あらすじ
ドストエフスキーの小説は、人類の業績の中でも最高峰の一つです。しかし、その天才がロシアに生まれたという事実こそ、私たちが特に注意すべき点です。日本人の精神世界では、深淵ゆえに混乱を招くような、異常でありながらも素朴な魂の光を見出すことは難しいでしょう。文学の世界は広大であり、様々な民族の土地を含みますが、根本的に異なる土壌に咲く花の香りは、その素晴らしさにも限界があると言わざるを得ません。
この視点から、ドストエフスキーとその芸術に触れることは、私たちにとって大きな驚きと啓示となるのです。
自国の文学が新たな道を模索する中、米川正夫氏による名訳で、ドストエフスキーの全集が読まれたならば、人々は新たな尺度で、異国の作家の魅力を評価することでしょう。
米川氏が、この壮大な全集の翻訳を引き受けたことは、大きな喜びです。最後の巻が完成することを心待ちにしています。
 ドストイエフスキイの小説は、人類の残した業績の最も偉大なものの一つであることは云ふまでもないが、この天才が露西亜に生れたといふことを、われわれは特に注意すべきであると思ふ。混沌たるが故に深いのではなく、深いが故に錯乱を想はせる異常にして素朴な魂の光芒を、われわれ日本人の精神の世界に見出さうとすることは殆ど不可能である。文学の地図は一民族の領土を限りなく含んでゐるけれど、所詮本質を異にする土壌に咲く花の香りには、誇るべき限界があるとしなければならぬ。
 この観点に立つて、ドストイエフスキイの人と芸術とに触れることが、われわれにとつて無上の驚異であり、啓示なのである。
 自国文学の特性が従来とその方法を変へようとしてゐる時、わが国の現代文学に一種の皮肉な影響を与へた「悪霊」の作者の全集が、既に定評ある米川正夫氏の名訳によつて更めて通読されたならば、人々は恐らくは新しい尺度をもつて、一人の異国作家の魅力を高く価値づけるであらう。
 米川氏も亦、その期待に勇気づけられて、厖大な全集定訳の難事業を引受けられたことゝ思うが、滞りなく最後の巻の出るのを切に祈るものである。

底本:「岸田國士全集25」岩波書店
   1991(平成3)年8月8日発行
底本の親本:「『ドストエーフスキイ全集』内容見本」白水社
   1941(昭和16)年11月15日
初出:「『ドストエーフスキイ全集』内容見本」白水社
   1941(昭和16)年11月15日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2010年3月1日作成
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