あらすじ
田宮峰二郎という青年は、丘のふもとにある別荘に住んでいます。彼は孤独な日々を送っており、近所の人々とはほとんど言葉を交わしません。しかし、牛乳屋の子供や水車場の老翁とは親しくなり、静かな日々を過ごしています。やがて、青年は別荘を去る決意をし、遠くヨーロッパへ旅立つことを決めます。彼は、別荘のある町の人々や風景に別れを告げ、思い出の場所を巡ります。そして、旅立つ前に、かつて愛した女性・松本治子との再会を果たします。
 わが青年(わかもの)の名を田宮峰二郎(たみやみねじろう)と呼び、かれが住む茅屋(くさや)は丘の半腹にたちて美(うる)わしき庭これを囲み細き流れの北の方(かた)より走り来て庭を貫きたり。流れの岸には紅楓(もみじ)の類(たぐい)を植えそのほかの庭樹(き)には松、桜、梅など多かり、栗樹(くり)などの雑(まじ)わるは地柄(とちがら)なるべし、――区何町の豪商が別荘なりといえど家も古び庭もやや荒れて修繕(つくろ)わんともせず、主人(あるじ)らしき人の車その門に駐(とま)りしを見たる人まれなり、売り物なるべしとのうわさ一時は近所(あたり)の人の間に高かりしもいつかこのうわさも消えて跡(あと)なく、ただ一年(ひととせ)半ば以前よりこの年若き田宮の来たり住みつ。
 年は二十(はたち)を越ゆるようやく三つ四つ、背高く肉やせたり、顔だち凜々(りり)しく人柄も順良(すなお)に見ゆれどいつも物案じ顔に道ゆくを、出(い)であうこの地の人々は病める人ぞと判じいたり。さればまた別荘に独(ひと)り住むもその故(ゆえ)ぞと深くは怪しまざりき。終日(ひねもす)家にのみ閉じこもることはまれにて朝に一度または午後に一度、時には夜に入りても四辺(あたり)の野路(のみち)を当てもなげに歩み、林の中に分け入りなどするがこの人の慣らいなれば人々は運動のためぞと、しかるべきことのようにうわさせり。
 されどこの青年(わかもの)と親しく言葉かわす人なきにあらず。別荘と畑一つ隔たりて牛乳屋(ちちや)あり、樫(かし)の木に取り囲まれし二棟(ふたむね)は右なるに牛七匹住み、左なるに人五人住みつ、夫婦に小供(こども)二人(ふたり)、一人(ひとり)の雇男(おとこ)は配達人(はいたつ)なり。別荘へは長男(かしら)の童(わらべ)が朝夕二度の牛乳(ちち)を運べば、青年(わかもの)いつしかこの童と親しみ、その後は乳屋(ちちや)の主人(あるじ)とも微笑(ほほえ)みて物語するようになりぬ。されど物語(はなし)の種(たね)はさまで多からず、牛の事、牛乳(ちち)の事、花客先(とくいさき)のうわさなどに過ぎざりき。牛乳屋(ちちや)の物食う口は牛七匹と人五人のみのように言いしは誤謬(あやまり)にて、なお驢馬(ろば)一頭あり、こは主人(あるじ)がその生国(ふるさと)千葉よりともないしという、この家(や)には理由(わけ)ある一物(もつ)なるが、主人(あるじ)青年(わかもの)に語りしところによれば千葉なる某(なにがし)という豪農のもとに主人(あるじ)使われし時、何かの手柄にて特に与えられしものの由なり。さまで美しというにあらねど童には手ごろの生き物ゆえ長(かしら)の児(こ)が寵愛(ちょうあい)なおざりならず、ただかの青年(わかもの)にのみはその背を借すことあり。青年(わかもの)は童の言うがまにまにこの驢馬にまたがれど常に苦笑いせり。青年(わかもの)には童がこの兎馬(うさぎうま)を愛(め)ずるにも増して愛(め)で慈(いつく)しむたくましき犬あればにや。
 庭を貫く流れは門(かど)の前を通ずる路(みち)を横ぎりて直ちに林に入り、林を出(い)ずれば土地にわかにくぼみて一軒の茅屋(くさや)その屋根のみを現わし水車(みずぐるま)めぐれり、この辺(あた)りには水車場(すいしゃば)多し、されどこはいと小さき者の一つなり、水車場を離れて孫屋(まごや)立ち、一抱(ひとかか)えばかりの樫(かし)七株八株一列に並びて冬は北の風を防ぎ夏は涼しき陰もてこの屋をおおい、水車場とこの屋との間を家鶏(にわとり)の一群れゆききし、もし五月雨(さみだれ)降りつづくころなど、荷物曳(ひ)ける駄馬(だば)、水車場の軒先に立てば黒き水は蹄(ひづめ)のわきを白き藁(わら)浮かべて流れ、半ば眠れる馬の鬣(たてがみ)よりは雨滴(しずく)重く滴(したた)り、その背よりは湯気(ゆげ)立ちのぼり、家鶏(にわとり)は荷車の陰に隠れて羽翼(はね)振るうさまの鬱陶(うっとう)しげなる、かの青年(わかもの)は孫屋の縁先に腰かけて静かにこれらをながめそのわきに一人の老翁(おきな)腕こまねきて煙管(きせる)をくわえ折り折りかたみに何事をか語りあいては微笑(ほほえ)む、すなわちこの老翁(おきな)は青年(わかもの)が親しく物言う者の一人なり。
