あらすじ
歌人・鐵幹は、歌を作らないにもかかわらず、口にする言葉全てが歌になるという稀有な才能の持ち主です。彼の歌は、短歌では鐘の音が、長歌では風になびく木の葉のように、世間に衝撃を与えます。鐵幹自身は、その歌が理解されずにいることを嘆き、世俗に染まっていない自分を主張します。正岡子規は、鐵幹の才能に敬服し、彼の歌集「東西南北」に序文を執筆しました。そこに込められた、子規の鐵幹に対する熱い思いと、歌に対する深い洞察に、ぜひ触れてみてください。
 鐵幹、歌を作らず。しかも、鐵幹が口を衝(つ)いて發するもの、皆歌を成す。其短歌若干首、之を敲(たた)けば、聲、釣鐘の如し。世人曰く、不吉の聲なりと。鐵幹自ら以て、大聲は俚耳(りじ)に入らずと爲す。其長歌若干首、之を誦するに、壯士劍に舞へば、風、木葉を振ふが如し。世人曰く、不祥の曲なりと。鐵幹自ら以て、世人皆醉へり、吾獨り醒めたりと爲す。鐵幹自ら恃(たの)む所の、何ぞ夫れ堅にして頑なるや。余も亦、破れたる鐘を撃ち、錆びたる長刀を揮うて舞はむと欲する者。只其力足らずして、空しく鐵幹に先鞭を着けられたるを恨む。今や鐵幹、其長短歌を集めて一卷と爲し、東西南北といふ。余に序を索(もと)む。余、鐵幹を見る、日猶淺し。之に序する、余が任にあらず。然れども、其歌を知るは、今日に始まるに非ず。其歌集に序する、亦何ぞ妨げむ。乃(すなは)ち序をつくる。
明治二十九年七月一日
東京上根岸僑居に於て、
子規子しるす。
〔與謝野鐵幹著『東西南北』明治書院 明治29[#「29」は縦中横]・7・10[#「10」は縦中横]刊〕
了

底本:「子規全集 第七卷 歌論 選歌」講談社
   1975(昭和50)年7月18日第1刷発行
初出:「東西南北」明治書院
   1896(明治29)年7月10日
入力:川向直樹
校正:山口美佐
2004年10月29日作成
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