あらすじ
「真景累ヶ淵」は、金貸しの皆川宗悦が、借金の返済を求めて訪れた深見新左衞門に殺されてしまうことから始まります。新左衞門は宗悦の死体を隠蔽しようとしますが、その死体が葛籠に入れられ、様々な人の手を渡り、最終的に宗悦の娘お園の元にたどり着きます。お園は父親の死を知り、悲しみに暮れます。しかし、事件の真相は闇に葬られ、新左衞門と彼の奥方はそれぞれに罪悪感にさいなまれることになります。やがて、新左衞門の屋敷は怪奇現象に見舞われ、悲劇的な結末を迎えます。果たして、宗悦の死の真相は何だったのでしょうか?そして、新左衞門と奥方の身に降りかかる恐怖とは?怪談の真髄を味わえる、円朝の代表作です。
        一

 今日(こんにち)より怪談のお話を申上げまするが、怪談ばなしと申すは近来大きに廃(すた)りまして、余り寄席(せき)で致す者もございません、と申すものは、幽霊と云うものは無い、全く神経病だと云うことになりましたから、怪談は開化先生方はお嫌いなさる事でございます。それ故に久しく廃って居りましたが、今日になって見ると、却(かえ)って古めかしい方が、耳新しい様に思われます。これはもとより信じてお聞き遊ばす事ではございませんから、或(あるい)は流(りゅう)違いの怪談ばなしがよかろうと云うお勧めにつきまして、名題を真景累ヶ淵と申し、下総国(しもふさのくに)羽生村(はにゅうむら)と申す処の、累(かさね)の後日のお話でございまするが、これは幽霊が引続いて出まする、気味のわるいお話でございます。なれども是はその昔、幽霊というものが有ると私共(わたくしども)も存じておりましたから、何か不意に怪しい物を見ると、おゝ怖い、変な物、ありゃア幽霊じゃアないかと驚きましたが、只今では幽霊がないものと諦めましたから、頓(とん)と怖い事はございません。狐にばかされるという事は有る訳のものでないから、神経病、又天狗に攫(さら)われるという事も無いからやっぱり神経病と申して、何(なん)でも怖いものは皆神経病におっつけてしまいますが、現在開(ひら)けたえらい方で、幽霊は必ず無いものと定めても、鼻の先へ怪しいものが出ればアッと云って臀餅(しりもち)をつくのは、やっぱり神経が些(ち)と怪しいのでございましょう。ところが或る物識(ものしり)の方は、「イヤ/\西洋にも幽霊がある、決して無いとは云われぬ、必ず有るに違いない」と仰しゃるから、私共は「ヘエ然(そ)うでございますか、幽霊は矢張(やっぱり)有りますかな」と云うと、又外の物識の方は、「ナニ決して無い、幽霊なんというは有る訳のものではない」と仰しゃるから、「ヘエ左様でございますか、無いという方が本当でげしょう」と何方(どちら)へも寄らず障らず、只云うなり次第に、無いといえば無い、有るといえば有る、と云って居れば済みまするが、極(ごく)大昔に断見(だんけん)の論というが有って、是は今申す哲学という様なもので、此の派の論師の論には、眼に見え無い物は無いに違いない、何(ど)んな物でも眼の前に有る物で無ければ有るとは云わせぬ、仮令(たとえ)何んな理論が有っても、眼に見えぬ物は無いに違いないという事を説きました。すると其処(そこ)へ釈迦が出て、お前の云うのは間違っている、それに一体無いという方が迷っているのだ、と云い出したから、益々分らなくなりまして、「ヘエ、それでは有るのが無いので、無いのが有るのですか」と云うと、「イヤ然(そ)うでも無い」と云うので、詰り何方(どちら)か慥(たし)かに分りません。釈迦と云ういたずら者が世に出(いで)て多くの人を迷わする哉(かな)、と申す狂歌も有りまする事で、私共は何方へでも智慧のある方(かた)が仰しゃる方(ほう)へ附いて参りまするが、詰り悪い事をせぬ方(かた)には幽霊という物は決してございませんが、人を殺して物を取るというような悪事をする者には必ず幽霊が有りまする。是が即ち神経病と云って、自分の幽霊を脊負(しょ)って居(い)るような事を致します。例えば彼奴(あいつ)を殺した時に斯(こ)ういう顔付をして睨(にら)んだが、若(も)しや己(おれ)を怨(うら)んで居やアしないか、と云う事が一つ胸に有って胸に幽霊をこしらえたら、何を見ても絶えず怪しい姿に見えます。又その執念の深い人は、生きて居ながら幽霊になる事がございます。勿論死んでから出ると定(き)まっているが、私(わたくし)は見た事もございませんが、随分生きながら出る幽霊がございます。彼(か)の執念深いと申すのは恐しいもので、よく婦人が、嫉妬のために、散(ちら)し髪で仲人の処へ駈けて行(ゆ)く途中で、巡査(おまわり)に出会(でっくわ)しても、少しも巡査が目に入りませんから、突当るはずみに、巡査の顔にかぶり付くような事もございます。又金を溜めて大事にすると念が残るという事もあり、金を取る者へ念が取付いたなんという事も、よくある話でございます。
 只今の事ではありませんが、昔根津(ねづ)の七軒町(しちけんちょう)に皆川宗悦(みながわそうえつ)と申す針医がございまして、この皆川宗悦が、ポツ/\と鼠が巣を造るように蓄めた金で、高利貸を初めたのが病みつきで、段々少しずつ溜るに従っていよ/\面白くなりますから、大(たい)した金ではありませんが、諸方へ高い利息で貸し付けてございます。ところが宗悦は五十の坂を越してから女房に別れ、娘が二人有って、姉は志賀と申して十九歳、妹は園と申して十七歳でございますから、其の二人を楽(たのし)みに、夜中(やちゅう)の寒いのも厭(いと)わず療治をしては僅(わず)かの金を取って参り、其の中から半分は除(の)けて置いて、少し溜ると是を五両一分で貸そうというのが楽みでございます。安永(あんえい)二年十二月二十日の事で、空は雪催しで一体に曇り、日光おろしの風は身に染(し)みて寒い日、すると宗悦は何か考えて居りましたが、
 宗「姉(あんね)えや、姉えや」
 志「あい……もっと火を入れて上げようかえ」
 宗「ナニ火はもういゝが、追々押詰るから、小日向(こびなた)の方へ催促に行こうと思うのだが、又出て行(ゆ)くのはおっくうだから、牛込(うしごめ)の方へ行って由兵衞(よしべえ)さんの処(とこ)へも顔を出したいし、それから小日向のお屋敷へ行ったり四ツ谷へも廻ったりするから、泊り掛(がけ)で五六軒遣(や)って来ようと思う、牛込は少し面倒で、今から行っちゃア遅いから明日(あした)行く事にしようと思うが、小日向のはずるいから早く行かないとなあ」
 志「でもお父(とっ)さん本当に寒いよ、若(も)し降って来るといけないから明日早くお出でなさいな」
 宗「いや然(そ)うでない、雪は催して居てもなか/\降らぬから、雪催しで些(ちっ)と寒いが、降らぬ中(うち)に早く行って来よう、何を出してくんな、綿の沢山はいった半纒(はんてん)を、あれを引掛(ひっか)けて然うして奴(やっこ)蛇の目の傘を持って、傘は紐を付けて斜(はす)に脊負(しょ)って行くようにしてくんな、ひょっと降ると困るから、なに頭巾をかぶれば寒くないよ」
 志「だけれども今日は大層遅いから」
 宗「いゝえそうでは無い」
 と云うと妹のお園が、
 園「お父(とっ)さん早く帰っておくれ、本当に寒いから、遅いと心配だから」
 宗「なに心配はない、お土産(みや)を買って来る」
 と云って出ますると、所謂(いわゆる)虫が知らせると云うのか、宗悦の後影(うしろかげ)を見送ります。宗悦は前鼻緒(まえばなお)のゆるんだ下駄を穿(は)いてガラ/\出て参りまして、牛込の懇意の家(うち)へ一二軒寄って、すこし遅くはなりましたが、小日向服部坂上(はっとりさかうえ)の深見新左衞門(ふかみしんざえもん)と申すお屋敷へ廻って参ります。この深見新左衞門というのは、小普請組(こぶしんぐみ)で、奉公人も少ない、至って貧乏なお屋敷で、殿様は毎日御酒ばかりあがって居るから、畳などは縁(へり)がズタ/\になって居(お)り、畳はたゞみばかりでたたは無いような訳でございます。
 宗「お頼み申します/\」
 新「おい誰(たれ)か取次が有りますぜ、奥方、取次がありますよ」
 奥「どうれ」
 と云うので、奉公人が少ないから奥様が取次をなさる。

        二

 奥「おや、よくお出でだ、さア上(あが)んな、久しくお出でゞなかったねえ」
 宗「ヘエこれは奥様お出向いで恐れ入ります」
 奥「さアお上り、丁度殿様もお在宅(いで)で、今御酒をあがってる、さア通りな、燈光(あかり)を出しても無駄だから手を取ろう、さア」
 宗「これは恐入ります、何か足に引掛(ひっかゝ)りましたから一寸(ちょっと)」
 奥「なにね畳がズタ/\になってるから足に引掛るのだよ……殿様宗悦が」
 新「いや是は何(ど)うも珍らしい、よく来た、誠に久しく逢わなかったな、この寒いのによく尋ねてくれた」
 宗「ヘエ殿様御機嫌好(よ)う、誠に其の後(のち)は御無沙汰を致しましてございます、何うも追々月迫(げっぱく)致しまして、お寒さが強うございますが何もお変りもございませんで、宗悦身に取りまして恐悦に存じます」
 新「先頃は折角尋ねてくれた処が生憎(あいにく)不在で逢わなかったが何うも遠いからのう、なか/\尋ねるたって容易でない、よくそれでも心に掛けて尋ねてくれた、余り寒いから今一人で一杯始めて相手欲しやと思って居た処、遠慮は入らぬ、別懇(べっこん)の間ださア」
 宗「ヘエ有難い事で、家内のお兼(かね)が御奉公を致した縁合(えんあい)で、盲人が上りましても、直々(じき/\)殿様がお逢い遊ばして下さると云うのは、誠に有難いことでございますが、ヘエ、なに何う致しまして」
 奥「宗悦やお茶を此処(こゝ)に置くよ」
 宗「ヘエ是は何うも恐れ入ります」
 新「奥方宗悦が久振(ひさしぶり)で来たから何(なん)でも有合(ありあい)で一つ、随分飲めるから飲まして遣(や)りましょう、エヽ奥方勘藏(かんぞう)は居らぬかえ、エ、ナニ何か一寸、少しは有ろう、まア/\宗悦此方(こちら)へ来な、却(かえ)って鯣(するめ)ぐらいの方が好(よ)い、随分酔うものだよ、さアずっと側へ来な、奥方頼みます」
 奥「宗悦ゆるりと」
 と云うので、別に奉公人が有りませんから、奥様が台所で拵(こしら)えるのでございます。
 新「宗悦よく来た、さア一つ」
 宗「ヘエ是は恐れ入ります、頂戴致します、ヘエもう…おッと溢(こぼ)れます」
 新「これは感心、何うもその猪口(ちょく)の中へ指を突込んで加減をはかると云うのは其処(そこ)は盲人でも感服なもの、まア宗悦よく来たな、何(なん)と心得て来た」
 宗「ヘエ何と云って殿様申し上げるのはお気の毒でげすが、先年御用達(ごようだ)って置いたあの金子の事でございます、外(ほか)とは違いまして、兼が御奉公を致しましたお屋敷の事でございますから、外よりは利分(りぶん)をお廉(やす)く致しまして、十五両一分で御用達ったのは僅(わず)か三十金でございますが、あれ切(ぎ)り何とも御沙汰がございませんから、再度参りました所が、何分(なにぶん)御不都合の御様子でございますから遠慮致して居(お)るうちに、もう丁度足掛け三年になります、エ誠に今年は不手廻(ふてまわ)りで融通が悪うございます、ヘエ余り延引になりますから、ヘエ何(ど)うか今日(こんにち)は御返金を願いたく出ましてございます、ヘエ何うか今日は是非半金でも戴きませんでは誠に困りますから」
 新「そりゃア何うもいかん、誠に不都合だがのう、当家も続いて不如意でのう、何うも返したくは心得て居(い)るが、種々(いろ/\)その何うも入用が有って何分差支えるからもうちっと待てえ」
 宗「殿様え、貴方(あなた)はいつ上(あが)っても都合が悪いから待てと仰しゃいますがね、何時(いつ)上れば御返金になるという事を確(しっ)かり伺いませんでは困ります、ヘエ慥(たし)かに何時(いつ)幾日(いっか)と仰しゃいませんでは、私(わたくし)は斯(こ)ういう不自由な身体で根津から小日向まで、杖を引張って山坂を越して来るのでげすから、只出来ぬとばかり仰しゃっては困ります。三年越しになってもまだ出来ぬと云うのは、余(あんま)り馬鹿々々しい、今日(きょう)は是非半分でも頂戴して帰らんければ帰られません、何(なん)ぼ何でも余(あんま)り我儘でげすからなア」
 新「我儘と云っても返せぬから致し方がない、エヽいくら振ろうとしても無い袖は振れぬという譬(たとえ)の通りで、返せぬというものを無理に取ろうという道理はあるまい、返せなければ如何(いかゞ)いたした」
 宗「返せぬと仰しゃるが、人の物を借りて返さぬという事はありません、天下の直参(じきさん)の方が盲人の金を借りて居て出来ないから返せぬと仰しゃっては甚(はなは)だ迷惑を致します、そのうえ義理が重なって居りますから遠慮して催促も致しませんが、大抵四月縛(よつきしばり)か長くても五月(いつゝき)という所を、べん/″\と廉(やす)い利で御用達(ごようだて)申して置いたのでげすから、ヘエ何うか今日(こんにち)御返金を願います、馬鹿々々しい、幾度来たって果(はて)しが附きませんからなア」
 新「これ、何(なん)だ大声を致すな、何だ、痩せても枯れても天下の直参が、長らく奉公をした縁合を以(もっ)て、此の通り直々に目通りを許して、盃(さかずき)でも取らすわけだから、少しは遠慮という事が無ければならぬ、然(しか)るを何だ、余(あま)り馬鹿々々しいとは何(ど)ういう主意を以て斯(かく)の如く悪口(あっこう)を申すか、この呆漢(たわけ)め、何だ、無礼の事を申さば切捨てたってもよい訳だ」
 宗「やア是は篦棒(べらぼう)らしゅうございます、こりゃアきっと承りましょう、余(あんま)りと云えば馬鹿々々しい、何(なん)でげすか、金を借りて置きながら催促に来ると、切捨てゝもよいと仰しゃるか、又金が返せぬから斬って仕舞うとは、余り理不尽じゃアありませんか、いくら旗下(はたもと)でも素町人(すちょうにん)でも、理に二つは有りません、さア切るなら斬って見ろ、旗下も犬の糞(くそ)もあるものか」
 と宗悦が猛(たけ)り立って突っかゝると、此方(こちら)は元来御酒の上が悪いから、
 新「ナニ不埓(ふらち)な事を」
 と立上ろうとして、よろける途端に刀掛(かたなかけ)の刀に手がかゝると、切る気ではありませんが、無我夢中でスラリと引抜き、
 新「この糞たわけめが」
 と浴せかけましたから、肩先深く切込みました。

        三

 新左衞門は少しもそれが目に入らぬと見えて、
 新「何(なん)だこのたわけめ、これ此処(こゝ)を何処(どこ)と心得て居(お)る、天下の直参の宅へ参って何だ此の馬鹿者め、奥方、宗悦が飲(たべ)酔って参って兎(と)や角(こ)う申して困るから帰して下さい、よう奥方」
 と云われて奥方は少しも御存じございませんから手燭(てしょく)を点(つ)けて殿様の処へ行って見ると、腕は冴(さ)え刃物は利(よ)し、サッという機(はずみ)に肩から乳の辺(あたり)まで斬込まれて居(い)る死骸を見て、奥方は只べた/″\/″\と畳の上にすわって、
 奥「殿様、貴方何を遊ばしたのでございます、仮令(たとえ)宗悦が何(ど)の様な悪い事がありましても別懇な間でございますのに、何(なん)でお手打に遊ばした、えゝ殿様」
 新「ナニたゞ背打(むねうち)に」
 と云って、見ると、持って居(い)る一刀が真赤に鮮血(のり)に染(そ)みて居るので、ハッとお驚きになると酔(えい)が少し醒(さ)めまして、
 新「奥方心配せんでも宜(よろ)しい、何も驚く事はありません、宗悦(これ)が無礼を云い悪口たら/\申して捨置き難(がた)いから、一打(ひとうち)に致したのであるから、其の趣を一寸頭(かしら)へ届ければ宜しい」
 ナニ人を殺してよい事があるものか、とは云うものゝ、此の事が表向になれば家にも障ると思いますから、自身に宗悦の死骸を油紙(あぶらかみ)に包んで、すっぽり封印を附けて居りますると、何(なん)にも知りませんから田舎者の下男が、
 男「ヘエ葛籠(つゞら)を買って参りました」
 新「何(なん)だ」
 男「ヘエ只今帰りました」
 新「ウム三右衞門(さんえもん)か、さア此処(こゝ)へ這入れ」
 三「ヘエ、お申付の葛籠を買(と)って参りましたが何方(どちら)へ持って参ります」
 新「あゝこれ三右衞門、幸い貴様に頼むがな実は貴様も存じて居る通り、宗悦から少しばかり借りて居(お)る、所が其の金の催促に来て、今日は出来ぬと云ったら不埓な悪口を云うから、捨置き難いによって一刀両断に斬ったのだ」
 三「ヘエ、それは何(ど)うも驚きました」
 新「叱(し)っ、何も仔細はない、頭へ届けさえすれば仔細はない事だが、段々物入りが続いて居る上に又物入りでは実に迷惑を致す、殊(こと)には一時面倒と云うのは、もう追々月迫致して居(お)ると云う訳で、手前は長く正当に勤めてくれたから誠に暇を出すのも厭だけれども、何うか此の死骸を、人知れず、丁度宜しい其の葛籠へ入れて何処(どこ)かへ棄てゝ、然(そ)うして貴様は在処の下総(しもふさ)へ帰ってくれよ」
 三「ヘエ、誠に、それはまあ困ります」
 新「困るったって、多分に手当を遣(や)りたいが、何うも多分にはないから十金遣ろうが、決して口外をしてはならぬぞ、若(も)し口外すると、己(おれ)の懐から十両貰った廉(かど)が有るから、貴様も同罪になるから然う思って居ろ、万一この事が漏れたら貴様の口から漏れたものと思うから、何処までも草を分けて尋ね出しても手打にせんければならぬ」
 三「ヘエ棄てまするのはそれは棄ても致しましょうし、又人に知れぬ様にも致しますが、私(わたくし)は臆病で、仏の入った葛籠を、一人で脊負(しょ)って行くのは気味が悪うございますから、誰(たれ)かと差担(さしにな)いで」
 新「万一にも此の事が世間へ流布してはならぬから貴様に頼むのだ、若し脊負えぬと云えばよんどころない貴様も斬らんければならぬ」
 三「エヽ脊負います/\」
 と云うので十両貰いました。只今では何(なん)でもございませんが、其の頃十両と申すと中々大(たい)した金でございますから、死人を脊負って三右衞門がこの屋敷を出るは出ましたが、何(ど)うしても是を棄てる事が出来ません、と申すは、臆病でございますから少し淋しい処を歩くと云うと、死人が脊中に有る事を思い出して身の毛が立つ程こわいから、なるたけ賑(にぎ)やかな処ばかり歩いて居るから、何うしても棄てる事が出来ません、其の中(うち)に何処(どこ)へ棄てたか葛籠を棄てゝ三右衞門は下総の在所へ帰って仕舞うと、根津七軒町の喜連川(きつれがわ)様のお屋敷の手前に、秋葉(あきは)の原があって、その原の側(わき)に自身番がござります。それから附いて廻って四五間参りますると、幅広の路次(ろじ)がありまして、その裏に住(すま)って居りまするのは上方(かみがた)の人でござりますが、此の人は長屋中でも狡猾者(こうかつもの)の大慾張(だいよくばり)と云うくらいの人、此の上方者が家主(いえぬし)の処へ参りまして、
 上「ヘイ今日は、お早うござります」
 家主女房「おや、お出(いで)なさい何か御用かえ」
 上「ヘエ今日は、旦那はんはお留守でござりますか、ヘエ、それは何方(どちら)へ、左様でござりますか、実はなア私(わたくし)は昨夜盗賊に出逢いましたによって、お届(とゞけ)をしようと思いましたが、何分(なにぶん)届をするのは心配でナア、世間へ知れてはよくあるまいから、どうもナア、その荷物が出さえすればよいと思うて居りました、実は私の嬶(かゝ)の妹(いもと)がお屋敷奉公をしたところが、奥さんの気に入られて、お暇を戴く時に途方もない結構な物を品々戴いて、葛籠に一杯あるを、何処(どこ)か行く処の定まるまで預かってくれえというのを預けられて、家(うち)に置くと、盗賊に出逢うて、その葛籠が無くなったによって、私はえらい心配を致しまして、もし、これからその義理ある妹へ何(ど)うしようと、実は嬶に相談して居りますると、秋葉の傍(わき)に葛籠を捨てゝ有りますから、あれを引取って参りとうござりますが、旦那はんが居やはらんければ、引取られぬでござりましょうか」
 女房「おや/\然(そ)うかえ、それじゃアね、亭主(うち)は居りませんが、總助(そうすけ)さんに頼んで引取ってお出(いで)なさい」
 上「ヘイ有難うござります、それでは總助はんに頼んで引取りを入れまして」
 と横着者で、これから總助と云う町代(ちょうだい)を頼んで、引取りを入れて、とう/\脊負って帰って来ました。

        四

 上「ヘエ只今總助はんにお頼み申して此の通り脊負(せお)うて参りました」
 家主女房「おや大層立派な葛籠ですねえ」
 上「ヘエ、これが無(の)うなってはならんと大層心配して居りました、ヘエ有難うござります」
 女房「何(ど)うして其処(そこ)に棄てゝ行ったのでしょう」
 上「それは私が不動の鉄縛(かなしばり)と云うのを遣りましたによって、身体が痺れて動かれないので、置いて行ったのでござりましょ、エヽ、ヘイ誠に有難いもので、旦那がお帰りになったら宜しゅうお礼の処を願います、ヘエ左様なら」
 とこれから路次の角から四軒目(しけんめ)に住んで居りますから、水口(みずぐち)の処を明けて、
 上「おい一寸手を掛けてくれえ」
 妻「あい、おや立派な葛籠じゃアないか」
 上「どうじゃ、ちゃんと引取りを入れて脊負(せお)うて来たのじゃから、何処(どこ)からも尻も宮も来(き)やへん、ヤ何(なん)でもこれは屋敷から盗んで来た物に違いないが、屋敷で取られたと云うては、家事不取締になるによって容易に届けまへん、又置いていった泥坊は私の葛籠だと云って訴える事は出来まへん、して見ればどこからも尻宮の来る気遣(きづかい)はないによって、私が引取りを入れて引取ったのじゃ、中にはえらい金目の縫模様(ぬいもよう)や紋付もあるか知れんから、何様(どのよう)にも売捌(うりさばき)が付いたら、多分の金を持って、ずっと上方へ二人で走ってしまえば決して知れる気遣はなしじゃ」
 妻「そうかえ、まあ一寸明けて御覧な」
 上「それでも葛籠を明けて中から出る品物がえらい紋付や熨斗目(のしめ)や縫(ぬい)の裲襠(うちかけ)でもあると、斯(こ)う云う貧乏長屋に有る物でないと云う処から、偶然(ひょっと)して足を附けられてはならんから、夜(よ)さり夜中に窃(そっ)と明けて汝(わぬし)と二人で代物(しろもの)を分けるが宜(えゝ)ワ」
 妻「然(そ)うだねえ嬉しいこと、お屋敷から出た物じゃア其様(そん)な物はないか知らぬが、若(も)し花色裏の着物が有ったら一つ取って置いてお呉れよ」
 上「それは取って置くとも」
 妻「若しちょいと私に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さ)せそうな櫛(くし)笄(こうがい)があったら」
 上「それも承知や」
 妻「漸々(よう/\)運が向いて来たねえ」
 上「まあ酒を買(こ)うて」
 と云うので是から楽酒(たのしみざけ)を飲んで喜んで寝まする。すると一番奥の長屋に一人者があって其処(そこ)に一人の食客(いそうろう)が居りましたが、これは其の頃遊人(あそびにん)と云って天下禁制の裸で燻(くすぶ)って居る奴、
 ○「おい甚太(じんた)/\」
 甚「ア、ア、ア、ハアー、ン、アーもう食えねえ」
 ○「おい寝惚けちゃアいけねえ、おい、起きねえか、エヽ静かにしろ、もう時刻は好(い)いぜ」
 甚「何を」
 ○「何をじゃアねえ忘れちゃア仕様がねえなア、だから獣肉(もゝんじい)を奢(おご)ったじゃアねえか」
 甚「彼(あ)の肉を食うと綿衣(どてら)一枚(いちめえ)違うというから半纒(はんてん)を質に置いてしまったが、オウ、滅法寒くなったから当てにゃアならねえぜ、本当に冗談じゃアねえ」
 ○「おい上方者の葛籠を盗むんだぜ」
 甚「ウン、違(ちげ)えねえ、そうだっけ、忘れてしまった、コウ彼奴(あいつ)ア太(ふて)え奴だなア、畜生誰も引取人(ひきとりて)が無(ね)えと思ってずう/\しく引取りやアがって、中の代物を捌(さば)いて好(い)い正月をしようと云う了簡だが、本当に何処(どこ)まで太えか知れねえなア」
 ○「ウン、彼奴(あいつ)は今丁度食(くら)い酔って寝て居やアがる中(うち)に窃(そっ)と持って来て中を発(あば)いて遣(や)ろうじゃアねえか、後で気が附いて騒いだってもと/\彼奴の物でねえから、自分の身が剣呑(けんのん)で大きく云う事(こた)ア出来ねえのさ」
 甚「だがひょっと目を覚(さま)してキャアバアと云った時にゃア一つ長屋の者で面(つら)を知ってるぜ」
 ○「ナニそりゃア真黒(まっくろ)に面を塗って頬冠(ほっかぶり)をしてナ、丹波の国から生獲(いけど)りましたと云う荒熊(あらくま)の様な妙な面になって往(い)きゃア仮令(たとえ)面を見られたって分りゃアしねえから、手前(てめえ)と二人で面を塗って行って取って遣ろう」
 甚「こりゃア宜(い)いや、サア遣ろう、墨を塗るかえ」
 ○「墨の欠(かけ)ぐれえは有るけれども墨を摺(す)ってちゃア遅いから鍋煤(なべずみ)か何か塗って行こう」
 甚「そりゃア宜(よ)かろう、何(なん)だって分りゃアしねえ」
 ○「釜の下へ手を突込んで釜の煤(すゝ)を塗ろう、ナニ知れやアしねえ」
 と云うので釜の煤を真黒に塗って、すっとこ冠(かぶ)りを致しまして、
 ○「何(ど)うだ是じゃア分るめえ」
 甚「ウン」
 ○「ハ、ハヽ、妙な面だぜ」
 甚「オイ/\笑いなさんな、気味が悪(わり)いや、目がピカ/\光って歯が白くって何(なん)とも云えねえ面だぜ」
 ○「ナニ手前(てめえ)だって然(そ)うだあナ」
 とこれから窃(そっ)と出掛けて上方者の家(うち)の水口の戸を明けてとう/\盗んで来ました。人が取ったのを又盗み出すと云う太い奴でございます。
 甚「コウ、グウ/\/\/\寝て居やアがったなア、可笑(おか)しいじゃアねえか、寝て居る面は余(あんま)り慾張った面でも無(ね)えぜ」
 ○「オイ、表を締めねえ、人が見るとばつがわりいからよ、ソレ行燈(あんどん)を其方(そっち)へ遣っちまっちゃア見る事が出来やあしねえ、本当にこんな金目の物を一時(いちどき)に取った程楽(たのし)みな事(こた)アねえぜ、コウ余(あんま)り明る過ぎらア、行燈へ何か掛けねえ」
 甚「何を掛けよう」
 ○「着物でも何(なん)でも宜(い)いから早く掛けやナ」
 甚「着物だって着る物がありゃア何も心配しやアしねえ」
 ○「何(なん)でも薄ッ暗くなるようにその襤褸(ぼろ)を引掛(ひっか)けろ、何でも暗くせえなれば宜いや、オ、封印が附いてらア、エヽ面を出すな、手前(てめえ)は食客(いそうろう)だから主人(あるじ)が見てそれから後で見やアがれ」
 甚「ウン、ナニ食客でも主人でも露顕(ろけん)をして縛られるのは同罪だよ」
 ○「そりゃア云わなくっても定(きま)ってるわ」
 と云うので是から封印を切って、
 ○「何だか暗くって知れねえ」
 甚「どれ見せや」
 ○「しッしッ」

        五

 甚「兄い何を考(かんげ)えてるんだ」
 ○「何(ど)うも妙だなア、中に油紙(あぶらッかみ)があるぜ」
 甚「ナニ、油紙がある、そりゃア模様物や友禅(ゆうぜん)の染物が入(へえ)ってるから雨が掛ってもいゝ様に手当がして有(ある)んだ」
 ○「敷紙が二重になってるぜ」
 と云いながら、四方が油紙の掛って居る此方(こちら)の片隅を明けて楽みそうに手を入れると、グニャリ、
 ○「おや」
 甚「何(なん)だ/\」
 ○「変だなア」
 甚「何だえ」
 ○「ふん、どうも変だ」
 甚「然(そ)う一人でぐず/\楽まずに些(ちっ)と見せやな」
 ○「エヽ黙ってろ、何だか坊主の天窓(あたま)みた様な物があるぞ」
 甚「ウン、ナニ些とも驚く事(こた)アねえ、結構じゃアねえか」
 ○「何が結構だ」
 甚「そりゃアおめえ踊(おどり)の衣裳だろう、御殿の狂言の衣裳の上に坊主の髢(かつら)が載ってるんだ、それをお前(めえ)が押えたんだアナ」
 ○「でも芝居で遣う坊主の髢はすべ/\してるが、此の坊主の髢はざら/\してるぜ」
 甚[#「甚」は底本では「新」]「ナニざら/\してるならもじがふらと云うのがある、きっとそれだろう」
 ○「ウン然(そ)うか」
 甚「だから己(おれ)に見せやと云うんだ」
 ○「でも坊主の天窓の有る道理はねえからなア、まア/\待ちねえ己が見るから」
 とまた二度目に手を入れると今度はヒヤリ、
 ○「ウワ、ウワ、ウワ」
 甚「おい何(な)んだ」
 ○「何(ど)うも変だよ冷てえ人間の面アみた様な物がある」
 甚「ナニ些とも驚くこたアねえやア、二十五座の衣裳で面(めん)が這入(へえ)ってるんだ、そりゃア大変に価値(ねうち)のある物で、一個(ひとつ)でもって二百両ぐれえのがあるよ」
 ○「ウン、二十五座の面か」
 甚「兄い、だから己に見せやと云うんだ」
 と云われたから、今度は思い切って手を突込むとグシャリ、
 ○「ウワア」
 と云うなり土間へ飛下りて無茶苦茶にしんばりを外して戸外(おもて)へ逃出しますから、
 甚「オイ兄い、何処(どこ)へ行(ゆ)く、人に相談もしねえで、無暗(むやみ)に驚いて逃出しやアがる、此の金目(かねめ)のある物を知らずに」
 と手を入れて見ると驚いたの驚かないの、
 甚「ウアヽヽ」
 と此奴(こいつ)も同じく戸外へ逃出しました。すると其の途端に上方者が目を覚して、
 上「さアお鶴(つる)起(おき)んかえ時刻は宜(え)いがナ、起んか」
 と云うとお鶴と云う女房が、
 鶴「お止しよ眠いよ」
 上「おい、これ、起んかえ」
 鶴「お止しよ、酒を飲むと本当にひちっくどい、気色(きしょく)が悪いから厭(いや)だよ、些(ちっ)とお慎しみ」
 上「何をいうのじゃ葛籠を」
 鶴「葛籠、おや然(そ)う」
 と慾張って居りますから直(す)ぐに目を覚して、
 鶴「おや無いよ、葛籠が無いじゃアないか」
 上「アヽ彼(あ)の水口が明いとるのは泥坊が這入ったのじゃ、お長屋の衆/\」
 と呶鳴(どな)りますから、長屋の者は何事か分りませんが吊提燈(ぶらぢょうちん)を点(つ)けて出て参りますと、
 上「貴方御存じか知りまへんが最前總助はんを頼んで引取りました葛籠を盗まれました、あの葛籠は妹(いもと)から預かって置いた大事の物で、盗賊に取られたのを漸(ようよ)う取り遂(おお)せたら又泥坊が這入って持って行(ゆ)きましたによって、同じお長屋の衆は掛(かゝ)り合(あい)で御座りますナア」
 △「ナニ掛り合の訳は有りません、路次の締りは固いのだがねえ、でも源八(げんぱち)さん葛籠を取られたと云うのだがどうしましょう」
 源[#「源」は底本では「甚」]「どうしましょうって彼奴(あいつ)は長屋の交際(つきあい)が悪くって、此方(こっち)から物を遣っても向(むこう)から返したこたア無いくらいだから、其様(そんな)に気を揉むこたア無いけれども、仕方がねえから大屋さんを起すが宜(い)い」
 ●「アノ奥の一人者の内に食客が居るから、彼処(あすこ)へ行って彼(あ)の人に行って貰うが宜(よ)うございましょう」
 △「じゃア連れて来ましょう」
 と吊提燈を提げて奥へ行(ゆ)くと、戸袋の脇から真黒な面で目ばかりピカ/\光る奴が二人這出したから、
 △「ウワアヽヽ何(なん)だこれおどかしちゃアいけない」
 と云う中(うち)に、二人とも一生懸命で路次の戸を打砕(ぶちこわ)して逃出しました。
 △「アヽ何(なん)だ、本当にモウ何(ど)うも胸を痛くした、こりゃア彼奴(あいつ)が泥坊だ、私は大きな犬が出たと思って恟(びっく)りした、あゝこれだ/\これだから一人者を置いてはならないと云うのだが、家主(いえぬし)が人が善(い)いから、追出すと意趣返しをすると云うので怖がって置くのだが宜(よ)くない、此処(こゝ)にちゃんと葛籠があるわ、上方者だと思って馬鹿にして図々しい奴だ、一つ長屋に居て斯(こ)んな事をするのは頭隠して尻隠さず、葛籠を置いて行くから直ぐに知れて仕舞うんだ、何か代物(しろもの)が残って居るかも知れねえから見てやろう、ウワアお長屋の衆」
 と云うから驚いて外(ほか)の者が来て見ると、葛籠が有るから、
 ●「おゝ彼処(あすこ)に葛籠がある、好(い)い塩梅(あんばい)だ、おや、中に、ウワア、お長屋の衆」
 と来る奴も/\皆お長屋の衆と云う大騒ぎ。すると二つ長屋の事でございますから義理合(ぎりあい)に宗悦の娘お園が来て見ると恟(びっく)りして、
 園「是は私のお父(とっ)さんの死骸何(ど)うしたのでございましょう、昨日(きのう)家(うち)を出て帰りませんから心配して居りましたが」
 △「イヤそれは何(ど)うもとんだ事」
 というので是から訴えになりましたが、葛籠に記号(しるし)も無い事でございますから頓(とん)と何者の仕業(しわざ)とも知れず、大屋さんが親切に世話を致しまして、谷中(やなか)日暮里(にっぽり)の青雲寺(せいうんじ)へ野辺送りを致しました。これが怪談の発端でござります。

        六

 引続きまして申上げまする。深見新左衞門が宗悦を殺しました事は誰(たれ)有って知る者はござりません。葛籠に記号(しるし)もござりませんから、只つまらないのは盲人宗悦で、娘二人はいかにも愁傷致しまして泣いて居る様子が憫然(ふびん)だと云って、長屋の者が親切に世話を致します混雑の紛れに逃げました賭博打(ばくちうち)二人は、遂に足が付きまして直(すぐ)に縄に掛って引かれまして御町(おまち)の調べになり、賭博兇状(ばくちきょうじょう)と強迫兇状(ゆすりきょうじょう)がありました故其の者は二人とも佃島(つくだじま)へ徒刑になりました。上方者は自分の物だと言って他人の物を引入れました廉(かど)は重罪でございますけれども格別のお慈悲を以て所払いを仰せ付けられまして其の一件(こと)は相済みましたが、深見新左衞門の奥方は、あゝ宗悦は憫然(かわいそう)な事をした、何(ど)うも実に情ないお殿様がお手打に遊ばさないでも宜(よ)いものを、別に怨(うらみ)がある訳でもないに、御酒の上とは云いながら気の毒な事をしたと絶えず奥方が思います処から、所謂(いわゆる)只今申す神経病で、何となく塞いで少しも気が機(はず)みません事でございます。翌年になりまして安永三年二月あたりから奥方がぶら/\塩梅が悪くなり、乳が出なくなりましたから、門番の勘藏(かんぞう)がとって二歳(ふたつ)になる新吉(しんきち)様と云う御次男を自分の懐へ入れて前町(まえまち)へ乳を貰いに往(ゆ)きます。と云うものは乳母を置く程の手当がない程に窮して居るお屋敷、手が足りないからと云うので、市ヶ谷に一刀流の剣術の先生がありまして、後(のち)に仙台侯の御抱(おかゝ)えになりました黒坂一齋(くろさかいっさい)と云う先生の処に、内弟子に参って居(お)る惣領(そうりょう)の新五郎(しんごろう)と云う者を家(うち)へ呼寄せて、病人の撫擦(なでさす)りをさせたり、或(あるい)は薬其の外(ほか)の手当もさせまする。其の頃新五郎は年は十九歳でございますが、よく母の枕辺(まくらべ)に附添って親切に看病を致しますなれども、小児(こども)はあり手が足りません。殿様はやっぱり相変らず寝酒を飲んで、奥方が呻(うな)ると、
 新「そうヒイ/\呻ってはいけません」
 などと酔った紛れにわからんことを仰しゃる。手少なで困ると云って、中働(なかばたらき)の女を置きました。是は深川(ふかゞわ)網打場(あみうちば)の者でお熊(くま)と云う、年二十九歳で、美女(よいおんな)ではないが、色の白いぽっちゃりした少し丸形(まるがたち)のまことに気の利いた、苦労人の果(はて)と見え、万事届きます。殿様の御酒の相手をすれば、
 新「熊が酌をすれば旨い」
 などと酔った紛れに冗談を仰しゃると、此方(こちら)はなか/\それ者(しゃ)の果と見えてとう/\殿様にしなだれ寄りましてお手が付く。表向(おもてむき)届けは出来ませんがお妾と成って居る。するともと/\狡猾な女でございますから、奥方の纔訴(ざんそ)を致し、又若様の纔訴を致すので、何となく斯(こ)う家がもめます。いくら言っても殿様はお熊にまかれて、煩(わずら)って居る奥様を非道な事をしてぶち打擲(ちょうちゃく)を致します。もう十九にもなる若様をも煙管(きせる)を持って打(ぶ)つ様な事でございますから、
 新五郎「あゝ親父(おやじ)は愚(ぐ)な者である、こんな処にいては迚(とて)も出世は出来ぬ」
 と若気の至りで新五郎と云う惣領の若様はふいと家出を致しますると、お熊はもう此の上は奥様さえ死ねば自分が十分此処(こゝ)の奥様になれると思い、
 熊「わたしは何(ど)うも懐妊した様でございます、四月から見るものを見ませぬ酸(す)ッぱい物が食べたい」
 何(なん)のと云うから殿様は猶更(なおさら)でれすけにおなり遊ばします。追々其の年も冬になりまして、十一月十二月となりますと、奥様の御病気が漸々(だん/\)悪くなり、その上寒さになりましてからキヤ/\さしこみが起り、またお熊は、漸々お腹が大きくなって身体が思う様にきゝませんと云って、勝手に寝てばかり居るので、殿様は奥方に薬一服も煎(せん)じて飲ませません。只勘藏ばかりあてにして、
 新「これ/\勘藏」
 勘「ヘエ、殿様貴方御酒ばかり召上って居て何(ど)うも困りますなア奥様は御不快で余程御様子が悪いし、殊(こと)には又お熊様(さん)はあゝやって懐妊だからごろ/″\して居り、折々(おり/\)奥様は差込むと仰しゃるから、少しは手伝って頂きませんじゃア、手が足りません、私(わたくし)は若様のお乳を貰いに往(い)くにも困ります」
 新「困っても仕方がない、何か、さしこみには近辺の鍼医(はりい)を呼べ、鍼医を」
 と云うと、丁度戸外(おもて)にピー、と按摩(あんま)の笛、
 新「おゝ/\丁度按摩が通るようだ、素人(しろうと)療治ではいかんから彼(あ)れを呼べ/\」
 勘「ヘエ」
 と按摩を呼入れて見ると、怪し気(げ)なる黒の羽織を着て、
 按摩「宜(よろ)しゅう私(わたくし)が鍼をいたしましょう、鍼はお癪気(しゃくき)には宜しゅうございます」
 というので鍼を致しますと、
 奥方「誠に好(よ)い心持に治まりがついたから何卒(どうぞ)明日(あす)の晩も来て呉れ」
 と戸外を通る揉療治ではありますが、一時凌(いっときしの)ぎに其の後(のち)五日ばかり続いて参ります。すると一番しまいの日に一本打ちました鍼が、何(ど)う云うことかひどく痛いことでございましたが、是は鍼に動ずると云うので、
 奥方「あゝ痛(いた)、アいたタ」
 按摩「大層お痛みでございますか」
 奥方「はいあゝ甚(ひど)く痛い、今迄斯(こ)んなに痛いと思った事は無かったが、誠に此の鳩尾(みずおち)の所に打たれたのが立割られたようで」
 按摩「ナニそれはお動じでございます、鍼が験(きゝ)ましたのでございますから御心配はございません、イエまア又明晩も参りましょうか」
 奥方「はい、もう二三日鍼は止(や)めましょう、鍼はひどく痛いから」
 按摩「直(じ)き癒(なお)ります、鍼が折れ込んだ訳でもないので、少しお動じですからナ、左様なら御機嫌よろしゅう」
 と僅(わずか)の療治代を貰って帰りました。すると奥方は鍼を致した鳩尾の所が段々痛み出し、遂には爛(ただ)れて鍼を打った口からジク/\と水が出るようで、猶更(なおさら)苦しみが増します。

        七

 新左衞門様は立腹して、
 新「どうも怪(け)しからん鍼医だ、鍼を打ってその穴から水が出るなんという事は無い訳で、堀抜井戸(ほりぬきいど)じゃア有るまいし、痴呆(たわけ)た話だ、全体何(ど)う云うものかあれ限(ぎ)り来ませんナ」
 勘「奥方がもう来ないで宜(よ)いと仰しゃいましたから」
 新「間(ま)が悪いから来ないに違いない、不埓至極な奴だ、今夜でも見たら呼べ」
 と云われたから待って居りましたが、それぎり鍼医は参りません。すると十二月の二十日の夜(よ)に、ピイー/\、と戸外(おもて)を通ります。
 新「アヽあれ/\笛が聞える、あれを呼べ、勘藏呼んで来い」
 勘「ハイ」
 と駈出して按摩の手を取って連れて来て見ると、前の按摩とは違い、年をとって痩(やせ)こけた按摩。
 新「何(なん)だこれじゃア有るまい、勘藏違って居(お)るぞ」
 按摩「ヘエお療治を致しますか」
 新「何だ汝(てまえ)ではなかった、違った」
 按摩「左様で、それはお生憎(あいにく)様でございますが何卒(どうぞ)お療治を」
 新「これ/\貴様鍼をいたすか」
 按摩「私(わたくし)は俄盲人(にわかめくら)でございまして鍼は出来ません」
 新「じゃア致方(いたしかた)が無い、按腹(あんぷく)は」
 按摩「療治も馴れません事で中々上手に揉みます事は出来ませんが、丈夫な方ならば少しは揉めます」
 新「何の事だ病人を揉む事はいかぬか、それは何にもならぬナ、でも呼んだものだから、勘藏、これ、何処(どこ)へ行って居るかナ、じゃア、まア折角呼んだものだからおれの肩を少し揉め」
 按摩「ヘエ誠に馴れませんから、何処が悪いと仰しゃって下さい、経絡(けいらく)が分りませんから、こゝを揉めと仰しゃれば揉みます」
 と後(うしろ)へ廻って探り療治を致しまするうち、奥方が側に居て、
 奥方「アヽ痛(いた)、アヽ痛」
 新「そう何(ど)うもヒイ/\云っては困りますね、お前我慢が出来ませんか、武士の家に生れた者にも似合わぬ、痛い/\と云って我慢が出来ませんか、ウン/\然(そ)う悶えては却(かえ)って病に負けるから我慢して居なさい、アヽ痛、これ/\按摩待て、少し待て、アヽ痛い、成程此奴(こいつ)は何うもひどい下手だナ、汝(てまえ)は、エヽ骨の上などを揉む奴が有るものか、少しは考えて遣(や)れ、酷(ひど)く痛いワ、アヽ痛い堪(たま)らなく痛かった」
 按摩「ヘエお痛みでござりますか、痛いと仰しゃるがまだ/\中々斯(こ)んな事ではございませんからナ」
 新「何を、こんな事でないとは、是より痛くっては堪らん、筋骨に響く程痛かった」
 按摩「どうして貴方、まだ手の先で揉むのでございますから、痛いと云ってもたかが知れておりますが、貴方のお脇差でこの左の肩から乳の処まで斯(こ)う斬下げられました時の苦しみはこんな事では有りませんからナ」
 新「エ、ナニ」
 と振返って見ると、先年手打にした盲人(もうじん)宗悦が、骨と皮許(ばか)りに痩せた手を膝にして、恨めしそうに見えぬ眼を斑(まだら)に開いて、斯う乗出した時は、深見新左衞門は酒の酔(えい)も醒(さ)め、ゾッと総毛だって、怖い紛れに側にあった一刀をとって、
 新「己(おの)れ参ったか」
 と力に任(まか)して斬りつけると、
 按摩「アッ」
 と云うその声に驚きまして、門番の勘藏が駈出して来て見ると、宗悦と思いの外(ほか)奥方の肩先深く斬りつけましたから、奥方は七転八倒の苦しみ、
 新「ア、彼(あ)の按摩は」
 と見るともう按摩の影はありません。
 新「宗悦め執(しゅう)ねくもこれへ化けて参ったなと思って、思わず知らず斬りましたが、奥方だったか」
 奥「あゝ誰(たれ)を怨(うら)みましょう、私(わたくし)は宗悦に殺されるだろうと思って居りましたが、貴方御酒をお廃(や)めなさいませんと遂には家が潰れます」
 と一二度虚空をつかんで苦しみましたが、奥方はそのまゝ息は絶えましたから如何(いかん)とも致し方がございませんが、この事は表向にも出来ません。殊(こと)には年末(くれ)の事でございますから、これから頭(かしら)の宅へ内々参ってだん/″\歎願をいたしまして、極(ごく)内分(ないぶん)の沙汰にして病死のつもりにいたしました。昔は能(よ)く変死が有っても屏風(びょうぶ)を立てゝ置いて、お頭が来て屏風の外(そと)で「遺言を」なんどゝ申しますが、もう当人は夙(とっく)に死んでいるから遺言も何も有りようはずはございません。この伝で病気にして置くことも徃々(おうおう)有りましたから、病死の体(てい)にいたして漸(ようや)くの事で野辺送りをいたしました。流石(さすが)の新左衞門も此の一事には大(おお)きに閉口いたして居りました。すると其の年も明けまして、一陽来復(いちようらいふく)、春を迎えましても、まことに屋敷は陰々(いん/\)といたして居りますが、別にお話もなく、夏も行(ゆ)き秋も過ぎて、冬のとりつきになりました。すると本所(ほんじょ)北割下水(きたわりげすい)に、座光寺源三郎(ざこうじげんざぶろう)と云う旗下が有って、これが女太夫(おんなだゆう)のおこよと云う者を見初(みそ)め、浅草竜泉寺(りゅうせんじ)前の梶井主膳(かじいしゅぜん)と云う売卜者(うらないしゃ)を頼み、其の家を里方にいたして奥方に入れた事が露見して、御不審がかゝり、家来共も召捕(めしとり)吟味中、深見新左衞門、諏訪部三十郎(すわべさんじゅうろう)と云う旗下の両家は宅番を仰せつけられたから、隔番(かくばん)の勤めでございます。すると十一月の二十日の晩には、深見新左衞門は自分は出ぬ事になりましたから、
 新「熊や今晩は一杯飲んでらく/\休める」
 と云うので御酒を召上ったが、少し飲過ぎて心持がわるいと小用場(こようば)へ徃(い)ってから、
 新「水を持て、嗽(うがい)をしなければならん」
 と云うので手水鉢(ちょうずばち)のそばで手を洗って居りますると、庭の植込(うえごみ)の処に、はっきりとは見えませんが、頬骨の尖(とが)った小鼻の落ちました、眼の所がポコンと凹(くぼ)んだ頬(これ)から頤(これ)へ胡麻塩交(ごましおまじり)の髯(ひげ)が生えて、頭はまだらに禿(は)げている痩せかれた坊主が、
 坊「殿様/\」
 と云う。
 新「エヽ」
 と見るやいなや其の儘トン/\/\/\と奥へ駈込んで来て、刀掛に有った一刀を引抜いて、
 新「狸の所為(しわざ)か」
 と斬りつけますと、パッと立ちます一団の陰火が、髣髴(ほうふつ)として生垣(いけがき)を越えて隣の諏訪部三十郎様のお屋敷へ落ちました。

        八

 新左衞門はハテ狐狸(こり)の所為かと思いました。すると其の翌日から諏訪部三十郎様が御病気で、何をしてもお勤(つとめ)が出来ませんから、二人して勤めべき所、お一方(ひとかた)が病気故、新左衞門お一方で座光寺源三郎の屋敷へ宅番に附いて居ると、或夜(あるよ)彼(か)の梶井主膳と云う者が同類を集めて駕籠を釣らせ、抜身(ぬきみ)の鎗(やり)で押寄せて、おこよ、源三郎を連れて行(ゆ)こうと致しますから深見新左衞門は役柄で捨置かれず、直(すぐ)に一刀を取って斬掛けましたが、多勢に無勢(むぜい)で、とう/\深見を突殺し、おこよ源三郎を引(ひき)さらって遠く逃げられました故、深見新左衞門は情(なさけ)なくも売卜者の為に殺されてお屋敷は改易(かいえき)でございます。諏訪部三十郎は病気で御出役が無かったのだが公辺(こうへん)のお首尾が悪く、百日の間閉門仰付(おおせつ)けられますると云う騒ぎ、座光寺源三郎は勿論深見の家も改易に相成りまして、致し方がないから産落(うみおと)した女の児(こ)を連れて、お熊は深川の網打場へ引込(ひきこ)み、門番の勘藏は新左衞門の若様新吉と云うのを抱いて、自分の知己(しるべ)の者が大門町(だいもんちょう)にございますから、それへ参って若様に貰い乳をして育てゝ居るという情ない成行(なりゆき)、此の通り無茶苦茶に屋敷の潰れた跡へ、帰って来たのは新五郎と云う惣領でございますが、是は下総の三右衞門の処へ参って少しの間厄介に成って居りましたが、素(もと)より若気の余りに家を飛出したので淋しい田舎には中々居られないから、故郷忘(ぼう)じがたく詫言(わびごと)をして帰ろうと江戸へ参って自分の屋敷へ来て見ると、改易と聞いて途方に暮れ、爰(こゝ)と云う縁類(えんるい)も無いから何(ど)うしたらよかろうと菩提所(ぼだいしょ)へ行って聞くと、親父は突殺され、母親は親父が斬殺(きりころ)したと聞きまして少しのぼせたものか、
 新五「これは怪(け)しからん事、何たる因果因縁か屋敷は改易になり、両親は非業の死を遂げ、今更世間の人に顔を見られるも恥かしい、もう迚(とて)も武家奉公も出来ぬから寧(いっ)そ切腹致そう」
 と、青松院(せいしょういん)の墓所(はかしょ)で腹を切ろうとする処へ、墓参りに来たのは、谷中(やなか)七面前(しちめんまえ)の下總屋惣兵衞(しもふさやそうべえ)と云う質屋の主人(あるじ)で、これを見ると驚いて刄物をもぎとって何(ど)う云う次第と聞くと、
 新五「これ/\の訳」
 というから、
 惣「それなら何も心配なさるな、若い者が死ぬなんと云う心得違いをしてはいけぬ、無分別な事、独身(ひとりみ)なれば何(ど)うでもなりますから私の家(うち)へ入らっしゃい」
 と親切に労(いた)わって家(うち)へ連れて来て見ると、人柄もよし、年二十一歳で手も書け算盤(そろばん)も出来るから質店(しちみせ)へ置いて使って見るとじつめいで応対が本当なり、苦労した果(はて)で柔和で人交際(ひとづきあい)がよいから、
 甲「あなたの処(とこ)では良い若い者を置当てなすった」
 惣「いゝえ彼(あれ)は少し訳があって」
 と云って、内の奉公人にもその実(じつ)を言わず、
 惣「少し身寄から頼まれたのだと云ってあるから、あなたも本名を明してはなりません」
 と云うので、誠に親切な人だから、新五郎もこゝに厄介になって居ると、この家(うち)にお園という中働(なかばたらき)の女中が居ります。これは宗悦の妹娘で、三年あとから奉公して、誠に真実に能く働きますから、主人の気に入られて居る。併(しか)し新五郎とは、敵(かたき)同士が此処(こゝ)へ寄合ったので有りますが、互にそういう事とは知りません。
 園「新どん」
 新「お園どん」
 と呼合いまする。新五郎は二十一歳で、誠に何(ど)うも水の出端(でばな)でございます。又お園は柔和な好(よ)い女、
 新「あゝいう女を女房に持ちたい」
 と思うと何(ど)ういう因果因縁か、新五郎がお園に死ぬほど惚れたので、お園の事というと、能く気を付けて手伝って親切にするから、男振(おとこぶり)は好(よ)し応対も上手、其の上柔和で主人に気に入られて居るから、お園はあゝ優しい人だと、新どんに惚れそうなものだが、敵同士とはいいながら虫が知らせるか、お園は新五郎に側へ来られると身毛立(みのけだ)つほど厭に思うが、それを知らずに、新五郎は無暗(むやみ)に親切を尽しても、片方(かた/\)は碌(ろく)に口もききません。主人もその様子を見て、
 惣「お園はまことに希代(きたい)だ、あれは感心な堅い娘だ、あれは女中のうちでも違って居る、姉は何だか、稽古の師匠で豐志賀(とよしが)というが、姉妹(きょうだい)とも堅い気象で、あの新五郎は頻(しき)りとお園に優しくするようだが」
 と気は附いたけれども、なに両人(ふたり)とも堅いから大丈夫と思って居りまするくらいで、なか/\新五郎はお園の側へ寄付(よりつ)く事も出来ませんが、ふとお園が感冐(ひきかぜ)の様子で寝ました。すると新五郎は寝ずにお園の看病をいたします。薬を取りに行ったついでに氷砂糖を買って来たり、葛湯(くずゆ)をしてくれたり、蜜柑(みかん)を買って来る、九年母(くねんぼ)を買って来たりしてやります。主人も心配いたして、
 惣「おきわ」
 きわ「はい」
 惣「お園は何も大した病気でもないから宿へ下げる程でもなし、あれも長く勤めておることだから、少しの病気なれば、医者は此方(こっち)で、山田さんが不都合なら、幸庵(こうあん)さんを頼んでもいゝが、何(なん)だね、誠にその、看病人が無くって困るね」

        九

 きわ「私(わたくし)が折(おり)に園の部屋へ見舞に参りますと、直ぐ布団の上へ起きなおりまして、もうなに大(おお)きに宜しゅうございますなどゝ云って、まことに快(よ)い振(ふり)をして居るから、お前無理をしてはいけないから寝ておいでと申しましても、心配家(しんぱいか)でございますから私も誠に案じられます」
 惣「そりゃア誠に困ったものだ、誰(たれ)か看病人が無ければならん、成程己(おれ)も時に行って見ると、ひょいと跳起(はねお)きるが、あれでは却(かえ)ってぶり返すといかんから看病人に姉でも呼ぼうか」
 きわ「でも仕合せに新五郎が参っては寝ずに感心に看病致します、あれは誠に感心な男で、店がひけると薬を煎じたり何か買いに行ったり、何も彼(か)も一人で致します」
 惣「なに新五郎がお園の部屋へ這入ると、それはいかん、それは女部屋のことはお前が気を附けて小言を云わなければなりません、それは何事も有りはしまいが」
 きわ「有りはしまいたって新五郎はあの通りの堅人(かたじん)ですし、お園も変人ですから、変人同士で大丈夫何事もありはしません」
 惣「それはいかん、猫に鰹節で、何事がなくっても、店の者や出入(でいり)の者がおかしく噂でも立てると店の為にならぬから、きっと小言を云わんければならぬ」
 きわ「それじゃア女中部屋へ出入を止(と)めます」
 と云って居る所へ、何事も存じません新五郎が帰って来て、
 新「ヘエ只今帰りました」
 惣「何処(どこ)へ往った」
 新「番頭さんがそう仰しゃいますから、上野町(うえのまち)の越後屋(えちごや)さんの久七(きゅうしち)どんに流れの相談を致しまして、帰りにお薬を取って参りましたが、山田さんがそう仰しゃるには、お園さんは大分好(よ)い塩梅だが、まだ中々大事にしなければならん、どうも少し傷寒(しょうかん)の性(たち)だから大事にするようにと仰しゃって、今日はお加減が違いましたからこれから煎じます」
 惣「お前が看病致しますか」
 新「ヘエ」
 惣「お前の事だから何事もありますまいがネけれどもその、お前もそれ廿一、ね、お園は十九だ、お互に堅いから何事も無かろうが、一体男女(なんにょ)の道はそういうものでない、私の家(うち)は極(ご)く堅い家であったけれども、やっぱりこれにナ許嫁(いいなずけ)が有ったが、私がつい何して、貰うような事で」
 きわ「何を仰しゃる」
 惣「だから堅いが堅いに立たぬのは男女の間柄、何事もありはしまいが、店の若い者がおかしく嫉妬(やきもち)をいうとか、出入の者がいやに難癖を附けるとか、却って店の示しにならぬからよろしくないいかにも取締りが悪い様だからそれだけはナ」
 新「ヘエ薩張(さっぱり)心付きませんかったが、店の者が女部屋へ這入っては悪うございますか、もうこれからは決して構いませんように心づけます、決して構いません」
 惣「決して構わんでは困ります、看病人が無いから決して構わんと云ってはお園が憫然(かわいそう)だから、それはね、ま構ってもいゝがね、少しそこを何(ど)うか構わぬ様に」
 何だか一向分りませんが少しは構ってもよいという題が出ましたから、新五郎は悦びながら女部屋へ往って、
 新「お園どん山田様へいってお薬を戴いてきたが、今日はお加減が違ったから、生姜(しょうが)を買ってくるのを忘れたが今直(じき)に買って来て煎じますが、水も只では悪いから氷砂糖を煎じて水で冷して上げよう、蜜柑も二つ買って来たが雲州(うんしゅう)のいゝのだからむいて上げよう、袋をたべてはいけないから只露(つゆ)を吸って吐出(はきだ)しておしまい、筋をとって食べられるようにするから」
 園「有難う、新どん後生(ごしょう)だから女部屋へ来ないようにしておくんなさい、今もおかみさんと旦那様とのお話もよく聞えましたが、店の者が女部屋へ這入ってきては世間体が悪いと云っておいでだから、誠に思召(おぼしめし)は有難いが、後生だから来ないようにして下さい」
 新「だから私が来ないようにしよう構わぬと云ったら、旦那が来なくっちゃア困る、お前さんが憫然(かわいそう)だから構ってやってくれと仰しゃったくらい、人は何といっても訝(おか)しい事がなければ宜しいから、今薬を煎じて上(あげ)るから心配しないで、心配すると病気に障るからね」
 園「あゝだもの新どんには本当に困るよ、厭だと思うのにつか/\這入って来てやれこれ彼様(あんな)に親切にしてくれるが、どういう訳かぞっとするほど厭だが、何(ど)うしてあの人が厭なのか、気の毒な様だ」
 と種々(いろ/\)心に思って居ると、杉戸(すぎど)を明けて、
 新「お園どんお薬が出来たからお飲みなさい、余(あんま)り冷(さま)すときかないから、丁度飲加減を持って来たが、後(あと)は二番を」
 園「新どん、お願いだから彼方(あっち)へ行って下さいな、病気に障りますから」
 新「ヘエ左様でげすか」
 と締めて立って行(ゆ)く。
 園「どうも、来てはいけないと云うのに態(わざ)と来るように思われる、何だか訝(おか)しい変な人だ」
 と思って居ると、がらり、
 新「お園どんお粥が出来たからね、是は大変に好(い)いでんぶを買って来たから食べてごらん、一寸(ちょっと)いゝよ」
 園「まア新どんお粥は私一人で煮られますから彼方(あっち)へ行って下さいよ、却って心配で病気に障るから」
 新「じゃア用があったらお呼びよ」
 園「あゝ」
 というので拠(よんどころ)なく出て行くかと思うと又来て、
 新「お園どん/\」
 とのべつに這入って来る。すると俗に申す一に看病二に薬で、新五郎の丹精が届きましたか、追々お園の病気も全快して、もう行燈(あんどん)の影で夜なべ仕事が出来るようになりました。丁度十一月十五日のことで、常にないこと、新五郎が何処(どこ)で御馳走になったか真赤に酔って帰りますると、もう店は退(ひ)けてしまった後(あと)で、何となく極りが悪いからそっと台所へ来て、大きい茶碗で瓶(かめ)の水を汲んで二三杯飲んで酔(えい)をさまし、見ると、奥もしんとして退けた様子、女部屋へ来て明けて見ると、お園が一人行燈の下(もと)で仕事をしているから、
 新「お園どん」
 園「あらまア、新どん、何か御用」

        十

 新「ナニ、今日はね、あの伊勢茂(いせも)さんへ、番頭さんに言付けられてお使にいったら、伊勢茂の番頭さんは誠に親切な人で、お前は酒を飲まないから味淋(みりん)がいゝ、丁度流山(ながれやま)ので甘いからお飲(あが)りでないかと云われて、つい口当りがいゝから飲過ぎて、大層酔って間(ま)がわるいから、店へ知れては困りますが、真赤になって居るかえ」
 園「大変赤くなって居ます。アノお店も退け奥も退けましたから、女部屋へお店の者が這入っては、悪うございますから早くお店へ行ってお寝(やす)みなさい」
 新「エヽ寝ますが、まア一服呑みましょう」
 園「早くお店へ行って下さいよ」
 新「今行きますが一服やります」
 と真鍮(しんちゅう)の潰れた煙管(きせる)を出して行燈の戸を上げて火をつけようと思うが、酔って居て手が慄(ふる)えておりますから灯(ひ)が消えそう、
 園「消してはいけませんよ、彼方(あっち)へ行ってお呉んなさい」
 新「ハイ行きますよ、なに火が附きました、時にお園どん、お前の病気は大変に案じたが、本当にこう早く癒(なお)ろうとは思わなかった、山田さんも丹精なすったし私も心配致しましたが、実に有難い、私は一生懸命に池(いけ)の端(はた)の弁天様へ願掛(がんが)けをしました」
 園「有難うございます、お前さんのお蔭で助かりました、もうお店が退けましたから早くお出でよ、新どん」
 新「行きますよ、此の間ね、お前さんの姉様(あねさん)豊志賀さんが来てね、たった一人の妹でございますから大事に思うが、こんな稼業(しょうばい)をして居り、家(うち)も離れているから看病も届きませんでしたが、お前さんが丹精して下すって本当に有難い、その御親切は忘れません、お前さんの様な優しい人を園の亭主に持(もた)し度(た)いと思いますとこう云ってね、お前の姉(あね)さんが、流石(さすが)は芸人だけあって様子のいゝ事を云うと思ったが、余程(よっぽど)嬉しかったよ」
 園「いけませんネ、奥も先刻(さっき)お退けになりましたからお店へお出でなさいよ」
 新「行きますよ、お園どん誠に私は本当に案じたがね」
 園「有難うござますよ」
 新「弁天様へ一生懸命に二十一日の間私が精進して山田様も本当に親切にしてくれたがね、私は真赤に酔っていますか」
 園「真赤でございますよ、彼方(あっち)へお出でなさいよ」
 新「そんなに追出さんでもいゝやね、お園どん、伊勢茂の番頭さんが、流山の滅法よい味淋をお前にと云うので私は口当りがいゝから恐ろしく酔った、私はこんなに酔った事は初めてゞ私の顔は真赤でしょう」
 園「真赤ですよ、先刻(さっき)お店も退けましたから早くお出でなさいよ」
 新「そんなに追出さなくてもいゝやね、お園どん/\」
 園「何(なん)ですよ」
 新「だがお園どん、本当にお前さんは大病で、随分私は大変案じて一時(ひとっきり)は六ヶ(むずか)しかったから、私は夜も寝なかったよ」
 園「有難うございますが、そんなに恩にかけると折角の御親切も水の泡になりますから、余(あんま)り諄(くど)く仰しゃると、その位なら世話をして下さらんければいゝにと済まないが思いますよ」
 新「そう思っても私の方で勝手にしたのだからいゝが、ねえお園どん/\」
 園「何ですよ」
 新「私の心持はお前さん些(ちっ)とも分らぬのだね、お園どん、本当に私は間が悪いけれどもね、お前さんに私は本当に惚れて居ますよ」
 園「アラ、嫌(いや)な、あんな事をいうのだもの、お内儀(かみさん)に言告(いッつけ)ますよ」
 新「言告るたって……そんなことを云うもんじゃアない、お前は私が来ると出て行け/\と、泥坊猫みた様に追出すから、迚(とて)もどう想ってもむだだとは思うが、寝ても覚めてもお前の事は忘れられないが、もう是からは因果と思ってふッつり女部屋へは来ませんが、けれども私を憫然(かわいそう)と思って、一晩お前の床の中へ寝かしておくんなさいよ、エお園どん」
 園「アラ厭(いや)なネ、私とお前さんと寝れば、人が色だと申します」
 新「イヽエ私もそれが知れゝば失敗(しくじ)って此家(こゝ)には居られないから、唯一寸(ちょっと)並んで寝るだけ、肌を一寸触(ふれ)てすうっと出ればそれで断念(あきら)める、唯ごろッと寝て直ぐに出て行(ゆ)くから」
 園「そんな事を云ってごろりと寝て直ぐに出て行(い)くったって、仕様がないねえ、行って下さいよ」
 新「そんな事を云わずに」
 園「いやだよ、新どん」
 新「お願いだから」
 園「お願いだって」
 新「ごろり一寸寝るばかりだ、永らく寝る目も寝ずに看病したろうじゃアないか、其の義理にも一寸枕を並べて、直ぐに出て行(ゆ)くから」
 園「仕様がございませんね」
 と云うが、永らく看病してくれた義理があってみれば無下(むげ)に振払う事も出来ず、
 園「新どん唯一寸寝る許(ばか)りにしておくんなさいよ」
 新「アヽ一寸一度寝るばかりでも結構、半分でもよろしい」
 と云うのでお園の床へ這入りますると、お園は厭だからぐるりと脊中を向けて固くなっているから、此方(こっち)も床へ這入りは這入ったが、ぎこちなくって布団の外へはみ出す様、お園はウンともスンとも云わないから、何(なん)だか極りが悪いので酔(えい)も醒(さめ)て来て、
 新「お園どん、誠に有難う、お前がそんなに厭がるものを無理無体に私がこんな事をして済まないが、其の代り人には決して云わない、私は是程惚れたからお前の肌に触れ一寸でも並んで寝れば私の想いも届いたのだから宜しいが、此家(こゝ)に居ては面目(めんぼく)なくて顔が合せられず、又顔を合せては猶更(なおさら)忘れられないし、こんな心では御恩を受けた旦那様にも済まないから、私は此家を今夜にも明日(あす)にも出てしまって、私の行方(ゆくえ)が知れなくなったら、私の出た日を命日と思って下され、もう私は思い遺(のこ)す事もないから死(しん)でしまいます」
 とすうッと出に掛る。口説(くどき)上手のどんづまりは大抵死ぬと云うから、今新五郎は死ぬと云ったら、まア新どんお待ちと来るかと思うと、お園は死ぬ程新五郎が厭だから何とも申しませんで、猶小衾(かいまき)を額の上までずうッと揺(ゆす)り上げて被(かぶ)ったなり口もきゝませんから、新五郎は手持無沙汰にお園の部屋を出ましたが、是が因果の始(はじま)りで、猶更お園に念がかゝり、敵(かたき)同士とは知らずして、遂に又お園に恋慕(れんぼ)を云いかけまするという怪談のお話、一寸一息(ひといき)吐(つ)きまして、

        十一

 深見新五郎がお園に惚れまするは物の因果で、敵同士の因縁という事は仏教の方では御出家様が御説教をなさるが、どういう訳か因縁と云うと大概の事は諦めがつきます。
 甲「どうしてあの人はあんな死様(しにざま)をしただろうか」
 乙「因縁でげすね」
 甲「あの人はどうしてあア夫婦中がいゝか知らん、あの不器量だが」
 乙「あれはナニ因縁だね」
 甲「なぜかあの人はあアいう酷(ひど)い事をしても仕出したねえ」
 乙「因縁が善(い)いのだ」
 と大概は皆因縁に押附(おっつ)けて、善いも悪いも因縁として諦めをつけますが、其の因縁が有るので幽霊というものが出て来ます。その眼に見えない処を仏教では説尽(ときつく)してございまするそうで、外国には幽霊は無いかと存じて居りました処が、先達(せんだっ)て私(わたくし)の宅へさる外国人が婦人と通弁が附いて三人でお出(いで)になりまして、それは粋(いき)な外国人で、靴を穿いて来ましたが、其の靴をぬいで隠(かくし)から帛紗(ふくさ)を取出しましたから何(なん)の風呂敷包かと思いますと、其の中から上靴を出してはきまして、畳の上へ其の上靴で坐布団の上へ横ッ倒しに坐りまして、
 外「お前の家(うち)に百幅(ぷく)幽霊の掛物があるという事で疾(とく)より見たいと思って居たが、何卒(どうぞ)見せて下さい」
 という事。是は私(わたくし)がふと怪談会と云う事を致した時に、諸先生方が画(か)いて下すった百幅の幽霊の軸がございますから、是を御覧に入れますと、外国人の事でございますから、一々是は何(なん)という名で何という人が画いたのかと云う事を、通弁に聞いて手帖に写し、是(こ)れは巧(うま)い、彼(あ)れは拙(まず)いと評します所を見ると、中々眼の利いたもので、丁度其の中で眼に着きましたのは菊池容齋(きくちようさい)先生と柴田是眞(しばたぜしん)先生の画いたので、是は別して賞(ほ)められました。そのあとで茶を点(い)れて四方八方(よもやま)の話から、幽霊の有無(ありなし)の話をしましたが、
 外「私は日本の語にうといから通弁から聞いて呉れ」
 と云う。私(わたくし)も洋語は知りませんから通弁さんに聞くと、通弁さんの云うに、
 通「お前の宅(うち)にこれだけの幽霊の掛物を聚(あつ)めるには、幽霊というものが有るか無いかを確(しか)と知っての上でかように聚めたのでございましょう」
 と云う問(とい)でございました。所が有るか無いかと外国人に尋ねられて、私(わたくし)も当惑して、早速に答も出来ませんから、
 圓「日本の国には昔から有るとのみ存じていますから、日本人には有るようで、貴方のお国には無いと云うことが学問上決して居るそうですから無いので、詰り無い人には無い有る人には有るのでございましょう」
 と、仕方なしに答えましたが、此の答は固(もと)よりよろしくない様でございますが、何分無いとも有るとも定めはつきません。先達(せんだって)ある博識(ものしり)先生に聞きますと
「幽霊は有るに違い無い、現在僕は蛇の幽霊を見たよ」
 と仰しゃるから、
 圓「どういう訳か」
 と聞くと、蛇を壜(びん)の中へ入れてアルコールをつぎ込むと、蛇は苦しがって、出よう/\と思って口の所へ頭を上げて来るところを、グッとコロップを詰めると、出ようと云う念をぴったりおさえてしまう。アルコール漬だから形は残って居ても息は絶えて死んで居るのだが、それを二年許(ばか)り経って壜の口をポンと抜いたら、中から蛇がずうッと飛出して、栓を抜いた方の手頸(てくび)へ喰付いたから、ハッと思うと蛇の形は水になって、ダラ/\と落(おち)て消えたが、是は蛇の幽霊と云うものじゃ。と仰しゃりました。併(しか)し博識(ものしり)の仰しゃる事には、随分拵事(こしらえごと)も有って、尽(こと/″\)く当(あて)にはなりませんが、出よう/\と云う気を止めて置きますと、其の気というものが早晩(いつか)屹度(きっと)出るというお話、又お寺様で聞いて見ますると気息(いき)が絶えて後(のち)形は無いが、霊魂と云うものは何処(どこ)へ行(ゆ)くか分らぬと申すこと、天国へ行(ゆ)くとか地獄極楽とか云う説はあっても、まだ地獄から郵便の届いた試しもなし、又極楽の写真を見た事もございませんから当にはなりませんが、併し悪い事をすると怨念(おんねん)が取付くから悪事はするな、死んで地獄へ行(ゆ)くと画(え)の如く牛頭(ごず)馬頭(めず)の鬼に責められて実にどうも苦(くるし)みをする、此の有様(ありさま)は如何(どう)じゃ、何と怖い事じゃアないか、と云うので、盆の十六日はお閻魔様(えんまさま)へ参詣致しますると、地獄の画が掛けてあるから、此の画を見て子供はおゝ怖い、悪い事はしまいと思う。昔は私共(わたくしども)も彼(あ)の画を見ると、もう決して悪い事はしまいと思いまして、女は子が出来ないと血の池地獄へ落ちて燈心で竹の根を掘らせられ、男は子が出来ないと提灯(ちょうちん)で餅を搗(つ)かせられると云う、皆恐ろしい話で、実に悪い事は出来ませんものでございます。又因縁で性(しょう)を引きますというは仏説でございますが、深見新左衞門が斬殺(きりころ)した宗悦の娘お園に、新左衞門の悴(せがれ)新五郎が惚れると云うはどういう訳でございましょうか、寝ても覚めても夢にも現(うつゝ)にも忘れる事が出来ませんで、其の時は諦めますと云って出にかゝったが、お園が何とも云わぬから仕方がない、杉戸(すぎど)を閉(た)てゝ店へ往って寝てしまいましたが翌日になって見ると、まさか死ぬにも死なれず、矢張(やっぱり)顔を見合せて居ります。其の中(うち)に土蔵(くら)の塗直しが始まり、質屋さんでは土蔵を大事にあそばすので、土蔵の塗直しには冬が一番持(もち)がいゝと云うので、職人が這入ってどし/\日の暮れるまで仕事をして、早出(はやで)居残りと云うのでございます。職人方が帰り際には台所で夕飯時(ゆうめしどき)には主人が飯を喫(た)べさせ、寒い時分の事だから葱鮪(ねぎま)などは上等で、或(あるい)は油揚に昆布などを入れたのがお商人(あきんど)衆の惣菜でございます。よく気をつけてくれまするから、台所で職人がどん/\這入って御膳を食べ、香の物がないといって、襷(たすき)を掛けて日の暮々(くれ/″\)にお園が物置へ香の物を出しにゆきました。此の奥に土蔵が有ってその土蔵の脇は物置があり、其の此方(こちら)には職人が這入って居るから荒木田(あらきだ)があり、其の脇には藁(わら)が切ってあり、藁などが散(ちら)ばっている間をうねって物置へ往って、今香の物を出そうとすると、新五郎が追っかけて来たから、見ると少し顔色も変って何だか気違(きちがい)じみて居る。もっとも惚れると云うと、馬鹿気(ばかげ)て見えるものでございますが、
 新「お園どん/\」
 園「アラ、びっくりした、新どん、何(なん)でございます」

        十二

 新「アノお園さん、私はね、此の間お前と枕を並べて一度でも寝れば、死んでも宜(い)い、諦めますと云いました」
 園「そんなことは存じませんよ」
 新「存じませんと云ったって覚えてお居(い)でだろう、だがネ私はきっと諦めようと思って無理に頼んでお前の床へ這入って酔った紛れに一寸枕を並べたばかりだが、私はお前と一つ床の中へ這入ったから、猶(なお)諦めが付かなく成ったがね、お園どん、是程思って居るのだから唯(たった)一度ぐらいは云う事を聴いてもいゝじゃアないか」
 園「何(なん)だネ新どん、気違じみて、お前さんも私も奉公して居る身の上でそんな事をして御主人に済みますか、其の事が知れたらお前さんは此の家(うち)を出ても行処(ゆきどころ)が無いじゃアありませんか、若(も)し間違があったならば、私は身寄も親類も無い行処の無いという事は何時(いつ)でも然(そ)う云っておいでだのに、大恩のある御主人に済みませんよ」
 新「済まないのは知って居るが、唯(たった)一度で諦めて是ッ切り猥(いや)らしい事は云う気遣(きづかい)ないから」
 園「アラおよしよ」
 新「お前こんなに思って居るのに」
 と夢中になりお園の手を取ってグッと引寄せる。
 園「アレお止し」
 と云ううち帯を取って後(うしろ)へ引倒しますから、
 園「アレ新どんが」
 と高声(たかごえ)を出して人を呼ぼうと思ったが、そこは病気の時に看病を受けました事があるから、其の親切に羈(ほだ)されて、若(も)し私が呶鳴(どな)れば御主人に知れて、此の人が追出されたら何処(どこ)へも行(ゆ)く処も無し気の毒と思いますから、唯小声で、
 園「新どんお止しよ/\」
 と声を出すようで出さぬが、声を立てられてはならんと、袂(たもと)を口に当てがって、
 新「此方(こっち)へお出で」
 と藁の上へ押倒して上へ乗掛(のりかゝ)るから、
 園「アレ新どん、お前気違じみた、お前も私もしくじったら何(ど)うなさる、新どん、新どん」
 ともがくのを、無理無体に口を押え、夢中になって上へ乗掛ろうとすると、
 園「アレ新どん/\」
 ともがいているうちに、お園がウーンと身を慄(ふる)わして苦しみ、パッと息が止ったから恟(びっく)りして新五郎が見ると、今はどっぷり日が暮れた時で、定かには分りませんが、側にある※(「くさかんむり/切」、第3水準1-90-71)(すさ)が真赤に血だらけ、
 新「何うしたのか」
 と思って起上ろうとすると、苦し紛れに新五郎の袖に手をかけ、しがみ付いたなりに、新五郎と共にずうッと起(おき)たのを見ると真赤、
 新「お園どん何うしたのだえ」
 と襟(えり)に手をかけて抱起(だきおこ)すと、情(なさけ)ないかな下にあったのは※(「くさかんむり/切」、第3水準1-90-71)(すさ)を切る押切(おしきり)と云うもの、是は畳屋さんの庖丁を仰向(あおむけ)にした様な実に能(よ)く切れるものでございますが、此の上へお園の乗った事を知らずに、男の力で、大声を立てさせまいと思い、口を押えてグックと押すから、お園はお止しよ/\と身体を※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)(もが)くので、着物の上からゾク/\肋(あばら)へかけて切り込みましたから、お園は七転八倒の苦しみ、其の儘息の絶えたのを見て、新五郎は、
 新「アヽ南無阿弥陀仏/\/\、お園どん堪忍しておくれ、全くお前と私は何たる悪縁か、お前が厭がるのを知りながら私が無理無体な事を云いかけて、怖ろしい刃物のあるを知らずにお前を此所(こゝ)へ押倒して殺してしまったから、もう私は生きてはいられない、お園どん確(しっ)かりしておくれ、私が死んでもお前を助けるから」
 と無理に抱起(だきおこ)して見ましたが、もう事が切れて居る。
 新「ハア、もう是は迚(とて)もいかぬな」
 と夢の覚めた様な心持で只茫然として居りましたが、もう迚も此処(こゝ)の家(うち)には居られぬ、といって今更何処(どこ)といって行(ゆ)く処も無い新五郎、エヽ毒喰わば皿まで舐(ねぶ)れ、もう是までというので、屎(くそ)やけになる。若い中(うち)にはあることで、新五郎は暗(やみ)に紛れてこっそり店へ這入って、此の家(うち)へ来る時差して来た大小を取出し、店に有合(ありあわせ)の百金を盗み取って逐電いたしましたが、さて行(ゆ)く処がないから、遥々(はる/″\)奥州(おうしゅう)の仙台へ参り、仙台様のお抱(かゝえ)になって居る、剣客者(けんかくしゃ)黒坂一齋と云う、元剣術の指南を受けた師匠の処へ参って塾に這入り、剣術の修業(しゅうぎょう)をして身を潜めて居りましたが、城中に居りましたから、頓(とん)と跡が付きません。なれども故郷忘じ難く、黒坂一齋の相果てゝからは、何(ど)うも朋輩(ほうばい)の交際(つきあい)が悪うございますから、もう二三年も経ったから知れやしまいと思って、又奥州仙台から、江戸表へ出て来たのは、十一月の丁度二十日でございます。先(ま)ず浅草の観音様へ参って礼拝(らいはい)を致し、是から何処(どこ)へ行(ゆこ)うか、何(ど)うしたらよかろうと考える中(うち)に、ふと胸に浮んだのは勇治(ゆうじ)と云う元屋敷の下男で、我が十二歳ぐらいの頃まで居たが、其の者は本所辺に居ると云う事で、慥(たし)か松倉町と聞いたから、兎も角も此の者を尋ねて見ようと思い、吾妻橋(あづまばし)を渡って、松倉町へ行(ゆ)きます。菅(すげ)の深い三度笠を冠(かぶ)りまして、半合羽(はんがっぱ)に柄袋(つかぶくろ)のかゝった大小を帯(たい)し、脚半甲(きゃはんこう)がけ草鞋穿(わらじばき)で、いかにも旅馴れて居りまする扮装(いでたち)、行李(こうり)を肩にかけ急いで松倉町から、斯(こ)う細い横町へ曲りに掛ると、跡からバラ/\/\と五六人の人が駈けて来るから、是は手が廻ったか、しくじったと思い、振返って見ると、案の如く小田原提灯が見えて、紺足袋(こんたび)に雪駄穿(せったばき)で捕者(とりもの)の様子だから、あわてゝ其処(そこ)にある荒物屋の店の障子をがらりと明けて、飛上ったから、荒物屋さんでは驚きました。
 女房「何ですねえ、恟(びっく)りしますね」
 と云うと、
 新「ハイ/\/\」
 と云ってブル/\慄(ふる)えながら、ぴったり後(うしろ)を締めて障子の破れから戸外(そと)を覗(のぞ)いて居ります。