 水車場を過ぎて間もなく橋あり、長さよりも幅のかた広く、欄の高さは腰かくるにも足らず、これを渡りてまた林の間を行けばたちまち町の中ほどに出(い)ず、こは都にて開かるる洋画展覧会などの出品の中(うち)にてよく見受くる田舎町(いなかまち)の一つなれば、茅屋(くさや)と瓦屋(かわらや)と打ち雑(まじ)りたる、理髪所(とこや)の隣に万屋(よろずや)あり、万屋の隣に農家あり、農家の前には莚(むしろ)敷きて童(わらべ)と猫(ねこ)と仲よく遊べる、茅屋(くさや)の軒先には羽虫(はむし)の群れ輪をなして飛ぶが夕日に映りたる、鍛冶(かじ)の鉄砧(かなしき)の音高く響きて夕闇(ゆうやみ)に閃(ひらめ)く火花の見事なる、雨降る日は二十(はたち)ばかりの女何事をかかしましく叫びつ笑いて町の片側より片側へとゆくに傘(かさ)ささず襟頸(えりくび)を縮め駒下駄(こまげた)つまだてて飛ぶごとに後ろ振り向くさまのおかしき、いずれかこの町もかかる類(たぐい)に漏るべき、ただ東より西へと爪先上(つまさきあ)がりの勾配(こうばい)ゆるく、中央をば走り流るる小川ありて水上(みなかみ)は別荘を貫く流れと同じく、町人(まちびと)はみなこの小川にてさまざまのもの洗いすすげど水のやや濁れるをいとわず、流れには板橋いくつかかかりて、水際(みぎわ)には背低き楓(かえで)をところどころに植えたる、何人の思いつきにや、これいささかよそとその風情(ふぜい)をことにせり。町の西端(にしはずれ)に寺ありてゆうべゆうべの鐘はここより響けど、鐘撞(つ)く男は六十(むそじ)を幾つか越えし翁(おきな)なれば力足らず絶(た)えだえの音(ね)は町の一端(はし)より一端(はし)へと、おぼつかなく漂うのみ、程(ほど)近き青年(わかもの)が別荘へは聞こゆる時あり聞こえかぬる時も多かり。この鐘の最後の一打ちわずかに響きおわるころ夕煙巷(ちまた)をこめて東の林を離れし月影淡く小川の水に砕けそむれば近きわたりの騎馬隊の兵士が踵(かかと)に届く長剣を左手(ゆんで)にさげて早足に巷を上りゆく、続いて駄馬牽(ひ)く馬子(まご)が鼻歌おもしろく、茶店の娘に声かけられても返事せぬがおかしく、かなたに赤児(やや)の泣き声きこゆればこなたには童(わらべ)が吹くラッパの音かしましく、上る兵士は月を背にし自己(おのれ)が影を追うて急ぎ、下る少女(おとめ)は月さやかに顔を照らすが面恥(おもは)ゆく、かの青年(わかもの)が林に次ぎてこの町を愛(め)ずるも理(ことわり)なきにあらず。昨日(きのう)の事は忘れ明日(あす)の事を思わず、一日一日をみだらなる楽しみ、片時の慰みに暮らす人のさまにも似たりとは青年(わかもの)がこの町を評する言葉にぞある。青年(わかもの)別荘に住みてよりいつしか一年(ひととせ)と半ばを過ぎて、その歳(とし)も秋の末となりぬ。ある日かれは朝早(と)く起きいでて常のごとく犬を伴い家を出(い)でたり。灰色の外套(がいとう)長く膝(ひざ)をおおい露を避くる長靴(ながぐつ)は膝に及び頭(かしら)にはめりけん帽の縁(ふち)広きを戴(いただ)きぬ、顔の色今日はわけて蒼白(あおしろ)く目は異(あや)しく光りて昨夜の眠り足らぬがごとし。
 門を出(い)ずる時、牛乳屋(ちちや)の童(わらべ)にあいぬ。かれは童の手より罎(びん)を受け取りて立ちながら飲み、半ば残して童に渡せば、童これを掌(たなごころ)にうつしては犬に与う。青年の目は遠く大空のかなたに向かえり。空は雨雲ひくく漂い、木の葉半ば落ち失(う)せし林は狭霧(さぎり)をこめたり。
 青年(わかもの)は童に別れ、独(ひと)り流れに沿うて林を出(い)で、水車場の庭に入れば翁(おきな)一人(ひとり)、物案じ顔に大空を仰ぎいたり。青年(わかもの)の入り来たれるを見て軽く礼(いや)なしつ、孫屋の縁先に置かれし煙草盆(たばこぼん)よりは煙真直(ますぐ)にたちのぼれり。君が今朝(けさ)の装衣(いでたち)はと翁まず口を開きてやや驚けるようなり。青年(わかもの)は言葉なく縁先に腰かけ、ややありて、明日(あす)は今の住家(すみか)を立ち退(の)くことに定めぬと青年は翁が問いには答えず、微笑(ほほえ)みてその顔を守りぬ。そはまたいかにしてと翁はいよいよ驚けるように目をみはりたり。されどまた七日の後には再び来たりておもむろに告別(いとまごい)せんと青年は嘆息(ためいき)つきて深く物を思えるさまなり、翁ははたと手(て)を拍(う)ち、しからばいよいよ遠く西に行きたもうこととなりしか。