一

 偖(さて)、お話も次第に申し尽し、種切れに相成りましたから、何か好(よ)い種を買出したいと存じまして、或お方のお供を幸い磯部(いそべ)へ参り、それから伊香保(いかほ)の方へまわり、遊歩かた/″\実地を調べて参りました伊香保土産のお話で、霧隠伊香保湯煙(きりがくれいかほのゆけぶり)と云う標題に致してお聴きに入れます。これは実際有りましたお話でございます。彼(あ)の辺は追々と養蚕が盛(さかん)に成りましたが、是は日本(にっぽん)第一の鴻益(こうえき)で、茶と生糸の毎年(まいねん)の産額は実に夥(おびたゞ)しい事でございます。外国人も大して之を買入れまする事で、現に昨年などは、外国へ二千万円から輸出したと云いますが、追々御(ご)勉強でございまして、あの辺は山を開墾してだん/″\に桑畑にいたします。それにまた蚕卵紙(たねがみ)を蚕(かいこ)に仕立てます故、丹精はなか/\容易なものでは有りませんが、此の程は大分(だいぶ)養蚕が盛で、田舎は賑やかでございます。養蚕を余り致しません処(ところ)は足利(あしかゞ)の方でございます。此処(こゝ)はまた機場(はたば)でございまして、重(おも)に織物ばかり致します。高機(たかはた)を並べまして、機織女の五十人も百人も居りまして、並んで機を織って居ります。機織女は何程位(どのくらい)な賃銀を取るものだと聞いて見ると、実に僅かな賃でございます。機織女を抱えますのに二種有ります。一(いつ)を反織(たんおり)と云い、一を年季と申します。反織の方は織賃銀何円に付いて何反(なんだん)織ると云う約定で、凡(すべ)て其の織る人の熟不熟、又勤惰(きんだ)によって定め置くものでござります。勉強次第で主人の方でも給金を増すと云う、兎に角宅(うち)へ置いて其の者の腕前を見定めてから給料の約束を致します。又一つの年季と申しますると、一年も三年も或(あるい)は七年も八年もございますが、何十円と定めまして、其の内前金(ぜんきん)を遣(や)ります。皆手金の前借が有ります。それで夏冬の仕着(しきせ)を雇主(やといぬし)より与える物でございます。これは機織女を雇入れます時に、主人方へ雇人請状(やといにんうけじょう)を出しますので、若い方が機に光沢(つや)が有ってよいと云うので、十四五か十七八あたりの処が中々上手に織りますもので、六百三十五匁(もんめ)、ちっと木綿にきぬ糸が這入りまして七十寸位だと申します。其の中(うち)で二崩しなどと云う細かい縞(しま)は、余程手間が掛ります。一機(ひとはた)四反半掛に致しましても、これを織り上げて一円の賃を取りまするのは、中々容易な事ではございません。機織場の後(うしろ)に明りとりの窓が開いて居ります。足利辺(あたり)では大概これを東に開けますから、何故かと聞きましたら、夏は東から這入りまするは冷風だと云います。依(よ)って東へ窓を開け、之をざまと云います。夏季(なつ)蚊燻(かいぶし)を致します。此の蚊燻の事を、彼地(あちら)ではくすべと申します。雨が降ったり暗かったりすると、誠に織り辛いと申しますが、何か唄をうたわなければ退屈致します処から、機織唄がございます。大きな声を出して見えもなく皆(みんな)唄って居ります様子は見て居りますると中々面白いもので、「機が織りたや織神さまと、何卒(どうぞ)日機(ひばた)の織れるよに」と云う唄が有ります。また小倉織(おぐらおり)と云う織方(おりかた)の唄は少し違って居ります。「可愛い男に新田山通(にたやまがよ)い小倉峠が淋しかろ」、これは新田山と桐生(きりゅう)の間に小倉峠と云う処がございます。是は桐生の人に聞きましたが、囃(はやし)がございますが、少し字詰りに云わなければ云えません、「桐生で名高き入山書上(いりやまかきあげ)の番頭さんの女房に成って見たいと丑(うし)の時参りをして見たけれども未だに添われぬ」トン/\パタ/\と遣るのですが、まことに妙な唄で。偖(さて)、足利の町から三十一町、行道山(ぎょうどうざん)の方(かた)へ参ります道に江川(えがわ)村と云う所が有ります。此処に奧木佐十郎(おくのぎさじゅうろう)と云って年齢(とし)六十に成る極く堅人(かたじん)がございます。旧(もと)は戸田(とだ)様の御家来で三十石も頂戴したもので、明治の時勢に相成りましたから、何か商売を為(し)なければならんと云うと、機場のこと故、少しは慣れて居りますから、忰(せがれ)の茂之助(ものすけ)を相手に織娘(おりこ)を抱えて機屋をいたしますと、明治の始めあたりは、追々機が盛って参り大分(だいぶ)繁昌で親父(おとっさん)も何(ど)うか早く茂之助に善(よ)い女房を持たせたいと思ううち、織娘の中で心掛けの善いおくのと云うが有りまして、親父(おやじ)の鑑識(めがね)でこれを茂之助に添わせると、宜(よ)いことには忽(たちま)ち子供が出産(でき)ました。総領を布卷吉(つまきち)と申して今年七歳になり、次は二月生れで女の児(こ)をお定(さだ)と申します。

        二

 扨(さて)、奧木茂之助は、只機が織り上るとちゃんと之を畳みまして綴糸(とじいと)を附ける。彼(あ)れもまた一役(ひとやく)で、悉皆(すっかり)出来た処で此品(これ)を持ち、高崎(たかさき)や前橋(まえばし)の六斎市(さいいち)の立ちまする処へ往って売るのでございますが、前橋は県庁がたちまして、大分(だいぶ)繁昌でございまして、只今は猶(なお)盛んで有りますが、料理茶屋の宜(よ)いのも有る。其の中で藤本(ふじもと)と云う鰻屋で料理を致す家(うち)が有ります。六斎が引けますると、茂之助は何日(いつ)も其家(そこ)へ往って泊りますが、一体贅沢者で、田舎の肴は喰えないなどと云う事を平生(ふだん)申して居ります。処が此の藤本は料理が一番宜いと云うので、六斎市の前の晩から、翌日(あした)の市の時も泊り、漸々(だん/″\)馴染(なじみ)となり、友達が来て共に泊ると云うような事に成りました。すると此の藤本の抱えで、小瀧(こたき)と云う芸者は、もと東京浅草猿若町(さるわかまち)に居りまして、大層お客を取りました芸者で、まだ年は二十一でございますが、悪智(あくち)のあるもので、情夫(いろおとこ)ゆえに借金が出来て、仕方なしに前橋へ住替えて来ましたが、当人は何時までも田舎に居るのは厭で、早く東京へ帰りたいと思うとお金が欲しくなって来ます。すると、誰でも遊びに来る時などには、宅(うち)に金瓶が八つに、ダイヤモンドが八十六も有るように大法螺(おおぼら)を吹きます。
茂「今度は何千反持って来て、何処(どこ)へ何百反置いて、此処へ何百反渡して金を何百円持って帰る」
 と云うように、大業(おおぎょう)な事を云うから、小瀧も此の茂之助を金の有る人と思いますと、容貌(こがら)も余り悪くはなし、年齢(とし)は三十三で温和(おとなし)やかな人ゆえ、此の人に縋(すが)り付けば私の身の上も何うか成るだろうと云うと、此方(こちら)は素(もと)より東京の芸妓(げいしゃ)と云うのを当込んで掛りましたのだから、ついした事から深く成り、現(うつゝ)を抜かして寝泊りを致しました事も度々(たび/\)なれども、茂之助の女房おくのは、苟且(かりそめ)にもいやな顔を為(し)ません。幾ら夫につらくされても更に気にも止めず、却(かえ)って夫の不始末をお父(とっ)さんに取成し、
くの「私はもとは此の家(うち)へ機織に雇われた奉公人を、斯(こ)うやって若旦那に添わして下さるとは冥加至極のこと、お父さんのお鑑識(めがね)にかない此の家の女房に成り子供まで出来ましたから、若旦那さまに幾ら辛くされようとも、旧(もと)の身分を考えれば何も云う処はございません、それは男の楽しみゆえ一人や二人情婦(おんな)の有るは当前(あたりまえ)」
 と諦めて居るを宜(い)い事にして、茂之助は些(ちっ)とも家(うち)へ帰って来ません。終(しまい)には増長して家の金を持出して遊びに出て、小瀧に入上(いれあげ)て仕舞いますので、追々借財が出来ましたが、親父は八ヶましいから女房のおくのが内々で亭主の借金の尻を償(つぐの)って置きます。此のおくのは、年齢(とし)二十七だが感心なもので、亭主の借金をぽつ/\内証で返す積りで働きまするのだが、夜業(よなべ)を掛けても、一反半織るのは、余程上手なものでなければ出来ませんのを、おくのは一生懸命に夜業を掛けて、毎日二反ずつ織上げませんと、亭主の拵えた借金が払えないと精出して遣(や)って居ります。然(そ)ういう結構な女房を持って居ながら、茂之助は心得違いにも、とうとう多分の金を以(もっ)て彼(か)の小瀧を身請いたしました、尤(もっと)も其の頃の事ゆえ、身請と云っても旅の芸妓(げいしゃ)は廉(やす)かったもので、こま/\した借金を残らず払っても、百二十円も有れば治まりがつくと云うくらいのもので、藤本の方を綺麗に極りを附けて小瀧を連れて来ましたが、宅(うち)へ入れる事が出来ませんから、足利の栄町(さかえちょう)六十三番地に、ちょっとした空家(あきや)が有りましたから、これを借受け、飯事世帯(まゝごとしょたい)のように小瀧と二人で暮して居りましたが、小瀧は何か旨い物が喰(た)べたいとか、あゝいう物を織らして来てお呉んなさいと云う我まゝ気随でありますが、茂之助は宅へ往(い)く了簡もなく、差向いで酒を呑み、小瀧の爪弾(つめびき)を聞いて楽しんで居ります中(うち)に、商売を懶(なま)けて居るから借金に責められるが、持立ての女だから、見え張った事ばかり為(し)て居ります。

        三

 塩町(しおちょう)と云う処に、相模屋(さがみや)と[#「相模屋(さがみや)と」は底本では「相摸屋(さがみや)と」]云う料理茶屋が有ります。此家(これ)は彼地(あちら)では[#「彼地(あちら)では」は底本では「彼他(あちら)では」]一等の家でございます。或日(あるひ)のこと、桑原治平(くわばらじへい)と云う他所(よそ)へ反物を卸す渋川(しぶかわ)の商人(あきんど)と、茂之助は差向いで一猪口(いッちょこ)飲(や)りながら、
治「こう茂之助さん、君イね、何も彼(か)も心得の有る人なり、それに前々は先(ま)ず戸田さまの御藩中であって大小を差した人に向って、僕が失敬な事を云うようで済みませんが、何うせ君の気に入るまいけれども、君の妻君のような者を持つは、実に此の上ない幸福だと思うが、おくのさんの心掛てえものは別だね、其の代り田舎育ちだから愚図だと云うは、何うもまア何かその云うことが、私(わし)も田舎者だから田舎の贔屓(ひいき)をするてえ訳じゃア無いが、言葉が違うので貴方(あなた)の気に入らんか知りません、言葉は国の手形さ、亭主の留守を守るのが細君の第一の勤め、家事を治めるのが当然(あたりまえ)の処だが、如何にもその、おくのさんの家事の守りようが真実で、無駄のないようにして、織娘(おりこ)の手当から、織上げさせてからに自分ですっかり綴糸を附けて、直ぐに六斎へ持出せるように拵えて置くのに、貴方(あんた)は少しも宅(うち)へ帰らねえのは心得違いで有りましょう、尤も今じゃア別に成っておいでなさるから宅へ往(ゆ)く事も有りますまいが、お父(とっ)さんは義理が有るから、おくのさんに彼(あれ)は宅へ寄せ附けないと云う、又おくのさんは、舅の機嫌を取って、貴方(あんた)の借金の方を附けるてえ事を、僕は此間(こなえだ)聞いてゝ落涙をしましたが、本当に感心な心掛だと思(おめ)えました、貴方(あんた)も子は可愛いだろうね」
茂「ヘヽヽ子の可愛く無いものは有りません」
治「それはね君も惚れて、大金を出してからに身請までした女を、よせと云うのは僕が強気(ごうぎ)に失敬な事を云うと君思うかは知れんが、彼(あ)のお瀧を、君に持たして置くのをよさせ度(た)いね、廃(よ)し給え、君の為に成らんから」
茂「誰も然(そ)う云うが、何うも自分の好いた女と、一(ひ)ト処(とこ)で取膳(とりぜん)で飯でも喰わなけりゃア詰らんからね、何も熱く成ってると云う訳じゃア無いが、僕の方からおくのを好いて持った訳でも無い、親の意を背かずに厭な女だけれども仕方なしに持ったが、自分の好いた女を愛して居るのがマア男の楽しみだからね」
治「それは楽しみさ、何も僕が君の楽しみを止(とゞ)めるてえ訳では無いが、如何にも君の細君の心に成って見ると、僕は君の楽しみを止(と)めたいね、彼(あ)のお瀧なるものは……君の前でお瀧と云っては済みませんが、僕も彼(あれ)が芸者で居る時分二三度買った事も有るが、おくのさんのように、あゝ遣って留守を守って固くして、亭主の借金済(な)しまでして、留守を守って居るようなら宜しいが、中々彼は守らんぜ、密夫(みっぷ)の有る事を君知りませんかえ」
茂「え……誰か/\」
治「誰かと云うて顔色を変えて……迂濶(うっか)りした事は云えない、確(しか)と是はと云う証(しょう)もなし、何も僕がその密夫と同衾(ひとつね)を為(し)ていた処を見定めた訳では無いけれども、何うも怪しいと云うのは、疾(と)うから馴染の情夫(おとこ)に相違ないようだ、君の前で云うのは何(な)んだが、本当に彼(あれ)が君を思って貞女を立て通す気かも知れないが、君の処へ松(まつ)五郎(ろう)と云うものが遊びに来ましょう」
茂「なに彼(あれ)は東京の駿河台(するがだい)あたりの士族で、まだ若(わか)え男だが、お瀧が東京の猿若町で芸者を為(し)て居た時分に贔屓に成った人で、今零落(おちぶ)れて此地(こっち)へ来て居ると云うので、福井町(ふくいまち)に居ると云って時々遊びに来るから僕も酒を飲合って居るのさ」

        四

治「君は気い附かずに居るんだかね、君の留守へ彼(あ)の松五郎が来て、お瀧と差向いで飲んでゝ、僕の這入ろうと為(し)たのを、気い附かないようだったから、すーッと外して出たが、其の後(ご)両度ほど松五郎と差向いで酒を飲んで居た処を見たが、何も差向いで酒を飲んで居たから密通をして居ると云う訳でも無いが、実は色を売って居た芸者の事だから、何んとも云えないのさ、それに君も細君に苦労を掛けて、子まで有る身の上で、負債も嵩(かさ)んで居(い)られる事だから、日頃御懇意に致すに依って申すのだが、入らざる事を云うと君に愛想を尽(つか)されて立腹を受け、再び取引せんと云われゝば止むを得んが、全く君のお為を心得るから云いますので」
茂「有難う……然(そ)う云えば彼(あ)の松五郎は度々(たび/\)来ます」
治「度々来ましょう」
茂「私彼奴(あいつ)たゞア置きませんヘエ……」
治「それは悪い……顔の色を変えて、たゞア置きませんなんて、刃物三昧をするのは時節が違いますよ、成程あんたは素(も)と戸田さまの御藩中だが、今は機屋だから機屋らしい事を為(し)なければなりませんよ、御近所に原與左衞門(はらよざえもん)も居りますから、誰(たれ)か解るものを頼んで、体能(ていよ)く彼(あれ)を東京へ帰すとか、又は他(た)へ縁付けるとかして、話合いで別れなえといけませんぜ、先方(むこう)で君に惚れて何処(どこ)まで居る了簡か、又は出てえ了簡なのかそれは分りませんが、君も然う思っては最う添っちゃア居られますまい、岡目八目だが」
茂「いえ何うも御真実辱(かたじ)けない、成程浮気稼業の芸妓(げいしゃ)だからちっとは為(し)ましょうけれども、私(わし)が大金を出して、多分の金も有る身の上では無いが、彼(あれ)の借財を返して遣り、請出した恩誼(おんぎ)も有るからよもやと思います、彼(あ)の時など手を合せて、私(わたし)は生涯此地(こゝ)に芸妓を為て居る事かと思いましたが、貴方のお蔭で足を洗って素人に成れまして、斯(こ)んな嬉しい事は無い、時節が違うからべん/″\と何時までも芸妓をして居る心は有りませんと云って拝んだ事も有りますから、此の恩誼は忘れまいかと思いますが、何う為たら宜かろう……二人の悪事を見定め、何うかして松五郎と密通して居る処へ踏み込んで遣りたいね」
治「じゃア斯う為(し)たら何うだろう、君は時々松五郎を家(うち)へ呼んで酒を飲み合うだろう、じゃア何うだえ、今夜は淋しくって夫婦差向いで酒を飲んでも面白くないが、東京の人の云う事は面白いから松さんを呼んで来なと云って、遅くまで飲んで、夜短(よみじ)かの時分だから泊ってお出(いで)な、是から帰るったって一人身の事だから、女郎買でも始めると宜くないと云って無理に止めてサ、貴方(あんた)が端の方へ寝て、中央(まんなか)へお瀧を寝かして、向うの端へ松五郎を寝かして、貴方が寝た振をして鼾(いびき)を掻いて居る、其の中(うち)にお瀧が中央に居るから、若(も)し情実(わけ)が有ればソレ夜中に向うの床の中へ這入るとか、男の方からお瀧の方へ足でも突込(つッこ)めば、貴方が跳起(はねお)きて両人(ふたり)をおさえ付け、実は斯ういう訳の有る事を知って居(お)るから汝(てめえ)を呼んだのだと云って、長熨斗(ながのし)を付けて呉れて遣る、己(おれ)も男だ、素(もと)より芸妓(げいしゃ)の浮気は知って居るから汝に呉れて遣ると云えば、銭入らずに事が済むから、然うしてあんなものは早く追出して仕舞って、何うかおくのさんを可愛がって上げなんし、宜くねえよ」
茂「誠に有難う」
治「然(しか)し僕が云ったと云ってはなりません」
茂「いや御親切誠に有難う」
 と真実な治平の言葉に感じて宅へ帰りました。

        五

 其の翌日は丁度所の休み日で、
茂「今日は松五郎を呼んで一盃(ぱい)飲みたい」
 と手紙を以て松五郎を呼びに遣ると、早速まいりました。
茂「何ぞ旨い肴は無いか」
 と云うので是から三人で酒を飲み合って居る中(うち)に、茂之助が気を付けて見ると、何うも二人の様子が訝(おか)しい、気が付かずに居(お)れば然(そ)うでもないが、疑心を起して見ると、すること成すこと訝しく見えます。ちょいと見る眼遣(めづか)いの時に、眼の球が同じ横に往(ゆ)きながらも、松五郎の方(かた)を見る時は上の方(ほう)へ往くが、僕の方を見る時は、下眼(さがりめ)で、何んだか軽蔑して見るような眼つきだ、鰌(どじょう)の骨抜を皿へとりわけるにも、僕の方には玉子の掛らない処を探して、松五郎の方へばかり沢山玉子の掛った処が往くと、一々気になって来ます。斯う遣って僕にばかり盃を差すのは、僕に酒を勧め酔わして置いて寝かしてから彼奴(あいつ)の方へ往く了簡だろう、と思いましたから、成(なる)たけ酒を飲まぬようにして、お膳の隅へあけて、お瀧に盃を差し、女を酔わして堕落させようと思い、頻(しき)りに酒を勧める。其の心の中(うち)の戦(たゝかい)は実に[#「実に」は底本では「実た」]修羅道地獄の境界(きょうがい)で、三人で酒を飲んで居りましたが、松五郎は調子の好(い)い男で、
松「何うも大きに酩酊しました、もうお暇をしましょう、お暇をしましょう」
茂「まア宜(い)いじゃア無いか、今夜は泊って往(い)き給え、是から福井町へ帰れば、貸座敷と云っても余(あんま)り好(い)いのは無いが色を売る処、殊(こと)に君は独身者(ひとりもの)だから遊女にでも引ッかゝると詰らんよ、一つ蚊帳(かや)の中へ這入って三人混雑(ごった)にお泊りよ」
瀧「お泊んなさいよ、お前さんは独身(ひとりみ)だから余程(よほど)遊ぶてえ事を聞いたが、詰らないお銭(あし)を費(つか)って損が立つ計(ばか)りではなく、第一身体でも悪くするといけないし、それに余程(よっぽど)もう遅いよ、慥(たし)か一時でしょう」
茂「だからさ、泊って往(い)きたまえ」
 と無理に引止め、片端へ茂之助が寝て、中央(まんなか)へお瀧、向うの端へ松五郎が寝まして、互に枕を附けると、茂之助は胸に一物(いちもつ)有りますからわざとグウー/″\と鼾を掻いて居りますが、少しも寝ない。何うして居やアがるか見て遣りたいと、眼を瞑(ねむ)って居ながらも時々細目に開いて、態(わざ)とムニャ/\と云いながら、足をバタァリと遣る次手(ついで)にグルリと寝転(ねがえ)りを打ち、仰向(あおむけ)に成って、横目でジイとお瀧の方へ見当を附けると、お瀧はスヤリ/\と寝て居る様子、松五郎もグウー/\と鼾を掻いて居ますから、いまにお瀧が彼方(あっち)へ往(い)くに相違ないと思って居る中(うち)に、次第/\に夜が更けて来る、渡良瀬川(わたらせがわ)の水音高く聞えるように成ると、我慢して起きて居たいが飲める口へ少し過したので、ツイとろ/\と茂之助が寝まして、不図(ふと)眼を覚して見ると、お瀧が竈(へッつい)の下を焚(た)き附けて居て、もう夜が白んで、松五郎は居りませんから、アヽ失策(しま)ったと思い、
茂「お瀧/\」
瀧「あい」
茂「松さんは何うしたえ」
瀧「あの誠になにだがお暇乞(いとまごい)をしなければ成りませんけれども、少し用が有ると云って早アく帰りました、又四五日内に来ると云いましたよ」
茂「はアー然うか、少し頼みたい事が有ったのに……アヽー眠い/\、何故此の頃は斯んなに眠いんだろう」
 と瞞(ごま)かして居りましたが、何んでも己がトロリと寝た間(ま)に逢引をしたに違いねえ、と疑心が晴れませんから、又一日隔(お)いて松五郎を呼び、酒を飲まして例(いつも)の通り蚊帳を釣って三人の床を展(の)べ、茂之助は仰臥(あおむけ)になって横目で二人の様子を見ながら、空鼾(そらいびき)を掻く中(うち)に、余(あと)の二人もグウー/\と寝て居ます。時々細目に開いては見ますけれども、二人とも側へ寄る様子も有りません。お瀧は茂之助の方を向いて寝て居ります。

        六

 茂之助は、二人の様子に目を付けて居るが、何うしても知れない。何んでも是は明方人の起る時分に何うかするに違い無い、今夜こそは、と心を締めて居る中(うち)に、漸々(だん/″\)眠くなって来たから、腿(もゝ)を摘(つめ)ッたり鼻を捻(ねじ)ったりして忍耐(がまん)しても次第に眠くなる、酒を飲んで居るからいけません。明方になると、トロ/\と寝ました。……アヽ失策(しま)ったと眼を開(あ)いて見ると、お瀧は竈(へッつい)の下を焚付けて居ますが松五郎は居りません。
茂「お瀧/\」
たき「あい」
茂「松公は何うした」
たき「早く帰りました」
茂「少し用が有るんだッけ……アヽーまた明日(あした)呼ぼう」
 と云って同じく遣って見たがいけません。口惜(くやし)い/\と思って不図考え付いてお瀧を呼び、
茂「お瀧、己は東京へ金策に往って事に寄ると横浜へ廻って来る」
 と宅(うち)を出まして、直(じき)近村の太田の知己(しるべ)の家に居て、日の暮れるを待って、ソッと土手伝いに我家へ忍んで来ました。畠には桐を作り、大樹が何十本となく植込んで有り、下は一杯の畠に成って居ります。裏手の灰小屋へ身を潜め、耳を引立(ひった)て宅の様子を聞いて居りますると、お瀧が爪弾(つめびき)で何か弾いて居ります。此の爪弾が合図に相違ないと思って居る中(うち)に、夜(よ)は次第に更けわたり、しんと致すと、何処(どこ)の寺の鐘か幽(かす)かにボーンと聞え、もう十二時少し廻ったかと思う時刻に、這入って来たのは村上松五郎と云うお瀧の情夫(いろおとこ)で、其の時分は未だ髷が有りました。細かい縞の足利織では有りますが、一寸(ちょっと)気の利いた糸入の単物(ひとえもの)に、紺献上の帯を締め、表附(おもてつき)のノメリの駒下駄を穿(は)き、手拭を一寸頭の上へ載せ、垣根(くね)の処から這入って往(い)く後姿(うしろすがた)を見て、
茂「むう松五郎か、来たな汝(うぬ)」
 と息を屏(こら)して中へ這入る様子を見て居りますると、ガラ/″\と上総戸(かずさど)を開けると、土間口へお瀧が出迎い、
たき「お這入りなさいよ」
 と坐敷へ上げました。お瀧は情夫に逢うのだから嬉しい、夜(よ)に入(い)れば少し寒うございますなれども五月上旬(はじめ)と云うので、南部の藍(あい)の子持縞(こもちじま)の袷(あわせ)を素(す)で着て、頭は達磨返(だるまがえし)と云う結び髪に、*平(ひら)との金簪(きんかん)を差し、斑紋(ばらふ)の斑(ふ)の切れた鬢櫛(びんぐし)を横の方へ差し、年齢(とし)は廿一でクッキリと灰汁抜(あくぬけ)の為(し)た美(よ)い女で、
たき「何うしたえ、私の手紙が往違(いきちが)いにでもなりやアしないかと思って何んなにか心配したよ」
松「宜(い)い塩梅(あんばい)に僕の手に這入ったが、家主(やだま)ア東京へ往ったじゃアねえか」
たき「宜いよ。私は本当に案じたよ、お前の来ようが遅いから待ちぼけは詰らないと思ってたが能く来たね、何ね少しお金の出来る事が有って東京へ往ったんだが、一体才覚(はたらき)の無い人だから出来る気遣(きづかい)は無いよ、誰がおいそれと金を貸す奴があるものかね、屹度(きっと)出来やア為(し)ないが、二百両借りて来ると云ったから十日や十五日は帰るまいと思うよ、□□□□、□□□□□□□□□□□」
松「だって体裁(きまり)が悪くて成らねえんだ、親指(これ)が感附きゃア為(し)ねえか知ら」
たき「大丈夫だよ、彼(あ)んなでれすけだから気の附く気遣は有りゃア為ませんよ」
 と云うひそ/\話を窓の下で聞いて居りました茂之助は腹を立て、
茂「己の事をでれすけ呼(よば)わりをしてえやアがる、罰当り奴(め)、前橋の藤本で手を合せて、私を請出して素人にしておくんなさる此の御恩は忘れないと云やアがった事を忘れたか」
 とグーッと癇が高ぶって来ると、額に青筋を現わし、唇を慄(ふる)わし、踏込(ふんご)もうかと思ったが、いや/\二人枕を並べて居る処へ踏込まなければ遣り損うと思いましたから、尚おそっと窓の下に茫然(ぼんやり)立って居ると、藪蚊と毒虫に螫(さゝ)れるので癢(かゆ)くて堪りませんから、掻きながら様子を立聞をして居ました。
* そろばんがたの、すかしのあるかんざし、この頃流行せしもの。

        七

たき「何んにも無いが、魚屋に頼んで置いたら些(ち)っとばかり赤貝を持って来たからお食(あが)りな」
松「何んだか何うも心配だなア」
たき「大丈夫だよ、お前が前橋へ来た時には私は貧乏して居たが、縁と云うものは妙だね、私が芝居町で芸妓(げいしゃ)をして居た時分に、まだ私が十五六で雛妓(したじっこ)で居た時分からお前さんに岡惚をして居て、皆(みんな)に嬲(なぶ)られて居る中(うち)に、一度が二度逢引をすると、其の時分には幾ら私が惚れたッてお前さんは未だ殿様株で、立派な気の詰るような人でありましたが、思う念も遂げられたけれども、それがため借金が出来て、此様(こん)な田舎へ出稼(でかせぎ)するような身になって、前橋に居た時にもお前さんに逢いたいばかりで、厭だけれども茂之助を金持だと思って来て見れば、矢張(やっぱ)り金は有りゃアしないんだアな、彼(あ)の時は有る振りをしていたから、此の人に取っ掴(つか)まって居たら、またお前さんに逢える時節も有ろうかと来て見ると、立派な女房も有るんだよ、是まで余(あんま)り道楽をしたとか云うので、実家(うち)へも帰られないので此様な汚ない空家を借りて世帯(しょたい)を持たして、爺むさいたッてお前さん茅葺(かやぶき)屋根から虫が落ちるだろうじゃアないか、本当に私を退(ひか)したって亭主振って、小憎らしいのだよ、此間(こないだ)の晩も種々(いろ/\)話したいことが有るんだけれども出来ないと云うのはね、茂之助が、寝て居て鼾は掻くが時々動いたりバタ/\したりして気味が悪いから、じっと我慢をして居たが、本当に松さん居難(いにく)いと思っておくれ、お前に逢って斯う云う訳に成ったら、茂之助が厭に成って何か彼奴(あいつ)に云われると、本当に身の毛立つほど厭なんだよ、併(しか)し大金を出して、私の身を請出してくれた恩が有るから、黙って居るけれども、実は厭なんだよ、私は半年でもお前さんと夫婦に成らなけりゃア置かないよ、若(も)し夫婦に成れなければ寧(いっ)そ死んで仕舞う積りだよ」
 と話して居るを聞き、茂之助は一層怒りを増し、
茂「畜生め/\芝居町にもと居た時分からくッついて居やアがったんだ、己と口をきくのも厭だてえやアがる、うーむ彼奴に逢いてえばッかりに己をお客にして騙(だま)しやアがッて、畜生めむうー」
 と余(あんま)り腹が立つと鼻がフー/\鳴るから、自分で鼻を押え、猶(なお)も身を寄せて立聞くとも知らず、
たき「ちょいとこれを喰(た)べて御覧よ、□□□□□□□□□□□□□□□□□□、□□□□□□□□□□□□□□□、お前に逢うと、何んだか私は我儘になって変になっちまうんだよ、と云って此家(こゝ)を出る訳にも往(ゆ)かず、何うかして茂之助が死ねば宜(い)いと思って居るのに、中々悪達者(わるだっしゃ)で死なゝいのだよ、此間(こないだ)もお腹(はら)が甚(ひど)く痛むと云うから、宜い塩梅だ、コレラに成るのかと思ったと云うは、悪いお刺身の少しベトつくのを喰べたから、便所(ちょうずば)へ二度も往(い)きゃア大丈夫だと思ってると一日経つとサバ/\熱が取れて薩張(さっぱ)り癒(なお)って仕舞ったから、私はがっかりして仕舞ったのさ」
茂「畜生、亭主の病気が癒ってがっかりする奴が有るものか」
 ともう耐(こら)え兼ねて、短い脇差へ手を掛けて抜き掛けて土間口から這入って来るとも知らず、奥では一盃飲みながら松五郎の膝へもたれ掛り、
たき「□□□□□□□□□□□□□□□」
 と、一盃の酒を飲み合い、もたついて居るのを見たから堪りません。平素(ふだん)温和(おとな)しい善(よ)い人の怒(おこ)ったのは甚(ひど)いもので、物をも云わずがらりと戸を開けて中へ飛込み、片手に抜身(ぬきみ)を提(さ)げて這入ると、未だ寝は致しません、お膳の前でピッタリ寄添って酒を飲んで居る処へ飛込んだから、少し間合が早かったけれども、我慢が出来ませんから松五郎を目懸けて斬り込むと云う、此の事が騒動の始まりでございます。

        八

 東京でも他県でも色恋の道では随分自分の身を果します、間男をされて腹を立てぬものは、一人もございません、男同士でも交情(なか)が善(よ)くって手を曳合(ひきあ)って歩いても、他(わき)の人とこそ/\耳こすりでもされますと男同士でも嫉妬(ちん/\)を起して、彼(あれ)は茂山(しげやま)氏の傍(そば)へばかり往って居る、一体彼奴(あいつ)は心掛けが宜くない、軽薄を以て彼(あ)の方(ほう)へ取附こうと云う考えだろう、などと詰らない事を云って怒(おこ)ります。同じようなお膳が出まして鯛の浜焼が名々(めい/\)皿に附いて出ましても、隣席(となり)の人の鯛は少し大きいと腹を立て、此家(こゝ)の亭主は甚だ不注意極(きわ)まる、鯛などは同じように揃ったのを出せば宜(い)いんだ、と云っても然(そ)う揃ったのは有りません。また隣で蔵でも立派に建てますと、何うだえ此の頃は忌(いや)にぎすついて来たが、成上りてえものは宜(い)けねえ者だ、旦那然とした面(つら)を為(し)やアがって、朝湯で逢っても厭に肩で風を切って、彼奴が蔵を建ったので丁度南から風の這入る処を、蔵の為に坐敷が暗くなっていけません、何彼(あれ)だって好(い)い蔵じゃア有りません、毀(こわ)しか何か買って来たんでしょう、火事でも有りゃア直(じき)に火が這入ります、などゝ自分で建てる事が出来んとグッと込上げて参りますが、誰も此の嫉妬心(しっとしん)は離れる事は出来ませんものと見えます。況(まし)てや大金を出しまして連れて来たお瀧が、松五郎の膝へしなだれ寄って亭主の事を悪口(あっこう)を云うのだから腹の立つのも道理、茂之助は無茶苦茶に斬込んで来ましたから二人は驚き、お瀧は慌てゝ逃げ出(いだ)す。松五郎は旧(もと)は士族だけに腕に覚えの有る奴、素(もと)より剛胆の奴ゆえ左(さ)のみに驚きませんで、一歩退(さが)って後(あと)に有りました烟草盆を取ってポカリと投げ附けると、茂之助の肩をかすッてパチリと柱へ当ると、灰は八方へ散乱致す、其の中(うち)にお瀧は一生懸命だから四巾布団(よのぶとん)を取って後(うしろ)から茂之助を抱き締めましたが、女の事で身丈(せい)が低いから羽がい締めと云う訳には参りません、脇の下をお瀧に押えられたが、茂之助は無茶苦茶に刀を振り舞しながら、
茂「間男見附けた、さア二人重ねて置いて四つにしようと八つに為(し)ようと己の了簡次第だ、間男見付けた」
 と死物狂いの声で呶鳴(どな)り立てゝ、ピン/\と鼻へ抜けて出る調子で、精神(たましい)はもう頭へ上(のぼ)って居ます。松五郎は何か無いかと四辺(あたり)をキョロ/\探すと、巻手(まきて)と申しまする何か機織道具で、長(たけ)二尺ばかり厚み一寸も有ります巻手と云うものを取って打って掛る。
たき「誰か来ておくんなさいよ、家(うち)の良人(ひと)が大変でございますよ、人殺(ひとごろし)イ」
 と云っても田舎の事ゆえ誰有って来るものは有りません。すると一軒隔(お)いて隣に川村(かわむら)三八郎(ろう)と云う者が居ますが、妙な堅いような耄(とぼ)けたような変な人でございまして、早く開化の道理を少し覚え、開化は宜(よ)いもんだと考えを起して居りますが、未だちょん髷が有りまして、一体何うも此の人は聞覚えの分らぬ漢語を交ぜて妙な言(こと)を云います、漢語と昔のお家流の御座り奉るを一つに混ぜて人を諭したり口を利くのが嗜(す)きな人でございます。処が今茂之助の家(うち)で女の声で、キイーキイー人殺しイと云うを聞き付け、捨置き難いと存じましたから飛び込んで見ると、茂之助が抜刀(ぬきみ)を振廻して居ます。松五郎を目懸けて打って掛るを抱き留め、
三「先ず待ち給え」
 と云いながら茂之助の手を押え、
三「聊(いさゝ)か待ち給え、急(せ)いては事を為損(しそん)ずるから、宜しく精神(たましい)を臍下丹田(さいかたんでん)に納めて以て、即ち貴方ようく脳膸を鎮(おさ)めずんばあるべからず、怒然(どぜん)として心を静め給え」
茂「へえ有難う……ございますが、どうか放して下さい」
 と云う。

        九

茂「三八さん、誠にお恥かしい事でございますが、此のお瀧の畜生奴(め)、間男を引摺込んで貴方私の事を悪口(あっこう)して居るのを私が聞くとも知らず、大それた枕を並べて寝に掛ったから助けちゃア置かれません、私だって素(もと)は御領主さまの家来で、聊(いさゝ)か御扶持(ごふち)も戴いた者ゆえ親父に聞えても私が顔が立ちません、名義が廃(すた)ります、ヘエ」
三「いや、御尤もの事だが、能く爰(こゝ)の道理を君肯(き)かんと宜しく無いて、何(ど)のような事が有ろうとも僕が斯う遣って此処へ仲来(ちゅうらい)して、今君だちの困難を発明することは公然たる処を得たりと雖(いえど)も、お瀧どのが一体逃去ったる義で御座り奉つり候(そろ)、茂之助さんが大金を出(いだ)して身請に及び、斯(かゝ)る処の一軒の家まで求め、即ち何不足なく驚愕安然(あんぜん)として居(い)られるのを有難く存じ奉る義と心得あるべからんに、密夫(みっぷ)を引入れてからに、何うも酒肴(さけさかな)をとり引証(いんしょう)をするのみならず、安眠たる事は有るまからんと存奉候(ぞんじたてまつりてそろ)、其処(そこ)の道理を推測(おしはか)って見ますと、尊公の腹立(ふくりゅう)致さるゝ処は至極何うも是は沈黙千万たるの理合(りあい)にあらずんば有るべからず」
 と何んだか云う事は些(ちっ)とも分りません、可笑(おかし)いのも上(のぼ)せて居りますから気が付かず茂之助は夢中で居ります。
茂「お前さんの云う事は何んだか薩張(さっぱ)り分りませんが、男女(なんにょ)とも此の儘何うも捨置く事は出来ません、御意見に背くようですが親父の前へ対しても打棄(うっちゃ)っちゃア置かれませんから、私は彼奴(あいつ)を斬らずにゃア置きません、何うぞお手をお引き下さいまし」
松「さア斬れ、二人並べて置いて斬れ……何(な)にイ当然(あたりめえ)よ、密通すれば何(ど)れだけと処分は極って居るんだ、仮令(たとえ)間男をしても亭主が無闇に斬るような世の中じゃア無(ね)えや、さア何処へでも勝手に持出せ、一年の間赤い筒袖(つゝっぽ)を着て苦役(くえき)をする事は素(もと)より承知の上だが、何も二人で枕を並べて寝てえた訳じゃアなし、交際酒(つきええざけ)を一盃飲んで居ただけで、何も証拠の無え事を間男呼(よば)わりを為(し)やアがッて、何処が間男だえ」
たき「静かにしておくんなさい、三八(さんぱっ)さんにまで御苦労を掛けて済みませんが、申し茂之助さん、何う為たんだよ、お前さん能(よう)く気を落着けておくれよ、大金を出して私を身請えしたと云う処(とこ)を恩に掛けて居なさるけれども、丸で私をおさんどん同様にこき遣って居るじゃアないか、請出されて来て見ればお前には立派なお内儀(かみ)さんも有って子供まで出来て居るじゃアないか、だから実家(うち)へ這入る事も出来ないで斯んな裏家住居(うらやずまい)の所へ人を入れて、妾(てかけ)と云っても公然(おもてむき)届けた訳でもなし、碌なものも着せず、いまに時節が来ると本妻(つま)にすると私を騙(だま)かして置くじゃアないか、間男を為たと云われた義理かえ、何うにもお前さんから然(そ)んな事を云われる訳は有りませんよ、若(も)しおくのさんが松さんと一緒に寝てゞも居たら、それは斬るとも叩(は)るとも勝手にするが宜(い)いけれども、私は斬られちゃア詰らないから立派に出しておくんなさいよ」
茂「えゝ―出すも退(ひ)くも有るものか」
 と打ちに掛るをやっと押え留め、
三「まア/\それでは即ち人民たるものゝ権利を蔑(ないがし)ろにすると云うものだから、先ず心を静め給え、一体当県は申すに及ばず全国一般の幸福たるをおしはかって見れば、そのエー男女(なんにょ)同権たる処の道を心得ずんば有るべからず、姑(しばら)く男女同権はなしと雖も、此事(これ)は五十把(ぱ)百把の論で、先ず之を薪(たきゞ)と見做(みな)さんければならんよ、貴方の方に薪(たきゞ)が五十把あると松五郎殿の方には薪(まき)が一把も無(ね)えから、君が方に薪(まき)が有らば己(おら)の方へ二十把許(ばか)り分けて貰いてえ、いや分ける事はなんねえと云う場合に於てからに、松五郎殿が其の薪(まき)を窃(ぬす)んで焚(た)くような次第と云わざるべからざる義だから、恐入り奉る訳ではない、なれど白刃(はくじん)を揮(ふ)って政府(かみ)お役人の御(ご)集会を蒙むるような事に於ては愍然(びんぜん)たる処の訳じゃア無いか、先ず即ち僕も斯う遣って爰(こゝ)へ這入った事だから、兎に角僕に預け給わんければ相成らんと心得有らずんば有るべからず」
 と何んだか訳の分らん事を云いながら無理遣りに押別(おしわ)けて、お瀧、松五郎の二人を自分の宅(うち)へ連れて参りました。

        十

 三八郎は再び茂之助の処へ来て、段々茂之助の胸を聞いて見ると、彼奴(あいつ)には愛想が尽きたから何処までも離縁をする気だが、身請の金を取返さんければならんと云い、おたきの方では手切を遣(よこ)せというので掛合が面倒に成り、終(つい)にはお瀧の方へ遣るような都合になりましたが、其の金が有りませんから、三八郎が茂之助の親奧木佐十郎の処へ参り、
三「えゝ御免を蒙ります」
くの「おや、おいでなさいまし……お父(とっ)さま、栄町の三八さまがおいでなさいましたよ」
佐「まア、此方(これ)へ、これは好(よ)うこそ、さア何うぞ此方(こっち)へ」
三「御免なさいまし……えゝ追々気候も相当致しまして自然暑気(あつさ)が増します事で、かるが故に御壮健の処は確(しか)と承知致し罷(まか)りあれども、存外寸間(すんかん)を得ず自然御無沙汰に相成りました」
佐「拙者方(てまえかた)よりも誠に御無沙汰……好うこそ、さア/\もっと此方(こっち)へ……貴方はお若いに能く人の世話をなさると聞いて居りますが、誠に感心な事です」
三「いえ何う致しまして、併(しか)し貴方は何時も御壮健で」
佐「いえ最ういけません、年を老(と)ったので何も手伝いが出来ん事に成りました」
三「恐入ります、尊君さまの御令貌(ごれいぼう)の処は中々御壮健な事で……えゝおくのさん、誠に御無沙汰を致しました、此の間はまた何よりの物を戴き誠に有難う……つい離れて居りますから存じながら御無沙汰に相成ります……えゝ今日(こんにち)は少々御内談を願う義が有って態々(わざ/\)推参致したる理合と云うは内々(ない/\)の事で、何うも御尊父さまの御腹立(ごふくりゅう)の処は予(かね)て承知致し罷り有るが、実は茂之助殿の儀に就いて奈何(いかに)とも詮術(せんすべ)有る可からざる処の次第柄に至りまして、何とも申し様も有りません」
佐「えゝ彼(あれ)は魔がさして居りますから頓と宅(うち)へは寄せ附けません、子は無い昔と諦めて居りますなれども、嫁に至っては如何にも孝心な者でござって、少しも悪い顔を致さず、誠に私(わし)を真実の親のように大切(だいじ)にしてくれますから、彼(あ)んな白痴者(たわけもの)は要りません、最うおくの一人で沢山でござる、孫も追々成人しますから、田地其の他所持の財産は皆孫等(ら)に譲り与えて奧木の相続を致させますから、貴方決して彼には構わんで下さい、金円の儀は聊(いさゝ)かたりとも御用立下さらんが宜しい、お心得のため申上げ置きます」
三「へえ……さて何うも此処に於て謝せずんば有るべからざる事件が発して、如何(いかに)とも恐入り奉ります儀で」
佐「ムー何んで、何事でござるか」
三「誠に何うも申し悪(にく)いが、何時までぐず/″\匿(かく)しても居(お)られませんから一伍一什(いちぶしじゅう)申上げる儀でござるが、実は彼(あ)の婦人の手を切るに三十円と云う訳で、段々先方(せんぽう)へ掛合った処が、間男を為(し)た覚えはないから出る処へ出ると云うのだが、出る処へ出れば第一尊君のお名前に障り、当人の耻にも成る訳で悪い、女の方から先方(むこう)へついて三十円遣(よこ)せと云う次第で、誠に恐入りますが三十円此の川村三八郎へ下さると思召(おぼしめし)て、御腹立(ごふくりゅう)では御座いましょうけれども願いたい」
 と云われて見れば捨てゝ置けず。然(そ)うもして遣ったら茂之助も家(うち)へ帰ろうかと思いまして、右の金子を川村に渡しました。是れでお瀧は茂之助へ面当(つらあて)ヶ間(ま)しく、わざとつい一里と隔たぬ猿田村(やえんだむら)の取附(とりつ)きに山王(さんのう)さまの森が有ります、其の鎮守の正面(むこう)に空家が有りましたからこれを借り、葮簀張(よしずばり)の掛茶店(かけぢゃや)を出し、片傍(かたわき)へ草履草鞋を吊して商い、村上松五郎は八木(やぎ)八名田(やなだ)辺へ参っては天下御禁制の賭博(てなぐさみ)を致してぶら/\暮して居ります。茂之助は三八郎の計(はから)いで、手切金を出しお瀧を離縁しましたが、面当に近所へ世帯(しょたい)を持ったので口惜(くやし)くって、寝ても覚めても忘られず、残念に心得て居りました。

