あらすじ
美作国粂郡の皿山という山には、皿塚と呼ばれる小高い場所があり、そこには東山家の代々伝わる宝物の皿、白菊と野菊が納められています。その皿は非常に薄く、一枚でも毀したら指一本を切ると言い伝えられていました。東山家は、この皿を大切に保管するため、道具係の奉公人を探していましたが、その恐ろしい言い伝えゆえ、なかなか人が集まりませんでした。そんな中、貧しい娘お千代が、病気の母のために、危険を承知で東山家に奉公することになります。お千代は美しい容姿と気立ての良さで、東山家の主人や息子から好意を持たれますが、彼女は母の病気を治すため、そして自分が不具にならないために、献身的に奉公を続けます。やがて、九月の節句が近づき、東山家は家宝の皿を披露するため、多くの客を招きます。お千代は、心を込めて皿の扱いに気を配り、無事に役目を果たします。しかし、その夜、思わぬ事件が起こり、お千代は窮地に追い込まれてしまいます。
序
 大奸は忠に似て大智は愚なるが如しと宜なり。此書は三遊亭圓朝子が演述に係る人情話を筆記せるものとは雖も、其の原を美作国久米郡南条村に有名なる皿山の故事に起して、松蔭大藏が忠に似たる大奸と遠山權六が愚なるが如き大智とを骨子とし、以て因果応報有為転変、恋と無常の世態を縷述し、読む者をして或は喜び或は怒り或は哀み或は楽ましむるの結構は実に当時の状況を耳聞目撃するが如き感ありて、圓朝子が高座に上り、扨て引続きまして今晩お聞きに入れまするは、とお客の御機嫌に供えたる作り物語りとは思われざるなり。蓋し当時某藩に起りたる御家騒動に基き、之を潤飾敷衍せしものにて、其人名等の世に知られざるは、憚る所あって故らに仮設せるに因るならん、読者以て如何とす。
  明治二十四年十一月
春濤居士識
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        一

 美作国(みまさかのくに)粂郡(くめごおり)に皿山という山があります。美作や粂の皿山皿ほどの眼(まなこ)で見ても見のこした山、という狂歌がある。その皿山の根方(ねがた)に皿塚ともいい小皿山ともいう、こんもり高い処がある。その謂(いわ)れを尋ねると、昔南粂郡(みなみくめごおり)の東山村(ひがしやまむら)という処に、東山作左衞門(ひがしやまさくざえもん)と申す郷士(ごうし)がありました。頗(すこぶ)る豪家(ごうか)でありますが、奉公人は余り沢山使いません。此の人の先祖は東山将軍義政(よしまさ)に事(つか)えて、東山という苗字を貰ったという旧家であります。其の家に東山公から拝領の皿が三十枚あります。今九枚残っているのが、肥後(ひご)の熊本の本願寺支配の長峰山(ちょうほうざん)随正寺(ずいしょうじ)という寺の宝物(ほうもつ)になって居ります。これは彼(か)の諸方で経済学の講釈をしたり、平天平地(へいてんへいち)とかいう機械をもって天文学を説いて廻りました佐田介石(さだかいせき)和尚が確かに見たと私(わたくし)へ話されました。何(ど)の様な皿かと尋ねましたら、非常に良い皿で、色は紫がゝった処もあり、また赤いような生臙脂(しょうえんじ)がゝった処があり、それに青貝のようにピカ/\した処もあると云いますから、交趾焼(こうちやき)のような物かと聞きましたら、いや左様(そう)でもない、珍らしい皿で、成程一枚毀(こわ)したら其の人を殺すであろうと思うほどの皿であると云いました。其の外(ほか)にある二十枚の皿を白菊と云って、極(ごく)薄手の物であると申すことですが、東山時分に其様(そん)な薄作(うすさく)の唐物はない筈、決して薄作ではあるまいと仰しゃる方もございましょうが、ちょいと触っても毀れるような薄い皿で、欠けたり割れたりして、継いだのが有るということです。此の皿には菊の模様が出ているので白菊と名づけ、あとの十枚は野菊のような色気がある処から野菊と云いました由で、此の皿は東山家伝来の重宝(ちょうほう)であるゆえ大事にするためでも有りましょう、先祖が此の皿を一枚毀す者は実子たりとも指一本を切るという遺言状をこの皿に添えて置きましたと申すことで、ちと馬鹿々々しい訳ですが、昔は其様なことが随分沢山有りましたそうでございます。其の皿は実に結構な品でありますゆえ、誰(たれ)も見たがりますから、作左衞門は自慢で、件(くだん)の皿を出しますのは、何(ど)ういうものか家例(かれい)で九月の節句に十八人の客を招待(しょうだい)して、これを出します。尤(もっと)も豪家ですから善(よ)い道具も沢山所持して居ります。殊に茶器には余程の名器を持って居りますから自慢で人に見せます。又御領主の重役方などを呼びましては度々(たび/\)饗応を致します。左様な理由(わけ)ゆえ道具係という奉公人がありますが、此の奉公人が頓(とん)と居附きません。何故(なぜ)というと、毀せば指一本を切ると云うのですから、皆道具係というと怖れて御免を蒙(こうむ)ります。そこで道具係の奉公人には給金を過分に出します。其の頃三年で拾両と云っては大した給金でありますが、それでも道具係の奉公人になる者がありません。中には苦しまぎれに、なんの小指一本ぐらい切られても構わんなどゝ、度胸で奉公にまいる者がありますが、薄作だからつい過(あや)まっては毀して指を切られ、だん/\此の話を聞伝えて奉公に参る者がなくなりました。陶器と申す物も唐土(から)には古来から有った物ですが、日本では行基菩薩(ぎょうきぼさつ)が始まりだとか申します。この行基菩薩という方は大和国(やまとのくに)菅原寺(すがわらでら)の住僧(じゅうそう)でありましたが、陶器の製法を発明致されたとの事であります。其の後(ご)元祖藤四郎(とうしろう)という人がヘーシを発明致したは貞応(ていおう)の二年、開山道元(どうげん)に従い、唐土へ渡って覚えて来て焼き始めたのでございましょうが、これが古瀬戸(こせと)と申すもので、安貞(あんてい)元年に帰朝致し、人にも其の焼法(やきほう)を教えたという。是(こ)れは今(こん)明治二十四年から六百六十三年前(ぜん)のことで、又祥瑞五郎太夫(しょんずいごろだゆう)頃になりまして、追々と薄作の美くしい物も出来ましたが、其の昔足利の時代にも極(ごく)綺麗な毀れ易い薄いものが出来ていた事があります。丁度明和(めいわ)の元年に粂野美作守(くめのみまさかのかみ)高義公(たかよしこう)国替で、美作の国勝山(かつやま)の御城主になられました。その領内南粂郡東山村の隣村(りんそん)に藤原村(ふじわらむら)と云うがありまして、此の村に母子(おやこ)暮しの貧民がありました。母は誠に病身で、千代(ちよ)という十九の娘がございます、至って親孝行で、器量といい品格といい、物の云いよう裾捌(すそさば)きなり何うも貧乏人の娘には珍らしい別嬪で、他(た)から嫁に貰いたいと云い込んでも、一人娘ゆえ上げられないと云う。尤も其の筈で、出が宜しい。これは津山(つやま)の御城主、其の頃松平越後守(まつだいらえちごのかみ)様の御家来遠山龜右衞門(とおやまかめえもん)の御内室の娘で、以前は可なりな高を取りました人ゆえ、自然と品格が異(ちが)って居ります。浪人して二年目に父を失い永らくの間浪々中、慣れもしない農作や人の使いをして僅(わず)かの小畠(こはた)をもって其の日をやっと送って居(お)る内に、母が病気附きまして、娘は母に良い薬を飲ませたいと、昼は人に雇われ、夜は内職などをして種々(いろ/\)介抱に力を尽しましたが、母は次第に病が重(おも)りました。こゝに以前此の家に奉公を致していました丹治(たんじ)と申す老爺(じゞい)がありまして、時々見舞に参ります。
丹「えゝお嬢様、何うでがす今日(こんち)は……」
千「おや爺(じい)やか、まアお上りな、爺や此間(こないだ)は誠に何よりの品を有難うよ」
丹「なに碌なものでもございませんが、少しも早く母(かあ)さまの御病気が御全快になれば宜(よ)いと心配していますが、何うも御様子が宜くねえだね」
千「何うかして少しお気をお晴しなさると宜(い)いが、私はもういけない、所詮死ぬからなんて御自分の気から漸々(だん/″\)御病気を重くなさるのだから困るよ、今朝はお医者様を有難う、早速来て下すったよ」
丹「参りましたかえ、あのお医者さまはえらい人でごぜえまして、何でもはア此の近辺の者で彼(あ)の人に掛って癒(なお)らねえのはねえと云う、宅(うち)も小さくって良いお出入場(でいりば)も無(ね)えようだが、城下から頼まれて、立派なお医者さまが見放した病人を癒した事が幾許(いくら)もありやすので、諸方へ頼まれて往(ゆ)きますが、年い老(と)って居るから診(み)ようが丁寧だてえます、脉(みゃく)を診るのに両方の手を押(つか)めえて考えるのが小一時(こいっとき)もかゝって、余り永いもんだで病人が大儀だから、少し寝かしてくんろてえまで、診るそうです」
千「誠に御親切に診て下さいますけれども、爺や彼の先生の仰しゃるには、朝鮮の人参の入ってるお薬を飲ませないとお母(っか)さまはいけないと仰しゃったよ」

        二

 其の時に丹治は首を前へ出しまして、
丹「へえー何を飲ませます」
千「人参の入ってるお薬を」
丹「何(ど)のくらい飲ませるんで」
千「一箱も飲ませれば宜(よ)いと仰しゃったの」
丹「それなら何も心配は入りません、一箱で一両も二両もする訳のものじゃアございやせん、多寡(たか)の知れた胡蘿蔔(にんじん)ぐらいを」
千「なに胡蘿蔔ではない人参だわね」
丹「人参てえのは何だい」
千「人の形に成って居るような草の根だというが、私は知らないけれども、誠に少ないもので、本邦(こっち)へも余り渡らない物だけれども、其のお薬をお母(っか)さまに服(た)べさせる事もできないんだよ」
丹「何うかして癒らば買って上げたいもんだが、何(ど)の位のものでがす」
千「一箱三拾両だとさ」
丹「そりゃア高(たけ)えな、一箱三拾両なんて魂消(たまげ)た、怖ろしい高え薬を売りたがる奴じゃアねえか」
千「なに売りたがると云う訳ではないが、其のお薬を飲ませればお母さまの御病気が癒ると仰しゃるから、私は其れを買いたいと思うが買えないの」
丹「むゝう三拾両じゃア仕様がねえ、是れが三両ぐらいのことなら大事な御主人の病(やめえ)には換えられねえから、宅(うち)を売ったって其の薬を買って上げたいとは思いますが、三拾両なんてえらい話だ、そんな出来ねえ相談を打(ぶ)たれちゃア困ります、御病人の前で高(でけ)え声じゃア云えねえが、殊(こと)に寄ったら其様(そん)な事を機会(しお)にして他(ほか)へ見せてくんろという事ではないかと思うと、誠に気が痛みやすな」
千「私も実は左様(そう)思っているの、それに就(つ)いて少しお前に相談があるからお母さまへ共々(とも/″\)に願っておくれな、私が其のお薬を買うだけの手当を拵(こしら)えますよ」
丹「拵えるたって無いものは仕様があんめえ」
千「そこが工夫だから、兎も角お母さまの処へ一緒に」
 と枕元の屏風を開け、
千「もしお母様(っかさま)、二番が出来ましたから召上れ、少し詰って濃くなりましたから上り悪(にく)うございましょう、お忌(いや)ならば半分召上れ、あとの滓(おり)のあります所は私が戴きますから」
母「此の娘(こ)は詰らんことを云う、達者な者がお薬を服(た)べて何うする、私は幾ら浴(あび)るほどお薬を飲んでも効験(きゝめ)がないからいけないよ、私はもう死ぬと諦らめましたから、お前其様(そんな)に薬を勧めておくれでない」
千「あら、またお母さまはあんな事ばかり云っていらっしゃるんですもの、御病気は時節が来ないと癒りませんから、私は一生懸命に神さまへお願掛(がんが)けをして居ますが、あなた世間には七十八十まで生きます者は幾許(いくら)も有りますよ」
母「いゝえ私は若い時分に苦労をしたものだからの、それが矢張(やっぱ)り身体に中(あた)っているのだよ」
千「あの爺やが参りましたよ」
母「おゝ丹治、此方(こっち)へ入っておくれ」
丹「はい御免なせえまし、何うでござえますな、些(ちっ)とは胸の晴(はれ)る事もござえますかね、お嬢さんも心配しておいでなさいますから、能(よ)くお考えなせえまし、併(しか)しま旧(もと)が旧で、あゝいう生活(くらし)をなすった方が、急に此様(こん)な片田舎へ来て、私(わし)のような者を頼みに思って、親一人子一人で僅かな畠を持って仕つけもしねえ内職をしたりして斯(こ)うやって入らっしゃるだから、あゝ詰らねえと昔を思って気を落すところから御病気になったものと考えますが、私だって貧乏だから金ずくではお力になれませんが、以前はあなたの処へ奉公した家来だアから、何うかして御病気の癒るように蔭ながら信心をぶって居りますが、お嬢さまの心配は一通りでないから、我慢してお薬を上んなせえまし」
母「有難う、お前の真実は忘れません、他にも以前勧(つと)めた[#「勧(つと)めた」は「勤(つと)めた」の誤記か]ものは幾許(いくら)もあるが、お前のように末々(すえ/″\)まで力になってくれる人は少ない、私は死んでも厭(いと)いはないけれども、まだ十九(つゞ)や廿歳(はたち)の千代を後(あと)に残して死ぬのはのう……」
丹「あなた、然(そ)う死ぬ死ぬと云わねえが宜うごぜえます、幾ら死ぬたって死なれません、寿命が尽きねえば死ねるもんではねえから、どうも然う意地の悪い事ばかり考えちゃア困りますなア、死ぬまでも薬を」
千「何だよう、死ぬまでもなんて、そんな挨拶があるものか」
丹「はい御免なせえまし、それじゃア、死なねえまでもお上んなせえ」
千「お前もう心配しておくれでない」
丹「はい」
千「お母さま、あの先刻桑田(くわだ)さまが仰しゃいました人参のことね」
母「はい聞いたよ」
千「あれをあなた召上れな、人参という物は、なに其様(そんな)に飲みにくいものでは有りませんと、少し甘味がありまして」
母「だってお前、私は飲みたくっても、一箱が大金という其様(そん)なお薬が何うして戴かれますものか」
千「その薬をあなた召上るお気なら、私(わたくし)が才覚して上げますが……」
母「才覚たってお前、家(うち)には売る物も何も有りゃアしないもの」
千「私(わたくし)をあのう隣村の東山作左衞門という郷士の処へ、道具係の奉公に遣(や)って下さいましな」
 其の時母は皺枯れたる眉にいとゞ皺を寄せまして、
母「お前、飛んでもない事をいう、丹治お前も聞いて知ってるだろうが、作左衞門の家(うち)では道具係の奉公人を探していて、大層給金を呉れる、其の代りに何とかいう宝物(たからもの)の皿を毀すと指を切ると云う話を聞いたが、本当かの」
丹「えゝ、それは本当でごぜえます、旧(もと)の公方(くぼう)さまから戴いた物で、家(いえ)にも身にも換えられねえと云って大事にしている宝だから、毀した者は指を切れという先祖さまの遺言状(かきつけ)が伝わって居るので、指を切られた奴が四五人あります」
母「おゝ怖いこと、其様(そん)な怖い処へ此の娘(こ)を奉公に遣(や)られますかね、とても遣られませんよ、何うして怖(おっか)ない、皿を毀した者の指を切るという御遺言(ごゆいごん)だか何だか知らんけれども、其の皿を毀したものゝ指を切るなんぞとは聞いても慄(ぞっ)とするようだ、何うして/\、人の指を切ると云うような其様な非道の心では、平常(ふだん)も矢張(やっぱ)り酷(ひど)かろう、其様な処へ奉公がさせられますものか、痩せても枯れても遠山龜右衞門の娘(むすめ)じゃアないか、幾許零落(おちぶれ)ても、私は死んでも生先(おいさき)の長いお前が大切で私は最(も)う定命(じょうみょう)より生延びている身体だから、私の病気が癒ったって、お前が不具(かたわ)になって何うしましょう、詰らぬ事を云い出しましたよ、苦し紛れに悪い思案、何うでも私は遣りませんよ」
千「然(そ)うではありましょうけれども、なに気を附けたら其様な事は有りますまい、私(わたくし)も宜く神信心(かみしん/″\)をして丁寧に取扱えば、毀れるような事はありますまいと存じますからねお母さま、私は一生懸命になりまして奉公を仕遂(しおお)せ[#「仕遂せ」は底本では「仕逐せ」]、其の中(うち)あなたの御病気が御全快になれば、私が帰って来て、御一緒に内職でもいたせば誠に好(よ)い都合じゃアございませんか、何卒(どうぞ)遣って下さいまし、ねえお母さま、あなた私の身をお厭(いと)いなすって、あなたに万一(もしも)の事でも有りますと、矢張(やっぱ)り私が仕様がないじゃア有りませんか」
母「はい、有難うだけれども遣れません、亡(なくな)ったお父(とっ)さんのお位牌に対して、私の病を癒そうためにお前を其様な恐ろしい処へ奉公に遣って済むものじゃアない、のう丹治」
丹「へえ、あんたの云う事も道理でごぜえます、これは遣れませんな」
千「だけども爺や、お母さんの御病気の癒らないのを見す/\知って、安閑として居られる訳のものではないから、私は奉公に往(ゆ)き仮令(たとえ)粗相で皿を一枚毀した処が、小指一本切られたって命にさわるわけではなし、お母さまの御病気が癒った方が宜(よ)いわけじゃアないか」
丹「うん、これは然(そ)うだ、然う仰しゃると無理じゃアない、棄置けば死ぬと云うものを、あなたが何う考えても打棄(うっちゃ)って置かれねえが、成程是れは奉公するも宜うごぜえましょう」
母「お前馬鹿な事ばかり云っている、私が此の娘(こ)を其様な処へ遣られるか遣られないか考えて見なよ、指を切られたら肝心な内職が出来ないじゃアないか、此の困る中で猶々(なお/\)困ります、遣られませんよ」
丹「成程是れはやれませんな、何う考えても」
千「あらまア、あんな事を云って、何方(どっち)へも同じような挨拶をしては困るよ」
丹「へえ、是れは何方とも云えない、困ったねえ…じゃア斯うしましょう、私(わし)がの媼(ばゞあ)を何卒(どうか)お頼ん申します、私がお嬢さまの代りに奉公に参(めえ)りまして、私が其の給金を取りますから、お薬を買って下せえまし」
千「女でなければいけない、男は暴々(あら/\)しくて度々(たび/\)毀すから女に限るという事は知れて居るじゃアないか」
丹「然(そ)うだね、男じゃア毀すかも知れねえ、私等(わしら)は何うも荒っぽくって、丼鉢を打毀(うちこわ)したり、厚ぼってえ摺鉢(すりばち)を落して破(わ)った事もあるから、困ったものだアね」
千「お母さん、何卒(どうぞ)やって下さいまし」
 と幾度(いくたび)も繰返しての頼み、段々母を説附(ときつ)けまして丹治も道理(もっとも)に思ったから、
丹「そんならばお遣んなすった方が宜かろう」
 と云われて、一旦母も拒みましたが、娘は肯(き)かず、殊(こと)に丹治も倶々(とも/″\)勧めますので、仕方がないと往生をしました。幸い他(た)に手蔓(てづる)が有ったから、縁を求めて彼(か)の東山作左衞門方へ奉公の約束をいたし、下男の丹治が受人(うけにん)になりまして、お千代は先方へ三ヶ年三十両の給金で住込む事になりましたのは五月の事で、母は心配でございますが、致し方がないので、泣く/\別れて、さて奉公に参って見ると、器量は佳(よ)し、起居動作(たちいふるまい)物の云いよう、一点も非の打ち処(どこ)がないから、至極作左衞門の気に入られました。

