あらすじ
伊曾保の物語の一章に、誰も知らない異本が存在します。鴉が孔雀の羽根を手に入れ、他の鳥を卑しめて飛び回ります。鳥たちは鴉を本物の孔雀と信じ込み、攻撃し、鴉は命を落とします。その後、本物の孔雀が現れても、鳥たちは再び攻撃し殺してしまいます。鳥たちは偽物の孔雀にばかり出会うため、本物の孔雀に出会っても見分けがつかないのです。
 これは異本「伊曾保(いそぽ)の物語」の一章である。この本はまだ誰も知らない。
「或(ある)鴉(からす)おのれが人物を驕慢(けうまん)し、孔雀(くじやく)の羽根を見つけて此処かしこにまとひ、爾余(じよ)の諸鳥(しよてう)をば大きに卑(いや)しめ、わが上(うへ)はあるまじいと飛び廻れば、諸鳥安からず思ひ、『なんぢはまことの孔雀でもないに、なぜにわれらをおとしめるぞ』と、取りまはいてさんざんに打擲(ちやうちやく)したれば、羽根は抜かれ脚は折られ、なよなよとなつて息が絶えた。
「その後(のち)またまことの孔雀が来たに、諸鳥はこれも鴉ぢやと思うたれば、やはり打ちつ蹴(け)つして殺してしまうた。して諸鳥の云うたことは、『まことの孔雀にめぐり遇(あ)うたなら、如何(いか)やうな礼儀をも尽さうずるものを。さてもさても世の中には偽(に)せ孔雀ばかり多いことぢや。』
「下心(したごころ)。――天下(てんか)の諸人(しよにん)は阿呆(あはう)ばかりぢや。才(さえ)も不才(ふさえ)もわかることではござらぬ。」
了

底本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」筑摩書房
   1971(昭和46)年6月5日初版第1刷発行
   1979(昭和54)年4月10日初版第11刷発行
入力:土屋隆
校正:松永正敏
2007年6月26日作成
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