        十三

 女「まア何処(どこ)の方です、突然(いきなり)人の家(うち)へ這入って、草鞋をはいたなりで坐ってサ、何(ど)うしたんだえ」
 新「是は/\何うも誠に相済まぬが、今間違で詰らぬ奴に喧嘩を仕掛けられ、私は田舎武士(ざむらい)で様子が知れぬから、面倒と思って、逃ると追掛(おっか)けたから、是は堪(たま)らんと思って当家へ駈込みお店を荒して済みませんが、今覗いて見れば追掛けたのではない酒屋の御用が犬を嗾(けし)かけたのだ、私は只怖いと思ったものだから追掛けられたと心得たので、誠に相済みません」
 女「困りますね、草鞋を脱いで下さい、泥だらけになって仕様がございませんね、アレ塩煎餅(しおせんべい)の壺へ足を踏みかけて、まアお前さん大変樽柿(たるがき)を潰したよ」
 新「誠に済まないが、ツイ踏んで二つ潰したから、是は私が買って、あとは元の様に積んで置きます、あの出刃庖丁は何(なん)でげすな」
 女「あれは柿の皮を剥(む)くのでございますよ、何(ど)うも困りますね、だが買って下さればそれで宜(よ)うございますが、けれども貴方草鞋をおとんなさいナ」
 新「何(ど)うか、樽柿は幾個(いくつ)でも買いますが、何うかお茶でも水でも下さい」
 女「お茶は冷(つめと)うございますが、ナニ沢山買って下さらないでも、潰れただけの代を下さればようございます」
 新「えゝ御家内此処(こゝ)は何(なん)と云う処でございますえ」
 女「此処は本所松倉町でございます」
 新「あゝ左様かえ、少しお聞き申すが、前々(ぜん/″\)小日向服部坂(はっとりざか)の屋敷に奉公を致して居った勇治と云う者が此の近処(きんじょ)に居りませんか、年は今年で五十八九になりましょうか、慥(たし)か娘が一人あって其の娘の夫は*※(「操のつくり」、第4水準2-4-19)掻(こまいかき)と聞きましたが」
*「壁下地の小竹をとりつける職人」
 女「貴方は、なんでございますか、深見新左衞門様の若様でございますか」
 新「えゝ何あのお前は勇治を御存知かえ」
 女「ハイ私は勇治の娘でございますよ、春と申しまして」
 新「はあ然(そ)う」
 春「私はね、もうねお屋敷へ一度参った事がございますがね、其の時分は幼少の時で、まアお見違(みそれ)申しました、まだ貴方のお小さい時分でございましたからさっぱり存じませんで、大層お立派におなり遊ばしたこと、お幾才(いくつ)におなり遊ばした」
 新「今年二十三になります」
 春「まアお屋敷もね、何だか不祥(いや)な事になりまして、昨年私の親父も亡なりましたが、お屋敷はあゝなったが、若様は何(ど)うなされたかお行方が知れぬが、ひょっとして尋ねていらっしゃったら、永々(なが/\)御恩を受けたお屋敷の若様だから何(ど)んなにもして上げなければならん、と死際(しにぎわ)に遺言して亡なりましたが、貴方が若様なれば何うか此方(こちら)へ一晩でもお泊め申さんでは済(すみ)ませんから」
 新「やれ/\是は/\左様かね、図らず勇治の処へ来たのは何より幸(さいわい)で、拙者は深見新五郎であるが、仔細あって暫く遠方へ参って居たが、今度此方へ出て参っても何処(どこ)と云って頼る処も無し、何処か知れぬ処へ奉公住(ほうこうずみ)を致したいが、請人(うけにん)がなければならんから当家で世話をして請人になってくれんか」
 春「お世話どころじゃアございません、是非ともお世話を為(し)なければ済みません、まア能く入らっしゃいました、貴方それじゃアまア脚半や草鞋をお取りなすって、なに御心配はございません、今水を汲んで来ます、ナニその汚れた処は雑巾で拭きますから、まア合羽などはお取りなさいまし」
 と云うから新五郎はホット息を吐(つ)きます。すると、
 春「まア此方(こちら)へ」
 と云うので何か親切に手当を致し、大小は風呂敷に包み箪笥(たんす)の抽斗(ひきだし)へ入れてピンと錠を卸(おろ)し、
 春「貴方これとお着かえなさいましな」
 新「イヤ着換は持って居るから」
 と包の中から出して着物を着かえ、
 新「何うか空腹であるから御飯を」
 春「ハイ宜しゅうございます、貴方御酒を召上るならば取って参りましょう、此の辺は田舎同様場末でございますから何(なん)にもよいものはありませんが、貴方鰻を召上りますなら鰻でも」
 新「鰻は結構、私が代を出すから何(どう)か買って貰いたい」
 春「そんなら跡を願いますよ」
 と是からガラリ障子を明けて戸外(そと)へ出ました。すると此の女房は、実は深見新五郎が来たら是々と、亭主に言付けられているから、亭主の行って居る処へ行って話をする。此の亭主は石河伴作(いしかわばんさく)と云う旦那衆(しゅ)の手先で、森田の金太郎と云う捕者の上手、かねて網を張って待っていた処だから、それは丁度好(い)いと、それ/″\手配(てくばり)をしたが、併(しか)し剣客者(てしゃ)と聞いているから刃物を取上げなければならんが、何(ど)うしたものだろうと云うと女房が聞いて、刃物は是々してちゃんと箪笥の抽斗へ入れて錠を卸して仕舞って、鰻を誂(あつら)えに行(ゆ)くつもりにして来たと云う。
 金「そんなら宜しい」
 と云って直(すぐ)に鰻屋の半纏(はんてん)を引掛(ひっか)けて若者の姿で金太郎が遣(や)って来て、
 金「エヽ鰻屋でございます」
 と云うと、此方(こちら)は気が附きませんから、
 新「ハイ大きに御苦労」
 金「お誂えが出来ました、あゝ山椒(さんしょ)の袋を忘れた」
 と云いながら新五郎の受取(うけとり)に来る処を飛上って、
 金「御用だ神妙にしろ」
 と手を取って逆に捻伏(ねじふ)せられたから起(おき)る事が出来ません。

        十四

 金「手前(てめえ)は深見新五郎だろう、谷中の下總屋でお園を殺し、主人の金を百両盗んで逐電した大泥坊め」
 新「イヤ手前は左様なものではござらん」
 とは云ったが、あゝ残念なことをした、それでは此処(こゝ)の女房もぐるであったと見える、刃物を仕舞われたから是はもう迚(とて)も遁(のが)れぬ。と思いました。いゝ悪党なれば、斯(こ)う云う時の為に懐にどすといって一本匕首(あいくち)をのんで居るが、それ程商売人の泥的(どろてき)ではありませんから、用意をいたしておりません。もう天命究(きわ)まったと思うと、一寸指の先へ障りましたのは、先刻(さっき)ふと女房に聞いた柿の皮を剥く庖丁と云う鯵切(あじきり)の様な物が、これが手に障ったのを幸(さいわい)と、
 新「左様な覚(おぼえ)はない、人違(ひとちがい)でござる」
 と云って、起上(おきあが)りながらズンと金太郎の額へ突掛(つっか)けたから、
 金「アッ」
 と後(あと)へ下(さが)って傷口を押えると、額から血がダラ/\流れて真赤になり、真実(ほんとう)の金太郎の様になります。続いて逃(にげ)たらと隠れていた捕者の上手な富藏(とみぞう)と云う者が、
 富「神妙にしろ、御用だ」
 と十手を振上げて打って掛るやつを取って抉(えぐ)ったから、ヒョロ/\とひょろついて台所の竈(へっつい)でボッカリ膝を打って、裏口へ蹌踉(よろけ)出したから、しめたと裏口の戸をしめ、辛張(しんばり)をかって置いて表を覗(のぞ)くと人が居る様子だから、確(しっか)り鑰(かきがね)を掛けて燈光(あかり)を消し、庖丁の先で箪笥の錠をガチ/\やって漸(ようや)く錠を明け、取出した衣類を身に纒(まと)い、大小を差して、サア出ようと思ったが、迚(とて)も表からは出られませんから、屋根伝いにして逃げようと、階子(はしご)を上(あが)って裏手の小窓を開けて見ると、ずうっと棟割(むねわり)長屋になって物干が繋(つな)がって居て、一軒毎(ごと)に一間ばかりの丸太がありそれへ小割(こわり)が打って物干竿(ものほしざお)の掛る様になっているから、此の物干伝いに伝わって行(ゆ)けば、何処(どこ)へか逃げられるとは思ったが、なか/\油断は出来ませんから、長物(ながもの)を抜いて新五郎が度胸をすえ、小窓から物干へ這出して来ます。すると捕手(とりて)の方も手当は十分に附いているから、もし此の窓から逃出したら頭脳(あたま)を打破(うちわ)ろうと、勝藏(かつぞう)と云う者が木太刀(きだち)を振上げて待って居る所へ、新五郎は斯(こ)う腹這(はらばい)になって頸(くび)をそうッと出した。すると、
 勝「御用だ」
 ピューッ[#「ピューッ」は底本では「ピュッー」]と来るやつを、身を退(ひ)き身体を逆に反(かえ)して、肋(あばら)の所へ斬込んだから、勝藏は捕者は上手だが物干から致してガラ/\/\どうと転がり落ちる。其の間に飛下りようとする。所が下には十分手当が届いているから下りる事が出来ません。すると丁度隣の土蔵が塗直しで足場が掛けてあって笘(とま)が掛っているから、それを潜(くゞ)って段々参ると、下の方ではワア/\と云う人声(ひとごえ)、もう然(そ)うなると、人が十人居ても五十人も居る様に思われますから、新五郎は窃(そっ)と音のしない様に笘を潜り抜けて、段々横へ廻って参り、此の空地(あきち)へ飛下り、彼方(あちら)の板塀を毀(こわ)して、向(むこう)の寺へ出れば逃(のが)れられようと思い、足場を段々に下りまして、もう宜(よ)かろう、と下を見ると藁(わら)がある。しめたと思ってドンと其処(そこ)へ飛下りると、
 新「ア痛タ……」
 と臀餅(しりもち)をつく筈(はず)です、其の下にあったのは押切(おしぎり)と云う物で、土踏まずの処を深く切込みましたから、新五郎ももう是までと覚悟しました。跛(びっこ)になっては、迚(とて)も遁(のが)れる事も出来ませんから、到頭(とうとう)縄に掛って引かれます。
 新「あゝ因縁は恐しいもの、三年跡(あと)にお園を殺したも押切、今又押切へ踏掛けてそのために己(おれ)が縄に掛って引かれるとは、お園の怨(うらみ)が身に纒(まと)って斯(かく)の如くになること」
 と実に新五郎も夢の覚めた様になりましたが、是が丁度三年目の十一月二十日、お園の三回忌の祥月命日(しょうつきめいにち)に、遂に新五郎が縄目に掛って南の御役宅へ引かれると云う、是より追々怪談のお話に相成ります。

        十五

 引続きまして真景累が淵、前回よりは十九年経ちましてのお話に相成りますが、根津七軒町の富本(とみもと)の師匠豐志賀(とよしが)は、年卅九歳で、誠に堅い師匠でございまして、先年妹お園を谷中七面前の下總屋と云う質屋へ奉公に遣(や)って置きました処、図らぬ災難で押切の上へ押倒され、新五郎の為に非業の死を遂げましたが、それからは稽古をする気もなく、同胞(きょうだい)思いの豊志賀は懇(ねんごろ)に妹お園の追福を営み、追々月日も経ちまするので気を取直し、又矢張(やっぱり)稽古をする方が気が紛れていゝから、と世間の人も勧めまするので、押っ張って富本の稽古を致す様になりましたが、女の師匠と云う者は、堅くないとお弟子がつきません。彼処(あすこ)の師匠は娘を遣って置いても行儀もよし、言葉遣いもよし、真(まこと)に堅いから、あの師匠なら遣るが宜(い)い、実に堅い人だ、と云うので大家(たいけ)の娘も稽古に参ります。すると、男嫌いで堅いと云うから、男は来そうもないものでございますが、堅い師匠だと云うと、妙に男が稽古に参ります。
「師匠是は妙な手桶で、台所で遣(つか)うのには手で持つ処が小さくって軽くって、師匠などが水を汲むにいゝから、私が一つ桶屋に拵(こしら)えさして持って来た」
 とか、又朝早く行って、瓶(かめ)へ水を汲んで流しを掃除しようなどと手伝いに参ります。中には内々(ない/\)張子連(はりこれん)などと申しまして、師匠が何(どう)かしてお世辞の一言(ひとこと)も云うと、それに附込んで口説落(くどきおと)そうなどと云う連中(れんじゅう)、経師屋(きょうじや)連だの、或(あるい)は狼連などと云う、転んだら喰おうと云う連中が来るのでありますから、種々(いろ/\)親切に世話を致します。時々浚(さら)いや何か致しますと、皆(みんな)此の男の弟子が手伝いに参りますが、ふと手伝いに来た男は、下谷(したや)大門町(だいもんちょう)に烟草屋(たばこや)を致して居(お)る勘藏と云う人の甥(おい)、新吉と云うのでございますが、ぶら/\遊んで居るから本石町(ほんこくちょう)四丁目の松田と云う貸本屋へ奉公に遣(や)りましたが、松田が微禄いたして、伯父の処へ帰って遊んでいるから、少し烟草を売るがいゝと云うので、掴(つかみ)煙草を風呂敷に包み、処々(ところ/″\)売って歩きますが、素(もと)より稽古が好きで、閑(ひま)の時は、水を汲みましょうお湯を沸(わか)しましょうなどと、ヘエ/\云ってまめに働きます。年二十一でございますが、一寸子※(「てへん+丙」、第4水準2-13-2)(こがら)の好(よ)い愛敬のあると云うので、大層師匠の気に入り、其の中(うち)に手少なだから私の家(うち)に居て手伝ってと云うと、新吉も伯父の処に居るよりは、芸人の家(うち)に居るのは粋(いき)で面白いから楽(たのし)みも楽みだし、芸を覚えるにも都合がいゝから、豊志賀の処へ来て手伝いをして居ります。其の年十一月二十日の晩には、霙(みぞれ)がバラ/\降って参りまして、極(ごく)寒いから、新吉は食客(いそうろう)の悲しさで二階へ上(あが)って寝ますが、五布蒲団(いつのぶとん)の柏餅(かしわもち)でもまだ寒いと、肩の処へ股引などを引摺込(ひきずりこ)んで寝まするが、霙はざあ/\と窓へ当ります。其の内に少し寒さが緩(ゆる)みましたかして、夜(よ)が更けてから雨になりまして、どっとと降って参ります。師匠は堅いから下に一人で寝て居りますが、何(なん)だか此の晩は鼠がガタ/\して豐志賀は寝られません。
 豐「新吉さん/\」
 新「ヘエ何(なん)でげすね」
 豐「お前まだ眼が覚めていますかえ」
 新「ヘエ、私はまだ覚めて居ります」
 豐「そうかえ私も今夜は何だか雨の音が気になって少しも寝られないよ」
 新「私も気になって些(ちっ)とも寝られません」
 豐「何だか誠に訝(おか)しく淋しい晩だね」
 新「ヘエー訝しく淋しい晩でげすね」
 豐「寒いじゃアないか」
 新「何だかひどく寒うございますね」
 豐「なんだね同じ様なことばかり云って、誠に淋しくっていけない、お前さん下へ下りて寝ておくれな、どうも気になっていけないから」
 新「そうですか、私も淋しいから下へ下りましょう」
 と五布蒲団と枕を抱えて、危い階子(はしご)を下りて来ました。
 豐「お前、新吉さん其方(そっち)へ行って柏餅では寒かないかえ」
 新「ヘエ、柏餅が一番宜(い)いんです、布団の両端(りょうはじ)を取って巻付けて両足を束(そく)に立って向(むこう)の方に枕を据(す)えて、これなりにドンと寝ると、好(い)い塩梅に枕の処へ参りますが、そのかわり寝像(ねぞう)が悪いと餡(あん)がはみ出します」
 豐「お前寒くっていけまい、斯(こ)うしておくれな、私も淋しくっていけないから、私のネこの上掛(うわがけ)の四布蒲団(よのぶとん)を下に敷いて、私の掻巻(かいまき)の中へお前一緒に這入って、其の上へ五布蒲団を掛けると温(あった)かいから、一緒にお寝な」
 新「それはいけません、どうして勿体ない、お師匠さんの中へ這入って、お師匠さんの身体から御光(ごこう)が射すと大変ですからな」
 豐「御光だって、寒いからサ」
 新「寒うございますがね、明日(あした)の朝お弟子が早く来ましょう、然(そ)うするとお師匠さんの中へ這入って寝てえれば、新吉はお師匠さんと色だなどと云いますからねえ」
 豐「宜(い)いわね、私の堅い気象は皆(みんな)が知って居るし、私とお前と年を比べると、私は阿母(おっか)さんみた様で、お前の様な若い子みたいな者と何(ど)う斯(こ)う云う訳は有りませんから一緒にお寝よ」
 新「そうでげすか、でも極りが悪いから、中に仕切を入れて寝ましょうか」
 豐「仕切を入れたって痛くっていけませんよ、お前間(ま)がわるければ脊中合(せなかあわせ)にして寝ましょう」
 と到頭同衾(ひとつね)をしましたが、決して男女(なんにょ)同衾はするものでございません。

        十六

 日頃堅いと云う評判の豐志賀が、どう云う悪縁か新吉と同衾をしてから、不図(ふと)深い中になりましたが、三十九歳になる者が、二十一歳になる若い男と訳があって見ると、息子のような、亭主のような、情夫(いろおとこ)の様な、弟の様な情が合併して、さあ新吉が段々かわいゝから、無茶苦茶新吉へ自分の着物を直して着せたり何か致します、もと食客(いそうろう)だから新吉が先へ起きて飯拵(めしごしら)えをしましたが、此の頃は豐志賀が先へ起きてお飯(まんま)を炊くようになり、枕元で一服つけて
 豐[#「豐」は底本では「新」]「さア一服お上(あが)りよ」
 新「ヘエ有難う」
 豐「何(なん)だよヘエなんて、もうお起きよ」
 新「あいよ」
 などと追々増長して、師匠の布子(どてら)を着て大胡坐(おおあぐら)をかいて、師匠が楊枝箱(ようじばこ)をあてがうと坐ってゝ楊枝を遣(つか)い嗽(うがい)をするなどと、どんな紙屑買が見ても情夫(いゝひと)としか見えません。誠に中よく致し、新吉も別に行(ゆ)く処も無い事でございますから、少し年をとった女房を持った心持でいましたが、此家(こゝ)へ稽古に参りまする娘が一人ありまして、名をお久(ひさ)と云って、総門口(そうもんぐち)の小間物屋の娘でございます。羽生屋三五郎(はにゅうやさんごろう)と云う田舎堅気(かたぎ)の家(うち)でございまするが、母親が死んで、継母(まゝはゝ)に育てられているから、娘は家(うち)に居るより師匠の処に居る方がいゝと云うので、能(よ)く精出して稽古に参ります。すると隠す事程結句(けっく)は自然と人に知れるもので、何(ど)うも訝(おか)しい様子だが、新吉と師匠と訳がありゃアしないかと云う噂が立つと、堅気の家(うち)では、其の様な師匠では娘の為にならんと云って、好(い)い弟子はばら/\下(さが)ってしまい、追々お座敷も無くなります。そうすると、張子連は憤(おこ)り出して、
「分らねえじゃアねえか、師匠は何(なん)の事だ、新吉などと云う青二歳を、了簡違いな、また新吉の野郎もいやに亭主ぶりやアがって、銜煙管(くわえぎせる)でもってハイお出で、なんと云ってやがる、本当に呆れけえらア、下(さが)れ/\」
 と。ばら/\張子連は下ります。其の他(た)の弟子も追々其の事を聞いて下りますと、詰(つま)って来るのは師匠に新吉。けれどもお久ばかりは相変らず稽古に来る、と云うものは家(うち)に居ると、継母に苛(いじ)められるからで、此のお久は愛嬌のある娘で、年は十八でございますが、一寸笑うと口の脇へ靨(えくぼ)と云って穴があきます。何もずぬけて美女(いゝおんな)ではないが、一寸男惚(おとこぼれ)のする愛らしい娘。新吉の顔を見てはにこ/\笑うから、新吉も嬉しいからニヤリと笑う。其の互(たがい)に笑うのを師匠が見ると外面(うわべ)へは顕(あら)わさないが、何か訳が有るかと思って心では妬(や)きます。この心で妬くのは一番毒で、むや/\修羅(しゅら)を燃(もや)して胸に燃火(たくひ)の絶える間(ま)がございませんから、逆上(のぼ)せて頭痛がするとか、血の道が起(おこ)るとか云う事のみでございます。と云って外(ほか)に意趣返しの仕様がないから稽古の時にお久を苛めます。
 豐「本当に此の娘(こ)は何てえ物覚(ものおぼえ)が悪い娘だろう、其処(そこ)がいけないよ、此様(こん)なじれったい娘はないよ」
 と無暗(むやみ)に捻(つね)るけれども、お久は何も知らぬから、芸が上(あが)ると思いまして、幾ら捻られてもせっせと来ます。それは来る訳で、家(うち)に居ると継母に捻られるから、お母(っか)さんよりはお師匠さんの方が数が少いと思って近く来ると、猶(なお)師匠は修羅を燃(もや)して、わく/\悋気(りんき)の焔(ほむら)は絶える間は無く、益々逆上して、眼の下へポツリと訝(おか)しな腫物(できもの)が出来て、其の腫物が段々腫上(はれあが)って来ると、紫色に少し赤味がかって、爛(たゞ)れて膿(うみ)がジク/″\出ます、眼は一方腫塞(はれふさ)がって、其の顔の醜(いや)な事と云うものは何(なん)とも云いようが無い。一体少し師匠は額の処が抜上(ぬけあが)って居る性(たち)で、毛が薄い上に鬢(びん)が腫上っているのだから、実に芝居で致す累(かさね)とかお岩とか云うような顔付でございます。医者が来て脈を取って見る。豊志賀が、是は気の凝(こり)でございましょうか、と云うと、イヤ然(そ)うでない是は面疔(めんちょう)に相違ないなどゝ云うが、それは全く見立違(みたてちが)いで、只今の様に上手なお医者はございません時分で、只今なら佐藤先生の処へ行(ゆ)けば、切断して毒を取って跡は他人の肉で継合(つぎあ)わせると云う、飴細工の様な事も出来るから造作はないが、其の頃は医術が開けませんから、十分に療治も届きません。それ故段々痛(いたみ)が烈(はげ)しくなり、随(したが)って気分も悪くなり、終(つい)にはどっと寝ました。ところが食(しょく)は固(もと)より咽喉(のど)へ通りませんし、湯水も通らぬ様になりましたから、師匠は益々痩(やせ)るばかり、けれども顔の腫物(できもの)は段々に腫上って来まするが、新吉はもと師匠の世話になった事を思って、能(よ)く親切に看病致します。
 新「師匠/\、あのね、薬の二番が出来たから飲んで、それから少し腫物の先へ布薬(ひきぐすり)を為(し)よう、えゝおい、寝て居るのかえ」
 豐「あい」
 と膝に手を突いて起上りますると、鼠小紋(ねずみこもん)の常着(ふだんぎ)を寝着(ねまき)におろして居るのが、汚れッ気(け)が来ており、お納戸色(なんどいろ)の下〆(したじめ)を乳の下に堅く〆(し)め、溢(くび)れたように痩せて居ります。骨と皮ばかりの手を膝に突いて漸(ようや)くの事で薬を服(の)み、
 豐「ほッ、ほッ」
 と息を吐(つ)く処を、新吉は横眼でじろりと見ると、もう/\二眼(ふため)と見られない醜(いや)な顔。
 新「些(ちっ)とは快(いゝ)かえ」
 豐「あい、新吉さん、私はね何(ど)うも死度(しにた)いよ、私のような斯(こ)んなお婆さんを、お前が能く看病をしておくれで、私はお前の様な若い奇麗(きれい)な人に看病されるのは気の毒だ/\と思うと、猶(なお)病気が重(おも)って来る、ね、私が死んだら嘸(さぞ)お前が楽々(らく/\)すると思うから、本当に私は一時(いちじ)も早く楽に死度いと思うが、何うも死切(しにき)れないね」
 新「詰らない事を云うもんじゃアない、お前が死んだら私が楽をしようなどゝそんなことで看病が出来るものでは無い、わく/\そんな事を思うから上(のぼ)せるんだ、腫物(できもの)さえ癒(なお)って仕舞やア宜(い)いのだ」
 豐「でもお前が厭(いや)だろうと思って、私はお前唯(たゞ)の病人なら仕方もないけれども、私は斯(こ)んな顔になって居るのだもの」
 新「斯んな顔だって腫物だから癒(なお)れば元の通りになるから」
 豐「癒ればあとが引釣(ひっつり)になると思ってね」
 新「そんなに気を揉(も)んではいけない、少しは腫(はれ)が退(ひ)いたようだよ」
 豐「嘘をお吐(つ)きよ、私は鏡で毎日見て居るよ、お前は口と心と違って居るよ」
 新「なに違うものか、私は心配して居るのだ」
 豐「あゝもう私は早く死度い」
 新「お廃(よ)しよ、死(しに)たい/\って気がひけるじゃアないか、些(ちっ)とは看病する身になって御覧、何(なん)だってそんなに死度いのだえ」
 豐「私が早く死んだら、お前の真底(しんそこ)から惚れているお久さんとも逢われるだろうと思うからサ」

        十七

 新「あゝいう事を云う、お前は何(なん)ぞと云うとお久さんを疑(うたぐ)って、ばんごと云うがね、私とお久さんと何か訳があると思って居るのかえ」
 豐「それはないわね」
 新「ないものを兎や角云わなくっても宜(い)いじゃアないか」
 豐「ないからったっても、私と云うものがあるから、お前が惚れているという事を、口にも出さず、情夫(いろ)にもなれぬと思うと、私は本当に気の毒だから私は早く死んで上げて、そうして二人を夫婦にして上げたいよ」
 新「およしな、そんな詰らぬ事を、仕様がないな、本当にお前も分らないね、お久さんだって一人娘で、婿を取ろうと云う大事な娘だのに、そんな訳もない事を云って疵(きず)を附けては、向(むこう)の親父さんの耳にでも入ると悪いやね、あの娘のお母(っか)さんは継母で喧(やかま)しいから可愛(かわい)そうだわね」
 豐「可愛そうでございましょう、お前はお久さんの事ばかりかわいそうで案じられるだろうが、私が死んでもお前は可愛そうだと思う気遣(きづかい)はないよ」
 新「あ、あゝいう事を、お前仕様がないね、よく考えて御覧な、全体私は家(うち)の者じゃアないか、仮令(たとえ)訳があっても隠すが当然だろう、それを訳のない者を疑って、ある/\と云うと、世間の人まで有ると思って私が困るよ」
 豐「御尤(ごもっとも)でございますよ、でも何(ど)うせあるのはあるのだね、私が死ねば添われるから、何卒(どうぞ)添わして上げたいから云うのだよ、新吉さん本当に私は因果だよ、私は何うも死切れないよ」
 新「あゝ云う事を云う、何を証拠に…えゝそれはね……彼様(あん)な事を…又あゝいう事を……お前そう疑るからいけない、此の頃来たお弟子ではなし、家(うち)の為になるからそれはお前、お天気がいゝとか、寒うございますとか、芝居へおいでなすったか位のお世辞は云わなければならないやね、それも家の為だと思うから云おうじゃアないか、あれサ仕様がないね、別に何も……此の間も見舞物を持って来たから台所へ行って葢物(ふたもの)を明けて返す、あれサそれを、あゝいう分らぬ事を云う仕様がねえなア」
 とこぼして居る所へ這入って来たのは何も知らないお久でございます。何か三組(みつぐみ)の葢物へおいしいものを入れて、
 久「新吉さん、今日(こんにち)は」
 新「ヘエ、お出(いで)なさい、此方(こちら)へお這入りなすって、ヘエ有難う、まア大きに落付(おちつき)ました様で」
 久「あのお母(っか)さんが上(あが)るのですが、つい店が明けられませんで御無沙汰を致しますが、慥(たし)かお師匠さんがお好(すき)でございますから、よくは出来ませんが何卒(どうぞ)召上って」
 新「有難うございます、毎度お前さんの処から心にかけて持って来て下すって有難う、錦手(にしきで)の佳(い)い葢物ですね、是は師匠が大好(だいすき)でげす、煎豆腐(いりどうふ)の中へ鶏卵(たまご)が入って黄色くなったの、誠に有難う、師匠が大好、おい師匠/\あのねお久さんの処からお前の好な物を煮て持って来ておくんなすったよ、お久さんが来たよ」
 豐「あい」
 とお久と云う声を聞くと、こくり起上って手を膝について、お久の顔を見詰めて居ります。
 久「お師匠さんいけませんね、お母(っか)さんがお見舞に上るのですが、つい店が明けられませんで、些(ちっ)とはお快(よろし)ゅうございますか」
 豐「はい、お久さん度々(たび/″\)御親切に有難うございます。お久さん、お前と私とは何(な)んだえ」
 新「何を詰らない事を云うのだよ」
 豐「黙っておいでなさい、お前の知った事じゃアない、お久さんに云いたい事があるのだよ、お久さん私とお前とは弟子師匠の間じゃアないか、何故お見舞にお出でゞない」
 新「何を云うのだよ、お久さんは毎日お見舞に来たり、何(ど)うかすると日に二度ぐらいも来るのに」
 豐「黙っておいで、其様(そんな)にお久さんの贔屓(ひいき)ばかりおしでない、それは私が斯(こ)うしているから案じられて来るのじゃア無い、お久さんはお前の顔を見たいから度々来るので」
 新「仕様がないナ詰らぬ事を云って、お久さん堪忍してね、師匠は逆上して居るのだから」
 久「誠にいけませんね」
 とお久は少し怖くなりましたから、こそ/\と台所から帰ってしまいました。
 新「困るね、えゝ、おい師匠何うしたんだ、冗談じゃアねえ、顔から火が出たぜ、生娘(きむすめ)のうぶな娘(こ)に彼様(あん)な事を云って、面目無(めんぼくなく)って居られやアしない」
 豐「居られますまいよ、顔が見たけりゃア早く追駈(おっか)けてお出で」
 新「あゝいう事を云うのだもの」
 豐「私の顔は斯んな顔になったからって、お前がそういう不人情な心とは私は知りませんだったよ」
 新[#「新」は底本では「豐」]「何を云うのだね、誠に仕様がねえな、些(ちっ)と落付いてお寝よ」
 豐「はい寝ましょうよ」
 新吉は仕方がないから足を摩(さす)って居りますと、すや/\疲れて寝た様子だから、いゝ塩梅だ、此の間に御飯でも喫(た)べようと膳立(ぜんだて)をしていると這出して、
 豐「新吉さん」
 新「何(なん)だい、肝(きも)を潰(つぶ)したねえ」
 豐「私が斯んな顔で」
 新「仕様がねえな冷(ひえ)るといけないからお這入りよ」
 と云う塩梅、よる夜中(よなか)でも、いゝ塩梅に寝附いたから疲れを休めようと思って、ごろりと寝ようとすると、
 豐「新吉さん/\」
 と揺(ゆ)り起すから新吉が眼を覚(さま)すと、ヒョイと起上って胸倉(むなぐら)を取って、
 豐「新吉さん、お前は私が死ぬとねえ」
 と云うから、新吉は二十一二で何を見ても怖がって尻餅をつくと云う臆病な性(たち)でございますから、是は不人情のようだが迚(とて)も此処(こゝ)には居られない、大門町へ行って伯父と相談をして、いっその事下総の羽生村に知って居る者があるから、其処(そこ)へ行ってしまおうかと、種々(いろ/\)考えて居る中(うち)に、師匠は寝付いた様子だから、その間(ま)に新吉はふらりと戸外(そと)へ出ましたが、若い時分には気の変りやすいもので、茅町(かやちょう)へ出て片側町(かたかわまち)までかゝると、向(むこう)から提灯を点(つ)けて来たのは羽生屋の娘お久と云う別嬪(べっぴん)、
 久「おや新吉さん」

        十八

 新「これはお久さん何処(どこ)へ」
 久「あの日野屋へ買物に」
 新「思いがけない処でお目にかゝりましたね」
 久「新吉さん何方(どちら)へ」
 新「私は一寸大門町まで」
 久「お師匠さんは」
 新「誠にいけません、此の間はお気の毒でね、あんな事を云って何(ど)うもお前さんにはお気の毒様で」
 久「何う致しまして、丁度好(よい)処でお目に掛って嬉しいこと」
 新「お久さん何処へ」
 久「日野屋へ買物に」
 新「本当にあんな事を云われると厭(いや)なものでね、私は男だから構いませんが、お前さんは嘸(さぞ)腹が立ったろうが、お母(っか)さんには黙って」
 久「何ういたしまして、私の方ではあゝ云われると、冥加(みょうが)に余って嬉しいと思いますが、お前さんの方で、外聞がわるかろうと思って、誠にお気の毒様」
 新「うまく云って、お久さん何処へ」
 久「日野屋へ買物に」
 新「あの師匠の枕元でお飯(まんま)を喫(たべ)ると、おち/\咽喉(のど)へ通りませんから、何処かへ徃(い)ってお飯を喫べようと思うが、一人では極りが悪いから一緒に往っておくんなさいませんか」
 久「私の様な者をおつれなさると外聞が悪うございますよ」
 新「まア宜(い)いからお出でなさい、蓮見鮨(はすみずし)へ参りましょう」
 久「ようございますか」
 新「宜いからお出でなさい」
 と下心があると見え、お久の手を取って五目鮨(ごもくずし)へ引張(ひっぱ)り込むと、鮨屋でもさしで来たから訝(おか)しいと思って、
 鮨「いらっしゃい、お二階へ/\、あの四畳半がいゝよ」
 と云うのでとん/\/\/\と上(あが)って見ると、天井が低くって立っては歩かれません。
 新「何(なん)だか極りが悪うございますね」
 久「私は何(ど)うも思いません、お前さんと差向いでお茶を一つ頂く事も出来ぬと思って居ましたが、今夜は嬉しゅうございますよ」
 新「調子のいゝことを」
 女「誠に今日(こんにち)はお生憎(あいにく)様、握鮓(にぎり)ばかりで何(なん)にも出来ません、お吸物も、なんでございます、詰らない種でございますから、海苔(のり)でも焼いて上げましょうか」
 新「あゝ海苔で、吸物は何か一寸見計(みはから)って、あとは握鮓がいゝ、おい/\、お酒は、お前いけないねえ、しかし極りが悪いから、沢山は飲みませんが、五勺(ごしゃく)ばかり味醂(みりん)でも何でも」
 女「畏(かしこ)まりました、御用がありましたらお呼びなすって、此処(こゝ)は誠に暗うございますが」
 新「何ようございます、其処(そこ)をぴったり〆(し)めて」
 女「ハイ御用があったらお手を、此の開きは内から鎖鑰(かきがね)が掛りますから」
 新「お前さんとさしで来たから、女がおかしいと思って内から鎖鑰が掛るなんて、一寸*たかいね、お久さん何処へ」
*「たかい目が高いの略」
 久「日野屋へ来たの」
 新「あ然(そ)う/\、此の間はお気の毒様で、お母(っか)さんのお耳へ這入ったら嘸(さぞ)怒りなさりやアしないかと思って大変心配しましたが、師匠は彼(あ)の通り仕様がないので」
 久「何(ど)うも私共の母なども然(そ)う云っておりますよ、お師匠さんがあんな御病気になるのも、やっぱり新吉さん故だから、新吉さんも仕方がない、何様(どんな)にも看病しなければならないが、若いから嘸お厭(いや)だろうけれども、まアお年に比(あわ)しては能(よ)く看病なさるってお母(っか)さんも誉めて居ますよ」
 新「此方(こっち)も一生懸命ですがね、只煩って看病するばかりならいゝけれども、何うも夜中に胸倉を取って、醜(いや)な顔で変な事を云うには困ります、私は寝惚(ねぼけ)て度々(たび/\)恟(びっく)りしますから、誠に済まないがね、思い切って斯(こ)うふいと何処(どこ)かへ行って仕舞(しまお)うかと思って、それには下総に些(すこし)の知己(しるべ)が有りますから其処(そこ)へ行(ゆ)こうかと思うので」
 久「おやお前さんの田舎はあの下総なの」
 新「下総と云う訳じゃアないが些(ちっ)と知って居る……伯母さんがあるので」
 久「おやまあ。私の田舎も下総ですよ」
 新「ヘエお前さんの田舎は下総ですか、世には似た事があるものですね、然(そ)う云えば成程お前さんの処の屋号(いえな)は羽生屋と云うが、それじゃア羽生村ですか」
 久「私の伯父さんは三藏(さんぞう)と云うので、親父は三九郎と云いますが、伯父さんが下総に行って居るの、私は意気地(いくじ)なしだから迚(とて)も継母の気に入る事は出来ないけれども、余(あんま)りぶち打擲(ちょうちゃく)されると腹が立つから、私が伯父さんの処(とこ)へ手紙を出したら、そんな処に居らんでも下総へ来てしまえと云うから、私は事によったら下総へ参りたいと思います」
 新「ヘエ然(そ)うでございますか、本当に二人が情夫(いろ)か何かなれば、ずうっと行くが、何(なん)でもなくっては然(そ)うはいきませんが、下総と云えば、何(な)んですね、累(かさね)の出た処を羽生村と云うが、家(うち)の師匠などはまるで累も同様で、私をこづいたり腕を持って引張(ひっぱ)ったりして余程変ですよ、それに二人の中は色でも何(なん)でもないのに、色の様に云うのだから困ります、何(ど)うせ云われるくらいなれば色になって、然(そ)うしてずうっと、二人で下総へ逃(にげ)ると云うような粋(いき)な世界なら、何(なん)と云われても云われ甲斐がありますが」
 久「うまく仰しゃる、新吉さんは実(じつ)があるから、お師匠さんを可愛いと思うからこそ辛い看病も出来るが、私のような意気地なしの者をつれて下総へ行(ゆ)きたいなんと、冗談にも然(そ)う仰しゃってはお師匠さんに済みませんよ」
 新「済まないのは知ってるが、迚(とて)も家(うち)には居られませんもの」
 久「居られなくっても貴方が下総へ行ってしまうとお師匠さんの看病人がありません、家(うち)のお母(っか)さんでも近所でも然(そ)う云って居りますよ、あの新吉さんが逃出して、看病人が無ければ、お師匠さんは野倒死(のたれじに)になると云って居ります、それを知ってお師匠さんを置いて行っては義理が済みません」
 新「そりゃア義理は済みませんがね、お前さんが逃げると云えば、義理にも何(なん)にも構わず無茶苦茶に逃げるね」
 久「えゝ、新吉さん、お前さんほんとうに然(そ)う云って下さるの」
 新「ほんとうとも」
 久「じゃアほんとうにお師匠さんが野倒死をしても私を連れて逃げて下さいますか」
 新「お前が行(ゆ)くと云えば野倒死は平気だから」
 久「本当に豊志賀さんが野倒死になってもお前さん私を連れて行(い)きますか」
 新「本当に連れて行きます」
 久「えゝ、お前さんと云う方は不実な方ですねえ」
 と胸倉を取られたから、フト見詰めて居ると、綺麗な此の娘の眼の下にポツリと一つ腫物(できもの)が出来たかと思うと、見る間(ま)に紫立って膨(は)れ上り、斯(こ)う新吉の胸倉を取った時には、新吉が怖いとも怖くないともグッと息が止(とま)るようで、唯(た)だ無茶苦茶に三尺の開戸(ひらきど)を打毀(うちこわ)して駈出したが、階子段(はしごだん)を下りたのか転がり落(おち)たのか些(ちっ)とも分りません。夢中で鮨屋を駈出し、トットと大門町の伯父の処へ来て見ると、ぴったり閉(しま)って居るからトン/\/\/\、
 新「伯父さん/\/\」

        十九

 勘「オイ騒々しいなア、新吉か」
 新「えゝ一寸早く明けて、早く明けておくんなさい」
 勘「今明ける、戸が毀(こわ)れるワ、篦棒(べらぼう)な、少し待ちな、えゝ仕様がねえ、さあ這入んな」
 新「跡をピッタリ締めて、南無阿弥陀仏/\」
 勘「何(なん)だって己(おれ)を拝む」
 新「お前さんを拝むのではない、ハア何(ど)うも驚きましたネ」
 勘「お前のように子供みたいにあどけなくっちゃア困るね、えゝ、オイ何故師匠が彼程(あれほど)の大病で居るのを一人置いて、ヒョコ/\看病人が外へ出て歩くよ、済まねえじゃアないか」
 新「済まねえが迚(とて)も家(うち)には居られねえ、お前さんは知らぬからだが其の様子を見せたいや」
 勘「様子だって、何(ど)んな事があっても、己(おれ)が貧乏して居るのに、汝(てめえ)は師匠の家(うち)へ手伝いに往(い)ってから、羽織でも着る様になって、新吉さん/\と云われるのは皆(みんな)豊志賀さんのお蔭だ、その恩義を忘れて、看病をするお前がヒョコ/\出歩いては師匠に気の毒で仕様がねえ、全体師匠の云う事はよく筋がわかっているよ、伯父さん誠に面目ないが、打明けてお話を致しまするが、新吉さんと去年から訝(おか)しなわけになって、何(なん)だか私も何(ど)う云う縁だか新吉さんが可愛いから、それで詰らん事に気を揉みまして、斯(こ)んな煩(わずら)いになりました、就(つい)ては段々弟子も無くなり、座敷も無くなって、実(ほんと)にこんな貧乏になりましたも皆(みんな)私の心柄で、新吉さんも嘸(さぞ)こんな姿で悋気(りんき)らしい事を云われたら厭(いや)でございましょう、それで新吉さんが駈出してしまったのでございますから、私はもうプッヽリ新吉さんの事は思い切りまして、元の通り、尼になった心持で堅気の師匠を遣(や)りさえすれば、お弟子も捩(より)を戻して来てくれましょうから、新吉さんには何(ど)んな処へでも世帯(しょたい)を持たせて、自分の好(す)いた女房を持たせ、それには沢山のことも出来ませんが、病気が癒(なお)れば世帯を持つだけは手伝いをする積り、又新吉さんが煙草屋をして居ては足りなかろうから、月々二両や三両位はすけるから、何卒(どうぞ)伯父さん立会(たちあい)の上、話合(はなしあい)で、表向(おもてむき)プッヽリと縁を切る様にしたいから何卒(どうか)願います、と云うのだが、気の毒でならねえ、あの利かねえ身体で、*四つ手校注に乗って広袖(どてら)を着て、きっとお前が此家(こゝ)に居ると思って、奥に先刻(さっき)から師匠は来て待って居るから、行って逢いな、気の毒だあナ」
*「四つ手かごの略。戸はまれに引戸ものあれど多くは垂れなり。」
 新「冗談云っちゃアいけない、伯父さんからかっちゃアいけません」
 勘「からかいも何もしねえ、師匠、今新吉が来ましたよ」
 豐「おやマア大層遅く何処(どこ)へ行っておいでだった」
 勘「新吉、此方(こっち)へ来なよ」
 新「ヘエ、逢っちゃアいけねえ」
 と怖々(こわ/″\)奥の障子を明けると、寝衣(ねまき)の上へ広袖を羽織ったなり、片手を突いて坐って居て、
 豐「新吉さんお出(いで)なすったの」
 新「エヽド何(ど)うして来た」
 豐「何うして来たってね、私が眼を覚(さま)して見るとお前がいないから、是は新吉さんは愛想が尽きて、私が種々(いろ/\)な事を云って困らせるから、お前が逃げたのだと思って気が付くと、ホッと夢の覚めたようであゝ悪い事をして嘸(さぞ)新吉さんも困ったろう、厭(いや)だったろうと思って、それから伯父さんにね、打明けて話をして、私も今迄の心得違いは伯父さんに種々詫言(わびこと)をしたが、お前とは年も違うし、お弟子は下(さが)り、世間の評判になってお座敷もなくなり、仮令(たとえ)二人で中よくして居ても食方(くいかた)に困るから、お前はお前で年頃の女房を持てば、私は妹だと思って月々沢山(たんと)は出来ないが、元の様に二両や三両ずつはすける積り、伯父さんの前でフッヽリ縁を切るつもりで私が来たんだよ、利かない身体で漸(やっ)と来たのでございます、何卒(どうぞ)私が今まで了簡違いをした事は、お前腹も立つだろうが堪忍して、元の通りあかの他人とも、又姉弟(きょうだい)とも思って、末長くねえ、私も別に血縁(たより)がないから、塩梅の悪い時はお前と、お前のお内儀(かみ)さんが出来たら、夫婦で看病でもしておくれ、死水(しにみず)だけは取って貰いたいと思って」
 勘「師匠、此の通り誠に子供同様で、私も誠に心配して居る、またお前さんに恩になった事は私が知って居る、おい新吉冗談じゃアねえ、お師匠さんに義理が悪いよ、本当にお前(めえ)には困るナ」
 新「なアニ師匠お前が種々な事を云いさえしなければいゝけれども…お前先刻(さっき)何処(どこ)かの二階へ来やアしないかえ」
 豐「何処へ」
 新「鮨屋の二階へ」
 豐「いゝえ」
 新「なんだ、そうすると矢張(やっぱ)りあれは気のせえかしらん」
 勘「何をぐず/\云うのだ、お前(めえ)附いて早く送って行きな、ね、師匠そこはお前さんの病気が癒(なお)ってからの話合だ、今其の塩梅の悪い中で別れると云ったって仕様がねえ、私も見舞に行きたいが、一人の身体で、つまらねえ店でも斯(こ)うして張ってるから、店を明ける事も出来ねえから、病気の癒る間新吉を上げて置くから、ゆっくり養生して、全快の上で何(ど)うとも話合をする事にね、師匠……ナニお前(めえ)送って行きねえ、師匠、お前さん四つ手でお出(いで)なすったが、彼(あれ)じゃア乗りにくいと思って今*あんぽつをそう言ったから、あんぽつでお帰りなさいよ、エ、何(なん)だい」
*「町人の用うるかごの一種四つ手より上等にして戸は引戸」
 駕籠屋「此方(こっち)から這入りますか駕籠屋でげすが」
 勘「ア駕籠屋さんか、アノ裏へ廻って、二軒目だよ、其の材木が立掛けて有る処から漬物屋の裏へ這入って、右へ附いて井戸端を廻ってネ、少し…二間(けん)ばかり真直(まっすぐ)に這入ると、己(おれ)の家(うち)の裏口へ出るから、エ、なに、知れるよ、あんぽつぐらいは這入るよ」
 駕「ヘエ」
 勘「じゃア師匠、私が送りたいが今云う通り明ける事が出来ないから、新吉が附いて帰るから、ね、師匠、新吉の届かねえ処は、年もいかねえから勘弁して、ね、私が附いてるからもう不実な事はさせません、今迄の事は私が詫(わ)びるから……冗談じゃアねえ……新吉、お送り申しな、オイ今明(あけ)るよ、裏口へ駕籠屋が来たから明けて遣(や)りな、おい御苦労、さア師匠、広袖を羽織っていゝかえ」
 豐「ハイ伯父さんとんだ事をお耳に入れて誠に」
 勘「宜(い)いからさア掴(つか)まって、いゝかえ、おい若衆(わかいしゅ)お頼申すよ、病人だから静かに上げておくれ、いゝかえ緩(ゆっ)くりと、此の引戸を立てるからね、いいかえ」
 と云うので引戸を〆(し)めてしまうと、
 新「じゃア伯父さん提灯を一つ貸して下さいな、弓張でもぶらでも何(なん)でも宜(い)いから、え、蝋燭(ろうそく)が無けりゃア三ツばかりつないで、え、箸を入れてはいけませんよ、焙(あぶ)ればようございます」
 男「御免なさい」
 トン/\。
 勘「ヘエ、何方(どなた)でげす」
 男「新吉さんは此方(こちら)ですか、新吉さんの声の様ですね、え、新吉さんかえ」
 勘「ヘエ何方でげすえ、ヘエ…ねえ新吉、誰かお前の名を云って逢いたいと云ってるから明けねえ」
 新「おやお出でなさい」
 男「おやお出でじゃアねえ、新吉さん困りますね、病人を置いて出て歩いては困りますね、本当に何様(どんな)に捜したか知れない、時にお気の毒様なこと、お前さんの留守に師匠はおめでたくなってしまったが、何(ど)うも質(すじ)の悪い腫物(できもの)だねえ」

        二十

 新「何を詰らない事を、善六さん極(きま)りを云ってらア」
 善「極りじゃアねえ」
 新「そんな冗談云って、いやに気味が悪いなア」
 善「冗談じゃアねえ、家内がお見舞に徃った処が、お師匠さんが寝てえると思って呼んで見ても答がねえので、驚いて知らせて来たから私も行(ゆ)き彦六さんも皆(みんな)来て、何(ど)う斯(こ)うと云った処が何うしても仕ようがねえ、新吉さん、お前(めえ)が肝腎の当人だから漸(ようや)く捜して来たんだが、あのくらいな大病人(たいびょうにん)を置いて出歩いちゃアいけませんぜ」
 新「ウー、ナン、伯父さん/\」
 勘「何(なん)だよお前(めえ)、御挨拶もしねえで、お茶でも上げな」
 新「お茶どころじゃアねえ、師匠が死んだって長屋の善六さんが知らせに来てくれたんだ」
 勘「何を馬鹿な事を云うのだ、師匠は来て居るじゃアねえか」
 新「あのね、御冗談仰しゃっちゃアいけません、師匠は先刻(さっき)から此方(こっち)へ来て居て、是から私が送って帰ろうとする処、何(なん)の間違いでげしょう」
 善「冗談を云っちゃアいけません」
 彦「是は何(なん)だぜ、善六さんの前だが、師匠が新吉さんの跡を慕って来たかも知れないよ、南無阿弥陀仏/\」
 新「そんな念仏などを云っちゃアいけないやねえ」
 善「じゃアね新吉さん、彦六さんの云う通りお前(めえ)の跡を慕って師匠が来たかも知れねえ」
 新「伯父さん/\」
 勘「うるさいな、ナニ稀代(きたい)だって、師匠は来てえるに違(ちげ)えねえ、今連れて行くんじゃアねえか」
 と云いながらも、なんだか訝(おか)しいと思うから裏へ廻って、
 勘「若衆(わかいしゅ)少し待っておくんなさい」
 新「長屋の彦六さんがからかうのだから」
 勘「師匠/\」
 新「伯父さん/\」
 勘「えゝよく呼ぶな、何(なん)だえ」
 新「若衆少し待っておくれ、師匠/\」
 と云いながら駕籠の引戸を明けて見ると、今乗ったばかりの豊志賀の姿が見えないので、新吉はゾッと肩から水を掛けられる様な心持で、ブル/\慄(ふる)えながら引戸をバタリと立てゝ台所へ這上(はいあが)りました。
 勘「何(な)んて真似をして居るのだ、ぐず/\して何(なん)だ」
 新「伯父さん、駕籠の中に師匠は居ないよ」
 勘「エヽ居ねえか本当か」
 新「今明けて見たら居ねえ、南無阿弥陀仏/\」
 勘「厭(いや)だな、本当に涙をこぼして師匠が己(おれ)に頼んだが、お前(めえ)が家(うち)を出なければ斯(こ)んな事にはならねえ、お前(めえ)が出て歩くから斯んな事に、オイ表に人が待って居るじゃアねいか己(お)れが出よう」
 と云うので店へ出て参りまして、
 勘「お長屋の衆、大きに御苦労様で、実は新吉は、私に拠(よんどころ)ない用事があって、此方(こちら)へ参って居る留守中に師匠が亡なりまして、皆さん方が態々(わざ/\)知らして下すって有難うございます、生憎(あいにく)死目(しにめ)に逢いませんで、貴方がたも誠にお困(こまり)でございましょう、実に新吉も残惜(のこりお)しく思います、何(いず)れ只今私も新吉と同道で参りますから、ヘエ有難う、誠に御苦労様で」
 長屋の者「左様で、じゃアお早くお出(い)でなすって」
 勘「只今私が連れて参ります、誠に御苦労様、馬鹿」
 新「其様(そんな)に叱っちゃアいけません、怖い中で叱られて堪(たま)るものか」
 勘「己(おれ)だって怖いや、若衆大きに御苦労だったが、待賃(まちちん)は上げるがもう宜しいから帰っておくんなさい」
 駕籠屋「ヘエ、何方(どなた)かお乗りなすったが、駕籠は何処(どこ)へ参ります」
 勘「駕籠はもう宜しいからお帰りよ」
 駕「でも何方かお女中が一人お召しなすったが」
 勘「エヽナニ乗ったと見せてそれで乗らぬのだ、種々(いろ/\)訳があるから帰っておくれ」
 駕「左様でげすか、ナ、オイ駕籠はもう宜(い)いと仰しゃるぜ」
 駕「いゝったって今明けてお這入んなすった様だった、女中がネ、然(そ)うでないのですか、何(なん)だか訝(おか)しいな、じゃア行(ゆ)こうよ」
 と駕籠を上げに掛ると、
 駕「若(も)し/\、お女中が中に這入って居るに違いございません、駕籠が重うございますから」
 新「エヽ、南無阿弥陀仏/\」
 勘「オイ駕籠屋さん、戸を明けて見な」
 駕「左様(そう)でげすか、オヤ/\/\成程居ない、気の故(せえ)で重(おも)てえと思ったと見える、成程何方(どなた)も入らっしゃいません、左様(さよう)なら」
 勘「これ新吉、表を締めなよ手前(てめえ)のお蔭で本当に此の年になって初めて斯(こ)んな怖い目に遇(あ)った、家(うち)は閉めて行(ゆ)くから一緒に行(い)きな」
 新「伯父さん/\」
 勘「何(なん)だよ、いやに続けて呼ぶな、跡の始末を附けなければならねえ」
 と云うので是から家(うち)の戸締りをして弓張を点(つ)けて隣へ頼んで置いて大門町から出かけて行(ゆ)きます。新吉は小さくなって慄(ふる)えながら仕方なしに提灯を持って行(ゆ)く、
 勘「さア新吉、然(そ)う後(あと)へ退(さが)っては暗くって仕様がねえ、提灯持は先へ出なよ」
 新「伯父さん/\」
 勘「なぜ然う続けて呼ぶよ」
 新「伯父さん、師匠は全く私を怨んで来たのに違いございませんね」
 勘「怨んで出るとも、手前(てめえ)考えて見ろ、彼(あれ)までお前(めえ)が世話になって、表向(おもてむき)亭主ではねえが、大事にしてくれたから、どんな無理な事があっても看病しなければならねえ、それをお前が置いて出りゃア、口惜(くやし)いと思って死んだから、其の念が来たのだ、死んで念の来る事は昔から幾らも聞いている」
 新「伯父さん私は師匠が死んだとは思いません、先刻(さっき)逢ったら、矢張(やっぱり)平常(ふだん)着て居る小紋の寝衣(ねまき)を着て、涙をボロ/\翻(こぼ)して、私が悪いのだから元の様に綺麗さっぱりとあかの他人になって交際(つきあ)います、又月々幾ら送りますから姉だと思ってくれと、師匠が膝へ手を突いて云ったぜ、ワア」
 勘「ア、何(なん)だ/\、エヽ胆(きも)を潰した」
 新「ナニ白犬が飛出しました」
 勘「アヽ胆を潰した、其の声は何だ、本当に魂消(たまげ)るね、胸が痛くなる」
 と慄(ふる)えながら新吉は伯父と同道で七軒町へ帰りまして、是(こ)れから先(ま)ず早桶を誂(あつら)え湯灌(ゆかん)をする事になって、蒲団を上げ様とすると、蒲団の間に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(はさ)んであったのは豊志賀の書置(かきおき)で、此の書置を見て新吉は身の毛もよだつ程驚きましたが、此の書置は事細かに書遺(かきのこ)しました一通で是には何(なん)と書いてございますか、此の次に申し上げます。

        二十一

 ちと模様違いの怪談話を筆記致しまする事になりまして、怪談話には取わけ小相(こあい)さんがよかろうと云うのでございますが、傍聴筆記でも、怪談のお話は早く致しますと大きに不都合でもあり、又怪談はネンバリ/\と、静かにお話をすると、却(かえ)って怖いものでございますが、話を早く致しますと、怖みを消すと云う事を仰しゃる方がございます。処が私(わたくし)は至って不弁で、ネト/\話を致す所から、怪談話がよかろうと云う社中のお思い付でございます。只今では大抵の事は神経病と云ってしまって少しも怪しい事はござりません。明(あきら)かな世の中でございますが、昔は幽霊が出るのは祟(たゝ)りがあるからだ怨(うらみ)の一念三世(さんぜ)に伝わると申す因縁話を度々(たび/″\)承まわりました事がございます。豊志賀は実に執念深い女で、前(まえ)申上げた通り皆川宗悦の惣領娘でございます。此処(こゝ)に食客(いそうろう)に参っていて夫婦同様になって居た新吉と云うのは、深見新左衞門の二男、是も敵(かたき)同士の因縁で斯様(かよう)なる事に相成ります。豊志賀は深く新吉を怨んで相果てましたから、其の書遺(かきのこ)した一通を新吉が一人で開いて見ますると、病人のことで筆も思う様には廻りませんから、慄(ふる)える手で漸々(よう/\)書きましたと見え、その文には『心得違いにも、弟か息子の様な年下の男と深い中になり、是まで親切を尽したが、其の男に実意が有ればの事、私が大病で看病人も無いものを振捨てゝ出る様なる不実意な新吉と知らずに、是まで亭主と思い真実を尽したのは、実に口惜しいから、仮令(たとえ)此の儘死ねばとて、この怨は新吉の身体に纒(まつわ)って、此の後(ご)女房を持てば七人まではきっと取殺すから然(そ)う思え』と云う書置で、新吉は是を見てゾッとする程驚きましたが、斯様(かよう)な書置を他人に見せる事も出来ません、さればと申して、懐へ入れて居ても何(なん)だか怖くって気味が悪いし、何(ど)うする事も出来ませんから、湯灌の時に窃(そっ)とごまかして棺桶の中へ入れて、小石川戸崎町(とさきまち)清松院(せいしょういん)と云う寺へ葬りました。伯父は、何(なん)でも法事供養をよく為(し)なければいかないから、墓参りに往(い)けよ/\と云うけれども、新吉は墓所(はかしょ)へ行(ゆ)くのは怖いから、成(なる)たけ昼間往(ゆ)こうと思って、昼ばかり墓参りに往(ゆ)きます。八月二十六日が丁度三七日(みなのか)で、其の日には都合が悪く墓参りが遅くなり、申刻(なゝつ)下(さが)りに墓参りをするものでないと其の頃申しましたが、其の日は空が少し曇って居るから、急ぎ足で参ったのは、只今の三時少し廻った時刻、寺の前でお花を買って、あの辺は井戸が深いから、漸(ようや)くの事で二つの手桶へ水を汲んで、両方の手に提(さ)げ、お花を抱えて石坂を上(あが)って、豊志賀の墓場へ来ると、誰(たれ)か先に一人拝んで居る者が在(あ)るから誰(たれ)かと思ってヒョイと見ると、羽生屋の娘お久、
 久「おや/\新吉さん」
 新「おや/\お久さん、誠に何(ど)うも、何うしてお出でなすった、恟(びっく)りしました」
 久「私はね、アノお師匠さんのお墓参りをして上げたいと心に掛けて、間(ま)さえあれば七日/\には屹度(きっと)参ります」
 新「そうですか、それは御親切に有難う」
 久「お師匠さんは可哀相な事でして、其の後(のち)お目に掛りませんが、貴方は嘸(さぞ)お力落しでございましょう」
 新「ヘエ、もう何(ど)うも落胆(がっかり)しました、是は大層結構なお花を有難う、何うも弱りましたよお久さん」
 久「アノお前さん此の間蓮見鮨の二階で、私を置放(おきっぱな)しにして帰ってお仕まいなすって」
 新「えゝナニ急に用が出来ましてそれから私が慌(あわ)てゝ帰ったので、つい御挨拶もしないで」
 久「何(なん)だか私は恟りしましたよ、私をポンと突飛ばして二階からドン/\駈下(かけお)りて、私はまア何(ど)うなすったかと思って居りましたら、それ切(ぎ)りでお帰りも無し、私は本当に鮨屋へ間(ま)が悪うございますから、急に御用が出来て帰ったと云いましたが、それから一人ですから、お鮨が出来て来たのを折(おり)へ入れて提げて帰りました」
 新「それは誠にお気の毒様で、然(そ)う見えたので……気の故(せい)で見えたのだね……眼に付いて居て眼の前に見えたのだナ彼(あれ)は……斯(こ)んな綺麗な顔を」
 久「何を」
 新「エヽ何サ宜(よ)うございます」
 久「新吉さんいゝ処でお目に掛りました、私は疾(とう)からお前さんにお話をしようと思って居りましたが、私の処のお母(っか)さんは継母(まゝはゝ)でございますから、お前さんと私と、何(なん)でも訳があるように云って責折檻(せめせっかん)をします、何でも屹度(きっと)新吉さんと訳が有るだろう、何(なん)にも訳がなくって、お師匠さんが彼様(あんな)に悋気(りんき)らしい事を云って死ぬ気遣いは無い、屹度訳があるのだろうから云えと云うから、いゝえお母さんそんな事があっては済みませんから、決して然(そ)う云う事はありませんと云うのも聴かずに、此の頃はぶち打擲(ちょうちゃく)するので、私は誠に辛いから、いっそ家を駈出して、淵川(ふちかわ)へでも身を沈めて、死のうと思う事が度々(たび/″\)ございますが、それも余(あんま)り無分別だから、下総の伯父さんの処へ逃げて行きたいが、まさかに女一人で行かれもしませんからね」

        二十二

 新「それじゃア下総へ一緒に行きましょうか」
 と又怖いのも忘れて行(ゆ)く気になると、
 久「新吉さん本当に私を連れて行って下さるなら、私は何様(どのよう)にも致します、屹度、お前さん末(すえ)始終然(そ)う云う心なら、彼方(あっち)へ行けば、伯父さんに頼んで、お前さん一人位何(ど)うにでも致しますから、何卒(どうぞ)連れて行って」
 と若い同士とは云いながら、そんなら逃げよう、と直(すぐ)に墓場から駈落(かけおち)をして、其の晩は遅いから松戸(まつど)へ泊り、翌日宿屋を立って、あれから古賀崎(こがざき)の堤(どて)へかゝり、流山から花輪村(はなわむら)鰭ヶ崎(ひれがさき)へ出て、鰭ヶ崎の渡(わたし)を越えて水街道(みずかいどう)へかゝり、少し遅くはなりましたが、もう直(じき)に羽生村だと云う事だから、行(ゆ)くことにしよう、併(しか)し彼方(あちら)で直(すぐ)に御飯をたべるも極りが悪いから、此方(こゝ)で夜食をして行(い)こうと云うので、麹屋(こうじや)と云う家で夜食をして道を聞くと、これ/\で渡しを渡れば羽生村だ、土手に付いて行(ゆ)くと近いと云うので親切に教えてくれたから、お久の手を引いて此処(こゝ)を出ましたのが八月二十七日の晩で、鼻を撮(つま)まれるのも知れませんと云う真の闇、殊(こと)に風が吹いて、顔へポツリと雨がかゝります。あの辺は筑波山(つくばやま)から雲が出ますので、是からダラ/\と河原へ下(お)りまして、渡しを渡って横曾根村(よこぞねむら)へ着き、土手伝いに廻って行(ゆ)くと羽生村へ出ますが、其所(そこ)は只今以(もっ)て累ヶ淵と申します。何(ど)う云う訳かと彼方(あちら)で聞きましたら、累が殺された所で、與右衞門(よえもん)が鎌で殺したのだと申しますが、それはうそだと云う事、全くは麁朶(そだ)を沢山(どっさり)脊負(しょ)わして置いて、累を突飛ばし、砂の中へ顔の滅込(めりこ)むようにして、上から與右衞門が乗掛って、砂で息を窒(と)めて殺したと云うが本説だと申す事、また祐天和尚(ゆうてんおしょう)が其の頃脩行中(しゅぎょうちゅう)の事でございますから、頼まれて、累が淵へ莚(むしろ)を敷いて鉦(かね)を叩いて念仏供養を致した、其の功力(くりき)に依(よ)って累が成仏得脱(とくだつ)したと云う、累が死んで後(のち)絶えず絹川の辺(ほとり)には鉦の音が聞えたと云う事でございますが、これは祐天和尚がカン/\/\/\叩いて居たのでございましょう。それから土手伝いで参ると、左りへ下りるダラ/\下り口があって、此処(こゝ)に用水があり、其の用水辺(べり)にボサッカと云うものがあります。是は何(ど)う云う訳か、田舎ではボサッカと云って、樹(き)か草か分りません物が生えて何(なん)だかボサッカ/\致して居る。其所(そこ)は入合(いりあい)になって居る。丁度土手伝いにダラ/\下(お)りに掛ると、雨はポツリ/\降って来て、少したつとハラ/\/\と烈しく降出しそうな気色(けしき)でございます。すると遠くでゴロ/\と云う雷鳴で、ピカリ/\と時々電光(いなびかり)が致します。
 久「新吉さん/\」
 新「えゝ」
 久「怖いじゃアないか、雷様が鳴ってね」
 新「ナニ先刻(さっき)聞いたには、土手を廻って下りさえすれば直(すぐ)に羽生村だと云うから、早く行って伯父さんに能(よ)く話をしてね」
 久「行きさえすれば大丈夫、伯父さんに話をするから宜(い)いが、暗くって怖くって些(ちっ)とも歩けやしません」
 新「サ此方(こっち)だよ」
 久「はい」
 と下りようとすると、土手の上からツル/\と滑って、お久が膝を突くと、
 久「ア痛タヽヽ」
 新「何(ど)うした」
 久「新吉さん、今石の上か何かへ膝を突いて痛いから早く見ておくんなさいよ」
 新「どう/″\、おゝ/\大層血が出る、何(ど)うしたんだ、何(なん)の上へ転んだ、石かえ」
 と手を遣(や)ると草苅鎌。田舎では、草苅に小さい子や何かゞ秣(まぐさ)を苅りに出て、帰り掛(がけ)に草の中へ標(しるし)に鎌を突込(つっこ)んで置いて帰り、翌日来て、其処(そこ)から其の鎌を出して草を苅る事があるもので、大かた草苅が置いて行った鎌でございましょう。お久は其の上へ転んで、ズブリ膝の下へ鎌の先が這入ったから、夥(おびたゞ)しく血が流れる。

        二十三

 新「こりゃア、困ったものですね、今お待ち手拭で縛るから」
 久「何(ど)うも痛くって耐(たま)らないこと」
 新「痛いたって真暗(まっくら)で些(ちっ)とも分らない、まアお待ち、此の手拭で縛って上げるから又一つ斯(こ)う縛るから」
 久「あゝ大きに痛みも去った様でございますよ」
 新「我慢してお出でよ、私が負(おぶ)い度(た)いが、包を脊負(しょ)ってるから負(おぶ)う事が出来ないが、私の肩へ確(しっか)り攫(つか)まってお出でな」
 と、びっこ引きながら、
 久「あい有難う、新吉さん、私はまア本当に願いが届いて、お前さんと二人で斯(こ)う遣(や)って斯んな田舎へ逃げて来ましたが、是から世帯(しょたい)を持って夫婦中能(なかよ)く暮せれば、是程嬉しい事はないけれども、お前さんは男振(おとこぶり)は好(よ)し、浮気者と云う事も知って居るから、ひょっとして外(ほか)の女と浮気をして、お前さんが私に愛想が尽きて見捨てられたら其の時は何(ど)うしようと思うと、今から苦労でなりませんわ」
 新「何(なん)だね、見捨てるの見捨てないのと、昨夜(ゆうべ)初めて松戸へ泊ったばかりで、見捨てるも何も無いじゃアないか、訝(おか)しく疑るね」
 久「いゝえ貴方は見捨てるよ、見捨てるような人だもの」
 新「何(なん)でそんな、お前の伯父さんを便(たよ)って厄介になろうと云うのだから、決して見捨てる気遣(きづかい)はないわね、見捨てれば此方(こっち)が困るからね」
 久「旨く云って、見捨てるよ」
 新「何故そう思うんだね」
 久「何故だって、新吉さん私は斯(こ)んな顔になったよ」
 新「えゝ」
 と新吉が見ると、お久の綺麗な顔の、眼の下にポツリと一つの腫物(しゅもつ)が出来たかと思うと、忽(たちま)ち腫れ上ってまるで死んだ豊志賀の通りの顔になり、膝に手を突いて居る所が、鼻を撮(つま)まれるも知れない真の闇に、顔ばかりあり/\と見えた時は、新吉は怖い三眛(ざんまい)、一生懸命無茶苦茶に鎌で打(ぶ)ちましたが、はずみとは云いながら、逃げに掛りましたお久の咽喉(のどぶえ)へ掛りましたから、
 久「あっ」
 と前へのめる途端に、研澄(とぎす)ました鎌で咽喉を斬られたことでございますから、お久は前へのめって、草を掴んで七転八倒の苦しみ、
 久「うゝン恨めしい」
 と云う一声(ひとこえ)で息は絶えました。新吉は鎌を持ったなり
 新「南無阿弥陀仏/\/\」
 と一生懸命に口の中(うち)で念仏を唱えまする途端に、ドウ/\と云う車軸を流すような大雨、ガラ/\/\/\/\と云う雷鳴頻(しき)りに轟(とゞろ)き渡るから、知らぬ土地で人を殺し、殊(こと)に大雨に雷鳴(かみなり)ゆえ、新吉は怖い一三眛(いっさんまい)、早く逃げようと包を脊負(しょ)って、ひょっと人に見られてはならぬと慄(ふる)える足を踏締めながらあせります。すると雨で粘土(ねばつち)が滑るから、ズルリ滑って落ちると、ボサッカの脇の処へズデンドウと臀餅(しりもち)を搗きまする、とボサッカの中から頬冠(ほゝかぶり)をした奴がニョコリと立った。此の時は新吉が驚きましたの驚きませんのではない。
 新「ア」
 と息が止るようで、後(あと)へ退(さが)って向(むこう)を見透(みすか)すと、向の奴も怖かったと見えて此方(こっち)を覗(のぞ)く、互(たがい)に見合いましたが、何様(なにさま)真の闇で、互に睨(にら)みあった処が何方(どっち)も顔を見る事が出来ません。新吉は電光(いなびかり)の時に顔を見られないようにすると、其の野郎も雷(らい)が嫌いだと見えて能(よ)く見る事も致しません。電光の後で闇(くら)くなると、
 男「この泥坊」
 と云うので新吉の襟を掴みましたが、是は土手下の甚藏(じんぞう)と云う悪漢(わるもの)、只今小博奕(こばくち)をして居る処へ突然(いきなり)手が這入り、其処(そこ)を潜(くゞ)り抜けたが、烈しく追手(おって)が掛りますから、用水の中を潜り抜けてボサッカの中へ小さくなって居る処へ、新吉が落ちたから、驚いてニョコリと此の野郎が立ったから、新吉は又怪物(ばけもの)が出たかと思って驚きましたが、新吉は襟がみを取られた時は、もう天命極(きわ)まったとは思ったが、死物狂いで無茶苦茶に掻毟(かきむし)るから、此の土手の甚藏が手を放すと、新吉は逃げに掛る途端、腹這に倒れました。すると甚藏は是を追駈(おっか)けようとして新吉に躓(つま)づき向(むこう)の方へコロ/\と転がって、甚藏はボサッカの用水の中へ転がり落ちたから、此の間に逃げようとする。又後(うしろ)から、
 甚「此の野郎」
 と足を取ってすくわれたから仰向に倒れる処へ、甚藏が乗掛って掴まえようとする処を、新吉が足を挙げて股を蹴(けっ)たのが睾丸(きんたま)に当ったから、
 甚「ア痛タ」
 と倒れる処を新吉が掴み付こうと思ったが、イヤ/\荷物を脇へ落したからと荷物を探す途端に、甚藏の面(つら)へ毟(むし)り付いたから、
 甚「此の野郎」
 と組付いた処を其の手を取って逆に捻(ねじ)ると、ズル/\ズデンと滑って転げると云う騒ぎで、二人とも泥ぼっけになると、三町ばかり先へ落雷でガラ/\/\/\/\ビューと火の棒の様なる物が下(さが)ると、丁度浄禅寺(じょうぜんじ)ヶ淵辺りへピシーリと落雷、其の響(ひゞき)に驚いて、土手の甚藏は、体(なり)は大兵(だいひょう)で度胸も好(い)い男だが、虫が嫌うと見え、落雷に驚いてボサッカの中へ倒れました。すると新吉は雷よりも甚藏が怖いから、此の間(ま)に包を抱えて土手へ這上(はいあが)り、無茶苦茶に何処(どこ)を何(ど)う逃げたか覚え無しに、畑の中や堤(どて)を越して無法に逃げて行(ゆ)く、と一軒茅葺(かやぶき)の家の中で焚物(たきもの)をすると見え、戸外(おもて)へ火光(あかり)が映(さ)すから、何卒(どうぞ)助けて呉れと叩き起しましたが、其の家(うち)は土手の甚藏の家(うち)、間抜な奴で、新吉再び土手の甚藏に取って押えられると云う。是から追々(おい/\)怪談になりますが、一寸一息つきまして。

        二十四

 一席引続きましてお聞(きゝ)に入れますは、累が淵のお話でございます。新吉は土手の甚藏に引留められ、既に危(あやう)い処へ、浄禅寺ヶ淵へ落雷した音に驚き、甚藏が手を放したのを幸い、其の紛れに逃延びましたが、何分(なにぶん)にも初めて参った田舎道、勝手を心得ませんから、たゞ畑の中でも田の中でも、無茶苦茶に泥だらけになって逃げ出しまして、土手伝いでなだれを下(お)り、鼻を撮(つま)まれるも知れません二十七日の晩でございますが、透(すか)して見ると一軒茅葺屋根の棟(むね)が見えましたから、是は好(い)い塩梅だ、此処(こゝ)に人家があったと云うので、駈下りて覗くと、チラ/\焚火(たきび)の明(あかり)が見えます。
 新「ヘエ、御免なさい/\、少し御免なさい、お願いでございます」
 男「誰だか」
 新「ヘイ、私(わたくし)は江戸の者でございますが、御当地へ参りまして、此の大雨に雷鳴(かみなり)で、誠に道も分りませんで難儀を致しますが、少しの間お置きなすって下さる訳には参りますまいか、雨の晴れます間でげすがナ」
 男「ハア大雨に雷鳴で困るてえ、それだら明けて這入りなせい、明(あけ)る戸だに」
 新「ヘエ左様でげすか、御免なさい、慌(あわ)てゝ居りますから戸が隙(す)いて居りますのも夢中でね、ヘイ何(ど)うも初めて参りましたが、泊(とまり)で聞き/\参りました者で、勝手を知りませんから難儀致しまして、もう川へ落ちたり田の中へ落ちましたりして、漸々(よう/\)の事で此方(こちら)まで参りましたが、何うか一晩お泊めなすって下されますれば有難い事で」
 男「泊めるたって泊めねえたって己(おれ)の家(うち)じゃアねえ、己も通り掛って雷鳴が嫌いで、大雨は降るし、仕様が無(な)えが、此処(こゝ)ナ家(いえ)へ駈込んで、主(あるじ)は留守だが雨止(あまや)みをする間、火の気が無(な)えから些(ちっ)とばかり麁朶(そだ)を突燻(つっくべ)て燃(もや)して居るだが、己が家(うち)でなえから泊める訳にはいきませんが、今主(あるじ)が帰(けえ)るかも知んねえ、困るなれば、此処(こゝ)へ来て、囲炉裡(いろり)の傍(はた)で濡れた着物を炙(あぶ)って、煙草でも呑んで緩(ゆっく)り休みなさえ」
 新「ヘエ貴方の家(うち)でないので」
 男「私(わし)が家では無(な)えが、同村(どうそん)の者だが雨で仕様がねえから来ただ」
 新「左様で、此方(こちら)の御主人様は御用でも有ってお出掛になったので」
 男「なアに主(あるじ)は十日も廿日(はつか)も帰らぬ事もある、まア上りなさえ」
 新「有難うございますが泥だらけになりまして」
 男「泥だらけだって己も泥足で駈込んだ、此方(こっち)へ上りなさえ、江戸の者が在郷へ来ては泊る処に困る、宿を取るには水街道へ行がねえば無(ね)えからよ」
 新「はい水街道の方から参ったので、有難うございます、実に驚きました、酷(ひど)い雨で、此様(こんな)に降ろうとは思いませんでした、実に雨は一番困りますな」
 男「今雨が降らんでは作(さく)の為によく無(な)えから、私(わし)の方じゃア降(ふる)も些(ちっ)とはよいちゃア」
 新「成程そうでしょうねえ、雷鳴(かみなり)には実に驚きまして、此地(こっち)は筑波(つくば)近(ぢか)いので雷鳴は酷(ひど)うございますね」
 男「雷も鳴る時に鳴らぬと作の為によく無(な)えから鳴るもえゝだよ」
 新「ヘエー、然(そ)うでげすか、此方(こちら)の旦那様は何時頃(いつごろ)帰りましょうか」
 男「何時(いつ)帰(けえ)るか知れぬが、まア、何時帰ると私等(わしら)に断って出た訳で無(ね)えから受合えねえが、明けると大概七(なゝ)八日(ようか)ぐれえ帰らぬ男で」
 新「ヘエ、困りますな、何(ど)う云う御商売で」
 男「何うだって遊人(あそびにん)だ、彼方(あっち)此方(こっち)二晩三晩と何処(どこ)から何処へ行くか知れねえ男で、やくざ野郎サ」
 新「左様で、道楽なお方でございますので」
 男「道楽だって村じゃア蝮(まむし)と云う男だけれども、又用に立つ男さ」
 と悪口(わるくち)をきいて居る処へ、ガラリと戸を明けて帰って来たが、ずぶ濡(ぬれ)で、
 甚「あゝ酷(ひど)かった」
 男「帰(けえ)ったか」
 甚「ムヽ今帰(けえ)った、誰だ清(せい)さんか、今帰ったが、松(まつ)が賀(か)で詰らねえ小博奕(こばくち)へ手を出して打って居ると、突然(だしぬけ)に手が這入(へえ)って、一生懸命に逃げたが、仕様がねえから用水の中へ這入って、ボサッカの中へ隠れて居た」
 清「己(おれ)は今通り掛(がゝ)って雨に遇(あ)って逃げる処がねえのに、雷様(らいさま)が鳴って来たから魂消(たまげ)てお前(めえ)らが家(うち)へ駈込んで、今囲炉裡へ麁朶ア一燻(ひとくべ)したゞ」
 甚「いゝや何(ど)うせ開(あけ)ッ放(ぱな)しの家(うち)だアから、是は何処(どこ)の者だ、何(なん)だいお前(めえ)は」
 清「此家(ここ)な主人(あるじ)で、挨拶さっせえ、是は江戸の者だが雨が降って雷鳴(かみなり)に驚き泊めてくれと云うが、己(おれ)が家(うち)でねえからと話して居る処だ、是が主人だ」
 新「左様で、初めまして、私(わたくし)は江戸の者で、小商(こあきない)を致します新吉と申す不調法者、此地(こちら)へ参りましたが、雷鳴(かみなり)が嫌いで此方様(こちらさま)へ駈込んだ処が、お留守様でございますから泊(とめ)る訳にはいかぬと仰しゃって、お話をして居る処で、よくお帰りで、何卒(どうぞ)今晩一晩お泊め下されば有難い事で、追々夜が更けますから、何卒一晩何様(どん)な処でも寝かして下されば宜しいので」
 甚「好(い)い若(わけ)え者(もん)だ、いゝや、まア泊って行きねえ、何(ど)うせ着て寝る物はねえ、留守勝(るすがち)だから食物(くいもの)もねえ、鍋は脇へ預けてしまったしするから、コロリと寝て明日(あした)行きねえ、己と一緒に寝ねえ」
 新「ヘエ、有難う存じます」
 清「己(おら)ア帰(けえ)るよ」
 甚「まア/\宜(い)いやな」
 清「己ア帰るべい、何か、手が這入(へえ)ったか」
 甚「困ったからボサッカの中へ隠れて居たので、お前(めえ)帰(けえ)るならうっかり往(い)っちゃアいけねえ、今夜ボサッカの脇に人殺しが有った」
 清「何処(どこ)に」
 甚「己がボサッカの中に隠れて居ると、暗くって分らぬが、きゃアと云う声がノウ女の殺される声だねえ、まア本当に殺される声は今迄知らねえが、劇場(しばい)で女が切殺される時、きゃアとかあれイとか云うが、そんな事を云ったってお前(めえ)には分らねえが、凄(すご)いものだ、己も怖かった」
 清「怖(おっ)かねえ、女をまア、何(なん)てエ、人を殺すったって村方(むらかた)の土手じゃアねえか、ウーン怖かなかんべえ、ウーン何(ど)うした」
 甚「何うしたって凄いやア、うっかり通って怪我(けが)でもするといけねえから、其の野郎は刀や何かで殺す程の者でもねえ奴で、鎌で殺しゃアがったのよ、女の死骸は川へ投(ほう)り込んだ様子、忌々(いめえま)しい畜生(ちきしょう)だ、此の村へも盗人(ぬすっと)に這入(へえ)りやアがるだろうと思うから、其の野郎の襟首(えりくび)を取って引摺(ひきず)り倒した、すると雷が落ちて、己はどんな事にも驚きゃアしねえが雷には驚く、きゃアと云って田の畔(くろ)へ転げると、其の機(はずみ)に逃げられたが、忌々しい事をした」

