ったお礼を申してと、もう此方(こなた)に斯うやって入らっしゃる事が知れゝば、及ばずながら疾(と)うにお力にも成って上げましたものを、もう此方(こなた)に入らっしゃるとは知りませんもんですから…本当にまア好(よ)く……馬作さん何だって勿体ない、お嬢様にお茶など戴いて好(い)い気になって、彼方(あっち)へお出でよう」
馬「だって茶店の姉さんに此方(こっち)から茶を汲んで出す奴が有るものか」
兼「こりゃア私の御主人様だよう」
娘「お母様(っかさま)兼が参りましたよ、一寸(ちょっと)お逢い遊ばせ」
 破れた二枚屏風の中に年齢五十五六の老母、三年越し喘息に悩みこん/\咳をしながら、
母「兼や誠に暫く」

兼「御新造様誠に御無沙汰致しました」
母「まだお前が十五六の時分に逢った切りで、それから三年振で今日逢うと、一寸(ちょっと)見ては話も出来ない位見忘れる様に大きく成ったのう、人の噂に大層働きの好(よ)い芸者になったとは聞いたが、お前は一体親孝行で母を大事にしたが、旦那様もお前は感心だ、あゝいう芸者などには似合わぬ者とお誉(ほ)めなすったが、是も孝行の徳だ、私は又斯(こ)んな姿になるまで零落(おちぶれ)ました」
兼「もう唯今お嬢様にも左様(そう)申すので、何(ど)うかして何処(どこ)に入らっしゃるか知れ無い訳もあるまいと尋ねましても何うしても知れませんので、慥(たし)か何時(いつ)ぞや三田(みた)に入らっしゃる様子を聞きましたが」
母「三田の三角の所(とこ)の詰らない所(ところ)に引込(ひっこ)んで、それから此方(こっち)へ便(たよ)って来て、誠に私も三年越し喘息で、今にも死ぬかと思うが死なれもし無いで、早く死んだら娘(あれ)にも却(かえ)って楽をさせる様に成ると思って居るばかりで、此の節此方(こっち)へ来て麦藁細工を夜なべに内職して、夜寝る眼も寝ずに娘(あれ)が大事にしてくれるから、それ故私も斯(こ)うやって命を繋いで居るばかりで、お前に遇(あ)っても何一つ遣る事も出来ないで」
兼「何う致しまして飛んだ事を、私(わたくし)ももう何です、有難い事に皆様が贔屓(ひいき)にして下すって、明日(あした)ももうお約束でいけませんが、明後日(あさって)は屹度(きっと)此方(こちら)へお尋ね申します、お力に成るという訳にも参りますまいが、母の遺言もございますし、何うぞ気を落さずに気を確(しっか)りとなすって居て下さいまし、これは誠に少しばかりですが」
 と合切袋(がっさいぶくろ)から小粒を二つばかり出しまして、
兼「これはほんの私(わたくし)の心ばかり何うか何ぞ召上物(めしあがりもの)でも」
母「そんな心配しないでも好(よ)い、私はお前に何ぞ上げようと思って居るに却(かえ)って貰っては」
兼「いゝえほんの心ばかりで、生憎(あいにく)今日は持合せがなんですから又出直して参ります、本当に能(よ)くねえ斯んな所(とこ)にお住いで」
馬「兼ちゃんお出掛に成りましたよ、行(ゆ)くよ」
兼「先へお出でよ、直(すぐ)に行(い)くから」
 名残り惜しいから何かぐず/\して「何(いず)れ又」と小兼は出掛けます。娘も見送りながら葭簀張(よしずっぱり)を出ようとすると、川崎道から参りましたのは相州東浦賀の名主役石井山三郎で、連れて参った男は西浦賀の江戸屋半治(えどやはんじ)、ちょっと競肌(いなせ)な男で、これは芳町(よしちょう)の小兼と疾(と)うより深い中で、今は其の叔父の銚子屋へ預けの身の上、互に逢いたいと一心に思って居るところ、
兼「おや半ちゃん、おや旦那誠にお久し振、何うしなすったか一寸(ちょっと)御機嫌伺に上りたいと思っても船が嫌いなもんですから、此処(こゝ)でまアお目に懸るとは本当に思い掛けない訳で」
山「実に此処で遇(あお)うとはなア、兼公、半公もお前(めえ)に逢いてえだろうが出られねえ首尾で、今日は漸く暇を貰って出て来たが、直ぐお前(めえ)の所(とこ)へも往(い)けねえというのは何分世間を憚(はばか)る訳で」
兼「まア何でも好(い)い、嬉しいねえ、此処で旦那にお目に懸るとは本当に馬作さん御利益(ごりやく)で」
馬「さて旦那誠に暫く、もし早速だが聞いてお呉んなせえ、兼ちゃんはお宗旨では無かったのを此の節半ちゃんに逢わして下さいッて、それからの信心でね、今日もお参りに往(い)くから一緒に往(い)こうとッて兼ちゃんのお供で」
山「そりゃア好(い)いがお客が先へ往った様子だ、早く往(い)きねえ」
馬「なアに彼(あ)れは二三度遇った客で、なにさ一向訳の分らん奴で、途中で落合ってはッ直(すぐ)さまお供という様な訳ですから、此処で旦那にお目に懸れば直(すぐ)に馬の乗替(のりけ)えお客の乗替(のりけ)えてえ奴で、実に此処でお目に懸るたア有難(ありがて)えね、もし今もね兼ちゃんがお祖師様を拝むのを傍で聞いてましたが、あの混雑する中で半ちゃんに/\半ちゃんに/\というのが能(よ)く聞えるのでこれは何うしても是非(ぜっぴ)両方からお賽銭を取るので、旦那今日はずうっと川崎泊りでしょう、今夜は藤屋へ泊って半ちゃんに逢わして遣って下さい」
 と馬作はのべつに喋って居ります。山三郎は其の話を聞きながし、心ともなく今小兼の出て来た葮簀張(よしずッぱり)の中を見ますると十八九の綺麗な娘、思わず驚きまして、
山「美しい娘だのう」
兼「旦那あれは私の旧(もと)の御主人様ですから、お願いで、何うぞ休んで沢山(たんと)お茶代を置いてッて下さい」
 と半治と二人を家の中へ突込む様にして、馬作を連れて出て往って仕舞いました。
山「能(よ)く慣れない事が出来ますね」
娘「はい誠に慣れませんで、お客様へ前後して間違っていけません」
 といううち屏風の内でこん/\こん/\咳入りまして、今にも死ぬかと思う程に苦しく見える喘息で、娘はお客にも構わず飛んで往(ゆ)きまして、撫でたり胸を押えたり介抱する様子を、山三郎は見て居りましたが、孝心面(おもて)に現われてなか/\浮気や外見(みえ)でする介抱でございません。
山「成程此の介抱は容易に出来ない介抱だ、感心な娘だのう半治、客にも構わず夢中になって母親を一生懸命に看病するが、あれはなか/\出来るもので無い」
 と頻(しき)りに感心して見て居りまする。

 山三郎は娘の老母を看病する体(てい)を感心して見て居りましたが、咳も少し止った様子。
山「姉さん治(おさ)まったかえ」
娘「はい有難うございます、もう少し立ちますと治(おさま)ります、もう恟(びっく)り致しました」
山「さぞお母(っか)さんはせつのうございましょう」
母「誠に失礼でございますが、お客様を置きまして介抱いたしますが、もう咳込んで参りますと今にも息が止るかと思いますくらいでございます、寒くなりますと昼夜に四五度(たび)ぐらい咳込みますから」
山「さぞお困りで有ろう、併(しか)し感心な娘御で、お前さんは好(よ)い子を持ってお仕合せで」
母「はい、もう此の娘(こ)の手一つ計りでございます、是から又寒くなりますと、夜分寝ずに咳きますので誠に堪(こら)えかねます、寧(いっ)そ一(ひ)ト思いに死んだら此の娘(こ)も助かると思いますけれども、死ぬにも死なれませんしねえ貴方(あなた)」
山「そんな弱い気を出してはいけません、何か外(ほか)に別段親類も何も無いのかね」
母「はい」
山「唯お前さんと此のお娘(こ)さん切(きり)かね、私は田舎者で相州東浦賀の者で、小兼に聞けば能(よ)く分りますが、入らざる奴と思し召すかは知りませんが、年も往(い)かん娘御が彼(あ)の介抱をなさる様子、実に孝心で、私は始めてお目に懸ったが、中々親孝行という事は出来ないもので、心底(しんそこ)から感心しました、真実の処を申すが、女ばかりで別に親類もなく相談する処も無くってお困りの節は、見継(みつ)いで上げますから、小兼に話して手紙の一本も遣(よこ)しなされば直(すぐ)に出て来て話相手にも成りましょうから、お心置なく小兼にまで一寸(ちょっと)言伝(ことづて)をなさるよう」
母「有難うございます、御親切様に、彼(あれ)の母は私共(わたくしども)へ勤めて実銘(じつめい)な者で、それも亡なりましたそうですが、それでも彼が芸者とか何とかで母を養いまして、商売柄に似合わない親切者で、何うか贔屓(ひいき)にしてお遣(や)り遊ばして」
山「誠に少ないがお母(っか)さんに此金(これ)で何ぞ温(あった)かい物でも買って上げて」
 と紙入を出して萠黄金襴(もえぎきんらん)の金入から取出しました、其の頃はガクで入って居りますから、何十両だか勘定の分らん程ざくりと掴出(つかみだ)して小菊(こぎく)の紙に包み、
山「少許(すこしばか)りですが、もう行きますからお茶代に」
 と出して出掛けまする。
娘「これはまア沢山に有難うございます、もしお母(っか)さん兼がお茶代を心附けて呉れましたから、彼(あ)の方が沢山置いてって下さいました、大変掴んで」
母「左様(そう)かえ、お前が私を孝行にするから御祖師様の御利益(ごりやく)で此のお銭(あし)も」
 と開けて見ると中は金(きん)で十両許(ばか)り、其の頃の十両ですから恟(びっく)りして
母「おやまアお金だよ」
娘「ほんとにまアこんなに沢山、御親切な方ですねえ、彼様(あんな)に仰しゃって、浦賀の者だから手紙をよこせとまで仰しゃって有難い事ですねえ、まアお母(っか)さん少し落着いたらお粥でもお上り遊ばせ、どれお夕飯(ゆうはん)の支度を為(し)ましょう」
 と娘は右の金を神棚へ上げ、その中(うち)暗くなるから彼方此方(あちらこちら)片付けるうちぽつーり/\と降出して来ました。日癖(ひぐせ)の所為(せえ)か、今晴れたかと思うとどうと烈しく降出して来て、込合います往来もばったりと止りました。娘は辺(あたり)を片附けようと思うと縁台の上に萠黄金襴(もえぎきんらん)の結構な金入が乗って有るから、
娘「おやお母(っか)さん大変な事を為すった、あの先刻(さっき)沢山お心附を下すった旦那様が、お金入を忘れて入らっしゃいましたよ、中には余程(よっぽど)お金が有りますが嘸(さぞ)お困りでございましょう、彼(あ)の方の事ですから外にもお貯えはありましょうが、兎に角私(わたくし)がお宿迄お届け申しましょう」
母「それでもお前、お宿は浦賀だと仰しゃったが」
娘「いえあの今夜は川崎の本藤(もとふじ)へ泊るからとのお話を聞きましたから、小兼も慥(たし)かそこへ往(い)く様子ですし、ひょっとお差支(さしつかえ)でも有るとお気の毒ですから、ちょっくり川崎まで行って参ります、それに雨は降るし日は暮(くれ)るし、もうお客も有りますまいから心配しないで留守をして居て下さい、少しの間に往って来ますから」
 と母の枕元に手当をして、両褄(りょうづま)取って、小風呂敷に萠黄金襴の金入を包み、帯の間へ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(はさ)んで戸を開けて出ようとすると、軒下に立って居る武士(さむらい)、雨具が無いから素跣(すはだし)で其の頃は雪駄でありますから、それを腰に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)んで戸に倚(よ)り掛って居る。
武「これはお邪魔で、なに拙者雨具を持たんで少し軒下を拝借して」
娘「それはお困りさまで、中へ入ってお休み遊ばせ」
武「姉(ねえ)さん此の降るのに何処(どこ)へお出でだ」
娘「私(わたくし)はあの六郷の方まで参るので」
武「六郷の方へ行(ゆ)くのなら幸いだ、拙者もこれから参るのだから一緒に行(ゆ)こう」
娘「私(わたくし)は急ぎますから」
 と不気味だからそこ/\に挨拶して行(ゆ)き過ぎますと、武士(さむらい)はピシャ/\供の仲間(ちゅうげん)と一緒に跡を追って来る。此方(こちら)は弥々(いよ/\)変だと思いますから早足にして、あれから堤方(つゝみかた)を離れて道塚(みちづか)へ出て、徳持村(とくもちむら)の霊巌寺(れいがんじ)を横に見て西塚村(にしづかむら)へ出る畑中の小高い処、此方(こなた)は藪畳(やぶだゝみ)の屏風の様になって居る草原の処を通り掛ると、「姉(ねえ)さん待ちな」と突然(いきなり)武士(さむらい)が後(うしろ)から襟上(えりがみ)を掴(つか)むから「あれー」と云う中(うち)に足首を取って無理に藪蔭(やぶかげ)へ担(かつ)ぎ込み「ひッひッ」というを引(ひっ)□し、仲間(ちゅうげん)は此の間(ま)に帯の間に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(はさ)んで有りました彼(か)の金入(かねいれ)を引奪(ひったく)り「是を盗(と)られては私(わたくし)が」といううち武士(さむらい)は□□って怪(け)しからん振舞をしようとする処へ通り掛った一人(いちにん)は粥河圖書(かゆかわずしょ)で、傍(はた)から見兼て飛んで入(い)り、突然(いきなり)武士(さむらい)の襟上取って引倒し、又仲間(ちゅうげん)をやッと云って放り出した。仲間(ちゅうげん)は仰向(あおむけ)になって見ると驚きました。傍(かたわ)らに一本※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(ぽんさし)の品格の好(い)い男が佇(たゝず)んで居るから少し怯(おく)れて居ました。
圖「何だ手前(てまえ)は、何をする、斯様なる怪(けし)からん事をして何と心得て居る、何だ此の女を辱(はずかし)めんとするのか、捨置き難い奴だが今日(こんにち)は信心参りの事だから許す、行(ゆ)け/\」
仲「なんだ、行(ゆ)けとはなんだ、人をいきなり投げやアがッて、此の野郎叩ッくじくぞ」
 と云ううち今一人の武士(さむらい)は引抜いて切って掛る、無慙(むざん)に切られるような圖書でない。処へ眞葛周玄が駈けて来るという、一寸(ちょっと)一息して後(あと)を申上げます。

 西塚村で孝女お蘭が災難に遇(あ)います処へ、通り掛った粥河圖書が、悪武士(わるざむらい)を取って投げまする、片方(かた/\)はなか/\きかん奴で、大胆不敵の奴で長い刀を引抜いて切って掛る、切られるようなる人で無いから、粥河圖書は短かな二尺三寸ばかりの刀をもって、胸打(むねうち)にしてどーんと打込むと、彼(か)の者は切られたと思い、腕前に恐れてばら/\/\下男諸共転がるように、田甫(たんぼ)畦道(あぜみち)の嫌いなく逃延びる。所へ、少し後(おく)れた眞葛周玄は駈付けて、
周「何(ど)ういう訳か分りませんが、まア宜(い)い塩梅(あんばい)に此の娘(こ)に疵(きず)が付かないで、おや此の娘(こ)は先刻(さっき)茶店に出て居たあの石橋の際(きわ)の、何うしてまアこんな処へ」
娘「はい有難うございます、思い掛なく旦那様が好(よ)い所へお通り掛りで、厭な人が後(あと)から附いて来て川崎まで道連になると申しますから、私(わたくし)はぎょっとして逃げようと思いますと、出しぬけに後(うしろ)から抱付かれ、殺されようとする処をお助け下すって誠に有難うございます」
周「まア/\怪我が無くって宜(よ)かった併(しか)し何か取られはせんかえ」
娘「はい誠に済まない事を致しました、私(わたくし)の店へお休みなすったお方が忘れ物をなすって、それをお届け申しましょうと川崎の藤屋まで参ります途中で、お金の入って有る物を只今の悪者が帯の間から持って逃げました」
周「金入には多分に入って居たのかえ」
娘「はい」
周「そのくらいなものはまア宜(い)い、金ずくには替えられないお前の身に怪我さえ無ければ宜(よろ)しい、それは先方へ話して金高が分りさえすれば何うにでも成る此処(こゝ)を通り掛ってお助け申した以上は…何さそれは多分でも有るまいから、此処においでになる大夫(たいふ)が如何様(いかよう)とも致して進ぜられる、何しろお家(うち)まで送ってからの事、それからお話は家(うち)へ往って内訳話に致しましょう、ねえ大夫それが宜(い)いじゃア有りませんか」
圖「それも左様(そう)だ、それじゃア宜(よろ)しき様に」
周「それは僕の胸中に心得て居りますから」
 と両人が娘の後先(あとさき)に附添って茶店へ帰って来ました。
娘「お母(っか)さん飛んだ災難に逢って帰りました」
母「なに災難に逢ったと、どんな災難に、だから云わない事じゃア無い」
娘「悪武士(わるざむらい)に掴(つか)まって私(わたくし)はもう殺される処を、通り掛りの旦那様に助けられて、そして其の方は先刻(せんこく)お休みなすったお方で」
母「おやまア飛んだ事、貴方(あなた)何うも何ともお礼の申し様もございません、見苦しゅうございますが何卒(どうぞ)此方(こちら)へ」
周「はい/\さア大夫此方(こちら)へ、扨(さて)私は先刻此処へ休んだ者で、処が此方(こなた)のお嬢様が強(ごう)□に遇おうという処を斯(こ)うやって計らずもこうお助け申すというも何ぞの縁で、お母(っか)さん私は眞葛周玄という無骨者で、此の後(ご)は何卒(なにとぞ)別懇に、扨実は先刻此方(こなた)へお寄り申して、小兼とのお話を段々承ったが、あの小兼は大夫が長らくの間の御贔屓(ごひいき)で、それから様子を聞きましたが、どうか前は本多長門殿の御家来だそうで」
母「はい、申すも面目ございませんが、元は岩瀬と申し、少々はお高も戴きました者でございますが、金森様の事に付いてお屋敷は不首尾となり、殿様へ種々(しゅ/″\)御意見を申し上げ、諫言(かんげん)とかをいたしたので重役の憎みを受け、御暇(おいとま)になりましたが、なんの此の屋敷ばかり日は照らぬという気性で浪人致し、其の後(のち)浪宅(ろうたく)において切腹いたし、私(わたくし)もそれから続いての心配が病気になって」
周「へゝえそれははやお気の毒な訳で、就(つい)ては嬢さんをお助けなすった大夫は、身柄は小兼にお聞きになれば分りますが、前々(ぜん/\)は今お話しの金森家の重臣で、千石余(あまり)をお取り遊ばしたお方で、主家(しゅうか)は彼(あ)の通りの大変で、余儀なく只今は白金台町にお浪宅ではありますが、お貯えが有って、何一つ御不足の無いお身の上で、お庭なぞも手広く取って極(ごく)お気楽のおくらしですが、以前と違いお手少(てずく)なで、只今以(もっ)て御新造(ごしんぞ)が無いので何うか一人欲(ほし)いと仰しゃるので、僕も種々(いろ/\)お世話を申して、好(よ)いのをと思うが、扨(さて)何うも長し短しで丁度好いと云うのが無いもので、今の身の上は町人と交際(つきあい)もする身の上だがまさか町人と縁組をするも嫌(いや)だし、何か手捌(てさば)きも出来るような柔和な屋敷者で、遊ばせ言葉で無ければと仰しゃる、そうかと云って不器量(ふきりょう)でもいかんし、誠に僕も殆(ほとん)ど閉口いたす、処が先刻此の店へ腰を掛けて御息女を見られた処が、殊(こと)の外(ほか)御意(ぎょい)に入(い)って何うかあれをと仰しゃる、尤(もっと)もお母(っか)さんぐるみお引取申しても宜しい訳で、実は小兼に一寸(ちょっと)其の橋渡しを頼もうと思っているうち、他に客でも出来たか逃げたので、甚だ失敬だが僕が打(ぶっ)つけにと立戻って来る途中で、前の始末で助けて上げたは、是も全く御縁だから、何卒(どうか)お母さん得心して速(すみや)かに承諾して下さい、僕が媒介(なこうど)する、お聞済(きゝずみ)なれば誠に満足で、何うか平(ひら)に御承知を願いたい」

母「はい、思召(おぼしめ)しの段は誠に有難うございますが、何(ど)うも只今の身の上では、貴方方の様な立派な処へ参られもしませんし、それに身丈(みなり)こそ大きゅうございますが、誠に子供の様でございますから、世間知らずで中々もう立派なお家(うち)の御新造(ごしんぞ)になるなどは出来ませんので」
周「あれさ、そんな事を仰しゃっても其れはいかん、貴方のお目から左様(そう)でもあろうが、其処(そこ)がさ、それ、御相談で段々習おうよりは慣れろで、下世話でも能(よ)く云う事で習って出来ない事はない、何でも為(す)れば出来ますから」
母「有難うございますが、此の事ばかりは当人が得心しませんでは親の一存にもゆきませんから、篤(とく)と考えて娘とも相談の上御挨拶致しますから、四五日何うかお待ちなすって」
周「四五日などと云って、承われば置忘れた人の金入とかを届けようとて、途(みち)で災難に遇(あ)って、それを向(むこう)へ掛合って上げようと心配して居るくらいな所」
母「お前何かえ、彼(あ)れを盗まれたのかえ」
娘「はい、飛んだ事を致しました、担(かつ)がれて行(ゆ)く時、帯の間に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(はさ)んで居りましたのを、仲間体(ちゅうげんてい)の者が手を入れて抜出して持って往(ゆ)きました、何うしたら宜(よ)うございましょう」
母「えゝ其れを奪(と)られては」
周「それも大夫が其の金を向(むこう)へ償(まと)って、さのみ大した事でも有りますまいから、それを此方(こちら)で整然(ちゃん)として、いえさ誠に失敬だが、それは大夫の方で何(ど)の様(よう)にも致されようから、そんな事は心配なしに、相談は早いが宜(よろ)しい、何でも命を助けた恩人が頼む事だから、貴方の方でも嫌(いや)とは仰しゃれまい、殊(こと)に結構な事で、此の上も無く目出度(めでた)い事で、何うか早々(そう/\)結納を取交(とりか)わして、いえも善は急げで早い方が宜(よ)い、早いがよろしい、妙だ、先刻菓子を包もうと糊入を買おうと思ったら、中奉書(ちゅうぼうしょ)を出したから買っといたが、こゝに五枚残って居る、妙だ、硯箱(すゞりばこ)がある、早速書きましょう、えゝ目録は何(なん)で、帯代が三十両、宜しい、昆布(こんぶ)、白髪(しらが)、扇、※(するめ)[#「魚+昜」、U+9C11、22-2]、柳樽(やなぎだる)宜しい」
 と無闇に書立て、粥河圖書の眼の前で名前を書いて彼方(あちら)へ此方(こちら)へと遣取(やりと)りをさせました。母親は恩人だから厭とも云われず、娘は唯もじ/\して居る。周玄は結納を取替(とりか)わし無理無体に約定を極(き)めて、
周「兎も角明朝僕が又上ります」
 と独りで承知して帰りました。扨(さ)てお話は二つになりまして、川崎の本藤にては山三郎半治小かね馬作の四人が一つの座敷で、
馬「何うも今日ほど不思議で、何だか嬉しくって成らねえ事(こた)ア無(ね)えね、もし旦那忘れもしない六年跡(あと)のお祭で、兼ちゃんが思い切ってずうっと手古舞(てこまい)になって出た姿が大評判(おおひょうばん)で、半ちゃんがその時の姿を見て岡惚(おかぼれ)をして、とうとう斯(こ)うなったが、兄さんが固くってお家(うち)を不首尾(かぶっ)て居るうち、兼ちゃんが独りで見継(みつ)いで居るなあんて、本当に女の子に可愛がられて遊んで居るなどは世の中に余り類が有りませんぜ、え、鰻、これは結構、有難く頂戴」
山「師匠相替らず延続(のべつゞ)けだのう、どうもサ師匠の顔を見ると自然(ひとりで)に可笑しくなるよ」
馬「私(わたくし)も貴方のお顔を見るとせい/\しますよ、何うか何時(いつ)までもお顔を見て居てえ」
山「時に先刻(さっき)休んだ茶店の娘(むすめ)の、彼(あれ)は好(い)い娘(こ)だのう」
兼「好(い)い娘(こ)だって貴方彼(あれ)は二百石も取った岩瀬主水様と云う私(わたくし)のお母(ふくろ)が勤めたお屋敷のお嬢様で、お運が悪いので、殿様のお屋敷に騒動が出来て、旦那様は…半元服したような名は何(なん)てえのですかねえ…そら意見する事は」
山「諫言(かんげん)か」
兼「腹切はなんてえの」
山「切腹か」
兼「そう/\旦那様が、その半元服をなすったもんだから、到頭あんなに零落(おちぶれ)てしまったんですが、それでもお嬢様があゝ遣(や)って彼様(あんな)に親孝行をなさるんですよ、だがあんな扮装(なり)をして入らしっても透通(すきとお)るような好(い)い御器量で」
山「己もまだ彼(あ)の位好(い)い女を見たことがねえ」
馬「新井町の旦那が見た事が無いと云うが、本当に彼(あ)のくらいの娘(むすめ)は少ねえ、併(しか)し彼の娘の方でも旦那に気のあった筈で、十両ばかり少ねえよとざっくり置いたというから、定めし気がありましたろう」
山「師匠じゃアあるめえし金を見て気のある奴が有るものか、おゝそれで気が付いた、此家(ここ)へ祝儀を遣らなくっちゃアいかん、おい半治包んで」
 と金入を出そうと思って、ふと懐中を捜(さぐ)りますと無いから、
山「オヤ金入を落したか、こーと、あ先刻(さっき)彼(あ)の娘の所へ心附けた時紙入から出したが、包んで遣った儘(まゝ)忘れて来た」
馬「そりゃアおいねえ事をしました、余程(よっぽど)有りましたろう」
山「なに些(ちっ)と計(ばか)りさ、二十両も有ったろう」
馬「そりゃア大変だ、私(わたくし)が取って来ましょう」
山「宜(い)いわ、失(なくな)る時にゃア失るから大騒ぎやって行かなくっても宜い、彼(あ)ア云う親孝行の娘(こ)だから有りゃア取って置いて呉れる」
馬「そりゃア左様(そう)ですが、親孝行でも兼ちゃんの前じゃア云い悪(にく)いが人間の心は変り易(やす)いから」
山「お前とは違うよ」
馬「それでも知慧附ける奴が有りますからねえ」
山「宜(い)いよ、まだ掛守(かけまもり)の中に金が有るから遣って呉れ」
 と総花(そうばな)でずらりと行(ゆ)き渡ります。
山「さア今夜は早寝にして、兼公は久し振だから半治の脇へ寝かして、師匠、お前と己は此方(こっち)へ寝よう」
 と是から襖(ふすま)を閉(た)って障子を締め、夜具(とこ)を二つ宛(ずつ)並べて敷く。
山「おい其方(そっち)の床は離さねえでも宜(い)い、師匠何をして居るのだ」
馬「へい、襖(からかみ)を閉切(たてき)っていきれるから斯(こ)う枕元に立って立番をしているので、これから縁側へ整然(ちゃん)とお湯を持って行(い)くんだ、何うです今夜は一(ひ)と役(やく)二分(ぶ)宛(ずつ)と極めましょう」
山「そんな慾張を云わねえで早く来て寝て仕舞いねえ」
馬「何うせ今夜は眠(ね)られねえね」
 とぴしゃりと襖(からかみ)を閉切(たてき)ります。

 此方(こちら)は三年振で逢って、
兼「本当にまア、何うしてまア、好(よ)く来てお呉れだねえ」
半「己も茫然(ぼんやり)して銚子屋に預けられて居るが、もう半年も辛抱すれば新井町の旦那が兄さんに話をして遣るから、少しの間辛抱しろというから、それを楽(たのし)みに世間に見られねえ様にして居るのよ」
兼「私の方からは、必ず手紙で何時(いつ)幾日(いくか)に何うすると、ちゃんと極めて上げるのに、稀(たま)に手紙の返辞の一本ぐらいよこしても宜(い)いじゃア無いか」
半「銚子屋のは頑固(かた)いからそう/\出歩く訳にもゆかず、そりゃア己だっても心配はして居るけれども、左様(そう)はいかねえ」
兼「本当に男と云うものは情(じょう)のない者と思って居るが、情のある人てえものは凡(およ)そ無いもので」
半「そりゃアお前(めえ)の厄介になって悉皆(まるで)小遣まで貰って遊んで居るんだから、些(ちっ)とは己だって義理も人情も知って居るから、己が世に出るようになればお前(めえ)にも芸者は廃(や)めさしてえと思って居る」
兼「私も年は取るし、彼是(あれこれ)と考えると蝋燭の心(しん)のたつ様で、終(しまい)にゃア桂庵婆(けいあんばゞあ)に追遣(おいつか)われるように成るだろうと大抵(てえ/\)心配さ、愚痴をいうようだがお前(まえ)の身が定(さだま)らないではと極(きま)りを付けようと思っても、船でなければ行かれないし、案じてばっかり、本当にお前義理が悪いよ」
馬「旦那、こりゃア寝られませんぜ」
山「大変な処(とこ)へ来たなア」
馬「御尤(ごもっと)もで、実に恐れ入った」
山「黙って寝た振をして居ねえ」
馬「どうも寝られませんな、斯(こ)ういう事には時々出合いますが一番寿命の毒だ、まア旦那お寝(やす)みなさい」
 と一際(ひときわ)蕭然(ひっそり)とする。時に隣座敷は武士体(さむらいてい)のお客、降込められて遅くなって藤屋へ着き、是から湯にでも入ろうとする処を、廊下では二人で窃(そっ)と覗(のぞ)いて居る。
男「貴方そう仰しゃるが、これが間違になるといけませんぜ」
田舎者「宿屋の番頭さんは物の間違にならん様にするが当然(あたりまえ)で、私(わし)が目で見て証拠が有るので、なに間違えば好(え)え、私(わし)が脊負(しょ)って立つ」
番「そんなら屹度(きっと)宜(よ)うございますか」
田「えゝも好(え)えちゅうに」
番「御免下さい」
 と宿屋の番頭は障子をさらりと開けて、
番「お草臥様(くたびれさま)で」
武士「大きに厄介で」
番「先程は沢山お茶代を有難うございます、主人(あるじ)は宿内(しゅくない)に少し寄合がござりまして只今帰りましたので碌々お礼も申し上げませんで、えー少々旦那様に伺(うかゞ)いますが、此所(こゝ)に入らっしゃるお方はお相宿のお方ですが、お荷物が紛失(ふんじつ)致しまして、何ういう間違か貴方の床の間に有ります其のお荷物が私(わし)のだと仰しゃるので、判然(はっきり)とは分りませんが念の為に改めて見たいとこう被仰(おっしゃ)るので、誠に失礼ではございますがお荷物の処を」
田舎「へい御免なせえ、お前様だ」
武士「何だと」
田「お前様(まえさま)ア丹波屋で飯(まんま)アたべて居たが、雨たんと降らねえうち段々人が出て来たが、まだ沢山客が無(な)えうち己(うら)と此の鹿(か)の八(はち)と斯(こ)う斜(はす)けえに並んで飯たべて居ると、お前様ア斯う並んで酒え呑んで、お前様ア先い出るとき緩(ゆる)りと食べろとって会釈して、お前様ア忘れもしねえ、なんとお武士様(さむらいさま)でも身柄のある人ア違ったもんだ、己(うら)のような百姓に傍(そべ)へ参って緩(ゆっく)りてえ挨拶して行くたアえらいねえと噂アして、お前(めえ)さま帰って仕舞った後(あと)で見ると置いた包(つゝみ)が無(ね)えから後を追掛(おっか)けてお前(まえ)さまア尋ねたが、混雑中(こむなか)だから知れましねえ、漸く後(あと)を追って参(めえ)りまして、此家(こゝ)へ来るとお前様(めえさま)足い洗って上(あが)るところだ、他人(ひと)の荷物を自分の荷物のように知らぬ顔をして呆れた人だア」
武「怪(け)しからん奴だ、慌(あわ)てゝ詰らん事をいうな、これ、手前(てまえ)の荷物を失ったと云うのか、これ、能(よ)く似た物も有る物だから気をつけて口をきけ、他(ほか)のことゝは違うぞ」
田「他(ほか)の事とは違うと、とぼけたっていけねえ、あんでも丹波屋の横の座敷で斜(はす)になって飯(まんま)ア食って居たとき、お前(めえ)緩(ゆっ)くりとって出て往ったから、叮嚀(てえねえ)なお武士(さむれえ)だと思って居(い)っけが、後(あと)に包みが無(ね)えから後(あと)を追っかけて境内(やまじゅう)索(たず)ねたが知れ無(な)えから、まア此家(こゝ)へ来るとお前(めえ)さま足い垢(よご)れたてゝ洗って上(あが)る所、荷物に木札が附いてるから見れば知れる、相州(そうしゅう)三浦郡(みうらごおり)高沢町(たかざわまち)井桁屋米藏(いげたやよねぞう)と慥(たし)かに四布風呂敷(よのぶろしき)に白い切(きれ)で女房が縫って、高沢井桁米(たかざわいげたよね)と書いてあるが証拠だ中結(なかゆわ)えもある、どうも御人体(ごにんてい)にも似合わねえ、他人(ひと)の荷物を持って其処(そこ)へ置いて何(なん)だ」
武「これ如何(いか)に其の方の荷物が紛失(ふんじつ)したとて濫(みだ)りに他人(たにん)を賊といっては済まんぞ、苟(いやし)くも武士(ぶし)たる者が他人(ひと)の荷物を持って己(おのれ)の物とし賊なぞを働く様なる者と思うか、手前は拙者を賊に落すか、他人(ひと)の荷物を盗んだというのか」
田「盗まねえものが此所(こゝ)に有るものか、己(おら)が飯(まんま)ア喰って魂消(たまげ)て誉(ほ)めて居た傍(そば)に置いた荷物が無(ね)え、何より中の品物が証拠だ、麦藁細工の香箱が七つに御守がある、そりゃア村の多治郎(たじろう)、勘太郎(かんたろう)、新藏(しんぞう)、文吉(ぶんきち)、藤治郎(とうじろう)、多藏(たぞう)、彌五右衞門(やごえもん)の七人に買って来て呉れてえ頼まれて、御守が七つ御供物(おくもつ)が七つある、それは宜(え)えが金が二十両脇から預かって、小さい風呂敷に包んで金がある」

