あらすじ
昔、大きな瘤のあるおじいさんがいました。ある日、山で嵐に遭い、大きな木のうろに逃げ込みます。そこへ、夜中に奇妙な化け物が現れ、酒宴を始めていました。おじいさんは、化け物たちの宴会を面白がって見ているうちに、自分も踊りたくなってしまい、飛び出して踊り始めます。鬼たちは、おじいさんの踊りに大喜びし、翌晩も来るようにと、おじいさんの大切なものを取っておこうと相談します。鬼たちは、おじいさんの瘤を取ると約束し、翌朝には何事もなかったかのように姿を消します。おじいさんは、瘤が消えてしまったことに驚き、喜びます。
     一

 むかし、むかし、ある所(ところ)に、一人(ひとり)のおじいさんがありました。右(みぎ)のほおにぶらぶら大きな瘤(こぶ)をぶら下(さ)げて、始終(しじゅう)じゃまそうにしていました。
 ある日、おじいさんは山へ木を切(き)りに行きました。にわかにひどい大あらしになって、稲光(いなびかり)がぴかぴか光(ひか)って、ごろごろ雷(かみなり)が鳴(な)り出(だ)しました。そのうち雨(あめ)がざあざあ降(ふ)ってきて、うちへ帰(かえ)るにも帰(かえ)れなくなりました。どうしようかと思(おも)って見回(みまわ)しますと、そこに大きな木のうろを見(み)つけました。しかたがありませんから、その中に入(はい)って、雨(あめ)の小(こ)やみになるのを待(ま)っているうちに、いつか日(ひ)はとっぷりくれてしまいました。
 深(ふか)い山の中には、もうきこりの木を切(き)る音(おと)もしません。木のうろの外(そと)は、一面(めん)真(ま)っ暗(くら)やみの中に、すさまじいあらしが、うなり声(ごえ)を立(た)てて通(とお)っていくだけです。
 おじいさんはこわくって、こわくって、たまらないので、夜通(よどお)し目(め)も合(あ)わずに、うろの中に小(ちい)さくなっておりました。
 夜中(よなか)になって、雨(あめ)がだんだん小降(こぶ)りになり、やがてあらしがぱったりやみますと、はるか高(たか)い山の上から、なんだか大(おお)ぜいがやがや騒(さわ)ぎながら、下(お)りてくる声(こえ)がしました。
 おじいさんは今(いま)まで一人(ひとり)ぼっちで、寂(さび)しくってたまらなかったところですから、声(こえ)を聞(き)くとやっと生(い)き返(かえ)ったような気(き)がしました。
「やれやれ、お連(つ)れが出来(でき)て有(あ)り難(がた)い。」
 といいながら、そっとうろの中から顔(かお)を出(だ)してのぞいてみますと、まあどうでしょう、それは人ではなくって、ふしぎな化(ば)け物(もの)が、何(なん)十人(にん)となくぞろぞろ出(で)てくるのです。青(あお)い着物(きもの)を着(き)た赤鬼(あかおに)もいました。赤(あか)い着物(きもの)を着(き)た黒鬼(くろおに)もいました。それが山猫(やまねこ)の目(め)のようにきらきら光(ひか)る明(あ)かりを先(さき)に立(た)てて、どやどや下(お)りてくるのです。
 おじいさんは肝(きも)をつぶして、またうろの中へ首(くび)を引(ひ)っ込(こ)めてしまいました。そしてぶるぶるふるえながら、小(ちい)さくなって息(いき)を殺(ころ)していました。
 鬼(おに)どもはやがて、おじいさんの居(い)るうろの前(まえ)まで来(き)ますと、がやがやいいながら、みんなそこに立(た)ち止(ど)まってしまいました。おじいさんは、「おやおや。」と思(おも)いながら、いよいよ小(ちい)さくなっていますと、そのうちのおかしららしいのが、真(ま)ん中(なか)に座(すわ)って、その右(みぎ)と左(ひだり)へ外(ほか)の鬼(おに)たちがずらりと二(ふた)かわに並びました。よく見(み)ると目(め)の一つしかないのや、口のまるでないのや、鼻(はな)の欠(か)けたのや、それはそれは何(なん)ともいえない気味(きみ)の悪(わる)い顔(かお)をした、いろいろな化(ば)け物(もの)が押(お)しくらをしておりました。
 そのうちお酒(さけ)が出(で)ますと、みんなお互(たが)いに土器(かわらけ)のお杯(さかずき)をうけたり、さしたり、まるで人間(にんげん)のするとおりの、楽(たの)しそうなお酒盛(さかも)りがはじまりました。
