あらすじ
高野聖は、深山幽谷を舞台に、旅僧と謎めいた女主人との出会いを描いた物語です。信州へ向かう旅の途中、深山幽谷に迷い込んだ旅僧は、一軒の山家にたどり着きます。そこは、美しい女主人と奇妙な息子、そして不思議な雰囲気に包まれた場所でした。旅僧は、その山家での一夜を通して、奇妙な出来事や恐ろしい体験を経験し、女主人との関係は次第に深まっていきます。美しい風景、怪奇な出来事、そして人間の心の奥底に潜む闇を描き出す、珠玉の怪奇小説です。
「参謀本部(さんぼうほんぶ)編纂(へんさん)の地図(ちづ)を又(また)繰開(くりひら)いて見(み)るでもなからう、と思(おも)つたけれども、余(あま)りの道(みち)ぢやから、手(て)を触(さは)るさへ暑(あつ)くるしい、旅(たび)の法衣(ころも)の袖(そで)をかゝげて、表紙(へうし)を附(つ)けた折本(をりほん)になつてるのを引張(ひつぱ)り出(だ)した。
 飛騨(ひだ)から信州(しんしう)へ越(こ)える深山(しんざん)の間道(かんだう)で、丁度(ちやうど)立休(たちやす)らはうといふ一本(いつぽん)の樹立(こだち)も無(な)い、右(みぎ)も左(ひだり)も山(やま)ばかりぢや、手(て)を伸(の)ばすと達(とゞ)きさうな峯(みね)があると、其(そ)の峯(みね)へ峯(みね)が乗(の)り巓(いたゞき)が被(かぶ)さつて、飛(と)ぶ鳥(とり)も見(み)えず、雲(くも)の形(かたち)も見(み)えぬ。
 道(みち)と空(そら)との間(あひだ)に唯(たゞ)一人(ひとり)我(わし)ばかり、凡(およ)そ正午(しやうご)と覚(おぼ)しい極熱(ごくねつ)の太陽(たいやう)の色(いろ)も白(しろ)いほどに冴(さ)え返(かへ)つた光線(くわうせん)を、深々(ふか/″\)と頂(いたゞ)いた一重(ひとへ)の檜笠(ひのきがさ)に凌(しの)いで、恁(か)う図面(づめん)を見(み)た。」
 旅僧(たびそう)は然(さ)ういつて、握拳(にぎりこぶし)を両方(りやうはう)枕(まくら)に乗(の)せ、其(それ)で額(ひたひ)を支(さゝ)へながら俯向(うつむ)いた。
 道連(みちづれ)になつた上人(しやうにん)は、名古屋(なごや)から此(こ)の越前(えちぜん)敦賀(つるが)の旅籠屋(はたごや)に来(き)て、今(いま)しがた枕(まくら)に就(つ)いた時(とき)まで、私(わたし)が知(し)つてる限(かぎ)り余(あま)り仰向(あふむ)けになつたことのない、詰(つま)り傲然(がうぜん)として物(もの)を見(み)ない質(たち)の人物(じんぶつ)である。
 一体(いつたい)東海道(とうかいだう)掛川(かけがは)の宿(しゆく)から同(おなじ)汽車(きしや)に乗(の)り組(く)んだと覚(おぼ)えて居(ゐ)る、腰掛(こしかけ)の隅(すみ)に頭(かうべ)を垂(た)れて、死灰(しくわい)の如(ごと)く控(ひか)へたから別段(べつだん)目(め)にも留(と)まらなかつた。
 尾張(をはり)の停車場(ステーシヨン)で他(た)の乗組員(のりくみゐん)は言合(いひあ)はせたやうに、不残(のこらず)下(お)りたので、函(はこ)の中(なか)には唯(たゞ)上人(しやうにん)と私(わたし)と二人(ふたり)になつた。
 此(こ)の汽車(きしや)は新橋(しんばし)を昨夜(さくや)九時半(くじはん)に発(た)つて、今夕(こんせき)敦賀(つるが)に入(はい)らうといふ、名古屋(なごや)では正午(ひる)だつたから、飯(めし)に一折(ひとをり)の鮨(すし)を買(かつ)た。旅僧(たびそう)も私(わたし)と同(おなじ)く其(そ)の鮨(すし)を求(もと)めたのであるが、蓋(ふた)を開(あ)けると、ばら/\と海苔(のり)が懸(かゝ)つた、五目飯(ちらし)の下等(かとう)なので。
(やあ、人参(にんじん)と干瓢(かんぺう)ばかりだ、)と踈匆(そゝ)ツかしく絶叫(ぜつけう)した、私(わたし)の顔(かほ)を見(み)て旅僧(たびそう)は耐(こら)へ兼(か)ねたものと見(み)える、吃々(くつ/\)と笑(わら)ひ出(だ)した、固(もと)より二人(ふたり)ばかりなり、知己(ちかづき)にはそれから成(な)つたのだが、聞(き)けば之(これ)から越前(ゑちぜん)へ行(い)つて、派(は)は違(ちが)ふが永平寺(えいへいじ)に訪(たづ)ねるものがある、但(たゞ)し敦賀(つるが)に一泊(いつぱく)とのこと。
 若狭(わかさ)へ帰省(きせい)する私(わたし)もおなじ処(ところ)で泊(とま)らねばならないのであるから、其処(そこ)で同行(どうかう)の約束(やくそく)が出来(でき)た。
 渠(かれ)は高野山(かうやさん)に籍(せき)を置(お)くものだといつた、年配(ねんぱい)四十五六(しじふごろく)、柔和(にうわ)な、何等(なんら)の奇(き)も見(み)えぬ、可懐(なつかし)い、おとなしやかな風采(とりなり)で、羅紗(らしや)の角袖(かくそで)の外套(ぐわいたう)を着(き)て、白(しろ)のふらんねるの襟巻(えりまき)を占(し)め、土耳古形(とるこがた)の帽(ばう)を冠(かむ)り、毛糸(けいと)の手袋(てぶくろ)を箝(は)め、白足袋(しろたび)に、日和下駄(ひよりげた)で、一見(いつけん)、僧侶(そうりよ)よりは世(よ)の中(なか)の宗匠(そうしやう)といふものに、其(それ)よりも寧(むし)ろ俗(ぞく)歟(か)。
(お泊(とま)りは何方(どちら)ぢやな、)といつて聞(き)かれたから、私(わたし)は一人旅(ひとりたび)の旅宿(りよしゆく)の詰(つま)らなさを、染々(しみ/″\)歎息(たんそく)した、第一(だいいち)盆(ぼん)を持(も)つて女中(ぢよちう)が坐睡(ゐねむり)をする、番頭(ばんとう)が空世辞(そらせじ)をいふ、廊下(らうか)を歩行(ある)くとじろ/\目(め)をつける、何(なに)より最(もつと)も耐(た)へ難(がた)いのは晩飯(ばんめし)の支度(したく)が済(す)むと、忽(たちま)ち灯(あかり)を行燈(あんどう)に換(か)へて、薄暗(うすぐら)い処(ところ)でお休(やす)みなさいと命令(めいれい)されるが、私(わたし)は夜(よ)が更(ふ)けるまで寝(ね)ることが出来(でき)ないから、其間(そのあひだ)の心持(こゝろもち)といつたらない、殊(こと)に此頃(このごろ)の夜(よ)は長(なが)し、東京(とうきやう)を出(で)る時(とき)から一晩(ひとばん)の泊(とまり)が気(き)になつてならない位(くらゐ)、差支(さしつか)へがなくば御僧(おんそう)と御一所(ごいつしよ)に。
 快(こゝろよ)く頷(うなづ)いて、北陸地方(ほくりくちはう)を行脚(あんぎや)の節(せつ)はいつでも杖(つゑ)を休(やす)める香取屋(かとりや)といふのがある、旧(もと)は一軒(いつけん)の旅店(りよてん)であつたが、一人女(ひとりむすめ)の評判(ひやうばん)なのがなくなつてからは看板(かんばん)を外(はづ)した、けれども昔(むかし)から懇意(こんい)な者(もの)は断(ことは)らず留(とめ)て、老人夫婦(としよりふうふ)が内端(うちは)に世話(せわ)をして呉(く)れる、宜(よろ)しくば其(それ)へ。其代(そのかはり)といひかけて、折(をり)を下(した)に置(お)いて、
(御馳走(ごちそう)は人参(にんじん)と干瓢(かんぺう)ばかりぢや。)
と呵々(から/\)と笑つた、慎深(つゝしみふか)さうな打見(うちみ)よりは気(き)の軽(かる)い。

 岐阜(ぎふ)では未(ま)だ蒼空(あをそら)が見(み)えたけれども、後(あと)は名(な)にし負(お)ふ北国空(ほくこくぞら)、米原(まいばら)、長浜(ながはま)は薄曇(うすぐもり)、幽(かすか)に日(ひ)が射(さ)して、寒(さむ)さが身(み)に染(し)みると思(おも)つたが、柳(やな)ヶ瀬(せ)では雨(あめ)、汽車(きしや)の窓(まど)が暗(くら)くなるに従(したが)ふて、白(しろ)いものがちら/\交(まじ)つて来(き)た。
(雪(ゆき)ですよ。)
(然(さ)やうぢやな。)といつたばかりで別(べつ)に気(き)に留(と)めず、仰(あふ)いで空(そら)を見(み)やうともしない、此時(このとき)に限(かぎ)らず、賤(しづ)ヶ岳(たけ)が、といつて古戦場(こせんぢやう)を指(さ)した時(とき)も、琵琶湖(びはこ)の風景(ふうけい)を語(かた)つた時(とき)も、旅僧(たびそう)は唯(たゞ)頷(うなづ)いたばかりである。
 敦賀(つるが)で悚毛(おぞけ)の立(た)つほど煩(わづら)はしいのは宿引(やどひき)の悪弊(あくへい)で、其日(そのひ)も期(き)したる如(ごと)く、汽車(きしや)を下(お)りると停車場(ステーシヨン)の出口(でぐち)から町端(まちはな)へかけて招(まね)きの提灯(ちやうちん)、印傘(しるしかさ)の堤(つゝみ)を築(きづ)き、潜抜(くゞりぬ)ける隙(すき)もあらなく旅人(たびびと)を取囲(とりかこ)んで、手(て)ン手(で)に喧(かまびす)しく己(おの)が家号(やがう)を呼立(よびた)てる、中(なか)にも烈(はげ)しいのは、素早(すばや)く手荷物(てにもつ)を引手繰(ひツたぐ)つて、へい有難(ありがた)う様(さま)で、を喰(くら)はす、頭痛持(づゝうもち)は血(ち)が上(のぼ)るほど耐(こら)へ切(き)れないのが、例(れい)の下(した)を向(む)いて悠々(いう/\)と小取廻(ことりまはし)に通抜(とほりぬ)ける旅僧(たびそう)は、誰(たれ)も袖(そで)を曳(ひ)かなかつたから、幸(さいはひ)其後(そのあと)に跟(つ)いて町(まち)へ入(はい)つて、吻(ほツ)といふ息(いき)を吐(つ)いた。
 雪(ゆき)は小止(をやみ)なく、今(いま)は雨(あめ)も交(まじ)らず乾(かわ)いた軽(かる)いのがさら/\と面(おも)を打(う)ち、宵(よひ)ながら門(もん)を鎖(とざ)した敦賀(つるが)の町(まち)はひつそりして一条(すぢ)二条(すぢ)縦横(たてよこ)に、辻(つじ)の角(かど)は広々(ひろ/″\)と、白(しろ)く積(つも)つた中(なか)を、道(みち)の程(ほど)八町(ちやう)ばかりで、唯(と)ある軒下(のきした)に辿(たど)り着(つ)いたのが名指(なざし)の香取屋(かとりや)。
 床(とこ)にも座敷(ざしき)にも飾(かざり)といつては無(な)いが、柱立(はしらだち)の見事(みごと)な、畳(たゝみ)の堅(かた)い、炉(ろ)の大(おほい)なる、自在鍵(じざいかぎ)の鯉(こひ)は鱗(うろこ)が黄金造(こがねづくり)であるかと思(おも)はるる艶(つや)を持(も)つた、素(す)ばらしい竈(へツつひ)を二ツ並(なら)べて一斗飯(とうめし)は焚(た)けさうな目覚(めざま)しい釜(かま)の懸(かゝ)つた古家(ふるいへ)で。
 亭主(ていしゆ)は法然天窓(はふねんあたま)、木綿(もめん)の筒袖(つゝそで)の中(なか)へ両手(りやうて)の先(さき)を窘(すく)まして、火鉢(ひばち)の前(まへ)でも手(て)を出(だ)さぬ、ぬうとした親仁(おやぢ)、女房(にようばう)の方(はう)は愛嬌(あいけう)のある、一寸(ちよいと)世辞(せじ)の可(い)い婆(ばあ)さん、件(くだん)の人参(にんじん)と干瓢(かんぺう)の話(はなし)を旅僧(たびそう)が打出(うちだ)すと、莞爾々々(にこ/\)笑(わら)ひながら、縮緬雑魚(ちりめんざこ)と、鰈(かれい)の干物(ひもの)と、とろろ昆布(こぶ)の味噌汁(みそしる)とで膳(ぜん)を出(だ)した、物(もの)の言振(いひぶり)取做(とりなし)なんど、如何(いか)にも、上人(しやうにん)とは別懇(べつこん)の間(あひだ)と見(み)えて、連(つれ)の私(わたし)の居心(ゐごゝろ)の可(よ)さと謂(い)つたらない。
 軈(やが)て二階(かい)に寐床(ねどこ)を慥(こしら)へてくれた、天井(てんじやう)は低(ひく)いが、梁(うつばり)は丸太(まるた)で二抱(ふたかゝへ)もあらう、屋(や)の棟(むね)から斜(なゝめ)に渡(わた)つて座敷(ざしき)の果(はて)の廂(ひさし)の処(ところ)では天窓(あたま)に支(つか)へさうになつて居(ゐ)る、巌丈(がんぢやう)な屋造(やづくり)、是(これ)なら裏(うら)の山(やま)から雪頽(なだれ)が来(き)てもびくともせぬ。
 特(こと)に炬燵(こたつ)が出来(でき)て居(ゐ)たから私(わたし)は其(その)まゝ嬉(うれ)しく入(はい)つた。寐床(ねどこ)は最(も)う一組(くみ)同一(おなじ)炬燵(こたつ)に敷(し)いてあつたが、旅僧(たびそう)は之(これ)には来(きた)らず、横(よこ)に枕(まくら)を並(なら)べて、火(ひ)の気(け)のない臥床(ねどこ)に寐(ね)た。
 寐(ね)る時(とき)、上人(しやうにん)は帯(おび)を解(と)かぬ、勿論(もちろん)衣服(きもの)も脱(ぬ)がぬ、着(き)たまゝ丸(まる)くなつて俯向形(うつむきなり)に腰(こし)からすつぽりと入(はい)つて、肩(かた)に夜具(やぐ)の袖(そで)を掛(か)けると手(て)を突(つ)いて畏(かしこま)つた、其(そ)の様子(やうす)は我々(われ/\)と反対(はんたい)で、顔(かほ)に枕(まくら)をするのである。程(ほど)なく寂然(ひつそり)として寝(ね)に着(つ)きさうだから、汽車(きしや)の中(なか)でもくれ/″\いつたのは此処(こゝ)のこと、私(わたし)は夜(よ)が更(ふ)けるまで寐(ね)ることが出来(でき)ない、あはれと思(おも)つて最(も)う暫(しばら)くつきあつて、而(そ)して諸国(しよこく)を行脚(あんぎや)なすつた内(うち)のおもしろい談(はなし)をといつて打解(うちと)けて幼(おさな)らしくねだつた。
 すると上人(しやうにん)は頷(うなづ)いて、私(わし)は中年(ちうねん)から仰向(あふむ)けに枕(まくら)に着(つ)かぬのが癖(くせ)で、寐(ね)るにも此儘(このまゝ)ではあるけれども目(め)は未(ま)だなか/\冴(さ)えて居(を)る、急(きふ)に寐着(ねつ)かれないのはお前様(まへさま)と同一(おんなし)であらう。出家(しゆつけ)のいふことでも、教(おしへ)だの、戒(いましめ)だの、説法(せつぱふ)とばかりは限(かぎ)らぬ、若(わか)いの、聞(き)かつしやい、と言(いつ)て語(かた)り出(だ)した。後(あと)で聞(き)くと宗門(しうもん)名誉(めいよ)の説教師(せつけうし)で、六明寺(りくみんじ)の宗朝(しうてう)といふ大和尚(だいおしやう)であつたさうな。

「今(いま)に最(も)う一人(ひとり)此処(こゝ)へ来(き)て寝(ね)るさうぢやが、お前様(まへさま)と同国(どうこく)ぢやの、若狭(わかさ)の者(もの)で塗物(ぬりもの)の旅商人(たびあきうど)。いや此(こ)の男(をとこ)なぞは若(わか)いが感心(かんしん)に実体(じつてい)な好(い)い男(をとこ)。
 私(わし)が今(いま)話(はなし)の序開(じよびらき)をした其(そ)の飛騨(ひだ)の山越(やまごえ)を遣(や)つた時(とき)の、麓(ふもと)の茶屋(ちやゝ)で一所(しよ)になつた富山(とやま)の売薬(ばいやく)といふ奴(やつ)あ、けたいの悪(わる)い、ねぢ/\した厭(いや)な壮佼(わかいもの)で。
 先(ま)づこれから峠(たうげ)に掛(かゝ)らうといふ日(ひ)の、朝早(あさはや)く、尤(もつと)も先(せん)の泊(とまり)はものゝ三時(じ)位(ぐらゐ)には発(た)つて来(き)たので、涼(すゞし)い内(うち)に六里(り)ばかり、其(そ)の茶屋(ちやゝ)までのしたのぢやが、朝晴(あさばれ)でぢり/\暑(あつ)いわ。
 慾張抜(よくばりぬ)いて大急(おほいそ)ぎで歩(ある)いたから咽(のど)が渇(かは)いて為様(しやう)があるまい早速(さつそく)茶(ちや)を飲(のま)うと思(おも)ふたが、まだ湯(ゆ)が沸(わ)いて居(を)らぬといふ。
 何(ど)うして其(その)時分(じぶん)ぢやからといふて、滅多(めツた)に人通(ひとどほり)のない山道(やまみち)、朝顔(あさがほ)の咲(さ)いてる内(うち)に煙(けぶり)が立(た)つ道理(だうり)もなし。
 床几(しやうぎ)の前(まへ)には冷(つめ)たさうな小流(こながれ)があつたから手桶(てをけ)の水(みづ)を汲(く)まうとして一寸(ちよいと)気(き)がついた。
 其(それ)といふのが、時節柄(じせつがら)暑(あつ)さのため、可恐(おそろし)い悪(わる)い病(やまひ)が流行(はや)つて、先(さき)に通(とほ)つた辻(つじ)などといふ村(むら)は、から一面(めん)に石灰(いしばひ)だらけぢやあるまいか。
(もし、姉(ねえ)さん。)といつて茶店(ちやみせ)の女(をんな)に、
(此(この)水(みづ)はこりや井戸(ゐど)のでござりますか。)と、極(きま)りも悪(わる)し、もじ/\聞(き)くとの。
(いんね川(かは)のでございす。)といふ、はて面妖(めんえう)なと思(おも)つた。
(山(やま)したの方(はう)には大分(だいぶ)流行病(はやりやまひ)がございますが、此(この)水(みづ)は何(なに)から、辻(つぢ)の方(はう)から流(なが)れて来(く)るのではありませんか。)
(然(さ)うでねえ。)と女(をんな)は何気(なにげ)なく答(こた)へた、先(ま)づ嬉(うれ)しやと思(おも)ふと、お聞(き)きなさいよ。
 此処(こゝ)に居(ゐ)て先刻(さツき)から休(や)すんでござつたのが、右(みぎ)の売薬(ばいやく)ぢや。此(こ)の又(また)万金丹(まんきんたん)の下廻(したまはり)と来(き)た日(ひ)には、御存(ごぞん)じの通(とほ)り、千筋(せんすぢ)の単衣(ひとへ)に小倉(こくら)の帯(おび)、当節(たうせつ)は時計(とけい)を挟(はさ)んで居(ゐ)ます、脚絆(きやはん)、股引(もゝひき)、之(これ)は勿論(もちろん)、草鞋(わらぢ)がけ、千草木綿(ちくさもめん)の風呂敷包(ふろしきづゝみ)の角(かど)ばつたのを首(くび)に結(ゆは)へて、桐油合羽(とういうがつぱ)を小(ちい)さく畳(たゝ)んで此奴(こいつ)を真田紐(さなだひも)で右(みぎ)の包(つゝみ)につけるか、小弁慶(こべんけい)の木綿(もめん)の蝙蝠傘(かうもりがさ)を一本(ぽん)、お極(きまり)だね。一寸(ちよいと)見(み)ると、いやどれもこれも克明(こくめい)で、分別(ふんべつ)のありさうな顔(かほ)をして。これが泊(とまり)に着(つ)くと、大形(おほがた)の裕衣(ゆかた)に変(かは)つて、帯広解(おびひろげ)で焼酎(せうちう)をちびり/\遣(や)りながら、旅籠屋(はたごや)の女(をんな)のふとつた膝(ひざ)へ脛(すね)を上(あ)げやうといふ輩(やから)ぢや。
(これや、法界坊(はふかいばう)、)
 なんて、天窓(あたま)から嘗(な)めて居(ゐ)ら。
(異(おつ)なことをいふやうだが何(なに)かね世(よ)の中(なか)の女(をんな)が出来(でき)ねえと相場(さうば)が極(きま)つて、すつぺら坊主(ばうず)になつても矢張(やツぱ)り生命(いのち)は欲(ほ)しいのかね、不思議(ふしぎ)ぢやあねえか、争(あらそ)はれねもんだ、姉(ねえ)さん見(み)ねえ、彼(あれ)で未(ま)だ未練(みれん)のある内(うち)が可(い)いぢやあねえか、)といつて顔(かほ)を見合(みあ)はせて二人(ふたり)で呵々(から/\)と笑(わら)つたい。
 年紀(とし)は若(わか)し、お前様(まへさん)、私(わし)は真赤(まツか)になつた、手(て)に汲(く)んだ川(かは)の水(みづ)を飲(の)みかねて猶予(ためら)つて居(ゐ)るとね。
 ポンと煙管(きせる)を払(はた)いて、
(何(なに)、遠慮(ゑんりよ)をしねえで浴(あ)びるほどやんなせえ、生命(いのち)が危(あやふ)くなりや、薬(くすり)を遣(や)らあ、其為(そのため)に私(わし)がついてるんだぜ、喃(なあ)姉(ねえ)さん。おい、其(それ)だつても無銭(たゞ)ぢやあ不可(いけね)えよ憚(はゞか)りながら神方万金丹(しんぱうまんきんたん)、一貼(てふ)三百(びやく)だ、欲(ほ)しくば買(か)ひな、未(ま)だ坊主(ばうず)に報捨(はうしや)をするやうな罪(つみ)は造(つく)らねえ、其(それ)とも何(ど)うだお前(まへ)いふことを肯(き)くか、)といつて茶店(ちやみせ)の女(をんな)の背中(せなか)を叩(たゝ)いた。
 私(わし)は匆々(さう/\)に遁出(にげだ)した。
 いや、膝(ひざ)だの、女(をんな)の背中(せなか)だのといつて、いけ年(とし)を仕(つかまつ)つた和尚(おしやう)が業体(げふてい)で恐入(おそれい)るが、話(はなし)が、話(はなし)ぢやから其処(そこ)は宜(よろ)しく。」