武「呆(たわ)けた事をいうな、麦藁細工が七つ有ろうが、金が有ろうがそれが盗んだという証拠に成るものか、これ、番頭、これへ出ろ」
番「私(わたくし)は分りませんが証拠のない詰らん事をいってお武家様(ぶけさま)に御立腹おさせ申して甚だ迷惑致します」
田「迷惑するたって現在(げんぜえ)此処(こゝ)に」
武「じゃア手前(てまえ)荷物を※(「手へん+僉」、第3水準1-84-94)(あらた)めさして遣(や)るまいものでもないが、若(も)し包(つゝみ)を解(ほど)いて中の荷物が相違致すと余儀なく手前の首を切らなければならん、武士の荷物を※(「手へん+僉」、第3水準1-84-94)め、賊名(ぞくみょう)を負わして間違った恐れ入ったでは済まんぞ、今までの失礼も勘弁し難い処だが、田舎者で分らん奴だから此の儘行(ゆ)くなれば許して遣るが、強(た)って※(「手へん+僉」、第3水準1-84-94)めるとなれば、若し荷物相違致せば首を切るぞ」
田「切られべえ、命より大事な他人に預った物があるから、是え失(なく)なしちゃア私(わし)活(い)きてる事が出来ねえ」
武「左様(さよう)なれば※(「手へん+僉」、第3水準1-84-94)めろ、相違致せば番頭も許さんぞ、さア※(「手へん+僉」、第3水準1-84-94)めろ」
 と広桟(ひろざん)の風呂敷木綿、真田の中結(なかゆい)を引解(ひきほど)いて広げると違って居る。麦藁細工も入ってはあるが違ってある。玩具(おもちゃ)が二つばかりに本が二三冊、紙入の中入(なかいれ)見たような物や何かゞ有るが皆違って居るから、
田「はアこれアはア飛んだ事を」
 と百姓は真青(まっさお)になって慄(ふる)えて居る。
武「さア何(ど)うだ、拙者を賊に落して申訳があるか、もう許さんぞ、併(しか)し此所(こゝ)は旅人宿(はたごや)で、当家には相客もあって迷惑になろうから、此の近辺の田甫(たんぼ)に参って成敗致そう、淋しい処まで行(ゆ)け」
田「誠に、へい何時(いつ)の間に大事な他人に預かった金もある包を盗まれましたか、何うも風呂敷の縞柄(しまがら)といい木札が附いて似て居るもんなで、何卒(どうぞ)御勘弁をはア願(ねげ)えます。
武「勘弁相成らん、それだから前に其の方のとは違うと云うのだ、然(しか)るを強(しい)て強情を申し張り、殊(こと)に命より荷物が大切だ、切られても構わんというから※(「手へん+僉」、第3水準1-84-94)めさしたのだ、さアもう許さんから行(ゆ)け武士に二言は無い、番頭手前も怪(け)しからん奴だ」
番「だから、私(わたくし)も申すので」
武「これ米藏と一緒に参ったもの、逃支度(にげじたく)をするな、これへ出ろ」
男「どうぞ御免なすって」
 と手を突いて詫入(わびい)るを、武士(さむらい)は無理無体に引張出(ひっぱりだ)して廊下へ出る。田舎者は、
田「御免下さい/\、御免さない[#「御免さない」はママ]ほーい/\ほーい/\」
 と泣く。茲(こゝ)へ見兼ねて出ましたのが新井町の石井山三郎、
山「お武家様(ぶけさま)まア暫(しばら)く」
武「なんだ」
山「私(わたくし)はお隣座敷に相宿に成りました者で、只今彼所(あすこ)にて承われば重々貴方様の御尤もで、実に此の者共は怪(け)しからん奴で、先刻より様々の不礼(ぶれい)を申し上げ何とも申し様もございませんが、何を申すも田舎者で、預り物が紛失(ふんじつ)致して少々逆上(とりのぼせ)て居る様にも見受けますれば、お荷物に手を附けました段は重々恐れ入りますが何うか何も心得ません者と思召(おぼしめ)し只管(ひたすら)御勘弁を、此の儀当人に成り替りまして、私(わたくし)がお詫(わび)を致します、当家も迷惑致す事ですから何分とも御了簡を」
武「いや其の許(もと)は隣の座敷にお居でのか、そして此の者の連衆(つれしゅう)か」
山「いえ連(つれ)ではございません、手前は相州東浦賀で、高沢までは遠くも離れませんから其等(それら)の訳をもちまして願いますので、何うか幾重にも御勘弁を」
武「お前は分りそうな人だが、今も聞いたろうが、拙者は始め許して置いたので、根が百姓の分らん奴の云う事だから黙って居たので、然(しか)るに段々附け上って拙者が手荷物を※(「手へん+僉」、第3水準1-84-94)(あらた)めさせて呉れと申すが、もし荷物を検めて違えば許さんぞと申した所が、其れは構わん、何でも二十両の金子(きんす)を拙者が盗んだに相違ないと疑われて見れば棄て置(おか)れんで、荷物を検めさしたから斯様(かよう)に成ったので、何卒(どうぞ)手を引いて下さい」
山「何うかそう仰しゃらずに御勘弁を」
武「なりません」
山「これ程申しても御勘弁なりませんか」
武「罷(まか)り成らん」
山「これお百姓、高沢町の人、お聞きの通り種々(いろ/\)とお詫を申してもお聞入れがないから、お前ももう何うも詮方(しかた)がない手打に成りなさい」
田「それでも何うか御勘弁を願います、情ない訳で、何分にも」
武「相成らん、さア早く出ろ」
山「若(も)しお聞済(きゝずみ)がなければ止むを得ず申すが、此の荷物は貴方のお荷物ですか」
武「左様」
山「この荷物の中に萠黄金襴の金入が有るが、これは貴方の所持の品でありますか」
武「左様、手前の所持で」
山「結構な品で、この金入は世にも稀(まれ)なる切(きれ)で、何(いず)れでお求めになりましたか」
武「これはなんで、芝口(しばぐち)三丁目の紀国屋(きのくにや)と申すが何時も出入で誂(あつら)えるのだが、其所(そこ)へ誂えずに、本町(ほんちょう)の、なにアノ照降町(てりふりちょう)の宮川(みやがわ)で買おうと思ったら、彼店(あすこ)は高いから止めて、浅草茅町(あさくさかやちょう)の松屋(まつや)へ誂えて」
山「へゝえ、裏の切も大したもので」
武「なに好(よ)くも無い、ほんの廉物(やすもの)で」
山「へゝえ、これは太閤殿下が常に召された物を日光様が拝領になって、神君(しんくん)が御帰依(ごきえ)の摩利支尊天(まりしそんてん)の御影(みえい)をお仕立になる時、此の切(きれ)を以(もっ)てお仕立になり、それを拝領した旗下(はたもと)が有って、其の切を私方(わたくしかた)で得て拵(こしら)えた萠黄金襴の守袋で、此れを金入にしては済まん訳だが、拙者親共より形見に貰った品物だが、何うして貴方これを所持なさる」
武「それは」
山[#「山」は底本では「武」]「いやさ何を以て堤方村で失った金入を、何うして貴方が所持するかさア何ういう訳が承りたい」
 と山三郎に問詰められて、むゝと武士(さむらい)は押詰って、急に顔色を変えまする。これから掛合になりまするお話、一寸(ちょっと)一息つきまして申し上げます。

 引続きまして、何処(どこ)の国でも悪人という者はありますもので、今悪武士(わるざむらい)が形(なり)の拵(こしら)えなどは上品にして、誠に情(なさけ)のありそうな、黒の羽織に蝋色(ろいろ)の大小で、よもや此の人が悪事をするなどとは思いも寄らぬ体(てい)で、其の上最初の掛合は極(ごく)柔かでございますから、田舎者は猛(たけ)り立って荷物を検(あらた)める様になりました。山三郎も始めはおとなしく掛合ったが聞きません。元より隣座敷で覗(のぞ)いて居りましたから包(つゝみ)の中から出た物をよく視ると、親の形見に貰った萠黄金襴(もえぎきんらん)の守袋、それが出たから何(ど)うしてこれが貴方の手に有ると云われ、よもやそれ程の金入とも存じませんから好加減(いゝかげん)に胡麻化(ごまか)し掛けたを問詰められ、流石(さすが)の悪人も顔色(がんしょく)が変って返答に差詰りました。田舎者はこれを見ると喜びました。
田「誠に有難うございます、何(なん)てえ太(ふて)え奴で、其の荷物が己(おら)が荷物でなくっても、此の人の金入其の中へ突込(つッこん)で置くからは己(おら)が泥棒と云っても過(あやま)りは無(ね)え、それに己(おら)を斬るてえ嚇(おど)かしやアがって何とも呆れ返(けえ)った野郎だ、さア出る処へ出て白(しれ)え黒(くれ)えを分けてやろう」
山「まア宜(よ)いわ…扨(さて)貴方は何ういう訳で私(わたくし)の金入を其の包の中へ入れて、是は他所(わき)で購求(かいもと)めたなどと、武士(さむらい)が人を欺き実(じつ)以(もっ)て怪(け)しからん事だ、さア何ういう訳で貴方の物になすったか、何処(どこ)から買入れたか篤(とく)と調べなければ成りません、又此の事は此宿(ところ)の名主か代官へでもお届をしなければ成りません」
武「誠に重々恐入った、実は池上へ参詣して帰り掛け、堤方村の往来中(なか)で拾ったので、見れば誠に結構な金入なり、其の遺失主(おとしぬし)へ知らせようと存じても、彼(あ)の通りの混雑で何分分らん、遺失主の無い事故(ゆえ)只今其の返答に差詰ったので、実は拾ったので、何うか遺失主を調べて返したいと思って居た処、お持主が其の許(もと)であれば速(すみやか)にお返し申すのみで、何も其の儘で壱銭も中の金銭(かね)は遣い捨てません、それが慥(たし)かなる証拠で、何うか何分(なにぶん)にも此の事は御内分にお計(はから)い下さるれば千万(せんばん)有難うございます、何分にも内済(ないさい)に願います」
山「全く拾ったと仰しゃるか、拾ったなら拾ったに為(し)ましょうが、それじゃア此の者が包を間違えても仮(よし)んば又お前さんの懐を捜しても、他人(ひと)の物は己(おれ)の物と思って他人(たにん)を欺くような人だから此の者を切るの突くのと仰しゃる気遣(きづかい)は有るまいが、猶(なお)念のため申す、愈々(いよ/\)此の者をお許しなさるか」
武「尤も左様で、其の許(もと)の仰しゃる事に於(おい)ては聊(いさゝ)かも申分(もうしぶん)はございません」
田「それ御覧なせえ、何だっても此の野郎が申分ねえなんて先刻(さっき)の権幕(けんまく)はなんだ、今にも打斬(ぶっき)るべえとしやがって、何うもはア私(わし)ア勘弁し度(たく)っても連(つれ)の鹿の八どんに済まねえから、矢張(やっぱ)り出る処へ出ますべえ」
山「それでも悪いから此処(こゝ)は先(ま)ず此の儘にしなさい、此家(こゝ)も旅人宿(はたごや)で迷惑をするし、お前も向うの包と取違えたのは粗忽(そこつ)で詮方(しかた)がないから、先ず此処は控えて居なさい、それを彼是(かれこれ)荒立って見ると事柄が面倒になるから、私(わたし)も許すから、併(しか)しお前も預り物を紛失(ふんじつ)して嘸(さぞ)心配であろうが、幸い此の紙入に二十両遺(のこ)って有るから、お前にこれを進上するから、遺失(おと)さん積りで向へ持って行(ゆ)きさえすれば事が済むから、此処は此の儘穏(おだや)かにしないと、此の家(うち)も迷惑するから」
田「お前様(めえさま)にゃア何うして、なに其の金ア此の野郎から貰(もれ)えますわ」
山「まア私に何事も任して置きなせえ」
 と山三郎は種々(いろ/\)に和(なだ)めて、此の場は漸く穏かに納まりましたが、彼(か)の武士(さむらい)はこそっぱゆくなったと見えまして、夜中にこそ/\と立って仕舞った。山三郎は惜気(おしげ)もなく二十両の金を井桁屋米藏に遣りましたが、人は助けて置きたいもので。山三郎、江戸屋半治は相州浦賀へ帰り、小兼馬作は芳町へ、彼(か)の田舎者二人は共々連立って高沢町へ帰りました。

 扨(さ)てお話は二岐(ふたみち)に分れ、白金台町に間口は彼(か)れ是(こ)れ二十間(けん)許(ばか)りで、生垣(いけがき)に成って居ります、門もちょっと屋根のある雅致(がち)な拵(こしら)えで、後(うしろ)の方へまわると格子造りで、此方(こちら)は勝手口で、格子の方をガラ/\と開けて這入って見ると、中見世(なかみせ)の玩具屋(おもちゃや)にありそうな家作(やづく)りであります。此の日芸者小兼は早く起きて白金の清正公様(せいしょうこうさま)へお詣(まいり)に行(ゆ)きました。一体芸者衆(しゅ)は朝寝ですが、其の日は心がけて早く起き、まだ下女が焚付(たきつ)けて居て御飯(ごぜん)も出来ないくらいの所へ、
兼「御免なさい/\」
下女「はい、入(いら)っしゃいまし、何所(どちら)から」
兼「あの粥河様のお邸(やしき)は此方(こちら)さまで」
下女「はい、手前で、何方(どちら)から」
兼「芳町のかねが参ったと御新造様にそう仰しゃって、誠につまらん物でありますがお土産のしるしに是を何卒(どうか)上げて下さい」
下女「左様で」
 と下女が案内して奥へ通し、八畳敷ばかりの茶の間で、片方(かた/\)に一間の床の間があって脇の所が戸棚になって、唐木の棚があります。長手の火鉢の向うに坐って居るのが粥河の女房お蘭(らん)、年はとって二十一、只今申す西洋元服で、丸髷に結って金無垢の櫛かんざしで黒縮緬の羽織を引掛(ひっか)けている様子は、自然と備わる愛敬、思わず見惚(みと)れるような好(い)い御新造で、
蘭「こちらへお這入り」
兼「誠にまア御無沙汰をいたしまして、そして結構なお住居(すまい)でどうかして上りたいと思って今日(こんにち)は一生懸命に早く起きて、白金の清正公様へお参りをして、序(ついで)と申しては済みませんがそれから上りました、本当に貴方が此方(こちら)に入らっしゃることは今まで少しも存じませんでして」
蘭「私も一寸(ちょっと)知らせたいと思ったけれども種々(いろ/\)其所(そこ)には訳があって……よくまア訪ねて来てお呉れだ、何うかして私も訪ねたいと思っても勝手に出る事も出来ないで」
兼「まア元服なすって、よくお似合で、そして本当によいお住居(すまい)でまアお広くって綺麗で、桜時分は嘸(さぞ)好(よ)うございましょう、そして高台で、のんびりとなさいましょうねえ、私などの家(うち)は狭くって隣も向(むこう)もくっついて居ります、其の替り便利には、お彼岸や何かで珍らしい物が出来たり、おめでたい事で時々向う前で遣(や)ったり貰ったりする時は坐って居て手を出せば届きますが、斯(こ)う云う所に入らっしっては好(よ)うございますねえ、これは貴方詰らん物ですが些(ちっ)とばかり取って参りました、ほんに貴方お目に懸ったのは丁度三年後(あと)の池上様のお籠(こも)りの日で、彼(あ)の時私が彼所(あすこ)を通り掛り麦藁細工の有ったのが目に付いて居ります、葮簀張(よしずっぱり)でねえ、それも彼所にあゝ遣って入らっしゃる事も存じませんで…あの御新造がお亡(な)くなりで…それから此方(こちら)へ入らっしったので」
蘭「此方(こちら)へ来てから[#「来てから」は底本では「来てかち」]一年半許(ばか)りして旦那様が懇(ねんごろ)に御介抱して下すって、葬式も立派に出て、何も云置く事もなく私の身の上も安心して母も亡(な)くなったから誠に仕合(しあわせ)だよ」
兼「あらまア些(ちっ)とも存じません、其の後(ご)旦那様にお目に懸っても左様(そう)とも何とも仰しゃらずに、余(あんま)り憎らしいじゃア有りませんか、そしてお寺は」
蘭「谷中(やなか)の瑞林寺(ずいりんじ)で」
兼「知らない事とてお吊(とむら)いにも出ませんで、嘸(さぞ)まア御愁傷で、あなたが此方(こちら)へ入らっしって御安心になってお亡(かく)れで、本当にまア旦那様は毎度御贔屓にして招(よ)んで下すっても、貴方の事は今申す通り少しも仰しゃらず、漸く他(わき)で聞いて参りましたが本当に余(あんま)りだと存じて居りました、もし彼(あ)の時相州浦賀の石井山三郎様と仰しゃるお方がお寄りになりましたろう」
蘭「あゝ」

兼「彼(あ)の方は浦賀で大した人で、さっぱりした気象(きッぷ)のよい男達(おとこだて)で、女などを誉(ほ)めたことのない方ですが、あなたをまア親孝行のお嬢様だって独りで誉めて居て、大概な者は気に入りませんが、貴方なら貰いたいと云って、江戸屋の半治さんという人を掛合にお遣(や)んなすったら、もう此方(こなた)へ御縁組になってお引越(ひっこ)しになったと聞き、仕方がないと云ってそれ限(ぎ)りになって」
蘭「かねや本当に彼(あ)の方は情深(なさけぶか)い方で、私も彼方(あちら)へ縁付かれるようなれば宜(い)いと思って居たが、是には種々(いろ/\)義理があって、彼(あ)の方が私に沢山心付を下すって、其の時金入をお忘れで、それを私が持って藤屋まで参る途中で災難に遇(あ)って、道で助けられた其のお方が私の旦那で、今では何不足なく何んでも彼(か)でも欲(ほし)いものは買って遣るからと仰しゃるから安心して居るわ」
兼「それはまア結構で、本当にまア旦那様はあなたを可愛がって、左様(そう)して御辛抱で、ちゃんとお宅へお帰りでしょう」
蘭「それについて私も種々(いろ/\)心配して居る事があるので私の様な不束者(ふつゝかもの)で御意(ぎょい)に入(い)らぬか知れないけれども、去年の十一月からさっぱりお宅へお帰りがないの」
兼「お宅へお帰りがないと云って何処(どこ)へ入らっしゃいました」
蘭「私には鎌倉道に竹ヶ崎と云う所があって、山の半途(なかごろ)で前が入海(いりうみ)で宜(い)い所が有ったから、何(ど)うせ毎年(まいねん)湯治に行(ゆ)く位なら、景色も空気も宜(よ)いから、其処(そこ)へ普請をして遣ろうと云って、其の普請に掛って入らっしゃると云うけれども、去年の暮からさっぱり手紙も遣(よこ)して下さらず、此方(こちら)から手紙を出し度(たく)も女ばかりで左様(そう)もならず、何か外(ほか)に出来でもして私が嫌(いや)になって万一見捨られた時は親類も身寄も何もないから行(ゆ)く所もなく、兼や何うかお前を力に思うよ、私はお前に逢いたいと始終思っていたわ」
兼「呆れますよ、本当にまア貴方の様な美くしい結構な御新造様がお一人いらっしゃれば御辛抱なさりそうなものを、去年の十一月からお帰りにならないてえのは何てえ事でございましょう……其のお宅というのへ入らっしゃいましたか」
蘭「まだ往っては悪い」
兼「入らっしゃいまし悪い事がありますものか」
蘭「だって知れないものを」
兼「構わずに入らっしゃいまし、屹度(きっと)極りが付いて斯(こ)う云う者と斯うと云う訳じゃありません、詰らん者を集めて浮(うか)れているのでしょうから、出し抜けに往って玩弄箱(おもちゃばこ)をひっくりかえしたような芸者を揚げている所へ、お娯(たのし)みと云って引(ひき)ずり出してお遣(やり)なさい、貴方は人が好(い)いからいけません」
蘭「大層遠いそうで」
兼「私はお祭の時往って知っております、竹ヶ崎と云うのは法華寺(ほっけでら)のある所で、舟で行(い)くと直(じき)です。入らっしゃい」
蘭「そう、舟は恐かないかね」
兼「なに今時分は北風が吹くと船頭に聞いておりますから直(じき)に往(い)かれます、そして追風(おいかぜ)で宜(よ)うございます、高輪(たかなわ)から乗ると造作はございません、入らっしゃいましよ/\」
蘭「往(ゆ)き度(た)いが道も知れないから」
兼「入らっしゃいよ私が御一緒にお付き申しますから」
蘭「かねが往って呉れゝば」
兼「入らっしゃいまし」
 と無理に勧めるのは、小兼は江戸屋半治に逢いたいからで、お蘭もそんなら往(ゆ)こうと、下女へ話して急に着物を着替え小紋縮緬の変り裏に黒朱子(くろじゅす)に繻珍(しゅっちん)の帯をしめて、丸髷の後(おく)れ髪を撫(なで)あげ、白金を出まして、高輪の湊屋(みなとや)と云う船宿から真帆(まほ)を上げて参りますと、船は走りますから横須賀へ着きましたのは丁度只今の二時少々廻った頃、それから多度村(たどむら)へ出てなだれを下りて往(ゆ)くと鎌倉へ出る、此方(こっち)へ参れば倉富(くらとみ)へ出る、鎌倉道の曲り角に井桁屋米藏と云う饅頭屋があって蒸籠(せいろう)を積み上げて店へ邪魔になる程置き並べて、亭主は頻(しき)りに土竈(へっつい)を焚付(たきつ)けて居る、女房は襷掛(たすきがけ)で、粉だらけの手をして頻りに饅頭をこねて居る。
兼「一寸(ちょっと)もし少々物をお聞き申します」
男「お掛けなさえまし、此方(こちら)へおかけなさえ」
兼「あの竹ヶ崎へ参りますには」
男「竹ヶ崎は此方(こっち)イずいと往って突当って左へきれて、構わず南西(みなみにし)へきれて這入ると宮がある、其の宮の前(まい)に新浄寺(しんじょうじ)と云う寺がある、其処(そこ)を突切(つっき)って往(い)くと信行寺(しんぎょうじ)と云うお寺様アある、それを横切って往(ゆ)くと地蔵寺(じぞうじ)の前へ出る、其処を右へ往(ゆ)くと諏訪様(すわさま)の鎮守様がある、そこを突当って登ると竹ヶ崎へ出ます」
兼「有難うございます、そうして其処に此の頃新規に立派な別荘の様な物が出来ましてすか」
男「其処の別当は諏訪様の御支配だ」
兼「いえ、なんです、新規にお屋敷見たいな家(うち)が出来ましたろうか」
男「お屋敷か、あゝ此の間兼吉(かねきち)が往ったっけのう、お直(なお)、それ竹ヶ崎の南山(みなみやま)でなア」
女房「此方(こっち)へおかけなさい、おや小兼さんかえ」

兼「まアどうも不思議じゃアないか、お直さんかえ」
女房「お掛けよう、まア懐かしかったよまア、何時(いつ)もお変りなく、まア久振で丁度六年振で、何時でも同じ様だねえ、兼ちゃん此の通りで本当にお辞儀したくも手を突く事が出来ない、粉だらけで、何(ど)うせ仕様が無いから何(ど)んな者でも堅くさえあれば宜(い)いと思ってこんないけ好かない男を持って」
米「何だ、いけ好かねえなんて」
直「おや堪忍おしよ、本当に半ちゃんも疾(とう)っから銚子屋に居るって、此の間来てお前に遇わして呉れって頼むのだよ、私も江戸屋のお直とって江戸(あっち)に居た時分から半ちゃんとは古い馴染だし、何でも隠さずに話をするが、半ちゃんもお前にゃア種々(いろ/\)世話になって済まないって、そりゃア真(ほん)に銚子屋に預けられて居ても女郎買(じょうろかい)一つしないで堅くして居るんだよ、真(ほん)に感心さ、それもお前に惚(ほれ)てるのだから何うかして夫婦にしたいねえ」
兼「私(あたし)も御新造様を竹ヶ崎までお送り申して、帰りにゃア是非半ちゃんに逢い度(た)いから私(あたし)の来た事を知らしてお呉れな」
直「あゝ帰りにお寄りよ、屹度(きっと)半ちゃんを呼んで置くから、あらお茶代は入らないに、あゝそれじゃアお気の毒だねえ、そんなら此所(こゝ)をこうずいと往って構わず突当って聞くと直(じ)き知れるよ」
兼「あゝ有難う、分りました、左様ならば」
 と小兼はお蘭を連れて路(みち)を聞き/\竹ヶ崎の山へ来て見ると、芝を積んで枳殻(きこく)を植え、大きな丸太を二本立て、表門があり、梅林(うめばやし)が有りまして、此方(こちら)には葡萄棚もあり其の他種々(いろ/\)な菓物(くだもの)も作ってありまして、彼是一町許(ばか)り入ると、屋根は瓦葺(かわらぶき)だが至って風流な家作(やづく)りがあります。ずいと入ろうとは思ったが、また彼是手間取れると半治に逢うのが遅くなるから、
兼「あの恐入りますが私はこれから下(お)りますよ」
蘭「もう少し往っておくれ、何だか私ア間が悪いよ」
兼「なにお間の悪い事がありますものか、これア貴方(あなた)のお家(うち)ですものを、私(わたくし)はまた上りますから御免なさい」
 と気がせくからはら/\と外へかけて出ました。
蘭「あれまア兼が」
 と暫く其方(そっち)を見送って居ましたが、何時まで立っても居(い)られませんから、徐々(そろ/\)と門の中へ入りました。だが矢張(やっぱ)り極(きま)りが悪く若(も)し間違やアしないか、誰(たれ)か居るかと見ると、長治(ちょうじ)という下男が掃除をして居る。
長「おや、御新造様」
蘭「長治お前まで来たっ切りで」
長「これはどうも思い掛けない、何うして、へゝえ何ですか芳町の小兼が、そうで」
蘭「お前までが嫌って帰って呉れないから、家(うち)ア女ばかりで心細くっていけないから、漸(ようや)く来たのだよ、すこしも便(たよ)りをしないのは余(あんま)りで」
長「私(わたくし)も此方(こちら)へお供をして参りましたが、何分御普請が此の通りで埓(らち)が明きませんし、建前(たてまえ)が済んで造作(ぞうさく)になってから長くって、折角片付いてもまた御意に入りませんで、又打毀(ぶちこわ)して新規に仕直すなどいう仕儀で、誠に私(わたし)もじれッたくって、漸くまア此の位出来ましたが、又材木などが差支(さしつか)えて…まア彼方(あちら)へお出で遊ばせ、此処(こゝ)が這入り口で」
蘭「ほんに旦那様は材(き)のお選みが六(むず)かしくってお囂(やかま)しいからねえ」
長「併(しか)しまア十分に出来ました、広くはございませんが、此処がお座敷で、此処が貴方のお居間になる様にとって別段綺麗に出来ました」
蘭「どうも床柱でも天井でも立派なこと、何うも広い庭だねえ、彼(あ)の大きな松は」
長「あれは植えたのではない元からあるので、灯籠だけは此方(こっち)へお持ちなすったので」
蘭「どうも広いお泉水(せんすい)で」
長「あれは海です、あんな大きな泉水が有るもんですか」
蘭「そうかえ、ほんに好(よ)い景色で誠に心持がせい/\するよ」
長「もう少し早く入らっしゃると牡丹(ぼたん)が盛りでございました」
蘭「旦那様は今日はお家(うち)にかえ」
長「あの何(な)んで、何(なん)とか申した変な名でございました其所(そこ)へ材木を買出しながら行くって、帰りに何で周玄さんというお医者が御一緒で、事に依ると金沢へ廻るかも知れんと被仰(おっしゃ)いました、併(しか)し今晩はお帰りになりましょうか、それとも明日(みょうにち)に成るかも知れません」
蘭「女中は幾人(いくたり)居るえ」
長「一人も居りません」
蘭「この広い家(うち)に女中が居ないなんて虚言(うそ)をおつきよ」
長「いえ居たのですがいけません、此処らの女は相模女(さがみおんな)で尻ばかり撫でて、実にどうも行儀も作法も知りません旦那様の前でも何でも構わず大きな足を踏跨(ふんばた)げて歩いたり、旦那様がお誂(あつら)えなすってお拵え遊ばした桐の胴丸の火鉢へ、寒いって胼胝(あかぎれ)だらけな足を上げて、立(たっ)て居て踵(かゝと)をあぶるので、旦那はすっかり怒って仕舞って早々(そう/\)お暇(いとま)になりました、実に女だけは江戸に限ります」
蘭「おほゝゝゝそうかえ怪(け)しからない」
長「今御膳を上げますから、嘸(さぞ)お草臥(くたびれ)でしょう、まア緩(ゆっく)りと」
 といって烟草盆や茶菓子などを運びますに皆長治一人でする様子、お蘭は縁側へ出て見て居りましたが、用場(ようば)へ参ろうと思って縁側をずいと行って突当ると、三尺許(ばか)りの喜連格子(きつれごうし)があるから、用場かと思いずーっと開けると、用場では有りませんで、其処(そこ)は書物棚になって居ります、本箱などが幾つも積重なって居りますから、疎相(そそう)な事をした、用場かと思って大切な書物のある処を無闇に明けて済まないと、徐(そっ)と閉めようとすると、昔の屋敷女(やしきもの)で足袋を穿いて居るのに、縁側が出来立(できたて)で新らしい足袋ですからツル/\と辷(すべ)って書物棚へ思わず倒れ掛って手を突くと、其の棚がギーと芝居でする田楽道具の様に※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)るから恟(びっく)りして後(あと)へ下って覗くと、下に階梯(はしご)の降り口がありますから、はて此様(こん)な処に階梯のある訳はないが、穴蔵の様になって居るが何だか知らん、兎に角こんな所を開けて見ては済まないと前(もと)の様に書棚を直して出て来ると、長治は膳部を持って出る。彼(あ)の辺は三月頃は初鰹の刺身が出来まして、それに海苔の付合せを沢山にして、其の他(ほか)キスだの鎌倉海老などと魚が出るが、どうも近所に料理屋はない様子、何処から魚を取寄せるか、自分料理で斯う早く出来る訳もないし、何うした事かと女の廻り気で種々(いろ/\)と考えて居りまする、其の中(うち)灯火(あかり)がつきますと、長治が屏風を立廻し、山風で寒いからと小掻巻(こがいまき)に夜着(よぎ)を持運び、其処(そこ)へ置いて台所へ下(さが)りました。