        十一

 丁度盆の事でございます。茂之助は少し用が有って町へ買物に出ますると、足利地方では立派な家(うち)のお内儀(かみ)さんが風呂敷包を脊負(しょ)って買物に往(ゆ)きます。日傘を指(さ)し包を十文字に脊負(せお)い、ガラ/\下駄を穿(は)いて豪家(ものもち)のお内儀さんでも買物に出まするくらいだから、お瀧も小包を提げて買物を致し、自分の家へ這入りに掛る処を茂之助が見付け、
茂「おい、お瀧/\」
たき「あい……恟(びっく)りしたよ、何んですえ」
茂「何んですとは何んだ、何んですもねえもんだ」
たき「何を云うんだよ、何うしたんだねえ」
茂「何うもしねえのよ、お前(めえ)に少し云う事が有って己は[#「己は」は底本では「已は」]来たんだ、お前と云うものは何うも実に不実な女だぜ、己に済むけえ、前橋に居た時に何卒(どうぞ)して東京へ帰りたい、何時までも此処に芸者をして居ても堅くして居ちゃア衆人(ひと)の用いが悪うございます、此の節は厭な官員さんが這入って来て御冗談を仰しゃる事が有るから困ります、私も旧(もと)は武士(さむらい)の娘ですから然(そ)んな真似も為(し)たくないと云うから、己が可愛相だと思えばこそ無理才覚をして、藤本へ掛合って、手前(てめえ)の身請をして遣った時にゃア手を合せて拝んだじゃアねえか、その恩を忘却して何んだ、松公に逢いたいから請出されて来たとは何んの云い草だ、何うも然ういう了簡とも知らず騙されたのは僕が愚だから仕方も無(ね)えが、剰(あまつ)さえ三十金手切を取って、これ見よがしに此の猿田村へ世帯(しょたい)を持ち、二人仲好く暮して居られた義理かえ」
たき「然んな事を今云ったッて仕方が無いじゃアないか、然んなら何故彼(あ)の時出さないようにおしなさらない、一旦得心ずくで離縁に成って仕舞えば仕方が無いじゃア有りませんか、もう書付まで取交して悉皆(すっかり)極りが付いて仕舞って、今の私の亭主は松五郎ですよ、成程それは旧(もと)お前さんのお世話に成った事も有りますけれども、今に成って然んなぐず/\した事を云うと、今度はしっぺえ返しに松五郎さんの方から理不尽に喧嘩でも仕掛けるといけないから、後生ですから早く帰って下さい、お前さんより松さんの方が余程(よっぽど)やきもちやきで困るんだよ、ちょいと他の男と差向いで話でもして居ると、直ぐ嫉妬(やきもち)を焦(や)いて、訝(おか)しい処置振りをするって怒るんだよ」
茂「誰だってそれは怒るのが夫婦の情だ、お互に情が有れば夫婦の情だが、お前の方では夫婦の情を尽す事が無(ね)えんだ、何う考えてもお前に出られちゃア己の顔が立たねえんだ、聞けば松公は賭(あそ)んでばかり居(い)る……賭んで居(お)る……そうだそうだが、行先(ゆきさき)の認めの無(ね)い松公を慕って居ても末始終お前の身の上が覚束無(おぼつかね)えよ、縁有って一度でも二度でも苦労をした間柄だから、少しの金で松公の手が切れる事なら、何うか金の才覚はするから旧通(もとどお)りに話が附くめえものでも無えから、帰る腹なら帰ってくれねえか」
たき「厭だよ、シト何うしたんだね、私は素(もと)よりお前さんに惚れて来たんじゃア無いよ、前橋のような知りもしない処へ芸者に往って、逢う人も/\馴染めないやぼな人ばかりで、厭で/\堪らない処で松さんに逢ったんだが[#「逢ったんだが」は底本では「逢ったんだか」]、彼(あ)の人は私が東京に居た時分からの馴染だが、お金が無くって気儘に成れないから困って居ると、お前さんが舌の長い事を云ってポン/\法螺をお吹きだから、宜(い)い金持の旦那様と思い違えて、請出されて来て見ると、宅(うち)ではお内儀さんが機を織って働いて居るような人だから、然んな人の傍に何時までくっ附いて居ても仕方が無いから、私も斯う云う訳に成ったんだから、何もお前さんに未練を残して帰りたいなんてえ了簡は無いよ、然んな未練な事を云うと気障(きざ)が見えて耐(たま)らないよ」
茂「耐らないとは何んだ…」
たき「私はもう縁が切れて見れば赤の他人だよ、その他人へ失敬な事を云うと肯(き)かないよ」
茂「失敬も何も有るものか」
 と腹立紛れに突然(いきなり)お瀧の髻(たぶさ)を取って引倒す。
たき「何をするんだえ、お前」
茂「何もねえもんだ、殺して仕舞うのだ」
 と互いに揉み合って居たが、やがて茂之助はお瀧を組み伏せ、乗し掛って拳を振り揚げ、五つ六つ打(ぶ)って居る処へ村上松五郎が帰って参りました。

        十二

 村上松五郎は此の体(てい)を見るより飛掛り、茂之助の髻(たぶさ)を取って仰向けに引倒し、表附の駒下駄で額の辺を蹴ったからダラ/\と血が流れるを、
松「やい手前(てめえ)も愛想の尽きた女だから金まで附けて手を切ったんだろう、何をするんでえ、僕の妻に対して失敬な事をすると免(ゆる)さんぞ、僕の妻を捕まえて無闇に打擲(ちょうちゃく)する事が有るかえ」
茂「僕の妻も無(ね)えもんだ……やア己の頭を割りやアがったなア」
 と口惜しいから松五郎に喰(かぶ)り附きに掛ると、松五郎は少しく柔術(やわら)の手を心得て居りますから、茂之助の胸倉を捕(とら)えて押して往(ゆ)きますと、彼(あ)の辺には所々(ところ/″\)に沼のような溜り水が有ります。これは水溜(みずため)で、旱魃(かんばつ)の時の用意でございます。茂之助は其の水溜の沼のような処へポンと仰向けに突き落され、もんどりを打って転がり落ち、ガブ/\やって居るを見て、二人とも嘲笑(あざわら)いながら帰って参り、
たき「私を厭という程五つ打(ぶ)ちやアがったよ」
松「打たれながら勘定をする奴もねえもんだ、今度来やアがると只ア置かねえ、本当に彼奴(あいつ)は狂人(きちげえ)だ、ピッタリ表を締めて置け」
 と云う。此方(こちら)は茂之助が泥ぼっけになって沼から這上りましたが、松五郎に踏んだり蹴たりされたので、身体も思うように利かず、
茂「あゝー残念だが何うする事も出来ねえか」
 と善(よ)い人だけに逆(のぼ)せ上り、ずぶ濡れたるまゝ栄町の宅へ帰り、何うやら斯うやら身体を洗い、着物を着替えたが、袂(たもと)から鰌(どじょう)が飛出したり、髷の間から田螺(たにし)が落(おっこ)ちたり致しました。
茂「もう只ア置かねえ、彼奴等(あいつら)を殺して己も其の場で腹を切って死ぬより他に為(し)ようは無い」
 と無分別にも善い人だけに左様な心得違いを思い起しましたが、差料の脇差を親父が渡しませんから、何うかして取りたい、是は女房を頼んで取るより外(ほか)に仕方が無いと、往(ゆ)き難(にく)いけれども勘忍して、丁度午後三時少し廻った時分でございましょう、恐々ながら江川村へ這入りました、此処から我家(わがや)に近いから、寺の門の下に立って居たら子供でも出て来やアしないかと思って居ります処へ、布卷吉と云う七歳になる、色の白い、下膨れな可愛らしい子供が学校から帰りでチョコ/\と向うから出て来たのを見附け、
茂「おい布卷吉」
布「いやアお父(とっ)さん能く来たねえ、お母(っか)さんがね案じて居るよ」
茂「あい……誠にお父さんは面目ないから、お前からお母さんに詫言(わびこと)を云ってくれ、お祖父(じい)さんは何うした」
布「アノ祖父(おじい)ちゃんはね、恐ろしく怒ってるよ、お祖父ちゃんはね、アノ彼(あ)んなやくざな者は無い、駄目だって、アノ芸妓(げいしゃ)や何かに、アノ迷って、アノ此んな大切(だいじ)なお金を費(つか)うようなものは愚を極(きわ)めたんだって、それだから迚(とて)も此の身代は譲れないから、汝(てまえ)の親父は寄せ附けないって、アノ坊が大きくなると此の身代は悉皆(みんな)坊にやるから、彼奴を親と思うじゃア無い、お母(っかあ)ばかり親と思って勉強しろってね、それから学校へ往(い)くの」
茂「私(わし)はお前のお祖父さんにもお母(っかあ)にも面目無い、私はもう縁が切れて居るから他人のようなものだが、只(たっ)た一目お前のお母に逢って詫言(わびごと)を為(し)たくって、お父さんは態々(わざ/\)忍んで来たんだが、ちょいと内証(ないしょ)でお母を呼び出してくんな」
布「呼び出せってお母は来やアしないよ、お父さんに内証で逢うと、然(そ)うするとアノ誰も彼も家(うち)に置かないとお祖父ちゃんが然う云ってるのだから、お母さんに来いたって、お父さんには逢えないよ」
茂「それは然うでも有ろうけれども、お祖父さんに内証(ないしょう)でお母に逢い、一言詫がしたいんだ、お父さんは最う悉皆(すっかり)眼が覚めて、本当に辛抱人に成ったと然う云って、ちょいとお母さんを呼んで来てくれ」
布「だってお祖父ちゃんに叱られるもの、愚を極めた者に逢うと此方(こっち)も愚になるから逢うなと然う云ったもの」

        十三

茂「お前は俄かに怜悧(りこう)に成ったの、年が往(い)かなくって頑是(がんぜ)が無くっても、己が馬鹿気て見えるよ、ハアー衆人(みんな)に笑われるも無理は無い」
 と差俯向(さしうつむ)き暫らく涙に沈み居たるが、漸く気を取直して面(おもて)を擡(あ)げ、袂から銭入を取出し、
茂「こゝにお銭(ぜゝ)が有るからお前に遣る、もう私は要らないから是だけ悉皆(すっかり)お前に遣るから、これをお父さんの形見だと思って、これでお母さんに何か買って貰いな」
布「イヤー大変にくれたね、今までは何処へ往ってもお土産(みや)を買って来てくれた事は無いが、そのお銭は皆(みん)な芸妓(げいしゃ)に入り揚げちまって、女郎買の糠味噌(ぬかみそ)が何うとか為(し)たって然(そ)う云ったよ、今度坊にお銭をくれるようではお父さんも辛抱人に成ったんだろう」
茂「お祖父さんに然う云ってはいけないよ、お父さんの来た事が知れると、あの通りやかましいから、お祖父さんに内証(ないしょ)でお母を呼んでくれ、私(わし)に逢ったと云うではないよ、あのざまの処から、内証(ないしょ)で呼んでくれ」
布「じゃア内証で往って来るよ」
 何心なく頑是なしに走って参り、織場へ往って見ますると、おくのは夜は灯火(あかり)を点(つ)けて夜業(よなべ)を為(し)ようと思い、襷掛(たすきが)けに成って居る後(うしろ)へ参り、
布「お母さん/\」
くの「何んだよ、昨日(きのう)も学校から帰ると日暮方まで遊んでいたが、余(あんま)り表へ出ねえようにしな、何んだよ」
布「あのね、お父さんが来たよ」
くの「え……何処へ」
布「あのね内証(ないしょう)でお母さんに逢って詫言をしたい、辛抱人に成ったてえが、本当に成ったかも知れないよ、内証でお母さんに逢いたいって坊に斯様(こんな)にお銭をくれたよ、お銭をくれるくらいだから辛抱人に成ったかも知れないから、お前逢ってお遣りな」
くの「逢いたいってお祖父さんがに知れると、でけえ小言が出るが……決して云うじゃアねえよ、黙って居なよ、然うして少し此の機を気イ附けて居ろ、蚊遣火(くすべ)が仕掛けて有るから」
 と夫婦の情で逢いたいから、直(すぐ)に飛出して往(い)こうかとは思ったが、一歳(ひとつ)になるお定(さだ)の顔を見せたいと思いまして、これを抱起して飛んで参り、
くの「おやまア貴方(あんた)は何うしておいでなせえました」
茂「あい誠に面目次第も有りません」
くの「お父さまが物堅くって家(うち)へ寄せ附けないと云っても、おくのが附いて居ながら、事の済んだ暁には何とか詫言をして家へ出這入りの出来るように為(し)そうなものだ、それとも私がお父さんに悪く取做(とりな)しでもして居や為ないかと、貴方(あんた)が腹でもたてゝいやアしないかと、そればっかり心配して居やしたよ」
 と云われて、流石(さすが)の茂之助もおくのの貞実に感動され、暫く泣き沈みました。
茂「アノー誠に何うも面目次第もない、もう此処が辛抱の仕処(しどころ)だから、私(わし)は一生懸命に稼いで親父に確(しか)とした辛抱の証(しょう)を見せて家(うち)へ帰る積りだが、もうあの女には懲々(こり/\)したから真面目になって夫婦仲善く可愛いゝ子の顔を見て暮そうと云う心になったよ、併(しか)し只辛抱するったって親父が中々得心しまいから、横浜へ往って、少し商売の取引の事が有るから往(い)く積りだ、これまで私は馬鹿を為(し)て拵えた借財をお前が内証(ないしょう)で払ってくれた借金の極りも附けなければならないから、是非横浜へ往きたいのだが、何うも身装(みなり)が悪いと衆人(ひと)の用いが悪いから、羽織だけは他(わき)で才覚したが、短かい脇差を一本お父さんに内証で持って来てくれねえか」

        十四

くの「脇差なんぞを差さねえでも宜(い)いじゃア有りませんか」
茂「脇差を差さねえと人の用いが悪いのだから持って来てくんな」
くの「お定がこんなに大(でか)く成りやしたよ、ちょっくら抱(でえ)て遣っておくんなせえ」
茂「じゃア己が抱いて居るから持って来ておくれ」
くの「あんた、大分(でえぶ)顔の色が悪いが、詰らねえ心に成ってはいけませんよ、一人のお父さまを見送らねえ中(うち)は貴方(あんた)の身体では無(ね)えから、譬(たと)え何(ど)んなに厳(やか)ましいたって、お父さまが塩梅(あんべえ)が悪くなって、眼を引附(ひきつ)ける時に来て死水を取れば、誰が何と云っても貴方の家(うち)に極って居るから、腹の立つ事も有りましょうが、子供や私(わし)に免じて何うぞ軽躁(かるはずみ)な事を為(し)ねえようにしてお呉んなせいよ」
茂「はい/\……決して軽躁は為ない、是までは殺して仕舞おうかと思った事も度々(たび/\)有ったが、お瀧の畜生に騙されて、子供の傍へ来る事も出来ねえ身の上になったが、彼(あ)ん畜生余(あんま)りと云えば悪い奴だけれども、さっぱり縁を切って仕舞ったから、彼奴(あいつ)は松五郎と夫婦になったし、もう何も彼奴に念は無いから其処(そこ)に心配は有りません」
くの「それでも能く思い切ったね、勘弁する時にしねえばなんねえが、それも是も子供や私(わし)に免じて勘忍したで有りましょうが……おや貴方(あなた)の頭(つむり)に疵が出来てるのは何う為(し)やした」
茂「此の間中独身者(ひとりもの)で居るから、棚から物を卸そうとすると、砂鉢(すなばち)が落(おっこ)って此様(こんな)に疵が付いたのさ」
くの「あらまア然(そ)うかね、危ねえ、定めて不自由だろうと思っても、近い処(とこ)だが往(い)く事も出来ないんだ、……然んなら私(わし)が脇差を持って来るからお定を抱いて居ておくんなさいよ」
茂「泣くといけねえから成(なる)たけ早く」
くの「はい、直(じき)に往って参(めえ)りますよ」
 と是から家(うち)へ帰り、親父に知れぬように脇差をこっそり持って来て茂之助に渡しました。
茂「有難う/\……さア、お定は少し泣いたよ」
くの「誠に御方便なもので……布卷吉は何うやら一人学校へ参(めえ)りますし、私(わし)はお定を寝かし付けて、出来ない手で機を織って些(ち)っとずつ借金を埋めて置くように為(し)ます、悪(わり)い跡は善(よ)いだアから貴方(あんた)も気を落さずに身体を大切(でいじ)にして下せえまし、何事も子供と年寄に免じて勘忍しておくんなさいよ」
茂「あい……あいお前のような貞実な女房を余所(よそ)にして悪党女に騙されて迷ったのは、己の身に罰(ばち)が当ったのだが、何うぞ私(わし)の留守中親父を頼みます、宜(い)いかえ、私は是から一旦栄町へ帰って直(すぐ)に立つ積りだ」
くの「お茶でも上げたいが往来中(なか)で」
茂「なに、お茶も何も飲みたくはない、留守中おくの身体を大切(だいじ)にしなよ」
くの「はい、貴方(あんた)が横浜から帰って来たらば、ちょっくら栄町の家(うち)を訪ねますから」
茂「あいよ、子供を頼むよ」
 と何も彼(か)も人情が分って居ながら、諦めの附かんと云うものは因縁の然(しか)らしむる処でもございましょうが、茂之助は松五郎お瀧の二人を殺し、自分も腹を切って死ぬ決心故、是がもうおくのゝ顔の見納めかと、後(あと)を振返り/\脇差を腰に差して帰って往(ゆ)く後姿を見送って、
くの「はてな、彼(あ)の顔色は……うっかり脇差を渡したのは悪かったが、事に寄ったらお瀧さんを殺す心でも有りゃア為(し)ないか、私(わし)が猿田へ先へ往って此の由をお瀧に知らせようか」
 と心配して居ります。斯(か)くとも知らず茂之助は猿田村の取付なる彼(か)の松五郎の掛茶屋へ斬り込むと云う、大間違になりまする処のお話でございます。

        十五

 えゝ、久しく上方へ参りまして大分御無沙汰を致しました。新聞にも僅か出しまして中絶いたしました霧隠伊香保湯煙のお話で、央(なかば)からお聴(きゝ)に入れまする事でございますが、細かい処(とこ)を申上げると、前々よりお読み遊ばしたお方は御退屈になりますから、直(すぐ)に続きを申上げます、足利の江川村で茂之助が女房に別れるとき、横浜へ行(ゆ)くからお父さんに内証(ないしょう)で脇差を持って来てくれと頼みました。これは恨み累(かさ)なるお瀧と松五郎を殺して、自分は腹でも切って死のうと云う無分別、七歳(なゝつ)になります男の子と生れて間もない乳呑児(ちのみご)を残し、年取った親父や亭主思いの女房をも棄(すて)て死のうと云う心になりましたが、これは全く思案の外(ほか)、色情から起りました事で、此の色情では随分怜悧(りこう)なお方も斯様になりますことが間々あります。女房おくのは夫茂之助に別れる時に、何うも様子が変で、気になってなりませんから、万一(ひょっと)して軽躁(かるはずみ)な事をしてはならぬと、貞女なおくのでございますから、一歳(ひとつ)になりますおさだと申す赤児(あかんぼ)を十文字に負(おぶ)い、鼠と紺の子持縞の足利織の単物(ひとえもの)に幅の狭い帯をひっかけに結び、番下駄を穿(は)いて暮方から江川村を出まして、猿田の松五郎の宅へ参りました。見世は片付けて仕舞い、縁台も内へ入れて一方(かた/\)へ腰障子が建って居ります、なれども暑い時分でございますから、表は片々(かた/\)を明け放し、此処に竹すだれを掛け、お瀧が一人留守をして居りますと、門口から、
おくの「はい、御免なさいまし」
お瀧「何方(どなた)でございますか」
くの「松五郎さんのお宅は此方様(こちらさま)でございますか」
瀧「はい手前(てまい)でございますが、何方(いずれ)からお出でゞす」
くの「はい貴方(あなた)がお瀧さんでござりますか」
瀧「はい私が瀧でございますが何方(どちら)からおいでゞすか」
くの「はいお初にお目にかゝりまして、お噂には毎度承知いたして居りやんしたけれども、是迄はおかしな訳で、染々(しみ/″\)お目にかゝる事も出来ませんで、私ゃア茂之助の女房のおくのと申す不束者でござんして、何うかお見知り置かれましてお心安う願います」
瀧「おや然(そ)うですか、私もおかしなわけで、かけ違ってお目にかゝりませんでしたが、能くまア斯んな処へお出で下すって、まア此方(こちら)へお上んなさい、何だか暗くっていけませんから、今灯(あかり)を点(つ)けます、這入口は蚊が刺していけませんから、まア此方へ」
くの「はい有難うございます、まア是ア詰らん物(もん)でございますけれども、私が夜業(よなべ)に撚揚(よりあ)げて置いたので、使うには丈夫一式に丹誠した糸でございます、染めた方は沢山(たんと)無(ね)えで、白と二色(ふたいろ)撚って来ました、誠に少しばいで、ほんのお前様(めえさん)のお使い料になさるだけの事でござります」
瀧「はいそれはまア何よりの品を有難うございます、さアずっと此方(こちら)へお出でなさいまし、おや子供衆(しゅ)を負(おん)ぶで、其処は蚊が刺しますから団扇をお遣いなすって」
くの「はい、団扇は持って居ります、私(わしゃ)ア貴方(あんた)に少しお目にかゝってお願い申したいと存じまして」
 と是からおくのが話し出します事は明日(みょうにち)。

        十六

くの「家(うち)へはちょっくら買物に往(い)くって嘘を吐(つ)いて参(めえ)りましたが、私(わし)が良人(うちのひと)の茂之助もまア御縁があって、あんたを前橋から呼ばって栄町に世帯(しょたい)を持たせて置いた事は聞いて居ましたけれども、男の働きで当前(あたりまえ)のことゝ思(おめ)えましても、年寄てえ者は取越苦労して、私にあんた義理もあるだから、やかましく云いますし、やかましく云えば意故地(いこじ)になって家へも帰んねえようにする彼(あ)れが気象でござりまして、あんな我儘な気象、あんたも知っての通り誠に心配(しんぺえ)して、まア縁が切れても男の未練で、ひょっとして貴方(あんた)のとけえでも来て、詰らねえ事でもハア言い出せば、貴方だっても、まア松五郎さんでも黙っては居なさらねえ、縁の切れた所(とけ)え来て、たわいもねえ事をいえば合点しねえぞと云えば、売言葉に買言葉、何(ど)んなえらい事になるかも知れねえとまア、女の狭(せめ)え心で誠に案じることでござります、年寄子供を扣(ひか)えて軽躁(かるはずみ)な事がなければ宜(よ)いがと思って居ます処の、昨日(きのう)私が処(とけ)えねえ……少し家へ来られねえだけれども、逢いてえッて来た様子が誠に案じられますから、それからまア何うかしてと思って居ましたけれども、太田へ参(めえ)ったことを聞きましたから、また此方(こちら)へでも来(き)めえか、ひょっとして軽躁な事がありはすめえかと心配(しんぺえ)して、栄町へ参(めえ)りましたら栄町(あちら)の世帯(しょてえ)は仕舞って、太田の方へ行ったてえから、気になってなんねえで、此方へ参りましたが、若(も)し茂之助が此処(こけ)え参りまして、どんなハア詰らねえことを言いかけても、あんた取合わずにまア柳に受けて居て下さると、荒(あれ)えことも為(し)めえから、打遣(うっちゃ)らかして居て下すって、其の時云った事が貴方のお気に障れば、其の時はどんなに胆(きも)がいれる事があっても、後(あと)でまた気の静まるときに意見をすれば聴入れてくれる人でござりますから、何うか若し参りましたらば、何卒(どうぞ)あんた逆らわずに柳に受けてお置き下さるようにお願(ねげ)え申してえもので」
瀧「はい、そうで御座いますか、困りますねえどうも、まア貴方(あんた)には初めてお目にかゝりましたが、茂之助さんは前橋の六斎の市のたんびにお出でなすったが、お前さんという立派なお内儀(かみさん)や子供のある事は存じません、当人も隠して女房はないから斯うもしてやると仰しゃって下さるから、頼り少い身体で、そんならばと云って来て見ると、子供衆(しゅ)もあり、お内儀さんも在(あ)って、手前(てめえ)は家(うち)に置かれないからと栄町へ裏店(うらだな)同様な所(とこ)へ世帯(しょたい)を持たして、何だか雇い婆(ばゞあ)とも妾ともつかぬ様な仕合(しあわせ)で、私も詰らねえから、何しろ身を固めるには夫を持たなければ心細いからと思いまして、それで浮気をしたてえ訳じゃアありませんが、今の松さんが前橋へ来なすったが、私も東京(とうけい)に居た時分からねえ馴染のお方で、恩になった事もあり、それに少しハイ約束をした事もありました、それが縁でちょく/\遊びに来たのを茂之助さんが嫉妬(やきもち)をやいて、むずかしい事を言ったから話も破(ば)れて仕舞って、まア示談(はなしあい)で離縁になったのですよ、それから斯うやって夫婦になって居ると、未練らしく此の間も来て酷(ひど)い事を言って、私の髻(たぶさ)を把(と)って引摺り倒し、散々に殴(ぶ)ちましたから、私も口惜(くやし)いから了簡しませんでしたが、それは兎も角もまた茂之助さんが来て種々(いろん)な事をいうのをハイ/\と柳に受けて居(お)れば、また増長して手出しをする、そうなれば良人(うちのひと)も腹を立てゝ茂之助さんを手込(てごみ)に打擲しまいものでもない……まアあるかないか知れませんが、他人(ひと)の家(うち)へ来て、縁の切れた人が刃物三昧でもすれば聴きません、松さんも元は武士(さむらい)だから黙っては居りません、お互いに男同士で切り合って、松さんがまた茂之助さんに傷でも付けまいものでも有りませんから、それだけはお断り申して置きます」

        十七

くの「はい、それが心配(しんぺえ)でござります、そんだから苦労でござりますから、斯うやって此処(こけ)え参(めえ)ったのです、どうか軽躁(かるはずみ)な事をして参(めえ)るような事がござりましたら、松五郎さんも腹も立ちましょうけれども私(わし)や年寄子供に免じて下すって、私らを可愛相と思って、そこだけ御勘弁なすって……時経ってまた意見を致す事もござりますから、何うぞお願で、お瀧さん」
 と田舎気質(かたぎ)の正直に手を突き、涙ぐんで頼むので、流石の悪婦も気の毒に思い、
瀧「まア私の一了簡にも往(ゆ)きませんから、福井町の店受(たなうけ)の処(とこ)へ往って松さんが遊んで居ますから、私は是から行って呼んで来ましょうから、松さんにお前さんが逢って頼んで下さい、ね、そうして相談ずくに致しましょう、私も気味が悪い、松さんは留守勝だから無闇な事をして刃物三昧でもされると困りますから」
くの「私(わたし)もお目にかゝって是非お頼み申しやすが、貴方(あんた)からも能くお話なすって……年寄も居りますが、私(わし)も機織奉公に参(めえ)りまして、それが縁になって嫁(かたづ)きましたのだから、誠に私(わし)が中へ這入(へえ)って困りやすから、どうかお願いで」
瀧「宜うございます、私が往って来ます……アノ明けッ放して置きますから、貴方(あんた)さん少し留守居をして下さい」
くの「はい、宜しゅうござります、お留守いたします、帰ってお茶でも上る様にお湯をかけて置きます」
瀧「じゃア私は一寸(ちょっと)往って来るから、アノ子供衆に乳でも呑まして緩(ゆっ)くりしておいでなさい」
 と台所へ立って、ぶら提灯を提げて、福井町までは近い処でございますから出て往(ゆ)きました。すると秋の空の変り易く、ドードーッと一迅(じん)吹いて来ます風が冷たい風、「夕立や風から先に濡れて来る」と云う雨気(あまけ)で、頓(やが)てポツリ/\とやッて来ました、日覆(ひよけ)になった葦簀(よしず)に雨が当るかと思ううちに、バラ/\と大粒が降って来ました。あゝ降出して来て困るだろうと思って居ると、ドーと吹込む風に灯取虫(あかりとり)でも来たか行灯(あんどう)の火を消して真暗(まっくら)になりましたから、おくのは手探りで火打箱は何処にあるかと台所へ探しに参った。其の頃はまだマッチは田舎では用いません、火口箱(ほくちばこ)を探しに参りますると、雨は益々(ます/\)烈しくドッ/\と吹降(ふきぶり)に降出して来る。赤城の方から雷鳴(かみなり)がゴロ/\雷光(いなびかり)がピカ/\その降る中へ手拭でスットコ冠(かむ)りをした奧木茂之助は、裏と表の目釘を湿(しめ)して、逆(のぼ)せ上って人を殺そうと思うので眼も暗(くら)んで居(お)る。裏手へそっと忍んで来て見ると、ピカ/\とさし込む雷光に女の姿が見えたから、お瀧が彼処(あすこ)に居(お)ると心得、現在我が女房とも知らず、引抜いた一刀を持って飛掛かった。おくのは真暗闇に人が飛掛かったから驚き、
くの「何方(どなた)か」
 と云う声も雷鳴(らいめい)の烈しいので聞えません。素(もと)より逆せ上った茂之助ゆえ無慚にも我が女房おくのが負(おぶ)って居(お)る乳呑児の上から突通したから堪りません。おくのは
「アッ」
 といって倒れた。茂之助は乗っかゝって、
茂「此の悪党思い知ったか」
 と力に任して二ツ三ツ抉(こじ)りましたから、無慙にもおくのは、一歳(ひとつ)になるお定を負ったなり殺されました。
茂「あゝ……畜生め……あゝ能くも/\己に耻をかゝしたな、足利ばかりの耻ッかきじゃアねえぞ前橋の友達までに耻をかいて居(い)るぞ、畜生め、此の位の事は当然(あたりまえ)だ……松五郎は居るか」
 と探したが他に人も居りません。
茂「松五郎は居ないか口惜(くやし)い」
 とガタ/\慄(ふる)えながら血だらけの脇差を提げて探りながら、柄杓(ひしゃく)で水を一杯飲みました。

        十八

 茂之助が柄杓で水を飲んで居るうち、夕立も霽(は)れて忽(たちま)ちに雲が切れると、十七日の月影が在々(あり/\)と映(さ)します。
茂「畜生め、能くも己に耻をかゝせやアがったな」
 と髻(たぶさ)を把(と)って引起し、窓から映します月影にて見ると、我が女房おくのでございますから茂之助は恟(びっく)りして、これは己の家(うち)じゃアないか知らんと四辺(あたり)をキョト/\見て死骸へ眼を着けると、おくのが子供を負(おぶ)ったなりに死んで居ります。あゝ、おさだ迄かと思うとペタ/\と臀餅(しりもち)を搗(つ)いて、ただ夢のような心持で、呆然(ぼんやり)として四辺を見まわし、頓(やが)て気が付いたと見えて、
茂「おくの……堪忍してくんねえよ……アヽ何うしてお前は此処へ来た……間違いだよ、お前を殺すのじゃアない、お瀧松五郎の畜生を二人諸共殺そうと思って来たに、何うしてお前此処に居たのか、お前を殺そうと思ったのじゃアない……あゝ済まねえ、腹一杯苦労をさせて、お前を殺して済まねえ、己は罰(ばち)があたって此様(こん)な事になったのだ……あゝお前ばかり殺しやアしねえ……おくの確(しっ)かりして呉れ、おくの/\」
 と呼ぶ声が耳へ這入ったか、我に回(かえ)って片手を漸々(よう/\)出して茂之助の手へ縋(すが)って、
くの「茂之助さん間違いだろうね」
茂「ウーム間違えだ、お瀧を殺そうと思ってお前を殺したのだ、堪忍してくれよ」
くの「はい然(そ)うだろうと思って……知って居りやす、私(わし)はもう迚(とて)も助からぬ、こんな事もあろうかと思ったから、私は此家(こけ)え間違の出来(でか)さねえように頼みに来ただけれども、最早仕様がねえが、おさだが可愛相だよ……お父さんの身を貴方(あんた)、心にかけて大切(でえじ)にしなんしよ」
茂「あゝ己も生きては居ない……堪忍してくれ、あゝ済まねえ事をした」
 と云っている内におくのは絶命(ことき)れましたから、茂之助は只呆然(ぼんやり)して暫く考えて居ましたが、ふら/\ッと起上(たちあが)って、自分の帯を解いて竈(へっつい)の角(かど)から釜の蓋へ足を掛けて、梁(はり)へ二つ三つ巻きつけ、頸(くび)へかけて向うへポンと飛んで遂(つい)に縊(くび)れて死にました。誠に情ないことで。処へ提灯を点けて松五郎とお瀧は雨も止みましたから帰って来て見ると此の始末。さア何うしたのだろう鮮血淋漓(ちみどりちがい)、一人は吊下(ぶらさが)って居るから驚きまして、隣と云っても遠うございますから駈出して人を聚(あつ)めて来ましたが、此の儘に棄て置く訳にも往(い)きません、此の段を直ぐ訴えて宜かろうと云うので、それから警察署へ訴える事に相成りまして、検死の査官が来られてお調べになりまして、直ぐ奧木佐十郎の処へお呼出しでございます。佐十郎も一通りならん驚きで、布卷吉を連れて飛んで参りまして、段々お調べになって、尚お松五郎夫婦の者を調べると、茂之助が軽躁(かるはずみ)な事を為(し)はしないかと案じて来たから、どうか其様(そん)な事のないようにと存じて頼まれても、一存で挨拶も出来ませんから、夫を福井町へ呼びに往(い)きますると、大雨に雷鳴(かみなり)、是々の間手間を取って帰って見ますると、留守中に斯様な次第と云う。段々調べると、成程店受の処に居りました時間もありますし、江川村から出た時間もありますから全く間違えて女房を殺し、転倒(てんどう)して縊(くび)れて死んだ事であると分ったので事果てましたから、死骸はまず佐十郎方へ引取らせて、野辺送りをいたしました。初めは少しむずかしかったが、松五郎お瀧も別に処分もありませんで、それなりに事済みになりましたが、松五郎お瀧は此の辺の村の者に憎まれて居(い)られませんから、早々世帯(しょたい)を仕舞って、信州へと云うので旅立ちました。

        十九

 お話二つに分れまして、これは明治七年六月の末のお話でござります。夏になると湯治場が流行(はや)りますが、明治七年あたりは湯治場がまだそろ/\是から流行って来ようと云う端緒(こぐち)でございました。熱海(あたみ)、修善寺(しゅぜんじ)、箱根(はこね)などは古い温泉場でございますが、近年は流行(りゅうこう)いたして、また塩原(しおばら)の温泉が出来、或(あるい)は湯河原(ゆがわら)でございますの、又は上州に名高い草津(くさつ)の温泉などがございます。先達(せんだっ)て私(わたくし)は或るお方のお供をいたして、堀越(ほりこし)團(だん)十郎(ろう)と二人で草津へ参って、彼(か)の温泉に居りましたが、彼処(あすこ)は山へ登(あが)るので車が利きません。矢張り昔のように開けません、近郷の人が入浴に参りますが、当今は外国人が大分参りまして入浴いたします。温泉場でもやり尽しまして、斯うしたらお客様の御意に入るか、斯う云う風に家を建てようかなどと心配いたして、追々開けて参る様子でございます、其の中(うち)にも丁度近くって伊香保と云う処は宜(よ)い処で、海面から二千五百尺高いと云う、空気は誠によく流通いたして、それから湯が諸病に利くと云う宜しい処で、脚気(かっけ)に宜しく、産前産後血の道に宜しく、子宮病に宜しく、肺病に宜しく、僂麻質斯(りょうまちす)は素(もと)よりの事、これは私(わたくし)が申す訳ではございません、独逸(どいつ)のお医者様が仰しゃったので、日本温泉論にありますそうで、随分大臣方がお出向になります。何う云うものか俚諺(ところことば)に、旅籠屋(はたごや)のことを大屋(おおや)/\と申します。此の大屋の勢いは大したもので、伊香保には結構なのが沢山ございますが、中にも名高いのは木暮金太夫(こぐれきんだゆう)、木暮武太夫(ぶだゆう)、永井(ながい)喜(き)八郎(ろう)、木暮八郎(ろう)と云うのが一等宜いと彼地(あちら)で申します。木暮八郎の三階へ参って居ます客は、霊岸島川口町(れいがんじまかわぐちちょう)で橋本(はしもと)幸(こう)三郎(ろう)と申して、お邸(やしき)へお出入を致して、昔からお大名の旗下(はたもと)の御用を達(た)したもので、只今でも御用を達す処もござりますが、まア下質(したじち)を取って金貸と云うのだから金満家でございます。お父(とっ)さんは亡(なくな)って、当人は相続人になりました。只(たっ)た一人のお母(っか)さんがありまして、幸三郎に嫁を貰った処が、三年目に肺病に罹(かゝ)りまして、佐藤(さとう)先生と橋本(はしもと)先生にも診(み)て貰ったが、思うようでなく、到頭死去(みまか)りました。今は独身(ひとりみ)で嫁を探して居(お)る身体、まだ年が三十七と云うので盛んでございまする。箱根へ湯治に行ったが面白くない、今度は伊香保へ行って見よう、一人では淋しい、連れをと云うので、是れは木挽町(こびきちょう)三丁目の岡村由兵衞(おかむらよしべえ)と云う袋物商(ふくろものや)と云うと体(てい)が宜しいが、仲買をしてお出入先から何品(なにしな)をと云うと、直(じき)に宮川(みやがわ)へ駈付けるという幇間(おたいこ)半分で面白い人で、また一人は伴廻(ともまわ)り、これは渋川の車夫で、車に乗って来た処が、正直で能く働き、気の利いた男で、しまいには馴染になって、正直者だから次の間に居れ、帰途(かえり)は又乗ると云う、此方(こちら)も居得(いどく)だから小用(こよう)を達して茶をいれたり何かする。年はまだ二十八だが、車夫には似合わぬ好(よ)い男でございます。今日は昼飯を食ってから少し運動をしようとぶら/\出かけました。

        二十

 只今では彼処(あすこ)は変りまして湯本へ行(ゆ)きます道がつき、あれから二(ふた)ツ嶽(だけ)の方へ参る新道も出来ましたが、其の頃はそう云う処はありませんから、まず伊香保神社へ行(ゆ)くより外に道はございません。石坂を上(あが)って行(ゆ)くと二軒茶屋があります、遠眼鏡が出て居りますが曇ってゝ些(ちっ)とも見えません、却(かえ)って只見る方が見えるくらいで、ほんの景気に並んで居るのでございます。お婆さんが茶を売って居る処へ三人連で浴衣に兵子帯(へこおび)の形姿(なり)で這入ろうとすると、何を思ったか掛茶屋の方を見て、車夫の峯松が石坂をトン/\駈下りました。
幸「おい……峯公何うしたのだ、駈下りたじゃアねえか」
由「其処(そこ)まで来て駈下りましたが、何か忘れ物でもしたのでしょう、貴方がカバンを提げて居らっしゃるとキョト/\して居ます、初めて伊香保へ来たから華族さんや官員さんの奥様や、お嬢さん達の衣装が綺麗で、日に二三度も着替えて御運動だから、彼奴(あいつ)は安物買が勧業場(かんこうば)へ来たようにキョト/\して、危い石坂を駈下りたりなにかするので、今は何で行ったか分りませんが、時々能く物を買って食う男で、随分意地の穢(きたな)い男で」
幸「何しろ何処(どこ)かへ休もうじゃアねえか」
 と傍(かたわら)の茶見世へ這入ると、其処に四十八九になる婦人が居ります。髪は小さい丸髷に結い、姿(なり)も堅い拵(こしら)えで柔和(おとな)しい内儀(かみ)さんでございます、尾張焼の湯呑の怪しいのへ桜を入れて汲んで出す。其のお盆は伊香保で出来ます括盆(くりぼん)で。
女「此方(こちら)へお掛けなさいまし」
幸「好(い)い景色だな、ちょうど今頃は好い景色に向う時だ」
女「はい、御緩(ごゆる)りとお休みなさいまし……おや、貴方(あんた)は橋本の幸(こう)さんじゃアございませんか」
幸「おや、これは御新造(ごしんぞ)さん……何うして貴方(あなた)が此処に」
女「誠にどうもお珍らしいたって久しくお目に懸りませんが、まア御承知の通りお上(かみ)も亡(なく)なりまして、私も此様(こん)な処で、お茶を売るまでに零落(おちぶ)れましたが貴方(あなた)はまア大層お立派におなりなすって、見違いますようで……おや由兵衞さん」
由「これは御新造(ごしんぞ)さん……これはどうも村上の御新造(ごしんぞう)さん、此処でお茶を売って居らっしゃるとは何様(どんな)探報者(たんぽうしゃ)でも気が付きません……どうしてまア」
女「どうもお恥かしくって……実は貴方(あんた)さんも御存じの通り、旦那様も彼(あ)ア云う訳になりましてねえ、仕方なく私ももう段々身体も悪し、微禄(よわり)まして[#「微禄(よわり)まして」は底本では「微碌(よわり)まして」]しまったから、何を内職にするにも身体が本(もと)だから、其様(そんな)にくよ/\せずに湯治に行ったら宜かろうと勧めてくれる者もありまして、此方(こっち)の方に縁の家来筋の者が居りましたから、これへ参って湯治をすると、湯中(ゆあたり)がしてドッと悪くなり、五週間ばかり居るうちにお恥かしいお話でございますが、金を使い果してしまい、何うする事も出来なくなったのを、木暮武太夫と申す大家さまが真実な人で、種々(いろ/\)云ってくれましたから、お前さん此処へ参ると、望月(もちづき)と云う書画なぞの世話をする人が在(あ)って、其の人に道具を東京で買ってもらい、此処へ茶見世を出して居りますのも、大家さん方に願ってお話をして、とうとうまア此の五月の末からこんな事をして居りますが、ほんの湯治かた/″\やって居りますので、初めは間が悪くって知った方に逢いますと顔から火が出るようで、茶を汲んで出す事も出来ませんでしたが漸く此の頃は馴れて参りました……お懐しい東京の方を見ると、思い出して、東京のようすも大層違ったろうと思いますが、浅草の観音様は相変らず彼処(あすこ)にありましょうねえ」
由「えゝ、ありますとも、外(ほか)に地面がありませんから」