「私(わし)も腹立紛(はらだちまぎ)れぢや、無暗(むやみ)と急(いそ)いで、それからどん/\山(やま)の裾(すそ)を田圃道(たんぼみち)へ懸(かゝ)る。
 半町(はんちやう)ばかり行(ゆ)くと、路(みち)が恁(か)う急(きふ)に高(たか)くなつて、上(のぼ)りが一(いつ)ヶ処(しよ)、横(よこ)から能(よ)く見(み)えた、弓形(ゆみなり)で宛(まる)で土(つち)で勅使橋(ちよくしばし)がかゝつてるやうな。上(うへ)を見(み)ながら、之(これ)へ足(あし)を踏懸(ふみか)けた時(とき)、以前(いぜん)の薬売(くすりうり)がすた/\遣(や)つて来(き)て追着(おひつ)いたが。
 別(べつ)に言葉(ことば)も交(か)はさず、又(また)ものをいつたからといふて、返事(へんじ)をする気(き)は此方(こツち)にもない。何処(どこ)までも人(ひと)を凌(しの)いだ仕打(しうち)な薬売(くすりうり)は流盻(しりめ)にかけて故(わざ)とらしう私(わし)を通越(とほりこ)して、すた/\前(まへ)へ出(で)て、ぬつと小山(こやま)のやうな路(みち)の突先(とつさき)へ蝙蝠傘(かうもりがさ)を差(さ)して立(た)つたが、其(その)まゝ向(むか)ふへ下(お)りて見(み)えなくなる。
 其後(そのあと)から爪先上(つまさきあが)り、軈(やが)てまた太鼓(たいこ)の胴(どう)のやうな路(みち)の上(うへ)へ体(からだ)が乗(の)つた、其(それ)なりに又(また)下(くだ)りぢや。
 売薬(ばいやく)は先(さき)へ下(お)りたが立停(たちどま)つて頻(しきり)に四辺(あたり)を瞻(みまは)して居(ゐ)る様子(やうす)、執念深(しふねんぶか)く何(なに)か巧(たく)んだか、と快(こゝろよ)からず続(つゞ)いたが、さてよく見(み)ると仔細(しさい)があるわい。
 路(みち)は此処(こゝ)で二条(すぢ)になつて、一条(すぢ)はこれから直(す)ぐに坂(さか)になつて上(のぼ)りも急(きふ)なり、草(くさ)も両方(りやうはう)から生茂(おひしげ)つたのが、路傍(みちばた)の其(そ)の角(かど)の処(ところ)にある、其(それ)こそ四抱(かゝへ)さうさな、五抱(かゝへ)もあらうといふ一本(ぽん)の檜(ひのき)の、背後(うしろ)へ畝(うね)つて切出(きりだ)したやうな大巌(おほいは)が二ツ三ツ四ツと並(なら)んで、上(うへ)の方(はう)へ層(かさ)なつて其(そ)の背後(うしろ)へ通(つう)じて居(ゐ)るが、私(わし)が見当(けんたう)をつけて、心組(こゝろぐ)んだのは此方(こツち)ではないので、矢張(やツぱり)今(いま)まで歩行(ある)いて来(き)た其(そ)の巾(はゞ)の広(ひろ)いなだらかな方(はう)が正(まさ)しく本道(ほんだう)、あと二里(り)足(た)らず行(ゆ)けば山(やま)になつて、其(それ)からが峠(たうげ)になる筈(はず)。
 唯(と)見(み)ると、何(ど)うしたことかさ、今(いま)いふ其(その)檜(ひのき)ぢやが、其処(そこ)らに何(なんに)もない路(みち)を横截(よこぎ)つて見果(みはて)のつかぬ田圃(たんぼ)の中空(なかそら)へ虹(にじ)のやうに突出(つきで)て居(ゐ)る、見事(みごと)な。根方(ねかた)の処(ところ)の土(つち)が壊(くづ)れて大鰻(おほうなぎ)を捏(こ)ねたやうな根(ね)が幾筋(いくすぢ)ともなく露(あら)はれた、其(その)根(ね)から一筋(すぢ)の水(みづ)が颯(さつ)と落(お)ちて、地(ぢ)の上(うへ)へ流(なが)れるのが、取(と)つて進(すゝ)まうとする道(みち)の真中(まんなか)に流出(ながれだ)してあたりは一面(めん)。
 田圃(たんぼ)が湖(みづうみ)にならぬが不思議(ふしぎ)で、どう/\と瀬(せ)になつて、前途(ゆくて)に一叢(むら)の藪(やぶ)が見(み)える、其(それ)を境(さかひ)にして凡(およ)そ二町(ちやう)ばかりの間(あひだ)宛(まる)で川(かは)ぢや。礫(こいし)はばら/\、飛石(とびいし)のやうにひよい/\と大跨(おほまた)で伝(つた)へさうにずつと見(み)ごたへのあるのが、それでも人(ひと)の手(て)で並(なら)べたに違(ちが)ひはない。
 尤(もつと)も衣服(きもの)を脱(ぬ)いで渡(わた)るほどの大事(おほごと)なのではないが、本街道(ほんかいだう)には些(ち)と難儀(なんぎ)過(す)ぎて、なか/\馬(うま)などが歩行(ある)かれる訳(わけ)のものではないので。
 売薬(ばいやく)もこれで迷(まよ)つたのであらうと思(おも)ふ内(うち)、切放(きれはな)れよく向(むき)を変(か)へて右(みぎ)の坂(さか)をすた/\と上(のぼ)りはじめた。
 見(み)る間(ま)に檜(ひのき)を後(うしろ)に潜(くゞ)り抜(ぬ)けると、私(わし)が体(からだ)の上(うへ)あたりへ出(で)て下(した)を向(む)き、
(おい/\、松本(まつもと)へ出(で)る路(みち)は此方(こつち)だよ、)といつて無雑作(むざふさ)にまた五六歩(ぽ)。
 岩(いは)の頭(あたま)へ半身(はんしん)を乗出(のりだ)して、
(茫然(ぼんやり)してると、木精(こだま)が攫(さら)ふぜ、昼間(ひるま)だつて用捨(ようしや)はねえよ。)と嘲(あざけ)るが如(ごと)く言(い)ひ棄(す)てたが、軈(やが)て岩(いは)の陰(かげ)に入(はい)つて高(たか)い処(ところ)の草(くさ)に隠(かく)れた。
 暫(しばら)くすると見上(みあ)げるほどな辺(あたり)へ蝙蝠傘(かうもりがさ)の先(さき)が出(で)たが、木(き)の枝(えだ)とすれ/\になつて茂(しげみ)の中(なか)に見(み)えなくなつた。
(どッこいしよ、)と暢気(のんき)なかけ声(ごゑ)で、其(そ)の流(ながれ)の石(いし)の上(うへ)を飛々(とび/″\)に伝(つたは)つて来(き)たのは、呉座(ござ)の尻当(しりあて)をした、何(なん)にもつけない天秤棒(てんびんぼう)を片手(かたて)で担(かつ)いだ百姓(ひやくしやう)ぢや。」

「前刻(さツき)の茶店(ちやみせ)から此処(こゝ)へ来(く)るまで、売薬(ばいやく)の外(ほか)は誰(たれ)にも逢(あ)はなんだことは申上(まをしあ)げるまでもない。
 今(いま)別(わか)れ際(ぎは)に声(こゑ)を懸(か)けられたので、先方(むかう)は道中(だうちう)の商売人(しやうばいにん)と見(み)たゞけに、まさかと思(おも)つても気迷(きまよひ)がするので、今朝(けさ)も立(た)ちぎはによく見(み)て来(き)た、前(まへ)にも申(まを)す、其(そ)の図面(づめん)をな、此処(こゝ)でも開(あ)けて見(み)やうとして居(ゐ)た処(ところ)。
(一寸(ちよいと)伺(うかゞ)ひたう存(ぞん)じますが、)
(これは、何(なん)でござりまする、)と山国(やまぐに)の人(ひと)などは殊(こと)に出家(しゆつけ)と見(み)ると丁寧(ていねい)にいつてくれる。
(いえ、お伺(うかゞ)ひ申(まを)しますまでもございませんが、道(みち)は矢張(やツぱり)これを素直(まツすぐ)に参(まゐ)るのでございませうな。)
(松本(まつもと)へ行(ゆ)かつしやる? あゝ/\本道(ほんだう)ぢや、何(なに)ね、此間(こなひだ)の梅雨(つゆ)に水(みづ)が出(で)てとてつもない川(かは)さ出来(でき)たでがすよ。)
(未(ま)だずつと何処(どこ)までも此(この)水(みづ)でございませうか。)
(何(なん)のお前様(まへさま)、見(み)たばかりぢや、訳(わけ)はござりませぬ、水(みづ)になつたのは向(むか)ふの那(あ)の藪(やぶ)までゞ、後(あと)は矢張(やツぱり)これと同一(おんなじ)道筋(みちすぢ)で山(やま)までは荷車(にぐるま)が並(なら)んで通(とほ)るでがす。藪(やぶ)のあるのは旧(もと)大(おほき)いお邸(やしき)の医者様(いしやさま)の跡(あと)でな、此処等(こゝいら)はこれでも一ツの村(むら)でがした、十三年(ねん)前(ぜん)の大水(おほみづ)の時(とき)、から一面(めん)に野良(のら)になりましたよ、人死(ひとじに)もいけえこと。御坊様(ごばうさま)歩行(ある)きながらお念仏(ねんぶつ)でも唱(とな)へて遣(や)つてくれさつしやい)と問(と)はぬことまで親切(しんせつ)に話(はな)します。其(それ)で能(よ)く仔細(しさい)が解(わか)つて確(たしか)になりはなつたけれども、現(げん)に一人(ひとり)蹈迷(ふみまよ)つた者(もの)がある。
(此方(こつち)の道(みち)はこりや何処(どこ)へ行(ゆ)くので、)といつて売薬(ばいやく)の入(はい)つた左手(ゆんで)の坂(さか)を尋(たづ)ねて見(み)た。
(はい、これは五十年(ねん)ばかり前(まへ)までは人(ひと)が歩行(ある)いた旧道(きうだう)でがす。矢張(やツぱり)信州(しんしう)へ出(で)まする、前(さき)は一つで七里(り)ばかり総体(そうたい)近(ちか)うござりますが、いや今時(いまどき)往来(わうらい)の出来(でき)るのぢやあござりませぬ。去年(きよねん)も御坊様(おばうさま)、親子連(おやこづれ)の順礼(じゆんれい)が間違(まちが)へて入(はい)つたといふで、はれ大変(たいへん)な、乞食(こじき)を見(み)たやうな者(もの)ぢやといふて、人命(じんめい)に代(かは)りはねえ、追(おツ)かけて助(たす)けべいと、巡査様(おまはりさま)が三人(にん)、村(むら)の者(もの)が十二人(じふにゝん)、一組(くみ)になつて之(これ)から押登(おしのぼ)つて、やつと連(つ)れて戻(もど)つた位(くらゐ)でがす。御坊様(おばうさま)も血気(けつき)に逸(はや)つて近道(ちかみち)をしてはなりましねえぞ、草臥(くたび)れて野宿(のじゆく)をしてからが此処(こゝ)を行(ゆ)かつしやるよりは増(まし)でござるに。はい、気(き)を着(つ)けて行(ゆ)かつしやれ。)
 此処(こゝ)で百姓(ひやくしやう)に別(わか)れて其(そ)の川(かは)の石(いし)の上(うへ)を行(ゆか)うとしたが弗(ふ)と猶予(ためら)つたのは売薬(ばいやく)の身(み)の上(うへ)で。
 まさかに聞(き)いたほどでもあるまいが、其(それ)が本当(ほんたう)ならば見殺(みごろし)ぢや、何(ど)の道(みち)私(わたし)は出家(しゆつけ)の体(からだ)、日(ひ)が暮(く)れるまでに宿(やど)へ着(つ)いて屋根(やね)の下(した)に寝(ね)るには及(およ)ばぬ、追着(おツつ)いて引戻(ひきもど)して遣(や)らう。罷違(まかりちが)ふて旧道(きうだう)を皆(みな)歩行(ある)いても怪(け)しうはあるまい、恁(か)ういふ時候(じこう)ぢや、狼(おほかみ)の春(しゆん)でもなく、魑魅魍魎(ちみまうりやう)の汐(しほ)さきでもない、まゝよ、と思(おも)ふて、見送(みおく)ると早(は)や親切(しんせつ)な百姓(ひやくしやう)の姿(すがた)も見(み)えぬ。
(可(よ)し。)
 思切(おもひき)つて坂道(さかみち)に取(と)つて懸(かゝ)つた、侠気(をとこぎ)があつたのではござらぬ、血気(けつき)に逸(はや)つたでは固(もと)よりない、今(いま)申(まを)したやうではずつと最(も)う悟(さと)つたやうぢやが、いやなか/\の憶病者(おくびやうもの)、川(かは)の水(みづ)を飲(の)むのさへ気(き)が怯(ひ)けたほど生命(いのち)が大事(だいじ)で、何故(なぜ)又(また)と謂(い)はつしやるか。
 唯(たゞ)挨拶(あいさつ)をしたばかりの男(をとこ)なら、私(わし)は実(じつ)の処(ところ)、打棄(うつちや)つて置(お)いたに違(ちが)ひはないが、快(こゝろよ)からぬ人(ひと)と思(おも)つたから、其(その)まゝに見棄(みす)てるのが、故(わざ)とするやうで、気(き)が責(せ)めてならなんだから、」
と宗朝(しうてう)は矢張(やツぱり)俯向(うつむ)けに床(とこ)に入(はい)つたまゝ合掌(がツしやう)していつた。
「其(それ)では口(くち)でいふ念仏(ねんぶつ)にも済(す)まぬと思(おも)ふてさ。」

「さて、聞(き)かつしやい、私(わし)はそれから檜(ひのき)の裏(うら)を抜(ぬ)けた、岩(いは)の下(した)から岩(いは)の上(うへ)へ出(で)た、樹(き)の中(なか)を潜(くゞ)つて草深(くさふか)い径(こみち)を何処(どこ)までも、何処(どこ)までも。
 すると何時(いつ)の間(ま)にか今(いま)上(あが)つた山(やま)は過(す)ぎて又(また)一ツ山(やま)が近(ちか)づいて来(き)た、此辺(このあたり)暫(しばら)くの間(あひだ)は野(の)が広々(ひろ/″\)として、前刻(さツき)通(とほ)つた本街道(ほんかいだう)より最(も)つと巾(はゞ)の広(ひろ)い、なだらかな一筋道(すぢみち)。
 心持(こゝろもち)西(にし)と、東(ひがし)と、真中(まんなか)に山(やま)を一ツ置(お)いて二条(すぢ)並(なら)んだ路(みち)のやうな、いかさまこれならば鎗(やり)を立(た)てゝも行列(ぎやうれつ)が通(とほ)つたであらう。
 此(こ)の広(ひろ)ツ場(ぱ)でも目(め)の及(およ)ぶ限(かぎり)芥子粒(けしつぶ)ほどの大(おほき)さの売薬(ばいやく)の姿(すがた)も見(み)ないで、時々(とき/″\)焼(や)けるやうな空(そら)を小(ちひ)さな虫(むし)が飛歩行(とびある)いた。
 歩行(ある)くには此(こ)の方(はう)が心細(こゝろぼそ)い、あたりがばツとして居(ゐ)ると便(たより)がないよ。勿論(もちろん)飛騨越(ひだごゑ)と銘(めい)を打(う)つた日(ひ)には、七里(り)に一軒(けん)十里(り)に五軒(けん)といふ相場(さうば)、其処(そこ)で粟(あは)の飯(めし)にありつけば都合(つがふ)も上(じやう)の方(はう)といふことになつて居(を)ります。其(そ)の覚悟(かくご)のことで、足(あし)は相応(さうおう)に達者(たツしや)、いや屈(くつ)せずに進(すゝ)んだ進(すゝ)んだ。すると、段々(だん/″\)又(また)山(やま)が両方(りやうはう)から逼(せま)つて来(き)て、肩(かた)に支(つか)へさうな狭(せま)いことになつた、直(す)ぐに上(のぼり)。
 さあ、之(これ)からが名代(なだい)の天生峠(あまふたうげ)と心得(こゝろえ)たから、此方(こツち)も其気(そのき)になつて、何(なに)しろ暑(あつ)いので、喘(あへ)ぎながら、先(ま)づ草鞋(わらぢ)の紐(ひも)を締直(しめなほ)した。
 丁度(ちやうど)此(こ)の上口(のぼりくち)の辺(あたり)に美濃(みの)の蓮大寺(れんたいじ)の本堂(ほんだう)の床下(ゆかした)まで吹抜(ふきぬ)けの風穴(かざあな)があるといふことを年経(とした)つてから聞(き)きましたが、なか/\其処(そこ)どころの沙汰(さた)ではない、一生懸命(しやうけんめい)、景色(けしき)も奇跡(きせき)もあるものかい、お天気(てんき)さへ晴(は)れたか曇(くも)つたか訳(わけ)が解(わか)らず、目(ま)まじろぎもしないですた/\と捏(こ)ねて上(のぼ)る。
 とお前様(まへさま)お聞(き)かせ申(まを)す話(はなし)は、これからぢやが、最初(さいしよ)に申(まを)す通(とほ)り路(みち)がいかにも悪(わる)い、宛然(まるで)人(ひと)が通(かよ)ひさうでない上(うへ)に、恐(おそろし)いのは、蛇(へび)で。両方(りやうはう)の叢(くさむら)に尾(を)と頭(あたま)とを突込(つツこ)んで、のたりと橋(はし)を渡(わた)して居(ゐ)るではあるまいか。
 私(わし)は真先(まツさき)に出会(でツくわ)した時(とき)は笠(かさ)を被(かぶ)つて竹杖(たけづゑ)を突(つ)いたまゝはツと息(いき)を引(ひ)いて膝(ひざ)を折(を)つて坐(すわ)つたて。
 いやもう生得(しやうとく)大嫌(だいきらひ)、嫌(きらひ)といふより恐怖(こわ)いのでな。
 其時(そのとき)は先(ま)づ人助(ひとたす)けにずる/″\と尾(を)を引(ひ)いて向(むか)ふで鎌首(かまくび)を上(あ)げたと思(おも)ふと草(くさ)をさら/\と渡(わた)つた。
 漸(やうや)う起上(おきあが)つて道(みち)の五六町(ちやう)も行(ゆ)くと又(また)同一(おなじ)やうに、胴中(どうなか)を乾(かは)かして尾(を)も首(くび)も見(み)えぬが、ぬたり!
 あツといふて飛退(とびの)いたが、其(それ)も隠(かく)れた。三度目(どめ)に出会(であ)つたのが、いや急(きふ)には動(うご)かず、然(しか)も胴体(どうたい)の太(ふと)さ、譬(たと)ひ這出(はひだ)した処(ところ)でぬら/\と遣(や)られては凡(およ)そ五分間(ふんかん)位(ぐらゐ)は尾(を)を出(だ)すまでに間(ま)があらうと思(おも)ふ長虫(ながむし)と見(み)えたので已(や)むことを得(え)ず私(わし)は跨(また)ぎ越(こ)した、途端(とたん)に下腹(したはら)が突張(つツぱ)つてぞツと身(み)の毛(け)、毛穴(けあな)が不残(のこらず)鱗(うろこ)に変(かは)つて、顔(かほ)の色(いろ)も其(そ)の蛇(へび)のやうになつたらうと目(め)を塞(ふさ)いだ位(くらゐ)。
 絞(しぼ)るやうな冷汗(ひやあせ)になる気味(きみ)の悪(わる)さ、足(あし)が窘(すく)んだといふて立(た)つて居(ゐ)られる数(すう)ではないから、びく/\しながら路(みち)を急(いそ)ぐと又(また)しても居(ゐ)たよ。
 然(しか)も今度(こんど)のは半分(はんぶん)に引切(ひきき)つてある胴(どう)から尾(を)ばかりの虫(むし)ぢや、切口(きりくち)が蒼(あをみ)を帯(お)びて其(それ)で恁(か)う黄色(きいろ)な汁(しる)が流(なが)れてぴくぴくと動(うご)いたわ。
 我(われ)を忘(わす)れてばら/\とあとへ遁帰(にげかへ)つたが、気(き)が着(つ)けば例(れい)のが未(ま)だ居(ゐ)るであらう、譬(たと)ひ殺(ころ)されるまでも二度(ど)とは彼(あれ)を跨(また)ぐ気(き)はせぬ。あゝ前刻(さツき)のお百姓(ひやくしやう)がものゝ間違(まちがひ)でも故道(ふるみち)には蛇(へび)が恁(か)うといつてくれたら、地獄(ぢごく)へ落(お)ちても来(こ)なかつたにと照(て)りつけられて、涙(なみだ)が流(なが)れた、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、今(いま)でも悚然(ぞツ)とする。」と額(ひたひ)に手(て)を。

「果(はてし)が無(な)いから肝(きも)を据(す)ゑた、固(もと)より引返(ひきかへ)す分(ぶん)ではない。旧(もと)の処(ところ)には矢張(やツぱり)丈足(たけた)らずの骸(むくろ)がある、遠(とほ)くへ避(さ)けて草(くさ)の中(なか)へ駆(か)け抜(ぬ)けたが、今(いま)にもあとの半分(はんぶん)が絡(まと)ひつきさうで耐(たま)らぬから気臆(きおくれ)がして足(あし)が筋張(すぢば)ると、石(いし)に躓(つまづ)いて転(ころ)んだ、其時(そのとき)膝節(ひざふし)を痛(いた)めましたものと見(み)える。
 それからがく/″\して歩行(ある)くのが少(すこ)し難渋(なんじふ)になつたけれども、此処(こゝ)で倒(たふ)れては温気(うんき)で蒸殺(むしころ)されるばかりぢやと、我身(わがみ)で我身(わがみ)を激(はげ)まして首筋(くびすぢ)を取(と)つて引立(ひきた)てるやうにして峠(たうげ)の方(はう)へ。
 何(なに)しろ路傍(みちばた)の草(くさ)いきれが可恐(おそろ)しい、大鳥(おほとり)の卵(たまご)見(み)たやうなものなんぞ足許(あしもと)にごろ/″\して居(ゐ)る茂(しげ)り塩梅(あんばい)。
 又(また)二里(り)ばかり大蛇(おろち)の畝(うね)るやうな坂(さか)を、山懐(やまふところ)に突当(つきあた)つて岩角(いはかど)を曲(まが)つて、木(き)の根(ね)を繞(めぐ)つて参(まゐ)つたが此処(こゝ)のことで余(あま)りの道(みち)ぢやつたから、参謀本部(さんぼうほんぶ)の絵図面(ゑづめん)を開(ひら)いて見(み)ました。
 何(なに)矢張(やツぱり)道(みち)は同一(おんなじ)で聞(き)いたにも見(み)たのにも変(かはり)はない、旧道(きうだう)は此方(こちら)に相違(さうゐ)はないから心遣(こゝろや)りにも何(なん)にもならず、固(もと)より歴(れツき)とした図面(づめん)といふて、描(ゑが)いてある道(みち)は唯(たゞ)栗(くり)の毯(いが)の上(うへ)へ赤(あか)い筋(すぢ)が引張(ひつぱ)つてあるばかり。
 難儀(なんぎ)さも、蛇(へび)も、毛虫(けむし)も、鳥(とり)の卵(たまご)も、草(くさ)いきれも、記(しる)してある筈(はず)はないのぢやから、薩張(さツぱり)と畳(たゝ)んで懐(ふところ)に入(い)れて、うむと此(こ)の乳(ちゝ)の下(した)へ念仏(ねんぶつ)を唱(とな)へ込(こ)んで立直(たちなほ)つたは可(よ)いが、息(いき)も引(ひ)かぬ内(うち)に情無(なさけな)い長虫(ながむし)が路(みち)を切(き)つた。
 其処(そこ)でもう所詮(しよせん)叶(かな)はぬと思(おも)つたなり、これは此(こ)の山(やま)の霊(れい)であらうと考(かんが)へて、杖(つえ)を棄(す)てゝ膝(ひざ)を曲(ま)げ、じり/\する地(つち)に両手(りやうて)をついて、
(誠(まこと)に済(す)みませぬがお通(とほ)しなすつて下(くだ)さりまし、成(なる)たけお昼寝(ひるね)の邪魔(じやま)になりませぬやうに密(そツ)と通行(つうかう)いたしまする。
 御覧(ごらん)の通(とほ)り杖(つえ)も棄(す)てました。)と我折(がを)れ染々(しみ/″\)と頼(たの)んで額(ひたひ)を上(あ)げるとざつといふ凄(すさまじ)い音(おと)で。
 心持(こゝろもち)余程(よほど)の大蛇(だいじや)と思(おも)つた、三尺(じやく)、四尺(しやく)、五尺(しやく)、四方(はう)、一丈(ぢやう)余(よ)、段々(だん/″\)と草(くさ)の動(うご)くのが広(ひろ)がつて、傍(かたへ)の谷(たに)へ一文字(もんじ)に颯(さツ)と靡(なび)いた、果(はて)は峯(みね)も山(やま)も一斉(せい)に揺(ゆる)いだ、悚毛(おぞけ)を震(ふる)つて立窘(たちすく)むと涼(すゞ)しさが身(み)に染(し)みて気(き)が着(つ)くと山颪(やまおろし)よ。
 此(こ)の折(をり)から聞(きこ)えはじめたのは哄(どツ)といふ山彦(やまひこ)に伝(つた)はる響(ひゞき)、丁度(ちやうど)山(やま)の奥(おく)に風(かぜ)が渦巻(うづま)いて其処(そこ)から吹起(ふきおこ)る穴(あな)があいたやうに感(かん)じられる。
 何(なに)しろ山霊(さんれい)感応(かんおう)あつたか、蛇(へび)は見(み)えなくなり暑(あつ)さも凌(しの)ぎよくなつたので気(き)も勇(いさ)み足(あし)も捗取(はかど)つたが程(ほど)なく急(きふ)に風(かぜ)が冷(つめ)たくなつた理由(りいう)を会得(ゑとく)することが出来(でき)た。
 といふのは目(め)の前(まへ)に大森林(だいしんりん)があらはれたので。
 世(よ)の譬(たとへ)にも天生峠(あまふたうげ)は蒼空(あをぞら)に雨(あめ)が降(ふ)るといふ人(ひと)の話(はなし)にも神代(じんだい)から杣(そま)が手(て)を入(い)れぬ森(もり)があると聞(き)いたのに、今(いま)までは余(あま)り樹(き)がなさ過(す)ぎた。
 今度(こんど)は蛇(へび)のかはりに蟹(かに)が歩(ある)きさうで草鞋(わらぢ)が冷(ひ)えた。暫(しばら)くすると暗(くら)くなつた、杉(すぎ)、松(まつ)、榎(えのき)と処々(ところ/″\)見分(みわ)けが出来(でき)るばかりに遠(とほ)い処(ところ)から幽(かすか)に日(ひ)の光(ひかり)の射(さ)すあたりでは、土(つち)の色(いろ)が皆(みな)黒(くろ)い。中(なか)には光線(くわうせん)が森(もり)を射通(いとほ)す工合(ぐあひ)であらう、青(あを)だの、赤(あか)だの、ひだが入(い)つて美(うつく)しい処(ところ)があつた。
 時々(とき/″\)爪尖(つまさき)に絡(から)まるのは葉(は)の雫(しづく)の落溜(おちたま)つた糸(いと)のやうな流(ながれ)で、これは枝(えだ)を打(う)つて高(たか)い処(ところ)を走(はし)るので。ともすると又(また)常盤木(ときはぎ)が落葉(おちば)する、何(なん)の樹(き)とも知(し)れずばら/″\と鳴(な)り、かさかさと音(おと)がしてぱつと檜笠(ひのきがさ)にかゝることもある、或(あるひ)は行過(ゆきす)ぎた背後(うしろ)へこぼれるのもある、其等(それら)は枝(えだ)から枝(えだ)に溜(たま)つて居(ゐ)て何十年(なんじうねん)ぶりではじめて地(つち)の上(うへ)まで落(おち)るのか分(わか)らぬ。」