 お蘭は自分で床(とこ)を展(の)べて寝ましたが、寝ても寝られませんから、旦那様は今日もお帰りはないか、何時迄待ってもお帰りがなくっては、淋しい処に居るのも嫌(いや)だし、何しに来たとお叱りを受けはしないかと種々(いろ/\)と心配して居ると、六枚折の屏風を開いて這入って来たのが粥河圖書で、ずーっと前へ立ったから、お蘭は恟(びっく)りして起ると、
圖「お蘭か」
蘭「おやお帰りでござりましたか」
圖「能(よ)く来たな、今帰った、能(よ)く出て来た、一寸(ちょっと)便りをし度(た)いと思ったが誠に普請も長く掛るし、それに今日は浦賀へ行(ゆ)くの、金沢へ行(ゆ)くのと誘われて、暇を欠くので、つい/\便りも致さなんだが、能(よ)く来たのう」
蘭「貴方が来いとも被仰(おっしゃ)らないに参ってはお叱りを受けようかと思いまして参りかねて居りましたが、兼が何んでも行(ゆ)けと勧めますから参りまして、能(よ)く遅くもお帰りで」
圖「左様か、今夜は淋(さみ)しかろうが、これから余儀なく一寸(ちょっと)行(い)かなければならんが、明日(あした)は正午前(ひるまえ)に帰って来ようから、まアゆっくり寝るが宜(い)い」
蘭「それじゃアお帰り遊ばして直(す)ぐに是から又夜お出(いで)遊ばしますか、このお淋(さみ)しい道を…誠に悪い事を致しました、折角お帰り遊ばしても私(わたくし)が参って居りますから又直(すぐ)に外(ほか)へ入らっしゃるのは私(わたくし)がお邪魔になって…それでお腹立なれば、明朝帰りますから御勘弁遊ばして、何卒(どうぞ)御寝(げし)なって」
圖「決して左様(そう)云う訳ではない、余儀ない義理で誘われて居るので、一寸(ちょっと)大津辺まで行(い)かなければならん、銚子屋と云う料理屋に集会して居るから、一寸顔を出して、是非夜(よ)が更けるだろうが、事によると浦賀へ誘われると帰られないが明日(あした)の朝は屹度帰るよ」
 と慌てゝ煙管筒を仕舞って出て行(ゆ)きました。お蘭が送り出そうと思って居る中(うち)、ぱったり襖を閉切(たてき)って、出たかと思って考えるに表の門の開いた様子もないし、夫の外(そと)へ出たのも怪しく、夜深(よぶか)に私の顔を見て直ぐに出てお仕舞い遊ばしたのは、何か他に増花(ますはな)でも出来て居て、他の座敷へ隠してあるのではないか、左様(そう)して見ると先刻(さっき)見た書棚の廻り階梯(ばしご)の降り口のあったも怪しいが、はてな」
 と悋気と云う訳ではなけれど、自分が身寄頼りもなく、圖書に捨てられては行処(ゆきどころ)のない心細い処から、手灯(てとぼし)を点(つ)けて窃(そう)っと抜足して縁側へ出て、昼の中(うち)見て置いた三尺の開きを明けて、書棚の両方に手をかけて押すと、ギーと廻る。下に階梯(はしご)の降口(おりくち)があるのを見ると、灯火(あかり)が障子へさして座敷がありそうに思いましたから、手灯(てともし)を吹消して階梯段を降りて参りまして、降り切ると一間ばかりの廊下のようなものが逶(うね)って付いてあります。彼(あ)の辺は皆垣が石のような処で、其処(そこ)を切穿(きりほ)りまして穴蔵様(よう)な物が山の半腹(はんぷく)にありまして、宛(まる)で倉庫(くら)の様になって居りますから、縁側を伝わって段々手索(てさぐ)りで行(ゆ)くと、六畳ばかりの座敷がありまして、一間の床の間がありまして巻物や手箱などが乗ってあります。杉戸が二重になって居て両隅の障子へ灯火(あかり)がさしまして人声(ひとごえ)がする様ですが、唯今なれば硝子障子で能(よ)く分りますが、其の頃は唯の障子でございますから尠(すこ)しも分りません。傍(かたわら)にある机を持って来て、其の上に乗って、欄間の障子の穴から覗こうと思ったが、障子に破れた穴もないので覗けないから、※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さ)して居た銀脚(ぎんあし)の簪※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(かんざし)で、障子の建合(たてあわ)せを音もせずに窃(そ)っと簪※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)をさしてねじると、障子が細く明きましたから、お蘭が内を差覗くと驚きました。

 穴の中に斯様なる座敷をこしらえ、広間は彼是二十二三畳もあろうと思われ、棚には植木鉢その外種々(いろ/\)結構な物が並べてあり、置物は青磁の香炉古代蒔絵の本台などが置並べて前に緞子(どんす)の褥(しとね)を置いて傍(かたわら)の刀かけに大小を置き、綿入羽織を着て、前の盃盤(はいばん)には結構なる肴があって、傍(かたわら)に居るのが千島禮三とて金森家の御小納戸役(おこなんどやく)を勤めた人物、這入口に居るのが眞葛周玄、黄八丈に黒縮緬の羽織を着て頻りに支配(きりもり)をして居り、それからずっと次に居並んで居ります者が彼是百五六十人許(ばか)り、商人体(てい)の者も居(お)れば、或(あるい)は旅僧体(たびそうてい)の者や武士体の者、種々(いろ/\)なる男がずっと居並んで居て、面部に斫疵(きず)などのある怖(こわ)らしい男が居る。其の次の間に、年齢十六七の娘が縛られ、猿轡(さるぐつわ)をかけられて声も出す事が出来ませんで、唯涙をはら/\零(こぼ)して、島田髷を振りみだし、殊に憫(あわ)れな姿でおります。傍(かたわら)に居る千島禮三が、つか/\粥河圖書の傍(そば)へ来て、
禮「大夫(たいふ)、何処へ行ってもどうも別にこれぞと云う大(まぶ)な仕事もなく、東海道金谷(かなや)の寺で大妙寺(だいみょうじ)と申すは法華宗の大寺で、これへ這入って金八百両取ったが、彼(あ)の寺にしては存外有りましたが、それから西浦賀の上成寺(じょうせいじ)は平生(へいぜい)有りそうに思って其の夜忍び込み、此の寺で二百両で、金は随分あるにもせよ肴がなくてはお淋しかろうと存じて、これは西浦賀の江戸屋と云う家(うち)へ縁付く話が定(きま)ったと云う、名主吉崎惣右衞門(よしざきそうえもん)の娘おみわと云う評判もの、大夫の寝酒のお肴に連れて来たが、お蘭さんがお出(いで)になったと申すことだが、お蘭さんがお出になれば何(ど)んな者をお目にかけても迚(とて)も往(い)かんから、この美人は禮三が□□□□るからお譲りを願います」
圖「それは勝手に致せ」
周「こう/\千島氏貴公は誠にうまいことを考えるが、東浦賀の吉崎の娘は君が知って居たのではなかろう、此の眞葛周玄が知って居て、道程(みちのり)からして、斯々(こう/\)いう所を通って往(ゆ)くと大寺があって、此処に斯ういう豪農がある、陣屋は斯ういう山を越さなければならんという事まで貴公に道を教えたからこそ、首尾能(よ)く連れて来られたのだというものだ、それを君が□□□□るてえ訳にはいかん、大夫是はどうか周玄へ此の娘を頂戴したい、自分年を取りまして斯様な若い美人を□□□□た事がないから、どうか」
圖「何うでも勝手に致せ」
禮「これ/\何だ、汝(われ)は旅稼ぎの按摩で、枕探しで旅を稼いで居たのが、処を離れて頭髪(つむり)を生(はや)して黒の羽織を着て、藪医者然たる扮装(なり)して素人を嚇(おど)かし、大寺などへ入込(いりこ)んで勝手は少し心得て居るだろうが、八州にでも取構(とりこ)まれ、さアと云う時は此の千島禮三と大夫が居らん時はぶる/\して先へ逃げ出す役に立たず、畢竟己が骨を折ったから己が抱いて寝るのだ」
周「それはいかんよ足下(そっか)などは悪事に掛けてはまだ青いからね」
禮「黙れ、青いとは何(な)んだ、青かろうが若かろうが多寡が汝(われ)は旅かせぎの按摩上り、己は千島禮三と云う小納戸役を勤め、大夫とも同席する身分だ控え居れ」
周「これさ、仮令(たとえ)然るべき武士で何役を勤めたにもせよ、斯うやって悪事を共にすれば、縛(なわ)に就いて処刑(しおき)になる時は同じ事だ、今日(きょう)に及んで無用の格式論、小納戸役がどう致した、馬鹿な面(つら)を」
禮「なに何がどうしたと」
長「待ちねえ/\騒々しいじゃねえか、今日はお蘭さんがお出(いで)なすったを独りで寝かして、斯うやって大夫が各々(おの/\)と一所にうまい酒を呑もうと云うのに何の事だ、周玄さんお前なんざア是迄さんざ新造を瞞着して来たのだから、いゝや、斯う為(し)よう、周玄さんが□□□□ても、禮三さんが□□□□ても議論の種だから中を採(と)って此の長治が今夜□□□□よう」
圖「何だ、千島は鯉口を切って周玄を斬る積りか、よい/\此の婦人は己が貰った」
 と傍(かたわら)にある刀の小柄を抜く手も見せず打った手裏剣は、彼(か)の女の乳の上へプツリと立ちましたから、女はひーと身を震わして倒れる。この有様を見ると、お蘭は「あゝなさけない」と机を下りにかゝると、踏み外ずすとたんに脾腹(ひばら)を打ちまして、お蘭は気絶致しましたが、是から何うなりますか、次の条(くだり)に申し上げます。

 引続きまして、粥河圖書の女房お蘭の身の上は、予(かね)て申し上げます通り西洋の話でございまして、アレキサンドルという侠客(おとこだて)がコウランという貞節なる婦人を助けるという、アレキサンドルに擬(に)せました人が相州東浦賀新井町の石井山三郎という廻船問屋で、名主役を勤めました人で、此の人は旗下(はたもと)の落胤(らくいん)ということを浦賀で聞きましたが、其の頃は浦賀に御番所がございまして、浦賀奉行を立ておかれました。一体浦賀は漁猟場所で御承知の通り海浜の土地でありますが、町屋も多く、女郎屋(じょうろや)などもございまして誠に盛んな所で、それにつれては種々(いろ/\)公事訴訟等もありまして、御奉行様も中々お骨の折れる事でございます。又御奉行に仰付けられます時は、お上から寒かろうと黒縮緬に葵(あおい)の御紋付の羽織を拝領いたしますもので、此のお話のずっと前方(まえかた)、一色宮内(いっしきくない)と申す二千五百石のお旗下が奉行を仰付けられて参って居るうち、石井の家の娘すみという者が小間使の奉公に往っておりました。するとこれにお手が付きまして、すみが懐姙致しました。海とか山とか話の解る迄すみを下げまして、十分に手当を致し其の後(のち)とうとう縁切(えんきり)との事になりましたが、当(あた)る十月(とつき)にすみの産落しましたのが山三郎、それから致して此のおすみには、これも同じく浦賀の大ヶ谷町(おおがやまち)で廻船問屋で名主役を勤めていた吉崎宗右衞門の弟惣之助(そうのすけ)が養子に来て、おすみの腹に次に出来ましたのが女の子で、これをお藤と申しました。山三郎は十一二の頃物心を知ってから己は二千五百石の一色宮内の胤(たね)、世が世なれば鎗一筋の立派な武士、運悪くして町家(ちょうか)に生立(おいた)ったが生涯町家の家は継がん、此の家は父親(てゝおや)の違う妹のお藤に譲って、己は後見になって、弱きを助け強きを挫(くじ)き、不当者のある時は仲へ入って弱い者を助けて遣り度(た)いとの志を立てまして、幼い時から剣術を習いましたが、お武家の胤だけに素性が宜しく忽ちに免許を取りました。剣術は真影流の名人、力は十八人力あったと申します。嘘か真実(まこと)かは解りませんが、此の事は私(わたくし)が彼(あ)の土地へ参ったとき承りました。明和四年に山三郎は年三十歳でございまして、品格の宜(よ)い立派な男で、旦那様/\と人が重んじまするのは、憫然(かわいそう)なものがあると惜気もなく金でも米でも恵みまするので、それにその頃は浦賀に陣屋がありまして、組屋敷の役人が威張りまして町人百姓などを捉(とら)えて只今申す圧制とか何とか云うので、少し気に入らんことがあると無闇に横面(よこつら)を張飛ばしたり、動(やゝ)もすれば柄に手を掛けてビンタ打切(うちき)るなどというがある、其の時山三郎は仲へ入って武士(さむらい)を和(なだ)め、それでも聞かんと直々(じき/\)奉行に面談致すなどというので、上の者も恐れて山三郎には自然頭を下げる様になり、又弱い者は山三郎を見まして旦那様/\と遠くから腰を屈(かゞ)めて尊敬いたします。殊に落語家(はなしか)などを極く可愛がりました人だそうで、丁度四月十一日のこと、山三郎は釣が好きでございますから徳田屋という船宿へ一艘(ぱい)言付けて置いて、遊んで居るなら一所に行(ゆ)けと幇間(たいこもち)の馬作(うまさく)を連れて鴨居沖へ釣に出ました。一体此辺(こゝ)らは四月時分には随分大きな魚(もの)もかゝります。
山「毎(いつ)もお前は船は嫌(きれ)えだというが、どうだい釣は、怖(こわ)え事はあるめえ」
馬「恐れ入りましたな、私(わたくし)はね一体船は嫌いですがね、こうどうも畳を敷いたような平らな海に出たのア初めてゞ、旦那私(わたくし)ゃア急に船が好きになりましたぜ、何うして馬作の家(うち)から見ると余程(よっぽど)平らで、私(わたくし)の家(うち)なんざアね此方(こっち)を蹈(ふ)むと彼方(あっち)が上り、彼方(あっち)を蹈むと此方(こっち)が上りね、どうして海の方が余程(よっぽど)平らさ、あゝ宜(い)い心持ちだ、どうも好(い)い景色だ、もし向うに見える大山(おおやま)見たよなニューッと此方(こっち)へ出て居るのは何ですな」
山「あれは上総(かずさ)の天神山で」
馬「へゝえ彼(あ)れが、近く見えますねえ、旦那に此の間伺いましたが彼(あ)れがたしか鋸山(のこぎりやま)ですね、成程鋸見たようで」
山「師匠どうだ釣は」
馬「私(わたし)は釣はどうもいけません」
山「なぜ」
馬「釣はどうも、凡(およ)そ私(わたくし)の釣れた例(ためし)が無いというんだからいけません、私達(わたくしたち)のアただぽん/\放り込んで浮(うき)の動くのを見て居るだけですから面白くも何とも有りません、折節ね旦那のお供でね沖釣などに出来(でか)ける事もありますがね、馬作は竿も餌も魚任(むこうまか)せにして只御酒(ごしゅ)を頂くばかりいえも何うせいけません」
山「そんな事をいわずに釣って見な、此辺(こゝら)の魚はまた違うから」
馬「それに蚯蚓(みゝず)などをいじるのが何うも厭で」
山「なに海の釣は餌が違うよ、蝦(えび)で鯛を釣るという事があるが其の通り海の餌は生(いき)た魚よ、此の小鰺(こあじ)を切って餌にするのだ」
馬「へゝえ鰺の餌で、それで何が釣れますか」
山「鰺で鰺が釣れるよ」
馬「へゝえ魚は不人情なもんで、共食(ともぐい)ですね、へえ、鰺で鰺が釣れますか」
山「何でもさ、目張(めばる)でも鯖(さば)でも、鯖なぞは造作もなく釣れるよ」
馬「へえ鯖なぞが釣れますか、私(わたくし)なんざア鯖ア読んだ事は毎度ありますけれど」
山「まアそんな事は宜(い)いにして其の糸へ此の餌を刺して放り込んで見ねえ」

馬「へゝえ此の糸を斯うやるのですか、是はどうも余程(よっぽど)深いな、何うも何処まで深いか知れませんぜ、旦那貴方ア両方の手に糸を持って、やはゝゝゝ両方に大きな魚を、それは何で」
山「是(こり)ゃア鯖さ」
長「恐入りましたな、私(わたくし)ア只糸を斯うやって居(い)れば宜(い)いので、何うも私(わたくし)のア魚の方で馬鹿にして居りますからねえ些(ちっ)とも来ません、旦那の方にゃア矢張(やっぱ)り魚も面白いと見えて貴方の方へばかり行(い)きますぜ、何でも馬作の方へは魚が※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)状を廻して彼奴(あいつ)の所へは往(い)くななぞって話合(はなしあい)をつけて来ないとみえます……やはゝゝゝゝ釣れた/\旦那釣れましたぜ、これは不思議釣れましたからどうも妙で、是は大事にして置きたい、生れて始めて釣ったというので跡で料理(りょうっ)て、有難い、どうも面白い、どうも海は広いから魚の数があって馬鹿な魚もあって馬作の針に引掛(ひっかゝ)るやつが有るから妙だな、どうも数が多いからおとゝゝゝそれは何で」
山「これは目張(めばる)だ」
馬「有難い、めばる、どうも旨い魚で、何だって旦那有難い、もし旦那私(わたくし)ア急に釣が好きになりました、や、はゝゝゝ又釣れた/\、旦那又釣れましたぜ」
山「これさ師匠のように騒いじゃアいけねえ、これさ、びしゃ/\溌(はね)るから活船(いけふね)へ早く放り込んで置きねえ」
馬「有難い、こりゃア旦那何うぞ大事にして、あはゝゝゝ旦那まア両方の手に釣りあげて、あれまた獲(と)れました、これは不思議、容易(わけなし)に釣れるので、あゝ/\/\」
山「どうした」
馬「魚が其処まで来て彼方(あっち)へ又ずうっと行きました」
山「釣り落したか」
馬「へえ釣り落しました、あゝ又来た、あれ来(き)は来たが私(わたくし)の顔を見て左様ならって」
山「なに、左様ならと云うものか」
 と山三郎も馬作も面白いから日の暮(くれ)るのも知らずに釣って居りますと、今朝から余(あんま)り晴過ぎて日並(ひなみ)の好(よ)すぎたせいか、ぴらりっと南の方に小さな雲が出ました。すると見る間に忽ち広がってぽつーりぽつりと雨が顔に当って来ました。
山「あゝ悪いな、師匠早く釣を揚げて仕舞いねえ」
馬「旦那何だって其様(そんな)に急ぐんで」
山「急ぐって急がねえって、あゝ悪い時に連れて来たな、余(あんま)り日並が好(よ)すぎたから怪しいとは思ったが、何うも天気を見損(みそく)なった、仕方がねえ、気を大丈夫に持って呉れ、師匠颶風(はやて)だよ」
馬「はやて、えーそれは大変、旦那どうか早く上げてお呉んなさい」
山「馬鹿アいいねえ、此所は海の真中(まんなか)だ、何うして上る事が出来るものか」
馬「でもお願いだから上げて下さい、私(わたくし)は困りますから、それだから私(わたくし)は釣は嫌いだと云うのに貴方が大丈夫だ/\と仰しゃるから来たので」
山「憫然(かわいそう)に、己も颶風(はやて)と知って居れば来やアしない、騒いではいかんよ、二里も沖へ出て居るから足掻(あがい)てもいかんよ、騒いでも仕方がない、まア気を確(しっか)り船に攫(つか)まって居な」
 と山三郎は直(すぐ)に裾を端折(はしょ)って、腕まくりをして、力があるから浦賀の方へ行こうとすると、雲足の早いこと、見る間に空一杯に広がりまして忽ち波足が高くなって来ると思うと、ざアー/\どうと雨は車軸を流すように降り出し、風は烈しく吹掛(ふっか)けてどう/\/\と浪を打ち揚げます。山三郎の乗って居るのは小鰺送(こあじおく)りと云う小さな船だから耐(たま)りません、船は打揚げ打下(うちおろ)されまして、揚る時には二三間宛(ずつ)も空中へ飛揚るようで、又下(おり)る時には今にも奈落の底へ墜入(おちい)りますかと思う程の有様で、実に山三郎も迚(とて)ももういかんと心得ましたから、只船舷(ふなべり)に掴(つかま)って、船の沈んではならんと垢(あか)を掻出(かいだ)すのみで、実に最(も)う身体も疲れ果てゝ仕舞いましたが、馬作が転がり出すといかんから、笘枕(とまくら)の所へ帯を取ってくる/\と縛り附けて自分も共に笘枕の柱に掴って、唯船の流れ着くのを待ちますばかり。馬作は尾籠(びろう)なお話だがげろ/\吐きまして、腹は終(しま)いには何もないので、物も出ませんで、皺枯(しゃがれ)っ声になりまして南無金比羅大権現、南無水天宮、南無不動様と三つを掛合にして三つの内何(どっ)ちか一つは験(き)くだろうと思って無闇に神を祷(いの)って居ります。山三郎も身体は疲れてもうどうも致す事は出来ませんで、只船がずしーんがら/\どしーんと打揚げられ打落されて居るが、実に危(あやう)いことでありまして、其の中(うち)に幾百里吹流されましたか、山三郎にもとんと分りません、稍(やや)暫くたって一つの大浪にどゝどゝどーんと打揚げられまして、じゝゝゝじーと波の中へ船の舳先(へさき)を突込みまして動かなくなりました。山三郎ははて船が流れ着いたなと、漸(やっ)と起上ってよく/\見ますと、松の根方の草のはえて居る砂原へ船は打上げられました。

山「師匠、おい馬作、しっかりしねえよ、気を確(たしか)に持ちなよ」
馬「へえ、あゝ旦那貴方助かって居ますか」
山「うん、船は着いたが最(も)ういゝと思うと落胆(がっかり)して死ぬものだから、何処の島へ着いても気をしっかり持っていねえよ」
馬「へえ、確(しっ)かり持ちたくも此の塩梅(あんばい)では持てそうもございません、旦那忘れても釣はお止(よ)しなさいよ、生涯孫子(まごこ)の代まで釣ばかりはさせるものじゃアありません、驚きましたねえ、あゝ/\、此処は何処でしょう」
山「何処だかどうも分らん、何(いず)れ何処かの島へ着いたのだろう」
馬「家(うち)も何もなければ昔から話に聞いた無人島とか云って人間が居なくって、恐ろしいそれ虎だの獅子や何かが出て来て人間を頭からもり/\喰って仕舞うてえのじゃ有りませんか」
山「そんな話も聞いたが、そうかも知れねえ」
馬「これはどうも情ない、日本へ帰れそうもない、だから私(わたくし)ゃア釣は嫌いだというに、無理に来い/\と仰しゃって、何うかして日本へ帰れるようにして下さい」
山「今更そんな愚痴をいっても仕方がねえ、一体まア此の土地が何処の国だか分らんから、だがたんと流されやアしめえと思うが、上総房州の内なれば宜(い)いが事によったら伊豆の島辺(あた)りかも知れねえ、まだ/\それなれば旨(うめ)えが」
馬「旨くも何ともありません、流されたのも長い間で、実に私(わたくし)はどうも何とも彼(か)ともいい様のない、生体(しょうたい)も何もございません、残らず食ったものは吐いたから最(も)う腹の中は空(から)っぽうでひょろ抜けがして」
山「まア此処へ上(あが)んなよ」
馬「上れません、動けません」
山「違(ちげ)えねえ、縛ってあるから」
 と山三郎は馬作を縛り附けた帯を解きまして、
山「さア立ちねえ」
馬「足もなにも利(きゝ)ません」
山「確(しっ)かりしねえ、最(も)う波も風もありやアしねえ」
 と山三郎はひらりっと陸地(おか)へ揚(あが)ったが、此の土地は何国(どこ)かは知らず若(も)し人家もなくば、少し浪が静(しずか)になったから帰ろうという時に船がなければならんから、命の綱は此の船だ、大切(だいじ)と心付いたから、疲れて居るが十八人力もある山三郎、力に任して船の舳(みよし)を取りまして、ずる/\と砂原の処へ引揚げて、松の根形(ねがた)へすっぱりと繋綱(もやい)を取りまして、
山「さア是じゃア宜(い)い、師匠最(も)う宜(い)い」
馬「何時まで船に居ても仕様がございませんねえ」
山「なに師匠もう陸地(おか)へ揚っていらアな」
馬「だが、どうだか私(わたくし)ゃア矢張(やっぱり)船に居るような心持で、ふら/\して、此処がもし外国だと、貴方と両人(ふたり)で私共(わたくしども)は日本人で助けてと云っても向(むこう)にゃア知れますまいねえ、こんな事と知ったら通弁の一人も雇って来れば好(よ)かったっけが、貴方お金がありますか」
山「金は釣に来たのだから沢山(たんと)は持って来ない」
馬「それでも幾干(いくら)ばかりあります」
山「掛守(かけまもり)の中に十両ぐらいあるよ」
馬「えらいねえ何うも、私(わたくし)は西浦賀の大崎の旦那に貰った御祝儀を、後生大事に紙入へ入れて置きましたが、船から皆(みん)な転がり出てほんに仕様がねえ、併(しか)し何(ど)んな国でも王様がございましょうねえ」
山「そりゃア有るだろうさ」
馬「有難い、王様がありゃア其の王様に頼んで日本へ帰れる様にして貰えましょうねえ、それに食物(くいもの)も何も喰いませんから腹の減った事を打明けて頼んでねえ、どうも斯う腹が減っては狼が来ても逃げる事が出来ませんから、先(ま)ず其の前に握飯(むすび)でも何でも喰いたいあゝ喰いたい」
山「これさ、まア待ちなよ、まア何しろ人家のある所へ出よう」
 と山三郎は無理に馬作の手を引いてだん/\行(ゆ)くと、山手へ出ましたが、道もなく、松柏(しょうはく)生繁(おいしげ)り、掩冠(おいかぶ)さったる熊笹を蹈分(ふみわ)けて参りますと、元より素足の儘ですから熊笹の根に足を引掛けて爪を引っぱがし、向脛(むこうずね)をもり/\摺破(すりこわ)し血だらけになりながら七八町も登りますと、闇(くら)くって分りませんが山の上は平らで、樹(き)に掴まって能(よ)く見ると、こんもりとした森があるから、森を見当(みあて)に彼是れ二十町許(ばか)りも行(ゆ)き、又斜崖(なだれ)を下(くだ)ると、森の林の内にちら/\灯火(あかり)が見える。
山「師匠家(うち)があると見えて灯火(あかり)が見えるよ」
馬「家(うち)でせえありゃア化物屋敷でもなんでも宜(い)い、有難い、何か喰(た)べられましょうか、腹が減って居るから何でも好(い)い早く喰いたい」
 と云いながら参ると、こう小さな流れがありまして、丸木橋が掛っている、これを漸くに渡ると卵塔場(らんとうば)があって、もと此処には家(うち)でもありましたか只石礎(いしずえ)ばかり残ってあるが、其の後(うしろ)は森で、卵塔場について参ると喜連格子(きつれごうし)の庵室様(よう)のものがありまして、今の灯火(あかり)は此の庵室の内からさすのでありました。

山「師匠これは古寺だぜ」
馬「いやはやどうも心細うございますな、折角尋ねて来れば古寺とは情ない、何だか私(わたくし)は死んだような気になりました」
山「待ちなよ、此処に土台石のある処を見れば、元なんでも家(うち)があって、毀(こわ)されて引いたのだろう…御庵主様(ごあんしゅさま)御庵主々々」
馬「何が御安心です、少しも安心しないじゃア有りませんか」
山「庵主を訪(と)うのだよ…、手前どもは相州東浦賀の者でございますが、今日(こんにち)漂流致しまして、漸々(よう/\)此所迄(こゝまで)参ったので、決して胡散(うさん)な者ではないから一泊願いとうございますが、えーもしお留守でございますか、おい/\師匠少しも答(こたえ)がねえから誰も居ねえのだろう」
馬「心細うございますねえ、誰もいない処へ来て、上(あが)るとにゅーと何か出でもすると驚きますねえ」
山「御免」
 と云いながら喜連格子(きつれごうし)へ手をかけて左右へ明けて見ると、正面に本尊が飾ってある。銅灯籠(あかゞねどうろう)があって、雪洞様(ぼんぼりよう)の物に灯火(あかり)が点(つ)いてあるけれども、誠に暗くって分らん。
山「師匠まア板畳の処まで上んなよ」
馬「へえ上りましょう、船でざぶ/\やられるよりやアお寺でも家根があって、まゝまア宜(い)い心持の様だ」
 と持仏(じぶつ)に向いまして、
馬「暗くって分りませんが、如来様か観音様かどなた様かは存じませんが、手前は日本(にっぽん)の大坂町(おおさかちょう)の者で烏亭(うてい)馬作と申す者で、釣に出まして此の国へ流された者で、御利益(ごりやく)を持ちまして日本(にっぽん)へお帰しを願います…おや旦那彼処(あすこ)に高坏(たかつき)のような物の上に今坂だか何だか乗って居ります、なんでも宜しいお供物(くもつ)を頂かして」
山「よしなよ、おもりものだよ」
馬「おもり物でもなんでも少しの間願います、返せば宜うございましょう、今お供物を頂きます、其の替り日本(にほん)へ帰れば一つを拾(とお)にしてお返し申しますから、頂戴」
山「よしなよ」
馬「おもり物をとっては済みませんが、日本(にほん)だか西洋だか食物(くいもの)の味で支那か印度かゞ分るような訳で」
 とむしゃ/\喰いまして、「腹が[#「腹が」は底本では「腹か」]減ると甘(うま)い物で、旦那これは日本(にっぽん)に違いない、日本(にっぽん)らしい味がする」
山「よしなよ、取る物じゃアない」
 と馬作を喩(さと)して居りますと、其の内に足音がしますから、山三郎は格子の透(すき)から見ると、先へ麻衣(あさごろも)を着た坊主が一人に、紺看板に真鍮巻の木刀を差した仲間体(ちゅうげんてい)の男が、四尺四方もある大きな早桶(はやおけ)を荷(かつ)いで、跡から龕灯(がんどう)を照しました武士(さむらい)が一人附きまして、頭巾面深(まぶか)にして眼ばかり出して、様子は分りませんがごた/\這入って来ました。山三郎は飛んだ事をしたと思って、
山「師匠此処へ下りな、いけねえことをしたな、何所(どこ)かの葬式(とむらい)があっておもり物を整然(ちゃん)と備えてあったに、お前(めえ)が喰って仕舞って咎められては申訳が無(ね)え」
馬「葬式(とむらい)が来たら旦那強飯(こわめし)か饅頭だろう、何(なん)ぞお手伝をしましょうか」
山「意地の穢(きた)ない事を云いなさんな、彼方(あっち)へ行っていよう」
 と二人は片隅の所へ隠れていると、どか/\上って来て武士(さむらい)は被った頭巾を取り龕灯提灯を翳(かざ)して、
武士「大きに御苦労/\」
 何か和尚と囁きながら烟草(たばこ)を出してぱくり/\と呑んでいますのを、山三郎が片蔭に隠れていて目を付けると、何所でか見た様な武士(さむらい)だと思い出すと、三年前(あと)の十月十二日の夜川崎の本藤の二階で、此の武士(さむらい)が百姓を嚇(おど)して…殊に己(おのれ)の金入を盗んだ武士(さむらい)で…彼(あ)の儘助けて返したが、彼奴(あいつ)は此処等にうろ/\しているか、何処の者か知れんが甚だ妙だ、篤(とく)と様子を見ようと、尚お姿を隠しておりますと、又仲間共とこそ/\囁きまして、ぽんと畳を二畳揚げて、根太板(ねだいた)を剥(は)がして仲間体の者が飛下りて、石蓋を払って其の中へ彼(か)の大いなる棺桶をずっと入れて、元の様に石蓋を斑(まだら)に置いて、根太を並べて畳を敷いて、さアこれで宜(い)いと坊主もお経を上げずに、四人もずうっと出かけました。