        二十五

 清「怖(おっ)かねえナ、然(そ)うか怖かなくて通れねえ」
 甚「気を付けて行きねえ」
 清「まだ居るかなア」
 甚「もう居やアしめえ、大丈夫(でえじょうぶ)だ、美人(いゝおんな)なら殺すだろうが、お前(めえ)のような爺さんを殺す気遣いはねえ」
 清「じゃア己(おれ)帰(けえ)る、エヽ、じゃア又些(ちっ)とべえ畑の物が出来たらくれべえ」
 甚「何か持って来て呉れても煮て食う間(ま)がねえから、左様なら、ピッタリ締めて行ってくれ、若者(わけえの)もっと此方(こっち)へ来(き)ねえ」
 新「ヘエ」
 甚「お前(めえ)江戸から来るにゃア水街道から来たか、船でか」
 新「ヘエ渡(わたし)を越して、弘教寺(くぎょうじ)と云うお寺の脇から土手へ掛って参りました」
 甚「此方(こっち)へ来る土手で能(よ)く人殺しに出会(でっくわ)さなかったな」
 新「私(わたくし)は運よく出会しませんでした」
 甚「まア斯(こ)う、見ねえ、是はノ、其の女を殺した奴が投(ほう)り出した鎌を拾って来たが、見ねえ」
 と鎌の刄(は)に巻付けてあった手拭をぐる/\と取って、
 甚「此の鎌で殺しゃアがった、酷(ひど)い雨で段々血(のり)は無くなったが、見ねえ、血(ち)が滅多に落(おち)ねえ物とみえて染込(しみこ)んで居らア、磨澄(とぎすま)した鎌で殺しゃアがった、是で遣(や)りゃアがった」
 新「ヘエー誠に何(ど)うも怖(おっか)ない事でげすナ」
 甚「ナニ」
 新「ヘエ怖(こわ)い事ですねえ」
 甚「怖いたって、此の鎌で是れで遣りゃアがった」
 新「ヘエ」
 と鎌と甚藏を見ると、先刻(さっき)襟首を取って引摺り倒した奴は此奴(こいつ)だな、と思うと、身体が慄(ふる)えて顔色(がんしょく)が違うから、甚藏は物をも言わず新吉の顔を見詰めて居りましたが、鎌をだしぬけに前へ投(ほう)り付けたから、新吉は恟(びっく)りした。
 甚「おい/\余(あんま)り薄気味(うすっきみ)がよくねえ、今夜は泊って行きねえ」
 新「ヘイ大きに雨が小降(こぶり)になりました様子で、是で私(わたくし)はお暇(いとま)を致そうと存じます」
 甚「是から行ったって泊める処(とこ)もねえ小村(こむら)だから、水街道へ行かなけりゃア泊る旅籠屋(はたごや)はねえ、まア宜(い)いやナ、江戸子(えどっこ)なれば懐かしいや、己も本郷菊坂生れで、無懶(やくざ)でぐずッかして居るが、小博奕が出来るから此処(こゝ)に居るのだが、お前(めえ)も子柄(こがら)はよし、今の若気(わかぎ)でこんな片田舎へ来て、儲かる処(どころ)か苦労するな、些(ちっ)とは訳があって来たろうが、お前が此処で小商(こあきない)でも仕ようと云うなら己(おら)が家(うち)に居て[#「家(うち)に居て」は底本では「家(うち)て居に」]貰いてえ、江戸子てエ者は、田舎へ来て江戸子に遇(あ)うと、親類にでも逢った心持がして懐かしいから、江戸と云うと、肩書ばかりで、身寄でも親類でもねえが其処(そこ)ア情合(じょうあい)だ、己は遊んで歩くから、家はまるで留守じゃアあるし、お前此処に居て留守居をして荒物や駄菓子でも并(なら)べて居りゃア、此処は花売や野菜物(せんざいもの)を売る者が来て休む処で、何(なん)でもポカ/\捌(はけ)るが、おいお前留守居をしながら商売(あきねえ)して居てくれゝば己も安心して家をお前に預けて明(あけ)るが、何も盗まれる物はねえが、一軒の主(あるじ)だから、おいお前此処でそうして留守居をしてくれゝば、己が帰(けえ)って来ても火は有るし、茶は沸いて居るし、帰って来ても心持がいゝ、己ア土手の甚藏と云う者だが、村の者に憎まれて居るのよ、それがノ口をきくのが江戸子同士でなけりゃア何(ど)うしても話が合わねえ、己は兄弟も身寄もねえし、江戸を喰詰めて帰れる訳でもねえから、己と兄弟分になってくんねえ」
 新「有難う存じますな、私(わたくし)も身寄兄弟も無い者で、少し訳があって参りました者でございますが、少し頼る処が有って参りました者で、此方(こちら)へ参ってから、だしぬけに亡(なく)なりましたので」
 甚「死んだのかえ」
 新「ヘエ其処(そこ)が、ヘエ何(なん)で、変になりましたので、ヘエ、何処(どこ)へも参る処は無いのでございますから、お宅を貸して下すって商いでもさして下されば有難い事で、私(わたくし)は新吉と申す者で、何分(なにぶん)親分御贔屓(ごひいき)にお引立を願います」
 甚「話は早いがいゝが、其処(そこ)は江戸子(えどこ)だからのう、兄弟分の固めを仕なければならねえが、おいお前(めえ)田舎は堅えから、己の弟分だと云えば、何様(どんな)間違(まちげえ)が有ったってもお前他人にけじめを食う気遣(きづけえ)ねえ、己の事を云やア他人(ひと)が嫌がって居るくれえだからナ、其方(そっち)の強身(つよみ)よ、さア兄弟分(きょうでいぶん)の固めをして、お互(たげえ)にのう」
 新「ヘイ有難うございます、何分どうか、其の替り身体で働きます事は厭(いと)いませんから、どんな事でも仰しゃり付けて下さればお役には立ちませんでも骨を折ります」
 甚「お前(めえ)幾才(いくつ)だ」
 新「ヘエ二十二でございます」
 甚「色の白(しれ)え好男(いゝおとこ)だね、女が惚れるたちだね、酒が無(ね)えから兄弟分(きょうでえぶん)の固めには、先刻(さっき)一燻(ひとくべ)したばかりだから、微温(ぬるま)になって居るが、此の番茶を替りに、己が先へ飲むから是を半分飲みな」
 新「ヘエー有難うございます、恰(ちょう)ど咽喉(のど)も乾いて居りますから、エヽ有難うございます、誠に私(わたくし)も力を得ました」
 甚「おい兄弟分(きょうでえぶん)だよ、いゝかえ」
 新「ヘエ」
 甚「兄弟分に成ったから兄に物を隠しちゃアいけねえぜ」
 新「ヘエ/\」
 甚「お互(たげえ)に悪い事も善(い)い事も打明けて話し合うのが兄弟分だ、いゝか」
 新「ヘエ/\」
 甚「今夜土手で女を殺したのはお前(めえ)だのう」
 新「イヽエ」
 甚「とぼけやアがるなエ此畜生(こんちきしょう)、云いねえ、云えよ」
 新「な、何を被仰(おっしゃる)ので」
 甚「とぼけやアがって此畜生め、先刻(さっき)鎌を出したら手前(てめえ)の面付(つらつき)は変ったぜ、殺したら殺したと云えよ」
 新「何(ど)うもトヽ飛んでもない事を仰しゃる、私(わたくし)は何うもそんな、外(ほか)の事と違い人を殺すなぞと、苟(かり)にも私は、どうも此方様(こちらさま)には居(お)られません、ヘエ」
 甚「居られなければ出て行け、さア居られなければ出て行きや、無理に置こうとは云わねえ、兄弟分(きょうだいぶん)になれば善(い)い悪いを明(あか)しあうのが兄弟分だ、兄分(あにぶん)の己の口から縛らせる気遣(きづけえ)ねえ、殺したから殺したと云えと云うに」
 新「何うもそれは困りますね、何(なに)もそんな事を、何うも是は、何うも外の事と違いますからねエ、何うもヘエ、人を殺すなぞと、そんな私(わたくし)ども、ヘエ何うも」
 甚「此畜生分らねえ才槌(さいづち)だな、間抜め、殺したに相違ねえ、そんな奴を置くと村の難儀になるから、手前(てめえ)を追出す代りに、己の口から訴人して、踏縛(ふんじば)って代官所へでも役所へでも引くから然(そ)う思え」

        二十六

 新「何うも私(わたくし)はもうお暇(いとま)致します」
 甚「行きねえ、己が踏縛(ふんじば)るからいゝか」
 新「そんな、何うも、無理を仰しゃって、私(わたくし)が何(な)んで、何うも」
 甚「分らねえ畜生だナ、手前(てめえ)殺したと打明けて云えよ、手前の悪事を、己は兄分(あにぶん)だから云う気遣(きづけえ)はねえ、お互(たげえ)に、悪事を云ってくれるなと隠し合うのが兄弟分(きょうだいぶん)のよしみだから、是っぱかりも云わねえから云えよ、云わなければ代官所へ引張(ひっぱ)って行くぞ、さア云え」
 新「ヘエ、何うも、ち…些(ちっ)とばかり、こ…殺しました」
 甚「些とばかり殺す奴があるものかえ、女を殺して手前(てめえ)金を幾ら取った」
 新「幾らにも何も取りは致しません」
 甚「分らねえ事を云うな、金を取らねえで何(な)んで殺した、金があるから殺して取ったろう、懐(ふところ)に有ったろう」
 新「金も何も無いので」
 甚「有ると思ったのが無(ね)えのか」
 新「ナニ然(そ)うじゃアございません、あれは私(わたくし)の女房でございます」
 甚「分らねえ事を云う、ナニ此畜生(こんちきしょう)、女房(かゝあ)を何(な)んで殺した、外(ほか)に浮気な事でもして邪魔になるから殺したのか」
 新「ナニ然(そ)うじゃア無いので」
 甚「何(ど)う云う訳だ」
 新「困りますナ、じゃア私(わたくし)が打明けてお話致しますが、貴方決して口外して下さるな」
 甚「なに、口外しねえから云えよ」
 新「本当でげすか」
 甚「為(し)ないよ」
 新「じゃア申しますが実は私(わたくし)はその、殺す気も何もなく彼処(あすこ)へ参りますと、あれがその、お化(ばけ)でな」
 甚「何がお化だ」
 新「私(わたくし)の身体へ附纒(つきまと)うので」
 甚「薄気味の悪い事を云うな、何が附纒うのだ」
 新「詳しい事を申しますが、私(わたくし)は根津七軒町の富本豊志賀と申す師匠の処へ食客(いそうろう)に居りますと、豊志賀が年は三十を越した女でげすが、堅い師匠で、評判もよかったが、私が食客になりまして、豊志賀が私の様な者に一寸(ちょっと)岡惚(おかぼれ)をしたのでな」
 甚「いやな畜生だ惚気(のろけ)を聞くんじゃアねえ、女を殺した訳を云えよ」
 新「それから私(わたくし)も心得違いをして、表向(おもてむき)は師匠と食客ですが、内所(ないしょ)は夫婦同様で只ぶら/\と一緒に居りました、そうすると此処(こゝ)へ稽古に参ります根津の総門内の羽生屋と申す小間物屋の娘がその、私に何(なん)だか惚れた様に師匠に見えますので」
 甚「うん、それから」
 新「それを師匠が嫉妬(やきもち)をやきまして、何も怪しい事も無いのにワク/\して、眼の縁(ふち)へポツリと腫物(できもの)が出来まして、それが斯(こ)う膨(は)れまして、こんな顔になり其の顔で私の胸倉を取って悋気(りんき)をしますから居(い)られませんので、私が豊志賀の家(うち)を駈出した跡で師匠が狂い死(じに)に死にましたので、死ぬ時の書置(かきおき)に、新吉と夫婦になる女は七人まで取殺すと云う書置がありましたので」
 甚「ふうん執念深(しゅうねんぶけ)え女だな、成程ふうん」
 新「それで、師匠が亡(なく)なりましたから、お久と云う土手で殺した娘が、連れて逃げてくれと云い、伯父が羽生村に居るから伯父を尋ねて世帯(しょたい)を持とうと云うので、それなら田舎へ行って、倶(とも)に夫婦になろうと云う約束で出て参ったので」
 甚「出て来てそれから」
 新「先刻(さっき)彼処(あすこ)へ掛ると雨は降出します、土手を下りるにも、鼻を撮(つま)まれるも知れません真の闇で、すると、お久の眼の下へポツリと腫物(できもの)みたような物が出来たかと思うと、見て居るうちに急に腫れ上りましてねえ、ヘエ、貴方死んだ師匠の通りの顔になりまして、膝に手を付きまして私(わたくし)の顔をじいッと見詰めて居ました時は私は慄(ぞ)っと致しましたので、ヘエ怖い一生懸命に私が斯(こ)う鎌で殺す気も何(なんに)もなく殺してしまって見ると、其様(そん)な顔でも何(なん)でもないので、私がしょっちゅう師匠の事ばかり夢に見るくらいでございますから、顔が眼に付いて居るので、殺す気もなくお久と云う娘を殺しましたが、綺麗な顔の娘が然(そ)う云うように見えたので、見えたから師匠が化けたと思って、鎌でやったので、ヘエ、やっぱり死んだ豊志賀が祟(たゝ)って居りますので、七人まで取殺すと云うのだから私の手をもって殺さしたと思うと、実に身の毛がよだちまして、怖かったの何(なん)のと、其の時お前さんが来て泥坊、と襟首を掴んだから一生懸命に身を振払って逃げ、まア宜(い)いと思うと、一軒家(いっけんや)が有ったから来たら、やっぱり貴方の家(うち)へ来たから、泡をくったのでねえ」
 甚「ふうんそれじゃア其の師匠は手前(てめえ)に惚れて、狂死(くるいじに)に死んで、外(ほか)の女を女房にすれば取殺すと云う書置の通り祟って居るのだな」
 新「祟って居るったって私(わたくし)の身体は幽霊が離れないのでヘエ」
 甚「気味(きび)の悪い奴が飛込んで来たな、薄気味(うすきび)の悪い、鎌を手前(てめえ)が持って居るから悪(わり)いのだ」
 新「鎌も其処(そこ)に落ちて有ったので、其処へお久が転んだので、膝の処へ少し疵(きず)が付き、介抱して居るうち然(そ)う見えたので、それで無茶苦茶にやったので、拾った鎌です」
 甚「そうか、此の鎌は村の者の鎌だ、そんならそれで宜(い)いや、宜いが、おい幾ら金を取ったよう」
 新「金は取りは致しません」
 甚「女を連れて逃げる時、お前(めえ)の云うにア小間物屋の娘だお嬢さんだと云うのだ、連れて逃げるにゃア、路銀(ろぎん)がなければいかねえから幾らか持出せと智慧を付けて盗ましたろう」
 新「金も何も、私(わたくし)は卵塔場(らんとうば)から逃げたので」
 甚「気味(きび)の悪い事ばかり云やアがって、何(な)んで」
 新「私(わたくし)は師匠の墓詣(はかまい)りに参りますと、お久も墓詣りに参って居りまして、墓場でおやお久さんおや新吉さんかと云う訳で」
 甚「そんな事は何(ど)うでもいゝやア」
 新「それから逃げて私(わたくし)は一分(ぶ)三朱(しゅ)と二百五十六文、女は三朱と四十八文ばかり有ったので、其の外(ほか)にはお花と線香を持って居るばかり、それから松戸で一晩泊りましたから、些(ちっ)とばかり残って居ります」
 甚「一文なしか」
 新「ヘエー」

        二十七

 甚「詰らねえ奴が飛込みやアがったな、仕方がねえ、じゃアまア居ろ」
 新「ヘエ何(ど)うぞ置いておくんなすって、其の事は何うか仰しゃってはいけませんから」
 甚「厄介な奴だ、畜生(ちきしょう)め、銭(ぜに)が無くて幽霊を脊負(しょ)って来やアがって仕様がねえ、其処(そこ)へ寝ろ」
 と仕方が無いから其の夜(よ)は寝ましたが、翌朝(よくあさ)から土鍋で飯は焚(た)きまして、お菜(かず)は外(そと)から買って来まして喰いますような事で、此処(こゝ)に居(おり)ます。甚藏はぶら/\遊び歩きます。すると、此処から村までは彼是(かれこ)れ四五丁程もある土手下で、花や野菜物(せんざいもの)を担(かつ)いで来たり、肥桶(こいおけ)なぞをおろして百姓衆の休所(やすみどこ)で、
 農夫「太左衞門(たざえもん)何処(どこ)へ行くだ」
 太「今帰りよ」
 農「そうか」
 太「此間(こねえだ)勘右衞門(かんえもん)の所(とけ)へ頼んで置いた、些(ちっ)とベエ午房種(ごぼうだね)を貰うベエと思ってノウ」
 農「然(そ)うか、何(なん)とハア此の村でも段々人気(にんき)が悪くなって、人の心も変ったが、徳野郎あれはあのくれえ太(ふて)え奴はねえノ」
 太「あの野郎何(なん)でも口の先で他人(ひと)を瞞(だま)して銭を借(かり)る事は上手だが、大(で)けえ声では云えねえが、此処(こゝ)な甚藏は蝮野郎(まむしやろう)でよくねえ怖(おっ)かねえ野郎でのう」
 太「今日は大分(だいぶ)婆(ば)ア様が通るが何処(どこ)へ行くだ」
 農夫「三藏どんの処(とこ)で法事があるで、此間(こねえだ)此処(こゝ)に女が殺されて川へ投(ほう)り込まれて有って、引揚げて見たら、守(まもり)の中に名前書(なめえがき)が這入(へえ)って居たので、段々調べたら三藏どんが家(うち)の姪(めい)に当る女子(おんなこ)で、母様(かゝさま)が継母(まゝはゝ)で、苛(いじ)められて居られなくって尋ねて来ただが、些(ちっ)とは小遣(こづかい)も持って居ただが、泥坊が附いて来て突落(つきおと)して逃げたと云う訳で、三藏どんは親切な人で、引揚げて届ける所へ届けて、漸(ようや)く事済んで、葬りも済んで、今日は七日(なぬか)でお寺様へ婆ア様達を聘(ほじ)って御馳走するてえので、久し振で米の飯が食えると云って悦んで往(い)きやしッけ、法蔵寺(ほうぞうじ)様へ葬りに成っただ」
 太「然(そ)うか、それで婆ア様ア悦んで行くのだ、久しく尋ねねえだが秋口は用が多えで此の間買った馬は二両五粒だが、高(たけ)え馬だ、見毛(みけ)は宜(い)いが、何(ど)うも膝頭(ひざっこ)突く馬で下り坂は危ねえの、嚏(くしゃみ)ばかりして屁(へ)ベエたれ通しで肉おっぴり出す程だによ、婆ア様に宜しく云って下せえ、左様だら」
 新吉は内で此の話を聞いて居りましたが、お久を葬むったと云うから参詣(さんけい)しなければ悪いと思い、
 新「もし/\」
 農「あゝ魂消(たまげ)た、何処(どこ)から出ただ」
 新「私(わたし)は此処(こゝ)に居(い)るので」
 農「誰(たれ)も居ねえと思ったが何(なん)だか」
 新「只今お聞き申しましたが土手の脇で殺されました女の死骸は、何(なん)と云うお寺へ葬りになりました、三藏さんてえお方が追福(ついふく)なさると聞きましたが、何と云うお寺へ葬りましたか」
 農「法蔵寺様てえ寺で、累(かさね)の葬ってある寺と聞けば直(じき)に知れます」
 新「ヘエー成程」
 農「何(なん)だね、なに其様(そん)な事を聞くのか」
 新「私は無尽(むじん)のまじないに、なにそう云う仏様に線香を上げると無尽が当ると云うので、ヘエ有難う存じます」
 と、是から段々尋ねて、花と線香を持って墓場へ参りました。寺で聞けば宜しいに、己(おのれ)が殺した女の墓所(はかしょ)、事によったら、咎(とが)められはしないか、と脚疵(すねきず)で、手桶を提(さ)げて墓場でまご/\して居る。
 新「これだろう、これに違いない、是だ/\、花を※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さ)して置きさえすれば宜しい、何処(どこ)へ葬っても同(おんな)じだが、因縁とか何(なん)とか云うので、お久の伯父さんを便(たよ)って二人で逃げて来て、師匠の祟りで殺したくもねえ可愛い女房を殺したのだが、お久は此処(こゝ)へ葬りになり、己(おれ)は、逃げれば甚藏が訴人するから、やっぱり羽生村に足を止めて墓詣(はかまいり)に来られる。是もやっぱり因縁の深いのだ。南無阿弥陀仏/\、エヽと法月童女(ほうげつどうにょ)と、何(なん)だ是は子供の戒名だ」
 と、頻(しき)りにまご/\して居る処へ、這入って来ました娘は、二十才(はたち)を一つも越したかと云う年頃、まだ元服前の大島田、色の白い鼻筋の通った二重瞼(ふたえまぶち)の、大柄ではございますが人柄の好(い)い、衣装(なり)は常着(ふだんぎ)だから好(よ)くはございませんが、なれども村方でも大尽(だいじん)の娘と思う拵(こしら)え、一人付添って来たのは肩の張ったお臀(しり)の大きな下婢(おんな)、肥(ふと)っちょうで赤ら顔、手織(ており)の単衣(ひとえ)に紫中形(むらさきちゅうがた)の腹合(はらあわせ)の帯、手桶を提げてヒョコ/\遣(や)って来て、
 下女「お嬢様此方(こちら)へお出でなさえまし、此処(こゝ)だよ、貴方(あんた)ヨ待ちなさえヨ、私(わし)能(よ)く洗うだからねえ、本当に可哀想だって、己(おら)ア旦那様泣いた事はないけれども、お久様が尋ねて来て、顔も見ねえでおッ死(ち)んでしまって憫然(ふびん)だって泣いただ、本当に可哀想に、南無阿弥陀仏/\/\」
 新「これだ、えゝ少々物が承りとうございます」
 下女「何(なん)だかい」
 新「ヘエ」
 下女「何だかい」
 新「真中(まんなか)ですとえ」
 下女「イヽヤ何(なん)だか聞くのは何だかというのよ」
 新「ヘエと成程、この何(なん)ですかお墓は慥(たし)か川端で殺されて此の間お検死が済んで葬りになりました娘子様(むすめごさん)の御墓所(ごぼしょ)でございますか」
 下女「御墓所てえ何(なん)だか」
 新「このお墓は」
 下女「ヘエ此の間川端で殺されたお久さんと云うのを葬った墓場で」
 新「ヘエ左様で、私にお花を上げさして拝まして下さいませんか」
 下女「お前様(まえさま)知って居る人か」
 新「イヽエ無尽の呪咀(まじない)に樒(しきみ)の葉を三枚盗むと当るので」
 下女「そう云う鬮引(くじびき)が当るのか、沢山花ア上げて下さえ」
 新「ヘエ/\有難う、戒名は分りませんが、あとでお寺様で承りましょう、大きに有難う」
 と、ヒョイと後(あと)へ下(さが)りそうにすると、娘が側に立って居りまして、ジロリと横目で見ると、新吉は二十二でも小造(こづく)りの性(たち)で、色白の可愛気のある何処(どこ)となく好(い)い男、悪縁とは云いながら、此の娘も、何(ど)うしてこんな片田舎にこんな好い男が来たろうと思うと、恥かしくなりましたから、顔を横にしながら横眼で見る。新吉も美(い)い女だと思って立止って見て居りました。

        二十八

 新「もしお嬢さん、このお墓へお葬りになりました仏様の貴方はお身内でございますかえ」
 娘「はい私(わたくし)の身寄でございます」
 新「ヘエ道理でよく似ていらっしゃると思いました、イエ何、あのよく似たこともあるもので、江戸にも此様(こんな)事が有りましたから」
 下女「あんた、何処(どこ)に居るお方だい」
 新「私はあの直(じ)き近処(きんじょ)の者でげす、ヘエ土手の少し変な処(とこ)に一寸(ちょっと)這入って居ります」
 下女「土手の変な処(とこ)てえ蒲鉾小屋(かまぼこごや)かえ」
 新「乞食ではございません、其処(そこ)に懇意な者が有って厄介になって居るので」
 下女「そうかネ、それだら些(ちっ)と遊びにお出でなさえ、直(じ)き此の先の三藏と云うと知れますよ、質屋の三藏てえば直き知れやす」
 娘は頻(しき)りに新吉の顔を横眼で見惚(みと)れて居ると、何(ど)う云う事でございますか、お久の墓場の樒の※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)して有る間から一匹出ました蛇の、長さ彼(か)れ是(こ)れ三尺(さんじゃく)ばかりもあるくちなわが、鎌首を立てゝズーッと娘の足元まで這って来た時は、田舎に馴れません娘で、
 娘「あッ」
 と飛び退(の)いて新吉の手へすがりつくと、新吉も恟(びっく)りしたが、蛇はまた元の様に、墓の周囲(まわり)を廻って草の茂りし間へ這入りました。娘は怖いと思いましたから、思わず知らず飛退(とびの)く機(はず)みで、新吉の手へ縋(すが)りましたが、蛇が居なくなりましたから手を放せばよいのだが、其の手が何時迄(いつまで)も放れません。思い内に有れば色外に顕(あら)われて、ジロリ、と互(たがい)に横眼で見合いながら、ニヤリと笑う情(じょう)と云うものは、何(なん)とも申されません。女中は何も知りませんから、
 下女「お前さん、在郷の人には珍らしい人だ、些(ちっ)とまた遊びに来て、何処(どこ)に居るだえ、エヽ甚藏が処(とこ)に、彼(あ)の野郎評判の悪(わり)い奴で、彼処(あすこ)に、そうかえ些と遊びにお出でなさえ、嬢様お屋敷奉公に江戸へ行ってゝ、此の頃帰(けえ)っても友達がねえで、話(はなし)しても言葉が分んねえてエ、食物(くいもの)が違って淋しくってなんねえテ、長く屋敷奉公したから種々(いろ/\)な芸事がある、三味(さみ)イおっ引(ぴい)たり、それに本や錦絵があるから見にお出でなさえ、此の間見たが、本の間に役者の人相書の絵が有るからね…雨が降って来た」
 新「其処(そこ)まで御一緒に」
 娘「何(ど)うせお帰り遊ばすなれば私(わたくし)の屋敷の横をお通りになりますから御一緒に、あの傘を一本お寺様で借りてお出でよ」
 下女「ハイ」
 と下女がお寺で番傘を借りて、是から相合傘(あい/\がさ)で帰りましたが、娘は新吉の顔が眼先を離れず、くよ/\して、兄に悟られまいと思って部屋へ這入って居ります。新吉の居場処(いばしょ)も聞いたがうっかり逢う訳に参りません、段々(だん/\)日数(ひかず)も重(かさな)ると娘はくよ/\欝(ふさ)ぎ始めました。すると或夜日暮から降出した雨に、少し風が荒く降っかけましたが、門口(かどぐち)から、
 甚「御免なさい/\」
 三「誰だい」
 甚「ヘエ旦那御無沙汰致しました」
 三「おゝ甚藏か」
 甚「ヘエ、からもう酷(ひど)く降出しまして」
 三「傘なしか」
 甚「ヘエ傘の無いのでびしょ濡(ぬれ)になりました、何(ど)うも悪い日和(ひより)で、日和癖で時々だしぬけに降出して困ります…エヽお母様(っかさん)御機嫌よう」
 三「コウ甚藏、お前もう能(い)い加減に馬鹿も廃(や)めてナ、大分(だいぶ)評判が悪いぜ、何(なん)とかにも釣方(つりかた)で、お前の事も案じるよ、大勢に悪(にく)まれちゃア仕方がねえ、名主様も睨(にら)んで居るよ」
 甚「怖(おっ)かねえ、からもう憎まれ口(ぐち)を利くから村の者は誰(たれ)も私(わっし)をかまって呉れません、ヘエ、御免なすって、えゝ此の間一寸(ちょっと)嬢(ねえ)さんを見ましたが、えゝ彼(あれ)はあのお妹御様(いもうとごさま)で、いゝ器量で大柄で人柄の好(い)いお嬢(こ)でげすね、お前さんが時々異見(いけん)を云って下さるから、何(ど)うか止してえと思うが、資本(もとで)は無し借金は有るし何うする事も出来ねえ、此の二三日(にさんち)は何うにも斯(こ)うにも仕様がねえから、些(ちっ)と許(ばか)り質を取って貰いてえと思って、此方様(こちらさま)は質屋さんで、価値(ねうち)だけの物を借りるのは当然(あたりまえ)だが、些とくどいから上手を遣わなければならねえが、質を取ってお貰(もれ)え申してえので」
 三「取っても宜(よ)い何(なん)だイ」
 甚「詰らねえ此様(こん)な物で」
 と三尺(さんじゃく)の間へ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(はさ)んで来た物に巻いて有る手拭をくる/\と取り、前へ突付けたのは百姓の持つ利鎌(とがま)の錆(さび)の付いたのでございます。
 三「是か、是か」
 甚「へえ是で」
 三「此様(こん)な物を持って来たって仕様がねえ、買ったって百か二百で買える物を持って来て、是で幾許(いくら)ばかり欲しいのだ」
 甚「二十両なくっては追附(おっつ)かねえので、何(ど)うか二十両にね」
 三「極(きま)りを云って居るぜ、戯(ふざ)けるナ、お前(めえ)はそれだからいけねえ、評判が悪い、五十か百で買える物を持って来て二十両貸せなんてエ強迫(ゆすり)騙(かた)りみた様な事を云っては困る、此様(こん)な鎌は幾許(いくら)もある、冗談じゃアねえ、だから村にも居られなくなるのだよ」
 甚「旦那、只の鎌と思ってはいけねえ、只の鎌ではねえ、百姓の使うただの鎌とお前(めえ)さん見てはいけねえ」
 三「誰が見たって百姓の使う鎌だ、錆だらけだア」
 甚「錆びた処が価値(ねうち)で、能(よ)っく見て、錆びたところに価値が有るので」
 三「何(ど)う」
 と手に把(と)って見ると、鎌の柄に丸の中に三の字の焼印(やきいん)が捺(お)してあるのを見て、
 三「甚藏、是は己(おれ)の家(うち)の鎌だ、此の間與吉(よきち)に持たして遣(や)った、是は與吉の鎌だ」
 甚「だから與吉が持ってればお前(まえ)さんの処(とこ)の鎌でしょう」
 三「左様」
 甚「それだから」
 三「何が」
 甚「何がって、旦那此の鎌はね、奥に誰(たれ)も居やアしませんか」
 三「誰(たれ)も居やアせん」
 甚「此の鎌に就(つ)いて何(ど)うしてもお前さんが二十両私(わっち)にくれて宜(い)い、私の親切をネ、鎌は詰らねえが私の親切を買って」
 二十両何うしてもくれても宜い訳を話を致しますが、一寸一息吐きまして。

        二十九

 引続きまして申上げました羽生村で三藏と申すは、質屋をして居りまして、田地(でんじ)の七八十石も持って居ります可(か)なりの暮しで、斯様(かよう)に良い暮しを致しますのは、三右衞門と云う親父(おやじ)が屋敷奉公致して居るうち、深見新左衞門に二拾両の金を貰って、死骸の這入りました葛籠(つゞら)を捨てまして国へ帰り、是が資本(もとで)で只今は可なりに暮して居る。一体三藏と云う人は信実(しんじつ)な人で、江戸の谷中七面前の下總屋と云う質屋の番頭奉公致して、事柄の解(わか)った男でございますから、
 三「コウお前(まえ)そう極(きま)りで其様(そん)な分らねえ事を云うが、己だから云うが、いゝか、何が親切で何(ど)う云う訳が有ったって草苅鎌を持って来て二十両金を貸せなどと云って、村の者もお前(めえ)を置いては為にならねえと云う、此の間何(なん)と云った、私は此の村を離れましては何処(どこ)でも鼻撮(はなッつま)みで居処(いどころ)もございませんから、元の如く此の村に居られる様にして呉れと云うから、名主へ行って話をして、彼(あ)れは外面(うわべ)は瓦落(がら)/\して、鼻先ばかり悪徒(あくとう)じみて居りますが、腹の中はそれほど巧(たくみ)のある奴では無いと、斯(こ)う己が執成(とりな)して置いたから居(い)られる、云はゞ恩人だ、それを背くかお前(めえ)、何(なん)で鎌を、何(ど)う云う訳で親切などと下らぬ事を云うんだえ」
 甚「それなら打明けてお話申しますが此の間松村で一寸(ちょっと)小博奕(こばくち)へ手を出して居るとだしぬけに御用と云うのでバラ/\逃げて入江の用水の中へ這入って、水の中を潜(くゞ)り込んで土手下のボサッカの中へ隠れて居ると、其処(そこ)で人殺しがあり、キアッと云う女の声で、私(わっち)も薄気味(うすきび)が悪いから首を上げて見たが暗くって訳が分らず、土砂降だが、稲光がピカ/\する度(たび)時々斯(こ)う様子が見えると、女を殺して金を盗んだ奴がある、宜(よ)うがすか、判然(はっきり)分りませんが、其の跡へ私が来て見ると、此の鎌が落ちて居る、此の鎌で殺したか、柄(え)にベッタリ黒いものが付いて有るのは血(のり)じみサ、取上げて見ると丸に三の字の焼印が捺して有る、宜うがすか、旦那の家(うち)の鎌、ひょっとして他(ほか)の奴が、此の鎌が女を殺した処(とこ)に落ちて有るからにゃア此の鎌で殺したと、もしやお前(まえ)さんが何様(どん)な係り合になるめえ物でもねえと思い、幸い旦那の御恩返(ごおんげえ)しと思って、私が拾って家(うち)へ帰(けえ)って今迄隠して居た、宜うがすか、お前(めえ)さんの処(ところ)で死骸(しげえ)を引取って己の家(うち)の姪(めえ)と云うので法事も有ったのだから、お前(めえ)さんの処で女を殺して物を取った訳はねえが、悪(わり)い奴が拾いでもすると、お前(めえ)さんは善(い)い人と思っては居るが、そう村中みんなお前(めえ)さんを誉(ほめ)る者ばかりじゃアねえ、其の中(うち)には五人や八人は彼様(あんな)になれる訳はねえと、工面が良(い)いと憎まれる事も有りましょう、それから中には悪く云う奴もある私と斯(こ)う中好(なかよ)く、お前(まえ)さんは江戸に奉公して江戸子(えどっこ)同様と云うので、甚藏や悪(わり)い事はするナ、と番毎(ばんごと)に斯(こ)う云ってお呉(く)んなさるは有難(ありがて)えと思って居るが、私がお前(めえ)さんに平生(ふだん)お世話に成って居りますから、娘を殺して金を取るような人でねえ事は知って居りますが、宜うがすか、お前(めえ)さんと若(も)し私が中が悪くって、忌々(いめえま)しい奴だ、何(ど)うかしてと思って居(い)れば、私が鎌を持って、斯(こ)うだ此の鎌が落ちて有った是は三藏の処(とこ)の鎌だと振廻して役所へでも持出せば、お前(めえ)さんの腰へ否(いや)でも縄が付く、然(そ)うでないまでも、十日でも二十日でも身動きが出来ねえ、然うすりゃア年をとったお母様(ふくろさま)はじめ妹御(いもうとご)も心配だ、其の心配を掛けさせ度(た)くねえからねえ、然う云う馬鹿があるめえものでもねえのサ、私などは随分遣(や)り兼(かね)ねえ性質(たち)だ、忌々(いめえま)しいと思えば遣る性質だけれども、御恩になって居るから、旦那が殺したと思う気遣(きづけえ)もねえけれども、理屈を付ければまア何(ど)うでもなるのサ、彼様(あんな)に身代(くめん)のよくなるのも、些(ちっ)とは悪い事をして居るだろうぐらいの話をして居る奴もあるから、殺した跡で世間体が悪(わり)いから、死骸でも引取って、姪(めえ)とか何(なん)とか名を付けて、とい弔いをしなければ成るめえと、さ、訝(おか)しく勘繰(かんぐ)るといかねえから、他人に拾われねえ様に持って来たのだから、十日でも二十日でも留められて、引出されゝば入費(にゅうひ)が掛ると思って、只私の親切を二十両に買っておくんなさりゃア、是で博奕は止(やめ)るから、ねえモシ旦那え」
 三「コレ/\甚藏、然(そ)う汝(きさま)が云うと己が殺して死骸を引取って、葬りでもした様に疑(うたぐ)って、訝(おか)しくそんな事を云うのか」
 甚「お前(めえ)さん私(わっち)が然う思うくれえなら、鎌は振廻して仕舞わア、大きな声じゃア云えねえが、是は旦那世間の人に知れねえように、私が黙って持って居るその親切を買って二十両、ね、もし、鎌は詰らねえが宜うがすか、お前(めえ)さんと中が悪ければ、酷(ひど)い畜生(ちきしょう)だなんて遣(や)り兼ねえ性質(たち)だが、旦那にゃア時々小遣(こづけえ)を貰ってる私だから、何(なん)とも思やアしねえがネ、厭(いや)に世間の人が思うから鎌を拾って持って来た、其の親切を買って、えゝ旦那、お前(めえ)さん否(いや)と云えば無理にゃア頼まねえが、私は草苅鎌を二十両に売ろうと云う訳ではねえのサ、親切ずくだからネ、達(たっ)てとは云わねえ、そうじゃアねえか、此の村に居てお前(めえ)の呼吸(いき)が掛らなけりゃア村にも居られねえ、其の時はいやに悪(わり)い仕事をして逃げる、そうなりゃア何(ど)うでも宜(い)いやア、ねえ、否(いや)でげすか、え、もし」
 と厭に絡(から)んで云いがゝりますも、蝮(まむし)と綽名(あだな)をされる甚藏でございますから、うっかりすれば喰付かれますゆえ、仕方なく、
 三「詰らぬ口を利かぬが宜(い)いぜ、金は遣(や)るから辛抱をしねえよ」
 とただ取られると知りながら、二十両の金を遣りまして甚藏を帰しますと、其の夜(よ)三藏の妹お累(るい)が寝て居ります座敷へ、二尺余りもある蛇が出ました。九月中旬(なかば)になりましては田舎でも余り蛇は出ぬものでございますが、二度程出ましたので、墓場で驚きましたから何が出ても蛇と思い只今申す神経病、
 累「アレー」
 と駈出して逃(にげ)る途端母親(おふくろ)が止め様とした機(はずみ)、田舎では大きな囲炉裏が切ってあります、上からは自在が掛って薬鑵(やかん)の湯が沸(たぎ)って居た処へ双(もろ)に反(かえ)りまして、片面(これ)から肩(これ)へ熱湯を浴びました。

        三十

 お累が熱湯を浴びましたので、家中(うちじゅう)大騒ぎで、医者を呼びまして種々(いろ/\)と手当を致しましたが何(ど)うしてもいかんもので、火傷(やけど)の痕(あと)が出来ました。追々全快も致しましょうが、二十一二になる色盛(いろざかり)の娘、顔にポツリと腫物(できもの)が出来ましても、何うしたら宜(よ)かろうなどと大騒ぎを致すものでございますのに、お累は半面紫色に黒み掛りました上、片鬢(かたびん)兀(はげ)るようになりましたから、当人は素(もと)より母親(おふくろ)も心配して居ります。
 累「あゝ情(なさけ)ない、この顔では此の間法蔵寺で逢った新吉さんにもう再び逢う事も出来ぬ」
 と思いますと是が気病(きやみ)になり、食も進まず、奥へ引籠(ひきこも)ったきり出ません、母親(おふくろ)は心配するが、兄三藏は中々分った人でございますから、
 三「お母様(っかさん)、えーお累は何様(どん)な塩梅でございますねえ」
 母「はアただ胸が支(つか)えて飯が喰えねえって幾ら勧めても喰えねえ/\と云う、疲れるといかねえから些(ちっ)と食ったら宜(よ)かんべえと勧めるが、涙ア翻(こぼ)して己(おら)ア此様(こん)な顔に成ったから駄目だ、何(ど)うせ此様な顔になった位(くれ)えなら、おッ死(ち)んだ方が宜(え)え。と其様(そん)な事べえ云ってハア手におえねえのサ、もっと大(でけ)え負傷(けが)アして片輪になる者さえあるだに、左様(そう)心配(しんぺえ)しねえが宜(え)えと云うが、彼(あれ)は幼(ち)っけえ時から内気だから、ハア、泣(なく)ことばかりで何(ど)うしべえと思ってよ」
 三「困りますね私も心配するなと云い聞(きか)せて置きますが、何(ど)う云うものか彼処(あすこ)へ引籠った切(ぎ)りで、気が霽(は)れぬから庭でも見たら宜(よ)かろうと云うと、彼処は薄暗くって病気に宜うございますからと云いますが詰らん事を気に病むから何うも困ります」
 と話をして居ります。折から、お累は次の間の処へ参りましたから、
 母「おゝ此方(こっち)へ出ろとよう、出な」
 三「あ、漸(やっ)と出て来た」
 母「此方へ来てナ、畑の花でも見て居たら些(ちっ)たア気が霽(は)れようと、今兄(あにき)どんと相談して居たゞ、えゝ、さア此処(こゝ)へ坐ってヨウ、よく出て来(き)いッけナ、心配(しんぺえ)してはいけぬ、気を晴らさなければいかねえヨウ、兄どんの云うのにも、火傷しても火の中へ坐燻(つっくば)ったではねえ、湯気だから段々癒(なお)るとよ、少しぐれえ薄く痕(あと)が付くべえけれども、平常(いつも)の白粉(おしろい)を着ければ知れねえ様になり段々薄くなるから心配(しんぺえ)しねえがえゝよ」
 三「お前お母(っか)さんに斯(こ)う心配(しんぱい)を掛けて、お母様(っかさん)がお食を勧めるのにお前は何故喫(た)べない、段々疲れるよ、詰らん事をくよ/\してはいけませんよ、お前と私と是れから只(たっ)た一人のお母様だから孝行を尽さなければならないのに、お前がお母様に心配を掛けちゃア孝行に成りません、顔は何様(どん)なに成ったって構わぬ、それならば片輪女には亭主がないと云うものでも有るまい、何様な跛(びっこ)でもてんぼうでも皆(みん)な亭主を持って居ります、えゝ火傷したくらいで気落(きおち)して、お飯(まんま)も喫べられないなんて、気落してはなりません、お母様が勧めるからお食(あが)りなさい、喫べられないなんて其様(そん)な事はありませんよ」
 母「喫べなせえヨウ、久右衞門(きゅうえもん)どんが、是なれば宜(よ)かろうって水街道へ行って生魚(なまうお)を買って来たゞ、随分旨い物(もん)だ常(ふだん)なら食べるだけれど、やア食えよウ」
 三「お喫(あが)りなさい何(ど)う云う様子だ、容体(ようだい)を云いなさい、えゝ、何か云うとお前は下を向いてホロ/\泣いてばかり居て、お母様に御心配かけて仕様がないじゃアありませんか、え、十二三の小娘じゃアあるまいし、よウ、えゝ、何う云うものだ」
 母「そんなに小言云わねえが宜(え)えってに、其処(そこ)が病(やめ)えだからハア手におえねえだよ、兄(あにき)どんの側に居ると小言を云われるから己(おれ)が側へ来い、さア此方(こっち)へ来い、/\」
 と手を引いて病間(びょうま)へ参ります。三藏も是は一通りの病気ではないと思いますから。
 三「おせな」
 下女せな「ヒえー」
 三「何(なん)の事(こっ)た、立って居て返辞をする奴が有るものか」
 せな「何(なん)だか」
 三「坐りな」
 せな「何だか、呼(よば)るのは何だかてえに」
 三「コレ家(うち)のお累の病気は何(ど)うも火傷をした許(ばか)りでねえ、心に思う処が有るのでそれが気になってからの煩(わずら)いと思って居るが、汝(てめえ)お久の寺詣(てらまいり)に行った帰りは遅かったが、年頃で無理じゃアねえから他処(わき)へ寄ったか、隠さずと云いな」
 せな「ナアニ寄りは為(し)ません、お寺様へ行ってお花上げて拝んで、雨降って来たからお寺様で借(かり)べえって法蔵寺様で傘借りて帰(けえ)って来ただ」
 三「汝(てめえ)なぜ隠す」
 せな「隠すにも隠さねえにも知んねえノ」
 三「主人に物を隠すような者は奉公さしては置きません、なぜ隠す、云いなよ」
 せな「隠しも何(ど)うもしねえ、知んねえのに無理な事を云って、知って居れば知って居るって云うが、知んねえから知んねえと云うんだ」
 三「コレ段々お累を責めて聞くに、実は兄様(にいさん)済まないが是々と云うから、なぜ早く云わんのだ、年頃で当然(あたりまえ)の事だ、と云って残らず打明けて己に話した、其の時はおせなが一緒に行って斯(こ)う/\と残らず話した、お累が云うのに汝(てめえ)は隠して居る、汝はなぜ然(そ)うだ、幼(ちいさ)い中(うち)から面倒を見て遣(や)ったのに」
 せな「アレまア、何(なん)て云うたろうか、よウお累様ア云ったか」
 三「皆(みん)な云った」
 せな「アレまア、汝(われ)せえ云わなければ知れる気遣(きづけ)えねえから云うじゃアねえよと、己(おら)を口止(くちどめ)して、自分からおッ饒舌(ちゃべ)るって、何(なん)てえこった」
 三「皆(みん)ないいな、有体(ありてい)に云いナ」
 せな「有体ッたって別に無(ね)えだ、墓参りに行って年頃二十二三になる好(い)い男が来て居て、お前(めえ)さん何処(どこ)の者だと云ったら江戸の者だと云って、近処(きんじょ)に居る者だがお墓参りして無尽鬮引(くじびき)の呪(まじね)えにするって、エー、雨降って来たから傘借りてお累さんと二人手え引きながら帰(けえ)って来て、お累さんが云うにゃア、おせな彼様(あん)な好(い)い男は無(ね)いやア、彼様な柔(やさ)しげな人はねえ、己(おれ)がに亭主(ていし)を持たせるなれば彼(あ)ア云う人を亭主に持度(もちた)いと云って、内所で云う事が有ったけえ、其の中(うち)に火傷してからもう駄目だ彼(あ)の人に逢いたくもこんな顔になっては駄目だって、それから飯も喰えねえだ」
 三「然(そ)うか何(ど)うも訝(おか)しいと思った、様子がナ、汝(てめえ)に云われて漸(ようや)く分った」
 せな「あれ、横着者め、お累様云わねえのか」
 三「なにお累が云うものか」
 せな「彼(あれ)だアもの、累も云ったから汝(てめえ)も云えってえ、己に云わして己云ったで事が分ったてえ、そんな事があるもんだ」
 三「騒々しい、早く彼方(あっち)へ往けよ」
 とこれから村方に作右衞門と云う口利(くちきゝ)が有ります、これを頼んで土手の甚藏の処へ掛合いに遣(や)りました。

        三十一

 作「御免なせえ」
 甚「イヤお出でなせえ」
 作「ハイ少し相談ぶちに参(めえ)りましたがなア」
 甚「能(よ)くお出(いで)なせえました」
 作「私(わし)イ頼まれて少し相談ぶちに参(めえ)ったが、お前等(めえら)の家(うち)に此の頃年齢(としごろ)二十二三の若(わけ)え色の白(しれ)え江戸者が来て居ると云う話、それに就(つ)いて少し訳あって参(めえ)った」
 甚「左様で、出ちゃアいけねえ引込(ひっこ)んで居ねえ」
 新吉は薄気味が悪いから蒲団の積んで有る蔭へ潜り込んで仕舞いました。
 甚「ヘエ、な、何(なん)です」
 作「エヽ、今日少しな、訳が有って三藏どんが己(おら)が処(とけ)え頭を下げて来て、偖(さて)作右衞門どん、何(ど)うも他(た)の者に話をしては迚(とて)も埓(らち)が明かねえ、人一人は大事な者なれども、何うも是非がねえから無理にも始末を着けなければなんねえから、お前等(めえら)をば頼むと云うまアーづ訳になって見れば、己(おれ)も頼まれゝば後(あと)へも退(ひ)けねえ訳だから、己(おれ)が五十石の田地(でんじ)をぶち放っても此の話を着けねばなんねえ訳に成ったが其の男の事に付いて参(めえ)っただ」
 甚「ヘエーそうで、其の男と云うなア身寄でも親類でもねえ奴ですが、困るてえから私(わっち)の処に食客(いそうろう)だけれども、何を不調法しましたか、旦那堪忍しておくんなえ、田舎珍らしいから、柿なんぞをピョコ/\取って喰いかねゝえ奴だが、何(なん)でしょうか生埋(いきうめ)にするなどというと、私(わっち)も人情として誠に困りますがねえ、何を悪い事をしたか、何(どう)云う訳ですえ」
 作「誰(だり)が柿イ取ったて」
 甚「食客が柿を盗んだんでしょう」
 作「柿など盗んだ何(なん)のと云う訳でねえ、そうでねえ、それ、お前(めえ)知って居るが、三藏どんの妹娘(いもとむすめ)は屋敷奉公して帰(けえ)って来て居た処、お前等(めえら)ア家(うち)のノウ、其の若(わけ)え男を見て、何処(どこ)かで一緒になったで口でもきゝ合った訳だんべえ、それでまア娘が気に、彼(あ)ア云う人を何卒(どうか)亭主(ていし)に為(し)たいとか内儀(かみさん)になりてえとか云う訳で、心に思っても兄(あに)さまが堅(かて)えから八釜(やかま)しい事云うので、処から段々胸へ詰って、飯(まゝ)も食べずに泣いてばかり居るから、医者どんも見放し、大切(だいじ)の一人娘だから金えぶっ積んでも好いた男なら貰って遣(や)りてえが、他(ほか)の者では頼まれねえが、作右衞門どん行ってくれと云う訳で、己(おれ)が媒妁人役(なこうどやく)しなければなんねえてえ訳で来ただ」
 甚「そんなら早くそう云ってくれゝば宜(い)いに、胆(きも)を潰(つぶ)した、私(わっち)は柿でも盗んだかと思って、そうか、それは有難(ありがて)え、じゃア何(なん)だね、妹娘が思い染めて恋煩(こいわずら)いで、医者も見放すくれえで、何(ど)うでも聟(むこ)に貰おうと云うのかね、是は有難え、新吉出や、ア此処(こゝ)へ出ろ、ごうぎな事をしやアがった、此処へ来や、旦那是は私の弟分(おとゝぶん)で新吉てえます、是は作右衞門さんと云うお方でな、名主様から三番目に坐る方だ、此の方に頭を押えられちゃア村に居憎(いにく)いやア、旦那に親眤(ちかづき)になって置きねえ」
 新「ヘエ初めまして、私(わたくし)は新吉と申す不調法者で、お見知り置かれまして御贔屓(ごひいき)に願います」
 作「是はまず/\お手をお上げなすって、まず/\、それでは何(ど)うも、エヽ石田作右衞門と申して至って不調法者で、お見知り置かれやして、此の後(のち)も御別懇(ごべっこん)に願(ねげ)えます」
 甚「旦那、其様(そん)な叮嚀(ていねい)な事を云っちゃアいけねえ、マア早い話が宜(い)い、新吉、三藏さんと云ってな、小質(こしち)を取って居る家(うち)の一人娘、江戸で屋敷奉公して十一二年も勤めたから、江戸子(えどっこ)も同(おんな)し事で、器量は滅法好(い)い娘だ、宜(い)いか、其のお嬢さんが手前(てめえ)を見てからくよ/\と恋煩いだ、冗談じゃアねえ、此畜生(こんちきしょう)め、えゝ、こう、其の娘が塩梅が悪(わり)いんで、手前に逢わねえじゃア病に障るから貰(もれ)えてえと云う訳だ、有難(ありがて)え、好い女房(かゝあ)を持つのだ、手前運が向いて来たのだ」
 新「成程、三藏さんの妹娘で、成程、存じて居ります、一度お目に掛りました、然(そ)う云って来るだろうと思って居た」
 甚「此畜生、生意気な事を云やアがる、増長して居やアがる、旦那腹ア立っちゃアいけねえ、若(わけ)えからうっかり云うので、大層を云って居やアがらア、手前(てめえ)己惚(うぬぼれ)るな、男が好(い)いたって田舎だから目に立つのだ、江戸へ行けば手前の様な面はいけえ事有らア、此様(こん)な田舎だから少し色が白いと目に立つのだ、田舎には此様な色の黒い人ばかりだから、イヤサお前(めえ)さんは年をとって居るから色は黒いがね、此様な有難(ありがて)え事はねえ、冗談じゃアねえ」
 新「誠に有難い事でございます」
 作「私(わし)もヤアぶち出し悪(にく)かったが、お前様(めえさま)が承知なら頼まれげえが有って有難(ありがて)えだ、然(そ)うなれば私(わし)イ及ばずながら媒妁(なこうど)する了簡だ、それじゃア大丈夫だろうネ、仔細(しせえ)無(ね)えね」
 甚「ヘエ仔細(しせえ)有りません、有りませんが困る事には此の野郎の身体に少し借金が有るね」
 作「なに借財が」
 甚「ヘエ誠に何(ど)うもね、これが向(むこう)が堅気(かたぎ)でなければ宜(い)いが、彼(あ)ア云う三藏さん、此の野郎が行(ゆ)きそう/\方々から借金取が来て、新吉に/\と居催促(いざいそく)でもされちゃア、此の野郎も行った当坐(とうざ)極りが悪く、居たたまらねえで駈出す風な奴だから、行かねえ前に綺麗薩張(さっぱり)借金を片付ければ私(わっち)も宜(よ)し、宜うがすか、私が請人(うけにん)になって居るからね、其の借金だけは向(むこう)で払ってくれましょうか」
 作「でかく有れば困るが何(ど)のくれえ」
 甚「何(ど)のくれえたって、なア新吉、彼方(あっち)へ縁付(かたづ)いてから借金取が方々から来られちゃア極りが悪(わり)いやア、其の極りを付けて貰うのだから借金の高を云いねえよ、さ、借金をよう」
 新「ヘエ借金は有りません」
 甚「何を云うのだ」
 新「ヘエ」
 甚「隠すな、え借金をよう」
 新「借金はありません」
 甚「分らねえ事を云うな、此の間もゴタ/\来るじゃアねえか」

        三十二

 甚「手前(てめえ)此処(こゝ)に居るのたア違わア、三藏さんの親類になるのだ、それに可愛いお嬢さんが塩梅が悪くって可哀想だから貰うと云うのだ、手前を貰わなければ命に障る大事(でえじ)な娘の貰うのだから、借金が有るなれば有ると云って、借金を片付けて貰えるからよ、然(そ)うして仕度(したく)して行かなければならねえ、借金が有ると云え、エヽおい」
 新「ヘエ、成程、ヘエ/\成程、それは気が付きませんでした、成程是は、随分借金は有るので、是で中々有るので」
 甚「有るなれば有ると云え、よう幾らある」
 新「左様五両ばかり」
 甚「カラ何(ど)うも云う事は子供でげすねえ、幾らア五拾両、けれども、エヽと、二拾両ばかり私(わっち)が目の出た時返(けえ)して、三拾両あります」
 作「ほう、三拾両、巨(でけ)えなア、まア相談ぶって見ましょう」
 とこれから帰って話をすると、
 三「相手が甚藏だから其の位の事は云うに違いない、宜(よろ)しい、其の代り、土手の甚藏が親類のような気になって出這入(ではいり)されては困るから、甚藏とは縁切(えんきり)で貰おう」
 と云い、甚藏は縁切でも何(なん)でも金さえ取ればいゝ、と話が付き、先(ま)ず作右衞門が媒妁人(なこうど)で、十一月三日に婚礼致しました。田舎では妙なもので、婚礼の時は餅を搗(つ)く、村方の者は皆来て手伝をいたします。媒妁人が三々九度の盃をさして、それから、村で年重(としかさ)な婆(ば)アさんが二人来て麦搗唄(むぎつきうた)を唄います。「目出度(めでた)いものは芋(いも)の種」と申す文句でございます。「目出度いものは芋の種葉広く茎長く子供夥多(あまた)にエヽ」と詰らん唄で、それを婆アさんが二人並んで大きな声で唄い、目出度(めでたく)祝(しゅく)して帰る。これから新吉が花婿の床入(とこいり)になる。ところが何時(いつ)までたっても嫁お累が出て来ませんので、極りが悪いから嫌われたかと思いまして、
 新「もう来そうなもの」
 と見ると屏風(びょうぶ)の外に行燈(あんどう)が有ります。その行燈の側に、欝(ふさ)いで向(むこう)を向いて居るから、
 新「何(なん)だね、其処(そこ)に居るのかえ、冗談じゃアない、極りが悪いねえ、何(ど)うしたのだえ、間が悪いね、其処に引込(ひっこ)んで居ては極りが悪い、此方(こっち)へ来て、よう、私は来たばかりで極りが悪い、お前ばかり便(たよ)りに思うのに、初めてじゃアなし、法蔵寺で逢って知って居るから、先刻(さっき)お前さんが白い綿帽子を冠(かぶ)って居たが、田舎は堅いと思って、顔を見度(みた)いと思っても、綿を冠って居るから顔も見られず、間違じゃアねえかと思い、心配して居た、早く来て顔を見せて、よう、此方へ来ておくれな」
 累「こんな処(とこ)へ来て下すって、誠に私はお気の毒様で先刻(さっき)から種々(いろ/\)考えて居りました」
 新「気の毒も何もない、土手の甚藏の云うのだから、訳も分らねえ借金まで払って、お兄(あに)いさんが私の様な者を貰って下すって有難いと思って、私はこれから辛抱して身を堅める了簡で居るからね、よう、傍(そば)へ来てお寝な」
 累「作右衞門さんを頼んで、お嫌(いや)ながらいらしって下すっても、私の様な者だから、もう三日もいらっしゃると、愛想(あいそ)が尽きて直(じ)きお見捨なさろうと思って、そればっかり私は心に掛って、悲しくって先刻(さっき)から泣いてばかり居りました」
 新「見捨てるにも見捨てないにも、今来たばかりで、其様(そん)な詰らんことを云って、私は身寄便(たより)もないから、お前の方で可愛がってくれゝば何処(どこ)へも行(ゆ)きません、見捨てるなどと此方(こっち)が云う事で」
 累「だって私はね、貴方、斯(こ)んな顔になりましたもの」
 新「エ、あの私はね、此様(こん)な顔と云う口上は大嫌いなので、ド、何(ど)んな顔に」
 累「はい此の間火傷を致しましてね」
 と恥かしそうに行燈(あんどう)の処へ顔を出すのを、新吉が熟々(つく/″\)見ると、此の間法蔵寺で見たとは大違い、半面火傷の傷、額(ひたえ)から頬へ片鬢(かたびん)抜上(ぬけあが)りまして相が変ったのだから、あっと新吉は身の毛立ちました。
 新「何(ど)うして、お前まア恐ろしい怪我をして、エヽ、なに何(なん)だか判然(はっきり)と云わなければ、もっと傍へ来て、え、囲炉裡(いろり)へ落ちて、何うも火傷するたって、何うも恐ろしい怪我じゃアないか、まアえゝ」
 と云いながら新吉は熟々と考えて見れば、累が淵で殺したお久の為には、伯母に当るお累の処へ私が、養子に来る事になり、此の間まで美くしい娘が、急に私と縁組をする時になり、此様(こん)な顔形(かおかたち)になると云うのも、やっぱり豐志賀が祟(たゝ)り性(しょう)を引いて、飽くまでも己(おれ)を怨(うら)む事か、アヽ飛んだ処へ縁付いて来た、と新吉が思いますると、途端に、ざら/\と云う、屋根裏で厭(いや)な音が致しますから、ヒョイと見ると、縁側の障子が明いて居ります、と其の外は縁側で、茅葺(かやぶき)屋根の裏に弁慶と云うものが釣ってある。それへずぶりと斜(はす)に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さ)して有るは草苅鎌、甚藏が二十両に売付けた鎌を與助と云う下男が磨澄(とぎすま)して、弁慶へ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)して置いたので、其の鎌の処へ、屋根裏を伝わって来た蛇が纏(まと)い付き、二三度搦(から)まりました、すると不思議なのは蛇がポツリと二つに切れて、縁側へ落ると、蛇の頭は胴から切れたなりに、床(とこ)の処へ這入って来た時は、お累は驚きまして、
 累「アレ蛇が」
 と云う。新吉もぞっとする程身の毛立ったから、煙管(きせる)を持って蛇の頭(かしら)を無暗(むやみ)に撲(う)つと、蛇の形は見えずなりました。怖い紛(まぎ)れにお累は新吉に縋(すが)り付く、その手を取って新枕(にいまくら)、悪縁とは云いながら、たった一晩でお累が身重になります。これが怪談の始(はじめ)でございます。

        三十三

 新吉とお累は悪縁でございますが、夫婦になりましてからは、新吉が改心致しました、と申すのは、熟々(つく/″\)考えれば唯(たゞ)不思議な事で、十月からは蛇が穴に入(い)ると云うに、十一月に成って大きな蛇が出たり、又先頃墓場で見た時、身の毛立つ程驚いたのも、是は皆心の迷(まよい)で有ったか、あゝ見えたのは怖い/\と思う私が気から引出したのか、お累も見たと云い殊(こと)に此の家(うち)は累が淵で手に掛けたお久の縁合(えんあい)、其の家へ養子に来ると云うは、如何(いか)なる深き因縁の、今まで数々罪を作った此の新吉、是からは改心して、此家(こゝ)を出れば外(ほか)に身寄便(たより)も無い身の上、お累が彼様(あん)な怪我をすると云うのも皆(みんな)私故、これは女房お累を可愛がり、三藏親子に孝行を尽したならば、是までの罪も消えるであろうと云うので、新吉は薩張(さっぱり)と改心致しました。それからは誠に親切に致すから、三藏も、
 三「新吉は感心な男だ、年のいかんに似合わぬ、何(なん)にしろ夫婦中さえ宜(よ)ければ何より安心、殊に片輪のお累を能(よ)く目を掛けて愛してくれる」
 と、家内は睦(むつま)しく、翌年になりますと、八月が産月(うみづき)と云うのでございますから、先(まず)高い処へ手を上げてはいかぬ、井戸端へ出てはならぬとか、食物(しょくもつ)を大事に為(し)なければならんと、初子(ういご)だから母も心配致しまする。と江戸から早飛脚(はやびきゃく)で、下谷大門町の伯父勘藏が九死一生で是非新吉に逢いたいと云うのでございますが、只今の郵便の様には早く参りませんから、新吉も心配して、兄三藏と相談致しますと、たった一人の伯父さん、年が年だから死水(しにみず)を取るが宜(い)いと、三藏は気の付く人だから、多分の手当をくれましたから、暇(いとま)を告げ出立(しゅったつ)を致しまして、江戸へ着いたのは丁度八月の十六日の事でございます。長屋の人が皆寄り集って看病致します。身寄便もない、女房はなし、歳は六十六になります爺(おやじ)で、一人で寝て居りますが、長屋に久しく居る者で有りますから、近所の者の丹精で、漸々(よう/\)に生延びて居ります処、
 男「オヤ新吉さんか、さア/\何卒(どうぞ)お上(あが)りなすって、おかね、盥(たらい)へ水を汲んで、足をお洗わし申して、荷や何かは此方(こっち)へ置いて、能(よ)くお出(いで)なすった、お待申しておりました、さア此方(こちら)へ」
 新「ヘエ何(ど)うも誠に久しく御無沙汰致しました、御機嫌宜しゅう、田舎へ引込(ひきこ)みましてからは手紙ばかりが頼りで、頓(とん)と出る事も出来ません、養子の身の上でございますからな、此の度(たび)は伯父が大病でございまして、さぞお長屋の衆の御厄介だろうと思い実は彼方(あちら)の兄とも申し暮しておりました、急いで参る積(つもり)でございますが何分にも道路(みち)が悪うございまして、捗取(はかど)りませんで遅う成りました」
 男「何(ど)う致しまして、大層お見違え申す様に立派にお成りなすって、お噂ばかりでね、伯父さんも悦んでね、彼(あれ)も身が定まり、田舎だけれども良い処へ縁付(かたづ)き、子供も出来たってお噂ばかりして、実に何うも一番古くお長屋にお住いなさるから、看病だって届かぬながら、お長屋の者が替り/\来て見ても、あゝ云う気性だから、お前さんばかり案じて、能(よ)くマア早くお出(いで)なすった、さア此方(こっち)へ」
 新「ヘエ、是はお婆さん、其の後(ご)は御無沙汰致しました」
 婆「おやまア誠に暫(しばら)く、まア、めっきり尤(もっとも)らしくおなりなすったね、勘藏さんも然(そ)う云って居なすった、彼(あれ)も女房を持ちまして、児(こ)が出来て、何月が産月だって、指を折って楽(たのし)みにして、病気中もお前さんの事ばかり云って、外(ほか)に身寄親類はなし、手許(てもと)へ置いて育てたから、新吉はたった一人の甥(おい)だし、子も同じだと云って、今もお前さんの噂をして、楽みにしておいでなさるからね、此度(こんど)ばかりはもう年が年だから、大した事はない様だが、長屋の者も相談してね、だけども養子では有るし、お呼び申して出て来て、何(なん)だ是っぱかりの病気に、遠い処から呼んでくれなくも宜(よ)さそうなもんだなどと云って、長屋の者も余(あんま)りだと、新吉さんに思われても、何(なん)だと云って、長屋の者、行事の衆と種々(いろ/\)相談してね、私の夫(うち)の云うには、然(そ)うでない、年が年だからもしもの事が有った日にゃア、長屋の者も付いて居ながら知らして呉れそうなものと、又新吉さんに思われても成らんとか何(なん)とか云って、長屋の者も心配して居て、能(よ)くねえ、何(ど)うも、然うだって、大層だってね、勘藏さんがねえ、彼(あれ)もマア田舎へ行って結構な暮しをして、然うだって、前の川へ往(い)けば顔も洗え鍋釜も洗えるってねえ、噂を聞いて何うか見度(みた)いと思って、あの畑へ何か蒔(ま)いて置けば出来るってねえ、然うだって、まアお前さんの気性で鍬(くわ)を把(と)って、と云ったら、なアに鍬は把らない、向(むこう)は質屋で其処(そこ)の旦那様に成ったってね、と云うからおやそう田舎にもそう云う処が有るのかねえなんてね、お噂をして居ましたよそれにね」
 男「コレサお前一人で喋(しゃべ)って居ちゃアいけねえ、病人に逢わせねえな」
 婆「さア此方(こちら)へ」
 新「ヘエ有難う」
 と寝て居る病間へ通って見ると、木綿の薄ッぺらな五布布団(いつのぶとん)が二つに折って敷いて有ります上に、勘藏は横になり、枕に坐布団をぐる/\巻いて、胴中(どうなか)から独楽(こま)の紐で縛って、括(くゝ)り枕の代りにして、寝衣(ねまき)の単物(ひとえもの)にぼろ袷(あわせ)を重ね、三尺帯を締めまして、少し頭痛がする事もあると見えて鉢巻もしては居るが、禿頭で時々辷(すべ)っては輪の形(なり)で抜けますから手で嵌(は)めて置(おき)ますが、箝(たが)の様でございます。
 新「伯父さん/\」
 勘「あい」
 新「私だよ」
 男「勘藏さん、新吉さんが来たよ」
 勘「有難(ありがて)え/\、あゝ待って居た、能(よ)く来た」
 新「伯父さんもう大丈夫だよ、大きに遅くなったがお長屋の方が親切に手紙を遣(よこ)して下すったから取敢(とりあえ)ず来たがねえ、もう私が来たから案じずに、お前気丈夫にしなければならねえ、もう一遍丈夫に成ってお前に楽をさせなければ済まないよ」
 勘「能く来た、病気はそう呼びに遣(や)る程悪いんじゃアねえが、年が年だから何卒(どうぞ)呼んでおくんなせえと云うと、呼んじゃア悪かろうの何(なん)だの彼(か)だのと云って、評議の方が長(なげ)えのよ、長屋の奴等ア気が利かねえ」
 新「これサ、其様(そん)な事を云うもんじゃアねえ、お長屋の衆も親切にして下すって、遠くの親類より近くの他人だ、お長屋の衆で助かったに、其様な事を云うもんじゃアねえ」

        三十四

 勘「お前はそう云うが、ただ枕元で喋るばかりで些(ちっ)とも手が届かねえ、奥の肥(ふと)ったお金(きん)さんと云うかみさんは、己(おれ)を引立(ひった)って、虎子(おまる)へしなせえってコウ引立(ひきた)って居てズンと下(おろ)すから、虎子で臀(しり)を打(ぶ)つので痛(いて)えやな、あゝ人情がねえからな」
 新「其様な事を云うもんじゃアねえ、何(なん)でもお前の好きな物を食べるが宜(い)い」
 勘「有難(ありがて)え、もうねえ、新吉が来たから長屋の衆は帰(けえ)ってくれ」
 新「其様な事を云うもんじゃアねえ」
 長屋の者「じゃア、マア新吉さんが来たからお暇致します、左様なら」
 新「左様ですか、何(ど)うも有難うございます、お金さん有難うお婆さん有難う、ヘエ大丈夫で、又何うか願います、ヘエ、なにお締めなさらんでも宜(よろ)しゅう、伯父さん長屋の人がねエ、親切にしてくれるのに、彼様(あん)な事を云うと心持を悪くするといかねえよ」
 勘「ナアニ心持を悪くしたって構うものか、己(おら)の頑固(いっこく)は知って居るしなあ、能(よ)く来た、一昨日(おとゝい)から逢いたくって/\堪(たま)らねえ、何卒(どうぞ)して逢いてえと思って、もう逢えば死んでも宜(い)いやア、もう死んでも宜い」
 新「其様な事を云わずに確(しっ)かりして、よう、もう一遍丈夫になって駕籠にでも乗せて田舎へ連れて行って、暢気(のんき)な処へ隠居さしてえと思うのだ、随分寿命も延々(のび/″\)するから彼方(あっち)へお引込(ひっこ)みよう」
 勘「独身(ひとりみ)で煙草を刻(きざ)んで居るも、骨が折れてもう出来ねえ、アヽ、お前(めえ)嫁に子供(あかんぼう)が出来たてえが、男か女か」
 新「何(なん)だか知れねえ是から生れるのだ」
 勘「初めては女の児(こ)が宜い、お前(めえ)の顔を見たら形見(かたみ)を遣(や)ろうと思ってねえ、己(おれ)は枕元へ出したり引込(ひっこ)ましたりして、他人(ひと)に見られねえ様に布団の間へ※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)込(さしこ)んだり、種々(いろ/\)な事をして見付からねえように、懐で手拭で包(くる)んだりして居た」
 新「まだ/\大丈夫だよ伯父さん、だけれども形見は生きているうち貰って置く方が宜い、形見だって何をお前がくれるのだか知れねえが、何(なん)だい、大事にして持つよ」
 勘「是を見てくんねえ」
 と布団の間から漸(ようや)く引摺出(ひきずりだ)したは汚れた風呂敷包。
 勘「これだ」
 新「何(なん)だい」
 と新吉は僅少(わずか)の金でも溜めて置いて呉れるのかと思いまして、手に取上げて見ると迷子札(まいごふだ)。
 新「何(なん)だ是は迷子札だ」
 勘「迷子札を今迄肌身離さず持って居たよ、是が形見だ」
 新「是はいゝやア、今度生れる子が男だと丁度いゝ、若(も)し女の子か知らないが、今度生れる坊のに仕よう」
 勘「坊なぞと云わねえでお前(めえ)着けねえ」
 新「少し※(たが)[#「箍」の「てへん」に代えて「木」、143-4]がゆるんだね、大きな形(なり)をしてお守を下げて歩けやアしねえ」
 勘「まア読んで見ねえ」
 新「エヽ読んで」
 と手に取上げて熟々(よく/\)見ると、唐真鍮(とうしんちゅう)の金色(かねいろ)は錆(さ)びて見えまする。が、深彫(ふかぼり)で、小日向服部坂深見新左衞門二男新吉、と彫付けてある故、
 新「伯父さん是は何(なん)だねえ私の名だね」
 勘「アイ、そのねえ、汚れたね其の布団の上へ坐っておくれ」
 新「いゝよう」
 勘「イヽエ坐ってお呉れ、お願いだから」
 新「はい/\さア私が坐りました」
 勘「それから私は布団から下(おり)るよ」
 新「アヽ、下りないでも宜いよ、冷(ひえ)るといけねえよ」
 勘「何卒(どうか)お前に逢ってねえ、一言(ひとこと)此の事を云って死にてえと思って心に掛けて居たがねえ、お前様(まえさん)は、小日向服部坂上で三百五十石取った、深見新左衞門様と云う、天下のお旗下のお前は若様だよ」
 新「ヘエ、私がかえ」
 勘「ウムお前の兄様(あにさま)は新五郎様と云ってね、親父様(おとっさま)はもうお酒好でねえ、お前が生れると間もなく、奥様は深い訳が有ってお逝去(かくれ)になり、其の以前から、お熊と云う中働(なかばたらき)の下婢(おんな)にお手が付いて、此の女が悪い奴で、それで揉めて十八九の時兄様は行方知れず、するとねえ、本所北割下水に、座光寺源三郎と云う、矢張(やっぱり)旗下が有って、其の旗下が女太夫(おんなだゆう)を奥方にした事が露(あら)われて、お宅番が付き、そのお宅番が諏訪部三十郎様にお前の親父様(おとっさん)の深見新左衞門[#「新左衞門」は底本では「深左衞門」]様だ、すると梶井主膳と云う竜泉寺前の売卜者(うらないしゃ)がねえ、諏訪部様が病気で退(ひ)いて居て、親父様が一人で宅番して居るを附込んで、駕籠を釣らして来て源三郎とおこよと云う女太夫を引攫(ひっさら)って逃げようとする、遣(や)るめえとする、争って鎗で突かれて親父様はお逝去(かくれ)だから、お家は改易になり、座光寺の家も潰(つぶ)れたがね、其の時にお熊は何(なん)でもお胤(たね)を孕(はら)んで居たがね、屋敷は潰れたから、仕方がねえので深川へ引取(ひきとり)、跡は御家督(ごかとく)もねえお前さんばかり、ちょうどお前が三歳(みっつ)の時だが、私が下谷大門町へ連れて来て貰い乳して丹精して育てたのさ、手前(てめえ)の親父(おやじ)や母親(おふくろ)は小さいうち死んで、己(おれ)が育てたと云って、刻煙草(きざみたばこ)をする中で丹精して、本石町四丁目の松田と云う貸本屋へ奉公に遣りましたが実は、己はお前の処に居た門番の勘藏と申す、旧来御恩を頂いた者で、家来で居ながら、お前さんはお旗下の若様だと※(なまじ)[#「救/心」、144-12]い若い人に知らせると、己は世が世なら殿様だが、と自暴(やけ)になって道楽をされると困るから、新吉々々と使い廻して、馬鹿野郎、間抜野郎と、御主人様の若様に悪たい吐(つ)いて、実の伯父甥の様にしてお前さんを育てたから、心安立(こゝろやすだて)が過ぎてお前さんを打(ぶ)った事も有りましたが、誠に済まない事を致しました、私はもう死にますから此の事だけお知らせ申して死度(しにた)いと思い、殊(こと)にお前さんは親類(みより)縁者(たより)は無いけれども、たゞ新五郎様と云う御惣領(ごそうりょう)の若様が有ったが、今居れば三十八九になったろうけれども行方知れず覚えて居て下さい、鼻の高い色の白い好(い)い男子(おとこ)だ、目の下に大きな黒痣(ほくろ)が有ったよ、其の方に逢うにも、お前さんがこの迷子札を証拠に云えば知れます、アヽもう何も云う事は有りませんが、唯(たゞ)馬鹿野郎などと悪態を吐(つ)きました事は何卒(どうぞ)真平(まっぴら)御免なすって、仏壇(ほとけさま)にお前様(まえさん)の親父様(おとッつぁま)の位牌(いはい)を小さくして飾って有ります、新光院(しんこういん)様と云って其の戒名だけ覚えて居ります、其の位牌を持って往って下さい」

        三十五

 新「然(そ)うかい、私は初めて伯父さん聞いたがねえ、だがねえ、私が旗下の二男でも、家が潰れて三歳(みっつ)の時から育てゝくれゝば親よりは大事な伯父さんだから、もう一度(ひとたび)快(よ)くなって恩報(おんがえ)しに、お前を親の様に、尚更(なおさら)私が楽(たのし)みをさしてから見送り度(た)いから、もう一二年達者になってねえ、決して家来とは思わない、我儘(わがまゝ)をすれば殴打擲(ぶちたゝき)は当然(あたりまえ)で、貰い乳をして能(よ)く育てゝくれた、有難い、其の恩は忘れませんよ、決して家来とは思いません、真実の伯父さんよりは大事でございます」
 勘「はい/\有難(ありがて)え/\、それを聞けば直(すぐ)に死んでも宜(い)い、ヤア、有難えねえ、サア死にましょうか、唯死度(しにた)くもねえが、松魚(かつお)の刺身で暖(あった)けえ炊立(たきたて)の飯(まんま)を喫(た)べてえ」
 新「さア/\何(なん)でも」
 と云う。当人も安心したか間もなく眠る様にして臨終致しました。それからはまず小石川の菩提所へ野辺送りをして、長く居たいが養子の身の上殊(こと)には女房は懐妊、早く帰ろうと、長屋の者に引留められましたが、初七日までも居りませんで、精進物で馳走をして初七日を取越して供養をいたし、伯父が住(すま)いました其の家は他人に譲りましたから、早々(そう/\)立ちまして、せめて今夜は遅くも亀有まで行きたいと出かけまする。折悪しく降出して来ました雨は、どう降(ぶり)で、車軸を流す様で、菊屋橋の際(きわ)まで来て蕎麦屋で雨止(あまやみ)をしておりましたが、更に止(や)む気色(けしき)がございませんから、仕方がなしに其の頃だから駕籠を一挺(いっちょう)雇い、四ツ手駕籠に桐油(とうゆ)をかけて、
 新「何卒(どうか)亀有まで遣(や)って、亀有の渡(わたし)を越して新宿(にいじゅく)泊りとしますから、四ツ木通りへ出る方が近いから、吾妻橋を渡って小梅へ遣ってくんねえ」
 駕籠屋「畏(かしこ)まりました」
 と駕籠屋はビショ/\出かける。雨は横降りでどう/\と云う。往来が止りまするくらい。其の降る中をビショ/\担(かつ)がれて行(ゆ)くうち、新吉は看病疲れか、トロ/\眠気ざし、遂には大鼾(おおいびき)になり、駕籠の中でグウ/\と眠(ね)て居る。
 駕籠屋「押ちゃアいけねえ、歩けやアしねえ」
 新「アヽ、若衆(わかいしゅ)もう来たのか」
 駕「ヘエ」
 新吉「もう来たのか」
 駕「ヘエ、まだ参りません」
 新「あゝ、トロ/\と中で寝た様だ、何処(どこ)だか薩張(さっぱり)分らねえが何処だい」
 駕「何処だか些(ちっ)とも分りませんが、鼻を撮(つま)まれるも知れません、たゞ妙な事には、なア棒組、妙だなア、此方(こっち)の左(ひだ)り手に見える燈火(あかり)は何(ど)うしてもあれは吉原土手の何(なん)だ、茶屋の燈火に違(ちげ)えねえ、そうして見れば此方にこの森が見えるのは橋場の総泉寺馬場(そうせんじばゞ)の森だろう、して見ると此処(こゝ)は小塚ッ原かしらん」
 新「若衆/\妙な方へ担いで来たナ、吾妻橋を渡ってと話したじゃアねえか」
 駕「それは然(そ)う云うつもりで参(めえ)りましたが、ひとりでに此処へ来たので」
 新「吾妻橋を渡ったか何(なん)だか分りそうなものだ」
 駕「渡ったつもりでございますがね、今夜は何だか変な晩で、何(ど)うも、変で、なア棒組、変だなア」
 駕「些(ち)ッとも足が運べねえ様だな」
 駕「妙ですねえ旦那」
 新「妙だってお前達(めえたち)は訝(おか)しいぜ、何(ど)うかして居るぜ急いで遣(や)ってくんねえ、小塚ッ原などへ来て仕様がねえ、千住へでも泊るから本宿(ほんじゅく)まで遣っておくれ」
 駕「ヘエ/\」
 と又ビショ/\担ぎ出した。新吉はまた中でトロ/\と眠気ざします。
 駕「アヽ恟(びっく)りすらア、棒組そう急いだって先が一寸(ちょっと)も見えねえ」
 新「あゝ大きな声だナア、もう来たのか若衆」
 駕「それが、些(ちっ)とも何処(どこ)だか分りませんので」
 新「何処だ」
 駕「何処だか少しも見当(みあて)が付きませんが、おい/\、先刻(さっき)左に見えた土手の燈火(あかり)が、此度(こんど)ア右手(こっち)に見える様になった、おや/\右の方の森が左になったが、そうすると突当りが山谷の燈火か」
 新「若衆、何(ど)うも変だぜ、跡へ帰って来たな」
 駕「帰(けえ)る気も何もねえが、何うも変でございます」
 新「戯(ふざ)けちゃア困るぜ冗談じゃアねえ、お前達(めえたち)は訝(おか)しいぜ」
 駕「旦那、お前さん何か腥(なまぐさ)い物を持っておいでなさりゃアしませんか、此処(こか)ア狐が出ますからねえ」
 新「腥い物処(どころ)か仏の精進日だよ、しっかりしねえな、もう雨は上ったな」
 駕「ヘエ、上りました」
 新「下(おろ)しておくれよ」
 駕「何うもお気の毒で」
 新「冗談じゃアねえ、お前達(めえたち)は変だぜ」
 駕「ヘエ何うも、此様(こん)な事は、今迄長く渡世(しょうべえ)しますが、今夜のような変な駕籠を担いだ事がねえ、行くと思って歩いても後(あと)へ帰(けえ)る様な心持がするがねえ」
 新「戯けなさんな、包を出して」
 と駕籠から出て包を脊負(しょ)い、
 新「好(い)い塩梅に星が出たな」
 駕「ヘエ奴蛇の目の傘はこゝにございます」
 新「いゝやア、まア路(みち)を拾いながら跣足(はだし)でも何(なん)でも構わねえ行こう」
 駕「低い下駄なれば飛々(とび/\)行(ゆ)かれましょう」
 新「まアいゝや、さっ/\と行(い)きねえ」
 駕「ヘエ左様なら」
 新「仕様がねえな、何処だか些とも分りゃアしねえ」
 と云いながら出かけて見ると、更(ふ)けましたから人の往来はございません。路を拾い/\参りますと、此方(こっち)の藪垣(やぶがき)の側に一人人が立って居りまして、新吉が行(ゆ)き過(すぎ)ると、
 男「おい若(わけ)えの、其処(そこ)へ行(い)く若(わけ)えの」
 新「ソリャ、此処(こゝ)は何(なん)でも何か出るに違(ちげ)えねえと思った、畜生(ちきしょう)/\彼方(あっち)へ行(い)け畜生/\」
 男「おい若(わけ)えの/\コレ若えの」
 新「ヘエ、ヘエ」
 と怖々(こわ/″\)其の人を透(すか)して見ると、藪の処に立って居るは年の頃三十八九の、色の白い鼻筋の通って眉毛の濃い、月代(さかやき)が斯(こ)う森のように生えて、左右へつや/\しく割り、今御牢内から出たろうと云うお仕着せの姿(なり)で、跛(びっこ)を引きながらヒョコ/\遣って来たから、新吉は驚きまして、
 新「ヘエ/\御免なさい」
 男「何を仰しゃる、これは貴公が駕籠から出る時落したのだ、是は貴公様のか」
 新「ヘエ/\、恟(びっく)り致しました何(なん)だかと思いました、ヘエ」
 と見ると迷子札。
 新「おや是は迷子札、是は有難う存じます、駕籠の中でトロ/\と寝まして落しましたか、御親切に有難う存じます、是は私(わたくし)の大事な物で、伯父の形見で、伯父が丹精してくれたので、何(ど)うも有難うございます」
 男「其の迷子札に深見新吉と有るが、貴公様のお名前は何(なん)と申します」
 新「手前が新吉と申します」
 男「貴公様が新吉か、深見新左衞門の二男新吉はお前だの」
 新「ヘエ私(わたくし)で」
 男「イヤ何(ど)うも図らざる処で懐かしい、何うも是は」
 と新吉の手を取った時は驚きまして、
 新「真平(まっぴら)何うか、私(わたくし)は金も何もございません」
 男「コレ、私をお前は知らぬは尤(もっと)も、お前が生れると間もなく別れた、私はお前の兄の新五郎だ、何卒(どうか)して其方(そち)に逢い度(た)いと思い居りしが、これも逢われる時節兄弟縁の尽きぬので、斯様(かよう)な処で逢うのは実に不思議な事で有った、私は深見の惣領新五郎と申す者でな」