否(いな)、西にあらず、まず東に行かん、まずアメリカに遊ぶべし、それよりイギリスに、その後はかねて久しく望みしフランスイタリアに。これを聞きて翁の目は急に笑(え)みをたたえ、父上もさすがにこの度(たび)は許したまいしか、まずまずめでたし、いつごろ立ちたもうや。月末(つきずえ)なるべしと青年は答え、さればこの地もまたいつ帰り来て見んことの定め難く、また再び見ることかなうまじきやこれまた計り難ければ、今日は半日この辺(あた)りを歩みて一年と五月(いつつき)の間、わが慰めとなり、わが友となり、わが筆を教え、わが情(こころ)を養いし林や流れや小鳥にまでも別れを告げばやとかくは装衣(いでた)ちぬ、されど翁にはひとまず父の家に帰りて万事(よろず)の仕度(したく)を終えし後、また来たりておもむろに別れを述べんと言いつつ青年は身を起こして庭に立ち、軽く礼(いや)して立ち去らんとす。翁はただ微笑(ほほえ)むのみ、何の言葉もなく青年を打ちまもりつ。
 青年の出(い)で行きし後、翁は庭の中をかなたこなたと歩み、めでたしめでたしと繰り返して独言(ひとりご)ちしが、ふと足を止め、眼(まなこ)を閉じ、ややありて、されど哀れの君よと深き嘆息(ためいき)をもらしぬ。
 青年(わかもの)は水車場を立ち出でてそのまま街(ちまた)の方へと足を転(めぐら)しつ、節々(おりおり)空を打ち仰ぎたり。間もなく巷(ちまた)に出(い)でぬ。
 朝なお早ければ街(ちまた)はまだ往来(ゆきき)少なく、朝餉(あさげ)の煙重く軒より軒へとたなびき、小川の末は狭霧(さぎり)立ちこめて紗絹(うすぎぬ)のかなたより上り来る荷車(にぐるま)の音はさびたる街(ちまた)に重々しき反響を起こせり。青年は橋の一にたたずみて流れの裾(すそ)を見下(お)ろしぬ。紅(くれない)に染め出(い)でし楓(かえで)の葉末に凝(こ)る露は朝日を受けねど空の光を映して玉のごとし。かれは意(こころ)にもなく手近の小枝を折り、真紅の葉一つを摘みて流れに落とせば、早瀬これを浮かべて流れゆくをかれは静かにながめて次の橋の陰に隠るるを待つらんごとし。
 この時青年(わかもの)の目に入りしはかれが立てる橋に程(ほど)近き楓の木陰(こかげ)にうずくまりて物洗いいたる女の姿なり。水に垂(た)れし枝は女の全身を隠せどなおよくその顔より手先までを透かし見らる。横顔なれば定かに見分け難きも十八、九の少女(おとめ)なるべし、美しき腕は臂(ひじ)を現わし、心をこめて洗うは皿(さら)の類(たぐい)なり。
 少女は青年に気づかざるように、ひたすらその洗う器(うつわ)を見て何事をも打ち忘れたらんごとし。幾個(いくつ)かの皿すでに洗いおわりて傍(かたわ)らに重ね、今しも洗う大皿は特に心を用うるさまに見ゆるは雪白(せっぱく)なるに藍色(あいいろ)の縁(ふち)とりし品なり。青年が落とせし楓(かえで)の葉、流れて少女(おとめ)の手もと近く漂いゆくを、少女見てしばし流れ去るを打ちまもりしが急に手を伸ばして摘まみ、皿にのせて傍(かたわ)らに置きぬ。葉は水に湿(うるお)いていよいよ紅(くれない)に、真白(ましろ)の皿に置かれしさまは画(え)めきて見ゆ。この時青年(わかもの)は少女の横顔の何者にか肖(に)たるように覚えしも思い出(い)ださざりき。ただ耳より腮(あご)にかけし肉づきはかれの画心(えごころ)を惹(ひ)く殊(こと)に深かりしのみ。
 由なき戯れとは思いつつも、少女(おとめ)がかれに気づかぬを興あることに思いしか、はた真白の皿に紅(くれない)の木(こ)の葉拾いのせしふるまいのみやびて見えつるか、青年はまた楓の葉を一つ摘みて水に投げたり。木の葉は少女(おとめ)の手もとに流れゆきぬ、少女(おとめ)は直ちに摘まみてまたかの大皿(おおざら)にのせたり。しかし今洗うは最後の品なり。
 こたびは青年手に持ちし小枝をそっと水に落とせば、小枝は軽く浮かびて回転(めく)りつつ、少女(おとめ)の手もと近く漂いぬ。少女は直ちにこれを拾い上げて、紅(くれない)の葉ごとに水の滴(したた)り落つるを見てありしがまたかの大皿にのせ、にわかに気づけるもののごとく振り向きたり。青年(わかもの)の目と少女(おとめ)の目と空(そら)に合いし時、少女はさとその面(かお)を赤らめ、しばしはためらいしが急に立ちあがりかの大皿のみを左手(ゆんで)に持ちて道にのぼり、小走りに駆け入りしは騎馬隊の兵士が常に集まりて酒飲むこの街(ちまた)唯一(ゆいつ)の旗亭なり。少女は軒下にて足を停(とど)め、今一度青年の方を見たり。