 山三郎は暫く考えていましたが、
山「師匠」
馬「へい、なんですか」
山「お前が喋(しゃべ)るかと思って心配したが、宜(い)い塩梅だった」
馬「だが、旦那坊主も付いていたが経も上げず、ひどい貧乏な葬式(とむらい)で、何(ど)んな裏店(うらだな)でも小さい袋に煎餅ぐらいはあるに、何か食物(たべもの)があろうと思ったにひどい事で」
山「怪しいな」
馬「ヘエなんです」
山「訝(いぶ)かしいな」
馬「二分貸(かし)て呉れ」
山「何でも此奴(こいつ)はあやしい、これから葬式(とむらい)のあとを見えがくれに追って行(ゆ)くから、お前喋っちゃアいかんよ、喋ると向うへ知れるから黙っていな」
馬「へい、だが旦那黙って歩くぐらい草臥(くたびれ)るものは有りません」
 と段々遠見に追って参りますと、五六町も行(ゆ)くと山道で、これから七八町のなだれで、海辺(かいへん)へ接しまして、風も大きになぎました様子、併(しか)し海岸だからどう/\ざば/\と浪を打つ音絶えず、片方(かた/\)は山手になって右と左に切れる道があって、こゝに石が建てゝある。
山「おい待ちな、此処に道知るべが書いてある」
馬「何が書いてありますか」
山「此処に何処の何村と書いてゞもあれば、何(いず)れ国尽(くにづく)し[#「国尽(くにづく)し」に「*」印、欄外に校注:「国の名をかきあつめたるもの。」]にある国だろうから何とか分ろう、心配をしなさんな」
馬「日本(にっぽん)は広いけれども鹿児島熊本ならまだしも、支那朝鮮などと来ては困りますねえ」
山「黙っていなよ、多分日本(にほん)の内だから大丈夫だ、えー南走清水観音(みなみはしみずかんのん)西北大津道横須賀道(せいほくおおつみちよこすかみち)と、なんだ何処の国かと思った」
馬「鹿児島ですか」
山「どうも師匠篦棒(べらぼう)だな」
馬「篦棒と云われちゃ心持が悪いねえ」
山「風の吹※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)しで元の処へ帰って来たのだ、始めは鴨居から西北(とり)で一里半も沖へ出たろう、あの通り烈しい風であったが風が東南風(いなさ)に変って元の所へ来たのだ、鴨居よりは些(ち)と寄っているが、師匠此所(こゝ)は真堀村(まほりむら)に違(ちげ)えねえ、左様(そう)して見れば彼所(あすこ)は焼失(やけう)せた真堀の定蓮寺(じょうれんじ)に違(ちげ)えねえ、あゝ有難(ありがて)え」
馬「何所(どこ)の国で」
山「ひとつ国さ、此のヤンツウ坂を越せば直(すぐ)己の家(うち)まで六町しかない所(とこ)だ、おいなにを泣くのだ」
馬「嬉し涙が出ました、私(わたくし)は百里も先かと心配したが宜(い)い塩梅で、家(うち)まで六町の所まで来ていて気をもんだ馬鹿気さてえなございませんねえ、有難うございます、ありがてえ、大津の銚子屋は直(じ)きだ、一町ばかりきゃアねえから銚子屋へ行ってお飯(まんま)をたべましょう」
山「飯(めし)のことばかり云っているなア」
 と段々跡を慕って行(ゆ)くと彼等は竹ヶ崎の南山へ這入るから付いて行(ゆ)くと、柱が二本建っている外門(そともん)の処へ四人とも這入りました。
山「師匠々々、此処へ這入ったが、こんな立派なうちから出る葬式(とむらい)に差担(さしにない)とはへんだなア」
馬「へんは宜うございますから銚子屋へ行(い)きましょう」
山「今行(ゆ)くよ」
 ともとの道へ帰ろうとする山の際(きわ)の、信行寺(しんぎょうじ)と云う寺から出て来る百姓体(てい)の男が、鋤(すき)鍬(くわ)を持って泥だらけの手で、一人は草鞋一人は素足で前(さき)へ立って、「誠に貴方(あなた)どうも思掛(おもいが)けねえ所でお目にかゝりました、貴方(あんた)は石井の旦那様、東浦賀の新井町の旦那様で、とんだ所で誠に、三年跡に川崎の本藤で侍に切られる所を助けて頂きました私(わし)は高沢町の米藏で…これはどうも誠に思いがけなくお目にかゝって」
山「その後(のち)は私の所へ来られて種々(しゅ/″\)頂戴もので…私も会所へばかり出ていてお目にかゝらんが何時(いつ)も御無事で」
米「こう遣ってはア命を助かりまして達者で居りますも旦那様のお蔭で、一日でも旦那様のお噂ばかりして…鹿(か)の八(はち)おい、彼(あ)の時お目にかゝった旦那様」
鹿「どうも彼(あ)の時は有難うございました」
山「まア/\大層早くから稼ぐの、農業か」
米「なアに葬式(とむらい)がありましてねえ、何う云う訳か此の山へ立派な家(うち)が建ちましたが、何だか元お大名の御家老様でえらい高をとった人だそうで、それが田地(でんじ)や山林(やま)を買って何不足はねえが、欠けと云うのは奥様がおッ死(ち)んだそうで、急だから内葬(ないそう)にしようと云うので、家(うち)を建った許(ばか)りで葬式(とむらい)を出したくねえてえ、早く穴を掘れって云付(いいつか)ったで急に寺へ手伝いに参りますので、鹿の八と二人で今穴を漸く明けたので、是から葬式(とむらい)があるので」
山「彼処(あすこ)の山の上の柱が二本ある枳殻(きこく)の植(うわ)ってある彼(あ)れか」
米「はい」
山「馬作お前は此の人を知っているか」
馬「いゝえ」
山「そら三年前(あと)池上のお籠りの日で、彼(あ)の人だ」
馬「おゝこれは妙だ、誠に暫くどうも、お前さんも此の近処で」
米「彼(あ)の時よく冗談口をきいて…誠に久し振りで…お前さんも此の近所で」
馬「旦那お願いで…飯が食い度(た)いからおつけでも宜(い)いから早く行って食べたい」
山「騒々しいよ」
米「どうぞまア此方(こちら)へ」
山「ありがとうございます」

 井桁屋米藏の家(いえ)の門(かど)へ来ると、ぷッ/\と饅頭屋で煙が出て居ります。
米「お直(なお)やお目にかゝったよ、ソラいつぞや私(わし)を助けて下すった旦那様にお目にかゝったよ」
直「おやまア馬作さん暫く」
山「師匠あれは何だ」
馬「あれは西の江戸屋に勤めをしていたお直というので、祭の時分から知って居ります」
馬「直ちゃん、どうも誠に暫く」
直「馬作さん本当に暫く、何うも内の人はねお前さん旦那に助かって、お礼に上っても半間な時分行(い)くもんですからお目にも懸りませんでねえ、どうも」
馬「直ちゃんの家(うち)とは知らなんだ、饅頭屋の女房(かみさん)になっているとは、人間は了簡の付けようですねえ」
直「馬作さん、お前さんも知っておいでのあの粥河圖書と云う人が、田地や山を買って鎌倉道へ別荘とかを拵える話をお聞きかえ、それに奥様が死んだてえが其の奥様てえな、それ三年前(あと)堤方村(つゝみかたむら)の葭簀張(よしずっぱ)りに茶の給仕していた岩瀬と云う元は立派な侍の娘が、粥河様と一緒になったと云う事だが、その奥様が死んだと云うと、あのおらんさんと云う嬢(こ)が死んだのだねえ」
馬「成程可哀そうな事をしましたねえ、二十歳(はたち)ぐらいでしょうかもう些(ちっ)と出ましたか、彼(あ)のくれえな別嬪は沢山(たんと)はありませんよ、彼(あ)れが死ぬような事じゃア馬作なんどは船で死んだっても宜(い)いのですが、惜しいことをしましたねえ」
山「おい/\お前は是から其の穴を掘った処へ棺を埋(うめ)る手伝いをするのか」
米「へい私(わし)が埋(うず)めるので」
山「湯灌(ゆかん)は誰がするのか知らねえが、お前(めえ)の働きで仏の顔を見られようか」
米「湯灌は大体(たいてい)家柄の邸(うち)では家(うち)でするが、殊によるとお香剃(こうぞり)の時葢(ふた)を取ると剃刀(かみそり)を当てる時何うかすると顔を見ます事がござります」
山「有難い、それじゃア己に鹿の八の扮装(なり)を貸して呉れないか、穴掘に成ってお香剃の時仏様の顔を見度(みた)いのだが、馬鹿気ては居るが、友達の積りで連れて行っては呉れまいか」
鹿「勿体ねえ訳で、旦那様が穴掘になって」
馬「お止(よし)なさいな、貴方はあの嬢(こ)に未練があるので…旦那は一度半治さんを掛合にお遣んなすったら縁付いたと聞いて、諦めても矢張(やっぱり)惚れて居るので……貴方が穴掘の形は團十郎が狸の角兵衞をするようで、余(あんま)り旨くは出来ませんぜ」
山「黙っていねえ、お前はまア家(うち)へ帰りなよ」
馬「だって腹が減ってどうも」
山「飯は喫(た)べてよ…お母様(っかさん)には釣に出て颶風(はやて)をくったなどと云うとお母(っか)さんが案じるから云うなよ、西浦賀の江戸屋で御馳走になって泊っているが、明日(あした)は早く帰ります、他に用がある積りでお前先へ帰んな、帰ってもお母さんに詰らんことを云いなさんな」
馬「宜しゅうございます、それじゃアお先へ帰ります」
 これから着物を借りて山三郎は穴掘の扮装(なり)になりまして、手拭はスットコ被りにして、井桁屋と二人で埋(うめ)るときの手伝となって行って様子を見ていると、向うも急ぐとみえて、夜(よ)の明けん中(うち)と云うので、漸く人は五人ばかり付いて来て、仰願寺様(こうがんじよう)な蝋燭を点(つ)けて和尚は一人でお経をあげて、棺桶を取って葢を開(あ)け和尚が髪をすりかけて居るを、山三郎は米藏の後(うしろ)からそうっと葢を押えながら差覗(さしのぞ)くと、少々夜(よ)がしらんで明るくなりましたから、見ると仏は十七八の娘で、合掌は組んで居るが、変死と見えて上歯(うわば)で下唇を噛みまして、上眼(うわめ)をつかって仰(あお)のけになって居るから、はてなこれは変死だなと能(よ)く見ると、自分の縁類なる東浦賀の大ヶ谷町(おおがやまち)の吉崎宗右衞門と云う名主役の娘おみわで、浦賀で評判の美人だから、はてな奥様が死んだと云って吉崎の娘を葬るは、はて訳の分らん事だが是は怪しいと思いまして、山三郎は米藏よりは先きへ逃げ出して来まして、お直の処へ来て着物を着換え、是から急いで真堀の定蓮寺へ参りましたが、夜(よ)はシラ/\明けまして、定蓮寺の彼(か)の本堂へ来まして、喜連格子(きつれごうし)を明けて這入りまして、和尚に見咎められてはならんから、彼方此方(あちこち)と抜足(ぬきあし)をして様子を見ると、人も居らん様子で、是から上って畳二畳を明けて根太板(ねだいた)を払って、窃(そ)っと抜足をして蓋を取って内を覗くと、穴の下は薄暗く、ちら/\灯火(あかり)が差しますから山三郎は訝(いぶか)しく思い、棺の中から灯(あかり)のさす道理はなし、何んでも怪しいと考え、棺桶の葢(ふた)を力にまかせて取りますと、此の棺の中に何物がおりますか、次席に申し上ます。

 新井町の山三郎は真堀の定蓮寺の本堂の床下に埋(うず)めてある棺桶の蓋を取ると、この中に灯火(あかり)が点いておりまして、手燭(てしょく)に蝋燭が点いて、ぼうっと燃えております。中に居ります婦人は年が二十一二で、色白の品の好(い)い世にも稀なる美人でございます。扮装(なり)は黒縮緬に変り裏の附きましたのに帯はございませんで、薄紅色(ときいろ)のしごきを幾重にも巻附けまして、丸髷は根が抜けてがっくりと横になって、鬢(びん)の髪も乱れて櫛簪※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(かんざし)も抜けて居てありませんで、何う云う訳か女の前に文売(ふみがら)のような物があって、山三郎が覗くと件(くだん)の女は驚きまして山三郎の顔を見ると直(すぐ)に傍(そば)にありました合口(あいくち)を取って今咽喉笛(のどぶえ)を突きに掛りますから、山三郎は驚き飛掛ってもぎ取ると、見られてはならんと思いまして前の文売(ふみがら)を取り、急いで懐中(ふところ)へ入れて隠しまする様子故、まア此方(こちら)へお出(い)でなさいと云うので彼(か)の女を本堂の上へ抱上げまして、彼(か)の手燭に点いております蝋燭の灯火(あかり)を女の前へ置きまして、婦人が顔を上げまするを山三郎が見ますると、三年前(あと)池上のお籠(こもり)の日堤方村の茶見世に出て居りました岩瀬主水の娘のお蘭で、見覚えがあるから、
山「まア思い掛けない事で、お前さんは三年前(あと)に池上の田甫(たんぼ)へ出口の石橋の処の茶見世に出ておいでのお蘭さんとか云う娘さんだねえ」
蘭「はい」
山「何う云う訳でお前まア此様(こん)な棺桶へ入れられて埋(うめ)られたのか知らんけれども死んだ人なれば穴を掘って墓場へ埋めなければならんが、本堂の石室(せきしつ)の中へ入れて、殊に棺桶の中に灯火(あかり)の点いて居るのが誠に私には何うも実に怪しく思わるゝが、一体何う云う訳でお前さんにゃ合口を持って死のうとするのか、是には何か深い訳のある事だろうが、何卒(どうぞ)私に聴かして下さい、早まった事をしてはなりません、何うぞ訳を聞かして下さい」
蘭「はい、誠に御親切に有難うございます、私(わたくし)が活(い)きておりましては夫に済みませんことで、操(みさお)が立ちません、どうぞお見遁(みのが)し遊ばして、この儘死なして下さるのが却(かえ)ってお情(なさけ)でござります、思いがけなく貴方様にお目に懸り、面目次第もないことで、深くお聴き遊ばすと私(わたくし)は辛うございますから、此の儘どうぞお殺し遊ばして、何卒(どうぞ)合口をお返し下さい」
 と云いかけまして、わアーっと其処(そこ)へ泣倒れますから、
山「まア/\死ぬのは何時(いつ)でも死なれるから、私(わたし)も斯うやってお前を助けるからはいざお死(しに)なさいと刄物を渡す訳には人情として出来ん、何うでも死なんければならん死なんければ操が立たんと云う訳なら強(た)って止める訳にもいかんが、私(わたし)が一通り聴いて成程と思えば決して止めはしません、何しろ此処で話をして居ると死人を掘返したとでも云われては飛んだ罪を被(き)せられ、人の眼に懸ると面倒だから私(わし)が連れて往(ゆ)く処へ厭でも往って下さい、何卒(どうぞ)私(わし)の云うことを聞いて下さいよ」
 とこれから元の如く棺桶の蓋をして、石室も元のようにして蝋燭の火(あかり)を消して其処等(そこいら)をも片付けて、厭がるお蘭の手をとって、連れ立ち、鴨居の横を西に切れて東浦賀へ出まして、徳田屋と申す舟宿がありまして、これは旧来馴染の一番舟のでる家(いえ)でござりますが、其処(そこ)へ参ると、
舟宿「これは旦那お早く何方(どちら)へ、昨日つりにお出(いで)なすったてえ」
山「あい、釣に往ったが訳があって脇へ廻ったのだが、大急ぎで舟を一艘(ぱい)仕立て、天神山まで行(や)って呉んな」
舟宿「へい直(す)ぐに、貴方が一人で」
山「急の用で一人連れがある…もし其処(そこ)に立って居ては人の目に懸るから此方(こっち)へ這入って」
蘭「はい、御免なさい」
 と眼も何も泣き腫(はら)して、無類(むるい)の別嬪がしごきの扮装(なり)で家(うち)へ這入りました。

 平常(ふだん)堅い山三郎が、別嬪を引張(ひっぱ)って来たから、徳田屋の亭主は早呑込みに思い違えて、
亭主「旦那久しいお馴染様じゃアございませんか、何も天神山迄入らっしゃらないでも、お母(っか)さんに知れて悪くば知れないように何うでも出来ます、奥の六畳は狭いけれども、間(ま)が隔(へだ)って宜うございます、彼所(あすこ)なれば知れませんから、お泊りなすっても宜うございます」
山「そう云う訳じゃアない、少し仔細があって此処にゃアいられないから、舟を早く仕立って、親方達者そうなのを遣って呉んな」
亭「へい畏(かしこま)りました、貴方此方(こちら)へお這入りなさい、そうして旦那、あの御婦人は御番所の前は手形が入りますぜ」
山「手形はない」
亭「じゃア斯うしましょう、知れないように頭巾でも被(か)ぶらせ、扮装(なり)を変え、浜町の灯台のところへあの御婦人は待たして置いて、貴方はお一人で御番所を通って、それから岩の処で御婦人をお連れになったら宜うございましょう」
山「其様(そん)なことをしてはいられない、罪は己が負うから宜(い)い、人の命に係わる事だから、急いで、布団を三つも入れて板子の下へ隠して行(い)けば宜(い)い、食物(たべもの)は何も入らん、彼方(あっち)へ行って食うから、早くしろ」
亭「かしこまりました」
 と山三郎の云うことだから大丈夫だと、亭主も急がせまして、前艫(まえろ)が二人、脇艫が二人、船頭一人都合五人飛乗りまして、板子の下に四布布団(よのぶとん)を敷いておらんを入れ、
山「窮屈でも少しの間の我慢で…陸(おか)へ着けば何でも有りますから…おい早くしな」
 と是から舟を漕出しまして番所の前へ出ますと、其の頃番所の見張は正しいが、会所へ日々出まして役人衆とは心易いから山三郎は一人出まして、
山「山三郎私用あって上総(かずさ)の天神山まで参ります」
 と云うと板子の下に別嬪がおります事は存じませんから、役人衆も宜しいと許します。それからこう行(ゆ)くと丁度朔風(ならい)と申して四月時分も北風が吹く事がありまして、舟は益々早く、忽ち只今なれば四時間ばかりで天神山の松屋と云う馴染の所へ参りました。
松「これは旦那、さア此方(こちら)へ」
 山三郎は離れた所が宜(い)いと云うので奥の離れ座敷の二階へ連れて参りましたが、お蘭は心配のせいかきや/\癪(しゃく)が起って来る様子、薬を取寄せなまじい医者を聘(よ)んで顔を見られてはならんと、眼の悪い針医を呼んで種々(しゅ/″\)介抱致して、徐々(そろ/\)お蘭に聞いたが、何うあっても訳を申しません、操が立ちませんからどうぞ私を殺して自害をさして下さいと云うのみ。或る朝二番船も出まして、もう一人も客はおりませんで寂然(しん)としております。
山「お蘭さん、少しは今日はお気分は宜うございますか」
蘭「はい」
山「なる程少しはおちついた御様子だ…改って云うまでもないが、お前さんを彼処(あすこ)から連れて参って、今日は十四日(か)で丁度四日(か)になります、私は無沙汰に家(うち)を明けたことは、未(いま)だにございませんから、定めし母が老体ではあり嘸(さぞ)案じていましょう、お前さんが自害をしようと云うのを強(たっ)て助け、斯うやって連れて来ても、矢張(やっぱり)海へ飛込むの咽喉(のど)を突くのと云って見れば、それを見捨てゝ帰る訳にもいきません、お前様(まえさん)が仔細を話して下さらん中(うち)は私は何時(いつ)までも宅(うち)へは帰りません生涯でもお前さんの傍(そば)にいなければなりません、左様(そう)じゃアありませんか、お前さんが何時(いつ)までも云って下さらんと私に不孝をさせるようなもの、私は賤(いや)しい船頭を扱う※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)船問屋の詰らん身の上だから、蓮っ葉にべら/\喋るだろうとお思いだろうが、私も男で、人に云って害になることは決して私は云わん、言って呉れるなとお云いなら、口が腐っても骨がくだけても云わん」

 その時山三郎は、お蘭に向って「武士に二言なしと云うが、私(わたし)も少し武士の方に縁のある身の上で、緩(ゆっ)くり話をしましょうが、お前さんも、元は本多長門守の御家来で立派な武士の嬢さんが、あの堤方村へ茶見世を出し、失礼だが僅かな商いを能(よ)くまアなさる、感心な、母親(おや)の為に彼(あ)んな真似をなすった、私(わたし)も通りかゝって見世へ休んだとき、お母(っか)さんの看病には恟(びっ)くりした、孝心なことで、彼(あ)ア云う娘をと陰(かげ)でお前さんを実に賞(ほ)めていたので一層の心配をします、それを恩に被(き)せる訳でもなんでもないが、何うぞお前さんの力になって上げたいと江戸屋の半治という者を頼んで、お前さんがお独身(ひとりみ)でお在(いで)ならお母(っか)さんぐるみ引取って女房に貰いたいと話をしにあげた所が、もう粥河圖書と云う人へ縁組が出来たと聞きましたから、それは結構な事だ、何処でも好(い)い身柄の処へ縁付けば結構だと私(わし)もお前様(まえさん)の事は陰ながら噂をしていたので、処が計らず釣に出て真堀の岸へ吹き上げられ、定蓮寺の床の下へ棺桶を埋(うず)めるのを見て、怪しいと思って跡を付けて出て往って見ると、道でまた葬式(とむらい)に遇(あ)って、それを段々調べて見ると私(わし)の縁類の吉崎のおみわと云う娘で、其の娘を奥様の積りで蛇(じゃ)ヶ沼(ぬま)の信行寺へ葬むるというのは訳が分らず、奥様と云えばお蘭さんに違いないと、私(わたし)は取って帰して定蓮寺へ来て見ると、棺桶の中に灯火(あかり)が点いてありますから訝(いぶか)しいと思って私(わたし)が出したので、実に訳の分らん始末、それに今お前様(まえさん)がどうしても操を立てなければならん圖書に済まんと云うばかりでは、何故(なぜ)死なゝければならんか理由(わけ)が分らん、私(わし)も斯うして何所(どこ)までもお助け申したからは訳を聞かん中(うち)は、私(わたし)も男だ、一生涯でもお前さんの傍にいなければなりません、私(わし)にそれ程不孝をさせて呉れては困るじゃないか、くどくもいう通り決して口外はしないから訳を話して下さらんか、頼むから何卒(どうぞ)お蘭さん」
 と山三郎は手を突いて頼む様にして、柔(やさ)しゅう云われますから、お蘭は親切なお方と顔を上げて山三郎の顔をじいっと見詰めておりましたが、眼に一杯涙を浮(うか)めまして、
蘭「誠に三年跡にお恵みを頂き、蔭ながら貴方のお噂をしておりまして、侠気(おとこぎ)の御気性でよもや世間へ云っては下さりますまいから、段々との御親切ゆえ申しますが、私が活(い)きていては夫に済まないと申す訳を一通りお話を致した上からは、何うでも活(い)きてはおられませんから、お聞きの上は合口をお返しなすって、直(す)ぐに此の場で自害をさして下さるならば身の上をお話し致しましょう」
山「それは困ります、併(しか)し何う云う訳か話の様子に依って死なずとも宜(よ)い事なら殺して詮(せん)がない、まア兎も角もお話しなさい」
蘭「はい、実は私(わたくし)は三年跡粥河圖書方へ余儀ない縁合(えんあい)で嫁付(かたづ)きまして何不足ない身の上で、昨年九月頃(あたり)から、夫は鎌倉道の竹ヶ崎の南山と申す所へ田地と山を買い、其所(そこ)へ別荘を建(たて)ると申して出ました切り手紙を一通送って遣(よこ)さず、まるで音信(おとづれ)がございませんから、悋気ではございませんが、万一(ひょっと)外(ほか)に増花(ますはな)があって私(わたくし)に倦(あき)が来て見捨てられやしないかと、心細い身の上から種々(いろ/\)心配しております所へ、小兼と申す御存知の芳町の芸者が来て、勝手を知っているから船に乗って一緒に行(ゆ)けと、小兼に連れられて南山と申す別荘へ参りました所が、圖書は出ておりませんで、長治と申す下男ばかりで、どうして此の山の中で、酒肴(さけさかな)を拵えますにも大抵の事ではございませんのに、長治一人で早く出来ます訳もなし、どうもそんな事も不思議に存じまして、用場へ参ろうと思って、三尺ばかりの開戸(ひらきど)がありますから其処(そこ)を開(あ)けますと、用場ではなく、其処は書物棚になっておりまして本箱や何かゞ数々ありましたから、粗忽をしましたと私(わたくし)が締めようとして其処でつい足が辷(すべ)りまして、書棚の書台へ肘(ひじ)が当りますと、劇場(しばい)でいたす廻り舞台のようにぎゅーと開(ひら)きまして、不思議のことゝ後(あと)へ下りますと書棚の下に階梯(はしご)の降口(おりくち)がありまして、あゝこんな所に階梯の降口はない筈だが、事に依ったら此処から他の座敷へ抜ける道でも附いて在(あ)って、其所(そこ)に婦人でも隠してありはしないかと、まア悋気ではございませんが私(わたくし)は案じられますから、その階梯を降りまして漸々(よう/\)手さぐりで参りますと、暫くの間廊下のようになって、先に広い斯う座敷の様な所で、廻りが杉戸のような物が二重に建って居りまして、中に人は居りますが、申すことは些(ちっ)とも分りませんから、欄間から灯火(あかり)のさすのを見て、はてなと欄間から覗いたら少しは事も分ろうと、机を台にして欄間から覗きまして、実に驚きましたが、どうか世間へは何卒(どうぞ)此の事ばかりは貴方だから申しますが、お話しは御無用に願います」

山「へーえ、其の縁の下へ階梯(はしご)が掛って、床の下が通れるようになって、成程、で其処(そこ)を覗くとどうなって居りました」
蘭「その床下へどうして彼様(あん)な広い座敷を建てましたか、二間(ふたま)程の大広間がございまして、夫圖書もおりますし、千島禮三と申す以前下役の者もおりまして、宅へも参りまする周玄と申す医者も傍におりまして、其の外百人余りも其所(そこ)におりましたが、其の者どもは皆夫の同類で、主人(つれあい)は其の百人余りの盗賊の頭分(かしらぶん)になっておりますから、それを見まして私(わたくし)は実に驚きました」
山「成程、浦賀辺へ此の頃は大分盗賊が徘徊して、寺や何かへも強盗(おしこみ)に這入ると聞きましたが、直(じ)き鼻の先の竹ヶ崎へ百人から盗賊が隠れていようとは、ふうんーそれから何うしました」
蘭「はい、その傍の柱の所に年の頃十六七になります器量の好(よ)い娘が縛られておりました、あゝ荒々しい情(なさけ)ない事をする、何処から勾引(かどわか)して来たか憫然(かわいそう)にと存じまして、其の娘を見ていると多勢(おおぜい)寄って其の娘を今晩は□いて□□の□かしめるのといい、終(しま)いに仲間同志の争いになりましたが、夫が見兼て此の娘は私(わし)が貰ったと傍に有りました刀掛の脇差の小柄を取りまして投げ附けますと、其の娘の乳の辺へ刺(さゝ)りました、きゃっと云いましたから恟(びっく)りして机から落ちたとまでは覚えておりましたが、其の折何処か脾腹(ひばら)でも打ちましたか、それから先は夢のようでとんと解りません、暫く経って私(わたくし)が気が附きまして眼を開(ひら)いて見ますと、四辺(あたり)が暗(くろ)うございますから、出ようと存じても出る事も立つことも出来ませんで、私(わたくし)は死んで埋められたのではないかと手を撫(なで)て見ると、私(わたくし)の手に火打袋が掛っております、これは圖書が野掛に出ます時常に持ちます火打袋で、中には火道具や懐中附木もありますから火道具を出して火を移しますと、傍に燭台も蝋燭もありますから、取敢えず灯(あかり)を附けて見ますると、私(わたくし)は白木の箱に這入って居りますから、前を見ますと夫圖書が私(わたくし)へ贈りました手紙が一通と傍に懐剣が添えてあります、はて不思議な事と直(す)ぐにその手紙を開きまして、読んで見まして、実に私(わたくし)は棺桶の中に泣倒れて居ります処へ貴方がお出(い)で遊ばして私(わたくし)をお救い下すって、斯ういう処までお伴(つ)れ遊ばして、お母(っか)さんまでに御苦労を掛けますのも私(わたくし)故で、何とも御親切のお礼の申し様もございませんが、何分私(わたくし)が活(い)き存命(ながら)えておりますと、他から夫の悪事が露見しても私(わたくし)が申したとしか思われません、左様(そう)なりますと私(わたくし)はどうも、仮令(たとえ)悪人でも一旦連添いました圖書に操が立ちませんから何卒(どうぞ)自害をさして下さい、左様(そう)すれば女の道も立ちます事で、お情(なさけ)にどうぞ懐剣を返して下さい」
 と涙ながらに申しました。山三郎はお蘭の話を熟々(つく/″\)聞いておりましたが、
山「成程妙に巧(たく)んだもので……お蘭さん其のまアお前の亭主から贈ったという手紙をお見せなさい、まあサ見なくては解らんから」
 と強いて云うゆえおらんも此の場になってはもう是非がない、
蘭「はい、皺だらけに成ってはいますが」
 と圖書より贈った手紙を出しましたから山三郎は開けて見ますと、文章は至って巧みに、亭主が女房に手を突いて詫(あやま)るように書いて有ります。
手紙の文意「我等儀主家(しゅか)滅亡の後八ヶ年の間同類を集め、豪家又は大寺へ強盗に押入り、数多(あまた)の金銀を奪い、実に悪いという悪い事は総(すべ)て我等が指揮(さしず)して是迄悪行を累(かさ)ねしが、三年跡其許(そのもと)を妻女に持ってから後は其許の孝行と貞節に愧(は)じて、何卒(なにとぞ)悪事を止(や)め度(た)くと心掛け居(お)るものゝ、同類も追々に殖え何分にも足を洗う事叶わず、然るに此の度(たび)其許に我等の悪事を見顕(みあら)わされ誠に慚愧の至り、さりながら同類の手前何分捨て置きがたく、是非なく真堀の定蓮寺へ気絶の儘埋葬いたすなり、されども気絶の事なれば棺桶の中にて蘇生するようなる事あるも測り難し、されど此の事が其許の口より露顕致せば大勢の難儀になる事なれば誠に非道の夫とも思わんが、何卒(なにとぞ)此の懐剣(あいくち)にて是非も無き事と諦め得心の上自害して呉れられよ、尤も我等も遠からず官(かみ)のお手に遇(あ)い死刑に臨む時、冥途にて其許に遇い詫言を申すべし、呉れ/″\も因果の縁合と諦め自害を御(おん)急ぎ下され度く候(そろ)云々」
 と云う様なる塩梅に旨く書続けてあります。悪人でも連添う夫婦の情(じょう)で死のうという心になるお蘭の志を考えると、山三郎は憫(あわ)れさに堪えられず、暫くの間文殻(ふみがら)を繰返し/\読んで考えて居りました。

山「お蘭さん、誠にどうも御尤(ごもっとも)で、お前さんは感心な方で、お前さんの御亭主を私(わたし)が悪くいっては済まんが、此の文面の様子では、三年あとお前さんを女房に持ってから、志を見抜いて、其の孝行と貞節に感じて今迄の悪事を止めようと思い込んだと書いてあるが、其の位見抜いて、頼もしく思って居る可愛い女房が、悪事を見たからと云って気絶した儘埋(うめ)るとは情(なさけ)ない、死んだか活(い)きたか分らんなら何故薬を飲まして手当をして、気が付いての上、偖(さて)斯う云う訳だからどうかお前を助けたいが助ける訳に往(ゆ)かんから自害して呉れと云えば、それお前さん、はいといって自害もする人だ、其の心底を圖書が知っていながらお前さんを生埋(いきうめ)にしたので、お前さんだから蘇生(いきかえ)った後も自害をしようとしなすったので殊に私(わたし)が此程(これほど)までに様々云っても事実を明さないで、是は勿論死を極(きわ)めておいでなさるから云わないので、これが普通(なみ)の女であったらわア/\騒いで屹度(きっと)人を呼びましょう、それでも助ける人がなければ可愛や食物(くいもの)はなし棺の中で飢死(うえじに)に死んで仕舞うだけ、実にどうも非道の致し方で、お前さんはまア其の非道をも思わず、圖書を思う志(こゝろざ)し、誠に夫を思う貞節、お前さんの志に免じて何うか圖書が改心するようにして遣りたい、私(わし)が是から浦賀へ帰って役所へ訴えれば直ぐ番所の手を以て竹ヶ崎南山へ手当になる訳だが、なれども左様(そう)すればお前さんの志を空(むな)しくすると云う誠に其れも気の毒な訳だから、圖書に人知れず会って、篤(とく)と異見をして、圖書が改心の上は元通りお前さんと添わしたく思います、其れゆえ私(わたし)は是から帰って圖書に逢って、当人に熟々(つく/″\)意見をしますから、圖書が改心の実証を見抜くまでお前さんは死を止(とゞ)まって、私(わし)に命を預けて…いやさそんな事を云っては困るお前さんを殺す訳にはいかん、尤も云うまでもないが、愈々(いよ/\)改心せぬといえば仕方がない其の時はお前さんの望に任かして自害をさせましょう、先(ま)ず其れまでは」
 と事を分けて諭しましたので、お蘭は唯はい/\と泣きながら返辞をして居りました。山三郎は又お蘭の心を想いやり頻りに宥(なだ)めて居りますと、後(うしろ)をがらりと開けまして、
男「御免なさい」
山「おい、其所(そこ)を無暗(むやみ)に開けては困ります、飛んでも無(ね)え」
男「御免なすって、もしお宅からお手紙が届きました」
山「どうして家(うち)の奴が知って居たか」
男「へい徳田屋の船頭がうっかり喋ってお母(っか)さんのお耳に這入ったと見えまして」
 と持って来た手紙を出すを、山三郎は訝(いぶ)かしげに受取って開いて読下(よみくだ)すと、驚きました。其の母の手紙には「お前の留守中妹(いもと)のお藤を強(たっ)て貰いたいという其の人は、旧(もと)金森家の重役粥河圖書という人で、近頃竹ヶ崎へ田地や山を買い、有福(ゆうふく)の人で、奥様が此の間お死去(かくれ)で、何卒(どうか)跡に嫁を欲しいと思うが、お前の妹お藤が相当な縁だというので真堀の定蓮寺の海禪和尚(かいぜんおしょう)が橋渡しをして媒妁人(なこうど)を立てて貰い度いという、向うは急ぐからお前に相談しようと思うが、何分留守で仕様がなし、先方(さき)からは急ぐ、何うも角(こ)うも断りようが無いから、今日大津の銚子屋で見合をして、お藤が得心の上は粥河様方へ縁附けるから一寸(ちょっと)知らせる、なれども用がなければ帰って来て、用があるなれば別段帰らんでも宜(い)い、結納を取替(とりかわ)せる、此の段松屋に居るとのことが知れたから知らせる」唯(たっ)た一人の妹(いもうと)お藤を盗賊の所へ縁附ける、結納を取替せるとあるから驚いた山三郎、思わず手紙をぱったり落して腕を組み、考えれば考える程可哀想にも、眼の前に居る此のお蘭を女房に持ち、悪事を見たといって生埋(いきうめ)にして、間もなく己が妹を貰おうと云うは如何にも人情にはずれた悪人、併(しか)し此の事はお蘭には云えず、心一つに憤(いきどお)って居る。其(そ)んな事とは夢にも知らぬおらん「誠に何から何まで御心配下さいまして、貴方のお志は死んでも忘れません、何うぞ此の上何分宜(よ)い様に」
山「あの、大急ぎで船を一艘(ぱい)仕立って呉れんか、一寸(ちょっと)浦賀へ帰るから大急ぎで、風が悪いから其の積りで、食物(くいもの)や何かはどうでも宜(い)いから…時にお蘭さん、あの母から手紙が来まして、黙って四日も明けたもんだから大分心配して居る様子、一寸(ちょっと)行って来なければ成りませんが、今晩は何うせ来られませんが明朝(あすのあさ)来られなければ明日(あした)遅くも夕景までには屹度来ます、それまでの間は何卒(どうぞ)自害するの海へ飛込むのなどということは予々(かね/″\)申す通り止(とゞ)まって、こりゃア私(わたくし)がお願いです、若(も)し左(さ)もないと私(わたくし)が是まで尽した事は皆(みん)な水の泡になるから、決して悪くは計らわんから、同じ人間だから悪い心にもなり又善い心にもなるものだから、貴方の思う圖書の心が直る様に何処までも他人(ひと)を払って異見するから其の積りで、御亭主が善人になれば貴方の思った心も貫き、其の上何卒(どうぞ)もと/\にしたい心底、其れゆえどうか行って来るまで待って居て」
蘭「はい、実に有難うございます、お母(っか)さまは嘸(さぞ)お案じで、どうか早くお帰り遊ばして下さい、明日(あした)夕方までにお出(いで)になるをお待ち申します」
山「お蘭さん、貴方小遣が入(い)りますから沢山は無いが少しばかり手許へ置いて行(ゆ)きますから、何ぞ好きなものを買って遠慮なしにお上んなさい、気の酷(ひど)く欝(ふさ)ぐ時は、此の頃は旅稼(たびかせぎ)の芸人が居るから其れを呼んで気晴しでもして」
男「船が出来ました、直(す)ぐに」
山「船が出来た、じゃ行(ゆ)くよ」