        三

 作左衞門はお千代の様子を見まして、是れならば手篤(てあつ)く道具を取扱ってくれるだろう、誠に落着いてゝ宜(よ)い、大切な物を扱うに真実で粗相がないから宜いと、大層作左衞門は目をかけて使いました。此の作左衞門の忰(せがれ)は長助(ちょうすけ)と申して三十一歳になり、一旦女房を貰いましたが、三年前(ぜん)に少し仔細有って離別いたし、独身(ひとりみ)で居ります所が、お千代は何うも器量が好(よ)いので心底(しんそこ)から惚れぬきまして真実にやれこれ優しく取做(とりな)して、
長「あれを買ってお遣(や)んなさい、見苦しいから彼(あ)の着物を取換えて、帯を買ってやったら宜かろう」
 などと勧めますと、作左衞門も一人子(ひとりっこ)の申すことですから、其の通りにして、お千代/\と親子共に可愛がられお千代は誠に仕合せで丁度七月のことで、暑い盛りに本山寺(ほんざんじ)という寺に説法が有りまして、親父(おやじ)が聴きに参りました後(あと)で、奥の離れた八畳の座敷へ酒肴(さけさかな)を取り寄せ、親父の留守を幸い、鬼の居ないうちに洗濯で、長助が、
長「千代や/\、千代」
 と呼びますから、
千「はい若殿様、お呼び遊ばしましたか」
長「一寸(ちょっと)来い、/\、今一盃(いっぱい)やろうと云うんだ、お父(とっ)さんのお帰りのない中(うち)に、今日はちとお帰りが遅くなるだろう、事に寄ると年寄の喜八郎(きはちろう)の処へ廻ると仰しゃったが村の年寄の処へ寄れば話が長くなって、お帰りも遅くなろう、ま酌をして呉れ」
千「はい、お酌を致します」
長「手襷(たすき)を脱(と)んなさい、忙がしかろうが、何もお前は台所(だいどこ)を働かんでも、一切道具ばかり取扱って居(お)れば宜(よ)いんだ」
千「あの大殿様がお留守でございますから宜いお道具は出しませんで、粗末と申しては済みませんが、皆此の様な物で宜しゅうございますか」
長「酌は美女(たぼ)、食物(くいもの)は器で、宜(い)い器でないと肴が旨く喰えんが、酌はお前のような美しい顔を見ながら飲むと酒が旨いなア」
千「御冗談ばかり御意遊ばします」
長「酔わんと極りが悪いから酔うよ」
千「お酔い遊ばせ、ですが余り召上ると毒でございますよ」
長「まだ飲みもせん内から毒などと云っちゃア困るが、実にお前は堅いねえ」
千「はい、武骨者でいけません」
長「いや、お父さんがお前を感心しているよ、親孝行で、何を見ても聞いても母の事ばかり云って居るって、併(しか)しお前のお母(ふくろ)の病気も追々全快になると云う事で宜(よ)いの」
千「はい、御当家(こなた)さまのお蔭で人参を飲みましたせいか、段々宜しくなりまして、此の程病褥(とこ)を離れましたと丹治がまいっての話でございますが、母が申しますに、其方(そち)のような行届(ゆきとゞ)きません者を置いて下さるのみならず、お目を掛けて下さいまして、誠に有難いことで、種々(いろ/\)戴き物をしたから宜しく申上げてくれと申しました」
長「感心だな、お前は出が宜(い)いと云うが………千代/\千代」
千「はい」
長「どうも何(なん)だね、お前は十九かえ」
千「はい」
長「ま一盃酌(つ)いで呉んな」
千「お酌(しゃく)を致しましょう」
長「半分残してはいかんな、何うだ一盃飲まんか」
千「いえ、私(わたくし)は些(ちっ)とも飲めません、少し我慢して戴きますと、顔が青くなって身体が震えます」
長「その震える処がちょいと宜しいて、私(わし)は酔いますよ、お前は色が白いばかりでなく、頬の辺(へん)眼の縁(ふち)がぼうと紅いのう」
千「はい、少し逆上(のぼ)せて居りますから」
長「いや逆上(のぼせ)ではない、平常(ふだん)から其の紅い処が何とも言われん」
千「御冗談ばっかり……」
長「冗談じゃアない、全くだ、私(わし)は三年前(まえ)に家内を離別したて、どうも心掛けの善くない女で、面倒だから離縁をして見ると、独身(ひとりみ)で何かと不自由でならんが、お前は誠に気立が宜しいのう」
千「いゝえ、誠に届きませんでいけません」
長「此の間私(わし)が……あの…お前笑っちゃア困るが、少しばかり私が斯う五行(いつくだり)ほどの手紙を、……認(したゝ)めて、そっとお前の袂(たもと)へ入れて置いたのを披(ひら)いて読んでくれたかね」
千「左様でございましたか、一向存じませんで」
 長助は少し失望の体(てい)で、
長「左様でございますかなどゝ、落着き払っていては困る、親に知れては成らん、知っての通り親父は極(ごく)堅いので、あの手紙を書くにも隠れて漸(ようよ)う二行(にぎょう)ぐらい書くと、親父に呼ばれるから、筆を下に置いて又一行(ひとくだり)書き、終(しま)いの一行は庭の植込(うえご)みの中で書きましたが、蚊に喰われて弱ったね」

        四

千「それはまアお気の毒さま」
長「なに全くだよ、親父に知れちゃア大変だから、窃(そっ)とお前の袂へ入れたが、見たろう/\」
千「いゝえ私(わたくし)は気が附きませんでございました、何だか私の袂に反古(ほご)のようなものが入って居ましたが、私は何だか分りませんで、丸めて何処(どこ)かへ棄てましたよ」
長「棄てちゃア困りますね、他人(ひと)が見るといけませんな」
千「そんな事とは存じませんもの、貴方(あなた)はお手紙で御用を仰付(おおせつ)けられましたのでございますか」
長「仰付けられるなんて馬鹿に堅いね、だがね、千代/\」
千「何でございます」
長「実はね私(わし)はお前に話をして、嫁に貰いたいと思うが何うだろう」
千「御冗談ばっかり御意遊ばします、私(わたくし)の母は他に子と申すがありませんから、他家(わき)へ嫁にまいる身の上ではございません、貴方は衆人(ひと)に殿様と云われる立派なお身の上でお在(いで)遊ばすのに、私のようなはしたない者を貴方此様(こん)な不釣合で、釣合わぬは不縁の元ではございませんか、お家(うち)のお為めに成りません」
長「なに家の為めになってもならんでも不釣合だって、私(わし)は妻を定むるのに身分の隔てはない事で、唯お前の心掛けを看抜(みぬ)いて、此の人ならばと斯う思ったから、実はお前に心のたけを山々書いて贈ったのである、然(しか)も私は丹誠して千代尽しの文で書いて贈ったんだよ」
千「何でございますか私(わたくし)は存じませんもの」
長「存じませんて、私(わし)の丹誠したのを見て呉れなくっちゃア困りますなア、どうかお前の母に会って、母諸共引取っても宜しいや」
千「私(わたくし)の母は冥加至極有難いと申しましょうけれども、貴方のお父様(とっさま)が御得心の有る気遣(きづか)いはありますまい、私のようなはしたない者を御当家(こちら)さまの嫁に遊ばす気遣いはございませんもの」
長「いえ、お前が全く然(そ)う云う心ならば、私(わし)は親父に話をするよ、お前は大変親父の気に入ってるよ、どうも沈着(おちつき)があって、器量と云い、物の云いよう、何や角(か)や彼(あ)れは別だと云って居るよ」
千「なに、其様(そん)な事を仰しゃるものですか」
長「なに全く然う云ってるよ、宜(よ)いじゃアないか、ね千代/\千代」
 と雀が出たようで、無理無態にお千代の手を我(わが)膝へグッと引寄せ、脇の下へ手を掛けようとすると、振払い。
千「何をなさいます、其様な事を遊ばしますと、私(わたくし)は最(も)うお酌にまいりませんよ」
長「酔った紛れに、少しは酒の席では冗談を云いながら飲まんと面白うないから、一寸(ちょっと)やったんだが、どうもお前は堅いね、千代/\」
千「はい最うお酌を致しますまいと思います、最うお止し遊ばせ、お毒でございますよ」
長「千代/\」
千「また始まりました」
長「親さえ得心ならば何も仔細はあるまい、何うだ」
千「そうではありますが、まア若殿様、私(わたくし)の思いますには、夫婦の縁と云うものは仮令(たとえ)親が得心でも、当人同志が得心でない事は夫婦に成れまいかと思います」
長「それは然うさ、だがお前さえ得心なら宜(よ)いが、いやなら否(いや)と云えば、私(わし)も諦めが附こうじゃアないか」
千「私(わたくし)のような者を、私の口から何う斯うとは申されませんものを、余り恐入りまして」
 其の時お千代は身を背(そむ)けまして、
千「何とも申上げられませんものを、余り恐入りまして」
長「恐入らんでも宜しいさ、お母(ふくろ)さえ得心なら、母諸共此方(こっち)へ引取って宜しい、もし窮屈で否(いや)ならば、聊(いさゝ)か田地(でんじ)でも買い、新家(しんや)を建って、お母に下婢(おんな)の一人も附けるくらいの手当をして遣ろうじゃアないか。此の家(うち)は皆私(わし)のもので、相続人の私だから何うにもなるから、お前さえ応(おう)と云えば、お母に話をして安楽にして遣ろうじゃアないか、若(も)しお母は堅いから遠山の苗字を継ぐ者がないとでもいうなら、夫婦養子をしたって相続人は出来るから、お前が此方(こっち)へ来ても仔細ないじゃアないか」
千「それは誠に結構な事で」
長「結構なれば然(そ)うしてくれ」
千「お嬉しゅうは存じますが」
長「さ、早くお父さまの帰らん内に応(うん)と云いな、酔った紛れにいう訳じゃアない、真実の事だよ」
千「私(わたくし)は貴方に対して申上げられませんものを、御主人さまへ勿体なくって……」
長「何も勿体ない事は有りませんから早く云いなさいよ」
千「恐入ります」
長「其様(そん)なに羞(はず)かしがらんでも宜しいよ」
千「貴方私(わたくし)のような卑しい者の側へお寄り遊ばしちゃアいけません、私が困ります、そうして酒臭くって」
長「ね千代/\千代」
千「それじゃア貴方、本当に私(わたくし)が思う心の丈(たけ)を云いましょうか」
長「聞きましょう」
千「それじゃア申しますが、屹度(きっと)、…身分も顧りみず大それた奴だと御立腹では困ります」
長「腹などは立たんからお云いよ、大それたとは思いません、小(しょう)それた位(ぐらい)に思います、云って下さい」
千「本当に貴方御立腹はございませんか」
長「立腹は致しません」
千「それなれば本当に申上げますが、私(わたくし)は貴方が忌(いや)なので……」
長「なに忌だ」
千「はい、私(わたくし)はどうも貴方が忌でございます、御主人さまを忌だなどと云っては済みませんけれども、真底私は貴方が忌でございます、只御主人さまでいらっしゃれば有難い若殿さまと思って居りますが、艶書(てがみ)をお贈り遊ばしたり、此の間から私にちょい/\御冗談を仰しゃることもあって、それから何うも私は貴方が忌になりました、どうも女房に成ろうという者の方で否(いや)では迚(とて)も添われるものじゃアございませんから、素(もと)より無い御縁とお諦め遊ばして、他(わき)から立派なお嫁をお迎えなすった方が宜しゅうございましょう、相当の御縁組でないと御相続の為になりませんから、確(しか)とお断り申しますよ」
長「誠にどうも……至極道理(もっとも)……」
 と少しの間は額へ筋が出て、顔色(がんしょく)が変って、唇をブル/\震わしながら、暫く長助が考えまして、
長「千代、至極道理(もっとも)だ、最う千代/\と続けては呼ばんよ、一言(ひとこと)だよ、成程何うもえらい、賢女だ、成程どうも親孝心、誠に正しいものだ、心掛けと云い器量と云い、余り気に入ったから、つい迷いを起して此様(こん)な事を云い掛けて、誠に羞入(はじい)った、再び合す顔はないけれども、真に思ったから云ったんだよ、併(しか)しお前に然(そ)う云われたから諦めますよ確(しか)と断念しましたが、おまえ此のことを世間へ云ってくれちゃア困りますよ、私(わし)は親父に何様(どん)な目に遇うか知れない、堅い気象の人だから」
千「私(わたくし)は世間へ申す処(どころ)じゃア有りませんが、あなたの方で」
長[#「長」は底本では「千」]「私(わし)は決して云わんよ、云やア自ら恥辱(はじ)を流布するんだから云いませんが、あゝ……誠に愧入(はじい)った、此の通り汗が出ます、面目次第もない、何卒(どうぞ)堪忍して下さい」
千[#「千」は底本では「長」]「恐入ります、是れから前々(もと/\)通り主(しゅう)家来、矢張千代/\と重ねてお呼び遊ばしまして、お目をお掛け遊ばしまして……」
長「そう云う事を云うだけに私(わし)は誠に困りますなア」
千「誠に恐入ります、大旦那さまのお帰り遊ばしません内に、お酒の道具を隠しましょうか」
長「あゝ仕舞っておくれ/\」
千「はい」
 とそれ/″\道具を片附けましたが、是れから長助が憤(おこ)ってお千代につれなく当るかと思いました処、情(つれ)なくも当りませんで、尚更宜く致しまして、彼(あ)の衣類は汚い、九月の節句も近いから、これを拵えて遣るが宜(い)いと、手当が宜いので、お千代もあゝーお諦めになったか、有難い事だ、あんな事さえないと結構な旦那様であると一生懸命に奉公を致しますから、作左衞門の気にも入られて居りました。月日流るゝが如くで、いよ/\九月の節句と成りました。粂野美作守の重役を七里先から呼ばんければなりません、九の字の付く客を二九十八人招待(しょうだい)を致し、重陽(ちょうよう)を祝する吉例で、作左衞門は彼(か)の野菊白菊の皿を自慢で出して観(み)せます。美作守の御勘定奉行九津見吉左衞門(くづみきちざえもん)を初め九里平馬(くりへいま)、戸村九右衞門(とむらくえもん)、秋元九兵衞(あきもとくへえ)其の他(ほか)御城下に加賀から九谷焼を開店した九谷正助(くたにしょうすけ)、菊橋九郎左衞門(きくはしくろうざえもん)、年寄役村方で九の字の附いた人を合せて十八人集めまして、結構な御馳走を致し、善い道具ばかり出して、頻(しき)りに自慢を致します事で、実に名器ばかりゆえ、客は頻りに誉めます。此の日道具係の千代は一生懸命に、何卒(どうぞ)無事に役を仕遂(しおお)せますようにと神仏に祈誓(きせい)を致して、皿の毀れんように気を附けましたから、麁相(そそう)もなく、彼(か)の皿だけは下(さが)ってまいります。自分は蔵前の六畳の座敷に居って、其処(そこ)に膳棚道具棚がありますから、口分(くちわけ)をして一生懸命に油汗を流して、心を用い働いて、無事に其の日のお客も済んで、翌日になりますと、作左衞門が、
作「千代」
千「はい」
作「昨日(きのう)は大きに御苦労であった、無事にお客も済んだから、今日は道具を検(あらた)めなければならん」
千「はい、お番附のございますだけは大概片付けました」
作「うむ、皿は一応検めて仕舞わにゃならん、何かと御苦労で、嘸(さぞ)骨が折れたろう」
千「私(わたくし)は一生懸命でございました」
作「然(そ)うであったろう、此の通り三重の箱になってるが、是は中々得難い物だよ、何処(どこ)へ往ったって見られん、女で何も分るまいが、見て置くが宜(よ)い」
千「はい、誠に結構なお道具を拝見して有難い事で」
作「一応検めて見よう」
 と眼鏡をかけて段々改めて、
作「あゝー先(ま)ず無事で安心を致した、是れは八年前(ぜん)に是れだけ毀したのを金粉繕(ふんづくろ)いにして斯うやってある、併(しか)し残余(あと)は瑕物(きずもの)にしてはならんから、どうかちゃんと存(そん)して置きたい、是れだけ破(わ)った奴があって、不憫にはあったが、何うも許し難いから私(わし)は中指を切ろうと思ったが、それも不憫だから皆(みん)な無名指(くすりゆび)を切った」
千「怖い事でございます、私(わたくし)は此のお道具を扱いますとはら/\致します」
作「是れは無い皿だよ、野菊と云って野菊の色のように紫がゝってる処で此の名が有るのじゃ、種々(いろ/\)先祖からの書附もあるが、先ず無事で私(わし)も安心した」
 と正直な堅い人ゆえ、検めて道具棚へ載せて置きました。すると長助が座敷の掛物を片附けて、道具棚の方へ廻って参(ま)いりました。
長「お父(とっ)さま」
作「残らず仕舞ったか」
長「お軸物は皆仕舞いました」
作「客は皆道具を誉めたろう」
長「大層誉めました、此の位の名幅(めいふく)を所持している者は、此の国にゃア領主にも有るまいとの評判で、お客振りも甚(ひど)く宜しゅうございました」
作「皆良い道具が見たいから来るんだ、只呼んだって来るものか、権式振(けんしきぶ)ってゝ、併し土産も至極宜かったな」
長「はい、お父様(とっさま)、あの皿を今一応お検めを願います、野菊と白菊と両様共(りょうようとも)お検めを願います」
作「彼(あれ)は先刻(さっき)検めました」
長「お検めでございましょうが、少し訝(おか)しい事が有りますと云うは棚の脇に蒟蒻糊(こんにゃくのり)が板の上に溶いて有って、粘っていますから、何だか案じられます、他の品でありませんから、今一応検めましょうかね、秋(あき)、お前たちは其方(そちら)へ往(い)きなさい、金造(きんぞう)、裏手の方を宜く掃除して置け、喜八(きはち)、此方(こちら)へ参らんようにして、最う大概蔵へ仕舞ったか、千代や」
千「はい/\はい」
長「先刻(さっき)お父(とっ)さんがお検めになったそうだが、彼(あ)の皿を此処(こゝ)へ持って来い」
千「はい、先刻(さっき)お検めになりました」
長「検めたが、一寸(ちょっと)気になるから今一応私(わし)が検めると云うは、祝いは千年だが、お父さまのない後(のち)は家の重宝(じゅうほう)で、此の品は私が守護する大事な宝物(たからもの)だから、私も一応検めます」
千「大旦那さまがお検めになりまして、宜しい、少しも仔細ないと御意遊ばしましたのに、貴方何う云う事でお検めになります」
長「先程お父さまがお検めになっても、私(わし)は私で検めなければ気が済まん」
千「何う云う事で」
長「何う云う事なんてとぼけるな、千代汝(てまえ)は皿を割ったの」