        二十一

由「御新造(ごしんぞ)様、私(わたくし)は余計な事を申すようでございますが、岡野(おかの)三太夫(だゆう)様なぞは、以前は殿様/\と申上げたお方だが、拙宅(うち)へお手紙で無心をなさるとは、どのくらいの御苦労か知れません、私(わたし)に手を突いて御無心をなさる有様にお成りなすったかと、少し恵むと云う程な訳ではござりませんが、それから見ると御新造様なんぞは御(ご)気楽で、何んだって朝夕斯様な好(よ)い景色を庭のように見て居る、此のくらいな御養生はありません、お気楽でげしょう」
女「皆来る方は其様(そんな)ことを云いますが、お前さん方は偶(たま)に来るからで、朝夕のべつゞけに山を見ると山に倦々(あき/\)しますよ」
由「そうでしょう、こりゃアそうでしょう、私(わし)の懇意な者が高輪(たかなわ)に茶店を出して、旧幕時分で、可笑しかった、帆かけ船は見えるし、二十六夜(や)の月を見て結構でしょうと云うと、左様(そう)でない、通るものは牛馬(うしうま)ばかりで、島流しに遇(あ)ったようだと云ったが、これは左様でげしょう、併(しか)し男子山(おのこやま)と子持山(こもちやま)の間から足尾庚申山(あしおこうしんざん)が見える、男子子持の両山の景色などは好(よ)いねえ……あゝ子持で思い出したが、お嬢さんはお身大きくおなりでしょうね」
女「あれも十九になります、お耻かしい事でありますが、詮方(せんかた)なしに身過世渡(よすぎ)、下(しも)の福田屋龍藏(ふくだやりゅうぞう)親分さんの処で抱えもすると云うので、行立(ゆきた)たぬから、今では小峰(こみね)と云って芸妓(げいしゃ)になって居ります」
由「お嬢様が……だからねえ、もうお鼻などは垂れやアしますまい、お少(ちい)さい時分にお馴染の方が芸妓に出て、お座敷でお客様に世辞を云うようになるのだから、此方(こっち)はベコと禿げるのは当前(あたりまえ)で、左様(そう)でげすか……旦那ちょうど好(い)いのでげす」
幸「御新造様、旧来のお馴染である旦那様にも種々(いろ/\)御懇命(ごこんめい)を蒙むったこともありますから、またお力になるお話もありましょう、またお嬢様にも久し振でお目にかゝりたい、事に寄ったら明日(あした)の晩向山(むこうやま)へお嬢様を連れておいでなさい、あなた是非連れて来てください」
女「有難うございます、どんなに悦ぶか知れません、東京の知った方がお出でになると帰りたいと涙ぐんで話すので、中には連れて行(ゆ)こうと云う人もありますが、私があるから行(い)く訳にも往(ゆ)きません、私も行(ゆ)きたいと云うと、婆(ばゞア)が一緒じゃア困ると仰しゃる、それゆえまア此処に居ります……お前さんは相変らずお元気で」
幸「何うも仕方がありません、親父が死んでからは何も為(し)ません、只遊び一方で仕様がない、怠惰者(なまけもの)になって仕様がありません」
由「御苦労なすった御様子ですが、まだ御新造さんなどは宜しいので、先刻木暮へ漬物を売りに来た方は五百石取ったとか云う、ソレ彼(あ)の色の白い伊香保の木瓜(きうり)見たいな人で、彼の人が元はお旗下だてえから、人間の行末(ゆくすえ)は分りません……じゃア御新造さん私も種々お話もありますから翌(あす)の晩」
女「屹度(きっと)見世を仕舞うと参ります、もう仕舞いましょうと思います」
由「翌の晩ですよ、左様なら」
 と其処(そこ)を出て暗くなって帰って来ましたが、木暮八郎の三階の八畳と六畳の座敷を借りて居る二人連れ、婦人の若い方(かた)の女中が癪(しゃく)が起って、お附の女中が落着(おちつ)く様に押して居(お)るが、一人では間に合いません、次の間に居た車夫の峰松が手伝ってバタ/\して居(お)る処へ帰って来ました。

        二十二

峰「由さん、今手こずったよ」
由「何うした」
峰「今お癪で困りますから、早々障子を開けて這入っておくんなせえ」
由「なにを」
峰「癪が起ったので」
由「男が癪を起すのは珍らしいじゃアねえか」
峰「私じゃアねえ、隣座敷の御新造様が起したので」
由「なに御新造がお癪」
 とガラリ障子を明けて見ると、御新造は歯を噛〆(くいし)め反(そ)って居(お)るを女中が押して居(お)るが力の強いもので男の二三人ぐらい跳(はね)かえしますから、由兵衞が飛込んで押えます。
女「有難うございます、此方様(こなたさま)で助かります、女一人では仕様がございません」
由「宜しゅうございます、此方(こなた)へ首をおかけなさいまして、脊割(せわり)を脛(すね)で押せば宜しいので、何しろお薬を……旦那お薬を」
幸「ナニ薬……峰公、床の間に己のカバンがあるから、あれを持って来な」
峰「カバン」
幸「早く/\」
峰「カバンはございません……貴方が其処(そこ)に持って居らっしゃる」
幸「おゝ、そうか……神薬(しんやく)がある、早く水を」
 というので薬を飲ませると好(いゝ)塩梅に薬も通って下(さが)る様子
「反らしちゃアいけない……」
由「あ痛(いて)え石頭を打付(ぶッつ)けて……旦那ナニを……咒(まじな)いでげすから貴方の下帯を外して貸して下さい下帯で釣りを掛けると好(い)いので、私のは越中でいけませんが、貴君(あなた)のは絹でげしょう」
幸「失礼な、僕の下帯で奥様方を……」
由「だッて御病気の時は、そんなことを云ったって仕方がありません、咒いでげすから、失礼だって構いません」
幸「じゃアまだ締めないのがあるからあれを」
由「締めないのではいけません、締めたのが宜しいので」
幸「だって此処で脱(と)れるものか」
 とやがて新しい絹の下帯を持って来て釣りをかけ漸くに治まりも着きました。
女「なに好(よ)いよ、もう宜しい、岩(いわ)や治まったから心配せんで宜しいよ」
岩「貴方どんなに心配したか知れません、お隣のお客様お三方がお出で下すって、結構なお薬を戴き治まりが着いたのでございます、確(しっ)かり遊ばせ」
女「宜(よ)いよ、あゝ……有難うございます、皆さんもう宜しゅうござります」
由「恐れ入りました、お癪は治まると後(あと)はケロ/\致します……中々お強いお癪で」
峰「私の拇指(おやゆび)はこんなになりました……随分強いお癪で」
幸「お薬はまだ私の方にありますから、これは此処へ置いて参ります、お構いなくおあがりなすって」
岩「誠に有難う存じます、お若衆様(わかいしゅさま)に一と通りならんお世話になりまして恐れ入ります……貴方能くお礼を仰しゃいな」
女「有難うございます」
幸「左様にお礼では痛み入ります」
 と是から自分の座敷へ帰りまして、
幸「強(ひど)いお癪だねえ」
由「強いたって癪の起るような身体つきであるよ、痩せぎすで、歯を噛(く)い〆めて居る処は人情本にあるようでげす、好(よ)い女でげすな、伊香保で運動して居る奥様方や御新造さん方を見るに一番別嬪はお隣の御新造で、彼(あ)のくれえ品が宜くって、あのくれえ身体つきの好いのはありません、外のは随分お形装(なり)は結構で、出るたんびに変り、でこ/\の姿で居ても感心しない、起(た)って歩く処を見ると、丈(せい)がづんづら低かったり、お臀(しり)が大きかったりするが、お隣の御新造は別で」
幸「峰公ひどかッたろう」
由「だけれども奥様のお癪を押すのは嬉しかったろう」
峰「そうさ、初めは嬉しかったが、段々ひどくなって来て、仕舞には一人で、押し切れず困りました」
由「そこへ私が後押(あとおし)で、旦那の下帯で綱ッ引(ぴき)と来たら水沢山もかるく引上げました」
幸「悪いよ、静かにしろ」

        二十三

由「何でもあれは後家様(さん)だねえ……好(よ)い女だ」
幸「止しねえ、何だか知れるものか」
由「いゝえ後家さんだ、姿(なり)の拵えが野暮でござえます、お屋敷さんで殿様が逝去(おかくれ)になって仕舞ったので、何でも許嫁(いいなずけ)の殿様が戦争(いくさ)で討死(うちじに)をして、それから貞操(みさお)を立てるに髪を切ろうと云うのを、年が若いからお止しなさいとお附の女中がとめて、再縁をさせようと云うが、御夫人は貞操を立て、生涯尼になってと云うのでげしょう……形装(なり)も宜し、金側の時計に鎖は小さな珊瑚珠が間に這入ってゝ、それからこう頸(くび)へかける、パチンなどはこんな幅の広いので、竜が珠をこうやって居(お)る処が着いて居(い)るのは妙で」
幸「止しねえ」
由「大変に旦那に惚れて居ますぜ、初め私が話をして、彼(あ)れは東京の方だが、お家(うち)は川口町てえんで」
幸「下らねえことを云うな」
由「なにたゞ川口町と云ったので番地は云いません」
幸「番地など云ってはいかん」
由「どうも本当に品と云い人柄と云い、あんな方はないとお附の女中に云いましたら、本当に左様(そう)ですねと云って、お附の女中が横眼で見たが、これはどうも只ならんと思います」
幸「止しねえ、詰らんことを云って、聞えるぜ……峰公、止しな、覗いては悪い」
峰「覗きやアしません」
 と次の間で火鉢 火を[#「火鉢 火を」はママ]起して居た車夫の峰松は、火鉢へ火を取って湯を沸しながら耳を寄せると、此方(こちら)は癪も治まったと見えて。
岩「どんなにか恟(びっく)りいたしましたろう」
女「私は久しく起らなかったが、今日は強く起って………お湯に動ずると云うが動じたのだろうか」
岩「貴方のようにくよ/\して、斯う云う処へ入らっしゃっても頓とお宅のことをお忘れ遊ばさんからいけません、斯う云う処へ入らしったら悉皆(すっかり)お宅の事はお忘れ遊ばせ」
女「思うまいと思ってもそうは行くまいじゃないか」
岩「そうでございますが、其の替りには貴方幾日(いくか)何十日お宅を明けて居らっしゃっても宜しいので、貴方のは気癪(きじゃく)でございますよ、それを癒(なお)さなければならないと旦那様が仰しゃって、私を附けて此処に幾日(いっか)何十日入らっしゃっても何とも御意遊ばさないじゃアありませんか、それで貴方どんな我儘を仰しゃっても、柳に受けて入らっしゃる、貴方はお仕合(しあわせ)じゃアありませんか、他家(よそ)には疳癪(かんしゃく)を起して、随分御新造様方を手込(てごみ)になさるお宅(うち)さえ有りますじゃアございませんか」
女「それは、御自分様に悪い事があるから、私へも優しく遊ばさなければお義理が悪いだろう」
岩「だけれども男は仕方がありませんよ」
女「それは男の働きで、偶(たま)に芸妓(げいしゃ)を買うか、お楽みに外妾(かこいめ)をなさるとも、何とも云やアしないけれども、旦那様ばかりは余りと思うのは、現在私の血を分けた妹(いもと)じゃアないか」
岩「それだから斯うやって長く居ても、何とも仰しゃらない、今年一杯居てもお小言は出ませんよ」
女「それは早く帰ればお邪魔になるから、たんと居ろと仰しゃるので」
岩「貴方はそうお思召(ぼしめ)すからいけません」

        二十四

岩「貴方木暮武太夫へ菊五郎(きくごろう)が湯治に来て居ります、家内を連れて来て居ります、松助(まつすけ)も連れて居(お)るそうです」
女「私は俳優(やくしゃ)は嫌い」
岩「落語家(はなしか)も来て居ります」
女「落語家は饒舌(おしゃべり)で嫌い」
岩「それでは貴方琴をお調べなさいな、どうせ借物(かりもの)で悪うございますが、何か一つお浚(さら)い遊ばせ」
女「私は厭だよ……芝居と云えば何(なん)じゃアないか、前橋へ東京の芝居が来て居るって」
岩「左様(さよう)で、慥(たし)か左團次(さだんじ)が来たそうで」
女「左團次と云えば、お隣の旦那様は左團次に能く似て居らっしゃるねえ」
岩「左様(そう)でございますよ、好男子(いいおとこ)で人柄で、そうしてお隣のお方ぐらい本当に御親切なお方はございません………そしてアノ若い気の利いた車を引く人、あんな身分に似合わぬ親切な人は有りません、まア一生懸命に汗を掻いて貴方のお癪を押してねえ、それにもう一人の方(かた)はとぼけて居て、あの方は本当に可笑しい方で、何(なん)か仰しゃって居るといつかお洒落になって居て、私は分りませんから御挨拶をすると、洒落に挨拶は驚くと仰しゃってねえ、皆(みん)な気が揃って面白いお方で、本当に親切な方ですねえ」
 と噂をすればさす影の障子を明けて這入って来たのは車夫の峰松。
峰「先刻は」
岩「おや今お噂をして居りました」
峰「旦那が大変案じておいでなすって、それからお薬がお入用(いりよう)なら、もっと上げたい、お丸薬の良いのがあるから上げたいと申すので、なんなら持って参りましょうか」
岩「有難うございます、奥様ももう大丈夫で……まアお茶を一つ召上れ、まア此方(こちら)へ」
峰「有難うございます……これは結構なお菓子で……大変ですねえ、お宅から参るので、此方にはございません、伊香保饅頭は温(あった)かいうちは旨いが冷(ひえ)ると往生で、今坂(いまさか)なんざア食える訳のもんではありません……へえー藤村ので、東京(とうけい)から来るお菓子で、へえ」
岩「今日のは一つ目の越後屋のお菓子で、一つ召上れ」
峰「有難うございます……此方はお二人切りだからお淋しかろうって旦那が心配して居ります」
岩「誠に好(よ)い旦那さまで、結構なお薬を頂き有難う存じました、只今お返し申しに上ろうと思って居ました」
峰「なに返さなくっても宜しゅうございます、幾らも持っておいでになるので、カバンを開けると用意に腹痛(はらいた)の薬だの頭痛の薬だの、是れは何んだとかって幾つもあるのだから、何処が悪いっても大丈夫で、緩(ゆっ)くり御養生なさい」
岩「あなたの旦那さまは川口町とかで何御商売で」
峰「なに金貸(かねかし)で、下質(したじち)を取ってお屋敷へお出入りがあるので」
岩「彼(あ)の方様今度は御新造様はお連れ遊ばさずに」
峰「なに御新造さまはないので、段々聞くとお死亡(なくなり)になって仕舞ったので、是から探すので、伊香保へ探しに来たと云うわけではないので、これは湯治でげすが、へえ此方(こちら)の奥様見たいなあゝ云う御様子の好(い)い方を女房に持ちたいなどと仰しゃいました」
女「あれまア冥加至極な事を仰しゃる」
峰「茗荷(みょうが)がどうしました」
女「いゝえ貴方そんな御冗談ばっかり」

        二十五

峰「本当でげす、貴方のお癪を押したのは誠に有難いと云っていました」
女「恐れ入った事で、まだ癪を押して下すった御親切のお礼にも上りませんで、本当に貴方方の御親切で助かったと思って居ります」
峰「あの由兵衞という男は助平だからお前さんのことも種(いろ)んなことを云って居ましたよ」
岩「御冗談ばっかり」
峰「貴方お癪にはなんでげすねえ四万(しま)てえ処がありますが、是から九里ばかりありますが、これは子供の虫と癪には覿面(てきめん)効(き)くってえので皆(みん)な行きます、これは三日居ればどんな癪でも癒るてえますから入らっしゃいましな」
女「そう云うお話を聞きました、勧めた方もございますが、初めてゞ知らない処でねえ」
峰「なに車が利くし、道は出来て直(じ)きに往(ゆ)かれます、天狗坂(てんぐざか)てえのが少し淋しいが、それから先は訳はねえ、私の処(とこ)の旦那も往(い)くがの」
女「貴方の処(とこ)の旦那さまが、そう何日(いつ)」
峰「明日(あす)か明後日(あさって)往(ゆ)くてえます、へえ」
岩「折角お馴染になったに、残らずで往(い)くのですか」
峰「へえ私も往(い)くので」
岩「心細うございますねえ、本当にねえ、お隣へ厭な者でも来るといけないと思って居たが、飛んだ好(い)いお方が入らしったと喜んで居たのに、四万へ入らっしゃるって、淋しいねえ」
峰「じゃアあなた方も入らっしゃいな、また四万へ往って隣合って居ますから入らっしゃいましな」
女「でも貴方、男衆(しゅ)ばかりの処(とこ)へ女二人一緒に参るのは、また知れでもしますと」
峰「知れたって宜うがす、別れ/\に往っても一方道で、四万へ往ったら又お隣り座敷に居(お)れば知れやアしません、そうして襖(ふすま)を明ければ一緒になります、へえ一緒にお出でなさい、旦那も是非お連れ申したいといって居ましたからお出でなさい」
女「本当に御一緒に参りたいがねえ、宅(うち)から郵便でも来て此家(こゝ)に居ないとまた……」
峰「それは此方(こっち)へ頼めば宜うございます、四万の關善(せきぜん)と云うこれは善(よ)い宿屋で、郵便も直(じき)に来ます、一日遅れぐらいで届きます」
女「参りたい事は参りたいのでございますが」
峰「入らっしゃいまし、入らっしゃいよ、それに貴方明日(あした)ね向山へ往(い)くので、私は留守居でげすが、向山へ往って芸妓(げいしゃ)を聘(よ)ぶので、あなた方なんなら御一緒に入らしって月見を成すっては如何(いかゞ)です、向山の玉兎庵(ぎょくとあん)てえので、御迷惑でございますか」
女「何ういたしまして、迷惑ではございませんが」
峰「由兵衞さんは大変喜んで居りますよ、坂をお手を曳いて歩くのは大変仕合せだって云って居ますが、手が硬(こわ)いと云って気を揉んで、種々(いろ/\)の物を付けて居りました」
女「御冗談ばっかり、そんなら明晩月見にお供をいたしても宜しゅうございますか」
峰「宜しいのなんて、入らっしゃい、それから四万へ入らっしゃいまし、旦那はねえ駕籠と云うが、由兵衞さんはポコ/\歩くかも知れねえ、此方(こちら)は遅れて渋川まで私の車で往って、渋川で車を一挺雇って貴方が乗って追っかけりゃア直(じき)で、一日で往(い)かれます、届けものがあれば当家(こちら)へ言付けて置けば堅(かて)え家(うち)で屹度届けます」
女「なんだかお別れ申すのが否(いや)ですから、じゃアそう云うことに願います」
峯「左様(そん)ならそうして入らっしゃいまし」
 と妙な処(とこ)に幇間(おたいこ)を叩き、此方(こっち)も心淋しいから往(い)く了簡になりまして、是れから玉兎庵という料理屋へ参り、図らずも此の奥様の身の上が分ると云うお話でございます。

        二十六

 橋本幸三郎と岡村由兵衞は、向山の玉兎庵と申します料理屋へ参りましたが、只今では岩崎(いわさき)さんがお買入れになりまして彼処(あすこ)が御別荘になりましたが、以前(まえ)には伊香保から榛名山(はるなさん)へ参詣いたしまするに、二(ふた)ツ嶽(だけ)へ出ます新道(しんみち)が開けません時でございますから、一方道で是非彼処を参らなければなりませんが、彼処に福田屋龍藏親分が住居致して居りまして通ります人の休み処(どこ)で飴菓子を売って居ましたのが初(はじめ)で、伊香保が盛ったに付いて料理屋を始めましたが、連藏(れんぞう)と云う息子が居て、その息子が一寸(ちょっと)料理心があって胡麻豆腐と胡瓜揉(きゅうりもみ)という物が当所の名物でございます。一寸鮒か或(あるい)は鯉なぞを活洲(いけす)にいたしましたから、活きたのが食べられます。現今(たゞいま)では伊香保に西洋料理も出来ました。その玉兎庵へ参って、広間の方で橋本幸三郎が一杯やって居りますと、後(あと)から連れて来たのは隣り座敷に居ります処の御新造でございます。年が未だ二十四と云う実に品の好(よ)い別嬪でござりまする。世間を余り見ない人と見えます。お附の女中はお岩と云って四十二三でございます。是は品の好(い)い訳で、出が宜しい。旧幕の折には駿河台胸突坂(むねつきざか)に居まして、二千五百石頂戴致した小栗上野介(おぐりこうずけのすけ)と云う人の妾の子でござりまする。この小栗と申す人は米国(あめりか)へ洋行した初めで外国奉行を兼ね御勘定奉行で飛鳥(とぶとり)を落す程の勢い、其の人の娘で、私(わたくし)どもは深い事は心得ませんが、三倉(さんのくら)で小栗様は討たれ、又市(またいち)様と云う若殿様は上州高崎へ引取られ、大音龍太郎(おおおとりゅうたろう)と云う人のため故なく越度(おちど)もなきに断罪で、あとで調べて見ると斬らぬでも宜かったそうであります。飛んだ災難でございました。それから散々(ちり/″\)になって奥方は会津に落ちて、会津から上方へ落ちて、只今駿府にお在(い)でと聞きましたが、何う成行きましたか。此のお藤(ふじ)と申す婦人は小栗様の娘で、幼年の折久留島(くるしま)様と云うお旗下へ御養女においでなすったお方で、維新になりましてからお旗下様は御商法を始めて結構なお暮しでございましても、何処か以前のお癖がありますから、どうも御身代のお為に悪いそうでございまして、殿様育ちのお癖かお冗費(むだ)が立ちだすような事がありますから、商法なすっても思うようには儲けもないが、段々開けて来まして、皆(み)な殿様方も商法は御(ご)上手におなり遊ばしました。出が良いから品と云い応対と云い蓮葉(はすっぱ)な処(とこ)は少しもありません、落着いて居て、盃を一つ受けるにも整然(ちゃん)と正しいので、
幸「そう貴方お堅くなすってはいけません、どうか私どもはぞんざい者で、お屋敷様へお出入りをいたした者でも、町人の癖でおんもりとした事は云えないので……こんな饒舌(おしゃべり)も付いて居りますが、此の通りずぼらなことは云うが堅いことは云えませんから、お打解けなすって召上りまし」
由「今日(こんにち)は私は奥様の前は堅くやろうと思ったが、堅くやると云いそこない、漢語なぞを使おうとすると、時々変なことを云いますから、矢張(やっぱり)天保時代昔者でげすから、昔の言葉でなければいけません、殿様方もお戦(いくさ)に往って入らっしって命がけを度々(たび/\)なさったお方が、段々商人(あきんど)におなり遊ばして、世の中の人と同等の御交際をされますが、昔を知って居りますから貴(とうと)く思いまして」
 などゝ話のうちに追々肴が真中(まんなか)へおし並びますので、
幸「由兵衞一猪口(いっちょこ)…」
由「有難う……、胡麻豆腐は冷えませんうち召上ると云うことは出来ません、先から冷たいからこれも温(あった)かゝったら旨かろうと思います……瓜揉は感心で、少し甘ったるいのは酢が少し足らない……今日(きょう)は小峰(こみね)さんと云う芸妓(げいしゃ)が参りますが、是も昔は長刀(なぎなた)の、ぞうりをはいてと伊左衞門(いざえもん)ではありませんが大層なお身の上の人で」
 と話のうち小峰が参りましたから、
由「ヤア来た/\……あゝ来た、どうも綺麗だ」

        二十七

幸「さア/\此方(こっち)へ、貴方大きくおなんなすって」
由「御覧なさい、お小さいうちに逢った限(ぎり)で、昔馴染と云うものはねえ旦那」
幸「お上りなすって、さア……どうもお美くしくお成りなすった」
由「上等/\……さア/\大変先刻(さっき)からお待ち申して居りました」
やま「誠に遅うなりまして……御免下さい、貴方ねえ昼間のうちから上りたいと申してはそわ/\して居りまして、早く行ってお目に懸りたいと申して、直(すぐ)に木暮さんへ行こうと申して居りましたが、大屋さまへ行っても運動にでもお出(で)で留守だといけまいから、それより暮れてからのお約束だからと申してね貴方」
由「へえ大変に待って居たので……イヤこれはどうも誠に」
小峯「昨日(きのう)は母が誠に失礼を致しまして」
幸「どうも暫く、実にお見違い申して、往来で逢っては知れませんよ」
由「実にお見外(みそ)れ申します……えゝ貴方のお少(ちい)さい時分に私はお屋敷へ上ったことがございます、あの時はそれ両方のお手に大きな金平糖と小さい金平糖、赤いのが這入った袋を二つ持って入らしって、私が頂戴と云うと貴方一つ下すった、お気象がよくって入らしって、もう一つと云うと、また袋の中から、もう一つ/\と皆(みん)な貰って仕舞って、終(しま)いにはもう一つもないから、袋を覗いてお泣きなすったことがありましたが、彼(あ)の時分からお馴染でげすから」
小峯「有難うございます、お母(っか)さんが帰って来てまア、由兵衞さんがお出(い)でなすったから早くお目にかゝれと申して……また昨日は有難うございます」
幸「どう致して」
やま「あんなにお茶代を頂き済まないと申して、お茶代なぞ頂く了簡ではないと申して」
由「貴方そう思召しますからいけないのです、茶見世を出したら茶代は沢山(たんと)取る方が宜しゅうございます、料理屋なら料理を無闇に売るのが徳で、由兵衞なぞは莨入(たばこいれ)なら少々ぐらい破れて居ても売って仕舞います、それが商売で………これはお隣りの座敷においでの方で」
やま「おや何方様(どなたさま)も……」
女「誠に……おや思いがけない、お前やまじゃアないか」
やま「おやお嬢様……お岩さまがお供でございますか」
由「おや、これは/\御存じで」
やま「御存じだってお少(ちい)さい時分お乳を上げたのでございますもの」
幸「不思議でげすねえ、これはどうも、へえー」
やま「誠に御無沙汰申上げましたが、もう実にお見違い申すようにおなり遊ばして、只今ではお尋ね申すことも出来ませんで……左様で、小石川へ入らしったと承わりました……お岩様誠に貴方いつもお変りもなく」
岩「誠に久しくお目にかゝりませんで、つい/\ねえ貴方種々(いろ/\)な事があって、申すにも申されぬことがございまして、小石川へお引込(ひっこみ)になって、何も彼(か)も御存じでありましょうが、此の節のお身の上、実においとしい事でございますが、お少さい時分御案内の通り彼(あ)の事が決りませんで、私(わたくし)が只一人でじゃ/\張ってお側にお附き申して居りますから、お心丈夫に入らっしゃいと申して、種々深い理由(わけ)があって今度は当地へ湯治が宜かろうと仰しゃるので、三週間のお暇を頂き、私もお蔭様で保養いたしますが、実にどうもねえ、貴方にお目に懸ろうとは思いませんでした」
やま「お嬉しゅうございますわ、私(わたくし)も此の橋本にお目に懸ったのですが、昔のことを仰しゃると面目次第もない、どうもねえ……娘(これ)が芸妓(げいしゃ)をして、娘は貴方それ七歳(なゝつ)の時に御覧なすった峰と申す娘で、誠にこれが芸妓をして私は誠にもう面目ない葭簀張(よしずっぱり)の茶見世を出して、お茶を売るまでに零落(おちぶ)れました、それから見ればお岩様なぞは此方様(こなたさま)のお側だから何も御不足はないので、まア/\結構でございます」
岩「はい実に苦労しても貴方お屋敷と違ってね、それに殿様があゝ云う訳にお成りなすったから、何うすることも出来ませんで、思いがけないまた外に苦労がございまして」
由「これは妙でげす貴方、此方(こなた)は」
やま「はい此方さまは駿河台のソレ胸突坂に入らっしゃった殿様のお二方目(ふたかため)のお嬢さまでございます」

        二十八

幸「どうも思い掛けない、不思議な御縁付で」
やま「御縁付はまだお極りにはなりませんので」
岩「へ、まだ御婚礼は済まないので、誠に生涯お一人で暮したいなぞと心細い事を仰しゃるから、私(わたくし)がお附き申しては居りますが、そんならって御姉妹(ごきょうだい)でありますので、宅(うち)の方の極りが着けば何うでも斯うでも此方様(こなたさま)はお姉(あねえ)さまの事ですから、極りが着こうと思って、只今はお一方(ひとかた)で入らっしゃるので」
由「不思議でげすねえ……だから私(わたくし)が申したので、御様子が違うてえので……お屋敷はやはり駿河台の胸突坂で、旧幕時代二千五百石もお取り遊ばしたのでげす……違いますなア……え、お癪の起し振もどうも違います、二千五百石だけのお癪をお起しなさる……これはどうも」
やま「何しろお嬢様にお目に懸りますのは尽きせぬ御縁と申すもので」
由「ごまをするというので瓜揉を一つ頂戴」
 と由兵衞が頻(しき)りに喋って居ると、向うの四畳半の離れに二人連の客、一人は土岐(とき)様の藩中でございまして岡山五長太(おかやまごちょうだ)と云う士族さん、酒の上の悪い人、此の人は三十七八になり未(いま)だ道楽も止まぬと見える。今一人は三十六七で小粋な人でございますなれども、田舎の通り者、桑原治兵衞(じへえ)と云う渋川の糸商人(いとあきんど)でございますが、折々此の地へ参って遊んでばかり居ります。頻りにポン/\手を敲きますが、余り返辞を致しません。人が出て来ませんのは、沢山奉公人も居りませんから出ないと、癇癪を起して国会の演説が始まった様にピシャ/\手を敲きます。
岡山「誰(たれ)も来ねえのか、これ/\」
男「へえ/\」
 と黄色い声で、
男「此方(こちら)様で」
 とチョコ/\と来た者は妙な男で、もと東京の向両国(むこうりょうごく)の軍※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)屋(しゃもや)の重吉(じゅうきち)と云う、体躯(なり)の小さい人でございます。身の丈は二尺五寸しかないが、首は大人程ありまして、小さいたって彼(あ)の位小さい人はありますまい。形(なり)に応じて手足の節々も短かい。まるで子供のようであります。反物を一反買いますと、自分の着物に、半纒(はんてん)に、女房の前掛に、子供のちゃん/\が取れるというのでございます、三布蒲団(みのぶとん)を横に着て足の方へあんかを入れて、まだ二寸ばかりたれているというから、余程小さい男であります。割合に肥(ふと)って居て頭が大きいから、駈けると蹌(よろ)けて転覆(ひっくりかえ)る事がありますが、一寸(ちょっと)見ると写し画(え)の口上云い見たいで、なんだか化物屋敷へ出る一ツ目小僧の茶給仕のようでありますが、妙に気が利いて居て、なか/\発明な人であります。
重「へえ、お呼びなすったのは此方(こちら)でげすか」
 というを見ると二人は驚きました。
岡山「なんだ化物か、アヽ何んだ」
重「お呼びなすったから参(めえ)りました」
岡山「何んだ、エ何んだ」
重「エヘ、お手が鳴りましたから参(めえ)りました」
岡山「お手が鳴ったって、何んだ、ウン……亭主は居らんか、総体当家ではなんだ僕たちを愚弄して居(お)るな、なんだ胆(きも)を潰す薄暗い処へピョコと出て驚く、真人間をよこせ、五体不具(かたわ)なる者を挨拶に出すべきものでない、退(さが)って普通(なみ)の人間を出せ、なんだ」
重「へえ五体不具(ふぐ)、かたわと仰しゃるは甚だ失敬で、何処が不具(かたわ)で、足も二本手も二本眼も二つあります」
岡山「それで一つ眼なら全(まる)で化物だ、こんな山の中で猟人(かりゅうど)が居るから追掛けるぞ、そんな姿(なり)でピョコ/\やって来るな、亭主を呼べ」
重「亭主は前橋へ往って居りませんから私(わたくし)が代りに出たので」
岡山「じゃア家内が居るだろう、家内を呼べ……これ先刻(さっき)小峯に口をかけた処が、小峯は病気で出られぬと其の方が申した、其の小峯がどう云う理由(わけ)で向うの座敷へ参って居(お)るか、さアそれを聞こう」
重「えい、病気で居たのでございますが、旧来(ながらく)のお馴染で、お客様へ一寸(ちょっと)御挨拶と云うので参(めえ)ったので」
岡山「なに馴染だと、これ僕等は馴染でないから大病であるか、立聞はせんが誠に静かであれば、馴染の客であれば忽(たちま)ち大病が全快すると申すか、口をかけても偽病(にせやまい)を起して参らぬのは何う云う理由(わけ)か、さアそれを聞こうと云うのだ、来なければ来ないでよい、早く申せば旨くもねえものをこんなに数々とりはせぬぞ、長居をして時間(とき)を費(ついや)し、食いたくもない物を取り、むだな飲食(のみくい)をしたゆえ代は払わんぞ」

        二十九

重「誠にどうも仕様がございません、向うは馴染で御挨拶だけで」
岡山「挨拶だけという事があるか……」
桑原「まア/\君、待ちたまえ、僕も度々(たび/\)来ては厄介になるけれども、能く考えて見ろ、此の旦那様を此処へ連れて来て、芸妓(げいしゃ)を呼ばっても来ず、その小峯が向うへ来て此処へ来ねえで見れば、己が呼ぶたんびに祝儀でも遣らぬようで、朋友に対しても外聞の至り赤面の至りじゃアねえか、来(き)ねえば来(き)ねえで宜(よ)いが、どうも此方(こゝ)へは病気で参(めえ)られませんと云うて向うに居るのは奇怪(きっかい)じゃアねえか、どう云う次第であるか、胸を聞こう、向うへ挨拶なら此方(こゝ)へも挨拶だけ来て貰わねえばなんねえ」
重「あれはお母(っか)さんが堅いから出しません」
岡山「愚弄いたすな、来(き)なければ来(こ)んで宜(よ)い、此の方の酒食いたした代価は払わぬから左様心得ろ」
重「それは困ります」
岡山「困るたって、何故べん/\と待たした、来るか/\と思って要らんものまで取った」
重「貴方が召上ったので」
岡山「それは出たから些(ちっ)とは食う、食ったけれども代は払わぬ……」
桑原「いや、それは代は払っても宜(よ)いが、能く積っても見なんし、どう考えてもいやに釣られて、小峯が来るか/\と思って、長い間時間を費し、それ/″\要用(ようよう)のある身の上、どう云う理由(わけ)か我々どもを人力車夫(くるまや)同様に取扱われては迷惑だから、親方を此方(こちら)へ呼ばって貰おう、どれほど此の家に借りでもあるか、芸妓(げいしゃ)に祝儀でも遣らぬ事があるか、どう云う次第か、さアそれを聞こう、呼ばって来い」
重「前橋へ往って居ないと申しますのに」
岡山「前橋へ往った……帰るまで待とう」
重「何時(いつ)帰るかどうも知れません」
岡山「帰るまで泊って居(い)る」
 と云いながら突然(いきなり)重吉の頭をポカン。
重「おや何で打(ぶ)つのです」
岡山「打(ぶ)ったがどうした、大きな頭を敲き込んで遣ろうと思って打った」
重「無暗(むやみ)に打って失敬ではございませんか」
岡山「何がどうした、コレなんだ、化物見たいなものを遣(よこ)しやアがって」
 と云いながら其処にありましたヌタの皿を把(と)って投(ほう)りましたから、皿小鉢は粉々になりましたが、他に若い衆(しゅ)が居ないから中へ這入る人もない。すると上(あが)り端(はな)に腰を掛けて居たのは、吾妻郡(あがつまごおり)で市城村(いちしろむら)と云う処の、これは筏乗(いかだのり)で市四郎(いちしろう)と云う誠に田舎者で骨太な人でございますが、弱い者は何処までも助けようと云う天稟(うまれつき)の気象で、三(さん)の倉(くら)の産(うまれ)で、今は市城村に世帯(しょたい)を持って筏乗をして母を養う実銘(じつめい)な人。此の人は力がある尤も筏乗は力がなければ材木を取扱いますから出来ません。市四郎は侠客(おとこだて)の気質でございます故見兼ねて中へ飛込み、
市「貴方(あなた)待ってくんなせえ、困った人だ皿を投(ほう)っちゃア困りますよ、弱(よえ)え者虐(いじ)めして貴方(あんた)困るじゃアねえか、大概(ていげえ)にしてくんなせえ、此家(こゝ)な連藏(れんぞう)さんは居ねえが、内儀(かみさん)は料理して居る、奉公人は少ねえに皿小鉢を打投(ぶっぽう)って毀(こわ)れます、三百や四百で買える物じゃアねえ、大概(てえげえ)にするが宜(よ)い」
岡山「手前(てめえ)何んだ」
市「己(おら)ア此処へ用が有って来合せていたのだ」
岡山「手前(てめえ)仲へ這入るなら僕らの顔を立てるのが仲裁の当前(あたりまえ)だ」
市「お前方の顔を立てゝ上げてえが立てようががんしなえ、相手が悪いならば、あんた方の顔も立てゝ上げやしょうが、弱(よえ)え者いじめをするにも程がある、此様(こん)なかたはナニ子供のような重さんの頭をぶちなぐる事はハアねえだ」
岡山「そんな不具者(かたわもん)の顔を立てんでも宜(よ)い、拙者どもは芸妓(げいしゃ)小峯を呼びに遣わしたる処、病気と欺き参らんのみか、向うへ来て居るのは甚だ奇怪(きっかい)に心得るから申すのだ」
市「それが奇怪だって、そりゃ無理だ、芸妓だっても厭な処(とこ)へは来(き)なえ、貴方(あんた)の方は厭だから来なえのだろう」
岡山「コレ甚だ失敬な事申すな」
市「失敬たって、芸妓だって、酒飲(さけのみ)で小理窟をいう客は誰(たれ)でも嫌(きれ)えだ、向うは柔(やさ)しい客で好(い)い座敷だ、向うへ往(い)くのは当り前(めえ)の話で貴方(あんた)御扶持を出して抱えて置くじゃアなえし、仕様ねえから早く帰っておくんなさえ……なにする、己(おれ)胸倉捉(と)ってどうする」
 と市四郎の胸倉を捉った岡山の手を握ると市四郎は大力(だいりき)でありますから。
市「何をする」
 と逆(さか)に取って岡山の胸をポーンと突くとコロ/\/\/\ッと彼(あ)のどうも深い谷川へ逆蜻蛉(さかとんぼ)をうって五長太が落ちますと、桑原治平はこれを見て驚き駈下りたが、嶮(けわ)しい坂でありますから踏み外してこれも転(ころが)り落ちました。

        三十

 岡山五長太と桑原治平の二人がゴロ/\落る騒ぎに、一人奥に働いて居た人が何時のまにか伊香保の派出所へ訴えたから、巡査さんが官棒を携(たずさ)え靴を穿(は)いて、彼(か)の高い処(とこ)をお役とは云いながら駈上ってお出でになり、
巡査「これ、どうか、え、お前じゃアなえか、此の谷川へ二人とも打落(うちおと)したは何故か」
市「はい、私(わし)打落(ぶちおと)したって、私を打殴(ぶちなぐ)るから私も先の相手を打落しやした」
巡「コラ、仮令(たとい)其の方を撲(ぶち)打擲(ちょうちゃく)を致したにもせよ人を打擲するのみならず、此の谷川へ投落すと云う理由(わけ)はあるまい、乱暴な事をして、えゝこれ、派出へ来なさい」
市「私(わし)そんなとけえ往(い)くのは厭だねえ」
巡「これ、厭と云うて済もうか、直(すぐ)にさア来なさい」
市「私(わし)は派出などへ何の科(とが)があって私参(めえ)るのだね」
巡「コラ分らぬ奴じゃ、これへ二人の者を打込(うちこ)んだではないか」
市「打込(ぶちこ)んだと云って、先で己(おら)に打(ぶ)って掛るから己だって黙っては居(お)られねえから、手エひん捻(ねじ)って突いたら、向うの野郎逆蜻蛉を打(う)って落(おっこ)ちたので、私(わし)が打落(ぶちおと)したのではねえ」
巡「じゃアから分らぬ事を云わんで派出へ参れ」
市「派出てえ何処(どけ)え」
巡「屯所(とんしょ)へ参れ」
市「屯所たってお屯様(たむろさま)へ呼ばれる私(わし)罪はなえ」
巡[#「巡」は底本では「市」]「分らん奴であるぞ、罪と云うは今の事じゃ、二人を打落(ぶちおと)したのが罪じゃ」
市「己(おら)を先へ打(ぶ)つ奴の方が罪があると思いやんすが、どうだえ」
巡「分らん事を申すな、お前は布告を知らんなア」
市「へい知りません、私(わし)の方へ布告が廻った事もありやんすが、読めねえだ、手習(てなれえ)した事がねえから何だか分らねえから印形捺(つ)いて段々廻すだ、時々聞きに来いなんど云うが、郡役所だって一里半もあるので、其処まで参るには商業(しょうべえ)を休まなければなんねえだから、聞きに往(い)く訳にはめえりませんよ」
巡「どうもはや分らぬ奴……参れ」
市「参(めえ)れませんよ」
巡「なぜ参らぬか」
市「なぜ参(めえ)らぬだって、貴方(あんた)私(わし)が悪くアねえのだに、先に打(ぶ)ちやした奴を先へ連れて往(ゆ)くがいゝのだ、私ばかり悪いからって連れて行くてえなア無理な話で」
巡「どう云う理由(わけ)で此の谷へ打込(ぶちこ)んだか、それを申せ」
市「はい打込んだってえ、私(わし)を打ったゞからよ」
巡「じゃが理由(わけ)なく貴様を打つという事もあるまい、貴様に悪い事があるから向うでも打擲したのだろうから隠さず云え」
市「隠すも何もねえ、此処な家(うち)へ来て芸妓(げいしゃ)が来(き)ねえって皿小鉢を投(ほう)って暴れるので、仕方がねえから、私(わし)用があって此家(こけ)え来て居りやんしたが、見兼て仲へ這入った処が、私(わし)胸倉ア捉(と)るから、仲人(ちゅうにん)だと云うのに聞入れず私を打ちに掛ったから、まご/\すると打たれるから引外(ひっぱず)したら蹌(よろ)けたので」
巡「また左様(そう)云う悪い者があったら手込(てごみ)に谷川へ打込む事はならぬ、すぐ派出も在(あ)るものじゃから訴えなければならんに、手込(てごめ)にする事はない、なぜ届け出(いで)んのじゃ」
市「だって此の谷を下りて、貴方(あんた)の方へ訴えて此処(こけ)え来る時分には逃げてしまうから、打たれ損にならねえ先に、貴方だって間に合いませんから、私(わし)は貴方の代りに打殴(ぶちなぐ)って、谷へ投り込んだので、早く云えば貴方の代りにしたので、大きに御苦労ぐれえ仰しゃっても宜かろうと思いやんす」
巡「えゝ、僕を愚弄致すか」
市「愚弄てえ何か」
巡「えゝ分らぬチュウものじゃ、まア参れよ」
市「参(まい)りませんよ」
巡「参らぬと云う事があるものか」
 と分らぬ奴もあるもので、田舎育ちでも今は開けましたが、其の頃は無学文盲の無法者がありまして、強情を張ってお困りでございますが、これを丹誠して引張(ひっぱ)って行(ゆ)く、実に御難儀なお役で。
巡「参れ/\」
 と手を捉(と)って引こうとしたが大力無双の市四郎が少しも動かず、引く途端に官棒でお打ちなすったのではありませんが、グッと引く機(はず)みに市四郎の手先へ棒が当ると、市四郎が怒(おこ)って、
市「や私(わし)を打(ぶ)ったな、貴方(あんた)なんで打った、無暗(むやみ)に打って済むか、お役人が人民(ひと)を打殴(ぶんなぐ)って済むか、貴方では分らねえから、もっと鼻の下に髯の沢山(たんと)生えた方にお目にかゝり、掛合いいたしやす、さア一緒に行(い)きましょう」
 と反対(あべこべ)に巡査さんの手を捉って向山の坂を下りましたが、世の中には理不尽な奴もあれば有るもので、是からお調べに相成ります。