 今こそ思い出(い)でぬ、今の少女の顔のよく肖(に)たりというはわが治子(はるこ)なるを。げに治子の姉妹(はらから)なりと言わんもわれいかでたやすく疑い得(う)べき、ことに最初わが方を振り向きし時のまなざしは治子のと少しも違(たが)わず、かの美しき目とかくまでに相肖(に)たる眼(まなこ)を持つ少女(おとめ)のまた世にあらんとは思わざりしに。
 されどこれもまたわが心の迷いなるべきか、われ治子を恋うる心の深きがゆえなるべきか。かく思いつづけて青年(わかもの)が手はポケットの中なるある物を握りつめたり、その顔にはしばらく血の上(のぼ)るようなりしが、愚かなると言いし声は低ければ杖(つえ)もて横の欄打ちし音は強く、足下(あしもと)なる犬は驚きて耳を立てたり。たちまち顔は常の色に復(かえ)りつ、後(あと)をも見ずして静かに街(ちまた)をのぼり往(ゆ)きぬ。
 犬はかれに先立ちて街(ちまた)を駆けのぼり早くかなたにありて青年(わかもの)を待てり。登りつむればここは高台の見晴らし広く大空澄み渡る日は遠方(おちかた)の山影(さんえい)鮮(あざ)やかに、国境(くにざかい)を限る山脈林の上を走りて見えつ隠れつす、冬の朝、霜寒きころ、銀(しろかね)の鎖の末は幽(かすか)なる空に消えゆく雪の峰など、みな青年(わかもの)が心を夢心地(ゆめごこち)に誘いかれが身うちの血わくが常なれど、今日(きょう)は雲のゆきき早く空と地と一つになりしようにて森も林もおぼろにかすみ秋霧重く立ちこむる野面(のづら)に立つ案山子(かがし)の姿もあわれにいずこともなく響く銃(つつ)の音沈みて聞こゆ。青年はしばし四辺(あたり)を見渡して停止(たたず)みつおりおり野路(のみち)を過(よぎ)る人影いつしか霧深き林の奥に消えゆくなどみつめたる、もしなみなみの人ならば鬱陶(うっとう)しとのみ思わんも、かれは然(しか)らず、かれが今の心のさまとこの朝の景色(けしき)とは似通う節(ふし)あり、霧立ち迷うておぼろにかすむ森のさまは哀れに物悲し、これ恋なり。されどその幻に似て遠きかなたに浮かべるさまは年若き者の夢想を俤(おもかげ)にして希望(のぞみ)という神の住みたもうがごとく、青年(わかもの)の心これに向かいてはただ静かに波打つのみ。
 林の貫きて真直(ますぐ)に通う路あり、車もようよう通い得(う)るほどなれば左右の梢(こずえ)は梢と交わり、夏は木(こ)の葉をもるる日影鮮やかに落ちて人の肩にゆらぎ、冬は落ち葉深く積みて風吹く終夜(よすがら)物のささやく音す。一年(ひととせ)と五月(いつつき)の間にかれこの路を往来(ゆきき)せしことを幾度(たび)ぞ。この路に入りては人にあうことまれに、おりおり野菜の類(たぐい)を積みし荷車ならずば馬上巻煙草(まきたばこ)をくわえて並み足に歩ませたる騎兵にあうのみ。今朝(けさ)もかれはこの路を撰(えら)びてたどりぬ。路の半ばに時雨(しぐれ)しめやかに降り来たりて間もなく過ぎ去りし後(のち)は左右(そう)の林の静けさをひとしおに覚え、かれが踏みゆく落ち葉の音のみことごとしく鳴れり。この真直(ますぐ)なる路の急に左に折るるところに立ち木やや疎(まば)らなる林あり。青年(わかもの)はかねてよくこの林の奥深く分け入り、切り株などに腰かけて日の光と風の力とに変わりゆく林の趣をめで楽しみたりければ、犬もまたこの林になずみけん、今日も先に立ちて走り入りぬ。
 木の葉半ば落ちて大空の透かし見らるる林を秋霧立ちこむる朝訪(と)わばいかに心騒がしき人もわれ知らず四辺(あたり)の静けさに耳そばたつるなるべし。世の巷(ちまた)に駆けめぐる人は目のみを鋭く働かしめて耳を用いざるものなり。衷心(うち)騒がしき時いかで外界(そと)の物音を聞き得ん。
 青年の心には深き悲しみありて霧のごとくかかれり、そは静かにして重き冷霧なり。かれは木の葉一つ落ちし音にも耳傾け、林を隔てて遠く響く轍(わだち)の音、風ありとも覚えぬに私語(ささや)く枯れ葉の音にも耳を澄ましぬ。山鳩(やまばと)一羽いずこよりともなく突然程(ほど)近き梢(こずえ)に止まりしが急にまた飛び去りぬ。かれが耳いよいよさえて四辺(あたり)いよいよ静寂(しずか)なり。かれは自己(おの)が心のさまをながむるように思いもて四辺(あたり)を見回しぬ。始めよりかれが恋の春霞(はるがすみ)たなびく野辺(べ)のごとかるべしとは期せざりしもまたかくまでに物さびしく物悲しきありさまになりゆくべしとは青年(わかもの)今さらのように感じたり。