        五

 お千代は呆れて急に言葉も出ませんでしたが、
千「何うもまア思い掛けない事を仰しゃいます私(わたくし)は割りました覚えはございません、ちゃんと一々お検めになりまして、後(あと)は柔かい布巾で拭きまして、一々彼(あ)の通り包みまして、大殿様へ御覧に入れました」
長「いや耄(とぼ)けるなそんなら如何(いかゞ)の理由(わけ)で棚に糊付板(のりつけいた)が有るのだ」
千「あれはお箱の蓋の棧が剥(と)れましたから、米搗(こめつき)の權六(ごんろく)殿へ頼みまして、急拵(きゅうごしら)えに竹篦(たけべら)を削って打ってくれましたの」
長「耄けるな、其様(そん)なことを云ったって役には立たん、巧(うま)く瞞(ごま)かそうたって、然(そ)うはいかんぞ、此方(こちら)は確(しか)と存じておる、これ千代、其の方が怪しいと認めが附いて居(お)ればこそ検めなければならんのだ早く箱を持って来い/\」
 と云われてお千代はハッとばかりに驚きましたが、何ゆえ長助が斯様(こん)なことを云うのか分りませんでしたが、彼(あ)の通り検めたのを毀したと云うのは変だなと考えて、よう/\思い当りましたのは、先達(せんだっ)て愛想尽(あいそづか)しを云った恨みが、今になって出て来たのではないか、何事も無ければ宜(よ)いがと怖々(こわ/″\)にお千代が野菊白菊の入った箱を長助の眼の前へ差出しますと、作左衞門が最前検めて置いた皿の毀れる気遣いはない、忰は何を云うのかと存じて居りますと、長助は顔色(かおいろ)を変えて、
長「これ千代、それ道具棚にある糊付板を此処(こゝ)へ持って来い……さ何う云う訳で此板(これ)を道具棚へ置いた」
千「はい、只今申上げます通り、あのお道具の箱の棧が剥(と)れましたから、打附けて貰おうと存じますと、米搗の權六が己(おれ)が附けて遣ろうと申して附けてくれましたので」
長「いゝや言訳をしたって役には立たん、其の箱の紐をサッサと解け」
千「そうお急ぎなさいますと、また粗相をして毀すといけませんもの」
長「汝(おのれ)が毀して置きながら、又其様(そん)なこと申す其の手はくわぬぞ、私(わし)が箱から出す、さ此処(これ)へ出せ」
千「あなた、お静かになすって下さいまし、暴々(あら/\)しく遊ばして毀れますと矢張(やっぱ)り私(わたくし)の所為(せい)になります」
作「これこれ長助、手暴くせんが宜(よ)い、腹立紛れに汝(てまえ)が毀すといかんから、矢張(やっぱ)り千代お前検めるが宜(い)い」
千「はい/\」
 と是れから野菊の箱の紐を解いて蓋を取り、一枚/\皿を出しまして長助の眼の前へ列(なら)べまして。
千「御覧遊ばせ、私(わたくし)が先刻(さっき)検めました通り瑾(きず)は有りゃアしません」
長「黙れ、毀した事は先刻(さっき)私(わし)が能(よ)く見て置いたぞ、お父さま、迂濶(うっか)りしてはいけません、此者(これ)は中々油断がなりません、さ、早く致せ」
千「其様(そん)なに仰しゃったって、慌てゝ不調法が有るといけません、他のお道具と違いまして、此品(これ)が一枚毀れますと私(わたくし)は不具(かたわ)になりますから」
長「不具になったって、受人(うけにん)を入れて奉公に来たんじゃアないか、さ早く致せ」
千「早くは出来ません」
 と申して検めに掛りましたが、急がれる程尚(な)おおじ/\致しますが、一生懸命に心の内に神仏(かみほとけ)を念じて粗相のないようにと元のように皿を箱に入れてしまい、是れから白菊の方の紐を解いて、漸々(だん/″\)三重箱迄開け、布帛(きれ)を開いて皿を一枚ずつ取出し、検めては布帛に包み、ちゃんと脇へ丁寧に置き、
千「是で八枚で、九枚で十枚十一枚十二枚十三枚十四枚十五枚十六枚」
 と漸々勘定をして十九枚と来ると、二十枚目がポカリと毀れて居たから恟(びっく)り致しました。
千「おや……お皿が毀れて居ります」
長「それ見ろ、お父様(とっさま)御覧遊ばせ、此の通り未(ま)だ粘りが有ります此の糊で附着(くっつ)けて瞞(ごま)かそうとは太い奴では有りませんか」
千「いえ、先程大殿様がお検めになりました時には、決して毀れては居りません」
長「何う仕たって此の通り毀れて居るじゃアないか」
千「先刻(さっき)は何とも無くって、今毀れて居るのは何う云う訳でしょう」
作「成程斯う云う事があるから油断は出来ない、これ千代毀(わ)りようも有ろうのに、ちょっと欠いたとか、罅(ひゞ)が入った位ならば、是れ迄の精勤の廉(かど)を以(もっ)て免(ゆる)すまいものでもないが、斯う大きく毀れては何うも免し難い、これ、何は居らんか、何や、何やでは分らん、おゝそれ/\辨藏(べんぞう)、手前はな、千代の受人の丹治という者の処へ直(すぐ)に行ってくれ、余り世間へぱっと知れん内に行ってくれ、千代が皿を毀したから証文通りに行うから、念のために届けると云って、早く行って来い」
辨「へえ」
 と辨藏は飛んで行って、此のことを気の毒そうに話をすると、丹治は驚きまして、母の処へ駈込んでまいり。
丹「御新造(ごしんぞ)さまア……」
母「おや丹治か、先刻(さっき)は誠に御苦労、お蔭で余程(よっぽど)宜(よ)いよ」
丹「はっ/\、誠にはや何ともどうも飛んだ訳になりました」
母「ドヽ何うしたの」
丹「へえ、お嬢様が皿ア割ったそうで」
母「え……丹治皿を彼(あれ)が……」
丹「へえ、只今彼家(あちら)の奉公人が参りまして、お千代どんが皿ア割っただ、汝(われ)受人だアから何(なん)ぼ証文通りでも断りなしにゃア扱えねえから、ちょっくら届けるから、立合うが宜(え)いと云って来ました、私(わし)が考えますに、先方(むこう)はあゝ云う奴だから、詫びたっても肯(き)くまいと思って、私が急いでお知らせ申しに来やしたが、お嬢さまが彼家(あそこ)へ住込む時、虫が知らせましたよ、門の所まで私送り出して来たアから、貴方(あんた)皿ア割っちゃアいけないよと云ったら、お嬢様が余程(よっぽど)薄いもんだそうだし、原土(もとつち)で拵えたもんだから割れないとは云えないから、それを云ってくれちゃア困るよと仰しゃいましたが、何とまア情(なさけ)ねえ事になりましたな、どうか詫をして見ようかと思います」
母「それだから私が云わない事じゃアない、彼(あ)の娘(こ)を不具者(かたわ)にしちゃア済まないから、私も一緒に連れてっておくれ」
丹「連れて行けたって、あんた歩けますまい」
母「歩けない事もあるまい、一生懸命になって行きますよ、何卒(どうぞ)お願いだから私の手を曳いて連れてっておくれ」
丹「だがはア、是れから一里もある処で、なか/\病揚句(やみあげく)で歩けるもんじゃアねえ」
母「私は余り恟(びっく)りしたんで腰が脱(ぬ)けましたよ」
丹「これはまア仕様がねえ、私(わし)まで腰が脱けそうだが、あんた腰が脱けちゃア駄目だ」
母「何卒(どうぞ)お願いだから……一通り彼(あれ)の心術(こゝろだて)を話し、孝行のために御当家(こちら)さまへ奉公に来たと、次第を話して、何処までも私がお詫をして指を切られるのを遁(のが)れるようにしますから、丹治誠にお気の毒だが、負(おぶ)っておくれな」
丹「負ってくれたって、ちょっくら四五丁の処なれば負って行っても宜(え)いが……よし/\宜(よ)うごぜえます、私(わし)も一生懸命だ」
 と其の頃の事で人力車(くるま)はなし、また駕籠(かご)に乗るような身の上でもないから、丹治が負ってせっせと参りました。此方(こちら)は最前から待ちに待って居ります。
作「早速庭へ通せ」
 という。百姓などが殿様御前などと敬い奉りますから、益々増長して縁近き所へ座布団を敷き、其の上に座して、刀掛に大小をかけ、凛々(りゝ)しい様子で居ります。両人は庭へ引出され。
丹「へえ御免なせえまし、私(わし)は千代の受人丹治で、母も詫びことにまいりました」
作「うむ、其の方は千代の受人丹治と申すか」
丹「へえ、私(わし)は年来勤めました家来で、店請(たなうけ)致して居(お)る者でごぜえます」
作「うん、其処(それ)へ参ったのは」
母「母でございます」
 と涙を拭きながら、
「娘が飛んだ不調法を致しまして御立腹の段は重々御尤(ごもっとも)さまでござりますが、何卒(どうぞ)老体の私(わたくし)へお免じ下さいまして、御勘弁を願いとう存じます」
作「いや、それはいかん、これはその先祖伝来の物で、添書(そえがき)も有って先祖の遺言が此の皿に附いて居(お)るから、何うも致し方がない、切りたくはないけれども御遺言には換(か)えられんから、止むを得ず指を切る、指を切ったって命に障(さわ)る訳もない、中程から切るのだから、何も不自由の事もなかろう」
母「はい、でございますけれども、此の千代は親のために御当家様へ御奉公にまいりましたので、と申すは、私(わたくし)が長煩(ながわずら)いで、人参の入った薬を飲めば癒ると医者に申されましたが、長々の浪人ゆえ貧に迫って、中々人参などを買う手当はございませんのを、娘(これ)が案じまして、御当家のお道具係を勤めさえすれば三年で三拾両下さるとは莫大の事ゆえ、それを戴いて私(わたし)を助けたいと申すのを、私(わたくし)も止めましたけれども、此娘(これ)が強(た)ってと申して御当家さまへ参りましたが、親一人子一人、他に頼りのないものでございます、今此娘(これ)を不具に致しましては、明日(あす)から内職を致すことが出来ませんから、何卒(どうぞ)御勘弁遊ばして、私(わたくし)は此娘(これ)より他に力と思うものがございませんから」
長「黙れ/\、幾回左様な事を云ったって役に立たん、其のために前々(まえ/\)奉公住みの折に証文を取り、三年に三拾金という給金を与えてある、斯(かく)の如く大金を出すのも当家の道具が大切だからだ、それを承知で証文へ判を押して奉公に来たのじゃアないか、それに粗相でゞもある事か、先祖より遺言状の添えてある大切の宝を打砕(うちくだ)き、糊付にして毀さん振をして、箱の中に入れて置く心底(しんてい)が何うも憎いから、指を切るのが否(いや)なれば頬辺(ほッぺた)を切って遣(や)る」
母「何卒(どうぞ)御勘弁を……」
 と泣声にて、
「顔へ疵(きず)が附きましては婿取前の一人娘で、何う致す事も出来ません」
長「指を切っては内職が出来んと云うから面(つら)を切ろうと云うんだ、疵が出来たって、後(あと)で膏薬を貼れば癒る、指より顔の方を切ってやろう」
 と長助が小刀(ちいさがたな)をすらりと引抜いた時に、驚いて丹治が前へ膝行(すさ)り出まして、
丹「何卒(どうぞ)お待ちなすって下せえまし」
長「何だ、退(の)け/\」
丹「お前さまは飛んだお方だアよ」
長「何が飛んだ人だ」
丹「成程証文は致しやしただけれども、人の頬辺(ほッぺた)を切るてえなア無(ね)え事です」
長「手前は何のために受人に成って、印形(いんぎょう)を捺(つ)いた」
丹「印形だって、是程に厳(やかま)しかアねえと思ったから、印形を捺きやした、ほんの掟(おきて)で、一寸(ちょっと)小指へ疵を附けるぐれえだアと思いやしたが、指を打切(ぶっき)られると此の後(のち)内職が出来ません、と云って無闇に頬辺なんて、どう云うはずみで鼻でも落したらそれこそ大変だ、情ねえ事で、嬢さんの代りに私(わし)を切っておくんなせえ」
長「いや手前を切る約束の証文ではない、白痴(たわけ)た事を云うな、何のための受人だ」
丹「受人だから私(わし)が切られようというのだ」
長「黙れ、証文の表に本人に代って指を切られようと云う文面はないぞ、さ顔を切って遣る」
 と丹治と母を突きのけ、既に庭下駄を穿(は)いて下(お)りにかゝるを、母は是れを遮(さえぎ)り止めようと致すを、千代が、
千「お母様(っかさま)、是れには種々(いろ/\)理由(わけ)がありますんで、私(わたくし)が少し云い過ぎた事が有りまして、斯(こ)う云う事に成りまして済みませんが、お諦め遊ばして下さいまし、さア指の方は内職に障って母を養う事が出来ませんから顔の方を……」
長「うん、顔(つら)の方か、此方(こっち)の所望(のぞみ)だ」
作「これ/\長助、顔を切るのは止せ」
長「なに宜しい」
作「それはいかん、それじゃア御先祖の御遺言状に背(そむ)く、矢張指を切れ/\、不憫(ふびん)にも思うが是れも致し方がない、従来切来(きりきた)ったものを今更仕方がない、併し長助、成丈(なるたけ)指を短かく切ってやれ」
長「さ切ってやるから、己(おれ)の傍(そば)へ来て手を出せ」
千「はい何うぞ……」
母「いえ/\私(わたくし)を切って下さいまし、私は死んでも宜(い)い年でござります」
丹「旦那ア、私(わし)の指を五本切って負けておくんなせえ」
長「控えろ」
 と今千代の腕を取って既に指を切りにかゝる所へ出て来た男は、土間で米を搗(つ)いていました權六という、身の丈(たけ)五尺五六寸もあって、鼻の大きい、胸から脛(すね)へかけて熊毛(くまげ)を生(はや)し、眼の大きな眉毛の濃い、髯(ひげ)の生えている大の男で、つか/\/\と出て来ました。