「心細(こゝろぼそ)さは申(もを)すまでもなかつたが、卑怯(ひけふ)な様(やう)でも修業(しゆげふ)の積(つ)まぬ身(み)には、恁云(かうい)ふ暗(くら)い処(ところ)の方(はう)が却(かへ)つて観念(くわんねん)に便(たより)が宜(よ)い。何(なに)しろ体(からだ)が凌(しの)ぎよくなつたゝめに足(あし)の弱(よわり)も忘(わす)れたので、道(みち)も大(おほ)きに捗取(はかど)つて、先(ま)づこれで七分(ぶ)は森(もり)の中(なか)を越(こ)したらうと思(おも)ふ処(ところ)で、五六尺(しやく)天窓(あたま)の上(うへ)らしかつた樹(き)の枝(えだ)から、ぼたりと笠(かさ)の上(うへ)へ落(お)ち留(と)まつたものがある。
 鉛(なまり)の重(おもり)かとおもふ心持(こゝろもち)、何(なに)か木(き)の実(み)でゞもあるか知(し)らんと、二三度(ど)振(ふつ)て見(み)たが附着(くツつ)いて居(ゐ)て其(その)まゝには取(と)れないから、何心(なにごゝろ)なく手(て)をやつて掴(つか)むと、滑(なめ)らかに冷(ひや)りと来(き)た。
 見(み)ると海鼠(なまこ)を裂(さい)たやうな目(め)も口(くち)もない者(もの)ぢやが、動物(どうぶつ)には違(ちが)ひない。不気味(ぶきみ)で投出(なげだ)さうとするとずる/″\と辷(すべ)つて指(ゆび)の尖(さき)へ吸(すひ)ついてぶらりと下(さが)つた其(そ)の放(はな)れた指(ゆび)の尖(さき)から真赤(まつか)な美(うつく)しい血(ち)が垂々(たら/\)と出(で)たから、吃驚(びツくり)して目(め)の下(した)へ指(ゆび)をつけてじつと見(み)ると、今(いま)折曲(をりま)げた肱(ひぢ)の処(ところ)へつるりと垂懸(たれかゝ)つて居(ゐ)るのは同(おなじ)形(かたち)をした、巾(はゞ)が五分(ぶ)、丈(たけ)が三寸(ずん)ばかりの山海鼠(やまなまこ)。
 呆気(あつけ)に取(とら)れて見(み)る/\内(うち)に、下(した)の方(はう)から縮(ちゞ)みながら、ぶくぶくと太(ふと)つて行(ゆ)くのは生血(いきち)をしたゝかに吸込(すひこ)む所為(せゐ)で、濁(にご)つた黒(くろ)い滑(なめ)らかな肌(はだ)に茶褐色(ちやかツしよく)の縞(しま)をもつた、痣胡瓜(いぼきうり)のやうな血(ち)を取(と)る動物(どうぶつ)、此奴(こいつ)は蛭(ひる)ぢやよ。
 誰(た)が目(め)にも見違(みちが)へるわけのものではないが図抜(づぬけ)て余(あま)り大(おほき)いから一寸(ちよツと)は気(き)がつかぬであつた、何(なん)の畠(はたけ)でも、甚麼(どんな)履歴(りれき)のある沼(ぬま)でも、此位(このくらゐ)な蛭(ひる)はあらうとは思(おも)はれぬ。
 肱(ひぢ)をばさりと振(ふつ)たけれども、よく喰込(くひこ)んだと見(み)えてなかなか放(はな)れさうにしないから不気味(ぶきみ)ながら手(て)で抓(つま)んで引切(ひツき)ると、ぶつりといつてやう/\取(と)れる暫時(しばらく)も耐(たま)つたものではない、突然(とつぜん)取(と)つて大地(だいぢ)へ叩(たゝ)きつけると、これほどの奴等(やつら)が何万(なんまん)となく巣(す)をくつて我(わが)ものにして居(ゐ)やうといふ処(ところ)、予(かね)て其(そ)の用意(ようい)はして居(ゐ)ると思(おも)はれるばかり、日(ひ)のあたらぬ森(もり)の中(なか)の土(つち)は柔(やはらか)い、潰(つぶ)れさうにもないのぢや。
 と最早(もは)や頷(えり)のあたりがむづ/\して来(き)た、平手(ひらて)で扱(こい)て見(み)ると横撫(よこなで)に蛭(ひる)の背(せな)をぬる/\とすべるといふ、やあ、乳(ちゝ)の下(した)へ潜(ひそ)んで帯(おび)の間(あひだ)にも一疋(ぴき)、蒼(あを)くなつてそツと見(み)ると肩(かた)の上(うへ)にも一筋(すぢ)。
 思(おも)はず飛上(とびあが)つて総身(そうしん)を震(ふる)ひながら此(こ)の大枝(おほえだ)の下(した)を一散(さん)にかけぬけて、走(はし)りながら先(まづ)心覚(こゝろおぼえ)の奴(やつ)だけは夢中(むちう)でもぎ取(と)つた。
 何(なに)にしても恐(おそろ)しい今(いま)の枝(えだ)には蛭(ひる)が生(な)つて居(ゐ)るのであらうと余(あまり)の事(こと)に思(おも)つて振返(ふりかへ)ると、見返(みかへ)つた樹(き)の何(なん)の枝(えだ)か知(し)らず矢張(やツぱり)幾(いく)ツといふこともない蛭(ひる)の皮(かは)ぢや。
 これはと思(おも)ふ、右(みぎ)も、左(ひだり)も前(まへ)の枝(えだ)も、何(なん)の事(こと)はないまるで充満(いツぱい)。
 私(わし)は思(おも)はず恐怖(きようふ)の声(こゑ)を立(た)てゝ叫(さけ)んだすると何(なん)と? 此時(このとき)は目(め)に見(み)えて、上(うへ)からぼたり/\と真黒(まツくろ)な瘠(や)せた筋(すぢ)の入(はい)つた雨(あめ)が体(からだ)へ降(ふり)かゝつて来(き)たではないか。
 草鞋(わらじ)を穿(は)いた足(あし)の甲(かふ)へも落(おち)た上(うへ)へ又(また)累(かさな)り、並(なら)んだ傍(わき)へ又(また)附着(くツつ)いて爪先(つまさき)も分(わか)らなくなつた、然(さ)うして活(い)きてると思(おも)ふだけ脈(みやく)を打(う)つて血(ち)を吸(す)ふやうな。思(おも)ひなしか一ツ一ツ伸縮(のびちゞみ)をするやうなのを見(み)るから気(き)が遠(とほ)くなって、其時(そのとき)不思議(ふしぎ)な考(かんがへ)が起(お)きた。
 此(こ)の恐(おそろし)い山蛭(やまびる)は神代(かみよ)の古(いにしへ)から此処(こゝ)に屯(たむろ)をして居(ゐ)て人(ひと)の来(く)るのを待(ま)ちつけて、永(なが)い久(ひさ)しい間(あひだ)に何(ど)の位(くらゐ)何斛(なんごく)かの血(ち)を吸(す)ふと、其処(そこ)でこの虫(むし)の望(のぞみ)が叶(かな)ふ其(そ)の時(とき)はありつたけの蛭(ひる)が不残(のこらず)吸(す)つたゞけの人間(にんげん)の血(ち)を吐出(はきだ)すと、其(それ)がために土(つち)がとけて山(やま)一ツ一面(めん)に血(ち)と泥(どろ)との大沼(おほぬま)にかはるであらう、其(それ)と同時(どうじ)に此処(こゝ)に日(ひ)の光(ひかり)を遮(さへぎ)つて昼(ひる)もなほ暗(くら)い大木(たいぼく)が切々(きれ/″\)に一ツ一ツ蛭(ひる)になつて了(しま)うのに相違(さうゐ)ないと、いや、全(まツた)くの事(こと)で。」

「凡(およ)そ人間(にんげん)が滅(ほろ)びるのは、地球(ちきう)の薄皮(うすかは)が破(やぶ)れて空(そら)から火(ひ)が降(ふ)るのでもなければ、大海(だいかい)が押被(おツかぶ)さるのでもない飛騨国(ひだのくに)の樹林(きはやし)が蛭(ひる)になるのが最初(さいしよ)で、しまいには皆(みんな)血(ち)と泥(どろ)の中(なか)に筋(すぢ)の黒(くろ)い虫(むし)が泳(およ)ぐ、其(それ)が代(だい)がはりの世界(せかい)であらうと、ぼんやり。
 なるほど此(こ)の森(もり)も入口(いりくち)では何(なん)の事(こと)もなかつたのに、中(なか)へ来(く)ると此通(このとほ)り、もつと奥深(おくふか)く進(すゝ)んだら早(は)や不残(のこらず)立樹(たちき)の根(ね)の方(はう)から朽(く)ちて山蛭(やまびる)になつて居(ゐ)やう、助(たす)かるまい、此処(こゝ)で取殺(とりころ)される因縁(いんねん)らしい、取留(とりと)めのない考(かんがへ)が浮(うか)んだのも人(ひと)が知死期(ちしご)に近(ちかづ)いたからだと弗(ふ)と気(き)が着(つ)いた。
 何(ど)の道(みち)死(し)ぬるものなら一足(あし)でも前(まへ)へ進(すゝ)んで、世間(せけん)の者(もの)が夢(ゆめ)にも知(し)らぬ血(ち)と泥(どろ)の大沼(おほぬま)の片端(かたはし)でも見(み)て置(お)かうと、然(さ)う覚悟(かくご)が極(きはま)つては気味(きみ)の悪(わる)いも何(なに)もあつたものぢやない、体中(からだぢう)珠数生(じゆずなり)になつたのを手当次第(てあたりしだい)に掻(か)い除(の)け毟(むし)り棄(す)て、抜(ぬ)き取(と)りなどして、手(て)を挙(あ)げ足(あし)を踏(ふ)んで、宛(まる)で躍(をど)り狂(くる)ふ形(かたち)で歩行(あるき)出(だ)した。
 はじめの内(うち)は一廻(まはり)も太(ふと)つたやうに思(おも)はれて痒(かゆ)さが耐(たま)らなかつたが、しまひにはげつそり痩(や)せたと、感(かん)じられてづきづき痛(いた)んでならぬ、其上(そのうへ)を用捨(ようしや)なく歩行(ある)く内(うち)にも入交(いりまじ)りに襲(おそ)ひをつた。
 既(すで)に目(め)も眩(くら)んで倒(たふ)れさうになると、禍(わざわひ)は此辺(このへん)が絶頂(ぜつちやう)であつたと見(み)えて、隧道(トンネル)を抜(ぬ)けたやうに遥(はるか)に一輪(りん)のかすれた月(つき)を拝(おが)んだのは蛭(ひる)の林(はやし)の出口(でくち)なので。
 いや蒼空(あをそら)の下(した)へ出(で)た時(とき)には、何(なん)のことも忘(わす)れて、砕(くだ)けろ、微塵(みぢん)になれと横(よこ)なぐりに体(からだ)を山路(やまぢ)へ打倒(うちたふ)した。それでからもう砂利(じやり)でも針(はり)でもあれと地(つち)へこすりつけて、十(とう)余(あま)りも蛭(ひる)の死骸(しがい)を引(ひツ)くりかへした上(うへ)から、五六間(けん)向(むか)ふへ飛(と)んで身顫(みぶるひ)をして突立(つツた)つた。
 人(ひと)を馬鹿(ばか)にして居(ゐ)るではありませんか。あたりの山(やま)では処々(ところ/″\)茅蜩殿(ひぐらしどの)、血(ち)と泥(どろ)の大沼(おほぬま)にならうといふ森(もり)を控(ひか)へて鳴(な)いて居(ゐ)る、日(ひ)は斜(なゝめ)、谷底(たにそこ)はもう暗(くら)い。
 先(ま)づこれならば狼(おほかみ)の餌食(えじき)になつても其(それ)は一思(おもひ)に死(し)なれるからと、路(みち)は丁度(ちやうど)だら/″\下(おり)なり、小僧(こぞう)さん、調子(てうし)はづれに竹(たけ)の杖(つゑ)を肩(かた)にかついで、すたこら遁(に)げたわ。
 これで蛭(ひる)に悩(なや)まされて痛(いた)いのか、痒(かゆ)いのか、それとも擽(くすぐ)つたいのか得(え)もいはれぬ苦(くる)しみさへなかつたら、嬉(うれ)しさに独(ひと)り飛騨山越(ひだやまごえ)の間道(かんだう)で、御経(おきやう)に節(ふし)をつけて外道踊(げだうをどり)をやつたであらう一寸(ちよツと)清心丹(せいしんたん)でも噛砕(かみくだ)いて疵口(きずぐち)へつけたら何(ど)うだと、大分(だいぶ)世(よ)の中(なか)の事(こと)に気(き)がついて来(き)たわ。捻(つね)つても確(たしか)に活返(いきかへ)つたのぢやが、夫(それ)にしても富山(とやま)の薬売(くすりうり)は何(ど)うしたらう、那(あ)の様子(やうす)では疾(とう)に血(ち)になつて泥沼(どろぬま)に。皮(かは)ばかりの死骸(しがい)は森(もり)の中(なか)の暗(くら)い処(ところ)、おまけに意地(いぢ)の汚(きたな)い下司(げす)な動物(どうぶつ)が骨(ほね)までしやぶらうと何百(なんびやく)といふ数(すう)でのしかゝつて居(ゐ)た日(ひ)には、酢(す)をぶちまけても分(わか)る気遣(きづかひ)はあるまい。
 恁(か)う思(おも)つて居(ゐ)る間(あひだ)、件(くだん)のだら/″\坂(ざか)は大分(だいぶ)長(なが)かつた。
 其(それ)を下(お)り切(き)ると流(ながれ)が聞(きこ)えて、飛(とん)だ処(ところ)に長(なが)さ一間(けん)ばかりの土橋(どばし)がかゝつて居(ゐ)る。
 はや其(そ)の谷川(たにかは)の音(おと)を聞(き)くと我身(わがみ)で持余(もてあま)す蛭(ひる)の吸殻(すひがら)を真逆(まツさかさま)に投込(なげこ)んで、水(みづ)に浸(ひた)したら嘸(さぞ)可(いゝ)心地(こゝち)であらうと思ふ位(くらゐ)、何(なん)の渡(わた)りかけて壊(こは)れたら夫(それ)なりけり。
 危(あぶな)いとも思(おも)はずにずつと懸(かゝ)る、少(すこ)しぐら/″\としたが難(なん)なく越(こ)した。向(むか)ふから又(また)坂(さか)ぢや、今度(こんど)は上(のぼ)りさ、御苦労(ごくらう)千万(せんばん)。」

「到底(とて)も此(こ)の疲(つか)れやうでは、坂(さか)を上(のぼ)るわけには行(ゆ)くまいと思(おも)つたが、ふと前途(ゆくて)に、ヒイヽンと馬(うま)の嘶(いなゝ)くのが谺(こだま)して聞(きこ)えた。
 馬士(まご)が戻(もど)るのか小荷駄(こにだ)が通(とほ)るか、今朝(けさ)一人(ひとり)の百姓(ひやくしやう)に別(わか)れてから時(とき)の経(た)つたは僅(わづか)ぢやが、三年(ねん)も五年(ねん)も同一(おんなじ)ものをいふ人間(にんげん)とは中(なか)を隔(へだ)てた。馬(うま)が居(ゐ)るやうでは左(と)も右(かく)も人里(ひとざと)に縁(えん)があると、之(これ)がために気(き)が勇(いさ)んで、えゝやつと今(いま)一揉(もみ)。
 一軒(けん)の山家(やまが)の前(まへ)へ来(き)たのには、然(さ)まで難儀(なんぎ)は感(かん)じなかつた、夏(なつ)のことで戸障子(としやうじ)の締(しまり)もせず、殊(こと)に一軒家(けんや)、あけ開(ひら)いたなり門(もん)といふでもない、突然(いきなり)破椽(やぶれえん)になつて男(をとこ)が一人(ひとり)、私(わし)はもう何(なん)の見境(みさかひ)もなく、(頼(たの)みます、頼(たの)みます、)といふさへ助(たすけ)を呼(よ)ぶやうな調子(てうし)で、取縋(とりすが)らぬばかりにした。
(御免(ごめん)なさいまし、)といつたがものもいはない、首筋(くびすぢ)をぐつたりと、耳(みゝ)を肩(かた)で塞(ふさ)ぐほど顔(かほ)を横(よこ)にしたまゝ小児(こども)らしい、意味(いみ)のない、然(しか)もぼつちりした目(め)で、ぢろ/″\と、門(もん)に立(た)つたものを瞻(みつ)める、其(そ)の瞳(ひとみ)を動(うご)かすさい、おつくうらしい、気(き)の抜(ぬ)けた身(み)の持方(もちかた)。裾(すそ)短(みぢ)かで袖(そで)は肱(ひぢ)より少(すくな)い、糊気(のりけ)のある、ちやん/\を着(き)て、胸(むね)のあたりで紐(ひも)で結(ゆは)へたが、一ツ身(み)のものを着(き)たやうに出(で)ツ腹(ばら)の太(ふと)り肉(じゝ)、太鼓(たいこ)を張(は)つたくらゐに、すべ/\とふくれて然(しか)も出臍(でべそ)といふ奴(やつ)、南瓜(かぼちや)の蔕(へた)ほどな異形(いぎやう)な者(もの)を、片手(かたて)でいぢくりながら幽霊(いうれい)のつきで、片手(かたて)を宙(ちう)にぶらり。
 足(あし)は忘(わす)れたか投出(なげだ)した、腰(こし)がなくば暖簾(のれん)を立(た)てたやうに畳(たゝ)まれさうな、年紀(とし)が其(それ)で居(ゐ)て二十二三、口(くち)をあんぐりやつた上唇(うはくちびる)で巻込(まきこ)めやう、鼻(はな)の低(ひく)さ、出額(でびたひ)。五分(ぶ)刈(がり)の伸(の)びたのが前(まへ)は鶏冠(とさか)の如(ごと)くになつて、頷脚(えりあし)へ刎(は)ねて耳(みゝ)に被(かぶさ)つた、唖(おし)か、白痴(ばか)か、これから蛙(かへる)にならうとするやうな少年(せうねん)。私(わし)は驚(おどろ)いた、此方(こツち)の生命(いのち)に別条(べつでう)はないが、先方様(さきさま)の形相(ぎやうさう)。いや、大別条(おほべつでう)。
(一寸(ちよいと)お願(ねが)ひ申(まを)します。)
 それでも為方(しかた)がないから又(また)言葉(ことば)をかけたが少(すこ)しも通(つう)ぜず、ばたりといふと僅(わづか)に首(くび)の位置(ゐち)をかへて今度(こんど)は左(ひだり)の肩(かた)を枕(まくら)にした、口(くち)の開(あ)いてること旧(もと)の如(ごと)し。
 恁(かう)云(い)ふのは、悪(わる)くすると突然(いきなり)ふんづかまへて臍(へそ)を捻(ひね)りながら返事(へんじ)のかはりに嘗(な)めやうも知(し)れぬ。
 私(わし)は一足(あし)退(すさ)つたがいかに深山(しんざん)だといつても是(これ)を一人(ひとり)で置(お)くといふ法(はふ)はあるまい、と足(あし)を爪立(つまだ)てゝ少(すこ)し声高(こはだか)に、
(何方(どなた)ぞ、御免(ごめん)なさい、)といつた。
 背戸(せど)と思(おも)ふあたりで再(ふたゝ)び馬(うま)の嘶(いなゝ)く声(こゑ)。
(何方(どなた)、)と納戸(なんど)の方(はう)でいつたのは女(をんな)ぢやから、南無三宝(なむさんばう)、此(こ)の白(しろ)い首(くび)には鱗(うろこ)が生(は)へて、体(からだ)は床(ゆか)を這(は)つて尾(を)をずる/″\と引(ひ)いて出(で)やうと、又(また)退(すさ)つた。
(おゝ、御坊様(おばうさま)、)と立顕(たちあら)はれたのは小造(こづくり)の美(うつく)しい、声(こゑ)も清(すゞ)しい、ものやさしい。
 私(わし)は大息(おほいき)を吐(つ)いて、何(なん)にもいはず、
(はい。)と頭(つむり)を下(さ)げましたよ。
 婦人(をんな)は膝(ひざ)をついて坐(すわ)つたが、前(まへ)へ伸上(のびあが)るやうにして黄昏(たそがれ)にしよんぼり立(た)つた私(わし)が姿(すがた)を透(す)かし見(み)て、(何(なに)か用(よう)でござんすかい。)
 休(やす)めともいはずはじめから宿(やど)の常世(つねよ)は留主(るす)らしい、人(ひと)を泊(と)めないと極(き)めたものゝやうに見(み)える。
 いひ後(おく)れては却(かへ)つて出(で)そびれて頼(たの)むにも頼(たの)まれぬ仕誼(しぎ)にもなることゝ、つか/\と前(まへ)へ出(で)た。丁寧(ていねい)に腰(こし)を屈(かゞ)めて、
(私(わし)は、山越(やまごえ)で信州(しんしう)へ参(まゐ)ります者(もの)ですが旅籠(はたご)のございます処(ところ)までは未(ま)だ何(ど)の位(くらゐ)ございませう。)」

