あらすじ
日清戦争と日露戦争を経験した軍人の家に生まれ育った著者は、幼年学校から士官学校へと進み、世の中との関わりを持たずに過ごします。しかし、軍人としての道を進むうちに、自分の気質に疑問を感じ始めます。やがて、仏蘭西語の教科書を通して文学に触れ、兵役を辞めて大学へと進みます。そこには、かつての幼年学校の教官とのつながりがあったのです。無論、日本の文壇のことなど、与り知る筈もなく、士官学校を出て久留米連隊附となるまで、紅葉漱石の名をすら聞いたこともなかつた。自由に新聞や雑誌が読める身分になつて、手当り次第に読んだ。
青島戦では留守隊勤務に廻されたが、所謂「凱旋将士」の思ひ上りと、それを包む兵営の空気が、どうしても我慢できず、病気を口実にして職を退いた。それから、直接教へは受けなかつたが、内藤濯氏が幼年学校の教官だつたのでいろいろ将来のことを相談した。帝大の仏文科に籍を置くやうになつたのはそのためである。
その時分、同じ幼年学校の先輩、大杉栄氏を訪ねたかつたのだがどういふわけか、それはそのまゝになつた。
了
底本:「岸田國士全集21」岩波書店
1990(平成2)年7月9日発行
底本の親本:「昭和七年新文芸日記」新潮社
1931(昭和6)年11月20日発行
初出:「昭和七年新文芸日記」新潮社
1931(昭和6)年11月20日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2007年11月20日作成
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