        六

 此の時權六は、作左衞門の前へ進み出まして、
權「はい少々御免下さいまし、權六申上げます」
長「なんだ權六」
權「へえ、実は此の皿を割りました者は私(わし)だね」
長「なに手前が割った……左様な白痴(たわけ)たことを云わんで控えて居れ」
權「いや控えては居(い)られやせん、よく考えて見れば見る程、あゝ悪い事をしたと私(わし)ゃア思いやした」
長「何を然(そ)う思った」
權「大殿様皿を割ったのは此の權六でがす」
作「え……其の方は何うして割った」
權「へえ誠に不調法で」
作「不調法だって、其の方は台所にばかり居て、夜は其の方の部屋へまいって寝るのみで、蔵前の道具係の所などへ参る身の上でない其の方が何うして割った」
權「先刻(さっき)箱の棧が剥(と)れたから、どうか繕(つくろ)ってくんろてえから、糊をもって私(わし)が繕ろうと思って、皿の傍へ参(めえ)ったのが事の始まりでごぜえます」
千「權六さん、お前さんが割ったなどと……」
權「えーい黙っていろ」
丹「誠に有難うごぜえます、私(わし)は此の千代さんの家(うち)の年来の家来筋で、丹治と云う者で、成程是れは此の人が割ったかも知れねえ、割りそうな顔付だ」
權「黙って居なせえ、お前(めえ)らの知った事じゃアない、えゝ殿様、誠に羞(はず)かしい事だが、此の千代が御当家(こちら)へ奉公に参(めえ)った其の時から、私(わし)は千代に惚れたの惚れねえのと云うのじゃアねえ、寝ても覚めても眼の前(さき)へちらつきやして、片時も忘れる暇もねえ、併し奥を働く女で、台所へは滅多に出て来る事はありやせんが、時々台所へ出て来る時に千代の顔を見て、あゝ何うかしてと思い、幾度(いくたび)か文(ふみ)を贈っちゃア口説(くど)いただアね」
長「黙れ、其の方がどうも其の姿や顔色(がんしょく)にも愧(は)じず、千代に惚れたなどと怪(け)しからん奴だなア、乃(そこ)で手前が割ったというも本当には出来んわ、馬鹿々々しい」
權「それは貴方(あんた)、色恋の道は顔や姿のものじゃアねえ、年が違うのも、自分の醜(わる)い器量も忘れてしまって、お千代へばかり念をかけて、眠(ね)ることも出来ず、毎晩夢にまで見るような訳で、是程私(わし)が方で思って文を附けても、丸めて棄てられちゃア口惜(くや)しかろうじゃアござえやんせんか」
長「なんだ……お父(とっ)さまの前を愧(は)じもせんで怪(け)しからん事をいう奴だ」
 と口には云えど、是れは長助がお千代を口説いても弾(はじ)かれ、文を贈っても返事を遣(よこ)さんで恥(はず)かしめられたのが口惜しいから、自分が皿を毀したんであります。罪なきお千代に罪を負わせ、然(そ)うして他へ嫁に往(ゆ)く邪魔に成るようにお千代の顔へ疵を附けようとする悪策(わるだくみ)を權六が其の通りの事を申しましたから、長助は変に思いまして、
長「手前は全く千代に惚れたか」
權「え、惚れましたが、云う事を肯(き)かねえから可愛さ余って憎さが百倍、嫁に行く邪魔をして呉れようと、九月のお節句にはお道具が出るから、其の時皿を打毀(うちこわ)して指を切り不具(かたわ)にして生涯亭主の持てねえようにして遣(や)ろうと、貴方(あなた)の前だが考えを起しまして、皿検(さらあらた)めの時に箱の棧が剥(と)れたてえから、糊でもって貼(つ)けてやる振をして、下の皿を一枚(いちめえ)毀して置いたから、先(ま)ず恋の意趣晴しをして嬉しいと思い、実は土間で腕を組んで悦んでいると、此の母(かゝ)さまが飛んで来て、私(わし)が病苦を助けてえと危(あぶね)え奉公と知りながら参って、人参とかを飲まそうと親のために指を切られるのも覚悟で奉公に来たアから、代りに私(わし)を殺して下せえ、切って下せえと子を思うお母(ふくろ)の心も、親を助けてえというお千代の孝行も、聴けば聴く程、あゝー実に私(わし)ア汚ねえ根性であった、何故此様(こん)な意地の悪い心になったかと考えたアだね、私が是れを考えなければ狗畜生(いぬちくしょう)も同様でごぜえますよ、私ア人間だアから考えました、はアー悪(わり)い事をしたと思いやしたから、正直に打明(ぶんま)けて旦那さまに話いして、私が千代に代って切られた方が宜(い)いと覚悟をして此処(こけ)え出やした、さアお切んなせえ、首でも何でもお切んなせえまし」
長「妙な奴だなア、手前(てめえ)それは全くか」
權「へえ、私(わし)が毀しやした」
作「成程長助、此者(これ)が毀したかも知れん、懺悔(ざんげ)をして自分から切られようという以上は、然(そ)うせんければ宜しくない、併(しか)し久しく奉公して居(い)るから、平生(へいぜい)の気象も宜く知れて居(お)るが、口もきかず、誠に面白い奴だと思っていた、殊(こと)に私(わし)に向って時々異見(いけん)がましい口答えをする事もあり、正直者だと思って目を掛けていたが、他人の三層倍(さんぞうばい)も働き、力も五人力とか、身体相応の大力(だいりき)を持っていて役にも立つと思っていたに、顔形には愧(は)じず千代に恋慕を仕掛るとは何の事だ、うん權六」
權「はい誠に面目次第もない訳で、何卒(どうぞ)私(わし)を………」
千「權六さん/\、お前私へ恋慕を仕掛けた事もないのに、私を助けようと思って然(そ)う云ってお呉れのは嬉しいけれども、それじゃア私が済みません」
權「えゝい、其様(そん)なことを云ったって、今日(こんにち)誠実(まこと)を照す世界に神さまが有るだから、まア私(わし)が言うことを聞け」
長「いや、お父さまは何と仰しゃるか知らんが、どうも此の長助には未(ま)だ腑に落ちない事がある權六手前(てまえ)が毀したと云う何ぞ確(たしか)な証拠が有るか」
權「えゝ、証拠が有りやすから、其の証拠を御覧に入れやしょう」
長「ふむ、見よう」
權「へえ只今……」
 と云いながら、立って土間より五斗張(ごとばり)の臼を持ってまいり、庭の飛石の上にずしーりと両手で軽々と下(おろ)したは、恐ろしい力の男であります。
權「これが証拠でごぜえます」
 と白菊の皿の入った箱を臼の中へ入れました。
長「何を致す/\」
權「なに造作(ぞうさ)ア有りません」
 と何時(いつ)の間(ま)に持って来たか、杵(きね)の大きいのを出して振上げ、さくーりっと力に任せて箱諸共に打砕いたから、皿が微塵に砕けた時には、東山作左衞門は驚きました。其処(そこ)に居りました者は皆顔を見合せ、呆気(あっけ)に取られて物をも云わず、
一同「むむう……」
 作左衞門は憤(おこ)ったの憤らないのでは有りません。突然(いきなり)刀掛に掛けて置いた大刀を提(ひっさ)げて顔の色を変え、
作「不埓至極の奴だ、汝(おのれ)気が違ったか、飛んだ奴だ、一枚毀してさえ指一本切るというに、二十枚箱諸共に打砕(うちくだ)くとは……よし、さ己が首を斬るから覚悟をしろ」
 と詰寄せました。權六は少しも憶する気色(けしき)もなく、縁側へどっさり腰をかけ、襟を広げて首を差し伸べ、
權「さ斬って下せえ、だが一通り申上げねばなんねえ事があるから、是れだけ聞いて下せえ、逃げも隠れもしねえ、私(わし)ゃア米搗の權六でござえます、貴方(あんた)斬るのは造作もねえが、一言(いちごん)云って死にてえことがある」
 と申しました。