        三十六

 新「ヘエ、成程鼻の高い好(い)い男子(おとこ)だ、眼の下に黒痣(ほくろ)が有りますか、おゝ成程、だが新五郎様と云う証拠が何か有りますか」
 新五郎「証拠と云って別にないが、此の迷子札はお前伯父に貰ったと云うが、それは伯父ではない勘藏と云う門番で、それが私(わし)の弟を抱いて散り散(ぢ)りになったと云う事を仄(ほの)かに聞きました、其の門番の勘藏を伯父と云うが、それを知って居るより外(ほか)に証拠はない、尤も外に証拠物もあったが、永らく牢屋の住居(すまい)にして、実に斯様(かよう)な身の上に成ったから」
 新「それじゃアお兄様(あにいさま)、顔は知りませんが、勘藏が亡(なく)なります前、枕元へ呼んで遺言して、是を形見として貴方の物語り、此処(こゝ)でお目に掛れましたのは勘藏が草葉の影で守って居たのでしょう、それに付いても貴方のお身形(みなり)は何(ど)う云う訳で」
 新五郎「イヤ面目ないが、若気の至り、実は一人の女を殺(あや)めて駈落したれど露顕して追手(おって)がかゝり、片足斯(か)くのごとく怪我をした故逃げ遂(おお)せず、遂々(とう/\)お縄にかゝって、永い間牢に居て、いかなる責(せめ)に逢うと云えど飽くまでも白状せずに居たれど、迚(とて)も免(のが)るゝ道はないが、一度娑婆(しゃば)を見度(みた)いと思って、牢を破って、隠れ遂せて丁度二年越し、実は手前に逢うとは図らざる事で有った、手前は只今何処(いずこ)に居(お)るぞ」
 新「私(わたくし)はねえ、只今は百姓の家(うち)へ養子に往(い)きました、先は下総の羽生村で、三藏と云う者の妹娘(いもとむすめ)を女房にして居ります、三藏と申すのは百姓もしますが質屋もし、中々の身代、殊(こと)に江戸に奉公をした者で気の利いた者ですが、貴方は牢を破ったなどゝとんだ悪事をなさいました、知れたら大事で、早く改心なすって頭を剃(す)って衣に着替え、姿を変えて私と一緒に国へお連れ申しましょう、貴方何様(どん)なにもお世話を致しましょうから、悪い心を止(や)めてください、えゝ」
 新五郎「下総の羽生村で三藏と云うは、何かえ、それは前に谷中七面前の下總屋へ番頭奉公した三藏ではないか」
 新「えゝ能(よ)く貴方は御存知で」
 新五郎「飛んだ処(とこ)へ手前縁付(かたづ)いたな、其の三藏と言うは前々(まえ/\)朋輩(ほうばい)で、私(わし)が下總屋に居(い)るうち、お園という女を若気の至りで殺し、それを訴人したは三藏、それから斯様な身の上に成ったるも三藏故、白洲でも幾度(いくたび)も争った憎い奴で其の憎い念は今だに忘れん、始終憎い奴と眼を付けて居るが、そういう処へ其の方が縁付(かたづ)くとは如何(いか)にも残念、其の方もそういう処へは拙者が遣らぬ、決して行くな、是から一緒に逃去って、永(なげ)え浮世に短(みじ)けえ命、己と一緒に賊を働き、栄耀栄華(えようえいが)の仕放題(しほうだい)を致すがよい、心を広く持って盗賊になれ」
 新「これは驚きました/\、兄上考えて御覧なさい、世が世なれば旗下の家督相続もする貴方が、盗賊をしろなぞと弟に勧めるという事が有りましょうか、マア其様(そん)な事を言ったって、貴方が悪いから訴人されたので、三藏は中々其様な者ではございませぬ」
 新五郎「手前女房の縁に引かされて三藏の贔屓(ひいき)をするが、其の家を相続して己を仇(あだ)に思うか、サア然(そ)うなれば免(ゆる)さぬぞ」
 新「免さぬってえ、お前さんそれは無理で、それだから一遍牢へ這入ると人間が猶々(なお/\)悪くなるというのはこれだな、手前の居る処は田舎ではありますが不自由はさせませんから一緒に来て下さい」
 新五郎「手前は兄の言葉を背き居るな、よし/\有って甲斐なき弟故殺してしまう覚悟しろ」
 新「其様(そん)な理不尽な事を云って」
 新五郎「なに」
 と懐に隠し持ったる短刀(どす)を引抜きましたから、新吉は「アレー」と逃げましたが、雨降(あめふり)揚句(あげく)で、ビショ/\頭まではねの上りますのに、後(うしろ)から新五郎は跛(びっこ)を引きながら、ピョコ/\追駈(おっか)けまするが、足が悪いだけに駈(かけ)るのも遅いから、新吉は逃げようとするが、何分(なにぶん)にも道路(みち)がぬかって歩けません。滑ってズーンと横に転がると、後(あと)から新五郎は跛で駈けて来て、新吉の前の処へポンと転がりましたはずみに新吉を取って押え付ける。
 新五郎「不埓至極(ふらちしごく)の奴殺してしまう」
 と云うに、新吉は一生懸命、無理に跳ね起きようとして足を抄(すく)うと、新五郎は仰向に倒れる、新吉は其の間(ま)に逃げようとする、新五郎は新吉の帯を取って引くと、仰向に倒れる、新吉も死物狂いで組付く、ベッタリ泥田の中へ転がり込む、なれども新五郎は柔術(やわら)も習った腕前、力に任して引倒し、
 新五郎「不埓至極な、女房の縁に引かれて真実の兄が言葉を背く奴」
 と押伏せて咽喉笛(のどぶえ)をズブリッと刺した。
 新「情ない兄(あに)さん…」
 駕籠屋「モシ/\旦那/\大そう魘(うな)されて居なさるが、雨はもう上りましたから桐油を上げましょう」
 新「エ、アヽ危うい処だ、アヽ、ハアヽ、此処(こゝ)は何処(どこ)だえ」
 駕「ちょうど小塚ッ原の土手でごぜえやす」
 新「えい、じゃア夢ではねえか、吾妻橋を渡って四ツ木通りと頼んだじゃアねえか」
 駕「ヘエ、然(そ)う仰しゃったが、乗出してちょうど門跡前へ来たら、雨が降るから千住へ行って泊るからと仰しゃるので、それから此方(こっち)へ参(めえ)りました」
 新「なんだ、エヽ長(なげ)え夢を見るもんだ、迷子札は、お、有る/\、何(なん)だなア、え、おい若衆(わかいしゅ)/\、咽喉は何(なん)ともねえか」
 駕「ヘエ、何(ど)うか夢でも御覧でごぜえましたか、魘されておいでなせえました」
 新「小用(こよう)がたしてえが」
 駕「ヘエ」
 新「星が出たな」
 駕「ヘエ、好(い)い塩梅(あんべえ)星が出ました」
 新「じゃア下駄を出しねえ」
 駕「是で天気は定(さだ)まりますねえ」
 新「好い塩梅だねえ、おや此処(こゝ)はお仕置場だな」
 と見ると二ツ足の捨札に獄門の次第が書いて有りますが、始めに当時無宿新五郎と書いて有るを見て、恟(びっく)りして、新吉が、段々怖々(こわ/″\)ながら細かに読下すと、今夢に見た通り、谷中七面前、下總屋の中働お園に懸想(けそう)して、無理無体に殺害(せつがい)して、百両を盗んで逃げ、後(のち)お捕方(とりかた)に手向いして、重々不届至極に付獄門に行うものなりとあり。新吉はこれぞ正夢なり、妙な事も有るものだと、兄新五郎の顔が眼に残りしは不思議なれど、勘藏の話で想ったから然(そ)う見えたか、何(なん)にしても稀有(けう)な事が有れば有るものだ、と身の毛だちて、気味悪く思いますから、是より千住へ参って一晩泊り、翌日早々下総へ帰る。新吉の顔を見ると女房お累が虫気付(むしけづ)きまして、オギャア/\と産落したは男の子でございます。此の子が不思議な事には、新吉が夢に見た兄新五郎の顔に生写(いきうつ)しで、鼻の高い眼の細い、気味の悪い小児(こども)が生れると云う怪談の始めでございます。

        三十七

 引続きまして真景累が淵と外題(げだい)を附しまして怪談話でございます。新吉は旅駕籠に揺(ゆら)れて帰りましたが、駕籠の中で怪しい夢を見まして、何彼(なにか)と心に掛る事のみ、取急いで宅(うち)へ帰りますると、新吉の顔を見ると女房お累は虫気付き、産落したは玉のような男の児(こ)とはいかない、小児(こども)の癖に鼻がいやにツンと高く、眼は細いくせにいやに斯(こ)う大きな眼で、頬肉が落ちまして瘠衰(やせおとろ)えた骨と皮ばかりの男の児が生れました。其の顔を新吉が熟々(つく/″\)見ると夢に見ました兄新五郎の顔に生写(いきうつ)しで、新吉はぞっとする程身の毛立って、
 新「然(そ)うなれば此の家(うち)は敵同士(かたきどうし)と、夢にも兄貴が怨みたら/\云ったが、兄貴がお仕置に成りながらも、三藏に怨みを懸けたと見えて、その仇(あだ)の家(いえ)へ私が養子に来たと夢で其の事を知らせ、早く縁を切らなければ三藏の家(うち)へ祟(たゝ)ると云ったが、扨(さて)は兄貴が生れ変って来たのか、但(たゞ)しは又祟りで斯(こ)う云う小児(こども)が生れた事か、何(ど)うも不思議な事だ」
 と其の頃は怨み祟りと云う事があるの或(あるい)は生れ変ると云う事も有るなどと、人が迷いを生じまして、種々(いろ/\)に心配を致したり、除(よけ)を致すような事が有りました時分の事で、所謂(いわゆる)只今申す神経病でございますから、新吉は唯(た)だ其の事がくよ/\心に掛りまして、
 新「あゝもう悪い事は出来ぬ、ふッつり今迄の念を断って、改心致して正道(しょうどう)に稼ぐより外(ほか)に致し方はない、始終女房の身の上小児(こども)の上まで、斯(こ)う云う祟りのあるのは、皆是も己の因果が報う事で有るか」
 と様々の事を思うから猶更(なおさら)気分が悪うございまして、宅(うち)に居りましても食も進みません。女房お累は心配して、
 累「御酒(ごしゅ)でもお飲みなすったらお気晴しになりましょう」
 と云うが、何(ど)うも宅に居(い)れば居る程気分が悪いから、寺参りにでも行(ゆ)く方が宜(よ)かろうというので、寺参りに出掛けます。三藏も心配して、
 三「一緒に居ると気が晴れぬ、姑(しゅうと)などと云う者は誠に気詰りな者だと云うから、一軒家(うち)を別にしたら宜かろう」
 と羽生村の北坂(きたざか)と云う処へ一軒新たに建てまして、三藏方で何も不足なく仕送ってくれまする。新吉は別に稼(かせぎ)もなく、殊(こと)には塩梅が悪いので、少しずつ酒でも飲んではぶら/\土手でも歩いたり、また大宝(たいほう)の八幡様へ参詣に行(ゆ)くとか、今日は水街道、或は大生郷(おおなごう)の天神様へ行くなどと、諸方を歩いて居りますが、まア寺まいりの方へ自然行く気になります。翌年寛政八年恰(ちょう)ど二月三日の事でございましたが、法蔵寺へ参詣に来ると、和尚が熟々(つく/″\)新吉を見まして、
 和尚「お前は死霊の祟りのある人で、病気は癒(なお)らぬ」
 新「ヘエ何(ど)うしたら癒りましょう」
 和尚「無縁墓の掃除をして香花(こうはな)を手向(たむ)けるのは大功徳(だいくどく)なもので、これを行ったら宜かろう」
 新「癒りますれば何様(どん)な事でも致しますが、無縁の墓が有りましょうか」
 和尚「無縁の墓は幾らも有るから、能(よ)く掃除をして水を上げ、香花を手向けるのはよい功徳になると仏の教えにもある、昔から譬(たと)えにも、千本の石塔を磨くと忍術が行えるとも云うから、其様(そん)な事も有るまいが功徳になるから参詣なさい」
 と和尚さんが有難く説きつけるから、新吉は是から願(がん)に掛けて、法蔵寺へ行っては無縁の墓を掃除して水を上げ香花を手向けまする。と其処(そこ)が気の故(せい)か、神経病だから段々数を掃除するに従って気分も快くなって参ります。三月の二十七日に新吉が例の通り墓参りをして出に掛ると、這入って来ました婦人は年の頃二十一二にもなりましょうか、達摩返しと云う結髪(むすびがみ)で、一寸(ちょっと)いたした藍(あい)の万筋(まんすじ)の小袖に黒の唐繻子(とうじゅす)の帯で、上に葡萄鼠(ぶどうねずみ)に小さい一紋(ひとつもん)を付けました縮緬(ちりめん)の半纏羽織(はんてんばおり)を着まして、其の頃流行(はや)った吾妻下駄を穿いて這入って来る。跡からついて参るのが馬方の作藏と申す男で、
 作「お賤(しず)さん是が累(かさね)の墓だ」
 賤「おやまア累の墓と云うと、名高いからもっと大きいと思ったら大層小さいね」
 作「小さいって、是が何(ど)うも何(なん)と二十六年祟ったからねえ、執念深(しゅうねんぶけ)え阿魔(あま)も有るもので、此の前(めえ)に助(すけ)と書いてあるが、是は何う云う訳か累の子だと云うが、子でねえてねえ、助と云うのは先代の與右衞門の子で、是が継母(まゝはゝ)に虐(いじ)められ川の中へ打流(ぶちなが)されたんだと云う、それが祟って累が出来たと云うが、何(なん)だか判然(はっきり)しねえが、村の者も墓参りに来れば、是が累の墓だと云って皆(みんな)線香の一本も上げるだ、それに願掛(がんがけ)が利くだねえ、亭主が道楽ぶって他の女に耽(はま)って家(うち)へ帰(けえ)らぬ時は、女房が心配(しんぺえ)して、何うか手の切れる様に願(ねげ)えますと願掛すると利くてえ、妙なもので」
 賤「そうかね、私はまア斯(こ)うやって羽生村へ来て、旦那の女房(おかみ)さんに、私の手が切れる様に願掛をされて、旦那に見捨てられては困るねえ」
 作「なに心配(しんぺえ)しねえが宜(い)いだ、大丈夫(でえじょうぶ)、内儀(おかみ)さんは分った者(もん)で、それに若旦那が彼(あ)ア遣(や)って堅くするし、それに小さいけれども惣吉様も居るから其様(そん)な事はねえ、旦那は年い取ってるから、たゞ気に入ったで連れて来て、別に夢中になるてえ訳でもねえから、それに己連れて来たゞと云って話して、本家でも知ってるから心配(しんぺえ)ねえ、家(うち)も旦那どんの何(なん)で、貴方(あんた)が斯(こ)うしてと云って、旦那の誂(あつら)えだから家も立派に出来たゞのう」
 賤「何(なん)だか茅葺(かやぶき)で、妙な尖(とが)った屋根なぞ、其様(そん)な広い事はいらないといったんだが、一寸(ちょっと)離れて寝る座敷がないといけないからってねえ、土手から川の見える処は景色が好(い)いよ」
 作「好(よ)うがすね。ヤア新吉さん」
 新「おや作さん久しくお目に掛りませんで」
 作「塩梅(あんべい)が悪(わり)いてえが何(ど)うかえ」
 新「何うも快(よ)くなくって困ります」
 作「はア然(そ)うかえ能(よ)くまア心に掛けて寺参りするてえ、お前(めえ)の様な若(わけ)え人に似合わねえて、然う云って居る、えゝなアに彼(あれ)は名主様の妾よ」
 新「ウン、アヽ江戸者か」

        三十八

 作「深川の櫓下(やぐらした)に居たって、名前(なめえ)はおしずさんと云って如才(じょさい)ねえ女子(あまっこ)よ、年は二十二だと云うが、口の利き様は旨(うめ)えもんだ、旦那様が連れて来たゞが、家(うち)にも置かれねえから若旦那や御新造様と話合で別に土手下へ小さく一軒家(いえ)え造って江戸風に出来ただ、まア旦那が行かない晩は淋しくっていけねえから遊びに来(こ)うと云うから、己が詰らねえ馬子唄アやったり麦搗唄(むぎつきうた)は斯(こ)う云うもんだって唄って相手をすると、面白がって、それえ己がに教えてくれろなどと云ってなア、妙に馬士唄(まごうた)を覚えるだ、三味線(さみせん)弾いて踊りを踊るなア、食物(くいもの)ア江戸口で、お前(めえ)塩の甘たっけえのを、江戸では斯う云う旨(うめ)え物(もん)喰って居るからって、食物(くいもな)ア大変八釜(やかま)しい、鰹節(かつぶし)などを山の様に掻いて、煮汁(にしる)を取って、後(あと)は勿体ないと云うのに打棄(うっちゃ)って仕まうだ、己淋しくねえように、行って三味線弾いては踊りを踊ったり何かするのだがね彼処(あすこ)は淋しい土手下で、余(あんま)り三味線弾いて騒ぐから、狸が浮れて腹太鼓を敲(たゝ)きやアがって夜が明けて戸を明けて見ると、三匹位(ぐれ)え腹ア敲き破ってひっくり返(けえ)って居る」
 新「嘘ばっかり」
 作「本当だよ」
 賤「一寸(ちょいと)/\作さん、何(なん)にも見る処(とこ)が無いから、もう行こう」
 作「えゝ参(めえ)りましょう」
 賤「一寸(ちょいと)作さん今話をして居た人は何所(どこ)の人」
 作「彼(あ)れは村の新吉さんてえので」
 賤「私は見たような人だよ」
 作「見たかも知んねえ江戸者だよ」
 賤「おや然(そ)うかい、一寸(ちょっと)気の利いたおつな人だね」
 作「えゝ極(ごく)柔和(おとな)しい人で、墓参(はかめえ)りばかりして居てね、身体が悪(わり)いから墓参りして、何(なん)でも無縁様の墓ア磨けば幻術が使えるとか何とか云ってね、願掛(がんがけ)えして」
 賤「おや気味の悪い、幻術使いかえ」
 作「今是から幻術使いになるべえと云うのだろう」
 賤「然うかえ妙な事が田舎には有るものだねえ、何かえ江戸の者で此方(こっち)へ来たのかえ」
 作「ヘエ上(かみ)の三藏さんてえ人の妹娘(いもとむすめ)お累てえが、お前(めえ)さん、新吉が此方へ来たので娘心に惚れたゞ、何(ど)うか聟に貰えてえって恋煩いして塩梅が悪くなって、兄様も母親様(おっかさま)も見兼ねて金出した恋聟よ」
 賤「然うかえ、新吉様(さん)と、おや新吉さんというので思い出したが、見た訳だよ私がね櫓下に下地子(したじっこ)に成って紅葉屋(もみじや)に居る時分、彼(あ)の人は本石町の松田とか桝田とか云う貸本屋の家(うち)に奉公して居て、貸本を脊負(しょ)って来たから、私は年のいかない頃だけども、度々(たび/″\)見て知って居るよ、大層芸者衆(しゅ)もヤレコレ云って可愛がって、そう/\中々愛敬者で、知って居るよ」
 作「アヽマア新吉さん/\、おい此方(こっち)へ来なせえ、アノ御新造様がお前(めえ)を知って居るてねえ」
 新「何方様(どなたさま)でげすえ」
 賤「ちょいと新吉さんですか、私は誠にお見違(みそ)れ申しましたよ、慥(たし)か深川櫓下の紅葉屋へ貸本を脊負ってお出でなすった新吉さんでは有りませんか」
 新「ヘエ、私もねえ先刻(さっき)からお見掛け申したような方と思ったが、若(もし)も間違ってはいけねえと思って言葉を掛けませんでしたが、慥かお賤さんで」
 作「それだから知って居るだ何処(どこ)で何様(どん)な人に逢うか知んねえ、嘘は吐(つ)けねえもんだ」
 賤「私は此の頃此方(こっち)へ来て、斯(こ)ういう処にいるけれども、馴染はなし、洒落を云ったって向(むこう)に通じもしないし、些(ちっ)とも面白くないから、作藏さんが毎晩来て遊んでくれるので、些とは気晴しになるんだが、新吉さん本当に好(い)い処で、些とお出でなさいな、ちょうど旦那が遊びに来て居るから、変な淋しい処だけれども、閑静(しずか)で好いから一寸(ちょいと)お寄りな」
 新「ヘエ有難うございます、私はね此方(こっち)へ参りまして未(ま)だ名主様へ染々(しみ/″\)お近付にもなりませんで、兄貴が連れてお近付に参ると云って居りますが、何(なん)だか気が詰ると思ってツイ御無沙汰をして参りませんので」
 賤「なに気が詰る所(どころ)じゃア無い、さっくり能(よ)く解(わか)った人だよ、私を娘の様に可愛がって呉れるから一寸(ちょいと)お寄りな、ねえ作さん」
 作「それが好(い)い、新吉さんお出でよ、何(なん)でもお出で」
 と勧められるから新吉は、幸い名主に逢おうと行(ゆ)きましたが、少し田甫(たんぼ)を離れて庭があって、囲(かこい)は生垣になって、一寸(ちょいと)した門の形が有る中に花壇などがある。
 賤「さア新吉さん此方(こっち)へ」
 惣「大層遅かったな」
 賤「遅いったって見る処がないから累(かさね)の墓を見て来ましたが、気味が悪くて面白くないから帰って来たの」
 作「只今」
 惣「大きに作藏御苦労、誰か一緒か」
 賤「彼(あ)の人は新吉さんと云って私が櫓下に居る時分、貸本屋の小僧さんで居て、その時分に本を脊負って来て馴染なので、思い掛けなく逢いましたら、まだ旦那様にお目に掛らないから、何卒(どうか)お目通りがしたいと云うから、それは丁度好(よ)い、旦那様は家(うち)に来て居らっしゃるからと云って、無理に連れて来たので」
 惣「おや/\そうか、さア此方(こちら)へ」
 新「ヘエ初めまして、私(わたくし)はえゝ三藏の家(うち)へ養子に参りました新吉と申す不調法者で、何卒(どうぞ)一遍は旦那様にお目通りしたいと思いましたが、掛違いましてお目通りを致しません、今日(こんにち)は好(よ)い折柄(おりがら)お賤さんにお目に掛って出ましたが、ついお土産も持参致しませんで」
 惣「いゝえ、話には聞いたが、大層心掛の善い人だって、お前さん墓参りに能(よ)く行くってね」
 新「ヘエ身体が悪いので法蔵寺の和尚様が、無縁の墓へ香花を上げると、身体が丈夫になると云うから、初めは貶(けな)しましたが、それでも親切な勧めだと思って参りますが、妙なもので此の頃は其の功徳かして大きに丈夫に成りました」
 惣「うん成程然(そ)うかえ、能く墓参(はかめえ)りをする、中々温順(おとなし)やかな実銘(じつめい)な男だと云って、村でも評判が好(い)い」
 賤「本当に極くおとなしい人で、貸本屋に居て本を脊負ってくる時分にも、一寸(ちょっと)来ても、新吉さん手伝っておくれなんて云うと、冬などは障子を張替えたり、水を汲んだり、外を掃除したり、誠に一寸人柄は好(よ)しねえ、若い芸者衆は大騒ぎやったので、新吉さん遠慮しないで、窮屈になると却(かえ)って旦那は困るから、ねえ旦那、初めてゞすからお土産などと云ったんだけれども止(と)めましたが、初めてですからお金を一寸少しばかり遣(や)って下さいな」
 惣「お金を、幾ら」
 賤「幾らだって少しばかりは見っともないし、貴方は名主だからヘエ/\あやまってるし、初めてですから三両もお遣んなさいよ」
 惣「三両、余(あんま)り多いや一両で宜(よ)かろう」
 賤「お遣りなさいよ、向(むこう)は目下だから、それに、旦那あの博多の帯はお前さんに似合いませんから彼(あ)の帯もお遣りなさいよう」
 惣「帯を、種々(いろ/\)な物を取られるなア」
 と是が始(はじま)りで新吉は近しく来ます。

        三十九

 お賤は調子が宜し、酒が出ると一寸小声で一中節(いっちゅうぶし)でもやるから、新吉は面白いから猶(なお)近しく来る。其の中(うち)に悪縁とは申しながら、新吉とお賤と深い中に成りましたのは、誰(た)れ有って知る者はございませんけれども、自然と様子がおかしいので村の者も勘付いて来ました。新吉は家(うち)へ帰ると女房が、火傷の痕(あと)で片鬢(かたびん)兀(はげ)ちょろになって居り、真黒な痣(あざ)の中からピカリと眼が光るお化(ばけ)の様な顔に、赤ん坊は獄門の首に似て居るから、新吉は家へ帰り度(た)い事はない。又それに打って代って、お賤の処へ来ると弁天様か乙姫の様な別嬪(べっぴん)がチヤホヤ云うから、新吉はこそ/\抜けては旦那の来ない晩には近くしけ込んで、作藏に少し銭を遣れば自由に媾曳(あいびき)が出来まするが、偖(さて)悪い事は出来ぬもので、兄貴は心配しても、新吉に意見を云う事は出来ませんから、お累に内々(ない/\)意見を云わせます、意見を云わないと為にならぬ向(むこう)が名主様だから知れてはならぬという、それを思うから、女房お累が少し意見がましい事をいうと、新吉は腹を立てゝ打ち打擲(ちょうちゃく)致しまするので、今迄と違って実に荒々しい事を致しては家を出て行(ゆ)きまするような事なれども、人が善(よ)いから、お累は心配する所から段々病気に成りまして、遂には頭(かしら)が破(わ)られる様に痛いとか、胸が裂ける様だとか、癪(しゃく)という事を覚えて、只おろ/\泣いてばかりおります。兄貴は改って枕元へ来て、
 三「段々村方の者の耳に這入り、今日は老母(としより)の耳にも這入って、捨てゝは置かれず、私(わし)が附いて居て名主様に済まない、殊(こと)に家(うち)の物を洗いざらい持出して質に置き、水街道の方で遊んで、家(うち)へ帰らずに、夜になればお賤の処へしけ込んでおり、お前が塩梅が悪くっても、子供が虫が発(おこ)っても薬一服呑ませる了簡(りょうけん)もない不人情な新吉、金を遣(や)れば手が切れるから手を切ってしまえ」
 と兄が申しまする。所がお累は
「何(ど)うも相済みませんが、仮令(たとえ)親や兄弟に見捨てられても夫に附くが女の道、殊には子供も有りますから、お母様(っかさん)やお兄様(あにいさま)には不孝で有りますが、私は何うも新吉さんの事は思い断(き)られません」
 と、ぴったり云い切ったから、
 三「然(そ)うなれば兄妹(あにいもと)の縁を切るぞ」
 と云渡して、纏(まと)めて三十両の金を出すと、新吉は幸い金が欲(ほし)いから、兄と縁を切って仕舞って、行通(ゆきかよ)いなし。新吉は此の金を持って遊び歩いて家(うち)へ帰らぬから、自分は却(かえ)って面白いが、只憫然(かわいそう)なのは女房お累、次第/\に胸の焔(ほむら)は沸(に)え返る様になります。殊に子供は虫が出て、ピイ/\泣立てられ、糸の様に痩せても薬一服呑ませません。なれども三藏の手が切れたから村方の者も見舞に来る人もござりません。新吉は能(い)い気になりまして、種々(いろ/\)な物を持出しては売払い、布団どころではない、遂(つい)には根太板(ねだいた)まで剥(はが)して持出すような事でございますから、お累は泣入っておりますが、三藏は兄妹の情(じょう)で、縁を切っても片時も忘れる暇(ひま)は有りません故、或日用達(ようたし)に参って帰りがけ、旧来居ります與助(よすけ)と云う奉公人を連れて、窃(そう)っと忍んで参り、お累の家(うち)の軒下に立って、
 三「與助や」
 與「ヘエ」
 三「新吉が居る様なれば寄らねえが、新吉が居なければ一寸(ちょっと)逢って行(ゆ)きたいから窃(そっ)と覗(のぞ)いて様子を見て、新吉が居ては迚(とて)も顔出しは出来ぬ」
 與「マア大概(てえげえ)留守勝だと云うから、寄って上げておくんなさえ、ねえ、憫然(かわいそう)で、貴方(あんた)の手が切れてから誰(たれ)も見舞(みめえ)にも行(い)かぬ、仮令(たとえ)貴方(あなた)の手が切れても、塩梅(あんべえ)が悪(わり)いから村の者は見舞(みめえ)に行ったっても宜(え)えが、それを行かぬてえから大概(てえげえ)人の不人情も分っていまさア、何(ど)うか寄って顔を見て遣(や)っておくんなさえ、私(わし)もお累さんが小せえうちから居りやすから、訪ねてえと思うが、訪ねる事が出来ねえが、表で逢っても、新吉さんお累さんの塩梅(あんべえ)は何うで、と云うと、何(なん)だ汝(われ)は縁の切れた所(とこ)の奉公人だ、くたばろうと何うしようと世話にはならねえ、と斯(こ)う云うので、彼(あ)の野郎彼様(あん)な奴ではなかったが、魔がさしたのか、始終はハア碌(ろく)な事はねえ、お累さんに咎(とが)はねえけれどもそれえ聞くと遂(つい)足遠くなる訳で」
 三「何(なん)たる因果でお累は彼様な悪党の不人情な奴を思い断(き)れないというのは何かの業(ごう)だ、よ、覗いて見なよ」
 與「覗けませんよ」
 三「なぜ」
 與「何(ど)うも檐先(のきさき)へ顔を出すと蚊が舞って来て、鼻孔(はなめど)から這入(へえ)って口から飛出しそうな蚊で、アヽ何うもえれえ蚊だ、誰も居ねえようで」
 三「然(そ)うか、じゃア這入って見よう」
 と日暮方で薄暗いから土間の所から探り/\上って参ると、煎餅(せんべい)の様な薄っぺらの布団を一枚敷いて、其の上へ赤ん坊を抱いてゴロリと寝ております。蚊の多いに蚊帳(かや)もなし、蚊燻(かいぶ)しもなし、暗くって薩張(さっぱ)り分りません。
 三「ハイ御免よ、おッ、此処(こゝ)に寝て居る、えゝお累/\私だよ兄だよ…三藏だよ」
 累「は……はい」

        四十

 三「アヽ危ない、起きなくってもいゝよ、そうしていなよ、然(そ)うしてね、お前とは縁切(えんきり)に成って仕舞ったから、私が出這入りをする訳じゃアないが、縁は断(き)れても血筋は断れぬと云う譬(たと)えで何(なん)となく、お前の迷(まよい)から此様(こん)な難儀をする、何(ど)うかしてお前の迷が晴れて新吉と手が切れて家(うち)へ帰る様にしたいと思って居るから、もう一応お前の胸を聞きに来たので、新吉も居ない様子だから話に来た、エヽちょうど與助が供でね、あれもお前が小さい時分からの馴染だから、何(ど)うぞ一目逢って来度(きた)いと云って、與助此方(こっち)へ這入りな」
 與「ヘエ有難う、お累さん與助でござえますよ、お訪ね申してえけれども、旦那にも云う通り、新吉さんが憎まれ口(ぐち)イきくので、つい足イ遠くなって訪ねませんで、長(なげ)え間塩梅(あんべえ)が悪くってお困りだろう、何様(どん)な塩梅(あんべえ)で、エヽ暗くって薩張分りませんが、些(ちっ)とお擦(さす)り申しましょう、おゝおゝ其様(そん)なに痩(やせ)もしねえ」
 三「それは己だよ」
 與「然(そ)うかえお前(めえ)さんか、暗くって分らねえから」
 三「何しろ暗くって仕様がない、灯(あかり)を点(つ)けなければならん、新吉は何処(どこ)へ行ったえ」
 累「はい有難う、兄(あに)さん能(よ)く入らしって下さいました、お目に掛られた義理ではありませんが、何卒(どうか)もう私も長い事はございますまいから、一眼(ひとめ)お目に掛って死にたいと存じましても、心がらでお招(よ)び申す事も出来ない身の上に成りましたも、皆お兄様(あにいさま)やお母様(っかさま)の罰(ばち)でございますが、心に掛けておりました願いが届きまして、能く入らしって下さいました、與助能く来てお呉れだね」
 與「ヘエ、来てえけれどもねえ、何(ど)うも来られねえだ、新吉が憎まれ口きくでなア、実にはア仕様がねえだ、蚊が多いなア、まア」
 三「新吉は何処へ行った、なに友達に誘われて遊びに行ったと、作藏と云う馬方と一緒に遊んで居やアがる、忌々(いめえま)しい奴だ、蚊帳は何処にある、蚊帳を釣りましょう、なに無いのかえ」
 累「はい蚊帳どころではございません、着ております物を引剥(ひんむ)いて持出しまして、売りますか質に入れますか、もう蚊帳も持出して売りました様子で」
 三「呆(あき)れますな何(ど)うも、蚊帳を持出して売って仕舞ったと、この蚊の多いのによ」
 與「だから鬼だって、自分は勝手三眛(かってざんまい)して居るから痒(かい)くもねえが、それはお累様ア憎いたって、現在赤ん坊が蚊に喰殺されても構わねえて云うなア心が鬼だねえ」
 三「與助や家(うち)へ行って蚊帳を取って来て呉んな、家の六畳で釣る蚊帳が丁度宜(い)い、あれは六七(ろくしち)の蚊帳だから、あれで丁度よかろう、若(も)しあれでなければ七八(しちはち)の大きいので宜い病人の中へ這入って擦(さす)る者も広い方が宜いから」
 與「直(じ)き往って来ましょう」
 三「早く往って」
 與[#「與」は底本では「三」]「ヘエ、お累様直(じき)往って参(めえ)りますよ」
 と親切な男で、飛ぶようにして蚊帳を取りに行(ゆ)きました。
 三「暗くっていかぬから灯(あかり)を点(つ)けましょう、何処(どこ)に火打箱はあるのだえ、何所(どこ)に、え、竈(かまど)を持出して売ったア、呆れます何(ど)うも、家(うち)ではお飯(まんま)も喰わねえ了簡、左様(そう)云う悪(にく)い奴だ」
 と段々手探りで台所の隅へ行って、
 三「アヽ茲(こゝ)に在(あ)った/\」
 と漸(ようや)く火打箱を取出しましてカチ/\打ちまするが、石は丸くなって火が出ない、漸くの事で火を附木(つけぎ)に移し、破れ行燈(あんどう)を引出して灯(あかり)を点(つ)け、善々(よく/\)お累の顔を見ると、実に今にも死のうかと思うほど痩衰えて、見る影はありませんから、兄三藏は驚きまして、
 三「あゝお累、お前是は一通りの病気ではない余程の大病だよ、此の前に来た時は此様(こん)なに瘠(やせ)てはいなかったが、何も食べさせはせず、薬一服煎(せん)じて呑ませる了簡もなく、出歩いてばっかり居る奴だから、自分には煮炊(にたき)も出来ずお前が此様な病気でも見舞に来る人もないから知らせる人もなし、物を食べなけりゃア力が附かないから、是では仮令(たとえ)病気でなくとも死にます、見れば畳も持出して売りやアがったと見えて、根太(ねだ)が処々(ところ/″\)剥(は)がれて、まア縁の下から草が出ているぜ、実に何(ど)うも酷(ひど)いじゃアないか、えゝおい、彼(あ)の非道な新吉を何処(どこ)までもお前亭主と思って慕う了簡かえ、お前は罰(ばち)があたって居るのだよ、私がお母様(っかさん)にお気の毒だと思って種々(いろ/\)云うと、お母様は私への義理だから、何(なん)の親同胞(きょうだい)を捨てゝ出る様な者は娘とは思わぬ、敵(かたき)同士だ、病気見舞にも行ってくれるな、彼様(あん)な奴は早く死ねばいゝ、と口では仰しゃるけれども、朝晩如来様に向って看経(かんきん)の末には、お累は大病でございます、何卒(どうか)お累の病気全快を願います、新吉と手を切りまして、一つ処へ親子三人寄って笑顔(わらいがお)を見て私も死度(しにと)うございます、何卒お護(まも)りなすって下さいまし、と神様や仏様に無理な願掛(がんがけ)をなさるも、お前が可愛いからで、親の心子知らずと云うのはお前の事で、さア今日は新吉とフッヽリ縁を切ります諦めますとお前が云えば、彼様な奴だから三十両か四十両の端金(はしたがね)で手を切って、お前を家(うち)へ連れて行って、身体さえ丈夫になれば立派な処へ縁附ける、左(さ)も無ければ別家(べっけ)をしても宜(い)い、彼奴(あいつ)に面当(つらあて)だからな、えゝ、今日は諦めますと云わなければなりませんよ、さア諦めたと云いなさい、えゝ、おい、云えないかえ、今日諦めなければ私はもう二度と再び顔は見ません、もう決して足踏(あしぶみ)は致しません、もう兄妹の是が別れだ、外(ほか)に兄弟があるじゃアなし、お前と私ばかり、お前亭主を持たないうち何(なん)と云った、私が他(わき)へ縁付きましても、子というは兄(あに)さんと私ぎりだから、二人でお母様に孝行しようと云ったじゃアないか、して見れば親の有難い事も知っているだろう、さア、お前の身が大事だからいうのだよ、返答が出来ませんかよ、えゝお累、返答しなければ私は二度と再び来ませんよ」

        四十一

 累「はい/\」
 と利かない手を漸(やっ)と突いてガックリ起上り、兄三藏の膝の上へ手を載せて兄の顔を見る眼に溜(たま)る涙の雨はら/\と膝に翻(こぼ)れるのを、
 三「これ/\たゞ泣いていては却(かえ)って病(やまい)に障るよ」
 累「はいお兄様(あにいさま)どうも重々(じゅう/\)の不孝でございました、まア是迄御丹精を受けました私(わたくし)が、お兄様のお言葉を背きましては、お母様(っかさま)へ猶々(なお/\)不孝を重ねまする因果者、此の節のように新吉が打って変って邪慳では、迚(とて)も側には居られません、少しばかり意見がましい事を申せば、手にあたる物でぶち打擲致しますから、小児(あか)が可愛(かわゆ)くないかと膝の上へ此の坊を載せますと、エヽうるせえ、とこんな病身の小児を畳の上へ放り出します、それほど気に入らぬ女房なれば離縁して下さい、兄の方へ帰りましょうと申しますと、男の子は男に付くものだから、此の與之助は置いて行(ゆ)けと申します、彼様(あん)な鬼の様な人の側へ此の坊を置きましては、見す/\見殺しに致しまするようなものと、つい此の小僧に心が引かされて、お兄様やお母様に不孝を致します、せめて此の與之助が四歳(よっつ)か五歳(いつゝ)に成ります迄何卒(どうぞ)お待ち遊ばして」
 三「其様(そん)な分らぬ事を云っては困りますよ、お前何(ど)うも、四歳か五歳になる迄お前の身体が保(も)ちゃアしませんよ、能く考えて御覧、子を捨てる藪はあるが身を捨てる藪はないと云う譬(たとえ)の通りだ、置いて行(い)けと云うなら置いて行って御覧、乳はなし、困るからやっぱりお前の方へ帰って来るよ、エヽ、私の云う事を聴かれませんか、是程に訳を云ってもお前は聴かれませんかえ、悪魔が魅入ったのだ、お前そんな心ではなかったが情(なさけ)ない了簡だ、私はもう二度と再び来ません、思えばお前は馬鹿になって了(しま)ったのだ、呆れます」
 と腹が立つのでは有りませんが、妹(いもと)が可愛い紛れに荒い意見をいうと、お累は取詰めて来まして癪(しゃく)を起し、
 累「ウーン」
 と虚空を掴んで横にぱったり倒れましたから、三藏は驚きまして、
 三「エヽ困ったなア、少し小言を云うと癪を起すような小さい心でありながら、何(ど)う云うもので、此様(こん)なに強情を張るのだろう、新吉の野郎め、困ったな、水はねえかな、何卒(どうか)これ、お累確(しっ)かりしてくれよ、心を慥(たし)かに持たなければならんよ、此の大病の中で差込が来ては堪(たま)らん、確かりして」
 と一人で手に余る処へ、帰って来たは與助、風呂敷包に蚊帳の大きなのを持って、
 與「旦那取って来ました」
 三「蚊帳を取って来たか、今お累が癪を起して気絶してしまった」
 與「えゝまア、そりゃ、お累さん/\何(ど)うしただ、これお累さん、あゝまア歯ア喰いしばって、えらい顔になって、是はまア死んだに違(ちげ)えねえ、骨と皮ばかりで」
 三「死んだのじゃアねえ今塞(と)じて来たのだが、アヽこれっ切りに成るかしら、あゝもうとても助かるまい」
 與「助からねえッてえ可哀そうに、これマア迚(とて)も駄目だねえ、お累さん私(わし)イ小せえうちから馴染ではござえませんか、私イ今ア蚊帳(かやア)取りに行く間待っても宜(よ)かんべえがそれにマア死んでしまうとは情ねえ、彼様(あん)な悪徒(あくと)野郎が側に附いて居るから、近所の者も見舞にも来ず、薬一服煎じて飲ませる看病人も無い、此様(こん)なになって死ぬのは誠に情ねえ訳で、何(ど)うして死んだかなア」
 三「其様(そんな)に泣いたって仕様があるものか、命数が尽きれば仕方がねえ、其様に女々しく泣くな、男らしくもねえ、腹一杯親同胞(きょうだい)に不孝をして苦労を掛けて是で先立つたア此様(こん)な憎い奴はねえ、憫然(かわいそう)とは思わない、悪(にく)いと思え、泣く事はねえ、泣くな」
 與「泣くなって、泣いたって宜(よ)かんべえ、死んだ時でも泣かなきゃア泣く時はねえ、私(わし)い憫然でなんねえだよ、斯(こ)んな立派な兄(あに)さんがあっても、薬一服煎じて飲ませねえで憫然だと思うから泣くのだ、お前さんも我慢しずに泣くが宜(え)え」
 三「まア水でも飲まして見ようか」
 與「まだ水も何も飲ませねえのかえ」
 三「オイ己(おれ)が水を飲ませるから其処(そこ)を押えて、首を斯(こ)うやって、固く成って居るからの、力一ぱい、なに腕が折れると、死んで居るから構やアしねえ、宜(い)いか、今水を飲ませるから、ウグ/\/\/\」
 與「何だか云う事が分んねえ」
 三「いけねえ、己が飲んでしまった」
 與[#「與」は底本では「三」]「仕様がねえな、含(くゝ)んでゝ喋れば飲込むだ、喋らずに」
 と漸(ようや)く三藏が口移しにすると、水が通ったと見えて、
 累「ウム」
 という。
 三「アヽ與助、漸く水が通った」
 與「通ったか、通れば助かります、お累様ア、確(しっ)かりして、水が通ったから確かりして、お累さん/\」
 三「お累確かりしろ、兄(あに)さんが此処(こゝ)に附いて居るから確かりしろよ」
 與「お累様確かりおしなさえよ、與助が此処へ参(めえ)って居りますから、お累様、確かりおしなさえよ」
 累「ア…………」
 三「其方(そっち)へ退(ど)きなさい、頭を出すから、アヽ痛い」
 與「大丈夫(でえじょうぶ)己来たからよう、アヽ好(い)い塩梅(あんべえ)だ気が付いた、アヽ……」
 三「何(なん)だ手前(てめえ)気が付きゃアそれで好いや、気が付いて泣く奴があるものか」
 與「嬉し涙で、もう大丈夫(でえじょうぶ)だ」
 三「もう一杯飲むかえ、さア/\水を飲みなさい」

        四十二

 累「ハイ……気が付きました、何卒(どうぞ)御免なされて下さい」
 三「私が余(あんま)り小言を云ったのは悪うございました、ついお前の身の上を思うばっかりに愚痴が出て、病人に小言を云って、病に障る様な事をして、兄(あに)さんが思い切りが悪いのだから、皆定まる約束と思って、もう何(なん)にも云いますまい、小言を云ったのは悪かった、堪忍して」
 與「誰エ小言云った、能くねえ事(こっ)た、貴方(あんた)正直だから悪(わり)い、此の大病人(たいびょうにん)に小言を云うってえ、此の馬鹿野郎め」
 三「何(なん)だ馬鹿野郎とは」
 與「けれども小言を云ったって、旦那様もお前様(めえさま)の身を案じてねえ、新吉さんと手が切れて家(うち)へ帰(けえ)れるようにしたいと思うから意見を云うので、悪く思わねえ様に、よう/\」
 三「蚊帳を持って来たから釣りましょう、恐ろしく蚊に喰われた、釣手があるかえ」
 累「釣手は売られないから掛って居ります」
 三「そうか」
 と漸(ようや)く二人で蚊帳を釣って病人の枕元を広くして、
 三「あのね、今帰り掛けで持合せが少ないが、三両許(ばか)りあるから是を小遣に置いて行(ゆ)きましょう、私も諦らめてもう何も云いません、若(も)し小遣が無くなったら誰(たれ)か頼んで取りによこしなよう、大事にしなよう、蚊帳を釣ったから、もういゝ、何も、もう其様(そん)な事を云うなえ、サ、行(ゆ)きましょう/\」
 與「ヘエ参(めえ)りましょう、じゃアねえ、お累さん行(い)きますよ、旦那様が帰(けえ)るというから私(わし)も帰(けえ)るが、大事にしてお呉んなさえよ、よう、くよ/\思わなえが宜(え)え、エヽ何(ど)うも仕様がねえ、帰(けえ)りますよ」
 三「ぐず/\云わずに先へ出なよ、出なったら出なよ、先へ出なてえに」
 と兄が立ちに掛ると、利かない手を突いて漸(ようや)くに這出して、蚊帳を斯(こ)う捲(まく)ってお累が出まして、行(ゆ)きに掛る兄の裾(すそ)を押えたなり、声を振わして泣倒れまする。
 三「其様(そんな)にお前泣いたり何かすると毒だよ、さア蚊帳の中へ這入りな、坊が泣くよ、さア泣いているから這入んな」
 累「お兄様(あにいさま)只今まで重々の不孝を致しました、先立って済みませんが、迚(とて)も私は助かりません、何卒(どうぞ)御立腹でもございましょうがお母様(っかさま)に只(たっ)た一目お目に掛って、お詫をして死にとう存じますが、お母様にお出(いで)下さる様に貴方からお詫をなすって下さいませんか」
 三「もうそんな事をおいいでないよ、お母様もまた是非来たがって居るのだからお連れ申す様にしましょう、其様(そん)な事をいわずにくよ/\せずに、さア/\蚊帳の中へ這入って居なよ」
 與「大丈夫(でえじょうぶ)だよ、お母様ア己が連れて来るよ、其様な事を云うと悲しくって帰(けえ)れねえから這入ってお呉んなさえよ、ア、赤ん坊が泣くよ、憫然(かわいそう)に本当に泣けねえ」
 三「アヽ鼻血が出た、與助、男の鼻血だから仔細はあるまいけれども、盆凹(ぼんのくぼ)の毛を一本抜いて、ちり毛を抜くのは呪(まじねえ)だから、アヽ痛(いて)え、其様(そんな)に沢山抜く奴があるか、一掴(ひとつかみ)抜いて」
 與「沢山(たんと)抜けば沢山験(き)くと思って」
 三「えゝ痛いワ、さあ/\行きますよ」
 と名残(なごり)惜(おし)いが、二人とも外へ出ると生憎(あいにく)気になる事ばかり。
 三「アヽ痛」
 與「何(ど)うかしましたかえ」
 三「下駄の鼻緒が切れた」
 與「横鼻緒が切れましたか、ヘエ」
 三「與助何うも気になるなア、お累の病気はとても助かるまいよ」
 與「ヘエ助かりませんか、憫然(かわいそう)にねえ、早くお母様アおよこし申す様にしましょうか」
 三「何しろ早く帰ろう」
 と三藏が帰ると、入違えて帰って来たのは深見新吉。酒の機嫌で作藏を連れてヒョロ/\踉(よろ)けながら帰って来て、
 新「オイ作藏、今夜行かなければ悪かろうなア」
 作「悪(わり)いって悪くねえって行かねば己叱られるだ、行って遣って下せえ、出掛(でがけ)に己(おら)ア肩叩(たて)えてなア、作さん今夜新吉さんを連れて来ないと打敲(ぶったゝ)くよ、と云って斯(こ)う脊中ア打(ぶ)ったから、なに大丈夫(でえじょうぶ)だ、一杯(いっぺえ)飲んで日が暮れると来るから大丈夫だと云って、声掛けて来ただ」
 新「いつも行(ゆ)く度(たび)に向(むこう)で散財して、酒肴(さけさかな)を取って貰って、余(あんま)り気が利かねえ、些(ちっ)とは旨(うめ)え物でも買って行(い)こうと思うが、金がねえから仕方がねえ」
 作「金エなくったって、向でもって小遣も己(おれ)に呉れて、何うもハア新吉さんなら命までも入れ上げる積りだよ、と姉御(あねご)が云ってるから、行って逢ってお遣(や)りなせえよ」
 新「明日(あした)はまた大生郷辺で一杯(いっぺえ)遣って日を暮さなければ成らねえ、仕方がねえから今日は家(うち)に寝ようと思って」
 作「家に寝るって、己(おら)が困るから行ってよう」
 新「コウ/\見ねえ/\」
 作「何(なん)だか」
 新「妙な事がある、己(おれ)の家に蚊帳が釣ってある」
 作「ハテ是は珍らしいなア、是は評判すべえ」

        四十三

 新「其様(そん)な余計な憎まれ口をきくなえ、今行違(ゆきちが)ったなア三藏だ、己が留守に来やアがって蚊帳ア釣って行(い)きやアがったのだな、斯(こ)んな大きな蚊帳が入(い)るもんじゃアねえ、蚊帳を窃(そっ)と畳んで、離れた処(とけ)え持って行って質に入れゝば、二両や三両は貸すから、病人に知れねえ様に持出そう」
 作「だから金と云うものは何処(どこ)から来るか知れねえなア、取るべえ」
 新「手前(てめえ)ひょろ/\していていけねえ、病人が眼を覚(さま)すといけねえから」
 と云うが、酔っておりますから階子(はしご)に打突(ぶっつか)って、ドタリバタリ。是では誰にでも知れますが、新吉が病人の頭の上からソックリ蚊帳を取って持出そうとすると、お累は存じて居りますから、
 累「旦那様お帰り遊ばせ」
 新「アヽ眼が覚めたか」
 累「はい、貴方此の蚊帳を何(ど)うなさいます」
 新「何うするたって暑ッ苦しいよ、今友達を連れて来たが、狭い家(うち)にだゞっ広(ぴろ)い大きな蚊帳を引摺り引廻(ひんまア)して、風が這入らねえのか、暑くって仕様がねえから取るのだ」
 累「坊が蚊に螫(く)われて憫然(かわいそう)でございますから、何卒(どうか)それだけはお釣り遊ばして」
 新「少し金が入用(いりよう)だからよ、これを持って行って金を借りるんだ、友達の交際(つきあい)で仕様がねえから持って行くよ」
 累「はい、それをお持遊ばしては困りますから何卒(どうぞ)お願いで」
 新「お願いだって誰がこんな狭い家(うち)へ大きな蚊帳を引摺り引廻(ひんまわ)せと云った、茲(こゝ)は己の家(うち)だ、誰が蚊帳を釣った」
 累「はい今日(こんにち)兄が通り掛りまして、手前は憎い奴だが如何にも坊が憫然だ、蚊ッ喰(くい)だらけになるから釣って遣ろうと申して家から取寄せて釣ってくれましたので」
 新「それが己の気に入らねえのだ、よ、兄と己は縁が切れて居る、手前(てめえ)は己の女房だ、親同胞(きょうだい)を捨てゝも亭主に附くと手前云った廉(かど)があるだろう、然(そ)うじゃアねえか、え、おい、縁の切れた兄を何故(なぜ)敷居を跨(また)がせて入れた、それが己の気に入らねえ、兄の釣った蚊帳なれば猶(なお)気に入らねえ、気色が悪(わり)いから是を売って他の蚊帳にするのだ」
 累「何卒(どうぞ)お金子(かね)がお入用(いりよう)なれば兄が金を三両程置いて参りましたから、是をお持ち遊ばして、蚊帳だけは何卒(どうか)」
 新「金を置いて行った、そうか、どれ見せろ」
 作「だから金は何処(どこ)から出るか知んねえ、富貴(ふうき)天にあり牡丹餅(ぼたもち)棚にありと神道者(しんどうしゃ)が云う通りだ、おいサア行くべえ」
 新「行くったって三両許(ばか)りじゃア、塩噌(えんそ)に足りねえといけねえ、蚊帳も序(ついで)に持って行って質に入れ様じゃアねえか」
 作「マア蚊帳は止せよ、子供が蚊に喰われるからと姉御が云うから、三両取ったら堪忍して遣って、子供が憫然だから蚊帳は止せよ」
 新「何(なん)だ弱(よえ)え事を云うな」
 作「弱えたって人間だから、お内儀(かみ)さんが塩梅(あんべえ)の悪(わり)いのに憫然ぐれえ知って居らア、止せよ」
 新「憫然も何も有るもんか、何を云やアがるのだ此ン畜生(ちきしょう)、蚊帳を放さねえか」
 累「それは旦那様お情のうございます、金をお持ち遊ばして其の上蚊帳までも持って行っては私(わたくし)は構いませんが坊が憫然で」
 新「何(なん)だ坊は己の餓鬼だ、何だ放さねえかよう、此畜生(こんちきしょう)め」
 と拳(こぶし)を固めて病人の頬をポカリ/\撲(ぶ)つから、是を見て居る作藏も身の毛立(だ)つようで、
 作「止せよ兄貴、己酒の酔(えい)も何も醒(さ)めて仕舞った、兄貴止せよ、姉御、見込んだら放さねえ男だから、なア、仕方がねえから放しなさえ、だが、敲くのは止せよ」
 新「なに、此畜生め、オイ頭の兀(はげ)てる所(とこ)を打(ぶ)つと、手が粘って変な心持がするから、棒か何か無(ね)えか、其処(そこ)に麁朶(そだ)があらア、其の麁朶を取ってくんな」
 作「止せよ/\、麁朶はお願いだから止せよ」
 新「なに此畜生撲(なぐ)るぞ」
 作「姉御麁朶を取って出さねえと己(おら)を撲るから、放すが宜(え)え、見込まれたら蚊帳は助からねえからよ」
 新「サア出せ、出さねえと撲るぞ、厭でも撲るぞ、此度(こんだ)ア手じゃアねえ薪(まき)だぞ、放さねえか」
 累「アヽお情ない、新吉さん此の蚊帳は私が死んでも放しません」
 と縋(すが)りつくのを五つ六つ続け打(うち)にする。泣転(なきころ)がる処を無理に取ろうとするから、ピリ/\と蚊帳が裂ける生爪が剥(は)がれる。作藏は、
 作「南無阿弥陀仏/\、酷(ひど)い事をするなア、顔は綺麗だが、怖(おっ)かねえ事をする、怖(こえ)えなア」
 新「サア此の蚊帳(かやア)持って行(ゆ)こう」
 作「アレ/\」
 新「なに」
 作「爪がよう」
 新「どう、違(ちげ)えねえ縋り付きやアがるから生爪が剥がれた、厭な色だな、血が付いて居らア、作藏舐(な)めろ」
 作「厭だ、よせ、虫持(むしもち)じゃア有るめえし、爪え喰う奴があるもんか」
 新「此の蚊帳(かやア)持って往ったら三両か五両も貸すか」
 作「貸(つ)くもんか」
 新「爪を込んで借りよう」
 作「琴の爪じゃアあるめえし」
 とずう/\しい奴で、其の蚊帳を肩に引掛(ひっか)けて出て行(ゆ)きます。お累は出口へ斯(こ)う這出したが、口惜(くや)しいと見えて、
 累「エヽ新吉さん」
 と云うと、
 新「何をいやアがる」
 とツカ/\と立ち戻って来て、脇に掛って有った薬鑵(やかん)を取って沸湯(にえゆ)を口から掛けると、現在我が子與之助の顔へ掛ったから、子供は、
 子供「ヒー」
 と二声(ふたこえ)三声(みこえ)泣入ったのが此の世のなごり。
 累「鬼の様なるお前さん」
 新「何をいやアがるのだ」
 と持って居た薬鑵を投げると、双(もろ)に頭から肩へ沸湯を浴(あび)せたからお累は泣倒れる。新吉は構わずに作藏を連れて出て参りましたが、斯う憎くなると云うのは、仏説でいう悪因縁で、心から鬼は有りませんが、憎い/\と思って居る処から自然と斯様(かよう)な事になります。

        四十四

 新吉は蚊帳を持って出まして、是を金にして作藏と二人でお賤の宅へしけ込み、こっそり酒宴(さかもり)を致して居ります、其の内に段々と作藏が酔って来ると、馬方でございますから、野良で話を為(し)つけて居りますから、つい声が大きくなる。
 新「おい作、手前(てめえ)酔うと大きな声を出して困る、些(ちっ)と静かにしろ」
 作「静かにたって、大丈夫(でえじょうぶ)だ人子(ひとっこ)一人通らねえ土手下の一軒家田や畑で懸隔(かけへだ)って誰も通りゃアしねえから心配(しんぺえ)ねえよ」
 賤「いゝよ、私はまた作さんの酔ったのは可笑しいよ余念が無くって、お前さん慾の無い人だよ」
 作「慾が無(ね)い事(こた)アねえ、是で慾張って居るだが、何方(どっち)かというと足癖の悪(わり)い馬ア曳張(ひっぱ)って、下り坂を歩くより、兄いと二人で此処(こけ)え来て、斯う遣って酔って居れば好(い)いからね、先刻(さっき)は己(おら)ア酔(えい)が醒めたね」
 新「止せえ、先刻の話は止せよ」
 作「止せたってお賤さん、お前(めえ)マア新吉さんは可愛いゝ人だと思って居るから、首尾して、他人(ひと)にも知んねえように白(しら)ばっくれて寄せるけれども、新吉さんが此処(こけ)え来るってえ心配(しんぺえ)は是(こ)りア己(おれ)が魂消(たまげ)た事がある、今日ね」
 新「そんな詰らねえ事をいうな手前(てめえ)は酔うとお喋(しゃべ)りをしていけねえ」
 作「お喋りったって、一杯(いっぺえ)飲んで図に乗っていうのだ、エヽ、おい、それでねえ、マア一杯飲んで帰(けえ)った処が、銭イなえと云うから、無くったって好(い)いや、何(なん)でもお賤さんの処(とこ)へ行ってお呉んなせえというと、いつも行って馳走になって小遣(こづけえ)貰って帰(けえ)るべえ能でもねえじゃアねえか、何卒(どうか)己も偶(たま)にア旨(うめ)え物でも買って行って、お賤に食わしてえって、其処(そこ)はソレ情合(じょうあい)だからそんな事を云ったゞが、いゝや旨え物持って行くたって無(ね)えものはハア駄目だ、お賤さんの方が、旨え物拵(こし)れえて待って居るから今夜呼んで来てくんなせえよと、己が頼まれたから構わねえじゃアねえかと云っても、金が無ければてえので家(うち)へ帰(けえ)ると、家に蚊帳が釣って有るだ」
 新「よせ/\、そんな話は止せよ」
 作「話したって宜(よ)かんべえ、それで其の蚊帳(かやア)質屋へ持って行こうって取りに掛ると、女房(かみさん)は塩梅(あんべえ)が悪(わり)いし赤ん坊は寝て居るし」
 新「コレよせ、よさねえか」
 作「云ったって宜(え)え、そんなに小言云わねえが宜え、蚊帳へ縋(すが)り付いて、己(おら)ア宜えが子供が蚊に喰われて憫然(かわいそう)だから何卒(どうか)よう、と云ってハア蚊帳に縋り付くだ、それを無理に引張ったから、お前(めえ)生爪エ剥したゞ」
 新「おい冗談じゃアねえ、折角の興が醒めらア、止せ、擽(くす)ぐるぞ」
 作「擽ぐッちゃアいけねえ」
 新「お喋りはよせ」
 作「宜えやな」
 新「冗談云うな、喋ると口を押(おせ)えるぞ」
 作「よせ、口を押(おせ)えちゃアいけねえ、エ、おいお賤さん、其の爪を己(おれ)がに喰えって、誰が爪エ食う奴が有るもんかてえと、己が口へおッぺし込んだゞ、そりゃアまア宜えが、お前(めえ)薬鑵を」
 新「冗談はよせ」
 作「いゝや、よせよ擽ぐってえ」
 新「寝ッちまいな/\」
 と無理に欺(だま)して部屋へ連れて行って寝かしてしまいました。それから二人も寝る仕度になりますと、何(ど)う云う事か其の晩は酒の機嫌でお賤がすや/\能く寝ます。雨はどうどと車軸を流す様に降って来ました。彼是八ツ時でもあろうと云う時刻に、表の戸をトン/\。
「御免なさい/\」
 新「お賤/\誰か表を叩くよ、能く寝るなア、お賤/\」
 賤「あいよ、あゝ眠い、何(ど)うしたのか今夜の様に眠いと思った事はないよ」
 新「誰か表を叩いて居る」
 賤「はい、何方(どなた)」
「一寸(ちょっと)御免なすって、私(わたくし)でございます」
 新「何(なん)だ庭の方から来たようだぜ」
 賤「今明けますよ、何方でございますか名を云って下さらないでは困りますが」
「ヘイ新吉の家内、累でございます」
 賤「え、お内儀(かみさん)が来たとさア、はい只今」
 新「よしねえ、来る訳はねえ、病人で居るのだもの」
 賤「お前逢って」
 新「来る気遣(きづけえ)ねえよ」
 賤「気遣(きづかえ)がないったって、お内儀が迎いに来たのだから嬉しそうな顔付をしてさ」
 新「冗談じゃアねえ、嬉しい事も何もあるもんか、来る気遣(きづけえ)ねえよ」
 賤「只今開けますよ、大事な御亭主を引留めて済みませんねえ」
 と仇口(あだぐち)をきゝながら、がらりと明けますと、どん/\降る中をびしょ濡になって、利かない身体で赤ん坊を抱いて漸々(よう/\)と縁側から、
 累「御免なさい」
 と這入ったから、
 新「何(なん)だって此の降る中を来たのだなア何(ど)うしたのだ」
 累「貴方がお賤さんでございますか、駈違(かけちが)ってお目に掛りませんが、毎度新吉が上りまして、御厄介様になりますから、何卒(どうか)一度はお目に掛ってお礼を申し度(た)いと存じておりましても、何分にも子供はございますし、私(わたくし)も疾(と)うより不快でおりました故、御無沙汰を致しました」
 賤「誠にまア何うも降る中を夜中(やちゅう)にお出(いで)なすって、そんな事を仰しゃっては困りますねえ、新吉さんも江戸からのお馴染でございますから、私は此方(こっち)へ参っても馴染も無いもんでございますから、遊びにお出なすって下さいと、私が申しました、それから旦那も誠に贔屓(ひいき)にして、斯(こ)うやってお出なさるが、御亭主を引留めて遊ばしたと云えば、お前さんも心持が快(よ)くは有りますまいけれども、是に付いては種々(いろ/\)深い訳がある事でございますが、それは只今何も云いません、新吉さん折角迎いにお出でなすったからお帰りよ」
 新「帰(けえ)ることはねえ、おい、お前(めえ)冗談じゃアねえ、そんな形(なり)をして来て見っとも無い、亭主の恥を晒(さら)しに来る様なものだ、エ何(なん)だなア、おい、此の降る中を、お前なんだ逆上(のぼ)せて居るぜ、*たじれて居るなア」
*「のぼせて気が変になる。むちゅうになって気ちがいじみる」

        四十五

 累「はい、たじれたか知りません、私は何(ど)うなっても宜しゅうございますが、貴方の児(こ)だから殺すとも[#「殺すとも」は底本では「殺とすも」]何共(どうとも)勝手になさいだが、表向には出来ませんから、此の坊やアだけは今晩夜(よ)が明けないうち法蔵寺様へでも願って埋葬(ともらい)を致したいと存じます、誰も宅(うち)へ参り人(て)はなし、私が此の病人では何う致す事も出来ませんから、何卒(どうぞ)一寸お帰りなすって、お埋葬(とむらい)だけをなすって、然(そ)うして又此方(こちら)へ遊びに入らしって下さい、お賤さん、私が申しますと宅(やど)が立腹致しますから、何卒(どうか)あなたから、今夜だけ帰って子供の始末を付けてやれと仰しゃって」
 賤「はい、お帰りよ新吉さんよう」
 新「帰(けえ)れたって夜中に仕様がねえ」
 賤「夜中だって用があって迎いに来たのだからお帰りよ、旨く云って居ても本木(もとき)に優(まさ)る梢木(うらき)は無いという事だからねえ、お内儀(かみさん)に迎いに来られゝば心持が宜(い)いねえ、旨く云ったってにこ/\顔付に見えるよ」
 新「何がにこ/\、冗談じゃアねえ、帰(けえ)らねえ、おい」
 累「はい、何卒(どうか)お前さん坊の始末を」
 新「始末も何もねえ、行(ゆ)かねえか」
 賤「其様(そんな)に云わずにお前お帰りよ、折角お迎いにお出(いで)なすったに誠にお気の毒様、大事な御亭主を引留めてね、さアお帰りよ、手を引かれてよ」
 新「何を云うのだ、帰(けえ)らねえか」
 と、さア癇癪に障ったから新吉は、突然(いきなり)利かない身体の女房お累の胸倉を取るが早いか、どんと突くと縁側から赤ん坊を抱いたなりコロ/\と転がり落ち、
 累「あゝ情ない、新吉さん、今夜帰って下さらんと此の児(こ)の始末が出来ません」
 と泥だらけの姿で這上るところを突飛ばすと仰向に倒れる、と構わずピタリと戸を閉(た)てゝ、下(おろ)し桟(ざん)をして仕舞ったから、表ではお累がワッと泣き倒れまする。此の時雨は愈々(いよ/\)烈(はげ)しくドウドッと降出します。
 新「エヽ気色が悪(わり)い、酒を出しねえ」
 賤「酒をったって私は困るよ、彼様(あん)な酷(ひど)いことをして、一寸帰ってお遣(や)りよ」
 新「うまく云ってやアがる、酒を出しねえ、冷たくっても宜(い)いや」
 と燗冷(かんざま)しの酒を湯呑に八分目ばかりも酌(つ)いで飲み、
 新「お前(めえ)も飲みねえ」
 と互に飲んで床につくと、何(ど)ういう訳か其の晩は、お賤が枕を付けると、常になくすや/\能く寝ます。小川から雨の落込んで来る音がどう/\といいます。夜は深(ふ)けて一際(ひときわ)しんと致しますと、新吉は何うも寝付かれません。もう小一時(こいっとき)も経(た)ったかと思うと、二畳の部屋に寝て居りました馬方の作藏が魘(うなさ)れる声が、
 作「ウーン、アア……」
 新「忌(いめ)えましい奴だな、此畜生(こんちきしょう)、作藏/\おい作や、魘れて居るぜ、作藏、眼を覚まさねえかよ、作藏、夢を見て居るのだ」
 作「エ、ウウ、ウンア」
 新「忌えましい畜生だ、やい」
 作「ヘエ、あゝ」
 新「胆(きも)を潰さア、冗談じゃアねえ寝惚けるな、お賤が眼を覚さア」
 作「寝惚けたのじゃアねえよ」
 新「何うした」
 作「己(おれ)が彼処(あすこ)に寝て居るとお前(めえ)、裏の方の竹を打付(ぶっつ)けた窓がある、彼処のお前雨戸を明けて、何うして這入(へえ)ったかと見ると、お前の処の姉御、お累さんが赤ん坊を抱いて、ずぶ濡れで、痩せた手を己の胸の上へ載せて、よう新吉さんを帰(けえ)しておくんなさいよ、新吉さんを帰しておくんなさいよと云って、己が胸を押圧(おっぺしょ)れる時の、怖(こえ)えの怖くねえのって、己はせつなくって口イ利けなかった」
 新「夢を見たのだよ、種々(いろん)な事で気を揉むから然(そ)う云う夢を見るのだ、夢だよ」
 作「夢で無(ね)えよ、あゝ彼処の二畳の隅に樽があるだろう」
 新「ウン」
 作「樽の上に簑(みの)が掛けてある」
 新「ウン、ある」
 作[#「作」は底本では「新」]「簑の掛けてある処に赤ん坊を抱いて立って居るよう」
 新「よせ畜生、気の故(せい)だ」
 作「気の故じゃア無え、あゝ怖(おっ)かねえ、あれ/\」
 新「おい潜り込んで己の処へ這入(へえ)って来ちゃアいけねえ、仕様がねえなア」
 とん/\、
「御免なさい/\」
 新「誰だい」
 作「また来た、あゝ怖っかねえ/\」
 新「誰だい」
 男「えゝ新吉さんは此方(こちら)にお出(いで)なさいますか、ちょっくら帰(けえ)って、家(うち)は騒ぎが出来ました、お累さんが飛んだ事になりましたから方々(ほう/″\)捜して居たんだ、直(すぐ)に帰(けえ)って下せえ」
 作「誰だか」
 新「誰だか見な」
 作「怖くって外へは出られねえ、皆(みんな)此処(こゝ)に居るだけれども、中々歩く訳にいかねえ、足イすくんで歩かれねえ」

        四十六

 新「何方(どなた)でございます」
 とガラリと明けて見ると村の者。
 男「やア新吉さん、居たか、あゝ好(よ)かった、さア帰(けえ)って、気の毒とも何(なん)とも姉御の始末が付かねえ、何(ど)うも捜したの捜さねえのって直ぐ帰(けえ)らないではいけねえ、届ける所へ届けて、名主様へも話イしてね、困るから、さア帰(けえ)って」
 と云われ、新吉は何(なん)の事だかとんと分りませんが、致し方なく夜明け方に帰りますると、情ないかな、女房お累は、草苅鎌の研澄(とぎすま)したので咽喉笛(のどぶえ)を掻(かき)切って、片手に子供を抱いたなり死んで居るから、ぞっとする程凄かったが、仕方がないから気が狂(ちが)ってなどと云立て、先(ま)ず名主へも届けて野辺送りをする事になりました。それからは懲りて三藏も中々容易に寄り付きません。新吉もお累が死んで仕舞った後(あと)は、三藏から内所で金を送る事もなし、別に見当(みあて)がないから宿替(やどがえ)をしようと、欲しがる人に悉皆(そっくり)家を譲って、時々お賤の処へしけ込みます。其の間は仕方がないから、水街道へ参って宿屋へ泊り、大生郷の宇治の里へ参って泊りなどして、惣右衞門が留守だと近々(ちか/″\)しけ込みます。世間でもかんづいて居るから新吉は憎まれ者で、誰(たれ)も付合う人がない。横曾根辺(あたり)の者は新吉に逢っても挨拶もせぬようになりました。新吉はどん/\降る中を潜(そ)っと忍んでお賤の処(とこ)へ来ました。
 新「おい/\お賤さん」
 賤「あい新吉さんかえ」
 新「あゝ明けておくれな」
 賤「あい能くお出(いで)だね、傘なしかえ」
 新「傘は有ったが借傘(かりがさ)で、柄漏(えもり)がして、差しても差さねえでも同じ事でずぶ濡だ、旦那の病気は何(ど)うだえ」
 賤「お前がちょい/\見舞に来てくれるので、新吉は親切な者だ心に掛けてちょく/\来て呉れるが感心だって、悦んで居るが、年が年だからねえ、何(なん)だって五十五だもの、病気疲れですっかり寝付いて居るからお上(あが)りよ」
 新「そうかえ夜来るのも極りが悪い様だが、実は少し小遣(こづけえ)が無くなって、外(ほか)へ泊る訳にいかねえから、看病かた/″\来たのだが、能く御新造さんが承知で旦那を此方(こっち)へよこして置くね」
 賤「なに碌(ろく)な看病もしないけれども、お宅(うち)では気に入らないと云ってね、気に入った処で看病をして貰う方がよいと人が来ると憎まれ口を利くから、お内儀(かみ)さんも若旦那も此の二三日来ないから、私一人で看病するのだから実は困るよ、困るけれども其の代りには首尾がよくって、種々(いろ/\)旦那に話して置いた事もあるのだからね、遺言状まで私は頼んで書いて貰って置いたから、今能く寝付いて居るし、遊んでおいでな、揺(ゆさ)ぶっても病気疲れで能く寝て居るから、茲(こゝ)で何を云っても旦那に聞える気遣(きづかい)は無し、他に誰も居ないから、真に差向いで話しするがね、私は旦那に受出されて此処(こゝ)へ来て、お前とは江戸に居る時分から、まア心易(こゝろやす)いが、私の方で彼様(あんな)事を云出してから、お前も厭々ながらお内儀(かみさん)まであゝ云う訳になって苦労さした事も忘れやアしないから、私は何処(どこ)迄もお前に厭がられても縋(すが)りつく了簡だが、若(も)しお前に厭がられ、見捨てられると困るが、見捨てないというお前の証拠が見度(みた)いわ」
 新「見捨てるも見捨てないも実はお前己だって身寄頼りもない身体、今は斯(こ)うなって誰も鼻撮(はなッつま)みで新吉と云うと他人は恐気(おぞけ)を振(ふる)って居るのだ、長く此処(こゝ)に居る気もないから、寧(いっ)そ土地を変えて常陸(ひたち)の方へでも行(ゆ)こうか、上州の方へ行こうか、それとも江戸へ帰(けえ)ろうかと思う事も有るが、お前が此処に居る中(うち)は何(ど)うしても離れる事は出来ないが、村中(むらじゅう)で憎まれてるから土手に待伏でもして居て向臑(むこうずね)でも引払(ひっぱら)われやアしねえかと心配でのう」
 賤「私も一緒に行って仕舞い度(た)いが、今旦那が死掛って居るから、旦那が死んで仕舞えば行(い)かれるが、今直(すぐ)には行けない、大きな声では云えないけれども、私は形見分(かたみわけ)の事も遺言状に書かして置いたし、お前の事も書かしてね、其処(そこ)は旨く行って居るけれども、旦那が癒(なお)ればまだ五十五だもの、其様(そんな)にお爺さんでもないから、達者になりゃア何時(いつ)迄も一緒に居て、ベン/\とおん爺(じい)の機嫌を取らなければならないが、新吉さん無理な事を頼む様だが、お前私を見捨てないと云う証拠を見せるならば今夜見せてお呉れ」
 新「何(ど)うしよう」
 賤「うちの旦那を殺してお呉れな」

        四十七

 新「殺せって其様(そん)な事は出来ねえ」
 賤「なぜ/\なぜ出来ないの」
 新「人情として出来ねえ、お前の執成(とりなし)が宜(い)いから、旦那は己が来ると、新吉手前(てめえ)の様に親切な者はねえ、小遣(こづけえ)を持って行け、独身(ひとりみ)では困るだろう、此の帯は手前に遣(や)る着物も遣ると、仮令(たとえ)着古した物でも真に親切にして呉れて、旦那の顔を見ては何(ど)うしても殺せないよ」
 賤「殺せます、だから新吉さん、私はお前が可愛いと云う情(じょう)のない事を知って居るよ」
 新「情がないとは」
 賤「情が有るなら殺してお呉れよ」
 新[#「新」は底本では「賤」]「情が有るから殺せないのだ」
 賤「何を云うのだね、じれったいよ、お出でったらお出でよ」
 然(そ)うなると婦人の方が度胸の能(よ)いもので、新吉の手を引いて病間へ窃(そう)っと忍んで参りますと、惣右衞門は病気疲れでグッスリと寝入端(ねいりばな)でございます。ブル/\慄(ふる)えて居る新吉に構わず、細引(ほそびき)を取って向(むこう)の柱へ結び付け、惣右衞門の側へ来て寝息を窺(うか)がって、起るか起きぬか試(ためし)に小声で、
 賤「旦那/\」
 と二声(ふたこえ)三声(みこえ)呼んでみたが、グウ/″\と鼾(いびき)が途断(とぎ)れませんから、窃(そっ)と襟の間へ細引を挟み、また此方(こちら)へ綾(あや)に取って、お賤は新吉に眼くばせをするから、新吉ももう仕方がないと度胸を据(す)えて、細引を手に捲(ま)き付けて足を踏張(ふんば)る。お賤は枕を押えて、
 賤「旦那え/\」
 と云いながら、枕を引く途端、新吉は力に任(まか)して、
 新「うーム」
 と引くと仰向に寝たなり虚空を掴んで、
 惣「ウーン」
 賤「じれったいね新吉さん、グッと斯(こ)うお引きよ、もう一つお引きよ」
 新「うむ」
 と又引く途端新吉は滑って後(うしろ)の柱で頭をコツン。
 新「アイタ」
 賤「アヽじれったいね」
 と有合(ありあわ)せた小杉紙(こすぎがみ)を台処(だいどころ)で三帖(さんじょう)ばかり濡して来て、ピッタリと惣右衞門の顔へ当てがって暫く置いた。新吉はそれ程の悪党でもないからブル/\慄(ふる)えて居りまする。濡紙を取って呼吸を見るとパッタリ息は絶えた様子細引を取って見ると、咽喉頸(のどくび)に細引で縊(くゝ)りました痕(きず)が二本付いて居りますから、手の掌(ひら)で水を付けては頻(しき)りに揉療治を始めました。すると此の痕は少し消えた様な塩梅。
 賤「さアもう大丈夫だ、新吉さんお前は今夜帰って、そうしてこれ/\にするのだから、明日(あした)お前悟られない様に度胸を据(す)えて来てお呉れよ」
 といって新吉を帰して、すっぱり跡方の始末を付けて、直(すぐ)に自分は本家へ跣足(はだし)で駈込んで行(ゆ)きまして
 賤「旦那様がむずかしくなりましたからお出(いで)なすって、まだ息は有りますが御様子が変ったから」
 というと驚きまして、本家では悴(せがれ)惣二郎(そうじろう)から弟息子の惣吉(そうきち)にお内儀(かみ)さん村の年寄が駈けて来て見ると間に合いません間に合わない訳で、殺した奴が知らしたのでございますから。是非なく是から遺言状をというので出して見ると、其の書置(かきおき)に、私は老年の病気だから明日(あす)が日も知れん、若(も)し私が亡(な)い後(のち)は家督相続は惣二郎、又弟惣吉は相当の処へ惣二郎の眼識(めがね)を以て養子に遣って呉れ、形見分(かたみわけ)は是々、何事も年寄作右衞門と相談の上事を謀(はか)る様、お賤は身寄頼りもない者、無理無体に身請をして連れて来た者であるから、私が死ねば皆(みんな)に憎まれて此の土地にいられまいから、元々の通り江戸へ帰して遣ってくれ、帰る時は必ず金を五十両付けて帰してくれ、形見分はお賤に是々、新吉は折々見舞に来る親切な男なれども、お賤と中がよいから、村方の者は密通でもしている様に思うが、彼(あれ)は江戸からの親(ちか)しい男で、左様な訳はない、親切な者で有る事は見抜いているから、己が葬式は、本葬は後(あと)でしても、遺骸を埋(うず)めるのは内葬にして、湯灌(ゆかん)は新吉一人に申し付ける、外(ほか)の者は親類でも手を付ける事は相成らぬ。という妙な書置でございますが、田舎は堅いから、其の通りに先(ま)ずお寺様へ知らせに遣り、夜(よ)に入(い)り内葬だから湯灌に成りましても新吉一人、湯灌は一人では出来ぬもので、早桶を湯灌場に置いて、誰(たれ)も手を付けては成らぬというのだから、
 新「皆さん入らしっては困りますよ、遺言に背きますから」
「実にお前は仕合(しやわ)せだ」
 と年寄から親類の者も本堂に控えて居る。是から早桶の蓋を取ると合掌を組んだなり、惣右衞門の仏様は斯(こ)う首を垂れて居るのを見ると、新吉は現在自分が殺したと思うとおど/\して手が附けられません。殊(こと)に一人では出来ないがと思って居る処へ、土手の甚藏という男、是は新吉と一旦兄弟分に成りました悪漢(わる)。
 甚「新吉/\」
 新「兄いか」
 甚「一寸(ちょっと)顔出しをしたのだが、本家へ行ったらお内儀(かみ)さんが泣いているし、誠にお愁傷でのう、惜しい旦那を殺した、えゝ此の位(くれ)え物の解(わか)ったあんな名主は近村(きんそん)にねえ善(い)い人だが、新吉、手前(てめえ)仕合(しやわ)せだな、一人で湯灌を言付けられて、形見分もたんまりと、エおい、おつう遣っているぜ」
 新「却(かえ)って有難迷惑で一人で困ってるのだ」
 甚「困るたって新吉、一人で湯灌は馴れなくっては出来ねえ、おい、それじゃアいかねえ、内所で己が手伝って遣ろうか」
 新「じゃア内所で遣ってくんねえ」

