あらすじ
動物園に集められた様々な動物たち。象は長い鼻を高く掲げて、キツプリングの説を否定しようとします。一方、頸を結んだままの鸛の鳥や、万年青の手入れをする駱駝など、それぞれの動物に独特のユーモアが漂います。虎はコスモポリタンとしての歴史を語り、猿は悲劇と喜劇の顔を併せ持つ奇妙な存在として、人間よりも人間らしい姿をみせます。そして、金魚は先の切れた尾を振りながら、洒落者のやうに悠々と泳ぎ続けます。様々な動物たちの個性と、そこに投影される人間の姿が織りなす、不思議な世界を覗いてみてください。
     象

 象よ。キツプリングは昔お前の先祖が、鰐(わに)に鼻を啣(くは)へられたものだから、未(いま)だにお前まで長い鼻をぶら下げて歩いてゐると云つた。が、おれにはどうしても、あいつの云ふ事が信用出来ない。お前の先祖は仏陀(ぶつだ)御在世(ございせい)の時分、きつとガンヂス河(がは)の燈心草(とうしんぐさ)の中で、昼寝か何かしてゐたのだ。すると河の泥に隠れてゐた、途方(とはう)もなく大きな蛭(ひる)が、その頃はまだ短かつた、お前の先祖の鼻の先へ、吸ひついてしまつたのに違ひない。さもなければお前の鼻が、これ程大きな蛭(ひる)のやうに、伸びたり縮(ちぢ)んだりはしないだらう。象よ。お前は印度(インド)の名門の生れだ。どうかおれの云つた通り、あのキツプリングの説などは口から出放題(ではうだい)の大法螺(おほぼら)だと、先祖の寃(ゑん)を雪(すす)ぐ為に、一度でも好(い)いからその鼻をあげて、喇叭(らつぱ)のやうな声を轟かせてくれ。

     鸛(こふ)の鳥(とり)

 あの頸(くび)をさ、襟飾(ネクタイ)のやうに結(むす)んでしまつたら、一体あいつはどうしてほどく気なんだらう。

     駱駝(らくだ)

 お爺(ぢい)さん。もう万年青(おもと)の御手入(おていれ)はおすみですか。ではまあ一服おやりなさい。おや、あの菖蒲革(しやうぶがは)の莨(たばこ)入は、どこへ忘れて御出でなすつた?

     虎

 虎よ。お前はコスモポリタンだ。豊干禅師(ぶかんぜんじ)を乗せたお前。和唐内(わたうない)に搏(う)たれたお前。それからウイルヤム・ブレエクの有名な詩に歌はれたお前。虎よ。お前は最大のコスモポリタンだ。

     家鴨(あひる)

 子供が黒板(こくばん)へ白墨(はくぼく)で悪戯(いたづら)に書いた算用数字。2、2、2、2、2、2。

     白孔雀(しろくじやく)

 これは年とつた貴婦人だ。お眼が少し赤く爛(ただ)れていらつしやる。鼈甲(べつかふ)の柄(え)のついた眼鏡(めがね)を持つて、一々見物人を御覧になれば好(い)い。

     大蝙蝠(おほかうもり)

 お前の翼は仁木弾正(につきだんじやう)の鬢(びん)だ。面明(つらあか)りの蝋燭位(らふそくくらゐ)は、一煽(ひかあふ)りにも消し兼ねない。さうしたら、鼻の尖つた、眼張りの強い、脣(くちびる)をへの字に曲げてゐる顔が、うす暗い雲母摺(きららずり)を後(うしろ)にして、愈(いよいよ)気味悪く浮き上るだらう。落款(らくくわん)は東洲斎写楽(とうしうさいしやらく)……

     カンガルウ

 腹の袋の中には子供が一匹はひつてゐる。あれを出してしまつても、まだ英吉利(イギリス)の国旗か何かが、手品(てじな)のやうに出て来はしないか。

     鸚哥(いんこ)

 お前は古い唐画(たうぐわ)の桃の枝に、ぢつと止つてゐるが好(い)い。うつかり羽搏(はばた)きでもしようものなら、体の絵の具が剥(は)げてしまふから。

     猿

 猿よ。お前は一体泣いてゐるのか、それとも亦(また)笑つてゐるのか。お前の顔は悲劇の面(めん)のやうで、同時に又喜劇の面のやうだ。おれの記憶は縁日(えんにち)の猿芝居へおれを連れて行(ゆ)く。桜の釣板(つりいた)、張子(はりこ)の鐘、それからアセチレン瓦斯(ガス)の神経質な光。お前は金紙(きんがみ)の烏帽子(ゑぼし)をかぶつて、緋鹿子(ひがのこ)の振袖をひきずりながら、恐るべく皮肉な白拍子(しらびやうし)花子の役を勤めてゐる。おれの胸に始めて疑団(ぎだん)が萠(きざ)したのは、正にその白拍子たるお前の顔へ、偶然の一瞥(いちべつ)を投げた時だ。お前は一体泣いてゐるのか、それとも亦笑つてゐるのか。猿よ。人間よりもより人間的な猿よ。おれはお前程巧妙なトラジツク・コメデイアンを見た事はない。――おれが心の中でかう呟(つぶや)くと、猿は突然身を躍(をど)らせて、おれの前の金網(かなあみ)にぶら下りながら、癇高(かんだか)い声で問ひ返した。「ではお前は? え、お前のそのしかめ面(つら)は?」