 山三郎は階梯段(はしごだん)を降ります、残り惜しいから、お蘭は山三郎を船の処まで見送ります。山三郎も船に這入って気の毒な女だとお蘭の顔を見る、これが思えば思わるゝと申すのでござりましょう。船頭は山三郎が大急ぎと申すので腕一杯に漕ぎますが、何分風が向い風で船足は埓(らち)明きません。山三郎はじり/\して居りますが、何うも仕方がない、朝の内は西風(ならい)が吹き、昼少々前から東風(こち)から南風(みなみかぜ)に変って、彼是れ今の四時頃に漸く浦賀へ這入りました。山三郎は早くも船より上(あが)りまして新井町へ駈けつけて、家(うち)へ馳上(かけあが)って見るとお母(ふくろ)も妹も居りません、其処(そこ)に留守居をして居るのが馬作一人。
山「おい師匠」
馬「へい、お帰りなさい、どうも実に驚きましたぜ、何処(どこ)へ入らっしゃいました」
山「わきへ廻って遠方へ行った」
馬「どうもお母(ふくろ)さんがお前と一緒に往ったのだから何処(どこ)かへ行って捜して来いと仰しゃって、それから私(わたし)は江戸屋に入らっしゃったが、はて何うなすったかと云う様な事をいってお家(うち)を出ましたが、何処へ往ったってお出(いで)なさらぬのは知って居るから、ぶら/\大※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)りや何かして、程経(た)って帰って見ても未だお帰りなさらない、はてなと又出掛けて、今度は徳田屋さんで聞いて見ると、貴方は舟の中へ女の子を入れて松屋へお出(いで)なさったと云うが、あなた酷(ひど)いじゃアありませんか、私(わたくし)を捲くなんざア感心しましたぜ」
山「なにそう云う訳じゃアねえ」
馬「旦那まア板子の下へ女の子を入れて行(い)くなんざア凄い寸法で、併(しか)し旦那よくまア彼(あ)の八釜しい御番所の前をねえ」
山「それ処じゃアねえ、お母(っか)さんは何処へ」
馬「お母様(ふくろさん)はね、いや実に妙不思議な事で、それ例の彼(か)の粥河様のおらん様が死んだので、不自由だから、他から貰うよりは貴方の妹御をと云うので、寺の坊さんか何か頼んで其れが橋渡で漸く話が極って、それからお嬢さんに話をすると、何かそれ貴方が後見になって妹に聟を取って此の家(いえ)を相続させると仰しゃったのだが、其れじゃア私が済まない、矢張(やっぱ)り兄(にい)さんを此の家(うち)の旦那にして私は他(わき)へ縁付きたいと云うので、処がね嬢さんが粥河様を見ると一寸(ちょっと)好(い)い男だもんだから岡惚をして、藤ちゃんはずうっと行きたいという念があるので、お母(ふくろ)さんも遣りたいと云うので、詰り極って、今日大津の銚子屋で結納を取換(とりかわ)せ」
山「もうお出掛けになったか、あゝ残念だ」
馬「旦那何も残念な事はありません、お蔭で私(わたくし)も一軒旦那場が殖えたので」
山「のべつに喋るなよ、着物を着替えるから早く出せ」
馬「着物(おめし)をお着替なさい、だが箪笥は錠が下りて居ます、鍵はお母(ふくろ)さんの巾着(きんちゃく)の中へ入れてありましたが彼(あ)の儘帯へ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(はさ)んで一緒にずうとお出かけで」
山「困ったな、じゃア出刄庖丁を出せ」
馬「なんです」
山「なんでも、喋らずに出せ」
馬「だって疵(きず)だらけになりますぜ」
山「構わんから出せ」
 と山三郎は癇癪紛れにガチ/\とやって着物や羽織を引出して、さっ/\と着換えて脇差を※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さし)たが、見相(けんそう)が変って居りますから馬作は何だか解らん。
馬「旦那私(わたくし)は今日お結納のお取替(とりかわ)せ、お目出度いので御祝儀頂戴と内々悦んで居たので」
山「家(うち)へ帰(け)えれ」
馬「へい、女郎買からお帰りで昨夜(ゆうべ)から持越しの癇癪などは恐れ入りますな」
山「斯う云うとき師匠洒落などいうと聞かんぞ、何も云うな、黙って供をしろ」
 と山三郎は急(せ)きますから、家(うち)を駈出してどん/\谷通坂(やんつうざか)を駈下りまして、突然(いきなり)大津の銚子屋へ飛込んだが、丁度今結納を取替せを為(し)ようとする所、是れを山三郎が[#「山三郎が」は底本では「山三郎か」]反古(ほご)にしようと、是から掛合になりまする所、一と息つきまして次を申し上ます。

 引続きまして、山三郎は母と妹(いもうと)が先に大津の銚子屋に参って居て、此(これ)から見合に相成るという事を聞いて、驚きまして、宅(たく)を出て大津の銚子屋へ参ったが、もう間に合いません広間の方には粥河圖書を始めとして居並んで居ります者は、前に金森家の同藩のように見せかけましたが、此れは皆同類で、圖書の傍(そば)に居りまするのが眞葛周玄という医者、立派な扮装(いでたち)で短刀(みじかいの)をば側に引附けて、尤もらしい顔附をして居ります。其の側面(かたわら)には真堀の定蓮寺の留守居坊主海禪という、此れは破戒僧でございますが、是も外出(よそゆき)の袈裟法衣(ころも)でございますが、何か有難(ありがた)そうな顔附をして控えて居ります。此方(こちら)の方には母と妹(いもと)の前に膳部を据えて大勢で何か頻りに勧めるのを両人(ふたり)は返答に困って居ります。
母「どうも御尤も様でございますが、生憎(あいにく)山三郎も居りませんことで、もう程無く帰りましょうかと存じて居りますが、参って居ります処も漸くに分ったような訳で、もう是も得心致しまして私(わたくし)もまア有難い事と存じて居る処ではございますが、何を申すも山三郎は留守の事で、あれも名前人(なまえにん)の事でございますから一寸(ちょっと)一言申し聞かせまして、得心の上でございませんければ、それはなんで如何様(いかよう)ともお話も致しましょうが、今が今どうも御挨拶も出来かねますことで」
海「いやお母(っか)さん、それは至極御尤もじゃが、此処にまア眞葛周玄先生という斯ういう立派な先生の媒妁(なこうど)があって事をなさるし、私(わし)も坊主の身の上だから余(よ)の事は知らんが、不思議の事で、斯ういう御縁合になれば、私(わし)も誠にお馴染甲斐もあるような訳、どうかお帰りがあって、それは成らんいやそれは斯うしてと仰しゃれば、それは何うでも内々(うち/\)お話合もつく事で、貴方が御得心になりさえすれば山三郎殿は孝心の方で、お母(っか)さんの云う事を背(そむ)くようなことはない、それは私(わし)も心得て居(お)るが、どうか善は急げで、結納の所だけは一寸(ちょっと)此処で取替(とりかわ)せをなすって、左も無いと私(わし)もまた仲に這入った甲斐もないと云うもので」
母「実に海禪さんの仰しゃる通り御尤もでございますが、もう程無(ほどの)う帰りましょうと存じて居りますから、どうかもう少々お待遊ばして」
 という所へ、
男「へい只今旦那が入らっしゃいました」
母「はい、直(す)ぐに何うか此の席へ参るように仰しゃって」
 と云ううち案内をも待たずつか/\と山三郎は母の傍に参りまして、
山「誠に恐れ入りました、大きに御心配を掛けまして相済みません」
母「本当にまア私はどんなに案じたか知れないよ、何所(どこ)に何うして居るかと思ったうち漸々(ようよう)天神山に居ることが知れてねえ、手紙を出したが知れましたろう」
山「拝見致して取敢(とりあえ)ず立帰りましたが、未だ結納は取替(とりかわ)せますまいな」
母「はい結納の事はお前を待って居たので」
山「どうか直(す)ぐにお帰り遊ばして」
母「直ぐにと云ったってそう帰る訳には往(ゆ)きませんよ、先(まず)お前それにお出(い)でなさるお方は粥河様と仰しゃる、元はお大名の御家老役をもお勤めなすった立派なお方で、此の頃竹ヶ崎へお出(いで)になって結構な御普請を遊ばして、田地やお山をもお購求(かいもとめ)で、何不足なくお暮しで、処が先頃奥様が卒去(おかくれ)になって、早くどうか嫁をと云うので、処が浄善寺へ私がお藤を連れて御法談を聞きに参った其の折に御覧なすって、強(たっ)て貰いたいと仰しゃるので、他の者では厭だがお前の妹だからと云うので尚お彼方(あなた)で欲しいと仰しゃるので」
山「左様でもございましょうが、まだ結納の取替せを致さんのは幸いどうか直ぐにお帰りなすって、実に私(わたくし)は驚きました」
母「直ぐに帰れといっても、お前の来るのを待って居て、お前の坐る所へ整然(ちゃん)とお膳もお兄(あに)いさんのと仰しゃって心配をなすって」
山「いゝえ見ず知らずの者に馳走になるべきものでは有りませんから、お母様(っかさん)と私(わたくし)と藤の料理代だけは当家(こゝ)へ別に払いをして参ればそれで宜しい」
母「そんな事は出来ませんよ、そんな失礼な事をお云いでない、それよりはお近附になって」
山「いゝえお近附どころではありません、直ぐにお帰りを願います」
 と何かごた/\致して居りますから、海禪坊主が見兼て山三郎の側へ参りまして、
海「誠に暫く、番場の地蔵堂に居りました海禪で、お見忘れでしょうが今は真堀の定蓮寺の留守居で、雁田(がんだ)に居りました時分は毎度お目に懸りました事もありましたが、あれに御座るは粥河様でござりまして、此の頃近辺に御寮が出来まして、浦賀へお出(いで)のときお藤さんを御覧で、どうか貰い度いということ、それに土地に名高いお家柄なり、旁々(かた/″\)山三郎殿の御妹御(おいもとご)なれば是非申し受けたいといって私(わたくし)へお頼みで、坊主の身の上でなんだけれども実はお母(っか)さんも御得心又お妹御も納得のことで、結納の取替せまでに至りまして、間際になって肝心の貴方がお出(いで)がないので大きに心配致しておりました、早速お帰宅で、どうかこれへお席を取って置きましたから、何うかこれへお坐り遊ばして、実にお目出度いことで恐悦な訳で」
山「いやお目出度いこともなんにもない、久しくお目に懸らんでしたが、海禪さん、折角の思召(おぼしめ)しではございますが、妹藤は差上げる訳には参りませんと先方へお断りを願います」
海「へえーそれは又何ういう訳ですな、今貴方が御不承知では先方へ私(わたくし)が何とも云いようがございません」
山「云いようが有ろうが無かろうが手前は上げる事は出来ません、母や妹が得心でございましょうが、何と申したか知りませんが、未だ結納の取替せも致さんのは幸いでありますから、此の事はどうか先方へどうも妹は上げられないと云ってお断りを願います、母と妹を連れて直ぐに帰ります、おまえさんも御出家の身で縁談の事なぞには口をお出しなさらんでも宜しかろうと私(わたくし)も失礼ながら存じます」
海「それは左様(そう)じゃけれども、今になって其んなに仰しゃって下すっては言訳がない、何うかもし折角の御縁でこれまでに成りましたから」
山「折角でも何でもいけませんと先方へお断りを願います」
 と此の問答を見兼ねて眞葛周玄が側へ来て、
周「へい、初めまして、愚老は眞葛周玄と申す至って不骨物(ぶこつもの)で、此の後(ご)とも幾久しゅう御別懇に願います此の度(たび)は不思議な御縁で粥河氏よりの頼みで、届かんながら僕が媒妁役(なこうどやく)を仰せ付けられて、予(かね)てこの浦賀に於ても雷名轟く処の石井氏の妹御(いもとご)、願っても是れは出来ん処をお母(っか)さまもお妹御も御得心で誠に有難いことで、大夫も殊無(ことの)うお喜びでございます、どうか結納の取交(とりかわ)せを致そうとして、既に只今これへ墨を添え紙をも用意致して、是から書こうという処で、御得心の上は速(すみや)かに認(したゝ)めます心得で」
山「いや何うか此の事は先方へお断りを願います、母が得心でも妹が参りたいと申しましても、此の山三郎一人(にん)不服でございますから、左様(さよう)粥河様とやらへ何うか仰しゃって下さるように願います、貴老(あなた)も媒妁役(なこうどやく)で御迷惑でございましょうが、直ぐに引取りますから左様思召(おぼしめ)して下さい」

周「これは当惑致しますな、折角此れまでになって、何うも親御も妹御も御得心であるのに、遅うお出(いで)になって今になって私(わたくし)は不服じゃなどとおっしゃっては媒妁(なこうど)の立端(たちば)がござらんからねえ、斯うやって皆朋友の方も目出度いといって祝いに来て下すって、事がきまろうと申す所で、今になって厭と仰しゃっては誠に困りますねえ」
山「困っても何でも上げられんから上げられんと申すので」
周「それじゃア何処迄も是れを破縁なさる思召(おぼしめ)しかえ」
山「いや破縁と申すが結んだ縁なら知らん事まだ結ばんに破縁という事はありません」
周「貴方がお出(いで)というので斯う遣って詰らん魚でも多分に取寄せて、先(ま)ずお膳まで据えてお待受け申すのでござるからねえ、何うか媒妁(なこうど)の届かん所は幾重にもお指図を受けまして致しますから是は何うか先(ま)ず御承引を願いたい」
山「いゝや御馳走にはなりません、知らん方に仮令(たとえ)酒一杯でも戴いては済みませんから、当家へは三人分だけの料理代を別に払って参りますから左様思召(おぼしめ)して下さい」
周「これは怪(け)しからん事を仰しゃる、貴方は此の浦賀中で男達(おとこだて)とか侠客とか人がお前様(まえさん)を尊敬する所の現在名主役をも勤めて立派なお方、物の束(たばね)をもなさる方で礼儀作法もお心得であろうのに、何とも何うも怪(け)しからん事で、此の方(ほう)の馳走の代を払うなどゝは以ての外な事、よし其れは兎も角も今になり妹御を遣るの遣らんのとの事を仰しゃっては僕は退(ひ)かれん、君も名高いお方に似合(にあわ)ん事で」
圖「これ/\控えておれ」
 と粥河圖書は横着者でございますから末席(ばっせき)に下って手をつかえ、
圖「初めてお目に懸ります、自分は粥河圖書でございます、此の度(たび)は又不思議な御縁で、以来は幾久しく何分にも御別懇に願います、此の者は眞葛周玄と申すが、只今喰酔(たべよ)っておりまして失礼の事のみ申上げ甚だ相済まんが、何卒(なにとぞ)お気に障(さ)えられぬよう、当人に成り代り圖書がお詫を申上げます、殊に自分も尊兄のお出(いで)をお待受け申すうち大きに酩酊致して失敬の事ばかり、其の辺は幾重にもお詫を申上げますが、何うか只今申し上(あぐ)る通りゆえ、届かぬ所は何(ど)のようにもお指図に従い、斯うしろと仰せがあれば其の仰せに従いまするので、手前も親も兄弟もなし、殊には貴方のお妹御を申し受ければ、貴方のような兄様(にいさま)を設けるので、此の上の事はありませんし、誠に当地へ参っても心丈夫なり且(かつ)何事もお兄様(あにいさま)のお言葉は背かん心底でござるから、何うか御不服(ごふふく)でもございましょうが、何が斯うすれば御意に入るとか、あゝすれば宜(よ)いとか御腹蔵なく仰せ聞けられて、何うか結納取交(とりかわ)せの所を何分にも御承引下されたい訳で」
山「何うも御丁寧なる御挨拶で痛み入ります、何卒(どうぞ)お手を上げられて、折角の御所望ではございますが、仔細あって妹(いもうと)を差上げる訳にはゆきません、と申すは妹(いもうと)には別に婿を取って私(わたくし)が後見になって石井の家(いえ)を相続させまするので、是には種々(しゅ/″\)深い訳のある事で、何うも此の妹(いもと)は上げる訳には参りません、直ぐこれで引取りますから左様思召(おぼしめ)して下さい」
圖「それでは何うも当惑致します、是までに相成って今不承知じゃと仰しゃっては圖書は立端(たちば)がございません、此処(これ)に参っておる朋友の者は皆前々(ぜん/\)同屋敷におりました同役の者ばかりで、これにお聞き遊ばせば知れまするが、浪人しても聊(いさゝ)か田地や山を購求(かいもと)めて、お妹御に不自由をさせるような事は致さん積りで、事によれば母公(ぼこう)まで共々お引取り申し度(た)い心得でおる程でござるから、左様仰せられずに何卒(どうか)此の事はお聞済相成るように願います」
山「いや上げられません、妹(いもと)が参りたいと申しても母が遣りたいと申しても、此の山三郎だけは差上げることは出来ません」
圖「何うあっても御承引はございませんか」
山「はい、何うあっても差上げる事は出来ません」
圖「何が御意に入りませんか、是までになって遣られないと仰しゃる其の思召(おぼしめ)しを承わりたい」
山「山三郎は男でございますから情(なさけ)と云うことを存じておりまして、斯様な満座の中で申すことは出来ませんが、貴方がお宅へお帰りになって篤(とく)とお考え下さい」
圖「どう考えますか、どのように考えまするのか」
山「貴方は御浪人なすっても以前は立派なお武士様(さむらいさま)で、私(わたくし)のような船頭を相手にする廻船問屋如き者の妹娘を貰いたいと仰しゃれば、唯(はい)と二ツ返辞で差上げんければ成らん処だが、それが上げられんと云うのは何ういう訳だか貴方の心に篤(とく)とお聞きなすったら解りましょう」
圖「心に問えと仰しゃるのか」
山「はい貴方のお心に聞けば直(じ)きに分るで有りましょう」
圖「心に問いましても分りませんが、何うか仰せ聞けを願います」
山「いゝえ此所(こゝ)では申されません、今は分りませんが後(あと)で分ります…さア行(ゆ)きましょう」
 と山三郎は母の手を取って表へ引出すと、母も妹(いもと)も何だか訳が分りませんから、うろ/\して居るうちに、山三郎は帳場に参って三人ぶりの酒料理代を払って外へ出ました。妹(いもうと)なんぞはちと腹を立ちまして、粥河さまは男も好(よ)し人柄もよし、金はあるし、立派な人だから、此家(こゝ)に縁附(かたづ)けば仕合せと思って腹の中(うち)に喜んで居たのに、兄(にい)さんはそれだのに遣って呉れないのだよ、余(あんま)りだ、と腹の中(なか)では思って居るが、まさかに口には出し得ないで唯(たゞ)しお/\として後(あと)に附いて家(うち)へ帰って参りました。

 家(うち)へ帰ると、供に立ちました馬作はそこへ飛出して「私(わたくし)もあの前お座敷へ出ようと思いましたが一向様子が分りませんで、旦那今日のはまア一体何うしたんです」
藤「本当に馬作さん私は冷汗が出たよ」
馬「旦那はついしか荒い事を仰しゃった事は無いが、それも宜(い)いが三人前の料理代を払うなんどは本当に愛敬のない仕方で、彼(あ)れはどうも苛(ひど)い、何でも理由(わけ)があるに違いない、理由(わけ)がなくって彼様(あんな)になさる気遣(きづかい)はねえ、何うも理由(わけ)がありそうだ」
山「あゝ家(うち)へ帰ってまア安心した、さア/\お母(っか)さん此方(こちら)へ、妹も此方(こっち)へ来な、お前が折角行(ゆ)きたいという処を兄(にい)さんが止めて定めておつに思ったろうが、そこには種々(いろ/\)深い理由(わけ)のある事で、又兄さんが粥河よりもそっと立派な優(まさ)った者を見立てゝ遣る、心配しなさんな大きに何うも癇癪に障(さわ)って手荒い事を云って心配させたが、勘忍して呉んな」
馬「何ういう訳でございますか苛(ひど)くお怒(おこ)りで、今いう通り何か是にゃア訳があるのでしょうが、是は何うも藤ちゃん仕方がありません、御縁のないのです、その代り今度お兄(あに)いさんのお見立になるお聟さんはね、是は大した者がありましょう、彼(あれ)よりは好(い)いと云うんだから何(ど)んなに好(い)いか知れません、粥河さんはね、あれで好(い)い様に見えても一寸(ちょっと)いけすかない処がありますからねえ、いやにこう色は白いようだが何だか煉瓦の裏通りと云うような処がありますからねえ」
山「まア宜(い)い、何ぞで一盃遣りましょう」
 と酒を取寄せ話をして居る中(うち)に灯火(あかり)を点けます時分になると、大津の銚子屋から手紙で、小さな文箱(ふばこ)の中に石井山三郎様粥河圖書という手紙が届きました。
馬「旦那お手紙で」
山「何処から」
馬「銚子屋からで、粥河様でしょう」
山「使(つかい)の者は待って居るのか」
馬「へい待って居ります」
山「なんだ」
馬「何だって粥河さんは余程(よっぽど)藤ちゃんに惚れてるんで、先刻(さっき)彼(あ)の位に云われて見れば、大概の者は腹ア立って、なに彼(あれ)ばかりが女じゃアねえ、他から貰うと云うのだが、それを又謝り口状を云って遣(よこ)すなんざア惚れてるてえものは妙なもんでねえ」
 此方(こなた)の山三郎は封押切って手紙を読みかけると、
馬「旦那、なんと書いてありますか心配で、どうか一寸(ちょっと)」
山「なんでも宜(い)いよ」
馬「何ういう訳か一寸(ちょっと)お見せなさい」
山「さア」
馬「此奴(こいつ)ア些(ちっ)とも分りませんねえ、残らず字ばかりで書いてありますから」
 山三郎は読みかけた後(あと)をだん/\見ますと、其の文面に
以手紙申上(てがみをもってもうしあげ)候然(しか)れば先刻大津銚子屋に於て御面会の折柄(おりから)何等の遺恨候てか満座の中にて存外の御過言(ごかごん)其の儘には捨置難く依之(これによって)明晩戌(いぬ)の中刻(ちゅうこく)小原山に於て再応(さいおう)承わり度(たく)候間能(よ)く/\御覚悟候て右時刻無遅滞(ちたいなく)御出(おい)で有之度(これありたく)此段申進(もうししん)じ候御返答可有之(これあるべく)候也
    四月十四日
粥河圖書
石井山三郎様
という書面で是れが決闘状(はたしじょう)で、山三郎はにっこりと笑って直(す)ぐに返事を認(したゝ)めました、その文面には
先刻大津の銚子屋にて御面談の儀に付御書状の趣き逐一承知仕(つかまつり)候御申越の時刻無相違(そういなく)御出合申可(おであいもうすべく)貴殿にも御覚悟にて御出張可有之(これあるべく)此段及御答(こたえにおよび)候也
    四月十四日
石井山三郎
粥河圖書様
という是れが決闘状(はたしじょう)の取遣(とりや)りでございますが、向(むこう)は盗賊の同類が多人数(たにんず)居りますから、其等(それら)が取巻いて飛道具でも向けられゝば其れ切(ぎ)り、左もない所が相手も粥河圖書だからおめ/\とも討たれまい、必ず此の方も切死(きりじに)をしなければならんが、其の時は松屋に残したお蘭が斯うと聞かば必らず自害して相果(あいはて)るに相違ない、如何にもそれが不便(ふびん)なこと、何うかお蘭を助けたいものだがと、母や妹を寝かした後(あと)で、細々(こま/″\)と認(したゝ)めました遺書(かきおき)二通、一本はお蘭の許(もと)へ、一本は母へ宛て、封目(ふうじめ)を固く致した山三郎、其の翌晩小原山と申す山の原中に出まして粥河圖書と決闘(はたしあい)を致しまするお話、一寸(ちょっと)一息吐(つ)きまして申上げます。

 山三郎が認(したゝ)めました遺書(かきおき)二通、その一通は母に贈りますので、其の文には粥河圖書は大賊に致して、手下の二百人からある強盗、其の女房お蘭なる者が我身の大事を知ったと云い、同類が許さんからとて生埋(いきうめ)にしたるを山三郎が掘出したるが、今は上総の天神山の松屋に隠匿(かくまっ)てある、此の事に就(つい)て過日より自分も心配致して、粥河圖書が改心の後(のち)は如何にも貞節なるお蘭の心を察し、故々(もと/\)の通り添わして遣りたいと思って居る処、大胆にもお藤を嫁に呉れという故に銚子屋に於て彼(あ)の如く耻(はじ)しめました、それを遺恨に思って決闘状(はたしじょう)を附けたから、已むを得ず明晩小原山に於て同人と果し合を致す、また山三郎の申す事を聞入れて改心致せば宜しいが、左もなければ刺違えて死ぬ、吾が亡(な)い時はお蘭が自害致すに相違ないから、不便(ふびん)の者と思召(おぼしめ)してお蘭に意見を加えてお引取り遊ばして、お藤の姉とも思召しお手元にお置き下さらば、私(わたくし)より遥(はるか)に優る孝行を致すに相違なし、先立つ不孝は重々相済まんが此の場に及んでは致方(いたしかた)がない、圖書と刺違えて死果(しにはつ)る覚悟、と細々と書きまして、又一通はお蘭の方へも右の如く細々と認(したゝ)めて、封じ目を固くして店の硯箱の上の引出(ひきだし)に半切(はんきれ)や状袋を入れる間へ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(はさ)んで、母が時々半切や状袋を出すから、此処へ入れて置けば屹度目に入ろうと斯様に致し、其の夜(よ)は休んで翌日朝船に乗りまして上総の天神山へ参りました。お蘭は山三郎の参るを待って居る所へ、
山「存外早く帰りました」
蘭「おやお帰り遊ばしましたか」
山「はい、暫く自宅(うち)を明けましたので、母も心配致して手紙をよこし、それ故一寸(ちょっと)立帰って参りましたが、お前さんの事が気になって、何うも私(わたくし)は宅(うち)にも居られないひょっとして私(わたくし)が遅く来まして、お前さんに万一(もしも)の事があった日には、私(わたくし)が丹誠した事は水の泡になるから取急いで参りましたが、就ては又直ぐ私(わたし)は帰ります、帰るが明日(あす)の夕景までには又私(わたくし)が来られゝば好(よ)し、来られん時は此の中に細かに書いた物がありますが、此れは私(わたくし)の親から譲られた大事の、今は金入れにしたが、先祖から伝わって居る守袋(まもりぶくろ)で、此の中に封じた物が入って居るから、明(みょう)夕景までに私(わたくし)が来なかったら此の封を切って読んで下さい、左様(そう)すれば細かに事柄が分ります、其の中(うち)又お前さんを迎いに参る者が有るまいものでもない、多分夕景迄には屹度来ますが、それ迄は此の書いた物の封を切って読んで下すっては困ります、其処(そこ)を何うか確(しか)とお蘭さん承知して下すって、必らず明日(みょうにち)の晩まで確(たしか)に待って、何卒(どうか)お前さんお自害の処は止(とゞ)まって下さらんければならん、それだけは山三郎手を突いて頼む、何卒(どうぞ)聞済(きゝず)んで下さい、お聞済みかえ、え、お聞済みかえ」
蘭「はい/\有難う存じます、まア何ういう御縁か存じませんが厚く思召(おぼしめ)して下さいますお志は決して反故(ほご)には致しません、明日(みょうにち)お出(いで)までは慥(たしか)に其の品はお預り申して居ります、何うか成るたけ明日(みょうにち)はお早くお出(いで)になりますよう」
山「はい、直ぐに来まする心得、此(これ)に少々許(ばか)り金子がありますが是に添えて置きますから何うかお前さん是で万事宜(い)いように為すって」
 と立ちますから、
蘭「はい、もうお帰りでございますか、左様なれば」
 と階子(はしご)の段まで見送ります。下へ下りる事は出来ない隠れて居る身の上。此方(こちら)は船へ乗り移ります、虫が知らせるか互(たがい)に振り返る、其の内に船は岸を離れて帆を揚げる、風は悪いけれども忽ちに船は走りまして浦賀へ着(ちゃく)致しまして、自宅(うち)へ帰って引出(ひきだし)を開けて見ると、まだ遺書(かきおき)は母の手に入(はい)らんようだから宜(よ)いと心得、また元のように手紙を引出の間へ入れて、一寸(ちょいと)其処(そこ)まで行(ゆ)く振りをして宅(うち)を出て、西浦賀の陣屋へと急ぎました。其の頃西浦賀の陣屋には山三郎の実の兄が居ります。お高(たか)は二千五百石で一色宮内様と仰しゃる、血筋でございますけれども、此方(こちら)は町家(ちょうか)に育ちましたから※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)船問屋で名主役も勤めて居り、目通りは出来ますが、お兄様(あにいさま)という事も出来ず、向(むこう)でも弟と声を掛ける事も出来ん、なれども血筋と云うものは仕方が無いもので、今晩もし死すれば兄の顔はこれが見納め、余所(よそ)ながら暇乞(いとまご)いと心得、西浦賀の蛇畠町(じゃばたけまち)の先浜町(はまちょう)の処を行(ゆ)くと陣屋のある処、頓(やが)て案内を以て目通りを願いたいと云うと、其の頃のお奉行は容易に目通りは出来んが、向(むこう)も血筋だからして、「苦しゅうないこれへと申せ」と云う。取次は心得まして山三郎をそれへ連れて参ると、今お役済で袴は着けて居りますが座蒲団の上に寛(くつろ)いで居て、其の頃の遠国(えんごく)の奉行は、黒縮緬に葵の紋の羽織を上から二枚ずつ下すったもので、今宮内様は御紋附の羽織に濃(こい)御納戸色(おなんどいろ)の面取(めんとり)の袴をつけて、前には煙草盆や何かを置き、此方(こっち)には煎茶の道具があり、側に家来が二人ばかり居ります。山三郎は遥か末席に控えて頭(かしら)を下げまして、
山「今日(こんにち)はお目通りを仰せ付けられまして有難い事でございます」
宮「はい、さア此方(こちら)へ這入るが宜(い)い、あゝ遠慮なしに此方(こっち)へ許すから這入れ、何時(いつ)もまア無事で、母も変りはないか、なにか妹(いもと)も大分(だいぶ)成人して美しくなったという噂は聞くが妹(いもと)はいまだ見んが、好(よ)く今日(きょう)は来たな、丁度用もなし徒然(とぜん)で居るから幸いで、酒は少しは飲むか、一盞(さん)取らせよう、これ由次(よしじ)、奥へ行ってあの菓子が有ったから、あれを多分に母と妹(いもと)に土産になる様にして遣れ、それから酒の支度をしろ、さア最(も)っと近く、莨(たばこ)も許す、さア/\」
山「へい/\有難うござります、今日(こんにち)は山三郎折入ってお目通りを願いたいことがござりまして罷(まか)り出(い)でまして、お聞済(きゝずみ)があれば千万有難く存じます」