 お杯(さかずき)の数(かず)がだんだん重(かさ)なるうちに、おかしららしい鬼(おに)は、だれよりもよけいに酔(よ)って、さもおもしろそうに笑(わら)いくずれていました。すると下座(しもざ)の方(ほう)から、一人(ひとり)の若(わか)い鬼(おに)が立(た)ってきて、お三方(さんぼう)の上に食(た)べ物(もの)をのせて、おそるおそるおかしらの鬼(おに)の前(まえ)へ持(も)って出ました。そして何(なに)かわけの分(わ)からないことをしきりにいっているようです。おかしらの鬼(おに)もお杯(さかずき)を左(ひだり)の手に持(も)って、おもしろそうに笑(わら)いながら聞(き)いています。その様子(ようす)は少(すこ)しも人間(にんげん)と違(ちが)ったところはありません。
 やがておかしらは、
「さあだれか歌(うた)を歌(うた)う者(もの)はないか。踊(おど)りを踊(おど)る者(もの)はないか。」
 といって、そこらを見回(みまわ)しました。
 やがておかしらのそばに座(すわ)っていた鬼(おに)が、出(だ)し抜(ぬ)けに大きな声(こえ)で歌(うた)を歌(うた)い出(だ)しました。するとさっきの若(わか)い鬼(おに)も、すその方(ほう)から前(まえ)へ飛(と)び出(だ)してきて、さんざん踊(おど)りを踊(おど)って引(ひ)っ込(こ)みました。それから代(か)わる代(が)わる下座(しもざ)の方(ほう)から、一人一人(ひとりひとり)違(ちが)った鬼(おに)が立(た)ってきて、同(おな)じように踊(おど)りを踊(おど)りました。中(なか)には上手(じょうず)に踊(おど)ってほめられる者(もの)もあれば、ぶきような踊(おど)り方(かた)をして、みんなに笑(わら)われる者(もの)もありました。踊(おど)りがすむたんびに、ひんながぱちぱち手をたたいて、
「よいよい。」
 とはやしました。
 おかしらの鬼(おに)はその時(とき)、さもゆかいそうに高笑(たかわら)いをして、
「あッは、あッは。おもしろい、おもしろい。今夜(こんや)のようなゆかいな宴会(えんかい)ははじめてだ。だがついでにだれか、もっとめずらしい踊(おど)りを踊(おど)って見(み)せる者(もの)はないか。」
 といいました。
 おじいさんはさっきから、木のうろの中で体(からだ)をこごめながら、それでもこわいもの見(み)たさに、首(くび)だけのばして外(そと)の様子(ようす)をのぞいていました。そのうちに、いったいがひょうきんなおじいさんのことですから、いつかこわいのも何(なに)も忘(わす)れてしまって、見世物(みせもの)でも見(み)ている気(き)で、おもしろがって鬼(おに)の踊(おど)りを見物(けんぶつ)していました。するうちに自分(じぶん)もだんだん浮(う)かれ出(だ)してきて、今(いま)のおかしらの鬼(おに)のいったことばが耳(みみ)に入(はい)ると、自分(じぶん)もひとつ飛(と)び出(だ)して、踊(おど)りを踊(おど)ってみたくなりました。
 しかしうっかり飛(と)び出(だ)していって、一口(ひとくち)にあんぐりやられては大(たい)へんだと一度(ど)は思(おも)い返(かえ)して、一生懸命(いっしょうけんめい)がまんしていましたが、そのうち鬼(おに)どもがおもしろそうに手をたたいて、拍子(ひょうし)をとり出(だ)しますと、もうたまらなくなって、
「ええ、かまうものか。出て踊(おど)ってやれ。食(く)われて死(し)んだらそれまでだ。」
 とすっかり度胸(どきょう)をきめて、腰(こし)にきこりの斧(おの)をさして、烏帽子(えぼし)をずるずるに鼻(はな)の頭(あたま)までかぶったまま、
「よう、こりゃこりゃ。」
 といいながら、ひょっこりおかしらの鬼(おに)の鼻先(はなさき)へ飛(と)び出(だ)しました。
 あんまり出(だ)し抜(ぬ)けだものですから、こんどはおじいさんよりは、鬼(おに)の方(ほう)がびっくりしてしまいました。
「何(なん)だ。何(なん)だ。」
「人間(にんげん)のじじいじゃないか。」
 といいながら、みんなはそう立(だ)ちになって騒(さわ)ぎました。
 おじいさんはもうすましたもので、一生懸命(いっしょうけんめい)、のびたり、ちぢんだり、縦(たて)になり、横(よこ)になり、左(ひだり)へ行き、右(みぎ)へ行き、くるりくるりと木(き)ねずみのように、元気(げんき)よくはね回(まわ)りながら、
「よう、こりゃこりゃ。」
 とお酒(さけ)に酔(よ)ったような声(こえ)を出(だ)して、さもおもしろそうに踊(おど)りました。