「(貴方(あなた)まだ八里(り)余(あまり)でございますよ。)
(其他(そのほか)に別(べつ)に泊(と)めてくれます家(うち)もないのでせうか。)
(其(それ)はございません。)といひながら目(め)たゝきもしないで清(すゞ)しい目(め)で私(わし)の顔(かほ)をつく/″\見(み)て居(ゐ)た。
(いえもう何(なん)でございます、実(じつ)は此先(このさき)一町(ちやう)行(ゆ)け、然(さ)うすれば上段(じやうだん)の室(へや)に寝(ね)かして一晩(ばん)扇(あふ)いで居(ゐ)て其(それ)で功徳(くどく)のためにする家(うち)があると承(うけたまは)りましても、全(まツた)くの処(ところ)一足(あし)も歩行(ある)けますのではございません、何処(どこ)の物置(ものおき)でも馬小屋(うまごや)の隅(すみ)でも宜(よ)いのでございますから後生(ごしやう)でございます。)と前刻(さツき)馬(うま)の嘶(いなゝ)いたのは此家(こゝ)より外(ほか)にはないと思(おも)つたから言(い)つた。
 婦人(をんな)は暫(しばら)く考(かんが)へて居(ゐ)たが、弗(ふ)と傍(わき)を向(む)いて布(ぬの)の袋(ふくろ)を取(と)つて、膝(ひざ)のあたりに置(お)いた桶(をけ)の中(なか)へざら/\と一巾(はゞ)、水(みづ)を溢(こぼ)すやうにあけて縁(ふち)をおさへて、手(て)で掬(すく)つて俯向(うつむ)いて見(み)たが、
(あゝ、お泊(と)め申(まを)しましやう、丁度(ちやうど)炊(た)いてあげますほどお米(こめ)もございますから、其(それ)に夏(なつ)のことで、山家(やまが)は冷(ひ)えましても夜(よる)のものに御不自由(ごふじいう)もござんすまい。さあ、左(と)も右(かく)もあなたお上(あが)り遊(あそ)ばして。)
といふと言葉(ことば)の切(き)れぬ先(さき)にどつかり腰(こし)を落(おと)した。婦人(をんな)は衝(つ)と身(み)を起(おこ)して立(た)つて来(き)て、
(御坊様(おばうさま)、それでござんすが一寸(ちよつと)お断(ことは)り申(まを)して置(お)かねばなりません。)
 判然(はツきり)いはれたので私(わし)はびく/\もので、
(唯(はい)、はい。)
(否(いえ)、別(べつ)のことぢやござんせぬが、私(わたし)は癖(くせ)として都(みやこ)の話(はなし)を聞(き)くのが病(やまひ)でございます、口(くち)に蓋(ふた)をしておいでなさいましても無理(むり)やりに聞(き)かうといたしますが、あなた忘(わす)れても其時(そのとき)聞(き)かして下(くだ)さいますな、可(よ)うござんすかい、私(わたし)は無理(むり)にお尋(たづ)ね申(まを)します、あなたは何(ど)うしてもお話(はな)しなさいませぬ、其(それ)を是非(ぜひ)にと申(まを)しましても断(た)つて有仰(おツしや)らないやうに屹(きツ)と念(ねん)を入(い)れて置(お)きますよ。)
と仔細(しさい)ありげなことをいつた。
 山(やま)の高(たか)さも谷(たに)の深(ふか)さも底(そこ)の知(し)れない一軒家(けんや)の婦人(をんな)の言葉(ことば)とは思(おも)ふたが、保(たも)つにむづかしい戒(かい)でもなし、私(わし)は唯(たゞ)頷(うなづ)くばかり。
(唯(はい)、宜(よろ)しうございます、何事(なにごと)も仰有(おツしや)りつけは背(そむ)きますまい。)
 婦人(をんな)は言下(ごんか)に打解(うちと)けて、
(さあ/\汚(きたな)うございますが早(はや)く此方(こちら)へ、お寛(くつろ)ぎなさいまし、然(さ)うしてお洗足(せんそく)を上(あ)げませうかえ。)
(いえ、其(それ)には及(およ)びませぬ、雑巾(ざうきん)をお貸(か)し下(くだ)さいまし。あゝ、それからもし其(そ)のお雑巾(ざうきん)次手(ついで)にづツぷりお絞(しぼ)んなすつて下(くだ)さると助(たすか)ります、途中(とちう)で大変(たいへん)な目(め)に逢(あ)ひましたので体(からだ)を打棄(うつちや)りたいほど気味(きみ)が悪(わる)うございますので、一ツ背中(せなか)を拭(ふ)かうと存(ぞん)じますが恐入(おそれい)りますな。)
(然(さ)う、汗(あせ)におなりなさいました、嘸(さ)ぞまあ、お暑(あつ)うござんしたでせう、お待(ま)ちなさいまし、旅籠(はたご)へお着(つ)き遊(あそ)ばして湯(ゆ)にお入(はい)りなさいますのが、旅(たび)するお方(かた)には何(なに)より御馳走(ごちそう)だと申(まを)しますね、湯(ゆ)どころか、お茶(ちや)さへ碌(ろく)におもてなしもいたされませんが、那(あ)の、此(こ)の裏(うら)の崖(がけ)を下(お)りますと、綺麗(きれい)な流(ながれ)がございますから一層(そう)其(それ)へ行(い)らつしやツてお流(なが)しが宜(よ)うございませう、)
 聞(き)いただけでも飛(とん)でも行(ゆ)きたい。
(えゝ、其(それ)は何(なに)より結構(けつこう)でございますな。)
(さあ、其(それ)では御案内(ごあんない)申(まを)しませう、どれ、丁度(ちやうど)私(わたし)も米(こめ)を磨(と)ぎに参(まゐ)ります。)と件(くだん)の桶(をけ)を小脇(こわき)に抱(かゝ)へて、椽側(えんがは)から、藁草履(わらぞうり)を穿(は)いて出(で)たが、屈(かゞ)んで板椽(いたえん)の下(した)を覗(のぞ)いて、引出(ひきだ)したのは一足(そく)の古下駄(ふるげた)で、かちりと合(あ)はして埃(ほこり)を払(はた)いて揃(そろ)へて呉(く)れた。
(お穿(は)きなさいまし、草鞋(わらじ)は此処(こゝ)にお置(お)きなすつて、)
 私(わし)は手(て)をあげて一礼(れい)して、
(恐入(おそれい)ります、これは何(ど)うも、)
(お泊(と)め申(まを)すとなりましたら、あの、他生(たしやう)の縁(えん)とやらでござんす、あなた御遠慮(ごゑんりよ)を遊(あそ)ばしますなよ。)先(ま)づ恐(おそ)ろしく調子(てうし)が可(い)いぢやて。」

「(さあ、私(わたし)に跟(つ)いて此方(こちら)へ、)と件(くだん)の米磨桶(こめとぎをけ)を引抱(ひツかゝ)へて手拭(てぬぐひ)を細(ほそ)い帯(おび)に挟(はさ)んで立(た)つた。
 髪(かみ)は房(ふツさ)りとするのを束(たば)ねてな、櫛(くし)をはさんで笄(かんざし)で留(と)めて居(ゐ)る、其(そ)の姿(すがた)の佳(よ)さといふてはなかつた。
 私(わし)も手早(てばや)く草鞋(わらじ)を解(と)いたから、早速(さツそく)古下駄(ふるげた)を頂戴(ちやうだい)して、椽(えん)から立(た)つ時(とき)一寸(ちよいと)見(み)ると、それ例(れい)の白痴殿(ばかどの)ぢや。
 同(おな)じく私(わし)が方(かた)をぢろりと見(み)たつけよ、舌不足(したたらず)が饒舌(しやべ)るやうな、愚(ぐ)にもつかぬ声(こゑ)を出(だ)して、
(姉(ねえ)や、こえ、こえ。)といひながら、気(き)だるさうに手(て)を持上(もちあ)げて其(そ)の蓬々(ばう/\)と生(は)へた天窓(あたま)を撫(な)でた。
(坊(ばう)さま、坊(ばう)さま?)
 すると婦人(をんな)が、下(しも)ぶくれな顔(かほ)にえくぼを刻(きざ)んで、三ツばかりはき/\と続(つゞ)けて頷(うなづ)いた。
 少年(せうねん)はうむといつたが、ぐたりとして又(また)臍(へそ)をくり/\/\。
 私(わし)は余(あま)り気(き)の毒(どく)さに顔(かほ)も上(あ)げられないで密(そ)つと盗(ぬす)むやうにして見(み)ると、婦人(をんな)は何事(なにごと)も別(べつ)に気(き)に懸(か)けては居(を)らぬ様子(やうす)、其(その)まゝ後(あと)へ跟(つ)いて出(で)やうとする時(とき)、紫陽花(あぢさい)の花(はな)の蔭(かげ)からぬいと出(で)た一名(めい)の親仁(おやぢ)がある。
 背戸(せど)から廻(まは)つて来(き)たらしい、草鞋(わらじ)を穿(は)いたなりで、胴乱(どうらん)の根付(ねつけ)を紐長(ひもなが)にぶらりと提(さ)げ、啣煙管(くはへぎせる)をしながら並(なら)んで立停(たちとま)つた。
(和尚様(おしやうさま)おいでなさい。)
 婦人(をんな)は其方(そなた)を振向(ふりむ)いて、
(おぢ様(さん)何(ど)うでござんした。)
(然(さ)ればさの、頓馬(とんま)で間(ま)の抜(ぬ)けたといふのは那(あ)のことかい。根(ね)ツから早(は)や狐(きつね)でなければ乗(の)せ得(え)さうにもない奴(やつ)ぢやが、其処(そこ)はおらが口(くち)ぢや、うまく仲人(なかうど)して、二月(つき)や三月(つき)はお嬢様(ぢやうさま)が御不自由(ごふんじよ)のねえやうに、翌日(あす)はものにして沢山(うん)と此処(こゝ)へ担(かつ)ぎ込(こ)んます。)
(お頼(たの)み申(まを)しますよ。)
(承知(しようち)、承知(しようち)、おゝ、嬢様(ぢやうさま)何処(どこ)さ行(ゆ)かつしやる。)
(崖(がけ)の水(みづ)まで一寸(ちよいと)。)
(若(わか)い坊様(ばうさま)連(つ)れて川(かは)へ落(お)つこちさつさるな。おら此処(こゝ)に眼張(がんば)つて待(ま)つ居(と)るに、)と横様(よこさま)に椽(えん)にのさり。
(貴僧(あなた)、あんなことを申(まを)しますよ。)と顔(かほ)を見(み)て微笑(ほゝゑ)んだ。
(一人(ひとり)で参(まゐ)りませう、)と傍(わき)へ退(の)くと親仁(おやぢ)は吃々(くつ/\)と笑(わら)つて、
(はゝゝゝ、さあ早(はや)くいつてござらつせえ。)
(をぢ様(さん)、今日(けふ)はお前(まへ)、珍(めづ)らしいお客(きやく)がお二人(ふたかた)ござんした、恁(か)ふ云(い)ふ時(とき)はあとから又(また)見(み)えやうも知(し)れません、次郎(じらう)さんばかりでは来(き)た者(もの)が弱(よわ)んなさらう、私(わたし)が帰(かへ)るまで其処(そこ)に休(やす)んで居(ゐ)てをくれでないか。)
(可(い)いともの。)といひかけて親仁(おやぢ)は少年(せうねん)の傍(そば)へにぢり寄(よ)つて、鉄挺(かなてこ)を見(み)たやうな拳(こぶし)で、脊中(せなか)をどんとくらはした、白痴(ばか)の腹(はら)はだぶりとして、べそをかくやうな口(くち)つきで、にやりと笑(わら)ふ。
 私(わし)は悚気(ぞツ)として面(おもて)を背(そむ)けたが婦人(をんな)は何気(なにげ)ない体(てい)であつた。
 親仁(おやぢ)は大口(おほぐち)を開(あ)いて、
(留主(るす)におらが此(こ)の亭主(ていしゆ)を盗(ぬす)むぞよ。)
(はい、ならば手柄(てがら)でござんす、さあ、貴僧(あなた)参(まゐ)りませうか。)
 背後(うしろ)から親仁(おやぢ)が見(み)るやうに思(おも)つたが、導(みちび)かるゝまゝに壁(かべ)について、彼(か)の紫陽花(あぢさい)のある方(はう)ではない。
 軈(やが)て脊戸(せど)と思(おも)ふ処(ところ)で左(ひだり)に馬小屋(うまごや)を見(み)た、こと/\といふ物音(ものおと)は羽目(はめ)を蹴(け)るのであらう、もう其辺(そのへん)から薄暗(うすぐら)くなつて来(く)る。
(貴僧(あなた)、こゝから下(を)りるのでございます、辷(すべ)りはいたしませぬが道(みち)が酷(ひど)うございますからお静(しづか)に、)といふ。」

「其処(そこ)から下(お)りるのだと思(おも)はれる、松(まつ)の木(き)の細(ほそ)くツて度外(どはづ)れに背(せい)の高(たか)いひよろ/\した凡(およ)そ五六間(けん)上(うへ)までは小枝(こえだ)一ツもないのがある。其中(そのなか)を潜(くゞ)つたが仰(あふ)ぐと梢(こずえ)に出(で)て白(しろ)い、月(つき)の形(かたち)は此処(ここ)でも別(べつ)にかはりは無(な)かつた、浮世(うきよ)は何処(どこ)にあるか十三夜(じふさんや)で。
 先(さき)へ立(た)つた婦人(をんな)の姿(すがた)が目(め)さきを放(はな)れたから、松(まつ)の幹(みき)に掴(つか)まつて覗(のぞ)くと、つい下(した)に居(ゐ)た。
 仰向(あふむ)いて、
(急(きふ)に低(ひく)くなりますから気(き)をつけて。こりや貴僧(あなた)には足駄(あしだ)では無理(むり)でございましたか不知(しら)、宜(よろ)しくば草履(ざうり)とお取交(とりか)へ申(まを)しませう。)
 立後(たちおく)れたのを歩行悩(あるきなや)んだと察(さつ)した様子(やうす)、何(なに)が扨(さて)転(ころ)げ落(お)ちても早(はや)く行(い)つて蛭(ひる)の垢(あか)を落(おと)したさ。
(何(なに)、いけませんければ跣足(はだし)になります分(ぶん)のこと、何卒(どうぞ)お構(かま)ひなく、嬢様(ぢやうさま)に御心配(ごしんぱい)をかけては済(す)みません。)
(あれ、嬢様(ぢやうさま)ですつて、)と稍(やゝ)調子(てうし)を高(たか)めて、艶麗(あでやか)に笑(わら)つた。
(唯(はい)、唯今(たゞいま)あの爺様(ぢいさん)が、然(さ)やう申(まを)しましたやうに存(ぞん)じますが、夫人(おくさま)でございますか。)
(何(なん)にしても貴僧(あなた)には叔母(をば)さん位(ぐらゐ)な年紀(とし)ですよ。まあ、お早(はや)くいらつしやい、草履(ざうり)も可(よ)うござんすけれど、刺(とげ)がさゝりますと不可(いけ)ません、それにじく/\湿(ぬ)れて居(ゐ)てお気味(きみ)が悪(わる)うございませうから)と向(むか)ふ向(むき)でいひながら衣服(きもの)の片褄(かたつま)をぐいとあげた。真白(まつしろ)なのが暗(くら)まぎれ、歩行(ある)くと霜(しも)が消(き)えて行(ゆ)くやうな。
 ずん/\ずん/\と道(みち)を下(お)りる、傍(かたはら)の叢(くさむら)から、のさ/\と出(で)たのは蟇(ひき)で。
(あれ、気味(きみ)が悪(わる)いよ。)といふと婦人(をんな)は背後(うしろ)へ高々(たか/″\)と踵(かがと)を上(あ)げて向(むか)ふへ飛(と)んだ。
(お客様(きやくさま)が被在(ゐらつ)しやるではないかね、人(ひと)の足(あし)になんか搦(から)まつて贅沢(ぜいたく)ぢやあないか、お前達(まへだち)は虫(むし)を吸(す)つて居(ゐ)れば沢山(たくさん)だよ。
 貴僧(あなた)ずん/\入(い)らつしやいましな、何(ど)うもしはしません。恁云(かうい)ふ処(ところ)ですからあんなものまで人懐(ひとなつか)うございます、厭(いや)ぢやないかね、お前達(まへだち)と友達(ともだち)を見(み)たやうで可愧(はづかし)い、あれ可(い)けませんよ。)
 蟇(ひき)はのさ/\と又(また)草(くさ)を分(わ)けて入(はい)つた、婦人(をんな)はむかふへずいと。
(さあ此(こ)の上(うへ)へ乗(の)るんです、土(つち)が柔(やはら)かで壊(く)へますから地面(ぢめん)は歩行(ある)かれません。)
 いかにも大木(たいぼく)の僵(たふ)れたのが草(くさ)がくれに其(そ)の幹(みき)をあらはして居(ゐ)る、乗(の)ると足駄穿(あしだばき)で差支(さしつか)へがない、丸木(まるき)だけれども可恐(おそろ)しく太(ふと)いので、尤(もつと)もこれを渡(わた)り果(は)てると忽(たちま)ち流(ながれ)の音(おと)が耳(みゝ)に激(げき)した、それまでには余程(よほど)の間(あひだ)。
 仰(あふ)いで見(み)ると松(まつ)の樹(き)はもう影(かげ)も見(み)えない、十三夜(や)の月(つき)はずつと低(ひく)うなつたが、今(いま)下(お)りた山(やま)の頂(いただき)に半(なか)ばかゝつて、手(て)が届(とゞ)きさうにあざやかだけれども、高(たか)さは凡(およ)そ計(はか)り知(し)られぬ。
(貴僧(あなた)、此方(こちら)へ。)
といつた、婦人(をんな)はもう一息(いき)、目(め)の下(した)に立(た)つて待(ま)つて居(ゐ)た。
 其処(そこ)は早(は)や一面(めん)の岩(いは)で、岩(いは)の上(うへ)へ谷川(たにがは)の水(みづ)がかゝつて此処(ここ)によどみを造(つく)つて居(ゐ)る、川巾(かははば)は一間(けん)ばかり、水(みづ)に望(のぞ)めば音(おと)は然(さ)までにもないが、美(うつく)しさは玉(たま)を解(と)いて流(なが)したやう、却(かへ)つて遠(とほ)くの方(はう)で凄(すさま)じく岩(いは)に砕(くだ)ける響(ひゞき)がする。
 向(むか)ふ岸(ぎし)は又(また)一坐(ざ)の山(やま)の裾(すそ)で、頂(いたゞき)の方(はう)は真暗(まつくら)だが、山(やま)の端(は)から其(その)山腹(さんぷく)を射(い)る月(つき)の光(ひかり)に照(て)らし出(だ)された辺(あたり)からは大石(おほいし)小石(こいし)、栄螺(さゞえ)のやうなの、六尺角(しやくかく)に切出(きりだ)したの、剣(つるぎ)のやうなのやら鞠(まり)の形(かたち)をしたのやら、目(め)の届(とゞ)く限(かぎ)り不残(のこらず)岩(いは)で、次第(しだい)に大(おほき)く水(みづ)に浸(ひた)つたのは唯(ただ)小山(こやま)のやう。」

「(可(いゝ)塩梅(あんばい)に今日(けふ)は水(みづ)がふへて居(を)りますから、中(なか)に入(はい)りませんでも此上(このうへ)で可(よ)うございます。)と甲(かう)を浸(ひた)して爪先(つまさき)を屈(かゞ)めながら、雪(ゆき)のやうな素足(すあし)で石(いし)の盤(ばん)の上(うへ)に立(た)つて居(ゐ)た。
 自分達(じぶんだち)が立(た)つた側(がは)は、却(かへ)つて此方(こなた)の山(やま)の裾(すそ)が水(みづ)に迫(せま)つて、丁度(ちやうど)切穴(きりあな)の形(かたち)になつて、其処(そこ)へ此(こ)の石(いし)を箝(は)めたやうな誂(あつらへ)。川上(かはかみ)も下流(かりう)も見(み)えぬが、向(むか)ふの彼(か)の岩山(いはやま)、九十九折(つゞらをれ)のやうな形(かたち)、流(ながれ)は五尺(しやく)、三尺(しやく)、一間(けん)ばかりづゝ上流(じやうりう)の方(はう)が段々(だん/″\)遠(とほ)く、飛々(とび/″\)に岩(いは)をかゞつたやうに隠見(いんけん)して、いづれも月光(げつくわう)を浴(あ)びた、銀(ぎん)の鎧(よろひ)の姿(すがた)、目(ま)のあたり近(ちか)いのはゆるぎ糸(いと)を捌(さば)くが如(ごと)く真白(まツしろ)に飜(ひるがへ)つて。
(結構(けつこう)な流(ながれ)でございますな。)
(はい、此(こ)の水(みづ)は源(みなもと)が瀧(たき)でございます、此山(このやま)を旅(たび)するお方(かた)は皆(みな)大風(おほかぜ)のやうな音(おと)を何処(どこ)かで聞(き)きます。貴僧(あなた)は此方(こちら)へ被入(いら)つしやる道(みち)でお心着(こゝろづ)きはなさいませんかい。)
 然(さ)ればこそ山蛭(やまびる)の大藪(おほやぶ)へ入(はい)らうといふ少(すこ)し前(まへ)から其(そ)の音(おと)を。
(彼(あれ)は林(はやし)へ風(かぜ)の当(あた)るのではございませんので?)
(否(いえ)、誰(たれ)でも然(さ)う申(まを)します那(あ)の森(もり)から三里(り)ばかり傍道(わきみち)へ入(はい)りました処(ところ)に大瀧(おほたき)があるのでございます、其(そ)れは/\日本一(にツぽんいち)ださうですが路(みち)が嶮(けは)しうござんすので、十人(にん)に一人(ひとり)参(まゐ)つたものはございません。其(そ)の瀧(たき)が荒(あ)れましたと申(まを)しまして丁度(ちやうど)今(いま)から十三年(ねん)前(まへ)、可恐(おそろ)しい洪水(おほみづ)がございました、恁麼(こんな)高(たか)いところまで川(かは)の底(そこ)になりましてね、麓(ふもと)の村(むら)も山(やま)の家(いへ)も残(のこ)らず流(なが)れて了(しま)ひました。此(こ)の上(かみ)の洞(ほら)もはじめは二十軒(けん)ばかりあつたのでござんす、此(こ)の流(なが)れも其時(そのとき)から出来(でき)ました、御覧(ごらん)なさいましな、此(こ)の通(とほ)り皆(みな)石(いし)が流(なが)れたのでございますよ。)
 婦人(をんな)は何時(いつ)かもう米(こめ)を精(しら)げ果(は)てゝ、衣紋(えもん)の乱(みだ)れた、乳(ち)の端(はし)もほの見(み)ゆる、膨(ふく)らかな胸(むね)を反(そ)らして立(た)つた、鼻(はな)高(たか)く口(くち)を結(むす)んで目(め)を恍惚(うつとり)と上(うへ)を向(む)いて頂(いたゞき)を仰(あふ)いだが、月(つき)はなほ半腹(はんぷく)の其(そ)の累々(るゐ/\)たる巌(いはほ)を照(て)らすばかり。
(今(いま)でも恁(か)うやつて見(み)ますと恐(こは)いやうでございます。)と屈(かゞ)んで二の腕(うで)の処(ところ)を洗(あら)つて居(ゐ)ると。
(あれ、貴僧(あなた)、那様(そんな)行儀(ぎやうぎ)の可(い)いことをして被在(ゐら)しつてはお召(めし)が濡(ぬ)れます、気味(きみ)が悪(わる)うございますよ、すつぱり裸体(はだか)になつてお洗(あら)ひなさいまし、私(わたし)が流(なが)して上(あ)げませう。)
(否(いえ)、)
(否(いえ)ぢやあござんせぬ、それ、それ、お法衣(ころも)の袖(そで)に浸(ひた)るではありませんか、)といふと突然(いきなり)背後(うしろ)から帯(おび)に手(て)をかけて、身悶(みもだえ)をして縮(ちゞ)むのを、邪慳(じやけん)らしくすつぱり脱(ぬ)いで取(と)つた。
 私(わし)は師匠(ししやう)が厳(きびし)かつたし、経(きやう)を読(よ)む身体(からだ)ぢや、肌(はだ)さへ脱(ぬ)いだことはついぞ覚(おぼ)えぬ。然(しか)も婦人(をんな)の前(まへ)、蝸牛(まひ/\つぶろ)が城(しろ)を明(あ)け渡(わた)したやうで、口(くち)を利(き)くさへ、況(ま)して手足(てあし)のあがきも出来(でき)ず背中(せなか)を丸(まる)くして、膝(ひざ)を合(あ)はせて、縮(ちゞ)かまると、婦人(をんな)は脱(ぬ)がした法衣(ころも)を傍(かたはら)の枝(えだ)へふわりとかけた。
(お召(めし)は恁(か)うやつて置(お)きませう、さあお背(せな)を、あれさ、じつとして。お嬢様(ぢやうさま)と有仰(おつしや)つて下(くだ)さいましたお礼(れい)に、叔母(をば)さんが世話(せわ)を焼(や)くのでござんす、お人(ひと)の悪(わる)い、)といつて片袖(かたそで)を前歯(まへば)で引上(ひきあ)げ、
 玉(たま)のやうな二の腕(うで)をあからさまに背中(せなか)に乗(の)せたが、熟(じつ)と見(み)て、
(まあ、)
(何(ど)うかいたしてをりますか。)
(痣(あざ)のやうになつて一面(めん)に。)
(えゝ、それでございます、酷(ひど)い目(め)に逢(あ)ひました。)
 思(おも)ひ出(だ)しても悚然(ぞツ)とするて。」