        三十一

 さて引続きまする伊香保の湯煙のお話でございます。向山の玉兎庵で五長太という士族を谷へ投込みました者は、大力無双の筏乗市四郎という者でありますが、此の人は誠に天稟(うまれつき)侠客(きょうかく)の志がございまして、弱い者を助け、強い者は飽くまでも向うを張りまするので、村方で困る百姓があれば、自分も困る身上(みじょう)でございますが、惜し気もなく恵むという極(ごく)義堅い気質でございまして、三の倉に居ります中(うち)は御領主の小栗上野介様が討たれました時其の村方を御支配なさるお方が彼様(あん)なお死に様(よう)をなすって誠にお気の毒の事というので、其の人に附いて居りました忠義の御家来、老人であるからというので自分方へ引取って三ヶ年介抱を致して、此の人が此の市四郎のお蔭で見送りをされますなどという細かきお話は後(あと)で申上げますが、中々聞かない気質で、其の代り此の市四郎は学問がございませぬから開化の事は頓と心得ませぬが、巡査様(さん)でも何でも見境なく無暗(むやみ)に強情を張って巡査様の手を取って向山の坂を降り、また登って派出所に参りました。巡査様もお驚きで、左様なる暴な奴に逢っては仕方がないもので、此の事を警部様(さん)へお伝えなされた事でございますから、警部公お出向きなされたが、恐れる気色(けしき)もなく仁王立に突立って居ります。
警「これ、手前か向山の玉兎庵で口論の末士族体(てい)の者を谷川へ打込(ぶちこ)んじゃというが、それは何うも宜しくない、どういう訳でそういう乱暴な事を致すか」
市「先刻(さっき)も私(わし)が云います通り、乱暴でねえで、何方(どっち)が乱暴だかねえ、貴方(あんた)の方で能く調べねえで無闇に来(こ)う/\と云って此処まで連れて来て、私もコレ用のある人間で、一日幾許(いくら)って手間を取って居る者が、暇ア消(つぶ)して此処まで引張られるは難儀だから、参(めえ)らねえというものを何んでもという、私ア暇を消して参(めえ)ったが、私が悪(わり)いか向うな士族とかいうが悪いか見定めて人を引張ったら宜かろう」
警「そうじゃが、其の方は谷川へその士族体の者を打込んだという、巡査が確(しか)と是を見届け、又福田連藏方からも届けがあった故に出張した処(とこ)が、全く其の方が投込んだという、其の方住所姓名は何と申すか、えゝ其の方の住所姓名を申せ」
市「何も私(わし)ア……住持に悪体(あくてえ)を清兵衞(せいべえ)が吐(つ)いたという訳でねえが、ありゃア三の倉の間違えでしょう」
警「いや其の方の住んで居(お)る所は何と申す」
市「私(わし)の居(い)る処(とこ)か、私の居る処は吾妻郡の市城村で」
警「其の方は姓名は何と申すか」
市「姓名てえ何か」
警「其の方の名」
市「己(おら)ア名か、己ア市四郎と云います」
警「営業は何か」
市「えゝ」
警「営業」
市「なに」
警「分らん奴じゃ、ウーン営業を知らんてえ事があるか」
市「知りません、其様(そん)な事どうして、只の字せえ知らねえで習わねえに英語なぞ何(な)に知る訳がねえ、それは外国人(げえこくじん)のいうことだ」
警「英語ではない、営業というは其の方の渡世(なりわい)商売じゃ」
市「商売(しょうべえ)か商売は市四郎てえ筏乗でがんす」
警「何故(なにゆえ)あって向山へ今日(こんにち)参ったか」
市「何をたって連藏さんとは心安い者(もん)で、茸(きのこ)を些(ちっ)とばかり採ったから商売の種に遣りてえと思って持って来て、縁側で一服喫(や)って居ると、向うの離座敷で暴れ廻る客があるだ、若い衆を擲(なぐ)っていけえこともねえ皿を打壊(ぶちこわ)したりして見兼ねたから、仲へ這入(へえ)って何故(なぜ)此様(こん)な事をすると段々尋ねた処(とこ)が、仲人(ちゅうにん)の私(わし)がに悪口(あっこう)吐(つ)いて打(ぶ)って掛るから、打たれては間に合いませぬから胸を衝(つ)くと逆蜻蛉を打って顛覆(ひっくりけえ)ったゞ、ねえまア向うが弱(よえ)えからだ」
警「何故(なぜ)其の様な暴な事をするか」
市「するッたって向うで打(ぶ)つから己(おら)ア方でも打ったゞ、黙って見ては居(い)られねえから打ちやした」

        三十二

警「仮令(たとえ)そういう者があるにもせよ、何故左様な暴な事を士族体の者が致したら、此の方へ届けん、自身手込(てごみ)に打擲するという事はない、人を打(ぶ)つてえ事はない、殴打創傷(そうしょう)の罪と申して刑法第二百九十九条に照して其の方処分を受けんければならんじゃないか」
市「えゝ、あれはナニ二百五十銭ばかりの銭で腹ア立てゝ、あれは根が太田宗長(おおたそうちょう)という医者が悪いので、薬礼しろというが、銭ねえならお前二百五十銭に負けて遣ってくれというが、負けられねえっていうから喧嘩になったゞ」
警「ナニ……そんな事を尋ねるのじゃアない、ウーン誠に困るナ……其の方は人の身体を無闇に打つものではない、人の身体は大切のものじゃ、分らんか、この肉体というものは容易なものではない造物主より賜わる処の此の肉体は大切なものじゃ」
市「誰が呉れやした、虚言(うそ)ばかり吐(つ)いて、此の体は木彫(きぼり)じゃアねえし仏師屋(ぶっしや)が造ったなんてえ」
警「仏師屋じゃアない造物主、早く言えば神から下すった身体、無闇と殴(う)ち打擲して、殊に谷川へ投込むなどとは以ての外(ほか)であるぞ」
市「じゃア先方(むこう)の体ばっかり神様から貰って、己(おら)ア体は粗末(ぞんぜえ)にしても構わねえと云わっしゃるのか」
警「粗末(そまつ)にするという事があるか、先方(せんぽう)の身体も貴様の身体も同じじゃ、それじゃに依って喧嘩口論して、粗暴に人を打擲する事はならん」
市「何だか貴方(あんた)の云うことは明瞭(はっきり)分らねえ、だがねえ己(おら)ア身体は大事、先方(むこう)な身体も大事と一つにいうなら、何故己ア身体を先方な奴が打(ぶ)ったか、打たれては腹が立つ、先方で打って此方(こっち)で手出しが出来ねえといって、此方の坂を下りて亦登って貴方へ打ちやしたと届けて出て、それから又坂ア下って又登って向山まで往(い)く間(ま)にゃア向うの奴は逃げて仕舞うから打(ぶた)れ損で、此の体に創(きず)を出来(でか)したら貴方其の創を癒す事は出来ねえだろうが、先方で打(う)ちやアがったから己が打返(ぶちけえ)したので、謂(い)わばあんたの代りだ」
警「代りという事があるか、全く先方(せんぽう)から先に手出しをした証拠があるか」
市「ナニ……」
警「先方から先に手出しをした証(しょう)があるか」
市「えゝ、すりア有りやんす、此処に居る重吉という者、主人(あるじ)が居りやせんからソノ番頭役を致しやす、此の人が証拠だ、のう出來助(でくすけ)どん」
警「出來助……其の方か」
重「へえ、それはヘエ私が申します、乱暴をして、毎日/\お酒を飲(た)べて無闇に皿小鉢を抛(なげう)って打(ぶ)ったりして、殊に私の頭を二つ打ったので、へえ、見兼ねて此の親方が仲へ這入って下すったので、二言三言云いやってねえ…親方に打って掛ったねえ、証拠は親方の頭に少々ソノ創がございます、へえ」
市「ねえ此の人が証拠で、神様から貰った私(わし)が身体を打(ぶ)ったから打返(ぶちかえ)しただ、ねえ、だから貴方(あんた)の些(ちっ)たア手助かりをしたゞ」
警「なに手助かりと云うがあるか……先方で先に打ったとあれば……まアよいわ……不論罪(ふろんざい)じゃ、それでは宜しい、宜しいに依って向後は左様な粗暴な事をしてはならんぞ、もう其の方も三十を越えて血気な若い者とも違うから、以後は喧嘩口論をして人を打擲することは相成らぬ、能く弁(わきま)えろ」
市「それから」
警「それからということはない、宜(よ)いからもう参れ」
市「へえ、そうか、もう宜いのか、あんたも骨が折れるねえ、あんたも早く云えば仲人(ちゅうにん)だ、己(おら)アも仲人にべえ頼まれて、能く村で仲人に這入(へえ)って人の事を捌(さば)くだが、中々骨え折れる役だねえ、あんた方もなア」
警「早く往(い)け」
 と巡査様もお困りで、分らん者でございますけれども、別に悪い事をしないのに、近村で問いましても正当(しょうとう)潔白という事、是は巡査様も御存じだから先ず軽(かろ)く済みましたが、向山に居りました橋本幸三郎、岡村由兵衞は混雑(ごたすた)が出来て面白くもない、殊に女連というので一とまず木暮八郎方へ帰りまして、翌日になりますと、朝飯を食べると誂(あつら)えて置いたから山駕籠が一挺来ましたから、是へ幸三郎が乗り、衣類の這入った大きな鞄が駕籠の上に付き、手提(てさげ)が前に付きまして、其の他(た)葡萄酒の壜(びん)が這入り、又東京から持って参った風月堂(ふうげつどう)の菓子なども這入り、すっぱり支度をして四万の温泉場へ参る事になりました。岡村由兵衞は昔風でございますから、一寸(ちょっと)致したくすんだ縞の浴衣に、小紋のこっくりと致した山無(やまなし)の脚絆に紺足袋、麻裏草履に蝙蝠傘をさして鞄を提げて駕籠の側につきまして、これから出まして、後(あと)の事は車夫(くるまひき)の峰松に残らず頼みましたから、
峯「万事心得ました、遅くも参ります、由兵衞さん旦那を何分宜しゅうお願い申します」
由「よろしい、頼む」
 と是から出ましたが、前(ぜん)申上げて置きました隣座敷のお藤という別嬪は、お附の女中岩と峰松が供をして、一緒に出るも極りが悪いから、後(あと)から出る約束に成って居ります。

        三十三

 橋本幸三郎、岡村由兵衞の両人は伊香保を下(お)りまして、御案内の湯中子村(ゆなかごむら)へ出ます。彼(あ)れから岡崎新田(おかざきしんでん)五町田(ちょうだ)の峠を越し、五町田の宿(しゅく)を出まして右へ付いて這入って、是から川を渡りますが、吾妻川には大きな橋が架って居る、これは橋銭(はしぜに)を取ります、これを渡ると後(あと)はもう楽な道で、吾妻川辺(べり)に付いて村上山(むらかみやま)を横に見て、市城村青山村(あおやまむら)に出まして、伊勢町(いせまち)より中(なか)の条(じょう)という所(とこ)に掛った時はもう二時少々廻った頃、木村屋(きむらや)と申す中食(ちゅうじき)場所がございます。表には馬(むま)を五六匹繋(つな)ぎ、人足が来てガア/\と云って居る処(とこ)へ駕籠をズッと着けました。
女中「入らっしゃいませ」
由「大きに若衆(わかいしゅ)御苦労、今後(あと)で飯を食わせるが、何しろ休みねえ……おい/\女中さん、おい女中彼処(あすこ)の畳の上に何だ……黒豆が干してあるようだが、彼処を片付けておくれよ」
女「豆じゃアござえません、あれは蠅が群(たか)って居りやすので」
由「蠅か……私(わし)は黒豆かと思った、大層(てえそう)居るねえ真黒(まっくろ)で……旦那御覧なさい、此の蠅はどうも酷(ひど)いじゃアございませんか、ハッ/\ハッとたちますとまた直ぐに来ます、大変(ていへん)だ」
幸「大変(ていへん)だねえ、蠅の中へ大きなものが飛込んで来るが、なんだい姉(ねえ)さん」
女「あれは虻(あぶ)でねえ」
幸「虻……大層(てえそう)居るぜ、螫(さゝ)れると血が出ますからねえ……女中さん何かあるかえ」
女「左様(そう)でがんす、何も無(ね)えでがんすけれども、玉子焼に鰌汁(どじょうじる)に、それに蒸松魚(なまり)の餡掛(あんかけ)が出来やす」
由「えゝ鰌や蒸松魚のプーンと来るのア困ります、矢張無事に玉子焼が宜うがす……鰌のお汁それは宜かろう、鰌のお汁に玉子焼で……貴方召上らぬが一猪口(いっちょこ)酒をつけて持って来て……アハヽ一猪口が分らねえな可笑しい……尤も千万だ……何しろね若衆(わかいし)が来て居るからお飯(まんま)喫(た)べさせて、お酒を飲ましておくれ、若衆は是から山道へ掛るから、酔うとまたいけねえから気を付けて」
女「ヒエー畏(かしこま)りました」
由「閑静でげすねえ……あんたが駕籠で、私(わし)が歩くのでお話もできませんが、あの村上山の景色はありませんねえ、どうも山が連(つな)がって居て、あの間にチョイ/\松が、どうも大きな盆裁でげす、あれから吾妻川の真中(まんなか)の所(とこ)へずうと一体に平坦(たいら)な岩が突出(つきだ)して居て[#「居て」は底本では「居で」]、彼処(あすこ)の上へずっとフランケットを敷いて、月の時に一猪口やったら宜うがしょう、なんぼ地税が出ねえたって、一杯に彼(あ)の大岩が押出している様子は好(よ)い景色でどうも……だけれども五町田の橋銭(はしぜに)の七厘は二(ふた)ツ嶽(だけ)より高いじゃアありませんか」
幸「だけれども、あのくらいの橋を架けるのだから、どの位の入費だか知れねえ、だが景色は段々離れる方が由さん、好いたって、実にどうもないねえ、有難い…女中さん早くしておくれよ……えゝ、これから四里八町というから」
由「私(わし)は馬(むま)をいたゞきたいが、馬に乗(のっか)って捉(つかま)ってヒョコ/\往(い)くなア好い心持で、馬をねえ……女中さん」
女「ヒエ」
由「馬を一匹、四万まで行(ゆ)くのだから帰り馬の安いのがあったら頼んでおくれ」
女「毎日(めえにち)何(なん)かえりも行ったり来たりして居りやすから、もう直(ね)が極って居(い)るでがす、六十五銭(せね)でがんす」
由「六十五銭(せん)は高いねえ」
女「高(たけ)えたって極って居るのでがんすから、その代り楽でねえ、坂へ廻ってはハア道がハアえらいでねえ、急の坂ががんすから、此処から折田(おりた)へ出る道が極って居て楽でがんす」
由「じゃア姉(ねえ)さん、馬は暴(あ)れねえのを頼んでおくれ、いゝかえ馬に附ける物があるから、間違(まちげ)えちゃアいけねえよ……何しろ虻が大変(てえへん)で……あゝ玉子焼が出来た、おゝ真白(まっしろ)だ」
幸「白身ばかりは感心だ」
由「じア喫(や)ってみましょう………これは恐入ったね、中々柔かで仕末にいけません、姉さん、此の玉子焼は真白だねえ」
女「ヒエ」
由「玉子は沢山入れねえで豆腐が九分で……これは恐れ入ったねえ、豆腐入の玉子焼は恐れ入った、道理で真白だと思った、豆腐焼、これはないねえ、面白い、これは乙でげす、何うも閑静過ぎますねえ」

        三十四

由「いゝや鰌汁の中に人参が這入って[#「這入って」は底本では「這人って」]居る、これは感心でげす、牛蒡(ごぼう)で無い処が感心で、斯ういう処が閑静……旦那何しろ旨い、貴方(あんた)駕籠の上の葡萄酒を下(おろ)しましょうか、まア此方(こっち)を飲(や)って御覧なさい、話の種で丹誠なもので、此の徳利の太さ、私が握るに骨が折れるが女中は苦もなく掴(つか)む、感心で、どうもこれは不思議で、表に馬(うま)が一杯というのは面白い、それで中はお客が只(たっ)た二人、閑静なことじゃアございませんかね……女中さん、これは驚くねえ人参が牛蒡に成りますくらい蠅がたかります、玉子焼へ群(たか)ると豆腐入が今度は胡摩入り豆腐に成ります、何うも宜うがす」
 その内に、
幸「女中さんお膳をさげて勘定しておくれよ」
由「女中さん勘定、いゝかえ……旦那あんたは駕籠で私が馬で、ぶら/\お出かけは何うです、先刻後(あと)の伊勢町という処(とこ)に二三軒女郎屋(じょうろや)があって、いやな島田に結って、鬢(びん)のほつれ毛を掻いて、色の白いような青いような、眼の大きな、一寸(ちょっと)見ると若いようだが年を取って居りますぜ、三十二三には見えたが……女中さん伊勢町には女郎屋が何軒あるえ」
女「えゝ御座(ごぜ)えやす、もと達磨でがんす」
由「あれは二軒切りかえ」
女「へえ只一軒で、女郎(じょろう)が一人居りやんす」
由「閑静なものだね……やア勘定(かんじょ)は幾許(いくら)になるえ」
女「ヒエ、九十銭(せね)若衆(わかいしゅ)が十二せねで、金一円二銭(せね)になりやす」
由「申し旦那銭々(せね/\)というのはどうも面白い……六十五せねの馬はこれかえ」
馬「はいはい」
由「コウ馬士(まご)さんどうだい、馬は暴(あ)れはせんかえ」
馬「えゝ起(た)ちもしねえが噛(く)いもしねえ」
由「起ったり噛われたりして耐(たま)るものか、大丈夫かえ」
馬「大丈夫(だえじょうぶ)で、なに牝馬(めんま)で、大概(たえげえ)往復(いきかえり)して居るから大丈夫で、ヘエ」
由「いゝかえ」
馬「さア其処(そけ)え足イ踏掛(ふんが)けちゃア馬の口が打裂(ぶっさ)けて仕舞う、踏台(ふみでえ)持って来てあげよう……尻をおッぺすぞ」
由「おッぺしちゃア危(あぶね)え、動(いご)くよ」
馬「動(いの)きやすよ活(い)きて居るから……さア貴方(あんた)確(しっか)りと、荷鞍(にぐら)へそう捉(つか)まると馬ア窮屈だから動きやすよ」
由「若衆いゝかえ大丈夫かえ、気を付けて」
馬「大丈夫(だえじょうぶ)で、此の道は馴れて居りやんすからね、もうハア一日には何返(なんかえ)りも往(い)くだからねえ、此の頃は馬ア眼(まなこ)を煩らって居るから、はっきり道が分らねえから静(しずか)にあるきやんす」
由「冗談じゃアねえ、盲目馬(めくらうま)では困るねえ」
馬「盲目でも歩くよ、此の道は一筋道だから心配はがんしねえで」
由「驚いたねえ、盲目馬の杖なし、大丈夫かねえ」
馬「大丈夫(だえじょうぶ)だが、只牛が来ると困るねえ」
由「おいおい牛が何処(どっ)から来るえ」
馬「なアに牛がねえ、米エ積んだり麁朶(そだ)ア積んだりして大概(たえげえ)信州から草津沢渡(さわたり)あたりを引廻して、四万の方へ牽(ひ)いて行くだが、その牛が帰(けえ)って来る、牛を見ると馬てえものは馬鹿に怖がるで、崖へ駈込んだりしやす、たまげて此の間もお客さんを乗せたなりで前谷(まえだに)へ駈込みやアがった」
由「冗談云って、人間を乗せたなりで谷川へ駈込まれて耐(たま)るものか」
馬「なに貴方(あんた)、滅多にはねえ大丈夫(だえじょうぶ)だが、先月谷川へ客一人打込(ぶちこ)んだが、あの客は何うしたか」
由「コウ冗談云っちゃアいけねえ」
馬「ハイ/\/\」
 と中の条を降りまする、左方(ひだり)へ曲ると沢渡右方(みぎ)へ這入ると彼(か)の四万の道でございます。是から折田へ一里、折田を離れて下(しも)沢渡へ参ると、是迄中の条から二里でございます。六七年以前より新道が開け、道も大きに楽になりましたが、其の折は未だ道幅狭く、なだれ登りに掛ると、四方(どちら)を見ても山また山でございまして、中を流るゝ山田川、其の川上は日向見川(ひなたみがわ)より四万川に落る水で有りますから、トツ/\と岩に当って砕ける水の色は真青(まっさお)にして、山の峰には松柏(かしわ)の大木ところ/″\に見えて、草の花の盛りで、いうにいわれぬ景色でございます。到頭四万の山口へ参りましたが、只今は車道(くるまみち)が開けましたので西の方の山岸へ橋をかけまして下道(しもみち)を参りますが、以前は上(かみ)の方を廻りましたもので中々難所(なんじょ)でございました。

        三十五

 此の山口と申す処にも五六軒温泉宿が有ります、其の他(ほか)餅を売ったり或(あるい)は鮓(すし)蕎麦などを売る店屋が六七軒もあります。小坂(こざか)へかゝると馬士(まご)が、
馬「もし旦那さん誠にねえお待遠(まちどお)だろうが、少しねえ荷イおろして往(ゆ)かなければなんねえ、貴方(あんた)おりて下さい、おりて何もねえが麦湯(むぎゆ)があるから緩(ゆっ)くりと休んで、煙草一服吸ってまア些(ちっ)とべい待って居ておくんなんしよ」
由「宜しい、じゃア下りるから、さア」
馬士「さアおりられやすか、腰イ抱いてやるから待ちなせえ」
由「大変(ていへん)だ、まるで病人の始末だねえ、あゝ腰がすくんであるけませんが……やア大層(ていそう)立派な家(うち)だが……おかしい、坂下から這入るとまるで二階下で、往来から真(すぐ)に二階へ入(は)いる家は妙で、手摺が付いてある……」
馬「嚊(かゝ)ア麦湯でも茶でも一杯上げろよ、中の条から打積(ぶっつ)んで来たお客様だ…」
由「打積んだは恐れ入った、まるで荷物の取扱いだ」
幸「向(むこう)に土蔵(くら)があって、此の手摺などの構えはてえしたものだ……驚いたねえ、馬方(むまかた)さんが斯ういう蔵持(くらもち)の馬方さんとは、此方(こっち)は知らぬからねえ、失礼な事をいいましたが、実に大したお住居(すまい)で、二階などが斯うお神楽(かぐら)でもなさるように妙に欄干が付いて居りますねえ」
馬「えゝ、是からねえ盆過(ぼんすぎ)になると、近村(ちか)の者が湯治に参(めえ)りますので、四万の方へ行(い)くと銭もかゝって東京のお客様がえらいというので、大概(ていげい)山口へ来て這入(へえ)る、此処が廿年前(さき)には繁昌したものだアね、今じゃア在のものばかりのお客しますからねえ」
由「驚いた、それじゃア大屋さんだ大屋さんで、馬方(むまかた)は恐入った……そう精出したら銀行へ預けきれめえが、金持だろうねえ、是から關善といううちまで八丁かえ」
馬「えゝ是から八丁は山道でがんす、關善まで送って、それから帰(けえ)るのでがんすが、御用があるなら關善から己(おら)の方までそう云って来れば、中の条の方へ出る用があるから、用を聞きに毎日往(ゆ)きますから、入(い)る物があるなら四万で買うと高(たけ)えから、中の条で買えば砂糖でも酒でも何でも安いものがあるからねえ、買って来やんす、また退屈なら己方(おらほう)で蕎麦ひいて、又麦こがしも出来るからねえ私(わし)イ持って往きやすから、どうせ毎日往くだからねえ駄賃はいりやしねえ、馬(むま)の上へ積(えっ)けていくから、彼処(あすこ)で貴方(あんた)買わねえでねえ己が持って来て上げやんすからねえ」
幸「そりゃアどうも御親切に馬方(むまかた)さん何分願います、どうも感心なもので、是は少しだがお茶代だよ」
馬「へえ、これは有難うがんす……」
由「もし旦那……内儀(かみさん)でしょうが、結髪(すきあげ)に手織木綿の単衣(ひとえもの)に、前掛細帯でげすが、一寸(ちょっと)品の好(よ)い女で……貴方(あなた)彼処(あすこ)に糸をくって、こんな事をして居るのは女房の妹でしょう、好く肖(に)て居る、鼻が高くって眼がクッキリとして、眉毛が濃くって好い女です、斯ういう処に燻(くすぶ)らして置くからいけねえが、これが東京の水で洗って垢(あか)が抜けた時分に、南部の藍万(あいまん)の袷(あわせ)を着せて、黒の唐繻子(とうじゅす)の帯を締めて、黒縮緬の羽織なら何処へ出しても立派な奥さん、また商人(あきんど)の内儀にも好し、権妻(てかけ)にも、新造だって西洋げんぶく大丸髷(おおまるまげ)でも好し、束髪(そくはつ)にして薔薇の簪(かんざし)でも挿さしたらお嬢さま然としたものです、何しろ此の山の中に居て冷飯(ひやめし)を喫(く)って、中の条のお祭に滝縞の単物(ひとえもの)に、唐天鵞絨(とうびろうど)の半襟に、袂(たもと)に仕付(しつけ)の掛った着物で、縮緬呉絽(ちりめんごろ)の赤褌(あかゆまき)で伊香保の今坂見たように白く粉(こ)のふいた顔で、ポン/\跣足(はだし)で歩いて居てはいけませんが、洗い上げるとよっぽど好い」
幸「悪口(わるくち)をきゝなさんな」
由「そうですが、妙なもので、山の中にも斯ういう別嬪があるのでございますからねえ」
馬「へえ、身支度が出来ました」
由「おゝ来た/\、馬方さんいゝかえ」
馬「さア乗(のっ)かってくんなせえ、山道だから荷鞍へ確(しっ)かりとつらまって、えゝかえ」
 と是れからまた馬(むま)に乗り、駕籠を先に立たせ馬も続き、關善平(せきぜんぺい)方へ着きました。

        三十六

 幸三郎と由兵衞が關善の玄関に着くと、皆迎いに出ます。昨年私(わたくし)が堀越團洲子(ほりこしだんしゅうし)とともに或る御大臣様お供で關善へ参りましたが、只今では三階造りの結構な新築でございますが、その以前は帳場より西の方が玄関でございまして、此処に確か十畳の座敷、入側(いりがわ)付きで折曲(おりまが)って十二畳敷であります、肱掛窓(ひじかけまど)で谷川が見下(みおろ)せる様になって、山を前にして好(よ)い景色でございます。二階家で幾間も座敷(つぼ)がございます。其処へ着きますと直ぐ湯を汲んで来たから、足を洗って上り、
幸「あゝ好い心持だ、おい由兵衞さん、何か忘れ物のないように」
由「万事心得ました」
幸「若い衆(しゅ)、湯にも這入るだろうが、緩(ゆっ)くり今夜泊って、旨い物でも食わせるから彼方(あっち)の座敷(つぼ)に居ねえ」
由「よし/\心得ました、葡萄酒の瓶が毀(こわ)れるかと心配した、斯ういう処(とこ)へ来ては何もないからねえ……」
甲女「へえ叶屋(かのうや)でございます、なんぞ御入用なら通(かよい)を置いて往(ゆ)きますから」
由「なにを」
甲女「叶屋で鰌(どじょう)玉子軍※(「奚+隹」、第3水準1-93-66)(しゃも)も出来ます、醤油味淋もございます」
由「そりゃア何か」
甲女「叶屋でございます」
乙女「へえ鈴木屋(すゞきや)でございます、何んぞ御用はございませんか、これへお通(かよい)を上げて置きますから、どうかお取付けになります様、誠に有難いことで、えゝ鈴木屋でございます」
由「今這入ったばかりで、まア仕様がない」
甲女「叶屋でございます」
幸「そう大勢幾人(いくたり)も来たって仕様がない、困りますねえ」
甲女「叶屋で」
由「叶屋でも稻本(いなもと)でも角海老(かどえび)でも今日(こんにち)が初会(しょかい)だ、これから馴染が付いてから本価(ほんね)を吐(は)くから、まだ飯も食わねえ、湯へも這入らねえうち種々(いろ/\)の物を売りに来るのは困るねえ」
幸「私(わし)は話に聞いて居るが、料理屋のようなものがあるので、取付けにして貰おうというのだろうよ」
由「もし、また豆腐入の玉子焼なぞが出来るので……どうも旦那お茶代を其様(そんな)に遣らねえでもようございます、此処ですから」
幸「それでも出したものだから……おい姉(ねえ)さん」
女「ヒエー」
由「可笑しな返辞だねえ、面白い…もし旦那でも番頭さんでも呼んでおくれ、用があるから一寸(ちょっと)」
女「ヒエー」
由「早くして」
 という、やがて番頭がそれへ参りまして、
番「ヒエー」
幸「お前さん御亭主かえ」
番「手前は当家の番頭でござりやす」
幸「はア番頭さんか、当家は何というえ」
番「關善平と申しやす」
由「番頭さんの名は」
番頭「ヒエー與兵衞(よへえ)と申しやす」
由「成程關善の家に與兵衞ありというのは面白い」
番「左様でございます、皆様がそう仰しゃるので、旧来居りやすから」
由「ハヽヽ……これはいけません、洒落を云っても通じませぬ、皆様がそう仰しゃるなぞはこれは妙だ……これはお茶代で、これは雇人中(やといにんじゅう)へ」
番「えゝ有難うございます、主人(あるじ)が直ぐお礼に出まするで、有難いことで、ヒエ」
幸「何しろお前さん初めて来たので馴れませぬから、また後(あと)から連(つれ)も来るから宜しく頼みます」
番「ヒエ、明日(あす)から世帯(しょたい)をお持ちなさるのでございますか」
由「何処へ世帯を」
番「えゝ一週間(ひとまわり)なり二週間(ふたまわり)なりお席をおきまして、お座敷(つぼ)の内へ竈(へッつい)でも炭斗(すみとり)火鉢すべて取寄せまして、三週間(みまわり)もお在(いで)になれば、また賄(まかな)いの婆(ばゝあ)も置きまして、世帯をお持ちなさいますなら、炭薪(たきゞ)米なぞも運びますから」
由「ハヽア此の座敷(つぼ)へ世帯を…成程疾(と)うから持ちたいと思ったが、今迄店請(たなうけ)が無いから食客(いそうろう)でいたが、是から持ちますからお前店請になっておくんなせえ」
番「御冗談ばっかり、宜しゅうございます」
幸「何卒(どうぞ)お頼み申します、賄いの婆さんも頼みますよ、給金なぞはようがすか」
由「此様(こん)な処へ来て洒落なぞを云っても通じませんので、むだです」
幸「少し口を休めな」
由「只もう私は好い心持で……旦那湯へ一杯這入って」
幸「己は少し駕籠で腰が痛(いて)えからまア先へ這入んねえ」
由「左様ですか、此の温泉はどうしたッてそばからぶく/\出る湯ですから、私が先へ這入ったって汚れるというわけではなし、他(た)の者も這入るのですから」
 と喋りながら由兵衞は湯へ這入りに往(ゆ)きました。

        三十七

 岡村由兵衞は湯に這入って来まして
由「どうも宜いお湯で、どうもあり難い/\、だがねえ少し熱うございます、此処の湯は大変(ていへん)熱い様で、一棟(むね)の中へ湯櫃(ゆびつ)が幾つもあるので、向うへまた下駄を穿(は)いて往(ゆ)くと、着物を入れる棚があって、それからはしごを三段ばかり下りて這入るのです、心配なし、気が詰らず、残らず東京の人なし、皆田舎の人ばかりで髷があります、男ばかり、女は子供を抱いて這入って居りますが、芝居の話などはございません、只畑の話で、お前さんの処(とこ)の胡摩は何時蒔きましたか、私(わし)の処(とこ)では茄子(なす)を何時作った、今年は出来が悪いとか菜漬(なづけ)がどうだとかいう話ばかりして居るので面白いわけで東京の人は居ないから話はない、隅の方へ往って湯のはねない処(ところ)へ這入って、小さくなって洗うのです」
幸「是は恐れ入ったねえ」
由「だが好(よ)い湯で、塩気があって透通(すきとお)るようで、極(ごく)綺麗です、玉子をゆでて居る奴があるので、手拭に包んで玉子を湯に浸(つ)けて置くと、心(しん)が温まるという、どういう訳かと皆(みんな)に聞くと、黄身(きみ)から先にゆだって白身が後(あと)からゆだるという、嘘だろうというと本当だと番頭も云ったが、白身はなんともない、きみが温まるので、上の方が温(あった)まらねえで、心がちゃんと臍(へそ)の下が温(あった)まるので、心臓肺臓などが温(あたゝ)まるので、こんな嬉しいことはありません、時にお茶代の礼に来ましたか」
幸「未だ来ない」
由「へえ腰が温(あった)まり草臥(くたぶれ)が脱(ぬ)けます、這入ってお出でなさい」
幸「初めてで勝手が知れぬから、代りばんこに気を付けて、湯場(ゆば)は危険(けんのん)だから」
由「そう湯場働(ゆばばたらき)というのがあります、湯場を働くに姿を変えてというのは河竹(かわたけ)さんに聞いた訳ではありませんが、芝居の台詞(せりふ)にもありますから気を付けて、何かゞ面白いからうっかり致します……」
婆「こゝな処に世帯(しょたい)をお持ちなせえやんすか」
幸「恟(びっく)りした、何んだえ」
婆「こゝな所(とけ)え炭斗(すみとり)を置きやすが、あんた方又洗物(あらいもん)でもあれば洗って参(めえ)りやすから、浴衣でも汚れて居(お)れば己が洗濯をします」
幸「お前何だえ」
婆「賄いの婆(ばゞア)で、あんた方のお世話アするからお頼み申しやんす」
幸「頼みやんすは面白い、勝手を知りませんから万事お前に委(まか)せるからよ、お前何歳(いくつ)だえ」
婆「私(わし)は六十一になりやんす」
由「フウ田舎の人は丈夫だから此の年で働けるのです、これから見ると富藏(とみぞう)の婆(ばア)さんなぞは五十八で身体が利かねえって、ヨボ/\して時々漏(もら)しますから、彼(あ)の人の事を思えば達者だ……是は汚いが茶碗は清潔(きれい)なのと取換えておくれよ、汚い物は見ぬ方が宜うございます、見ぬ事清してえから……お湯へ這入(へえ)ってお出でなさい」
幸「忙(せわ)しいね、お前茶を入れる様にしておくれよ……」
由「婆さん湯沸(ゆわかし)を借りて」
婆「なに」
由「湯沸」
婆「ええ」
由「ゆわかしだよ、分らねえなア、鉄瓶でも薬鑵(やかん)でも宜(よ)いから小さいのを借りて、急須へお湯をさす様に、宜いかえ分ったかえ、どうも……一寸(ちょっと)も通じねえのは酷(ひど)いな……それから菓子を入れる皿でも蓋が出来るような蓋物(ふたもの)を持って来て、宜いかえ、菓子器をお願いだから……宜しく万事此処へこう置いて……お茶は鞄の中(うち)にあります、茶が変るといきませんから………ハッ/\/\面白いどうも……もう御膳(ごぜん)が来るよ、早いねえ、もうそろ/\灯火(あかり)が点(つ)く、早いものです、膳が来ました……旦那に何か」
番頭「これは主人(おやかた)が左様(そう)申しました、今日(こんにち)お着(つき)の事でございますから、折角世帯を持って是彼(これあれ)とお取り遊ばしても、もう好いお肴もございませんから、今晩だけはこれで御辛抱なすって、明日(みょうにち)は又宜しいお肴をお取り遊ばして」
由「宜しい」

        三十八

由「あなた湯へ這入っても一度(いちどき)に這入っちゃアいけません、私が伊香保で何度も這入って逆上(のぼ)せてね困りました、初めは面白いから日に七度も這入って鼻血が出ました」
幸「左様(そん)なに這入るから悪いや……お平椀(ひら)に奇妙な物が這入ってるぜ」
由「へえ、お平椀の下に青物が這入って麩(ふ)が切ってある、これは分った蕨(わらび)だ、鳥肉(とり)が這入って居る……お汁に丸まッちい茄子のお汁(つけ)は変だ……これは何んで」
幸「なにを」
由「皿に切ってありますが、これは東京で云えば鯛の浜焼が付くとか何とか云うので、何もなければ玉子焼だ、何だろうか、薄く切ったものが並んであるが、東京の者と見て気取りやがったんだ、何だかこれを一つ食(や)って見よう……婆さん灯火(あかり)を早く此処へ持って来て……何だ奈良漬の香物(こうこ)か、これは妙だ、奈良漬の焼魚代(やきものがわ)りは不思議、ずーッと並べたのは好(い)いな」
幸「此処は大層(てえそう)香の物を貴(たっと)むてえから、奈良漬を出すのは東京の者へ対しての天狗なんだよ」
由「何だか御法事の気味がありますからね、奈良漬にお汁(つけ)の油揚(あぶらげ)は恐れ入った」
女「えゝ鈴木屋で」
由「また来た、何んだ」
女「えゝ枕を持って来やした、何卒(どうぞ)お買いなすって」
由「枕をどうする」
女「枕、貴方方(あなたがた)がなさる枕」
由「此の宿屋では枕がないのかえ、新しい枕を買うのかえ」
女「へえ」
由「幾らだね」
女「左様です、二ツで十四銭(せね)に致しやす」
由「高いねえ、此の枕は一寸(ちょっと)縁日で買うと安いが、これは小枕が小さくッて、これじゃア出来やしねえが、何うしてもこれは買わなければならねえのかえ」
女「十四銭(せね)は高(たか)かアござえやせん」
由「この小枕は高天原(たかまがはら)に紙が一枚は酷(ひど)いねえ、これは酷いが、まアいゝ、これを買っても宿屋で夜具を出すから枕も付きそうなものだ」
女「えゝ宿屋のは古うございますから、若(も)し又お帰りの時お邪魔なら私が方へ引(ひけ)を立って取りますから」
由「幾らに取るえ」
女「左様(そう)でがんす、一つまア七厘宛(ずつ)に取りやす」
由「じゃアまア買って置きますよ……七厘ばかり取ってお前の方へ売っても詰らねえから……申し旦那、これを買って東京へ土産に持って帰って、是は四万の名物首痛枕(くびいたまくら)とか何とか云って提げて行(ゆ)くのは洒落です」
 とこれから酒を飲み御膳を食べにかゝる。其のうち又由兵衞がおしゃべりをして居ると、しとやかに障子を明けて、
女「御免なさい、私は鈴木屋でございます」
由「鈴木屋さんか、先刻(さっき)から」
 と見ると前の女とは大違い、年の頃は廿一二でございましょう、色のくっきりと白い、品の好(い)い愛敬のあります、何うして此様(こん)な山の中に斯ういう美人が住(すま)うかと思うくらいで、左様(そん)な処へ参ると又尚更目に付きますから二人とも見惚(みと)れて居ります。
女「お通(かよい)をこれへ置きますから、若しも御用がございますなら仰しゃり付けて下さいまし、度々(たび/\)出ますでございますから」
由「へえ宜しゅうございます、是非戴きます、貴方のなら何でも戴きます、何がございます」
女「はい、鳥と鰌鍋ができますので」
由「それもよし」
女「玉子焼」
由「それもよし」
女「鯉こくもございます」
由「それも」
幸「其様(そんな)に誂えてどうする」
由「まア誂えやアしませんがねえ……何か外に肴が出来ますか」
女「アノ鰥(やまめ)が出来ます」
由「寡婦(やもめ)、それは有難い、やもめの好(よ)いのはないかと心掛けて居(い)るので」
幸「お前の隣のは寡婦じゃアねえか」
由「ありゃア西洋洗濯を此の頃覚えた六十八歳という寡婦の大博士、毛が生えて天上する、ありゃアいけません……」
幸「じゃアお前さん後(あと)でその鰥を持って来ておくれ」
女「へえ誠に有難うございます……」
 と云いながら静かに障子をしめて出て往(ゆ)く。
由「旦那何でしょう、どうもお辞儀の丁寧だってえないねえ、様子がずっとどうも、あのお辞儀の仕方は此方(こっち)が自然(ひとりで)に頭が下(さが)るくらいで、丁寧で、何でしょう」
幸「何だか知れねえが只者じゃアねえ」
由「山の中へ逃げて来たのでげしょう」
幸「何か仔細がある事だろう、關善の親類でもありはしないか、鈴木屋の身寄か、士族(さむらい)さんのお嬢さんの果(はて)だろう」
 と云って居る。二度目に鰥と鯉こくが出来たというので岡持へ入れて持って来る、是から酒をつけて橋本幸三郎が此の婦人の身の上を問います、これは後(のち)に申上げます。

        三十九

 さて岡村由兵衞は頻(しき)りに幇間口(ほうかんぐち)でお酒が流行(はや)って居ります。
由「えゝ旦那唯今見た女は何うしても東京の言葉で、女は滅法好くって、旅出稼と云って湯治をしながら稼ぎに来る女は夥(いか)い事ありますが、彼(あ)の位(くれ)えなのは珍らしい女で、丁寧で口が利けねえのは余程(よっぽど)出が宜(い)いんですねえ」
幸「余程(よっぽど)品が好(い)いが、どういう身上(みじょう)か彼(あ)の位の女は沢山無い」
由「有りません、東京を立って伊香保へ来て、伊香保から此方(こちら)へ来るまでにありません、伊香保のお隣室(となり)の奥様ねえ、彼(あ)れは又品が違いますが、此方はあれよりもまだ年が往(い)かないようで、伊香保の奥様も明日(あした)来るか、又今夜来るかも知れませんよ」
幸「お前又なんとか云ったのか」
由「えゝ云ったのでげす、峰公にちゃんと話したので」
幸「お前悪いよ、此方(こっち)がお母様(っかさま)と一緒なら宜しいが、男ばかりの処へ女を呼ぶのは悪いから止しねえ、奥様然として居るが、殿様でもある者で知れでもすると悪いよ」
由「あれはもう何もございませんよ、主は無い、主なしの栄太楼(えいたろう)、彼(あ)の女は無いので」
幸「無い、だって分りゃアしめえ」
由「何んだッてお付の女中と伊香保の茶見世でお茶を売って居た村上の御新造が、お嬢様/\と申すのでしょう」
幸「あれは、お少(ちいさ)い時分に一つお屋敷に居てお乳を上げたので」
由「お乳は松でも笹巻でも此方(こっち)は構わねえ、彼(か)りゃアもう確かに亭主はありませんよ、御婚礼は済みませんが、是から追々御婚礼にもなりかゝると、其処に苦情があって、何うとか斯うとか話したと聞きました、向山の玉兎庵で申しました」
幸「だけれどもお前無理に呼んでは悪いよ」
由「悪いたって後(あと)から峰公が引張って来るので、お付の女中は忠義者でしょう、一緒に往(ゆ)きたいが、女二人であなた方と一緒に参っては、ひょっと人が訝(おか)しく思うといけませんから、後から参ると云うので、病身で時々癪が発(おこ)ると云うが、その持病を癒そう為に伊香保へ来て居たのだが、貴方に一寸(ちょっと)岡惚れでしょう、彼(あ)の新造(しんぞう)がサ」
幸「止しねえ」
由「そこは僕が心得て居ますよちゃんと認めを付けて居ます、貴方の傍(そば)に……居ると気分がいゝので、貴方のお顔を見るとお癪も紛れて居るので、くよ/\と思うが病の根で、病気だから何うかお邪魔ながらお連れ申したいと云う忠義の心から、堅い女中だけれども側に連れて来たい念が一杯あるから来ますよ」
幸「悪いよ」
由「悪いたって構やアしません、あれが来て今の別嬪が来て落合ったら面白うございましょう、だが御亭主(ごてえし)が無ければ町人だって身分が宜ければ縁付(かたづ)くという、其処は又相談ずくでねえ、もし奥様が貴方の処へ嫁に来ると云ったら何うなさるえ、それとも鯉こくを持って来る女が好うがすか」
幸「ウヽ、そんな事を云っても分りゃアしねえよ」
由「分らないたって向うが奥様で此方(こっち)は丁度権(ごん)の方(かた)で」
幸「止しねえよ、詰らねえ事を云って、まア湯へ這入って寝ようと云うのだが、腹が北山になって草臥(くたび)れたから酔ったよ」
由「貴方を酔わしたい、貴方は酔わないと真面目でいけません、ズーと酔ったって正気になって、助平根性を出してお仕舞いなさい、旅では構やアしません」
幸「止しねえ……まア/\そんなについではいけねえよ」
由「だがねえ、唯後からくっついて来るなア可笑しいねえ」
幸「可笑しいたって悪いよ」
由「だがね真面目で一生懸命に来るので、変な事があるもので」
幸「旧(もと)お出入りをしたお屋敷の御妾腹(ごしょうふく)と云うが、けれどもお眼に懸った事もねえが、何んだかお可愛そうな様な筋合(すじあい)があるのだよ」
由「お可愛そうだって何んだか知れませんが、姑(しゅうとめ)の意地の悪い奴、叔母さんか御隠居さんかが在(あ)って、拗(ひね)った事を云って、そうお茶をつぐからいけねえの、そうお菓子を盛てはいけねえ、赤いのは上へ乗っけて又其の上へ乗っけては赤いのが染(つ)くからいかねえとか、種々(いろ/\)な事を云う奴があるので、それが種になって段々お癪になったのだから、お癪を癒そうてえので……お癪てえば今来た娘(こ)も癪持に違(ちげ)えねえ」
幸「何故」
由「なぜったって此処の湯は癪に宜しいから、癪を癒しながら働きに来て居るので、働きと云うような身分じゃアないが、只病気には敵(かな)わぬから余儀なく働き、運動かた/″\斯うして居ると云うのではありませんか」
幸「そんな奴があるものか、鯉こくを持って来るぐらいに運動てえ事があるものか」
由「けれども……オヤ是れはお出でなさい」
女「誠に遅くなりました」