     山椒魚(さんせううを)

 おれがね、お前は一体何物だと、頭に向つて尋ねたら、私(わたし)は山椒魚(さんせううを)ですよと、尻尾(しつぽ)がおれに返事をしたぜ。

     鶴

 県下第一の旅館の玄関、芍薬(しやくやく)と松とを生(い)けた花瓶、伊藤博文(いとうひろぶみ)の大字(だいじ)の額(がく)、それからお前たちつがひの剥製(はくせい)……

     狐

 ふて寝だな。この襟巻め。

     鴛鴦(をしどり)

 胡粉(ごふん)の雪の積つた柳、銀泥(ぎんでい)の黒く焼けた水、その上に浮んでゐる極彩色(ごくさいしき)のお前たち夫婦、――お前たちの画工は伊藤若冲(いとうぢやくちう)だ。

     鹿

 この見事な刀掛(かたなかけ)には、葵(あふひ)の御紋散(ごもんぢ)らしの大小でも恭(うやうや)しく掛けて置くが好(い)い。

     波斯猫(ペルシヤねこ)

 日の光、茉莉花(まつりくわ)の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)(にほひ)、黄色い絹のキモノ、Fleurs du Mal, それからお前の手ざはり。……

     鸚鵡(あうむ)

 鹿鳴館(ろくめいくわん)には今日(けふ)も舞踏がある。提灯(ちやうちん)の光、白菊(しらぎく)の花、お前はロテイと一しよに踊つた、美しい「みやうごにち」令嬢だ。

     日本犬

 造り物の柳に灯(ひ)入りの月が出る。お前は唯遠くで啼いてゐれば好(い)い。


     南京鼠(ナンキンねづみ)

 上着(うはぎ)は白天鵞絨(しろびろうど)、眼は柘榴石(ざくろいし)、それから手袋は桃色繻子(じゆす)。――お前たちは皆可愛(かはい)らしい、支那美人にそつくりだ。後宮(こうきゆう)の佳麗(かれい)三千人と云ふと、おれは何時(いつ)もお前たちが、重なり合つた楼閣の中に、巣を食つた所を想像する。そら、西施(せいし)が芋(いも)の皮を噛(か)じつてゐると、楊貴妃(やうきひ)は一生懸命に車をまはしてゐるぢやないか。

     猩々(しやうじやう)

 あの猩々(しやうじやう)の鼻の上には、金縁(きんぶち)の Pince-nez がかかつてゐる。あれが君に見えるかい? もし見えなければ、今日(けふ)限り、詩を作る事はやめにし給へ。

     鷺(さぎ)

 祥瑞(しよんずゐ)の江村(かうそん)は暮れかかつた。藍色(あゐいろ)の柳、藍色の橋、藍色の茅屋(ばうをく)、藍色の水、藍色の漁人(ぎよじん)、藍色の芦荻(ろてき)。――すべてが稍(やや)黒ずんだ藍色の底に沈んだ時、忽ち白々(しらしら)と舞ひ上(あが)るお前たち三羽の翼の色。――皿の外までも飛び出さなければ好(い)いが。

     河馬(かば)

 挙(こ)す。梁(りよう)の武帝(ぶてい)、達磨大師(だるまだいし)に問ふ。如何(いかん)か是(これ)仏法(ぶつぽう)。磨(ま)云ふ。水中の河馬(かば)。

     ぺングイン

 お前は落魄(らくはく)した給仕人だ。悲しさうなお前の眼の中には、以前勤めてゐたホテルの大食堂が、今も Aurora australis のやうに、輝かしい過去の幻を浮き上らせる事がありはしないか?