「婦人(をんな)は驚(おどろ)いた顔(かほ)をして、
(それでは森(もり)の中(なか)で、大変(たいへん)でございますこと。旅(たび)をする人(ひと)が、飛騨(ひだ)の山(やま)では蛭(ひる)が降(ふ)るといふのは彼処(あすこ)でござんす。貴僧(あなた)は抜道(ぬけみち)を御存(ごぞん)じないから正面(まとも)に蛭(ひる)の巣(す)をお通(とほ)りなさいましたのでございますよ。お生命(いのち)も冥加(みやうが)な位(くらゐ)、馬(うま)でも牛(うし)でも吸殺(すひころ)すのでございますもの。然(しか)し疼(うづ)くやうにお痒(かゆ)いのでござんせうね。)
(唯今(たゞいま)では最(も)う痛(いた)みますばかりになりました。)
(それでは恁麼(こんな)ものでこすりましては柔(やはらか)いお肌(はだ)が擦剥(すりむ)けませう、)といふと手(て)が綿(わた)のやうに障(さは)つた。
 それから両方(りようはう)の肩(かた)から、背(せな)、横腹(よこばら)、臀(いしき)、さら/\水(みづ)をかけてはさすつてくれる。
 それがさ、骨(ほね)に通(とほ)つて冷(つめた)いかといふと然(さ)うではなかつた。暑(あつ)い時分(じぶん)ぢやが、理屈(りくつ)をいふと恁(か)うではあるまい、私(わし)の血(ち)が湧(わ)いたせいか、婦人(をんな)の温気(ぬくみ)か、手(て)で洗(あら)つてくれる水(みづ)が可(いゝ)工合(ぐあひ)に身(み)に染(し)みる、尤(もツと)も質(たち)の佳(い)い水(みづ)は柔(やはらか)ぢやさうな。
 其(そ)の心地(こゝち)の得(え)もいはれなさで、眠気(ねむけ)がさしたでもあるまいが、うと/\する様子(やうす)で、疵(きず)の痛(いた)みがなくなつて気(き)が遠(とほ)くなつてひたと附(くツ)ついて居(ゐ)る婦人(をんな)の身体(からだ)で、私(わし)は花(はな)びらの中(なか)へ包(つゝ)まれたやうな工合(ぐあひ)。
 山家(やまが)の者(もの)には肖合(にあ)はぬ、都(みやこ)にも希(まれ)な器量(きりやう)はいふに及(およ)ばぬが弱々(よわ/\)しさうな風采(ふう)ぢや、背(せなか)を流(なが)す内(うち)にもはツ/\と内証(ないしよう)で呼吸(いき)がはづむから、最(も)う断(ことは)らう/\と思(おも)ひながら、例(れい)の恍惚(うつとり)で、気(き)はつきながら洗(あら)はした。
 其上(そのうへ)、山(やま)の気(き)か、女(をんな)の香(にほひ)か、ほんのりと佳(い)い薫(かほり)がする、私(わし)は背後(うしろ)でつく息(いき)ぢやらうと思(おも)つた。」
 上人(しやうにん)は一寸(ちよいと)句切(くぎ)つて、
「いや、お前様(まんさま)お手近(てちか)ぢや、其(そ)の明(あかり)を掻立(かきた)つて貰(もら)ひたい、暗(くら)いと怪(け)しからぬ話(はなし)ぢや、此処等(ここら)から一番(ばん)野面(のづら)で遣(やツ)つけやう。」
 枕(まくら)を並(なら)べた上人(しやうにん)の姿(すがた)も朧(おぼろ)げに明(あかり)は暗(くら)くなつて居(ゐ)た、早速(さつそく)燈心(とうしん)を明(あかる)くすると、上人(しやうにん)は微笑(ほゝゑ)みながら続(つゞ)けたのである。
「さあ、然(さ)うやつて何時(いつ)の間(ま)にやら現(うつゝ)とも無(な)しに、恁(か)う、其(そ)の不思議(ふしぎ)な、結構(けつこう)な薫(かほり)のする暖(あツたか)い花(はな)の中(なか)へ、柔(やはら)かに包(つゝ)まれて、足(あし)、腰(こし)、手(て)、肩(かた)、頸(えり)から次第(しだい)に、天窓(あたま)まで一面(めん)に被(かぶ)つたから吃驚(びツくり)、石(いし)に尻持(しりもち)を搗(つ)いて、足(あし)を水(みづ)の中(なか)に投出(なげだ)したから落(お)ちたと思(おも)ふ途端(とたん)に、女(をんな)の手(て)が脊後(うしろ)から肩越(かたこし)に胸(むね)をおさへたので確(しつか)りつかまつた。
(貴僧(あなた)、お傍(そば)に居(ゐ)て汗臭(あせくさ)うはござんせぬかい飛(とん)だ暑(あつ)がりなんでございますから、恁(か)うやつて居(を)りましても恁麼(こんな)でございますよ。)といふ胸(むね)にある手(て)を取(と)つたのを、慌(あは)てゝ放(はな)して棒(ぼう)のやうに立(た)つた。
(失礼(しつれい)、)
(いゝえ誰(たれ)も見(み)て居(を)りはしませんよ。)と澄(す)まして言(い)ふ、婦人(をんな)も何時(いつ)の間(ま)にか衣服(きもの)を脱(ぬ)いで全身(ぜんしん)を練絹(ねりぎぬ)のやうに露(あら)はして居(ゐ)たのぢや。
 何(なん)と驚(おどろ)くまいことか。
(恁麼(こんな)に太(ふと)つて居(を)りますから、最(も)うお可愧(はづか)しいほど暑(あつ)いのでございます、今時(いまどき)は毎日(まいにち)二度(ど)も三度(ど)も来(き)ては恁(か)うやつて汗(あせ)を流(なが)します、此(こ)の水(みづ)がございませんかつたら何(ど)ういたしませう、貴僧(あなた)、お手拭(てぬぐひ)。)といつて絞(しぼ)つたのを寄越(よこ)した。
(其(それ)でおみ足(あし)をお拭(ふ)きなさいまし。)
 何時(いつ)の間(ま)にか、体(からだ)はちやんと拭(ふ)いてあつた、お話(はな)し申(まを)すも恐多(おそれおほ)いか、はゝはゝはゝ。」

「なるほど見(み)た処(ところ)、衣服(きもの)を着(き)た時(とき)の姿(すがた)とは違(ちが)ふて肉(しゝ)つきの豊(ゆたか)な、ふつくりとした膚(はだへ)。
(先刻(さツき)小屋(こや)へ入(はい)つて世話(せわ)をしましたので、ぬら/\した馬(うま)の鼻息(はないき)が体中(からだぢゆう)へかゝつて気味(きみ)が悪(わる)うござんす。丁度(ちやうど)可(よ)うございますから私(わたし)も体(からだ)を拭(ふ)きませう、)
と姉弟(あねおとうと)が内端話(うちはばなし)をするやうな調子(てうし)。手(て)をあげて黒髪(くろかみ)をおさへながら腋(わき)の下(した)を手拭(てぬぐひ)でぐいと拭(ふ)き、あとを両手(りやうて)で絞(しぼ)りながら立(た)つた姿(すがた)、唯(たゞ)これ雪(ゆき)のやうなのを恁(かゝ)る霊水(れいすい)で清(きよ)めた、恁云(かうい)ふ女(をんな)の汗(あせ)は薄紅(うすくれなゐ)になつて流(なが)れやう。
 一寸(ちよい)/\と櫛(くし)を入(い)れて、
(まあ、女(をんな)がこんなお転婆(てんば)をいたしまして、川(かは)へ落(おつ)こちたら何(ど)うしませう、川下(かはしも)へ流(なが)れて出(で)ましたら、村里(むらさと)の者(もの)が何(なん)といつて見(み)ませうね。)
(白桃(しろもゝ)の花(はな)だと思(おも)ひます。)と弗(ふ)と心着(こゝろつ)いて何(なん)の気(き)もなしにいふと、顔(かほ)が合(あ)ふた。
 すると然(さ)も嬉(うれ)しさうに莞爾(にツこり)して其時(そのとき)だけは初々(うゐ/\)しう年紀(とし)も七ツ八ツ若(わか)やぐばかり、処女(きむすめ)の羞(はぢ)を含(ふく)んで下(した)を向(む)いた。
 私(わし)は其(その)まゝ目(め)を外(そ)らしたが、其(そ)の一段(だん)の婦人(をんな)の姿(すがた)が月(つき)を浴(あ)びて、薄(うす)い煙(けぶり)に包(つゝ)まれながら向(むか)ふ岸(ぎし)の※(しぶき)[#「さんずい+散」、U+6F75、36-13]に濡(ぬ)れて黒(くろ)い、滑(なめら)かな、大(おほき)な石(いし)へ蒼味(あをみ)を帯(お)びて透通(すきとほ)つて映(うつ)るやうに見(み)えた。
 するとね、夜目(よめ)で判然(はつきり)とは目(め)に入(い)らなんだが地体(ぢたい)何(なん)でも洞穴(ほらあな)があると見(み)える。ひら/\と、此方(こちら)からもひら/\と、ものゝ鳥(とり)ほどはあらうといふ大蝙蝠(おほかはほり)が目(め)を遮(さへぎ)つた。
(あれ、不可(いけな)いよ、お客様(きやくさま)があるぢやないかね。)
 不意(ふい)を打(う)たれたやうに叫(さけ)んで身悶(みもだえ)をしたのは婦人(をんな)。
(何(ど)うかなさいましたか、)最(も)うちやんと法衣(ころも)を着(き)たから気丈夫(きぢやうぶ)に尋(たづ)ねる。
(否(いゝえ)、)
といつたばかりで極(きまり)が悪(わる)さうに、くるりと後向(うしろむき)になつた。
 其時(そのとき)小犬(こいぬ)ほどな鼠色(ねづみいろ)の小坊主(こばうず)が、ちよこ/\とやつて来(き)て、※(「口+阿」、第4水準2-4-5)呀(あなや)と思(おも)ふと、崖(がけ)から横(よこ)に宙(ちゆう)をひよいと、背後(うしろ)から婦人(をんな)の背中(せなか)へぴつたり。
 裸体(はだか)の立姿(たちすがた)は腰(こし)から消(き)えたやうになつて、抱(だき)ついたものがある。
(畜生(ちくしやう)お客様(きやくさま)が見(み)えないかい。)
と声(こゑ)に怒(いかり)を帯(お)びたが、
(お前達(まへだち)は生意気(なまいき)だよ、)と激(はげ)しくいひさま、腋(わき)の下(した)から覗(のぞ)かうとした件(くだん)の動物(どうぶつ)の天窓(あたま)を振返(ふりかへ)りさまにくらはしたで。
 キツヽヽといふて奇声(きせい)を放(はな)つた、件(くだん)の小坊主(こばうず)は其(その)まゝ後飛(うしろと)びに又(また)宙(ちゆう)を飛(と)んで、今(いま)まで法衣(ころも)をかけて置(お)いた枝(えだ)の尖(さき)へ長(なが)い手(て)で釣(つる)し下(さが)つたと思(おも)ふと、くるりと釣瓶覆(つるべがへし)に上(うへ)へ乗(の)つて、其(それ)なりさら/\と木登(きのぼり)をしたのは、何(なん)と猿(さる)ぢやあるまいか。
 枝(えだ)から枝(えだ)を伝(つた)ふと見(み)えて、見上(みあ)げるやうに高(たか)い木(き)の、軈(やが)て梢(こずえ)まで、かさ/\がさり。
 まばらに葉(は)の中(なか)を透(す)かして月(つき)は山(やま)の端(は)を放(はな)れた、其(そ)の梢(こずえ)のあたり。
 婦人(をんな)はものに拗(す)ねたやう、今(いま)の悪戯(いたづら)、いや、毎々(まい/\)、蟇(ひき)と蝙蝠(かはほり)とお猿(さる)で三度(ど)ぢや。
 其(そ)の悪戯(いたづら)に多(いた)く機嫌(きげん)を損(そこ)ねた形(かたち)、あまり子供(こども)がはしやぎ過(す)ぎると、若(わか)い母様(おふくろ)には得(え)てある図(づ)ぢや、
本当(ほんたう)に怒(おこ)り出(だ)す。
 といつた風情(ふぜい)で面倒臭(めんだうくさ)さうに衣服(きもの)を着(き)て居(ゐ)たから、私(わし)は何(なんに)も問(と)はずに少(ちい)さくなつて黙(だま)つて控(ひか)へた。」

「優(やさ)しいなかに強(つよ)みのある、気軽(きがる)に見(み)えても何処(どこ)にか落着(おちつき)のある、馴々(なれ/\)しくて犯(をか)し易(やす)からぬ品(ひん)の可(い)い、如何(いか)なることにもいざとなれば驚(おどろ)くに足(た)らぬといふ身(み)に応(こたへ)のあるといつたやうな風(ふう)の婦人(をんな)、恁(か)く嬌瞋(きやうしん)を発(はつ)しては屹度(きつと)可(い)いことはあるまい、今(いま)此(こ)の婦人(をんな)に邪慳(じやけん)にされては木(き)から落(お)ちた猿(さる)同然(どうぜん)ぢやと、おつかなびつくりで、おづ/\控(ひか)へて居(ゐ)たが、いや案(あん)ずるより産(うむ)が安(やす)い。
(貴僧(あなた)、嘸(さぞ)をかしかつたでござんせうね、)と自分(じぶん)でも思(おも)ひ出(だ)したやうに快(こゝろよ)く微笑(ほゝゑ)みながら、
(為(し)やうがないのでございますよ。)
 以前(いぜん)と変(かは)らず心安(こゝろやす)くなつた、帯(おび)も早(は)や締(し)めたので、
(其(それ)では家(うち)へ帰(かへ)りませう。)と米磨桶(こめとぎをけ)を小脇(こわき)にして、草履(ざうり)を引(ひつ)かけて衝(つ)と崖(がけ)へ上(のぼ)つた。
(お危(あぶの)うござんすから、)
(否(いえ)、もう大分(だいぶ)勝手(かつて)が分(わか)つて居(を)ります。)
 づツと心得(こゝろえ)た意(つもり)ぢやつたが、扨(さて)上(あが)る時(とき)見(み)ると思(おも)ひの外(ほか)上(うへ)までは大層(たいそう)高(たか)い。
 軈(やが)て又(また)例(れい)の木(き)の丸太(まるた)を渡(わた)るのぢやが、前刻(さつき)もいつた通(とほり)草(くさ)のなかに横倒(よこだふ)れになつて居(ゐ)る、木地(きぢ)が恁(か)う丁度(ちやうど)鱗(うろこ)のやうで譬(たとへ)にも能(よ)くいふが松(まつ)の木(き)は蝮(うわばみ)に似(に)て居(ゐ)るで。
 殊(こと)に崖(がけ)を、上(うへ)の方(はう)へ、可(いゝ)塩梅(あんばい)に畝(うね)つた様子(やうす)が、飛(とん)だものに持(も)つて来(こ)いなり、凡(およ)そ此(こ)の位(くらゐ)な胴中(どうなか)の長虫(ながむし)がと思(おも)ふと、頭(かしら)と尾(を)を草(くさ)に隠(かく)して月(つき)あかりに歴然(あり/\)とそれ。
 山路(やまみち)の時(とき)を思(おも)ひ出(だ)すと我(われ)ながら足(あし)が窘(すく)む。
 婦人(をんな)は親切(しんせつ)に後(うしろ)を気遣(きづか)ふては気(き)を着(つ)けてくれる。
(其(それ)をお渡(わた)りなさいます時(とき)、下(した)を見(み)てはなりません丁度(ちやうど)中途(ちゆうと)で余程(よつぽど)谷(たに)が深(ふか)いのでございますから、目(め)が廻(まふ)と悪(わる)うござんす。)
(はい。)
 愚図々々(ぐづ/\)しては居(ゐ)られぬから、我身(わがみ)を笑(わら)ひつけて、先(ま)づ乗(の)つた。引(ひつ)かゝるやう、刻(きざ)が入(いれ)てあるのぢやから、気(き)さい確(たしか)なら足駄(あしだ)でも歩行(ある)かれる。
 其(それ)がさ、一件(けん)ぢやから耐(たま)らぬて、乗(の)ると恁(か)うぐら/\して柔(やはら)かにずる/\と這(は)ひさうぢやから、わつといふと引跨(ひんまた)いで腰(こし)をどさり。
(あゝ、意気地(いくぢ)はございませんねえ。足駄(あしだ)では無理(むり)でございませう、是(これ)とお穿(は)き換(か)へなさいまし、あれさ、ちやんといふことを肯(き)くんですよ。)
 私(わし)はその前刻(さつき)から何(なん)となく此(この)婦人(をんな)に畏敬(ゐけい)の念(ねん)が生(しやう)じて善(ぜん)か悪(あく)か、何(ど)の道(みち)命令(めいれい)されるやうに心得(こゝろえ)たから、いはるゝままに草履(ざうり)を穿(は)いた。
 するとお聞(き)きなさい、婦女(をんな)は足駄(あしだ)を穿(は)きながら手(て)を取(と)つてくれます。
 忽(たちま)ち身(み)が軽(かる)くなつたやうに覚(おぼ)えて、訳(わけ)なく後(うしろ)に従(したが)ふて、ひよいと那(あ)の孤家(ひとつや)の背戸(せど)の端(はた)へ出(で)た。
 出会頭(であひがしら)に声(こゑ)を懸(か)けたものがある。
(やあ、大分(だいぶ)手間(てま)が取(と)れると思(おも)つたに、御坊様(おばうさま)旧(もと)の体(からだ)で帰(かへ)らつしやつたの、)
(何(なに)をいふんだね、小父様(をぢさま)家(うち)の番(ばん)は何(ど)うおしだ。)
(もう可(い)い時分(じぶん)ぢや、又(また)私(わし)も余(あんま)り遅(おそ)うなつては道(みち)が困(こま)るで、そろ/\青(あを)を引出(ひきだ)して支度(したく)して置(お)かうと思(おも)ふてよ。)
(其(それ)はお待遠(まちどう)でござんした。)
(何(なに)さ行(い)つて見(み)さつしやい御亭主(ごていしゆ)は無事(ぶじ)ぢや、いやなかなか私(わし)が手(て)には口説落(くどきおと)されなんだ、はゝゝゝはゝ。)と意味(いみ)もないことを大笑(たいせう)して、親仁(おやぢ)は厩(うまや)の方(かた)へてく/\と行(い)つた。
 白痴(ばか)はおなじ処(ところ)に猶(なほ)形(かたち)を存(そん)して居(ゐ)る、海月(くらげ)も日(ひ)にあたらねば解(と)けぬと見(み)える。」

「ヒイヽン! 叱(しつ)、どうどうどうと背戸(せど)を廻(まわ)る蹄(ひづめ)の音(おと)が椽(えん)へ響(ひゞ)いて親仁(おやぢ)は一頭(とう)の馬(うま)を門前(もんぜん)へ引出(ひきだ)した。
 轡頭(くつはづら)を取(と)つて立(た)ちはだかり、
(嬢様(ぢやうさま)そんなら此儘(このまゝ)で私(わし)参(まゐ)りやする、はい、御坊様(おばうさま)に沢山(たくさん)御馳走(ごちさう)して上(あ)げなされ。)
 婦人(をんな)は炉縁(ろぶち)に行燈(あんどう)を引附(ひきつ)け、俯向(うつむ)いて鍋(なべ)の下(した)を焚(いぶ)して居(ゐ)たが振仰(ふりあふ)ぎ、鉄(てつ)の火箸(ひばし)を持(も)つた手(て)を膝(ひざ)に置(お)いて、
(御苦労(ごくらう)でござんす。)
(いんえ御懇(ごねむごろ)には及(およ)びましねえ。叱(しつ)!、)と荒縄(あらなは)の綱(つな)を引(ひ)く。青(あを)で蘆毛(あしげ)、裸馬(はだかうま)で逞(たくま)しいが、鬣(たてがみ)の薄(うす)い牡(おす)ぢやわい。
 其(その)馬(うま)がさ、私(わし)も別(べつ)に馬(うま)は珍(めづ)らしうもないが、白痴殿(ばかどの)の背後(うしろ)に畏(かしこま)つて手持不沙汰(てもちぶさた)ぢやから今(いま)引(ひ)いて行(ゆ)かうとする時(とき)椽側(えんがは)へひらりと出(で)て、
(其(その)馬(うま)は何処(どこ)へ。)
(おゝ、諏訪(すは)の湖(みづうみ)の辺(あたり)まで馬市(うまいち)へ出(だ)しやすのぢや、これから明朝(あした)御坊様(おばうさま)が歩行(ある)かつしやる山路(やまみち)を越(こ)えて行(ゆ)きやす。)
(もし其(それ)へ乗(の)つて今(いま)からお遁(に)げ遊(あそ)ばすお意(つもり)ではないかい。)
 婦人(をんな)は慌(あはた)だしく遮(さへぎ)つて声(こゑ)を懸(か)けた。
(いえ、勿体(もツたい)ない、修行(しゆぎやう)の身(み)が馬(うま)で足休(あしやす)めをしませうなぞとは存(ぞん)じませぬ。)
(何(なん)でも人間(にんげん)を乗(の)つけられさうな馬(うま)ぢやあござらぬ。御坊様(おばうさま)は命拾(いのちびろひ)をなされたのぢやで、大人(おとな)しうして嬢様(ぢやうさま)の袖(そで)の中(なか)で、今夜(こんや)は助(たす)けて貰(もら)はつしやい。然様(さやう)ならちよつくら行(い)つて参(まゐ)りますよ。)
(あい。)
(畜生(ちくしやう)、)といつたが馬(うま)は出(で)ないわ。びく/\と蠢(うごめ)いて見(み)える大(おほき)な鼻面(はなツつら)を此方(こちら)へ捻(ね)ぢ向(む)けて頻(しきり)に私等(わしら)が居(ゐ)る方(はう)を見(み)る様子(やうす)。
(どう/\どう、畜生(ちくしやう)これあだけた獣(けもの)ぢや、やい!)
 右左(みぎひだり)にして綱(つな)を引張(ひつぱ)つたが、脚(あし)から根(ね)をつけた如(ごと)くにぬつくと立(た)つて居(ゐ)てびくともせぬ。
 親仁(おやぢ)大(おほい)に苛立(いらだ)つて、叩(たゝ)いたり、打(ぶ)つたり、馬(うま)の胴体(どうたい)について二三度(ど)ぐる/\と廻(ま)はつたが少(すこ)しも歩(ある)かぬ。肩(かた)でぶツつかるやうにして横腹(よこばら)に体(たい)をあてた時(とき)、漸(やうや)う前足(まへあし)を上(あ)げたばかり又(また)四脚(あし)を突張(つツぱ)り抜(ぬ)く。
(嬢様(ぢやうさま)々々(/\)。)
と親仁(おやぢ)が喚(わめ)くと、婦人(をんな)は一寸(ちよいと)立(た)つて白(しろ)い爪(つま)さきをちよろちよろと真黒(まツくろ)に煤(すゝ)けた太(ふと)い柱(はしら)を楯(たて)に取(と)つて、馬(うま)の目(め)の届(とゞ)かぬほどに小隠(こがく)れた。
 其内(そのうち)腰(こし)に挟(はさ)んだ、煮染(にし)めたやうな、なへ/\の手拭(てぬぐひ)を抜(ぬ)いて克明(こくめい)に刻(きざ)んだ額(ひたひ)の皺(しは)の汗(あせ)を拭(ふ)いて、親仁(おやぢ)は之(これ)で可(よ)しといふ気組(きぐみ)、再(ふたゝ)び前(まへ)へ廻(まは)つたが、旧(きう)に依(よ)つて貧乏動(びんぼうゆるぎ)もしないので、綱(つな)に両手(りやうて)をかけて足(あし)を揃(そろ)へて反返(そりかへ)るやうにして、うむと総身(さうみ)の力(ちから)を入(い)れた。途端(とたん)に何(ど)うぢやい。
 凄(すさま)じく嘶(いなゝ)いて前足(まへあし)を両方(りやうはう)中空(なかぞら)へ飜(ひるがへ)したから、小(ちひさ)な親仁(おやぢ)は仰向(あふむ)けに引(ひツ)くりかへつた、づどんどう、月夜(つきよ)に砂煙(すなけぶり)が※(ぱツ)[#「火+發」、U+243CB、42-10]と立(た)つ。
 白痴(ばか)にも之(これ)は可笑(をかし)かつたらう、此時(このとき)ばかりぢや、真直(まツすぐ)に首(くび)を据(す)ゑて厚(あつ)い唇(くちびる)をばくりと開(あ)けた、大粒(おほつぶ)な歯(は)を露出(むきだ)して、那(あ)の宙(ちゆう)へ下(さ)げて居(ゐ)る手(て)を風(かぜ)で煽(あふ)るやうに、はらり/\。
(世話(せわ)が焼(や)けることねえ、)
 婦人(をんな)は投(な)げるやうにいつて草履(ざうり)を突(つツ)かけて土間(どま)へついと出(で)る。
(嬢様(ぢやうさま)勘違(かんちが)ひさつしやるな、これはお前様(まへさま)ではないぞ、何(なん)でもはじめから其処(そこ)な御坊様(おばうさま)に目(め)をつけたつけよ、畜生(ちくしやう)俗縁(ぞくえん)があるだツぺいわさ。)
 俗縁(ぞくえん)は驚(おどろ)いたい。
 すると婦人(をんな)が、
(貴僧(あなた)こゝへ入(い)らつしやる路(みち)で誰(だれ)にかお逢(あ)ひなさりはしませんか。)」