        四十

由「おや先刻(さっき)から待って居ました、遅くっても結構、鯉こく結構、これは不思議で」
女「これは誠においしくは御座いませんが、召上るように」
由「此方(こちら)の家(うち)からかえ」
女「いゝえ鈴木屋からで」
由「そうで、鉄火煮は恐れ入った……貴方の様な別嬪にお酌をして貰うのを楽しみにして来たので、貴方の居るのを知って来たので、貴方が居ないと伊香保から此処まで来はしません……貴方苦笑(にがわらい)してはいけません、何うもお品が好うがすな、何か云うとこう苦笑いなどは恐れ入りますねえ」
幸「姉(ねえ)さん、此の人はお饒舌(しゃべり)で失敬な事を言うから腹ア立っちゃアいけません」
女「どう致しまして」
由「いや何うも此の鯉こくなどは……中々どうも恐れ入りましたね」
幸「鯉こくなどは此処へは良(い)いのが来る、信州から来るのは不良(いけねえ)のがあるという……これは結構……ウム鯉の鱗(こけ)などを引いたのア不思議で、鱗が些(ちっ)とも無いねえ」
女「へえ、これは鱗(こけ)は引いてありますから」
由「鯉の鱗なしは軟(やわら)かい、羊羹(ようかん)をしゃぶったようで、鯉の鱗なしは不思議で、こりゃア頂戴……鉄火煮は好(よ)うがす……ウム、ゴソ/\するのは何んです」
女「あの鯉の鱗を煮ましたので」
由「へえ、鯉の鱗を引いて鱗ばかり煮たの……ヘエこりゃアどうもないね、ヘエこりゃア不思議で、鱗ばかりの鉄火煮、舐(しゃぶ)って居ると旨いが、醤油(したじ)ッ気が抜けると後はバサ/\して青貝を食って居るような心持で不思議な物で……姉(ねえ)さん一寸(ちょっと)此処に居て遊んで」
女「はい有難うございますが、余り長く居りますと厳(やか)ましゅうございますから、又御用がございましたら」
由「まア/\/\一寸おいでなさい、今旦那がね貴方のお身の上を酷(ひど)く心配して、お品と云いお行儀と云い、裾捌(すそさば)きと云い何うも抜目の無いお美しい嬢さんだが、どう云う訳で山の中へ来て居ると云うのでね、旦那が大変心配ですが、貴方は東京ですね」
女「はい東京でございます」
由「どういう訳で」
女「はい、いえなにもう種々(いろ/\)深い訳があります」
由「へえ、こりゃアどうも深い訳があるに違いないのでしょう、どうも此の鯉の鱗(こけ)ばかりを煮て出すなんてえのは恐れ入りました、不思議で、どういう訳で、えゝ」
女「なにもう種々」
由「そこをお聞き申したいので、姉さん困りましたねえ」
幸「これは真(ほん)の心ばかりです」
由「旦那がこれを」
女「誠に恐入ります」
由「構わずお仕舞なさい、落すといけませんから、仕舞い悪(にく)いものですが帯の間へ……宜しい私が挟んで上げましょう」
女「いえ、いけません」
由「どうも恐入った、手を付けて帯の間へヒョイと云う、これは遣りたがるからねえ、ヘエー、どうも有難い」
幸「姉さん東京は何処、私共も東京で」
女「はい、東京のお方と見ますと誠にお懐かしくって、つい何うもお座敷へ参りましても、東京のお方だと、種々御様子を承わりとうございますから、遂々(つい/\)長く居ります」
由「こりゃアそうでげしょう、伊香保でも、東京は違いはしませんか、観音様は矢張彼処(あすこ)にありますかッて聞いた人がありましたが、あれだね、どうも妙なもので、此処は旅で、旅で会うのは親類で無くっても落合うと親類のような気がして、懐かしいもので、変なもので、伊香保なんぞへ往(い)って居ると交際(つきあい)が殖(ふえ)る、帰って見ると先達(せんだっ)ては伊香保でと云うので、麻布(あざぶ)の人が品川(しながわ)、品川の人が根岸(ねぎし)へ来て段々縁が繋(つな)がり、お前さんの処へ娘を上げましょう養子に上げましょうなどと云って、親類がこんがらかる事があります、湯治場は一体親類殖(ふや)しの処で、貴方は東京は何方(どちら)で、何か訳があるのでしょう、えゝ秘(かく)したっていけません、何(ど)んな山の中でも思う人と添うならばと云う、これは当り前で、吾妻川で布などを晒(さら)して、合間に鯉こくの骨を取って種々な事をなさるんでしょう」
女「そんな訳で来たのではございません」
由[#「由」は底本では「女」]「どう云う訳で」
幸「止しねえよ…貴方お屋敷だねえ」
女「はい誠に不粋者(ぶいきもの)でございます」

        四十一

幸「私もお屋敷へお出入をした者で、大概お屋敷は存じて居りますが、貴方の御様子は御家中でも無いようですが、御直参(ごじきさん)かね」
女「はい」
 と段々聞かれゝば聞かれるほど胸が迫ると見えて、彼(か)の女は下を向いて居りますと、膝へバラ/\涙を落します。
由「旦那……少しお泣きのようだから、こんなことは深く聞かれません、此処で貴方癪でも起されると旦那が押すような事が出来ます、峰松は今日(こんにち)は居りませんから、二人で間に合えば宜しいが……御心配と見える」
幸「どう云う心配で」
女「はい……兄が放蕩で、私は田舎の事はさっぱり存じませんから田舎へ連れて往って、良い処へ奉公をさせる、却(かえ)って田舎には豪農や豪商があるのだからと申しまして、私も東京に居りまして知る人に顔を見られるも、恥かしゅう存じますから、そんなら田舎の奉公をしようと申しまして、宇都宮(うつのみや)へ参りますと、私(わたくし)は兄に欺(だま)されまして置去になりました」
由「酷(ひど)い兄(あに)さんで……旦那酷いじゃアございませんか、お兄い様がどうも……原の中か何(ど)っかでしょう」
女「いえ何、イエもうアノ……これで宜しゅうございます」
由「これで宜しいたって、言いかけて止(や)めてはいけません、搆(かま)わないから後(あと)をお聞かせなさい是非……まアお坐りなさい」
幸「お気の毒なわけでねえ」
由「えゝ貴方、どう云う訳で」
幸「失礼ながら何んですか、お兄い様は矢張(やっぱり)士族様か、違ったお兄い様かえ」
女「いえ真実の兄でございます」
由「どうしてお妹御(いもとご)を宇都宮へ置去に、何ですか宿屋かえ」
女「いえ、私はさっぱり存じませんで居りましたが、往来の方から這入りませんで裏路(うらみち)から這入りますと、広い庭がございまして、それから庭伝いに座敷へ通りまして、立派な席へ参って居ります中(うち)に、アノ表の方へ参って掛合を致して、私をソノ或処(あるところ)へ、なんで、質入れに致してお金を沢山借りて、兄は表から逃亡(だしぬけ)を致したのでございます」
由「こりゃアどうも酷うごすね、貴方を質に入(いれ)て流す気ですね、酷いこと」
幸「どうも酷い事をしたものですねえ、そりゃアまア貴方も恟(びっく)りなすったろう、後(あと)で勝手も知れず」
女「段々聞きますと宇都宮で娼妓(つとめ)をするだけの証文を貼って、アノお前も得心の上で証文は是れ/\で、金も五十円兄様に渡したから何んでもと申されますから、私も恟り致しまして、其様(そん)な事は出来ません身の上でございまして、老体の母もございますから、母に相談の上に致さんければなりませんと云って、十日のあいだに情を張りまして泣き明して居りました処が、此家(こゝ)の關善さんが日光からお帰りに宇都宮へお泊りで、段々様子をお聞きなすって、気の毒な事と御親切に五十円を貢(みつ)いで下すって、關善さんに連れられて参って、お手伝を致して居りますが、とても宿屋奉公では五十円と云うお金は返す事は出来ません、鈴木屋さんで人が足りないから御祝儀も貰えるし、そうしたが宜かろうと申されますが、關善さんと鈴木屋さんと両方で稼ぎを致しても五十円のお金では幾年此処に奉公をして居りましたら返せますか、承われば夏ばかり繁昌致しても、冬の中(うち)は遊んで居ると申しますから、中々お金の返しようもございません」
幸「それはどうも、で其の東京にお兄(あに)いさんが逃げてしまっても、お母様(っかさま)がお在(いで)なさるか、お母様はさぞお驚きで」
女「母はもう六十二になりまして、母はアノ恟りいたしまして身体も大分悪(あし)くなりましたが、此方(こっち)より手紙を出しましても向(むこう)から参ることも出来ませんで、此の頃は兄が諸方の借財方に責められまして、僅(わず)かばかりの夜の物諸道具も取られまして、此の頃は煩(わずら)って」
由「へえ、どうもあるねえ、一度ね、私(わし)は伊豆(いず)の網代(あじろ)へ行ったことがある、其処に売られて来た芸妓(げいしゃ)は、矢張叔父さんに欺(だま)されて娼妓(じょろう)にされまして来たと云うので、涙を落しての話で有ったが、それはお気の毒な事だねえ、左様でげすか、お屋敷は何方(どちら)でございます」
女「屋敷の名前なぞは親共の耻になりますから、それだけは御免遊ばして」
幸「ハヽ、それじゃアお聞き申しますまい」
由「旦那、そんな遠慮をしてはいけません」
幸「それでも耻になると仰しゃるから」

        四十二

由「貴方、旦那が御親切だから貴方の身の上を心配して、お名前をお聞きなさるので、貴方は親の耻になると云うは御尤(ごもっとも)だけれども、何もこれは決して言いませんよ、誰が聞いても……私(わたし)は随分お饒舌(しゃべり)だが、旦那に対(むか)えば私(わし)だって言わぬと云ったら決して言いませんから、仰しゃい身の上を、旦那に縋(すが)れば何うにか成るかも知れません」
女「有難うございます、屋敷は旧麻布(もとあざぶ)の二本榎(にほんえのき)でございます」
由「麻布二本榎え、何処、六本木と云うのはあるが、六本木の方でありますか」
女「いえ二本榎で、瀧川左京(たきかわさきょう)と申す者の娘で」
幸「えゝ、アノお側を勤めた瀧川さん、千五百石も取った家(うち)のお嬢さん…」
由「えゝ、これは恐れ入った、失礼でございます千五百石も取った方の、私なぞは前(ぜん)からいまだに貧乏だから些(ちっ)とも変りませんが、只貧乏慣れている処が不思議で、少しも身代は開けないのだから、どうも恐れ入ったわけです」
幸「私(わたくし)は瀧川様へお出入をした事もありますが、真(まこと)に貴方は瀧川様のお嬢さんでございますか」
女「はい、決して神かけて嘘は申しません、どうぞ此の事は委(くわ)しくまだ大屋様へは申しませんから、どうか内聞になすって下さいまし、東京のお方で御親切に仰しゃって下さいまして、お懐かしいから迂濶(うっか)り申したので、どうぞ御免なすって」
 と娘は胸一杯になりまして口も利かれません、おろ/\して居ります。
幸「お前さんは幾歳(いくつ)で」
女「はい、廿一でございます」
幸「お気の毒だねえ、どうか貴方を五十円で失敬ながら身請をして上げたいと存じます、お母さんが御病気でお在(いで)なさる事ならば、私が關善へ話をして五十円の金(きん)を出したら、東京へ連れて帰ってお母様に会わせる事も出来ましょう」
女「はい、それが出来ます事なら……」
由「旦那、私も少し助けますよ十分の一……一度にはどうも出来ませんから、日掛(ひがけ)に追々入金をいたしますが、どうか身請をして上げて下さい」
幸「關善さんへは帰る時話をして、今パッと話すと面倒だから……それから貴方の身の上だけはお母様(っかさん)にお逢わせ申しますが、お母様(っかさま)は矢張(やっぱり)東京にお在(いで)でございますか」
女「はい唯今では小石川(こいしかわ)餌差町(えさしまち)に居ります」
幸「宜しい、屹度(きっと)連れて往(ゆ)きます、身請を致します」
女「あの、本当で」
由「本当だって心配なし、どんな事をしても虚言(うそ)は大嫌いの旦那さまで、十二時に此処へ来い、御膳を食べさせると云うと整然(ちゃん)とお膳が出て居るので、御心配ない……此方(こっち)も感じてホロリと来ますねえ」
女「有難うございます、私(わたくし)は夢のような心持で」
由「旦那……お手水(ちょうず)ですか、直(じ)き突当って右の方です……だがね姉(ねえ)さん、彼(あ)の旦那様と云うものは御新造様が無いのですよ……アレサ実は御新造さんは三年前(あと)に亡(なく)なってお独身(ひとり)でおいでだが、貴方善(よ)いたって金満家でありますから、貴方がお出でなさるような事があればお母様ぐるみ引取って、生涯安楽でげすが、何うです」
女「其様(そん)な事は」
由「其様な事だって、それが肝腎なので、ウンと仰しゃい、男が好(よ)くって、ちょいと錆声で一中節が出来る、それで揉むのが上手でお灸を点(す)えたり何かするので……」
女「私は実に夢のようでございます」
由「夢見たいですが、是れがさめない夢です……後からまた夢が来るので……今夜はねえ何うかして此処へ入らっしゃいまし、寝就(ねつ)いた処へ私が周旋致しますから」
女「夜出ますと叱られます」
由「誰(たれ)に」
女「あの大屋さんに知れると悪うございます、橋の際(きわ)の瓦斯(がす)が消えますと宿屋の女が座敷(つぼ)へ参るは厳(やかま)しゅうございます」
由「壺ッてえのは此処ですか、厳(やかま)しいなんて生意気な事を云いますね、いゝじゃア御座いませんか、貴方を身請して往(い)くのですから、大屋が何んたって構やアしません、大屋が云っても差配人が苦情を鳴らしても何うでもしますから宜しいではありませんか、貴方心配はございませんお出でなさい、ちょいと、まんざら醜(わる)い男でもございますまい、ようがしょう様子が、お厭かえ……ハア/\これは恐れ入りました」
 といってる処へ幸三郎が便所から帰って参り、
幸「何を掛合って居るんだ」
由「フハア……掛合筋があって誠にハヤ貴方、手水を長くして居らっしゃると好(い)いのに」
女「あの私は又参ります」
幸「貴方又入らっしゃい、証拠でも何でも上げる、決して虚言(うそ)は吐(つ)きませんよ」
女「有難う存じます、御機嫌宜しゅう」
 と嬉しそうな様子で帰りました。
由「どうも御機嫌宜しゅうと云って、手をついて小笠原流で、出這入に御機嫌宜しゅうなんてえ様子は無いねえ、此処の女中などは、ガラリピシャ用はねえかなんてえ山家(やまが)の者で面白(おもしれ)えが、彼女(あれ)ア旦那何処へも往(ゆ)き処がないので、可愛相で、彼女はちょいと様子が好(い)い、貴方の傍へ置いて権妻(ごんさい)と云っても奥様と云ったっても決して恥かしくございませんね」
幸「そんな事を云ったって年が違わア」
由「年が違うたって何も構やアしません、此の間も六十七になる老人(としより)が十七になる女房を貰ったが、世の中が開けたから構やアしません、貴方は堅過ぎるから」
幸「馬鹿を云え、可愛そうだからよ」
由「其処をなんして一寸(ちょっと)可愛がって、貴方の手生(ていけ)の花にしてお遣りなさい」
幸「馬鹿ア云うな」
 と是から機(はず)んでお酒を飲んで寝ましたが、さてお話後(あと)へ返りまして。

        四十三

 丁度其の日に峯松が万事都合好く話を致して、彼(か)のお藤と云う隣座敷のお客を車に乗せて引出しまして、伊香保の降り口から一挺車を雇いまして、女中を乗せて渋川へ下りて、金子(かねこ)へ出まして、金子から橋を渡り北牧(きたもく)へ出まして、角屋(かどや)で昼食(ひるしょく)をして、余程後(おく)れました。それから、男子村(おのこむら)へ出まして村上(むらかみ)へかゝりまして、市城(いちしろ)から青山伊勢町(あおやまいせまち)中の条へ掛ると日は暮れかゝりまして、木村屋(きむらや)で小休みに成りますから十分手当をして遣り、車夫も疲れた様子だから車を取換えようと云うが、是非四万まで往(ゆ)きますと云うも十分手当をして遣りましたからでございます。酒の機嫌で遅くはなったが十時までには屹度(きっと)引張(ひっぱ)るからと、峯松も疲れては居るが親切者、早く往って逢わせようとガラ/″\/″\/″\車を挽(ひ)いて折田村まで一里ばかりも参りますと、どっぷり日は暮れて、木(こ)の間(ま)隠れに田舎家の灯(ひ)がちら/\見えまして、幽(かす)かに右の方は五段田(ごたんだ)の山続き、左は吾妻山、向うは草津から四万の筆山、中を流るゝ山田川の水勢は急でございまして、皀莢瀑(さいかちだき)と字(あざな)いたします、本名は花園(はなぞの)の瀑(たき)と云う巾の七八間もある大瀑(おおだき)がドーッドッと岩に当って砕けちる水音。林の蔭に付いて下(さが)る道があります。気味の悪い処にさいかち橋が架けてあります。これを渡ると直ぐ山田村、近道で其の小坂の処に庚申塚(こうしんづか)があります。そこまで来ると車を下(おろ)して、
峯「若衆(わかいしゅ)大きに御苦労だのう、骨が折れても急いで遣ってくんねえな、十時までに中の立場(たてば)まで往(い)こうじゃアねえか」
車夫「何しろ昨日(きのう)沢渡までの仕事で、甚(えら)くバアーテルから、女客(おんな)でも何うもとても挽けねえよ」
峯「挽けねえたってお前どうするんだ」
車夫「此処で若衆(わけえしゅ)暇ア貰いてえものだ」
峯「戯(ふざ)けちゃアいけねえじゃアねえか、此処まで来て、此処じゃア立場も無(ね)え、下沢渡へ別れ道の小口(こぐち)まで往(い)きねえな、彼処(あすこ)へ往(い)けば又一人や二人帰り車も居るだろうから、此処じゃア何うもしようがねえやな」
車「どうもしようがねえたって、挽けねえものア仕かたがねえ、今朝から渋川の達磨茶屋で疲れて寝て居たんだ、其処を帰(けえ)って又来たが、身体がバーテルでどうも……」
峯「馬鹿にしちゃアいけねえ、そんなら何故中の条の木村屋で左様(そう)云わねえ、木村屋で挽けませんと云えば他の車を頼もうじゃアねえか、からかっちゃアいけねえぜ、東京者だって東京ばかりの車を挽くんじゃアねえ、此地(こけ)え来て渋川で一円に一升の仲間入をして居る峯松だ、大概(てえげえ)にしやアがれ、馬鹿にするな」
車「何だ峯松だか荒神松だか知んねえが、怖くもおっかなくもねえ、挽けねえんだ、何を云やアがる、撲(なぐ)るぜ」
峯「なに撲って見ろえ……」
岩「まア峯さんお待ちよ、私ア歩くよ……怪(け)しからんよ、こんなものに構っては損だからお止しよ」
峯「構うたって、そんなら中の条で云やア何うにでもなるに、人を馬鹿にしやアがって、女連だと思って脚元(あしもと)を見やアがって」
岩「まア/\好(よ)いよ、鞄を此方(こっち)へ下してね」
峯「挽けなけりゃアそうと早く云えば好(い)いに……」
岩「そんな事を云わずに、私が困るからよ……挽けなけりゃアさっさとお出で」
車「おゝ往(い)かねえで何うする」
峯「なに、生意気な事を云やアがる」
車「何が生意気だ」
峯「なに」
岩「お止しよ、峰さん/\」
 と云う中(うち)に彼(か)の車夫は折田(おりた)の方へガラ/″\/″\/″\と引返しましたが、道中には悪い車夫(くるまや)が居ります。
車「容(ざま)ア見やアがれ」
峯「なに」
岩「お前おからかいでないよ」
峯「面ア覚えて置け」
岩「まア/\お止しよ」
峯「詰らねえ事を云やアがって、脚元を見やアがって、此処まで来て挽けねえなんて、酒え飲まして置いて手当も遣って居るので、中の条だけの賃は遣りましたが、それから先の賃は遣りません、彼奴(あいつ)も無駄挽(むだっぴき)をしやアがって……どうも済みません」
岩「私だけは歩くから好(よ)いよ……お前さまはさぞお厭でございましたろう」
藤「私は恟(びっく)りして、怖いから何うしたら宜かろうかと思ったが、岩や、お前歩けるかえ」
岩「えゝ私はもう宜しゅうございます、二里や三里は歩けますからお前様さえお乗せ申せば宜しゅうございます」
藤「山道だよ」
岩「いゝえ宜しゅうございます、歩けますから」
藤「お前疲れると」
岩「いえ大丈夫で」
峯「まア一服遣りましょうから、もう是からは遠くもねえ道でござえますから」
藤「峯松さん、さぞお疲れで私のような者二人を連れて来てお厭でしょう」
峯「私(わっち)は心配な事はありませんが、まア早くお連れ申して旦那にお会わせ申そうと思って、私も骨を折るのでどうか…へえ」
 マッチを摺ってパクリ/\と火をうつし烟草を喫(の)んで居ながら、
峯「実はねえ草臥(くたぶ)れました」
岩「さぞお疲れだったろう、貴方にも種々(いろ/\)お世話になったから、どのようにもお前様に願ってお礼も致します、誠に御親切なお方だと云ってお喜びで」
峯「いえ、もうお礼も何も入りません、旦那も待ってるものだから早くお会わせ申してえと思って何したので……えゝ、貴方、もしお岩様え、礼を為(し)ようと仰しゃるなら…」
岩「はい」
峯「私(わっち)は、あの誠に申し兼ねましたが、折入って願いたい事があります」

        四十四

岩「どんな事か知らないが、草臥(くたび)れたらまた後(あと)へ戻って車夫を雇っても宜しいよ」
峯「いえ、そんな事じゃアございません、私(わし)は誠にねえ身分に合わねえような事を申すようでがすが、伊香保にお在(いで)なさる時分から、お藤さまと云う此の奥様に属根(ぞっこん)惚れて居るのでがす、どうか□□□□□云う事を聴いてお貰(もら)え申したい」
 と云われてお藤は恟(びっく)りして後(うしろ)の方へ下りますと、お岩と云う女中は顔色を変えて、
岩「な、何を云うのだえ」
峯「えゝ正直なお話でございますが、此方(こっち)ア高が車挽(くるまひき)で、元は天下のお旗下(はたもと)御身分のあるお嬢様に何うの斯うのと云ったって叶わねえ事と知っては居りやすがね、貴方も武士のお嬢さまで身性(みのじょう)の正しい女なら又諦めもつけやすけれども、橋本幸三郎と云う人に逢いてえと思えばこそ、夜道を掛けて四万村まで、此の物すごい山の中をお出でなさるからにゃア満更色気の無(ね)えお方でもごぜえやすめえ、□□□□□□□□□□、其の美くしいお嬢さまを□□□□□□□楽しみに此の山道を来たのです、□□□□□□□□□□□□□、もしお岩さん、取持っておくんなせえな」
岩「まア呆れた事をいう奴じゃ、女と侮(あなど)り身分も弁(わきま)えないで、仮令(たとい)御新造様はお弱くても私が付いて居るからは……汝(てまえ)たちに指でもさゝせる気遣い無い、兎やこうすると許さんから左様心得ろ」
 とて懐より把(と)り出したは、旧弊(きゅうへい)であります故小さい合口を隠し持って居ますから、柄へ手を掛けて懐から抜きにかゝると、
峯「ナニ何をしやアがる、刃物三昧をするからア元は旗下の嬢様とかお附の女中とか、長刀(なぎなた)の一手(ひとて)ぐらいは知っても居ようが、高の知れた女の痩腕、汝等(うぬら)に斬られてたまるものか、今まで上手を使って居たが、こう云い出したからは己も男だ、□□□□□□□□□□□□□」
岩「どうも呆れた奴、手込(てごみ)にすれば許さんぞ」
峯「どうでもしやアがれ」
岩「どうでも」
 と合口を抜いて飛付くと、車夫の峰松はよけながら後(あと)へトン/\/\と下りると、後(うしろ)からズーッと出た奴は以前の車夫であります。これは渋川の杢(もく)八と云う奴で、元より峰松と馴合って居りますから脱(はず)したので、車を林の陰(かげ)に置き、先へ廻って忍んで居りましたがゴソ/″\と籔蔭(やぶかげ)から出て、突然お岩の髻(たぶさ)を把(と)って仰向(あおむけ)に引摺り倒しました。
岩「あれー何をする」
 と飛付いて参った時、これを見て驚きまして彼(か)のお藤は
「あれー」
 といって逃げにかゝる。
峯「逃がすものか」
 と飛付こうとするを見て、お藤は逃げるも真暗(まっくら)がり、思わず崖を蹈外(ふみはず)してガラ/″\/″\と五六丈もある山田川の渦巻立った谷川へ、彼(か)のお藤は真逆(まっさか)さまに落ちましたが、これは何様(どん)な者でも身体が微塵(みじん)に砕けます。
峯「どうした杢八」
杢八「なんだ、己が横ッ腹ア蹴(け)たら婆アおっ死(ち)んだ」
峯「大きに御苦労だ、何しろ惜しい事をした、肝腎の女(たま)ア此の谷へ落しちまった」
杢「どうした」
峯「川の中へ飛込んだ」
杢「どうする」
峯「どうするたって仕様がねえ、とても助からねえ、愚図ッかして人が来ると仕様がねえ、鞄は車へ乗せるから……手前(てめえ)、何処へ往(い)く」
杢「往くッたってお前(めえ)唯は往かれねえ」
峯「そりゃア極って居らア、さアこれを持って往け」
杢「これだけありゃア今月一杯(ぺい)は休みだ」
峯「旨(うめ)え物でも食って娼妓(じょろう)でも買え」
杢「有難(ありがた)え、こんな手伝(てつだえ)しなけりゃア旨(うめ)え物が食えねえから」
峯「己は乗せて来た鞄を持って往くから、後(あと)ア又伊香保で会おうぜ」
杢「じゃア別れる」
 と彼(か)の鞄を付けて峰松は折田村の傾斜(なだれ)を下りましたが、見かけによらぬ大悪人でございます。此の峯松は三年前(あと)に足利栄町に於きましてお瀧と密通して、茂之助夫婦が非業な死を遂げた村上松五郎と云う士族(さむらい)で、今姿を変えても斯様な悪業を働いて居ります。

        四十五

 さて車夫の峯松が、欺いて連れ出しましたお藤と云う彼(か)の婦人を、皀莢滝の谷間(たにあい)へ追込みましたので、お藤は勝手は知らず、足を蹈外(ふみはず)して真逆(まっさか)さまに落ちましたが、御案内の通り彼(あ)の折田の谷は余程深うございまして、下には所々(しょ/\)に巨岩(おおいわ)が有りまして、これへ山田川の流れが衝(あた)って渦を巻いて落します。水色真青(まっさお)にして物凄い所であります。前面(むこう)には皀莢滝と申します大滝が有りまして、ドウードッと云うすさまじい水音でございます。其処へ落ちては五体粉微塵となるくらいの嶮岨(けんそ)な処でありますから、決して助かりよう筈はないのでございます。丁度其の晩山田川へ筏を組みに参って居りましたのは、市城村の市四郎と云う侠気(おとこぎ)の人で、御案内の通り筏乗と申すものは、上州でも多く五町田、市城村、村上彼(あ)の辺に住(すま)いを致して居ります。此の日向見川(ひなたみがわ)と荒川(あらかわ)と云うのが二筋(ふたすじ)に別れて来ます。是は信州と越後との境から落して参り、四万川と称え、流れの末が下山田川(しもやまだがわ)に合(がっ)して吾妻川へ落しますゆえ、山から材木を伐出(きりだ)し、尺角(しゃくかく)二尺角或(あるい)は山にて板に挽(ひ)き、貫小割(ぬきこわり)は牛の脊(せ)で下(おろ)して参ります。山田川で筏を組みますには藤蔓(ふじづる)を用います、これを上拵(うわごしら)えととなえ、筏乗の方では藤蔓のことを一把(わ)二把と申しませんで、一タキ二タキと云います、一駄(だ)六把(ぱ)ずつ有りまして、其の頃では一駄七十五銭で、十四五本ぐらいずつ紮(から)げましてこれを牛の脊で持って来るのを、組揚げて十二段にして出しますが、誠に危い身の上でございます。筏乗は悪く致すと岩角に衝当(つきあた)り、水中へ陥(おち)るような事が毎度ありますが、山田川から前橋まで漕出(こぎだ)す賃金は稍(ようや)く金二円五十銭ぐらいのもので、長い楫(かじ)を持ち筏の上に乗って、前後(あとさき)に二人ずつ居りまして、中乗(なかの)りが三人ぐらい居まして、忽(たちま)ちに前橋まで此の筏が下りて参りますが、中々容易なものでは有りません。只今彼(あ)の市四郎が上拵えの手伝いを致して居りますると、
「きャー」
 と云う女の声に恟(びっく)り致して、市四郎が仰向(あおむ)いて見ますと、崖の上からバラ/″\/″\と櫛(くし)笄(こうがい)が落ちて来ました。
市「おや……何か落ちて来た」
 と身を屈(かゞ)めて透(すか)して見ますと、谷間(たにま)に繁茂致して居(お)る樹木にからんで居ます藤蔓は、井戸綱ぐらいもある太い奴が幾つも八重になって紮(から)んで居ます、其処へ陥(おち)いりましたはお藤と云う女の運が好(い)いので、藤蔓と藤蔓の間へ身が挟(はさ)まって逆さまに成りましたから、髪も乱れ、お藤は一生懸命に藤蔓へ掴(つか)まったなり気が遠くなりました。
女「あゝ……」
 と云う声に恟りして市四郎が仰向いて見ますと、一人の女が藤蔓の間に挟まって下(さが)って居ましたから、
市「おゝ/\落ちたこと、あゝ危い」
 と素(もと)より勝手を知って居りますから、忽ちに市四郎が岩角に捕(つか)まって這い上り、樹(き)の根へ足を蹈(ふ)ん掛(が)けて彼(か)のお藤を助けまして、水を飲ませ脊(せな)を撫(さす)り、
市「何か薬でもあるか」
 と聞きましたが、お藤は更に物も云えません様子だから流れの水を飲ませ、脊中を撫り、種々(いろ/\)介抱致して居る中(うち)に漸く生気(しょうき)に成って、
藤「実はこれ/\の悪党の為に騙(だま)されて此様(こん)な難に遭いましたが、従者(とも)の下婢(おんな)岩と申すのは、何う致しましたか、何卒(どうぞ)お探(たず)ねなすって下さいまし」
市「ムヽーそれは飛んだ事だった、私(わし)が往って探して上げやんしょう」
 と素より侠気(おとこだて)の人ゆえ、御案内の通り恐ろしい谷間の急な坂を登って参り、庚申塚の[#「庚申塚の」は底本では「庚辛塚の」]在(あ)ります折田の根方へ来て見ますると、血が少し流れて居るのみで、供の女中岩と申すものゝ死骸が見えません。櫛や笄は折れて其処(そこ)に落散(おちち)って居ながら死骸が分りません。すると其処(こゝ)[#「其処(こゝ)」はママ]に野口權平(のぐちごんぺい)と云う百姓がございます、崖の方へ引付(ひッつ)いてある家(うち)で、六十九番地で、市四郎は予(かね)て知合(しりあい)の者ゆえ其家(そこ)を起して湯を貰い、
市「何か薬はあるか」
權「だらにすけならある」
 といったが埓(らち)が明きません。
市「まアお女中御心配なさるな」
 と是から直(すぐ)にお藤を連れまして、市城村の我が宅へ帰って来まして、深くお藤の身の上を聞きました。

        四十六

 此方(こちら)は左様(そん)な事は知りませんから、明日(あした)は来るに違いないと待(まち)に待って居りました、橋本幸三郎、岡村由兵衞の二人は、鈴木屋の下婢(おんな)は瀧川左京と云う以前は立派なお旗下のお嬢さんと知りませんでしたから、
幸「あゝ何も彼(あれ)に酌をさせて、お前(めえ)姐(ねえ)さんと云ったぜ」
由「旦那本当にお気の毒じゃア有りませんか、あなた五十両で彼(あ)の女(こ)を身請して東京へ連れて往(い)けば、お母(っか)さんが嘸(さぞ)お悦びなさいましょう、さっそく貴方の御新造にお取持を致しましょう」
幸「然(そ)うお太皷口をきかれちゃア困る」
 と幸三郎は飲めない酒を飲んでグッスリ寝付きますと、温泉場も一時(午前)から三時までの間は一際※(「門<眞」、第3水準1-93-54)(しん)と致します。往来(ゆきゝ)は素(もと)よりなし、山国の事でございますから木に当る風音(かざおと)と谷川の水音(みずおと)ばかりドウードッという。折々聞(きこ)ゆるは河鹿(かじか)の啼声(なきごえ)ばかり、只今では道路(みち)がこう西の山根から致しまして、下路(したみち)の方の川岸(かし)へ附きましたから五六町で往(い)かれますが、私(わたくし)が十ヶ年前に参りました時には上路(うわみち)へ参りましたから八丁余(よ)もありまして、足場が余程悪く、上路へ参りますとなだれに橋が架って居りまして、是から彼(か)の關善と云う大屋の家(うち)へ参ります。橋を渡らずに左に附いて谷川をザブ/″\膝越で渡って参る曲者(くせもの)一人(にん)、山路染(やまみちぞめ)の手拭に顔を深く包み、身軽に尻からげを為(し)まして四辺(あたり)へ眼を付けて居りますと、灯火(あかり)もほんのりと薄暗く障子に写ります、橋の傍(そば)に点(つ)いてありますランプ灯も消えかゝりましたを幸いと、何時か忍入りたる悪者は、四五間の川を渡って石垣に取附き、そろ/\關善の玄関の角(すみ)の座敷へ這上りました。只今でも開けん処へ参りますと、温泉場などでは余り戸締りを致しません、私(わたくし)が参りました時分には頓と締りが有りませんから、自由にそっと障子を開けて、濡れた足で窓から忍び込み、長(なが)四畳の入側(いりかわ)の処へ踏込みまして、二重に締って居りました唐紙を細目に開けて、覗いて見ますと、行灯(あんどう)の火光(あかり)がぼんやり点いて居ります。幸三郎も由兵衞もグー/″\と云う鼾の声、そっと襖を開けて枕元へ忍び込み、布団の間に挟んで有ります金側(きんかわ)の時計に珊瑚珠の大きな玉の附いたポン筒の腰差の煙草入を盗んで自分の腰へ差し、時計を懐へ納(い)れ、まだ何か有るかと探したが、大概の物は皆(みんな)鞄へ納れて此の旅亭(やどや)へ預けて置きましたから何も有りません、岡村由兵衞の枕元へ参って見ると煙草入が一個(ひとつ)有りました、これをも盗んで我(わが)腰へ差そうとする途端に、
「ウーン」
 と由兵衞が寝返りをする様子に驚き身を引いて、入側(いりがわ)の方へ出に掛ると、玄関口から這入って来ましたのは前(ぜん)申し上げました瀧川左京の娘おりゅうにて、私の身体を身請してくれると云う旦那様に一言(ひとこと)頼みたいことも有るが、何うかしてお目に懸りたいが、鈴木屋さんに知れても悪いし……なれども旦那様が夜が更けたらソッと忍んで来いと仰しゃったけれども……参るのも恥かしい……が、どうも真実(ほんと)か虚言(うそ)か旦那さまのお心持が聞きたいと思ったのでございましょうか、今そっと抜足を致して玄関の式台を上り、長四畳へ這入って参り、折曲(おりまが)って入側の方へ附いて来ます途端に、頬冠(ほうかむ)りを為(し)た曲者が、此方(こちら)へ出に掛るから、恟(びっく)りして後(あと)へ退(さが)りました。此方の曲者も人が来たなと思いましたから怖いゆえ窓から戸外(そと)へ出ようと思い、這うようにして玄関の方へ出に掛ります。此方では襖へピッタリ身を寄せて透(すか)して見ますると、橋の傍に点(つ)いて居ますランプ灯の火光(あかり)ばかりで有りますけれども其の姿が見えます。悪者の方でも相手が女だからびくともせず、若(も)し己を取捕(とッつか)まえたら殴(ぶ)ちのめして逃げようと腹を据え、今出に掛ると、
りゅう「おい/\松さんじゃアないか、松さん」
 と己(おの)が名を呼ばれましたから恟りして透し見まして、
曲者「何だ……お瀧(たき)か」
りゅう「あゝ、私はまア種々(いろ/\)お前に話が有るんです、逢いたかったが何うして此処に居るの、まア此方(こっち)へお出でよ」
 とむりやりに松五郎の手を取って、
りゅう「此処から往(い)くと知れないから」
 とソッと忍んで關善の裏手へ出まして、叶屋の傍(わき)から小橋(こばし)を渡り、田村の下の小商人(こあきんど)の有ります所に蕎麦店(そばや)がございます。此家(こゝ)は予(かね)て自分も時々借りる家と見えまして、此の二階へ夜半(よなか)に忍び込んで頬冠を脱(と)り、ほッと息を吐(つ)きました。

        四十七

松「何うしたえ」
りゅう「私も何うかしてと種々(いろ/\)心配して居ましたけれども、さっぱりお前さんの様子が分りませんでしたが、能くまアお前此方(こっち)へ出て来ておくれだね」
松「己(おら)ア此の通り姿を変えて人力[#「人力」は底本では「人方」]挽(ひき)、何んでも手前(てめえ)が上州路に居ると聞いたから、草津か、沢渡か、伊香保にでも居るかと思って居たのよ、併(しか)し己(おれ)も危(あぶね)え身の上だが、渋川へ来て車夫になって、東京の客を当込んで、車引(くるまひき)の峯松と是まで化けて居るのも、実は手前に逢いたいばっかりで彼方此方(あちこち)とまごついて居たが、碌な仕事もする訳じゃアねえ、と思ううちに宜(い)い塩梅に今度霊岸島川口町の御用達だてえ橋本と云う野郎を乗せた処が、己を正直者だとか律義者だとか惚込んで次の間へ置くばかりに、すっかり彼奴(あいつ)の腹へ這入っちまったからたんまりした仕事が出来ようかと思って居ると、隣室(となり)に居た女が其奴(そいつ)に岡惚をした様子だから、些(ちっ)とばかり好(い)い仕事を為(し)ようと思うと、こいつア失策(どじ)をくんだが、伊香保へ残した荷物を取りに往(い)く証拠の手紙が有るから、是れを持って往けば先方(むこう)でも雑物(ぞうもつ)を渡すに違(ちげ)えねえと思うんだ、少しばかりの仕事だけれども、これを纒(まと)めてドロンと決めようと思うんだが、往掛(いきが)けの駄賃に幸三郎が金を持って居るから跡を躡(つ)けて此処まで来たが、首尾好く座敷へ忍び込んだが、枕元に鞄がねえから其処に有合せた煙草入や時計を引(ひ)っ浚(さら)って表へ出ようとする途端に、手前に出会(でっくわ)したのよ」
りゅう「私も宇都宮で少し失策(どじ)を組んだから此方(こっち)へ来たんだがね、此の鈴木屋へ身を落着け、色気の客があったらと思う処へ泊った奴はお前の話の幸三郎、此奴(こいつ)を欺(だま)して旗下のお嬢様だと出鱈目な言(こと)を云って隠れて居るのさ、始めて橋本に逢ったのに舌の長いことを云うから、生空(なまぞら)ア遣(つか)って泣いて見せてとう/\……關善には内証だよ、鈴木屋さんに知れても悪いから黙ってゝおくれよと尽底(すっかり)騙(だま)して口留(くちどめ)を為(し)たが、夜半(よなか)に最う一遍根締(ねじめ)を見ようと思って往ったのだが、ちょうど宜(い)い処で出会ったね、実はね關善か鈴木屋か二人の中(うち)誰でも宜いから金を受取り、私の身を渡したと云う請判(うけはん)が有れば宜いんだがね……三文判でも構やアしないが、男の手でなければいけないの、おりゅうの身の上に付いて……マお聞きよ、今私はおりゅうと云う名前になって居るんだよ、金子(かね)五十両慥(たし)かに、受取り、おりゅうの身の上を宜しくお引渡し申しますって、お前は其様(そん)な事を拵(こしら)えるのは上手だから、本当らしく巧く書付を拵え、金子(かね)で先方(むこう)へ妾にでも往(い)く積りにして、宜いかえ、兎も角もそうしておくれよ、お互に別れ/\になっても隠れ場所があれば、時々出て逢えるような事がなくっちゃア私も苦労をする甲斐がないよ、私だって身を切られるほど厭だけれども、表向き明るい処をのそ/\歩かれる身の上じゃないから」
松「ウン斯様(こん)な書付じゃア何うだえ」
 と硯箱を借りましたが、松五郎はもと旗下の用人の忰で、少しく書付が堅ましく出来ました処へ有合わした三文判を押して、おりゅうの名前の下には爪印を捺(お)し、これを懐に入れて橋本幸三郎より五十両の金を取り、松五郎を越後の浅貝(あさがい)の間道(ぬけみち)を逃がそうと云う企(たくみ)でございます。此方(こちら)では夜が明けると大騒ぎでございます。
幸「枕元に置いた金側の時計と煙草入がない……」
由「私(わし)の烟草入もない」
 と是から關善を呼んで派出所へ訴えに成りましたから、早速警察官が御出張に相成り、段々取調べましたが、少しも当りが附かない、随分湯場は稼ぎ賊が多いものでございます。

        四十八

 翌朝(あけ)に成ると皆々打寄り届書(とゞけがき)を書いたり、是から原町(はらまち)の警察署へ訴える手続が宜かろうかなどとゴタ/″\致して居りまする処へ這入って来ましたのは、年頃三十八九に成る色の浅黒いでっぷりとした丈(せい)の高い大きな男でございます。長四畳の方の襖を開けまして、
男「はい御免なさい……」
由「はい、お出でなさい何方(どなた)です」
男「はい、え、二三日前から伊香保の……ナニ彼(あ)の伊香保の木暮八郎ン処(とっ)から此方(こちら)へ湯治にお入(い)でなさった橋本幸三郎さんてエのは貴方でございますか」
幸「はい、橋本幸三郎は手前(てまい)でございますが、何方でげすか」
男「私(わし)ア市城村の市四郎という筏乗ですが、お初にお目にかゝります、少しお訊ね申してえ事が有って出やした、え此処で直(すぐ)にお話をしても宜うがすかな」
幸「はい、左様(そう)でございますか……只今種々(いろ/\)取込が有りまして、是から少々山の派出所まで参らんければならんでげすが何御用でげす」
市「なに別の事でも御座えませんが、貴方が伊香保から此方(こっち)へおいでなすった供に峯松てえ車夫(くるまひき)が有りやすか」
幸「はい峯松と申すものはございますが、伊香保へ残して私共は此方(こっち)へ参りましたが、何か御用でげすか」
市「その峯松を隠さずに此処へ出してお貰え申してえ」
幸「左様(さよう)でございます、何う云うなんでげすか……おい由さん引込(ひっこ)んでちゃいけねえよ、此処へ来て掛合っておくれなお前」
 といわれて由兵衞が其処へ出て参り
由「へえおいでなさいまし」
市「お前は何んだ」
由「へえ手前(てまい)は此の旦那のお供をして参りました由兵衞と申すものでございますが、貴方は何んの御用で入らっしゃいました、峯松と申す車夫(くるまひき)は伊香保へ残して置き、旦那と私だけ先へ此方(こっち)へ参りまして、二週間ばかり見物かた/″\湯治に参ったのでげすが、へえ」
市「其様(そん)な事は何うでも宜(い)いから、早く其の峯松てえ奴を此処へ出してくれ」
由「へえ…早く此処へ出せと仰しゃっても只今申上(もうしあげ)る通り当人が居りませんので」
市「居ねえたって貴下方(あなたがた)の供だから出さねばなんねえ訳じゃアねえか」
由「何んでげす、何う云う訳なんですか存じませんが、居らんものを出せと仰しゃっちゃ困ります」
市「その野郎を此処へ出しておくんなさらなけりゃア、私(わし)イハア、お前さんがたをたゞア置かねえぞ、首でも引ん捻(ねじ)って押(おさ)めえて、本当に原町の警察署へしょぴいてッて、私イハア屹度それだけの処分(さばき)を附けねばなんねえ」
由「驚きやしたな、無闇に首を捻るなどと仰しゃっても、私共(わたくしども)は生きて居る人間だから、捻るたって黙って貴方に首を捻られるものでも有りませんが、タヾ峯松は居ねえが此処へ出せと無闇に御立腹に成って仰しゃっては分りませんので、へえ」
市「分らねえ事はねえ、其方(そっち)に悪い廉(かど)が有るから参ったゞ、人を殺して物を奪(と)る奴ア盗賊(どろぼう)に違(ちが)えねえから、警察署へしょぴいて往(い)くのに何も不思議はねえ、当然(あたりめえ)の話しだ」
由「へえー、彼奴(あいつ)が人を殺しましたか」
市「ムムーしらばっくれるな野郎、汝(うぬ)らも峯松の同類に違(ちげ)えねえ、伊香保の木暮八郎ン処(とこ)にお前方(めえがた)逗留して居る時分、己(おら)ア知んねえけれども、何だか御用達の旦那さまだとか金持だとかなま虚言(ぞら)を吐(つ)いて、漸々(だん/″\)隣座敷の者と親しく成った其の上で、巧(うま)く欺(だま)してよ、此様(こん)な山ン中へ連れ出して来て刃物三昧を為(し)やアがって、女を斬殺(きりころ)して、その死骸を河ん中へ打込(ぶちこ)んで、えれエ奴だ、汝(われ)が言附けてさせたに違(ちげ)えねえ、二人ながら同類だろう、己ア逃(にが)さねえぞ」
 と掴(つか)みつきそうな勢(いきおい)で有りますから。

