あらすじ
「小島の春」という手記を読んだ著者は、著者の小川正子さんの献身的な努力に感動します。小川さんは、医療の手が届かない場所で、癩病患者とその家族のために、常人の想像を超える努力を続け、著者はその「雄々しさ」に驚嘆します。しかし、著者は同時に、小川さんの「女性らしさ」が手記の美しさ、感動の根源にあると感じます。単に優れた医師としてではなく、女性としての性格が仕事に活かされているところに、作品の価値があるのだと著者は考えます。どんなに社会的に活躍しても、それは女性全体の誇りにはならない、と著者は主張し、小川さんのような存在こそ、真の「女性の力」を示したものであると結論づけます。瀬戸内海に近い方の田舎にはまだ医療の手の届かない癩患者が多数をり、この病気が決して遺伝性のものではなく、まつたく伝染性のものだといふことが知られてゐないために、患者自身もその家族のものも、たゞ世間をせばめて悲惨な生活を送つてゐるところへ、小川さんは殆ど常人の企て及ばないやうな献身的努力をもつて踏み込んで行くのである。
その「雄々しさ」はもちろん驚嘆に値すべきものであつて、かゝる情熱と行動のよつて来るところに、われ/\は多大の興味と尊敬を払ふのであるが、しかし、この手記のもつ一面の美しさ、万人の胸に愬へる純粋な感動のなかには、この著者のいかにも健全な「女性らしさ」といふものが重要な役割をつとめてゐるのである。即ち、小川さんは単に立派な「お医者さん」として救癩といふ難事業に一生をぶち込んでゐるばかりではなく、寧ろそれ以上に「日本女性」としてのまことに勝れた一性格をこの仕事の上で活かしきつてゐるところに、「小島の春」の見事な文学的価値が生れてゐるのだと思ふ。
どんなに社会的に活躍しても、どんなに「男性に伍して」知的な仕事に従事しても、それはたゞ、今日ではさういふ女の人もゐるといふだけで、女性全般のために、その矜りとなるものではない。私はそんな意味から、この「小島の春」の著者のやうな存在こそ、ほんたうに「女性の力」を天下に示したもので、これはわれ/\男性の歓びであるばかりでなくまた同時に女性全体の勝利と考へるものである。
了
底本:「岸田國士全集24」岩波書店
1991(平成3)年3月8日発行
底本の親本:「河北新報(夕刊)」、「新愛知」
1939(昭和14)年2月16日
初出:「河北新報(夕刊)」、「新愛知」
1939(昭和14)年2月16日
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2009年11月12日作成
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