「(はい、辻(つぢ)の手前(てまへ)で富山(とやま)の反魂丹売(はんごんたんうり)に逢(あ)ひましたが、一足(あし)前(さき)に矢張(やツぱり)此(この)路(みち)へ入(はい)りました。)
(あゝ、然(さ)う、)と会心(くわいしん)の笑(ゑみ)を洩(も)らして婦人(をんな)は蘆毛(あしげ)の方(はう)を見(み)た、凡(およ)そ耐(たま)らなく可笑(をか)しいといつた仂(はした)ない風采(とりなり)で。
 極(きは)めて与(くみ)し易(やす)う見(み)えたので、
(もしや此家(こちら)へ参(まゐ)りませなんだでございませうか。)
(否(いゝえ)、存(ぞん)じません。)といふ時(とき)忽(たちま)ち犯(をか)すべからざる者(もの)になつたから、私(わし)は口(くち)をつぐむと、婦人(をんな)は、匙(さぢ)を投(な)げて衣(きぬ)の塵(ちり)を払(はら)ふて居(ゐ)る馬(うま)の前足(まへあし)の下(した)に小(ちい)さな親仁(おやぢ)を見向(みむ)いて、
(為様(しやう)がないねえ、)といひながら、かなぐるやうにして、其(そ)の細帯(ほそおび)を解(と)きかけた、片端(かたはし)が土(つち)へ引(ひ)かうとするのを、掻取(かいと)つて一寸(ちよいと)猶予(ためら)ふ。
(あゝ、あゝ、)と濁(にご)つた声(こゑ)を出(だ)して白痴(あはう)が件(くだん)のひよろりとした手(て)を差向(さしむ)けたので、婦人(をんな)は解(と)いたのを渡(わた)して遣(や)ると、風呂敷(ふろしき)を寛(ひろ)げたやうな、他愛(たあい)のない、力(ちから)のない、膝(ひざ)の上(うへ)へわがねて宝物(はうもつ)を守護(しゆご)するやうぢや。
 婦人(をんな)は衣紋(えもん)を抱合(かきあ)はせ、乳(ちゝ)の下(した)でおさへながら静(しづ)かに土間(どま)を出(で)て馬(うま)の傍(わき)へつゝと寄(よ)つた。
 私(わし)は唯(たゞ)呆気(あつけ)に取(と)られて見(み)て居(ゐ)ると、爪立(つまだて)をして伸上(のびあが)り、手(て)をしなやかに空(そら)ざまにして、二三度(ど)鬣(たてがみ)を撫(な)でたが。
 大(おほき)な鼻頭(はなづら)の正面(しやうめん)にすつくりと立(た)つた。丈(せい)もすら/\と急(きふ)に高(たか)くなつたやうに見(み)えた、婦人(をんな)は目(め)を据(す)ゑ、口(くち)を結(むす)び、眉(まゆ)を開(ひら)いて恍惚(うつとり)となつた有様(ありさま)、愛嬌(あいけう)も嬌態(しな)も、世話(せわ)らしい打解(うちと)けた風(ふう)は頓(とみ)に失(う)せて、神(しん)か、魔(ま)かと思(おも)はれる。
 其時(そのとき)裏(うら)の山(やま)、向(むか)ふの峯(みね)、左右(さいう)前後(ぜんご)にすく/\とあるのが、一ツ一ツ嘴(くちばし)を向(む)け、頭(かしら)を擡(もた)げて、此(こ)の一落(らく)の別天地(べツてんち)、親仁(おやぢ)を下手(したで)に控(ひか)へ、馬(うま)に面(めん)して彳(たゝず)んだ月下(げツか)の美女(びぢよ)の姿(すがた)を差覗(さしのぞ)くが如(ごと)く、陰々(いん/\)として深山(しんざん)の気(き)が籠(こも)つて来(き)た。
 生(なま)ぬるい風(かぜ)のやうな気勢(けはひ)がすると思(おも)ふと、左(ひだり)の肩(かた)から片膚(かたはだ)を脱(ぬ)いたが、右(みぎ)の手(て)を脱(はづ)して、前(まへ)へ廻(まは)し、ふくらんだ胸(むね)のあたりで着(き)て居(ゐ)た其(そ)の単衣(ひとへ)を丸(まろ)げて持(も)ち、霞(かすみ)も絡(まと)はぬ姿(すがた)になつた。
 馬(うま)は背(せな)、腹(はら)の皮(かは)を弛(ゆる)めて汗(あせ)もしとゞに流(なが)れんばかり、突張(つツぱ)つた脚(あし)もなよ/\として身震(みぶるひ)をしたが、鼻面(はなづら)を地(ち)につけて、一掴(つかみ)の白泡(しろあは)を吹出(ふきだ)したと思(おも)ふと前足(まへあし)を折(を)らうとする。
 其時(そのとき)、頤(あぎと)の下(した)へ手(て)をかけて、片手(かたて)で持(も)つて居(ゐ)た単衣(ひとへ)をふわりと投(な)げて馬(うま)の目(め)を蔽(おほ)ふが否(いな)や、
 兎(うさぎ)は躍(をど)つて、仰向(あふむ)けざまに身(み)を飜(ひるがへ)し、妖気(えうき)を籠(こ)めて朦朧(まうろう)とした月(つき)あかりに、前足(まへあし)の間(あひだ)に膚(はだ)が挟(はさま)つたと思(おも)ふと、衣(きぬ)を脱(はづ)して掻取(かいと)りながら下腹(したばら)を衝(つ)と潜(くゞ)つて横(よこ)に抜(ぬ)けて出(で)た。
 親仁(おやぢ)は差心得(さしこゝろえ)たものと見(み)える、此(こ)の機(きツ)かけに手綱(たづな)を引(ひ)いたから、馬(うま)はすた/\と健脚(けんきやく)を山路(やまぢ)に上(あ)げた、しやん、しやんしやん、しやんしやん、しやんしやん、――見(み)る間(ま)に眼界(がんかい)を遠(とほ)ざかる。
 婦人(をんな)は早(は)や衣服(きもの)を引(ひツ)かけて椽側(えんがは)へ入(はい)つて来(き)て、突然(いきなり)帯(おび)を取(と)らうとすると、白痴(ばか)は惜(を)しさうに押(おさ)へて放(はな)さず、手(て)を上(あ)げて。婦人(をんな)の胸(むね)を圧(おさ)へやうとした。
 邪慳(じやけん)に払(はら)ひ退(の)けて、屹(きツ)と睨(にら)むで見(み)せると、其(その)まゝがつくりと頭(かうべ)を垂(た)れた、総(すべ)ての光景(くわうけい)は行燈(あんどう)の火(ひ)も幽(かす)かに幻(まぼろし)のやうに見(み)えたが、炉(ろ)にくべた柴(しば)がひら/\と炎先(ほさき)を立(た)てたので、婦人(をんな)は衝(つ)と走(はし)つて入(はい)る。空(そら)の月(つき)のうらを行(ゆ)くと思(おも)ふあたり遥(はるか)に馬子唄(まごうた)が聞(きこ)えたて。)」[#「)」」はママ]

「さて、其(それ)から御飯(ごはん)の時(とき)ぢや、膳(ぜん)には山家(やまが)の香(かう)の物(もの)、生姜(はじかみ)の漬(つ)けたのと、わかめを茹(う)でたの、塩漬(しほづけ)の名(な)も知(し)らぬ蕈(きのこ)の味噌汁(みそじる)、いやなか/\人参(にんじん)と干瓢(かんぺう)どころではござらぬ。
 品物(しなもの)は佗(わび)しいが、なか/\の御手料理(おてれうり)、餓(う)えては居(ゐ)るし冥加(みやうが)至極(しごく)なお給仕(きふじ)、盆(ぼん)を膝(ひざ)に構(かま)へて其上(そのうへ)を肱(ひぢ)をついて、頬(ほゝ)を支(さゝ)えながら、嬉(うれ)しさうに見(み)て居(ゐ)たわ。
 椽側(えんがは)に居(ゐ)た白痴(あはう)は誰(たれ)も取合(とりあ)はぬ徒然(つれ/″\)に堪(た)へられなくなつたものか、ぐた/\と膝行出(いざりだ)して、婦人(をんな)の傍(そば)へ其(そ)の便々(べん/\)たる腹(はら)を持(も)つて来(き)たが、崩(くづ)れたやうに胡座(あぐら)して、頻(しきり)に恁(か)う我(わし)が膳(ぜん)を視(なが)めて、指(ゆびさし)をした。
(うゝ/\、うゝ/\。)
(何(なん)でございますね、あとでお食(あが)んなさい、お客様(きやくさま)ぢやあゝりませんか。)
 白痴(あはう)は情(なさけ)ない顔(かほ)をして口(くち)を曲(ゆが)めながら頭(かぶり)を掉(ふ)つた。
(厭(いや)? 仕様(しやう)がありませんね、それぢや御一所(ごいつしよ)に召(め)しあがれ。貴僧(あなた)御免(ごめん)を蒙(かうむ)りますよ。)
 私(わし)は思(おも)はず箸(はし)を置(お)いて、
(さあ何(ど)うぞお構(かま)ひなく、飛(とん)だ御雑作(ござふさ)を、頂(いたゞ)きます。)
(否(いえ)、何(なん)の貴僧(あなた)。お前(まい)さん後程(のちほど)に私(わたし)と一所(いつしよ)にお食(た)べなされば可(いゝ)のに。困(こま)つた人(ひと)でございますよ。)とそらさぬ愛想(あいさう)、手早(てばや)く同一(おなじ)やうな膳(ぜん)を拵(こしら)えてならべて出(だ)した。
 飯(めし)のつけやうも効々(かひ/″\)しい女房(にようばう)ぶり、然(しか)も何(なん)となく奥床(おくゆか)しい、上品(じやうひん)な、高家(かうけ)の風(ふう)がある。
 白痴(あはう)はどんよりした目(め)をあげて膳(ぜん)の上(うへ)を睨(ね)めて居(ゐ)たが、
(彼(あれ)を、あゝ、彼(あれ)、彼(あれ)。)といつてきよろ/\と四辺(あたり)を※(「目+旬」、第3水準1-88-80)(みまは)す。
 婦人(をんな)は熟(ぢつ)と瞻(みまも)つて、
(まあ、可(いゝ)ぢやないか。そんなものは何時(いつ)でも食(たべ)られます、今夜(こんや)はお客様(きやくさま)がありますよ。)
(うむ、いや、いや。)と肩腹(かたはら)を揺(ゆす)つたが、べそを掻(か)いて泣出(なきだ)しさう。
 婦人(をんな)は困(こう)じ果(は)てたらしい、傍(かたはら)のものゝ気(き)の毒(どく)さ。
(嬢様(ぢやうさま)、何(なに)か存(ぞん)じませんが、おつしやる通(とほ)りになすつたが可(い)いではござりませんか。私(わたくし)にお気扱(きあつかひ)は却(かへ)つて心苦(こゝろぐる)しうござります。)と慇懃(いんぎん)にいふた。
 婦人(をんな)は又(また)最(も)う一度(いちど)、
(厭(いや)かい、これでは悪(わる)いのかい。)
 白痴(あはう)が泣出(なきだ)しさうにすると、然(さ)も怨(うら)めしげに流盻(ながしめ)に見(み)ながら、こはれ/\になつた戸棚(とだな)の中(なか)から、鉢(はち)に入(はい)つたのを取出(とりだ)して手早(てばや)く白痴(あはう)の膳(ぜん)につけた。
(はい、)と故(わざ)とらしく、すねたやうにいつて笑顔造(えがほづくり)。
 はてさて迷惑(めいわく)な、こりや目(め)の前(まい)で黄色蛇(あおだいしやう)の旨煮(うまに)か、腹籠(はらごもり)の猿(さる)の蒸焼(むしやき)か、災難(さいなん)が軽(かる)うても、赤蛙(あかゞへる)の干物(ひもの)を大口(おほぐち)にしやぶるであらうと、潜(そツ)と見(み)て居(ゐ)ると、片手(かたて)に椀(わん)を持(も)ちながら掴出(つかみだ)したのは老沢庵(ひねたくあん)。
 其(それ)もさ、刻(きざ)んだのではないで、一本(いつぽん)三(み)ツ切(ぎり)にしたらうといふ握太(にぎりぶと)なのを横啣(よこくはえ)にしてやらかすのぢや。
 婦人(をんな)はよく/\あしらひかねたか、盗(ぬす)むやうに私(わし)を見(み)て颯(さつ)と顔(かほ)を赤(あか)らめて初心(しよしん)らしい、然様(そん)な質(たち)ではあるまいに、羞(はづ)かしげに膝(ひざ)なる手拭(てぬぐひ)の端(はし)を口(くち)にあてた。
 なるほど此(こ)の少年(せうねん)はこれであらう、身体(からだ)は沢庵色(たくあんいろ)にふとつて居(ゐ)る。やがてわけもなく餌食(えじき)を平(たひ)らげて、湯(ゆ)ともいはず、ふツ/\と太儀(たいぎ)さうに呼吸(いき)を向(むか)ふへ吐(つ)くわさ。
(何(なん)でございますか、私(わたし)は胸(むね)に支(つか)へましたやうで、些少(ちつと)も欲(ほ)しくございませんから、又(また)後程(のちほど)に頂(いたゞ)きましやう、)と婦人(をんな)自分(じぶん)は箸(はし)も取(と)らずに二(ふた)ツの膳(ぜん)を片(かた)つけてな。」

「頃刻(しばらく)悄乎(しよんぼり)して居(ゐ)たつけ。
(貴僧(あなた)嘸(さぞ)お疲労(つかれ)、直(す)ぐにお休(やす)ませ申(まを)しませうか。)
(難有(ありがた)う存(ぞん)じます、未(ま)だ些(ちツ)とも眠(ねむ)くはござりません、前刻(さツき)体(からだ)を洗(あら)ひましたので草臥(くたびれ)もすつかり復(なほ)りました。)
(那(あ)の流(なが)れは其麼(どんな)病(やまひ)にでもよく利(き)きます、私(わたし)が苦労(くらう)をいたしまして骨(ほね)と皮(かは)ばかりに体(からだ)が朽(か)れましても半日(はんにち)彼処(あすこ)につかつて居(を)りますと、水々(みづ/\)しくなるのでございますよ。尤(もツと)も那(あ)のこれから冬(ふゆ)になりまして山(やま)が宛然(まるで)氷(こほ)つて了(しま)ひ、川(かは)も崖(がけ)も不残(のこらず)雪(ゆき)になりましても、貴僧(あなた)が行水(ぎやうずゐ)を遊(あそ)ばした彼処(あすこ)ばかりは水(みづ)が隠(かく)れません、然(さ)うしていきりが立(た)ちます。
 鉄砲疵(てツぱうきづ)のございます猿(さる)だの、貴僧(あなた)、足(あし)を折(を)つた五位鷺(ごゐさぎ)、種々(いろ/\)な者(もの)が浴(ゆあ)みに参(まゐ)りますから其(そ)の足痕(あしあと)で崖(がけ)の路(みち)が出来(でき)ます位(くらゐ)、屹(きツ)と其(それ)が利(き)いたのでございませう。
 那様(そんな)にございませんければ恁(か)うやつてお話(はなし)をなすつて下(くだ)さいまし、淋(さび)しくつてなりません、本当(ほんと)にお可愧(はづか)しうございますが恁麼(こんな)山(やま)の中(なか)に引籠(ひツこも)つてをりますと、ものをいふことも忘(わす)れましたやうで、心細(こゝろぼそ)いのでございますよ。
 貴僧(あなた)、それでもお眠(ねむ)ければ御遠慮(ごゑんりよ)なさいますなえ。別(べつ)にお寝室(ねま)と申(まを)してもございませんが其換(そのかは)り蚊(か)は一ツも居(ゐ)ませんよ、町方(まちかた)ではね、上(かみ)の洞(ほら)の者(もの)は、里(さと)へ泊(とま)りに来(き)た時(とき)、蚊帳(かや)を釣(つ)つて寝(ね)かさうとすると、何(ど)うして入(はい)るのか解(わか)らないので、階子(はしご)を貸(か)せいと喚(わめ)いたと申(まを)して嫐(なぶ)るのでございます。
 沢山(たくさん)朝寝(あさね)を遊(あそ)ばしても鐘(かね)は聞(きこ)えず、鶏(とり)も鳴(な)きません、犬(いぬ)だつて居(を)りませんからお心休(こゝろやす)うござんせう。
 此人(このひと)も生(うま)れ落(お)ちると此山(このやま)で育(そだ)つたので、何(なん)にも存(ぞん)じません代(かはり)、気(き)の可(い)い人(ひと)で些(ちツ)ともお心置(こゝろおき)はないのでござんす。
 それでも風俗(ふう)のかはつた方(かた)が被入(いらつ)しやいますと、大事(だいじ)にしてお辞義(じぎ)をすることだけは知(し)つてゞございますが、未(ま)だ御挨拶(ごあいさつ)をいたしませんね。此頃(このごろ)は体(からだ)がだるいと見(み)えてお惰(なま)けさんになんなすつたよ、否(いゝえ)、宛(まる)で愚(おろか)なのではございません、何(なん)でもちやんと心得(こゝろえ)て居(を)ります。
 さあ、御坊様(ごぼうさま)に御挨拶(ごあいさつ)をなすつて下(くだ)さい、まあ、お辞義(じき)をお忘(わす)れかい。)と親(した)しげに身(み)を寄(よ)せて、顔(かほ)を差覗(さしのぞ)いて、いそ/\していふと、白痴(ばか)はふら/\と両手(りやうて)をついて、ぜんまいが切(き)れたやうにがつくり一礼(れい)。
(はい、)といつて私(わし)も何(なに)か胸(むね)が迫(せま)つて頭(つむり)を下(さ)げた。
 其(その)まゝ其(そ)の俯向(うつむ)いた拍子(ひやうし)に筋(すぢ)が抜(ぬ)けたらしい、横(よこ)に流(なが)れやうとするのを、婦人(をんな)は優(やさ)しう扶(たす)け起(おこ)して、
(おゝ、よく為(し)たのねえ、)
 天晴(あツぱれ)といひたさうな顔色(かほつき)で、
(貴僧(あなた)、申(まを)せば何(なん)でも出来(でき)ませうと思(おも)ひますけれども、此人(このひと)の病(やまひ)ばかりはお医者(いしや)の手(て)でも那(あ)の水(みづ)でも復(なほ)りませなんだ、両足(りやうあし)が立(た)ちませんのでございますから、何(なに)を覚(おぼ)えさしましても役(やく)には立(た)ちません。其(それ)に御覧(ごらん)なさいまし、お辞義(じぎ)一(ひと)ツいたしますさい、あの通(とほり)大儀(たいぎ)らしい。
 ものを教(おし)へますと覚(おぼ)えますのに嘸(さぞ)骨(ほね)が折(を)れて切(せつ)なうござんせう、体(からだ)を苦(くる)しませるだけだと存(ぞん)じて何(なんに)も為(さ)せないで置(お)きますから、段々(だん/″\)、手(て)を動(うご)かす働(はたらき)も、ものをいふことも忘(わす)れました。其(それ)でも那(あ)の、謡(うた)が唄(うた)へますわ。二ツ三ツ今(いま)でも知(し)つて居(を)りますよ。さあ御客様(おきやくさま)に一ツお聞(き)かせなさいましなね。)
 白痴(ばか)は婦人(をんな)を見(み)て、又(また)私(わし)が顔(かほ)をぢろ/\見(み)て、人見知(ひとみしり)をするといつた形(かたち)で首(くび)を振(ふ)つた。」

「左右(とかく)して、婦人(をんな)が、激(はげ)ますやうに、賺(すか)すやうにして勧(すゝ)めると、白痴(ばか)は首(くび)を曲(ま)げて彼(か)の臍(へそ)を弄(もてあそ)びながら唄(うた)つた。
木曾(きそ)の御嶽山(おんたけさん)は夏(なつ)でも寒(さむ)い、
      袷(あはせ)遣(や)りたや足袋(たび)添(そ)へて。
(よく知(し)つて居(を)りませう、)と婦人(をんな)は聞澄(きゝすま)して莞爾(にツこり)する。
 不思議(ふしぎ)や、唄(うた)つた時(とき)の白痴(ばか)の声(こゑ)は此(この)話(はなし)をお聞(き)きなさるお前様(まへさま)は固(もと)よりぢやが、私(わし)も推量(すゐりやう)したとは月鼈雲泥(げつべつうんでい)、天地(てんち)の相違(さうゐ)、節廻(ふしまは)し、あげさげ、呼吸(こきふ)の続(つゞ)く処(ところ)から、第(だい)一其(そ)の清(きよ)らかな涼(すゞ)しい声(こゑ)といふ者(もの)は、到底(たうてい)此(こ)の少年(せうねん)の咽喉(のど)から出(で)たのではない。先(ま)づ前(さき)の世(よ)の此(この)白痴(ばか)の身(み)が、冥途(めいど)から管(くだ)で其(そ)のふくれた腹(はら)へ通(かよ)はして寄越(よこ)すほどに聞(きこ)えましたよ。
 私(わし)は畏(かしこま)つて聞(き)き果(は)てると膝(ひざ)に手(て)をついたツ切(きり)何(ど)うしても顔(かほ)を上(あ)げて其処(そこ)な男女(ふたり)を見(み)ることが出来(でき)ぬ、何(なに)か胸(むね)がキヤキヤして、はら/\と落涙(らくるゐ)した。
 婦人(をんな)は目早(めばや)く見(み)つけたさうで、
(おや、貴僧(あなた)、何(ど)うかなさいましたか。)
 急(きふ)にものもいはれなんだが漸々(やう/\)、
(唯(はい)、何(なあに)、変(かは)つたことでもござりませぬ、私(わし)も嬢様(ぢやうさま)のことは別(べつ)にお尋(たづ)ね申(まを)しませんから、貴女(あなた)も何(なん)にも問(と)ふては下(くだ)さりますな。)
と仔細(しさい)は語(かた)らず唯(たゞ)思入(おもひい)つて然(さ)う言(い)ふたが、実(じつ)は以前(いぜん)から様子(やうす)でも知(し)れる、金釵玉簪(きんさぎよくさん)をかざし、蝶衣(てふい)を纒(まと)ふて、珠履(しゆり)を穿(うが)たば、正(まさ)に驪山(りさん)に入(い)つて陛下(へいか)と相抱(あひいだ)くべき豊肥妖艶(ほうひえうえん)の人(ひと)が其(その)男(をとこ)に対(たい)する取廻(とりまは)しの優(やさ)しさ、隔(へだて)なさ、親切(しんせつ)さに、人事(ひとごと)ながら嬉(うれ)しくて、思(おも)はず涙(なみだ)が流(なが)れたのぢや。
 すると人(ひと)の腹(はら)の中(なか)を読(よ)みかねるやうな婦人(をんな)ではない、忽(たちま)ち様子(やうす)を悟(さと)つたかして、
(貴僧(あなた)は真個(ほんとう)にお優(やさ)しい。)といつて、得(え)も謂(い)はれぬ色(いろ)を目(め)に湛(たゝ)へて、ぢつと見(み)た。私(わし)も首(かうべ)を低(た)れた、むかふでも差俯向(さしうつむ)く。
 いや、行燈(あんどう)が又(また)薄暗(うすくら)くなつて参(まゐ)つたやうぢやが、恐(おそ)らくこりや白痴(ばか)の所為(せゐ)ぢやて。
 其時(そのとき)よ。
 座(ざ)が白(しら)けて、暫(しば)らく言葉(ことば)が途絶(とだ)えたうちに所在(しよざい)がないので、唄(うた)うたひの太夫(たいふ)、退屈(たいくつ)をしたと見(み)えて顔(かほ)の前(まへ)の行燈(あんどう)を吸込(すひこ)むやうな大欠伸(おほあくび)をしたから。
 身動(みうご)きをしてな、
(寝(ね)ようちやあ、寝(ね)ようちやあ。)とよた/\体(からだ)を取扱(もちあつか)ふわい。
(眠(ねむ)うなつたのかい、もうお寝(ね)か、)といつたが座(すは)り直(なほ)つて弗(ふ)と気(き)がついたやうに四辺(あたり)を※(「目+旬」、第3水準1-88-80)(みまは)した。戸外(おもて)は恰(あたか)も真昼(まひる)のやう、月(つき)の光(ひかり)は開(あ)け広(ひろ)げた家(や)の内(うち)へはら/\とさして、紫陽花(あぢさい)の色(いろ)も鮮麗(あざやか)に蒼(あを)かつた。
(貴僧(あなた)ももうお休(やす)みなさいますか。)
(はい、御厄介(ごやくかい)にあいなりまする。)
(まあ、いま宿(やど)を寝(ね)かします、おゆつくりなさいましな。戸外(おもて)へは近(ちか)うござんすが、夏(なつ)は広(ひろ)い方(はう)が結句(けツく)宜(よ)うございませう、私(わたくし)どもは納戸(なんど)へ臥(ふ)せりますから、貴僧(あなた)は此処(こゝ)へお広(ひろ)くお寛(くつろ)ぎが可(よ)うござんす、一寸(ちよいと)待(ま)つて。)といひかけて衝(つツ)と立(た)ち、つか/\と足早(あしばや)に土間(どま)へ下(お)りた、余(あま)り身(み)のこなしが活溌(くわツぱつ)であつたので、其(そ)の拍手(ひやうし)に黒髪(くろかみ)が先(さき)を巻(ま)いたまゝ頷(うなぢ)へ崩(くづ)れた。
 鬢(びん)をおさへて、戸(と)につかまつて、戸外(おもて)を透(す)かしたが、独言(ひとりごと)をした。
(おや/\さつきの騒(さわ)ぎで櫛(くし)を落(おと)したさうな。)
 いかさま馬(うま)の腹(はら)を潜(くゞ)つた時(とき)ぢや。」