        四十九

 由兵衞は市四郎をなだめまして、
由「マヽ静かにして下さいまし、私共を同類だの盗賊(どろぼう)だのと仰しゃっちゃア困りますが、何う云う訳でげす」
市「私(わし)ア筏乗ゆえ上仕事(うわしごと)に時々参るんだ、すると、昨夜(ゆうべ)山田川の崖の藤蔓へ引懸ってキイ/\泣(ね)えてる女が有るだから、私も驚いて漸(ようや)く助け、段々様子を聞くと、その女の云うには、伊香保の木暮八郎方に逗留している中(うち)に、隣座敷に居た橋本幸三郎さんてえ人が、此方(こっち)の温泉(ゆ)は利(きゝ)が宜(い)い、案内しようといわれて、跡から供の峯松と云う奴の車に乗って参る途(みち)で、その峯松てえ奴が刃物三昧をして供の下婢(おんな)は斬殺(きりころ)され、私は逃げようとして足を蹈みはずして崖から下へ落ちましたが、幸いにして藤蔓へ引懸って危(あやう)い命を助かりましたが、アヽー口惜しい、欺(だま)されたって泣いてるだ、湯場稼ぎの有る事は聞いてるが、貴方(あんた)の供の為(し)た事だから、仮令(たとえ)貴方らは手を下(おろ)して殺さねえでも、大概同類に違(ちげ)えねえ事は分るだ、御領主様と縁繋がりの御内室(ごしんぞう)さまだし、お前方も掛り合(えゝ)だから私(わし)と一緒に警察まで往(い)きなせえ」
由「何う致しまして私共(わたくしども)は決して同類などではございません」
市「いや同類でねえたって掛り合いだ」
由「これは驚きましたな」
幸「是は何うも思い掛けねえ事で、あの車夫(しゃふ)の峯松と云うものは私(わたくし)の供じゃア有りません、雇人(やといにん)でもないので、実は渋川の達磨茶屋で私共(わたくしども)が昼食(ちゅうじき)を致して居りますと、車夫が多勢(おおぜい)来て供を為(し)ようと勧めました其の中(うち)で、江戸ッ子で気の利いた様子の好(い)い奴だと思いましたから、彼(あれ)を雇って来ますと、至って正直者のように思いましたから目を掛けて遣りましたが、そんなら彼奴(あいつ)がお藤さまを連れ出して無慙(むざん)にも殺しましたかえ」
市「殺したって殺さねえってとぼけてもいかねえ、さア警察署へ一緒に往(い)きなせえ」
幸「まア/\静かにして下さいまし、私(わたくし)も籍のないもんじゃアありませんから、決して逃げ隠れは致しません、私は全く橋本幸三郎と申して少々ばかり御用を達(た)す身の上でございまして…この岡村由兵衞と申すものは奉公人てえ訳ではない、日頃宅へ出入りを致すもので、木挽町に居ります何も胡乱(うろん)の者では有りません、全く私が連れて参った供でないと云う証拠の有るのは、伊香保の木暮八郎方でお聞きなすっても、渋川の達磨茶屋で聞きましても分りますが、私共へ縄を掛けて引くと仰しゃるのは誠に迷惑致しますが、其の代り出る所へ出て申訳は致しましょう」
市「さア早く出る所へ出なさい」
幸「それではお藤さまには誠にお気の毒でげしたが、何(なん)にしてもお怪我は有りませんでしたか」
市「怪我はないだってよ、藤蔓の間へぶら下って居たから宜(い)いようなものゝ、下へ落れば巨(おお)きな岩が幾つも有るから身体は微塵に打(ぶ)っ砕けるだが、幸い私(わし)が下に居たから助けて上げたけれども、二人の車夫は人を殺し鞄と荷物を引っ浚(さら)って何処かへ逃げやがったのだ」
幸「へえ、成程、私(わたし)の方でも昨夜賊難に遇(あ)いまして、是から其の届けを致そうと存じ、騒ぎをやってるのでげすが、兎に角斯う致しましょう、ねえ由さん、此処から使(つかい)を遣って伊香保の木暮八郎の手代と渋川の達磨茶屋の主人を呼びましょう、幾ら金がかゝっても仕方がないから」
由「然(そ)うでございますとも」
 と直(すぐ)に手紙を認(したゝ)め、早速来てくれるようにと申して遣ると、木暮八郎方の番頭も参り、達磨茶屋の亭主も来ましたから、打連れ立って原町の警察署へ参りまして、段々調べになりますと、全く車夫の峯松と杢八という渋川から従(つ)いて参った処の悪車夫二人にて人を殺し、鞄と荷物を引っ浚って逃げたに相違ない事が判然いたしました。されども其の者等(ら)の行方は未だ知れませんが、全く知らん車夫ゆえ橋本幸三郎は宜(い)い塩梅に身遁(みのが)れは出来ましたが、是がために二週間ばかりと云うものは頓と出るも引くも出来ませんで、空しく湯治を致して居りました。
幸「あゝ案外つまらん目に遭った、併(しか)し東京に帰るに付いて他(ほか)に土産もないから」
 と前々(ぜん/″\)思いを掛けました彼(か)の鈴木屋と云う料理茶屋の働き女おりゅうを五十円で身請を致しました。おりゅうのお瀧は何処までも縋(すが)って橋本幸三郎を騙し五十両の金子(かね)を取って窃(ひそ)かに松五郎に持たせて越後へ立たせてしまい、自分はずう/\しくも請出され、東京へ来て橋本幸三郎の妾となって橋場に囲われて居りました。直(すぐ)におりゅうの母をたずねると死にましたと云う。是も皆うそでありますが、幸三郎はおりゅうにすっかり欺(だま)されまして、あれは世間へ出るのが嫌いで、至って温順(おとな)しい、志も感心なものだ、芝居も見たがりもせず、美(い)い着物を着たがらんで信心一三昧で温順しく宅(うち)にばかり居る、彼様(あん)な感心なものはない、いずれ気象が知れたら女房に為(し)ようと幸三郎は思って居りました。

        五十

 橋本幸三郎が瀧川左京という旗下のお嬢さまと存じて悪党のお瀧を五十円にて身請を致し、橋場の別荘へ囲って置きました。只今の権妻(ごんさい)は極く勉強でございます。先ず旦那のおいでのない日には洋学をして見ようとか、或は少しずつ歌でも習おうとか、それとも編物をやって見ようとか云って何か遣って居りますなれども、昔の妾ぐらい怠けたものは有りません。只今なれば起るのが十時でげすな、往時(まえ)は巳刻(よつ)と云った時分に稍(ようや)く眼を覚して、
権「誰か火を持って来ておくれな」
 と是から枕元へ下女が煙草盆へ切炭を埋(い)けて持って来ますと、腹這(はらんばい)になって長い烟管(きせる)で煙草を喫(の)むこと/\おおよそ十五六服喫まんければ眼が判然(はっきり)覚めないと見えます。是から寝衣(ねまき)の姿(なり)で、ずうッと起上って障子を開け、廊下伝いに往って便所へ這入り、小用(こよう)を達(た)すのでございましょうが、此のまた便所の永いこと稍(やゝ)三十分ばかりも這入って居ります、出て来ると楊枝箱(ようじばこ)に真鍮(しんちゅう)の大きな金盥(かなだらい)にお湯を汲(と)って輪形(りんなり)の大きな嗽(うが)い茶碗、これも錦手(にしきで)か何かで微温(ぬるま)の頃合の湯を取り、焼塩が少し入れてあります。下女が持って参ります。是から楊枝を遣い始めようとすると、ゴーンと云うのが上野の午刻(こゝのつ)だから今の十二時で何う云う訳か楊枝が四本あります、一本へ歯磨を附けまして歯の齦(もと)と表を磨き、一本の楊枝で下歯の表を磨き、又一本の楊枝で歯の裏を磨き、小さい楊枝が有りまして、これで歯の間々(あいだ/\)を掃除いたします。舌をこきますときは化物が赤児(あかんぼ)でも喰うような顔付を致しまして、すっかり溜飲を吐いてから嗽(うがい)を致しまして、顔を洗い、それから先ず着物を着替るので、其の永い事、それから神仏へ向いまして線香を上げまして一心に拝みは為(し)ませんが、神棚や仏壇に向ってごちゃ/\云いながら拝んで居ります中(うち)に、漸く下女が茶を入れて持って参りますから、これを飲んで居ると、ポーンと未刻(やつ)の鐘が響きますから、
権「お湯に往(い)こう」
 と昔は種々(いろ/\)のものを持って往ったもので、小さい軽石が有りまして朴木炭(ほうのきずみ)、糠袋(ぬかぶくろ)の大きいのが一つ、小さいのが一つ、其の中に昔は鶯(うぐいす)の糞(ふん)、また烏瓜(からすうり)などを入れたものでございます。爪の間を掃除致すものを持って参り、下女に浴衣を抱えさせてお湯に這入りますのが尽(こと/″\)く長い。先ず悉皆(すっかり)洗い上げて、すうッと湯屋から出て家(うち)へ帰って来ますと、ポーンと鳴る、是が申刻(なゝつ)と云うので、それから
「さアお飯(まんま)を喰べようねえ」
 と是から朝御膳に成るのでございます。お膳の上には種々な物が載って居ります。自分の嗜(すき)なものが小さい葢物(ふたもの)に這入ったり、一寸(ちょっと)片口に這入ったり小皿に入れたりして有りますが、碌なものはありません、お芋の煮たのや豆の煮たのやなにかを取交(とりま)ぜて有ります、総唐草の輪形の茶碗へ銀の股引を穿(は)いた箸を出して喰べようと致して、
権「あゝー痛いこと……ちょいとその丸薬を取っておくれ」
 と丸薬を七粒服(の)んでお膳に向い、
権「是じゃア喰べられやアしないよ、例(いつも)の処で何か見つくろって来ておくれ」
 と喰いません。仕方がないから誂(あつら)えに往(い)くと間もなくお椀に塩焼とか照焼が来ます。
権「気に入らないよ、妾(わたし)はいやだよ、それより甘いものが嗜(すき)だから口取(くちとり)か何かありそうなものだ、見附(めっ)けて来ておくれ」
下女「はい」
 と下女が二度目に使いに参り、帰った時にポーンと酉刻(むつ)が鳴ります、朝飯(あさはん)が夕六時(くれむつ)でございます。是からお化粧に取り掛ります。すっかり髱(たぼ)や何かを櫛で掻上げて置いて、領白粉(えりおしろい)を少し濃めに附け、顔白粉を附けてから、濡れた手拭で拭い取ってしまいます。誠に無駄な事を致します。唇へ差した余りの紅を耳たぶや眼の間へ差して、髪を掻揚げてしまい、着物を着替えたりするとボーンと夜(よ)の亥刻(よつ)になります。
権「ちょいと其処の三味線を取っておくれよ」
 と、柱に倚掛(よりかゝ)って碌に弾けやアしませんが、忌(いや)アな姿になってポツ/\端唄(はうた)の稽古か何かを致して居ります中(うち)に、旦那がおいでになります。是からお酒が始まるとボーンと子刻(こゝのつ)に成りますから、昼だか夜(よる)だか頓と分りません。それに引替えて今の権妻は権威が附いたのか、旦那の為に学問を為(し)ようといって御勉強でございます。

        五十一

 さて橋本幸三郎は霊岸島から橋場へ通いますには何か托(かこつ)けなければなりません。今日は斯う云う権門(けんもん)だとか、明日はあゝ云う集会があって拠(よんどころ)なく遅く成りましたら橋場の別荘へ泊りますと、断っては出掛けます。何時も岡村由兵衞が一緒で、或日丁度自分の宅(うち)の少し手前に懇意なものがありまして、此家(こゝ)での宴会を済まして表へ出ると、彼(か)れ此(こ)れ一時でございます。
幸「由さん遅く成って気の毒だね」
由「なに遅くなったって、斯う云う時に御別荘の有るてえ此の位便利な事はありません、だが矢張川口町へ帰るつもりで頻(しき)りに急ぎましたが知れるといけません、好(い)い塩梅によし原の(芸者)おしめ、延(のぶ)しん、おなおなぞが、貴方の此処へ帰る事を知りませんから宜うございますが、知った日にゃア、ヘエーてんで無闇に来ますよ」
幸「お前ばかり知ってるんだから誰にも喋っちゃアいけねえよ」
由「なに私(わたくし)は喋りゃアしませんが、実に世間にも権妻は幾許(いくら)もございますが、何(いず)れ芸者上りが多いので、旦那が大金を出して身請を為(し)てサ、増長させて云う芽が出るんですが、それとちがいお宅のお内(うち)さんぐらいの温和(おとなし)い方を私は未だ見た事がありません、第一信心者(しん/″\しゃ)でげす」
幸「ウン余り外へ出るのが嫌(きれ)えで、芝居は厭だ花見は厭だといって、宅(うち)に居て草双紙を見るのが宜(い)いてえんだ」
由「御自慢なせえ/\、実に彼(あ)の方は品が違いますねえ、私(わたくし)が参っても物数云わず、にっこりと笑われると胸がむか/\して来て、カアーと気が遠くなる位のものでげすが、一向にお化粧(しまい)もなさいませんが、何処ともなくお美しゅうございますなア、此の間の黄八丈はすっかりお似合なさいましたぜ」
幸「平素(ふだん)は木綿で宜(い)いなんて彼(あれ)は少し変って居るね」
由「変ってる処じゃアありません、彼様(あん)なものが上州四万村辺(あたり)に居ようとは思いきやで、御運が悪くって御苦労なすって、あゝやって在(いら)っしゃるくらい御苦労の果(はて)だからさ、大概の権妻は朝寝が嗜(すき)で、第一喰物選(くいものえら)みをして、あの着物を買いたいの、此処へ往って見たいとか劇場(しばい)へ往(い)きたいとか種々(いろ/\)云い出して、チン/\をするくらい無理なのはありませんよ、旦那が奥さんの処へ往って寝るのを権妻がチン/\をするくらい何う考えても無理なのはありません、旦那がお茶を習えとか活花を稽古為(し)ろってえと忌(いや)アに捻(ひね)って仕舞い、女の癖に変なこうポツ/\毛の生えた羽織などを着ていけません、それに洋学などを習ったりすると変な気位(きぐらい)ばかり高くなって、外国の話なんぞを為ますが、僕などには些(ちっ)とも分りませんで面白くありませんが、彼(あ)のおりゅうさんなぞは柔和でね、何も彼(か)も心得てゝ女らしく在(いら)っしゃるのは、ありゃアちょっと出来ないて……」
犬「ワン/\」
由「シッ畜生……」
犬「ワン/\」
由「畜生/\」
幸「かめ/\……帰ったよ……トン/\/\、おさんや帰ったよ、トン/\/\」
さん「はい」
 と小声で返辞をして慄(ふる)えながら窃(そっ)と戸を開け、
さん「静かにして下さいましよ、盗賊(どろぼう)が這入りましたよ」
幸「えゝ……何処から這入った、締りは厳重にして置いたんだろう」
さん「あれ……貴方其方(そっち)へ往っちゃアいけませんよ」
 と云われて慌てゝ由兵衞は柱へ頭をコツリ。
由「あ痛い何うも……私(わたくし)は直ぐに帰りましょう……」
さん「あれ、お庭の方へ出ちゃいけませんよ、盗賊はお庭から這入ったんですよ」
 と云われてまご/\して彼方(あっち)へ打(ぶッ)つかり、此方(こっち)へ突当って滑ったり、盥(たらい)の中へ足を突込(つッこ)んで尻もちをつくやら大騒ぎで、
幸「静かに/\」
由「し静か処じゃアありません、あ痛い何うも……痛くって口がきけませんくらいで」

        五十二

幸「おい/\……お駒(こま)やおりゅうは何うした」
さん「何うなさいましたか知りませんが、何でも庭から這入りました様子でございます、判然(はっきり)とは分りませんが、是は美(い)い妾だ、姦(なぐさ)んで殺して仕舞え、お金を奪(と)って往(い)こうと云う声が聞えたように思います、キャーと云う声がいたしましたから、何でもお駒どんは斬られやア為(し)ないかと存じます」
幸「ムヽー、おい…マアこれ沈着(おちつ)かないかよ、静かにしなくっちゃアいけねえじゃアねえか」
由「静かにしろって、わ私(わたくし)は、さ騒ぎたくっても口がきかれません、是れでは」
 とワナ/\慄(ふる)えて居るを見て、
幸「気を確(しっか)り持ちなよ」
さん「確りも何もありませんから私を逃して下さいまし」
幸「これ/\其方(そっち)へ出ちゃアならん」
 と幸三郎は沈着(おちつ)いた人ゆえ悠々(ゆう/\)と玄関の処へ来ますとステッキがあります。これを提(さ)げ、片手に紙燭(ししょく)を点(とも)したのを持って、
幸「何処の所だ、何にしてもお駒が案じられるし、おりゅうに怪我は無かったか、賊は逃去って仕舞ったか」
下女「何うでございますか私は只台所のお竈(へッつい)の下へ首を突込(つッこ)んで居りましたから、確(しっ)かりとは分りませんでしたが、多分お怪我をなさいましたろう」
幸「えゝ、怪我をするのに多分などを附ける奴があるものか……おい由さん一緒に往っておくれよ」
由「へえ……一緒にッたって私(わたくし)は逃げられませんよ……あゝ宜しい、心得ましたが然(そ)う引張ったっていけませんてえに……あ痛い……足へ手桶が引掛って居ます……あ痛い……是は何うも大変な処(とこ)へ帰って来ましたなア、私を引張って往ったって何の役にも立ちませんよ」
幸「チョッ静かにしねえか」
由「あ痛い……何うも是は痛い、暗いもんだからお茶棚の角へ頭を打附(ぶッつ)けました、木齋(もくさい)に此の角を円くさせて置いて下さいな」
幸「お前後生だから外へ出て一寸(ちょっと)派出所へ届けるか、其処らに巡査さんが歩いて居たら御出張を願って来てくれねえか」
由「へえ……私(わたくし)は巡査は極(ごく)いけねえんで、へえ何うも私は巡査さんを見ると何となく怖いので」
幸「お前は盗賊(どろぼう)じゃあるめえし」
由「ないが何処ともなく巡査さんは凛々(りゝ)しくって怖味(こわみ)がありますから、私(わたくし)が届けちゃいけますまい、何卒(どうぞ)是は一つお女中に願いましょう」
幸「チョッ……意気地(いくじ)がねえなア」
 と云いながら倉前へ来て見ますと、緋(ひ)の縮緬の扱(しご)きが一本、傍(そば)に浴衣が有りまして、ポタリ/\と血が垂れて居ますを見て由兵衞は慄え上り、
由「あゝ、血が、タ垂れて居ます、南無阿弥陀仏/\血と聞いたらまた腰が脱(ぬけ)ッちまいました」
幸「えゝ、此方(こっち)へ来な」
 と漸々(だん/″\)庭伝いに来て見ますと、庭に櫛だの簪(かんざし)が落ちてあって、向うを見ると桟橋の木戸が開いて居ます。
幸「ムヽ、……此処が開いて居るからにゃア此処からでも這入ったか知ら」
 と呟(つぶや)きながら桟橋へ出て見ますと血が垂れて、其処におりゅうの寝衣(ねまき)浴衣と扱きが落ちてあったのを取上げ透(すか)し見て、
幸「ムヽ、是はおりゅうの寐衣と帯だが……おい由さん、何を為(し)て居るんだ、私(わし)は此処に居るよ」
由「へえ……私(わたくし)はとても其処までは参られませんよ、へえ」
幸「チョッ……困るなア」
 と云ったが浮(うっ)かり倉の方へ這入り、盗賊(どろぼう)に長い刀(もの)を提(ひっさ)げて出られちゃア堪りませんし、由兵衞はぶる/\して役に立ちませんから、幸三郎が自身に駈出して参ると、丁度巡行の査公(さこう)に出会いました。

        五十三

幸「只今私宅(わたくしかた)へ強盗が押入りまして、家中(うちじゅう)に血が垂れて居りますから、直(すぐ)に御出張を願います」
巡「ウン承知致した」
 と云ったが、一人では万一賊の方が多勢(おおぜい)ではいけませんから派出所へ立帰り、呼子(よびこ)にて同僚を集め、四人ばかりにて其の場へ駈附け、裏口台所口桟橋の出口へ一人(いちにん)ずつ立番をして居り、一人(いちにん)が表口からズーッと這入り、段々取調べると、
幸「今年十六才になりますお駒と云う少女(むすめ)が見えません、尤も同人の寝衣、扱き等(とう)が倉前に落ちて居りますから、賊が倉の中に隠れて居りまするかも知れません」
 と申しますので、是から段々取調べました処何処にも居りませんが、大した品物を盗んで参りました。
巡「大方妾のおりゅうとお駒と申す少女(むすめ)を辱かしめたる上に斬殺(きりころ)し、死骸は河の中へ投(ほう)り込んで、舟で逃げたものだろう」
 と取調べ、探偵は入替(いりかわ)り/\四五名来(きた)り、名刺(てふだ)を置いて帰りました。是から先ず其の筋へ訴えなければなりませんから大した騒ぎでございます。斯うなっては幸三郎も母に明さん訳には参りませんから、母にも明し、是から番頭を呼んで来まして、隈(くま)なく取調べた上、訴書(うったえしょ)を認(したゝ)めさせました。
盗難御届(とうなんおんとゞけ)
京橋霊岸島川口町四十八番地
橋本幸三郎
明治八年九月四日午前一時頃我等別荘浅草区橋場町一丁目十三番地留守居の者共夫々(それ/″\)取締致し打伏し居り候処河岸船付桟橋より強盗忍び入り候(そろ)ものと相見え裏口より雨戸を押開け面体(めんてい)を匿(かく)し抜刀を携え二人(にん)とも奥の方へ押入り召使りゅう雇女駒と申す者を切害(せつがい)致し右死体は河中へ投込候ものと相見え今以て行方相知れ不申候(もうさずそろ)又土蔵へ忍入りしや私(わたくし)所持の衣類金銀とも悉(ことごと)く盗取り逃去り候跡へ我等参合(まいりあわ)せきよと申す下婢(かひ)に相尋ね候処驚怖の余り己(おのれ)の部屋に匿れ潜み居(おり)候えば賊の申候言葉並(ならび)に孰(いずれ)へ逃去候哉(や)慥(しか)と不相分(あいわからず)由申出候(もうしいでそろ)然(しか)るに一応家内取調申候処庭前(ていぜん)所々(しょ/\)に鮮血の点滴有之(これあり)殊に駒の緋絹縮(ひぎぬちゞみ)下〆帯(したじめおび)りゅうの単物(ひとえもの)血に染み居候まゝ打棄(うちすて)有之候間此段御訴申上候
 右盗取られ候金高品数左(さ)之通りに御座候
一金二千円 内訳金千円十円札、金千円五円札○一金三百円内訳金百円二円札、金二百円一円札○一金側時計一個但(たゞし)金鎖附此代金二百円○一同一個但銀鎖附此代金百円○一掛時計二個此代金五十円○一衣類二十七品此代金五百円○一玉(ぎょく)置物一個此代金二百円○一古銅(こどう)花瓶一個此代金百五十円、合計金高三千五百円也
 さて右の書面を以て其の筋へ訴えましたゆえ、探偵の方が段々調べました処、後に致ってお駒の死骸が中洲(なかず)に掛って居て是が揚りました。尚厳重に調べに成りましたが、何うしても盗賊の行方が分りません。此の後明治十一年七月十日、千葉県下下総国(しもふさのくに)野田宿(のだのしゅく)なる太田屋(おおたや)という宿屋へ泊り合せて、図らずも橋本幸三郎が奧木佐十郎と云う前申上げました足利江川村の機織屋(はたや)が、孫の布卷吉を連れて亀甲万(きっこうまん)という醤油問屋(しょうゆどいや)へ参るに出会い、敵(かたき)の手掛りを得(う)ると云うお話でございます。

        五十四

 明治十一年七月十日野田に祇園会(ぎおんえ)と云う事がございますが、豪商の居ます処ゆえ御祭礼は中々立派に出来ます。両側へずーっと地口行灯(じぐちあんどう)を掲(かゝ)げ、絹張に致して、良い画工(えかき)に種々(さま/″\)の絵を描(か)かせ、上には花傘を附けまして両側へ数十本立列(たちつら)ね、造り花や飾物が出来ます。水菓子屋或は飴菓子団子氷水を商う店が所々(しょ/\)に出まして、中々賑やかな事でございます。近郷のものが皆参詣に出ます。鎮守は愛宕(あたご)でございます。彼地(あちら)へ往らっしったお方は御案内でいらっしゃいますが、社殿は槻(けやき)の総彫(そうぼり)で、花鳥雲竜(かちょううんりょう)が彫って極(ごく)名作でございます。是は先代の茂木佐平治(もぎさへいじ)氏(し)が建立致したのでございます。境内には松杉銀杏(いちょう)の大樹が繁茂して余程広うございます(寳暦(ほうれき)の年号が彫ってあります)牝狗(あまいぬ)牡狗(こまいぬ)の小さいのが左右にあり、碑が立って居て、之に慥(たし)か鐵翁(てつおう)の句がございまして、句「三光(さんこう)の他は桜の花あかり」句「声かぎり啼け杜鵑(ほとゝぎす)神の森」これは先代茂木佐平治の句で、他に眞顏(まがお)の碑が建って居ります「あらそはぬ風の柳の糸にこそ堪忍袋縫ふべかりけれ」という狂歌が彫ってあります。大門(だいもん)を出ると、角に尾張屋(おわりや)と云う三階の料理茶屋があります。日の暮から村の若い衆(しゅ)や女中がぞめき半分で見物に出掛けますが、妙な扮装(なり)で若い衆は頬冠りを致しますが、全体頬冠りは顔を隠そう為に深く致しますが、彼地(あちら)の若い衆は顔を出して皆後方(うしろ)へ冠ります、成(なる)たけ顔を見せるように致しますから、髷の先と月代(さかやき)とが出て居ります。手織の糸織縮(いとおりちゞみ)を広袖にして紫縮緬呉羅(むらさきちりめんごろう)の袖口が附いて居ます、男子(おとこ)の着物には可笑しいようで、ずいと前を広げても白縮緬か緋縮緬の褌(ふんどし)をしめるのではありません、矢張晒木綿(さらしもめん)の褌で、表附ののめりの下駄を履(は)いて団扇を持って出ますが、女も其の通り華美(はで)な扮装(なり)を為(し)て出ます。矢張女も手拭を冠って居ります。彼地(あちら)では女が、誠に済みませんが手拭も冠りませんで御挨拶を致します、と云う処を見れば手拭を冠るのが礼になって居る事と見えます。実に非常の群集で、其処にツクノリと云う事があります、何う云う事かと聞きましたら、是は蟇目(ひきめ)の法だと云う。宵(よい)から夜中に掛けてツクを乗りますが、是は不思議なもので、代々近村の重次郎(じゅうじろう)と云う人がツク乗りを致します、其の扮装(なり)が誠に可笑しゅうございます。白木綿の着物を着て、茜木綿(あかねもめん)のたッつけを穿(は)き、蝦蟇(がま)の形をいたして居(お)るものを頭に冠り、裳(すそ)の処に萌黄木綿(もえぎもめん)のきれが附いて居ますから、角兵衛獅子形(かくべえじしがたち)で、此の者を、町内の寄合場所へ村の世話人が附いて招待(しょうだい)致し、屏風を立廻し馳走を致して居ます。年番(ねんばん)に当った家(うち)の前にツクと云うものを建てますが、丸太で長さ十二間もありまして白布で巻き、上に醤油樽が白木綿で包んで乗せてあります。それを綱で張ってありますが、若(も)し乗損(のりそくな)って落ちて死んだ時には、ツクの下へ其の死骸を埋(うめ)るのが彼(か)の祭の法だと云いますが、危険(けんのん)な業(わざ)であります。なれども慣れて上手なものでございます。下に囃子(はやし)を為(し)て居ます。弥々(いよ/\)重次郎さんが来る時には早めて囃子を致します。笛が二管、〆太皷が二挺ある切りで囃子が極って居ます、テレツク/\スッテンテン、テレツク/\スッテンテンと叩きます。重次郎さんを送って参ります時の囃子が可笑しゅうございます、唄のような節を附けて「ツークの重次郎どんがツークへ登ってヤレエーヘンヨ、テレツク/\スッテンテン」他に何も文句は云いません。処の風と云うものは妙なもので、充溢(いっぱい)の人立ちでございます。太田屋という旅宿(やどや)がございまして、其の家に泊って居りますのは橋本幸三郎に岡村由兵衞でございます。

        五十五

幸「おい何うだえ此処の祭てえのは」
由「何うも驚きやした、是は何うも実に驚きました、是程の騒ぎじゃアないと思いましたが、狭い処にしちゃア珍らしゅうございますね」
幸「僅か離れた所でも大層風俗の変ったものだね」
由「変ったって何だって何うも大変り、女が皆(み)な粉(こ)の吹いたように白粉(おしろい)を付けて、黒い足へ紺天(こんてん)の亜米利加の怪しい鼻緒のすがったのを突掛(つッか)けて何処から出て来るんだか宜(い)いね、唐縮緬(とうちりめん)の蹴出(けだし)をしめて、何うしても緋縮緬と見えない、土器色(かわらけいろ)になった、お祖母(ばあ)さんの時代に買ったのを取出してチョク/\しめるんでしょう、実に面白うげす……此の家(うち)の※(「飮のへん+稻のつくり」、第4水準2-92-68)(あん)ころ餅が旨いから私(わたくし)は七つ食べましたら少し溜飲(りゅういん)に障(こた)えました」
幸「手塚屋は古河の在手塚村の者が出て売始め、今では上等の菓子屋に成ったてえが、今お前に御馳走だと云うのは、亀甲万の醤油蔵は何うだえ」
由「何うも大きなもんですねえ、一年に何の位造るんでしょう」
幸「大して造るてえ事だ、何でも一ヶ年に並亀甲万が七万樽以上に、上等のが七万樽で、両方で合計十四五万樽も出るてえことだなア」
由「へえ沢山の桶が並んで居ましたが、醤油蔵が二十三間あって此方(こっち)が十八間あるてえましたね」
幸「桶の高さが七尺五寸から八尺ぐらいで、彼(あ)の中へ落ちて死んだものがあると云うが、あの石を附けて絞る様子などは大したものだね」
由「へえ何うも実に驚きました」
幸「並の醤油を造る大桶の数が百四十五もあると云うが、近い処だけれども大きいものだね」
由「大きいたって私(わたくし)は実に驚きました、醤油を三十石ぐらい造るんで、蔵の中に居る人数(ひとかず)が四五十人ぐらいも有って、事が大きいたって、あの竈(かまど)の釜は何うでげす、矢張彼(あ)れは釜屋堀(かまやぼり)の七右衞門(うえもん)(今の釜浅鋳造所(かまあさちゅうぞうじょ))が拵えたんでげしょうが、七右衞門と六右衞門が釜を売って、たった一右衞門違いで五右衞門は其の釜で※(「火+(世/木)」、第3水準1-87-56)(うで)られたてえのは妙でげすな」
幸「詰らねえ事を云うな」
由「亀甲万の旦那に彼(あれ)は旦那の御紋ですかと聞いたら、なに然(そ)うじゃアない、是には種々(いろ/\)訳のある事だ、南新堀(みなみしんぼり)に萬屋忠藏(よろずやちゅうぞう)と云う仲買があって鱗の紋だから、それを二つ合せて萬屋の萬の字を附けたのが始りだと申しますが、不粋(ぶいき)な紋もありますが、僕のは太輪(ふとわ)にして中を小さく為(し)ても抱茗荷(だきみょうが)はいけません、彼(あれ)を細輪にして中を大きく出すと商人(あきんど)らしく成ります、形が悪うございますね、抱茗荷を太輪にすると馬の腹掛のようでいけませんな、ハヽヽヽヽ」
幸「静かにしねえか」
由「はい、大きな声で喋りましたが、何うでげす、彼(あ)のツークの重次郎どんテレツク/\スッテンテンてえのは」
幸「止しなよ」
 と話をして居りまする。其の隣座敷に居りましたのは前申上げました奧木佐十郎という年齢(とし)は六十六に成り、忰も嫁も死んだので拠(よんどころ)なく機織女を抱え、僅かの事で其の日を送って居りますが、一体達者な爺さんだから、今年十三に成ります孫の布卷吉と云うものを亀甲万へ奉公にやって置き、孫に会いに参ったのでございます。
佐「これは詰らん物だけれども、宜(い)い物を上げたって何も彼(か)も御不自由のないお宅(うち)だから、是だけお祖父(じい)さんが持って来たから、旦那様へ上げておくれよ、お前何でも能く辛抱して、然(そ)うして、宜(よ)いか、何も私(わし)がお前に過(すご)して貰おうてえのじゃアねえが、奧木の家を相続するのはお前より他にはねえから、奉公は辛い、辛いものだけれども詰りお前の為だ、取分け朋輩衆(しゅ)も多かろうから、番頭さん始め若い衆から朋輩衆の機嫌を取損(とりそこな)わねえようにして、怠りなく旦那さまを大切(だいじ)に為(し)なければならねえよ」
布「お祖父さん、私(わし)は奉公が厭になりましたから、今日直(すぐ)に足利へ連れて帰って下さいな、誠に御無理な事を云うようでございますけれども、今日お前さんのおいでなすったのは幸いでございますから、何卒(どうぞ)お暇(ひま)を戴いて帰り、私(わたし)はお祖父さんの傍(そば)に居とうございます」
佐「お前は私(わし)の顔を見ると其様(そん)な事ばかり云う、それだから私は滅多に顔出しをしないのだ……それは辛らいさ、辛いけれども何様(どん)な人だって奉公を為(し)て、他人の中を見て其の苦しみをして来たものでなければ役には立ちません、お祖父さんの傍に置いて、何でもはい/\とお前の云うなり次第に気儘にすれば馬鹿に成っちまいますから、辛かろうが他人の中(うち)で辛抱して、何様な事でも生涯の立つ事を覚えなければ成りません、殊に結構なお店(たな)で、旦那さまもお慈悲深(なさけぶか)いし、文明開化の事も能く御存じのお方ゆえ、何でもすがって居なければならねえのに、苟(かりそ)めにも帰りたいなどと云っては成りません、何だって其様なことを云う」

        五十六

布「お祖父さん、あんたは老(と)るお年でございますから、お父(とっ)さんお母(っか)さんも死んでから、お祖父さんのお蔭で私は斯様(こんな)に大きくなりましたが、幾らお達者だって、最う六十の上六つも越して入らっしゃるから、翌(あす)が日病みお煩いに成っても、お薬一服煎じて貴方に服(の)ませるものはありませんと思えば、熱かったり寒かったりする度(たび)に気になりまして、お前さんの事を朝晩忘れた事はありません…復(また)奉公に参りますまでも一旦は帰りとうございますから何卒(どうぞ)お暇を戴いて下さいまし」
佐「お前そんな事を云っては困ったなア……お祖父さんは無いものと思え、お祖父さんの事などを思って奉公が出来るものか、お祖父さんも以前(まえ)は大小を差して、戸田家にて仮令(たとえ)少禄でも御扶持(ごふぢ)を戴いたものだ、其の孫だからお前も武士(さむらい)の血統(ちすじ)を引いて居るではないか、忠孝全(まった)からずと云うて、奉公をする身は仮令両親があっても主人に事(つか)える中(うち)は親の事を忘れなければならんものじゃ、それが忠義と云うもの、お祖父さんの顔を見ると其様(そん)な事を云う、これから其様な事を云うとお祖父さんは最う決して構いませんよ、私(わし)も何うかしてお前の多足(たそく)に成るようにと思って、年寄骨(としよりぼね)に機(はた)の仕分を為(し)ているのに、其様な弱い音(ね)を吐くと肯(き)かんぞ、お祖父さんは再び此処へ来んぞ」
布「はい……お祖父さん昨夜(ゆうべ)お祭礼(まつり)で講釈師の桃林(とうりん)の弟子の桃柳(とうりゅう)と云うのが来ましたが、始めて此処へ来たもんだから座敷を為(し)てやろうと旦那さまがお口をお利きなすったもんですから、聴衆(きゝて)が多勢(おおぜい)出来ましたので、お店の方も皆な寄って講釈を聞きました」
佐「ウンそれは有難い事で、足利の江川村などに居ちゃア講釈でも義太夫でも芝居でも見聞(みきゝ)をする事は出来やアしない」
布「その桃柳てえ講釈師が金比羅御利生記(こんぴらごりしょうき)の読続きで、田宮坊太郎(たみやぼうたろう)[#ルビの「たみや」は底本では「なみや」]」が子供ながら親の仇(あだ)を討ちました所の講釈でございましたが、彼(あれ)を聞きましてお祖父さん私は親の仇が討ちたく成りました」
佐「え、なに親の仇が」
布「へえ私(わたし)も茂之助の忰であります、母と妹(いもと)は村上松五郎とお瀧の為に彼様(あん)な非業の死様(しによう)を致しましたのは、親父が間違えて母親(おふくろ)を殺したんでございますが、実に驚きまして途方に暮れ、彼(あ)の様に親父は首を縊(くゝ)って死にますような事になりましたのも、皆(みん)なお祖父さん村上松五郎お瀧から起った事でございます、私(わたくし)も子供心に二人の顔を覚えて居ますから、彼奴等(あいつら)二人を殺さんでは私(わたし)が親に対して済みませんから、何卒(どうぞ)お暇を戴いて下さいまし」
佐「あゝ……、然(そ)うか、手前(てめえ)年も往(い)かねえで能く親の仇(あだ)を討とうてえ心になってくれた、おくのや茂之助が草葉の蔭で此の事を聞いたら嘸(さぞ)悦ぶであろう……じゃが今の世の中では仇討(あだうち)と云うことは出来ないが、彼奴等は天罰でいまにお上の手に懸って、その悪を為(し)ただけの処分は屹度受けようから諦めてくれ、よ、其様(そん)な事を云ってくれると私(わし)が困るから」
布「いえ、お祖父さん何卒(どうぞ)お暇を戴いて下さい、私は最う一日も居(お)られません、若(も)しお祖父さんが私を置いて往(ゆ)けば、明日(あした)にも彼家(あすこ)を駈出します」
佐「どうでも手前(てめえ)討つと決心したか、併(しか)し人を殺せば手前の身にもそれ丈(だけ)の処分が附くぞ」
布「いえ私は死んでも宜しゅうございます、彼奴等二人を仮令(たとえ)私が手をおろして討ちませんでも、捕(つかま)えてお上の手を借りましても思う存分に為(し)ませんでは腹が癒えませんから」
佐「ウム…宜し、お暇を願って遣ろう……あゝー能く仇を討つと云った」
 としめやかに話を為(し)て居るを隣座敷で聞きまして、岡村由兵衞が、
由「旦那え/\」
幸「何だ」
由「仇を討つてえますが何でしょう」
幸「講釈だろう」
由「ナアニ少(ちい)さい子が仇を討つてえと、何だか傍に居る老爺(じい)さんが能く討つと云ったてえましたぜ」
幸「ムヽもう討ったのか」
由「なに討ったとか討つとか云ってますが、此処でチョン/\始まっては大変で」
幸「まさか始まりゃアしめえ」
由「何でげしょう」
 と岡村由兵衞が怖々廊下へ立出で、そっと障子の破れから覗くと、六十有余歳の老人と十二三に成る小僧と二人にてのひそ/\話、幸三郎も覗き見て、
幸「はて変だな」
 と怪しみました。さて是から奧木佐十郎が茂木佐平次方へ参って、布卷吉の暇(いとま)を貰って、川蒸汽に乗りまして足利へ帰るのでございますが、此の汽船(ふね)へ再び橋本幸三郎が乗合せるのも妙な訳で、上州の川俣(かわまた)村と[#「川俣(かわまた)村と」は底本では「川俟(かわまた)村と」]云う処で筏乗の市四郎に会いますと云う、是れから敵(かたき)の手掛りが分ります。

        五十七

 野田の祗園祭でございまして、亀甲万の家(うち)へ奉公を致して居りまする布卷吉と云うは、今年十二歳ではありますが、至って温和(おとな)しい実体(じってい)ものでございます。祖父(そふ)奧木佐十郎が顔を出しに参りましたのを見ると、親の敵(かたき)が討ちたいからお暇(ひま)を戴いてくれと云うので、祖父(じい)が亀甲万の主人に面会致し、只管(ひたすら)暇をくれるようにと頼み、幾ら止めても肯(き)きません。亀甲万の御主人も親切なお方でございますから、懇々(こん/\)説諭を致しました。
主人「当今は復讐などは決して無い事じゃから、そんな事は思い止(と)まったら宜かろう、それより相変らず当家に奉公して居(お)れば私(わし)も彼(あれ)の温順(おとな)しい事も看抜(みぬ)いて居(い)るから、後々には私も力になってやろう、年を老(と)ったお祖父(じい)さんが先に立って仇討などという事を勧めちゃアいかん、それは時節が違うから、まア私の云う事を肯(き)いて思い止(とゞ)まんなさい」
 と種々(さま/″\)に意見を加えましたが、一方(かた/\)が頑固な老爺(じい)さんで肯きませんから、そんならば暇をやろうと万事行届(ゆきとゞ)いた茂木佐平治さんだから多分の手当を致(し)てくれ、今上川岸(いまかみがし)の舛(ます)田と申す出船宿から乗船切符まで買うて与えました。是から出船宿へ参るには、太田屋と申します宿屋の向横町(むこうよこちょう)を真直(まっすぐ)に這入りますと、突当りに香取(かとり)神社の鳥居がありまして、傍(わき)に青面金剛(せいめんこんごう)と彫付(ほりつ)けた巨(おお)きな石塚が建って居ります。鳥居から右へ曲ると高梨の家(うち)で、左右森のように成って居り、二行の敷石がございまして、是からずいと突当ると小高い堤(どて)が有ります。其処(それ)を上(あが)ってだら/\と下(おり)ると川岸でございます。此処に出船茶屋があります。升田仁右衞門(ますだにえもん)と申しては彼(あ)の辺きっての好(よ)い出船宿でございます。船へ乗りますお客は皆早く此家(こゝ)へ参りまして待受けて居ります。切符を買ったり弁当拵えの支度をするとか、或(あるい)は菓子を買って入れるなど多勢(おおぜい)がごた/″\して居ります中に、前申上げました橋本幸三郎、岡村由兵衞の二人が野田から参りまして、先刻(さっき)から出船を待って居ります。
由「旦那、只何うも私(わっし)が今日驚きましたのは、彼(あ)のツク乗りで、何うも倒(さか)さまに紐へ吊下(ぶらさが)って重次郎さんが下(さが)って参ります処には驚きました」
幸「彼(あれ)はまア珍らしいなア」
由「珍らしいなんて実に見る事は出来ませんよ、灯台下(もと)暗しで、東京の近処(ちかま)で彼様(あん)な変ったお祭の有る事を是まで些(ちっ)とも知らずに居りましたが、実に何うも不思議、へゝゝゝ彼(あ)のテレツク/\なんぞは悉皆(すっかり)覚えましたが、重次郎さんの扮装(なり)てえのは恰(まる)で角兵衛獅子でございますね、白の着物に赤い袴で萌黄色(もえぎいろ)のきれの附いている物を頭部(あたま)に冠(かぶ)って、あれで獅子が附いてれば角兵衛獅子だが、彼(あれ)は蛙だから重次郎蛙です、只々重次郎さんの出て来る処が不思議でげすが、彼様(あん)な事は開化の今日(こんにち)は種切れに成りそうなもんだが、代々重次郎さんてえものが出るのが訝(おか)しいね、彼(あれ)で乗り損(そこな)って死んじまうと、ツクの下へ死骸を埋(うめ)るのが法だと云いますが妙でげすねえ」
幸「おい/\汽笛が聞えるようだぜ、汽船(ふね)が来たんじゃアないか」
由「然(そ)うでげすな……おッ旦那月が登(あが)って来ました、好(よ)うがすなア、月の光で川の様子を見ながら参りますと退屈凌(しの)ぎになりますよ……あ来ました/\お前さん此の鞄を持ってゝ下さい」
下女「笛が聞えたって彼(あれ)でまアだ半道程も先だアから、緩(ゆっ)くり支度をしておいでなせえましよ」
由「でも、ピイー/\と川へ響けて大層聞えますね……何だか私(わっし)ア気が急(せ)きますから、旦那徐々(そろ/\)支度をなさいな…大きに姉さんお世話さま、お茶代は此処へ置きましたよ」
下女「これは有難うございます、まア御緩(ごゆっ)くりおいでなせえましよ、滅多に汽船(ふね)は来ませんから」
由「来(き)なくっても先へ出て居た方が宜しい、へゝゝゝゝ呑気でございますね」
幸「田舎は是だけが宜(い)いのう」