        七

 さて權六という米搗(こめつき)が、東山家に数代伝わるところの重宝(じゅうほう)白菊の皿を箱ぐるみ搗摧(つきくだ)きながら、自若(じじゃく)として居りますから、作左衞門は太(ひど)く憤(おこ)りまして、顔の色は変り、唇をぶる/\顫(ふる)わし、疳癖(かんぺき)が高ぶって物も云われん様子で、
作「これ權六、どうも怪(け)しからん奴だて手前は何か気でも違ったか、狂気致したに相違ない、此皿(これ)は一枚毀(こわ)してさえも指一本を切るという大切な品を、二拾枚一時(いちじ)に砕くというのは実に怪しからん奴だ、さ何ういう心得か、御先祖の御遺言状(おかきもの)に対しても棄置かれん、只今此の処に於いて其の方の首を斬るから左様心得ろ、權六を取遁(とりにが)すな」
 と烈(はげ)しき下知に致方(いたしかた)なく、家の下僕(おとこ)たちがばら/\/\と權六の傍へ来て見ますと、權六は少しも驚く気色もなく、縁側へどっさりと腰を掛けまして作左衞門の顔をしげ/\と見て居りましたが、
權「旦那さま、貴方(あんた)は実にお気の毒さまでごぜえます」
作「なに……いよ/\此奴(こやつ)は狂気致して居(お)る、手前気の毒ということを存じて居(お)るかい、此の皿を二十枚砕くと云うのは……予(かね)て御先祖よりの御遺言状(おかきもの)の事も少しは聞いているじゃアないか、仮令(たとえ)気違でも此の儘には棄置かんぞ」
權「はい、私(わし)ア気も違いません、素(もと)より貴方(あんた)さまに斬られて死ぬ覚悟で、承知して大事(でえじ)のお皿を悉皆(みんな)打毀(ぶちこわ)しました、もし旦那さま、私ア生国(もと)は忍(おし)の行田(ぎょうだ)の在で生れた者でありやすが、少(ちい)さい時分に両親(ふたおや)が亡(なく)なってしまい、知る人に連れられて此の美作国(みまさかのくに)へ参(めえ)って、何処(どこ)と云って身も定まりやしねえで居ましたが、縁有って五年前(あと)当家(こゝ)へ奉公に参(めえ)りまして、長(なげ)え間お世話になり、高(たけ)え給金も戴きました、お側にいて見れば、誠にどうも旦那さまは衆人(ひと)にも目をかけ行届きも能く、どうも結構な旦那さまだが、此の二十枚の皿が此処(こゝ)の家(うち)の害(げえ)だ、いや腹アお立ちなさるな、私は逃匿(にげかく)れはしねえ、素(もと)より斬られる覚悟でした事だが、旦那さま、あんた此の皿はまア何で出来たものと思召(おぼしめ)します、私ア土塊(つちっころ)で出来たものと考(かんげ)えます、それを粗相で毀したからとって、此の大事(でえじ)な人間の指い切るの、足い切るのと云って人を不具(かたわ)にするような御遺言状(おかきもの)を遺(のこ)したという御先祖さまが、如何(いか)にも馬鹿気た訳だ」
作「黙れ、先祖の事を悪口(あっこう)申し、尚更棄置かんぞ」
權「いや棄置かねえでも構わねえ、素(もと)より斬られる覚悟だから、併(しか)し私(わし)だって斬られめえと思えば、あんた方親子二人がゝりで斬ると云っても、指でも附けさせるもんじゃアねえ、大(でっ)けい膂力(ちから)が有るが、御当家(こちら)へ米搗奉公をしていて、私ア何も知んねえ在郷(ざいご)もんで、何の弁別(わきめえ)も有りやしねえが、村の神主さまのお説教を聴きに行(ゆ)くと、人は天(あめ)が下の霊物(みたまもの)で、万物の長だ、是れより尊(とうと)いものは無い、有情物(いきあるもの)の主宰(つかさ)だてえから、先(ま)ず禁裏さまが出来ても、お政治をなさる公方様が出来ても、此の美作一国の御領主さまが出来やしても、勝山さまでも津山さまでも、皆人間が御政治(ごせいじ)を執(と)るのかと私は考(かんげ)えます、皿が政治を執ったてえ話は昔から聞いた事がねえ、何様(どん)な器物(もの)でも人間が発明して拵(こしら)えたものだ、人間が有ればこそ沼ア埋めたり山ア掘崩したり、河へ橋を架けたり、田地田畠(でんじでんばた)を開墾(けえこん)するから、五※[#「穀」の「禾」に代えて「釆」、168-6]も実って、貴方様(あんたさま)も私も命い継(つな)いで、物を喰って生きていられるだア、其の大事(でえじ)なこれ人間が、粗相で皿ア毀したからって、指を切って不具(かたわ)にするという御先祖様の御遺言(ごゆいごん)を守るだから、私ア貴方(あんた)を悪くは思わねえ、物堅(ものがて)え人だが余(あんま)り堅過ぎるだ、馬鹿っ正直というのだ、これ腹ア立っちゃアいけねえ/\、どうせ一遍腹ア立ってしまって、然(そ)うして私を打斬(ぶっき)るが宜うがすが、それを貴方が守ってるから、此の村ばっかりじゃアない、近郷の者までが貴方の事を何と云う、あゝ東山は偉い豪士(ごうし)だが、家(いえ)に伝わる大事(でえじ)な宝物(たからもの)だって、それを打毀(ぶちこわ)せば指い切るの足い切るのって、人を不具(かたわ)にする非道な事をする、東山てえ奴は悪人だと人に謂(い)わせるように、御先祖さまが遺言状(かきつけ)を遺(のこ)したアだね、然うじゃアごぜえませんか、乃(そこ)でどうも私も奉公して居(い)るから、人に主人の事を悪党だ非道だと謂われゝば余(あん)まり快くもごぜえません、御先祖さまの遺言が有るから、貴方はそれを守り抜いてゝ、証文を取って奉公させると、中には又喰うや喰わずで仕様がねえ、なに指ぐらい打切(ぶちき)られたって、高(たけ)え給金を取って命い継(つな)ごう、なに指い切ったってはア命には障らねえからって、得心して奉公に来て、つい粗相で皿を打毀(ぶちこわ)すと、親から貰った大切(でえじ)な身体に疵うつけて、不具(かたわ)になるものが有るでがす、実にはア情(なさけ)ねえ訳だね、それも皆(みん)な此の皿の科(とが)で、此の皿の在(あ)る中(うち)は末代までも止まねえ、此の皿さえ無ければ宜(い)いと私は考えまして、疾(とう)から心配(しんぺえ)していました、所で聞けば、お千代どんは齢(とし)もいかないのに母(かゝ)さまが塩梅(あんばい)が悪(わり)いって、良(い)い薬を飲まねば癒らない、どうか母さまを助けたい、仮令(たとえ)指を切られるまでも奉公して人参を買うだけの手当をしてえと、親子相談の上で証文を貼り、奉公に来た者を今指い切られる事になって、誠にはア可愛そうにと思ったから、私が此の二十枚の皿を悉皆(みんな)打砕(ぶっくだ)いたが、二十人に代って私が一人死ねば、余(あと)の二十人は助かる、それに斯うやって大切(でえじ)な皿だって打砕(ぶちくだ)けば原(もと)の土塊(つちッころ)だ、金だって銀だって只形を拵えて、此の世の中の手形同様に取遣(とりや)りをするだけの物と考(かんげ)えます、金だって銀だって人間程大切(たいせつ)な物でなえから、お上(かみ)でも人間を殺せば又其の人を殺す、それでも尚(な)お助けてえと思う心があるので、何とやらさまの御法事と名を付けて助かる事もありやす、首を打斬(ぶっき)る奴でも遠島で済ませると云うのも、詰り人間が大切だから、お上でも然うして下さるのだ、それを無闇に打斬(ぶちき)るとは情ねえ話だ、あなたの御先祖さまは東山将軍義政さまから戴いた、東山という大切な御苗字だという事は米を搗きながら蔭で聞いて知って居ますが、あの東山は非道だ、土塊(つちッころ)と人間と同じ様に心得ていると云われたら、其の東山義政のお名前までも汚(けが)すような事になって、貴方(あんた)は済むめえかと考(かんげ)えますが、何卒(どうか)して此の風儀を止めさせてえと思っても、他に工夫が無(ね)えから、寧(いっ)そ禍(わざわい)の根を絶とうと打砕(ぶっくだ)いてしまっただ、私一人死んで二十人助かれば本望でがす、私も若(わけ)え時分には、心得違(こころえちげ)えもエラ有りましたが、漸(ようや)く此の頃本山寺(ほんざんじ)さまへ行って、お説法を聞いて、此の頃少し心も直って参(めえ)りましたから、大勢の人に代って私一人死にます、どうか其の代り、お千代さんを助けてやって下せえまし、親孝行な此様(こん)な人は国の宝で土塊(つちッころ)とは違います、さ私を斬って下せえまし、親戚(みより)兄弟親も何も無(ね)え身の上だから、別に心を置く事もありません、さ、斬っておくんなせえまし」
 と沓脱石(くつぬぎいし)へピッタリ腰をかけ、領(えり)の毛を掻上げて合掌を組み、首を差伸ばしまして、口の中で、
權「南無阿弥陀仏/\/\/\/\/\/\」
 斯(かゝ)る殊勝(しゅしょう)の体(てい)を見て、作左衞門は始めて夢の覚めたように、茫然として暫く考え、
作「いや權六許してくれ、どうも実に面目次第もない、能(よ)く毀してくれた、あゝ辱(かたじ)けない、真実な者じゃ、なアる程左様……これは先祖が斯様な事を書遺(かきのこ)しておいたので、私(わし)の祖父(じゞい)より親父も守り、幾代となく守り来(きた)っていて、中指を切られた者が既に幾人(いくたり)有ったか知れん、誠に何とも、ハヤ面目次第もない、權六其方(そなた)が無ければ末世末代東山の家名は素(もと)より、其方の云う通り慈昭院(じしょういん)殿(東山義政公の法名)を汚す不忠不義になる所であった、あゝ誠に辱ない、許してくれ、權六此の通り……作左衞門両手を突いて詫るぞ、宜くマ思い切って命を棄て、私の家名を汚さんよう、衆人(ひと)に代って斬られようという其の志、実に此の上もない感服のことだ、あゝ恥入った、実に我が先祖は白痴(たわけ)だ、斯様な事を書遺すというは、許せ/\」
 と縁先へ両手をついて詫びますと、傍に聞いて居りました忰の長助が、何と思ったかポロリと膝へ涙を落して、權六の傍へ這ってまいりました。
長「權六、あゝー誠に面目次第もない、中々其方(そなた)を殺すどころじゃアない、私(わし)が生きては居(い)られん、お千代親子の者へ対しても面目ないから、私が死にます」
 と慌(あわ)てゝ短刀を引き抜き自害をしようとするから、權六が驚いて止めました。

        八

 權六は長助の顔を視(み)つめまして、
權「貴方(あんた)何をなさりやアす」
長「いや面目ないが、実は此の皿を毀したのはお父様(とっさま)、此の長助でございます」
作「なに……」
長「唯今此の權六に当付けられ、実に其の時は赤面致しましたけれども、誰(たれ)も他に知る気遣いは有るまいと思いましたが、実はお千代に恋慕を云いかけたを恥(はじ)しめられた恋の意趣(いし)、お千代の顔に疵を付け、他(た)へ縁付(えんづき)の出来ぬようにと存じまして、家の宝を自分で毀し、其の罪を千代に塗付けようとした浅ましい心の迷い、それを權六が存じて居りながら、罪を自分の身に引受けて衆人(しゅうじん)を助けようという心底、実に感心致しました、それに引換え私(わたくし)の悪心面目もない事でございますから……」
作「暫く待て/\」
權「若旦那様、まゝお待ちなせえまし、貴方(あんた)が然(そ)う仰しゃって下されば、權六は今首を打斬(ぶっき)られても名僧智識の引導より有難く受けます、何卒(どうぞ)お願(ねげ)えでごぜえますから私(わし)が首を……」
作「どう致して、手前は世の中の宝だ、まゝ此処(これ)へ昇(あが)ってくれ」
 と是れから無理やりに權六の手を把(と)って、泥だらけの足のまゝ畳の上へ上げ、段々お千代母子(おやこ)にも詫びまして、百両(此の時(ころ)だから大したもので)取り出して台に載せ、
作「何卒(どうぞ)此の事を世間へ言わんよう、内聞にしてくれ」
 と云うと、母子(おやこ)とも堅いから金を受けません、それでは困ると云うと。
權「そんなら私(わし)が志(こゝろざ)しが有りますから、此のお金をお貰い申し、昨年から引続きまして、当御領地の勝山、津山、東山村の辺は一体に不作でごぜえまして、百姓も大分(だいぶ)困っている様子でございますから、何うか施しを出したいものでがす、それに此の皿のために指を切られたり、中には死んだ者も有りましょうから、どうか本山寺様で施餓鬼(せがき)を致し、乞食(こつじき)に施行(せぎょう)を出したいと思います」
作「あゝ、それは感心な事で、入費の処は私(わし)も出そう」
 と云うので、本山寺という寺へまいりまして、和尚さまに掛合いますと、方丈も大きに感心して、そんならばと、是れから大施餓鬼(おおせがき)を挙げました。多分に施行も出しました事でございまして、彼(か)の砕けた皿を後世のためにと云うので、皿山の麓方(ねがた)のこんもりとした小高き処へ埋(うず)めて、標(しる)しを建て、これを小皿山(こざらやま)と[#「小皿山と」は底本では「小皿山を」]名づけました。此の皿山は人皇(にんのう)九十六代後醍醐天皇(ごだいごてんのう)、北條九代の執権(しっけん)相摸守高時(さがみのかみたかとき)の為めに、元弘(げんこう)二年三月隠岐国(おきのくに)へ謫(てき)せられ給いし時、美作の国久米の皿山にて御製(ぎょせい)がありました「聞き置きし久米の皿山越えゆかん道とはさらにおもひやはせむ」と太平記に出てありますと、講談師の放牛舎桃林(ほうぎゅうしゃとうりん)に聞きましたが、さて此の事が追々世間に知れて来ますと、他人(ひと)が尊(とうと)く思い、尾に尾を付けて云い囃(はや)します。時に明和(めいわ)の元年、勝山の御城主にお成りなさいました粂野美作守さまのお城普請(しろぶしん)がございまして、人足を雇い、お作事(さくじ)奉行が出張(でば)り、本山寺へ入らっしゃいまして方々御見分が有ります。其の頃はお武家を大切にしたもので、名主年寄始め役人を鄭重(ていちょう)に待遇(もてな)し、御馳走などが沢山出ました。話の序(ついで)に彼(か)の皿塚の事をお聞きになりまして、山川廣(やまかわひろし)という方が感心なされて、
山「妙な奴もあるものだ、其の權六という者は何処(どこ)に居(お)る」
 とお尋ねになりますと、名主が、
名「へえ、それは当時遠山と申す浪人の娘のお千代と云う者と夫婦になりまして、遠山の家名を相続して居ります、至って醜男(ぶおとこ)で、熊のような、毛だらけな男でございますが、女房はそれは/\美くしい女で、權六は命の親なり、且(かつ)其の気性に惚れて夫婦になりたいと美人から望まれ、即(すなわ)ち東山作左衞門が媒妁人(なこうど)で夫婦になり親子睦ましく暮して居ります、東山のつい地面内へ少しばかりの家を貰って住んで、農業を致し、親子の者が東山のお蔭で今日では豊かに暮して居ります」
 と聞いて廣は猶々(なお/\)床(ゆか)しく思い、会いたいと申すのを名主が、
名「いえ中々一国(いっこく)もので、少しも人に媚(こび)る念がありませんから、今日(こんにち)直(すぐ)と申す訳には参りません」
 というので、是非なく山川も一度(ひとたび)お帰りになりまして、美作守さまの御前に於(おい)て、自分が実地を践(ふ)んで、何処(どこ)に何ういう事があり、此処(こゝ)に斯ういう事があったとお物語を致し、彼(か)の權六の事に及びますと、美作守さま殊の外(ほか)御感心遊ばされて、左様な者なら一大事のお役に立とうから召抱えて宜かろうとの御意がござりましたので、山川は早速作左衞門へ係(かゝ)ってまいりました。其の頃は御領主さまのお抱えと云っては有難がったもので、作左衞門は直(すぐ)に權六を呼びに遣(つか)わし、
作「是れは權六、来たかえ、さア此方(こっち)へ入(はい)んな」
權「はい、ちょっくら上(あが)るんだが、誠に御無沙汰アしました、私(わし)も何かと忙しくってね」
作「此の間中お母(っか)さんが塩梅が悪いと云ったが、最(も)う快(よ)いかね」
權「はい、此の時候の悪いので弱え者は駄目だね、あなた何時(いつ)もお達者で結構でがす」
作「扨(さ)て權六、まア此の上もない悦び事がある」
權「はい、私(わし)もお蔭で喰うにゃア困らず、彼様(あんな)心懸の宜(い)い女を嚊(かゝあ)にして、おまけに旦那様のお媒妁(なこうど)で本当は彼(あ)のお千代も忌(いや)だったろうが、仕方なしに私の嚊に成っているだアね」
作「なに否(いや)どころではない、貴様の心底を看抜(みぬ)いての上だから、人は容貌(みめ)より唯(たゞ)心じゃ、何しろ命を助けてくれた恩人だから、否応なしで」
權「併(しか)し夫婦に成って見れば、仕方なしにでも私(わし)を大事にしますよ」
作「今此処(こゝ)で惚(のろ)けんでも宜(よ)い兎に角夫婦仲が好(よ)ければ、それ程結構な事はない、時に權六段々善い事が重なるなア」
權「然(そ)うでございます」
作「知っているかい」
權「はい、あのくらい運の宜(い)い男はねえてね、民右衞門(たみえもん)さまでございましょう、無尽(むじん)が当って直(すぐ)に村の年寄役を言付かったって」
作「いや左様(そう)じゃアない、お前だ」
權「え」
作「お前が倖倖(しあわせ)[#「倖倖」は「僥倖」の誤記か]だと云うは粂野美作守様からお抱えになりますよ、お召しだとよ」
權「へえ有難うごぜえます」
作「なにを」
權「まだ腹も空(す)きませんが」
作「なに」
權「お飯(めし)を喰わせるというので」
作「アハ……お飯ではない、お召抱えだよ」
權「えゝ然(そ)うでござえますか、藁の中へ包んで脊負(しょ)って歩くのかえ」
作「なにを云うんだ、勝山の御城主二万三千石の粂野美作守さまが小皿山の一件を御重役方から聞いて、貴様を是非召抱えると云うのだが、人足頭が入(い)るというので、貴様なら地理も能(よ)く弁(わきま)えて居って適当で有ろうというのだ、初めは棒を持って見廻って歩くのだが、江戸屋敷の侍じゃアいかないというので、お召抱えになると、今から直(すぐ)に貴様は侍に成るんだよ」
權「はゝゝそりゃア真平(まっぴら)御免だよ」
作「真平御免という訳にはいかん、是非」
權「是非だって侍には成れませんよ、第一侍は字い知んねえば出来ますめえ、また剣術も知らなくっちゃア出来ず、それに私(わし)ゃア馬が誠に嫌(きれ)えだ、稀(たま)には随分小荷駄(こにだ)に乗(のっ)かって、草臥(くたびれ)休めに一里や二里乗る事もあるが、それでせえ嫌えだ、矢張(やっぱり)自分で歩く方が宜(い)いだ、其の上いろはのいの字も書くことを知らねえ者が侍(さむれえ)に成っても無駄だ」
作「それは皆先方(むこう)さまへ申し上げてある、山川廣様というお方に貴様の身の上を話して、学問もいたしません、剣術も心得ませんが、膂力(ちから)は有ります、人が綽名(あだな)して立臼(たてうす)の權六と申し、両手で臼を持って片附けますから、あれで力は知れますと云ってあるが、其の山川廣と云うのはえらい方だ」
權「へえ、白酒屋(しろざけや)かえ」
作「山川廣(口の中(うち)にて)山川白酒と聞違えているな」
權「へえー其の方が得心で、粂野さまの御家来になるだね」
作「うん、下役(したやく)のお方だが、今度の事に就いては其の上役(うわやく)お作事奉行が来て居ますよ、有難い事だのう」
權「有難い事は有難いけんども、私(わし)ゃア無一国(むいっこく)な人間で、忌(いや)にお侍(さむれえ)へ上手を遣(つか)ったり、窮屈におっ坐(つわ)る事が出来ねえから、矢張(やっぱり)胡坐(あぐら)をかいて草臥(くたび)れゝば寝転び、腹が空(へ)ったら胡坐を掻いて、塩引の鮭(しゃけ)で茶漬を掻込(かっこ)むのが旨(うめ)えからね」
作「其様(そんな)ことを云っては困る、是非承知して貰いたい」
權「兎に角母にも相談しましょう、お千代は否(いや)と云いますめえが、お母(ふくろ)も有りますし、年い老(と)っているから、貴方(あんた)から安心の往(い)くように話さんじゃア承知をしません、だから其の前に私(わし)がお役人さまにも会って、是れだけの者だがそれで勤まる訳なら勤めますとお前さまも立会って証人に成って、三人鼎足(みつがなわ)で緩(ゆっ)くら話しをした上にしましょう」
作「鼎足という事はありませんよ、宜しい、それではお母(ふくろ)には私(わし)が話そうから、直(すぐ)に呼んだら宜かろう」
 とこれから母を呼んで段々話をしましたが、もと遠山龜右衛門という立派な侍の御新造に娘ゆえ大いに悦び、
母「お屋敷へお抱えに成るとは此の上ない結構な事で」
 と早速承知を致しましたので、是れからお抱えに成りましたが、私(わたくし)は頓と心得ませんが、棒を持って見廻って歩き、大した高ではございません、十石三人扶持、御作事方賄(まかな)い役と申し、少禄では有りますが、段々それから昇進致す事になるので、僅(わずか)でも先(ま)ず高持(たかもち)に成りました事で、毎日棒を持って歩きますが、一体勉強家でございまして、少しも役目に怠りはございません、誠に宜く働き、人足へも手当をして、骨の折れる仕事は自分が手伝いを致して居りました。此の事が御重役秋月喜一郎(あきづききいちろう)というお方の耳に入りどうか權六を江戸屋敷へ差出して、江戸詰の者に見せて、惰(なま)け者の見手本(みでほん)にしたいと窃(ひそ)かに心配をいたして居ります。