 此折(このをり)から下(した)の廊下(らうか)に跫音(あしおと)がして、静(しづか)に大跨(おほまた)に歩行(ある)いたのが寂(せき)として居(ゐ)るから能(よ)く。
 軈(やが)て小用(こよう)を達(た)した様子(やうす)、雨戸(あまど)をばたりと開(あ)けるのが聞(きこ)えた、手水鉢(てうづばち)へ干杓(ひしやく)の響(ひゞき)。
「おゝ、積(つも)つた、積(つも)つた。」と呟(つぶや)いたのは、旅籠屋(はたごや)の亭主(ていしゆ)の声(こゑ)である。
「ほゝう、此(こ)の若狭(わかさ)の商人(あきんど)は何処(どこ)へか泊(とま)つたと見(み)える、何(なに)か愉快(おもしろ)い夢(ゆめ)でも見(み)て居(ゐ)るかな。」
「何(ど)うぞ其後(そのあと)を、それから、」と聞(き)く身(み)には他事(たじ)をいふうちが悶(もど)かしく、膠(にべ)もなく続(つゞき)を促(うなが)した。
「さて、夜(よる)も更(ふ)けました、」といつて旅僧(たびそう)は又(また)語出(かたりだ)した。
「大抵(たいてい)推量(すゐりやう)もなさるであらうが、いかに草臥(くたび)れて居(を)つても申上(まをしあ)げたやうな深山(しんざん)の孤家(ひとつや)で、眠(ねむ)られるものではない其(それ)に少(すこ)し気(き)になつて、はじめの内(うち)私(わし)を寝(ね)かさなかつた事(こと)もあるし、目(め)は冴(さ)えて、まじ/\して居(ゐ)たが、有繋(さすが)に、疲(つかれ)が酷(ひど)いから、心(しん)は少(すこ)し茫乎(ぼんやり)して来(き)た、何(なに)しろ夜(よ)の白(しら)むのが待遠(まちどほ)でならぬ。
 其処(そこ)ではじめの内(うち)は我(われ)ともなく鐘(かね)の音(ね)の聞(きこ)えるのを心頼(こゝろたの)みにして、今(いま)鳴(な)るか、もう鳴(な)るか、はて時刻(じこく)はたつぷり経(た)つたものをと、怪(あや)しんだが、やがて気(き)が着(つ)いて、恁云(かうい)ふ処(ところ)ぢや山寺(やまでら)処(どころ)ではないと思(おも)ふと、俄(にはか)に心細(こゝろぼそ)くなつた。
 其時(そのとき)は早(は)や、夜(よる)がものに譬(たと)へると谷(たに)の底(そこ)ぢや、白痴(ばか)がだらしのない寝息(ねいき)も聞(きこ)えなくなると、忽(たちま)ち戸(と)の外(そと)にものゝ気勢(けはひ)がして来(き)た。
 獣(けもの)の足音(あしおと)のやうで、然(さ)まで遠(とほ)くの方(はう)から歩行(ある)いて来(き)たのではないやう、猿(さる)も、蟇(ひき)も居(ゐ)る処(ところ)と、気休(きやす)めに先(ま)づ考(かんが)へたが、なかなか何(ど)うして。
 暫(しばら)くすると今(いま)其奴(そやつ)が正面(しやうめん)の戸(と)に近(ちかづ)いたなと思(おも)つたのが、羊(ひつじ)の啼声(なきごゑ)になる。
 私(わし)は其(そ)の方(はう)を枕(まくら)にして居(ゐ)たのぢやから、つまり枕元(まくらもと)の戸外(おもて)ぢやな。暫(しばら)くすると、右手(めて)の彼(か)の紫陽花(あぢさい)が咲(さ)いて居(ゐ)た其(そ)の花(はな)の下(した)あたりで、鳥(とり)の羽(は)ばたきする音(おと)。
 むさゝびか知(し)らぬがきツ/\といつて屋(や)の棟(むね)へ、軈(やが)て凡(およ)そ小山(こやま)ほどあらうと気取(けど)られるのが胸(むね)を圧(お)すほどに近(ちかづ)いて来(き)て、牛(うし)が啼(な)いた。遠(とほ)く彼方(かなた)からひた/\と小刻(こきざみ)に駈(か)けて来(く)るのは、二本足(ほんあし)に草鞋(わらぢ)を穿(は)いた獣(けもの)と思(おも)はれた、いやさまざまにむら/\と家(いへ)のぐるりを取巻(とりま)いたやうで、二十三十のものゝ鼻息(はないき)、羽音(はおと)、中(なか)には囁(さゝや)いて居(ゐ)るのがある。恰(あたか)も何(なに)よ、それ畜生道(ちくしやうだう)の地獄(ぢごく)の絵(ゑ)を、月夜(つきよ)に映(うつ)したやうな怪(あやし)の姿(すがた)が板戸(いたど)一重(へ)、魑魅魍魎(ちみまうりやう)といふのであらうか、ざわ/\と木(こ)の葉(は)が戦(そよ)ぐ気色(けしき)だつた。
 息(いき)を凝(こら)すと、納戸(なんど)で、
(うむ、)といつて長(なが)く呼吸(いき)を引(ひ)いて一声(こゑ)、魘(うなさ)れたのは婦人(をんな)ぢや。
(今夜(こんや)はお客様(きやくさま)があるよ。)と叫(さけ)んだ。
(お客様(きやくさま)があるぢやないか。)
と暫(しばら)く経(た)つて二度目(どめ)のは判然(はつきり)と清(すゞ)しい声(こゑ)。
 極(きは)めて低声(こゞゑ)で、
(お客様(きやくさま)があるよ。)といつて寝返(ねがへ)る音(おと)がした、更(さら)に寝返(ねがへ)る音(おと)がした。
 戸(と)の外(そと)のものゝ気勢(けはひ)は動揺(どよめき)を造(つく)るが如(ごと)く、ぐら/\と家(いへ)が揺(ゆらめ)いた。
 私(わし)は陀羅尼(だらに)を咒(じゆ)した。
若不順我咒  悩乱説法者  頭破作七分
如阿梨樹枝  如殺父母罪  亦如厭油殃
斗秤欺誰人  調達僧罪犯  犯此法師者
当獲如是殃
と一心不乱(しんふらん)。颯(さツ)と木(こ)の葉(は)を捲(ま)いて風(かぜ)が南(みんなみ)へ吹(ふ)いたが、忽(たちま)ち静(しづま)り返(かへ)つた、夫婦(ふうふ)が閨(ねや)もひツそりした。」

「翌日(よくじつ)又(また)正午頃(しやうごゞろ)、里(さと)近(ちか)く、瀧(たき)のある処(ところ)で、昨日(きのふ)馬(うま)を売(うり)に行(い)つた親仁(おやぢ)の帰(かへり)に逢(あ)ふた。
 丁度(ちやうど)私(わし)が修行(しゆぎやう)に出(で)るのを止(よ)して孤家(ひとつや)に引返(ひきかへ)して、婦人(をんな)と一所(しよ)に生涯(しやうがい)を送(おく)らうと思(おも)つて居(ゐ)た処(ところ)で。
 実(じつ)を申(まを)すと此処(こゝ)へ来(く)る途中(とちう)でも其(そ)の事(こと)ばかり考(かんが)へる、蛇(へび)の橋(はし)も幸(さいはひ)になし、蛭(ひる)の林(はやし)もなかつたが、道(みち)が難渋(なんじふ)なにつけても汗(あせ)が流(なが)れて心持(こゝろもち)が悪(わる)いにつけても、今更(いまさら)行脚(あんぎや)も詰(つま)らない。紫(むらさき)の袈裟(けさ)をかけて、七堂伽藍(だうがらん)に住(す)んだ処(ところ)で何程(なにほど)のこともあるまい、活仏様(いきほとけさま)ぢやといふてわあ/\拝(おが)まれゝば人(ひと)いきれで胸(むね)が悪(わる)くなるばかりか。
 些(ち)とお話(はなし)もいかゞぢやから、前刻(さツき)はことを分(わ)けていひませなんだが、昨夜(ゆふべ)も白痴(ばか)を寝(ね)かしつけると、婦人(をんな)が又(また)炉(ろ)のある処(ところ)へやつて来(き)て、世(よ)の中(なか)へ苦労(くらう)をして出(で)やうより、夏(なつ)は涼(すゞ)しく、冬(ふゆ)は暖(あたゝか)い、此(こ)の流(ながれ)と一所(しよ)に私(わたし)の傍(そば)においでなさいといふてくれるし、まだ/\其(それ)ばかりでは自身(じぶん)に魔(ま)が魅(さ)したやうぢやけれども、こゝに我身(わがみ)で我身(わがみ)に言訳(いひわけ)が出来(でき)るといふのは、頻(しきり)に婦人(をんな)が不便(ふびん)でならぬ、深山(しんざん)の孤家(ひとつや)に白痴(ばか)の伽(とぎ)をして言葉(ことば)も通(つう)ぜず、日(ひ)を経(ふ)るに従(したが)ふてものをいふことさへ忘(わす)れるやうな気(き)がするといふは何(なん)たる事(こと)!
 殊(こと)に今朝(けさ)も東雲(しのゝめ)に袂(たもと)を振切(ふりき)つて別(わか)れやうとすると、お名残(なごり)惜(を)しや、かやうな処(ところ)に恁(か)うやつて老朽(おひく)ちる身(み)の、再(ふたゝ)びお目(め)にはかゝられまい、いさゝ小川(をがは)の水(みづ)となりとも、何処(どこ)ぞで白桃(しろもゝ)の花(はな)が流(なが)れるのを御覧(ごらん)になつたら、私(わたし)の体(からだ)が谷川(たにがは)に沈(しづ)んで、ちぎれ/\になつたことゝ思(おも)へ、といつて、悄(しほ)れながら、なほ親切(しんせつ)に、道(みち)は唯(たゞ)此(こ)の谷川(たにがは)の流(ながれ)に沿(そ)ふて行(ゆ)きさへすれば、何(ど)れほど遠(とほ)くても里(さと)に出(で)らるゝ、目(め)の下(した)近(ちか)く水(みづ)が躍(おど)つて、瀧(たき)になつて落(お)つるのを見(み)たら、人家(じんか)が近(ちかづ)いたと心(こゝろ)を安(やすん)ずるやうに、と気(き)をつけて孤家(ひとつや)の見(み)えなくなつた辺(あたり)で指(ゆびさし)をしてくれた。
 其(その)手(て)と手(て)を取交(とりか)はすには及(およ)ばずとも、傍(そば)につき添(そ)つて、朝夕(あさゆふ)の話対手(はなしあひて)、蕈(きのこ)の汁(しる)で御膳(ごぜん)を食(た)べたり、私(わし)が榾(ほだ)を焚(た)いて、婦人(をんな)が鍋(なべ)をかけて、私(わし)が木(こ)の実(み)を拾(ひろ)つて、婦人(をんな)が皮(かは)を剥(む)いて、それから障子(しやうじ)の内(うち)と外(そと)で、話(はなし)をしたり、笑(わら)つたり、それから谷川(たにがは)で二人(ふたり)して、其時(そのとき)の婦人(をんな)が裸体(はだか)になつて、私(わし)が背中(せなか)へ呼吸(いき)が通(かよ)つて、微妙(びめう)な薫(かほり)の花(はな)びらに暖(あたゝか)に包(つゝ)まれたら、其(その)まゝ命(いのち)が失(う)せても可(い)い!
 瀧(たき)の水(みづ)を見(み)るにつけても耐(た)へ難(がた)いのは其事(そのこと)であつた、いや、冷汗(ひやあせ)が流(なが)れますて。
 其上(そのうへ)、もう気(き)がたるみ、筋(すぢ)が弛(ゆる)んで、早(は)や歩行(ある)くのに飽(あき)が来(き)て喜(よろこ)ばねばならぬ人家(じんか)が近(ちかづ)いたのも、高(たか)がよくされて口(くち)の臭(くさ)い婆(ばあ)さんに渋茶(しぶちや)を振舞(ふるま)はれるのが関(せき)の山(やま)と、里(さと)へ入(い)るのも厭(いや)になつたから、石(いし)の上(うへ)へ膝(ひざ)を懸(か)けた、丁度(ちやうど)目(め)の下(した)にある瀧(たき)ぢやつた、これがさ、後(あと)に聞(き)くと女夫瀧(めうとたき)と言(い)ふさうで。
 真中(まんなか)に先(ま)づ鰐鮫(わにざめ)が口(くち)をあいたやうな尖(さき)のとがつた黒(くろ)い大巌(おほいは)が突出(つきで)て居(ゐ)ると、上(うへ)から流(なが)れて来(く)る颯(さツ)と瀬(せ)の早(はや)い谷川(たにがは)が、之(これ)に当(あた)つて両(ふたつ)に岐(わか)れて、凡(およ)そ四丈(ぢやう)ばかりの瀧(たき)になつて哄(どツ)と落(お)ちて、又(また)暗碧(あんぺき)に白布(しろぬの)を織(お)つて矢(や)を射(ゐ)るやうに里(さと)へ出(で)るのぢやが、其(その)巌(いは)にせかれた方(はう)は六尺(しやく)ばかり、之(これ)は川(かは)の一巾(はゞ)を裂(さ)いて糸(いと)も乱(みだ)れず、一方(ぱう)は巾(はゞ)が狭(せま)い、三尺(じやく)位(ぐらゐ)、この下(した)には雑多(ざツた)な岩(いは)が並(なら)ぶと見(み)えて、ちら/\ちら/\と玉(たま)の簾(すだれ)を百千(ひやくせん)に砕(くだ)いたやう、件(くだん)の鰐鮫(わにざめ)の巌(いは)に、すれつ、縺(もつ)れつ。」

「唯(たゞ)一筋(すぢ)でも岩(いは)を越(こ)して男瀧(をたき)に縋(すが)りつかうとする形(かたち)、それでも中(なか)を隔(へだ)てられて末(すゑ)までは雫(しづく)も通(かよ)はぬので、揉(も)まれ、揺(ゆ)られて具(つぶ)さに辛苦(しんく)を嘗(な)めるといふ風情(ふぜい)、此(こ)の方(はう)は姿(すがた)も窶(やつ)れ容(かたち)も細(ほそ)つて、流(なが)るゝ音(おと)さへ別様(べつやう)に、泣(な)くか、怨(うら)むかとも思(おも)はれるが、あはれにも優(やさ)しい女瀧(めだき)ぢや。
 男瀧(をだき)の方(はう)はうらはらで、石(いし)を砕(くだ)き、地(ち)を貫(つらぬ)く勢(いきほひ)、堂々(だう/\)たる有様(ありさま)ぢや、之(これ)が二つ件(くだん)の巌(いは)に当(あた)つて左右(さいう)に分(わか)れて二筋(すぢ)となつて落(お)ちるのが身(み)に浸(し)みて、女瀧(めだき)の心(こゝろ)を砕(くだ)く姿(すがた)は、男(をとこ)の膝(ひざ)に取(とり)ついて美女(びぢよ)が泣(な)いて身(み)を震(ふる)はすやうで、岸(きし)に居(ゐ)てさへ体(からだ)がわなゝく、肉(にく)が跳(をど)る。況(ま)して此(こ)の水上(みなかみ)は、昨日(きのふ)孤家(ひとつや)の婦人(をんな)と水(みづ)を浴(あ)びた処(ところ)と思(おも)ふと、気(き)の精(せい)か其(そ)の女瀧(めだき)の中(なか)に絵(ゑ)のやうな彼(か)の婦人(をんな)の姿(すがた)が歴々(あり/\)、と浮(う)いて出(で)ると巻込(まきこ)まれて、沈(しづ)んだと思(おも)ふと又(また)浮(う)いて、千筋(ちすぢ)に乱(みだ)るゝ水(みづ)とゝもに其(そ)の膚(はだへ)が粉(こ)に砕(くだ)けて、花片(はなびら)が散込(ちりこ)むやうな。あなやと思(おも)ふと更(さら)に、もとの顔(かほ)も、胸(むね)も、乳(ちゝ)も、手足(てあし)も全(まツた)き姿(すがた)となつて、浮(う)いつ沈(しづ)みつ、ぱツと刻(きざ)まれ、あツと見(み)る間(ま)に又(また)あらはれる。私(わし)は耐(たま)らず真逆(まツさかさま)に瀧(たき)の中(なか)へ飛込(とびこ)んで、女瀧(めたき)を確(しか)と抱(だ)いたとまで思(おも)つた。気(き)がつくと男瀧(をたき)の方(はう)はどう/\と地響(ぢひゞき)打(う)たせて、山彦(やまびこ)を呼(よ)んで轟(とゞろ)いて流(なが)れて居(ゐ)る、あゝ其(そ)の力(ちから)を以(もつ)て何故(なぜ)救(すく)はぬ、儘(まゝ)よ!
 瀧(たき)に身(み)を投(な)げて死(し)なうより、旧(もと)の孤家(ひとつや)へ引返(ひツかへ)せ。汚(けがら)はしい慾(よく)のあればこそ恁(か)うなつた上(うへ)に※(「足へん+厨」、第3水準1-92-39)躇(ちゆうちよ)をするわ、其(その)顔(かほ)を見(み)て声(こゑ)を聞(き)けば、渠等(かれら)夫婦(ふうふ)が同衾(ひとつね)するのに枕(まくら)を並(なら)べて差支(さしつか)へぬ、それでも汗(あせ)になつて修行(しゆぎやう)をして、坊主(ばうず)で果(は)てるよりは余程(よほど)の増(まし)ぢやと、思切(おもひき)つて戻(もど)らうとして、石(いし)を放(はな)れて身(み)を起(おこ)した、背後(うしろ)から一ツ背中(せなか)を叩(たゝ)いて、
(やあ、御坊様(ごばうさま)、)といはれたから、時(とき)が時(とき)なり、心(こゝろ)も心(こゝろ)、後暗(うしろぐら)いので喫驚(びつくり)して見(み)ると、閻王(えんわう)の使(つかひ)ではない、これが親仁(おやぢ)。
 馬(うま)は売(う)つたか、身軽(みがる)になつて、小(ちひ)さな包(つゝみ)を肩(かた)にかけて、手(て)に一尾(び)の鯉(こひ)の、鱗(うろこ)は金色(こんじき)なる、溌溂(はつらつ)として尾(を)の動(うご)きさうな、鮮(あたら)しい其(その)丈(たけ)三尺(じやく)ばかりなのを、腮(あぎと)に藁(わら)を通(とほ)して、ぶらりと提(さ)げて居(ゐ)た。何(なん)にも言(い)はず急(きふ)にものもいはれないで瞻(みまも)ると、親仁(おやぢ)はじつと顔(かほ)を見(み)たよ。然(さ)うしてにや/\と、又(また)一通(とほり)の笑方(わらひかた)ではないて、薄気味(うすきみ)の悪(わる)い北叟笑(ほくそゑみ)をして、
(何(なに)をしてござる、御修行(ごしゆぎやう)の身(み)が、この位(くらゐ)の暑(あつさ)で、岸(きし)に休(やす)んで居(ゐ)さつしやる分(ぶん)ではあんめえ、一生懸命(しやうけんめい)に歩行(ある)かつしやりや、昨夜(ゆふべ)の泊(とまり)から此処(こゝ)まではたつた五里(り)、もう里(さと)へ行(い)つて地蔵様(ぢざうさま)を拝(をが)まつしやる時刻(じこく)ぢや。
 何(なん)ぢやの、己(おら)が嬢様(ぢやうさま)に念(おもひ)が懸(かゝ)つて煩悩(ぼんなう)が起(お)きたのぢやの。うんにや、秘(かく)さつしやるな、おらが目(め)は赤(あか)くツても、白(しろ)いか黒(くろ)いかはちやんと見(み)える。
 地体(ぢたい)並(なみ)のものならば、嬢様(ぢやうさま)の手(て)が触(さは)つて那(あ)の水(みづ)を振舞(ふるま)はれて、今(いま)まで人間(にんげん)で居(ゐ)やう筈(はず)はない。
 牛(うし)か馬(うま)か、蟇(ひきがへる)か、猿(さる)か、蝙蝠(かはほり)か、何(なに)にせい飛(と)んだか跳(は)ねたかせねばならぬ。谷川(たにがは)から上(あが)つて来(き)さしつた時(とき)、手足(てあし)も顔(かほ)も人(ひと)ぢやから、おらあ魂消(たまげ)た位(くらゐ)、お前様(まへさま)それでも感心(かんしん)に志(こゝろざし)が堅固(けんご)ぢやから助(たす)かつたやうなものよ。
 何(なん)と、おらが曳(ひ)いて行(い)つた馬(うま)を見(み)さしつたらう、それで、孤家(ひとつや)で来(き)さつしやる山路(やまみち)で富山(とやま)の反魂丹売(はんごんたんうり)に逢(あ)はしつたといふではないか、それ見(み)さつせい、彼(あ)の助倍(すけべい)野郎(やらう)、疾(とう)に馬(うま)になつて、それ馬市(うまいち)で銭(おあし)になつて、お銭(あし)が、そうら此(こ)の鯉(こひ)に化(ば)けた。大好物(だいかうぶつ)で晩飯(ばんめし)の菜(さい)になさる、お嬢様(ぢやうさま)を一体(たい)何(なん)じやと思(おも)はつしやるの。)」
 私(わたし)は思(おも)はず遮(さへぎ)つた。
「お上人(しやうにん)?」