        四十八

 甚「弓張(ゆみはり)なざア其方(そっち)の羽目へ指しねえな、提灯(ちょうちん)をよ、盥(たれえ)を伏せて置いて、仏様の腋(わき)の下へ手を入れて、ずうッと遣って、盥の際(きわ)で早桶を横にするとずうッと足が出る、足を盥の上へ載せて、胡坐(あぐら)をかゝせて膝で押(おせ)えるのだ、自分の胸の処へ仏様の頭を押付(おっつ)けて、肋骨(あばらぼね)まで洗うのだ」
 新「一人じゃア出来ねえ」
 甚「己は馴れていらア、手伝って遣ろう」
 新「何(ど)う」
 甚「何うだって盥(たれえ)を伏せるのだよ、提灯(ちょうちん)を其方(そっち)へ、えゝ暗(くれ)え心(しん)を切りねえ、えゝ出しねえ、出た/\オヽ冷てえなア、お手伝いでござえ、早桶をグッと引くのだ」
 新「何う」
 甚「何うたってグッと力に任して、えゝ気味を悪がるな」
 新「あゝ出た/\」
 甚「出たって出したのだ、さア胡座(あぐら)をかゝせな、盥(たれえ)の上へ、宜(よ)し/\そりゃ来た水を、水だよ、湯灌をするのに水が汲んでねえのか、仕様がねえなア、早く水を持って来(き)ねえ」
 と云うから新吉はブル/\慄(ふる)えながら二つの手桶を提(さ)げて井戸端へ行(ゆ)く。
 甚「旦那お手伝でげすよ」
 と抱上げて見ると、仏様の首がガックリ垂れると、何(ど)う云うものか惣右衞門の鼻からタラ/\と鼻血が流れました。
 甚「おや血が出た、身寄か親類が来ると血が出るというが己は身寄親類でもねえが、何うして血が出るか、おゝ恐ろしく片方(かたっぽ)から出るなア」
 と仰向にして仏様の首を見ると、時過(た)ったから前よりは判然(はっきり)と黒ずんだ紫色に細引の痕(あと)が二本有るから、甚藏はジーッと暫く見て居る処へ手桶を提げて新吉がヒョロ/\遣って来て、
 新「兄い水を持って来たよ」
 甚「水を持って来たか此方(こっち)へ入れて戸を締めなよ」
 新「な何(なん)だ」
 甚「此処(こけ)へ来て見やア、仏様の顔を見やア」
 新「見たって仕様がねえ」
 甚「見やア此の鼻血をよ」
 新「いけねえなア、其様(そん)なものを見たって仕様がねえ、悪(わり)い悪戯(いたずら)アするなア」
 甚「悪(わり)いたって己がしたのじゃアねえ、自然(ひとりで)に出たのだ新吉咽喉頸(のどっくび)に筋が出て居るな、此の筋を見や」
 新「エ、筋が有ったっても構わねえ、水を掛けて早く埋めよう、おい早く納めよう」
 甚[#「甚」は底本では「新」]「納められるもんかえ、やい、是(こ)りゃア旦那は病気で死んだのじゃアねえ変死だ、咽喉頸に筋があり、鼻血が出れば何奴(どいつ)か縊(くび)り殺した奴が有るに違(ちげ)えねえ」
 新「何(なん)だ人聴(ひとぎき)が悪(わり)いや、大きな声をしなさんな、仏様の為にならねえ」
 甚「手前(てめえ)も己も旦那には御恩があらア、其の旦那の変死を此の儘に埋めちゃア済まねえ、誰(たれ)か此の村に居る奴が殺したに違(ちげ)えねえから、敵(かたき)を捜して、手前も己も旦那の敵を取って恩返(おんげえ)しを仕なけりゃア済まねえ、代官へでも何処(どこ)へでも引張(ひっぱ)って行くのだ、本堂に若旦那が居るから若旦那に一寸(ちょいと)と云って呼んで……」
 新「何(なん)だな其様(そん)な事をして兄い困るよ、藪を突付(つっつ)いて蛇を出す様な事をいっちゃア困らアな、今お経を誦(あ)げてるから、エーおい兄い、それはそれにして埋めて仕舞おう」
 甚「埋められるもんかえ、それとも新吉、実は兄い私(わっち)が殺したんだと一言(ひとこと)云やア黙って埋めて遣ろう」
 新「何を詰らねえ事を、な何を、思い掛けねえ事をいうじゃアねえか何(なん)だって旦那を」
 甚「手前(てめえ)が殺したんでなけりゃア外(ほか)に敵が有るのだから敵討をしようじゃアねえか、手前お賤と疾(と)うから深(ふけ)え中で逢引するなア種が上って居るが、手前は度胸がなくっても彼(あ)の女(あま)ア度胸が宜(いい)から殺してくれエといい兼ねゝえ、キュウと遣ったな」
 新「何(ど)うも、な何(なん)だってそれは、何うも、エおい兄(あんに)い外の事と違って大恩人だもの、何ういう訳で思い違(ちげ)えて其様(そん)な事を、え、おい兄(あんに)い」
 甚「何をいやアがるのだ、手前(てめえ)が殺さなけりゃア殺さねえで宜(い)いやア、手前と己は兄弟分の誼(よしみ)が有るから打明けて殺したと云やア黙って口を拭(ふ)いて埋めるが、外に敵が有れば敵討だ、マア仏様を本堂へ持って行こう」
 新「これドヽ何(ど)うも困るナアおい兄(あんに)い、え、兄い表向にすれば大変な事に成るよ」
 甚「え、成ったって宜いや、不人情な事をいうな、手前(てめえ)が殺したなら黙って埋(うめ)るてえのだ、殺したら殺したと云いねえ、殺したか」
 新「仕様がねえな、何(ど)うも己が殺したという訳じゃアねえが、それは、困って仕舞ったなア、唯(た)だ一寸(ちょいと)手伝ったのだ」
 甚「なに手伝った、じゃアお賤が遣ったか」
 新「それには種々(いろ/\)訳が有るので、唯縄を引張ったばかりで」
 甚「それで宜しい、引張ったばかりで沢山だ、お賤が引くなア女の力じゃア足りねえから、新吉さん此の縄を締めてなざア能く有る形だ、宜しい、よし/\早く水を掛けやア」
 とザブリ水を打掛(ぶっか)けて其の儘(なり)にお香剃(こうずり)の真似をして、暗いうちに葬りに成りましたから、誰有って知る者はございませんが、此の種を知っている者は土手の甚藏ばかり、七日が過(すぎ)ると土手の甚藏が賭博(ばくち)に負けて素(す)っ裸体(ぱだか)になり、寒いから犢鼻褌(ふんどし)の上に馬の腹掛を引掛(ひっか)けて妙な形(なり)に成りまして、お賤の処へ参り、
 甚「え、御免なせえ」
 と是から強請(ゆすり)になる処、一寸一息吐きまして。

        四十九

 土手の甚藏がお賤の宅へ参りましたのは、七日も過ぎましてから、ほとぼりの冷めた時分行(ゆ)くのは巧(たくみ)の深い奴でございます。丁度九月十一日で、余程寒いから素肌へ馬の腹掛を巻付けましたから、太輪(ふとわ)に抱茗荷(だきみょうが)の紋が肩の処へ出て居ります、妙な姿(なり)を致して、
 甚「ヘエ御免なせえ、ヘエ今日(こんにち)は」
 賤「ハイ何方(どなた)え」
 甚「ヘエお賤さん御免なさえ、今日は」
 賤「おや、新吉さん土手の甚藏さんが来たよ」
 新「えゝ土手の甚藏」
 新吉は他人(ひと)が来ると火鉢の側に食客(いそうろう)の様な風をして居るが、人が帰って仕舞えば亭主振(ていしぶ)って居りますが、甚藏と聞くと慄(ぞ)っとする程で、心の中(うち)で驚きましたが、眼をパチ/\して火鉢の側に小さく成って居りますと、
 甚「誠に続いて好(い)い塩梅にお天気で」
 賤「はい、さア、まア一服お喫(あが)りなさいよ」
 甚「ヘエ御免なさえ、斯(こ)ういう始末でねえお賤さん、御本家へもお悔(くやみ)に上(あが)りましたが、旦那がお亡(なく)なりで嘸(さぞ)もう御愁傷でございましょう、ヘエ私(わっち)も世話に成った旦那で、平常(ふだん)優しくして甚藏や悪い事をすると村へ置かねえぞと、親切に意見をいって、喧(やかま)しい事は喧しいけれども、時々小遣(こづけえ)もおくんなすってね、善(い)い人で、惜まれる人は早く死ぬと云うが、五十五じゃア定命(じょうみょう)とは云われねえ位(くれえ)で嘸お前さんもお力落しで、新吉此処(こゝ)に居るのか手前(てめえ)、え、おい」
 新「兄い此方(こちら)へお上りなさい」
 甚「お賤さん、新吉がお前さんの処へ来て御厄介で、家(うち)は彼様(あん)な塩梅に成って此方(こちら)より外(ほか)に居る処が無(ね)えから、宜(い)い事にして、新吉が寝泊りをして居るというのだが、私(わっち)も新吉もお賤さんもお互に江戸子(えどっこ)で、妙なもので、村の者じゃア話しが合わねえから新吉と私は兄弟分(きょうでえぶん)になり、兄弟分の誼(よしみ)で、互(たげえ)に銭がねえといやア、ソレ持ってけというように腹の中をサックリ割った間柄、新吉の事を悪くいう奴が有ると、何(なん)でえといって喧嘩もする様な訳で、ヘエ有難う、カラもう何(ど)うも仕様がねえ、新吉、物がヘマに行ってな、此の通り人間が馬の腹掛を借りて着て居る様に成っちゃア意気地(いくじ)はねえ、馬の腹掛で寒さを凌(しの)ぐので、ヘエ有がとう、好(い)いお宅でげすねえ、私は初めて来たので」
 賤「然(そ)うですか、なに好い家(うち)を拵(こしら)えて下すっても仕方がござりませんよ、斯(こ)う急に、旦那様がお逝去(かくれ)に成ろうとは思いませんでねえ、何時(いつ)までも此処(こゝ)に住んで居る了簡で居りましたが、旦那が亡なられては仕方が有りません。他(ほか)に行(ゆ)く処はなし、まア生れ故郷の江戸へ帰る様な事に成りますが、本当に夢の様な心持で、あゝ詰らないものだと考え出すと悲しく成ってね」
 甚「そうでしょう、是は何(ど)うも実になア、新吉お賤さんは何(ど)の位(くれ)え力落だか知れやアしねえ、ナア、ヘエ有難う良(い)いお茶だねえ、此様(こん)な良い茶を村の奴に飲(のま)したって分らねえ、ヘエ有難う、お賤さん誠に申し兼ねた訳でげすがねえ、旦那が達者でいらっしゃれば黙って御無心申すのだが、此の通りの始末で、からモウ仕様がねえ、何うかお願いでございますが些(ちっ)と許(ばか)り小遣(こづけえ)をお貰(もれ)え申し度(てえ)が、何うか些と許り借金を返(けえ)して江戸へでも帰(けえ)りてえ了簡も有るのですが、何うか新吉誠に無理だがお賤さんに願ってねえ、姉さんお願いでげすが些とばかり小遣(こづけえ)をねえ」
 賤「はい困りますねえ、旦那が亡なりまして私は小遣(こづかい)も何もないのですが、沢山の事は出来ませんが、真(ほん)の志(こゝろ)ばかりで誠に少しばかりでございますが」
 甚「イヽエもう」
 賤「真の少しばかりでお足(た)しには成りますまいが、一杯召上って」
 甚「ヘエ有難う、ヘエ」
 と開けて見ると二朱金で二個(ふたつ)。
 甚「是はお賤さんたった一分(いちぶ)で」
 賤「はい」
 甚「一分や二分じゃア借りたって私(わっち)の身の行立(ゆきた)つ訳は有りませんねえ、借金だらけだから些と眼鼻(めはな)を付けて私も何うか堅気(かたき)に成りてえと思ってお願い申すのだが、それを一分ばかり貰っても法が付かねえから、少し眼鼻の付く様にモウ些とばかり何うかね」
 賤「おや一分では少ないと仰しゃるの、そう、お気の毒様出来ません、私どもは深川に居ります時にも随分銭貰(ぜにもら)いは来ましたが、一分遣れば大概帰りました、一分より余計(たんと)は上(あげ)る訳にゃア参りません、はい女の身の上で有りますからねハイ、一分で少ないと仰しゃれば、身寄親類ではなし上げる訳は有りませんが、そうして幾ら欲(ほし)いと仰しゃるのでございますえ」
 甚「幾らカクラてえお強請(ねだり)申すのでげすから貰う方で限りはねえ、幾ら多くっても宜(い)いが、お賤さんの方は沢山(たんと)遣りたくねえというのが当然(あたりめえ)の話だが、借金の眼鼻を付けて身の立つ様にして貰うにゃア、何様(どん)な事をしても三拾両貰わなけりゃア追付(おっつ)かねえから、三拾両お借り申してえのさ、ねえ何うか」
 賤「何(なん)だえ三拾両呆れ返って仕舞うよ、女と思って馬鹿にしてお呉れでないよ、何だエお前さんは、お前さんと私は何だエ、碌にお目に掛った事も有りませんよ、女一人と思って馬鹿にして三拾両、ハイ、そうですかと誰が貸しますえ、訝(おか)しな事をいって、なん、なん、なん何をお前さんに三拾両お金を貸す縁がないでは有りませんか」

        五十

 甚「それは縁はない、縁はないがね、縁を付けりゃア付かねえ事も有りますめえ、ねえ新吉と私(わっち)は兄弟分、ねえ其の新吉が此方様(こちらさま)へ御厄介に成って居るもの其の縁で来た私さ」
 賤「新吉さんは兄弟分か知りませんが、私はお前さんを知りません、新吉さん帰ってお呉んなさいヨウ、呆れらア馬鹿/\しい、人を馬鹿にして三拾両なんて誰(たれ)が貸す奴が有るものか、三拾両貸す様な私はお前さんに弱い尻尾(しっぽ)を見られて居れば仕方がないが、私の家(うち)で情交(いろ)の仲宿(なかやど)をしたとか博奕(ばくち)の堂敷(どうじき)でも為(し)たなら、怖いから貸す事も有るが、何もお前さん方に三拾両の大金を強請(いたぶ)られる因縁は有りません、帰ってお呉れ、出来ませんよ、ハイ三文も出来ませんよ」
 甚「然(そ)う腹を立っちゃア仕様がねえ、え、おい、だがねえお賤さん、人間が馬の腹掛を着て来る位(くれ)えの恥を明かしてお前さんに頼むのだ、私(わっち)も此の大(だい)の野郎が両手を突いて斯(こ)んな様(ざま)アしてお頼み申すのだから能々(よく/\)の事、宜(い)いかね、それにたった一分じゃア法が付かねえ、私の様な大きな野郎が手を突いてのお頼みだね、此の身体を打毀(ぶっこわ)して薪(まき)にしても一分や二分のものはあらアね、馬の腹掛を着て頼むのだから、お前さん三拾両貸して呉れても宜(よ)かろうと思う」
 賤「何が宜(い)いのだえ、何が宜いのだよ、何もお前さん方に三拾両の四拾両のと借りられる縁が有りません、悪い事をした覚えは有りません、博奕の宿や地獄の宿はしませんから貸されませんよ」
 甚「じゃア何(ど)う有ってもいけねえのかえ」
 賤「帰ってお呉んなさい」
 甚「そうか無理にお借り申そうという訳じゃアねえ、じゃア帰(けえ)りましょう、新吉黙って引込(ひっこ)んで居るなえ此処(こゝ)へ出ろ、借りて呉れ、ヤイ」
 新「其様(そん)な大きな声をしてはいけねえやな兄(あんに)い仕方がねえな、お賤さん仕方がねえ貸しねえ」
 賤「何(なん)だえ、お前さんは心易(こゝろやす)いか知りませんが、私は存じません、何様(どん)な事が有っても出来ませんよ、帰ってお呉んなさい」
 甚「何(ど)う有っても貸せねえってものア無理にゃア借りねえ、じゃア云って聞かせるが、コレ女だと思うから優しく出りゃア宜(い)い気に成りやアがって、太(ふて)え事をしやアがって、色の仲宿や博奕の堂敷が何程の罪だ、世の中に悪(わり)い事と云うなア人殺しに間男と盗賊(ぬすっと)だ」
 賤「何をいうのだ」
 甚「なに、何(ど)うしたも斯(こ)うしたもねえ、新吉此処(こゝ)へ出ろ、エヽおい、咽喉頸(のどっくび)の筋が一本拾両にしても二十両が物アあらア」
 新「マア黙って兄(あんに)い」
 甚「何(なん)でえ篦棒(べらぼう)め、己が柔和(おとな)しくして居るのだから文句なしに出すが当然(あたりめえ)だ、手前等(てめえら)が此の村に居ると村が穢(けが)れらア、手前等を此処(こけ)え置くもんか篦棒め、今に逆磔刑(さかばりつけ)にしようと簀巻(すまき)にして絹川へ投(ほう)り込(こも)うと己が口一つだから然(そ)う思ってろえ」
 新「おい、其様(そん)な事を人に」
 甚「人に知れたって構うもんかえ」
 新「マア/\待ちねえ、知らねえのだお賤さんは、一件の事を知らねえのだよ、だから己が何(ど)うか才覚して持って行(い)こう、今夜屹度(きっと)三拾両持って行(ゆ)くよ」
 甚「間抜め、黙って引込(ひっこ)んで居る奴が有るもんか、そんなら直(すぐ)に出せ」
 新「今は無いから晩方までに持って行(ゆ)くよ」
 甚「じゃア屹度持って来い」
 新「今に持って行(ゆ)くから、ギャア/\騒がねえで、実は、己がまだお賤に喋らねえからだよ、当人が知らねえのだからよ」
 甚「コレ、博奕の仲宿とは何(なん)だ、太(ふて)え女(あま)っちょだ」
 新「そんな大きな声を」
 甚「屹度持って来い、来ねえと了簡が有るぞ」
 新「何ごと置いても屹度金は持って行(ゆ)くよ、驚いたねえ」
 賤「おい新吉さん、何(な)んだって彼奴(あいつ)にへえつくもうつくするのだよ、お前がヘラ/\すると猶(なお)増長すらアね」
 新「何(ど)うしてもいけないよ、貸さなけりゃア成らねえ」
 賤「何(なん)で彼奴(あいつ)に貸すのだえ」
 新「何(なん)だって、いけねえ事に成って仕舞った、旦那の湯灌の時彼奴(あいつ)が来やアがって、一人じゃア出来ねえから手伝うといって、仏様を見ると、咽喉頸(のどっくび)に筋が有るのを見付けやがって、ア屹度(きっと)殺したろう、殺したといやア黙ってるが云わなけりゃア仏様を本堂へ持って行って詮議方(あらいかた)するというから、驚いて否応(いやおう)なしに種を明(あか)した」
 賤「アレ/\あれだもの、新吉さん、それだもの、本当に仕方がないよ、彼(あれ)までにするにゃア、旦那の達者の時分から丹精したに、彼(あ)の悪党に種を明して仕舞って何(ど)うするのだよ、幾ら貸したって役に立つものかね、側から借りに来るよ彼奴(あいつ)がさ」
 新「だけれども隠すにも何も仕様がない、本堂へ持って行かれりゃア直(すぐ)に悪事(ぼく)が露(わ)れるじゃアねえか、黙って埋めて遣るから云えというので」
 賤「本当に仕様がないよ、何処(どこ)へでも持って行けと云えばいゝじゃアないか」
 新「然(そ)ういうと直(すぐ)に彼奴(あいつ)が持って行(ゆ)くよ」
 賤「持って行ったっていゝじゃアないか、何処(どこ)までも覚えは有りませんと私も云い張ろうじゃアないか」
 新「云い張れないよ、彼奴(あいつ)ア中々の奴でそれに彼(あ)アいう時は口が利けないからねえ、脛疵(すねきず)だからお前のいう様な訳にゃアいかねえ、金で口止めするより外(ほか)に仕方はないよ」
 賤「でも三拾両貸すと、ばんごと/\来ては大きな声で呶鳴ると、何(なん)で甚藏が呶鳴るかと他人(ひと)の耳にも這入り、目明(めあかし)が居るから、おかしく勘付かれて、あいつが縛られて叩かれると喋るから、何(ど)の道新吉さん仕方がない、土手の甚藏を何うかして殺してお仕舞いよう」

        五十一

 新「何(ど)うして/\中々彼奴(あいつ)ア己より強い奴で、滅法力が有るから、彼奴は撲(ぶ)たれても痛くねえってえので、五人位掛らねえじゃアおっ付かねえ」
 賤「何(ど)うか工夫が有るだろうじゃアないか」
 新「工夫が中々いかないよ」
 賤「ちょいと/\新吉さん耳をお貸し」
 新「エ、うんうん成程是は旨(うめ)え」
 賤「だからさア、それより外に仕方がないよ、悟られるといけない、悪党だから悟られない様に確(しっ)かり男らしくよ」
 と何か囁(さゝ)やき、新吉が得心して、旦那の短い脇差をさして、新吉が日が暮れて少したって土手の甚藏の家(うち)へ来て、土間口から、
 新「はい御免」
 甚「サア上(あが)りゃア、マア下駄を穿いたなりで上りゃア、草履(ぞうり)か、構わねえ、畳がねえから掃除も何もしねえから其の儘上りゃ」
 新「兄(あんに)い、先刻(さっき)の様に高声(たかごえ)であんな事を云ってくれちゃア困るじゃアねえか、己はどうしようかと思った、表に人でも立って居たら」
 甚「何故、いゝじゃアねえか、己が面(つら)を出したら黙って金を出すかと思ったら、まご/\して居やアがって、手前(てめえ)お賤に惚れていやアがる、馬鹿、彼女(あいつ)めいゝ気に成りやアがって、呶鳴り付けるから仕方なしに云ったんだ、此畜生(こんちきしょう)金え持って来たか」
 新「彼(あ)れから後(あと)でお賤に話をして実は是々で明(あか)したと云ったら、それは済まない事を云った、知らなかったから誠に悪い事を云ったが、甚藏さんに悪く思わねえ様に然(そ)ういってくれというのだ」
 甚「手前(てめえ)湯灌場の事を云ったか」
 新「云ったよ、云ったら驚いてお賤は甚藏さんに済まなかった、然ういう訳なら何故早く私に然う云わないで、だが土手の甚藏さんに茲(こゝ)で三拾や四拾や上げても焼石に水で駄目だから、纏(まと)まった金を上げようから、何(ど)うかそれで堅気になり、此方(こっち)も江戸へ行って小世帯(こじょたい)を持つから、お互に此の事は云わねえという証拠の書付(かきつけ)でも貰って、たんとは上げられないが百両上げるから、百両で堅気に成ったら宜かろうと云うので、長く彼様(あん)な事をしていても甚藏さんも詰らねえじゃアないか、兄弟分の友誼(よしみ)で此の事はいわないと達引(たてひ)いて呉れるなら、生涯食える様に百両遣ろうというのだ、百両貰って堅気に成りねえ」
 甚「然うか、有難(ありがて)え、百両呉れゝば生涯お互(たげ)えに堅気に成りてえ、己も馬鹿は廃(や)めてえや」
 新「然う極(き)めてくんねえ」
 甚「じゃアまア金さえ持って来りゃア」
 新「今茲(こゝ)にはねえ」
 甚「何をいうんだ馬鹿」
 新「マア人のいう事を聞きねえ、旦那が達者のうちお賤に己が死んだら食方(くいかた)に困るだろうから、死んでも食方の付く様にといって、実は根本(ねもと)の聖天山(しょうでんやま)の手水鉢(ちょうずばち)の根に金が埋めて有るから、それを以(もっ)てと言付けて有るのだ、えゝ二百両あると思いねえ、聖天山の左の手水鉢の側に二百両埋めて有るのだから、それを百両ずつ分けて江戸へ持って行って、お互に悪事は云わねえ云いますめえと約束して、堅気になって、親類になろうじゃアねえか」
 甚「然うか、新吉、旦那もお賤にゃア惚れて居たなア、二百両という金を埋めて置いて是で食えよとなア、若旦那にもいわねえで金を埋めて置くてえのは金持は違わア」
 新「早く堀らねえと彼処(あすこ)の山は自然薯(じねんじょう)を堀りに行(ゆ)く奴が有るから、無暗(むやみ)に遣(や)られるといけねえ」
 甚「じゃア早く」
 新「鋤(すき)か鍬(くわ)はねえか」
 甚「丁度鋤が有るから」
 と有合(ありあい)の鋤を担(かつ)いで是から二十丁もある根本の聖天山へ上(あが)って見ると、四辺(あたり)は森々(しん/\)と樹木が茂って居り、裏手は絹川の流(ながれ)はどう/\と、此の頃(ごろ)の雨気(あまけ)に水増して急に落(おと)す河水の音高く、月は皎々(こう/\)と隈(くま)なく冴(さ)えて流へ映る、誠に好(よ)い景色だが、高い処は寒うございますので、
 甚「新吉此処(こゝ)は滅法寒いナア」
 新「なに穴を堀ると暖(あった)かくなって汗が出るよ、穴を堀りねえ」
 甚「余計な事をいうな」
 新「此処だ/\」
 と差図(さしず)を致しますから、
 甚「よし/\」
 といいながら新吉と土手の甚藏がポカ/\堀りまする、所が金は出ません、幾ら堀っても金は出ない訳で固(もと)より無い金、びっしょり汗をかいて、
 甚「新吉金は無(ね)えぜ」
 新「無(ね)いね」
 甚「何をいうんだ、無駄っ骨(ぽね)を折(おら)しやアがって金は有りゃアしねえ」

        五十二

 新「左と云ったが、ひょっとしたら向って左かしら」
 甚「何を云うんだ仕様がねえな此畜生咽喉(のど)が渇いて仕様がねえ、斯(こ)んなにびっしょりに成った」
 新「己も咽喉が渇くから水を飲みてえと思っても、手水鉢は殻(から)で柄杓(ひしゃく)はから/\だが、誰もお参りに来ないと見えるな、うんそう/\、此方(こっち)へ来な、聖天山の裏手に清水の湧(わ)く処がある、社(やしろ)の裏手で崖の中段にちょろ/\煙管(きせる)の羅宇(らう)から出る様な清水が溜って、月が映っている、兄(あに)い彼処(あすこ)の水は旨(うめ)えな」
 甚「旨えが怖くって下(お)りられねえ」
 新「下りられねえって何(ど)うかして下りられるだろう、待ちねえあの杉だか松だか柏(かしわ)だかの根方に成って居る処(とこ)に藤蔓(ふじつる)に蔦(つた)や何か縄の様になってあるから、兄い此奴(こいつ)に吊下(ぶらさが)って行けば大丈夫(でえじょうぶ)だが己は行った事がねえからお前(めえ)行ってくんねえな」
 甚「此奴ア旨え事を考えやアがった、新吉の智慧(ちえ)じゃアねえ様だ、此奴ア旨え、柄杓は有るか」
 と手水鉢の柄杓を口に啣(くわ)えて、土手の甚藏が蔦蔓(つたかつら)に掴まって段々下りて行くと、ちょうど松柏の根方(ねがた)の匍(は)っている処に足掛りを拵(こしら)えて、段々と谷間(たにあい)へ下りまして、
 甚「アヽ斯(こ)うやって見ると高いナア、新吉ヤイ/\水は充分あらア」
 新「早くお前(めえ)飲んだら一杯持って来て呉んねえ」
 甚「手前(てめえ)下りやアな、持って行く訳にアいかねえ、ポタ/\柄杓が漏らア、カラ/\になっていたからナア、アヽ旨(うめ)え/\甘露だ、いゝ水だ、アヽ旨え、なに持って行くのは騒ぎだよ」
 新「後生だから、お願いだから少しでも手拭に浸(ひた)して持って来て呉んねえ咽喉が干(ひ)っ付きそうだから」
 甚「忌(いめ)えましい奴だな、待ちャア」
 と一杯掬(すく)い上げて澪(こぼ)れない様に、平(たいら)に柄杓の柄(え)を啣(くわ)えて蔦蔓(つたかづら)に縋(すが)り、松柏の根方を足掛りにして、揺れても澪れない様にして段々登って来る処を、足掛りの無い処を狙いすまして新吉が腰に帯(さ)したる小刀(しょうとう)を引抜き、力一ぱいにプツリと藤蔓(ふじづる)蔦蔓(つたかつら)を切ると、ズル/\ズーッと真逆(まっさか)さまに落ちましたが、何(ど)うして松柏の根方は張っているし、山石の角(かど)が出張(でっぱ)っておりますから、頭を打破(うちやぶ)って、落ちまするととても助かり様はございませんが、新吉は側にある石をごろ/\谷間(たにあい)へ転がし落(おと)しました、其のうちむら/\と雲が出て月が暗く成りましたから、それを幸いに新吉は脇差を鞘に納めて、さっさと帰って来て、
 新「おゝ/\お賤さん/\明けてお呉れ/\」
 賤「誰(たれ)だえ」
 新「己(おい)らだよ」
 賤「ア新吉さんかえ、能く帰って来てお呉れだねえ、案じていたよさアお這入り」
 新「アヽびしょ濡だ、何か斯(こ)う単物(ひとえもの)か何か着てえもんだ」
 賤「袷(あわせ)と単物と重ねて置いたよ、さア是をお着、旨く行ったかえ」
 新「すっぱり行った」
 賤「私の云った通り後(あと)から石を投(や)ったのかえ」
 新「投った/\、気が付いたから後から石を二つばかり投った、あれが頭へ当りゃア直(すぐ)に阿陀仏(おだぶつ)だ」
 賤「いゝね、今脊中を拭くから一服おしよ、熱い湯で拭く方が好(い)いから」
 と銅盥(かなだらい)へ湯を汲んで新吉の脊中を拭いてやり、
 賤「袷におなり」
 新「大きにさば/\した」
 と其のうち此方(こっち)へ膳を持って来て酒の燗を付け、月を見ながら一猪口(ひとちょく)始めて、
 賤「もう是で二人とも怖い者はないよ」
 新「何(ど)うも実に旨(うめ)え事を考えて、一寸彼奴(あいつ)も気が付かねえが、藤蔓に伝わって下りろといった時に、手前(てめえ)の智慧じゃアねえ様だといった時、胸がどきりとしたが、真逆(まっさか)さまになって落(おち)る上から側に在(あ)った石をごろ/\、あの石で頭を打破(ぶちわ)ったに違(ちげ)えねえが、彼奴は悪党の罰(ばち)だ。己(うぬ)が悪党の癖に」
 是から二人で中好(なかよ)く酒盛をしているうち空は段々雲が出て来て薄暗くなり、
 賤「もう寝ようじゃアないか」
 というので戸締りをしに掛りましたが、
 新「また曇って来たぜ、早く仕ねえ」
 賤「今お待ち」
 と床を敷く間新吉は煙草を喫(の)んでいると、戸外(おもて)の処は細い土手に成って下に生垣(いけがき)が有り、土手下の葮(よし)蘆(あし)が茂っております小溝(こみぞ)の処をバリ/\/\という音。
 新「何(なん)だか音がするぜ」
 賤「お前様(まえさん)は臆病だよ、少し音がすると」
 新「デモ何だかバリ/\」
 賤「なアに犬だよ」
 新「何だか大変にバリ付くよ、何だろう」
 と怖々(こわ/″\)庭を見る途端に、叢雲(むらくも)が断(き)れて月があり/\と照り渡り、映(さ)す月影で見ると、生垣を割って出ましたのは、頭髪(かみ)は乱れて肩に掛り、頭蓋(あたま)は打裂(ぶっさ)けて面部(これ)から肩(これ)へ血だらけになり、素肌へ馬の腹掛を巻付けた形(なり)で、何処(どこ)を何(ど)う助かったか土手の甚藏が庭に出た時は、驚きましたの驚きませんのではござりませぬ、是から悪事露見という処、一寸一息吐きまして。

        五十三

 引続きお聴きに入れました新吉お賤は、我(わが)罪を隠そうが為に、土手の甚藏を欺(あざむ)いて根本の聖天山の谷へ突落(つきおと)し、上から大石(たいせき)を突転がしましたから、もう甚藏の助かる気遣(きづかい)は無いと安心して、二人差向いで、堤下(どてした)の新家(しんや)で一口飲んで、是(こ)れから寝ようと思って雨戸を締めようという所へ、土手の生垣を破って出たのは土手の甚藏、頭脳は破れて眉間(これ)から頤(これ)へ掛けて血は流れ、素肌に馬の腹掛を巻付けた姿(なり)で庭口の所へ斯(こ)う片足踏出して、小座敷の方を睨(にら)みました其の顔色(がんしょく)は実に二(ふ)タ眼とは見られぬ恐しい怖い姿(すがた)でござりますから、新吉お賤は驚いたの驚かないの、ゾッと致しました。座敷へ上(あが)ってキャア/\騒がれては大変と思いましたが、新吉はもとよりそれ程悪徒(わるもの)という程でも有りませんから、たゞ甚藏の見相(けんそう)に驚きぶる/\慄(ふる)えて[#「慄(ふる)えて」は底本では「慓(ふる)えて」]いるから、
 賤「新吉さんお前爰(こゝ)にいてはいけないよ、どんな事が有っても詮方(しかた)がないから土手へ連れて行って彼奴(あいつ)を斬払(ぶっぱら)っておしまいよ」
 新「斬払えたって出れば殺される」
 賤「大丈夫だよ、戸外(おもて)へ連れて行って堤(どて)の上で」
 とぐず/″\云っているうちずか/″\と飛込んで縁側へ片足踏かけました甚藏は、出ようとする新吉の胸ぐらを把(と)って
 甚「己(うぬ)、いけッ太(ぷて)え奴、能くも彼(あ)の谷へ突落しやアがったな、お賤も助けちゃア置かねえ能くも己(おれ)を騙(だま)しやアがったな、サア出ろ、いけッ太え奴だ、お賤の女(あま)も今見ていろ」
 と堤の上へ引摺(ひきず)って行(ゆ)こうとする、此方(こちら)は出ようとする、向(むこう)は引くから、ずる/\と土手下へ落ちたから、
 新「ウム、後生だから助けて、兄い苦しい、己の持っている金は皆(みんな)お前(めえ)に、これさ兄い、何も彼(か)もみんなお前にやるから何(ど)うか堪忍して、然(そ)ういう訳じゃアねえ、行間違(ゆきまちが)いだから」
 甚「糞でも喰(くら)え、なに痛(いて)えと、ふざけやアがるな」
 と力を入れて新吉の手を逆に把(と)って捻(ねじ)り、拳固(げんこ)を振り上げてコツ/\撲(ぶ)ったから痛いの痛くないのって、眼から火の出るようでございます。
 新「兄い助けて呉れ/\」
 と喚(わめ)きますのを、
 甚「うぬ助けるものか、お賤のあまッちょも今後(あと)からだ」
 と腰から出刄庖丁を取出して新吉の胸下(むなもと)を目懸けて突こうとすると、新吉は仰向に成って、
 新「己が悪かった堪忍して、兄い後生だから助けてよう」
 というも大きな声を出しては事が露顕しようと思いますから、小声で助けて呉んねえと呼ぶばかりでございます。すると何処(どこ)から飛んで来ましたかズドンと一発鉄砲の流丸(それだま)が、甚藏が今新吉を殺そうと出刃庖丁を振り翳(かざ)している胸元へ中(あた)りましたから、ばったり前へのめりましたが、片手に出刃庖丁を持ち、片手は土手の草に取つき、ずーと立上ったが爪立(つまだ)ってブル/\っと反身(そりみ)に成る途端にがら/\/\/\と口から血反吐(ちへど)を吐きながらドンと前へ倒れた時は、新吉も鉄砲の音に驚き呆気(あっけ)に取られて一向訳が分らないから、自分が[#「自分が」は底本では「身分が」]殺された心がしましてたゞ南無阿弥陀仏/\と申しましたが、暫くして漸(ようや)くに気が付き起上りまして四辺(あたり)を見廻し、
 新「アヽ何処から飛んで来たか鉄砲の流丸(それだま)、お蔭で己は助かったが猟師が兎でも打とうと思って弾丸(たま)が反(そ)れたか、アヽ僥倖(さいわい)命強(いのちづよ)かった、危ない処を遁(のが)れた、誰(たれ)が鉄砲を打ったか有難いことだ」
 併(しか)し猟夫(かりゅうど)が此の様子を見て居りはせぬかと絹川の方を眺めますれど、只水音のみでございまして往来は絶えた真の夜中でございます。此方(こちら)の庭の生垣の方からちらり/\と火縄の火が見える様だから、油断をせず透(すか)して見ますると、寝衣帯(ねまきおび)の姿(なり)で小鳥を打ちまする種が島を持って漸くに草に縋(すが)って登って来たのはお賤、
 賤「新吉さんお前に怪我は無かったかえ」
 新「お賤、手前(てめえ)はマア何(ど)うした」
 賤「私はモウ途方に暮れて仕舞って、お前に怪我をさしてはならないから何うしようかと思っても、女が刃物三昧(ざんまい)しても彼奴(あいつ)には敵(かな)わないし、何うしようかと考えたら、ふいと気がついたんだよ、此の間ね旦那が鉄砲を出して小鳥をうつ時手前(てまえ)もやって見ろッてんでね、やっと引金に指を当(あて)る事だけネ教わって覚えたので、時々やって見た事がある、今も丸(たま)が込めて有る事を思い出したから、直(すぐ)に旦那の手箱の中(うち)から取出してね、思い切って遣(や)って見たんだけれども、好(い)い塩梅に近くで発(はな)しただけに狙いも狂わず行(や)って、お前に怪我さえ無ければ私はマア有難い斯(こ)んな嬉しい事は無いよ」
 新「何しろ何(ど)うせ此の事が露顕せずにはいねえ、甚藏を撲殺(ぶっころ)して仕舞ってお前(めえ)と己と一緒に成っていられる訳のものじゃアねえから、今のうち身を隠してえものだ」
 賤「アヽ私もね茲(こゝ)にいる気はさら/\無いから、形見分(かたみわけ)のお金も有るのだけれども、四十九日まで待ってはいられないから、少しは私の貯(たくわ)えも有るから、それを持って二人で直(すぐ)に逃げようじゃアないか」
 新「ウム、少しも早く今宵(こよい)の内に」
 というので、是から衣類や櫛(くし)笄(こうがい)貯えの金子までも一(ひ)ト風呂敷として跡を暗(くら)まし、明(あけ)近い頃に逐電して仕舞いました。また甚藏の死骸は絹川べりにありましたが、夜(よ)が明けて百姓が通り掛って騒ぎ、名主へも届けたが、甚藏は平素(ふだん)悪(にく)まれもの、何うか死んで呉れゝばいゝと思っていた処、甚藏が絹川べりで鉄砲で撃殺(うちころ)されているというのを村の人達が聞込んで、アヽ是からは安心だ、甚藏が死ねば村の者が助かるまでよと歓び、其の儘名主様へ届けて法蔵寺に葬ったが、投込み同様、生きている中(うち)の悪事の罰で、勿論悪徒(わるもの)ですから誰の所業(しわざ)と詮議して呉れる者も有りません。新吉お賤の逃去りましたのは固(もと)より不義淫奔(いたずら)をしていて名主様が没(なくな)ると、自分達は衣類や手廻りの小道具何や彼(か)やを盗んでいなく成ったに相違ない。彼(あれ)は素(もと)より浮気をしていた者の駈落だから左(さ)もあるべしと、是も尋ねる者もないので何事も有りませんが、名主惣右衞門の変死は誰(たれ)有って知る者は無い。肝腎の知っている甚藏が殺されましたから、惣右衞門は全く病死したのだと心得て居りますが、中には疑がっている者も有りまして、様々いうが、マア名主の跡目は忰(せがれ)惣次郎、誠に柔和温順の人でお父(とっ)さんは道楽のみを致しましたが、それには引きかえ惣次郎は堅くって内気ですから他(た)に出たことも無い人でございますが、或時村の友達に誘われまして水街道へ参って、麹屋(こうじや)という家(うち)で一猪口(ひとちょこ)やりました、其の時、酌に出た婦人が名をお隅(すみ)と申しまして、齢(とし)は廿歳(はたち)ですが誠に人柄の好(よ)い大人しやかの婦人でございます。

        五十四

 水街道あたりでは皆枕附(まくらつき)といいまして、働き女がお客に身を任せるが多く有りますが、此のお隅は唯無事に勤めを致し、余程人柄の好(よ)い立振舞から物の言い様、裾捌(すそさばき)まで一点の申分のない女ですから、惣次郎は麹屋の亭主を呼んで、是は定めし出の宜しい者だろうと聞合せますと、元は谷出羽守(たにでわのかみ)様の御家来で、神崎定右衞門(かんざきさだえもん)という人の子で、お父様(とっさま)と一緒に浪人して此の水街道を通り、此の家に泊り合せると定右衞門が生憎(あいにく)病気で長く煩らって没(なく)なり、後(あと)で薬代(くすりしろ)や葬式料に困って居ります故、宿の主人(あるじ)が金を出して世話を致しましたから恩報じかた/″\此の家に奉公致し、外(ほか)に身寄親類もない心細い身の上でございますから、何分願います、外の女とは違いまして真面目に奉公を致して居りますもの、贔屓(ひいき)にして下さいというので、惣次郎の気に入りまして、度々(たび/\)遊びに来る、其の頃の名主と申しては中々幅の利いた者ですから、名主様の座敷へ出る時は、働き女でも芸妓(げいしゃ)でも、まア名主様に出たよなどと申して見得(みえ)にしたものでございます。惣次郎もお隅には多分の祝義を遣わし折節は反物(たんもの)などを持って来て遣る事も有るから、男振といい気立(きだて)といい柔和温順で親切な名主様と、お隅も大切に致し、何(ど)うも有難いと思い、或日の事、
 隅「私は外に参る処もない身の上でございますから、何分御贔屓なすって下さい」
 というので、惣次郎も近々(ちか/″\)来る中(うち)に、不図した縁で此のお隅と深くなりました事で、今迄堅い人が急に浮(うか)れ出すと是は又格別でございまして、此の頃は家を外(そと)に致す様な事が度々でございますから、お母様(っかさん)も心配する、弟御(おとうとご)もございますが、是はまだ九歳で、何も役にたつ訳でもございませぬから、お母様も種々(いろ/\)心配なさるが、常に堅い人だから、うっかり意見がましい事もいわれませんので控えている。すると其の翌年寛政(かんせい)十年となり、大生郷村の天神様から左(ひだ)りに曲ると法恩寺(ほうおんじ)村という、其の法恩寺の境内に相撲が有ります。此の相撲場は細川越中守(ほそかわえっちゅうのかみ)様御免の相撲場ということで、木村權六(きむらごんろく)という人が只今以(もっ)て住んで居ります、縮緬(ちりめん)の幕張(まくば)りを致して、田舎相撲でも立派な者で近郷からも随分見物が参ります、此処(こゝ)に参っている関取は花車重吉(はなぐるまじゅうきち)という、先達(せんだって)私(わたくし)古い番附を見ましたが、成程西の二段目の末から二番目に居ります。是は信州飯山(いいやま)の人で十一の時初めて羽生村へ来て、名主方に二年ばかり奉公している其の中(うち)に、力もあり体格もいゝので、自分も好きの処から、法恩寺村の場所へ飛入りに這入ると、若いにしては強い、此の間は三段目の角力(すもう)を投げたなどゝ賞(ほ)められましたから、自分も一層相撲に成ろうと、其の頃の源氏山(げんじやま)という年寄の弟子となったが、是より花車が来たといえば土地の者が贔屓にして見物に来る。惣次郎も何時(いつ)も多分の祝義を遣わしましたが、今度もお隅を伴(つ)れて見物しようと思い、相撲は附けたり、お隅に逢いたいからそこ/\支度を致しますと、母が心配して
 母「アノ帰るなら今夜は些(ち)と早く帰って貰(もれ)え度(て)え、明日(あす)は少し用が有るからのう」
 惣次郎「少しは遅く成るかも知れません、若(も)し遅くなれば喜右衞門(きえもん)どんに何彼(なにか)と頼んで置いたから御心配は無いが、万一(ひょっと)して花車も一杯[#「一杯」は底本では「一抔」]やり度(た)いなどゝ云うと、些(ちっ)とは私も遣り度い物も有りますから、又帰る迄に着物でも持たして遣りとうございますし、そんな事で種々(いろ/\)又相談も致しますから、若し遅く成りましたら、何(ど)うかお先にお寝(やす)みなすって下さいまし」
 母「ハイ遅くならば先(さ)きに寝てもいゝだけれど、まア此の頃は他(ほか)へ出ると泊って来る事もあり、今迄旦那様が達者の時分にはお前が家(うち)を明けた事はねえ、あんな堅(かて)え若旦那様はねえ、今の世は逆(さか)さまだ、親が女郎を買って子が後生を願うと云う唄の通りだ、惣次郎様の様なあんな若旦那ア持ちながら、惣右衞門どんはいゝ年いして道楽するなどと村の者がいうから、鼻が高(たけ)えと思ったが、旦那殿が死んで仕舞って見ると、今ではお前(めえ)の身代だから、まア家(うち)の為え思ってお前も今迄骨折って呉れただが、去年あたりから大分(でえぶ)泊りがけに出かけるものだから、村の者も今迄は堅(かて)え人だったが、何(ど)う言う訳だがな泊り歩くが、役柄もしながらハアよくねえ事(こッ)たア年老(としと)った親を置いて、なんて悪口(わるくち)を利(き)く者もあるで、成(なる)だけ他人(ひと)には能く云わしたいが、是は親の慾だからお前の事だから間違(まちげ)えはなかんべえが、成たけまア帰(けえ)れるだら帰(けえ)って貰(もれ)えてえだ心配(しんぺい)だからのう」
 惣次郎[#「惣次郎」は底本では「惣二郎」]「イエなに、然(そ)う御心配なれば参らんでも宜しゅう、是非参り度(た)い訳ではありません、花車も来た事だから聊(いさゝ)かでも祝義も遣り度いと思いましたが、そういう訳なら参らんでも宜しいので、新右衞門(しんえもん)も同道する積りでしたが、左様なれば往(い)かないでも先方(むこう)で咎(とが)めるでもなし、怒(おこ)りもしますまい、それでは止(や)めましょう」
 母「そういえばハア困るべえじゃアねえか、行くなアとはいわねえが、出れば泊りがけの事も有るし、帰(けえ)らねえ事も有るから、それで私(わし)が案じるからいうので、行くなアとはいわねえ、行っても能(いゝ)から早く帰(けえ)って来(こ)うというのだ、お前(めえ)は今迄親に暴(あれ)え言(こと)をいい掛けた事はねえが、此の頃は様子が異(ちが)って意見らしい事をいえば顔色(かおいろ)が違うからいうだ、私は段々年を取り惣吉はまだ子供なり、役には立たねえから、お前も堅くって今まで人に云われる事もなかっただから、間違(まちげ)えはなかろうけれども、若(わけ)え者の噂にあんなハア美(うつ)くしい女子(おなご)があるから家(うち)へ帰(けえ)るは厭(いや)だんべえ、婆様(ばあさま)の顔見るも太儀(たいぎ)だろうなどという者もあるから、そんな事を聞くと心配(しんぺい)で成んねえもんだから、少しも能く思わせてえのが親の慾でござらア、行くなという訳ではねえ往ってもいゝから帰(けえ)れたら早く帰(けえ)って来(こ)うというと胆(きも)いれてそんたら往くめえなどと、年寄ればハア然(そ)うお前(めえ)にまでいわれて邪魔になるかと思って早くおっ死度(ちにて)えなどと愚痴も出るものでのう」

        五十五

 惣次郎「イエ左様なれば早く帰って参ります、思わず言過ぎて何(ど)うも悪いことを申しまして今夜は早く帰って参ります、大(おお)きに余計な御心配を懸けまして誠に済みません」
 母「然(そ)うなれば宜しい、機嫌を直して往(い)くがいいよ、これ/\多助(たすけ)や」
 多「ハイ」
 母「汝(われ)行くか」
 多「ヘエ、関取が出るてえから行って見ようと思って」
 母「汝口が苛(えら)いから人中へ入って詰らねえ口利いては旦那様の顔に障るから気イ付けて能く柔和(おとな)しく慎しんで往(い)てこうよ」
 多「ヘエ、畏(かしこま)りました、私(わし)が行けば大丈夫(でいじょうぶ)だ、そんなら往って参(めえ)ります、左様なら」
 と、惣次郎は是から水街道の麹屋に行って彼(か)のお隅を連れて、法恩寺村の場所に行こうと思ったが、今日は大(たい)した入りだというから、それよりは花車を他(ほか)へ招(よ)んで酒を飲ました方が宜しい、それに女連(おんなづれ)で雑沓(ざっとう)の中で間違でも有っては成らぬ、殊(こと)にお隅を連れて行くは心配でもあり役柄をも考えたから、大生郷の天神前の宇治の里という料理屋へ上(あが)り、此処(こゝ)の奥で一猪口(ひとちょこ)遣(や)っていると、間が悪い時は仕方のないもので、彼(か)のお隅にぞっこん惚れて口説いて弾(はじ)かれた、安田一角(やすだいっかく)という横曾根村の剣術家、自(みず)から道場を建てゝ近村(きんそん)の人達が稽古に参る、腕前は鈍くも田舎者を嚇(おど)かしている、見た処は強そうな、散髪を撫付(なでつ)けて、肩の幅が三尺もあり、腕などに毛が生えて筋骨逞(たくま)しい男で、一寸(ちょっと)見れば名人らしく見える先生でございます。無反(むぞり)の小長(こなが)いのを帯(さ)し、襠高(まちだか)の袴(はかま)をだゞッ広(ぴろ)く穿き、大先生の様に思われますが、賭博打(ばくちうち)のお手伝でもしようという浪人者を二人連れて、宇治の里の下座敷で一口遣っていると、奥に惣次郎がお隅を連れて来ている事を聞くと、ぐッぐッと癪に障り、何か有ったら関係(かゝりあい)を付けようと思っている。此方(こちら)では御飯が済んだから帰り掛(がけ)に花車の家(いえ)に往(ゆ)こうというので急いで出る、お隅も安田が来ているのを認めましたから気味が悪く早く帰ろうと思うので、奥から出て廊下へ来ると、何(ど)うしても其処(そこ)を通らなければ出られないから、安田はわざと三人の刀の鐺(こじり)を出して置きますと、長い刀の柄前(つかまえ)にお隅が躓(つま)づきましたのを見ると、
 安「コレ/\待て、コレ其処へ行(ゆ)く者待て」
 惣「ヘエ/\私(わたくし)でございますか」
 安「手前何処(どこ)の者か知らんけれども、人の前を通る時に挨拶して通れ、殊(こと)にコレ武士の腰に帯(たい)して歩く腰の物の柄前に足をかけて、麁忽(そこつ)でござると一言(ひとこと)の謝言(わびごと)も致さず、無暗(むやみ)に参ることが有るか、必定心有ってのことだろう」
 惣「ヘイ頓(とん)と心得ませんで…お前疎忽(そこつ)だからいけない、お武家様のお腰の物に足をかけて何(なん)のことだね、ヘイ何(ど)うも相済みませんでございました、つい取急ぎまして飛んだ不調法を致しました、当人に成代りましてお詫(わび)を申上げます、何分御勘弁を願います」
 安「なに詫を申すなら何処の者か姓名も云わず、人に物を詫びるには姓名を申せ、白痴(たわけ)め」
 惣「ヘエ、手前は羽生村の惣次郎と申す何も弁(わき)まえませぬ百姓でございます」
 安「なに、羽生村の惣次郎、うむ名主だな、イヽヤ名主だ、羽生村にて外(ほか)に惣次郎と云う名前の者は無い様だ、名主役をも勤むる者が人の前を通る時には御免なさいとかお先(さ)きに参るとか何(なん)とか聊(いさゝ)か礼儀会釈を知らぬ事も有るまい、小前(こまえ)の分らぬ者などには理解をも云い聞けべき名主役では無いか、それが殊(こと)に武士(さむらい)の腰の物を足下(そっか)にかけて黙って行(い)くと云う法が有るか、咎(とが)めたらこそ詫もするが、咎めずば此の儘(まゝ)行(ゆ)き過ぎるであろう、無礼至極の奴、左様ではござらんか仁村(にむら)氏(うじ)」
 仁「是はお腹立の処御尤(ごもっと)も是は何も横合から指出(さしで)て兎や角いうではないが、けれども斯(こ)ういう席だから、何も先生だって大したお咎をなさる訳でもあるまいが、今仰せの如く名主役をも勤むる者が、少しは其の辺の心得がなくては勤まらぬ、小前の者が分らん事でもいう時は、呼寄せて理解をも云い聞けべきの役柄だ、然(しか)るにずん/\行(ゆ)くという法はない、是は、イヤ先生御立腹御尤もだ是は幾ら被仰(おっしゃ)っても宜しい、お腹立御尤もの次第で」
 惣「重々御尤もで相済みません、御尤至極でござります、どうか御勘弁を願います」
 安「只勘弁だけでは済むまい、苟(かり)にも武士の魂とも云う大切の物、手前達は何か武士が腰に帯(たい)して居る物は人斬庖丁(ひときりぼうちょう)などゝ悪口(あっこう)をいうのは手前の様な者だろうが、人を無暗(むやみ)に斬る刀でないわ、えゝ戦場の折には敵を断切(たちき)るから太刀(たち)とも云い、片手撲(なぐ)りにするから片刀(かたな)ともいい、又短いのを鎧通しとも云う、武士たるものが功名(こうみょう)手柄を致す処の道具、太平の御代に、一事一点間違を致せば直(すぐ)にも切腹しなければならぬ大切の腰の物じゃ、それを人斬庖丁など悪口をいいおるから挨拶もせずに行ったのだ、それに違いなかろう、ナア」
 連の男「是は先生至極御尤も、怪(け)しからんこと、何(なん)だ、え、何(ど)うもその、武士たるべき者の腰に帯(たい)するものを人斬庖丁などゝは以(もっ)ての外(ほか)だ、太平なればこそよいが、若し戦場往来の時是をエヽ、太刀とも唱える、片刀ともいう、今一つ短いのは何(なん)でしたッけ、うむ鎧通しともいう、一事一点間違があれば切腹致すべき尊(とうと)い処の腰の物、それを何(なん)だ無礼至極、どの様に仰しゃっても宜しい」
 惣「重々恐入りましたが何分御勘弁になります事なれば、どの様にお詫を致して宜しいか頓と心得ませんが」
 安「刀を浄(きよ)めて返せ、浄まれば許して遣(つか)わす」
 惣「どの様に致せば浄まります事か、百姓風情(ふぜい)で何も存じませんで」
 安「知らんという事が有るか、浄めて返さんうちは勘弁罷(まか)り相成らぬ」
 惣次郎もつく/″\困りましたが、お隅は平素(ふだん)から一角は酒の上が悪く我儘(わがまゝ)なのを知っております、また女が出ると柔(やわら)かになる事も存じているから、却(かえ)って斯(こ)う云う時は女の方が宜(よ)かろうと思って、後(あと)の方からつか/\と進み出まして、
 隅「先生誠に暫く」
 安「何(な)んだ」

        五十六

 隅「麹屋の隅でございますが、只今私(わたくし)が旦那様のお供をして来て、つい例(いつも)の麁忽者(そこつもの)で駈出して躓(つまづ)きまして、足で蹴(け)たの踏んだのという訳ではありませんが、一寸(ちょっと)足が触りましたので、貴方と知っていれば宜しいのに、うっかり足が出ましたので、それ故先生様の御立腹で誠に私(わたし)がお供に来て済みませんから、不調法でございますが何卒(どうぞ)御勘弁なすって下さいな決して蹴たの踏んだのという訳でもなし、お供をして来て不調法が有っては、羽生村の旦那様に済みませんし、あの私(わたくし)の麁忽者(そゝッかしや)の事は先生も御存じで入らっしゃいますから、お馴染(なじみ)甲斐に不調法の処は重々お詫を致しますから御勘弁を」
 安「黙れ、なに馴染がどうした、馴染なら如何(いか)に無礼致しても済むと思うか、手前には聊(いさゝ)か祝義を遣わした事も有るが、どれ程の馴染だ、又拙者は料理屋の働女(はたらきおんな)に馴染は持たん、無礼を働いても馴染なら許して貰えると思うか、鼻を殺(そ)ぎ耳を斬って馴染だから御免とそれで済むか無礼至極な奴、女の足に刀を踏まれては猶更(なおさら)汚(けが)れた、浄めて返せ」
 仁「是は先生至極御尤、御尤もだが酒も何もまずくなったなア、是はどう云う身分柄か知らんが馴染だから勘弁という詫の仕様はないが、誰かあゝお隅か妙な処で出会(でくわ)したなア、先生/\麹屋の隅でございます、能く来たなア、え隅か、是は何(ど)うも詫(あや)まれ/\、重々何うも済まぬ、先生/\お隅でございます、貴公知らなんだ、あはゝゝゝどうも麁相(そそう)はねえ詫びるより外に仕方がない、詫びて勘弁ならんという事は無い、重々恐入ったと詫びろ、能く来た、あの先生、先生/\勘弁してお遣りなさいお隅でござる」
 安「な何を戯言(たわこと)、勘弁相ならん」
 と猶更額に筋を出して中々承知しませんから、惣次郎もまさか其の儘に逃出す訳には往(ゆ)かず、困り果てゝおりますと、奥の離座敷の方に客人に連れられて参って居たは花車重吉、客人は至急の用が出来て帰りましたから、花車は遥(はるか)に此の様子を聞いて、惣次郎とは固(もと)より馴染なり兄弟分の契約(かため)を致した花車でございますから心配しておりまする。
 多「もし旦那様/\」
 惣「何(なん)だ」
 多「関取がねえ奥に来ているだ、大きに心配しているだが、ちょっくら旦那にお目に掛りてえというが」
 惣「なに花車が、それは宜(よ)かった関取に詫をして貰おう、一寸」
 安「これ/\逃出す事はならぬ」
 惣「いえ逃げは致しませんが、主意を立てましてお詫を申上げます暫く御免を」
 というのでこそ/\と後(あと)にさがる。此の隙(ひま)に宇治の里の亭主手代なども交(かわ)る/\詫びますけれども一向に聞入れがありません。
 惣「関取は此方(こちら)かえ」
 花車「はい」
 惣「誠にどうも此処(こゝ)で逢うとは思わなかった」
 花「えゝ今皆聞きました、何しろ相手が悪いがねえ、何か是には仔細があってだアと鑑定しているが、何しろ筋の悪い奴で、是は私(わし)がねエなり代って詫びて見ましょう」
 惣「何卒(どうぞ)、関取なら愛敬を売るお前だから厭(いや)でもあろうが、先の機嫌を直す様に」
 花「案じねえでもいゝよ」
 多「私(わし)イ宿を出る時に間違えでも出かすとなんねえから、名前(なめえ)に掛るからってお内儀(かみさん)に言付かって汝(われ)行って詰らねえ口い利いて間違え出かしてはなんねえと、気い付けられたんだが、こうなっては私や出先で済まねえ事だから関取頼むぞえ」
 花「心配しねえでもいゝよ、私(わし)が請合った宜しい」
 と落着払って花車、齢(とし)は二十八でありますが至って賢い男、大形(おおがた)の縮緬(ちりめん)の単衣(ひとえもの)の上に黒縮緬の羽織を着て大きな鎖付の烟草入(たばこいれ)を握り、頭は櫓落(やぐらおと)しという髪(あたま)、一体角力取(すもうとり)の愛敬というものは大きい形(なり)で怖(こわ)らしい姿で太い声の中に、何(なん)となく一寸(ちょっと)愛敬のあるものでのさり/\と歩いて参りまして、
 花「はい御免なさい、先生(しぇんしぇい)今日は」
 安「何(なん)だ、誰だい」
 花「はい法恩寺の場所に来ております花車重吉という弱い角力取で、何卒(どうぞ)お見知り置(おか)れて皆様御贔屓に願います」
 安「はい左様か、私(わし)は相撲は元来嫌いで遂(つい)ぞ見に往った事も無いが、関取何(なん)ぞ用でござるかい」
 花「はい只今承りますれば、羽生村の旦那が、貴君方(あなたがた)に対して飛んだ不調法をしたと申す事だが、何分にもお聞済みがないので、私(わし)は馴染の事でもあるに由(よ)って、重吉手前は顔売る商売じゃ、なり代って詫びてくれいって頼まれまして、見兼て中に這入りましたがねえ、重々御立腹でもございましょうが、斯(こ)ういう料理屋で商売柄の処でごた/\すれば、此家(こちら)も迷惑なり、お互に一杯ずつも飲もうと思うに酒も旨うない、先生(しぇんしぇい)も旨うない訳だから、成り代ってお詫しますから、花車に花を持たせて御勘弁を願います」
 安「誠にお気の毒だが勘弁は致されんて、勘弁致し難(がた)い訳があるからで、勘弁しないというは武士の腰物(こしのもの)を女の足下(そっか)に掛けられては此の儘に所持もされぬから浄めて返せと先刻(さっき)から申して居(お)るのだ」
 花「それは然(そ)うでありましょう、併(しか)し出来(でけ)ない処を無理に頼むので、出来難(でけにく)い処をするが勘弁だア、然(そ)うじゃアありませんか」
 安「無理な事は聴かれませんよ、お前が仲に這入っては尚更(なおさら)勘弁は出来ぬではないか」
 花「はア私(わし)が這入って、なぜね」
 安「花車重吉という有名(なうて)の角力取が這入っては勘弁ならん、是が七十八十になる水鼻(みずっぱな)を半分クッ垂(たら)して腰の曲った水呑百姓が、年に免じて何卒(どうぞ)堪忍(かんにん)して下されと頭を下げれば堪忍する事も出来ようが、立派な角力取、天下に顔を売る者に安田一角が勘弁したとあれば力士に恐れて勘弁したと云われては、今井田流の表札に関わるから猶更勘弁は出来んからなあ」
 花「それは困りますねえ、それじゃア物に角が立ちます、先生(しぇんしぇい)私(わし)は天下の力士でも何(なん)でもないわ、まア長袖の身の上で、皆さんの贔屓を受けなければならん、裸体(はだか)で、お前さん取まわし一つでもってから大勢様の前に出て、まア勝つも負(まけ)るも時の運次第でごろ/\砂の中へ転がって着物を投(ほう)って貰い勝ったとか負けたとかいう処が愛敬じゃア、然(そ)うして見れば皆様(みなさん)の御贔屓を受けなければならん、貴方が勘弁して下されば、それ花車彼奴(あいつ)は愛敬者じゃア、先生が勘弁出来(でけ)ない処を花車を贔屓なればこそ勘弁したといえば、それで私は先生のお蔭で又売出します、然うじゃアございませんか、勘弁しておくんなさい」
 安「堪忍は出来ぬ」
 花「出来ぬでは困ります」
 安「イヤ勘弁出来ぬ、武士に二言はないわ」

        五十七

 花車「そんな事云うて対手(あいて)が武士か剣術遣なれば兎も角も、高が女の事だからよ、大概にしろよ」
 安田「大概にしろよとは何(なん)だ」
 花「これは言損(いいそこ)なった、これは角力取はこういう口の利きようでうっかり云った、勘弁しろよう」
 安「勘弁しろよとは何だ」
 花「ほいまた言損なった」
 安「勘弁しろよとは何だ、手前も大名高家(こうけ)の前に出てお盃(さかずき)を頂く力士では無いか、挨拶の仕様を存ぜぬ事はない、大概にしろの勘弁しろよのという云い様があるか、猶更勘弁ならん、無礼至極不埓な奴だ」
 と側にある飲冷(のみざま)しの大盃(おおさかずき)を把(と)ってぽんと放ると、花車の顔から肩へ掛けてぴっしり埃だらけの酒を浴(あび)せました。
 花「先生(しぇんしぇい)お前さん酒を打掛(ぶっか)けたね、じゃアどうあっても勘弁出来(でけ)ないと極めたか、それでは仕方がないが、先生私(わし)も花車とか何(なん)とか肩書のある力士の端くれ、人に頼まれ、中に這入って勘弁ならん、はアそうでございますかと指をくわえて引込(ひっこ)む事は出来(でけ)ぬ、私は馬鹿だ智慧が足りねえから挨拶の仕様を知らぬ、何卒(どうか)こうせいと教えて下せえ、お前のいう通り行(や)りましょう、ねえ、どうなとお顔を立てようから斯(こ)うしろと教えて下せえ」
 安「これは面白い、予の顔を立てる、主意を立てるなれば勘弁致す、無礼を働いたお隅と云う女は不届至極だから、彼(あ)の婦人を惣次郎から貰い切って予に引渡して下さい、道場に連れて参って存じ寄り通りにする」
 花「それは出来(でけ)ない、彼(あれ)は御存知の水街道の麹屋の女中で、高い給金で抱えて置く女だ、今日一日羽生村の名主様が借(かり)て来たんだ、それを無礼した勘弁出来(でけ)ないといって道場へ連れて行(ゆ)く、はいと云って遣られぬ、私(わし)にしても然(そ)うです、道場へ引かれゝば煮て喰うか焼いて喰うか頭から塩をつけて喰われるか知れねえものを、それは出来(でけ)ぬ、出来(でけ)ない相談、それじゃア仕様がねえわ」
 安「それじゃアなぜ主意を立てるといった、お前は力士、たゞの男とは違う、一旦云った事を反故(ほご)にする事はない、武士に二言はない、刀に掛けても女を貰いましょう」
 花「是は仕様がねえ、じゃア、まアお前さんが剣術遣だから刀に掛けても貰おうというだら私(わし)は角力取だから力に掛けても遣る事は出来(でけ)ぬと極めた、それより外(ほか)は出来(でけ)ませんわ」
 というと一角も額に青筋を張って中々聴きません。此の家(うち)へお飯(まんま)を喫(た)べに這入った人達も驚きましたが中には角力好(ずき)で江戸の勇み肌の人も居りまして、
 客「どうだもう帰(けえ)ろうじゃアねえか、因業(いんごう)な武士(さむれえ)だ彼(あ)の畜生(ちきしょう)」
 客「ウム己達(おらっち)が彌平(やへい)どんの処へ来るたって深(ふか)しい親類でもねえが、場所中(ばしょちゅう)関取が出るから来ているのだが、本当に好(い)い関取だなア、体格(からだ)が出来て愛敬相撲だ一寸(ちょっと)手取(てとり)で、大概(てえげえ)角力取が出れば勘弁するものだが、彼奴(あいつ)め酒を打掛(ぶっか)けやアがって酷(ひど)い事しやアがる」
 客「相手の武士(さむれえ)は三人だ、関取がどっと起(た)って暴れると根太(ねだ)が抜けるよ」
 客「斯(こ)うしようじゃアねえか、折(おり)を然(そ)ういっても間に合うめえし残して往っても無駄だから、此の生鮭(なまじゃけ)と玉子焼とア持って行こう」
 などゝ横着な奴は手拭の上に紙を布(し)いて徐々(そろ/\)肴(さかな)を包み始めた。
 花「じゃア先生(しぇんしぇい)こうしましょう、此処(こゝ)の家(うち)でごたすたいった処が此の家へ迷惑かけて、外(ほか)に客があるから怪我でもさしてはなりません、戸外(おもて)に出て広々とした天神前の田甫(たんぼ)中でやりましょう、私(わし)も男だ逃げ隠れはしません」
 安「面白い出ろ」
 というので三人づんと起(た)った。
 客「喧嘩だア/\」
 と他(ほか)の客はバラ/\逃げ出したが、代を払って行(ゆ)く者は一人もない、横着者は刺身皿を懐に隠して持って行(ゆ)く者もあり、中には料理番の処へ駈込んで、生鮭を三本も持って逃出す者もあり、宇治の里では驚きましたが、安田一角は二人の助けを頼みとして袴の股立ちを取って、長いのを引抜き振翳(ふりかざ)したから、二人の武士も義理で長いのを引抜き三人の武士(さむらい)が長い閃(きら)つくのを持って立並んでいるから、近辺の者は驚きました。惣次郎は猶更心配でございますから、
 惣「関取お前に怪我をさせては親方に済まぬから」
 花「いゝよ、親方も何もない、お前さん彼方(あっち)へ行って下せえよ、己が引受けたからは世間へ顔出しが出来ませんから退(ひ)く事は出来ない、何卒(どうか)事なく遣る積(つも)りで、お前さんは心配をしねえでいゝよお隅さんを連れて構わず往って下さい、多助さんも行って下さい、旦那様が茲(こゝ)にいては悪いから帰って下さえ」
 惣次郎は帰れたッて帰られませんし、此の儘にはされず、怖さは怖しどうしようかとおど/\して居ると、花車はスッと羽織と単物(ひとえもの)を脱ぎましたが、角力取の喧嘩は大抵裸体(はだか)のもので、花車は衣服を脱ぐと下には取り廻しをしめている、ウーンと腹を揺(ゆ)り上(あげ)ると腹の大きさは斯様(こんな)になります、飴細工の狸みた様で、取廻しの処へ銀拵(ぎんごしら)えの銅金(どうがね)の刀を帯(さ)し白地の手拭で向鉢巻(むこうはちまき)をして飛下(とびお)りると、ズーンと地響きがする、腕なぞは松の樹(き)の様で腹を立ったから力は満ちて居る、スーと飛出すと見物人は「ワアー関取しっかりしろ」という。安田一角は袴の股立を取って、
 安「サア来い」
 と長いのを振上げている、此の中へ素裸(すはだ)で、花車重吉が飛込むというところ、一寸一ト息吐きまして。

        五十八

 引続きまして角力と剣術遣の喧嘩で、角力という者は愛敬を持ちました者でございまして、只今では開けた世の中でございますから、見識を取りませんで、関取衆(しゅ)が芸者の中へ這入って甚句(じんく)を踊り、或(あるい)は錆声(さびごえ)で端唄(はうた)をやるなどと開けましたが、前から天下の力士という名があり、お大名の抱えでありますから、だん/\承って見ますると、菅原家(け)から系図を引いて正しいもので、幕の内と称(とな)えるは、お大名がお軍(いくさ)の時、角力取を連れて入らしって旗持(はたもち)にしたという事でございます、旗持には力が要りますので力士が出まする者で、お見附(みつけ)などの幕の内には角力取が五人ぐらいずつ勤めて居ります。其の幕の内に居たから幕の内という、お弁当を喫(つか)って居るのが小結という、然(そ)ういう訳でもありますまいが、見た処は見上げる様で、胸毛があって膏薬(こうやく)の痕(あと)なぞがあって怖(こわ)らしい様でありますが、愛敬のあるものでございます。一寸起(た)って踊りますと、重い身体(からだ)で軽く甚句などを踊りますと姉さん達は、綺麗じゃアないか可愛いじゃアないか、踊る姿が好(い)い事、あれで角力を取らないと宜(い)い事などと、それでは角力でも何(なん)でもありません。芝居でも稻川(いながわ)秋津島(あきつしま)などゝいうといゝ俳優(やくしゃ)が致します、極(ごく)むかし二段目三段目ぐらいに立派な角力がありましたが、花車などは西の方二段目の慥(たし)か末(すえ)から二三枚目におりました、其の頃愛敬角力で贔屓もあります角力上手でございますから評判が宜(よ)い、今に幕の内に登るという噂がありまして、花車重吉は誠に固い男、殊(こと)には羽生村の名主の家(うち)に三年も奉公して、角力になりましてからは大(たい)して惣次郎も贔屓にして小さい時分からの馴染で、兄弟分の約束をして酒を飲み合った事もありますから恩返しというので割って中へ這入りましたが、剣術遣は重ね厚(あつ)の新刀を引抜いて三人が大生郷の鳥居前の所へびらつくのを提(さ)げて出ましたから、大概な者は驚いて逃げるくらいでありますが、逃げなどは致しません、ズッと出て太い手をついて斯(こ)う拳を握り詰めますると、力瘤(ちからこぶ)というのが腕一ぱいに満ちます、見物(けんぶつ)は今角力と剣術遣との喧嘩が有るというので近村の者まで喧嘩を見に参る、田甫(たんぼ)の処畦道(あぜみち)に立って伸上って見ている。
 花「先生(しぇんしぇい)此処(こゝ)は天神前で、私(わし)はお前(めえ)さんと喧嘩する事は、斯(こ)うなったからは私は引(ひく)に引かれぬから、お前さん方三人に掛(かゝ)られた其の時は是非が無(ね)え事じゃが、御朱印付の天神様境内で喧嘩してもお前さんも立派な先生、私も角力の端くれ、事訳(ことわけ)知らぬ奴じゃ、天神様の社内を穢(けが)した物を知らぬといわれてはお互に恥じゃ、ねエ死恥(しにはじ)かきたくねえから鳥居の外へ出なせえ」
 是は理の当然で、
 安「うん宜しい、よく覚悟して…鳥居外へ参ろう」
 と三人出たから見物は段々後(あと)へ退(さが)る、抜刀(ぬきみ)ではどんな人でも退る、豆蔵が水を撒(ま)くのとは違う、怖(おっ)かないからはら/\と人が退(の)きます。
 見物「何(ど)うだ本当に力士てえ者は感心じゃアねえか、たった一人に三人掛りやアがって、大概(てえげえ)に彼奴(あいつ)勘弁しやアがるが宜(い)い、何(なん)だしと詫言(わびごと)したら恥じゃアあるめえし畜生(ちきしょう)、関取確(しっ)かりやって、己(おら)アお前(めえ)の角力を見に来たので、お前が喧嘩に負けると江戸へ帰(けえ)れねえ、冗談じゃアねえ剣術遣を踏殺(ふみころ)せ」
 安「何(なん)だ」
 見物「危険(けんのん)だ、確かりやって呉れ」
 花「逃げも隠れもしねえ、長崎へ逃げようと仙台へ逃げようと花車重吉駈落は出来ぬから卑怯な事はしねえが、茲(こゝ)でお前(めえ)さんに切られて死ねばもう湯も茶も飲めません、喧嘩は緩(ゆっ)くら出来ますから一服やる間暫らく待って」
 安「なに、これ喧嘩する端(はな)に一服やるなどと、何(なん)だ愚弄(ぐろう)するな」
 花「心配(しんぺえ)ありません末期(まつご)の煙草だ、死んだら呑めませんワ、一服やりましょう、誰(たれ)か火を貸しておくんなせえ」
 見物の中から煙草の火をあてがう奴がある。パクリ/\脂下(やにさが)りに呑んで居る。
 花「まア緩くり行(や)りましょう、エ先生(しぇんしぇい)逃げ隠れはせぬぜ」
 とパクリ/\と吸(や)って居る。見物は、
 見物「気が長(なげ)えじゃアねえか、喧嘩の中で煙草を呑んで沈着(おちつ)いて居る豪(えれ)えじゃアねえか」
 見物「豪えばかりでねえ、己(おれ)が考えじゃア関取は怜悧(りこう)だから、対手(あいて)は剣術者遣(けんじゅつつかい)で危ねえから怪我アしても詰らねえ、関取が手間取っているうち、法恩寺村場所へ人を遣ったろうと思う、若(も)し然(そ)うだと二拾人も角力取が押(おし)て来れば踏潰(ふみつぶ)して了(しま)う、然うだろうよ」
 花「サア先生(しぇんしぇい)喧嘩致しますが、私(わし)も一本帯(さ)しているから剣術は知らぬながらも切合(きりあい)を致すが、私が鞘(さや)を払ってからお前様方(めえさんがた)斬ってお出(い)でなせえ」
 安「尤(もっと)も左様だ、卑怯はしない、サア出ろ」
 花「ヘエ出ます、まア私(わし)も此の近辺で生立(おいた)った者じゃアが、此の大生郷の天神様の鳥居といったら大きな者じゃア」
 と見上げ
 花「これまア私(わし)が抱えても一抱えある鳥居、此の鳥居も今日が見納めじゃア」
 と鳥居を抱えて、
 花「大きな鳥居じゃアないか」
 と金剛力を出して一振(ひとふり)すると恐ろしい力、鳥居は笠木(かさぎ)と一文字(いちもんじ)が諸(もろ)にドンと落ちた。剣術遣が一刀を振上げて居る頭の処へ真一文字に倒れ落ちたから、驚きましたの驚きませんのと、胆(きも)を挫(ひし)がれてパッと後(あと)へ退(さが)る。見物はわい/\いう。其の勢いに驚き何(ど)のくらいの力かと安田は迚(とて)も敵(かな)わぬと思って抜刀(ぬきみ)を持ってばら/\逃(にげ)ると、弥次馬に、農業を仕掛けて居た百姓衆が各々(おの/\)鋤(すき)鍬(くわ)を持って、
 百姓「撲殺(ぶちころ)してしまえ」
 とわい/\騒ぐから、三人の剣客者は雲霞(かすみ)と林を潜(くぐ)って逃げました。

        五十九

 花車「ハ、逃げやアがった弱(よわ)え奴だ、サア案じはねえ、私(わし)が送って行(ゆ)きましょう」
 と脱いだ衣服を着て煙草入を提げ、惣次郎を送って自分は法恩寺村の場所へ帰った。角力は五日間首尾能く打って帰る時に、
 花「鳥居の笠木を落(おと)したから、旦那様鳥居を上げて下さらんでは困る」
 と云うので惣次郎が金を出して鳥居を以前の通りにしました、其の鳥居は只今では木なれども花車の納めました石の鳥居は天神山に今にあります。場所をしまって花車は江戸へ帰らんければならんから、帰ってしまった後(あと)は惣次郎は怖くって他(た)へは出られません、安田一角は喧嘩の遺恨(いこん)、衆人の中で恥を掻いたから惣次郎は助けて置かぬ、などと嚇(おど)しに人に逢うと喋るから怖くって惣次郎は頓(とん)と外出(そとで)を致しません、力に思う花車がいないから村の者も心配しております。余り家(うち)に許(ばか)り蟄(ちっ)しておりますから、母も心配して、惣次郎が深く言交(いいかわ)した女故間違も出来、其の女の身の上はどうかと聞くに、元武士(さむらい)の娘で親父(おやじ)もろ共浪人して水街道へ来て、親の石塔料の為奉公していると聞き、其の頃は武士を尊(たっと)ぶから母は感心して、然(そ)ういう者なれば金を出して、当人が気に適(い)ったならどうせ嫁を貰わんではならんから貰い度(た)いと、水街道の麹屋へ話してお隅を金で身受(みうけ)して家(うち)へ連れて来てまず様子を見るとしとやかで、器量といい、誠に母へもよく事(つか)えます故、母の気にも適(い)って村方のものを聘(よ)んで取極(とりきめ)をして、内祝言(ないしゅうげん)だけを済まして内儀(おかみさん)になり、翌年になりますと、丁度この真桑瓜(まくわうり)時分下総瓜(しもふさうり)といって彼方(あちら)は早く出来ます。惣次郎の瓜畑を通り掛った人は山倉富五郎(やまくらとみごろう)という座光寺源三郎の用人役であって、放蕩無頼にして親には勘当され、其の中(うち)座光寺源三郎の家は潰れ、常陸(ひたち)の国に知己(しるべ)があるから金の無心に行ったが当(あて)は外れ、少しでも金があれば素(もと)より女郎でも買おうという質(たち)、一文なしで腹が空(へ)って怪しい物を着て、小短いのを帯(さ)して、心(しん)の出た二重廻(ふたえまわ)りの帯をしめて暑くて照り付くから頭へ置手拭をして時々流れ川の冷たい水で冷(ひや)して載せ、日除(ひよけ)に手を出せば手が熱くなり、腕組みをすれば腕が熱し、仕様がなくぶらり/\と参りました。
 富「あゝ、進退茲(こゝ)に谷(きわ)まったなア、どうも世の中に何がせつないといって腹の空るくらいせつない事はないが、どうも鳥目(ちょうもく)がなくって食えないと猶更空るねえ、天草の戦(いくさ)でも、兵糧責では敵(かな)わぬから、高松の水責と雖(いえど)も彼も兵糧責、天草でも駒木根八兵衞(こまきねはちべえ)、鷲塚忠右衞門(わしづかちゅうえもん)、天草玄札(あまくさげんさつ)などという勇士がいても兵糧責には叶(かな)わぬあゝ大きな声をすると腹へ響ける、大層真桑瓜がなっているなあ、真桑瓜は腹の空(す)いた時の凌(しの)ぎになる腹に溜(たま)る物だが、うっかり取る処を人に見られゝば、野暴(のあらし)の刑で生埋(いきうめ)にするか川に簀巻(すまき)にして投(ほう)り込まれるか知れんから、一個(ひとつ)揉(も)ぎって食う事も出来ぬが、大層なって熟しているけれども、真桑瓜を黙って持って行くはよろしくないというが、一寸此処(こゝ)で食う位(ぐらい)の事は何も野暴(のあら)しでもないからよかろう、一つ揉ぎって食おうか」
 と怖々(こわ/″\)四辺(あたり)を見ると、瓜番小屋に人もいない様だから、まア好(い)い塩梅と腹が空(へ)って堪(たま)らぬから真桑瓜を食しましたが、庖丁がないから皮ごと喫(かじ)り、空腹だから続けて五個(いつつ)ばかり喫(た)べ、それで往(い)けば宜しいのに、先へ行って腹が空ってはならんから二つ三つ用意に持って行こうと、右袂(こちら)へ二つ左袂(こちら)へ三つ懐から背中へ突込(つっこ)んだり何かして、盗んだなりこう起(た)つと、向(むこう)の畑の間から百姓がにょこりと出た時は驚きました。
 百姓「何(な)んだか、われは何んだか」
 富「ヘエ、誠にどうも厳しい暑さでお暑い事で」
 百「此の野郎め、まア生空(なまぞら)遣(つか)やアがって、此処(こゝ)を瓜の皮だらけにしやアがった、汝(われ)瓜食ったな」
 富「どう致しまして、腹痛でございますから押えて少し屈(こゞ)んでおりましたが、暑気(しょき)に中(あた)っておりますので、先(せん)から瓜の皮はありますが、取りは致しませぬて」
 百「此の野郎懐へ入れやアがって、生空つかやアがって、瓜盗んでお暑うございますなどと此の野郎」
 ポカリ撲倒(はりたお)しますと、
 富「あ痛(いた)たゝ」
 と蹌(よろ)ける途端に袂(たもと)や懐から瓜が出る。其の内に又二三人百姓が出て来て、忽(たちま)ち山倉は名主へ引かれ、間が悪い事に名主の瓜畑だから八釜(やかま)しく、庭へ引かれ、麻縄で縛られますと、廃(よ)せばよいに名主惣次郎は情深い人だから縁側へ煙草盆を持ち出して参って、
 惣「此奴(こいつ)かノ真桑瓜を食ったのは」
 男「ヘエ此の野郎で、草むしりに出ておりますと、瓜畑の中からにょこりと起(た)ちアがったから、何するといったら厳しいお暑さなんてこきアがって、誰(たれ)もいやすめえと思って、瓜の皮があるから盗んだんべえと撲(ぶ)つと懐からも袂からも瓜が出たゞ何処(どこ)の者か江戸らしい言葉だ」
 惣「お前が真桑瓜を盗んだか」

        六十

 富「ヘエ/\恥入りました事で、手前主名(しゅめい)は明(あか)し兼ねまするが、胡乱(うろん)と思召(おぼしめ)すなれば主名も申し上げまするが、手前事は元千百五十石を取った天下の旗下(はたもと)の用人役をした山倉富右衞門の忰(せがれ)富五郎と申す者主家(しゅか)改易になり、常陸に知己(しるべ)がある為是へ金才覚に参って見るに、先方は行方知れず、余儀なく、旅費を遣い果してより、実は食事も致しませんで、空腹の余り悪い事とは知りながら二つ三つ瓜を盗みたべました処をお咎(とが)めで、何(なん)とも恥入りました事で、武士たる者が縄に掛り、此の上もない恥で、どうか憫然(ふびん)と思召してお許し下されば、此の後(ご)は慎みまする、どうかお情をもってお許しを願いたく存じます」
 惣「真桑瓜を盗んだからといって何も殺しはしない、真桑瓜と人間とは一つにはならん、殺しはせんが、茲(こゝ)で助けても、是から何処(どこ)へ行(ゆ)きなさる、当所(あてど)がありますかえ」
 富「ヘエ/\、何処といって当も何もないので、といってすご/\江戸表へ立帰る了簡もございません、空腹の余り悪いと知りながら斯様(かよう)なる悪事をして恐れ入ります」
 惣「じゃア茲で許して上げても他(わき)へ行って腹が空ると、また盗まなければならん、私(わし)の村で許しても外(ほか)では許さぬ、今度は簀巻にして川へ投り込むか、生埋にするか知れぬから、私が茲で助けても親切が届かんでは詰らん、お前さんの言葉の様子では武家に相違ない様だが、私の処は秋口で書物(かきもの)などが忙がしいが、どうだね、許して上げますが、私の家(うち)に恩報(おんがえ)しと思って半年ばかり書物の手伝いをしていて貰い度(た)いがどうだね」
 富「ヘエどうも恐入りました事で、斯様なるどうも罪を犯した者をお助け下さるのみならず、半年も置いてお養い下さるとは、何(なん)ともどうも恐れ入りました、此の御恩は死んでも忘却は致しません、何(ど)の様なる事でも実に寝る眼も寝ずに致しますから、何卒(どうか)お助けを願います」
 惣「よろしい、縄を解け」
 と解かしまして、
 惣「お腹(なか)が空(す)いたろう、サア御膳をお喫(あが)り」
 とサア是から富五郎が食ったの食わないのって山盛にして八杯ばかり食置(くいおき)をする気でもありますまいが沢山食べました。書物を遣らして見ると帳面ぐらいはつけ、算盤(そろばん)も遣り調法でべんちゃらの男で、百姓を武家言葉で嚇(おど)しますから用が足りる、黒の羽織なぞを貰い、一本帯(さ)して居る、其のうち
 富「古い袴(はかま)が欲しい、小前(こまえ)の者を制しますには是でなければ」
 などとべんちゃらをいう。惣次郎の顔があるから富さん/\と大事にする。段々臀(しり)が暖まると増長して、素(もと)より好きな酒だから幾ら止(や)めろといっても外(そと)で飲みます。すると或日(あるひ)の事で、ずぶろくに酔って帰ると、惣次郎はおりません。母は寺参りに往ってお隅が一人奥で裁縫(しごと)をしている。
 富「只今帰りました」
 隅「おやまア早くお帰りで、今日は大層酔って何処へ」
 富「ヘエ、水街道から戸頭(とがしら)まで、早朝から出まして一寸帰りに水街道の麹屋へ寄りましたら能く来たというので、彼(あ)の麹屋の亭主が一杯というので有物(ありもの)で馳走になりまして大(おお)きに遅くなりました」
 隅「大層真赤に酔って、旦那様はまだお帰りはありますまい、お母様(っかさま)は寺参りに」
 富「左様で、御老体になりますとどうもお墓参りより外楽(たのし)みはないと見えて毎日いらっしゃいますが恐入ります、また旦那様の御様子てえなねえ、誠にド、どうも恐入りますねえ、あんたはお家(うち)で柔和(おとな)しやかに裁縫(しごと)をなすっていらっしゃるは、どうも恐入りますねえ、ド、どうも富五郎どうも頂きました」
 隅「大層真赤になって些(ちっ)とお寝(やす)みな」
 富「中々寝度(ねた)くない、一服頂戴、お母様はお寺参り、また和尚さんと長話し、和尚様はべら/\有難そうにいいますね、だが貴方(あんた)がお裁縫(しごと)姿の柔和(おとな)しやかなるは実に恐れ入りますねえ」
 隅「少しお寝みよ、富さん」
 富「ヘエ/\寝度(ねた)くないので、貴方は段々承ると、然(しか)るべき処の、お高も沢山お取り遊ばしたお武家の嬢様だが、御運悪く水街道へいらっしゃいまして、御親父様(ごしんぷさま)がお歿(かく)れになって、余儀なく斯(こ)ういう処へ入らしって、其の内彼(あゝ)いう杜漏(ずろう)な商売の中にいて貴方(あんた)が正しく私は武士(さむらい)の娘だがという行いを、当家の主人がちゃんと見上げて、是こそ女房という訳で、此方(こちら)へいらしったのだが、貴方(あなた)だってもまア、私(わたくし)の考えが間違ったか知れんが、武士たる者の娘が何も生涯という訳ではなし、此の家(うち)は真(ほん)の腰掛で、詰らんといっては済みませんが、けれども貴方生涯此家(こゝ)にいる思召(おぼしめし)はありますまい、手前それを心得て居るが、拙者も止むを得ず此処(こゝ)にいる、致し方がないから、半年(はんねん)も助(すけ)ろ、来年迄いろよ、有難うと御主命でね、長く居る気はありません、貴方も真(ほん)の当座の腰掛でいらっしゃるが口に出せんでも心中に在(あ)るね、内祝言(ないしゅうげん)は済んでも別に貴方の披露(ひろめ)もなし披露をなさる訳もない、貴方も故郷(こきょう)懐しゅうございましょう、故郷忘じ難し、御府内で生れた者はねえ、然(そ)うではございませんかね」
 隅「それはお前江戸で生れた者は江戸の結構は知っているから、江戸は見度(みた)いし懐かしいわね」
 富「有難い、其のお言葉で私(わたくし)はすっかり安心してしまった、それがなければ詰らんで、ねえ武士(さむらい)の娘、それそこが武士の娘、手前ども少禄者(しょうろくもの)だけれども、此処(こゝ)にへえつくしているが世が世なればという訳だが…お母様はまだ…法蔵寺様へお参りに入(いら)しったので…ですがねえ貴方、此家(こゝ)にこう遣って腰掛けで居るは富五郎心得ております、故郷は忘じ難し、江戸は懐かしゅうございましょう」
 隅「あいよ、懐かしいは当然(あたりまえ)だわね」