 かれに恋人あり、松本治子(はるこ)とて、かれが二十二の時ゆくりなく相見て間もなく相思うの人となりぬ。十年互いに知りてついに路傍の石に置く露ほどの思いなく打ち過ぐるも人と人との交わりなり、今日(きょう)見て今夜(こよい)語り、その夜の夢に互いに行く末を契るも人と人との縁なり。治子がこの青年を恋うるに至りしは青年(わかもの)が治子を思うよりも早く、相思うことを互いに知りし時は互いの命は互いの心に取りかわして置かれぬ、これ相見てより一月(ひとつき)とは経(た)たざる間の事なり。親々(おやおや)はこの恋を許さざりき、その故(ゆえ)はと問わば言葉のかずかずもて許し難き理由(いわれ)を説かんも、ただ相恋うるが故にこの恋は許さじとあからさまに言うの直截(ちょくせつ)なるにしかず。物堅しといわるる人々はげにもと同意すべければなり。げにそのごとくなりき。かくて治子は都に近きその故郷(ふるさと)に送り返され、青年(わかもの)は自ら望みて伯父(おじ)なる人の別荘に独居し、悲しき苦しき一年(ひととせ)を過ぐしたり。
 青年(わかもの)は治子の事を思い絶たんともがきぬ、ついに思い絶ち得たりと自ら欺きぬ。自ら欺けるをかれはいつしか知りたれど、すでに一度自ら欺きし人はいかにこれを思い付くともかいなく、かえってこれを自ら誇らんとするが人の情(こころ)の怪しき作用(はたらき)の一つなり。そこには必ず一個(ひとつ)の言いわけあるものなり。この青年(わかもの)はわれに天職ありと自ら約せり。この約束を天の入れたもうや否やは問うところにあらず。
 かれは文学と画とを併(あわ)せ学び、これをもって世に立ち、これをもってかれ一生(せい)の事業となさんものと志しぬ、家は富み、年は若し。この望みはかれが不屈の性と天稟(てんりん)の才とをもってしては達し難きものにあらず。かれはこれを自信せり。一年(ひととせ)の独居はいよいよこの自信を強め、恋の苦しみと悲しみとはこの自信と戦い、かれはついに治子を捨て、この天職に自個を捧(ささ)ぐべしと自ら誓いき。後の五月(いつつき)はこの誓いと恋と戦えり。しかしてかれ自ら敗れ、ついに遠く欧州に走らばやと思い定めき。最初父はこれを許さざりしも急にかれの願いを入れて一日も早く出立(しゅったつ)せよと命ずるごとくに促しぬ。
 昨夜治子より手紙来たり、今日午(ひる)過ぎひそかに訪問(おとず)れて永久(とこしえ)の別れを告げんと申し送れり。永久(とこしえ)の別れとは何ぞ。かれの心はかき乱されぬ。昨夜はほとんど眠らざりき。行く末のかれが大望(たいもう)は霧のかなたに立ちておぼろながら確かにかれの心を惹(ひ)き、恋は霧のごとく大望を包みて静かにかれの眼前(めのまえ)に立ちふさがり、かれは迷いつ、怒りつ、悲哀(かなしみ)と激昂(げっこう)とにて一夜(ひとよ)を明かせり。明けがた近くしばしまどろみしが目さめし時はかれの顔真(ま)っ蒼(さお)なりき。憂えも怒りも心の戦いもやみて、暴風一過、かれが胸には一片の秋雲凝って動かず。床にありていずこともなく凝視(みつ)めし眼(まなこ)よりは冷ややかなる涙(なみだ)、両の頬(ほお)をつたいて落ちぬ。『ああ恋しき治子よ』と叫びて跳(は)ね起きたり。水車場の翁(おきな)はほぼかれが上を知れるなり。
 この時またもや時雨(しぐれ)疎(まば)らに降り来たりぬ。その軽き一滴二滴に打たれて梢(こずえ)より落つる木の葉の風なきにひるがえるさまを青年(わかもの)は心ありげにながめたり。時雨(しぐれ)の通りこせし後は林の中(うち)しばし明るくなりしが間もなくまた元の夕闇(ゆうやみ)ほの暗きありさまとなり、遠方(おちかた)にて銃(つつ)の音かすかに聞こえぬ。青年(わかもの)は身を起こしてしばし林の中(うち)をたどりしが、直ちに路(みち)にはいでず、路に近けれど人目に隠るる流れの傍(かたわ)らにいでたり。こはかれが家の庭を流れてかの街(ちまた)を貫くものとは異なり、遠き大川より引きし水道の類(たぐい)ゆえ、幅は三尺に足らねど深ければ水層(みずかさ)多く、林を貫く辺(あた)りは一直線に走りて薄暗きかなたより現われまた薄暗き林の木陰(こかげ)に隠れ去るなり。村の者が野菜洗うためにとてこの流れの幅をことさらに広く掘り、小さき入り江をなせる、いつもかれが好みて訪(と)い来るところにいで落ち葉を敷きつ、茅(ちがや)、野ばら、小笹(おざさ)の類(たぐい)入り乱れし藪叢(やぶ)を背にしてうずくまり、前には流れの音もなく走るをながめたり。
