あらすじ
田中千禾夫の処女作「おふくろ」は、母親の愛情と、その愛情に翻弄される息子たちの姿を描いた作品です。母親の深い愛情は、息子たちにとって大きな支えでありながら、同時に重圧となり、複雑な関係を生み出します。息子たちはそれぞれに母親との距離感を持ち、葛藤を抱えながらも、母親への愛と尊敬の念を抱いています。個性的な登場人物たちの繊細な心理描写と、息苦しさを感じさせる人間関係が、読者の心を強く惹きつけます。
 本誌(「劇作」)三月号に発表された田中千禾夫君の処女作『おふくろ』について、僕として云ひたいことは、ただ一言で尽きる。それは、「この確かな劇的才能が、今後如何に伸び、如何に輝いて行くか、非常な期待をもつ」といふことだ。
 この一作は、実は、処女作と銘うつためにはあまりに非野心的であり、寧ろ、試作として筐底に蔵さるべきものであつたかもしれない。こんな批評は恐らく批評にはならぬであらうが、さういふ印象を与へる作品の味は、またなかなか捨て難いもので、いはば、前菜のフォア・グラだ。僕は田中君の慎ましいデビュウを悦ぶと同時に、君自身が、これによつて広々とした未来を作り得たとすれば、それも亦、賢明なる哉と、ひそかに考へてゐる。(一九三三・五)

底本:「岸田國士全集22」岩波書店
   1990(平成2)年10月8日発行
底本の親本:「現代演劇論」白水社
   1936(昭和11)年11月20日発行
初出:「劇作 第二巻第五号」
   1933(昭和8)年5月1日発行
入力:tatsuki
校正:門田裕志
2009年9月5日作成
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