        六十一

 富「ド何(ど)うも有難い、それさえ聞けば私(わたくし)は安心致すが、誰でも然(そ)うで私も早く江戸へ行(ゆ)き度(た)いが、マアお隅さん私が少し道楽をして出まして、親類もあるけれども、私が道楽を行(や)ったから私の身の上が定まらんでは世話は出来ぬというので、女房でも持って、斯(こ)ういう女と夫婦になったと身の上が定まれば、御家人(ごけにん)の株位は買ってくれる親類もあるが、詰らん女を連れて行っては親類では得心しませんが、是はこう/\いう武士(さむらい)の娘、こういう身柄で今は零落(おちぶれ)て斯う、心底(しんてい)も是々というので、私が貴方の様なる方と一緒に行って何(なん)すれば親類でも得心致します、お前さんの御心底から器量は好(よ)し、こういう人を見立てゝ来る様になったら富五郎も心底は定まった、然うなれば力になって遣(や)ろうというので、名主株位買ってくれますよ、構わずズーッと」
 隅「何処(どこ)へ」
 富「何処って、だが、貴方ア腰掛で居る、故郷は何(ど)うしても懐かしゅうございましょう」
 隅「何(なん)だか分りません、一つ言(こと)をいって故郷の懐かしい事は知れて居ります」
 富「まア、宜しい、それを聞けば宜しい一寸/\」
 隅「何(なん)だよ」
 富「いゝじゃアありませんか二人でズーッと」
 隅「いけないよ、其様(そん)な事をして」
 富「それ、然(そ)ういうお堅いから二人で夫婦養子にどんな処へでも可(か)なり高(たか)のある処へ行けます、お隅さん」
 と何(なん)と心得違いしたか富五郎、無闇にお隅の手を取って髯(ひげ)だらけの顔を押付ける処へ、母が帰って来て、此の体(てい)を見て驚きましたから、傍(そば)にある麁朶(そだ)を取って突然(いきなり)ポンと撲(ぶ)った。
 富「これは痛い」
 母「呆れかえった奴だ」
 隅「よくお帰りでございまして」
 母「今帰(けえ)って来たゞが、彼(あ)の野郎ふざけ廻りやアがって、富五郎茲(こゝ)へ出ろ」
 富「ヘエ、これは恐入りました、どうも些(ちっ)ともお帰りを知らんで、前後忘却致し、どうも何(なん)とも誠にどうも、何(なん)で御打擲(ごちょうちゃく)ですか薩張(さっぱり)分りません」
 母「今見ていれば何(なん)だお隅にあの挙動(まね)は何だ、えゝ、厭がる者を無理にかじり付いて、髯だらけの面(つら)を擦(こす)り付けて、お隅をどうしようというだ、お隅は何(なん)だえ、惣次郎の女房という事を知らずにいるか、汝(われ)知っているか、返答ぶて」
 富「どうも、私(わたくし)前後忘却致し、酔っておりまして、はっというとお隅さんで、恐入りました、無暗(むやみ)に御打擲で血が出ます」
 母「頭ア打砕(ぶっくだ)いても構わねえだ、汝(われ)恩を忘れたか、此の夏の取付(とりつけ)に瓜畑へ這入(へえ)って瓜イ盗んで、生埋にされる処を、家(うち)の惣次郎が情け深(ぶけ)えから助けて、行(ゆ)く処もねえ者に羽織イ着せたり、袴(はかま)ア穿かして、脇へ出ても富さん/\といわれるは誰がお蔭か、皆(みんな)惣次郎が情深(なさけぶけ)えからだ、それを惣次郎の女房に対して調戯(からか)って縋付(すがりつ)いて、まア何(なん)とも呆れて物ういわれねえ、義理も恩も知らねえ、幾ら酔(よっ)ぱらったって親の腹へ乗る者ア無(ね)えぞ呆れた、酒は飲むなよ好(よ)くねえ酒癖だから廃(よ)せというに聴かねえで酔ぱらっては帰(けえ)って来(き)やアがって、只(たっ)た今逐出(おいだ)すから出ろえ、怖(おっか)ねえ、お前の様な者ア間違(まちげえ)を出かします、こんな奴は只た今出て行(ゆ)け」
 富「お腹立様では何(なん)ですが、お隅様(さん)に只今の様な事をしたは富五郎本心でしたと思召しての御立腹なれば御尤もでございます」
 母「尤もと思うなら出て行(い)け」
 富「私(わたくし)は大変酔ってはおりますが富五郎も武士(ぶし)でげす、御当家の旦那様に助けられた事は忘却致しません、あゝ有難い事であゝ簀巻にして川へ投り込まれる処を助けられ、斯(かく)の如く面倒を見て下すって、江戸へ帰る時は是々すると仰しゃって、実に有難い事で、江戸へ行っても御当家の御恩報じお家(いえ)の為になる様心得ております」
 母「そう心得ておるなればなぜお隅にあゝいう挙動(まね)エする」
 富「其処(そこ)を申します、其処が旦那様のお為を思う処、旦那様は世間見ずの方、江戸へも余り入らしった事もない、殊(こと)にはあなた様は其の通り田舎気質(かたぎ)の結構な方、惣吉様は子供衆で仔細ないが、お隅様も結構な方でございますが、前々(まえ/\)承れば、水街道の麹屋で客の相手に出た方、縁あって御当家へいらっしゃったが、お隅様のまえで申しては済みませんが、若(も)しお隅様が不実意な浮気心でもあっては惣次郎様のお為にもならぬと思って、どういう御心底か一寸只今気を引いた処、どうもお隅様の御心底是には実に恐れ入りました、富五郎安心しましたが、処をどうも薪(まき)でもってポンと頭をどうも情(なさけ)ない思召しと思う」
 母「あゝ云う言抜(いいぬけ)を吐(こ)きゃアがる、気い引(ひい)て見たなどゝ猶更置く事は出来ねえから出て行け」
 隅「お母様お腹立でございましょう、御気性だから、富さん、お前は酒が悪いよ、お酒さえ慎めば宜しい、旦那様のお耳に入れない様にするから」
 富「エ、もう飲みませんとも」
 母「まアお前彼方(そっち)へ引込(ひきこ)んで、私(わし)が勘弁出来ぬ、本当なればお隅が先へ立って追出すというが当然(あたりまい)だが、こういう優しげな気性だから勘弁というお隅の心根エ聞けば、一度は許すが、今度彼様(あんな)挙動(まね)エすれば直(す)ぐ追出すからそう思え」
 富「恐入りました」
 と是からこそ/\部屋へ這入って、と見ると頭に血が染(にじ)みました。
 富「お隅は万更(まんざら)でもねえ了簡であるのに、あゝ太(ふて)え婆アだ」
 なに自分が太い癖に何卒(どうか)してお隅を手に入れ様と思ううち、ふと思い出して胸へ浮んだのは、噂に聞けば去年の秋大生郷の天神前で、安田一角と花車重吉の喧嘩の起因(もと)はお隅から、よし彼奴(あいつ)を力に頼んでと是(こ)れからべら/\の怪しい羽織を着て、ちょこ/\横曾根村へ来て安田一角の玄関へ掛り、
 富「お頼み申す/\」

        六十二

 門弟「どうーれ、何方(どちら)から」
 富「手前は隣村(りんそん)に居(お)る山倉富五郎と申す浪人で、先生御在宅なれば面会致し度(たく)態々(わざ/\)参りました、是は此方様(こなたさま)へほんのお土産で」
 門「少々お控えなさい、先生」
 安田「はい」
 門「近村の山倉富五郎と申す者が面会致し度(た)いと、是は土産で」
 安「山倉とは知らぬが、此方(こちら)へお通し申せ」
 門「此方へお通りなすって」
 富「成程是は結構なお住居(すまい)で、成程是は御道場でげすな…ようがすな御道場の向うが…丁度是から畑の見える処が…是はどうもまた違いますな」
 安「さア/\是へ、何卒(どうぞ)、是は/\」
 富「えゝ、山倉富五郎と申す疎忽者(そこつもの)此の後(ご)とも御別懇に」
 安「拙者が安田一角と申す至って武骨者此の後とも、えー只今はお土産を有難う」
 富「いゝえ詰らん物で、ほんのしるしで御笑納下さい、大きに冷気になりましたが日中(にっちゅう)は余程お暑い様で」
 安「左様で、今日(こんにち)はまた些(ちっ)とお暑い様で、よくお出(い)でゝ、えー何か御用で」
 富「はい少々内々(ない/\)で申し上げ度(た)い事が有って、彼(あ)の方は御門弟で」
 安「はい」
 富「少々お遠ざけを願います」
 安「はい、慶治(けいじ)御内談があって他聞(たぶん)を憚(はゞか)ると仰しゃる事だから、彼方(あちら)へ行っておれ、えー用があれば呼ぶから」
 慶「へえ左様で」
 富「え、もうお構いなく、先生お幾歳(いくつ)でげす」
 安「手前ですか、もういけません、何(なん)で、四十一歳で」
 富「へえお若(わこ)うげすね、御気力がお慥(たし)かだからお若く見える、頭髪(おぐし)の光沢(つや)も好(よ)し、立派な惜しい先生だ、此方(こちら)に置くのは惜しい、江戸へ入らっしゃれば諸侯方が抱えます立派なお身の上」
 安「何(なん)の御用か承り度(た)い」
 富「手前打明けたお話を致しますが、只今では羽生村の名主惣次郎方の厄介になっておる者でござるが、惣次郎の只今女房という訳でない、まア妾同様のお隅と申す婦人、彼(あれ)は御案内の水街道の麹屋に奉公致した酌取女(しゃくとりおんな)、彼(あ)の隅なるものに先生思召(おぼしめし)があったのでげすな、前に惚れていらしったのでげすな貴方」
 安「これは初めてお出でゞ、他人の女房に惚れているなどといや挨拶の仕様がない、麹屋にいた時分には贔屓にした女だから祝儀も遣って随分引張(ひっぱ)って見た事もあるのさ」
 富「恐れ入ったね、それが然(そ)う云えぬもので恐入りました、其処(そこ)が大先生で、えーえらい」
 安「何しにお出でなすった、安田一角を嘲哢(ちょうろう)なさりにお出でなすったか、初めてお出でゞ左様なる事を仰しゃる事がありますか」
 富「御立腹ではどうも、中々左様な訳ではない、手前剣道の師とお頼み申し、師弟の契約をしたい心得で罷(まか)り出ましたので、実は彼(あ)のお隅と申すは同家(どうけ)にいるから、段々それまア江戸子(えどっこ)同士で、打明けた話をするとお前さん此処(こゝ)に長くいる気はあるまい、此処は腰掛だろう、故郷忘じ難かろう、私と一緒に江戸へ、というと、私も実は江戸へ行き度(た)い、殊(こと)に江戸には可(か)なりの親類もあり、仮令(たとえ)名主でも百姓の家(うち)へ縁付いたといわれては親類の聞(きこ)えも悪い、然(そ)うなればといって御新造(ごしんぞ)という訳ではなし、へえ/\云って姑(しゅうと)の機嫌も取らなければならんから実は江戸へ行(ゆ)き度いというから、然うなれば何故一角先生の処へいかぬ、向(むこう)は何(なん)でも大先生、弟子衆(こ)も出這入り、名主などは皆弟子だから、彼処(あすこ)へ行って御新造になれば江戸へ行っても今井田流の大先生、彼処の御新造になれば結構だになぜ行かぬというと、夫(それ)には種々(いろ/\)義理もあって、親父の借金も名主惣次郎が金を出してくれた恩もあるから、先生の処へ行かれもしないというから、それなら先生が斯(こ)うと云ったらお前行く気があるかと云ったら、私は行き度いが、先生には色々綾があるから行(ゆ)かれないというから、然(そ)うなれば私(わし)が行って話し、私も江戸へ帰る土産に剣道を覚えて帰り度い、よい師匠を頼もうと思っていた処だというので、然うなればと頼まれて参ったので、先生彼(あれ)を御新造になさい、どうでげす」
 安「お帰んなさい、何(なん)だお前は、これ汝(てまえ)は何だ、惣次郎方の厄介になっている者なれば、惣次郎がどうかして安田を馬鹿にして遣(や)れというので来たな、初めて逢って他人の女房を貰えなどと、はい願いますと誰(たれ)がいう、殊(こと)に惣次郎には、去年の秋聊(いさゝ)かの間違で互(たがい)に遺恨もあり、私(わし)も恨みに思っている、其の敵(かたき)同士の処へ来て女房に世話をしましょうなどと、はい願いますと誰(たれ)がいう、白痴(たわけ)め、帰れ/\」
 富「成程是は至極御尤も、どうもお気分に障るべき事を申したが、まア」
 安「騒々しい、帰れったら帰れ」
 富「まア/\重々御尤も、是には一つの訳がある、ようがすか、手前が打明けた話を致しましょう、手前も武士で二言はない手前は本所北割下水で千百五十石を取った座光寺源三郎の用人山倉富右衞門の忰富五郎、主人は女太夫を奥方にした馬鹿ですから家は改易、仕方なし、手前は常陸に知己(しるべ)があるから参ったが、ふとした縁で惣次郎方の厄介、処が惣次郎人遣いを知らず、名主というを権(けん)にかって酷(ひど)い取扱いをするは如何(いか)にも心外で、手前は浪人でも土民(どみん)なぞにへえつくする事はない、残念に心得ているが、打明話を致すが、江戸に親類どもゝある身の上、江戸へ帰るにも何か土産がないが、実は今まで道楽をして親類でも採上(とりあ)げませんから、貴方の内弟子になってお側で剣道を教えて頂いて、免許目録を貰って帰ると、親類でも今まで放蕩をしても田舎へ行って、是々いう先生の弟子になってと書付(かきつけ)を持って帰れば、それが価値(ねうち)になって何処(どこ)へでも養子に行かれる、処が、御門人にといっても、月々の物を差上げる事も出来ません身の上でございますが、それを承知で貴方の弟子に取って下さるなれば、私(わたくし)は弟子入の目録代りに、御意(ぎょい)に適(かな)ったお隅を、御新造に、長熨斗(ながのし)を付けて持って来ましょう」

        六十三

 安田「是は面白いぞ、惣次郎という主(ぬし)のある者をどうして持って来られます」
 富「惣次郎が有ってはいけませんが、惣次郎を一(ひ)ト刀(かたな)に斬って下さい」
 安「黙れ、馬鹿をいうな、帰れ、帰れ、汝(われ)は惣次郎と同意して手前の気を引きに来たな、うゝん帰れ/\」
 富「これは成程、至極御尤もですが、まア」
 安「騒々しい行け/\」
 富「じゃア有体(ありてい)に申します、正直なお話を致しますが、貴方の遺恨ある角力取の花車重吉が来て、法恩寺村の場所が始まるので、去年の礼というので、明晩になりますと、惣次郎が金(かね)三十両遣ると、ようがすか、用をしまうのは日の暮方まで掛りましょう、帳合(ちょうあい)などを致しますからな、用が終って飯を食ってはどうしても夜(よ)の六つ過(すぎ)になります、其処(そこ)で三拾両持って出掛ける、富五郎がお供でげす、ずうっと河原へ出て、それから弘行寺(ぐぎょうじ)の松の林の処へ出て黒門の処までは長い道でございますから其処へ出て来ましたら、貴方は顔を包んで芒畳(すゝきだゝみ)の影に隠れていて、手前が合図に提灯(ちょうちん)を消すと、途端に貴方が出てずぷりと遣り、惣次郎を殺すと金が三十両あるから持って宅(うち)へ帰り、構わず寝て入らっしゃい、まアさお聞きなさい、手前は面部へ疵(きず)を付けて帰って、今狼藉者(ろうぜきもの)が十四五人出て、旦那も切合って私も切合ったが、多勢に無勢(ぶぜい)敵(かな)わぬ、早く百姓をというので大勢来て見ると、貴方は宅へ帰って寝て居る時分だから分らぬてえ、気の毒なといって死骸を引取り、野辺送りをしてしまってから、ようがすか、其の後(ご)は旦那様が入らっしゃりませんでは私がいても済みません、殊(こと)には彼(あ)アいう処へお供をして、旦那が彼アなれば猶更どうも思い出して泣く許(ばか)りでございますから、江戸表へという、惣次郎が死ねばお隅さんも旦那様がいなければ此の家(うち)にいても余計者だから私(わたくし)も江戸へ帰るという、江戸へ行(ゆ)くなれば一緒にというので、お隅を連れて来てずうっと貴方の処へ長熨斗を付けて差上げる工風(くふう)、富五郎の才覚、惚れた女を御新造にして金を三拾両只取れるという、是迄種を明(あか)してこれでも疑念に思召(おぼしめ)すか、えゝどうでげす」
 安「成程是は面白い、それに相違ないか」
 富「相違あるもないも身の上を明してかくお話をして、是をどうも疑念てえ事はない、宜しい手前も武士(さむらい)で金打(きんちょう)致します…今日はいけません…木刀を帯(さ)して来たから今日は金打は出来ませんが、外(ほか)に何(ど)の様なる証拠でも致します」
 安「じゃア明晩酉刻(むつ)というのか」
 富「手前供を致します、彼処(あすこ)は日中(にっちゅう)も人は通りませんから、酉刻を打って参り、ふッと提灯を消すのが合図」
 安「よろしい、相違なければ」
 と約束して帰りました。安田一角は馬鹿でもない奴なれども、お隅にぞっこん惚れているから、全く然(そ)ういう了簡で連れて来るのではないかと思い、是から胸に包んで翌日仕度(したく)をして早くから家を出て、諸方を廻って、夜(よ)に入(い)って弘行寺の裏手林芒畳へ蹲(しゃが)んで待っている事とは知りません、此方(こちら)は富五郎が、お隅を手に入れるに惣次郎が邪魔になりますが、惣次郎は剣術も心得ておりますから、自分に殺す事が出来ぬから、一角を欺(だま)して惣次郎を殺させて後(のち)、お隅を連出して女房にしようという企(たくみ)でございます、実に悪い奴もあるものでございます。富五郎は書物(かきもの)が分りませんから眼を通してと、惣次郎へ帳面を見せ、態(わざ)と手間取るから遅くなります。是から夜食を食べて支度をして提灯を点(つ)けて出かけようとする、何か虫が知らせるかして母親もお隅も遣(や)りたくない、
 隅「何(なん)だか遅いから、明日(あした)先方(むこう)から参りますから今日はお止(や)めなさいな」
 惣「なアに直ぐ帰るから」
 隅[#「隅」は底本では「惣」]「そうでございますか、富五郎お前一緒にどうか気を付けておくれよ」
 富「ヘエ大丈夫、どんな事があっても旦那様にお怪我をさせる様な事はございません、手前も剣道を心得ておりますから」
 と空(そら)を遣(つか)って惣次郎の供をして出掛けましたが、笠阿弥陀を横に見て、林の処へ出て参りますと、左右は芒畳で見えませんが、左の方の土手向うは絹川の流れドウ/\とする、ぽつり/\と雨が顔にかゝって来る。
 惣「富五郎降って来たようだ」
 富「大した事もありません、恐れ入りましたが一寸小用(こよう)を致しますから」
 惣「小便(ちょうず)をするなれば提灯は持ていて遣る、これ/\何処(どこ)へ行(ゆ)く提灯を持って行っては困る」
 という中(うち)富五郎はふっと提灯を吹消しました。
 惣「提灯が消えては真暗(まっくら)でいかぬのう」
 富「今小用致しますから」
 という折から安田一角は大松(おおまつ)の蔭に忍んでおりましたが提灯が消えるを合図にスックと立って透(すか)し見るに、真暗ではございますが、晃(きら)つく長いのを引抜いてこう透して居ります。
 惣「富や、おい富/\、何(な)んだかこそ/\して後(うしろ)にいるのは、富や/\」
 という声を当(あて)にして安田一角が振被(ふりかぶ)る折から、向(むこう)の方から来る者がありますが、大きな傘を引担(ひっかつ)いで、下駄も途中で借りたと見えて、降る中を此処(こゝ)に来合わせましたは、花車重吉という角力取(すもうとり)でござります。是からは芝居なればだんまり場でございます。

        六十四

 引き続きお聞(きゝ)に入れまするは、羽生村の名主惣次郎を山倉富五郎が手引をして、安田一角と申す者に殺させます。是は富五郎が惣次郎の女房お隅に心底(ぞっこん)惚れておりましても、惣次郎があるので邪魔になりますから、寧(いっ)そかたづけて自分の手に入れようという悪心でござりますが、田舎にいて名主を勤めるくらいであるから惣次郎も剣術の免許ぐらい取って居ります。富五郎は放蕩無頼で屋敷を出る位で、少しも剣術を知りませんから、自分で殺す事は出来ません、茲(こゝ)で下手でも安田一角という者は、剣術の先生で弟子も持っているから、丁度お隅に惚れているのを幸い、一角を*おいやって惣次郎を殺し、惣次郎の歿(な)い後(のち)にお隅を無理に口説いて江戸へ連れて行って女房にしようという企(たくみ)を考え、やまで嚇(おど)して上手に見えるが田舎廻りの剣術遣だから、安田一角が惣次郎より腕が鈍くて、若(も)し惣次郎が一角を殺すような事になれば、此の企は空しくなるというので、惣次郎が常に帯(さ)して出ます脇差の鞘を払って、其の中へ松脂(まつやに)を詰めて止めを致して置きました、実に悪い奴でございます。惣次郎は神ならぬ身の、左様な企を存じませんから富五郎を連れて、彼(か)の脇差を帯して家を出て、丁度弘行寺の裏林へ掛りますと、富五郎がこそ/\匐(は)って行(ゆ)くようですから、なぜかと思って後(うしろ)を振り返える、とたんに出たのは安田一角、面部を深く包み、端折(はしょり)を高く取って重ね厚(あつ)の新刀を引き抜き、力に任せてプスーリ一刀(いっとう)あびせ掛けましたから、惣次郎もひらりと身を転じて、脇差の柄に手を掛け抜こうとすると、松脂をつぎ込んでから一日たって居るので粘って抜けない、脇差の抜けませんのにいら立つ処を又(ま)た一刀(ひとかたな)バッサリと骨を切れるくらいに切り込まれて、向(むこう)へ倒れる処を、又一刀(ひとかたな)あびせたから惣次郎は残念と心得て、脇差の鞘ごと投げ付けました、一角がツと身を交(かわ)すと肩の処をすれて、薄(すゝき)の根方(ねがた)へずぽんと刀が突立(つった)ったから、一角は血(のり)を拭いて鞘に収め、懐中へ手を入れて三十両の金を胴巻ぐるみ盗んで逃げようとすると、向の方から蛇の目の傘を指(さ)し、高足駄(たかあしだ)を穿いて、花車重吉という角力が参りました時には、一筋道(ひとすじみち)で何処(どこ)へも避(さ)けることが出来ません、一角は狽(うろた)えて後(あと)へ帰ろうとすれば村が近い、仕方がないからさっさっと側の薄畳の蔭の処へ身を潜め、小さくなって隠れて居ります。此方(こちら)は富五郎はバッサリ切った音を聞いて、直(すぐ)に家(うち)へ駈けて行(ゆ)く、其の道すがら茨(いばら)か何かで態(わざ)と蚯蚓腫(みみずば)れの傷を拵(こしら)えましてせッ/\と息を切って家(うち)へ帰り
*「けしかけるおだてるそゝのかす」
 富「只今帰りました」
 という。処が富五郎ばかり帰ったから恟(びっく)りして、
 隅「おや富さんお帰りかい何(ど)うかおしかえ」
 富「ヘエもう騒動が出来ました、あの弘行寺の裏林へ掛ったら悪漢(わるもの)が十四五人ででで出まして、二人とも懐中の金を出せ身ぐるみ脱いで置いて行(ゆ)けと申しましたから、驚いて旦那に怪我をさせまいと思いまして、松の木を小楯(こだて)に取りまして、不埓至極な奴だ、旦那を何(なん)と心得る、羽生村の名主様であるぞ、粗相をすると許さんぞというと、大勢で得物(えもの)/\を持って切って掛るから、手前も大勢を相手に切り結び、旦那も刀を抜いて切り結びまして、二人で大勢を相手にチョン/\切結んでおりましたが、何分多勢に無勢旦那に怪我があってはならぬと思って、やっと一方を切り抜けて参りました、此の通り顔を傷だらけにして…早くお若衆(わかいしゅ)早く/\」
 と誠しやかにせえ/\息を切っていいますから、お隅は驚いて、それ早く/\というので、村の百姓を頼んで手分(てわけ)をして、どろ/\押して参りましたが、もう間に合いは致しません、斬った奴は疾(とう)に家(うち)へ帰って寝ている時分、百姓衆(しゅ)が大勢行って見ると、情ない哉(かな)惣次郎は血に染って倒れておりますから、百姓衆も気の毒に思い、死骸を戸板に載せて引き取り、此の事を代官へ訴え、先(ま)ず検視も済み、仕方なく野辺送りも内葬の沙汰で法蔵寺へ葬りました。是程の騒ぎで村の者は出掛けて追剥(おいはぎ)の行方を詮議致し、又四方八方八州の手が廻ったが、殺した一角は横曾根村に枕を高く寝ておりまするので容易に知れません。惣次郎と兄弟分になった花車重吉という角力は法恩寺村にいて、場所を開こうという処へ此の騒ぎがあるのに、とんと悔(くや)みにも参りませんから、母も愚痴が出て
 母「あゝ家(うち)の心棒(しんぼう)がなくなれば然(そ)うしたもんか、情ないもの」
 と愚痴たら/″\。そうこうすると九月八日は三七日(みなのか)でござります、花車重吉が細長い風呂敷に包んだ物を提げて土間の処から這入って参りまして、
 花「はい御免なせい」
 多「いやお出でなさえまし」
 花[#「花」は底本では「多」]「誠に大分(だいぶ)御無沙汰致しました」
 多「家(うち)でもまア何(ど)うしたかってえねえ、一寸知らせるだったが、家がまア忙(せわ)しくって手が廻らないだで、まア一人で歩いてることも出来なえから誠に無沙汰アしましたが、旦那様ア殺された事は貴方(あんた)知って居るだね」
 花「誠にまア何(なん)とも申そう様(よう)はございません、知って居りましたが旦那と私(わし)とは別懇の間柄だから、私が行って顔を見ればお母様(っかさま)やお隅さんに尚更歎(なげ)きを増させるような者だから、夫故(それゆえ)まア知っていながら遅くなりました、多助さん、飛んだ事になりましたね」
 多「飛んだにも何(なん)にも魂消(たまげ)てしまってね、お内儀様(かみさん)はハア年い取ってるだから愚痴イいうだ、花車は内に奉公をした者で、殊に角力になる時前の旦那様の御丹精もあるとねえ、惣次郎とは兄弟じゃアねえか、それで此の騒ぎが法恩寺村迄知んねえ訳ア無(ね)え、知って来ないは不実だが、それとも知んねえか、江戸へでも帰(けえ)った事かとお内儀(かみ)さんあんたの事をば云って、ただ騒いでいるだ、どうか行って心が落ち着くように気やすめを云って下さえ、泣いてばいいるだからねえ」
 花「はい、来たいとは思いながら少し訳があって遅く参りました、まア御免なせえ」
 多「さア此方(こっち)へお這入り」
 というので風呂敷包を提げたなり奥へ参ります。来てみると香花(こうはな)は始終絶えませぬから其処(そこ)らが線香臭(くそ)うございます。
 多「お内儀さん法恩寺の関取が参りましたよ」
 母「やア花車が来たかい、さア此方(こっち)へ這入っておくんなせえ」
 花「はい、お内儀さん何(なん)とも此の度(たび)は申そう様もございません、さぞ御愁傷様でございましょう」

        六十五

 母「はい只どうもね魂消(たまげ)てばいいます、お前も知っている通り小(ちい)せえ時分から親孝行で父様(とっさま)アとは違って道楽もぶたなえ、こんな堅い人はなえ、小前(こまえ)の者にも情(なさけ)を掛けて親切にする、あゝいう人がこんなハア殺され様をするというは神も仏もないかと村の者が泣いて騒ぐ、私(わし)もハア此の年になって跡目相続をする大事な忰にはア死別(しにわか)れ、それも畳の上で長煩(ながわずら)いして看病をした上の臨終でないだから、何(なん)たる因果かと思えましてね、愚痴い出て泣いてばいいます、それにお隅は自分の部屋にばい這入って泣いて居るから、此間(こねえだ)もお寺へ行ったら法蔵寺の和尚様ア因果経というお経を読んで聴かせて、因果という者アあるだから諦めねばなんねえて意見をいわれましたが、はアどうも諦めが付かなえで、只どうも魂消てしまって、どうかまアこういう事なら父(とッつ)アんの死んだ時一緒に死なれりゃア死にたかったと思えますくらいで」
 花「はい、私(わし)もねえお寺詣りには度々(たび/\)参ります、それも一人で、実は人に知れない様に参りました、是には深い訳のあることで、私が不実で来ないと思って定めて腹を立てゝお出でなさるとは知っていますが、少し来ては都合の悪い事があって来ませぬ、お前さん私は今まで泣いたことはありません、又大きな身体(なり)をして泣くのは見っともねえから、めろ/\泣きはしませんけれども、外(ほか)に身寄兄弟もなし、重吉手前とは兄弟分となって、何(な)んでもお互に胸にある事を打ち明けて話をしよう、力になり合おうといっておくんなさいました、其のお前さん力に思う方に別れて、実に今度ばかりは力が落ちました、墓場へ行って花を上げて水を手向(たむ)けるときにも、どうも愚痴の様だけれども諦めが付かないでついはア泣きます、まア何んともいい様がありません、嘸(さぞ)お前さんには一(ひ)と通りではありますまい、お察し申しております、お隅さんも嘸御愁傷でしょう」
 母「はい私(わし)の泣くのは当り前のことだが、あのお隅は人にも逢わなえで泣いてばいおるから、そう泣いてばいいると身体に障るから、些(ちっ)と気い紛(まぎ)らすが宜(え)え、幾ら泣いても生返(いきけえ)る訳でなえというけれども、只彼処(あすこ)へ蹲(つくな)んで線香を上げ、水を上げちゃア泣いてるだ、誠にハア困ります」
 花「はいお隅さんを一寸茲(こゝ)へお呼びなすって下さい」
 母「お隅やちょっくり此処(こゝ)へ来(こ)うや、関取が来たから来うや」
 隅「はい/\」
 母「さア此処(こけ)へ来(き)や、待ってるだ」
 隅「関取おいでなさい」
 花「はいお隅さんまア何(な)んとも申そう様はありません、とんだことになりました、嘸(さ)ぞお力落しでございましょう」
 隅[#「隅」は底本では「花」]「はい、もうね毎日お母(っか)さんと貴方の噂ばかり致しまして、どうしておいでなさいませんか、何かお心持でも悪いことがありはしまいか、よもや知れない事もあるまいが、何か訳のある事だろうと、お噂を致しておりましたが実に夢の様な心持でございましてねえ、それは貴方とは別段に中が好(よ)くってねえ、旦那が毎(いつ)も疳癪(かんしゃく)を起しておいでなさる時にも、関取がおいでなさいますと、直(すぐ)に御機嫌が直って笑い顔をなさる、こうやって関取が来ても旦那様がお達者でいらしったら嘸お喜びだと存じまして、私は旦那の笑顔が目に付きます」
 母「これ泣かないが宜(え)え、そう泣かば病に障るからというのに聞かなえで、彼(あ)の様に泣いてばいいるから、汝(われ)が泣くから己(おら)がも共に悲しくなる、泣いたって生返(いきけえ)る訳エなえから諦めろというだ、ねえ関取」
 花「ヘエ、御愁傷の処は御尤でございますが、お隅さん、旦那をば何者が殺したという処の手掛(てがゝり)は些(ちっ)とはございますか」
 隅「もう関取の処へ早く行(ゆ)き度(た)いというのが、御用があって二日ばかり遅くなりましたから、是から富五郎を供に連れて関取にお目に掛りに参ると仰しゃるから、今日は大分(だいぶ)遅いから明日(あす)になすったら好(よ)かろうといっても、是非今日はといって、何(ど)ういう事か大層急(せ)いてお出でになりました、処が丁度弘行寺の裏林へ通り掛りますと、十四五人の狼藉者(ろうぜきもの)が出まして、得物/\を持って切り付けましたから、旦那はお手利(てきゝ)でございますから直(すぐ)に脇差を抜いて向うと、富五郎も元は武士で剣術も存じておりますから、二人で十四五人を相手に切り結んだけれども、幾ら旦那が御手練(ごしゅれん)でも向(むこう)は大勢(たいぜい)でございますから、仕方なく、富五郎が旦那にお怪我をさしてはならぬとやっと切り抜け駈け付けて来ました、直(すぐ)に村の若い衆(しゅ)も大勢(おおぜい)参りましたけれども、其の甲斐もなくもう間に合いませんで、誠に情ないことでございます」
 花「じゃア富五郎さんが一緒に附いて行って弘行寺の裏林へ掛った処が十四五人狼藉者が出て取巻いたから、旦那も切結び、富五郎も切り合ったという処を誰も見た者はないので、富五郎が帰って其の事を話したのですね」
 隅「左様でございます」
 花「うん、富五郎という人は内におりますか」
 隅「お母(っか)さん、今日は富五郎は何処(どこ)かへ使いに参りましたか」
 母「今何まで使(つかい)に遣(や)ったゞ、何処まで行ったかのう、又水街道の方へ廻ったか知んなえ、じき横曾根まで遣ったがね」
 花「御新造さん、留守かえ、そんなら話をしますが、あの富五郎という奴は、べちゃくちゃ世辞をいう口前(くちまえ)の好(い)い人だね、実は私(わし)はね、人には云わないが旦那の殺されたばかりの処へ通り掛った処が、丁度廿五日で真暗(まっくら)だ、私がずん/\行(ゆ)くと、向(むこう)から頭巾を被(かぶ)った奴が来やアがる様子だから、はて斯(こ)んな林に胡散(うさん)な奴がおる、ことに依(よ)ったら盗賊かと思うたから、油断せずに透(すか)して見ると、其奴(そいつ)が脇道へ曲って、向(むこう)へこそ/\這入って行(ゆ)くから、何(なん)でもこれは怪しいと思うて、急いで来ると、私の下駄で蹴付(けつ)けたのは脇差じゃ、はて是は脇差じゃが何(ど)うして此処(こゝ)に在(あ)るかと思うて、見ると向からワイ/\とお百姓が来まして、高声(たかごえ)上げて、あゝ情ないもう少し早かったらこんな事にはならぬ、無惨なことをした、情ないことをしたというから、こいつしまった、そんなら頭巾を被った奴が旦那を殺したと思って、其の事を皆の中で話をしようかと思ったが、旦那と私と深い中のことは知って居るし、若(も)し角力が加勢をすると思って、遠く逃げてしまわれたら手掛りはないから、是は知らぬ積りで家(うち)へ帰ったが好いと思うて、其の脇差を提(さ)げて帰ってからは何処(どこ)へも出ず、外(ほか)の者にも黙ってろ知らぬ積りでいろといい付けて来ずにいましたが、今日は斯(こ)うして脇差を持って来ました」
 母「あれやまア、どうも不思議なこんだ、殺された処へ通り掛って脇差い拾ったって、其の斬った奴は何様(どんな)奴だかね」
 花「お隅さん、それはね此の脇差はどうしたのか知れないが、ちょっくり抜けない、私(わし)の力でもちょっくり抜けない、何(なん)でも松脂(まつやに)か何か附いてると見えて粘(ね)ば/\してるから、ひっついて抜けないが、これは旦那の不断差す脇差で私も能く知っております」
 母「あれやまアどうも、お前が知ってるのが手に這入るのは不思議だねえ」

        六十六

 隅「お母様(っかさん)、もう少し関取が早かったら助かりましたものを」
 花車「此の通り抜けない、抜けないから脇差を投(ほう)り付けたのを盗賊(どろぼう)が置いて行ったか、其処(そこ)は分らんが、今富五郎が私(わし)も切り合い旦那も切合ったが、相手が大勢で敵(かな)わんというので駈付けて来て知らしたというのは、それはどうも私は胡散なことと思う、仮令(たとえ)相手が多かろうが少なかろうが、旦那様(さん)が危(あぶな)いのを一人措(お)いて逃げて来るという訳はないねえ、然(そ)うじゃないか、大切な主人と思えばどこ迄も助けるには側にいなければならぬ、それを措いて来るとは、怖いから逃げたとしか思えない、旦那が脇差を抜いて切合ったというが抜けやしない、ねえ、どうしても抜けない刀を抜いて切合ったという道理がないから、どうも富五郎という奴が怪しい、という訳は、お隅さん、去年の秋大生郷の天神前で喧嘩を仕掛けた奴がお隅さんが麹屋に居た時分お前さんに惚れて居て冗談をいった奴がある、処がお隅さんは堅いから、いう事を聞かんで撥付(はねつ)けたのを遺恨に思うているということを知っている、事に依(よ)ったら安田一角が旦那を切って逃げやアしないかと考えた、就(つい)ては山倉富五郎という野郎は、口前は好(い)い奴だが心に情(なさけ)のない慾張った奴だから、事に依ったら一角にお出で/\をされて鼻薬を貰うて、一角の方に付いて、彼奴(あいつ)が手引をして殺させやアせんかと思う、それ此の通り抜けぬのに抜いて切合ったというのが第一おかしいじゃないか」
 母「あれやまア其処(そこ)らには気が付かんで、只まア魂消てばいいました、ほんにそうかもしんねえよ、其の頭巾冠(かぶ)ったのはどんな恰好だっきゃア」
 花「それは暗(やみ)だから確(しっか)り分らんが、一角じゃないかと私(わし)の心に浮(うか)んだ、斯(こ)うしておくんなさい、私は黙って帰るが、富五郎が帰ったら、今日花車が悔(くや)みに来て種々(いろ/\)取(とり)こんだ事があって遅くなった、就(つい)ては他(わき)へ二百両ばかり貸したが、どう掛合っても取れないから、どうかして取ろうと中へ人を入れたが、何分(なにぶん)取れないが、若(も)し富五郎さんが間へ這入ったら向(むこう)の奴も怖いから返すだろう、若しお前の腕から二百両取れたら半分は礼に遣るが、どうか催促の掛合に往ってくれまいかと、花車が頼んだが行って遣らんかといえば、慾張(よくばっ)ているから屹度(きっと)遣って来るに違いない、法恩寺村の私の処へ来たら富五郎さん/\というて富五郎を側に寄せ、腕を押えてさア白状しろ、一角に頼まれて鼻薬を貰って、惣次郎さんを殺したと云え、どうだ/\いわなけりゃア土性骨(どしょうぼね)を殴(どや)して飯を吐かせるぞ、白状すれば、命は助けて遣るというたら、痛いから白状するに違いない、実は是れ/\/\/\であると喋ったら旨いもんで然(そ)うしたら富五郎はくり/\坊主にして助けても好(よ)し、物置へ投(ほう)り込んでも好(い)いが、愈々(いよ/\)一角と決ったらお隅様(さん)は繊細(かぼそ)い女、お母様(っかさん)は年を取って居り、惣吉様(さん)はまだ子供だから私が先へ行きます、一角の処へ行って、偖(さて)先生大生郷の天神前で、飛んだ不調法を致しましたが何卒(どうか)堪忍しておくんなさいと只管(ひたすら)詫びる、然(そ)うすれば斬ることは出来ぬからうっかり近寄る近寄ったら両方の腕を押えて動かさぬ、さア手前(てめえ)が惣次郎を殺した事は富五郎が白状した、敵(かたき)を取るから覚悟をしろと腕を押えた処へ、お前様(さん)が来て小刀(こがたな)でも錐(きり)でも構わぬからずぶ/\突(つッ)ついて一角を殺すが好(い)いどうじゃ」
 隅「本当に有難いこと、嘸(さぞ)旦那様が草葉の蔭でお喜びでございましょう、関取私は殺されてもいゝから旦那様の敵(かたき)を取って」
 母「何分にもよろしくねがえます」
 花「余り敵/\と云わないがいゝ、私(わし)は先へ帰りますから」
 と脇差を元の如く包んで帰りました。後(あと)へ入(い)り替って帰りましたのは山倉富五郎、
 富「ヘエ只今帰りました」
 母「富や、大層帰(けえ)りが遅かったね」
 富「なに帰り掛けに法蔵寺様へ廻りまして、幸い好(い)い花がありましたからお花を手向(たむ)けましたが、お墓に向いましてなア、実に残念でございまして、何(なん)だか此間(こないだ)まで富/\と仰しゃったお方がまアどうも、石の下へお這入りなすったかと存じましたら胸が痛くなりまして、嫌な心持で、又家(うち)へ帰って貴方がたのお顔を見ると、胸が裂(さ)ける様な心持、仏間に向って御回向(ごえこう)致しますると落涙(らくるい)するばかりで、誠にはや何(な)んとも申そう様はありません」
 母「まア能く心に掛けて汝(われ)が墓参(はかめえ)りするって、嘸(さぞ)草葉の蔭で喜んでいるベエ」
 富「どうも別に御恩返しの仕方がありませんから、お墓参りでもするより外(ほか)仕方がありません、仏様にはお念仏や花を手向けるくらいで、御恩返しにはなりませんが、それより外に仕方がありません、ヘエ」
 隅「あの富さん先刻(さっき)花車関が悔みに参りましたよ」
 富「おや/\/\左様でござりましたか、ヘエ成程何(ど)うなすったか、御存じないのかと思いましたが」
 母「ナニ知ってたてや、知ってたけれども早く来て顔を見せたら、深(ふけ)え馴染の中だで思出(おめえだ)して歎(なげ)きが増して母様(かゝさま)が泣くべえ、それに種々(いろ/\)用があって来(き)ねえでいたが悪く思ってくれるなって、大(でか)い身体アして泣いただ」
 富「そうでげしょう、兄弟の義を約束した方でございますから嘸(さぞ)御愁傷でげしょうお察し申します」
 母「就(つい)てねえ、あの関取が他(わき)へ金え二百両貸した処が、向(むこう)の奴がずりい奴で、返さなえで誠に困るから、どうか富さんを頼んで掛合って貰(もれ)えてえ、富さんの口前で二百両取れたら百両礼をするてえいうだ、どうだい、帰(けえ)ったばかりで草臥(くたびれ)て居るだろうが、行って遣(や)ってくんろよ」
 富「ヘエ成程関取が用立った処が向の奴が返さんのですか、なに直(す)ぐ取って上げましょう、造作もありません、百両……百両……なアに金なんぞお礼に戴かぬでも御懇意の間でげすから直ぐに行って参ります」
 と止せばよいのに黒い羽織を着て、一本帯(さ)して、ひょこ/\遣って来ましたのが天命。
 富「はい御免なさい、関取のお宅(うち)は此方(こちら)でげすか、頼みます/\」
 弟子「おーい此処(こゝ)だい」
 花「これ/\一寸此処へ来い、富五郎という人が来たら奥へ通して己が段々掛合いになるのだで、切迫(せっぱ)詰って彼奴(あいつ)が逃げ出すかも知れないから、逃げたらば表に二人も待ってゝ、逃(にげ)やがったら生捕(いけど)って逃がしてはならぬぞ、えゝ、初めは柔和な顔をして掛合うから」
 弟子「逃げたら襟首を押えて」
 花「こう/\そんな大きな声を、此方(こちら)へお這入りなさいといえ」

        六十七

 弟子「此方(こっち)へお這入んなせい」
 富「御免を蒙(こうむ)ります」
 花「さア富さん此方(こっち)へ、取次も何もなしにずか/\上(あが)って好(い)いじゃないか、さア此方へ来て下さい」
 富「えー其の後(ご)は存外御無沙汰を、えー毎(いつ)も御壮健で益々御出精(ごしゅっせい)で蔭ながら大悦(たいえつ)致します、関取は大層評判が好(よ)うげすから場所が始まりましたら、是非一度は見物致そうと心得ていましたが、御案内の通りさん/″\の取込で、つい一寸の見物も出来ません、併(しか)し御評判は高いものでござります、昨年から見ると大した事で、お羨(うらやま)しゅう、実に関取は身体も出来て入(いら)っしゃるし、殊(こと)には角力が巧手(じょうず)で、愛敬があり、実に自力のある処の関取だから、今に日の下開山(かいざん)横綱の許しを取るのはあの関取ばかりだといって居ます」
 花「余計な世辞は止して下せい、私(わし)は余計な世辞は大嫌いだから」
 富「いや世辞は申しません、これは譬(たと)えの通り人情で、好きなものは一遍顔を見た者には、知らぬ人でも勝たせたいと思うのが人間の情(じょう)でげしょう、況(ま)して旦那とは兄弟分でこうやって近々(ちか/″\)拝顔を得ますから、場所中は、どうか関取がお勝になる様にと神信心をしていますよ」
 花「それは有り難い、仮令(たとえ)虚言(うそ)でも日の下開山横綱と云って貰えば何(なん)となく心嬉しい、やア、お茶を上げろよ、さア此方(こっち)へ」
 富「関取、さぞ御愁傷で」
 花「やアお互のことで、嘸(さぞ)お前さんもお力落しでございましょう」
 富「イヤ此度(こんど)は実に弱りまして、只もうどうも富五郎は両親(ふたおや)に別れたような心持が致しますなア」
 花「然(そ)うでございましょう、私(わし)も実は片腕もがれた様だといいましょうか」
 富「然うでげしょう、私も実に弱りましたね」
 花「就(つ)いて富さん、お前さんが供に行ったのだとねえ」
 富「左様」
 花「どんな奴でございますえ、切った奴は」
 富「それはもう何(な)んとも残念千万、弘行寺の裏林へ掛ると、面部を包んで長い物をぶち込んだ奴が十四五人でずっと取り巻いて、旦那が金を三十両持っているのを知って、出せ身ぐるみ脱いで置いてけというから、旦那に怪我をさせまいと思って、旦那を何(なん)と心得る、旦那は羽生村の名主様だぞ、若(も)し無礼をすれば引縛(ひっくゝ)って引くから左様(そう)心得ろというと、なに、と突然(いきなり)竹槍をもって突いて来るから、私も刀を抜いて竹槍を切って落し、杉の木を小楯に取ってちょん/\/\/\暫く大勢(たいぜい)を相手に切合いました、すると旦那も黙っている気性でないから、すらり引抜いて一生懸命に大勢(おおぜい)を相手にちゃん/\切合いましたから、刀の尖先(とっさき)から火が出ました、真に火花を散(ちら)すとはこの事でしょう、けれども多勢に無勢と云う譬えの通りで、迚(とて)も敵(かな)わぬから、旦那に怪我があってはならぬと、危うい処を切抜けて駈込んで知らせたから、そら早くというので大勢の若い衆(しゅ)がどっと来て見ましたが、間に合いません、実に残念で、どうも」
 花「お前さん供をしたから、嘸(さぞ)残念だったろうねえ」
 富「実にどうも此の上ない残念で」
 花「そこで、何(な)んですかい、向は十四五人で、其の内一人か二人捕(つか)まえるとよかったね」
 富「処が向が大勢(おおぜい)でげすから、此方(こっち)が剣術を知っていても、大勢で刃物を持って切付けるから敵(かな)いません」
 花「じゃア旦那が刀を抜いて切合った処をお前さんは見ただろうねえ」
 富「そりゃア見ましたとも、旦那はお手利(てきゝ)でげすからちょん/\/\/\切合いました」
 花「それに相違ないねえ」
 富「相違も何もありません、現在私(わし)が見ておったから」
 花「うん然(そ)うかえ、富さん、もっと側へお出でなさい、今日は一杯[#「一杯」は底本では「一抔」]飲みましょう」
 富「それは誠に有難いことで、時に何かお頼みがあるという事でげすが早速取立てましょう、なに造作もないことで」
 花「それに付いて種々(いろ/\)話があるのだがもっと側へ」
 富「じゃア御免を蒙(こうむ)って」
 花「さて富さん、人と長く付合うには嘘を吐(つ)いてはいかないねえ」
 富「それは誠に其の通り信がなくてはいけませぬねえ」
 花「今お前のいったのは皆嘘と考えて居る、旦那様が脇差を抜いてちょん/\切合い、お前も切結んだと、そんな出鱈目(でたらめ)の事をいわずに正直なことをいってしまいねえ」
 富「な何(な)んだ、これは恐入ったね、どうも怪(け)しからん事を、ど、どういう訳でな何んで」
 花「やい、それよりも正直に、慾に目が眩(くら)んで一角に頼まれて恩人の惣次郎を私(わし)が手引で殺させましたといっちまいねえ」
 富「これは怪しからん、怪しからん事があるものだね、関取外の事とは違います、私(わし)は一角という者は存じませぬ、知りもしない奴に仮令(たとえ)どの様な慾があっても、頼まれて旦那様を殺させたろうという御疑念は何等(なんら)の廉(かど)を取って左様なことを仰しゃる、と関取で無ければ捨置けぬ一言(いちごん)、手前も元は武士でござる、何を証拠に左様な事を仰せられるか、関取承りたいな」
 花「嘘(そら)つくない、正直にいってしまいな、手前(てめえ)が鼻薬を貰って、一角に頼まれて旦那を引き出したといってしまえば、命許(ばか)りは助けてやる、相手は一角だから敵(かたき)を打たせる積りだが、何処迄(どこまで)も隠せば、拠(よんどころ)なくお前(めえ)の脊骨を殴(どや)して飯を吐かしても云わせにゃならん」
 富「これはどうも怪しからん、関取の力で打たれりゃア飯も吐きましょうが、ど、どういう訳で、怪しからん、なな何を証拠に」
 花「そんなら見せてやろう、是は其の時旦那の帯(さ)して行った脇差だろう、これを帯して出た事は聞いて来たのだ、さどうだ」
 富「左様どうして是を」
 花「是は手前(てまえ)が刀を抜いてちょん/\切合ったという後(あと)で丁度其の側を通り掛って此の刀を拾うたが、些(ちっ)とも抜けない、此の抜けない脇差をどうして抜いて切合ったかそれを聴こう」
 富「それア、それア私(わし)が転倒(てんどう)致した」
 花「何が転倒した」
 富「それは私(わし)は大勢を相手に切結んでおり、夜分でげすから能く分りませぬが、全く鞘の光を見て抜身と心得ましたかも知れませぬが、私が手引をして…是は怪(けし)からん事でげす、どうも左様な御疑念を蒙りましては残念に心得ます」
 花「そら/\手前(てめえ)のいうことは皆(みんな)間違っていらア、鞘の光を見て抜身で切合ったと思ったというが、鞘ごと切れば鞘に疵がなけれアならねえ、芒尖(きっさき)から火花を散(ちら)したというが鞘ごと切合ってどうして火花が出るい」
 富「じゃア全く転倒致したのでげす、全く向(むこう)同士ちょん/\切合って火花が出たのでげしょう、大勢の暗撃(やみうち)で向同士…どうも左様な手引をして殺したという御疑念は手前少しも覚(おぼえ)がございません」
 花「なに云わなけりゃア脊骨を殴(どや)して飯を吐(はか)せても云わせるぞ」
 富「アヽ痛い/\痛うござります、アヽ痛い、腕が折れます、ア痛い」
 花「さ、云って了(しま)え、云わなければ殴すぞ」
 富「アヽ痛うござります」
 花「やい能く考えて見ろ、実は大恩があるのに済みませぬが、旦那は私(わし)が手引をして殺させました、其の申訳(もうしわけ)の為に私は坊主になって旦那の追善供養を致しますといえば、お内儀様(かみさん)に命乞(いのちごい)をして命だけは助けて遣るから、一角が殺したと云ってしまえよ」
 富「云って了(しま)えと仰しゃっても、あゝ痛い痛うございます、だから私(わし)は申しますがね、あ痛い是はどうも恐入ったね、あゝ痛い、腕が折れます、あゝ申します/\、申しますからお放し下さい然(そ)う手をぐっと関取の力で押えられると骨が折れてしまいますから、アヽ痛いどうも情ないとんだ災難でげす、無実の罪という事は致し方がないなア、関取能くお考えください、私(わたし)は恥をお話し致しますよ、昨年夏の取付(とッつ)きでげしたが、瓜畑を通り掛りまして、真桑瓜を盗んで食いまして、既(すで)に縛られて生埋になる処を、旦那様が通り掛って助けて家(うち)に置いて下さるお蔭で以(もっ)て、黒い羽織を着て、村でも富さん/\といわれるのは全く旦那の御恩でげす、其の御恩のある旦那を、悪心ある者の為に手引をして殺させるという様な事は、どの様なことがあっても覚えはござりませぬが、アヽ痛(いた)たゝゝアヽ痛うござります、腕が折れてしまいます」
 花「なに痛いと、腕を折ろうと脊骨を折ろうと己の了簡だ、己が兄弟分になった旦那を、殺した奴を捜して敵(かたき)を討たにゃならぬ、手前(てまえ)一人に換えられないから云わなけれア殺してしまう、それとも殺させたといえば助けて遣るが、云わないか此の野郎」
 と松の木の様な拳(こぶし)を振上げて打とうと致しました時には、実に鷲(わし)に捕(つか)まった小鳥の様なもので、逃げるも退(ひ)くも出来ません、此の時に富五郎がどう言訳を致しますか、一寸一息つきまして。

        六十八

 富五郎が花車に取って押えられましたは天命で、己(おのれ)が企(たく)みで、惣次郎の差料(さしりょう)の脇差へ松脂を注(つ)ぎ込んで置きながら、其の脇差を抜いて惣次郎がちょん/\切合ったという処から事が顕(あら)われて、富五郎は何(なん)といっても遁(のが)れ難(がと)うございます。殊(こと)に相手は角力取り、富五郎の片手を取って逆に押えて拳を振上げられた時には、どうにもこうにも遁途(にげど)がありませぬ、表の玄関には二人の弟子(とりてき)が張番をしていて、若(も)し逃げ出せば頸(くび)を取って押えようと待っておりますから、此の時は富五郎が真青(まっさお)になって、寧(いっ)そ白状しようかと胸に思いましたが、其処(そこ)は素(もと)より悪才に長(た)けた奴。
 富「関取、御疑念の程重々御尤も、もうこうなれば包まず申します、申しますからお放し下さい」
 花「申しますと、云ってしまえばそれでよい」
 富「云ってしまいます、是迄の事を残らずお話し致します、致しますが関取、そう手を押えていては痛くって/\喋ることが出来ません、こうなった以上は遁(に)げも隠れも致しませぬ、有体(ありてい)に申すから其の手を放して下さい、あゝ痛い」
 花「云ってしまえばよい、さア残らず云ってしまえ」
 と押えた手を放しますと、側に大きな火鉢がありまして、かん/\と火が起(おこ)っております。それに掛っている大薬鑵(おおやかん)を取って、
 富「申上げまする」
 といいながら顛覆(ひっくりかえ)しましたから、ばっと灰神楽(はいかぐら)が上(あが)りまして、真暗(まっくら)になりました。なれども角力取等(ら)は大様(おおよう)なもので、胡坐(あぐら)をかいたなり立上りも致しません。
 花「何をするぞ」
 という内に富五郎は遁出(にげだ)しましたが、悪運の強い奴で、表へ遁げれば弟子(でし)が頑張っているから直(すぐ)に取って押えられるのでございますが、裏口の方から駈出し、畑を踏んで逃げたの逃げないの、一生懸命になってドン/\/\/\遁げましたが、羽生村へは逃げて行かれませぬから、直に安田一角の処へ駈込んで行って、
 富「ハ、ハ、先生/\」
 安「なんだ、サア此方(こちら)へ」
 富「は…ア水を一杯頂戴(ちょうだい)」
 安「なんだ、ナニ水をくれと、どうしたんだ、喧嘩でもしたか」
 富「いいえ、どうも喧嘩どこではございませぬ、脊骨をどやして飯を吐かせるて、実にどうも驚きました」
 安「誰(だ)れが飯を吐いたか」
 富「なに私(わし)が吐くので、先生運好(よ)く此処(こゝ)まで逃げたが、もう此処にもおられぬので、直に私は逃げますから、路銀を二三十金拝借致し度(た)い」
 安「どうしたか、そう騒いではいかない」
 富「どうも先生、これ/\でげす」
 と一部始終の話をしますると、相手は角力取ですから一角も不気味(ぶきび)でございますが、
 安「然(そ)うか、驚くことはない、私(わし)が殺したという事を云いはしまい」
 富「何(なん)で…それはいいませぬ、足下(そっか)とちゃんとお約束を致した廉(かど)がありますから、仮令(たとえ)脊骨をどやされて骨が折れてもそれは云わん、云わぬに依(よ)ってこんな苦しい目を致したから、可哀そうと思って二三十金ください、直に私(わし)は逃げますから」
 安「何(な)んだ、何んにも怖いことはない」
 富「怖いことはないと仰しゃるが、足下知らないからだ、何(ど)うも彼奴(あいつ)の力は無法な力で、只握られたばかりでもこんなに痣(あざ)になるのだもの」
 安「じゃア貴公に路銀を遣るから逃げるがよい」
 富「足下も早く、直に跡から遣って来ますよ」
 安「遣って来ても云いさえせんければ宜しい」
 富「理不尽に…」
 安「幾ら理不尽でも白状せぬのに踏込(ふんご)んでどうこうという訳にはいかぬ」
 富「無法に打(ぶ)ちますよ」
 安「なに打たれはせぬ、仔細ない」
 富「仔細ないと仰しゃるが、私(わし)の跡を追掛(おっか)けて来て富五郎はいるか、慝(かく)まったろう、イエ慝まわぬ、居ないといえばじゃア戸棚に居ましょうというので捜しましょう、そうで無いにしても表で暴れて家を揺(ゆすぶ)ると家が潰れるでしょう、奴の力は大した者だから、やアというと家(うち)に地震が揺(い)って打潰(ぶっつぶ)されて了(しま)います、何(なん)にしても家(うち)にいると面倒だから迯(に)げて下さい、え、先生」
 安「じゃア路銀を遣るから先へ逃げな」
 富「迯げるなら一緒に迯げたいものです」
 安「一緒に迯げては人の目に立ってよくない、己が手紙を一本付けるから之(これ)を持って、常陸の大方村(おおかたむら)という処に私(わし)の弟子があるから、其処(そこ)へ行って隠れておれば知れる訳は無いから、ほとぼりが冷めたら又出て来い、私は一足後(あと)から、ナニ暴れても仔細ない、逢い度(た)いといえば余義ない用事が出来て上総(かずさ)へ行ったとか、江戸へ行ったとか、出鱈目を云っておれば取り附く島が無いから仕方が無い、貴公は先へ行きな」
 富「じゃア路銀を頂戴、私(わし)はすぐ行(ゆ)きます」
 安「そう急がずに」
 と落着いて手紙一本書いて、路銀を附けて遣ると、富五郎は其の手紙を持って人に知れぬ様に姿を隠し、間道(かんどう)/\と到頭(とうとう)逃げ遂(おお)せて常陸へ参りました。安田一角も引続いて迯げる、花車重吉は、
 花「おのれ迯げやアがったか」
 と直(すぐ)に後(あと)を追掛けましたけれども、羽生村では此方(こっち)へは来ないというから、サテ怪しいと諸方を尋ねたが何分手掛りがありません。一角の様子を聞くと是は私用があって上総まで出たというので、頓(とん)と手掛りが無い、風を食(くら)って二人とも迯げてしまったから、もう帰る気遣いはないが、安田一角の家(うち)は其の儘になって弟子が一人留守番に残っている。どういう訳か分らぬが何(なん)でも怪しいから取(とっ)て押えんければならぬが、それには先(まず)第一富五郎をどうかして押えなければならぬと心得、
 花「残念な事をしました、これ/\これ/\で押えた奴を迯げられました」
 というと、お隅も母も残念がって歎きますけれども致方(いたしかた)がない。翌月(よくげつ)の十月の声を聞くと、花車は江戸へ参らなければならぬから、花車重吉が暇乞(いとまごい)に来て、
 花「私(わし)はこれ/\で江戸へ参りますが、何事があっても手紙さえ下されば直に出て来て力に成って上げますから、心丈夫に思ってお出でなさい」
 と二人にいい聞かして、花車重吉は江戸へ帰りました。跡方は惣吉という取って十歳の子供とお隅に母親と、多助という旧来此の家にいる番頭様(よう)の者ばかりで、何(なん)と無く心細い。十一月の三日の事で、空は雪催しで、曇りまして、筑波下(おろ)しの大風が吹き立てゝ、身を裂(さか)れるほど寒うございます。
 母「あゝ寒いてえ、年イ取ると風が身に泌(し)みるだ、そこを閉(た)ってくんろよ、何(な)んだか今年に成って一時(いちじ)に年イ取った様な心持がするだ、酷(ひど)く寒いのう、多助やぴったり其処(そこ)を閉ってくんろよ」
 多「なにあんた、そんなに年イ取った/\といわなえがいゝ、若(わけ)え者(もん)でも寒いだ、何(なん)だかハア雪イ降るばいと思う様に空ア雲って参(めえ)りました」
 母「其処(そこ)を閉って呉んろよ、お隅は何処(どこ)へか行ったか」
 隅「はい」
 と部屋から着物を着換え、乱れた髪を撫付けて小包を持って参りましたから、
 母「このまア寒いのに何処へか行(ゆ)くかイ」
 隅「はい、改めてお願いがござります」

        六十九

 隅「不思議な御縁で、水街道から此方(こちら)へ縁付いて参りました処が、旦那様もあゝいう訳でおかくれになりました、旦那がおいでならお側で御用を達(た)して、仮令(たとえ)表向の披露(ひろめ)はなくとも、私も今迄は女房の心持で働いておりましたけれども、斯様(こう)なって旦那のない後(のち)は余計者で、却(かえ)って御厄介になる許(ばか)りでございますし、江戸には大小を帯(さ)す者も親類でもございますから、何卒(どうか)江戸へ参り度(た)いと思いまして、私もべん/\と斯(こ)うやっても居(お)られません今の内なら、何(ど)うか親類が里になって縁付(かたづ)く口も出来ましょうと思いまして、私は江戸へ帰りますから、どうか親子の縁を切って、旦那はいなくっても貴方の手で離縁に成ったという証拠を戴きませぬと、親類へも話が出来ませぬから、御面倒でも一寸お書きなすって、誠に永々(なが/\)お世話さまになりまして」
 母「それアはア困りますな、今お前(めえ)に行かれてしまうと心細(こゝろぼせ)えばかりでなく、跡が仕様が無(ね)えだ、惣吉は年イ行かなえで、惣次郎のなえ後(のち)はお前(めえ)が何も彼(か)もしてくれたから任して置いて、己(おら)アまア家内(うち)の勝手も知んなくなったくれえだね、何(ど)うかまアそんなことを云わずに、どうかお前(めえ)がいてくれねえば困りますから」
 隅「有難う存じますけれども、どうも居(い)られませぬ、居たって仕方がありませんもの、ほんの余計者になりましたから、どうか御面倒でも…今日直ぐと帰ります、水街道の麹屋に話をして帰りますから」
 母「そりゃアハア間違った訳じゃアねえか、お前(めえ)は今迄まア外(ほか)の女と違って信実な者(もん)で、己(おら)ア家(うち)へ縁付(かたづ)いても惣次郎を大切(でえじ)にして、姑(しゅうと)へは孝行尽し、小前(こめえ)の者(もん)にも思われる位(くれ)えで、流石(さすが)お武家(さむれえ)さんの娘だけ違ったもんだ、婆様(ばアさま)ア家(うち)は好(い)い嫁え貰ったって村の者(もん)が誰も褒めねえ者(もん)はなえ、惣次郎が無(な)え後(のち)も僅(わず)かハア夫婦になった許(ばか)りでも、亭主と思えば敵(かたき)イ打(ぶ)たねえばなんなえて、流石侍(さむれえ)の娘は違った者(もん)だと村の者(もん)も魂消(たまげ)て、なんとまア感心な心掛けだって涙ア溢(こぼ)して噂アするだ、今に富五郎や安田一角の行方は関取が探してどんな事をしても草ア分けて探し出して、敵(かたき)イ打(ぶ)たせるって是迄丹精したものを、お前(めえ)がフッと行ってしめえば、跡は老人(としより)と子供で仕様がなえだ、ねえ困るから何(ど)うか居てくんなよ」
 隅「嫌(いや)ですねえ、江戸で生れた者がこんな処に這入って、実に夫婦の情でいましたけれども、斯(こ)うなって見ると寂しくっていられませぬもの、田舎といっても宿場と違って本当に寂しくって居(い)られませんからねえ、何卒(どうか)直(すぐ)に遣って下さいな、此処(こゝ)に居たって仕方が有りません、江戸へ行(ゆ)けば親類は武士でございますから、相当な処へ縁付(えんづ)けて貰います、私も未(ま)だそう取る年でもございませぬから、何時(いつ)までもべん/\としてはいられませぬ、お前さんはどうせ先へ行(ゆ)く人、惣吉さんは兄弟といった処が元をいえば赤の他人でございますからねえ、考えて見ると行末(ゆくすえ)の身が案じられますから」
 母「じゃアどうあっても子供や年寄が難儀イぶっても構わなえで置いて行(ゆ)くというかい、今迄敵(かたき)イ討(ぶ)つといったじゃアなえか、今それに敵イ討たなえで縁切になって行くとア訝(おか)しかんべい、敵イ討つといった廉(かど)がなえというもんじゃア無(な)えか」
 隅「初(はじま)りは敵(かたき)を討(う)とうと思いましたけれども、誰が敵だか分らぬじゃアありませんか、善々(よく/\)考えて見ますと、富五郎を押えて白状さして、愈々(いよ/\)一角が殺したと決ったら討とうというのだが、屹度(きっと)富五郎、一角ということも分らず、それも関取が附いていればようございますが、関取もいず、して見れば敵が分っても女の細腕では敵に返討(かえりうち)になりますからねえ、又それ程何方(どなた)にも此方様(こちらさま)に義理はありません、漸(ようや)く嫁(かたづ)いて半年位のことで[#「ことで」は底本では「とで」]、命を捨てゝ敵を討つという程の深い夫婦の間柄でもありませんから、返討にでもなっては馬鹿/\しゅうございますから、敵討(かたきうち)はお止(やめ)にして江戸へ帰ります」
 母「魂消(たまげ)たなアまア、それじゃア何(なん)だア今迄敵イ討(ぶ)つと云ったことア水街道の麹屋でお客に世辞をいう様に、心にもなえ出鱈(でたら)まえをいったのだな、世辞だな」
 隅「いゝえ世辞ではない、関取を頼みにして大丈夫と思っていましたが、関取もいなければ私は厭(いや)だもの、そんな返討になるのは詰りませぬからねえ」
 母「呆れたよまア、何(なん)と魂消たなア、汝(われ)がそんな心と知んなえで惣次郎が大(でか)い金え使って、家(うち)い連れて来て、真実な女と思って魅(ばか)されたのが悔しいだ、そういう畜生(ちきしょう)の様な心なら只(たっ)た今出て行(ゆ)けやい、縁切状を書(きゃ)えてくれるから」
 隅「出て行かなくって、当り前だアね」
 多「お隅さんまア待っておくんなさえ、お内儀(かみ)さん貴方(あんた)人が善(い)いから直(じ)き腹ア立つがお隅さんはそんな人でなえ、私(わし)が知っているから、さてお隅さん、此処(こゝ)なア母様(はゝさま)ア江戸を見たこともなし、大生の八幡(はちまん)へも行ったことアなえという田舎気質(かたぎ)の母様だから、一々気に障る事(こた)アあるだろうが、実はこういう事があって気色が悪いとか、あゝいう事をいわれてはならぬという事があるなら、私がに話いしておくんなさえ、まア旦那が彼(あ)アなってからは力に思うのはお前様(さん)の外に誰もないのだ、惣吉様(さん)だって彼(あ)の通り真実(ほんとう)の姉様(さん)か母様(かゝさま)アの様に思って縋(すが)っているし、敵の行方は八州へも頼んでえたから、今に関取が出て来れば手分(てわけ)えして富五郎を押えて敲(たゝ)いたら、大概(たいがい)敵は一角に違(ちげ)えねえと思ってるくらいだから、機嫌の悪い事が有るなら私にそういって、どうか機嫌直してくださえ、ねえお隅さん」
 隅「何をいうのだね、お前は何も気を揉むことはないやね、お母(っか)さんも呆れて出て行(ゆ)けというから離縁状を貰っておくんなさい、私は仇打(あだうち)は出来ません、仕方なしに仇を打つと云ったので実は義理があるからさ、よく/\考えて見れば馬鹿げている、それ程深い夫婦でもありませぬからねえ」
 多「それじゃアお隅さん、本当に旦那の敵い打(ぶ)つてえ考(かんげ)えもなえ、惣吉さんもお母様(っかさま)も置いて行(ゆ)くというのかア」
 隅「左様さ」
 多「魂消たね本当(ほんと)かア」
 隅「嘘にこんなことがいえるものか、今日出て行(ゆ)こうというのだよ」
 多「呆れたなア、そんだら己えいうが」
 隅「何をいうの」

        七十

 多「旦那が麹屋へ遊びに行った時酌に出て、器量は好(えゝ)し、人柄に見えるが、何処(どこ)の者(もん)だというと、元は由(よし)ある武士(さむれえ)の娘で、これ/\で奉公しております、外の女ア皆(みんな)枕付(まくらつき)でいる中に私(わし)は堅気で奉公をしようというんだが、どうも辛くってならねえて涙ア澪(こぼ)して云うだから、旦那が憫然(かわいそう)だというので、金えくれたのが初まり、それから旦那が貰(もれ)え切ってくれべいといった時、手を合せて、誠に然(そ)うなれア浮びます助かりますと悦(よろこ)んだじゃアなえか、それに又旦那様ア斬殺(きりころ)されたというのも、早(はえ)え話が一角という奴がお前(めえ)に惚れていたのを此方(こっち)へ嫁付(かたづ)いたから、それを遺恨に思って旦那ア殺したんだ、して見れアお前(めえ)が殺したも同し事じゃアなえか、それを弁(わきま)えなえでお母様(っかさま)や惣吉さんを置いて出れば、義理も何も知んねえだ、狸阿魔(たぬきあま)め」
 隅「何(なん)だい狸阿魔とは、失礼な事をお云いで無い、そりゃア頼みもしましたから恩も義理もあるには違いないけれども、それだけの勤めをして御祝義を戴いたので当然(あたりまえ)の事だアね、それから私を貰い切って遣るから来い、諾(はい)といって来ただけの事だから、旦那が殺されたって、敵を討つ程の義理もないじゃアないか、表向披露(ひろめ)をした女房というでもなし、いわば妾も同様だから、旦那がいなけりゃア帰りますよ」
 多「此の阿魔どうも助けられなえ阿魔だ、打(ぶ)つぞ、出るなら出ろ」
 隅「なんだい手を振上げてどうする積りだい、怖い人だね、さ打(ぶ)つなら打って御覧、是程の傷が出来ても水街道の麹屋が打捨(うっちゃ)っては置かないよ」
 多「ナニ麹屋……金をくれた事アあるけど麹屋がどうした」
 隅「此の間お寺へ行(ゆ)くといって、路銀を借りようと思って麹屋へ行って話をして、江戸へ行けば親類もありますから、江戸へ行きたいと思いますが、行くには少し身装(みなり)も拵(こしら)えて行きたいから、まア此処(こゝ)で、三年も奉公して行きますからお願い申しますといって、証文の取極めをして、前金(ぜんきん)も借りて来てあるのだから、是から行って麹屋で稼ぎ取りをして行こうと思うのだ、もう私の身体は麹屋の奉公人になっているのだから、少しでも傷が附けば麹屋で打捨っておかないよ、願って出たら済むまい、さ、打(ぶ)つなら打って御覧」
 多「呆れたア、此奴(こいつ)何(ど)うも、お内儀様(かみさん)此間(こねえだ)お寺へ墓参(はかめえ)りに行(ゆ)く振(ふり)いして麹屋へ行って証文ぶって来たてえ、此の阿魔こりゃア打(ぶ)てねえ、えゝ内儀様(かみさま)、義理も人情も、あゝこれエ本当に何うも打てねえ阿魔だ」
 母「やア、もう宜(い)いワイ、恩も義理も知んなえ様な畜生と知らずに、惣次郎が騙(だま)されて命まで捨(すて)る事になったなア何(なん)ぞの約束だんばい、そんな心なら居て貰っても駄目だから、さア此処(こけ)え来(こ)う、離縁状書えたから持たしてやれ」
 多「さア持ってけ、此の阿魔ア、これエ打てねえ奴だ」
 隅「持ってかなくってどうするものか」
 とお隅は離縁状を開(ひら)いて見まして、苦笑(にがわら)いをして懐へ入れ、
 隅「有難い、アヽこれでさっぱりした」
 多「ア、さっぱりしたと云やアがる、どうも悪(にく)い口い敲きやアがるなア此の阿魔」
 隅「なんだねえ、ぎゃア/\おいいでない、長々御厄介様になりました、お寒さの時分ですから随分御機嫌よう」
 多「えゝぐず/\云わずにサッサと早く行かなえかい」
 隅「行かなくって何(ど)うするものか、縁の切れた処にいろっても居やアしない」
 と悪口(あっこう)をいいながらつか/\と台所へ出て来ますと、惣吉は取って十歳、田舎育ちでも名主の息子でございますから、何処(どこ)か人品(じんぴん)が違います、可愛がってくれたから真実の姉の様に思っておりますから、前へ廻ってピッタリ袂(たもと)に縋(すが)って、
 惣「姉様ア、お母(っか)アが悪ければ己があやまるから居てくんなよ、多助があんなこと云っても、あれは誰がにもいう男だから、己があやまるから、姉(あね)さん居てくんなえ、困るからヨウ」
 隅「何(な)んだい、其方(そっち)へお出でよ、うるさいからお出でよ、袂へ取ッつかまって仕ようが無いヨウ、其方へお出でッたらお出でよ」
 多「惣吉さん、此方(こっち)へお出でなさえ、今迄坊(ぼう)ちゃんを可愛がったなア、世辞で可愛がった狸阿魔だから、側へ行かないが好(え)え」
 母「惣吉や、此処(こけ)え来(こ)う、幾ら縋っても皆(みんな)世辞で可愛がったでえ、心にもない世辞イいって汝(われ)がを可愛がる振(ふり)いしたゞ、それでも子供心に優しくされりゃア、真実姉と思って己があやまるから居てくんろというだ、其処(そけ)えらを考えたって中々出て行かれる訳のものでアなえ、呆れた阿魔だ、惣吉此処(こけ)え来い」
 多「此方(こっち)いお出でなさえ、坊(ぼう)ちゃん駄目だから」
 隅「来いというから彼方(あっち)へお出でよ、今までお前を可愛がったのもね、お母(っか)さんのいう通り拠(よんどころ)なく兄弟の義理を結んだからお世辞に可愛がったので、皆(みんな)本当に可愛がったのじゃアないよ、彼方へお出で、行っておくれ、行かないか」
 多「あれ坊(ぼ)っちゃんを突き飛(とば)しやアがる、惣吉さんお出でなさえ…此奴(こいつ)ア…又打てねえ…さっ/\と行けい」
 隅「行かなくってどうするものか」
 とお隅は土間へ下(お)り、庭へ出まして門(かど)の榎(えのき)の下に立つと、ピューピューという筑波颪(おろし)が身に染みます。
 隅「あゝもう覚悟をして思い切って愛想づかしを云わなけりゃア為にならんと思って彼迄(あれまで)にいって見たけれども、何も知らない惣吉が、私の片袖に縋って、どうぞ姉(あね)さん私があやまるから居ておくれ、坊が困るといわれた時には、実はこれ/\と打ち明けて云おうかと思ったが、※(なま)[#「救/心」、294-13]じい云えばお母(っか)さんや惣吉の為にならんと思って思い切って、心にもない悪体(あくたい)を云って出て来たが、是まで真実に親子の様に私に目を掛けておくんなすった姑(しゅうと)に対して実に済まない、お母さん、其のかわり屹度(きっと)、旦那様の仇(あだ)を今年の中(うち)に捜し出して、本望(ほんもう)を遂(と)げた上でお詫びいたします、あゝ勿体ない、口が曲ります、御免なすってください」
 と手を合せ、耐(こら)え兼てお隅がわっと声の出るまでに泣いております。
 多「まだ立ってやアがる、彼処(あすこ)に立って悪体口をきいていやアがる、早く行け」
 隅「大きな声をするない、手前の様な土百姓(どびゃくしょう)に用はないのだ、漸(や)っとサバ/\した」
 と故意(わざ)と口穢(くちぎたな)いことを云って、是から麹屋へ来て亭主に此の話をすると、
 亭「能く思い切って云った、よし、己がどこ迄も心得たから、心配するな、先(ま)ず手拭でも染めて、すぐ披露(ひろめ)をするが好(よ)い、これ/\これ/\拵(こしら)えて」
 というので、手拭等(とう)を染めて、残らず雲助や馬方に配りました。
 亭「今までとは違ってお隅は拠(よんどころ)ない訳が有って客を取らなくっちゃアならん、皆(みんな)と同じに、枕付で出るから方々へ触れてくれ」
 というと、此の評判がぱっとして、今までは堅い奉公人で、殊(こと)に名主の女房にもなった者が枕付で出る、金さえ出せば自由になるというので大層客がありまして、近在の名主や大尽(だいじん)が、せっせとお隅の処へ遊びに来ますけれども、中々お隅は枕を交(かわ)しません。お隅の評判が大変になりますると、常陸にいる富五郎が、此の事を聞きまして、
 富「しめた、金で自由になる枕附きで出れば、望みは十分だ」
 と天命とはいいながら、富五郎が浮々(うか/\)とお隅の処へ遊びに参るという、これから仇打(あだうち)になりまするが、一寸一息。