 熱沙(ねっしゃ)限りなきサハラを旅する隊商も時々は甘き泉わき緑の木陰涼しきオーシスに行きあいて堪(た)え難き渇(かわ)きと死ぬばかりなる疲労(つかれ)を癒(いや)する由あれど、人生まれ落ちての旅路(たびじ)にはただ一度、恋ちょう真清水(ましみず)をくみ得てしばしは永久(とこしえ)の天を夢むといえども、この夢はさめやすくさむれば、またそのさびしき行程(みち)にのぼらざるを得ず、かくて小暗(おぐら)き墓の門に達するまで、ついに再び第二のオーシスに行きあうことなく、ただ空(むな)しく地平線下に沈みうせぬるかの真清水(ましみず)を懐(おも)うのみ、げにしかり、しかしてわれ今、しいて自らこのオーシスに分かれんとす、しいて自らこの夢を破らんとす。これまことにわれの堪え得(う)べき事なるか。
 恋の泉はいつもいつもわきて流れ疲れし人をまてど、この泉の潯(ほとり)にて行きあう年若き男女の旅人のみは幾度か幾度か代わりゆき、かつ若者に伴いし乙女(おとめ)初めは楽しげにこの泉をくめどたちまちその手を差しいれてこれを濁し、若者をここより追いやりつ、自己(おのれ)もまたあえぎあえぎその跡を逐(お)うて苦しき熱きさびしき旅路にのぼる。わが友の上にもこの事あり、わが読みし文(ふみ)の中(うち)にもこの事多し。されど治子は一度われをこの泉の潯(ほとり)に導きしより二年(ふたとせ)に近き月日を経て今なおわれを思いわれを恋うてやまず、昨夜の手紙を読むものたれかこの清き乙女(おとめ)を憐(あわれ)まざらん。しかしてわれ今、しいて自らこの乙女を捨てて遠く走らんとす。この乙女を沙漠(さばく)の真中(まなか)にのこしゆかんとす。これまことにわれの忍び得ることなるか。
 われ近ごろ、猛(たけ)き獅子(しし)と巨蠎(おろち)と、沙漠の真中(まなか)にて苦闘するさまを描ける洋画を見たり。題して沙漠の悲劇というといえどもこれぞ、すなわちこの世の真相なるべきか。げにこのわれなき世こそ治子の眼(まなこ)にはかくも映るなるべし。しかしてわれはいかん、われはいかん。
 青年(わかもの)は恋を想(おも)い、人の世を想い、治子を想い、沙漠を想い、ウォーシスを想い、想いは想いをつらねて環(まわ)り、深き哀(かな)しみより深き悲しみへと沈み入りぬ。風の音は人の思いを遠きに導き、水の流れは人の悲哀(かなしみ)を深きに誘(いざな)う。かれが前なる流れは音もせで淀(よど)みなく走るを、初めかれ心なくながめてありしが、見よ、水上(みなかみ)より流れ来たる木の葉を、かれはひたすらながめ入りぬ。紅の葉、黄色の葉、大小さまざまの木の葉はたちまち木陰(こかげ)より走りいでてまた木陰にかくれ走りつ。たちまち浮かびたちまち沈み、回転(めぐ)りつ、ためらいつす。かれは一つを見送りつまた一つを迎え、小なるを見失いては大なるをまてり。かれが心のはげしき戦いは昨夜にて終わり、今は荒寥(こうりょう)たる戦後の野にも等しく、悲風惨雨(さんう)ならび至り、力なく光なく望みなし。身も魂(たま)も疲れに疲れて、いつか夢現(ゆめうつつ)の境に入りぬ。
 林あり。流れあり。梢(こずえ)よりは音せぬほどの風に誘われて木の葉落ち、流れはこれを浮かべて走る。青年(わかもの)あり、外套(がいとう)の襟(えり)に頸(くび)を埋(うず)め身を縮めて眠れる、その顔は蒼白(あおじろ)し。四辺(あたり)の林もしばしはこの青年に安き眠りを借さばやと、枝頭(しとう)そよがず、寂(せき)として音なし。流れには紅黄(こうこう)大小かずかずの木の葉、たちまち来たりたちまち去り、緩(ゆる)やかに回転(めぐ)りて急に沈むあり、舟のごとく浮かびて静かに流るるあり。この時東の空、雲すこしく綻(ほころ)びて梢の間より薄き日の光、青年の顔に落ちぬ、青年は夢に舟を浮かべて清き流れを下りつつあり、時はまさに春の半ばなり。左右の岸は新緑の光に輝き、仰げば梢と梢との間には大空澄みて蒼く高く、林の奥は日の光届きかねたれど、木(こ)の間(ま)木の間よりもるる光はさまざまの花を染め出(い)だし、涼しき風の枝より枝にわたるごとに青き光と黒き影は幾千万となき珠玉の入り乱れたらんごとく、岸に近き桜よりは幾千(すうせん)の胡蝶(こちょう)一時に梢を放れ、高く飛び、低く舞う。流れの淀むところは陰暗く、岩を回(めぐ)れば光景瞬間に変じ、河幅(かわはば)急に広まりぬ。底は一面の白砂(はくさ)に水紋落ちて綾(あや)をなし、両岸は緑野低く春草(しゅんそう)煙り、森林遠くこれを囲みたり。岸に一人(ひとり)の美(うる)わしき少女(おとめ)たたずみてこなたをながむる。そのまなざしは治子に肖(に)てさらに気高(けだか)く、手に持つ小枝をもて青年を招(まね)ぐさまはこなたに舟を寄せてわれと共に恋の泉をくみたまわずや、流れ流れていずこまでゆかんとしたもうぞ、流れの末は波荒き海なるをといえるがごとし。流れの末を打ち見やれば春霞(はるがすみ)たなびきたり。かれはしばしためらいつ、言い難き悲哀(かなしみ)胸を衝(つ)いて起こりぬ。少女(おとめ)は見て、その悲哀を癒(いや)す水はここにありと、小枝を流れに浸しこなたに向かいて振れば、冷たき沫(しぶき)飛び来たりて青年の頬(ほお)を打ちたり。春の夢破れぬ。