        九

 粂野美作守さまの御舎弟に紋之丞前次(もんのじょうちかつぐ)さまと云うが有りまして、当時(そのころ)美作守さまは御病身ゆえ御控えに成って入らっしゃるが、前(ぜん)殿さまの御秘蔵の若様でありましたから、御次男でも中々羽振りは宜うございますが、誠に武張ったお方ゆえ武芸に達しておられますので、馬を能(よ)く乗るとか、槍を能く使うとか云う者があると、近付けてお側を放しません。所で件(くだん)の權六の事がお耳に入りますと、其の者を予が傍(そば)へ置きたいとの御意ゆえ、お附の衆から老臣へ申し立て、上(かみ)へも言上(ごんじょう)になると、苦しゅうないとの御沙汰(ごさた)で、至急に江戸詰を仰付けられたから、母もお千代も悦びましたが、悦ばんのは遠山權六でございます。窮屈で厭(いや)だと思いましたが、致し方がありませんから、江戸谷中(やなか)三崎(さんさき)の下屋敷(しもやしき)へ引移ります。只今は開けまして綺麗に成りましたが、其の頃梅を大層植込み、梅の御殿と申して新らしく御普請が出来て、誠にお立派な事でございます。前次様は權六が江戸着という事をお聞きになると、至急に会いたいから早々呼出せという御沙汰でございます。是れから物頭(ものがしら)がまいりまして、段々下話(したばなし)をいたし、權六は着慣れもいたさん麻上下(あさがみしも)を着て、紋附とは云え木綿もので、差図(さしず)に任せお次まで罷(まか)り出(い)で控えて居ります。外村惣江(とのむらそうえ)と申すお附頭(つきがしら)お納戸役(なんどやく)川添富彌(かわぞいとみや)、山田金吾(やまだきんご)という者、其の外(ほか)御小姓が二人居ります。侍分(さむらいぶん)の子で十三四歳ぐらいのが附いて居り、殿様はきっと固く鬢(びん)を引詰(ひッつ)めて、芝居でいたす忠臣蔵の若狭之助(わかさのすけ)のように眼が吊(つる)し上っているのは、疳癪持(かんしゃくもち)というのではありません。髪を引詰めて結うからであります、誠に活溌な良い御気象の御舎弟さまで、
小姓「えゝ、お召によりまして權六お次まで控えさせました」
前「あゝ富彌、早速其の者を見たいな、ずっと連れてまいって予に見せてくれ、余程勇義なもので、重宝(じゅうほう)の皿を一時(いちじ)に打砕いた気象は実に英雄じゃ、感服いたした早々此処(これ)へ」
富「えゝ、田舎育ちの武骨者ゆえ、何とお言葉をおかけ遊ばしても御挨拶を申し上ぐる術(すべ)も心得ません無作法者で、実に手前どもが会いましても、はっと思います事ばかりで、何分にも御前体(ごぜんてい)へ罷出(まかりい)でましたら却(かえ)って御無礼の義を……」
前「いや苦しゅうない、無礼が有っても宜しい、早く会いたいから呼んでくれ、無礼講じゃ、呼べ/\」
富「はっ/\權六/\」
權「はい」
富「お召しだ」
權「はい、おめしと云うのは御飯(おまんま)を喰うのではない、呼ばれる事だと此の頃覚えました」
富「其様(そん)な事を云ってはいかん、極(ごく)御疳癖が強く入(いら)っしゃる、其の代り御意に入(い)れば仕合せだよ」
權「詰り気に入られるようにと思ってやる仕事は出来ましねえ」
富「其様なことを云ってはいかん、何でも物事を慇懃(いんぎん)に云わんければなりませんよ」
權「えゝ彼処(あすこ)で隠元小角豆(いんげんさゝぎ)を喰うとえ」
富「丁寧に云わんければならんと云うのだ」
權「そりゃア出来ねえ、此の儘にやらして下せえ」
富「此の儘、困りましたなア、上下(かみしも)の肩が曲ってるから此方(こっち)へ寄せたら宜かろう」
權「之れを寄せると又此方へ寄るだ、懐へこれを納(い)れると格好が宜(い)いと、お千代が云いましたが、何にも入(へい)っては居ません」
富「此の頃は別して手へ毛が生えたようだな」
權「なに先(せん)から斯ういう手で、毛が一杯(いっぺい)だね、足から胸から、私(わし)の胸の毛を見たら殿様ア魂消(たまげ)るだろう」
富「其様な大きな声をするな、是から縁側づたいにまいるのだ、間違えてはいかんよ、彼処(あれ)へ出ると直(すぐ)にお目見え仰せ付けられるが、不躾(ぶしつけ)に殿様のお顔を見ちゃアなりませんよ」
權「えゝ」
富「いやさ、お顔を見てはなりませんよ、頭(かしら)を擡(あげ)ろと仰しゃった時に始めて首を上げて、殿様のお顔をしげ/″\見るのだが、粗※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)(ぞんざい)にしてはなりませんよ」
權「そんならば私(わし)を呼ばねえば宜(い)いんだ」
富「さ、私(わし)の尻に尾付(くッつ)いてまいるのだよ曲ったら構わずに……然(そ)う其方(そっち)をきょと/\見て居ちゃアいかん、あ痛い、何だって私の尻へ咬付(くいつ)いたんだ」
權「だってお前(めえ)さん尻へ咬付(くッつ)けって」
富「困りますなア」
 と小声にて小言を云いながら御前へ出ました。富彌は慇懃に両手を突き、一礼して、
富「へい、お召に依って權六罷出(まかりで)ました、お目見え仰付けられ、權六身に取りまして此の上なく大悦(たいえつ)仕(つかまつ)り、有難く御礼(おんれい)申上げ奉ります」
殿「うん權六、もっと進め/\」
 と云いながら見ると、肩巾の広い、筋骨の逞(たくま)しい、色が真黒(まっくろ)で、毛むくじゃらでございます。実に鍾馗(しょうき)さまか北海道のアイノ人(じん)が出たような様子で有ります。前次公は見たばかりで大層御意に入りました。
殿「どうも骨格が違うの、是は妙だ、權六其の方は国で衆人の為めに宝物(たからもの)を打砕いた事を予も聞いておるが、感服だのう、頭(かしら)を擡(あ)げよ、面(おもて)を上げよ、これ權六、權六、如何(いかゞ)致した、何も申さん、返答をせんの」
富「はっ、これ御挨拶を/\」
權「えゝ」
富「御挨拶だよ、お言葉を下(くだ)し置かれたから御挨拶を」
權「御挨拶だって……」
 と只きょと/\して物が云えません。
殿「もっと前へ進め、遠くては話が分らん、ずっと前へ来て、大声で遠慮なく云え、頭(かしら)を上げよ」
權「上げろたって顔を見ちゃアなんねえと云うから誠に困りますなア、何うか此の儘で前の方へ押出して貰(もれ)いてえ」
小姓「此の儘押出せと、尋常(なみ)の人間より大きいから一人の手際(てぎわ)にはいかん、貴方(あなた)そら尻を押し給え」
權「さアもっと力を入れて押出すのだ」
殿「これ/\何を致す其様(そん)なことをせんでも宜しいよ、つか/\歩いてまいれ、成程立派じゃなア」
權「えゝ、まだ頭(かしら)を上げる事はなんねえか」
殿「富彌、余り厳(やか)ましく云わんが宜(い)い、窮屈にさせると却(かえ)って話が出来ん、成程立派じゃなア、昔の勇士のようであるな」
權「へえー、なんですと」
殿「古(いにしえ)の英雄加藤清正とも黒田長政とも云うべき人物じゃ、どうも顔が違うのう」
權「へえーどうも誠に違います」
富「誠に違いますなんて、自分の事を其様な事を云うもんじゃア有りませんよ」
殿「これ/\小声で然(そ)うぐず/\云わんが宜(よ)い」
權「衆人(みんな)が然う云います、へえ嚊(かゝあ)は誠に器量が美(い)いって」
富「これ/\家内の事はお尋ねがないから云わんでも宜(よ)い」
權「だって話の序(ついで)だから云いました」
富「話の序という事がありますか」
殿「其の方生国(しょうこく)は何処(どこ)じゃ、美作ではないという事を聞いたが、左様(さよう)か」
權「何でごぜえます」
殿「生国」
權「はてな……何ですか、あの勝山在にいる医者の木村章國(きむらしょうこく)でがすか」
殿「左様ではない、生れは何処だと申すのじゃ」
權「生れは忍の行田でごぜえますが、少(ちい)せえ時分に両親が死んだゞね、それから仕様がなくって親戚(みより)頼りも無(ね)えもんでがすが、懇意な者が引張(ひっぱ)ってくれべえと、引張られて美作国(みまさかのくに)へ参(めえ)りまして、十八年の長(なげ)え間大(えか)くお世話さまでごぜえました」
富「これ/\お世話さまなんぞと云う事は有りませんよ」
權「だってお世話になったからよ」
殿「これ富彌控えて居れ、一々咎めるといかん、うん成程、武州の者で、長らく国許(くにもと)へ参って居ったか、其の方は余程力は勝れて居(お)るそうじゃの」
權「私(わし)が力は何(ど)の位あるか自分でも分りませんよ、何なら相撲でも取りましょうか」
富「これ/\上(かみ)と相撲を取るなんて」
權「だって、力が分らんと云うからさ」
殿「誠にうい奴だ、予が近くにいてくれ、予が側近くへ置け」
富「いえ、それは余り何(なん)で、此の通りの我雑(がさつ)ものを」
殿「苦しゅうない、誠に正直潔白で宜(よ)い、予が傍(そば)に居れ」
權「それは御免を願いてえもんで、私(わし)には出来ませんよ、へえ、此様(こん)な窮屈な思いをするのは御免だと初手から断ったら、白酒屋さんの、えゝ……」
殿「山川廣か」
權「あの人よ」
富「あの人よと云う事が有るかえ、上(かみ)のお言葉に背く事は出来ませんよ」
權「背くたって居(い)られませんよ」
富「居(お)られんという事は有りません、御無礼至極じゃアないか」
權「御無礼至極だって居(い)られませんよ」
殿「マ富彌控えて居れ、然う一々小言を申すな、面白い奴じゃ」
權「私(わし)ア素(もと)米搗(こめつき)で何(なん)も知んねえ人間で、剣術も知んねえし、学問もした事アねえから何うにも斯うにもお侍(さむれえ)には成れねえ人間さ、力はえらく有りますが、何でも召抱えてえと御領主さまが云うのを、無理に断れば親や女房に難儀が掛るというから、そりゃア困るが、これ/\で宜くばと己(おら)がいうと、それで宜(い)いから来いと云われ、それから参(めえ)っただねお前(めえ)さま…」
 富彌ははら/\いたしまして、
富「お前(めえ)さまということは有りませんよ、御前様(ごぜんさま)と云いなさい」
權「なに御前と云うのだえ、飯だの御膳だのって何方(どっち)でも宜(い)いじゃアないか」
殿「これ富彌止めるな、宜しいよ、お前(まえ)も御前も同じことじゃのう」
權「然うかね、其様な事は存じませんよ、それから私(わし)が此処(こゝ)の家来(けれえ)になっただね、して見るとお前様(めえさま)、私のためには大事(でえじ)なお人で、私は家来(けらい)でござえますから、永らく居る内にはお互(たげ)えに心安立(こゝろやすだ)てが出て来るだ」
富「これ/\心安立てという事がありますか」
權「するとお大名(でえみょう)は誠に疳癪持だ」
富「これ/\」
殿「富彌又口を出すか、宜しい、控えよ、実に大名は疳癪持だ、疳癪がある、それから」
權「殿様に我儘が起(おこ)れば、私(わし)にも疳癪が有りますから、主人に間違った事を云われると、ついそれから仲が悪くなります、時々逢うようにすれば、人は何となく懐かしいもので、あゝ会いたかった、宜く来たと互(たげ)えに大騒ぎをやるが、毎日(めえにち)傍にいると、私が殿様の疳癪をうん/\と気に障らねえように聞いていると、私が胡麻摺になり、※(「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72)諛(へつれえ)になっていけねえ、此処にいる人に偶(たま)には些(ちっ)とぐれえ腹の立つ事があっても、主人だから仕方がねえと諦め、御前さまとか御飯(おまんま)とかいう事になって、実の所をいうと然ういう人は横着者だね」
殿「成程左様じゃ、至極左様じゃ、正道(せいどう)潔白な事じゃ、これ權六、以来予に悪いことが有ったら其の方諫言(かんげん)を致せ、是が君臣の道じゃ、宜しい、許すから居てくれ」
權「尊公(あんた)がそれせえ御承知なら居ります」
殿「早速の承知で過分に思う、併し其の方は剣道も心得ず、文字(もんじ)も知らんで、予の側に居(お)るのは、何を以て君臣の道を立て奉公を致す心得じゃ」
權「他に心得はねえが、夜夜中(よるよなか)乱暴な奴が入(へえ)るとなりませんから、私(わし)ゃア寝ずに御殿の周囲(まわり)を内証(ないしょう)で見廻っていますよ、もし狐でも出れば打殺(ぶっころ)そうと思ってます」
殿「うん、じゃが戦国の世になって戦争の起った時に、若(も)し味方の者が追々敗走して敵兵が旗下(はたもと)まで切込んでまいり、敵兵が予に槍でも向けた時は何う致す」
權「然うさね、其処(そこ)が大切だ」
殿「さ何う致して予を助ける」
權「そりゃア尊公(あんた)どうも此処に一つ」
 と權六は胸をたゝき、
「忠義という刄物が有るから、剣術は知らねえでも義という鎧を着ているから、敵が槍で尊公に突掛(つきか)けて参(めえ)れば、私(わし)ア掌(て)で受けるだ、一本脇腹へ突込まして、敵を捻(ひね)り倒して打殺(ぶちころ)してやるだ、其の内に尊公を助けて逃がすだけの仕事よ」
殿「うん成程、立派な事だ、併(しか)し然う甘(うま)く口でいう通りに行(ゆ)くかな」
權「屹度(きっと)行(や)ります、其処は主(しゅう)家来の情合だからね」
殿「うん面白い奴じゃ、然(しか)らば敵が若し斯様に致したら何うする」
 とすっと立ち上って、欄間に掛けて有りました九尺柄(え)の大身(おおみ)の槍を取って、スッ/\と二三度しごいて、
「斯様に突き掛けたら何う致す」
 と真に突いて蒐(かゝ)った時に權六が、
權「然うすれば斯う致します」
 と少しも動かずに、ジリ/\と殿様の前へ進むという正直律義の人でございます。