     馬

 凩(こがらし)の吹く町の角(かど)には、青銅(からかね)のお前に跨(またが)つた、やはり青銅(からかね)の宮殿下が、寒むさうな往来(わうらい)の老若男女(らうにやくなんによ)を、揚々と見下(おろ)して御出(おい)でになる。さうしてその宮殿下の、軍服を召した御胸(おむね)には、恐れながら白い鴉(からす)の糞(ふん)が、……

     梟(ふくろふ)

 Brocken 山(ざん)へ! 箒(はうき)に跨(またが)つた婆(ばあ)さんが、赤い月のかかつた空へ、煙突から一文字(いちもんじ)に舞ひ上(あが)る。と、その後(うしろ)から一羽の梟(ふくろふ)が――いや、これは婆さんの飼ひ猫が何時(いつ)の間(ま)にか翼を生やしたのかも知れない。

     金魚

 うす日の光がさして来ると、藻に立つた秋も目立つやうになつた。おれは、――所々鱗(うろこ)の剥(は)げた金魚は、やがてはこの冷たい水の上に、屍(むくろ)を曝(さら)す事になるのかも知れない。しかしさう云ふ最後の日までは、やはり先の切れた尾を振りながら、あの洒落者(しやれもの)のブラムメルのやうに、悠々と泳いでゐようと思ふ。

     兎

 今昔物語(こんじやくものがたり)巻五(まきのご)、三獣行菩薩道兎焼身語(さんじうぼさつのみちをおこなひうさぎみをやくものがたり)と云ふ J※(マクロン付きA小文字)taka の中に、こんなお前の肖像画がある。――「兎は励みの心を発(おこ)して、……耳は高く※(「やまいだれ+區」、第4水準2-81-70)(くぐ)せにして、目は大きく前の足短く、尻の穴は大きく開いて、東西南北求め歩けども、更に求め得たるものなし……」

     雀

 これは南画(なんぐわ)だ。蕭々(せうせう)と靡(なび)いた竹の上に、消えさうなお前が揚(あが)つてゐる。黒ずんだ印(いん)の字を読んだら、大明方外之人(たいみんはうぐわいのひと)としてあつた。

     麝香獣(じやかうじう)

 梅紅羅(ばいこうら)の軟簾(なんれん)の中に、今夜(こんや)も独り眠つてゐる、淫婦潘金蓮(はんきんれん)の妖(あや)しい夢。

     獺(かはをそ)

 毎晩廊下へ出して置く、台(だい)の物(もの)の残りがなくなるんですよ。獺(かはをそ)が引いて行(い)くんですつて。昨夜(ゆうべ)も舟で帰る御客が、提灯(ちやうちん)の火を消されました。

     黒豹(くろへう)

 お前は歯の美しい Black Mary だ。南京玉(なんきんだま)の首飾りや毛糸の肩掛を持つて行つてやつたら、さぞ喉(のど)をならして喜ぶだらう。

     蒼鷺(あをさぎ)

 何(なん)でも雨上(あまあが)りの葉柳の※(「均のつくり」、第3水準1-14-75)(にほひ)が、川面(かはも)を蒸してゐる時だつた。お前はその柳の梢(こずゑ)に、たつた一羽止まつてゐたが、「夕焼け、小焼け、あした天気になあれ。」――そんな唄を謡(うた)つて通(とほ)つた、子供の時のおれを覚えてゐるかい?

     栗鼠(りす)

 亜欧堂田善(あおうだうでんぜん)の銅版画(どうばんぐわ)の森が、時代のついた薄明りの中に、太い枝と枝とを交(か)はしてゐる。その枝の上に蹲(うづくま)つた、可笑(をか)しい程悲しいお前の眼つき……

     鴉(からす)

「今晩は。」「今晩は。この竹藪は風が吹くと、騒々しいのに閉口します。」「ええ、その上月のある晩は、余計(よけい)何(なん)だか落着きませんよ。――時に隠亡堀(おんばうぼり)は如何(いかが)でした?」「隠亡堀ですか? あすこには今日(けふ)も不相変(あひかはらず)、戸板に打ちつけた死骸がありました。」「ああ、あの女の死骸ですか。おや、あなたの嘴(くちばし)には、髪の毛が何本も下(さが)つてゐますよ。」

     ジラフ

 これは玩具(おもちや)だ。黄色い絵の具と黒い絵の具とが、まだ乾かずにべたべたしてゐる。尤(もつと)も人間の子供の玩具(おもちや)には、ちつと大きすぎるかも知れない。さしづめあの小ましやくれた、幼児(ランフアン)基督の玩具には持つて来いだ。

     金糸雀(かなりや)

 理髪店の店さきには、朝日の光がさわやかに、万年青(おもと)の鉢を洗つてゐる。鋏(はさみ)の音、水の音、新聞紙を拡げる音、――その音の中に交(ま)じるのは、籠一ぱいに飛びまはる、お前たちの囀(さへづ)り声、――誰だい、今親方(おやかた)に挨拶した新造(しんぞ)は?

     羊

 或日おれは檻(をり)の羊に、いろいろな本を食はせてやつた。聖書、Une Vie, 唐詩選(たうしせん)、――何(なん)でも羊は食つてしまふ。が、その中にたつた一つ、いくら鼻の先へ出してやつても、食はない本があると思つたら、それはおれの小説集だつた。覚えてゐろよ。綿細工(わたざいく)め。
(大正九年九月)
了

底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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