宮「何か頼みたい事が、そうか、何うも其方(そち)は予々(かね/″\)人の噂に聞くに、山三郎という男はあれは妙な男で、幼年の頃から剣術を遣(つか)って大分(だいぶ)武芸を学んで、殊に力が十八人力あるなどという事が己の耳にもちら/\入るが、何うだえ本当かえ、ふゝーそれで学問が出来るか不思議だな、併(しか)し予(かね)て心得ても居(お)ろうが、力に任せて荒い事を為(し)ないように、此の間組屋敷の若武士(わかざむらい)源七の腕を折ったというが、あんな事は為(し)ないがよい」
山「相済みませんが、彼(あ)れは三浦三崎の百姓を斬ると申すので、私(わたくし)も仲へ這入って事柄を聞きますると、斬る程のことでもないゆえ、猶(な)お色々と扱いますると、終(しまい)には私(わたくし)をも斬ると申すので、致し方なく手を取って捻(ねじ)りますると、ついがっくり抜けまして」
宮「そんな事を為(し)てはいかんよ、身の為にならんから、妙に強いな、不思議だな、さア此の菓子を食べるが宜(よ)い」
山「有難うございます」
宮「何か頼みか」
山「少々他聞を憚りますから、御近習(ごきんじゅ)の衆をお遠ざけ下さいますれば有難う存じます」
宮「左様か、金吾、由次、少々山三郎が内々頼む事があって他聞を憚ると云うから、其方(そちら)へ出て往って居れ、用があれば手を鳴(なら)すから、そして酒の支度をしろ」
金「へい」
 と両人(ふたり)は立ちまする。
宮「さア何ういう密談か」
山「山三郎仔細あって遠方へ参りますが、三日でも旅と申しますから、人間は老少不定(ろうしょうふじょう)の例(ためし)、明日(あす)にも知れんが人の身の上、殿様のお顔もこれが見納(みおさめ)になるかと、今日(こんにち)は御暇乞に罷(まか)り出ましてござります」
宮「大分(だいぶ)何か弱い事を云うのう、常の気性にも似合わんようだが、して其の遠くと云うのは何処へ行(ゆ)くのか、余程遠いかえ」
山「些(ち)と遠方へ参りますることで」
宮「はゝア先は何処だえ、上方かえ」
山「もそっと遠方へ」
宮「ハア何か、九州筋長崎へでも参るか」
山「もそっと遠方へ」
宮「はてね、それでは何処へ、じゃが余り遠方へ行(ゆ)かんが宜(よ)い、母も老体ではあるし、何処へ行(ゆ)くか」
山「併(しか)し是非参らなければならん用で、尤も直(じき)に帰ります心得で、事に依れば明日(みょうにち)帰ります」
宮「なにを云うのだ、そんな事を云っては分らん、気になって成らんが、何ぞ餞別(はなむけ)を遣ろうかの」
山「お餞別(はなむけ)を実は頂戴に出ましたので、その餞別(はなむけ)は申すも恐入りますが、誰(たれ)も居りませんから申しますが、私(わたくし)は運が好(よ)ければ殿様のお側に居りまして、他(た)へ養子に参りましても鞍置馬(くらおきうま)に跨(またが)り、槍を立って歩ける身の上、不幸にして腹にあるうち、母が石井の家へ帰りまして、私(わたくし)は町家(ちょうか)で生立ちまして、それゆえ貴方がお役で御出張になりましても、つい向う前に居りながら、お兄様(あにいさま)と日々御機嫌を伺うことも出来ず、弟とお言葉を戴くことも出来んくらいになって居る、これも縁切になって居りますから致し方もございませんが、此の度(たび)遠方へ赴(おもむ)きますゆえ、お餞別(はなむけ)に「弟、無事で行ってまいれ」という御一言を承われば、山三郎心遺(のこ)さず勇ましく出立致します、どうか此の儀恐れ入りますがお聞済み下されますよう」
宮「成る程、それはよいが、それは其の方が云わんからっても此方(こちら)で存じて居(お)る、彼(あ)の時はお母様(っかさま)が嫉妬深くって、其の方の母が家(うち)へ帰らんでも宜(よ)かったのを、縁切で帰るという訳に成ったのだが、此の方も外(ほか)に兄弟というものも無いからのう、誠に貴様の行いの正しいのを聞くに附けても頼もしく、蔭ながら喜んで居るので、仮令(たとい)身分は違おうとも血筋は知れて居るから宜(よ)い」
山「有難い事で、それで弟(おとと)無事で行って来いと云うお言葉を頂戴致しますれば私(わたくし)は勇んで往って参ります」
宮「それを云うのかえ」
山「どうか大きな声で一言(ひとこと)頂戴致しとうございます」
宮「そんな事を改まって云わんでも宜(よ)いが」
山「でございますが、どうか」
宮「困りますねえ何うも、じゃア判然(はっきり)と云うよ、えへん、弟(おとうと)無事で行って参れ」
山「はゝア有難う存じます」
 と席を下(さが)りまして、日頃は猛(たけ)き山三郎暫くの間頭(かしら)を上げません。
宮「落涙するか、何か気になる事だな、そう云う事を云われると何だか遣りとうもないが、止さんか、何う云う事柄を頼まれたか知らんが、予(かね)て其の方は頼まれては退(ひ)かんとは聞いたが、大抵の事柄は…然(そ)う/\人の為ばかりしても身でも痛めると宜(よ)くない、母の居る中(うち)は慎めよ」
山「左様な訳ではございません、就(つき)ましては何うか今一つお餞別(はなむけ)を」
宮「あゝ何なりとも遣りましょう、まア品物で持って参ってもいかんが、金子を遣ろう」
山「いえ金子は入りません、願(ねがわ)くはお乗替(のりかえ)の馬を一頭頂戴致したい」
宮「妙なものをねだりますねえ、馬をねえ、えゝ、なにを存じて居(お)ろうが、お父様(とっさま)がお逝去(かくれ)前からある大白月毛(おおしろつきげ)の馬、彼(あ)れは歳を老(と)っては居るが、癖のない好(よ)い馬で、あれを遣ろう、荒く騎(の)らずに歳をとって居るからいたわって乗るよう」
宮「はい、道が遠うござりますから騎(の)り潰すかも知れません」
宮「騎(の)り潰してはいかんよ、別になにも云う事はないか…これ/\金吾」
金「へい」
宮「別当に申し付けて月毛に蒔絵の鞍を置いて、支度して陣小屋へ繋ぐよう、山三郎が乗って参るからな、それから酒を早く出せ」
 其のうちお膳が出まして種々(いろ/\)の御馳走がある。山三郎は心が急(せ)いて居りますから、言葉寡(すく)なに暇(いとま)を告げて立出(たちい)でますと、其の頃の御奉行様が玄関まで出て町人を送ると云うことはないが、何か気になると見えまして、
宮「万端気を付けて参れ、早く帰れよ」
山「御機嫌宜しゅう」
 と出ますると真白(まっしろ)な馬が繋いで有ります。

 山三郎は此の馬を見ますると好(い)い白馬だ、白馬と申しても濁酒(にごりざけ)とは違います、実に十寸(とき)もある大馬で、これに金梨地(きんなしじ)の蒔絵の鞍を置き、白と浅黄(あさぎ)の段々の手綱(たづな)で、講釈などでしますと大して誉(ほめ)る白馬で、同じ白馬でも浅草の寺内(じない)にある白馬は、彼(あれ)は鮫と申して不具(かたわ)だから神仏へ納めものになったので、本当の白馬は青爪でなければならんと申します、臠肉(しゝむら)厚く、頸(うなじ)は鷄(とり)に似て鬣髪(たてがみ)膝を過ぎ、宛(さな)がら竜に異ならず、四十二の旋毛(つむじ)は巻いて脊に連なり、毛の色は白藤の白きが如しと講釈の修羅場では読むという結構な馬に、乗人(のりて)が乗人ですから、一角(いっかく)入れてスタ/\スタ/\タヽヽヽヽヽとよく云いまするが嘘だそうです、聞きまするに馬は乗りたてから駈(かけ)を逐(お)うと、馬が苛(じ)れていかんそうで、山三郎は馬も上手でございますから鞍へひらりと跨(またが)りまして、最初は心静かにポカ/\とだくを乗りまして、陣屋前から大ヶ谷(おおがや)町を過ぎて、鴨居の浦を乗切(のっき)りまして、此処らは難所(なんじょ)ですが、馬は良し乗人(のりて)は上手でぽん/\乗切(のっき)って頓(やが)て小原山の中央(なかほど)へ参りますと、湯殿山(ゆどのさん)と深彫(ふかぼり)のした供養塔が有ります、大先達(だいせんだつ)喜樂院(きらくいん)の建てました物で、風が強く吹く折には倒れそうな見上げる様な石塔でございまして、此処は一里四方平原(へいげん)で人家もなければ樹木もない処でございます。見下(みおろ)すとずうっと上総房州も一ト眼に見える。尤も四月十五日で青空は一点の雲もなく、月は皎々(こう/\)と冴渡(さえわた)り、月の光が波に映る景色というものは実に凄いもので、幽(かすか)に猿島烏帽子島金沢なども見えまする。此方(こちら)は小松の並木で一本も外の樹(き)はありません。真堀の岩上(いわがみ)の方から粥河圖書は来るに相違ないと、山三郎は馬を乗り据え、向(むこう)に眼を注(つ)けて居ると、遥かに蹄(ひづめ)の音がいたします。来たなと思うと粥河は其方(そちら)へ現われ出ました。元来圖書は山三郎を嚇(おど)す気だから、栗毛の馬に鞍を置き、脊割羽織(せわりばおり)に紺緞子(こんどんす)に天鵞絨(びろうど)の深縁(ふかべり)を取った野袴(のばかま)に、旧金森の殿様から拝領の備前盛景(びぜんもりかげ)に国俊(くにとし)の短刀を指添(さしぞえ)にしてとっ/\と駈けて来る。山三郎は石塔の際へ馬を止(とゞ)めて居る。圖書は山三郎はまだ来(きた)らんと心得てぱっ/\と土煙を立って参りますと、傍(わき)から声を掛けまして、
山「粥河氏かお早うござる」
 と云うと、圖書ははっと驚きましたが、例の曲者(くせもの)落着き済して、
圖「大分(だいぶ)お早いな」
山「先程よりお待ち申して、大分お遅うございますな」
圖「はい、宜(よ)く御出張あった」
山「はい、あなたも宜(よ)くお出(いで)になりました、覚悟を致して来いとの仰せですが、私(わたくし)は別に覚悟の仕様はありません、唯御出張を待って貴方のお話を承わろうと存じて居りました」
圖「うん、お前を呼んで問おうと思うは別の事ではない、銚子屋に於て満座の中で存分の事を云われたが、私(わし)も粥河圖書で、金森家の大禄を取った身の上、今は浪人しても町人のお前に板の間へ手を突いて、何うかお前の妹だから呉れろと、私(わし)が彼(あ)れ程まで頼むに、心に問え、やることは出来んとお前が云ったが、心に問えとは一向分らん、何ういう訳で呉れられんか其の事を聞かん中(うち)は粥河圖書此の場は去らん、刀の手前捨置き難いから、さア訳を聞かして下さい、次第によれば其の儘には捨置かれん」
 とぷつりッと母指(おやゆび)で備前盛景の鯉口を切って馬足(ばそく)を詰めました。山三郎は驚く気色もなく、
山「山三郎も男で情(なさけ)を知っているから銚子屋では云いませんが、強(たっ)て聞かせろと仰しゃれば云います、お前さんに妹(いもと)藤をやられんと云う訳は、只(たっ)た一人の妹(いもうと)だからお前さんの女房にあげて、又生埋(いきうめ)にされるが憫然(かわいそう)だから」
圖「むう」
 と驚きました粥河圖書、思うに此奴(こやつ)は我が悪事を知るばかりでなく、女房お蘭を生埋にした事まで知っている上は助けて置かれんと柄(つか)に手を掛け、すらりと抜きました。元より覚悟の山三郎は同じく關兼元(せきかねもと)無銘の一尺七寸の長脇差を引抜いて双方馬足を進めました。山三郎は前(ぜん)申す剣術の名人で、身構えに少しも隙がありませんから圖書はこれは迚(とて)も敵(かな)わんと心得て、卑怯にも鞍の前輪(まえわ)に付けて参った種が島の短筒に火縄を附けたのを取出して指向(さしむ)けました。山三郎も斯(か)く有らんと存じて予(かね)て用意したる種が島の筒を同じく取出し、「どっこい此方(こっち)にも」と鉄砲を附けました、すると粥河は面色(めんしょく)を変えまして、これから果し合いを為(し)まするお話、一寸(ちょっと)一息吐(つ)きまして申し上げます。

 引続きまして、山三郎が圖書と小原山に於て出会(であい)のお話で、彼方(かなた)には同類が沢山ありますから大勢に取囲(とりまか)れるかと思って行(ゆ)くと、案外粥河圖書一人(にん)で参って掛合になりましたが山三郎はお前が盗賊だから遣らんとは申しません、私(わし)が妹(いもと)をお前の女房にやって又生埋(いきうめ)にされると憫然(かわいそう)だからと申しました。その一言で、山三郎は何も彼(か)も知り抜いて居ると心得たから、圖書は備前盛景を引抜いて斬ろうと思ったが、相手の身構(みがまえ)に驚きまして、鉄砲を取って直ぐに山三郎を打殺そうと致したが、山三郎も予(かね)て用意に鉄砲を鞍の前輪(まえわ)に着けて来ましたから、互に鉄砲同士となってぴったり身構をしましたが、此の時に粥河圖書はとても敵(かな)わんと心得たと見え、鉄砲をからりっと投げ出し、馬より飛下りて草原(くさはら)の中へはゝアと平伏してしまった。山三郎は気抜のしたようで、
山「さア馬にお乗んなさい、それでは果し合う事が出来ん、併(しか)し此の決闘(はたしあい)は私の方で望んだわけではござらんから、其方(そちら)で退(ひ)くなら退きも為(し)ようが、早く否応(いやおう)の返答を承わりたい」
圖「いや実に何とも申そう様(よう)も無い事で、私(わたくし)が身の上を残らず御存じでありながら、銚子屋に於て男じゃから情(なさけ)を知って居るから云わん、心に問えと仰しゃったは誠に厚き思召(おぼしめ)しとも一向存ぜず、此の小原山へお招き申して掛合い、実に圖書の為には、貴公様は神とも仏とも申そう様もない有難いお方であるを、全く私(わたくし)の心得違から、刄物を扱い、剰(あまつ)さえ飛道具を向けましたる段は、重々恐入った次第で何分にもお許(ゆるし)を願います、主家(しゅか)改易の後、心得違いを致して賊の頭(かしら)となり、二百人からの同類を集めて豪家(ごうか)大寺(おおでら)へ押入り、数多(あまた)の金を奪い、或(あるい)は追剥(おいはぎ)を致し、又は人の娘を勾引(かどわ)かし、実に此の上もない悪事を致したが、最早圖書も天命遁(のが)れ難く、貴公様に於て残らず御存じの上からは、遠からずお縄にかゝって家名を穢(けが)しまする所の大罪人願わくは貴公様のようなるお方の手に掛って相果つれば、手前がこれまでの罪も消え、成仏得脱致すでござろう、お手に掛けて只今此の所に於て切って下さるか、又は手前の様な者は切るはお腰の物の穢れと思召(おぼしめ)して、縄に掛けて御陣屋へお引き下さるか、それは貴公様御所存に任せる、唯々(たゞ/\)これまでの無礼の段は幾重にもお詫(わび)を致しまする、御高免(ごこうめん)下さるよう」
山「ふん、それじゃアお前さんが重々悪いと云う事をば、それは人間たる以上は御存じであろう、だが、粥河氏、何ともどうもお心得違いの事ではありませんか、元は金森家の重役として大禄をも取った御身分でありながら、昨今此の辺に大分(だいぶ)押込が這入ったり追剥が出たりして、土地(ところ)の者が一方ならぬ迷惑致すを、貴殿等の御所業とは知らんで有ったが実に驚いた大悪無道(だいあくぶどう)、私(わたくし)は素町人(すちょうにん)の身の上、馬の上に乗って斯う応対致すに、立派なお身柄でも草原(くさはら)へ下りて、大地へ頭を摺附けて其の如くお詫なさるが、そこが善と悪との隔(へだて)で、貴方が今にも御改心なされば山三郎土下座を致して、重々無礼を致したとお詫を申さなければならん身の上、是よりぷッつり悪事を廃(や)めて、お前さん元の粥河様になって下さい、左様(そう)なさる時は不束(ふつゝか)の妹どころでは無い立派な嫁を届かんながら山三郎が媒妁(なこうど)して差上げたく、末永う御懇意に致しますから、何うかすっぱり魂を洗い清めて其の証拠を私(わたくし)に見せて下さい、私(わたくし)は貴方を斬る役でもなければ縛って連れて行(ゆ)く役でも無い、唯山三郎の云う事を聞いて改心して下されば私(わたくし)に於ても此の上なく忝(かたじ)けないことで、倶(とも)に喜ばしい訳で、何うか改心して下さい」
圖「はゝア、我ながら斯(か)かる悪人を憎いとも思召(おぼしめ)さず、改心の上は媒人(なこうど)になって、良い嫁を世話して遣ろうとまで仰しゃるは、何ともどうもお情(なさけ)の深いお方、東浦賀で侠客の聞(きこ)えを取った山三郎殿のお妹御(いもとご)を女房に申受けたいなどと大それたことを申される手前身の上で無いを御存じは無かろうと、実は欺いて貴兄を兄弟に致せば竹ヶ崎に居っても力になると思い、悪事にお引入れ申そうと云う手前の存念でござった、誠に恐入った事でございます、然るに貴公の親切な仰せを聞いて、我ながら魂を洗い清めたように、只今は手前夢の覚めたようなる心持で、此の上は頭髪(あたま)を剃毀(そりこぼ)ち、墨の法衣(ころも)に身をやつし、他(た)へ立退(たちの)きます、手前はこれから立帰り、同類の者へも貴公の思召(おぼしめ)しを申し聞け、親ある者は親許へ、主(しゅう)ある者は主方(しゅうかた)へ立退かせて、盗み取った金銀其の他の諸道具は、近村の貧乏なる百姓へ遣(つか)わし、速(すみや)かに竹ヶ崎を立去りまする、これが手前の改心の証拠、何うか恐入りまするが、明日(みょうにち)夕景、手前隠家(かくれが)まで御尊来下さりますれば有難いことで、申すまでもなく頭髪(あたま)を剃(そり)こぼち、墨の法衣(ころも)を着て、みすぼらしい姿で隠家を出ます所をどうか御覧遊ばして下さい、また其の折貴公様にお盃を戴いて、心を洗いかえて立退きとうござりますから、くれ/″\も右の時刻に御尊来下されたし、此の儀を偏(ひと)えに願い上げます」

山「成程、来いと仰しゃれば行(ゆ)きもしましょうが、頭髪(あたま)を剃らんでも改心さえすれば宜しい頭ばかり円(まる)くっても心を改めんでは何(なん)にもなりません、お前さんがそうしなければ気が済まんとなれば出家にでも何にでもお成りなさい、折角のお頼みだから明日(みょうにち)夕景までに、お前さんの隠家(かくれが)は知りませんが、尋ねて行(ゆ)きましょう、同類の者は速(すみや)かに立去らして下さるように」
圖「お出(い)で下さるか、承知致しました、実に有難い事で、呉れ/″\もお間違いはありますまいな」
山「いや行(ゆ)くと云ったら屹度行(ゆ)きます、さア馬にお乗りなさい」
圖「恐入ります御免を蒙り仰せに随い…然らば明日(みょうにち)夕景にお目通りを致しましょう、必ずお待ち申す」
 と馬の口を取りまして、悄々(しお/\)として粥河圖書は真堀口を降りまして立去りました。山三郎は何事か知らんが頼まれたからまア/\行ってやろうと、直ぐ馬の首を立直して鴨居山を下りまして宅(たく)へ帰ろうと思ったが、ふと胸に何か浮んで急に西浦賀の方へ馬の首を向けました。頓(やが)て参りましたは前々(ぜん/\)から申し上げました西浦賀の女郎屋の弟息子、芸者小兼の情夫(おもいおとこ)江戸屋半治が兄の半五郎という、同所では親分筋、至って侠気(おとこぎ)のある男ですから、山三郎も平生から何事も打明けて談合をする男、此の家(うち)の門口で馬よりひらりっと下(お)り、門の脇へ繋ぎました。女郎屋から馬を引張って参る者はありますが、馬を繋ぐのは珍しい事で、頓(やが)て案内を云い入れますと主人(あるじ)の半五郎は直ぐ様それへ出て参り、
半「宜(よ)うこそ入らっしゃいました、先(ま)ずこちらへ、此の程は誠に御無沙汰を致しました…よう今日(こんにち)はお野掛かね、遠乗で、大層白い馬に乗ってお出(い)でなすったな」
山「はい、少し内々(ない/\)の話があって参ったが、此処で話しも出来んが、何処か離坐敷(はなれ)はないか」
半五「へい、これ/\婆(ばあ)やア、彼(あ)の六畳へ火鉢を持って、茶は好(い)いのを点(い)れて、菓子は羊羹があった、あれを切って持って来い、さア此方(こちら)へ、此処から行(ゆ)かれます」
 と庭下駄を穿(は)いて飛石伝いに庭の離座敷(はなれ)へ行って差向(さしむかい)になりました。
半五「何か御用でございますか」
山「外の用でもないが、少しお前に内々話したい事があるが、此処は誰(たれ)も聞人(きゝて)は居めえのう」
半五「誰(たれ)も聞人(きゝて)は居りません、さて段々貴方にも御心配を掛けました宅(うち)の半治も、一体女郎屋の弟で廻船問屋のお嬢様(じょうさん)を女房にするなどは出来ない事で、あなたのお口入であったればこそ見合までさして下すったので、有難い事と実に私(わたくし)も喜んで居たのに、六年前(あと)の浦賀の祭に小兼と内約が出来たってとう/\彼方(あちら)をお断り、それに小兼も半治もあゝいう負けない気の奴だから、何と勧めても一つになると騒ぐので、私(わたくし)も吉崎様へ済まねえから彼(あ)の野郎は懲(こら)しましたが、外に悪い事もなし、又小兼も足掛二年彼(あ)の野郎を立(たて)すごしにしたというは、芸者に似合わねえ感心な親切者と思って居ると、とう/\女は江戸の家(うち)を打棄(うっちゃ)って、態々(わざ/\)斯(こ)んな田舎まで尋ねて来て、是非半治の女房にさして呉れろとまでも云い、其の中(うち)吉崎様のお嬢さんは何所(どこ)へ行ったか行方が知れず、多分死んだろうと云う事になって、本当の葬式をなさらぬばかり、出た日を命日としておいでなさるくらいだから、済まん事とは知ってるが、奥に二人を隠して置くので、半治も小兼も嬉しがって仲好(なかよ)くして居りますが、貴方には済まねえけれども、こりゃア一寸(ちょっと)御内談だけをして置きます、それに附けても吉崎様のお嬢さんは何うなすったか分りませんかね」
山「いや、それに就いても種々(いろ/\)話があるが、此の浦賀中で私の相談相手というはお前ばかりで、侠気(おとこぎ)を見込んでお頼み申してえ事があるが、尤も決して他(た)に漏れんように、口外してくれちゃア困るが、又それを聞いて旦那どうも其れは好(よ)くねえ、斯うしたら宜(よ)かろう、それは止すが宜(い)いと云って止めても困るが、何うだえ止めやアしめえのう」
半五「どんな事だか旦那まア仰しゃって、止めるも止めねえもない、何ですか」
山「その返辞を聞かねえ中(うち)は話されねえ、何うだ決して止めやアしめえな」
半五「止(とめ)るって止(とめ)ねえとって私(わたくし)も男だから云うなといえば口が腐っても云やアしねえ」
山「それは有難い、実は半五郎、斯ういう訳さ」
 とこれから山三郎が圖書が悪事の一条から、其の女房お蘭を助けて上総の天神山の松屋に匿(かく)まって置く事から、外見(みえ)の場所でこれ/\耻(はじ)しめた事から、掛合いに参って果し状を附けて、今晩粥河と出合(であい)をして、それから圖書が降参して、遂に改心して、隠家(かくれが)を退散するというまでになり、また圖書が頼みに依って明晩竹ヶ崎の南山へ乗込んで同類を追払(おっぱら)って、この土地を洗い清めようという我が了簡から一部始終を詳しく話して、
山「という次第で右の通り約束したから明晩は是非とも参るが、何うも訝(いぶか)しいは粥河圖書、事に依ったら又己を欺いて多人数(たにんず)の同類で取巻いて、飛道具で撃取(うちと)ろうと企(たく)むかもしれんが、さある時は止むを得ず圖書を一刀の下(もと)に斬って捨て、同類の奴輩(やつばら)を追払(おいはら)う積りだが、そこは運命で又身に疵(きず)を受け切死(きりじに)をするやも分らんが、そこで貴様に頼みというは、若(も)し己が切死をした事を聞いたら、早速上総の天神山へ駈付けてお蘭に遇(あ)い、篤(とく)と私の志を述べて、暫く命を存(なが)らえて、己になり代って家(うち)のお母(っかア)に孝行をして呉れるようにくれ/″\も後々(あと/\)の事を頼む」
 と委細の訳を話しました。

 半五郎は委細を聞いて驚きました。
半五「どうも飛んだ事で、旦那道理で近辺に盗賊が殖えたと思ったが、こりゃア一通りの騒ぎじゃアない、そんな奴がこの近辺に居(い)られては叶わん、だが旦那こりゃアどうも私(わし)の考えでは何うも怪しいねえ、お前(めえ)さん明日(あす)の晩竹ヶ崎へ行(ゆ)くのはそりゃアお止しなさい、先方(さき)には何(ど)んな謀計(はかりごと)があるかも知れねえ」
山「それ/\、それを云うのだ、止めるといかんよと云ったを、止めませんというから打明けて話したのだ、なぜ止める」
半五「へい成程、あゝ悪いことを云った、そんな事とは知らず迂濶(うっかり)といったが、旦那お前(めえ)さん行(ゆ)けば見す/\穽穴(おとしあな)へ陥(お)ちるので」
山「陥(お)ちても宜(い)い、止めるなと云ったら止めませんと云うから話したのだ」
半五「左様、悪い事を云ったねえ…何うも是(こり)ゃア…あゝ悪い事を云った、悪い事を云いましたねえ、何うも飛んだ事を云った、これ程じゃアねえと思ってうっかり云ったが、何卒(どうぞ)旦那これだけは私(わたし)の云う事を聞いて、今迄貴方のいう事は背(そむ)かねえが、私(わし)も最(も)う五十一になって、貴方より外に力に思う者はないに、万一(もしも)の事が貴方の身にあった日にゃア此の浦賀に相談する者は一人も無(ね)え、何事があっても旦那の処へ駈けつけて往(ゆ)くのに、此の浦賀にお前(まえ)さんが居ないと闇だよ、毎日役所のものが威張り廻って、動(やゝ)もすると素破抜(すっぱぬき)をしてそりゃア騒ぎだよ、何うぞ此の事は思い止(と)まっておくんなせえ、こりゃア本当(ほんと)に人助けだから」
山「それはいかんよ、向うから来てくれと云い、おう行(ゆ)こうと男が口外したものを反故(ほご)には出来ん、一足も退(ひ)く事は出来ん、仮令(たとい)謀計(はかりごと)があっても虎の穴へ這入(へえ)らなければ虎の子は獲(え)られぬから行(ゆ)くよ、貴様も男らしくも無(ね)え、決して止めませんと口外して今になって止めるとは何だ、貴様も西浦賀の半五郎だ、男らしくも無(ね)え、止めませんと云ったからにゃア止めるな、最(も)う一度止れば絶交する、貴様の顔は再び見ないから然(そ)う思え」
半五「こりゃアどうも飛んだ事を云ったが、何うも旦那、じゃア止め無(ね)えから斯うして下さい、野郎共が今二百四五十人も遊んで居るから彼奴等(あいつら)を連れて供をさして遣って下さい」
山「馬鹿ア云え、そんな尻腰(しっこし)の弱い事を云って仕様があるもんか、己も石井山三郎だ、向(むこう)に大勢居(い)るを怖がって、供を連れて来たなぞと云われちゃア死んでも恥だ、殊にちゃん/\切合(きりあい)でも始めれば近村を騒がして、それこそお上へ対して恐れ多い事で、左様(そう)じゃア無(ね)えか、是から行って圖書と刺違えて多分死ぬが、然(そ)うすれば今云ったお蘭の身の上は何分頼むぜ、己はもう帰(けえ)る」
半五「旦那々々まアお待ちなせえ/\、おやもうお帰りですか」
 と云ううち山三郎は詞(ことば)少なにずうと帰って仕舞いました。半五郎は頻りに心配して、
半五「こりゃア飛んだことが出来た、何うも弱ったな、何うしよう、縁切と云うと屹度縁切だからなア、子分に内証(ないしょ)で行(ゆ)こうか知らん、何うしよう、困った事だな、口外するなと云うから此んな事とは知らねえから」
 と独語(ひとりごと)を云ってる処へ、ばた/\と廊下を駈けて来てがたーり障子を開けて入る者が有るから、見ると小兼ゆえ恟(びっく)りして、
半五「なんだ」
小「親分、半治さんの胸を聞いてお呉んなさいよ、何うぞ善(い)いとか悪いとか聞いて下さい、唯手前(てめえ)は厭になったら帰(けえ)れって、何でも宜(い)いから出て行けって、亀屋のお龜という芸者揚句(あげく)の、妙齢(としごろ)の、今は娼妓(つとめ)をして居るのを二三度買って、それを近いうち請出(うけだ)して女房にするから帰(けえ)れと云うから、何うしても帰(かえ)る事は出来ません、何うも江戸の姉(ねえ)さん達やお内儀(かみ)さん達にも沢山意見されて、田舎へ行っては半治さんに見捨られる、男と云うものは心の変るものだから其の時は何うすると云われたから、私はそんな事は無いと云い切って来たのだから、私は今更帰られませんと云うと、煙管でもって打(ぶ)ったり叩いたりして辛くって堪らないから、何卒(どうぞ)親方半治さんの胸を聞いて、強(たっ)て半治さんが嫌(いや)と云うなら私は海へでも飛込んで死にますから」
半五「困るなアそんなことを云って、己が今心配(しんぺえ)して居る処へ泣込んで来て、ほんとに困るなア、なに半治が手込(てごめ)にすると、なに酔って居るんだろう」
 処へ半治が遣って来ました。
半五「冗談にも止せよ、手前(てめえ)そんな事をいうな憫然(かわいそう)にの」
半治「云ったって宜(い)い、厭だから厭と云うのだ、初めは好(い)いと思ったから女房にしようと思ったが六年から経って見ると好(よ)く無くなったねえ、どうも若(わけ)え女を女房に持ちたい、亀屋のお龜は真実者(ほんもの)だからねえ」
半五「止せえ詰らん事を云うな、同じ土地の女郎屋(じょうろや)へ遊びに往って、女郎(じょろう)にはまって馬鹿/\しい、詰らねえ、止せよ」
半治「止せッたって気に入ったから女房にするのだ」
半五「気に入ったって然(そ)ういくものか、見っともねえ、世間へ済まねえ、了簡しろ」
半治「だって厭なものは仕方がねえ、厭なものを女房に持てとって斯(こ)んな無理な話はねえ、左様(そう)じゃアねえか」
半五「此の野郎大概(てえげえ)にしろ、今更小兼を帰(けえ)すなんぞという事が出来るものか、馬鹿ア云うな、間抜め」
半治「間抜たア何(な)んだ、ふざけた事を云うな、今江戸屋の半五郎と云われるのア誰のお蔭だ、父親(ちゃん)や母親(おっかア)がこしらえて是だけの屋台骨が出来たから、江戸屋の半五郎とも云われるのだ、同じ家(うち)へ生れたからは己が所帯の半分を貰っても宜(い)いんだ、兄貴だと立てゝへえ/\云ってりゃア増長しやアがって、生意気な事ばかりいうな此の野郎」
半五「おや、此の野郎とはなんだ、呆れた奴だ」
小兼「どうも私は兄(にい)さんに済まないから私が出て往(い)きますよ、もう兄弟喧嘩は止(や)めて下さいよ」
半五「なに帰(けえ)らなくっても宜(い)い、何(ど)んな事があっても己が帰(けえ)さねえ、気でも違やアがったか、馬鹿野郎、女郎でも何でも勝手な者を女房にしろ、小兼には己がな立派な処へな、半治に勝(まさ)った亭主を持たせらア、呆れた奴だ、兼公心配するな」
半治「何をぐず/\して居やアがる、さっさと出て行(ゆ)きアがれ、何だ兄貴が厭に小兼の肩を持ちやアがる、はゝア分った、こりゃアなんだな、兄貴お前(めえ)は女房が死んで六年にもなるから、内々(ない/\)小兼とくッついて居るんだな」
半五「おや此の野郎、ふざけた事を、好(い)い加減にしやアがれ」
 と打(ぶ)ちました。
半治「おや打(ぶ)ったな」
半五「打(ぶ)ったが何うした、此の野郎、呆れた事を云う、これ外の事とは違うぞ、己はな弟の女房に貰った女に手を附けるような半五郎と思うか、これ大それたことを云やアがる、これ汝(われ)はな三歳(みッつ)の時死んだお母(ふくろ)が己を枕許へ呼んで、兄いやお前はもう立派な人になったが、半治はまだ歳がいかねえから、母(はゝ)が死んだ後(あと)に二度添(どぞえ)でも這入って憎まれ口をきいて虐(いじ)められると憫然(かわいそう)だから、大事にして母(おれ)に成り代って丹誠して呉れと云うから、なにお母(っかあ)心配しなさんな、己が受合ったから、父(ちゃん)だって歳はとってるし又女房を持ちもしめえと云ったら安心してお母(ふくろ)は死んだが、汝(てめえ)が独り歩きの出来るまでは己は女房も持たずに丹誠して、弟でも小さいうちから育ったから子を見たような心持がして、やれこれ云えば増長しやアがって、世間へ顔向けの出来んような事を云やアがって、腹一杯(ぺえ)喰(くら)い酔やアがって」
半治「なんだ、聞きたくも無(ね)え世迷言(よめえごと)を、態(ざま)ア見やアがれ」
半五「おや、態(ざま)ア見ろとはなんだ」
半治「もう兄貴の顔を見るのも厭だ、兄弟の縁を切って書附をよこせ」
半五「なに此の野郎、書附をよこせと、書附も何も入(い)るものか」
半治「じゃア己が書いてやろう」
 と硯箱を持って来て仮名まじりで縁切状を書いた。
半五「此の野郎書きやアがったか、呆れた奴だ、其の気なら家(うち)にゃア置けねえ、出て行(い)け」
半治「出て行かなくッてよ」
 畳を蹴立(けた)てゝ挨拶もせず出て往(ゆ)き掛ると、見兼て其所(そこ)へ出ましたのはお八重という女郎、其の時分だから検査と云うことがないから梅毒(かさ)で鼻の障子が失(なく)なって、店へも出られないので流し元を働いておりましたが子供の時分から此の楼(うち)におりますので、馴染(なじん)では居るし、人情ですから駈出して来て、
八重「半治はん誠にほ前(めえ)は悪(はり)いよう、ほれじゃア済(ふ)まねえよ、私(ふァたい)も此家(ほゝ)へ来(ひ)ているに、ほ前(めえ)がほんな事(ほと)をひてや親分(ほやぶん)に済(ふ)まねえよ、小兼(ほはね)はんに今(ひま)になって帰(へえ)れってえ、ほれじゃア可愛(ははひ)ほうだアへえ」
半治「うるせえや、書附せえ遣りゃア、兄弟(きょうでえ)じゃア無(ね)え、さア行(ゆ)くのだ」
 とずうと立って行(ゆ)きますから、
小兼「半治さん、お前それじゃア」
 と小兼は跣足(はだし)で駈出しながら、半治さアん/\/\待ってお呉れようー。と山坂を駈下りて追懸(おっか)けます。これから小兼が半治に追附(おっつ)いて一つのお話に相成りますが、一寸(ちょっと)一と息つきまして又申し上げます。