        十

 粂野紋之丞前次と仰しゃる方は、未だお部屋住では有りますが、勇気の優れた方で、活溌なり学問もあり、実に文武兼備と講釈師なら誉(ほめ)る立派な殿様でございますなれども、そこはお大名の疳癪で、甚(ひど)く逆らって参ると、直(すぐ)に抜打(ぬきうち)に御家来の首がコロリなどゝいう事が有るもので、只今の華族さまは開(ひら)けて在(いら)っしゃいますから、其様(そん)な野蛮な刄物三昧(はものざんまい)などはございませんが、前次様は御勇気のお方だけあって、九尺柄の大身の槍をすっと繰出した時に、權六は不意を打たれ、受くるものが有りませんから左の掌(て)で、
權「むゝ」
 と受けましたが剛(ひど)い奴で、中指と無名指(くすりゆび)の間をすっと貫かれたが、其の掌で槍の柄を捕まえて、ぐッと全身の力で引きました。前次公は蹌(よろ)めいて前へ膝を突く処を、權六が血だらけの手で捕(おさ)え付け、
權「其の時は斯う捻り倒して敵を酷(ひど)え目に遇(あ)わして、尊公(あんた)を助けるより他はねえ、何うだ、敵も魂消(たまげ)るか」
 と大力(だいりき)でグックと圧(お)すから前次公も堪(た)えかねまして、
殿「權六宥(ゆる)せ、宥せ」
 と云うは余程苦しかったと見えます。これを見るとお側に居りました川添富彌、山田金吾も驚きましたが、御側小姓の外村惣江が次の間に至り、一刀を執(と)って立上り、
惣「棄置かれん奴」
 とバラ/\/\と二人来(きた)って權六へ組付こうとするを睨(にら)み付け、
權「寄付くと打殺(ぶっころ)すぞ」
惣「斬ってしまえ、無礼至極な奴だ、御前を何と心得る、如何(いか)に物を心得んとは申しながら、余りと申せば乱暴狼藉」
 と立ちかゝるを、殿様は押されながら、
殿「いやなに惣江、手出しをする事は必ずならんぞ、權六放してくれ、あ痛い、放せ、予が悪かった、宥せ/\」
權「宥せと云って敵じゃア許せねえけれども、先(ま)ず仕方話だから許します、さ何うだね」
殿「ハッ/\」
 と殿様は稍(ようや)く起上りましたが、血だらけでございます。是は權六の血だらけの手で押付けられたから、顔から胸から血だらけで、これを見ると御家来が驚きまして、呆れて口が利けません。
殿「ハッ/\、至極道理(もっとも)だ」
權「道理だって、私(わし)が何も手出し仕たじゃアねえのに、押(おせ)えるの斬るのと此処にいる人が云うなア分んねえ、咎(とが)も報いも無(ね)えものを殿様が手出しいして、槍で突殺(つッころ)すと云うだから、敵が然うしたら斯うだと仕方話いしてお目に掛けたゞ、敵なら捻り殺すだが、仕方話で、ちょっくら此の位(くれえ)なものさ」
殿「至極正道(しょうどう)潔白な奴じゃ、勇気なものじゃ、何と申しても宜しい、予に悪い事があったら一々諫言をしてくれ、今日(きょう)より意見番じゃ、予が側を放さんぞ」
 と有難い御意で、それからいよ/\医者を呼び、疵の手当を致して遣(つか)わせと、殿様も急に血だらけですからお召替になる。大騒ぎでござります。御褒美として其の時の槍を戴きましたから、是ばかりでも槍一筋の侍で、五十石に取立てられ、頭取下役(とうどりしたやく)という事に成りましたが、更に※(「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72)(へつら)いを致しませんが、堅い気象ゆえ、毎夜人知れず刀を差し、棒を提げて密(そ)っと殿様のお居間の周囲(まわり)を三度ずつ不寝(ねず)に廻るという忠実なる事は、他の者に真似は出来ません立派な行いでございます。又お供の時は駕籠に附いてまいりません。
權「私(わし)ア突張(つッぱ)ったものを着て、お駕籠の側へ付いてまいっても無駄でごぜえます、お側には剣術を知ってる立派なお役人が附いているだから、狼藉者がまいっても脇差を引抜いて防ぎましょうが、私ア其の警衛(けいえい)の方々に狼藉者が斬付けるとなんねえから、若(も)し怪しい奴が来るといかねえから私ア他の人の振(ふり)で先へめえりましょう、袴(はかま)などア穿(は)くのは廃(よ)して貰(もれ)えましょう、刀は差せと云わば仕方がねえから差しますが、私だけはお駕籠の先へぶら/\往(い)きます」
 と我儘を云うてなりませんが、左様な我儘なお供はござりませんから、權六も袴を付け、大小を差し、紺足袋(こんたび)福草履(ふくぞうり)でお前駆(さきとも)で見廻って歩きます、お中屋敷は小梅で、此処(これ)へお出でのおりも、未だお部屋住ゆえ大したお供ではございませんが、權六がお供をして上野の袴腰(はかまごし)を通りかゝりました時に、明和三年正月も過ぎて二月になり、追々梅も咲きました頃ですから、人もちら/\出掛けます。只今權六が殿様のお供をして山下の浜田と申す料理屋(今の山城屋)の前を通りかゝり、山の方(かた)の観物小屋(みせものごや)に引張る者が出て居りますが、其方(そちら)へ顔も向けず四辺(あたり)に気を附けてまいると、向うから来ました男は、年頃二十七八にて、かっきりと色の白い、眼のきょろ/\大きい、鼻梁(はなすじ)の通った口元の締った、眉毛の濃い好(い)い男で、無地の羽織を着(ちゃく)し、一本短い刀を差し、紺足袋雪駄穿(せったばき)でチャラ/\やって参りました。不図(ふと)出会うと中国もので、矢張素(も)と松平越後様の好(よ)い役柄を勤めました松蔭大之進(まつかげだいのしん)の忰、同苗(どうみょう)大藏(だいぞう)というもので、浪々中互いに知って居りますから、
權「大藏さん/\」
 と呼びますから大藏は振向いて、
大「いや是れは誠に暫らく、一別已来(いらい)[#「已来」は底本では「己来」]……」
權「うっかり会ったって知んねえ、むお変りがなくって……此処(こゝ)で逢おうとは思いませんだったが、何うして出て来たえ」
 と立止って話をして居りますから、他の若侍が、
若「これ/\權六殿/\」
權「えゝ」
若「お供先だから、余り知る人に会ったって無闇に声などを掛けてはなりませんよ」
權「はい、だがね国者(くにもの)に逢って懐かしいからね、少し先へ往っておくんなせえ、直ぐに往くと殿様に然う申しておくんなせえ、まお前(めえ)達者で宜(い)い、何処(どこ)にいるだ」
大「お前も達者で何処に居(お)らるゝか、実に立派な事で、お抱えになったことは聞いたが、立派な姿(なり)で、此の上もない事で、拙者に於ても悦ばしい[#「悦ばしい」は底本では「悦しばい」]」
權「ま悦んでくんろ、今じゃア奉公大切に勤めているだが、お前(めえ)さんは何処にいるだ」
大「拙者は根岸の日暮(ひぐれ)ヶ岡(おか)に居(お)る、あの芋坂(いもざか)を下りた処に」
權「私(わし)の処へは近(ちけ)えから些(ちっ)と遊びに来なよ、其の内私も往くから」
若「これ/\其様(そん)なことを云っては成りません」
權「今日は大将がいるから此処で別れるとしよう、泣く子と地頭にゃア勝(かた)れねえ」
 と他の家来衆も心配して彼是云いますので、其の日は別れ、翌日大藏は權六の家(うち)へまいりましたから、權六悦びました。此の大藏はもと越後守様の御家来で、遠山龜右衞門とは同じ屋敷にいた者ゆえ、母もお千代も見知りの事なれば、
「お互いに是は思い掛けない、縁と云うものは妙だ、国を出たのは昨年の秋で、貴方も国にお在(いで)のないという事は人の噂で聞きました」
大「お前も御無事で、殊(こと)に御夫婦仲も宜し、結構で」
權「まアね、お母(ふくろ)も誠に安心したし、殿様も贔屓にしてくれるだが、扶持も沢山(たんと)は要(い)らない、親子三人喰うだけ有れば宜(い)いてえに、其様な事を云わずに取って置くが宜いって、種々(いろ/\)な物をくれるだ、貰わねえと悪いと云うから、仕方なしに貰うけれども、何でも山盛り呉れるだ、喰物(くいもの)などは切溜(きりだめ)を持ってって脊負(しょ)って来(こ)ねえばなんねえだ、誠にはア有難(ありがて)え事になって、勿体ねえが、他に恩返(おんげえ)しの仕様がねえから、旦那様を大切(でえじ)に思って、不寝(ねず)に奉公する心得だが、貴方(あんた)は今の若さで遊んでいずに、何処かへ奉公でもしたら宜かろう」
大「拙者も然(そ)う思ってる、迚(とて)も国へ往ったっていけんから、何処ぞへ取付こうと思うが、御当家でお羽振の宜(い)いお方は何というお方だね」
權「私(わし)ア其様な事は知んねえ、お国家老の福原數馬(ふくはらかずま)様、寺島兵庫(てらじまひょうご)様、お側御用神原五郎治(かんばらごろうじ)様とかいう奴があるよ」
大「奴とは酷(ひど)いね」
權「それに此間(こねえだ)ちょっくら聞いたが、御当家には智仁勇の三人の家来があるとよ、渡邊織江(わたなべおりえ)さんという方は慈悲深い人だから是が仁で、秋月喜一郎(あきづききいちろう)かな是はえら剛(きつ)い人で勇よ、えゝ何とか云いッけ……戸村主水(とむらもんど)とかいう人は智慧があると云いやした、此者(これ)が羽振の宜(い)い処だ、其の人らの云う事は殿様も聴くだ、御家来に失策(しくじり)が有っても、渡邊さんや秋月さんが取做(とりな)すと殿様も赦(ゆる)すだ、秋月さんは槍奉行を勤めているが、成程剛(つよ)そうだ、身丈(せい)が高くってよ」
 と手真似をして物語る内、大藏は掌(てのひら)の底に目を附けました。