        五十八

由「姉さん桟橋が何処にかありませんかい」
下女「はい、今度出来るてえ事ですが、まだ無(ね)えだから、堤(どて)の草へ掴(つか)まって下りるだアね」
由「草へ掴まって…危(あぶね)えなア、早く桟橋を拵(こせ)えたら宜さそうなものだ……辷(すべ)りゃアしないかい」
下女「大丈夫でござえますよ、慣れてるものは船へ飛込むだが、岸の方は水が来ねえから泥が深くなってますよ」
由「深い……困ったねえ、ずぶりと這入っちゃア大変でげすから、船が来たら板か何か向(むこう)へ渡して貰いましょう」
下女「慣れた人は皆跨(また)いで船へ打飛(ぶっと)んで這入りますよ」
由「此方(こっち)は慣れねえから打飛べねえよ」
 と云って居る中(うち)にシャ/\/\/\と汽船(きせん)が忽(たちま)ちに走って参りました。其の頃には通運丸(つううんまる)と永島丸(ながしままる)とありまして、永島の方は競争して大勉強でございます。
幸「さア/\お前先へ這入んなよ」
由「宜うございますから、荷物は後からとして……上等の方は何方(どっち)だえ、なに此方(こっち)だ、大変だなア……これは危い、ちょいと貴方此の鞄を持ってゝ頂戴……両手でなければ迚(とて)もいけません、ズブ/\と這入っちゃア大変でげすからナ…へえ御免なさい/\……これは/\何うも旦那御覧(ごろう)じろ、恰(まる)で鮪を転がしたように皆(みん)なゴロ/\寝ていますが、上等の方でさえ是れでげすもの、下等の方はゴタゴタして大変なもんですぜ……此の通り実はすいて居るのだが皆な寝ているので幅を取っちまいますが、仕方もありません、併(しか)しね旦那、此処に包や何か整然(ちゃあん)と掛ける処が出来てるのは流石(さすが)に手当が届いて居ますね……蝙蝠傘などを窃取(どろぼう)されるといかねえから此処へ斯う纒(まと)めて置いて……貴方最う少し其方(そっち)へお寄んなさいな、此処を広くしていましょう……貴方寝耋(ねぼ)けて居ますか、アハヽヽヽ野田に遊んでたので何んだか百姓ばかり乗ってるような心持が致しますね……おいボーイさん、火を持って来ておくれな……なにマチが這入って居ると、マチはあっても宜(い)いから火を一つ持ってお出(いで)な……淋(さみ)しくっていけねえから……なに夜は火はない、虚言(うそ)ばかり吐いて居る、面倒だもんだから彼様(あん)な事を云ってる」
 とマチで火を擦付(すりつ)け、煙草に移し一口吸い、
由「フー……これで何んでげすね、今夜一晩船の中では何うで寝られませんな、東京(とうけい)からスイと来て上州の川俣村まで[#「川俣村まで」は底本では「川俟村まで」]往(い)くにゃア随分退屈は退屈でげすな……おッ是は大変に蚊が居ますね、傍(そば)から/\這入って来ます事、是は恐入りましたなア……永島さん早く船を出す訳には参りませんか」
水夫「荷が悉皆(みんな)這入らねえじゃア出しません」
由「荷てえば大層転(ころが)ってますね」
 と見ますると、傍に居ましたのは年の頃二十七八にも成りましょうか、大丸髷の婦人で、色の黒い処へベルモットでも飲んだような顔付で、鼻が忌(いや)アに段鼻になって、眼の小さな口の大きい方(ほう)で、服装(なり)は木綿縮(もめんちゞみ)の浅黄地に能模様丸紋手(のうもようまるもんて)の単物(ひとえもの)に唐繻子(とうじゅす)の帯を〆(し)め、丸髷には浅黄鹿(あさぎが)の子(こ)の手柄を掛けて居ます、朱縮緬の帯止をこて/\巻付けて、仕入物の蒔絵(まきえ)の櫛に鍍金足(めっきあし)に土佐玉の簪(かんざし)で、何処ともなく厭味の女が、慣れ/\しく、
女「貴方此方(こちら)へ入らっしゃいまし、御緩(ごゆる)りお坐りなさい」
由「へえ有難うございます、誠にお邪魔さまで」
女「お婆さん其の包みを脊負(しょ)っておいでよ…貴方方は東京(とうけい)でいらっしゃいますか」
由「えゝ東京で」
女「東京のお方と聞くとお懐かしゅうございますこと」
由「貴方も東京でございますか」
女「はい私(わたくし)は足利の方の親類共に厄介に成って居りまして、時々博覧会や何か有りますと東京へ参りますが、上野はまた別でございますね」
由「へえ左様です」
女「今度の博覧会は立派な事でございますね」
由「えゝ盛大な事でございます」
女「大して人が出ますね」
由「えゝ出品物(もの)も余程多い事でございます」

        五十九

女「私もそれから彼方此方(あっちこっち)と見物も致しましたが、私は此の様に肥(ふと)ってますもんですから、股が縮(すく)むようで何だかがっかり致しますので、それから何でございますね、弁天から上野の辺が誠に綺麗に成りましたこと、それに松源(まつげん)鳥八十(とりやそ)などと云う料理茶屋も立派に普請が出来ましたね」
由「えゝ大層……立派に普請が出来ました」
女「それに花火の仕掛ものなどは昔とは全然(すっかり)違ってしまいました」
由「えゝ大した勉強な事で」
女「是までの東京(とうけい)の玉屋鍵屋などで拵える仕掛とは違いまして、ポッポと赤い火や青い火が燃えまして誠に不思議で、あの水の中をチュ/\/\と走って歩くのは彼(あれ)ア何てえのでございましょう」
由「へえ何てえますか私は知りません」
女「貴方は新富町(しんとみちょう)へいらっしゃいましたか」
由「えゝ参りました」
女「大層巧(よ)く演(いた)しますね、今度の狂言は中々大入で、私が参りましたら一杯で、尤も土曜日でございましたが、ぎっしりでございましたよ」
由「へえ、土曜日曜は大入で」
女「團十郎(なりたや)は何うも巧(うま)いもんでございますね、渋い事をさせては彼(あ)の位の役者はございませんね、他(ほか)の役者とは違いますね、むずかしい事を致しますが、実に巧いもんで」
由「えゝ堀越(ほりこし)は別でございます」
女「それに菊五郎は上手なことで、左團次さんも巧いものですが、菊五郎と左團次と一対揃って巧いものでございますね」
由「へえ彼(あれ)は中々巧いもので」
女「小團次(こだんじ)は大層役者を上げましたね、それに私は福助(しんこま)の人気の有るには本当に驚きましたよ、往来(そと)を福助(ふくすけ)が通ると私共のような者まで駈出して見る気になりますのは別で、また娘なぞに成ると実に綺麗でございますね」
由「えゝ誠に綺麗で……(小さな声で)これは延べつだ」
女「大層綺麗で人気の有ることは別でございますから、何うかして身体を快(よ)くして遣りとう存じまして、私も心配致して居りますが、何う云うものでございましょう、癒(なお)りましょうかね」
由「へえ癒るかも知れません、松本先生などがお骨折ですから癒りましょう」
女「それに家橘(かきつ)が大層渋く成りましたのに、松助(まつすけ)が大層上手に成りましたことね、それに榮之助(えいのすけ)に源之助(げんのすけ)が綺麗でございますね」
由「えゝ彼(あれ)は誠に綺麗な事で……これは堪らん、旦那少し代って下さいまし、私(わたくし)は小便に往(ゆ)きますから」
女「お手水は其方(そちら)じゃアいけません此方(こちら)でございますよ」
由「へえ種々(いろ/\)御親切に有難う存じます」
 と由兵衞はこそ/\逃出しました跡で、彼(か)の女は橋本幸三郎に向いまして、
女「貴方も東京のお方で」
幸「へえ」
女「彼(あ)の方と何方(どちら)へいらっしゃいますの」
幸「私(わたくし)は足利まで参りますので」
女「おやまアお嬉しいこと私も足利へ参りますの、私は足利町五丁目の親類共に居りまする吉田屋(よしだや)のふみと云うもので、何うか些(ちっ)とお訪ね下さいまし」
幸「左様でございますか」
女「貴方は足利は何方でございます」
幸「ヘヽヽ極く外れの野暮な処へ参りますが、何(いず)れまたお訪ね申しましょう」
女「何卒(どうぞ)入らしって下さいましよ」
幸「有難うございます」
女「私は五丁目に居りますので、右側の何でございますよ、貴方は」
幸「へい栄町の変な処(とこ)を這入って桐生の方へ参る道でございますよ」
女「へえ左様でございますか」
幸「由さん早く来ておくれよ」
由「まだ話が途切れませんか、是は驚きましたな」
 と云って居(お)る中(うち)に船が出ました。また寳珠鼻(ほうしゅばな)へ着くと乗込むものも有り、是から関宿(せきやど)へ着きますと荷物が這入るので余程手間がかゝり、堺へ参りますと此処にて乗替え、栗橋(くりはし)へ参り、旭(ひ)が昇って川に映り、よい景色でございます。栗橋から上州の川俣という処へ船が着きますと、かれこれ十時、宜(い)い塩梅に天気もよく皆々客は上りましたから一同大きに安心致しました。是から幸三郎由兵衞も上ることに成りますと、いゝ塩梅に彼(か)の段鼻の大年増も居なく成ったから、二人はホット息を吐(つ)きました。

        六十

由「旦那何うでございました」
幸「何うも本当に驚いちまった」
由「吉川屋(よしかわや)てえ料理屋は此処でげす、昨夜(ゆうべ)彼(あ)の女にのべつに喋(しゃ)[#ルビの「しゃ」はママ]られたので私ア胸が一杯に成りました……さア這入りましょう」
下女「此方(こっち)へお掛けなさいまし……此方へお上りなさいまし」
由「何処か斯う景色の好(い)い、見晴しの有る、風通(かざとお)しの好い、しんとした、乙に賑やかな処(とこ)がありませんか」
幸「そんなむずかしい処(とこ)があるものかアね」
女「此方(こちら)へ入らっしゃいまし」
由「昨夜(ゆうべ)は些(ちっ)とも寝られませんでしたから、此処で昼寝をして顔を洗ってから、何か誂(あつら)い物を致しましょう……姉さん何が出来るかい」
女「鯉こくに玉子焼鰌(どじょう)でがんす」
由「結構、じゃアその鯉こくに玉子焼でお酒の好いのを、と云った処(ところ)が別に好いのもあるまいが、成たけ気を附けておくれ、兎に角顔を洗って参りましょう」
女「お顔をお洗いなさるなら此方(こっち)へ入らっしゃいまし」
 と下婢(おんな)の案内に従って顔を洗って参り、
幸「浴衣が湿(じめ)ついたから」
 と着物を着換え、酒も飲み、御飯(ごぜん)も喫(た)べてから昼寝をしようかと思いますと、折悪(おりあしゅ)うドードッと車軸を流すばかりの強雨(おおぶり)と成りましたから立つ事が出来ません、其の中(うち)に彼(あ)の辺は筑波は近し、赤城山(あかぎさん)へも左のみ遠くありませんから、ガラ/\/\と雷が烈しく鳴って参り、二三ヶ所へ落雷致しましたので立つ事も出来ず、ぐず/\して居ます中(うち)に、午後の四時半時分に成ると、フーと雲が切れましたから幸三郎も由兵衞もホッと息を吐(つ)きました。
幸「是から立つてえのも遅いから今夜は此処へ泊ろうじゃアねえか」
 と皆泊りも多うございますから宿屋でも気を利かして湯を立ってくれました。
由「旦那私(わたくし)は雷にゃア驚きましたが、お湯へ入(い)れただけは当処(こゝ)も中々気が利いてますね」
幸「ウン此処の家(うち)は宜く手当が行届(ゆきとゞ)くねえ」
由「大届きでげすとも、併(しか)し私(わたくし)は雷は大嫌いだね、甚(ひど)く怖うございました、尤も雷が怖いてえ顔付でもありませんが、今の雷と昨夜(ゆうべ)の段鼻の大年増には実に驚きました、貴方の様子の好(い)い処(とこ)からちょいと横目でキョト/\見たりして、本当に嫌(いや)でございましたな、のべつに喋ってさ」
幸「然(そ)うさ、併し雷と云えば四万で一遍大雷鳴(おおがみなり)に遭って驚いたっけな」
由「左様さ、宿屋の裏の口へ落た時には驚きましたね」
幸「此の頃では雷避(かみなりよけ)が出来たので安心だが、日光へ往った時に霧降(きりふり)の滝へ往(ゆ)く途中で大雨大雷鳴に出会い、甚く困ったが、あの時を思えば霧降の滝壺まで下りたっけねえ」
由「それは何んですが、伊香保でお癪を起した御新造ね、彼(あ)のくらいまた人柄の善(よ)い御新造も沢山(たんと)はありませんね、お可愛そうに世の中の事を御存じないのだから驚きましたろう、峰松と云う車夫(くるまひき)が騙(だま)して引摺り出して、折田村で正直そうな彼奴(あいつ)がやったてえのでげすが、彼奴が鞄が残ってあったと云い持って来たのが手で、お金は入りません、車に残ったものをお届け申すのは当然(あたりまえ)の事だてえのでげすから、誰(たれ)も一杯喰おうじゃアありませんか、つい正直者と思って次の間へ置きました、どっちりお金の這入って居た大鞄は木暮の方へ預けて置いたから宜うございましたが、然(そ)うでないと何様(どん)な目に遭ったかも知れません、何しろ暇を潰した上に四万では大(おお)御散財でげしたが、關善へ大きな男が談判に来た時にゃア私(わたくし)は本当に怖うございましたよ、首を捻(ねじ)るなんて親切ものだから、烈しく掛合われた時には本当に驚きました」
幸「彼(あ)の時は怖かったな、彼の時に種々(いろ/\)災難の重なったのも詰りお母(っか)さんが止せと仰しゃったのを無理に出たから悪かったが、鈴木屋に働いていた彼のおりゅうには驚いた」
由「えゝ彼奴には喰ったね、ポロ/\涙を零(こぼ)して、えゝ何とか云いましたっけ、私は瀧川左京のお嬢さまでございますって身の上話を並べたから、此方(こっち)もホロリと来て、あゝお気の毒だって、貴方はお慈悲深(なさけぶか)いもんだから五十円で身の代(しろ)をくぎって、東京(とうけい)へ連れて来て権妻になすって、目を掛けておやんなすったが、実に怖いな、漸々(だん/″\)様子を聞けば芝居町の芸者で小瀧と云う奴だそうで」
幸「私(わし)が東京へ連れて来ると芝居を観(み)るのも厭だ、物見遊山は嫌いだ、外へ出るのは厭だと神妙らしく云ってたのは、本当に出嫌いのではなくって、実はお尋ねものゝ日向見(ひなたみ)お瀧と云う奴で、真実温順(おとな)しいのではない、何処へも出て歩く事が出来ねえんだ」
由「亭主は村上何んとか……ウン松五郎てえ肩書の有る旅稼ぎだそうでげすが、得て湯場などには然う云う奴がありますね」

        六十一

幸「おい/\此処でうっかりお尋ねもんだなんて、彼奴(あいつ)の事ア喋られませんよ」
由「へえ…彼女(きゃつ)もあゝ云う目に遭ったのは罰(ばち)でげすね、だが橋場の御別荘へ押込の這入った時には私は驚いて腰が脱けちまいました、あゝ血が流れて居るのを見たが、実に何うも彼様(あん)な忌(いや)な心持はありませんね、何んとか云うお女中が其方(そっち)から這入っちゃアいけません、此方(こっち)へ往(ゆ)くと其処に泥坊が居りますよと云われた時にゃア私(わっち)アとっちたね、併(しか)しまア彼(あ)の女は天罰で賊に斬殺(きりころ)され、桟橋から投(ほう)り込まれたのでげすが、彼(あれ)も矢張(やっぱり)悪事の罰(ばち)だろうね」
幸「ウン彼奴(きゃつ)も窃盗(ぬすッとう)をする奴だが、お瀧も矢張(やっぱ)りお尋ねものの悪党だから殺されたって却って私(わし)は好(い)い気味ぐらいに思って居(お)るが、彼(あ)のお駒と云う小女は誠に可愛そうな事をしたね」
由「そう/\お母(っか)さんが来ておい/\泣いて居た時には、流石(さすが)の私(わっち)も気の毒に思いましたが、おたきの死骸は未(いま)だに知れませんかえ」
幸「まだ知れねえが、多分海へ流されて、天罰だから何処かの岸へ打揚げられ、烏に喙(つッつ)かれるぐらいの事は何うしたってなければならないよ」
 と話をして居ると、唐突(だしぬけ)に一人の老爺(おやじ)が後(うしろ)の襖を開けて這入って参りまして、
老「はい御免下さい」
由「はい……おや旦那、何処かの老爺(おじい)さんが這入って来ましたよ」
老「はい御免下さい……えゝ只今隣の席で承わりましたが、何かソノ村上松五郎と申すものにお瀧と申す者が盗賊に殺されて、川へ投り込まれ、死骸が知れんとか云う事をちょっと承わりましたが、貴方がたは其の松五郎と申すものゝ行方や何か精(くわ)しく御存じの御様子で」
 と問われて両人は恟(びっく)りして互に顔を見合わせ、小声にて
幸「だから無闇に喋舌(しゃべ)っちゃアいけねえてんだ、掛合(かゝりあい)に成るよ、此の事に付いて一昨年(おとゝし)大変に難儀をした者があるんだよ」
 由兵衞は胸は早鐘、どぎまぎしながら此方(こちら)に向い両手を突き、
由「へえ入らっしゃいまし、私共(わたくしども)は何も知って居(お)る訳じゃアありませんが……ちょいと只今……へえ人の噂を聞きまして、ちょいとおちゃッぴいを致しましたので、精しく知ってると云う訳じゃアありません、只人の噂を聞きましただけの事で」
老「それでも何かお瀧と云うものを尊宅(あなた)へお連れ帰りなすって、目を掛けお使いなすった処が、其の者が案外盗賊(どろぼう)で、これこれいうお尋ね者ゆえ、あゝ云う死様(しによう)をするのも天罰だと仰しゃったが、貴方は何方(どちら)のお方さまか知りませんが、お瀧を奉公人にでもしてお使いなすった事でございましょうが、仰しゃって下さいませんと、私(わたくし)の方に些(ちっ)と困る事がありまするので、何卒(どうぞ)お隠しなさらず仰せ聞けられて下さい」
由「これは驚きましたなア……」
幸「お前は余りペラ/\喋るからいけないんだ、旅だアな、此様(こん)な処で探偵にでも捕まって調べられると日数(ひかず)がかゝるよ、四万でも二週間程余計に逗留したじゃアねえか」
由「へえ……貴方ソノ何んでげすソノ……ヘエ何んで」
幸「何を云ってるんだ」
由「実はソノ何んでげす、此の旦那が彼(あ)のお瀧という女を正直者だと思召して、田舎から東京(とうけい)へ連れて来て、少しばかり雇人(やといにん)のようにしてお使いなすって居らっしゃると、盗賊(とうぞく)が這入りまして斬殺(きりころ)され、未だに死骸が知れませんのでげすが、貴方もお掛合いてえ訳でございますか」
老「いや掛合と云う訳ではございませんが、少し調べんければならぬ事が有ると云うは、其の村上松五郎と申すものゝ事で」
由「へえ/\/\」
老「何卒(どうぞ)細かに仰せ聞けられて下さい、若(も)し隠し立をなさると何処までもお附き申して質(たゞ)さねばならん事があります」
由「へえ、これは恐れ入りましたなア旦那」

        六十二

幸「お前本当に困るじゃねえか、余計な事を云うからいけねえんだ……何卒(どうぞ)御勘弁なすって」
老「いや貴方が何も私(わし)に謝る訳はないが、ちょっとお姓名(なまえ)だけを承わって置きましょうか」
幸「へえ……」
老「いやさ御姓名(ごせいめい)を一寸(ちょっと)認(と)めて置きたいから」
幸「へえ……真平(まっぴら)御免なすって」
老「何も謝る事はありませんよ、御姓名だけを」
幸「へえ、何う云う何ですか掛合なれば仕方もありませんが、私(わたくし)も彼(あれ)を正道(しょうどう)な女と存じまして、お屋敷ものが零落(おちぶ)れて斯様に難儀をして居るとはお気の毒な事だ、あゝ不憫だと思いまして、多分の金子を出して彼の身請を致し、東京へ連帰って私の妾(てかけ)にして、橋場の別荘へ置きました処が、盗賊が這入りまして斬殺(きりころ)され、いまだに死骸が知れませんので、尤も其の筋へお届けには成って居りますが、お再調(さいしら)べに成りましても当人は助かって居りますか助かって居りませんか、其処は分りませんので、へえ」
老「ムヽー貴方は何と云うお姓名(なまえ)だ」
幸「えゝ私は橋本幸三郎と申します」
老「ムー橋本幸三郎」
 と手帳へ認(したゝ)め、
老「お宿所は」
幸「霊岸島河口町四十八番地で」
老「ウン……貴方は」
由「えゝ私(わたくし)……あの、ヘヽヽ私が何もソノ妾(てかけ)にしたと云う訳でも何でもないので、私は只此の旦那の家(うち)へ時々出這入って御用事を伺うだけの事でげすから、ヘヽヽ」
老「いや精(くわ)しい事を御存じだろうから、仰しゃらんなら私(わたくし)と一緒に同道していらっしゃい、御姓名ぐらい伺うのは当然(あたりまえ)の事だ」
由「へえ……えゝ私(わたくし)は木挽町で」
老「木挽町……」
由「三十六番地で、へえ」
老「御姓名(おなまえ)は」
由「岡村由兵衞」
老「お神楽(かぐら)」
由「お神楽じゃアありません、幾らひょっとこ見たような顔でも……岡村由兵衞」
老「ウン……そこで村上松五郎と申すものゝ行方は慥(たしか)に知れませんか、更に心当りもございませんか」
由「へえ、それは素(もと)より知らん奴でございますから」
老「で、そのお瀧と申すものは慥に賊に斬殺(きりころ)され川の中へ陥(はま)りまして、いまだに死骸も知れませんか」
由「へえ死骸も知れないのでございます」
老「愈々(いよ/\)知れませんか」
由「へい知れませんのでございます」
 と云切ると、襖の蔭で何者か知れませんがワーッと声を揚げて泣出しましたから、由兵衞は驚きましたの驚かないなんて顔色を変えて、
由「あゝー誰か泣きました」
 というと、彼(か)の老人は静かに後(うしろ)を顧(みかえ)[#ルビの「みかえ」は底本では「みりかえ」]り、
老「泣くな/\泣いたって致し方がないから此処へ出ろ、泣いたって何うなるものか、見(みっ)ともない、声を出して泣くなんて男らしくもない、何んだ」
由「旦那、まだ誰か居るんで、此の人は年寄だから何んでげすけれども、若い人が出て来ると大きに怖いような訳ですが……誰(たれ)かいらっしゃいますので」
 と云って居る処へ泣きながら出て参りましたのは、今年十三に成りまする布卷吉と云う小僧だから大きに安心を致しました。
由「子供なら安心を致しました……が何ういう訳でお泣きなすった」
老「はい……此者(これ)は私(わたくし)の秘蔵(ひそう)な孫でございますが、松五郎お瀧の行方を探して居(お)る身の上で、此者が両親と申すものは其のお瀧松五郎ゆえに非業な死を遂げましたのは、此者が七歳の折でございますが、何うかして両親の敵を討ちたいと子心にも心掛け、奉公中暇(いとま)を取って立帰り、其の者を取押えて、手に合わんときにはお上のお手を借りても親の仇(あだ)を討ちたいと心掛けて居ります、処が敵と狙うお瀧めが今お話の通り死骸も知れんように成ったと承わり、残念に存じまして此者が泣きましたので」
由「へえー御両人は野田の太田屋で隣座敷に居たお方でございますね、此のお子のお父(とっ)さんお母(っか)さんまで非業に殺しましたと、へえー彼奴(あいつ)ア幾人(いくたり)人を殺したか知れねえ」
 と話をして居ますと、唐突(だしぬけ)に隔ての襖をガラリ引開け這入って来たは大きな男で、
男「はい御免なせえ」
幸「はい」
 と何者かと首を擡(あ)げて見ると、筏乗市四郎でございます。

        六十三

 幸三郎も由兵衞も驚きました。
市「えゝ老爺(おじい)さん、お前さんに又此処でお目に懸るてえのは誠に深(ふけ)え御縁かと思ってるのよ……貴方(あんた)は慥(たし)か四万の關善でお目に懸った橋本幸三郎さんてえお方でげしょう、裁判沙汰になって警察へも毎度出ましたが、毎(いつ)もまアお達者で」
幸「これは思い掛けない、親方で、由さんソレ筏乗の市四郎さんだよ」
由「これは何うも御機嫌宜しゅう……先刻(さっき)もちょいとお噂を致しましたが、是れは何うも……今度は首捻(ねじ)りじゃアないのでしょう」
市「いや貴方(あんた)は由兵衞さんとか仰しゃったね……あの折は永(なげ)え間お目に懸り、また帰り際には飛んだ御馳走になりまして、何んとハアお手当をね沢山に遣ってくれろと云って下すったが、彼(あ)のお藤さまと云う御新造が堅い人だもんだから中々受けませんだったが、彼の後(のち)私(わし)も時々参りますがね、何時でもハア貴方のお噂ばかり致して居りやすだ」
幸「いや何うも誠に思い掛けない事で、そして親方は何方(どちら)へ」
市「なに関宿まで参りやしたが野田の祭を見ようと思って往(い)くと、此の老爺(じい)さんが此の子に意見しているのを私(わし)が隣座敷で聞くと、此の子が、田宮坊太郎の講釈を聞いてから急に敵が討ちたくなったから、お祖父(じい)さん暇(ひま)を取っておくんなせえと云うと、此の老爺(じい)さんが今の世の中には敵討は無(ね)え事だ、其様(そん)な事をすると汝(われ)が御処刑(おしおき)を受ける、駄目だから止せてえと、御処刑を受けても殺されても、己(おら)ア死んだ両親の恨みを晴らさねえば子の道が済まぬと云うのを聞いて、私は隣座敷で胸が一杯になって涙を飜(こぼ)しながら聞いて居やした、それから汽船へ乗ると船で会い、また此処で一緒に成るとは何とまア深(ふけ)え御縁かと思ってるだ、併(しか)し其の相手の村上松五郎てえ奴は、旧(もと)ア侍(さむれえ)だと聞いてるから、此様(こん)な小せえ子に敵の討てる訳もなしするから、若(も)し剣術でも習いてえなら、私の御主人筋の人が剣術が偉(えれ)えから其処(そけ)へ往って稽古をさせてよ、自分で敵を討たねえまでも剣術が習いたくば其の人に頼んで、お前(めえ)の志を話したら、あゝ感心な訳だ、己(おら)ア家(うち)に置いて剣術を教えてくれべえと云って、引取ってやろうと仰しゃるに違(ちげ)えねえから、己(おら)アお前(まえ)を其家(そこ)へお連れ申そうと思って、入らざる事だが、十二や十三で親の敵を討とうてえ心が感心だから、愈々(いよ/\)てえ時にア頼まれやしねえが己(おれ)も助太刀に出て、その松五郎てえ奴の首でも捻ってやろうと思うんだ」
由「ヘエヽ昨日(きのう)野田の太田屋でソレ申し貴方、隣座敷に居たのは老爺(じい)さんと此の子でございますか、それを聞いて此の市四郎さんが御親切な親方ゆえ……首捻(くびねじ)りは恐入りましたが、お力がありますからね、そう云う奴の首は捻(ひね)っても宜(い)いんでげすからね」
幸「へえー成程妙な訳で」
市「私(わし)も是れから帰り掛けにちょっくら顔を出さねえばなんねえが、此の瑞穂野村(みずほのむら)てえ処に万福寺(まんぷくじ)と云うお寺があるんだ、其処にもと九段坂上に居た久留島修理(くるしましゅり)さまてえ方が田地を買って、有福(ゆうふく)に隠居をなすって在(い)らっしゃる。其処にね橋本さん貴方(あんた)が伊香保で世話アして上げたお藤さまが女隠居になって居るだ」
幸「へえー、そりゃア何うも思い掛けない事で……何んでげすか、一時は谷中の団子坂下に入らっしゃる事を聞きましたが、それじゃア此の頃では田舎へ引込(ひきこ)んで入らっしゃるのですか」
市「久留島さまと少々御縁引(ごえんびき)であるから、己(おら)ア方(ほう)へ来るが宜(え)えと引取られてるんだそうだが、御亭主も妹も去年お死去(なくな)りなすって、久留島さまが引取って、小せえ家(うち)へ這入(へい)り、田地を買って楽にしてお在(いで)なさるが、私(わし)も久留島さまへ出入(では)いるから、彼(あ)れが御縁になって時々お藤さまを訪ねると、先方(むこう)さまでもやれこれ仰しゃって下さるから、私もハア時々機嫌聞きに往(い)くと、種々(いろ/\)結構な物を戴きやすが、其の度(たび)に伊香保で癪を起して種々お世話になったが、彼(あ)の橋本さんの御恩は忘れられねえって貴方(あんた)の事ばかり云ってますぜ……どうせ館林へ出て足利まで往(ゆ)くのなら、瑞穂野へは通り道で遠くもねえから、私と一緒においでなさらねえか」

        六十四

由「へえー何うも是れは思い掛けない事で、矢張(やっぱり)これは御縁があるのでげす、彼(あ)の時から岡惚れをして居たので、いまだに忘れないで居て、貴方が会うとまた尚お惚れますぜ」
幸「止しねえな」
由「親方是非是れはお供を願いたいもので、此の旦那は大変な御親切な方で、彼(あ)の御新造がお癪を起した時などは大骨折りで、御介抱をなすって寝ずに撫(さす)って上げなすった位で」
幸「其様(そん)な事はありゃアしない」
由「なに……此の坊ちゃんの剣術習いや何(なん)かもありますから私共も共々に往って願いましょう」
幸「余計な事を云いなさんな……私(わたくし)も誠に久し振でお目に懸りとう存じますから、何うか御案内を願いたいもので」
市「えゝ参りましょうが今夜は最う遅いから明日(あす)の事に致しましょう」
 と是れから酒を酌交(くみかわ)せ、橋本幸三郎が彼(か)の老人にも御馳走を致し、翌日腕車(くるま)で瑞穂野村なる万福寺へ参って見ると、樹木繁茂致し、また一面に田畑も見晴しの好(よ)い処で、生垣にてちょっとした門形(もんがた)の処(とこ)を這入りまして、
市「はい御免なさい、御免なせえ、何んとか云ったっけお女中……」
女中「はい……おやおいでなさい……旦那、彼(あ)の筏乗の市さんと云う方が参りましたよ」
修「然(そ)うか……おゝ能く出て来たなア、堅いから時々訪ずれてくれて誠に忝(かたじ)けない……さア此方(こっち)へお出で」
市「これは殿さま、其の後(のち)は誠に御無沙汰を致しやした、ちょいと上らねえばなんねえが、遂々(つい/\)御無沙汰になりまして相済みません」
修「此の間は結構な茸をくれて大層旨かったが、今は初ものだのう」
市「然うかね」
修「今日は何処へ」
市「なに関宿まで参(めえ)りやして、野田へ廻ったり何かして、蒸汽で川俣まで[#「川俣まで」は底本では「川俟まで」]参りまして雨に降られやしたが、でけえ雷鳴(かみなり)で驚きやした、今朝は腕車(くるま)で此処まで参りました」
修「道理で大層早いと思った」
市「えゝ殿さま、今日私(わし)イ貴方(あんた)に折入って願(ねげ)えがあって参(めえ)りやしたが、貴方何うかお庭で剣術ウ教えて下せえな」
修「何んだえ、唐突(だしぬけ)に剣術を教えてくれてえのは」
市「へえ……お前(めえ)さまマア此方(こっち)へ這入んなせえ……旦那さま此の子でござえますが、まア年齢(としイ)いかねえけれども剣術を習いてえと云うだ」
修「はい/\、さア/\此方(こちら)へお這入り、おゝ大分(だいぶ)人柄な可愛らしい児(こ)だが、今の世の中で武芸を習ったって廃(すた)れもので無駄だが、マア何う云う訳で」
市「何でもハア嗜(すき)で習いてえので」
修「ムヽー……何処の者だえ」
市「おい老爺(おじい)さん此方(こっち)へ這入んなせえ」
老「はい御免下さい、えゝお初にお目に懸ります、手前は足利在江川村と申します処に住み、微かに暮す奧木佐十郎と申す者であります、お見知り置かれまして己後(いご)御別懇に願います…えゝ此の子は私(わたくし)の孫でございますが、武芸を習いたいと云う心掛けで、実は是れまで商家へ奉公させて置きましたが、強(た)って武芸を習いたいと申すので、主人方の暇を取り連れ戻る途中において、不図(ふと)した事にて此の親方にお目に懸りました処、これ/\の殿さまが当時御隠居なすって在(いら)っしゃるから、剣術を教えて下さるように願ってやろう、と此方(こなた)の勧めに任せて御無理を願いに参りましたが、何卒(どうぞ)お手許(てもと)へお置き遊ばして、お役にも立ちますまいが、使い早間にお使い下され、お暇の節には剣術を教えて下さるように願いとう存じます」
修「是れはお前の子か」
佐「いえ孫でございます」
修「左様か、妙だなア剣術を習いたいというのは……老爺(おじい)さんは矢張(やっぱ)り商人かえ」

        六十五

佐「へえ只今では機屋を致して居りますが、前々(ぜん/″\)はヘヽヽ戸田釆女匠(とだうねめのしょう)家来で」
修「あゝ足利の、左様かえ……矢張(やっぱり)武士の家に生れた子供だけあって、剣術を習いたいと云うは妙だな」
市「へえ妙でござえます、尤も是には種々(いろ/\)訳もありますが、パッとなっちゃア此の子の望(のぞみ)も叶わねえ訳でごすから申しませんが、まアお手許へ置いて使って下せえまし、流石(さすが)の私(わし)も魂消(たまげ)て泣(ね)えたねえ」
修「はアー……其方(そなた)が泣いた」
市「へえ、後日(あと)で分りますが、さアと云う訳になって、アヽ然(そ)うかてえば貴方(あんた)も泣かねえばなんねえ」
修「はてね、何う云う理由(わけ)で私(わし)が泣かなければならんか」
市「何う云う訳って……云えばなア老爺(じい)さま……訳は云えねえが置いて下すって無闇に剣術を教えて下せえまし……お前(めえ)も遠慮しちゃア駄目だから、旦那さまのお暇の時には一本願(ねげ)えますって、宜(い)いか、私(わし)も筏乗で力業(ちからわざ)ア嗜(すき)だから時々来て一緒にやる事もあるから……旦那さま実に此の子ぐれえ感心な者はありませんよ、私イハア胸え一杯(いっぺえ)になりやしたが、貴方(あんた)も屹度泣くよ……それからアノ御隠居さまは相変らず御機嫌宜しゅうござえますかえ」
修「ウン藤か、ハヽヽ藤や、ちょっと此処へおいで、市四郎が来たから」
 と云われてお藤は奥より出て参り、
藤「おやまア能く出ておいでだ、毎度尋ねておくれで誠に有難う」
市「はい御機嫌宜しゅう……何時もお若いね御器量の善(い)いてえものは違ったもんで、今日は貴方(あんた)の大嗜(だいすき)な人を連れて来ましたよ」
藤「妾(わたし)の大嗜な……兼吉(かねきち)という百姓かい」
市「あ、なに……さア貴方(あんた)此方(こっち)へお這入りなせえましよ」
幸「是は何うもお懐かしゅうございます…」
藤「おやまア…何うも……由兵衞さんも」
由「へえ、マ有難い事で、是まで貴方のお噂たら/″\でげすが、斯う云う処にいらっしゃろうとは些(ちっ)とも知りませんで、昨夜(ゆうべ)も今日も先刻(さきほど)までも貴方のお噂が漸々(よう/\)重なって、ポンと衝突(ぶッつ)かって此処でお目にかゝるなんてえのは誠に不思議でげすが、些ともお変りがありませんな」
市「へえ、なに是には種々(いろ/\)深い訳もありますけれども、其様(そん)な事は構わないで……昨日(きのう)図らず一緒になって、貴方(あなた)の話をしたら何うかお目にかゝりたいと仰しゃって、どうせ足利まで往らっしゃるから通り路の事ゆえ、私(わし)が御案内をしてお連れ申して来やした」
藤「さア何卒(どうぞ)此方(こちら)へ……あなた、何時もお話を致しますお方で」
修「ウン、成程伊香保で御懇命(ごこんめい)を蒙(こうむ)った……是は始めて御意得ます、予々(かね/″\)此の者からお噂ばかり聞いて居りますが、此者(これ)は私の姪筋(めいすじ)に当る者でござるが、不幸にして男縁がなく、許嫁(いいなずけ)見たようなものもありましたが、不縁になったり、其の者が死にましたり、種々(いろ/\)理由(わけ)がありまして、年若の者を女隠居とするも不憫なれども、再縁致す了簡がないと申して独身(ひとり)で居りますが、常々貴方のお噂ばかりで……成程橋本さんは大分好(い)い男で」
幸「ヘヽヽ恐入ります……」
由「いえ是は旦那さま、橋本さんの男の好いのは東京中の評判で大変なもんでげす、昨晩の段鼻の女などは此の旦那に何(ど)のくらい惚れたか知れません、跡を附けて来るてえ処(とこ)を宜(い)い塩梅に遁(のが)れて来ましたが、へばり附いてゝ弱りましたっけ」
修「幸三郎さんは慥(たし)か霊岸島辺にお在(いで)になって、其の頃はお独身(ひとかた)のよう承わりましたが、只今では御妻君をお迎えになりましたか」
幸「へえ未だ縁なくして独身(どくしん)で居ります」
修「ムヽー……私の姪に当る此のお藤ねえ、日頃貴方の事ばかり誉めて居ますが、少し年は取って居りますけれども、貴方此娘(これ)を貰ってくれませんか」
幸「ヘヽヽ御冗談ばかり仰しゃって、恐入ります」

        六十六

修「いえ若いのに未(いま)だ男の味知らず、是なりに隠居をさせるのも惜いもので、文明開化の世の中だのに昔気質(むかしかたぎ)に後家を立て通すの、尼に成るのと馬鹿なことを申すから、旧弊な私でさえ開けぬ女だと意見を云うて居る位で、尤も別に支度はない、貧乏士族だから心に任せんが、少しは田地を買って持って居ます」
幸「へえ、然(そ)うなれば私(わたくし)も嬉しゅうございますが、余りお手軽で殿さま御冗談ばかり仰しゃって、私のような町人風情(ふぜい)へ」
由「旦那ア遠慮をしちゃアいけませんよ、是は自然にちゃんと斯う云う事に出来て居るんでげす……、え、由兵衞申上げますが、これは出雲の神さまが御縁を八重に結んで、伊香保結び四万結びこま結びてえ事になってるんでげすから、是は是非願いましょうじゃアありませんか」
修「今直ぐと云う訳ではない、貴方も旅の事だから何(いず)れ又改めて私(わし)がお話に出るで、是は只ほんの下話(したばなし)だけで」
由「いえ下話より上話(うわばなし)に願いたいもので、是は何うか」
修「然うなれば誠に芽出度い」
 と云われると、お藤は慕う人の事ゆえ真赤になりましてモジ/\為(し)ながら、
藤「私のような不束者を其の様な事を仰しゃって橋本さん…」
 と云う中(うち)に自然と情の深い処が顕(あら)われます。此方(こっち)も貰いたいから話も早くおッ附きました。
修「何れ改めて私(わし)が出る」
 と其の晩は此家(こゝ)へ一泊致し、翌日一方(かた/\)は足利へ立ちましたが、これも奇縁でございまして、改めて久留島修理殿が東京(とうけい)へ出て参り、橋本幸三郎の母に会って右の縁談を申入れると、
母「それは幸いな事で、何うか願います」
 と幸三郎の母も異議なく承知を致しました。
 さてお話別れまして、伊香保に永井喜八郎と云う大屋がございます、夏季(なつ)は相変らず極(ごく)忙がしい処(とこ)でございます。此方(こっち)の三階はずーッと長く続(つな)[#ルビの「つな」は底本では「つなが」]がって、新座敷が玄関の上の正面に出来て居ますが、普請は中々上等で、永井喜八郎の宅(うち)の湯殿も綺麗で機械にて水を吹出して居ます。入浴した後(あと)で水にかゝり、風を引かんようにまた入浴致します方法を、加賀病院の岡先生が覚えてから湯殿も新しく出来、誠に繁昌な家(うち)でございます。此家(こゝ)の三階の角座敷に来て居りますのは前橋の商人で、桑原治平と云う男で、年齢(とし)四十五に相成り、早く女房に別れ、独身者で、年中間(ま)さえあれば馴染も有りますから冬でも寒湯治(かんとうじ)と云うて参ります、独身で鞄を提げて参り、暫く保養して、また横浜へ往(ゆ)き、儲かると[#「儲かると」は底本では「儲かるとは」]伊香保へ参り、芸者も買い飽き二階に寝転んで頻(しき)りと新聞を読んで居りますと、ガラ/\と向(むこう)の二階の障子が開きましたから、ふと見ると、年頃廿六七にも成りましょうか色のくっきりと白い、鼻梁(はなすじ)の通りました口元の可愛らしい、目許(めもと)に愛のある、ふさ/\と眉毛の濃い好(よ)い女で、何(いず)れの権妻か奥さんか如何にも品のある方で、日に三度着物を着替るが、浴衣によって上へ引掛(ひっか)ける羽織が違うと云うので、色の黒い下婢(おんな)が一人(いちにん)附いて居ります。年は三十一二で其の下婢が万事切盛(きりもり)を致して居ります。
治「あゝ好(い)い女だな」
 と治平は起上り、頻りと彼(か)の女の顔を見て居りますと、女の方でもジッと治平の顔を見詰めて傍(かたえ)を振向き、下婢に何かコソ/\話を致して居りますから、治平も何うも見たような女だと思いながら、また見て居りますと、見られると見返すもので、情が通ずるか先方(むこう)でも頻りと治平の顔を見たり何か致して居ります。