 引続きまして追々お話も末に相成りました。申し掛けました江戸屋の半治は兄に愛想づかしをいい掛けまして、無理に兄弟の縁を切って西浦賀の江戸屋を立出(たちい)でますと、小兼が跣足(はだし)で谷通坂(やんつうざか)まで追懸(おっか)けて参った処までお聞に入れましたが、茲(こゝ)に真堀の定蓮寺と申す前(ぜん)申し上げた、お蘭を生埋(いきうめ)に致した寺がございまして、此処の留守居坊主は元(も)と雁田(がんだ)の地蔵堂に居りました破戒僧でございますが、只今此の寺が焼けて留守居の無いので、頼まれて此の寺に居って、尤もらしい顔色(がんしょく)をして居りますが、夜(よ)に入(い)りますと山寺で人が来ませんから、箱膳の引出から鰺の塩焼や鰹の刺身が皿に載って其処(そこ)へ出掛けて、その傍の所に軍鶏(しゃも)の切身があって、小鍋立(こなべだて)で手酌でくびり/\と酒を呑んで居ります。処へ台所口から、
半治「御免なせえ、えゝ真平(まっぴら)御免なせえ、海禪さんお宅(うち)ですかえ」
海「はい、何方(どなた)え、何方でげす」
半「西浦賀の江戸屋の半治ですがちょっと明けておくんなさい」
海「困ったもんだな、何じゃしらんが愚僧(わし)は今寝たがねえ、何うか用があるなら明日(あす)来て貰いたいものじゃがねえ」
半「どうかそんな事を云わずに一寸(ちょっと)明けておくんなせえ、お願(ねげ)えだが」
海「よう寝附いたがねえ」
半「寝附いた者が口をきく奴があるものか、起きて居るじゃアねえか」
海「それは眠りに附いたじゃないが床の中へ潜(もぐ)り込んでるので、寒うて起きられんがねえ」
半「寒い時分でも無(ね)えじゃアねえか、冗談じゃアねえ胡坐(あぐら)ア掻いて居るじゃアねえか」
海「覗いて居やアがらア、困ったねえ、マア待ちな/\今明けるから」
 と傍(そば)にある鰺の塩焼や軍鶏などを経机の引出の中へお仕舞と致しまして、香物鉢(こう/\ばち)と茶碗を載せて前の膳を傍(わき)へ片寄せて、
海「さア其処(そこ)が開(あ)くから土間の方から上りなさい」
半「はい御免なせえ」
 と戸を開けて這入ると、上り口は広い板の間で、炉が切ってあって、自在鈎(じざい)に燻(くすぶ)った薬鑵が懸ってある。
海「さア此方(こちら)へ這入んなさい」
半「誠にどうも御無沙汰をしました、何時(いつ)もお達者で結構で」
海「あいお前も相変らずお達者じゃが、尤も若いからねえ、時にお兄(あに)さんが大分(だいぶ)お前の事では苦労する様じゃが辛抱さっしゃるか」
半「へゝえどうも火の用心と違ってな、さっしゃいますとは往(い)かねえので、些(ちっ)とお前(めえ)さんに折入ってお願(ねげ)えがあって来たのだが、お前(めえ)さんも知って居るそれ六年前(あと)の祭の時、金棒引になった芸者の小兼ね」
海「あゝ、うん、あの小兼かえ、知って居るとも、彼(あ)れは慥(たし)かお前のなんで、あゝ彼(あれ)は好(い)い女だ」
半「彼奴(あいつ)をお前(めえ)さんが何うかして取持って貰いてえと、いうような事を、西浦賀の若(わけ)え者に頼んだ事が有るだろう」
海「怪(け)しからん事を、出家の身の上で其の様な事を、誰(たれ)がそんなことを云うたか愚僧(わし)は一向覚えはないで」
半「そんな事を云ってもいきません、実は彼(あれ)は不思議な訳で私(わっち)の女房にするような訳になった処が、兄貴は彼(あ)の通り物堅いので、吉崎様へ義理が立たねえの、新井町の石井様に済まねえのといって、私(わっち)はとう/\勘当となって、仕方が無(ね)えから江戸へ往って小兼の処に足掛二年も燻(くす)ぶって居たが、彼奴(あいつ)も私(わっち)にゃア大分(だいぶ)実(じつ)をつくして呉れたので、兄貴も余(あんま)り義理が悪いから女房にしろという事になって、今小兼は出て来て家(うち)に居るのだがね、妙なもんで六年前(あと)は彼奴(あいつ)も好(い)い女だったが、此の頃はこう小皺が寄ってきて、年を老(と)った新造(しんぞ)の顔は怖(おっ)かねえもので、何だか見るのも厭になったが、それとは違って亀屋の暖簾附(のれんつき)のお龜はね、此奴(こいつ)は一寸(ちょっと)婀娜(あだっ)ぽい女で、此奴(こいつ)と私(わっち)は約束して年(ねん)の明けるも近(ちけ)えから此奴(こいつ)を女房にしようとした処が、それを嫉(ねた)みやアがって小兼めがぎゃア/\云って面倒臭くって成らねえのに、兄貴も彼奴(あいつ)を変(おつ)に贔屓して、あゝのこうのと云って実に七面倒臭(めんどうくせ)えから兄貴と二ツ三ツ云合った所が、兄貴め腹ア立ちやアがって、見てお呉んなせえ私(わっち)の月代(さかいき)の処を撲切(ぶっき)りやアがって此の通り疵がある、何(なん)ぼ兄弟(きょうでえ)でも余(あんま)りな事を為(し)やアがるから、最(も)う兄貴でも何でもねえ、縁切だとって書附を放りつけて出て来たら、小兼め、後(あと)から追掛(おっか)けて来やアがって仕方がねえ、拠(よんどころ)なく大津の銚子屋へ遁込(にげこ)んで見ると、まだ二三人も客が居るに彼奴(あいつ)がぎゃア/\狂人(きちげえ)のようになって、私(わっち)の胸倉ア取って騒ぐから、何でも騙(だま)すより外アねえと、此処じゃア話が出来ねえ、真堀の定蓮寺に海禪さんが留守居をして独りで居るから彼所(あすこ)へ行って炉の傍(はた)に己が寝て居るから知れねえように中へ這入(へえ)れ、左様(そう)すれば篤(とっく)り寝物語にしてやろうと漸々(ようよう)欺(だま)して私(わっち)は一足先へ来たが、もう今に彼奴(あいつ)め来るに違(ちげ)えねえ、処で頼みというのアお前(めえ)さん何うぞ私(わっち)の積りで手拭を被って頬冠りをして坊主頭を隠して、床をとって寝て居て、来たらお前(めえ)さんが床の中から一寸(ちょっと)こう手か何か握って、首っ玉へ手を掛けておくんなせえ、処へがらりっと唐紙を明けて私(わっち)が飛出す、さア太(ふて)え奴だ、只置くものか、外に男もあろうに法衣(ころも)を着た出家と斯(こ)んな事を為(し)やアがって太(ふて)え婀魔だ、さア何うするか見ろ」
海「それは可愛そうだ」
半「可愛そうも糞もあるものか、さア友達に顔向けが出来ねえ、覚悟しろ、だが命は助ける、其の代り手前(てめえ)を横須賀へ女郎に陥(は)めて、己もそれだけ友達に顔向けの出来るようにしなければならねえ、覚悟しろ此の坊主太(ふて)え奴と、まア斯ういう訳になるのだ」
海「苛(えら)い事を云うなア、呆れて物が云われん、ようまア考えて見なされ愚僧(わし)を何(なん)じゃと思って、愚僧(わし)は袈裟法衣(ころも)を着る出家ではないか、仮令(たとい)留守居でも真堀の定蓮寺で、今は破れても旧(もと)は大寺じゃ、此の寺の留守居をする出家を捉(つか)まえてそれに邪淫の戒を犯せと云う、そないな事があろうかい、頼むに事を欠いてまア呆れた、そして罪な事じゃないかい、其様(そんな)に迄惚れて女房になりたいという、お前も得心の上で田舎の此の浦賀くだりへ呼寄せながら、今更厭(あ)きた、家(うち)へ帰すに手がないとって、まア云わば相対間男(あいたいまおとこ)して罪を被(き)せて、女郎に横須賀へ売るなぞと、其の様な事を云われた義理かい、呆れ返ってもう物が云われん、さア/\さっさと帰って下さい、愚僧(わし)は其様(そな)いな事は聞くのも厭(いや)じゃ」

半治「そんな事は云わずと遣(や)ってくんねえな」
海「出来んと云ったら、往(い)んで下さい、阿呆(あほう)な事を、人情じゃから愚僧(わし)は許すが表面(おもてむき)になれば只は許さんぜ、何処までも届け出ますじゃ、出家という者はな、お前なぞは分らんから云って聞かすが、誰も知って居る五戒を持(たも)つと云うじゃ、これは俗には出来悪(でけにく)いものじゃ、其のうち偸盗戒(ちゅうとうかい)といって仮にも盗みをする事は許さん、塵一つでも盗めないじゃ、殊に又邪淫の一戒というて此れを破れば魔界へ落るというくらいの大事なものじゃ、それに酒を飲むことが出来(でけ)ん、飲酒(おんじゅ)の戒は文珠経にも出てあるじゃ、宜(え)えか、それに妄語戒といって嘘をつくことは出来(でけ)ん、えゝか、それに虫けら一ツでも命を取ることは出来(でけ)ん、殺生戒といってな、それは/\出来(でけ)にくいには違いない、喰い度(た)いものも能(よ)う喰わず、飲み度い酒も能う飲まず、愛すべき女子(おなご)も愛さんで慎しんでいるからこそ、方丈様とかお出家様とか云われる身の上となるじゃ、それに向ってどうも馴合間男せいなどゝ、なんぼう物の分らんでも程がありますわ、往(い)んで下さい」
半治「成程、こいつア何うも済まなかったね、したがね、お前(めえ)さんなんぞはそんな事は無(ね)えがね、中には道楽な坊主があるねえ、此間(こねえだ)も亀屋へ往って浮かれていると、彼楼(あすこ)のおすみという二十四五の、一寸(ちょっと)小意気な女があるが、大層粋な声がするから、其の座敷を窃(そっ)と覗いて見ると、客の坊主がおすみの部屋着を着て、坊主頭に鉢巻をして柱に倚掛(よっかゝ)って大胡坐(おおあぐら)をかいて、前にあるのア皆(みん)な腥(なまぐ)さ物、鯛の浜焼なぞを取寄せて、それに軍鶏(しゃも)抔(なんぞ)を喰(くら)って、おすみに自堕落(じだら)けやアがって、爪弾(つめびき)で端唄(はうた)か何かアお経声で呻(うな)っていたが、海禪さん其の坊主はお前(めえ)によく似ていたぜ」
海「あゝ彼(あ)れを見たか」
半「見たかも無(ね)えもんだ」
海「苛(えら)い事を知っているな、困ったな、好(え)いわ知られた上は是非がないが、あれは一寸(ちょっと)その只ほんの気晴しに女子(おなご)を愛すので、楽しんで淫せずでな」
半「旨い事を云ってるぜ、飲酒戒なんぞといっても此所(こゝ)に酒があるじゃア無(ね)えか」
海「それは仕方がない、好きじゃから」
半「おや/\此処に魚の骨が、お前(めえ)の前にある竹の皮包(かわづゝみ)は軍鶏かい、それは旨いね、煮なせえな」
海「あゝ斯う目付(めつか)ってはもう仕方がねえ、他人(ひと)には云うなえ」
半「云やアしねえ、其の代り打明けていった今の話は聞いて呉んなせえ」
海「実はなア六年あとの祭のとき、小兼が若衆頭(わかしゅあたま)で裁附(たっつけ)とやらいうものを穿(は)いて、金棒曳(かなぼうひき)になって、肌を脱いで、襦袢の袖が幾つも重なって、其の美しいこと何とも彼(かん)ともいえなかった、愚僧(わし)は其の時ぞっこん惚込んだが、何をいうにも坊主の身の上、又お前という色男があるから諦めて居たが、けれども実に彼(あ)のような女ア無いなア、あんな好(え)え女をお前何んで厭になったのじゃ」
半「何だって外に若(わけ)えのが出来たからさ、お願(ねげ)えだ己がいう事を聞いてくれ」
海「お前本当に女郎に売る気かえ」
半「そうよ」
海「女郎に売る気なら愚僧(わし)にくれんかい」
半「お前(めえ)が貰ってくれゝば実に有がたい、それに一と晩でも抱寝(だきね)をした女だから実は女郎に売りたくも無(ね)えのよ、お前(めえ)が彼奴(あいつ)を留守居にしてくれりゃア重畳(ちょうじょう)だ」
海「そりゃア愚僧(わし)も願ったり叶ったりじゃ、これから衣の洗濯でもして貰ったり、綻(ほころ)びでも縫うてくれゝば実に有難い、これまでは何をするにも皆(みん)な他(わき)へ出すものじゃから銭が入ってどうも叶わんが、左様(そう)なれば万事につけ都合が好(え)えじゃ、お前、ほんまに世話して呉れようか」
半「くれるよ、狂言の筋が私(わっち)が殺して仕舞うというのを、お前(めえ)が仲へ入ってそんな事を云わずと助けてくれ、愚僧(おれ)が何(ど)の様にもしようから女を愚僧(わし)にくれないかと、斯うお前(めえ)がいうのよ、其の代り多分のことは出来んが、金を出すからといって二十両金を出すのだ」
海「それは些(ち)と困るね、金はないが」
半「そりゃア金は己が出すよ」
海[#「海」は底本では「半」]「それじゃア宜(い)い、うん、それから」
半「それから其の代り初めは嚇(おど)して縛るよ」
海「縛るうー」
半「そうよ、縛らなけりゃア成らねえ、お前(めえ)を縛って」
海「小兼は」
半「彼奴(あいつ)も縛るのよそれから台所に出刄庖丁か何か有るだろう、其奴(そいつ)を持ってさア八(やっ)つにするぞと云って」
海「寺の出刄は光らん、真赤(まっか)に錆びてるぜ」
半「只振※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)すばかりで宜(い)いや、驚くだろう畳へ突っ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さ)すから」
海「畳へは通らんぜ」
半「じゃア畳の縁(へり)の間へでも※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)すから宜(い)い」
海「危ない狂言じゃな、うんそれから」
半「殺すといったら小兼が助けてくれというに違(ちげ)えねえ、するとお前(めえ)が命ばかりは助けて、何(ど)のようにも致して江戸へ帰す様にするからというのよ、そこで金を出す、私(わっち)が受取る、書附を書く、それに縁切にして私(わっち)は出て行って仕舞うのよ、其の後(あと)で小兼がお前(めえ)に抱かれて、お前(めえ)の大黒様になるのだよ」
海「はゝアそれは有難い、思い掛けない、何だかもうぞく/\して来た」
半「じゃア筆だの墨だの宜(い)いか、じゃア坊主頭に手拭を被って斯うして居るのよ、宜(い)いか」
海「宜(え)えわ」
半「竹ヶ崎南山の粥河さんがお蘭さんを生埋(いきうめ)にしたろう」
海「うんにゃ知らん」
半「いかんよ恍(とぼ)けちゃアいかんよ、知っているよ」
海「知って居るったって己(おら)ア知らんよ」
半「知らねえで、じゃア、何ういう訳で石井の妹を粥河へ縁付ける橋渡しをしたか」
海「あれは西浦賀の浄善寺へ、粥河様が法談を聞きに行って、お藤さんを、見て貰い度(た)いというからで」
半「やっぱり世話アしたので、時々偸盗戒(ちゅうとうかい)の提灯持をするね」
海「なんじゃ」
半「いけないよ、種が上って居るからいけないよ、彼(あ)れだけの山や田地を買い金を持って居るのも皆(みん)な盗んだのに気の附かねえ奴がある者か、手下が二百人も有るからね」
海「何じゃか愚僧(わし)は知らんがなア」
半「そんな事を云ってもいかんよ、悪事を平気な泥坊とはいいながら、目を眩(まわ)した儘(なり)お蘭さんを此の本堂の下の石室(いしむろ)の中へ生埋(いきうめ)にしたね」
海「これ/\馬鹿な事をいうな」
半「いうなったって種が上って居るからね」
海「どうしてそれを知って居る」

半治「どうしたって蛇(じゃ)が沼で蛇(へび)を捕(と)るまで知って居るのだ、すっかり種が上っているのだ私(わっち)も今ア兄貴を被(かぶ)って、長い浮世に短(みじけ)え命、うめえものを沢山喰って、為(し)てい放題を為(し)てえわさ、左様(そう)じゃアねえか、お前(めえ)さん後生だ手紙を一本書いて粥河様へ紹介(ひきつ)けてお呉んなせえ、西浦賀の江戸屋半治という女郎屋の弟だが、餓鬼の時分から身性(みじょう)が悪くって随分お役に立つものだと云って手紙をお前(めえ)さんが書いてくれゝば宜(い)い、その手紙を書いてお呉んなせえ」
海「止(よ)しなよ、好んで悪事の仲間へ這入る奴があるものか」
半「そんな事をいわねえで、お前(めえ)さんが行(い)くのじゃアなし宜(い)いじゃアねえか、いう事を肯(き)かねえと種を破(わ)るよ」
海「全くか」
半「全くとって悪事に共に荷担すれば素首(そっくび)の飛ぶ仕事じゃアねえか」
海「うん、左様(そう)了簡を極めたら後(あと)で書いて遣ろう」
半「先に書いてくんねえな」
海「後(あと)でも好(よ)かろう」
半「そんな事をいわずに、気が変るといけねえから書いてくんねえ、その代り小兼を女房に持たせるのだ」
海「そんなら書いて」
 と海禪は硯箱をとって半治の身性(みじょう)を書いて、これ/\と紹介状(ひきつけじょう)を認(したゝ)め、表書(うわがき)をいたしまして、
海「さア」
半「有難(ありがて)え、成程これを持って行(い)けば大丈夫だ、時に彼処(あすこ)へ夜這入(へえ)るには何処から這入(へえ)るか隠れて出這入(でへえり)する処は何処だえ」
海「彼処(あすこ)の諏訪様の鎮守の社の裏に一段高い土手がある、其の下に石で拵(こさ)えた水門口のような処がある、彼処(あすこ)の下へずうと手を入れてぐうーとこう当てると、人差指の当る程の石の凹(くぼ)みがある、其所(そこ)へ中指と人差指で下へ押すとばちんと弾(はじ)けて中へ這入る所があるわい」
半「違(ちげ)えねえ、そう/\彼処(あすこ)は溝(どぶ)か何かで水でも流れる所と思って居た、おや足音が聞えるぜ、さア/\頬被(ほゝかぶり)をしねえ、頭が出るといけねえから」
 と半治は懐中から手拭を出して被(かぶ)せる、其のうち床を出して其の上へごろりっと海禪坊主横になりました。半治は納戸へ這入ってぴったり襖を閉(た)て切りますと真闇(まっくら)になりました。暫く経つとばた/″\と草履でも穿いて来ましたか足音が致します。土間口の戸に手を掛けて、
小兼「半治さん此所(こゝ)を開けても宜(い)いのかえ」
 と漸々(よう/\)上総戸(かずさど)を明けて忍び足で中へ這入りまして、板の間から小兼は上りまして、手探りで探り寄ると、敷布団に手が障りましたから、ぴったり枕元へ坐りまして、
小兼「一寸(ちょっと)半治さん、お前は本当に愛想もこそも尽きた人だよ、お前のような不人情な人と知らず私は欺(だま)されて斯んな知らない土地へ来て耻ッかきな、今更江戸へも帰られず、お前に見捨られるよりは海へでも飛込んで死ぬ覚悟で居ますから、私が命を捨る代りにおめ/\と彼(あ)のお龜という女と夫婦にして置かないよ」
 海禪は小さい声で「宜(え)いから此方(こっち)へ這入(へえ)れよ」
小兼「何をぐず/\いうのだえ、すっぱりお前の性根の据(すわ)った挨拶しておくれな、挨拶次第で私は只は置かないよ」
 と懐中からすうと取出しまするは剃刀(かみそり)二挺で、これを合して手拭で巻(まい)て手に持って、
兼「さア挨拶をお聞かせよ」
 海禪は又小さい声で「挨拶するから此方(こっち)へ這入(へえ)れよ」何(ど)んな声で云っても訛(なまり)が違いますから露顕しそうなものだが、そこは夢中で小兼が問掛けると、半治は一間(ひとま)から飛出しまして、
半「さア此奴(こいつ)らア太(ふて)え奴だ」
兼「お前は其処(そこ)に居たんだね」
半「斯ういう事も有ろうかと思って居た、さア坊主太(ふて)え奴だ、手前(てめえ)は衣を着る身で斯んな事をしやアがって太(ふて)え奴だ」
海「愚僧(わし)は何も覚えはない」
半「無(ね)えも糞もあるものか、己の女房を引摺込んだは汝(うぬ)了簡があろう、さア小兼覚悟しろ」
兼「私はお前と思って」
半「この畜生めら、太(ふて)え奴だ」
 と云いながら傍(そば)にあった丸絎(まるぐけ)を取って海禪坊主をぐる/\巻に縛るから、
海「痛(いて)えな、本当に縛るのか、苛(えら)いな、どうも」
半「じたばたしやアがるな、覚悟しろ」
海「縛らんでも宜(え)えが」
半「なんでえ覚えて居やアがれ」
海「どうしても縛るか」
半「小兼、手前(てめえ)も縛るが些(ちっ)と了簡がある、さア蝋燭があるから手燭をとって本堂へ灯(あかり)を持って来い、やい坊主、さア来い」
海「これ/\何をする」
半「何も鮹(たこ)もあるものか、さア一緒に往(い)け」
 とずうと本堂の方へ引摺って行(ゆ)きまして、居間から直ぐ傍(わき)の本堂の前の畳を二畳上げて、揚板(あげいた)を払って明けるから海禪驚きまして、
海「其処(そこ)を明けてはならん」
半「此の中へお蘭さんを生埋(いきうめ)にしやアがって」
 と固(もと)より一旦明けてありますから直(じ)き明きました。
海「其処(そこ)を明けてはならんと云うに」
半「成らんも成るもあるものか、能(よ)くもお蘭さんを生埋(いきうめ)にしやアがったな、此の坊主、太(ふて)え奴だ、お蘭さんの代りに此の中へ這入(へえ)れ、間抜めが」
 とずる/\引摺るが、海禪は縛られて居るから動くことも何も出来ない。
海「これ/\何を」
 というばかり、小兼も手伝って中へ入れる。
兼「此の海禪坊主め、太い奴だ、お嬢さんを生埋(いきうめ)にして」
海「そんな事をいっても此処にはお蘭さんは居ねえ」
半「居るもんかい、天神山に居るわい、さア小兼来い」
 と海禪を穴の中へ押込んで、上から石蓋(いしぶた)を整然(ちゃん)として、ずうと出て行(ゆ)きました。海禪坊主は好(い)い面の皮だ、天罰とは云いながらとう/\穴の中へ封じ殺されるように相成りました。

 此方(こちら)はお話二派(ふたは)になりまして、竹ヶ崎南山の粥河が賊寨(ぞくさい)では、かの夜(よ)(山三郎と果し合の夜)同類の者一同は寄集り、ずうっと居並んで居ります。前の方にも側(わき)の方にも一杯でございます。床の間の処に縁取袴(へりとりばかま)を穿き、打割羽織(ぶっさきばおり)を着て腕を組んで頻りに考えて居るのが粥河圖書で、傍(そば)に居る千島禮三が、
禮「大夫(たいふ)如何(いかゞ)成されました、お帰りになった後(のち)、種々(いろ/\)御様子を伺っても一言のお答えもなく、只考えてばかり入らっしゃるが、今晩既に小原山へお出(い)での折お供して参ろうと申したを、いや供は入らんと仰しゃるから、心配しながら皆々扣(ひか)えて居ったが、お帰り有ってもとんとお話がないが、何ういう訳ですか、甚だ心配で、山三郎は我々の悪事でも存じて居りますかな」
圖「何も彼(か)も彼は残らず存じて居(お)る、女房お蘭を真堀の定蓮寺へ生埋(いきうめ)に致した事も彼は存じて居(お)る」
禮「へゝえ一体彼はなんではございませんか、浦賀奉行に縁故(ちなみ)があるとちらりっと聞きましたが、探索方でも致して居りますかな」
圖「いや/\彼はなか/\上へ※(「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72)(へつら)って名を売って男になろうという卑劣な奴でない何うも彼奴(あいつ)の魂には驚いた」
禮「彼は小原山へ参りましたか」
圖「参ったとも、先へ参って居った」
禮「ふーん度胸の好(い)い奴で、一人、ふーん併(しか)し貴方が乗馬(じょうば)で彼は驚きましたろう」
圖「ところが先方(むこう)も乗馬(うま)で」
禮「へえー、馬の乗り様を心得て居りましたかな」
圖「馬は私(わし)よりは余程上手に乗る、蒔絵の鞍に月毛のたくましい馬に跨(また)がって、馬足(ばそく)を止(とゞ)めて小原山の中央に立って居た時は、実にどうも敵ながらも、天晴(あっぱれ)の武者振で中々面(おもて)の向け様も無かった」
禮「ふーん、はてな、そこで貴方が銚子屋に於ての無礼の次第をお問いなすって」
圖「私(わし)も其の無礼を問掛けて、何故(なにゆえ)妹をくれられんかと云うと、そこは彼奴(きゃつ)男で、盗賊(どろぼう)だから遣らんとは云わず、可愛いゝ妹だから貴公の女房に遣って又生埋(いきうめ)にされるが不憫じゃからといって、悪事を云わず、実にどうも感服致した」
禮「それを知った上からは助けては置かれませんな」
圖「尤も助けて置かれんから太刀の柄に手を掛けて馬を進めると、山三郎も※(「てへん+丙」、第4水準2-13-2)(つか)に手をかけじり/\と寄ったが中々隙はない」
禮「成る程、彼奴(きゃつ)は剣術も余程出来まするか」
圖「いや私(わし)よりは余程剣道は上だな」
禮「ふーん、残念ですな、なれども貴方は飛道具を持って入らっしゃったから」
圖「馬の鞍へ種が島を附けて行ったから、打落そうと思ったら、先方(むこう)もどっこい此方(こっち)にもと小筒を出した時は実にどうも驚いたよ」
禮「成程々々、ふうーん」
圖「仕方がないから馬から飛下りて、これまでの悪事の段々何も彼(か)も知られた上からは貴公の手に掛って死ぬか、左もなくば縄打って八州に引渡せと云ったら、私(わし)は縄を取る役人でないから縛ることは出来ん、改心すれば私(わし)が妹よりは優(まさ)った女房を持たせよう、私(わし)が媒人(なこうど)になって生涯親しく交際(つきあ)おうじゃないかと、実に情(なさけ)の辞(ことば)で中々感心致したな、私(わし)もそこで真実改心する気になって、これより頭髪(あたま)を剃りこぼち、麻の衣を着て鼠色の頭陀(ずだ)を掛け、行脚の僧になって飛騨の高山へ立越えると誓ったが、此処に居る銘々も何卒(なにとぞ)心を改めて山三郎の其の厚い心を無にしない様に、主(しゅう)あるものは主方(しゅうかた)へ、親あるものは親の方(ほう)へ帰参して、これから正しい道を歩いて真人間になってください、あゝどうも実に弱った」
禮「ふむーん、それじゃア貴方愈々(いよ/\)出家をなさるのか」
圖「はい、明(みょう)夕景に何卒(なにとぞ)吾が隠れ家へ御出で下さればお別れの酒盃(さかずき)を頂いて、臓腑を洗い清めて山を下(くだ)りたい、坊主になった姿を見て貴方喜んで下さい、我等もお顔を見て発(た)ちたいと云ったら、侠客(おとこ)じゃなア、明日(あす)夕景から必ず参ると斯う云った、明日夕景山三郎が参るから其れ迄に剃髪して法衣(ころも)を着る心底じゃ」
禮「ふむー」
圖「さア皆(みんな)は何うかな、改心して堅気な者になるか」
禮「皆(みんな)も聞いたか、大夫(たいふ)はお覚悟の御心底だが、どうだい」
手下「大夫が御改心なら仕方がねえ、山を下りようか」「いや己は今更盗人(ぬすっと)を廃(やめ)るのは厭だ」
 と大勢ごた/\相談して居りますと、千島は、
禮「大夫、私(わたくし)は此の山は動かねえ、私(わたくし)も千島禮三で、仮令(たとい)相手が強いと云っても多寡(たか)の知れた素町人(すちょうにん)、此処へ来るというが幸い、どうせ細った私(わし)が首だ、山三郎と刺違えて死ぬ分の事、又首尾好(よ)く山三郎を仕止めれば此の山は同類を集めて、毒を喰(くら)わば皿まで舐(ねぶ)れで、飽くまでも遣り通します、貴方それでは余り尻腰(しっこし)の無(ね)えというもんだ、私(わたし)は否(いや)だ、貴方その御了簡なら何処へ行(ゆ)くとも勝手になさい」
圖「汝(てめえ)は何うあっても改心は致さんか」
禮「改心しても最(も)う身動きも出来ん程悪事をして、何(ど)の道お上(かみ)の手に掛って素首(そっくび)を刎(はね)られる身の上、よしんば大夫が今坊主になっても、粥河圖書が在俗の時分是々の悪事があるといえば、法衣(ころも)の上から縄に掛るは極って居る、今改心しても駄目ですぜ、やい皆(みんな)はどうだい、山三郎と刺違えて死ぬ心底か、皆(みんな)は何うだい」
同類「こりゃア千島さんの云うのが尤もだ、私(わし)らもお前さまと同意で、遣るなれば共々飽く迄も遣りましょう」
圖「ふん左様(さよう)か、そう度胸が据(すわ)ったら宜(い)い、そうなら話すが実は己も衣を着て飛騨の高山へ行(ゆ)くと云ったは嘘だ、明日(あす)山三郎を欺き遂(おお)せて此の山へ引摺込んで、嬲(なぶ)り殺(ごろし)にして遣ろうという謀計(ぼうけい)が胸に浮んだから、今夜空泣(そらなき)して改心の体(てい)を見せたのだが流石(さすが)は町人、智慧は足りねえ、そんなら行って見届けてやろうと高慢振って吐(ぬか)したが、弥々(いよ/\)明日の夕来た時は寄ってたかって腕足を踏縛(ふんじば)って、素っ裸にして頭の毛を一本々々引抜いて、其の上で五分だめしにしなければ腹が癒えねえ」
禮「そいつア面白れえ、大夫が其の了簡なら私等(わしら)は十分に働きます」
 と猶種々(いろ/\)明日の手筈を諜(しめ)し合せて居りますと、忍び足で来た江戸屋半治が縁側から、
半治「御免なせえ」
禮「誰か」
半「へえ私(わっち)で西浦賀の半治という者で、粥河様のお宅は此方(こちら)で」
禮「肝(きも)を潰した、何処から這入った」
半「縁側の戸が開いて居たから其処(そこ)から這入(へえ)って、大層(てえそう)大勢様で、お賑(にぎ)やかで」
禮「怪(け)しからん奴だ、何処から這入りやアがった、締(しま)りある場所を這入りやアがって、門でも乗越えて這入ったか、他に這入れる訳はねえが、此奴(こいつ)、手前(てめえ)賊だな、いや賊だ、手前(てめえ)盗賊に違いあるめえ」