 風起こりて木の葉あらあらしく鳴りつ、梢(こずえ)より落つる滴(したた)りの落ち葉をうつ音雨のごとし。かれは静かに身を起こし、しばらく流れをみつめてありしが、心はなお夢路(ゆめじ)をたどれるがごとく、まなざしは遠き物をながむるさまなり。外套(がいとう)のポッケットに差し入れし手先に触るる物あるをかれは堅く握りて眼(まなこ)を閉じつ。
 この時犬高くほえしかば、急ぎて路に出(い)で口笛鋭く吹きつつ大股(おおまた)に歩みて野の方(かた)に向かい、おりおり空を仰ぎては眉(まゆ)をひそめぬ。空は雲の脚(あし)はやく、絶え間絶え間には蒼空(あおぞら)の高く澄めるが見ゆ。
 青年は絶えずポケットの内なる物を握りしめて、四辺(あたり)の光景には目もくれず、野を横ぎり家路(いえじ)へと急ぎぬ。ポケットの内なるは治子よりの昨夜の書状(てがみ)なり。短き坂道に来たりし時、下より騎兵二騎、何事をか声高に語らいつつ登りくるにあいたれどかれはほとんどこれにも気づかぬようにて路をよけ通しやりぬ。騎兵ゆき過ぎんとして、後(あと)なる馬上の、年若き人、言葉に力を入れ『……に候間(そろあいだ)至急、「至急」という二字は必ず加えざるべからず』と言うや、前なる騎兵、『無論、無論……』と答えつ、青年(わかもの)の耳たてし時は二騎の姿すでに木立ちにかくれて笑う声のみ高く聞こえたり。青年はさらに路をいそぎぬ。
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 ――停車場(ば)の時計、六時を五分過ぎ、下りの汽車を待つ客七、八人、声立てて語るものなければ寂寥(さびし)さはひとしおなり。ランプのおぼつかなき光、隈々(くまぐま)には届きかねつ。大空晴れて星の数もよまるるばかりに、風は北よりそよぎて夕暮れの寒さに人々は身をちぢめたり。発車にはなお十分を待たざるを得ず。
 この時切符を売りはじめしかば、人々みな立ちて箱の前に集まりし時、外(ほか)より男女(なんにょ)二人(ふたり)の客、静かに入り来たりぬ。これ松本治子と田宮峰二郎なり。青年は切符を買いて治子に渡し、二人は人々に後(おく)れてプラットフォームの方(かた)に出(い)で、人目を避くるごとく、かなたなる暗きあたりを相並びて歩めり。治子はおりおり目にハンケチをあてて言葉なし。青年は窮(きわ)みなき空高くながめ、胸さくるばかりの悲哀(かなしみ)をおさえて、ひそめし声に力を入れ、『必ず手紙を送りたまえ、今こそわが望みは君が心なれ。』
 慷慨(こうがい)に堪(た)えざるもののごとく、『君を力にてわが望みは必ず遂げん。』熱き涙一滴、青年が頬(ほお)をつたいしも乙女(おとめ)は知らず。ハンケチを口にくわえて歯をくいしばりぬ。しばし二人は言葉なく立てり。汽笛高く響きし時、青年は急ぎ乙女の手を堅く握り、言わんとして言うあたわず、乙女がわずかに『御身(おんみ)を大切に』と声もきれぎれに言うや『君こそ、君こそ、必ず心たしかに忍びたまえ、手紙を忘れたもうな。必ず……。』
 青年はその夜、十時ごろ茅屋(くさや)に帰りぬ。筆を走らして、おりおり嘆息(ためいき)つきつつ、
『われ君を思い断たんともがきしはげに愚かの至りなりき。われ君を思うこといよいよ深くしてわれますます自ら欺かんと企てぬ。思い断ち得てしかして得るところは何ぞ、われにも君にも永(なが)くいやし難き心の傷なるべし。しかしてわがいわゆる天職なるもの果たして全く遂げらるべきや。ああ愚かなる。げにわが血は荒れて事業事業と叫ぶ声のみぞいたずらに高く、その声の大なるに自ら欺かれてわれに限りなき力ありと思いき。』
 この時、風一陣、窓に近き栗(くり)の梢(こずえ)を魔(もの)ありて揉(も)みしようなる音す。青年は筆を止めて耳傾くるさまなりしが、