        七十一

 お隅は霜月の八日から披露(ひろめ)を致しまして、客を取る様になりました。なれどもお隅は貞心(ていしん)な者でございますから、能(い)いように切り脱(ぬ)けては客と一つ寝をする様なことは致しません、素(もと)より器量は好(よ)し、様子は好し、其の上世辞がありまするので、大して客がござります。丁度十二月十六日ちら/\雪の降る日に山倉富五郎が遣(や)って参りましたが、客が多いので何時(いつ)まで待ってもお隅が来ません、其の内に追々と夜(よ)が更けて来ますが、お隅は外の客で来ることが出来ませぬから、代りの女が時々来ては酌をして参り、其の間には手酌で飲みましたから、余程酒の廻っている処へ、隔(へだて)の襖(ふすま)を明けて這入った人の扮装(なり)はじゃがらっぽい縞(しま)の小袖にて、まア其の頃は御召縮緬(おめしちりめん)が相場で、頭髪(あたま)は達磨返しに、一寸した玉の附いた簪(かんざし)を※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さ)し散斑(ばらふ)の斑(ふ)のきれた櫛(くし)を横の方へよけて※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)しており、襟には濃(こっ)くり白粉(おしろい)を附け、顔は薄化粧の処へ、酒の相手でほんのりと桜色になっております、帯がじだらくになりましたから白縮緬の湯巻がちら/\見えるという、前(ぜん)とはすっぱり違った拵(こしら)えで、
 隅「富さん」
 富「イヤこれはどうも、どうも是は」
 隅「私ゃアね富さんじゃないかと思って、内々(ない/\)見世で斯(こ)う/\いう人じゃアないかというと然(そ)うだというから、早く来度(きた)いと思うけれども、長ッ尻(ちり)のお客でねえ、今やっと脱(ぬ)けて来たの、本当に能く来たね」
 富「これはどうも、甚(はなは)だ何(ど)うも御無沙汰を、実は其の不慮の災難で御疑念を蒙むりました、それ故お宅へ参ることも出来ない、こんな詰らぬ事はないと存じて、存じながら御無沙汰を、只今まで重々御恩になりました貴方が、御離縁になって、此方(こちら)へ入らっしゃった事を聞いて尋ねて参りました、どうも妙でげすねえ、御様子がずうッと違いましたね」
 隅「お前さんも知ってる通りべん/\とあゝやっていたっても、先の見当(みあて)がないし、そんならばといって生涯楽に暮せるといった処が、あんな百姓家(や)で何(なん)にも見る処も聞く事もなし、只一生楽に暮すというばかりじゃア仕様がないから、江戸へ行こうと思って、江戸には親類が有って大小を帯(さ)す身の上だから、些(ちっ)とも早く頼んで身を固め度(た)いと思って離縁を頼むと、不人情者だって腹を立って、狐阿魔だの狸阿魔だのというから、忌々(いま/\)しいから強情に無理無体に縁切状を取って出て来ましたの、江戸へ行くにも、小遣がないもんだから、こんな真似をして身装(みなり)も拵(こしら)えたり、金の少しも持って行き度いと思って、遂(つい)に斯(こ)んな処へ落ちたから笑っておくんなさい」
 富「笑う処か誠にどうも、なに必ず私は買いに来たという訳ではありませんから、決して御立腹下さるな、そんな失敬の次第ではないが、何(ど)ういう訳で羽生村をお出(で)遊ばしたかと存じて御様子を伺おうと思って参った処が、数献(すうこん)傾けて大酩酊(おおめいてい)」
 隅「まア是から二人で楽々と一杯飲もうじゃアないか、早く来て久振りで、昔話をしたいと思っても、長ッ尻のお客で滅多に帰らぬからいろ/\心配して、やっとお客を外して来たの、まア嬉しいこと、大層お前若くなったことね」
 富「恐入ります、あなたの御様子が変ったには驚きましたねえどうも、前とはすっかり違いましたねえ」
 隅「さお酌致しましょう」
 富「これはどうも、まア一寸一杯、左様ですか」
 隅「私は大きな物でなくっちゃア酔わないから、大きな物でほっと酔って胸を晴したいの、いやな客の機嫌気褄(きづま)を取って、いやな気分だからねえ、富さん今夜は世話をやかせますよ」
 富「大きな物で、え湯呑で上りますか、御酒は些(ちっ)とも飲(あが)らなかったんですが、血に交われば赤くなるとか、妙でげすなア、お酌を致しましょう、これは妙だ、どうも大きな物でぐうと上れるのは妙でげすな、是は恐入りましたな」
 隅「私は酔って富さんに我儘な事をいうけれども、富さんや聞いておくれな」
 富「うゝんお隅さん必ず御疑念はお晴しなすって、惣次郎さんを私が手引して殺させたというので花車の関取が私の背中をどやして、飯を吐(はか)せるというから、私は驚いて、あの腕前では迚(とて)も叶(かな)わぬから一生懸命逃げたんだが、あのくらい苦しいことはありませぬ、それ故御無沙汰になって、あなたが枕附で客をお取りになるという事を聞いて、今日口を掛けたのは相済みませぬが、実はどういう訳かと存じて只御様子を伺いたいというので参っただけで」
 隅「まアそんな事は好(い)いじゃアないか、今夜私は酔うよ」
 富「お相手をいたしましょう」
 隅「お相手も何もいるものか」
 と大きな湯呑に一杯受けて息も吐(つ)かずにぐっと飲んで、
 隅「さア富さん」
 富「私はもう数献(すこん)…えお酌でげすか、置注(おきつ)ぎには驚きましたね…それだけは…妙なものでげすな、貴方はお酒はもとから上りましたか」
 隅「なに旦那の側にいる時分には謹んで飲まなかったんだが、此家(こゝ)へ来てから戴く様になりました」
 富「へえ有難う、もう……お隅さんどうか御疑念をね…これだけはどうか…私は詰らん災難で、私が何(なん)ぼ何(なん)でも、一角は知らない奴、逢った事もない奴に何(なん)で此(かく)の如く、な、御疑念が掛るか、私も元は大小を帯(たい)した者、此の儘には捨置けぬと、余程(よっぽど)争いましたが、関取が無暗(むやみ)に打(ぶ)つというから、あの力で打たれては堪らぬから逃げると云う訳で、実に手前詰らぬ災難でげして……」
 隅「好(い)いじゃ無いか、私に何も心配はありゃアしないやね、羽生に居る時分には、悔しい、敵打(かたきうち)をするというから私も連れて然(そ)ういったけれども、もう彼処(あすこ)を出てしまやア、何(なん)にも義理はないから私に心配はいらないが、只聞きたいのは富さん忘れもしない羽生にいる時、お前が酔って帰ったことがあったろう、其の時お前が旦那のいない所で私の手を掴まえて、江戸へ連れて行って女房にして遣ろう、うんといえば私が身の立つようにするが、江戸へ一緒に行って呉れぬかと云っておくれの事があったねえ、あれは本当の心から出て云ったのか、私が名主の女房になってたから、お世辞に云ったのか聞きたいねえ」

        七十二

 富「これは恐れ入りました、こりゃア何(ど)うも御返答に差支(さしつか)える……こりゃア恐入ったね、富五郎困りましたね…………おや/\またいっぱいになった、貴方そばから置き注ぎはいけません………余程(よほど)酔って居るからもう御免なさい……あれはお隅さん、貴方が恩人の内宝(ないほう)になっているから、食客(いそうろう)の身として、酔ったまぎれで、女房になれ……江戸へ連れて行こうといったのは実に済まない……済まないが、心にないことは云われん様な者で、富五郎深く貴方を胸に思っているから酔った紛れに口に出たので、どうも実に御無礼を致しました、どうか平(ひら)に御免を……」
 隅「あやまらなくっても宜(い)いじゃアないか、本当にお前が心に思ってくれるといえば嘘にも嬉しいよ、富さん、私もね、何時(いつ)までもこんな姿(なり)をしていたくない……江戸へ知れては外聞が悪いからねえ……江戸へ行くったって親類は絶えて音信(いんしん)がないし、真実(ほんとう)の兄弟もないから何(なん)だか心細くって、それには男でなければ力にならぬが、こういう汚(けが)れた身体になったから、今更いけない、いけないけれどもお前がねえ、私の様な者でも連れて行って女房にすると云っておくれなら、私も親類へ行って、この人も元はこれ/\のお侍でございましたが、運が悪くってこういう訳になったからといって頼むにも、二人ながら武士の家に生れた者だから、親類へも話が仕好(しい)い、よう富さん、本当にお前、私がこういう処へ這入ったからいけないかえ……前にいったことは嘘かえ」
 富「こりゃアなんとも恐れ入ったね……旨いことを仰しゃるなア……又一ぱいになった、そう注いじゃあいけない……えゝ…本当にそんな事をする気遣いは無いて…どうか御疑念の処は…私は困るよ……どうも理不尽に私を疑(うたぐ)って、脊骨をどやすというから、驚いて、言訳する間(ま)は無いから逃げたのだが、神かけて富五郎そんな事はないので……」
 隅「そんな心配は無いじゃアないか、何(なん)だねえ、お前、私がこんな身の上になっていても、敵とか何(なん)とか云って騒ぐと思ってるのかえ、私は表向き披露(ひろめ)をした訳でもなし、敵を討つという程な深い夫婦でもない、それ程何も義理はないと思うから、悪体を吐(つ)いて出たのだもの」
 富「そりゃア義理はありましょうが、私はあなたが、あんな愚痴婆(ばゝあ)の機嫌を、よく取ってお在(い)でなさると思っていました。あなたがこれを出るのは本当でげす、御尤もでげすねえ」
 隅「だからさ、お前がいやなら仕方がないけれども、本当なら、お前の為にどんな苦労をしても、いやな客を取っても、張合があると思っているのさ、それには、判人(はんにん)がないといけないから、お前が判人になって、そうして私が稼いだのをお前に預けるから、私を江戸へ連れて行っておくれな」
 富「本当ですか」
 隅「あら本当かって、私が嘘をいうものかね、悪(にく)らしいよ」
 富「あゝ痛い、捻(つね)ってはいけない、そういう……又充溢(いっぱい)になってしまった……いけないねえ……だが、お隅さん、本当に御疑念はお晴らしください、富五郎迷惑至極だてねえ」
 隅「どうも、うるさいよ、未(ま)だ何処(どこ)まで疑(うたぐ)るのだね、そんなに疑るなら証拠を出して見せようじゃないか、そら、是が羽生村から取って来た離縁状と、是はお客に貰った三十両あるのだよ、お前が真実女房に持ってくれる気なら、此のお金と離縁状を預けるがお前も確(たしか)な証拠を見せておくれよ、富さん」
 富「本当ですか、本当なら私だって、親類もあるから、お前さんと二人で行って、話しをすればすぐだね、そりゃア、小さくも御家人の株ぐらいは買ってくれるだろう、お隅さん本当なら、生涯嘘はつかないねえ」
 隅「まア嬉しいじゃアないか、富さん本当かい」
 富「そりゃア本当」
 隅「有難いねえ、じゃア証拠を見せておくれな」
 富「別に証拠はない」
 隅「だから悪(にく)らしいよ」
 富「悪らしいってあれば出すけどもないもの、じゃア外に仕方がないから斯(こ)うしよう、そう話がきまれば、此処(こゝ)に永く奉公さして置きたくないからね、どこまでも金の才覚をして早く江戸へ行こう、富五郎浪人はしていても、百や二百の金は直(すぐ)に出来るから」
 隅「そう、そんなに入らないが、路銀と土産ぐらい買って行きたいねえ」
 富「こう仕よう」
 隅「だって急にお前に苦労させては済まないから、此処で私が二年も稼いでから」
 富「なに宜(い)い、いゝから、斯(こ)うしよう、一角を騙(だま)して百両取ろう」
 隅「おや一角さんは何処(どこ)にいるの」
 富「うん、まあいゝや、お隅さん本当に御疑念の処は」
 隅「又そんなことを、本当にお前は悪らしいよ、じゃアお前は一角となれあって殺したことがあるから、私がどこまでも仇(かたき)を狙っていると疑るのだろう、そんな疑りがあって、私を女房にしようというのは余程(よっぽど)分らない、恐い人だね、もう止しましょう、書付(かきつけ)まで見せて、生涯身を任して力になろうと思う人がそう疑ってはお金も書付も渡されないから。止しにしましょう」
 富「そういう訳ではない、決して疑る訳ではない、決して疑る訳では無いがね」
 隅「だからさ疑る心が無ければ、一角さんは何処(どこ)にいると云ったって好(い)いじゃないか、どうして騙(だま)して金を取るのか、それをお云いよ」
 富「うーん、それは一角がお前に惚れているのだから」
 隅「そうかい」
 富「前から惚れてる、それだから一角の処へ行って、お前がこう/\でございますから貴方御新造にしてお遣りなさい、就(つい)ては内証(ないしょう)に百両借金がありますから、之を払って遣れば直(すぐ)に此処(こゝ)へ来られる訳だ、出して下さいといえば是非金を出す…いゝえ出るに極っているのだから、出したら借金を払ってお前と二人で、ねえ、江戸へ行こう、こいつが宜(い)いじゃないか」
 隅「どうも嬉しいことねえ、一角さんは何処にいるの」
 富「うーン、それ」
 隅「おかしいねえ、もう夫婦になってお前は亭主だよ、添ってしまって、今夜一晩でも枕を交せば大事な生涯身を任せる亭主だもの、前の亭主の敵(かたき)といって、刄(やいば)が向けられますか、私も武士の娘、決して嘘はつきませぬよ」

        七十三

 富「こりゃア驚いた、流石(さすが)は武士の御息女、嬉しいな…又充溢(いっぱい)になってしまった……こりゃア有難い、それじゃア云おうねえ、実は私は、お前にぞっこん惚れていたが、惣次郎があっては仕様がない、邪魔になるといっても、富五郎の手に負いない、所が幸い安田一角がお前に惚れているから、一角をおいやって弘行寺の裏林で殺させて置いて、顔に傷を拵(こさ)えて家(うち)へ駈込んだが、あの通り花車が感付きやアがって、打(ぶ)つというから、此方(こっち)は殺されては堪(たま)らぬから、逃げてしまった、全く一角が殺しは殺したんだが、実は私がおいやって遣らしたのだ」
 隅「私もそう思ってたけれどもね、羽生にいる時は義理だから敵といっていたけれども、こう出てしまえば義理も糸瓜(へちま)もない他人だアね、あんな窮屈な処にいるのはいやだと思って出たんだが、富さんこうなるのは深い縁だねえ、どうしても夫婦になる深い約束だよ」
 富「是は妙なもんだね、不思議なもので、羽生村にいる時から私が真に惚れゝばこそ色々な策をして、惣次郎を討(うた)せたのも皆(みんな)お前故だねえ」
 隅「一角さんは何処(どこ)にいるの」
 富「一昨日(おととい)の晩三人で来て前の家(うち)は策で売らしてしまったから、笠阿弥陀堂(かさあみだどう)の横手に交遊庵(こうゆうあん)という庵室(あんしつ)がありましょう、二間(ふたま)室(ま)があって、庭も些(ちっ)とあり、林の中で人に知れないからというので其処(そこ)を借りていて、今夜私に様子を見て来いというので、私が来たのだから、こう/\といえば、えゝというので百両出す、なに大丈夫だ、其れで借金を片付けて行って了(しま)やア彼奴(あいつ)は何(なん)ともいえない、人を殺した事を知って居るから何ともいえやアしないから、烟(けぶ)に巻かれてしまわア、追掛(おっか)けようといっても彼奴江戸へ出られる奴でないから大丈夫」
 隅「そう、本当に嬉しいねえ、真底お前の了簡が知れたよ」
 富「これ程お前を思ってるのに其れを疑ぐるということはない、誠に詰らぬこと…」
 隅「此処(こゝ)で寝るといけないから彼方(あっち)へおいでよ、彼方に床が取ってあるから、さ此のお金と書付を」
 富「やアそんなもの」
 隅「落(おっ)ことすといけないからお出し」
 と、金と書付を引(ひっ)たくって、無暗(むやみ)に手を引いて、細廊下の処を連れて行(ゆ)くと、六畳ばかりの小間(こま)がありまして、其処(そこ)に床がちゃんと敷いてある。
 隅「さ、お寝と云ったらお寝、あら俯伏(つっぷ)しちゃいけないから仰向けにお成り」
 と仰向に寝かし、枕をさして、
 隅「さ、寒いから夜具(これ)を」
 富「あゝ有難い、こっちイ這入って寝なよ」
 隅「今寝るが、寒いから掻巻(かいまき)を」
 富「好(い)いよ、雪は何(ど)うしたえ」
 隅「なに雪は降っているよ、夫婦の固めに雪が降るのは縁が深いとかいう事があるねえ」
 富「うーん、そりゃア深雪(みゆき)というのだ」
 隅「富さん、私はいう事があるよ」
 富「どう」
 隅「あら顔を見られると恥かしいから被(かぶ)っておいでよ」
 とお隅は掻巻を富五郎の目の上まで被せて其の上へ乗りました。
 隅「私は馬乗りに乗るわ」
 富「何をするのだ、息が出なくって苦しい、何をする、切ないよ」
 隅「本当に富さん不思議な縁だね」
 といいながら隠してあった匕首(あいくち)を抜いて、
 隅「惣次郎を殺したとは感付いていたけども、お前が手引で…一角の隠れ家まで…こういう事になるというのは神仏のお引合せだね」
 富「実に神の結ぶ縁だねえ」
 隅「斯(こ)ういう事があろうと思って、私は此の上ない辛い思いをして、恩ある姑(しゅうと)や義理ある弟に愛想尽(あいそづか)しを云って出たのも全くお前を引寄せる為、亭主の敵(かたき)罰当(ばちあた)りの富五郎覚悟しろ、亭主の敵」
 と富五郎の咽喉(のど)へ突込(つッこ)む。
 富「うーん」
 というのを突込んだなり呑口を明ける様にぐッぐッと抉(えぐ)ると、天命とはいいながら富五郎はばた/\苦しみまして、其の儘うーんと呼吸(いき)は絶えました様子。お隅はほっと息を吐(つ)き、匕首の血(のり)を拭(ぬぐ)って鞘に納め、
 隅「南無阿弥陀仏/\」
 と念仏を唱え、惣次郎の戒名を唱えて回向(えこう)を致します。お隅は沈着(おちつ)いた女で、直(すぐ)に硯箱(すゞりばこ)を取出し、事細かに二通の書置を認(したゝ)めて、一通は花車へ、一通は羽生村の惣吉親子の者へ、実は旦那の仇(あだ)を討ち度(た)い許(ばか)りで、心にもない愛想尽しを申して家(うち)を出て、麹屋へ参って恥かしい身の上になりましたが、幸いに富五郎が来て、これ/\の訳と残らず自分の口から申して、一角の隠家(かくれが)もこれ/\と知れましたから、女ながらも富五郎は首尾能く打留(うちと)めたから、今夜直ぐに一角の隠家へ踏込んで恨みを晴し、本望(ほんもう)を遂(と)げる積り、なれども女の細腕、若(も)し返り討になる様な事があったならば、惣吉が成人の上、関取に助太刀を頼んで旦那と私の恨(うらみ)を晴らして下さい、敵(かたき)は一角に相違ない事は富五郎の白状で定(きま)りましたという、関取と母親の方へ二通の書置を残して傍(そば)に掛っている湯沸しの湯を呑み、懐へ匕首を隠して庭の方の雨戸を明けると、雪は小降になった様でもふッ/\と吹っかける中を跣足(はだし)で駈出して、交遊庵という一角の隠家へ踏込みまするというお隅仇打(あだうち)のお話を次回に。

        七十四

 申し続きまする累ヶ淵のお話で、お隅が交遊庵という庵室に隠れている一角の処へ斬り込みまするという、女ながらもお隅は一生懸命でござりまして、雪の降る中を傘もなしに手拭を冠(かぶ)りまして跣足(はだし)で駈けて参って、笠阿弥陀堂から右に切れると左右は雑木山でござります、此の山の間を段々と爪先上(あが)りに登って参りますると、裏手は杉檜などの樹木がこう/\と生い茂って居りまする処へ、門の入口の処に交遊庵の三字を題しました額が掛っております。門の締りは厳重になっておりまするなれども、家へは近(ちこ)うござります、何処(どこ)か外(ほか)から這入口(はいりぐち)はなかろうかと横手に廻って見ても外に入口(いりくち)はない様子、暫(しばら)く門の処に立って内の様子を窺(うかゞ)っていると、丁度一角が寝酒を始めて、貞藏(ていぞう)という内弟子を相手にぐび/\と遣(や)りましたから、門弟も大分酩酊致しておりまする様子。
 隅「御免なさいまし、御免なさいまし、一寸此所(こゝ)を明けて下さいまし、あの、先生は此方(こちら)にいらっしゃいますか」
 というと戸締りは厳重にしてあり、近いといっても門から家までは余程隔(へだ)って居りますが、雪の夜(よ)で粛然(しん)としているから、遥(はるか)に聞える女の声。
 安「貞藏/\誰(たれ)か門を叩いている様子じゃ」
 貞「いや大分雪が降って参りました、私(わたくし)先程台所を明けたらぷっと吹込みました、どうして中々余程の雪になりましたから、此の夜中(やちゅう)殊(こと)に雪中(せっちゅう)に誰(たれ)も参る筈はございませぬ」
 安「でも、それ門を叩く様子じゃ」
 貞「いゝえ大丈夫」
 安「いや左様でない…それそれ見ろ…あの通り…それ叩くだろう」
 貞「へえ成程えゝ見て参りましょう、えゝ少々御免遊ばして、大層酩酊致しました、ひょろ/\致して歩けませぬ、えゝ少々…なに誰(だれ)だい、誰(たれ)か門を叩くかい…誰(だれ)だい」
 隅「はい、あの安田一角先生は此方(こちら)にいらっしゃいますか」
 貞「安田と、安田先生ということを知って来たのは誰だい」
 隅「はい私は麹屋の隅でございますが、一寸先生にお目に掛り度(た)いと存じまして、わざ/\雪の降る中を参りましたが、一寸此処(こゝ)をお明け遊ばして下さいませんか」
 貞「あ、少々控えていな」
 とよろよろしながら一角の前へ来て、
 貞「へえ先生」
 安「来たのは誰だ」
 貞「麹屋のお隅が、先生にお目に掛ってお話し申し度い事があって、雪の降る中を態々(わざ/\)参ったといいます」
 安「隅が来たか、はて、うっかり明けるな、えゝ彼(かれ)は此の一角を予(かね)て敵(かたき)と附狙(つけねら)うことは風説にも聞いていたが、全く左様と見える、うっかり明けて、角力取(すもうとり)などを連れてずか/\這入られては困るから能く気を附けろ、えゝ全く一人か、一人なら入れたっても好(い)いが」
 貞「これ、お隅、何かえ、お前誰か同伴(つれ)がありますかい、大勢連れてお出でかい、角力取は来ましたのかい」
 隅「いゝえ私一人でございます、一寸(ちょいと)此処(こゝ)を明けて下さいませんか、お前さん貞藏さんじゃアありませんか」
 貞「なに貞藏、己の名を知ってるな、うん成程知ってる訳だ、私(わし)が水街道へ先生のお供にいった事があるから、今明けるよ、妙なもんだなア、おう好(よ)い塩梅にこれ雪が上って来た、大層積ったなア、おゝおゝ、ふッ、足の甲までずか/\踏み込む様だ、待ちな今明けるぞ、待ちな、閂(かんぬき)がかって締りが厳重にしてあるから、や、そら、おや一人で傘なしかい」
 隅「はい少しは降っておりましたが、気が急(せ)きましたから、跣足(はだし)で参りました」
 貞「おゝ/\私(わし)はやっと此処(こゝ)まで雪を渉(わた)って来たのだが、能く夜中(やちゅう)に渡しの船が出たねえ」
 隅「はい、あの、船頭は馴染でございますから、頼んで渡して貰って、漸(やっ)とのことで参りました」
 貞「それはえらい、さア此方(こっち)へ、先生たった一人で渡を渡って跣足で参ったと云うので」
 安「それは思い掛けない、なに傘なしで、それはそれは、雪中といい、どうも夜中といい、一人でえらいのう、誠にどうも、さア此方(こっち)へ」
 隅「先生誠に暫くお目に掛りませんで」
 安「いや誠にこれは、うーん己は無沙汰をしております、暫く常陸へ参った処が、彼方(あちら)で些(ちっ)と門弟も出来たから、近郷の名主庄屋などへ出稽古を致して、久しく彼方にいて、今度又此方(こちら)へ来た処が、先(せん)に住(すま)った家は人に譲ったから、まア家の出来るまで、当期此の庵室におる積りで、だが手前能く尋ねて来たねえ」
 隅「誠にどうも御無沙汰を致しまして」
 安「此の夜中雪の降る中を踏分けて何(ど)うして来た」

        七十五

 隅「あの今日富五郎が来ましてね、何か先生に頼まれた事があると云って、私の処へ客になって来まして、お酒に酔って何(なん)だか種々(いろ/\)な事を云いますの、けれども其の様子がさっぱり分りませんから、其の事に付いて先生にお目に掛らなければ様子が分りませんから」
 安「それはどうも、富五郎が行ったかい、貞藏、富五郎が往ったって」
 貞「だから私が先生に申上げて置きました、彼奴(あいつ)は誠にあゝいう処ばかり遊びに参るのが好きでげす、全体道楽者でげすからなア、彼奴余程(よっぽど)婦人好(ずき)でげすよ」
 安「で、富五郎が往って何(ど)ういう話し振の、まア一杯[#「一杯」は底本では「一抔」]飲め」
 隅「有難うございます、まアお酌を」
 安「イヤ一杯[#「一杯」は底本では「一抔」]飲め」
 隅「左様でございますか、貞藏さん、お酌を、恐れ入ります」
 貞「いや久し振りでお酌をする、私(わし)の名を心得ているから妙でげすな、久しい前に一度先生のお供を致しましたが、其の時逢った一度で私の名まで覚えているというのは、商売柄は又別なものでげす、お隅さん相変らず美しゅうございますな」
 安「これお隅、手前名主の手を切って麹屋の稼ぎ女になったとか、枕附で出るとかいう噂があったが嘘だろうな」
 隅「いゝえ嘘ではございません、誠にお恥かしゅうございますけれどもべん/\とあゝ遣ってもいられませんから、種々(いろ/\)考えました処が、江戸には親類もありますから、何卒(どうぞ)江戸へ参り度(た)いと思いまして、故郷(こきょう)が懐かしいまゝ無理に離縁を取って出ましたが、手振り編笠(あみがさ)、姑(しゅうと)が腹を立って追出すくらいでございますから、何一つもくれませぬ、それ故少しは身形(みなり)も拵(こさ)えたり、江戸へ行(ゆ)くには土産でも持って行(ゆ)かなければなりませぬ、それには普通(たゞ)の奉公では埓(らち)が明きませんから、いや/\ながら先生お恥かしい事になりました」
 安「オヽ左様か、じゃア自(みずか)ら稼いで苦しみ、金を貯めてなにかい身形を拵えて江戸へ行(い)こうと云う訳か、どうも能く離縁が出たのう」
 隅「それが向(むこう)で出さないのを此方(こっち)から強情に取りましたので、先生誠に久し振でございますねえ」
 安「ウンそれは妙だなア」
 貞「これは先生妙でげすな、貴方の方でお呼び遊ばさぬのにお隅さんが此の雪の降る中を尋ねて来るなんて、自然にどうも貴方の…実に感服でげすなア」
 安「なにそう云う訳でもなかろう、何か是には訳があって来たんだろう、なにかい富五郎がどういう事を云ったい」
 隅「はい、富さんの云うには、べん/\とこんなア卑(いや)しい奉公をするよりも、一角先生の御新造にならないかといいますから、馬鹿なことをお云いでない、一旦名主の家(うち)へ縁付(かたづ)いたのだから、披露(ひろめ)はしないでも、今度行(ゆ)けば再縁をする訳じゃアないか、それだから先生は決して御新造になさる訳はない、妾にすると仰しゃればまだしもの事だけれども、御新造にというのは訝(おか)しいじゃアないかというと、いゝえ全くお前さえよければ先生は御新造になさる思召(おぼしめ)しがあるのだから、お前がたって…頼みたいと思うなら、骨を折って宜(よ)いように執成(とりな)すから了簡を決めろといいますから、それは誠に思掛(おもいがけ)ない有難いこと、私の様な者を先生が仮令(たとえ)妾にでもなすって下さるなら、私は本当に浮ぶ訳で、べん/\とこんな処にいたくないから、屹度(きっと)執成(とりな)しておくれかというと、お酒が始まって、すると彼(あ)の人の癖で直(すぐ)に酔ってしまって、まア馬鹿らしいじゃアありませんか、先生に取持つ代りにおれの云う事を聞けといって口説き始めたんでございますよ」
 安「こりア怪(けし)からん奴だ、どうだい貞藏」
 貞「でげすから彼(あれ)は先生いけませぬ、先生は彼奴(あいつ)を御贔屓になさいますが、全体よくない奴で、そういう了簡違いな奴でげすからなア、一体先生が余り贔屓になさり過ぎると思っていましたが、どうも御新造に取持とうという者、いわば仲人(なこうど)が一旦自分のいう事をきかして、それから縁付(かたづ)けると、そんな事がありましょうか、だから彼(あ)れはもう、お置きなさらん方が宜(よ)い、お為になりませぬからなア、彼奴が来てから私は彼奴に使われるような訳で、先生もう彼奴はお止し遊ばした方がようございますよ」
 安「お隅、それからどうしたい」
 隅「それで、私が馬鹿な事をおいいでないと云うと、そんな詰らんことを云わんでも宜(い)いじゃアないかといいますから、宜いじゃアないかって、お前さんのいう事を聞いた上で先生の処へ妾に行(ゆ)けるか行けないか考えて御覧、富さん酔うにも程がある、冗談は大概におしよと云って居りましたら、終(しまい)には甚(ひど)く酔って来まして、短かいのを抜いて、いう事を聞かなければ是だと嚇(おど)し始めましたから、私も勃然(むっ)として、大概におしなさい、お前は腕ずくで強淫(ごういん)をする積りか、馬鹿な事をする怖い人だ、いやだよと云って行(ゆ)こうとすると、そうはやらぬと私の裾(すそ)を押えて離さない処へ、お兼(かね)さんやお力(りき)さんが出て参りまして取押える拍子に、お兼さんが指に怪我をするやら、金どんも親指に怪我をしまして、漸(ようや)くの事で宥(なだ)めて刄物を抉取(もぎと)ったんでございますが、全く先生の処から来たのなら、明日(あす)の朝先生が入らっしゃるであろう、其の上当人も酒が醒(さ)めるだろうから、まア縛って置くが好(い)いというので縛って置きました」

        七十六

 安「こりゃアどうも怪(け)しからん、白刃(はくじん)を振(ふる)っておどすなぞとは、えゝ貞藏」
 貞「どうも怪しからん、彼奴(あいつ)はいけません、彼奴一体そういう質(たち)の奴でげす、何(ど)うも怪しからん、抜刀(ぬきみ)で口説くなんて、実に詰らん訳でげすなア、だから先生もう彼奴はお止しなすって家(うち)に置かぬ方が宜しい、何うもそういう……」
 安「お隅、貴様はなにか主人に話をして来たか」
 隅「はい何(なん)ともいいませんけれども、お力さんに頼んで置きまして、何しろ先生の御様子を聞かなければ分らない、誠に恥かしいことでございますけれども、先生の処へ行って御様子を聞いて、そうして先生に宥(なだ)めて戴き度(た)いと思って出て参りました」
 安「左様か、雪の夜(よ)ではあるし、是から行(ゆ)くといっても大変だがあんな馬鹿にからかわないが[#「からかわないが」はママ]宜(い)いよ」
 隅「なにもう明日(あした)でも宜(よ)うございますけれども、私は是から一人で帰るのは辛くって、参る時は一生懸命で来ましたが、帰るとなると怖くっていけませんが、どうかお邪魔様でも今夜一晩泊めて下さる訳にはいきますまいか」
 安「うん、それは宜(よ)い、泊って往(い)くなら、なア貞藏」
 貞「是は先生御恐悦でげすなア、お隅さんの方から泊って宜(い)いかと云うのは、こりゃア自然のお授かりでげすな」
 安「なにお授かりな事があるものか、のうお隅、だが貴様には何(ど)うも分らぬことが一つある、というのは惣次郎の女房になって何ういう間違いかは知らんけれども、安田一角が惣次郎を殺害(せつがい)致したというので、私(わし)を夫の敵(かたき)と狙って、花車重吉を頼んで何処(どこ)までも討たんければならぬと云って、一頻(ひとしき)り私を狙って居るという事を慥(たしか)に人を以(もっ)て聞いたそう云う手前が心で居たものが、又(ま)た此処(こゝ)に来て、一角の女房になろうとは些(ちっ)と受取れぬじゃないか、のう貞藏」
 隅「いゝえ、ねえ貞藏さん考えて御覧、羽生村に居るうちは義理だから敵を討つとか何(なん)とか云いましたけれども、なにもねえ元々私が麹屋に奉公をして居て、あの時分枕付ではありませんが、彼(あ)の名主に受出(うけだ)されて行って、妾同様表向の披露(ひろめ)をした訳でもなし、ほんの半年か一年亭主にしただけでございますから、母親(おふくろ)の前や村の人や角力取の前で義理を立って、敵を討つといいは云いましたが、よく/\考えてみた処が、貴方が屹度(きっと)殺したということが分りもしない、こんな的(あて)もないのに敵を討つといったっても仕方がない訳だから、寧(いっ)そ敵討(かたきうち)という事は止(や)めてしまおう、それにしては何時(いつ)までもべん/\としてもいられませんから、思い切って暇を貰って出たのでございますから、もう今になれば些(ちっ)ともそんな心は有りゃアしません、ねえ、貞藏さん」
 貞「成程是(こ)りゃア本当でげしょう、先生は人を殺す様な方でないし、只お前さんへ執心が有った処から角力取と喧嘩、ありゃア一体角力の方がいけないよ、変に力が有ってねえ、あれだけは先生甚(ひど)く野暮(やぼ)になりますな」
 安「詰らん疑念を受けて飛んだ災難と思ったが、此方(こっち)に居ては面倒だから暫く常陸へ行って居たんだが、手前全くか」
 隅「本当でございますから疑りを晴(はら)して一献(ひとつ)戴きましょう」
 安「手前飲めるか」
 隅「はい、何(なん)だか寒くっていけません、跣足(はだし)で雪の中を駈けて来たもんですから、足が氷の様になっていますもの」
 安「うーん中々飲める様になったのう」
 隅「勤(つとめ)をして居て仕方なしに相手をするので上りましたよ」
 安「ふん妙だのう貞藏」
 貞「是は/\お隅さん貴方御酒を飲(あが)りますか、お酌を致しましょう」
 隅「はい有難うございます」
 と大杯(たいはい)に受けたのをグイと飲んで、
 隅「貴方何(なん)だか真面目でいけないから、私がお酌を致しましょう」
 と横目でじっと一角の顔を見ながら酌をする。一角は素(もと)より惚れている女が酌をしてくれるから快く大杯で二三杯傾けると、下地の有った処でござりますからグッスリ酔(えい)が廻って来ます、貞藏も大変酩酊致しまして、
 貞「私(わたくし)もう大層戴きました、お隅さん私(わたし)は御免を蒙(こうむ)りまして、長く斯(こ)ういう処にいるべきものでありませんから、左様なら先生御機嫌よう」
 隅「まアお待ちなさいよ、先生がお酔いなすったから、おや/\次の方に床が取ってありますねえ」
 貞「いゝえ私(わたくし)床を取って置いて、先生がぐっと召上ってしまうと直(すぐ)にお寝(やすみ)という都合にして置きました、えゝ誠に有難う」
 隅「じゃア先生一寸貞藏さんを寝かして来ますからお床の中に居てねえ、寝てしまってはいけませんよ」
 安「なに貞藏などは棄てゝ置けよ」
 隅「いゝえ、そうで有りません、ひょっとして貴方が私の様な者でも娶(よ)んで下さいますと、禍(わざわ)いは下(しも)からといって、あゝいう人に胡麻を摺られると堪(たま)りませんからねえ」
 安「なに心配せんでも宜(よ)い、じゃア己此処(こゝ)に、なに寝やあせんよ、おゝ酔った、貞藏隅が送って遣るとよ」
 貞「いや是は恐れ入ります、じゃア先生御機嫌よう、お隅さんようございます」
 隅「いゝえ、よくないよ、そら/\危ない、何処(どこ)へ、彼方(あっち)がお台所(だいどこ)かえ」
 と蹌(よろけ)る貞藏の手を取って台所(だいどころ)の折廻(おりまわ)った処の杉戸を明けると、三畳の部屋がござります。
 隅「さ、貞藏さん此処(こゝ)かえ、おや/\お床が展(の)べてあるの」
 貞「いゝえ私の床は参ってから敷(しき)っぱなしで、いつも上げたことはないから、ずっと遣るとこう潜り込むので、へえ有難う」
 隅「恐ろしい堅そうな夜具ですねえ」
 貞「えゝなに薄っぺらでげすが、此の上へ布団を掛けます、寒けりゃア富五郎のが有りますから其れを掛けてもいゝので、へえ有難う」
 隅「さア仰向におなり、よく掛けて上げるから」
 貞「是は恐れ入ります、へえ恐れ入ります、御新造に掛けて戴いて勿体至極もない」
 隅「さ、掛けますよ、寒いから額まですっかり掛けますよ、そう見たり何かすると間が悪いわね、さ、襟の処(とこ)を」
 貞「あゝ有難う」
 隅「どうも重たいねえ」
 貞「へえ有難う暖(あった)かでげす」
 隅「何(なん)だか寒そうだこと、何か重い物を裾(すそ)の方に押付(おっつ)けると暖(あった)かいから」
 というので台所を捜すと醤油樽がある、丁度昨日(さくじつ)取ったばかりの重いやつを提(さ)げて来て裾の方に載せ、沢庵石と石の七輪を掻巻(かいまき)の袖に載せると、
 貞「アヽ有難う、大層暖(あった)かで、些(ちっ)と重たいくらいでげす」
 といったが是は成程重たい訳、石の七輪や沢庵石や醤油樽が載っておりますから、当人は押付(おしつ)けられる様な心持。
 貞「へえ有難う、暖(あった)かでげす」
 といったぎりぐう/\と好(よ)い心持に寝付きました。

        七十七

 お隅はそっと奥の様子を見ると、一角が蹌(よろ)けながら、四畳半の床の上に横になった様子でございますから、そっと中仕切(なかじきり)の襖(ふすま)を閉(た)って、台所の杉戸を締め、男部屋の杉戸を静(しずか)に閉って懐中から出して抜いたのは富五郎を殺害(せつがい)して血に染まった儘(なり)の匕首(あいくち)、此の貞藏があっては敵討の妨げをする一人だから、先(ま)ず貞藏(これ)から片付けようというので、仰向に寝て居る貞藏の口の処へどんと腰を掛けながら、力任せに咽喉(のど)を突きましたから、
 貞「ワーッ」
 といったが掻巻と布団が掛って居りますから、苦(くるし)む声が口籠(くちごも)って外(そと)へ漏れませぬ。一抉(ひとえぐ)り抉ると足をばた/\/\とやったきり貞藏は呼吸(いき)が絶えました。お隅はほっと息を吐(つ)いて掻巻の袖で匕首の血を拭(ぬぐ)って鞘に納め、そっと杉戸を明けて台所へ来て、柄杓(ひしゃく)で水をぐっと呑み、はッはッという息づかい、もう是(こ)れで二人の人を殺しましたなれども、夫の仇(あだ)を討とうという一心でござりますから、顔色(かおいろ)の変ったのを見せまいと、一角の寝床へそっと来て、顔を横に致しまして、
 隅「先生/\もうお寝(やす)みなすったか」
 安「うーん貞藏は寝たか」
 隅「はい能く寝ました、大層酔いましてねえ」
 安「酔っても宜(い)いから、あんな奴に構うな、寝ろよ」
 隅「寝ろって夜具がありません、私は食客(いそうろう)でございますから此処(こゝ)に坐っています」
 安「そんな詰らぬ遠慮にはおよばぬ、全く疑念が晴れて、己の女房になる気なら真実可愛いと思うから、手前に楽をさして真実尽(つく)すぞ」
 隅「誠に有難いこと、勿体ないけれども、そんなら此の掻巻の袖の方から少し許(ばか)り這入りまして」
 安「いや少し許りでなくって、たんと這入れ」
 隅「それじゃア御免なさいまし」
 と夜着(よぎ)の袖をはねて、懐中から出した匕首を布団の下に※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(はさ)んで、足で踏んで鞘を払いながら、
 隅「じゃア御免遊ばせ、横になりますから」
 安「さア這入れ」
 と一角が夜着の袖を自ら揚げる処を、
 隅「亭主の敵」
 と死物狂いに突掛(つっかゝ)るという。お話二つに別れまして麹屋では更に斯様(かよう)な事は存じません。暁方(あけがた)になってお隅がいない処から家中(うちじゅう)捜しても居ない、六畳の小間が血だらけになっているから掻巻を撥(はね)ると、富五郎が非業な死に様(よう)、傍(わき)の処に書置が二通あって、これにお隅の名が書いてあるから、亭主は驚きまして、直(すぐ)に是を開いて読んで見ると、富五郎の白状に依(よ)って夫の敵は一角と定まり、女ながらも富五郎は容易(たやす)く仕止めたから、直に一角の隠れ家交遊庵へ踏込(ふんご)んで、首尾よく往(い)けば立帰って参りますが、女の細腕、若(も)し返り討になりました時は、羽生村へ話をして此の書置を遣り、又関取へもお便りなすって、惣吉成人の後(のち)関取を頼んで旦那と私の敵を討たして下さい、証拠は富五郎の白状に依って手引をした者は富五郎、斬った者は一角と定まりました、夫故(それゆえ)に今晩交遊庵に忍び入ります、永々(なが/\)お世話様になりました、有難い。という重ね/″\の礼まで書残してあるから、それッというので、麹屋の亭主は大勢の人を頼んで恐々(こわ/″\)ながら交遊庵に参ったのは丁度夜(よ)の暁方(あけがた)、参って見ると戸が半ば明いて居ります、何事か分りません、小座敷には酒(さけ)肴(さかな)が散(ちら)かって居り、四畳半の部屋に来て見ると情ない哉(かな)お隅は返り討に逢って非業な死に様(よう)。
 主「あゝ気の毒なこと、可哀そうに、でも女一人で往(ゆ)くのは実に不覚であった」
 もう今更どうも仕方が無いが一角はというと、一角は此処(こゝ)を遁(のが)れて行方知れず二畳の部屋を明けて見ると沢庵石だの、醤油樽だの七輪の載せてある夜具の下に死んで居る者が一人ござりますから、是から直(すぐ)に麹屋から慥(たしか)に証拠があって敵討をしようと思って返討に成ったという事を訴えになり、直にお隅の書置を羽生村へ持たせて遣りました時には、母も惣吉も多助も
「アヽ左様(そう)とは知らずに犬畜生(いぬちきしょう)の様な恩知らずの女と悪(にく)んだのは悪かった、あゝいう愛想尽(あいそづか)しをいったのも、全く敵が討ちたいばっかりでお隅が家(うち)を出たのであったか、憫然(かわいそう)なことをしたが、お隅が心配して命を棄てたばかりに敵は一角と定まり先(ま)ず富五郎は討止めたが、一角の為に返り討になって死んだといえば悪(にく)いは一角、早く討ち度(た)い」
 と思いまするが、何しろ年を取った母と子供の惣吉許(ばか)りでございますから、関取を頼んでと、もう名主役も勤まりませんから、作右衞門という人に名主役を預けて置き、花車重吉が上総の東金(とうがね)の角力に往ったということを聞きましたから、直(すぐ)に其所(そこ)に行(ゆ)こうというので旅立の支度を致し、永く羽生村の名主を致して居りましたから金は随分ござります、これを胴巻に入れたり、襦袢(じゅばん)の襟に縫附けたり、種々(いろ/\)に致して旅の用意を致します、其の内に荷拵(にごしら)えが出来ると、これを作右衞門の蔵へ運んで預けると云う訳で、只今まで名主を勤めて盛んであったのが、ぱったり火の消えた様でござります。

        七十八

 母「多助や」
 多「ヘエ」
 母「作右衞門が処(とけ)え行って来たかい」
 多「ヘエ行って参(めえ)りました、蔵の方にゃ預かる者があるから心配(しんぺい)しなえが好(え)え、何時(いつ)でも帰(けえ)ったら直ぐに出すばいて、蔵の下は湿(しけ)るから湿なえ高(たけ)え処(とこ)に上げて置くばいといってね、作右衞門どんも旧来(きゅうれえ)の馴染ではア何(ど)うか止め度(た)いと思うが、敵を討ちに行くてえのだから止められねえッて名残(なごり)イ惜(おし)がってるでがんす、村の者もねえ皆(みんな)御恩になったゞから渡口(わたしぐち)まで送り度(て)えといってますが、あなたそういうから年い取った者ア来ないで好(え)えといって置きましたが、私(わし)だけは戸頭(とがしら)まで送り度(て)えと思って支度ウしました」
 母「汝(われ)も送らなえで好(え)いから若(わけ)え者(もん)を止めて呉んろよ、汝が送ると若え者も義理だから戸頭まで送りばいと云って来るだ、そうすりゃア送られると送られる程名残い惜いから、汝も送らなえでも好(え)いよ」
 多「だけンどもはア村の者(もん)は兎も角も私(わし)はこれ十四歳の時から御厄介(ごやっけえ)になって居りまして、お前様(めえさん)のお蔭でこれ種々(いろ/\)覚えたり、此の頃じゃアハア手紙の一本位(ぐれえ)書ける様になったのア前(めえ)の旦那の御厄介(ごやっけえ)でがんすから、お家(うち)がこうなって遠い処(とけ)え行くてえ事(こっ)たら私(わし)も附いて行かないばなんねえが、婆様(ばあさまア)塩梅(あんべい)が悪うござえまして、見棄てちゃアなんねえというから、あなたのお心へ任して送りはしねえが、切(せ)めて戸頭まで送りてえと思って居ります、塚前(つかさき)の彌右衞門(やえもん)どんは死んだかどうか知んねえが、通り道から少し這入(へい)るばかりだから、ちょっくり塚前へも寄ったが宜(え)い」
 母「それもどうするかも知んなえが、汝(われ)は送らなえが好(え)いよ」
 多「でも戸頭まで送るばいと思って居ります」
 母「送らんで宜(え)いというに何故そうだかなア、汝(われ)ア死んだ爺様(とっさま)の時分から随分世話も焼かしたが家(うち)の用も能く働いたから、何(なん)ぞ呉れ度(て)えと思うけれども何も無(な)えだ、是ア惣次郎が居る時分に祝儀不祝儀に着た紋附(もんつき)だ、汝も是(こ)れから己(おら)ア家(うち)が無くなれば一人前の百姓に成るだから、祝儀不祝儀にゃアこういう物も入(い)るから、此の紋附一つくればいと云う訳だよ、それから金も沢山呉れ度(て)えが、茲(こゝ)に金が七両あるだ、是ア少し訳があって己(おら)が手許(てもと)にあるだから是を汝がにくればい、此の紬縞(つむぎじま)ア余(あんま)り良くなえが丹精して捻(より)をかけて織らした紬縞で、ちょく/\阿弥陀様へお参(めえ)りに往ったり寺参(てらめえ)りに着て往った着物だから、是を汝がに呉れるから仕立直して時々出して着るが好(え)え、三日でも旅という譬(たと)えがあるが、子供を連れて年寄が敵討(かたきぶち)に行くだから、一角の行方が知んなえば何時(いつ)帰(けえ)って来るか知んなえ、長(なげ)え旅で死ななえともいわれなえ、是ア己が形見だから、己が無(な)え後(のち)も時々これを着て己がに逢う心持で永く着てくんろ、よ」
 多「はい、私(わし)戸頭まで送るばいと思ったに…どうも是(こ)れいりません…形見……形見なんて心細(こゝろぼせ)えこといわずにの、あんたも惣吉さんも達者で帰(けえ)って、もう一度名主役を惣吉さんが勤めなえば私の顔が立ちませんから、どうか達者で帰(けえ)っておくんなさえよ、惣吉さん今迄とア違うから、母様(かゝさま)に世話ア焼(やか)せねえ様に、母様ア大事(でえじ)にしなえばなんねえよ、惣吉さん、好(い)いかえ、今迄の様なだだいっちゃアなりませんよ、いゝかえ、どうか私は戸頭まで」
 母「送らんで好(え)えというに汝(われ)が送るてえば皆(みんな)若(わけ)え者(もん)も送りたがるから、誰か来たじゃなえか」
 作「ヘエ御免」
 多「やア作右衞門どんが」
 母「さア此方(こっち)へお這入りなさえ」
 作「誠にどうも、魂消(たまげ)て、どういう訳で急に立つことになったか、村の者もどうか止め度(て)えというから、馬鹿アいうな、止められるもんか、今度ア物見遊山でなえ、敵討(かたきぶち)に行くだというと、成程それじゃア止められねえが、まア名残い惜(おし)いってね、若(わけ)え者(もん)ば皆恩(おん)になってるだから心配(しんぺえ)ぶっております、留守中は役にア立たないがお帰(けえ)りまでア慥(たしか)に荷物は皆(みんな)蔵へ入れて置きましたが、何卒(どうか)まア早く帰(けえ)ってお出でなさる様に願(ねげ)え度(て)えもんで」
 母「はい、お前方も旧(ふり)い馴染でがんしたけんども、今度が別れになります、はい有難うござえます、多助や誰か若(わけ)え者(もん)が大勢来たよ」
 多「やア兼(かね)か、さア此方(こっち)へ這入(へえ)れ、お、太七郎(たしちろう)此方へ」
 太「はい有難う、誠にまアどうも明日(あした)立つだって、魂消て来たでがんす、どうもこれ名残い惜くって渡口まで送るという者(もん)が沢山ござえます」
 母「ありゃまア、送らねえでも好(え)えよ、用がえれえに」
 太「なに用はなえだから皆(みな)送り度(て)えと思(おめ)えまして、名残い惜いが寒(さみ)い時分だから大事にしてねえ」
 母「はい有難う、又祝いの餅い呉れたって気の毒なのう、どうか婆様(ばあさま)ア大事にして」
 太「ヘエ婆(ばゝ)アもどうかお目に掛り度(て)えといっております」
 母「おゝ誰だい、さア此方(こっち)へ這入りな」
 甲「ヘエ、誠にはア、魂消まして、どうかまア止め度(て)えといったら止めてはなんねえって叱られた、随分道中を大事に」
 九「ヘエ御免」
 母「誰だい」
 九「九八郎で、誠にどうもさっぱり心得ませんで、急にお立だと云うこッて、お名残い惜(おし)ゅうござえます」
 母「おや/\上(かみ)の婆様(ばゞさま)、あんた出(で)で来(き)なえで好(え)えによ」
 婆「はい御免なさえ、誠にまアどうも只お名残い惜いから、どうぞ碌に見えない眼だが、ちょっくりお顔を見てえと思ってお暇乞(いとまごえ)に参(めえ)りました、明日(あした)立つだッて、なんだかあっけなえこったって、私(わし)の嫁なんざア泣(ね)えてばいいるだ、随分大事(でえじ)になえ」
 母「はい有難うござえます、お前(めえ)も随分大事(でいじ)にして、毎(いつ)も丈夫で能くねえ」
 乙「ヘエ誠にどうもお力落しでがんす」
 丙「おい/\何(なん)だってお力落しなんていうんだ」
 乙「でも飛んだ事だと云うじゃアなえか」
 丙「馬鹿いえ、敵討(かたきぶち)にお出でなさるのに力落しという奴があるか」
 乙「ヘエ誠にそれはアお目出度(めでて)えこって」
 丙「これ/\お目出度えでなえ」
 乙「なんでも好(い)いじゃアなえか」
 という騒ぎで、村中餅を搗きましたり、蕎麦を打ったり致して一同出立を祝するという、惣吉仇討(あだうち)に出立の処は一寸一息。

        七十九

 さて時は寛政十一年十二月十四日の朝早く起きまして、旅仕度を致しますなれども、三代も続きました名主役、仮令(たとえ)小村(こむら)でも村方を離れて知らぬ他国へ参りますものは快くないもので、殊(こと)には年を取りました惣右衞門の未亡人(びぼうじん)が、十歳になる惣吉という子供の手を曳いて敵討(かたきうち)の旅立でありますから、村方一同も止める事も出来ず、名残を惜んでおります、皆小前の者がぞろ/\と大勢川端まで送って参ります。
 母「さア作右衞門さんこれで別れましょうよ、何処(どこ)まで送っても同じ事(こッ)たからこれで」
 作「だけんども船へ乗るまで送り申し度(て)いと皆こういっている」
 母「だけんども却(けえ)って船に私(わし)乗っかって、皆(みんな)が土手の処にいかい事皆が立っていると、私快くねえ、名残惜くって皆が昨宵(ゆうべ)から止められるのでね、誠に立度(たちた)くござえませんよ、何卒(どうぞ)お前が差図(さしず)して帰しておくんなさいましよ」
 作「はい、それじゃア皆(みん)な是(こ)れにてお別れとしましょうよ、えゝ送れば送られる程御新造は心持い悪いてえからよう」
 村方の者「左様ならまア随分お大事に」
 村方の者「左様ならハアお大事(でえじ)に」
 村方の者「左様ならお大事(でえじ)に、早くお帰りなさいましよ」
 作「何卒(どうぞ)早くお帰(けえ)りをお待ち申しますよ」
 母「さアよ多助どうしたもんだ、汝(われ)其所(こゝ)に立っているから皆(みんな)立っていべえじゃアねえか、汝から先(さ)き帰(けえ)ろというに」
 多「おれだけは戸頭まで送る」
 母「送らねえでも宜(え)えてえに」
 多「送らねえでも宜えたって、村の者(もん)と己とは違う、己はあんた十四の時から側にいるので、何所(どこ)まで送っても村の者(もの)は兎や角云う気遣(きづけえ)ねえから送り申しますよ」
 母「あゝいう馬鹿野郎だもの、汝(われ)が送ると云えば皆(みんな)が送ると云うから汝帰(けえ)れてえに、昨宵(ゆうべ)いったこと分らなえか」
 多「ヘエ、じゃア御機嫌よく行っておいでなせえ、惣吉様道中でお母様(っかさま)に世話やかしてはいけませんよ、今までは草臥(くたび)れゝば多助が負(おぶ)って上げたが、もう負って上げる者(もん)はねえよ、エヽ気の毒でもあんた歩いてまいらなえばならんだ、永旅だから我儘してお母様に心配(しんぺえ)かけてはなりませんよ、大事(でえじ)に行っておいでなさえましよ」
 惣「うーん、大丈夫だよ、多助も丈夫で」
 多「こんな別れの辛い事(こた)ア今迄ねえね」
 母「別れエ辛(つれ)えたッておっ死(ち)ぬじゃアなし、関取がに逢って敵い討(ぶ)って目出度く帰(けえ)って来たら宜(え)えじゃアねえか」
 多「それまア楽(たのし)みにするだが、あんた昨宵(ゆうべ)も人間は老少不定(ろうしょうふじょう)だなんていわれると心持よくねえからね」
 母「これで別れましょうよ」
 多「左様なら気い付けてね、初めから余(あんま)りたんと歩かねえようにしてねえ、早く泊る様にしなければなんねえ、寒い時分だから遅く立って早く宿へ着かなけんばいけませんぞ…アヽ押(おさ)ねえでも宜(え)え危(あぶね)えだ、前(めえ)は川じゃアねえか、此処(こゝ)へ打箝(ぶちはま)ったらどうする…何卒(どうぞ)大事(でえじ)に行って来てお呉んなせえましよ…なに笑うだ、名残い惜いから声かけるになんだ馬鹿野郎、情合(じょうええ)のねえ奴だ、笑やアがって……あれまア肥料桶(こいたご)担(かた)げ出しやアがった、桶(たご)をかたせ、アヽ桶を下(おろ)して挨拶しているが……あゝ兼だ新田(しんでん)の兼だ、御厄介(ごやっけい)になった男だからなア、あの男も……惣吉様小(ちっ)せえだけんども怜悧(りこう)だから矢張(やっぱり)名残い惜がって、昨宵(ゆうべ)も己(おい)らは行くのは厭(いや)だけんども母様(かゝさま)が行くから仕方がねえ行くだって得心したが、後(うしろ)を振返(ふりけえ)り/\行く………見ろよ…………あゝ誰か大(でけ)え馬ア引出しやアがって、馬の蔭で見えなくなった、馬を田の畦(くろ)へ押付(おッつ)けろや…あれまア大え庚申塚(こうしんづか)が建ったな、彼(あ)れア昔からある石だが、あんなもの建てなけりゃアいゝに、庚申塚が有って見えやアしねえ、庚申塚取除(かた)せ」
 村方の者「そんなことが出来よかえ」
 と伸上(のびあが)り/\見送って暇(いとま)を告げる者はどろ/\帰る。此方(こちら)は後(あと)に心が引かされるから振返り/\、漸々(よう/\)のことで渡を越して水街道から戸頭へさして行(ゆ)きます。すると其の翌年になりまして花車重吉という関取は行違(ゆきちが)いになりましたことで、毎年(まいねん)春になると年始に参りますが、惣次郎の墓詣(はかまいり)をしたいと出て来ましたが、取急ぎ水街道の麹屋へも寄らず、直(すぐ)に菩提所へ参りまして和尚様に逢うと、是(こ)れ/\といい、つい話も長くなりましたが、墓場に香花を沢山あげて、
 花車「あゝお隅様情ない事になった、敵(かたき)を打つなれば私(わし)に一言(ひとこと)話をして呉れゝばお前様(さん)にこんな難儀もさせまいに、今いうは愚痴だが、だが能くお前が死んで呉れた許(ばか)りで敵は安田一角という事が分りましたから、惣吉様に助太刀して屹度(きっと)花車がお前様(さん)の恨(うらみ)を晴します、アヽ入違いになり上総の東金へ行(ゆ)きなすったか、嘸(さぞ)情ない事だと思いなすったろうが、私はこれから跡追掛てお目に掛り、何処(どこ)に隠れ住(すま)うとも草を分けても引摺り出して屹度敵を討たせますから」
 と活(いき)ている者に物をいう様に分らぬ事を繰返し大きに遅れたと帰ろうとすると、ばら/\降出して来て、他(ほか)に行(ゆ)く処もないから水街道の麹屋へ行(ゆ)こうとすると、和尚様は
「少し破れてはいるがこれをさして、穿きにくかろうがこの下駄を」
 というので下駄と傘を借りて、これから近道を杉山の間の処からなだれを通って、田を廻ってこう東の方へ付いて行(ゆ)くと、大きな庚申塚が建てゝ在(あ)って、うしろには赤松がこう四五本ありまして、前には沼があり其の辺(ほとり)に枯れ蘆(あし)が生えております、ずうッと見渡すばかりの田畑、淋しい処へばら/\降っかけて来る中をのそり/\やって来ると、突然(だしぬけ)に茂みからばら/\と出た武士(さむらい)が、皆面部を包み、端折(はしおり)を高くして小長(こなが)い大小を落し差しにしてつか/\と来て物をもいわず花車の片方(かた/\)の手を一人が押える、一人は前から胸倉を押えた、一人は背後(うしろ)から羽交責(はがいぜめ)に組付こうとしたが、関取は下駄を穿いており、大きな形(なり)で下駄穿(げたばき)だから羽交責処(どころ)ではない、漸(ようや)く腰の処へ小さい武士(ぶし)が組付きました。

        八十

 花車は恟(びっく)りしたが、左の手に傘を持って居り、右の手は明いて居りましたが、おさえ付けられ困りました。
 花車「なんだい、何をなさる」
 武士「我々は浪人者で食方(くいかた)に困る、天下の力士と見かけてお頼み申すが、路銀を拝借したい」
 花「路銀だって、あんた、私(わし)はお前さん角力取で金も何もありはしないが、困りますよ、そんなことして金持と見たは眼違いで、金も何もない、角力取だよ」
 武「金がなければ気の毒だが帯(さ)して居る胴金(どうがね)から煙草入から身ぐるみ脱いで行って貰い度(た)い」
 花「そんなこといって困りますよ、身幅(みはゞ)の広いこんな着物を持って行ったって役に立ちはしません、煙草入だって、こんな大きな物持って行ったって提げられやあせん、売ったって銭にもならぬに困りますよ、然(そ)う胴突(どうづ)いては困るよ/\」
 といいながら段々花車は後(あと)へ下(さが)ると、後(うしろ)の見上げる様な庚申塚の処へこう寄り掛りました。前の奴は二人で、一人は右の腕を押(おさ)え、一人は胸倉を取って押える、後(うしろ)の奴はせつない、庚申塚と関取の間にはさまれ、
「もっと前に」
 といっても同類の名をいうことが出来ない。此の三人は安田一角の廻し者、花車を素っぱだかにしてなぶり殺しに致すようにすれば、是(こ)れだけの手当を遣るということに疾(と)うより頼まれて居る処、出会って丁度幸い、いゝ正月をしようという強慾非道の武士三人、漸(やっ)と捕(とら)まいたが、花車は怜悧(りこう)ものだから、此奴(こやつ)らは悪くしたら廻し者だろうと思い、
 花「まアそんなに押えられては困りますね、待ちなさい上げますよ、達(た)ってと云えば上げますよ/\」
 武「呉れぬといえば許さぬ、浪人の身の上切取(きりとり)強盗は武士の習い、云い出しては後(あと)へ引かぬからお気の毒ながら切り刻んでもお前の物は残らず剥(は)ぐぜ、遁(のが)れぬ事と諦めて出しな、裸体(はだか)はお前の商売だ、裸体で行(ゆ)くのは何(なん)でもないわ」
 花「だから上げるけれども、待ちなさいよ」
 と左の手に持って居た傘をぽんと投出し前から胸倉を取って押えて居る一人の帯を押えて、
 花「お前さん、そう胸倉を押していては私(わし)は着物を脱ぐことが出来ぬから、胸倉を緩(ゆる)めて、裸体(はだか)になりますよ、私も災難じゃア、寒くはないから、私に裸体になれてえばなりますから、胸倉を押えていては脱げませんから緩めて」
 前の奴のうっかり緩める処を見て、
 花「なにをなさる」
 といいながら一人の奴の帯を取ってぽんと投げると、庚申塚を飛越して、後(うしろ)の沼の中へ、ぽかんと薄氷(うすごおり)の張った泥の中へ這入った。すると右の手を押えた奴は驚きバラ/\逃げ出した。
 花「悪い奴じゃ、こんな村境(むらざかい)の処へ出やアがって追剥(おいはぎ)をしやアがって悪い奴じゃ、今度(こんだ)此辺(こゝら)アうろ/\しやアがると打殺(ぶちころ)すぞ、いや後(うしろ)に誰(た)れか居やアがるな、此奴(こいつ)組付(くみつい)て居やアがったか」
 武「誠にどうも恐入った」
 花「誠にも糞もいらん、これ汝(てまえ)の様な奴が出ると村の者が難儀するから此の後(のち)為(し)ないか」
 武「為(す)る処(どころ)ではござらぬ、誠にどうも」
 花「悪いことするな、是からは為ないかどうだ此の野郎」
 と押付けると、
 武「うーん」
 と息が止った。
 花「野郎死にやアがったか、くたばったか、野郎死(しん)だか、アヽ死にやアがった、馬鹿な奴だ」
 と捻(ひね)り倒すと、尾籠(びろう)のお話だが鼻血が出ました。
 花「みっともねえ面(つら)だなア、此奴(こいつ)も投込んで遣れ」
 と襟髪(えりがみ)を取って沼へ投(ほう)り込み、傘を持ってのそり/\水街道の麹屋へ帰るという、角力取という者はおおまかなもので。扨(さて)お話は二つに分れて此方(こちら)は惣吉の手を引き、漸々(よう/\)のことで宿屋へ着きましたなれども、心配を致しました揚句(あげく)で、母親がきり/\癪(しゃく)が起りまして、寸白(すばく)の様で、宿屋を頼んでも近辺に良い医者もございませんから、思う様に癒(なお)りません、マア癒るまではというので、逗留(とうりゅう)致して居りました。其の内に追々と病気も癒る様子なれども、時々きや/\痛み、固い物は食われませんから、お粥(かゆ)を拵(こしら)えてこれを食い、其のうち年も果て正月となり、丁度元日で、元日に寝ていては年の始め縁起が悪いと、田舎の人は縁起を祝ったもので、身体が悪いくせに我慢して惣吉の手を引いて出立致し、小金ヶ原(こがねがはら)へ掛り、塚前村の知己(しるべ)の処へ寄って病気の間厄介になろうと、小金の原から三里許(ばか)り参ると、大きな観音堂がございますが、霙(みぞれ)がぱら/\降出して来て、子供に婆様(ばあさま)で道は捗取(はかど)りません、とっぷり日は暮れる、すると頻(しきり)に痛くなりました。
 惣吉「母様(かゝさま)また痛いかえ」
 母「アヽ痛い、あゝあのお医者様から貰ったお薬は小さえ手包の中へ入れて置いたが、彼処(あすけ)え上げて置いたが、あれ汝(われ)持って来たか」
 惣「あれ己(おれ)置いて来た」
 母「困るなア、子供だア、母様塩梅(あんべえ)悪(わり)いだから、薬大事(でいじ)だからてえ考(かんげ)えもなえで」
 惣「だって、己もう宜(い)いてえから、よかんべえと思って何も持って来(き)なかった」
 母「困ったなア、あゝ痛い/\」
 惣「母様雪降って来た様だから、此処(こゝ)に居ると冷てえから、此の観音様の御堂に這入って些(ちっ)と己おっぺそう」
 母「そうだなア、押してくれ」
 惣「あい」
 母「おゝ、大(でけ)え観音様のお堂だ、南無大慈大悲の観世音菩薩様少々此処(こゝ)を拝借しまして、此処で少し養生致します。さア惣吉力一ぺえ押せよ」
 惣「母様此処な処かえ」
 母「もっとこっち」
 惣「もっと塩梅(あんべえ)が悪くなると困るよう、しっかりしてよう、多助爺(じい)やアを連れて来ると宜(よ)かった」
 と可愛らしい紅葉(もみじ)の様な手を出して母の看病をして、此処を押せと云われて押しても力が足りません。
 母「あゝ痛い/\、そう撫(なで)ても駄目だから拳骨で力一ぺえおっぺせよ、拳骨でよ、あゝ痛い/\」

        八十一

 女「何(なん)だか大層呻(うな)る声が聞えるが……貴方かえ」
 母「へえ、旅の者(もん)でござえますが、道中で塩梅(あんべえ)が悪くなりましてね、快くなえうち歩いて来ましたから、原中(なけ)え掛って寸白が起って痛(いと)うごぜえますから、観音様のお堂をお借り申しました」
 女「それはお困りだろう、お待ち、どれ/\此方(こっち)へ這入りなさい」
 と観音堂の木連格子(きつれごうし)を明けると、畳が四畳敷いてございます。其の奥は板の間になって居ります、年の頃五十八九にもなりましょう、色白のでっぷりした尼様、鼠木綿の無地の衣を着て、
 尼「さア此方(こちら)へお這入りさア/\擦(さす)って上げましょう憫然(かわいそう)に、此の子が小さい手で押しても、擦っても利きはしない、おゝ酷(ひど)く差込んで来る様だ」
 母「有難うごぜえます、痛くって堪(たま)らねえでね、宿屋へ一寸泊りましたが癒らねえで」
 尼「こう苦(くるし)むに子供を連れて何処(どこ)まで……なに塚前まで、是から三里ばかりで近くはない、薬はお持ちかえ」
 母「はい、薬は有ったが惣吉(これ)がにいい付けて置いたら、慌(あわ)てゝ、包の中へ入れて置いたのを置いて参(めえ)りまして」
 尼「薬がなくっては困ったもの、斯(こ)ういう時は苦い物でなければいけない、だらすけが宜(い)いが、今此の先にねえ、あの榎(えのき)の出て居る家(うち)が有る、あれから左の方へ構わず曲って行(ゆ)くと、家が五六軒ある、其処(そこ)の前に丸太が立って、家根(やね)の上に葮簀(よしず)が掛って居て、其処に看板が出てあったよ、癪だの寸白疝気(せんき)なぞに利く何(なん)とか云う丸薬で、*黒丸子(くろがんじ)の様なもので苦い薬で、だらすけみたいなもので、癪には能く利くよ、お前ねえ、知れまいかねえ、行って買って来ないか、安い薬だが利く薬だが、先刻(さっき)通った時榎があって、一寸休む処(とこ)が有って、掛茶屋(かけぢゃや)ではないが、あれから曲って一町ばかり行(い)くと四五軒家(うち)があるが、何(ど)うか行って買って来て、私が行って上げたいが手が放されないから」
*「漢方医の調剤する腹痛の丸薬。こくがんし」
 惣「有難う」
 尼「茲(こゝ)にお銭(あし)があるから是を持って行っておいで、心配せずに」
 惣「じゃア母様(かゝさま)私(わし)が薬買って来るから」
 母「よくお聞き申して早く行って来(こ)うよ」
 惣「はい、御出家様お願(ねげ)え申しますよ」
 尼「あいよ心配せずに行っておいで、憫然(かわいそう)に年もいかぬに旅だからおろ/\して涙ぐんで、いゝかえ知れたかえ、先刻(さっき)通った四五町先の榎から左に曲るのだよ」
 惣「あい」
 とおろ/\しながら、惣吉は年は十(とお)だが親孝心で発明な性質(うまれつき)、急いで降る中を四五町先を見当(みあて)にして参りました。先刻通りました処は覚えて居りまして、榎の所から曲ると成程四五軒家(うち)がある、其処(そこ)へ来て、
 惣「此辺(こゝら)に癪に利く薬でだらすけという様な薬は何処(どこ)で売って居(おり)ますか」
 と聞くと、
 男「此辺に薬を売る処はない、小金(こがね)まで行かなければない」
 惣「小金と云うのは」
 男「小金までは子供で是からは迚(とて)も行かれない、其の中(うち)には暗くなって原中で犬でも出れば何(ど)うする、早くお帰り」
 と云われ心細いから惣吉は帰って観音堂へ駈上(かけあが)って見ると情ないかな母親は、咽喉(のど)を二巻(ふたまき)程丸ぐけで括(くゝ)られて、虚空を掴んで死んで居る。脊負(せお)った物も亦(また)母が持って居た多分の金も引浚(ひきさら)って彼(か)の尼が逃げました。
 惣「アヽお母様(っかさま)、何(ど)うして絞殺(しめころ)されたかねえ」
 と頸(くび)に縛り付けてある丸ぐけを慄(ふる)えながら解いて居る処へ、通り掛った者は、藤心村(ふじごゝろむら)の観音寺の和尚道恩(どうおん)と申しまして年とって居りますが、村方では用いられる和尚様、隣村に法事があって男を一人連れて帰りがけ、
 和尚「急がんじゃアいかん」
 男「何(なん)だかヒイ/\という声が聞える様に思うだ」
 和「ヒイ/\と」
 男「怖(おっ)かねえと思って、此処(こゝ)はね化物が出る処(とこ)だからねえ」
 和「化物なぞは出やせん」
 男「けれども原中でヒイ/\という声が訝(おか)しかんべえ」
 和「何も出やアしない」
 男「あれ冗談じゃアねえ、だん/\、あれ/\」
 和「彼(あ)れは観音様のお堂だ、彼処(あすこ)に人が居るのではないか、暗くって見えはせん提灯(ちょうちん)出しな」
 と提灯を引ったくって和尚様が来て見ると、縊(くび)り殺された母に縋(すが)り付いて泣いて居る。
 和「どういう訳か」
 と聞くと泣いてばかり居て頓(とん)と分りません。漸(ようや)くだまして聞くと是れ/\という。
 和「飛んだ事だ」
 と直(すぐ)に供の男を走らして村方へ知らせますと、百姓が二三人来て死骸と共に惣吉を藤心村の観音寺へ連れて来て、段々聞くと、便(たよ)る処もない実に哀れの身の上でありますから、
 和「誠に因縁の悪いので、親の菩提の為、私(わし)が丹精して遣るから、仇(かたき)を討つなぞということは思わぬが宜(い)い、私の弟子になって、母親や兄(あに)さんの為に追善供養を吊うが宜い」
 と此の和尚が丹精して漸(ようや)く弟子となり、頭を剃(そ)りこぼち、惣吉が宗觀(そうかん)と名を替えて観音寺に居る処から、はからずも敵(かたき)の様子が知れると云うお長いお話。一寸一息吐きまして。

        八十二

 扨(さて)一席申上げます、久しく休み居りました累ヶ淵のお話は、私(わたくし)も昨冬(さくふゆ)より咽喉加答児(いんこうかたる)でさっぱり音声が出ませんから、寄席(せき)を休む様な訳で、なれども此の程は大分咽喉加答児の方は宜(よ)うございますが、また風を引き風声(かざごえ)になりまして、風声と咽喉加答児とが掛持(かけもち)を致して居りますると云う訳でもござりませんが、何時(いつ)までもお話を致さずにも居(お)られませんから、此の程は漸(ようや)く少々よろしゅうございますから、申し残りの処を一席お聞きに入れます。さてお話が二つに分れまして、ちょうど時は享和(きょうわ)の二年七月廿一日の事でございまする。下総の松戸(まつど)の傍(わき)に、戸ヶ崎(とがさき)村と申す処がございまして、其処(そこ)に小僧弁天というのがありまするが、何(ど)ういう訳で小僧弁天と申しますか、敢(あえ)て弁天様が小さいという訳でもなし、弁天様が使いに往(い)く訳でもないが、小僧弁天と申します。境内は樹木が繁茂致しまして、頓(とん)と掃除などを致したことはなく、破(や)れ切れた弁天堂の縁(えん)は朽ちて、間から草が生えて居り、堂の傍(わき)には落葉(おちば)で埋(うず)もれた古井があり、手水鉢(ちょうずばち)の屋根は打(ぶ)っ壊れて、向うの方に飛んで居ります。石塚は苔の花が咲いて横倒(よこッたお)しになって居りまする程の処、其の少し手前に葮簀張(よしずッぱり)があって、住(すま)いではありません、店の端には駄菓子の箱があります、中にはお市(いち)、微塵棒(みじんぼう)、達磨(だるま)に玉兎(たまうさぎ)に狸の糞(くそ)などという汚(きた)ない菓子に塩煎餅がありまするが、田舎のは塩を入れまするから、見た処では色が白くて旨そうだが、矢張(やはり)こっくり黒い焼方の方が旨いようです。田舎の塩煎餅は薄っぺらで軽くてべら/\して居りまする、大きな煎餅壺に一杯這入って居りまする、それから鳥でも追う為か、渋団扇(しぶうちわ)が吊下(ぶらさが)り、風を受けてフラ/\煽(あお)って居りまする、これは蠅除(はえよけ)であると申す事で。袖無(そでなし)を着た婆(ば)アさまが塵埃除(ほこりよけ)の為に頭へ手拭を巻き附け、土竈(どぺッつい)の下を焚(た)き附けて居りまする。破れた葮簀の衝立(ついたて)が立ってあり、看板を見ると御休所(おんやすみどころ)煮染(にしめ)酒と書いてありまするのは、いかさま一膳飯ぐらいは売るのでござりまする。丁度其の日の申刻(なゝつ)下(さが)り、日はもう西へ傾いた頃、此の茶見世へ来て休んでいる武士(さむらい)は、廻し合羽(がっぱ)を着て、柄袋の掛った大小を差し、半股引の少し破(や)れたのを穿いて、盲縞(めくらじま)の山なしの脚半(きゃはん)に丁寧に刺した紺足袋、切緒(きれお)の草鞋(わらじ)を穿き、傍(かたわら)に振り分け荷を置き、菅(すげ)の雪下(ゆきおろ)しの三度笠を深く冠(かぶ)り、煙草をパクリ/\呑んで居りますると、門口から這入って参りました馬方は馬を軒の傍へ繋(つな)いで這入って来ながら、
 馬「婆(ばア)さま、お茶ア一杯(いっぺえ)くんねえ、今の、お客を一人新高野(しんこうや)まで乗(のっ)けて来た」
 婆「おめえさまは何時(いつ)もよい機嫌だのう」
 馬「いゝ機嫌だって、機嫌悪くしたって銭の儲かる訳でもねえから仕ようがねえのよ」
 といいながら彼(か)の縁台に腰を掛けていたる客人を見て、
 馬「お客さん御免なせえ、あんた何方(どちら)へおいでゝごぜえやすねえ、もうハア日イ暮れ掛って来やしたから、お泊(とまり)は流山か松戸泊(どまり)が近くってようごぜえましょう、川を越してのお泊は御難渋(でけえ)ようだが、今夜は何処(どこ)へお泊りか知りやせんが、廉(やす)くやんべえかな」
 士「馬は欲しくない」
 馬「どうせ帰(けえ)り馬でごぜえやす、今ね新高野までお客ウ二人案内してね、また是から向(むこう)へ往(い)くのでごぜえやすが、手間がとれるから、鰭ヶ崎の東福寺(とうふくじ)泊(どま)りと云うのだが、幾らでもいゝから廉く遣るべえじゃアねえか」
 士「馬は欲しくないよ」
 馬「欲しくねえたって廉かったら宜(え)えじゃアねえか」
 士「廉くっても乗り度(た)くないというのに」
 馬「そんな事を云わずに我慢して乗ってッて下せえな」
 士「うるさい、乗り度くないから乗らんというのだ」
 馬「乗り度くねえたって乗ってお呉んなせえな、馬にも旨(うめ)え物を喰わして遣りてえさ、立派な旦那様、や、貴方(あんた)ア安田さまじゃありやせんか」
 士「誰だ」
 馬「おゝ先生かえ、誠に久しく会わねえ、まア本当に思えがけねえ、横曾根村にいた安田先生だね」
 士「大きな声をするな、己は少々仔細有って隠れている身の上だが、突然(だしぬけ)に姓名をいわれては困る、貴様は誰だ」
 馬「誰だって先生、一つ処(とこ)にいた作藏でごぜえやすわね」
 士「なに作藏だと、おゝ然(そ)う/\」
 作「えゝ誠にお久しくお目に懸りやせんが、何時(いつ)もお達者で若(わけ)えねえ、最早(もう)慥(たし)か四十五六になったかえ」
 士「汝(てめえ)も何時も若いな」
 作「己(おら)アもう仕様がねえ、貴方(あんた)実はね私(わし)も先刻(さっき)から見た様な人だと思ってたが、安田一角先生とは気が附かなかったよ」
 士「己の名を云ってくれるなというに」
 作「だッて、知んねえだから気イ附かずに云ったのさ、併(しか)し何(ど)うも一角先生に似て居ると思ったよ」
 安「これ名を云うなよ」
 作「成程善々(よく/\)視(み)れば先生だ、何(なん)でも隠し事は出来ねえねえ、笠ア冠(かぶ)っているから知れなかったが安田先生だった」
 安「これ/\困るな、名を云うなと云うに」
 作「つい惘然(うっかり)いうだが、もう云わねえ様にしやしょう、実に思え掛けねえ、貴方(あんた)今何処(どこ)にいるだ」
 安「少し仔細あって此の近辺に身を隠しているが、汝(てめえ)何(ど)うして彼方(あっち)を出て来た」
 作「仕様がねえだ、己(おら)アこんなむかっ腹を立てる気象だが、詰らねえ事で人に難癖え附けられたから、此所(こゝ)ばかり日は照らねえと思って出て来たのさ」
 安「汝(てめえ)は慥(たし)か森藏(もりぞう)の宅(うち)に厄介になっていたじゃアねえか」
 作「はい、森藏といっちゃア彼処(あすこ)では少しは賭博打(ばくちうち)の仲間じゃア好(い)い親分だが、何(なん)てってももう年い取ってしまって、親分は耄碌(もうろく)していやすから、若(わけ)え奴等もいけえこといやすから、私(わし)も厄介(やっけえ)になってると、金松(かねまつ)と云う奴がいて、其奴(そいつ)か[#「其奴(そいつ)か」はママ]毀(こわ)れた碌でもねえ行李(こり)を持っていて、自分の物は犢鼻褌(ふんどし)でも古手拭でも皆(みんな)其ん中(なけ)え置くだ、或時己(おれ)が其の行李を棚から下(おろ)してね、明けて見ると、財布(せえふ)が這入(へえ)ってゝ金が一分二朱と六百あったから出して使ってしまうと、其奴がいうには、此の行李の中へ入れて置いた財布の金が無(ね)え、手前(てめえ)取ったろうというから、己ア取りゃアしねえが只黙って使ったのだというと、此の泥坊野郎と云うから私が合点(がってん)しねえ、泥坊とは何(な)んだ、何(ど)ういう理窟で人の事を泥坊と云うのだ、只汝(われ)が金え出して使ったばかりで、黙って人の物を出して使ったって泥坊と云う理合(りあい)が何処(どこ)に在(あ)るかと、喧嘩をおっ始(ぱじ)めたというわけさ」
 安「矢張(やはり)泥坊の様だな」

        八十三

 馬「親分のいうには、泥坊に違(ちげ)えねえとッて己の頭ア打擲(ぶんなぐ)って、汝(われ)の様な解らねえものアねえと、親分まで共に己に泥坊の名を附けただが、盗んだじゃアねえ只無断で使ったものを泥坊なんぞという様な気の利かねえ親分じゃ仕様がねえと思って、おッ奔(ぱし)って了(しま)ったが仕様がねえから今じゃア馬小屋見てえな家(うち)を持って、こう遣って、馬子になって僅(わずか)な飲代(のみしろ)を取って歩いてるんだが、ほんの命を繋(つな)いでるばかりで仕様がねえのさ、賭博打の仲間へ這入る事も出来ねえから、只もう馬と首引(くびっぴ)きだ、馬ばかり引いてるから脊骨へないらが起(おこ)るかと思ってるよ、昔馴染に、小遣(こづけえ)を少しばかりおくんなさえな」
 安「そんなら汝(てまえ)は風来で遊んでるのか」
 作「遊人(あそびにん)という訳でもねえが、馬を引いてるから、賭博を打(ぶ)って歩く事も出来ねえのさ」
 安「少し汝(てまえ)に話があるから婆アを烟草でも買いに遣ってくれねえか」
 作「はア宜(よ)うごぜえやす、婆(ばア)さま、旦那さま烟草買ってくんろと仰しゃるから買って来て上げなよ、此の旦那は好(いゝ)んでなけりゃア気に入るめえ、唯の方ではねえ安田一角先生てえ」
 安「これ/\」
 作「はア宜うござえやす、立派な先生だから悪(わり)い烟草なんぞア呑まねえから、大急ぎで好(いゝ)のを買って来(き)なせえ……あんた銭有りますかえ」
 安「さ、これを」
 作「サ婆さま是で買って来て上げな」
 安「使い賃は遣るよ」
 婆「はい畏(かしこま)りました、直(じき)にいって参(まえ)りまする」
 と婆(ばあ)さんは使賃という事を聞いて悦んで、烟草を買いに出て参りました。後(あと)は両人差向(さしむかい)で、
 安「汝(てまえ)馬を引いてるのが幸いだ、己は木卸(きおろし)へ上(あが)る五助街道の間道に、藤ヶ谷(ふじがや)という処の明神山(みょうじんやま)に当時隠れているんだ」
 作「へー、あの巨大(でっけ)え森のある明神さまの、彼処(あすこ)に隠れているのかえ、人の往来(おうれえ)もねえ位(くれえ)の処(とこ)だから定めて不自由だんべえ、彼処は生街道(なまかいどう)てえので、松戸へ通(つ)ン抜けるに余程近(ちけ)えから、夏になると魚ア車に打積(ぶッつ)んで少しは人も通るが何(なん)だってあんな処に居るんだえ」
 安「それには少し訳があるのだ、己も横曾根にいられんで当地へ出たのだ」
 馬「何(なん)だか名主の惣次郎を先生が打斬(ぶっきっ)たてえ噂があるが、えゝ先生の事(こっ)たから随分やり兼(かね)ねえ、殺(や)ったんべえ此の横着もの奴(め)、そんな噂がたって居難(いづら)くなったもんだからおっ走(ぱし)って来たんだろう」
 安「そんな事はねえが武士(さむらい)の果は外に致方(いたしかた)もなく、旨い酒も飲めないから、どうせ永い浮世に短い命、斬り取(ど)り強盗は武士(ぶし)の習(ならい)だ、今じゃア十四五人も手下が出来て、生街道に隠れていて追剥(おいはぎ)をしているのだ」
 作「えゝ追剥を、えれえウーン怖(おっか)ねえウーン、おれ剥ぐなよ」
 安「汝(てまえ)なぞを剥いでも仕様がないが、汝は馬を引いてるんだから、偶(たま)には随分多分の金を持ってるよい旅人(りょじん)が、佐原(さはら)や潮来(いたこ)辺(あたり)から出て来るから、汝其の金のありそうな客を見たら、なりたけ駄賃を廉(やす)くして馬に乗せ、此処(こゝ)は近道でございますと旨く騙(だま)かして生街道へ引張り込み、藤ヶ谷の明神山の処まで連れて来てくれ、併(しか)し薄暗くならなくっちゃア仕事が出来ねえから、宜(い)い加減に何処(どこ)かで時を移すか、のさ/\歩けば自然と時が遅れるから、そうして連れて来て呉れゝば、多勢(おおぜい)で取巻いて金を出せといえば驚いてしまう、汝は馬を置(おき)っ放(ぱな)してなり引張ってなり逃げてしまいねえ、そうして百両金があったら其の内一割とか二割とか汝に礼をしようから、おれの仲間にならねえか」
 作「そんなら礼が二割といえば百両ありゃア二十両己にくれるのか」
 安「そうよ」
 作「うめえなア、只馬を引張って百五十文ばかりの駄賃を取って、酒が二合に鰊(にしん)の二本も喰えば、後(あと)に銭が残らねえ様な事をするより宜(い)いが、同類になって、若(も)し知れた時は首を打斬(ぶっきら)れるのかよ」
 安「そうよ」
 作「ウーン、それだけだな、己はもうこれで五十を越してるんだから百両で二十両になるのなら、こんな首は打斬られても惜くもねえから行(や)るべえか」
 安「汝(てまえ)馬を引いておれの隠家(かくれが)まで来い、あの明神山の五本杉の中に一本大きな楠(くすのき)がある、其の裏の小山がある処に、少しばかり同類を集めているんだ」
 馬「じゃア彼(あ)のもと三峰山(みつみねさん)のお堂のあった処だね、よくまア彼様(あん)な処にいるねえ、彼処(あすこ)は狼や蟒(うわばみ)が出た処(とこ)なんだから、尤(もっと)も泥坊になれば狼や蟒を怖がっていちゃア出来ねえが、そうかえ」
 一角は懐から金を取出し作藏に渡しながら、
 安「これは汝(てまえ)が同類になった証拠の為、少しだが小遣銭に遣るから取って置け」
 作「え、有難(ありがて)え、これは五両だね、今日は本当に思え掛けねえで五両二分になった」
 安「なぜ」
 作「不思議な事もあるものだ、今日はね、あのもさの三藏に逢ったよ、羽生村の質屋で金かした婆(ば)ア様が死んだって、其の白骨を高野へ納めるてえ来たが、今日は廿一日だから新高野山へお参(めえ)りをするてえので、與助を供に伴(つ)れて、己が先刻(さっき)東福寺まで送ってッたが、昔馴染だから二分くれるッて云ったが、有難うござえやす、実に今日は思え掛けねえ金儲けが出来た」
 安「其の五両を取って見ると、もう同類だから是切り藤ヶ谷へ来ずにいて、若(も)し汝(てまえ)の口から己の悪事を訴人しても汝は矢張(やっぱ)り同罪だ、仮令(たとえ)五両でも貰って見れば同類だから然(そ)う思え」
 作「己も覚悟を極めて行(や)るからには屹度(きっと)遣りやすよ、それは宜(い)いが、あんた直(すぐ)に独りで往(い)くか、馬に乗って往かないか、歩いて往く、そうか、左様なら……あゝ其方(そっち)へ往ってア損だから、其の土橋(どばし)を渡って真直(まっすぐ)においでなせえ、道い悪いから気い付けて往きなさえ、なア安田先生も剣術遣いだから、どうして剣術遣いじゃア飯(まんま)ア喰えねえ、あの人は旧時(もと)から随分盗賊(どろぼう)ぐれえ遣(や)ったかも知んねえ、今己がに五両呉れたは宜いが、是を取って見れば同類に落すといったが、困ったな、あゝもう往ってしまったか、立派な男だ、婆アさまは何処(どこ)まで烟草を買(け)えに往ったんだろう尤も要(い)らないのだ、人払(ひとばれ)えの為に買えに遣ったんだが余(あんま)り長(なげ)えなア」
 と独言(ひとりごと)をいっている後(うしろ)から、
 男「おい作」
 作[#「作」は底本では「男」]「え、誰だえ己を呼ばるのア誰だ」
 男「お、己だ、久しく逢わねえのう」