 だんだん鬼(おに)どももみんな釣(つ)り込(こ)まれて、いっしょに手拍子(てびょうし)を合(あ)わせながら、
「うまいぞ、うまいぞ。」
「しっかりやれ。」
 こんなことをいいながら、はちきれそうな大笑(おおわら)いをして、おじいさんの踊(おど)りに夢中(むちゅう)になっていました。
 踊(おど)りがすむと、おかしらも感心(かんしん)して、おじいさんに、
「こんなおもしろい踊(おど)りははじめてだ。じいさん、明日(あす)の晩(ばん)も来(き)て、踊(おど)りを踊(おど)るのだぞ。」
 といいました。
 おじいさんはとくいになって、
「へえへえ、おいいつけがなくともきっとまいりますよ。今晩(こんばん)は何(なに)しろ急(きゅう)なことで、おけいこをして来(き)ませんでしたから、明日(あす)の晩(ばん)までには、ゆっくりおさらいをしてまいりましょう。」
 こういうと、その時(とき)右手(みぎて)の三ばんめに座(すわ)っていた鬼(おに)が口を出(だ)して、
「いいや、ああはいっても、その場(ば)になると横着(おうちゃく)をきめて出(で)てこないかも知(し)れません。約束(やくそく)を違(ちが)えさせないために、何(なに)か、しちに取(と)っておいてはどうでしょう。」
 といいました。
 おかしらは、
「なるほどそれはいいだろう。」
 とうなずきました。
「それでは何(なに)がいいだろう。何(なに)を取(と)り上(あ)げておいたものだろう。」
 と鬼(おに)どもは、わいわい相談(そうだん)をはじめました。
「烏帽子(えぼし)がいい。」という者(もの)もありました。
「斧(おの)はどうだ。」という者(もの)もありました。
 おかしらはみんなの騒(さわ)ぐのを止(と)めて、
「いや、何(なに)よりもいちばん、あのじいさんのほおの瘤(こぶ)を取(と)るのがいいだろう。瘤(こぶ)は福(ふく)のあるものだから、じいさんのいちばんだいじなものに違(ちが)いない。」
 といいました。
 おじいさんは心(こころ)の中(なか)では、「しめた。」と思(おも)いながら、わざとびっくりした風(ふう)をして、
「おやおや、とんでもないことをおっしゃいます。目玉(めだま)を抜(ぬ)かれましても、鼻(はな)を切(き)られましても、この瘤(こぶ)を取(と)ることだけはどうかごかんべん下(くだ)さいまし。長年(ながねん)の間(あいだ)、わたくしが宝(たから)のようにしてぶら下(さ)げている、だいじなだいじな瘤(こぶ)でございますから、これを取(と)り上(あ)げられましては、ほんとうに困(こま)ってしまいます。」
 といいました。
 鬼(おに)のおかしらはこれを聞(き)くと、
「それ見(み)ろ。あのとおり惜(お)しがっている瘤(こぶ)だ。あれに限(かぎ)る、取(と)り上(あ)げておけ。」
 といいました。
 手下(てした)の鬼(おに)はすぐそばへ寄(よ)ってきて、
「それ、とるぞ。」
 といいながら、ぽきりと瘤(こぶ)をねじ切(き)ってしまいました。でも少(すこ)しも痛(いた)くはありませんでした。
 ちょうどその時(とき)、夜(よ)が明(あ)けて、からすがかあかあ鳴(な)きました。
「やあ、大(たい)へん。」
 鬼(おに)どもはびっくりして、立(た)ち上(あ)がりました。
「明日(あす)の晩(ばん)はきっと来(こ)い、瘤(こぶ)を返(かえ)してやるから。」
 こういいながら、みんなあわててどこかへ消(き)えていきました。
 おじいさんはその後(あと)で、そっと顔(かお)をなでてみました。そうすると、長年(ながねん)じゃまにしていた大きな瘤(こぶ)がきれいに無(な)くなって、後(あと)はふいて取(と)ったようにつるつるしていました。
「これは有(あ)り難(がた)い。ふしぎなこともあるものだ。」
 おじいさんはうれしくってたまらないので、早(はや)くおばあさんに見(み)せてよろこばしてやろうと、首(くび)を振(ふ)り振(ふ)り、急(いそ)いでうちまで駆(か)けて帰(かえ)りました。
 おばあさんは、おじいさんの瘤(こぶ)がきれいに取(と)れているので、びっくりして、
「おや、瘤(こぶ)をどこへやったのです。」
 と聞(き)きました。おじいさんはこういうわけで、鬼(おに)がしちに取(と)って行(い)ったのだといいました。おばあさんは、
「まあ、まあ。」
 といって、目(め)をまるくしておりました。

     二