『わが力いずこにありや。口渇(かわ)きし者の叫ぶ声を聞け、風にもまるる枯葉(こよう)の音を聞け。君なくしてなお事業と叫ぶわが声はこれなり。声かれ血涸(か)れ涙(なみだ)涸れてしかして成し遂ぐるわが事業こそ見物(みもの)なりしに。ああされど今や君はわが力なり。あらず、君を思うわが深き深き情けこそわが将来(ゆくすえ)の真(まこと)の力なれ。あらず。われを思う君が深き高き清き情けこそわが将来(ゆくすえ)の血なれ。この血は地の底を流るる春の泉なり。草も木も命をここに養い、花もこれより開き、実を結ぶもその甘き汁はすなわちこの泉なり。こは詩的形容にあらず、君よ今わが現に感ずるところなり。
 昨夜までは、わが洋行も事業の名をかりて自ら欺く逃走なりき。かしこは墳墓なりき。今やしからず。今朝(けさ)より君が来宅までわが近郊の散歩は濁水暫時地を潜(くぐ)りし時のごとし。こはわが荒き感情の漉(こ)されし時なり。再び噴出せし今は清き甘き泉となりぬ。われは勇みてこの行に上るべし。望みは遠し、されど光のごとく明るし。熱血、身うちに躍(おど)る、これわが健康の徴(しるし)ならずや。みな君が賜(たまもの)なり。』
 青年の眼(まなこ)は輝きて、その頬(ほお)には血のぼりぬ。
『されば必ず永久(とこしえ)の別れちょう言葉を口にしたもうなかれ。永久の別れとは何ぞ。人はあまりにたやすく永久(とこしえ)の二字を口にす。恐ろし二字、厳(おごそ)かなる二字、人を生かし人を殺す二字。永久の望み、永久の死、人はこの両極に呼吸す。永久の死なき者に永久の別れありや。されど死という一字は人容易に近づきて深く感ずるを得ずといえども、別れの一字は人々の日々親しく感ずるがゆえに、もし人、この一字に永久の二字を加えて静かに思いきわめなばその胸さけん。君とてもしかり。これわれと永久(とこしえ)に別れて無究に相見ず、われは北極の氷と化し君は南極の石となりて、感ぜず思わず、限りなく相見ずと思いたもうともなお忍びたもうことを得るや。愛児を失いし人は始めて死の淵(ふち)の深きに驚き悲しむと言い伝う、わが知れる宗教家もしかいえり。こは誤感のみ。かれが感ずるは死にあらず、別れなり。その哀(かな)しみは死を悲しむにあらず、別れを悲しむなり。死は形のみ、別れは実(じつ)なり。たれか愛と永久(とこしえ)の別れと両立せしめ得るものぞ。千年万年億々年の別れを悲しまず、実に永久(とこしえ)の別れを悲しむ。否、われは永久(とこしえ)の別れを信ぜざるなり。愛の命はこの信仰のみ、われらが恋の望みは実にここにあり。否、君のみにあらず、われは一目見しかの旗亭(きてい)の娘の君によく肖(に)たると、老い先なき水車場の翁(おきな)とまた牛乳屋(ちちや)の童(わらべ)と問わず、みなわれに永久(とこしえ)の別れあるものぞとは思い忍ぶあたわず。ああ天よ地よ、すべて亡(ほろ)びよ。人と人とは永久(とこしえ)に情の世界に相見ん。君よ、必ず永久(とこしえ)の別れを軽々(かろがろ)しく口にも筆にも上(のぼ)したまいそ。これ実にわれの耐うるところにあらず。君を恋うることの深きによりて、われ初めてこの深き悲哀を知り、さらに限りなきの望みと力とを得たり。運命の力は強し、君とこの世にまた相見ることなかるべきやを思うだに、この心破れんとす、いわんや永久(とこしえ)の別れをや。』
 この時、夜ふけ、遠き林をわたる風の音の幽(かす)かに聞こゆるのみ、四辺(あたり)は寂(せき)として声なし。青年はしばし、夢みるごときまなざし遠く、ややありて『わが夜もふけぬ。君今は静かに休みておわさん。わが心哀(かな)し。人々みな懐(なつ)かし。わけても君恋し。ああたれか永久(とこしえ)の別れというや。否、否、否……。』
 かれは掌(たなごころ)もて顔をおおい、臂(ひじ)を机に立てつ、目の前には牛乳屋(ちちや)、水車場、小川流るる巷(ちまた)、林の奥、木(こ)の葉浮かびて流るるまっすぐの水道、美しき優しき治子、翁(おきな)、童(わらべ)、驢馬(ろば)に至るまで鮮(あざ)やかに浮かび出(い)でしが、たちまちみな霧に包まれて消え、夢に見し春の流れの岸に立つ気高(けだか)き少女(おとめ)現われぬ。そは真(まこと)の治子の姿とかわらざりき。
(明治三十一年十月作)
了

底本:「武蔵野」岩波文庫、岩波書店
   1939(昭和14)年2月15日第1刷発行
   1972(昭和47)年8月16日第37刷改版発行
   2002(平成14)年4月5日第77刷発行
底本の親本:「武蔵野」民友社
   1901(明治34)年3月
初出:「文芸倶楽部」
   1898(明治31)年10月
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2012年7月26日作成
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