半治「冗談いっちゃアいけねえ、賊はお前(めえ)さんたちだ、私(わっち)は西浦賀の女郎屋の半治という者で、孩児(がき)の時分から身性が悪くって、たび/\諸方(ほうぼう)に燻(くす)ぶって居て、野天博奕(のでんばくち)を引攫(ひっさら)い又ちょっくらもち見た様な事も度々(たび/\)遣って、随分悪い事の方にゃアお役に立つ人間だから真堀の海禪さんに此方(こなた)へ紹介(ひきつ)けてくれといって手紙を書いて貰ったから、是を読んで見ておくんなせえ」
禮「妙な奴だな、大夫(たいふ)これは海禪の書面で、むゝなに/\」
 と千島は海禪の手紙を読下して居りますと、圖書はじろりっと半治を睨(ね)め付けて、
圖「これ手前は江戸屋半治というか、手前は東浦賀の石井山三郎には恩分(おんぶん)を受けて居る身の上だな、手前これへ山三郎の犬になって来たな」
半「冗談いっちゃアいけねえ犬なんてえ」
圖「いや犬になって来た此の書面は海禪坊主の書いた書面でも有ろうけれど、どうも手前は訝(いぶ)かしい、これ/\此奴(こいつ)を縛ってな糺(たゞ)して見ろ」
半「これ/\冗談いっちゃアいけねえ、糺しても何にもねえ、詰らねえ事をいっちゃアいけねえ、一体海禪さんが此の手紙を私(わっち)に書いてくれたにゃア訳があるので、海禪さんが此の手紙を書いたのア、なんです、私(わっち)は一体小兼という旦那も御存じの江戸の芳町の芸者ね、彼(あ)れと夫婦約束して女房にしようと思ったが、此の頃変に厭になって何うかして江戸へ帰(けえ)そうと思って手段(てだて)をしたが、小兼めぎゃア/\狂人(きちげえ)の様になって私(わっち)を殺すって追掛(おっかけ)るのさ、私(わっち)も怖(おっ)かねえから真堀の定蓮寺へ逃込んで漸々(ようよう)の事で助かったが家(うち)を出る時ア兄貴と喧嘩アして兄弟(きょうでえ)の縁を切る、二年越も世話になった女と一緒になるも厭になって、まごつき出した日にゃア、何うせ此の世にゃア望みは無(ね)え、旨(うめ)えものでも沢山(たんと)喰(くら)って、面白い思いをして太く短かく生涯(しょうげえ)を楽に暮して、縛られゝば百年目、此の粗末な素首(そっくび)を飛ばして帳消(ちょうけし)をして貰うばかり、お役に立つか立たねえか知らねえが、まア遣(つか)って見ておくんなせえ、お願(ねげ)えだから」
圖「手前の申す事は採上(とりあ)げん、手前は山三郎の犬に相違ない」
半「縁側で聞けばお前さん方、山三郎を生擒(いけどり)にするなどというが、それは駄目ですぜ、何故なりゃア彼奴(あいつ)は滅法力がある、十八人力あると云いまさア、浦賀中で聞いて御覧なさい、剣術も随分上手で三十人位は一緒に掛ってもポン/\遣られて、迚(とて)も寄附く事は出来んが、そこは私(わっち)が孩児(がき)の時分から気性を知抜いて居るから、彼奴(あいつ)を欺(だま)かす事ア訳はねえ、今迄も其の術(て)で無闇に金銭(ぜに)を遣わせたが、彼奴(あいつ)には一寸(ちょっと)した呼吸のおいやり方があるので只でもいかん、妙においやり方がある、早く云やア多勢(おおぜい)で奉(たてまつ)って一杯飲ませる、酒の中へ麻酔薬(しびれぐすり)を入れて飲ませるので、これを飲ませれば身体が利かん、此処にはお医者もお出(いで)でしょうから毒酒を調合してお片附けなさえ、それも初めからでは何うして中々取附(とッつ)けねえ、ぽん/\遣られる、彼奴(あいつ)を瞞(だま)す事は半治は上手で」
圖「左様なことを云っても己は用いん、成程小兼は存じて居(い)るが手前とは一方ならぬ馴染の中で、それで今更捨てるなどとは何うして/\真に受けられん」
半「いゝえ本当で、何(なん)のつけに嘘などを吐(つ)きますものか、そりゃア海禪さんも証拠人で」
 と云い争って居る所へ、縁側から駈上って来た小兼は、帯もずる/\髪振り乱して片手には剃刀(かみそり)を持って、顔色を変え、
兼「さア半治さん此処へ出なさい、呆れ返って物が云えない、お前のお蔭で海禪さんにまで瞞(だま)されて、さアもう許さない、お前を殺して私も死ぬから此方(こっち)へお出で」
半「やア/\来やアがったな、何処から這入(へえ)った、此奴(こいつ)めが」
兼「何処から来ても好(い)い、さア女の一念だ、誰れでも止めりゃア叩ッ切ってしまう、さア悪性男(あくしょうおとこ)此方(こっち)へ来い」
半「これさ好(い)い加減にふざけろえ、まア危ねえ、そんな刄物を持って、これ人様の前だ、まア此方(こっち)へ来ねえ」
 と半治は立廻りながら小兼の油断を見済まして剃刀を叩き落し、手早く掻取(かいと)りて、
半「さア、もう大丈夫だ、此の阿魔女(あまっちょ)めが」
 といきなり髻(たぶさ)を手に引攫(ひッつか)んで二つ三つ撲(なぐ)りつけ、それから其処(そこ)らを引摺り廻して、ひい/\泣く奴を打(ぶ)ったり蹴ったりして、帯を取ってぐる/\巻にし、縄を持って来て、垣根の傍(わき)の榎(えのき)の大木に縛り附けて、其処にある棒を拾ってぴし/\打(う)ちますと、
兼「さア殺せ/\、殺せば汝(おのれ)幽霊になって喰殺すぞ」
 と金切声を挙げて泣き叫ぶのを、
半「なアんの汝(うぬ)、殺せも何もあるものか、幽霊にでも何んでも勝手になれ」
 とぴしゃり/\と打(ぶ)ちますから、
圖「まア/\静かにいたせ、どうも酷(ひど)い奴だ、手前ほんとうに殺す気か」
半「へい」
圖「成程手前は酷い奴だ、全く手前は同類になりたいか」
半「へい、なりてえから願うんです」
圖「本心か」
半「本心の何のとってお前さんも疑ぐり深(ぶけ)え、私(わっち)が本心の証拠には、山三郎が来たら手初めの奉公に、一番山三郎を瞞(だま)かして見せましょう」
圖「むゝ本当なら耳をかせ」
半「へい、うむ成程承知しやした、一番すっかりと遣って見せましょう」
圖「その通りにしろ、山三郎を瞞(だま)すことは其の方に申し付ける、奉公初めに欺き遂(おお)せて毒酒を飲ませろ」
 と多勢(おおぜい)寄集り、明日(あす)の手配(てくばり)をして居るうちに夜が明けると、眞葛周玄の調合で毒酒を製(こしら)え、これと良い酒とを用意して、粥河を始め千島禮三、眞葛周玄までも、実に青菜に塩というような、皆(みんな)我(が)が折れて改心というような顔色(がんしょく)をして、山三郎の来るのを待って居りますと、此方(こなた)の石井山三郎は実に強い男で、唯(たっ)た一人で南山の粥河の賊寨(ぞくさい)へ其の日の夕景に乗込んで参るというお話、一寸(ちょっと)一息つきまして、又申上げます。

 引続きましてお聞きに入れまする、竹ヶ崎の南山へ山三郎一人で乗込んで参るというお話、一体山三郎は釣の極(ごく)好きな人でございますから、此の日も宅(たく)を出まするとき、釣に行(ゆ)くような風を致して、一寸(ちょっと)した結城の袷(あわせ)に献上博多の帯をしめて、弁当箱は籠(かご)に出来て居ります。竹の編物で極凝った弁当でございます、これを携(さ)げまして、關兼元の無銘摺上げ一尺七寸ばかりの脇差を※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さ)しまして、日和下駄を穿いて竹ヶ崎へ掛って参ると、とっぷり日が暮れまして、月の出ようという前で、頓(やが)て粥河が屋敷の大門を這入って、二重門の所へ立ちまして、
山「お頼み申す/\」
 というと奥では待構えて居た一同が、此の声を聞附けまして、
圖「これ/\千島、表に声がするが山三郎が参ったようで」
禮「宜しゅうございます」
圖「半治支度は好(よ)いか」
半「へえ、すっかり出来て居ります鉄砲へも玉込をして置きました」
圖「それまでには及ばん、酒の中へ毒は這入って居(お)るか」
半「へえ、入れて置きました」
圖「これ/\千島、手前腰の物を差して往(ゆ)かん方が宜(よ)い、無刀の方が却(かえ)って気を許すからなそれに一人では宜(よ)くない、長治と二人で出ろ、重々しくな、粥河圖書がお出迎(でむかい)にまかり出ますのだが、只今剃髪致しまする支度をして居りますからお出迎には出ませんが、速(すみや)かにお通り下さい、手前どもは粥河が同類でござる、貴方の思召(おぼしめし)を粥河から逐一承り、頓(とん)と改心致しましたと、好(い)いか神妙らしくいえ」
禮「心得ました」
 とつか/\と二人で参って門の開戸(ひらきど)をギイと左右へ開けまする。
禮「はゝア宜(よ)うこそ御来駕で、東浦賀の石井氏で入(い)らせられますか」
山「はい、山三郎で、昨夜(ゆうべ)小原山に於てお約束致したから罷(まか)り出(いで)ました、何うか粥河様へお取次を願います」
禮「はゝア、昨夜(さくや)粥河圖書御面会後立帰りまして承わりました、実に貴公さまのような義侠のお心掛のお方はない、実に何うも忝(かたじけ)ない御教訓であったと粥河圖書感涙を流してな、今日(こんにち)は頭髪(あたま)を剃(そり)こぼち、麻の法衣(ころも)に鼠の頭陀(ずだ)で行脚(あんぎゃ)の支度を取揃えまして、唯今山を下(くだ)りまする、その改心の様子を御覧に供えましたら石井氏は嘸(さぞ)かしお悦びであろうと其れのみ申して居りまする、手前は千島禮三と申し旧(もと)金森家に居りまして小納戸役をも勤めました者で、今日(こんにち)より貴公様の御教訓に依り、改心致して真人間に相成ろうと悦び居りまする仕儀、これ皆尊君様(そんくんさま)の御説諭に基(もとづ)きますことゝ、実に何ともはや恐れ入りましたことで、粥河が先刻よりお待兼申し居りまする、さア速(すみや)かにお通りあらせらるゝ様に、おや何だ、何処かへ行って居ねえわ、山三郎殿は来たのかと思ったら何の事だ」
長「居ねえってお前(めえ)が頭を土間へくッつけて、ぐず/\云ってる中(うち)、頭を跨(また)いでつう/\先へ行って仕舞ったのよ」
禮「なんだ、そんなら左様(そう)と早くいうが宜(い)い、馬鹿/\しい」
 と千島はぶつ/\云って居ります。此方(こなた)の山三郎は中々待ってなどは居りません、ずん/\玄関口から案内もなくずうっと奥へ通り、粥河圖書の居ります二間(けん)の大床(おおどこ)の檳榔樹(びんろうじゅ)の大きな柱の前の処へぴったり坐って、体(たい)を据えました。これは若(も)し乱暴でも仕掛けたときは柱を楯に取って多勢(おおぜい)を相手に切捲(きりまく)ろうという、そこで床柱の際(きわ)へ坐りました。前へ釣の弁当箱を置きまして座を占めました坐相(ざそう)の見事なこと実に山をゆり出した様な塩梅(あんばい)で、粥河は先(ま)ず驚きまして、
圖「これ/\千島、これへお出(いで)になるに御案内もせんで何ういうものだ」
禮「御案内致そうと心得まして、彼(あ)れへ参って挨拶をして居るうち、頭の上を跨いで奥へお出(いで)で、驚きましたので」
圖「怪(け)しからん、届かん事ではないか、これは/\宜(よ)うこその御尊来で、粥河圖書身に取りまして実に大悦至極にござります、昨夜の御意見に附きまして、同類の者へもそれ/″\尊公様の思召(おぼしめし)の通りを申し聞けました処が、皆々感涙を流して有難がりまして、実に賊を働きますは耻入ったる事である、必らず改心の上親ある者は親方へ、主(しゅう)ある者は主方(しゅうかた)へ帰って元の職業を致すと、二百人も居ります中(なか)に一人(いちにん)も不服の者なく改心致しましたは、偏(ひと)えにあなた様の義侠の御親切なるお心が銘々に感通(かんつう)致しました訳でござりましょう、実に此の上もない有難い事で、現に御覧の通り同類の者は昼程一時(じ)に出ますると目立ちますから、皆それ/\夜(よ)の五つ時までに下山させまして、只今残り居ります者は千島禮三、眞葛周玄に、長治と申す旧来居りまする者と、其の外十四五人居りますばかり、斯(かく)の通り畳建具なども皆積上げまして、皆近辺の貧なる百姓に分け与える心得で、金銀なども悉(こと/″\)く遣わしましたが、まだ/\残り居ります訳で、御安心下すって何卒(どうか)あなた様の御盃(おさかずき)を頂戴致して、穢(けが)れたる臓腑を洗い清めまして速(すみや)かに立退(たちの)きまする心底で」
山「いやそれは何うも辱(かたじけ)のうございます、お前さんが改心して下されば、私も誠に申した甲斐あると申すもの、さア速かにお立退きなさい、下山(げさん)の処を山三郎これに於て篤(とく)と見ましょう、さアお立退きなさい」
圖「はゝア畏(かしこ)まりました、就きましては甚だ差上げる物もござらんが、聊(いさゝ)か酒肴(しゅこう)を取寄せお待受(まちうけ)を致して居りましたから、何うぞ一盞(さん)お傾け下され、さ周玄これへ」
 というと、眞葛周玄は恭しく足附の高膳(たかぜん)を山三郎の前へ据えまして銚子を持って参りました。其のうち一つは毒薬の仕込んである酒、一方(かた/\)は他(ほか)の者が飲むように銚子を替えて持出しました。実に山三郎の命の危(あやう)いこと、風前の灯火(ともしび)のようでござります。

 粥河圖書は丁寧に手を突きまして、
圖「そのお盃を何卒(どうぞ)石井氏一つ召上って私(わたくし)へ頂戴いたしとう存じます、何うか御盃(ぎょはい)を頂きたいもので」
山「御盃などと大形(おおぎょう)なことを云っては困ります、私(わたくし)は一体酒は飲まん性(たち)で」
圖「でもございましょうが、切(せ)めて一杯召上って私(わたくし)へ頂戴致し度(と)う」
山「いや、私(わたし)もまるっきり飲まんのではないが、お前さん処(とこ)の酒は飲みません、お前さんが他(ほか)から盗んだ穢(けが)れた金銭で買った物を、正道(しょうどう)潔白な山三郎の口へ入れては私(わたし)の臓腑を穢す様な訳で、私(わし)は厭だ、盗賊の物を飲んだり食ったりするのは厭だ、渇(かっ)しても盗泉(とうせん)の水を飲まず、其のくらいの事は山三郎存じて居ります、其方(そちら)で勝手にお飲みなさい、私(わし)は釣に行(ゆ)きますとき、何時(いつ)でも母親(おふくろ)が旨いものを拵えてくれて、肴は沢山(たんと)はないが、此方(こちら)はこちらで勝手に遣ります、其方(そちら)はそちらで勝手にお喫(あが)りなさい」
 と山三郎は持参の酒を盃に出してぐびり/\飲んで居る。
圖「いやこれは/\どうも、それではどうも折角の心入(こゝろいれ)も無になります、御意には入りますまいが、元より尊君の様なる正道潔白なるお方に差上げまするには、盗取(ぬすみと)りました穢れた金銀をもって求めました酒肴(さけさかな)ではございません、是は主家(しゅか)金森家改易の折、皆々一家中の者が引取ります節に分配しました金子で、それを持ちまして手前共が求めました酒肴でございます」
山「矢張それが穢れて居ります、主家改易で皆々主家を引取るとき金子を分けるなぞというは、最(も)うそれが穢れて居るので、主家改易に際し金なぞを持って出る心が一体穢れて居るのだ、其の分けた金をもって買った物は私(わし)はどうも食いにくいから、私(わし)は矢張持参の物を此方(こちら)で勝手に用います」
圖「ではござましょうが、せめて麁酒(そしゅ)を一盞(さん)だけでも召上って」
山「いや/\、私(わし)は勝手に、どれ私(わし)がお前さんに酌をしましょう」
 と毒酒の方の銚子をさしますから、
圖「それでは恐れ入ります、いえこれは」
山「でも折角だから私(わし)がお酌を」
 というから粥河はこれを飲んでは大変と顔色(がんしょく)が変りまする。其の間(うち)海の方に月は追々昇って来ますると、庭の榎(えのき)に縛られて居る小兼が、
兼「旦那アーその酒を飲むと毒が這入って居ますよー、お前さんを殺そうといって皆(みんな)が企(たく)んで居ますよー、旦那アー油断してはいけませんよー」
 という声が泣き嗄(しゃが)れまして、実に声は立ちませんが、ひッ/\と喚(わめ)きまする声が山三郎の耳に這入るから、と向うを見ると垣根の傍(わき)にある榎の大木に縛り附けられている女が有るから、
山「あの女は何(なん)です」
圖「へえあれは何(なん)でござるか頓(とん)と心得ません」
山「お黙んなさい、お前は何(なん)だ、此の家(いえ)の主人で此の庭はお前の庭じゃアないか、自分の庭内(ていない)に、婦人が彼(あ)の通り縛付けられて、ひい/\泣いて居るのに、主人(あるじ)が知らんで済みますか」
圖「いや彼(あ)れは江戸屋半治と申す者と約束のあるとか申す芸者で、何か半治が不実を致したと申し、刄物を持って追(おっ)かけて参ったを、半治が立腹して刄物をもぎ取り、彼(あれ)が縛りまして彼(あ)の様に致して置くので、手前に於ては聊(いさゝ)か心得ません」
山「黙れ、貴公は何と申した」
圖「へえ」
山「いやさ改心して頭髪(あたま)を剃こぼち、麻の法衣(ころも)に身を※(「にんべん+峭のつくり」、第4水準2-1-52)(やつ)し、仏心(ぶっしん)になると云ったではござらぬか、その仏に仕える者が繊弱(かよわ)い婦人を彼(あ)の如く縛って置くをなぜ止めん、なぜ助けん、其の許(もと)の心底の訝(いぶか)しき事は疾(と)くより存じて居る」
 と云いながら、側に置いた関の兼元を取ってひらりと抜いて、
山「さア一緒に往って見なさい」
 とぐっと抱上げましたから、圖書は手込になるまいと手足を働かして見たが迚(とて)も敵(かな)わん。例の拾八人力あると云う山三郎の腕に力を籠めて締附けられたのだから耐(たま)りません、うんと云ったばかりの有様を見て、傍(そば)の者も驚きまして呆気に取られて見て居りますと、山三郎は圖書を小脇に掻い込んだまゝ大胯(おおまた)に歩いて庭に下りようと致します。千島禮三は此の体(てい)に驚いて立上るのを山三郎は振返りながら関の兼元を突附けて、
山「さア、じたばたすると片端(かたッぱし)から踏殺すから左様心得ろ、手前らは己を此処へ誘(おび)いて、俘虜(とりこ)にして命を取ろうとした企(たくみ)の罠(わな)へ、故意(わざ)と知って来たを気が附かんか、大篦棒(おおべらぼう)め、ぐず/\すれば素首(そっくび)を打落すぞ」
 という其のけんまくの怖ろしいのに盗賊共は只最(も)う胆(きも)を挫(ひし)がれましてきょと/\して居りましたが、其の中に千島禮三流石(さすが)に度胸も据(すわ)って居りますから、
禮「それ鉄砲を」
 と云ったけれども二拾一挺ある鉄砲へ玉込をして置いたを、江戸屋半治が残らず縄にからげて谷へ投(ほう)り込んで仕舞って、鉄砲は一挺も無いからどたばたして居りましたが、粥河の手箱の蓋を開けると火縄の附いた予(かね)て用意の鉄砲があるから、これを取って千島禮三が山三郎に狙(ねらい)を附けると、山三郎は振向いて身構えをする、所へ江戸屋半治は飛来(とびきた)って、樫(かし)の三尺ばかりの棒をもって、ずんと力に任して千島の腕を打ちましたから耐(たま)らない、千島はからりっと鉄砲を落す、其の途端に引鉄(ひきがね)は下(お)りましたから弾はどんと発して庭石へ当りました。千島は同類と思った江戸屋半治はひっくり覆(かえ)ったので猶更驚きまして、周玄長治とも/″\狽(うろた)えまわる、同類の奴らは取る物をも取らずばた/\逃げ出して南山を下りると、予(かね)て江戸屋半五郎が八州へ御届(おとゞけ)に及び陣屋へ知れましたから、それと云って浜町に居ります組屋敷の与力同心衆が出張致して、山の下に整然(ちゃん)と詰めて居るから、どか/\下りる奴らは忽ちに御用/\と造作もなく縛られましたが、多勢(おおぜい)ですから一人宛(ずつ)は縛られない、五六人ぐらいずつ首っ玉を括(くゝ)して、宛(まる)で酒屋の御用が空徳利(あきどくり)を縛るようで、ばた/\同類の者は搦(から)められました。

 所へ半治は山三郎の側へ駈け出して来て、
半「旦那お怪我がなくってお目出とう、実に先刻(さっき)からお怪我をなされはしまいかと心配(しんぺい)しました」
山「半治か、手前(てめえ)は何故此所(こゝ)へ来た」
半「へい、誠に何うも、貴方のお言葉を背きますようですが、実にお案じ申して参りました」
山「これ半治、聞けば手前(てめえ)は粥河の同類になって小兼を縛付けたというが、何うしたのだ」
半「へい、実は旦那をお助け申そうとして小兼と相談づくでした事で、昨夜(ゆうべ)兄貴の処へあなたがお出(いで)で、明日(あした)竹ヶ崎の南山へ行(ゆ)くが、一人でも子分や縁者の者をよこすな、よこすと向後(きょうご)足踏(あしぶみ)はしない絶交だ、と斯う旦那が仰しゃって、兄貴も心配して、旦那にお怪我があってはならんと一通りならねえ苦労して居(い)る様子を見ましたから、私(わっち)は猶驚いて、旦那に御恩になった恩返しは此の時だ、命を捨てても旦那にお怪我のねえようにと考えましたが、お前さんは云った事を反故(ほご)にしない性(たち)だから[#「性(たち)だから」は底本では「性(たち)だがら」]、一人でも往(い)けば以来江戸屋の土台は跨がねえと仰しゃるに違(ちげ)えねえ、兄貴も五十一にもなって旦那より他に力に思う者はねえ、私(わっち)はやくざな人間だから、兄貴と縁切になって出て仕舞った所が兄貴も困りゃアしめえ、こりゃア一番縁を切ってお味方をしようという考えでしたが、そこが一人の兄弟(きょうでえ)でございますから、私(わっち)の様な斯んな人間でも、容易に勘当するの縁切にするなどという事もあるめえと、小兼と言い合せて、済まねえ事だが私(わっち)が縁切と云ったら、泣いた事のねえ兄貴も涙ぐんで兄弟(きょうでえ)の縁を切り兼ねて居るのを、私(わっち)が縁切状を書いて飛出した訳ですから、私(わっち)とは生涯付合って下さらねえでも仕方がねえ、唯兄貴の処へは何卒(どうぞ)相変らず来て下すって力になって遣って下さい、然(そ)うすれば誠に有難い事でございます、この山へ入込(いりこ)むのも容易にゃア出来ませんが、定蓮寺の海禪坊主が疾(と)うから小兼に惚れて居ることを知ってるから、小兼と馴合い、二人ですっかり欺(だま)かして彼奴(あいつ)に紹介(ひきつけ)の手紙を書かせ、それから踏縛(ふんじば)って、お蘭様(さん)を埋めた棺桶の中へ投(ほう)り込んで、石蓋をして畳を敷いて来ましたが、此所(こゝ)へ来て見ると、粥河の畜生中々本当にする奴じゃアねえ、何でも山三郎の間諜(まわしもの)だ[#「間諜(まわしもの)だ」は底本では「間喋(まわしもの)だ」]/\と云ってたが、その中(うち)小兼が剃刀を持って暴れ込んで、切るの突くのと騒いだので真(ま)に受けて、何うして/\其れまでにするにゃア容易じゃア有りません、憫然(ふびん)だが小兼を縛り附けて、加減して居ちゃア露(あら)われるから本当にぴしゃ/\思い切って殴ったが、小兼は定めし苦しかったろう、まア夫婦のものが斯う遣って心配(しんぺい)して、旦那にお怪我をさせめえとおもってねえ、お腹立かは知らねえが、二人のものが言葉に背いて此処へ来たから、これからはもう構わねえと仰しゃっても仕方はねえが、あなた何卒(どうか)兄貴の処は何にも知らねえのだから何分にもお頼み申します」
山「左様(そう)かい、まア二人の者が己を助けようとそれ程に思って此の山へ乗込(のっこ)んで、まア小兼、手前は昨夜(ゆうべ)から縛られたか」
兼「はい、旦那此の粥河は私(わたくし)の母親(おふくろ)の勤めた岩瀬様のお嬢様の仇敵(かたき)だから、私(わたし)は死んでも宜(い)いから、半治さんどうか旦那にお怪我のないようにお役に立って働いておくれと話し合いで来ましたから、縛られるももと/\覚悟だし、引撲(ひっぱた)かれて骨が挫(くじ)けても宜(い)いと思って、蚊に螫(さゝ)れるも毒虫に喰われるも我慢しましたが、蛇が出やアしないかと本当にそればかり心配しましたが、まア旦那にお怪我がなくって半治さんお前も嬉しかろう」
山「早く縄を解いて遣れ、まア手前等は己がどれ程のこともしねえに、恩人とか旦那とか云って命に掛けて能(よ)くまア斯うして庇(かば)ってくれて、それに附けても、これ粥河、此女(こりゃ)ア芸者だ、一人はな侠客肌(いさみはだ)の女郎屋の弟で、斯ういう身分の者でさえも恩義を知って命を捨(すて)ても己を救うというに、手前は何うだ、人を殺し金をぶったくり、或(あるい)は追剥ぎ或は他人の娘を誘拐(かどわか)して又は辱しめると云う、その悪行というものは、帯刀をする身の上で有りながら、この半治や小兼に比ぶれば汝(われ)は虫よりも悪い奴だ、殊には己が助けて上総の天神山の松屋に匿(かくま)って置く手前の女房お蘭は、棺の中で蘇生して手前の手紙を見て自害をさしてくれというを、私(わし)が種々(いろ/\)に止めて彼女(あれ)は生(いき)て居るが、夫の悪事が他(た)より露顕しても、私(わたし)の口から漏れたとしか粥河は思いますまいから、何うも生きて居ては操が立たんから自害をさしてくれと云った、な、これ仮令(たとい)悪事を知ったとて人を生埋(いきうめ)にするような人非人(にんぴにん)の其の方でも、夫と思えばこそ命を捨てゝも夫の悪事を隠そうとするお蘭の貞節に引替え、よくも己を欺いて多勢(おおぜい)寄ってたかって己を殺そうと企(たく)んで、空々しくも小原山において恥を捨て、草原(くさっぱら)の中へ土下座をしたが、あの態(ざま)は何うか、実に憎むべき所業である、さア手前のような奴を助け置かば衆人の害になる、なれども、己は盗賊を斬る役でもなし、又穢れたる者の素首(そっくび)を刎(はね)るような腰の物は持たん、縄にかけて役所へ引くから左様(そう)心得ろ、嗚呼立派な武士でありながら[#「ありながら」は底本では「ありなから」]、如何に慾に迷えばとて斯(か)かる行いをいたして不届至極な奴である、お蘭に愧(は)じろよ、これで恥を知らんといえば実に犬畜生である、虫よりも劣る奴で憎むべき奴である」
 と山三郎力にまかして、前足にかけて二つ三(み)つ顔を蹴(け)つけました。

 粥河圖書は山三郎に耻しめられて、顔を土足で蹴附(けつ)けられた時、あゝ悪い事をしたと始めて夢の覚めたる如く心付きまして、段々前々(ぜん/\)の悪事を思えば思う程、吾身(わがみ)ながら如何なればこそ斯(か)かる非道の行いを致したか、かゝる非道の夫を仇(あだ)とも心得ず、お蘭が自害致そうとまでに思いしか、あゝお蘭は蘇生して松屋に居(お)るか、お蘭に何とも面目次第もない事である。と鬼の眼に涙で潜然(はら/\)と草原(くさはら)へ涙を落しますので、
山「何うだ、汝(われ)が改心致せば好(い)い女房を世話して遣ろうと云ったは松屋に匿(かくま)ってあるお蘭の事だ、手前全く改心致せば、彼(あ)れ程までに思うお蘭の心を憫然(ふびん)に思い、山三郎媒介(なこうど)いたして連添わせようと申したのだ、なんと山三郎の申した事を忘れやアしまい」
圖「はゝゝゝはア山三郎殿、拙者がこれまでの悪業、貴公が義侠の言葉に責められると何とも面目次第もござらん、唯今ふッつと改心いたした、その証拠をお目に掛けん」
 と圖書は切腹しようと思ったが、無刀で居りますから、突然(いきなり)山三郎の提げておりました所の關の兼元の刄(は)の方へ両手を掛けて自らぐっと首筋をさし附けて、咽喉元(のどもと)をがっくり、あっと云って前へのめるから、
山「あゝ粥河汝(われ)は自害致すか」
圖「あゝ何も申さん、とても死は遁(のが)れん所の粥河で、お蘭を助けて松屋にお匿(かく)まい下された事は只今始めて知りました、お蘭の心に耻入りまして、自害致して相果てます、これ皆天命で、素(もと)より死刑は逃れぬ粥河、どうぞ縄に掛って死にたいから、お蘭には能(よ)く貴公様より詫(わび)をいって下され」
 と血に染った手を合して山三郎に向って合掌して、真実の仏心(ほとけごゝろ)になりましたから、山三郎も江戸屋半治も我(が)を折って、粥河圖書の様子をみている所へ、ばた/\と高張提灯を先に立てまして駈けて参ったのが江戸屋半五郎、お蘭の手を引いてつか/\と来まして、
半五「旦那にお怪我はございませんか」
山「半五郎、手前も来たのか」
半五「へい、お前さんに愛想をつかされてもと存じ、私は参りました、今蔭で様子を聞くと半治が昨夜(ゆうべ)の愛想づかしもお前さんの身の上にお怪我のないようにと思い詰めて、縁切に参ったのだと申すので、私は此の垣根の蔭で聞いて泣いておりました、これ半治、手前(てめえ)はまア能(よ)く己に愛想づかしをいって、来てくれたなア、小兼のも本当(ほんと)と思った、能(よ)くまア悪党の粥河を欺(だま)かして手前(てめえ)も旦那にお怪我の無(ね)えようにして呉れた、有難(ありが)てえ、今日上総の天神山の松屋へ行って此のお嬢さんにお目に懸りお連れ申しました」
山「お蘭さんかえ」
蘭「はい」
 と云いながら粥河の自害の体(てい)を見て自分も直ぐ自害しようと、半五郎が差して居る刀に手をかけますから、
山「お蘭さん、早まってはいかん、今自害する場合でない、まアお待ちなさい」
 と止めて居る。粥河圖書はお蘭を見ると両手を合して、
圖「お蘭か、許して呉れ」
 と云ったのが此の世の別れ、前へかっぱとのめる。所へ八州の衆が来て死骸に縄をかけて引いて行(ゆ)きました。お蘭が此の体(てい)を見まして、猶自害しようと致すを多勢(おおぜい)に押止められ、詮方なくて頭髪(あたま)をふっつり切り棄てまして、其の身は宮谷山(くうこくざん)信行寺(しんぎょうじ)海念和尚(かいねんおしょう)の弟子となり、名を妙貞(みょうてい)と改めて、今に其の墓は西浦賀に遺(のこ)ってあります。是にて悪人平(たいら)ぎまして、浦賀の町々が白浪の騒ぎも無く栄えましたも、皆山三郎が稀なる義侠の致す処で、又半治小兼は目出度く夫婦に相成りまして、二代目江戸屋を相続致して、只今もって江戸屋半五郎の家(いえ)はございます。又石井家は妹お藤に養子をして石井三郎兵衞と云い、今に旧家として富栄えて居ります。
(拠小相英太郎速記)
了

底本:「圓朝全集 巻の五」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年8月10日発行
   1975(昭和50)年1月15日再版
底本の親本:「圓朝全集 巻の五」春陽堂
   1926(大正15)年発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号は原則としてそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼(あ)の」と「彼(あの)」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2011年3月31日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。