あらすじ
「囈語」は、人間の身体を奇怪な比喩によって描写した、幻想的な短編作品です。著者の内面を映し出すような、奇妙で不気味な言葉が、読者の想像力をかき立てます。独特な感覚と、言葉の力によって、現実と非現実の境界線が曖昧になり、不思議な世界へと誘われるでしょう。
     一

 僕の胃袋ゐぶくろくぢらです。コロムブスの見かけたと云ふ鯨です。時々しほも吐きかねません。える声を聞くのには飽き飽きしました。

     二

 僕の舌や口腔は時々熱の出る度に羊歯しだ類を一ぱいに生やすのです。

     三

 一体下痢げりをする度に大きい蘇鉄そてつを思ひ出すのは僕一人ひとりに限つてゐるのかしら?

     四

 僕は腹鳴りを聞いてゐると、僕自身いつかさめの卵をみ落してゐるやうに感じるのです。

     五

 僕は憂鬱になり出すと、僕の脳髄なうずゐひだごとにしらみがたかつてゐるやうな気がして来るのです。
(大正十五年五月)

底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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