 上人(しやうにん)は頷(うなづ)きながら呟(つぶや)いて、
「いや、先(ま)づ聞(き)かつしやい、彼(か)の孤家(ひとつや)の婦人(をんな)といふは、旧(もと)な、これも私(わし)には何(なに)かの縁(えん)があつた、あの恐(おそろし)い魔処(ましよ)へ入(はい)らうといふ岐道(そばみち)の水(みづ)が溢(あふ)れた往来(わうらい)で、百姓(ひやくしやう)が教(をし)へて、彼処(あすこ)は其(そ)の以前(いぜん)医者(いしや)の家(いへ)であつたといふたが、其(そ)の家(いへ)の嬢様(ぢやうさま)ぢや。
 何(なん)でも飛騨(ひだ)一円(ゑん)当時(たうじ)変(かは)つたことも珍(めづ)らしいこともなかつたが、唯(たゞ)取出(とりい)でゝいふ不思議(ふしぎ)は、此(こ)の医者(いしや)の娘(むすめ)で、生(うま)れると玉(たま)のやう。
 母親殿(おふくろどの)は頬板(ほゝツぺた)のふくれた、眦(めじり)の下(さが)つた、鼻(はな)の低(ひく)い、俗(ぞく)にさし乳(ぢゝ)といふあの毒々(どく/″\)しい左右(さいう)の胸(むね)の房(ふさ)を含(ふく)んで、何(ど)うして彼(あれ)ほど美(うつく)しく育(そだ)つたものだらうといふ。
 昔(むかし)から物語(ものがたり)の本(ほん)にもある、屋(や)の棟(むね)へ白羽(しらは)の征矢(そや)が立(た)つか、然(さ)もなければ狩倉(かりくら)の時(とき)貴人(あてびと)のお目(め)に留(と)まつて御殿(ごてん)に召出(めしだ)されるのは、那麼(あんな)のぢやと噂(うはさ)が高(たか)かつた。
 父親(てゝおや)の医者(いしや)といふのは、頬骨(ほゝぼね)のとがつた髯(ひげ)の生(は)へた、見得坊(みえばう)で傲慢(がうまん)、其癖(そのくせ)でもぢや、勿論(もちろん)田舎(ゐなか)には苅入(かりいれ)の時(とき)よく稲(いね)の穂(ほ)が目(め)に入(はい)ると、それから煩(わづ)らう、脂目(やにめ)、赤目(あかめ)、流行目(はやりめ)が多(おほ)いから、先生(せんせい)眼病(がんびやう)の方(はう)は少(すこ)し遣(や)つたが、内科(ないくわ)と来(き)てはからつぺた。外科(げくわ)なんと来(き)た日(ひ)にやあ、鬢付(びんつけ)へ水(みづ)を垂(た)らしてひやりと疵(きず)につける位(くらゐ)な処(ところ)。
 鰯(いわし)の天窓(あたま)も信心(しん/″\)から、其(それ)でも命数(めいすう)の尽(つ)きぬ輩(やから)は本復(ほんぷく)するから、外(ほか)に竹庵(ちくあん)養仙(やうせん)木斎(もくさい)の居(ゐ)ない土地(とち)、相応(さうおう)に繁昌(はんじやう)した。
 殊(こと)に娘(むすめ)が十六七、女盛(をんなざかり)となつて来(き)た時分(じぶん)には、薬師様(やくしさま)が人助(ひとだす)けに先生様(せんせいさま)の内(うち)へ生(うま)れてござつたといって、信心(しん/″\)渇仰(かつがう)の善男(ぜんなん)善女(ぜんによ)? 病男(びやうなん)病女(びやうぢよ)が我(われ)も我(われ)もと詰(つ)め懸(か)ける。
 其(それ)といふのが、はじまりは彼(か)の嬢様(ぢやうさま)が、それ、馴染(なじみ)の病人(びやうにん)には毎日(まいにち)顔(かほ)を合(あ)はせる所(ところ)から、愛相(あいさう)の一つも、あなたお手(て)が痛(いた)みますかい、甚麼(どんな)でございます、といつて手先(てさき)へ柔(やはらか)な掌(てのひら)が障(さは)ると第一番(だいいちばん)に次作兄(じさくあに)いといふ若(わか)いのゝ(りやうまちす)が全快(ぜんくわい)、お苦(くる)しさうなといつて腹(はら)をさすつて遣(や)ると水(みづ)あたりの差込(さしこみ)の留(と)まつたのがある、初手(しよて)は若(わか)い男(をとこ)ばかりに利(き)いたが、段々(だん/″\)老人(としより)にも及(およ)ぼして、後(のち)には婦人(をんな)の病人(びやうにん)もこれで復(なほ)る、復(なほ)らぬまでも苦痛(いたみ)が薄(うす)らぐ、根太(ねぶと)の膿(うみ)を切(き)つて出(だ)すさへ、錆(さ)びた小刀(こがたな)で引裂(ひツさ)く医者殿(いしやどの)が腕前(うでまへ)ぢや、病人(びやうにん)は七顛(てん)八倒(たう)して悲鳴(ひめい)を上(あ)げるのが、娘(むすめ)が来(き)て背中(せなか)へぴつたりと胸(むね)をあてゝ肩(かた)を押(おさ)へて居(ゐ)ると、我慢(がまん)が出来(でき)る、といつたやうなわけであつたさうな。
 一時(しきり)彼(あ)の藪(やぶ)の前(まへ)にある枇杷(びは)の古木(ふるき)へ熊蜂(くまばち)が来(き)て可恐(おそろし)い大(おほき)な巣(す)をかけた。
 すると、医者(いしや)の内弟子(うちでし)で薬局(やくきよく)、拭掃除(ふきさうぢ)もすれば総菜畠(さうざいばたけ)の芋(いも)も堀(ほ)る、近(ちか)い所(ところ)へは車夫(しやふ)も勤(つと)めた、下男(げなん)兼帯(けんたい)の熊蔵(くまざう)といふ、其頃(そのころ)二十四五歳(さい)、稀塩散(きゑんさん)に単舎利別(たんしやりべつ)を混(ま)ぜたのを瓶(びん)に盗(ぬす)んで、内(うち)が吝嗇(けち)ぢやから見附(みつ)かると叱(しか)られる、之(これ)を股引(もゝひき)や袴(はかま)と一所(しよ)に戸棚(とだな)の上(うへ)に載(の)せて置(お)いて、隙(ひま)さへあればちびり/\と飲(の)んでた男(をとこ)が、庭掃除(にはさうじ)をするといつて、件(くだん)の蜂(はち)の巣(す)を見(み)つけたつけ。
 椽側(えんがは)へ遣(や)つて来(き)て、お嬢様(ぢやうさま)面白(おもしろ)いことをしてお目(め)に懸(か)けませう、無躾(ぶしつけ)でござりますが、私(わたし)の此(こ)の手(て)を握(にぎ)つて下(くだ)さりますと、彼(あ)の蜂(はち)の中(なか)へ突込(つツこ)んで、蜂(はち)を掴(つか)んで見(み)せましやう。お手(て)が障(さは)つた所(ところ)だけは刺(さ)しましても痛(いた)みませぬ、竹箒(たけばうき)で引払(ひツぱた)いては八方(ぱう)へ散(ちらば)つて体中(からだぢう)に集(たか)られては夫(それ)は凌(しの)げませぬ即死(そくし)でございますがと、微笑(ほゝゑ)んで控(ひか)へる手(て)で無理(むり)に握(にぎ)つて貰(もら)ひ、つか/\と行(ゆ)くと、凄(すさま)じい虫(むし)の唸(うなり)、軈(やが)て取(と)つて返(かへ)した左(ひだり)の手(て)に熊蜂(くまばち)が七ツ八ツ、羽(は)ばたきをするのがある、脚(あし)を揮(ふる)ふのがある、中(なか)には掴(つか)んだ指(ゆび)の股(また)へ這出(はひだ)して居(ゐ)るのがあツた。
 さあ、那(あ)の神様(かみさま)の手(て)が障(さは)れば鉄砲玉(てツぱうだま)でも通(とほ)るまいと、蜘蛛(くも)の巣(す)のやうに評判(ひやうばん)が八方(ぱう)へ。
 其(そ)の頃(ころ)からいつとなく感得(かんとく)したものと見(み)えて、仔細(しさい)あつて、那(あ)の白痴(ばか)に身(み)を任(まか)せて山(やま)に籠(こも)つてからは神変不思議(しんぺんふしぎ)、年(とし)を経(ふ)るに従(したが)ふて神通自在(じんつうじざい)ぢや、はじめは体(からだ)を押(お)つけたのが、足(あし)ばかりとなり、手(て)さきとなり、果(はて)は間(あひだ)を隔(へだ)てゝ居(ゐ)ても、道(みち)を迷(まよ)ふた旅人(たびゞと)は嬢様(ぢやうさま)が思(おも)ふまゝはツといふ呼吸(いき)で変(へん)ずるわ。
 と親仁(おやぢ)が其時(そのとき)物語(ものがた)つて、御坊(ごばう)は、孤家(ひとつや)の周囲(ぐるり)で、猿(さる)を見(み)たらう、蟇(ひき)を見(み)たらう、蝙蝠(かうもり)を見(み)たであらう、兎(うさぎ)も蛇(へび)も皆(みんな)嬢様(ぢやうさま)に谷川(たにがは)の水(みづ)を浴(あ)びせられて、畜生(ちくしやう)にされたる輩(やから)!
 あはれ其時(そのとき)那(あ)の婦人(をんな)が、蟇(ひき)に絡(まつは)られたのも、猿(さる)に抱(だ)かれたのも、蝙蝠(かうもり)に吸(す)はれたのも、夜中(よなか)に※魅魍魎(ちみまうりやう)[#「魅」の「未」に代えて「知」、U+29CE6、61-5]に魘(おそ)はれたのも、思出(おもひだ)して、私(わし)は犇々(ひし/\)と胸(むね)に当(あた)つた、
 なほ親仁(おやぢ)のいふやう。
 今(いま)の白痴(ばか)も、件(くだん)の評判(ひやうばん)の高(たか)かつた頃(ころ)、医者(いしや)の内(うち)へ来(き)た病人(びやうにん)、其頃(そのころ)は未(ま)だ子供(こども)、朴訥(ぼくとつ)な父親(てゝおや)が附添(つきそ)ひ、髪(かみ)の長(なが)い、兄貴(あにき)がおぶつて山(やま)から出(で)て来(き)た。脚(あし)に難渋(なんじう)な腫物(しゆもつ)があつた、其(そ)の療治(れうぢ)を頼(たの)んだので。
 固(もと)より一室(ま)を借受(かりう)けて、逗留(たうりう)をして居(を)つたが、かほどの悩(なやみ)は大事(おほごと)ぢや、血(ち)も大分(だいぶん)に出(だ)さねばならぬ殊(こと)に子供(こども)手(て)を下(お)ろすには体(からだ)に精分(せいぶん)をつけてからと、先(ま)づ一日(にち)に三ツづゝ鶏卵(たまご)を飲(の)まして、気休(きやす)めに膏薬(かうやく)を張(は)つて置(お)く。
 其(そ)の膏薬(かうやく)を剥(は)がすにも親(おや)や兄(あに)、又(また)傍(そば)のものが手(て)を懸(か)けると、堅(かた)くなつて硬(こは)ばつたのが、めり/\と肉(にく)にくツついて取(と)れる、ひい/\と泣(な)くのぢやが、娘(むすめ)が手(て)をかけてやれば黙(だま)つて耐(こら)へた。
 一体(たい)は医者殿(いしやどの)、手(て)のつけやうがなくつて、身(み)の衰(おとろへ)をいひ立(た)てに一日(にち)延(の)ばしにしたのぢやが三日(か)経(た)つと、兄(あに)を残(のこ)して、克明(こくめい)な父親(てゝおや)の股引(もゝひき)の膝(ひざ)でずつて、あとさがりに玄関(げんくわん)から土間(どま)へ、草鞋(わらぢ)を穿(は)いて又(また)地(つち)に手(て)をついて、次男坊(じなんばう)の生命(いのち)の扶(たす)かりまするやうに、ねえ/\、といふて山(やま)へ帰(かへ)つた。
 其(それ)でもなか/\捗取(はかど)らず、七日(なぬか)も経(た)つたので、後(あと)に残(のこ)つて附添(つきそ)つて居(ゐ)た兄者人(あにじやひと)が丁度(ちやうど)苅入(かりいれ)で、此節(このせつ)は手(て)が八本(ほん)も欲(ほ)しいほど忙(いそが)しい、お天気(てんき)模様(もやう)も雨(あめ)のやう、長雨(ながあめ)にでもなりますと、山畠(やまはたけ)にかけがへのない稲(いね)が腐(くさ)つては、餓死(うゑじに)でござりまする、総領(さうりやう)の私(わし)は一番(ばん)の働手(はたらきて)、かうしては居(を)られませぬから、と辞(ことわり)をいつて、やれ泣(な)くでねえぞ、としんめり子供(こども)にいひ聞(き)かせて病人(びやうにん)を置(お)いて行(い)つた。
 後(あと)には子供(こども)一人(ひとり)、其時(そのとき)が戸長様(こちやうさま)の帳面前(ちやうめんまへ)年紀(とし)六ツ、親(おや)六十で児(こ)が二十(はたち)なら徴兵(ちようへい)はお目(め)こぼしと何(なに)を間違(まちが)へたか届(とゞけ)が五年(ねん)遅(おそ)うして本当(ほんたう)は十一、それでも奥山(おくやま)で育(そだ)つたから村(むら)の言葉(ことば)も碌(ろく)には知(し)らぬが、怜悧(りこう)な生(うまれ)で聞分(きゝわけ)があるから、三ツづつあひかはらず鶏卵(たまご)を吸(す)はせられる汁(つゆ)も、今(いま)に療治(れうぢ)の時(とき)不残(のこらず)血(ち)になつて出(で)ることゝ推量(すゐりやう)して、べそを掻(か)いても、兄者(あにじや)が泣(な)くなといはしつたと、耐(こら)へて居(ゐ)た心(こゝろ)の内(うち)。
 娘(むすめ)の情(なさけ)で内(うち)と一所(しよ)に膳(ぜん)を並(なら)べて食事(しよくじ)をさせると、沢庵(たくわん)の切(きれ)をくわへて隅(すみ)の方(はう)へ引込(ひきこ)むいぢらしさ。
 弥(いよい)よ明日(あす)が手術(しゆじゆつ)といふ夜(よ)は、皆(みんな)寝静(ねしづ)まつてから、しく/\蚊(か)のやうに泣(な)いて居(ゐ)るのを、手水(てうづ)に起(お)きた娘(むすめ)が見(み)つけてあまりの不便(ふびん)さに抱(だ)いて寝(ね)てやつた。
 さて療治(れうぢ)となると例(れい)の如(ごと)く娘(むすめ)が背後(うしろ)から抱(だ)いて居(ゐ)たから、脂汗(あぶらあせ)を流(なが)しながら切(き)れものが入(はい)るのを、感心(かんしん)にじつと耐(こら)へたのに、何処(どこ)を切違(きりちが)へたか、それから流(なが)れ出(だ)した血(ち)が留(と)まらず、見(み)る/\内(うち)に色(いろ)が変(かは)つて、危(あぶな)くなつた。
 医者(いしや)も蒼(あを)くなつて、騒(さわ)いだが、神(かみ)の扶(たす)けか漸(やうや)う生命(いのち)は取留(とりと)まり、三日(か)ばかりで血(ち)も留(とま)つたが、到頭(たうとう)腰(こし)が抜(ぬ)けた、固(もと)より不具(かたわ)。
 之(これ)が引摺(ひきず)つて、足(あし)を見(み)ながら情(なさけ)なさうな顔(かほ)をする、蟋蟀(きり/″\す)が※(「怨」の「心」に代えて「手」、第4水準2-13-4)(も)がれた脚(あし)を口(くち)に啣(くは)へて泣(な)くのを見(み)るやう、目(め)もあてられたものではない。
 しまひには泣出(なきだ)すと、外聞(ぐわいぶん)もあり、少焦(すこぢれ)で、医者(いしや)は可恐(おそろし)い顔(かほ)をして睨(にら)みつけると、あはれがつて抱(だ)きあげる娘(むすめ)の胸(むね)に顔(かほ)をかくして縋(すが)る状(さま)に、年来(ねんらい)随分(ずゐぶん)と人(ひと)を手(て)にかけた医者(いしや)も我(が)を折(を)つて腕組(うでくみ)をして、はツといふ溜息(ためいき)。
 軈(やが)て父親(てゝおや)が迎(むかひ)にござつた、因果(いんぐわ)と諦(あきら)めて、別(べつ)に不足(ふそく)はいはなんだが、何分(なにぶん)小児(こども)が娘(むすめ)の手(て)を放(はな)れようといはぬので、医者(いしや)も幸(さひはひ)、言訳(いひわけ)旁(かた/″\)、親兄(おやあに)の心(こゝろ)もなだめるため、其処(そこ)で娘(むすめ)に小児(こども)を家(うち)まで送(おく)らせることにした。
 送(おく)つて来(き)たのが孤家(ひとつや)で。
 其時分(そのじぶん)はまだ一ヶの荘(さう)、家(いへ)も小(こ)二十軒(けん)あつたのが、娘(むすめ)が来(き)て一日(にち)二日(か)、つひほだされて逗留(たうりう)した五日目(かめ)から大雨(おほあめ)が降出(ふりだ)した。瀧(たき)を覆(くつがへ)すやうで小留(をやみ)もなく家(うち)に居(ゐ)ながら皆(みんな)蓑笠(みのかさ)で凌(しの)いだ位(くらゐ)、茅葺(かやぶき)の繕(つくろひ)をすることは扨置(さてお)いて、表(おもて)の戸(と)もあけられず、内(うち)から内(うち)、隣同士(となりどうし)、おう/\と声(こゑ)をかけ合(あ)つて纔(わづか)に未(ま)だ人種(ひとだね)の世(よ)に尽(つ)きぬのを知(し)るばかり、八日(か)を八百年(ねん)と雨(あめ)の中(なか)に籠(こも)ると九日目(こゝのかめ)の真夜中(まよなか)から大風(たいふう)が吹出(ふきだ)して其(その)風(かぜ)の勢(いきほひ)こゝが峠(たうげ)といふ処(ところ)で忽(たちま)ち泥海(どろうみ)。
 此(こ)の洪水(こうずゐ)で生残(いきのこ)つたのは、不思議(ふしぎ)にも娘(むすめ)と小児(こども)と其(それ)に其時(そのとき)村(むら)から供(とも)をした此(こ)の親仁(おやぢ)ばかり。
 同一(おなし)水(みづ)で医者(いしや)の内(うち)も死絶(しにた)えた、さればかやうな美女(びぢよ)が片田舎(かたゐなか)に生(うま)れたのも国(くに)が世(よ)がはり、代(だい)がはりの前兆(ぜんちやう)であらうと、土地(とち)のものは言伝(いひつた)へた。
 嬢様(ぢやうさま)は帰(かへ)るに家(いへ)なく世(よ)に唯(たゞ)一人(ひとり)となつて小児(こども)と一所(しよ)に山(やま)に留(とゞ)まつたのは御坊(ごばう)が見(み)らるゝ通(とほり)、又(また)那(あ)の白痴(ばか)につきそつて行届(ゆきとゞ)いた世話(せわ)も見(み)らるゝ通(とほり)、洪水(こうずゐ)の時(とき)から十三年(ねん)、いまになるまで一日(にち)もかはりはない。
 といひ果(は)てゝ親仁(おやぢ)の又(また)気味(きみ)の悪(わる)い北叟笑(ほくそゑみ)。
(恁(か)う身(み)の上(うへ)を話(はな)したら、嬢様(ぢやうさま)を不便(ふびん)がつて、薪(まき)を折(を)つたり水(みづ)を汲(く)む手扶(てだす)けでもしてやりたいと、情(なさけ)が懸(かゝ)らう。本来(ほんらい)の好心(すきごゝろ)、可加減(いゝかげん)な慈悲(じひ)ぢやとか、情(なさけ)ぢやとかいふ名(な)につけて、一層(そ)山(やま)へ帰(かへ)りたかんべい、はて措(を)かつしやい。彼(あ)の白痴殿(ばかどの)の女房(にようぼう)になつて、世(よ)の中(なか)へは目(め)もやらぬ換(かはり)にやあ、嬢様(ぢやうさま)は如意自在(によゐじざい)、男(をとこ)はより取(ど)つて、飽(あ)けば、息(いき)をかけて獣(けもの)にするわ、殊(こと)に其(そ)の洪水(こうずゐ)以来(いらい)、山(やま)を穿(うが)つたこの流(ながれ)は天道様(てんたうさま)がお授(さづ)けの、男(をとこ)を誘(いざな)ふ怪(あや)しの水(みづ)、生命(いのち)を取(と)られぬものはないのぢや。
 天狗道(てんぐだう)にも三熱(ねつ)の苦悩(くなう)、髪(かみ)が乱(みだ)れ、色(いろ)が蒼(あを)ざめ、胸(むね)が痩(や)せて手足(てあし)が細(ほそ)れば、谷川(たにかは)を浴(あ)びると旧(もと)の通(とほり)、其(それ)こそ水(みづ)が垂(た)るばかり、招(まね)けば活(い)きた魚(うを)も来(く)る、睨(にら)めば美(うつく)しい木(き)の実(み)も落(お)つる、袖(そで)を翳(かざ)せば雨(あめ)も降(ふる)なり、眉(まゆ)を開(ひら)けば風(かぜ)も吹(ふ)くぞよ。
 然(しか)もうまれつきの色好(いろごの)み、殊(こと)に又(また)若(わか)いのが好(すき)ぢやで、何(なに)か御坊(ごぼう)にいうたであらうが、其(それ)を実(まこと)とした処(ところ)で、軈(やが)て飽(あ)かれると尾(を)が出来(でき)る、耳(みゝ)が動(うご)く、足(あし)がのびる、忽(たちま)ち形(かたち)が変(へん)ずるばかりぢや。
 いや、軈(やが)て此(こ)の鯉(こひ)を料理(れうり)して、大胡座(おほあぐら)で飲(の)む時(とき)の魔神(ましん)の姿(すがた)を見(み)せたいな。
 妄念(まうねん)は起(おこ)さずに早(はや)う此処(こゝ)を退(の)かつしやい、助(たす)けられたが不思議(ふしぎ)な位(くらゐ)、嬢様(ぢやうさま)別(べツ)してのお情(なさけ)ぢやわ、生命冥加(いのちみやうが)な、お若(わか)いの、屹(きツ)と修行(しゆぎやう)をさつしやりませ。)と又(また)一ツ背中(せなか)を叩(たゝ)いた、親仁(おやぢ)は鯉(こひ)を提(さ)げたまゝ見向(みむ)きもしないで、山路(やまぢ)を上(うへ)の方(かた)。
 見送(みおく)ると小(ちい)さくなつて、一坐(ざ)の大山(おほやま)の背後(うしろ)へかくれたと思(おも)ふと、油旱(あぶらでり)の焼(や)けるやうな空(そら)に、其(そ)の山(やま)の巓(いたゞき)から、すく/\と雲(くも)が出(で)た、瀧(たき)の音(おと)も静(しづ)まるばかり殷々(ゐん/\)として雷(らい)の響(ひゞき)。
 藻抜(もぬ)けのやうに立(た)つて居(ゐ)た、私(わし)が魂(たましひ)は身(み)に戻(もど)つた、其方(そなた)を拝(をが)むと斉(ひと)しく、杖(つえ)をかい込(こ)み、小笠(をがさ)を傾(かたむ)け、踵(くびす)を返(かへ)すと慌(あはたゞ)しく、一散(さん)に駆(か)け下(お)りたが、里(さと)に着(つ)いた時分(じぶん)は山(やま)は驟雨(ゆふだち)、親仁(おやぢ)が婦人(をんな)に齎(もた)らした鯉(こひ)もこのために活(い)きて孤家(ひとつや)に着(つ)いたらうと思(おも)ふ大雨(おほあめ)であつた。」
 高野聖(かうやひじり)は此(こ)のことについて、敢(あへ)て別(べつ)に註(ちう)して教(をしへ)を与(あた)へはしなかつたが、翌朝(よくてう)袂(たもと)を分(わか)つて、雪中(せつちう)山越(やまごし)にかゝるのを、名残(なごり)惜(を)しく見送(みおく)ると、ちら/\と雪(ゆき)の降(ふ)るなかを次第(しだい)に高(たか)く坂道(さかみち)を上(のぼ)る聖(ひじり)の姿(すがた)、恰(あたか)も雲(くも)に駕(が)して行(ゆ)くやうに見(み)えたのである。
了

底本:「新編 泉 鏡花集 第八巻」岩波書店
   2004(平成16)年1月7日第1刷発行
底本の親本:「高野聖」左久良書房
   1908(明治41)年2月20日
初出:「新小説 第五年第三巻」春陽堂
   1900(明治33)年2月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:砂場清隆
校正:門田裕志
2007年2月12日作成
2012年4月3日修正
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