        六十七

 湯場の習慣(くせ)で、運動などを致して居(お)る時には知らん人でも挨拶を致します。
治「お早うございます、好(い)いお天気に成りましたが御運動でげすか……」
 なんて瞞(ごま)かし込み、宜(い)い程に挨拶を致し、終(しまい)には何かお遣物(つかいもの)をしよう、何を遣ったら宜かろう、八崎(はっさき)から幸い好(よ)い鮎が来たから贈りたいものだと云うので、是から大皿へ鮎を入れて二十疋ばかり贈りました。すると先方(むこう)の女からお礼が参りました。葡萄酒の瓶を三本に東京から来た菓子折を持って、
下婢「御免下さいまし」
治「これは入らっしゃいまし、さア此方(こちら)へお這入んなさい」
下婢「先程は結構なものを沢山に有難う存じました、誠に大悦びでございまして、大層お珍らしい美事な鮎で、大層子がありまして塩焼にして召上りましたが、お嗜(すき)でございますから三度も続けて召上る位で、誠に大悦びで在(いら)っしゃいました……此品(これ)は誠に詰らんものでございますが、此のお菓子は東京(とうけい)から参りましたから何卒(どうぞ)召上って」
治「いや是は恐れ入りましたな、斯様な何うも頂戴致すような訳なのではありません、多分に何うも…是では却って鰕(えび)で鯛を釣るような訳で、恐れ入りましたな」
下婢「いえ詰らんお菓子で」
治「お茶を一つ」
下婢「有難う存じます……貴方は何んですか久しく此処に湯治をして在っしゃいますか」
治「ヘヽ僕は間(ひま)さえ有れば、近(ちこ)う御座いますから、来たくなるとスイと参ったり、別に用もない時は大概来て居ります」
下婢「だからお馴染が多いので、皆さんとお話をなさる御様子が……併(しか)し永井の家(いえ)は誠に手当が宜うございますね」
治「えゝ中々好(よ)い家(うち)で、永井一郎という俳諧師で武芸も上手なり、鉄砲も打ったりして有名の人だったが、故人になり、その家内は今の母親(おふくろ)で、今の主人も堅い人でお客を大事に致しますから、此の通り繁昌でげすが、貴方の在っしゃるお二階は結構に出来ましたな」
下婢「本当に当家(こゝ)は客を大切にするが、此の位に致しませんではお客が殖えますまい……貴方はお一方(ひとかた)ですが、御新造をお連れなさいませんのですか」
治「ヘヽヽ私には其様(そん)なものはないので、独身者でございます」
下婢「おや然(そ)うでございますか」
治「ヘー……お宅(うち)は」
下婢「極く野暮な処でございますよ、青山で」
治「へえー東京(とうけい)の青山と申すと四谷の方でございますか」
下婢「四谷とも違いますが、信濃殿町(しなんどのまち)と申しまするので奥さまは未だお若うございますが、御運が悪くって殿さまが御逝去(おかくれ)になりまして、今年で丁度四年の間お一方でいらっしゃいますが、何も御不自由のないお身の上でありますから、お寒い中(うち)は大概熱海の藤屋へ往っていらっしゃいますが、今度は伊香保へ来たいと仰しゃって、箱根へ往らしったり何(なん)かなさいますけれども、箱根のお湯は遊山には宜しゅうございますが、お血の道には当地の方が宜(い)いと云うので、いらっしゃいましたのですよ」
治「へえ、殿様はお逝去に……官員さまで在らっしゃいましたか、何処(どれ)へお勤めなさいましたので」
下婢「何とか云いましたっけえ、お寺見たような名で、アノー元老院とか云う」
治「えゝー成程、左様でございますか、それじゃア上等の官員さまで」
下婢「お実家(さと)はお兄(あにい)さまは銀行の頭取をなすって居らっしゃいますので」
治「銀行、ヘエー前橋にも支店が有りまして御懇意の方もありますが、ヘエー左様でございますか、成程深川でいらっしゃいますかお実家(さと)は」
下婢「あの今晩は月が宜しゅうございますので、裏の方を見ますと流れが見えて、誠に景色が宜しゅうございますから、別段何もございませんが、頂戴の鮎で一口上げたいが、知らない人ばかりでいけないと思ってますと、貴方のお身の上を承わりまするのに、彼(あれ)は前橋の斯う云う身の上のお方だと承知致しまして、彼(あ)のお方なればって、奥さまも御退屈ですから何卒(どうぞ)入らしって下さいまし」
治「それは誠に有難う……ヘエ是非出ます、屹度参ります」
下婢「屹度お待ち申して居ります、左様なら」
 と云い捨てゝ出て往(ゆ)きました。

        六十八

 桑原治平は嬉しいので逆(のぼ)せ上りました。別嬪に一献(こん)差上げたいから来て下さいと云われたのでありますから、治平は是から急に髪を刈込み、髯(ひげ)を剃り、お湯に這入り、着物を着替え、大装飾(おおめかし)で正面の新座敷へ参り、次の間から、
治「へえ御免下さいまし」
下婢「おや入らっしゃいまし」
女「まア宜く入らっしって下さいました、先程は結構な物を沢山頂戴致しまして、何ともお礼の申上げようがございません」
治「何う致しまして、却って詰らんものを上げ、結構なものを戴きましたから、私(わたくし)は徳を致したような勘定で相済みません」
女「さ、座布団へ」
治「オヤお構いなすってはいけません、私(わたくし)はヘヽ前橋の田舎者(いなかもん)でございますから、東京(とうけい)のお菓子は大層結構で」
女「いえ、何ういたしまして……今日は何もございませんが、当地の名物だと申しますから、瓜揉(うりもみ)と胡麻豆腐だけを取りましたから、さア一口召上って」
 と酌をする。
治「これは恐れ入りましてございます、向山の名物で……先程お女中から種々(いろ/\)お話でございましたが、殿様は飛んだ事でございました」
女「いえ最う過去(すぎさ)りました事で、今はもう諦めて仕舞いました、ト申すと何か不実なようでございますが、去る者日々に疎しとやらで、漸々(よう/\)忘れてしまいましたが、深川の方に少々身寄が有りますので」
治「左様でございますか、併(しか)し未だお若いのにお独身(ひとり)で在(いら)っしゃるのは惜(おし)い事で、まだ殿様は四十代でいらっしゃいましょう……へえ頂戴致します」
女「誠に失敬ですが、何うぞお喫(あが)り下さいまし」
 と献(さ)いつ酬(おさ)えつ酒を飲んで居る中(うち)に、互に酔(えい)が発して参りました。彼(か)の女は目の縁(ふち)をボッと桜色にして、何とも云えない自堕落な姿(なり)に成りましたが、治平はちゃんとして居ります。
女「大層畏(かしこ)まって在(い)らっしゃいますこと、何卒(どうぞ)お膝をお崩し遊ばして」
治「いえ大層酔いました」
下婢「宜(い)いじゃアありませんか、まア御緩(ごゆっく)りなすっていらっしゃいましよ…奥さん私はお湯に這入るのを忘れましたから、ちょいとお湯に這入って参りますから」
女「じゃア文(ふみ)や這入っておいで、其処に石鹸(しゃぼん)があるから持っておいで、それは私の使いかけで入らぬから」
下婢「はい…それじゃア貴方御免遊ばして」
 と好(い)い程に其の場を外して下婢(かひ)は下へ降りて仕舞いました。治平は少し色気がありまして、何となく間が悪いから煙管で腮(あご)の処を突衝(つッつ)いて見たり、くるりと廻して頬辺(ほッぺた)へ煙管の吸口を当てたり、ポン/\と叩いて煙草ばかり喫(の)んで居ります。
女「貴方は何でございますか、前橋の何と云う処で」
治「ヘヽ竪町と云うごた/\して居ります処で」
女[#「女」は底本では「治」]「お盛んな大層好(い)い処だそうで……貴方は御新造さまをお連れ遊ばしませんのですか」
治「家内は無いのです、手前の妻(さい)は五年前(ぜん)に歿しまして、それからは独身(ひとりみ)で居ります、へえ、至って手狭ではありますが、些(ちっ)とお立寄を願いとうございます」
女「はい……まだ私は参った事はありませんから一度見物したいと思って居りますが、お寄申して万一(ひょっと)奥さんか又権妻さんでもいらしって、お悋気(りんき)でもあるとお気の毒だと存じまして」
治「いえ家内は全く無いのでございます、尤も世話をして呉れるものもありましたが、長し短かしで何うも善(よ)いのがありませんから独身(どくしん)で居りますが、却って気楽でございます」
女「それはマア好(よ)いお身の上で……貴方のようなお方の御新造になる方は本当にお仕合せで」
治「へゝ、なに仕合せでもありますまい、何うもヘヽ誠に不粋な人間で何も心得ませんからなア……貴方さまもお一方で、お子供衆(しゅ)はございませんか」

        六十九

女「はい子供はございません、親類が深川に居りまして、これが銀行へ出ますので、私は其の方(ほう)へ引取られて参るより他に仕方のない身の上でございますが、疾(と)うッから嫁付(かたづ)け/\再縁しろと申しまして、兄が申すには官員は忌(いや)だから遣らない、商人(あきんど)が一番好(い)いが、何(な)んなら他県で堅い商人であって、横浜へ来て取引をするような田舎の商人の方が、田地なども持って居て身代が堅いから、然(そ)う云う処へ縁付けたいと夫(そ)ればかり申して居りますが…何処かに好い口があったら縁付けると兄が申すので」
治「へえーなアる程……実は東京(とうけい)も盛んな処(とこ)でげすが、また手堅い処(ところ)へ参っては田舎の方が手堅うございますからな、へえー成程お世話ア致しましょうか」
女「お世話たって私のようなものですから、誰(たれ)も貰ってくれる人がありませんもの……貴方は本当に奥さんがありませんか」
治「本当にありません、真実でげす、本当にないから無いと申上げましたので」
女「貴方はまアお調子が好過(よす)ぎますよ……ま一杯お酌を致しましょう……何んですね……私の様なものだってサ、本当に貴方のような結構なお身の上はありませんね」
治「なに余り結構じゃアございません」
女「巧く云っていらっしゃるよ」
 と治平の手首を握るを振払い、
治「ヘヽエ御冗談なすっちゃアいけません」
女「好(い)いじゃアありませんか、貴方本当にお独身(ひとかた)ですか」
治「へえ……」
女「私は当家へ参りましてから、貴方の在(い)らっしゃるお座敷ばっかり見て居りましたことを御存じですか」
治「ヘヽ何かどうも、飲酔(たべよ)いまして誠にどうも」
女「飲酔ったっても私は嘘は云いませんが、貴方は本当にお罪だと思いますよ」
治「其様(そん)なことを仰しゃると、私(わたくし)は田舎者ですから本当に為(し)ますよ」
女「嘘にされると却って腹が立ちますが、私のようなものでも貴方本当に貰って下さると仰しゃるなら、直(すぐ)に兄の方へ話しを致しますが、本当ですか」
治「奥さん本当だって……貴方はそりゃア真実に仰しゃるんですか」
女「私に嘘はありませんが、貴方(あんた)が真実なら何うか確(しっ)かとした貴方のお心の証拠が見とうございます」
治「心の証拠と仰しゃっても別に何もありません、と云って、まさか髪を剪(き)るの指を切るのと云う訳にも往(ゆ)きませんが」
女「女の口から此の様な事を云い出すは能々(よく/\)の事ですからよう」
治「ようたって……私(わたくし)にも何うして好(い)いか分りません」
女「何うしてって、貴方(あんた)のお心の証拠をさ」
治「いえ決して私(わたくし)は嘘を吐きません、神かけて嘘は云いません、若(も)しお疑りなさるなら、書付でも何んでも証拠を上げます、へえ」
女「本当に貴方(あんた)然(そ)うなんですか」
 と少ししなだれ掛る途端にガラリと障子を開け、スーッと立った男は鬚(ひげ)の生えて居る、眼のギョロリとした、鼻の高い、年紀(としごろ)三十四五にも成りましょうか、旅行(たび)洋服で、一方の手には蝙蝠傘とステッキとを一緒に持ち、片手には鞄を提げて居るを見て治平は驚きましたから、俄(にわ)かに飛退(とびの)き両手を突き、
治「これは入らっしゃいまし……何方(どなた)かお客さまが」
 と云われて女も驚きまして飛退きますと、
男「此の始末はマア何う云うもんか、呆れて仕舞(しも)うたなア……僕が僅かに十日許(ばか)り東京(とうけい)に参って居た留守の間に、隠し男を引入れるとは実に怪(け)しからん事じゃ……これ密夫(みっぷ)貴様は何処の者(もん)じゃ」
 といわれて治平は「はてな此の人は銀行に出ると云った阿兄(あにき)か」と思いましたが、彼(か)の女に向い、
治「此れは何処のお方で」
女「はい、貴方に対しては誠に済みませんが、私の良人(つれやい)でございますよ」
治「えゝ……御亭主」
 と治平は真青(まっさお)になりブル/\慄え出すを見て、ガラリと鞄を投(ほう)り出し、どたアりと大胡座(おおあぐら)をかいて、隠(かくし)からハンケーチを取出(とりいだ)し、チンと涕(はな)をかんで物をも云わず巻煙草に火を移し、パクーリ/\と喫(の)みながらジロリ/\と怖い眼で治平の顔を見るばかり、此の時桑原治平の驚きは一方(ひとかた)なりません。此の者は谷澤成瀬(たにさわなるせ)と申す青山信濃殿町の官員でございます。

        七十

 彼(か)の洋服打扮(ようふくでたち)の人がスッと這入って来ました時には、桑原治平も驚きました。丁度今風呂に這入って来ましたお文と云う女中が、湯から上って来て此の体(てい)を見て恟(びっく)り致し、一旦座敷へ這入ったが次の間から再び出かゝるを目早く見付け、
成「コラ/\……コラー何処へも往(い)かんでも宜しい、其処に居れ、跡をピッタリ閉(た)って其処に坐って居れ……さ高(たか)これは何うか、ウーン此の始末は何う云うもんじゃ……貴方は何処の者(もの)じゃ、えゝ……貴公は何(いず)れの者か姓名をお聞き申したい、僕は東京(とうけい)青山信濃殿町三十六番地谷澤成瀬と申すものじゃが、貴公の姓名をお聞き申そう」
治「へえ/\手前は前橋竪町の商人桑原治平と申します」
成「コレ高、己が五日か十日の間東京へ往ってる間(ま)に斯う云う密夫を引入れて、此の為体(ていたらく)は何う云うものか、実にどうも何とも何うも言語道断の仕末じゃアないか、お前は僕に斯(か)くまで恥辱を与えたからには、僕も此の儘では捨置く訳にはいかん」
高「はい重々私が悪うございますけれども、此の治平さんと云うお方には些(ちっ)ともお咎(とが)はないので……貴方の有る事を申せば遊びにも入らっしゃいませんから、私は孀婦暮(やもめぐら)しのものだ、亭主はない身の上だと申しましたから遊びに入らしったのでございます、が、何も訝(おか)しい事のあったと云う訳ではございません、併(しか)し斯うなる上は何も彼(か)もお隠し申しは致しません、実は私も此のお方を嗜(す)いたらしい好(よ)いお方だと思いました了簡の迷いから、私の方で無理に入らしって下さいとお勧め申して引入れたのでございますから、此のお方には少しも悪い事はありません、重々私が悪いのですから、貴方の思召通(おぼしめしどお)りお手討にでも何でもなすって下さいまし」
成「ムー……それは女の方が悪いのじゃろう、訝しな眼遣いをするか、私の方へおいでなさいと云うか、何か怪しからん挙動(そぶり)がなければ、そりゃア男の方から無闇に主有る女の処(とこ)へ這入って来るものではありません……じゃが仮令(たとえ)婦人の方で此方(こっち)へ来いと招いても、主ある者と席を倶(とも)にすると云うのは、治平殿貴方(そなた)も心得てなすったので有ろうが、君も前橋では立派な商人(あきゅうど)じゃと云う事だが、実に此の上ない不品行な事じゃアないか」
治「へえ…それでは貴方が此のお方の御亭主さんで」
成「左様」
治「これは何うも心得ませんでしたが、奥様(おくさん)の仰しゃるには御亭主はない、とこう仰しゃってでございました……がそりゃア困りましたね、何うも貴女(あなた)、然(そ)う云う嘘をお吐きなすっては私が迷惑いたしますからな」
成「今に成って兎や角云ったとて跡へは還らん事じゃのう、僕は詰らん者でも、マ幾らか官職を帯びて居(お)る者(もん)じゃ、亭主の留守には宅に居る下男といえども、家内と席を倶(とも)にせんと云うのが女子(おなご)の道じゃ、然(そ)うなければ家事不取締の譏(そしり)は免がれん事じゃ、僕も御用に付いて他府県へ出張する事もあり、又は洋行をもする、其の長い間、三年でも五年でも僕の留守中まさか禽獣(とりけだもの)じゃアなし、鎖で繋ぎ置く事も出来ん、併(しか)し斯う云う心掛の悪い女子(じょし)なれば、僕じゃとて決して連添って居(お)る事は出来んから即刻離別して、戸籍は後(あと)から送る事に致そうが、マ何うも主ある身の上でありながら、密夫を引入れるなどと云う事がありますか、左様な事を知らん其方(そなた)でもあるまいが、余程此の人を想うて居(お)るに相違ない……治平殿、此の高と云う女を引取り、女房にして遣る心か、但し斯う遣って遊びに来て居(い)る中(うち)の慰みものにする気か、亭主のあるものとは知らんと云いなさるが、風体(ふうてい)を見たって大概分ろう、是が茶屋女や芸者じゃアなし、宿帳(しゅくちょう)を検(あらた)めんと云うのは不都合じゃアないか、併し貴公も手を出したからには万更(まんざら)気に入らん訳でもあるまいから、真に貴公の妻(さい)に致して呉れるなら、改めて僕が離別して実家へ沙汰をするから、貴公の方で此婦(これ)の実家へ貰いに往(い)けば話も早く纒(まと)まって、少しも手間の要らん事(こっ)ちゃ、見合も何も要らん訳じゃが、何うか」

        七十一

治「へえ…左様でございます、貴方の方で全く愛想が尽きて御離縁に成りまして、此の御内室が御実家へ帰る事になれば、此の方から御実家へ話をしてお貰い申すかも知れませんが、何も枕を並べた訳じゃアございません、其処へお帰りがあって私を密夫に落されては甚だ残念でがすからな」
成「残念だって女の首筋へ手を掛けて抱締めた処(とこ)へ僕が帰って来て、障子を開けたればこそ離れたのであろうが、然(そ)う云う事を云って何処までも情を張れば、止むを得ず公然(おもてむき)にするばかりだ、けれども然(そ)んな事を為(し)ちゃア僕も此の上ない恥辱じゃから、敢(あえ)て好みはせん、好みはせんが貴公の出ように依って之を公然(こうぜん)にすれば、云わずと知れた重禁錮、貴公に土を担(かつ)がせる事を好みはせんが、止むを得ん、何うだえ」
治「へえ……私も決して好みは致しません、何うかソノ内分(ないぶん)のお計(はから)いが出来ますれば願いたいもので」
成「ウン然うせんければ僕も実に此の上ない恥辱じゃアないか、若(も)し此の事が人の耳に這入って、明日(あす)にも新聞紙上へでも出るような事があっちゃア僕も勤(つとめ)は出来ず、何うしても職を辞さんければならんから、今霄(こよい)の中(うち)直(すぐ)に僕は此者(これ)を一旦連れ帰って、前橋から高崎まで下(さが)って、それから実家へ帰る積りだ、離縁のうえ籍を送ったら、治平殿貴公の方へ郵便を上げよう、え解ったかい、え治平殿、就(つい)ては治平殿貴公へちと予が難儀な事を云い掛けるようじゃがな、此の女が僕の処(とこ)へ縁付いて参る折に千円の持参金を持って参ったから、此の者を実家へ帰す折には、何うしても一旦廉(かど)なく公然(おもてむき)離縁をするンじゃに依って、此者(これ)が実兄(あに)深川佐賀町の岩延(いわのべ)という者の処(ところ)へ、千円の持参金に箪笥長持衣類手道具等(とう)残らず附けて帰さなければ成らん、処で今此処に僕は千円の持合せがないし、東京(とうけい)へ帰っても至急才覚も出来んのじゃ、就ては貴公誠に迷惑じゃろうが、其の千円の持参金の処を才覚して、一時(じ)僕に渡してくれんか」
治「へえ千……これは少し驚きましたな、私が千円なんてえ金を中々持っては居りません、えゝ只今手許には二百金程ありますが、ヘヽ二百金で何うか一つ御内々に願いたいもので」
成「いやさ千円取ったって僕が取切る訳じゃアない、一旦佐賀町の岩延方へ渡し、此者(これ)がまた貴公の処(とこ)へ嫁す時に、其の千円の持参を持って往(ゆ)くのじゃ、些(ちっ)とも出すのじゃアない、詰り貴公の懐へ這入るじゃが、然うせんければ事穏(おだや)かに治まらん、内分沙汰に致すのだから一旦然うして、直(じき)にまた其の金(きん)を持って貴公の処(とこ)へ嫁せば宜(い)いじゃアないか」
治「へえ……併(しか)し何うも千円と申しては大金で、何(ど)の様に美人だって、千円出して囲いますような贅沢な事は滅多にございませんからな」
成「いや出せんければ宜しい、無理に出して呉れろとは云わん、僕も君の手から只取るのじゃアない、君は此の女子(おなご)を愛して首へ手を掛けて引寄せるくらいに思うて居(お)るから、一旦君が千円出して遣れば、其の金(きん)を附けて実兄の処(とこ)へ帰すて……のうお高、お前も其の金(かね)を持参としてから治平殿の処(とこ)へ行(ゆ)きなさい、然うすれば宜(い)いじゃアないか」
高「はい……じゃア斯うして下さいまし、貴方(あんた)には済みませんが、若(も)し此処で千円出して下されば、仮令(たとえ)兄が千円出さんと申しましても、私は衣類櫛笄(こうがい)手道具から指輪のような物までも売払い、其の他(た)是まで心掛けて少しは貯えもありますから、貴方お厭でも、マ然うなすって下さいませんか、今になって若し否(いや)だなんと仰しゃいますと私は生きては居(お)られませんから、死にますよ」
成「これは呆れたもんだ……左程まで貴公を想うて」
治「へえ……それでは只今手許にはございませんゆえ、永井喜八郎から用達(ようだ)てゝ貰って参りましょう、毎年(まいねん)参って顔も知って居りますから」
 と云捨て立ちにかゝるを引止め、
成「アこれ何処へ往(い)かっしゃる」
治「へえ、鞄を取りに」
成「いや往かんでも宜しい、硯箱もあるから手紙を書きなされ、鞄の中に千円くらい這入って居ろう……いや隠したっていかん」
治「でも懐中に印形がありませんから」
成「なければ喜八郎を此処へ呼びなさい、下婢(おんな)を呼びにやりましょうから、貴公の手で手紙を書きなさい」
 と硯箱を突付けられ、
治「へえ、宜しゅうございます」
 と治平は手紙を認(したゝ)めて女中に持たして遣りました。

        七十二

 治平が手紙を書いて女中に持たして遣ると、直ぐに永井喜八郎に預けて置いた千四百円這入りました重たい鞄を女中が提げて参りまして、慄えながら怖々に治平の背後(うしろ)から出すを受取り、中より千円取纒(とりまと)めて差出し、
治「えゝ仰せに従い千円の処(とこ)は差出しますが、金は慥(たし)かに受取った、女の処は相違なく貴殿方へ嫁にやると云う確(しか)と致した書付を一本戴きませんでは、何分大金でございますから、ヘイ」
成「お前は分らん事を云う人だな、其様(そん)な証書を取って公然(おもてむき)にする気かい、僕も恥じゃから公然には出来ないし、お前も之を公然にすれば何うしたってそれだけの処分につかなければなるまいから、証書も何も要る話じゃアない、どうせ此の女が金を持って貴公の処(とこ)へ嫁(ゆ)くのじゃアないか、強(し)いて分らん事を云えば公然に為(し)ようか」
治「へえ、成程……詰り私の方へ廻って参りますかな……左様なら何卒(どうか)確(しか)とお受取りを願います」
成「金額に違算(いさん)もあるまいがお前受取るが宜(い)い、早く勘定をしなさい、面倒でも十円札だから造作もない、ちょっと勘定を為(し)なさい」
高「はい」
 と積上げたる札を数えまして、
高「千円慥かにございます」
成「然(そ)んなら鞄へ入れて置きなさい……永う此処に居て、万一他の者の耳へ這入ってもならんし、此の下女も堅い奴と思ったに、斯う云う不始末に及んだが、此の者の口も確と止めなければ相成らん、何にしても何処(こゝ)[#「何処」はママ]に居ては事面倒だから、至急前橋か高崎まで下(さが)るが、貴公此の女を見捨てずに生涯女房にして遣んなさい……またお前も治平殿方へ嫁付(かたづ)いたら、もう斯様(こん)な浮気を為(し)ちゃアならんぜ、己後(いご)斯う云う事をしたらいかんぞ、治平殿から千金と云う大した金を出して貰った位だから、仮令(たとえ)治平殿の方へ再び返るにもせよ、それ程に思って下さる治平殿に不実があってはならんぜ、此の上は心掛けを正しゅうして、能く女子(おなご)の道を守らんければ済みませんよ」
高「今度は何様(どん)な事がありましても、見捨てられても治平さんの処(とこ)は出ません、私は深川の宅(たく)へ帰れば、直(すぐ)に貴方(あんた)の方へ手紙を出しますから、きっと貰って下さいましよ」
治「深川の何う云うお宅(うち)か、ちょっとお書付を願いたいもので」
高「あの、深川佐賀町二十二番地で岩延傳衞(つたえ)と申します」
治「へえ」
 とすら/\ 書いて[#「すら/\ 書いて」はママ]、
治「確(しか)とです、間違うといけませんよ」
高「お前さんの方でこそ間違うと肯(き)きませんよ」
 と是は最う別れだと思うのか、お高は[#「お高は」は底本では「お瀧は」]治平の膝へ手を突いて、もたつきながら涙を拭きます様子を見て、谷澤成瀬も心悪しく思いましたか、苦々しく顔を反向(そむ)けて居りましたが、
成「サ往(い)こうじゃアないか」
 と立上る途端にガラリと障子を開けて這入って来ましたのは、例の筏乗市四郎が今年十五歳になる彼(か)の布卷吉を連れて参り、
市「少し此処に待っておいで……はい御免なせえ、少々お待ちなせえましい」
成「何んじゃ其の方は」
市「私(わし)ア市城村の市四郎てえ筏乗でがすが、貴方(あんた)は村上松五郎さんでございますね」
成「え……イヤそれは人違いだ、僕は谷澤成瀬と申すものじゃ、人違いだろう」
市「いやお前さんは元渋川で腕車(くるま)を挽(ひ)いて居なすった峯松さんと云う車夫だアね」
成「なに……これは怪しからん事を云う、失敬な……車夫とは何んだ、苟(いやし)くも官職を帯びて居(お)る者を……大方人違いだろう」
市「人違(ひとちが)えじゃアねえ……此の奥さんみたような人は慥(たし)か旧(もと)猿若町の芸者で小瀧と云って、中頃前橋の藤本へ来て、芸者に出て居た小瀧さんだアね」
高「な何んですと……まア呆れますね、怪しからん人違いで」
市「いや人違えじゃアねえ、見知り人があるだ……さア此方(こちら)へ皆(みん)なお這入んなすって下せえ」
「御免」
 と云いながら這入って来ましたのは橋本幸三郎で、お瀧も松五郎も見て恟(びっく)り致し、顔の色を変えました。

        七十三

 橋本幸三郎の跡から続いて這入って来ましたのは岡村由兵衞と云う、前々(ぜん/″\)橋本の取巻で来ました男で、皆是が見知(みしり)と成って這入って来たのを見ると、お瀧も松五郎も面体(めんてい)土気色に成り、最早遁(のが)れる路(みち)なく、ぶる/\手先が慄え出しました。
市「さ旦那さま此方(こちら)へお這入んなすって下せえまし」
幸「はい親方此間(こないだ)ア……やい斯うなったらもうお前方は知らねえと云う訳には往(ゆ)くめえ」
市「どうせ駄目な話だから白状して仕舞った方が宜かろうぜ、もう遁れる路はないから逃途(にげど)はない」
幸「やい盗人(ぬすびと)峯松、其方(そち)は何うも大(ふてえ)え[#「大(ふてえ)え」はママ]奴だなア、七年以前に此の伊香保へ湯治に来た時、渋川の達磨茶屋で、私(わっち)ア江戸ッ子でござえます、江戸のお客を乗せれば此様(こん)な嬉しい事はありませんて……ね此の由さんが鞄を忘れたら態々(わざ/\)持って来て見せやアがったから、私(わし)も正道(しょうとう)の人間だと思って目を掛けて、次の間へ寐(ね)かす位にまで為(し)てやったのに、何んだヤイ悪党、鼻の下へ附髭(つけひげ)か何だか知らねえが生(はや)かして、洋服などを着て東京(とうけい)近い此の伊香保へ来て居るとは、本当に呆れちまったな」
由「これは驚きやしたな……おい/\もういけないよ/\、酷(ひど)いじゃアありませんか、お隣座敷に在(い)らしったお藤さまと、お岩さまてえお附の女中まで引張り出して、私達が先へ四万へ往ってると、後(あと)からお連れ申すって取持がった事を云って、折田の山ン中まで連れ出して、お二人を殺したと思っても、お附のお岩さんは殺されたろうが、お藤さまは神が附いてますよ、谷へ落(おっ)こちたって、ちゃんとお助け申す人があって御無事で在らっしゃるんだ」
市「イヤ何うだ、彼(あ)の時に私(わし)が筏の上荷拵(うわにごしら)えをして居た処へ、山の上から打(ぶ)ち落ちて来た婦人が藤蔓の間へ引懸って髪の毛エ搦(から)み附いて、吊下(ぶらさが)って居た危(あぶね)え処(とこ)を助けて、身内に怪我はねえかと漸々(だん/″\)様子を聞くと、私が元三の倉に居た時分、御領主小栗上野さまのお妾腹(てかけばら)のお嬢さまと分ったので、私も旧弊なア人間だから、まア宜(い)い塩梅に助かったって、婆(ばゞあ)とも相談のう打(ぶ)って、然(そ)うして久留島さんまで送り届けて、直(すぐ)に四万へ追掛(おっか)けて往って掛合をしたが、其の時此の野郎を踏捕(ふんづか)めえれば宜かったアだが……汝(うぬ)此処へ来やアがって何んだえ化けやアがって、官員さまのお姓名(なめえ)を騙(かた)って太(ふて)え野郎だ……これ此処にござる布卷吉さんと云うのは、年イ未だ十五だが、偉(えれ)えお人だ、忘れたか、両人(ふたり)共によく見ろ、此のお子が七歳の時汝(われ)が前橋の藤本に抱えられて小瀧と云ってる時分、茂之助さんが大金を出して身請えすると、松五郎てえ悪足(わるあし)が有って、拠(よんどこ)ろなく縁を切ったものゝ、あゝ口惜(くちおし)いと男の未練で、お瀧を殺すべえと云って茂之助さんが脇差イ持って往(ゆ)くと、物の間違てえものは情(なさけ)ねえもので、汝を殺すべえと思ったのが、闇の夜とは云いながら、此の布卷吉さんのお母(っか)さんを殺した処から、茂之助さんも顛倒(てんどう)してしまって、あゝ済まねえと思ったか、梁へ紐を下げて首を吊って死ぬくれえ非業な真似エしたのも、皆(みん)な汝から起った事だから、何うかして松五郎お瀧の二人を捜し出し、両親(ふたおや)の仇(あだ)、妹の敵(かたき)を討ちてえと、十三の時から心掛けなすった其の時に、私も入らざる事だが助太刀を為(し)ようと云ったのが縁となって、汝を捜しに来たら、丁度橋本さんにお目に懸ったのだ、サ最う斯うぼくが割れたら駄目な話だ」
治「へえー実に驚きました、此のお子は茂之助さんの子かい、へえ……道理で此の女は何処かで見たようだと始まりから思ったが、私(わし)も斯う係蹄(わな)に掛るとは知らず、真実私に心があるのかと、男の己惚(うぬぼれ)で手出(てだ)[#ルビの「てだ」はママ]をしたが、お瀧でがんすか、其の時分には眉毛を附けて島田だったが、へえー、何うもずうずうしい奴で……私彼(あ)の時貴方(あんた)のお父(とっ)さんに然(そ)う云っただよ、彼の女を持ってゝは駄目だ、夜々(よゝ)斯う云う奴が這入って、斯う云う訳があるって、貴方のお父さんに意見を云っただが、何うも是は、何うも魂消(たまげ)たね、へえー」

        七十四

幸「やいお瀧、汝(てめえ)四万に居やアがった時に何と云った、瀧川左京と云う旗下の嬢(むすめ)でございますが、兄に欺(だま)されてと涙を落(こぼ)したを真(ま)に受けて、私(わし)は五十円と云う金を出し、汝を身請して橋場の別荘へ連れてッて、妾にして置くと、何んだ、しおらしく外へ出たくない、芝居へ往(ゆ)くのは勿体ない、旨い物は喰べませんと云ったのは其の筈だ、汝はお尋ねもので外へ出る事が出来ねえ、日向見(ひなたみ)のお瀧と云う日蔭の身の上とも知らず、欺されて橋場へ置く中(うち)に強盗(おしこみ)に殺されたと思ったら……由さん何うだえ、ずう/\しく此処に居るたア」
由「開化に成っては幽霊が生きて種々(いろ/\)なものに化けるんでげしょう、彼(あ)の時桟橋に血が流れて居ましたから、旦那も私も必然(てっきり)盗賊(どろぼう)に殺されて川ン中へ投(ほう)り込まれたものと思って居ましたが、ずう/\しく大丸髷で此処に居ても最ういけないよ、早く正体顕(あら)わしておしまい、逃げたって騒いだッて開化の世の中、ビン/\と電信と云う器械がある、恐ろしい鉄砲時世に成ってるのに、昔流行(はや)ったつゝもたせ、其様(そん)な事をしても役には立たねえぜ」
市「さアぐず/\したっていけねえ、何うだ、返答しろ、どうせ駄目だから、年齢(とし)の往(い)かねえ布卷吉さんが親の敵を討とうてえが、刃物で斬合うような事ア出来ねえから、尋常に縄に掛って、派出も近(ちか)えから引かれて往(い)くが宜(い)い、然(そ)うして是まで犯した悪事を自訴するが宜いわ、若(も)しじたばたすれば汝(うぬ)腕を引ン捻るぞ」
 と逃げもすれば殴飛(はりとば)す勢いで、市四郎は拳を固めて扣(ひか)えて居ます。松五郎お瀧の両人は多勢に云い捲(まく)られ、何も云わず差俯向(さしうつむ)いて居ました処へ、
山「少々御免下さいまし」
 と這入って来ましたのはお山、年齢(とし)五十五でございますが、昔気質(むかしかたぎ)の武家に生れ、御新造と云われた身の上だけに何処か様子が違います。娘小峰年齢二十五歳で、最う分別も附いて居ります。母と娘は摺寄りまして、
やま「皆さん御免くださいまし」
小峰「お母さん、もっと先へ出てお云いなさいよ」
やま「あい……さ松五郎、此処へ出ろ」
松「ヤお母(っか)アか……これは何うも面目ねえ、何うして此処(こけ)へ来た」
やま「なに……これ人非人(にんぴにん)……その形姿(なり)は何んだ、能くもずう/\しく其様(そん)な真似をして此処へ来て、まだ性懲(しょうこり)もなく悪事をするな……皆さま何ともお恥かしくって申そうようはございませんけれども、此の者はね貴方……少(ちい)さい時分から碌でなしの根性で、放蕩無頼で、何う云う訳か他人(ひと)さまの物を盗み取りましたり、親の物を引浚(ひっさら)って逃げますような悪い癖がございましたから勘当致しましたが、御維新己来(このかた)汝(そち)の行方ばかり捜して居たが、東京(とうけい)には居らんから、大方函館へでも行ったろうと他人さまが仰しゃったが、三の倉で旦那さまが彼(あ)の騒動の時、汝は賭博打(ばくちうち)と組んでよくも旦那さまへ刃向い立てを為(し)たな、知らないと思って居(い)るか、そればかりじゃアない、今承われば殿さまのお胤(たね)のお藤さまを欺して、汝は折田村で殺そうと掛ったそうだが……まアどうも狗(いぬ)とも畜生とも云いようのない此様(こん)な悪人を……私はマア沢山もない子でございますが、惣領と生れ、跡目に成る奴が此様な恐ろしい根性な奴でございますとは、ハア何たる事の因縁かと存じまして、私は此の娘と二人で、毎度松五郎の事を申しては泣暮して居りますが、此の奴に引替えて此の娘は柔(やさ)しくして、芸者になっても精出して能く稼いで呉れますから、何うやら斯うやら致して居ります」

        七十五

やま「実に何うも松五郎のような不孝不義な奴はございません、お父さまの御命日に、お墓参りでも為(し)た事があるかと、偶(たま)に東京(とうけい)へ出てお寺へ往って、これ/\のもので年頃はこれ/\でございますが、塔婆(とうば)の一本も供(あ)げてお墓参りには参りませんかと、方丈さまや寺男に聞くのも、少しは悪をしながらも、親の有難いも主人の大切な事ぐらいは分りそうなものだと思って居るのに、つい墓参りをした事もない、尤も然(そ)う云う心があれば此様(こん)な悪い事も出来ませんが……どうせ遁(のが)れる道はないから、私は年を老(と)って何うなろうとも、小峰の掛合(かゝりあい)にならんよう立派に名乗り出て、自分だけの罪を被(き)るが宜(い)い……誠に何うも皆様に面目次第もございません」
 と泣き沈むを見て流石(さすが)の悪人松五郎も心に感じ、
松「橋本の旦那え、私(わっち)ア何う云う訳で此様(こん)な悪い事をしたかと思ってね、今夢の寤(さ)めたような心持で……その布卷吉さんは茂之さんの子たア知らねえ、年の往(ゆ)かねえで親の敵を討とうと云う其の孝心を考え、今まで此方(こっち)の作った悪事と不孝を思い合せれば、同じ人間に生れても迷えば此様なにも悪の出来るものかと、我ながら実に先非を悔いて改心致しました、もう何うせ遁れる道もありませんから、斯う云う親孝行な兄(にい)さんの手に掛って死にゃア本望で、昔なら腹ア切る処(とこ)でござえやすが、此の家を血で汚(けが)しちゃア客商売の事ゆえ永井の家に気の毒だから、向山へ引摺ってって思う存分に斬ってしまって下せえ、決して手出しは致しやせん、それとも縄に掛け派出へ引いてって、親の敵を捕まえましたといって処分に附けて下されば、私の罪も消えます、兄さん早く引張って往って、貴方のお手柄になすって下さい……サお瀧、お前(めえ)も此処らが死処(しにどころ)だ、成程考えるとなア茂之さんがお前を殺そうと思って裏口から這入って来た時、お前は己ん処(とけ)へ知せに来ていて、茂之さんのお内儀(かみ)さんが一人で留守居をして居ると、大夕立大雷鳴(おおがみなり)の真暗(まっくら)の処(とけ)へ這入って、女房児(こ)を殺した時の心持は何うだったろうと、悪事をする中(うち)にも時々思い出すと、余(あんま)り好(い)い心持じゃアありません……ナアお瀧、手前も時々魘(うな)された事もあったな、手前も死処だぜ」
瀧「あゝ何うも面目次第もございません……私どもに縄を掛けて、布卷吉さんお前さんの思う存分胸の晴れるようにしてお呉んなさいまし」
松「決して手出しは為(し)ませんから引摺ってって下せえまし」
市「ウン能く覚悟をした、私(わし)ア縛る役じゃアねえけれども、逃げ隠れを為ようたって、捕めえたら動かさねえぞ、お役人の手数(てかず)を掛けるより私が引張って往(ゆ)く、無闇に人を縛っちゃア済まねえから、私が手前(てめえ)を捕めえて往(い)こう」
やま「能く其方(そち)は覚悟をして縄に掛り、名乗り出る心になった、人は心から悪いものではない、一念の迷いから悪い事をすると聞く、何も彼(か)も知って居ながら此様(こん)な事をして…其方は暴れ者(もん)だが、親方さんのような力の強いお方に捕まって逃げ隠れを為ようとして怪我でもするといけないから、尋常に名乗って出ろ」
小峰「本当に憖(なま)じ逃げようなぞとして怪我アしてはいけませんから、おとなしく名乗って出て下さいよ」

        七十六

松「大丈夫だよ、どうせ己は無(ね)え命だ……あゝ是まで母親(おふくろ)には腹一杯(はらいっぺい)痩せる程苦労を掛けて置いたから、手前(てめえ)己の無え後(あと)は二人前(めえ)の孝行を尽してくれ、あゝ実に面目なくって何も云えません……何卒(どうぞ)直(すぐ)にお引きなすって下せえまし」
 というので、是から市四郎が松五郎の手を捕(と)って二階を下りましたから、永井喜八郎は驚きました。是より引張って往(ゆ)き、派出へ此の旨を届けて申立てますと、警部公が一々お書取りに成り、渋川の警察署へ引かれましたが、桑原治平とお瀧との関係は相対密夫(あいたいまおとこ)でございますから、詐欺取財(しゅざい)未遂犯と云うので処分は決って居りますが、何分にも謀殺を致した廉(かど)がございますので、松五郎は天命遁れ難く遂に死刑に処せられ、復讐と云う事は尤もない事でございますから、松五郎は此の儘死刑となり、お瀧は悪事を倶(とも)にしただけでございますが、人殺しがございますので重禁錮に処せられて、悪人は悉(こと/″\)く罰せられる事になり、お文は構いなし。跡で只嬉しいのは桑原治平で、千円取られるのを助かったのでございますから、
治「何共(なんとも)お礼の為(し)ようがない」
 と、吝嗇(けち)な人で女の事でなければ銭を使わん人でありますが、其の時は余程嬉しかったと見え、二百円出して、
治「何うか市四郎さん二百円だけで……」
市「いや私(わっち)ア金を取る訳はねえ」
治「それではせめて此のお子に」
市「此のお子にたって、布卷吉さんも此の金を受ける訳はないから、何うしても受けられやせん、松五郎が名乗って出たんで此方(こっち)の恨みは晴れたが、此の母親(おふくろ)さんや妹が可愛そうだから、小峯さんを請出して遣ったら、首を斬られた松五郎へ追善にもなり、母親さんも安心だし、親子のものが助かる訳だから、左様(そう)なすったら何うです」
幸「これは宜うがす、お請出しなさい……峯ちゃんが得心なら、縛られて出たお瀧ね、お瀧より少し器量は少し悪いからお気に入らんか知らんが、小峯を貴方の女房にして遣っては下さいませんか、此の橋本幸三郎がお媒妁(なこうど)を致しましょう」
治「へえ、有難う……お幾歳(いくつ)で」
幸「二十五で」
治「ヘヽヽそれは有難い事で、女が好(よ)くったって悪党は驚きます、生血(いきち)を吸われますからな、何うもそれは有難い事で、幸三郎さん何うか願いたいもので」
 というので、是から橋本幸三郎が媒妁(なこうど)で、小峯を桑原治平方へ世話をする事に決し、前橋竪町へ母お山もろともに縁付きました。此方(こなた)は予(かね)て約束もありますから、橋本幸三郎方へお藤を縁付けたいと云う事で、彼(か)の川口町の橋本幸三郎と云う御用達の家へ縁付けました。此の時の媒妁は桑原治平が宜かろうと云うので桑原治平が媒妁になって、お藤は橋本方へ縁付く事になりました、芽出たく事納まって後、布卷吉は祖父佐十郎を永い間介抱して見送りました後、奧木佐十郎の跡を継ぎまして、桑原治平は生糸(いと)商人だから糸を送り、橋本幸三郎が金を出して呉れましたから、立派に機屋を出して大層栄えました、末お芽出度いお話でございます。又筏乗の市四郎は、只今では長野県へ参りまして、材木屋を致して居(お)ると云うことを、五町田の百姓から私(わたくし)が聞いて参りました、其の儘取纒めた愚作でございますが、此のお話はこれで読切りに相成ります。へい御退屈さま。
(拠酒井昇造速記)
了

底本:「圓朝全集 巻の三」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年8月10日発行
底本の親本:「圓朝全集巻の三」春陽堂
   1927(昭和2)年1月28日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号は原則としてそのまま用いました。誤用と思われる箇所も底本の通りとしました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼(あ)の」と「彼(あの)」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「小峯/小峰」「峯松/峰松」「桑原治平/桑原治兵衞」の混在は底本の通りです。
入力:小林繁雄
校正:門田裕志、仙酔ゑびす
ファイル作成:
2009年6月19日作成
青空文庫作成ファイル:
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