 さてこのお隣(となり)のうちにも、これは左(ひだり)のほおに、やはり同(おな)じような瘤(こぶ)のあるおじいさんがありました。おじいさんの瘤(こぶ)のいつの間(ま)にか無(な)くなったのを見(み)て、ふしぎそうに、
「おじいさん、おじいさん、あなたの瘤(こぶ)はどこへいきました。だれか上手(じょうず)なお医者(いしゃ)さまに切(き)ってもらったのですか。どこだかそのお医者(いしゃ)さまのうちを教(おし)えて下(くだ)さい。わたしも行(い)って取(と)ってもらいましょう。」
とうらやましそうにたずねました。
 おじいさんは、
「なあに、これはお医者(いしゃ)さまに切(き)ってもらったのではありません。ゆうべ山の中で鬼(おに)が取(と)っていったのです。」
 といいました。
 するとお隣(となり)のおじいさんはひざを乗(の)り出(だ)して、
「それはいったいどういうわけです。」
 と、びっくりした顔(かお)をしました。
 そこでおじいさんは、こういうわけで踊(おど)りを踊(おど)ったら、後(あと)でしちに取(と)られたのだといって、くわしい話(はなし)をしました。お隣(となり)のおじいさんは、
「いいことを聞(き)いた。ではわたしもさっそく行って踊(おど)りを踊(おど)りましょう。おじいさん、その鬼(おに)の来(く)る所(ところ)がどこだか、教(おし)えておくんなさい。」
 といいました。
「ああ、いいとも。」
 とおじいさんはいって、くわしく道(みち)を教(おし)えてやりました。
 おじいさんは大(たい)そうよろこんで、あたふた山へ出ていきました。そして教(おそ)わった木のうろの中へ入(はい)って、こわごわ鬼(おに)の来(く)るのを待(ま)っていました。
 なるほど、話(はなし)に聞(き)いたとおり、夜中(よなか)になると、何(なん)十人(にん)となく青(あお)い着物(きもの)を着(き)た赤鬼(あかおに)や、赤(あか)い着物(きもの)を着(き)た黒鬼(くろおに)が、貂(てん)の目のようにきらきら光(ひか)る明(あ)かりをつけて、がやがやいいながら出(で)てきました。
 やがてみんなはゆうべのように木のうろの前(まえ)に座(すわ)って、にぎやかなお酒盛(さかも)りをはじめました。
 その時(とき)おかしらの鬼(おに)が、
「どうした。ゆうべのじいさんはまだ来(こ)ないか。」
 といいました。
「どうした、じじい、早(はや)く出(で)てこい。」
 手下(てした)の鬼(おに)どももわいわいいいました。
 お隣(となり)のおじいさんは、それを聞(き)いて、「ここだ。」と思(おも)って、こわごわうろの中からはい出(だ)しました。
 するとひとりの鬼(おに)が目(め)ばやく見(み)つけて、
「やあ、来(き)ました、来(き)ました。」
 といいました。
 おかしらは大(おお)よろこびで、
「おお、よく来(き)た。さあ、こっちへ出て、踊(おど)れ、踊(おど)れ。」
 と声(こえ)をかけました。
 おじいさんは、おっかなびっくり立(た)ち上(あ)がって、見(み)るからぶきような手(て)つきをして、でたらめな踊(おど)りを踊(おど)りました。おかしらの鬼(おに)はふきげんな顔(かお)をして、
「今日(きょう)の踊(おど)りは何(なん)だ。まるでまずくって見(み)ていられない。もういい。帰(かえ)れ、帰(かえ)れ。おい、じじいに、ゆうべのあずかりものを返(かえ)してやれ。」
 とかんしゃく声(ごえ)でいいました。
 すると下座(しもざ)の方(ほう)から若(わか)い鬼(おに)が、あずかっていた瘤(こぶ)を持(も)って出て、
「それ、返(かえ)すぞ。」
 とわめきながら、瘤(こぶ)のない右(みぎ)のほおへぽんとたたきつけました。
 お隣(となり)のおじいさんは、
「あっ。」
 とさけびましたが、もう追(お)っつきませんでした。両方(りょうほう)のほおへ二つ瘤(こぶ)をぶら下(さ)げて、おいおい泣(な)きながら、山を下(くだ)って行きました。
了

底本:「日本の古典童話」講談社学術文庫、講談社
   1983(昭和58)年6月10日第1刷発行
入力:鈴木厚司
校正:林 幸雄
2006年7月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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