        八十四

 作「誰だ、人が何処(どこ)にいるのだ」
 と云いながら、方々見廻し、振返って見ると、二枚折(にまいおり)の葮(よし)の屏風の蔭に、蛇形(じゃがた)の単物(ひとえもの)に紺献上の帯を神田に結び、結城平(ゆうきひら)の半合羽を着、傍(わき)の方に振分(ふりわけ)の小包を置き、年頃三十ばかりの男で、色はくっきりと白く眼のぱっちりとした、鼻筋の通った、口元の締った美(い)い男で、其の側に居るのは女房と見え、二十七八の女で、頭髪(あたま)は達磨返しに結び、鳴海(なるみ)の単衣(ひとえ)に黒繻子の帯をひっかけに締め、一杯飲んで居る夫婦連(づれ)の旅人(りょじん)で、
 男「作や、此方(こっち)へ這入(へえ)んねえ」
 といいながら、葭屏風(よしびょうぶ)を明けて出て来た男の顔を見て、
 作「イヤア兄いか、何(ど)うした新吉さん珍らしいなア、久し振りだ、これは何うも珍らしい、実に思え掛けねえ」
 新「汝(てめえ)、大きな声で呶鳴(どな)って居たが相変らずだなア」
 作「おやお賤さん、誠にお久し振でござえやした」
 賤「おや作藏さんお前の噂は時々していたが、相変らず宜(い)い機嫌だね」
 作「本当にお賤さん、見違える様になった、少しふけたね、旅をしたもんだから色が黒くなったが、思え思った新吉さんととう/\夫婦になって彼処(あすこ)をおッ走(ぱし)ったのかえ、今まア何処(どこ)にいるだえ」
 新「彼方此方(あちこち)と身の置き処(どころ)のねえ風来人間で仕方がねえが、是も皆(みんな)人に難儀を掛け、悪い事をした報(むくい)と思って諦めているが、何商売を仕度(した)くも資本(もとで)がないのだ、汝(てめえ)まぶな仕事を安田と相談していたが、己も半口載せねえか」
 作「お前(めえ)あの事を聞いたか、是ハア困ったなア、実は銭がねえで困るから這入(へえ)る真似しただア、だが余り這入(へえ)り度(たく)はねえんだ」
 新「旨くいってるぜ、併(しか)し三藏は何処(どこ)へ往ったんだ」
 作「三藏かえ、彼(あれ)はね婆(ばア)さまが死んだから其の白骨を本当の紀州の高野へ納めに往くって、祠堂金(しどうきん)も沢山持ってる様子だ、お累さんもあゝいう死様(しによう)をしたのも矢張(やっぱり)お前(めえ)ら二人でした様なものだぜ」
 新「汝(てめえ)是から新高野へ馬を引いて往くのなら矢張(やっぱり)帰(けえ)りは此処(こゝ)を通るだろう」
 作「鰭ヶ崎の方へ廻るのだが此方(こっち)へ来ても宜(い)い」
 新「そうか、おい作」
 作「え何(な)んだ」
 新「一寸耳を貸せ」
 作「ふーん、怖い事だな」
 新「汝(てめえ)馬を引いて先方(むこう)へ往って、三藏を此処(こゝ)迄乗せて連れて来たら、何か急に用が出来たと云って、馬を置(おき)っ放(ぱな)して逃げてしまってくれねえか、併(しか)し馬を置いて往かれちゃア三藏に逢って仕事をする邪魔になるから、引いてってくれ、其の代り金を三十両やらア」
 作「え、三十両本当に己ア金運(かねうん)が向いて来た、じゃア金をくんろえ、してどういう理窟だ」
 新「三藏とは一旦兄弟とまでなったが、お累が死んでからは、互(たげ)えに敵(かたき)同志の様になったのだ」
 作「敵同志だって汝(おめえ)が三藏を怨むのアそりゃア兄い些(ち)と無理だんべえ、成程お賤さんの前(めえ)もあるから、そういうか知んねえが、三藏を敵と思(おめ)えば無理だぞ、お前(めえ)が養子に往っても男振が宜(い)いもんだから、お賤さんに見染められ、互(たげ)えに死ぬの生(いき)るのと騒ぎ合い、お累さんを振捨てゝお賤さんとこういう事になったから、お累さんも上(のぼ)せて顔が彼様(あんな)に腫れ出して死んで了(しま)ったのだから、却(かえ)って三藏の方でお前を怨んでいるだろうが、何もお前の方で三藏を悪(にく)み返すという理合(りあい)はあんめえぜ」
 新「汝(てめえ)は深い事を知らねえからそんな事をいうんだが、何(なん)でも構わねえ、己が三藏に逢って、百両でも二百両でも無心をいって見ようと思うのだ」
 作「三藏殿(どん)がお前(めえ)に金を貸す縁があるかえ」
 新「貸しても宜(い)い訳があるのだよ」
 作「三十両呉(くれ)るなら遣附(やっつ)けやしょう」
 新[#「新」は底本では「作」]「若(も)し與助の野郎が邪魔でもしたら、汝(てめえ)打擲(ぶんなぐ)ってくれなくっちゃアいけねえぜ」
 作「與助爺(おやじ)なんざアヒョロ/\してるから川の中へ投(ほっ)ぽり込んで了(しま)うがそれも矢張(やっぱり)金づくだがね」
 新「強請事(ねだりごと)をいわずに遣って呉れ、其の代り首尾よく遣って利を見た上で汝(おめえ)に又礼をしよう」
 作「それじゃア三藏に貸してくれといっても貸さねえといえば礼はねえか、困ったな、じゃア後(あと)の礼の処は当(あて)にはならねえな」
 新「まア其様(そん)なものだが、多分旨く往(ゆ)くに違(ちげ)えねえ、若(も)しぐず/\して貸さねえなんどゝいったら、三藏與助の二人を殴(たゝ)っ殺して川の中へ投(ほう)り込んでしまう積りだ、己も安田の提灯持位(ぐれ)えは遣る了簡だ」
 作「お賤さん新吉さんが彼様(あん)な事を云うぜ」
 賤「お前度胸をお据(す)え仕方がないよ、私も板の間稼ぎぐらいは遣るよ」
 作「アレマア彼様(あん)な綺麗な顔をしていながら、あんな事をいうのも皆(みんな)新吉さんが教えたんだろう、己はどうせ安田の同類にされたから、知れゝば首は打斬(ぶっきら)れる様になってるんだから仕方がねえ、やるべえ/\、おゝ婆(ばゞ)アが帰(けえ)って来やアがった」
 新「それじゃア手前(てめえ)馬を引いて早く往(い)け」
 作「ハイ、そんなら直(すぐ)に馬ア引いて新高野へ三藏を迎(むけ)えに参(めえ)りやしょう」
 と出て行(ゆ)きました。これから新吉お賤も茶代を払って其処(そこ)を立出(たちい)でました。其の内もう日はとっぷりと暮れましたが、葮簀張(よしずッぱり)もしまい川端の葦(よし)の繁った中へ新吉お賤は身を隠して待って居ると、向(むこう)から三藏が作藏の馬に乗って参りました。
 作「與助さん貴方(あんた)もう何歳(いくつ)になるねえ、まだ若(わけ)えのう、長く奉公してるが五十を一つ二つも越したかえ」
與「そうでねえ、もう六十に近くなったから滅切(めっきり)年を取って仕舞った」
 作「羽生村の旦那ちょっくら下りてお呉んなせえ」
 三「なんだ」
 作「なんでも宜(い)いから」
 三「坂を上(あが)ったり下りたりするので己も余程草臥(くたび)れたが、馬へ乗って少し息を吐(つ)いたが、馬へ乗ると又矢張(やっぱり)腰が痛いのう」
 作「旦那誠に御無心だが、私(わし)はね、少し用があるのを忘れて居たが、実は此の先へ往って炭俵を六俵積んで来て呉れと頼まれてるんだが、どうしても積んで往(い)かねばなんねえ事があるだ、誠にお気の毒だが此処(こゝ)で下りて下せえな、もう此処から先は平(たいら)な道だから歩いても造作ねえんですが」
 三「それじゃア何(どう)でもいゝ汝(てめえ)が困るなら下りて歩いて往こう」
 と云いながら馬から下りる。
 作「私(わし)は少し急ぎますから御免なせえ」
 と大急ぎで横道の林の蔭へ馬を引込(ひきこ)みました。

        八十五

 日はどっぷりと暮れ、往来も止(とま)りますと、戸ヶ崎の小僧弁天堂の裏手の草の茂みからごそ/\と葦(あし)を分けながら出て来た新吉は、ものをもいわず突然(いきなり)與助の腰を突きましたから堪(たま)りません、與助は翻筋斗(もんどり)を打って、利根の枝川へどぶんと水音高く逆(さか)とんぼうを打って投げ込まれましたから、アッといって三藏が驚いている後(うしろ)から、新吉が胴金を引抜いて突然(だしぬけ)に三藏の脇腹へ突込(つきこ)みました、アッといって倒れる処へ乗掛り、胸先を抉(えぐ)りましたが、一刀(いっぽん)や二刀(にほん)では容易に死ねません、死物狂い一生懸命に三藏は起上り、新吉の髻(たぶさ)をとって引き倒す、其の内與助は年こそ取って居りまするが、田舎漢(いなかもの)で小力(こぢから)もあるものでございますから、川中から這い上(あが)って参りながら、短いのを引き抜き、
 與「此の野郎なにをしやアがる」
 と斬って掛る様子を見るよりお賤は驚き、新吉に怪我をさせまいと思い、窃(そっ)と後(うしろ)から出て参り、與助の髻を取って後の方へ引倒すと、何をしやアがるといいながら、手に障った石だか土の塊(かたま)りだか分りません、それを取って突然(いきなり)お賤の顔を打ちました。お賤は顔から火が出た様に思い「アッ」といって倒れると、乗(の)し掛り斬ろうとする処へ、馬子の作藏が與助の傍(わき)から飛び出して、突然(いきなり)足を上げて與助を蹴りましたから堪(たま)りません、與助はウンといって倒れました。新吉は刀を取直して又(ま)た一刀(いっとう)三藏の脇腹をこじりましたから、三藏も遂(つい)に其の儘息が絶えました。すると手早く三藏の懐へ手を入れ、胴巻の金を抜き取って死骸を川の中へ投げ込んで仕舞い、
 新「お賤/\」
 賤「アイ、アヽ痛い、どうも酷(ひど)い事をしやアがった、石か何か取って、いやという程私の顔を打(ぶ)ちやアがった」
 新「手出しをするからだ、黙って見ていればいゝに」
 賤「見て居(い)ればお前が殺されて仕舞ったのだよ、與助の野郎がお前の後(うしろ)から斬りに掛ったから、私が一生懸命に手伝ったのだが、もう少しでお前斬られる処だったよ」
 新「そうか、夢中でいたから、ちっとも知らなかった」
 賤「與助をよく蹴倒したのう」
 作「え、なに己だ、林の蔭に隠れていたが、危ねえ様子だから飛び出して来て、與助野郎の肋骨(あばら)を蹴折って仕舞った、兄い無心処(どころ)じゃねえ突然(いきなり)に行(や)ったんだな」
 新「汝(てめえ)はもう帰(けえ)ったのかと思った」
 作「林の蔭に隠れていて、何(ど)うだかと様子を見ていたのよ」
 新「誰か人は来やアしねえか、汝(てめえ)気を附けて呉れ」
 作「大丈夫(でえじょうぶ)だ、誰も来る気遣(きづけえ)はねえが、割合(わりえゝ)を貰(もれ)え度(て)えなア」
 新「汝(てめえ)はよく嘘を吐(つ)く奴だな、三藏が高野へ納める祠堂金を持ってるというから、懐を探して見たが、金なんぞ持っていやアしねえ、漸(ようや)く紙入の中に二両か三両しかありゃアしねえ」
 作「冗談じゃアねえぜ、そんな事があるもんか」
 新「だって汝(てめえ)嘘を吐いたんだ」
 作「なに己が嘘なんぞ吐くものか、此の野郎殺して置いて其の金を取って仕舞ったに違(ちげ)えねえ、そんな事をいっても駄目だ」
 新「なに本当だよ」
 作「死骸(しげえ)はどうした」
 新「川の中へ投(ほう)り込んでしまった」
 作「嘘をいえ、戯(ふざ)けずに早くよこせよ、戯けるなよ」
 新「なに戯けやアしねえ」
 といわれ、作藏は少し怒気(どき)を含み、訛声(だみごえ)を張上げ、
 作「手前(てめえ)の懐を改めて見よう、己だって手伝って、姐(あね)さんを斬ろうとする與助を己が蹴殺して、罪を造っているんだ、裸体(はだか)になって見せろやい、出せってばやい」
 といいながら新吉に取縋(とりすが)る。
 新「遣るよ、遣るから待てというに、戯けるな、放せ」
 作「なんだ、人を欺(だま)して、金え出せよう」
 新「遣るから待てよ、遣るというに、お賤、その柳行李(やなぎごり)の中に少し許(ばか)り金が這入(へえ)ってるから出して作藏に遣んな、三藏の懐には無(ね)えんだから沢山(たんと)は遣れねえ、十両ばかり遣ろう」
 と気休めをいいながら隙(すき)を覘(ねら)ってどんと作藏の腰を突くと、どぶりと用水へ落ちましたが、がば/″\と直(すぐ)に上(あが)って参りまする処を見て、ずーんと脳を割附(わりつ)けると、アッ、といってがば/″\と沈みましたが、又這上りながら、
 作「斬りやアがったなア此の野郎」
 と云う声がりーんと谺(こだま)がして川に響きました。尚(なお)も這上ろうとする処を、また一つ突きましたから、仰むけにひっくりかえりましたが、又這上って来るのを無暗(むやみ)に斬り附けましたから、馬方の作藏は是迄の悪事の報いにや遂(つい)に息が止ったと見え、其の儘土手の草を攫(つか)んだなり川の中へのめり込んで仕舞いました。
 賤「お前まア恐ろしい酷(ひど)い事をするねえ」
 新「此の野郎はお饒舌(しゃべり)をする奴だから、罪な様だが五両でも八両でも金を遣るのは費(ついえ)だから切殺して仕舞ったが、もう此処(こゝ)にぐず/\してはいられねえ」
 賤「私はどうも殴(ぶた)れた処(とこ)が痛くって堪(たま)らないよ」
 新「何(な)んだか暗くって判然(はっきり)分らねえ」
 といいながら透(すか)して見ると、石だか土塊(どろ)だか分りませんが、機(はず)みとはいいながら打(ぶ)たれた痣(あざ)は半面紫色に黒み掛り、腫(は)れ上っていましたから、新吉がぞっとしたと申すは、丁度七年後(あと)の七月廿一日の夜(よ)、お累が己を怨(うら)み、鎌で自殺をした彼(あ)の時に、蚊帳の傍(そば)へ坐って己の顔を怨めしそうに睨(にら)めた貌(かお)が、実に此の通りの貌だが、今お賤が思い掛ない怪我をして、半面変相(へんそう)になるというのも、飽(あく)までお累が己の身体に附纒(つきまつわ)って祟(たゝり)をなす事ではないかと、流石(さすが)の悪党も怖気立(こわげた)ち、ものをも言わず暫くは茫然(ぼんやり)と立って居りましたが、お賤は気が附きませんから、
 賤「お前早く人の来ない中(うち)に何処(どこ)かへ往って泊らなくっちゃアいけない」
 といわれ、漸々(よう/\)心附き、これからお賤の手を取って松戸へ出まして、松新(まつしん)という宿屋へ泊り、翌日雨の降る中を立出(たちい)でて本郷山(ほんごうやま)を越し、塚前村にかゝり、観音堂に参詣を致し、図(はか)らずお賤が、実の母に出逢いまするお話は一息つきまして。

        八十六

 申続きました新吉お賤は、実に仏説で申しまする因縁で、それ程の悪人でもございませんでしたが、為(す)る事為(な)す事に皆悪念が起り、人を害す様な事も度々(たび/\)になりまする。扨(さて)二人は松戸へ泊り、翌廿二日の朝立とうと致しますると、秋の空の変り易(やす)く、朝からどんどと抜ける程降りますから立つ事が出来ませんで、ぐず/″\して晴れ間を待っている中(うち)に丁度午刻過(ひるすぎ)になって雨が上りましたから、昼飯(ひるはん)を食べて其処を立ちましたなれども、本街道を通るのも疵(きず)持つ脛(すね)でございまするから、却(かえ)って人通りのない処がよいというので、是から本郷山を抜け、塚前村へ掛りました時分は、もう日が暮れかゝり、又吹掛(ふっか)け降(ぶり)に雨がざア/\と降って来ましたから、
 新「アヽ困ったもんだ」
 と云いつゝ二三町参りますと傍(かたわら)の林の処に小さい門構(もんがまえ)の家(うち)に、ちらりと燈火(あかり)が見えましたから、
 新「兎も角も彼処(あすこ)へ往って雨止(あまや)みをしよう」
 といいながら門の中へ這入って見ると、木連格子(きつれごうし)に成っている庵室で、村方の者が奉納したものか、丹(たん)で塗った提灯が幾つも掛けてあります。正面には正観世音(しょうかんぜおん)と書いた額が掛けてあります。
 新「お賤」
 賤「あい」
 新「こんな処に宿屋はなし、仕方がないから此の御堂(おどう)で少し休んで往こう、お賽銭(さいせん)を上げたらよかろう、坊さんがいるだろう」
 といいながら格子の間から覘(のぞ)いて見ると、向(むこう)に本尊が飾って有りまする。正観世音の像を小さいお厨子(ずし)の中へ入れてあるのですが、余り良い作ではありません、田舎仏師の拵(こしら)えたものでございましょう、なれ共金箔を置き直したと見え、ぴか/″\と光って居りまする、其の前に供えた三(み)つ具足は此の頃納まったものか、まだ新しく村名(むらな)が鏤(ほ)り附けてあり、坊さんが畠から切って来たものか黄菊(きぎく)に草花が上(あが)って居ります、すると鼠の単物(ひとえもの)を着、腰衣(こしごろも)を着けた六十近い尼が御燈明(おとうみょう)を点(つ)けに参りましたから、
 新「少々お願いがございますが、私共(わたくしども)は旅のもので此の通りの雨で難渋致しますが、どうか少々の間雨止(あまやみ)を仕度(した)いと存じますが、お邪魔でも此の軒下を拝借願い度(た)いものでございまする」
 尼「はい、御参詣のお方でございますかえ」
 新「いえ通り掛りの者ですが、此の雨に降りこめられました、尤(もっと)も有験(あらたか)な観音様だと聞いておりますからお参りもする積りでございまする」
 尼「吹掛(ふっか)け降(ぶ)りですから其処(そこ)に立ってお出でゞは嘸(さぞ)お困りでございましょう、すぐ前に井戸もありまするから足を洗って此方(こちら)へ上(あが)って、お茶でも飲みながら雨止をなすっていらっしゃいまし」
 新「有難う存じます、えお賤、金か何か遣れば宜(い)いから上(あが)んねえ、じゃア御免なさい、誠に有難う存じます」
 尼「其処(そこ)に盥(たらい)もありますから、小さい方を持って往って足を洗ってお出でなさい」
 新「へえ」
 と是(こ)れから足を洗い、
 新「誠にお蔭様で有難うございます」
 と上りましたが、新吉もお賤もあつかましいから、囲炉裡(いろり)の側へ参り、
 新「お蔭様で助かりました」
 賤「誠にどうもとんだ御厄介さまでございました」
 尼「おや/\御夫婦連(づれ)で旅をなさいますの、藤心村まで出るとお茶漬屋ぐらいはありますが、此の辺には宿屋がございませんから定めてお困りでしょう、遠慮なしにもっと囲炉裡の側へお寄んなさい」
 新吉は何程か金子を紙に包んで尼の前へ差出し、
 新「是は誠に少し許(ばか)りでございますが、お蔭で助かりましたから、お茶代ではありませんが、どうかこれで観音様へお経でもお上げなすって下さいまし」
 尼「いえ/\それは決して戴きません、先刻(さっき)貴方(あんた)は本堂へお賽銭をお上げなすったから、それでもう沢山でございます、御参詣の方は皆(みんな)お馴染になって、他村(たそん)のお方が来ても上(あが)り込んで、私の様な婆(ばゞあ)でも久しく話をして入らっしゃいますのですから御心配なく寛(ゆっく)りとお休みなすって入らっしゃいまし」
 と云われ、新吉はお賤の顔を見ながら小声にて、
 新「だって、きまりが悪(わ)りいな、これはほんの私の心許りでございますから、貴方後(あと)でお茶請(ちゃうけ)でも買って下さいまし」
 尼「いえ私は喰物(たべもの)は少しも欲しくはありませんお賽銭を上(あげ)たからもうお金などは宜(よ)うございますよ」
 新「そんな事をいわずに何卒(どうか)取って置いて下さいまし」
 尼「そうでございますか、又気になすっては悪いし、折角の思召(おぼしめし)ですから戴いて置きましょう、日が暮れると雨の降る時は寒うございます、直(じき)に本郷山が側ですから山冷(やまびえ)がしますから、もっと其の麁朶(そだ)をお焚(く)べなさいまし」
 新「へい有難う存じます」
 といいながら松葉や麁朶を焚べ、ちょろ/\と火が移り、燃え上りました光で、お賤が尼の顔を熟々(つく/″\)見ていましたが、
 賤「おやお前はお母(っか)アじゃないか」

        八十七

 尼「はい、どなたえ」
 賤「あれまア何(ど)うもお母アだよ、まア何うしてお前尼におなりだか知らないが、本当に見違えて仕舞ったよ、十三年後(あと)に深川の櫓下の花屋へ置去(おきざり)にして往(い)かれた娘のお賤だよ」
 と云われて尼は恟(びっく)りし、
 尼「えゝ、まアどうも、誠に面目次第もない、私も先刻(さっき)から見た様な人だと思ってたが、顔貌(かおかたち)が違ったから黙ってたが、どうも実に私は親子と名乗ってお前に逢われた義理じゃアありませんが、頭髪(あたま)を剃(す)って斯(こ)んな身の上になったから逢われますものゝ、定めて不実の親だと腹も立ちましょうが、どうぞ堪忍して下さいあやまります」
 賤「それでも能く後悔してね」
 尼「此の通りの姿になって、まア此の庵室に這入って、今では毎日お経を上げた後(あと)では観音様へ向って、若い時分の悪事を懺悔してお詫び申していますけれども、中々罪は消えませんが、頭髪(あたま)を剃(す)って衣を着たお蔭で、村の衆(しゅ)がお比丘(びく)様とか尼様とか云って、種々(いろ/\)喰物(たべもの)を持って来て呉れるので、何(ど)うやら斯(こ)うやら命を繋(つな)いでいるというだけのことで、此の頃は漸々(よう/\)心附いて、十六の時置去にしたお賤はどうしたかと案じていても、親子で有(あり)ながら訪ねる事も出来ないというのは皆(みんな)罰(ばち)と思って後悔しているのだよ」
 賤「どうもね本当に、それでも能くまア法衣(ころも)を着る了簡になったね」
 といいながら、新吉に向い、
 賤「お前さんにも話をした深川櫓下の花屋の、それね……お前さんの様な親子の情合(じょうあい)のない人はないけれ共能くまア後悔してお比丘におなりだね」
 尼「比丘なんぞになり度(た)い事はないが、是も皆(みんな)私の作った悪事の罰(ばち)で、世話のして呉れ人(て)もなくなり、段々老(と)る年で病み煩いでもした時に看病人もない始末、あゝ何(ど)うしたら宜(よ)かろう、あゝ是も皆(みんな)罰ではないかと身体のきかない時には、真(ほん)に其の後悔というものが出て来るものでのうお賤、して此のお方はお前の良人(おつれあい)かえ」
 賤「あゝ」
 新「いつでも此女(これ)から話は聞いていました、一人お母様(っかさん)があるけれ共生死(いきしに)が分らない、併(しか)し丈夫な人で、若い気象だったから達者でいるかとお噂は能くしますが、私は新吉と云う不調法ものでございますが、今から何分幾久しゅう願います」
 尼「此のお賤は私の方では娘とも云えません、又親とは思いますまい、憎くってねえ、あゝ実にお前に会うのも皆(みんな)神仏(かみほとけ)のお叱りだと思うと、身を切られる程つらいと云う事を此の頃始めて覚えました、云わない事は解りますまいが、私は此の頃は誰が来ても身の懺悔をして若い時の悪事の話を致しますと、遊びに来る老爺(おじい)さんや老婆(おばあ)さんも、おゝ/\そうだのう、悪い事は出来ないものだと云って、又其の人達が若い時分の罪を懺悔して後悔なさる事があるから、私が懺悔をしますと人さまもそれに就(つい)て後悔して下されば私の身の為にもなろうと思って、逢う人毎(ごと)に私の若い時分の悪事を懺悔してお話を致します、私も若い時分の放蕩と云うものは、お賤は知りませんが中々一通りじゃアありませんでしたよ」
 新「お母(っか)さん、なんですか、お前さんは元(も)と何処(どこ)の出のお方でございます、多分江戸子(えどっこ)でしょう」
 尼「いえ私の産れは下総の古河(こが)の土井さまの藩中の娘で、親父(おやじ)は百二十石の高(たか)を戴いた柴田勘六(しばたかんろく)と申して、少々ばかりは宜(よ)い役を勤めた事もある身分でございましたからお嬢様育ちで居たのですが、身性(みじょう)が悪うございまして、私が十六の時家来の宇田金五郎(うだきんごろう)という者と若気の至りで私通(いたずら)をし、金五郎に連れられて実家を逃出し江戸へ参り、本郷菊坂に世帯(しょたい)を持って居りましたが丁度あの午年(うまどし)の大火事のあった時、宝暦(ほうれき)十二年でございましたかね、其の時私は十七で子供を産んだのですが、十七や十八で児(こ)を拵(こしら)える位だから碌なものではありません、其の翌年金五郎は傷寒(しょうかん)を煩(わず)らって遂(つい)に亡(なく)なりましたが、年端(としは)もゆかぬに亭主には死別(しにわか)れ、子持ではどうする事も出来ませんのさ、其の子供には名を甚藏と附けましたが、何(なん)に肖(あや)かったのか肩の処に黒い毛が生えて、気味の悪い痣(あざ)があって、私も若い時分の事だから気色が悪く、殊(こと)に亭主に死なれて喰い方にも困るから、菊坂下の豆腐屋の水船(みずぶね)の上へ捨児(すてご)にして、私は直(す)ぐ上総の東金へ往って料理茶屋の働き女に雇われて居る内に、船頭の長八(ちょうはち)という者といゝ交情(なか)となって、また其処(そこ)をかけ出して出るような事に成って、深川相川町(あいかわちょう)の島屋(しまや)と云う船宿を頼み、亭主は船頭をし、私は客の相手をして僅(わず)かな御祝儀を貰って何(ど)うやら斯(こ)うやらやって居る中(うち)に、私は亭主運がないと見え、長八がまた不図(ふと)煩いついたのが原因(もと)で、是も又死別れ、どうする事も出来ないから[#「出来ないから」は底本では「出事ないから」]心配して居ると、島屋の姐(ねえ)さんのいうには、迚(とて)もお前には辛抱は出来まいが[#「出来まいが」は底本では「出事まいが」]、思い切って堅気にならないかと云われ、小日向の方のお旗下の奥様がお塩梅が悪いので、中働(なかばたらき)に住み込んだ処が、これでも若い時分は此様(こん)な汚ない婆(ばゞ)アでもなかったから、殿様のお手が附いて、僅(わずか)な中(うち)に出来たのは此のお賤」

        八十八

 尼「此娘(これ)も世が世ならばお旗下のお嬢さまといわれる身の上だが、運の悪いというものは仕方がないもので、此のお賤が二歳(ふたつ)の時、其のお屋敷が直(じき)に改易に成ってしまい、仕様がないから深川櫓下の花屋へ此の娘(こ)を頼んで芸妓(げいしゃ)に出して、私の喰い物にしようと云う了簡でしたが、又私が網打場の船頭の喜太郎(きたろう)という者と私通(いたずら)をして、船で房州(ぼうしゅう)の天津(あまつ)へ逃げましたがね、それからというものは悪い事だらけさ、手こそ下(おろ)して殺さないでも口先で人を殺すような事が度々(たび/\)で、私の為に身を投げたり首を縊(くゝ)って死んだ男も二三人あるから、皆(みんな)其の罰(ばち)で今斯(こ)う遣って居るのも、彼(あ)の時に斯ういう事をしたから其の報いだと諦め、漸々(よう/\)改心をしましたのさ、仕方がないから頭髪(あたま)を剃(そり)こかし破れ衣を古着屋で買ってね、方々托鉢して歩いて居る中(うち)、此の観音様のお堂には留守居がないからお比丘さん這入って居ないかと村の衆に頼まれるから、仮名附のお経を買って心経(しんぎょう)から始め、どうやら斯うやら今では観音経ぐらいは読めるように成ったが、此の節は若い時分の罪滅(つみほろぼ)しと思い、自分に余計な物でもあると困る人にやって仕舞うくらいだから、何も物は欲しくありません、村の衆が時々畠の物なぞを提げて来てくれるから、もう別にうまい物を喰度(たべた)いという気もなし、只観音様へ向ってお詫事をして居るせえか、胸の中(うち)の雲霧(くもきり)が晴れて善に赴(おもむ)いたものだから、皆さんがお比丘様/\と云って呉れ、此の観音様も段々繁昌して参り、お比丘さんにお灸(きゅう)を据(す)えて貰えのお呪(まじない)をして貰い度(たい)のといって頼みに来るから、私も何も知らないが、若い時分から疝気(せんき)なら何処(どこ)が能(い)いとか歯の痛いのには此処(こゝ)が能(よ)いとか聞いてるから据えて遣ると、向(むこう)から名を附けて観音様の御夢想(ごむそう)だなぞと云って、今ではお前さん何不足なく斯(こ)う遣って居ますが今日図(はか)らずお前達に逢って、私は尚(な)お、観音様の持って入らっしゃる蓮(はす)の蕾(つぼみ)で脊中を打たれる様に思いますよ、まだ二人とも若い身の上だから、是から先(さ)き悪い事はなさらないように何卒(どうぞ)気をお附けなさい、年を老(と)ると屹度(きっと)報(むく)って参ります、輪回応報(りんねおうほう)という事はないではありませんよ」
 と云われ新吉は打萎(うちしお)れ溜息を吐(つ)きながらお賤に向い、
 新「何(ど)うだえお賤」
 賤「私も始めて聞いたよ、そんならお母(っか)さんお前がお屋敷へ奉公に上(あが)ったら、殿様のお手が附いて私が出来たといえば、其のお屋敷が改易にさえならなければ私はお嬢様、お前は愛妾(めかけ)とか何(な)んとか云われて居るのだね」
 尼「お前はお嬢様に違いないが、私は追出されてでも仕舞う位の訝(おか)しな訳でね」
 新「へい其の小日向の旗下とは何処(どこ)だえ」
 尼「はい、服部坂上の深見新左衞門様というお旗下でございます」
 といわれて新吉は恟(びっく)りし、
 新「エヽ、そんなら此のお賤は其の新左衞門と云う人の胤(たね)だね」
 尼「左様」
 新「そうか」
 と口ではいえど慄(ぞっ)と身の毛がよだつ程恐ろしく思いましたは、八年前(ぜん)門番の勘藏が死際(いまわ)に、我が身の上の物語を聞けば、己は深見新左衞門の次男にて、深見家改易の前(まえ)に妾が這入り、間もなく、其の妾のお熊というものゝ腹へ孕(やど)したは女の子それを産落すとまもなく家が改易に成ったと聞いて居たが、して見ればお賤は腹違いの兄弟であったか、今迄知らずに夫婦に成って、もう今年で足掛七年、あゝ飛んだ事をしたと身体に油の如き汗を流し、殊(こと)には又其の本郷菊坂下へ捨児(すてご)にしたというのは、七年以前、お賤が鉄砲にて殺した土手の甚藏に違いない、右の二の腕に痣(あざ)があり、それにべったり黒い毛が生えて居たるを問いし時、我は本郷菊坂へ捨児にされたものである、と私への話し、さては聖天山へ連れ出して殺した甚藏は矢張(やっぱり)お賤の為には血統(ちすじ)の兄であったか、実に因縁の深い事、アヽお累が自害の後(のち)此のお賤が又斯(こ)う云う変相になるというのも、九ヶ年前(ぜん)狂死なしたる豊志賀の祟(たゝり)なるか、成程悪い事は出来ぬもの、己は畜生(ちくしょう)同様兄弟同志で夫婦に成り、此の年月(としつき)互に連れ添って居たは、あさましい事だと思うと総毛立ちましたから、新吉は物をも云わず小さくかたまって坐り、只ポロ/\涙を落して居りました。

        八十九

 尼「とんだ面白くもない話をお聞かせ申したが、まア緩(ゆっ)くりお休みなさい」
 新「実に貴方の話を聞いて、私(わっち)も若い時分にした悪事を考えますと身の毛がよだちますよ」
 尼「お前さん何をいうのです、若い時分などと云ってまだ若い盛りじゃアないか、是から罪を作らん様にするのだ」
 新「お母様(っかさん)、私(わたし)は真(しん)以(もっ)て改心して見ると生きては居られない程辛いから、私を貴方の弟子にして下さいな、外(ほか)に往き処(どこ)もないから、お前様(さん)の側へ置いて下されば、本堂や墓場の掃除でもして罪滅しをして一生を送り度(た)いので、段々のお話で私は悉皆(すっかり)精神(たましい)を洗い、誠の人になりましたから、どうか私をお弟子にして下さいまし」
 尼「よくね、私の懴悔話を聞いて、一図(いちず)にアヽ悪い事をしたと云って、お前さんのような事を仰しゃるお方も有りますが、其の心持が永く続かないものですから、そんな事を云わなくっても、只アヽ悪い事をしたと思えば、其所(そこ)が善いので」
 新「お賤、お前とは不思義の悪縁と知らず、是まで夫婦になって居たけれ共、表向盃をしたという訳でもないから、夫婦の縁も今日限りとし、己は頭髪(あたま)を剃(す)って、お前のお母(っか)さんだが、己はお母さんとは思わない、己を改心させてくれた導きの師匠と思い、此のお比丘さんに事(つか)えて、生涯出家を遂(と)げる心に成ったから、もう己を亭主と思って呉れるな、己もまたお前を女房とは思わねえから、何卒(どうか)そう思って呉れ」
 賤「おい何をいうんだ、極りを云ってるよ、話を聞いた時には一図に悪い事をしたと思うが、少し経(た)つと直(じき)に忘れて仕舞うもの、一寸精進をしても、七日仕ようと思っても三日も経つともう宜かろうと喰(た)べるのが当前(あたりまえ)じゃアないか」
 新「今迄の魂の汚(よご)れたのを悉皆(すっかり)洗って本心になったのだから、もう己の傍(そば)へ寄って呉れるな」
 賤「おや新吉さん何をいうのだよお前どうしたんだえ」
 新「お前(めえ)はまア本当に………どうして羽生村なんぞへ来たんだなア」
 賤「新吉さん、お前(まえ)何をいうのだ、来たって、あゝいう訳で来たんじゃアないか、それが何(ど)うしたんだえ」
 新「お前(めえ)は何も解らねえのだ、アヽ厭(いや)だ、ふつ/\厭だ、どうぞ後生だから己の側へ寄ってくんなさんな」
 といわれてお賤は少しムッとした顔付になり、
 賤「あゝ厭ならおよしなさい、だが私もね、お前と二人で悪い事を仕度(した)くもないが、喰い方に困るものだから一緒にしたが、昨日(きのう)私が斯(こ)んな怪我をして、恐ろしい顔になったもんだから、他(ほか)の女と乗り替える了簡で、旨くごまかして、私を此寺(こゝ)へ押附(おっつ)け、お前はそんな事をいって逃げる心だろう」
 新「決してそういう訳じゃアないが、お前(まえ)どうして女に生れたんだなア」
 賤「何を無理な事をいうの、女に生れたって、気違じみ切って居るよ」
 新「お前に口を利かれても総毛立つよ」
 尼「喧嘩をしてはいけません、私もお賤の為には親だから死水(しにみず)を取って貰い度(た)いが親子でありながらそうも云われず、又お賤も私の死水を取る気はありますまい」
 新「まだ此のお賤は色気がある、此畜生奴(こんちきしょうめ)、本当にお前や己は、尻尾(しっぽ)が生えて四つん這になって椀(わん)の中へ面ア突込(つっこ)んで、肴(さかな)の骨でもかじる様な因果に二人とも生れたのだから、お賤手前(てめえ)も本当にお経でも覚えて、観音さまへ其の身の罪を詫る為に尼に成り、衣を着て、一文ずつ貰って歩く気になんな、今更外に仕方がないからよ」
 賤「なんだね厭だよ、そんな事が出来るものか」
 新「そう側へ寄って呉れるなよ、どうか私の頭髪(あたま)を剃(す)って下さい」
 尼「まア/\三四日此寺(こゝ)に泊っておいでなさい、又心の変るものだから、互に喧嘩をしないで、私はお経をあげに往ってくるから、少し待っておいでなさい」
 新「私も一緒に参りましょう」
 賤「おい新吉さんお前本当にどうしたんだえ、私は何(ど)うしてもお前の傍(そば)は離れないよ」
 新吉はもう誠に仏心(ぶっしん)と成りまして、
 新「お前はまだ色気の有る人間だ、己は真(しん)に改心する気に成った」
 賤「本当にお前どうしたんだよ」
 と云いながら取り縋(すが)るのを、新吉は突放(つきはな)し、
 新「此ん畜生奴、己の側へ来ると蹴飛すぞ」
 といわれお賤は腹の中にて、私の顔貌(かおかたち)が斯(こ)んなに成ったものだから捨てゝ逃げるのだと思うから油断を致しませんで、此寺(こゝ)に四五日居りまする中(うち)に、因果のむくいは恐ろしいもので、惣右衞門の忰惣吉が此の庵室を尋ねて参るという処から、新吉はもう耐(こら)え兼ねて、草苅鎌を以て自殺致しますという、新吉改心の端緒(いとぐち)でございます。

        九十

 偖(さ)て申し続きました深見新吉は、お賤を連れて足かけ五年間の旅中(たびちゅう)の悪行(あくぎょう)でございまする、不図(ふと)下総の塚前村と申しまする処の、観音堂の庵室に足を留(とめ)る事に成りました。是は藤心村の観音寺という真言寺(しんごんでら)持(もち)でございまして、一切の事は観音寺で引受けて致しまする。村の取附(とりつき)にある観音堂で、霊験(れいげん)顕著(あらたか)というので信心を致しまする者があって種々(いろ/\)の物を納めまするが、堂守(どうもり)を置くと種々の悪い事をしていなくなり、村方のものも困って居る処で、通り掛った尼は身性(みじょう)も善いという処から、これを堂守に頼んで置きました。是へ新吉お賤が泊りましたので、比丘尼(びくに)は前名(ぜんみょう)を熊と申す女に似気(にげ)ない放蕩無頼を致しました悪婆(あくば)でございまするが、今はもう改心致しまして、頭髪(あたま)を剃(そ)り落し、鼠の着物に腰衣を着け、観音様のお堂守をして居る程の善心に成りまして、新吉お賤に向って、昔の懴悔話をして聴かせると、新吉が身の毛のよだつ程驚きましたは、門番の勘藏の遺言に、お前は小日向服部坂上の深見新左衞門という御旗下の次男だが、生れると間もなくお家改易になったから、私が抱いて下谷大門町へ立退(たちの)いて育てたのだが、お家改易の時お熊という妾があって、其の腹へ出来たは女という事を物語ったが、そんなら七ヶ年以来(このかた)夫婦の如く暮して来たお賤は、我が為には異腹(はらちがい)の妹(いもと)であったかと、総身(そうしん)から冷(つめた)い汗を流して、新吉が、あゝ悪い事をしたと真(しん)以(もっ)て改心致しました。人は三十歳位に成りませんければ、身の立たないものでございまする。お賤は二十八、新吉は三十になり、悪い事は悉(こと/″\)く仕尽した奴だけあって、善にも早く立帰りまして、出家を遂(と)げ、尼さまの弟子と思って下さい、夫婦の縁は是限りと思って呉れお賤汝(てめえ)も能く考えて見ろ、今までの悪業(あくごう)の罪障消滅(つみほろぼ)しの為に頭を剃りこぼって、何(ど)の様な辛苦修行でもし、カン/\坊主に成って今迄の罪を滅(ほろぼ)さなくっちゃア往(い)く処へも往かれねえから、己の事は諦めて呉れとはいいましたが、汝は己の真実の妹だとはいい兼て居り、尼が本堂へ往けば、お熊比丘尼の後(あと)に附いて参り、墓場へ往けば墓場へ附いて往く、斎(とき)が有ればお供を致しましょうと出て参り、兎角にお賤の傍(そば)へ寄るを嫌いますから、お賤は腹の中にて、思いがけない怪我をして半面変相になり、斯(こ)んな恐ろしい貌(かお)に成ったから、新吉さんは私を嫌い、大方母親(おふくろ)が此の庵主に成っているから、私を此処(こゝ)へ置去りにして逃げる心ではないかと、まだ色気がありますから愚痴許(ばか)りいって苦情が絶えません。新吉の能く働きまする事というものは、朝は暗い内から起きて、墓場の掃除をしたり、門前を掃いたり、畠へ往って花を切って参って供えたり、遠い処まで餅菓子を買いに往って本堂へ供えたり、お斎が有るとお比丘さんの供をして参り、仮名振の心経や観音経を買って来て覚えようとして居りますのを見て、
 尼「誠に新吉さんは感心な事では有るが、一時(いちじ)に思い詰めた心はまた解(ほご)れるもの、まア/\気永にしているが宜(よ)い、只悪い事をしたと思えばまだお前なんぞは若いから罪滅しは幾らも出来ましょう」
 と優しくいわれるだけ身に応えまする。ちょうど七月二十一日の事でございまする、新吉は表の草を刈って居り、お賤は台所で働いて居りまする処へ這入って参りましたのは、十二三になる可愛らしい白色(いろじろ)なお小僧さんで、名を宗觀と申して観音寺に居りまする、此の小坊主を案内して来ましたは音助(おとすけ)という寺男で、二人連(づれ)で這入って参り、
 音「御免なせえ」
 新「おいでなさい、観音寺様でございまするか」
 音「上(かみ)の繁右衞門(しげえもん)殿(どん)の宅で二十三回忌の法事があるんで、己(おら)ア旦那様も往くんだが、何(ど)うか尼さんにもというので迎(むけ)えに参(めえ)ったのだ」
 新「今尼さんは他(わき)のお斎に招(よ)ばれて往ったから、帰ったらそう云いましょう」
 音「能く掃除仕やすねえ、墓の間の草ア取って、跨(まて)えで向うへ出ようとする時にゃアよく向脛(むこうずね)を打(ぶ)ッつけ、飛(とび)っ返(けえ)るように痛(いて)えもんだが、若(わけ)えに能く掃除しなさるのう」
 新「お小僧さんはお小さいに能く出家を成さいましたね、お幾歳(いくつ)でございまする」
 宗「はい十二に成ります」

        九十一

 新「十二に、善いお小僧さんだね、十一二位から頭髪(あたま)を剃(す)って出家になるのも仏の結縁(けちえん)が深いので、誠に善い御因縁で、通常(なみ)の人間で居ると悪い事許(ばか)りするのだが、斯(こ)う遣って小さい内から寺へ這入ってれば、悪い事をしても高が知れてるが、お父様(とっさん)やお母(っか)さんも御承知で出家なすったのですか」
 宗「そうじゃアありません、拠(よんどころ)なく坊さんに成りました」
 新「拠なく、それじゃアお父(とっ)さんもお母さんも、お前さんの小さい中(うち)に死んで仕舞って、身寄頼りもなく、世話の仕手もないのでお寺へ這入ったという事もありまするが、そうですか」
 音「なにそういう訳じゃアなえが、此のまア宗觀様ぐらえ憫然(かわえそう)な人はねえだ」
 新「じゃアお父さんやお母さんは無いのでございますか」
 宗「はい、親父(おやじ)は七年前に死にました」
 といいながらメソ/\泣出しました。
 音「泣かねえが宜(え)えと云うに、いつでも父様(とっさま)や母様(かゝさま)の事を聞かれると宗觀様(さん)は直(すぐ)に泣き出すだ、親孝行な事だが、出家になるのは其処(そこ)を諦める為だから泣くなと和尚様がよくいわっしゃるが、矢張(やっぱ)り直(じき)に泣くだが、併(しか)し泣くも無理はねえだ」
 新「へえ、それは何(ど)ういう因縁に成って居りますのです」
 音「ねえ宗觀様(さん)、お前の父様は早く死んだっけ」
 宗「七年前の八月死にました」
 音「それから此の人の兄様(あにさん)が跡をとって村の名主役を勤めて居ると、其処(そこ)へ嫁子(よめっこ)が這入(へえ)って何(な)んともハヤ云い様のなえ程心も器量も善(い)い嫁子だったそうだが、其所(そこ)に安田八角か、え、一角とか云う剣術遣(つけえ)が居て其の嫁子に惚れた処が、思う様にならねえもんだから、剣術遣の一角が恋の遺恨でもってからに此の人の兄さんをぶっ斬って逃げたとよ、其奴(そいつ)に同類が一人有って、何(な)んとか云ったのう、ウン富五郎か、其の野郎が共謀(ぐる)になって、殺したのだ、すると此の人の宅(うち)の嫁子が仮令(たとえ)何(な)んでも亭主の敵(かたき)い討(ぶ)たねえでは置かねえって、お武家(さむれえ)さんの娘だけにきかねえ、なんでも仇討(かたきぶ)ちをするって心にもねえ愛想づかしをして、羽生村から離縁状を取り、縁切に成って出て、敵の富五郎を欺(だま)して同類の様子を聴いたら、一角は横堀の阿弥陀堂の後(うしろ)の林の中へ来ているというから、亭主の仇(かたき)を討(う)ちぶっ切るべえと思って林の中へ這入(へえ)ったが、先方(むこう)は何(な)んてッても剣術の先生だ女ぐれえに切られる事はねえから、憫然(かわいそう)に其の剣術遣えが、此の人の姉様(あねさま)をひどくぶっ切って逃げたとよ、だから口惜しくってなんねえ、子心にも兄さんや姉(あね)さんの敵が討(ぶ)ちてえッて心易い相撲取が有るんだ…風車か…え…花車、そうかそれが、力量(ちから)アえれえから其の相撲取をたのむより仕様がねえと、母親(おふくろ)は年い老(と)ってるが、此の人をつれて江戸へ往(い)くべえと出て来る途(みち)で、小金原(こがねっぱら)の観音堂で以てからに塩梅(あんべえ)が悪くなったから、種々(いろ/\)介抱(けえほう)して、此の人が薬い買(け)えに往った後(あと)で母親さんを泥坊が縊(くび)り殺し、路銀を奪(と)って逃げた跡へ、此の人が帰(けえ)ってみると、母様(かゝさま)は喉(のど)を締められておっ死(ち)んでいたもんだから、ワア/\泣(なえ)てる処へ己(おら)ア旦那が通り掛り、飛んだことだが、皆(みんな)因縁だ、泣くなと、兄(あに)さんと云い姉(あね)さんと云い母(かゝ)さままでもそういう死(しに)ざまをするというのは約束事だから、敵討(かたきうち)なぞを仕様といわねえで兎も角も己(おら)ア弟子に成って父(とっ)さまや母さまや兄さん姉さまの追善供養を弔(ともら)ったが宜(よ)かろうと勧めて、坊主になれといってもならねえだから、和尚様も段々可愛がって、気永に遣ったもんだから、遂(つい)には坊様になるべえとッて漸(ようや)く去年の二月頭をおっ剃(つ)ったのさ」
 新「ヘエ、そうでございますか、何(な)んですか、此のお小僧さんのお宅(うち)は何方(どちら)でございますと」
 音「え岡田郡(ごおり)か……岡田郡羽生村という処だ」
 新「え、羽生村、へえ其の羽生村で父(とっ)さんは何(なん)というお方でございます」
 音「羽生村の名主役をした惣右衞門と云う人の子の、惣吉さまというのだ」
 と云われ新吉は大きに驚いた様子にて、
 新「えゝ、そうでございますか、是はどうも思い掛けねえ事で」
 音「なんだ、お前(めえ)さん知ってるのか」

        九十二

 新「なに知って居やア仕ませんがね、私も方々旅をしたものだから、何処(どこ)の村方には何(なん)という名主があるかぐらいは知って居ます、惣右衞門さんには、水街道辺で一二度お目に掛った事がございますが、それはまアおいとしい事でございましたな」
 というものゝ、音助の話を聞く度(たび)に新吉が身の毛のよだつ程辛いのは、丁度今年で七年前、忘れもしねえ八月廿一日の雨の夜(よ)に、お賤が此の人の親惣右衞門の妾に成って居たのを、己と密通し、剰(あまつさ)え病中に縊(くび)り殺し、病死の体(てい)で葬りはしたなれ共、様子をけどった甚藏奴(め)は捨てゝは置かれねえとお賤が鉄砲で打殺(うちころ)したのだが土手の甚藏は三十四年以前にお熊が捨児にした総領の甚藏でお賤が為には胤違(たねちが)いの現在の兄を、女の身として鉄砲で打殺すとは、敵同士の寄合、これも皆因縁だ、此の惣吉殿のいう事を聞けば聞く程脊筋へ白刄(しらは)を当てられるより尚(なお)辛い、アヽ悪い事は出来ないものだと、再び油の様な汗を流して、暫くは草刈鎌を手に持ったなり黙然(もくねん)として居りました。
 音「あんた、どうしたアだ、塩梅(あんべえ)でも悪(わり)いか、酷(ひど)く顔色が善(よ)くねえぜ」
 新「ヘエ、なアに私はまだ種々(いろ/\)罪があって出家を遂(と)げ度(た)いと思って、此の庵室に参って居りまするが、此のお小僧さんの様に年もいかないで出家をなさるお方を見ると、本当に羨ましくなって成りませんから、私も早く出家になろうと思って、尼さんに頼んでも、まだ罪障(つみ)が有ると見えて出家にさせて呉れませんから、斯(こ)う遣って毎日無縁の墓を掃除すると功徳になると思って居りまするが、今日は陽気の為か苦患(くげん)でございまして、酷く気色が悪いようで」
 音「お前さんの鎌は甚(えら)く錆びて居やすね、研(と)げねえのかえ」
 新「まだ研ぎようを本当に知りませんが、此間(こないだ)お百姓が来た時聞いて教わったばかりでまだ研がないので」
 音「己(おら)ア一つ鎌をもうけたが、是を見な、古い鎌だが鍛(きてえ)が宜(い)いと見えて、研げば研ぐ程よく切れるだ、全体(ぜんてえ)此の鎌はね惣吉どんの村に三藏という質屋があるとよ、其家(そこ)が死絶えて仕舞ったから、家は取毀(とりこわ)して仕舞ったのだ、すると己(おら)ア友達が羽生村に居て、此方(こっち)へ来たときに貰っただアが、汝(われ)使って見ねえか宜(よ)く切れるだが」
 と云いながら差出す。
 新「成程是は宜(い)い、切れそうだが大層古い鎌ですね」
 と云いながら取り上げて見ると、柄(え)の処に山形に三の字の焼印がありまするから驚いて、
 新「これは羽生村から出たのですと」
 音「そうさ羽生村の三藏と云う人が持って居た鎌だ」
 と云われた時、新吉は肝(きも)に応えて恟(びっく)り致し、草刈鎌を握り詰め、あゝ丁度今年で九ヶ年以前、累ヶ淵でおひさを此の鎌で殺し、続(つゞい)てお累は此の鎌で自殺し、廻り廻って今また我手へ此の鎌が来るとは、あゝ神仏(かみほとけ)が私(わし)の様な悪人をなに助けて置こうぞ、此の鎌で自殺しろと云わぬばかりの懲(こらし)めかあゝ恐ろしい事だと思い詰めて居りましたが、
 新「お賤一寸来(き)ねえ、お賤一寸来ねえ」
 賤「あい、何(な)んだよ、今往くよ」
 と此の頃疎々(うと/\)しくされて居た新吉に呼ばれた事でございますから、心嬉しくずか/\と出て来ました。
 新「お賤、此処(こゝ)においでなさるお小僧さんの顔を汝(てめえ)見覚えて居るか」
 と云われお賤はけゞんな顔をしながら、
 賤「そう云われて見ると此のお小僧さんは見た様だが何(な)んだか薩張(さっぱり)解らない」
 新「羽生村の惣右衞門様(さん)のお子で、惣吉様(さん)といって七歳(なゝつ)か八歳(やッつ)だったろう」
 賤「おやあの惣吉様(さま)」
 新「此の鎌は三藏どんから出たのだが、汝(てめえ)のめ/\と知らずに居やアがる」
 と云いながら突然(いきなり)お賤の髻(たぶさ)を捉(と)って引倒す。
 賤「あれー、お前何をするんだ」
 というも構わず手元へ引寄せ、お賤の咽喉(のどぶえ)へ鎌を当てプツリと刺し貫きましたから堪(たま)りません、お賤は悲鳴を揚げて七顛八倒の苦しみ、宗觀と音助は恟(びっく)りし、
 音「お前(めえ)気でも違ったのか、怖(おっ)かねえ人だ、誰か来て呉れやー」
 と騒いで居る処へお熊比丘尼が帰って参り、此の体(てい)を見て同じく驚きまして、
 尼「お前は此間(こないだ)から様子が訝(おか)しいと思ってた、変な事ばかりいって、少したじれた様子だが、何(な)んだって科(とが)もないお賤を此の鎌で殺すと云う了簡になったのだねえ、確(しっ)かりしないじゃいけないよ」

        九十三

 新「いえ/\決して気は違いません、正気でございますが、お比丘さん、お賤も私(わっち)も斯(こ)う遣って居られない訳があるのでございます、お賤汝(てめえ)は己を本当の亭主と思ってるが、汝は定めて口惜しいと思うだろうが、汝一人は殺さねえ、汝を殺して置き、己も死なねばならぬ訳があるんだ、汝は知るめえが、あゝ悪い事は出来ねえものだ、此の庵室へ来た時にはお前さんの懴悔話を聞くと若(わけ)え時に小日向服部坂上の深見という旗下へ奉公して、殿の手がついて出来たのがお賤だと仰しゃったが、私(わたし)も其の深見新左衞門の次男に生れ、小さい時に家は改易と成ったので町家(ちょうか)で育ったもの、腹は違えど胤(たね)は一つ、自分の妹とも知らないで七年跡から互に深く成った畜生同様の両人(ふたり)、此の宗觀様(さん)のお父様(とっさん)は羽生村の名主役で惣右衞門というお方でしたが、お賤を深川から見受けして別に家(うち)を持たせ楽に暮させてお置きなすったものを私は悪い事をするのみならず、申すも恐ろしい事だが、惣右衞門様(さん)をお賤と私とで縊(くび)り殺したのでございます、さ、斯(こ)う申したら嘸(さぞ)お驚きでございましょう、誰も知った者はありません、病死の積りで葬って仕舞ったが、人は知らずとも此の新吉とお賤の心には能(よう)く知って居りまする、畜生のような兄弟が斯(こ)うやって罪滅しの為夫婦の縁を切って、出家を遂げようと思いました処へ宗觀様(さん)がおいでなすって、これ/\と話を聞いて見れば迚(とて)も生きては居(お)られません、此の鎌は女房のお累が自害をし、私(わっち)が人を殺(あや)めた草苅鎌だが、廻り廻って私(わっち)の手へ来たのは此の鎌で死ねという神仏(かみほとけ)の懲(こらし)めでございまするから、其のいましめを背かないで自害致しまする、私共(わたくしども)夫婦のものは、あなたの親の敵でございます、嘸(さぞ)悪(にく)い奴と思召(おぼしめし)ましょうから何卒(どうぞ)此の鎌でズタ/\に斬って下さいまし、お詫びの為(た)め一(ひ)と言(こと)申し上げますが、お前(まい)さんの兄(あに)さん姉(あね)さんの敵と尋ねる剣術遣の安田一角は、五助街道の藤ヶ谷の明神山に隠れて居るという事は、妙な訳で戸ヶ崎の葮簀張(よしずッぱり)で聞いたのですが、敵を討ちたければ、其の相撲取を頼み、其処(そこ)へ往って敵をお討ちなさい、安田一角が他の者へ話しているのを私(わっち)が傍(そば)で聴いて居たから事実(たね)を知ってるのでございます、お賤、汝(てまえ)と己が兄弟ということを知らないで畜生同様夫婦に成って、永い間悪い事をしたが、もう命の納め時だ、己も今直(すぐ)に後(あと)から往くよ、お賤宗觀様(さん)にお詫を申し上げな」
 賤「あい/\」
 と血に染ったお賤は聴く毎(ごと)にそうであったかと善に帰って、よう/\と血だらけの手を合せ、苦しき息の下から、
 賤「惣吉様(さん)誠に済まない事をしました、堪忍して下さいまし、新吉さん早く惣吉さんの手に掛って死度(しにた)い、あゝ、お母(っか)さん堪忍して下さい」
 と苦しいから早く自殺しようと鎌の柄に取り縋(すが)るを新吉は振り払って、鎌を取直し、我(わが)左の腹へグッと突き立て、柄(つか)を引いて腹を掻切(かきき)り、夫婦とも息は絶々(たえ/″\)に成りました時に、宗觀は、
 宗「あゝ、お父(とっ)さんを殺したのはお前たち二人とは知らなかったが、思い掛けなくお父さんの敵が知れると云うのは不思議な事、また兄(あに)さんや姉(あね)さんを殺した安田一角の隠れ家を知らせて下され、斯(こ)んな嬉しい事はありませんから決して悪(にく)いとは思いません、早く苦痛のないようにして上げ度(た)い」
 と云いながら後(うしろ)をふりかえると、音助はブル/\して腰も立たないように成って居ました。
 宗「お父(とっ)さんや兄さん姉さんの敵は知れたが、小金原の観音堂でお母(っか)さんを殺した敵はいまだに分らないが、悪い事をする奴の末始終は皆斯(こ)ういう事に成りましょう」
 というのを最前から聞いていましたお熊比丘は、袖もて涙を拭(ぬぐ)いながら宗觀の前へ来て、
 尼「誠に思い掛けない、宗觀様(さん)お前(まい)さんかえ」
 宗「へえ」
 尼「忘れもしない三年跡の七月小金原の観音堂でお前(まい)さんのお母さんを縊(くび)り殺し、百二十両と云う金を取ったは此のお熊比丘尼でございますよ」
 宗「エヽこれは」
 と宗觀も音助も恟(びっ)くり致しました。絶え/″\に成っていました新吉は血(のり)に染った手を突き、耳を欹(たっ)て聞いております。
 尼「私も種々(いろ/\)悪い事をした揚句、一度出家はしたが路銀に困っている処へ通り合せた親子連の旅人(りょじん)小金原の観音堂で病に苦しんで居る様子だから、此の宗觀様(さん)をだまして薬を買いに遣った跡で、お母様(ふくろさん)を縊殺(くびりころ)したは此のお熊、私はお前様(さん)のお母様(っかさん)の敵だから私の首を斬って下さい」
 と新吉が持っていました鎌を取って、お熊比丘尼は喉を掻切って相果てました。其の内村の者も参り、観音寺の和尚様も来て、何しろ捨(すて)ては置かれないと早速此の由(よし)を名主から代官へ訴え検死済の上、三人の死骸は観音堂の傍(わき)へ穴を掘って埋め、大きな墓標(はかじるし)を立てました。是が今世に残っておりまする因果塚で、此の血に染った鎌は藤心村の観音寺に納まりました。扨(さて)宗觀は敵の行方が知れた処から、還俗(げんぞく)して花車を頼み、敵討が仕度(した)いと和尚に無理頼みをして観音寺を出立するという、是から敵討に成ります。

        九十四

 塚前村観音堂へ因果塚を建立致し、観音寺の和尚道恩(どうおん)が尽(ことごと)く此の因縁を説いて回向を致しましたから、村方の者が寄集まって餅を搗き、大した施餓鬼(せがき)が納まりました。斯(か)くて八月十八日施餓鬼祭(まつり)を致しますと、観音寺の弟子宗觀が方丈の前へ参りまして、
 宗「旦那様」
 道「いや宗觀か、なんじゃ」
 宗「私はお願いがありますが、旦那さまには永々(なが/\)御厄介に相成りましたが、私は羽生村へ帰り度(と)うございます」
 道「ウン、どうも貴様は剃髪(ていはつ)する時も厭がったが、出家になる因縁が無いと見える、何故羽生村へ帰り度(た)いか、帰った処が親も兄弟もないし、別に知るものもない哀れな身の上じゃないか、よし帰った処が農夫(ひゃくしょう)になるだけの事、実(じつ)何(ど)うしても出家は遂(と)げられんか」
 宗「はい私は兄と姉の敵が討ちとうございます」
 道「これ、此間(こないだ)もちらりと其の事も聞いたから、音助にも宜(よ)う宗觀にいうてくれと言附けて置いたが、敵討という心は悪い心じゃ、其の念を断(き)らんければいかん、執念して飽くまでも向(むこう)を怨むには及ばん、貴様の親父を殺した新吉夫婦と母親(おふくろ)を殺したお熊比丘尼は永らく出家を遂げて改心したが、人を殺した悪事の報いは自滅するから討つがものは無い、己(おのれ)と死ぬものじゃから其の念を断つ処が出家の修行で、飽く迄も怨む執念を断(き)らんければいかん、それに貴様は幾歳(いくつ)じゃ、十二や十三の小坊主が、敵手(あいて)は剣術遣じゃないか、みす/\返り討になるは知れてある、出家を遂げれば其の返り討になる因縁を免(のが)れて、亡なられた両親やまた兄嫂(あによめ)の菩提を吊うが死なれた人の為じゃ、え」
 宗「ハイ毎度方丈様(さん)から御意見を伺っておりまするが、此の頃は毎晩/\兄(あに)さんや姉(あね)さんの夢ばかり見ております、昨夜(ゆうべ)も兄さんと姉さんが私の枕元へ来まして、新吉が敵の隠家(かくれが)を教えて知っているに、お前が斯(こ)う遣ってべん/″\と寺にいてはならん、兄さん姉さんも草葉の蔭で成仏する事が出来ないから敵を討って浮ばして呉れろと、あり/\と枕元へ来て申しました、実に夢とは思われません、してみると兄様(あにさん)や姉様(あねさん)も迷っていると思いますから、敵を討って罪作りを致しますようでございますけれども、どうか両人(ふたり)の怨みを晴して遣り度(と)うございます」
 道「それがいかん、それは貴様の念が断(き)れんからじゃ、平常(ふだん)敵を討ち度(た)い、兄さんは怨んではせんか、姉さんも怨んではせんか、と思う念が重なるに依って夢に見るのじゃ、それを仏書に睡眠と説いて有る、睡は現(うつゝ)眠はねむる汝(てまい)は睡(ねむ)ってばかり居るから夢に見るのじゃ、敵討の事ばかり思うているから、迷いの眠りじゃ、それを避ける処が仏の説かれた予(かね)ていう教えじゃ、元は何も有りはせんものじゃ、真言の阿字を考えたら宜(よ)かろう、此の寺に居て其の位な事を知らん筈は無いから諦めえ」
 宗「ハイ、何(ど)うしても諦められません、永らく御厄介に成りまして誠に相済みません、敵討を致した上は出家に成りませんでも屹度(きっと)御恩報じを致しますから、どうかお遣んなすって下さいまし、強(た)って遣って下さいませんければお寺を逃出し黙って羽生村へ帰ります」
 道「いや/\そんならば無理に止めやせん、皆因縁じゃからそれも宜かろう、やるが宜かろうが、確(しっ)かりした助太刀を頼むが宜い、先方(さき)は立派な剣術遣い、殊(こと)に同類も有ろうから」
 宗「はい親父の時に奉公をしたもので、今江戸で花車という強いお相撲さんが有りますから。其の人を頼みます積りで」
 道「若(も)し其の花車が死んでいたら何(ど)うする、人間は老少不定(ろうしょうふじょう)じゃから、昨日(きのう)死にましたといわれたら何うする、人間の命は果敢(はか)ないものじゃが、あゝ仕方がない、往(い)くなら往けじゃが、首尾好く本懐を遂げて念が断(き)れたらまた会いに来てくれ」
 と実子のような心持で親切に申しまする。
 宗「これがお別れとなるかも知れません、誠にお言葉を背きまして相済みません」
 道「いや/\念が断(き)れんと却(かえ)って罪障(つみ)になる、これは小遣に遣るから持って往(ゆ)け」
 と、三年此の方世話をしたものゆえ実子のように思いまして、和尚は遣りともながるのを、強(た)ってというので、音助に言付け万事出立の用意が整いましたから立たせて遣り、漸(ようや)く五日目に羽生村へ着(ちゃく)致しましたが、聞けば家宅(うち)は空屋(あきや)に成ってしまい、作右衞門という老人(としより)が名主役を勤めており、多助は北阪(きたさか)の村はずれの堤下(どてした)に独身活計(ひとりぐらし)をしているというから遣って参り、
 宗「多助さん/\、多助爺(じい)やア」
 多「あい、なんだ坊様か、今日は些(ち)とべえ志が有るから、銭い呉れるから此方(こっち)へ這入(へえ)んな」
 宗「修行に来たんじゃアない、お前は何時(いつ)も達者で誠に嬉しいね」
 多「誰だ/\」
 宗「はいお前忘れたかえ、私(わし)は惣吉だアね、お前の世話に成った惣右衞門の忰の惣吉だよ」

        九十五

 多「おい成程えかくなったねえ、まア、坊様に成ったアもんだから些(ちっ)とも知んねえだ、能くまア来たあねえ」
 と嬉し涙に泣き沈み漸々(よう/\)涙を拭いながら、
 多「あゝ三年前にお前さまが宅(うち)を出て往(い)く時はせつなかったが、敵討だというから仕方がねえと思って出して上げたが後(あと)で思え出しては泣いてばかりいたが、作右衞門様の世話でもって、何(ど)うやら斯(こ)うやら取附いて此処(こゝ)にいやすが、お前様を訪ねてえっても訪ねられねえだが、お母様(ふくろさん)は小金原で殺されてからお前様が坊様に成ったという事ア聞いたから、チョックラ往きてえと思っても出られねえので無沙汰アしやしたが、能くまア来て下せえやした、本当に見違えるような大(でか)く成ったね」
 惣「爺(じい)やア、私は和尚様に願い無理に暇(ひま)を戴いて、兄さんや姉さんの敵が討ちたくって来たが、お父様(とっさん)お母様(っかさん)の敵は知れました」
 とお熊比丘尼の懺悔をば新吉夫婦が細(こま)やかに聞き、遂に三人共自殺した処から、村方の者が寄集まって因果塚を建立した事までを話すと、多助も不思議の思いをなして、是から作右衞門にも相談の上敵討に出ましたが、そういう処に隠れて泥坊をしているからには同類も有ろうから、私とお前さんと江戸へ往って、花車関を頼もうと頓(やが)て多助と惣吉は江戸へ遣って参り、花車を便(たよ)りて此の話を致して頼みました。此の花車という人は追々(おい/\)出世をして今では二段目の中央(なかば)まで来ているから、師匠の源氏山も出したがりませんのを、義に依(よっ)てお暇(いとま)を下さいまし、前に私が奉公をした主人の惣右衞門様の敵討をするのでございますからと、義に依っての頼みに、源氏山も得心して芽出度(めでたく)出立いたし、日を経て彼(か)の五助街道へ掛りましたのが十月中旬(なかば)過ぎた頃もう日暮れ近く空合(そらあい)はドンヨリと曇っておりまする。三人はトットと急いで藤ヶ谷の明神山を段々なだれに登って参りますると、樹木[#「樹木」は底本では「樹本」]生茂(おいしげ)り、昼でさえ薄暗い処殊(こと)には曇っておりまするから漸々(よう/\)足元が見えるくらい、落葉(おちば)の堆(うずも)れている上をザク/\踏みながら花車が先へ立って向(むこう)を見ると、破(や)れ果てたる社殿が有ってズーッと石の玉垣が見え、五六本の高い樹(き)の有る処でポッポと焚火(たきび)をしている様子ゆえ、彼処(あすこ)らが隠れ家ではないかと思いながら傍(わき)の方を見ると、白いものが動いておりまするが、なんだか遠くで確(しか)と解りません。
 花「多助さん確(しっ)かりしなせえ」
 多「もう参(めえ)ったかねえ、私(わし)はね剣術も何(なん)にも知んねえが此の坊様に怪我アさせ度(た)くねえと思うから一生懸命に遣るが、あんたア確かり遣って下せえ」
 花「私(わし)イ神明様(しんめいさん)や明神様(さん)に誓(ちかい)を立てゝるから、私が殺されても構わねえが、坊様に怪我アさせ度(たく)ねえ心持だから、お前度胸を据(す)えなければいかんぜ」
 多「度胸据えてる心持だアけんども、ひとりでに足がブル/\顫(ふる)えるよ」
 花「気を沈着(おちつ)けたが好(え)え」
 多「気イ沈着ける心持で力ア入れて踏張(ふんば)れば踏張る程足イ顫えるが、何(ど)ういうもんだろう、私(わし)イ斯(こ)んなに身体顫った事アねえ、四年前に瘧(おこり)イふるった事が有ったがね、其の時は幾ら上から布団をかけても顫ったが、丁度其の時のように身体が動くだ」
 花「ハテナ、白い物が此方(こっち)へころがって来るようだが何(なん)だろう、多助さん先へ立って往きなよ」
 多「冗談いっちゃアいけねえ、あの林の処(とこ)に悪漢(わるもの)が隠れているかも知れねえから、お前(めえ)さん先へ往ってくんねえ」
 と云いながら、やがて三人が彼(か)の白い物の処(とこ)へ近附いて見ると、大杉の根元の処(ところ)に一人の僧が素裸体(すっぱだか)にされて縛られていまして、傍(わき)の方に笠が投げ出して有ります。

        九十六

 花「おい多助さん」
 多「え」
 花「憫然(かわいそう)に、坊様だが泥坊に縛られて災難に逢(あわ)しゃッたと見え素裸体だ」
 多「なにしても足がふるえて困る」
 花「そう顫えてはいけねえ」
 と云いながら彼(か)の僧に近づき、
 花「お前さん/\泥坊のために素裸体にされたのですか」
 僧「はい、災難に逢いました、木颪(きおろし)まで参りまする途中でもって馬方が此道(こゝ)が近いからと云うて此処(こゝ)を抜けて参りますと、悪漢(わるもの)が出ましたものじゃから、馬方は馬を放り出した儘逃げて了(しま)うと、私は大勢に取巻かれて衣服(きもの)を剥(は)がれ、直(す)ぐ逃がして遣ると此方(こっち)の勝手が悪い、己(おい)ら達が逃げる間此処に辛抱していろと申して、私は此の木の根方へ縛り附けられ、何(ど)うも斯(こ)うも寒くって成りません、お前さんたちも先へ往くと大勢で剥がれるから、後(あと)へお返りなさい」
 花「なにしろ縄を解いて上げましょう、貴僧(あなた)は何処(どこ)の人だえ」
 僧「有難うございます、私は藤心村の観音寺の道恩というものです」
 と聞くより惣吉は打驚き駈けて参り、
 惣「え、旦那様か、飛んだ目にお逢いなされました」
 道「おゝ/\宗觀か[#「宗觀か」は底本では「惣觀か」]、お前此の山へ敵討に来たか」
 惣「はいお言葉に背いて参りました、多助や、私が御恩に成った観音寺の方丈様だよ」
 多「え、それはマア飛んだ目にお逢いなせえやしたね」
 道「酷(ひど)い事をする、人の手は折れようと儘、酷く縛って、あゝ痛い」
 と両腕を摩(さす)りながら、
 道「中々同類が多勢(おおぜい)居(い)る様子じゃから帰るが宜(よ)い」
 花「なにしても風を引くといけないから、それじゃア斯(こ)うと、私の合羽に多助様(さん)お前の羽織を和尚様(さま)にお貸し申そう、さア和尚様、これをお着なさい、それから多助様(さん)此処(こゝ)を下(お)りて人家のある処まで和尚様(さん)を送ってお上げなさい」
 多「己此処まで惣吉様(さん)の供をして、今坊様(さま)を連れて山を下りては四年五年心配(しんぺえ)打(ぶ)った甲斐(けえ)がねえ」
 花「惣吉様(さま)が永らく御厄介に成った方丈様だから連れてって上げなさいな」
 多「敵も討(ぶ)たねえで、己山を下りるという理合(りえゝ)はねえから己(おら)ア往かねえ、坊様に怪我アさせてはなんねえから」
 花「そんな事をいわずに往っておくんなせえ」
 惣「爺(じい)やア、どうか和尚様をお送り申してお呉れ、お前が往かなけりゃア私が送り申さなければならないのだから、往っておくれな」
 多「じゃア何(ど)うしても往くか、己此処まで来て敵も討(ぶ)たずに後(あと)へ引返すのか、なんだッて此の坊様はおっ縛(ちば)られて居たんだナア」
 とブツ/\いいながら道恩和尚の手を引いて段々山を下り、影が見えなくなると樹立(こだち)の間から二人の悪漢(わるもの)が出て参り、
 甲「手前(てめえ)たちは何(なん)だ」
 花「はい私共は安田一角先生(しぇんしぇい)が此方(こちら)にお出(いで)なさると聞きまして、お目にかゝり度(た)く出ましたもので」
 乙「一角先生などという方はおいでではないワ」
 花「私共はおいでの事を知って参りましたものですが、一寸お目にかゝり度(と)うございます」
 乙「少し控えて居ろ」
 と二人の悪漢は、互に顔を見合せ耳こすりして、林の中へ這入って、一角に此の由を告げると、一角は心の中(うち)にて、己の名を知っているのは何奴(なにやつ)か、事に依ったら、花車が来たかも知れないと思うから、油断は致しませんで、大刀(だいとう)の目釘を霑(しめ)し、遠くに様子を伺って居りますと、子分がそれへ出て、
 甲「やい手前(てめえ)は何者だ」

        九十七

 花「いえ私(わし)は花車重吉という相撲取でございますが、先生(しぇんしぇい)は立派なお侍さんだから、逃げ隠れはなさるまい、慥(たし)かに此処(こゝ)にいなさる事を聞いて来たんだから、尋常に此の惣吉様の兄(あに)さんの敵と名のって下せい、討つ人は十二三の小坊主様(さん)だ、私は義に依って助太刀をしに参ったものだから、何十人でも相手になるから出てお呉んなせい」
 といわれ、悪漢(わるもの)どもは、あゝ予(かね)て先生から話のあった相撲取は此奴(こいつ)だなと思いましたから、直(すぐ)に一角の前へ行きまして此の事を告げました。一角も最早観念いたしておりまするから、
 安「そうか、よい/\、手前達先へ出て腕前を見せてやれ」
 といわれ、悪漢どもも相撲取だから力は強かろうが、剣術は知るめえから引包(ひっつゝ)んで餓鬼諸共打ってしまえ、とまず四人ばかり其処(そこ)へ出ましたが、怖いと見えまして、
 甲「尊公(そんこう)先へ出ろ」
 乙「尊公から先へ」
 丙「相撲取だから無闇にそういう訳にもいかない、中々油断がならない、尊公から先へ」
 丁「じゃア四人一緒に出よう」
 と四人均(ひと)しく刀を抜きつれ切ってかゝる、花車は傍(かたわら)に在(あ)った手頃の杉の樹(き)を抱えて、総身(そうしん)に力を入れ、ウーンと揺(ゆす)りました、人間が一生懸命になる時は鉄門でも破ると申すことがございます。花車は手頃の杉の樹をモリ/\/\と拗(ねじ)り切って取直し、満面朱を灌(そゝ)ぎ、掴み殺さんず勢いにて、
 花「此の野郎ども」
 といいながら杉の幹を振上げた勇気に恐れ、皆近寄る事が出来ません。花車は力にまかせ杉の幹をビュウ/\振廻し、二人を叩き倒す、一人が逃げにかゝる処を飛込んで打倒(ぶちたお)し、一人が急いで林の中へ逃げ込みますから、跡を追って参ると、安田一角が野袴(のばかま)を穿き、長い大小を差し、長髪に撫で附け、片手に種ヶ島の短銃(たんづゝ)に火縄を巻き附けたのを持って、
 安「近寄れば撃ってしまうぞ、速(すみや)かに刀を投出して恐れ入るか、手前(てめえ)は力が強くても此れでは仕方があるめえ」
 と鼻の先へ飛道具を突き附けられ、花車はギョッとしたが、惣吉を後(うしろ)へ囲んで前へ彼(か)の杉の幹を立てたなりで、
 花「卑怯だ/\」
 と相撲取が一生懸命に呶鳴る声だから木霊(こだま)致してピーンと山間(やまあい)に響きました。
 花「手前(てめえ)も立派な侍じゃアねえか、斬り合うとも打合うともせえ、飛道具を持つとは卑怯だ、飛道具を置いて斬合うとも打合うともせえ」
 一角もうっかり引金を引く事が出来ませんから威(おど)しの為に花車の鼻の先へ覘(ねら)いを附けておりますから、何程力があっても仕様がありません、進むも退(ひ)くも出来ず、進退谷(きわ)まって花車は只ウーン/\と呻(うな)っておりまする。多助は彼(か)の道恩を送っていきせき帰って来ましたが、此の体(てい)を見て驚きましてブル/\顫えております。すると天の助(たすけ)でございますか、時雨空(しぐれぞら)の癖として、今まで霽(は)れていたのが俄(にわ)かにドットと車軸を流すばかりの雨に成りました。そう致しますと生茂(おいしげ)った木葉(このは)に溜った雨水が固まってダラ/\と落(おち)て参って、一角の持っていた火縄に当って火が消えたから、一角は驚いて逃げにかゝる処を、花車は火が消えればもう百人力と、飛び込んで無茶苦茶に安田一角を打据(うちす)えました、これを見た悪漢(わるもの)どもは「それ先生が」と駈出して来ましたが側へ進みません、花車は傍(かたえ)を見向き、
 花「此の野郎共傍(そば)へ来やアがると捻(ひね)り潰すぞ」
 という勢いに驚いて樹立(こだち)の間へ逃げ込んで仕舞いました。
 花「サア惣吉様(さん)遣ってお仕舞いなせえ、多助様(さん)、お前助太刀じゃアねえか確(しっか)りしなせえ」
 惣吉は走り寄り、
 惣「関取誠に有難う、此の安田一角め兄(あに)さん姉(あね)さんの敵思い知ったか」
 多「此の野郎助太刀だぞ」
 と惣吉と両人(ふたり)で無茶苦茶に突くばかり、其のうち一角の息が止ると、二人共がっかりしてペタ/\と坐って暫らくは口が利けません。花車は安田一角の髻(たぶさ)を取り、拳を固めてポカ/\打ち、
 花「よくも汝(われ)は恩人の旦那様を斬りやアがった、お隅様(さん)を返討(かえりうち)にしやアがったな此の野郎」
 といいながら鬢(びん)の毛を引抜きました。同類は皆ちり/″\に逃げてしまったから、其の村方の名主へ訴え、名主からまたそれ/″\へ訴え、だん/\取調べになると、全く兄(あに)姉(あね)の仇討(かたきうち)に相違ないことが分り、花車は再び江戸へ引返し、惣吉は十六歳の時に名主役となり、惣右衞門の名を相続いたし、多助を後見といたしました。花車が手玉にいたしました石へ花車と彫り附け、之を花車石と申しまして今に下総の法恩寺中(ちゅう)に残りおりまする。是で先(ま)ずお芽出度(めでたく)累ヶ淵のお話は終りました。
(拠小相英太郎速記)
了

底本:「圓朝全集 巻の一」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年6月10日発行
底本の親本:「圓朝全集巻の一」春陽堂
   1925(大正15)年9月3日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、繰り返し記号は原則としてそのまま用いました。同の字点「々」と同様に用いられている二の字点(漢数字の「二」を一筆書きにしたような形の繰り返し記号)は、「々」にかえました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼(あ)の」と「彼(あの)」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
また、底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※注釈は底本では上部欄外に書かれています。
入力:小林繁雄
校正:かとうかおり
2000年4月18日公開
2008年10月14日修正
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