        十一

大「足下(そっか)掌(て)を何うした、穴が開いているようだが」
權「これか、是は殿様が槍を突掛(つッか)けて掌(て)で受けるか何うだと云うから、受けなくってというので、掌で受けたゞ」
大「むゝ、そうか、そして御家来の中(うち)仁は渡邊織江、勇は秋月、智は戸村、成程斯ういう事は珍らしいから書付けて往(ゆ)きましょう」
 と細かに書いて暇乞(いとまごい)を致し、帰る時に權六が門まで送り出してまいりますと、お役所から帰る渡邊に出会いましたから、權六も挨拶する事ぐらいのことは心得て居りますから、丁寧に挨拶する。渡邊も答礼して行過(ゆきす)ぎるを見済(みすま)して、
大「彼(あれ)は」
權「彼(あれ)が渡邊織江様よ、慈悲深い方で、家来に難儀いする者が有ると命懸で殿様に詫言をしてくれるだ、困るなら銭い持って行けと助けてくれると云うだ、どうも彼(あ)の人には敵(かな)わねえ」
大「成程寛仁大度(かんじんたいど)、見上げれば立派な人だね」
權「なにい、韓信(かんしん)が股ア潜(くゞ)りだと」
大「いえ中々お立派なお方だ、最(も)う五十五六にもなろうか……拙者も近い所にいるから、また度々(たび/\)お尋ね下さい、拙者も亦(また)お尋ね申します」
權「お前辛抱しなよ、お女郎買におっ溺(ぱま)ってはいかねえよ、国と違ってお女郎が方々に在(あ)るから、随分身体を大事(でえじ)にしねば成んねえ」
大「誠に辱(かたじ)けない、左様なら」
 と松蔭大藏は帰りました。其の後(ご)渡邊織江が同年の三月五日に一人の娘を連れて、喜六(きろく)という老僕(じゞい)に供をさせて、飛鳥山(あすかやま)へまいりました。尤(もっと)も花見ではない、初桜(はつざくら)故余り人は出ません、其の頃には海老屋(えびや)、扇屋(おうぎや)の他に宜(よ)い料理茶屋がありまして、柏屋(かしわや)というは可なり小綺麗にして居りました。織江殿は娘を連れて此の茶屋の二階へ上(あが)り、御酒(ごしゅ)は飲みませんから御飯(ごぜん)を上っていました。此の娘は年頃十八九になりましょうか、色のくっきり白い、鼻筋の通った、口元の可愛らしい、眼のきょろりとした……と云うと大きな眼付で、少し眼に怖味(こわみ)はありますが、是(もっと)も巾着切(きんちゃくきり)のような眼付では有りません、堅いお屋敷でございますから好(よ)い服装(なり)は出来ません、小紋の変り裏ぐらいのことで、厚板の帯などを締めたもので、お父(とっ)さまは小紋の野掛装束(のがけしょうぞく)で、お供は看板を着て、真鍮巻(しんちゅうまき)の木刀を差して上端(あがりばな)に腰をかけ、お膳に酒が一合附いたのを有難く頂戴して居ります。二階の梯子段の下に三人車座になって御酒を飲んでいる侍は、其の頃流行(はや)った玉紬(たまつむぎ)の藍(あい)の小弁慶(こべんけい)の袖口がぼつ/\いったのを着て、砂糖のすけない切山椒(きりざんしょ)で、焦茶色の一本独鈷(いっぽんどっこ)の帯を締め、木刀を差して居るものが有ります。火の燃え付きそうな髪(あたま)をして居るものも有り、大小を差した者も有り、大髷(おおたぶさ)の連中(れんじゅう)がそろ/\花見に出る者もあるが、金がないので往(ゆ)かれないのを残念に思いまして、少しばかり散財(ざんざい)を仕ようと、味噌吸物(みそずいもの)に菜のひたし物香物(こう/\)沢山(だくさん)という酷い誂(あつら)えもので、グビーリ/\と大盃(おおもの)で酒を飲んで居ります。二階では渡邊織江が娘お竹と御飯(ごぜん)が済んで、
織「これ/\女中」
下婢「はい」
織「下に従者(とも)が居(お)るから小包を持って来いと云えば分るから、然(そ)う云ってくれ」
下婢「はい畏(かしこ)まりました」
 とん/\/\と階下(した)へ下りまして、
下婢「あの、お供さん、旦那があの小さい風呂敷包を持って二階へ昇(あが)れと仰しゃいましたよ」
喜「はい畏まりました」
 と喜六と云う六十四才になる爺さんが、よぼ/\して片手に小包を提げ、正直な人ゆえ下足番が有るのに、傍(わき)に置いた主人の雪踏(せった)とお嬢様の雪踏と自分の福草履三足一緒に懐中(ふところ)へ入れたから、飴細工の狸見たようになって、梯子を上(あが)ろうとする時、微酔機嫌(ほろよいきげん)で少し身体が斜(よこ)になる途端に、懐の雪踏が辷(すべ)って落(おち)ると、間の悪い時には悪いもので、彼(か)の喧嘩でも吹掛(ふっか)けて、此の勘定を持たせようと思っている悪浪人(わるろうにん)の一人が、手に持っていた吸物椀の中へ雪踏がぼちゃりと入ったから驚いて顔を上げ、
甲「これ怪(け)しからん奴だ、やい下(おり)ろ、二階へ上(あが)る奴下ろ」
 と云いながら喜六の裾を取ってぐいと引いたから、ドヽトンと落ち、
喜「あ痛いやい……」
甲「不礼至極(ぶれいしごく)な奴だ、人が酒を飲んでいる所へ、屎草履(くそぞうり)を投込むとは何の事だ」
 と云いながら二つ三(み)つ喜六の頭を打つ喜六は頭を押えながら、
喜「あ痛い……誠に済みませんが、懐から落ちたゞから御勘弁を願(ねげ)えます」
甲「これ彼処(あすこ)に下足を預(あずか)る番人があって、銘々下足を預けて上(あが)るのに、懐へ入れて上る奴があるものか、是には何か此の方に意趣遺恨があるに相違ない」
喜「いえ意趣も遺恨もある訳じゃねえ、お前様(めえさま)には始めてお目に懸って意趣遺恨のある理由(わけ)がござえません、私(わし)は何(なん)にも知んねえ田舎漢(いなかもの)で、年も取ってるし、御馳走の酒を戴き、酔払いになったもんだから、身体が横になる機(はず)みに懐から雪踏が落ちただから、どうか御勘弁を」
 と詫びましたが、浪人は肩を怒らせまして、
甲「勘弁罷(まか)りならん、能く考えて見ろ、人の吸物の中へ斯様に屎草履を投込んで、泥だらけにして、これを何うして喰うのだ」
喜「誠に御道理(ごもっとも)……併(しか)し屎草履と仰しゃるが、米でも麦でも大概(たいげえ)土から出来ねえものはねえ、それには肥料(こやし)いしねえものは有りますめえ、あ痛い、又打ったね」
甲「なに肥料(こやし)をしないものはないが、直接(じか)に肥料を喰物(くいもの)に打(ぶっ)かけて喰う奴があるか、怪(け)しからん理由(わけ)の分らん奴じゃアないか」
乙「これ/\其様(そん)な者に何を云ったって、痛いも痒(かゆ)いも分るものじゃアない、家来の不調法は主人の粗相だから、主人が此処(こゝ)へ来て詫るならば勘弁して遣(や)ろう、それまで其の小包を此方(こちら)へ取上げて置け、なに娘を連れて年を老(と)っている奴だと、それ/\今も云う通り家来の不調法は主人の不調法だから、主人が此処へ来て、手前に成り代って詫るなれば勘弁を仕まいものでもないが、それ迄包を此方(こっち)へ預かる、一体家来の不調法を主人が詫んという事は無い」
喜「詫ん事は無いたって、私(わし)が不調法をして、旦那様を詫に出しては済みません、それに包を取上げられてしまっては旦那様に申訳がないから、どうか堪忍しておくんなせえましな、私が不調法を為(し)たんだから、二つも三つも打叩(ぶちたゝ)かれても黙って居やすんだ、人間の頭には神様が附いて居ますぞ、其処(そこ)を叩くてえ事はねえ」
甲「なに……」
 と又打(ぶ)つ。
喜「あ痛い、又打(ぶ)ったな」
甲「なにを云う、其様な小理窟ばかり云っても仕様がねえ、もっと分る奴を出せ」
喜「あ痛い……だからま一つ堪忍しておくんなせえましよ」
甲「勘弁罷りならん」
喜「勘弁ならんて、此の包を取られゝば私(わし)がしくじるだ」
甲「手前が不調法をしてしくじるのは当然(あたりまえ)だ、手前が門前払いになったて己の知った事かえ、さ此方(こっち)へ出さんか」
喜「あ……あれ……取っちまった、其の包を取られちゃア私(わし)が済まねえと云うに、あのまア慈悲知らずの野郎め」
甲「なに野郎だ……」
 と尚(な)お事が大きくなって、見ちゃア居られませんから茶屋の女中が、
下婢「鎌(かま)どんを遣(や)っておくれな」
鎌「なに斯ういう事は矢張(やッぱ)り女が宜(い)いよ」
下婢「其様なことを云わずに往っておくれよ」
鎌「客種(きゃくだね)が悪い筋だ、何(なん)かごたつこうとして居る機(はず)みだから、どうも仕様がない」
 下婢(おんな)どもがそれへ参り、
下婢「ね、あなた方」
甲「何だ、何だ手前は」
下婢「貴方(あなた)申しお供さん、お気を附けなさらないといけませんよ、貴方ね、此方(こちら)は下足番の有るのを御存じないものですから、履物(はきもの)を懐へ入れて梯子段を昇(あが)ろうとした処を、つい酔っていらっしゃるもんですから、不調法で落ちたのでしょう、実にお気の毒さま、何卒(どうぞ)ね、ま斯ういうお花見時分で、お客さまが立込んで居りますから、御機嫌を直していらっしゃいよ、何ですよう、ちょいと貴方ア」
甲「なんだ不礼至極な奴め、愛敬が有るとか器量が好(よ)いとか云うならまだしも、手前の面を見ろい、手前じゃア分らんから分る人間を出せ」
下婢「誠にどうも、あのちょいと清次(せいじ)どん」
清「そら、己の方へ来た」
下婢「取っても附けないよ、変な奴だよ」
清「女でも宜(よ)いのに、仕様がないね」
 と若い者が悪浪人(わるろうにん)の前へ来て、額へ手を当て、
若「えへゝゝ」
甲「変な奴が出て来た、手前は何だ」
若「今日(こんにち)は生憎(あいにく)主人が下町までまいって居りませんから、手前は帳場に坐っている番頭で、御立腹の処は重々御尤(ごもっとも)さまでございますが、何分にもへえ、全体お前さんが逆らっては悪い、此方(こなた)で御立腹なさるのは御尤もで仕方がない謝まんなさい、えへ……誠に此の通り何も御存じないお方で相済みませんが…」
甲「只相済まん/\と云って何う致すのだ」
若「どうか旦那さま」
甲「うん何だと、何が何うしたと、此椀(これ)を何う致すよ、只勘弁しろたって、泥ぽっけにした物が喰えるかい」
清「左様なら旦那さま、斯様致しましょう、お料理を取換えましょう、ちょいとお芳(よし)どん、是をずっと下げて、何か乙(おつ)な、ちょいとさっぱりとしたお刺身と云ったような[#「ような」は底本では「なうな」]もので、えへゝゝ」
甲「忌(いや)な奴だな、空笑(そらわら)いをしやアがって」
清「ずっとお料理を取換え、お燗の宜(よ)い処を召上り、お心持を直してお帰りを願います」
 それより他に致し方がないので、酒肴(さけさかな)を出しまして、
清「是は手前の方の不調法から出来ました事でげすから、其のお代は戴きません、皆様へ御馳走の心得で」
乙「黙れ、不礼至極なことを云うな、御馳走なんて、汝(てまえ)に酒肴(しゅこう)を振舞って貰いたいから立腹致したと心得て居(お)るか、振舞って貰いたい下心で怒(おこ)ってる次第じゃアなえぞ」
清「いえその最初(はじまり)は上げて置いて、あとで代を戴きます」
甲「汝(てまえ)では分らんもっと分る者を遣(よこ)せ」
 二階では織江殿も心配して居りますところへ、喜六が泣きながら昇(あが)ってまいりました。

        十二

 喜六は力無げに二階へ上(あが)ってまいり、
喜「はい御免下せえまし」
織「おゝ喜六か、是へ来い/\」
喜「はい、誠に何ともはア申訳のねえ事をしました、悪い奴にお包を奪(と)られて」
織「困ったものじゃアないか、何故(なぜ)草履を懐へ入れて二階へ上ったのだよ、草履を懐へ入れて上へ昇(あが)るなどという事があるかえ」
喜「はい、田舎者で何も心得ませんから」
織「何も心得んとて、先方で立腹するところは尤(もっと)もじゃアないか、喰物(くいもの)の中へ泥草履を投入れゝば、誰だって立腹致すのは当然(あたりまえ)のことじゃ、それから何う致した」
喜「へえ、三人ながら意地の悪い奴が揃ってゝ、家来の不調法は主人の不調法だから、余所目(よそめ)に見て二階に居ることはねえ、此処(これ)へまいり、成り代って詫をしたら堪忍してくれると云いまして、お包を取上げましたから、渡すめえと確(しっ)かり押えると、あんた傍に居た奴が私(わし)の頭を叩いて、無理やりに引奪(ひったく)られましたから、大切な物でも入(へえ)って居(お)ろうかと心配して居ります」
織「何も入って居らん空風呂敷(からぶろしき)ではあるが、不調法をして詫をせずに置く訳にもいかん、手前の事から己が出ると、拙者は粂野美作守家来渡邊織江と申す者でござると、斯う姓名を明かさんければならん、己の名前は兎も角も御主人の名を汚(けが)す事になっちゃア誠に済まん訳じゃアないか、手前は長く奉公しても山出しの習慣(しぐせ)が脱(ぬ)けん男だ、誠に困ったもんだの」
喜「へえ、誠に困りました、然(そ)うして私(わし)が頭ア五つくらしました」
織「打(う)たれながら勘定などをする奴が有りますか」
喜「余り口惜(くやしゅ)うございます、中央(まんなか)にいた奴の叩くのが一番痛うござえました」
織「誠に困るの」
竹「お父(とっ)さま、斯う致しましょうか、却(かえ)って先方が食酔(たべよ)って居りますところへ貴方が入らっしゃいますより、私(わたくし)は女のことで取上げもいたすまいから、私が出て見ましょうか」
織「いや、己がいなければ宜(よ)いが、己がいて其の方を出しては宜しくない」
竹[#「竹」は底本では「喜」]「いゝえ、喜六と私(わたくし)と二人で此処(こゝ)へまいりました積りで、誠に不調法を致しましたと一言申したら宜かろうと存じます、のう喜六」
喜「はい、お嬢様が出れば屹度(きっと)勘弁します、皆(みん)な助平そうなものばかりで」
織[#「織」は底本では「竹」]「こら、其様(そん)なことを云うから物の間違になるんだ」
竹「じゃア二人の積りで宜(い)いかえ、私(わたくし)は手前を連れてお寺参りに来た積りで」
喜「どうか何分にも願います」
 とお竹の後(あと)に附いて悄々(しお/\)と二階を下りる。此方(こちら)は益々哮(たけ)り立って、
甲「さア何時までべん/\と棄置くのだ、二階へ折助(おりすけ)が昇(あが)った限(ぎ)り下りて来んが、さ、これを何う致すのだ」
 と申して居(お)るところへお竹がまいり、しとやかに、
竹「御免遊ばしませ」
甲「へえお出でなさい、何方(どなた)さまで」
竹「只今は家来共が不調法をいたして申訳もない事で、何も存じません田舎者ゆえ、盗(と)られるとわるいと存じまして、草履を懐へ入れて居(お)って、つい不調法をいたし、御立腹をかけて何とも恐入ります、少し遅く成りましたから早く帰りませんと両親が案じますから、何卒(なにとぞ)御勘弁遊ばしまして、それは詰らん包ではございますが、これに成り代りまして私(わたくし)からお詫を致します事で」
甲「どうも是は恐入りましたね、是はどうも御自身にお出(い)では恐入りましたね、誠にどうもお麗(うる)わしい事でありますな、へゝゝ、なに腹の立つ訳ではないが、ちょっと三人で花見という訳でもなく、ふらりと洗湯(せんとう)の帰り掛けに一口やっておる処で、へゝゝ」
竹「家来どもが不調法をいたし、嘸(さぞ)御立腹ではございましょうが……」
甲「いや貴方のおいでまでの事はないが、お出(い)で下されば千万有難いことで、何とも恐入りました、へゝゝ、ま一盃(ひとつ)召上れ」
 と眼を細くしてお竹を見詰めて居りますから、一人が気をもみ、
乙「何だえ、仕方がないな、貴公ぐらい女を見ると惚(のろ)い人間はないよ、女を見ると勘弁なり難い事でも直(すぐ)にでれ/\と許してしまう、それも宜(よ)いが、後(あと)の勘定を何うする、勘定をよ、前に親娘連(おやこづ)れで昇(あが)った立派な侍が二階に居(い)るじゃアないか、然(しか)るを女を詫によこすてえ次第があるかえ、其の廉(かど)を押したら宜かろう、勘定を何うするよ」
甲「うん成程、気が付かんだったが、前(さき)に昇(あが)っていたか、至極どうも御尤(ごもっと)もだから然(そ)う致そうじゃアないか」
丙「何だか分らんことを云ってる、兎に角御主人がお詫に来たから、それで宜(い)いじゃアないか、斯様な人ざかしい処で兎や斯う云えば貴公の恥お嬢様の辱(はじ)になるから、甚だ見苦しいが拙宅へお招ぎ申して、一口差上げ、にっこり笑ってお別れにしたら宜(よ)かろう」
甲「これは至極宜(よろ)しい、宅(たく)は手狭だが、是なる者は拙者の朋友(ともだち)で、可なり宅(うち)も広いから、ちょっと一献(いっこん)飲直してお別れと致しましょう」
 と柔(やさ)しい真白な手を真黒な穢(きたな)い手で引張(ひっぱ)ったから、喜六は驚き、
喜「なにをする、お嬢様の手を引張って此の助平野郎」
甲「なに、此ん畜生」
 と又騒動が大きくなりましたから、流石(さすが)の渡邊も弱って何うする事も出来ません。打棄(うっちゃ)って密(そっ)と逃げるなどというは武家の法にないから、困却を致して居りました。すると次の間に居りました客が出て参りました。黒の羽織に藍微塵(あいみじん)の小袖を着(き)大小を差し、料理の入った折を提げて来まして、
浪人「えゝ卒爾(そつじ)ながら手前は此の隣席(りんせき)に食事を致して、只今帰ろうと存じて居(お)ると、何か御家来の少しの不調法を廉(かど)に取りまして、暴々(あら/\)しき事を申掛け、御迷惑の御様子、実は彼処(あれ)にて聞兼(きゝかね)て居りましたが、如何にも相手が悪いから、お嬢様をお連れ遊ばして嘸(さぞ)かし御迷惑でござろうとお察し申します、入らざる事と思召(おぼしめ)すかしらんが、尊公の代りに手前が出ましたら如何(いかゞ)で」
織「これは何(なん)ともはや、折角の思召ではござるが、先方では柄(え)のない所へ柄をすげて申掛けを致すのだから、貴殿へ御迷惑が掛っては相済まん折角の御親切ではござるが、平(ひら)にお捨置きを願いたい」
浪人「いえ/\、手前は無禄無住(むろくむじゅう)の者で、浪々の身の上、決して御心配には及びません、御主名(ごしゅめい)を明(あか)すのを甚(ひど)く御心配の御様子、誠に御無礼な事を申すようでござるが、お嬢様を手前の妹の積りにして、手前は不加減で二階に寝ていたとして詫入れゝば宜しい」
織「何ともそれでは恐入ります事で、併(しか)し御迷惑だ……」
浪「その御心配には及びませんから手前にお任せなされ」
 と提(ひっさ)げ刀で下へ下(おり)ると、三人の悪浪人(わるろうにん)はいよ/\哮(たけ)り立って、吸物椀を投付けなど乱暴をして居ります所へ、
浪人「御免を……」
甲「何だ」
浪人「手前家来が不調法をいたしまして、妹がお詫に出ました由(よし)怪(け)しからん事で、女の身でお詫をいたし、却(かえ)って御立腹を増すばかり、手前少々腹痛が致しまして、横になって居りまする内に、妹が罷(まか)り出て重々恐入りますが、何卒(なにとぞ)御勘弁を願います」
甲「むゝ、尊公は先刻(さっき)此の方の吸物椀の中へ雪踏を投込んだ奴の御主人かえ」
浪「左様家来の粗相は主人が届かんゆえで有りますから、手前成り代ってお詫を致します、どうか御勘弁を願います、此(かく)の如く両手を突いてお詫を……」
甲「此奴(こいつ)かえ/\」
乙「此者(これ)じゃアなえよ、其奴(そいつ)は前(さき)に昇(あが)っていた奴だ、もっと年を老(と)ってる奴だア、此奴は彼(あ)の娘へ※(「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72)諛(おべっか)に入って来たんだ、其様(そん)な奴をなじらなくっちゃア仕様がねえ、えゝ始めて御意得ます、御尊名を承わりたいね……手前は谷山藤十郎(たにやまとうじゅうろう)と申す至って武骨なのんだくれで、御家来の不調法にもせよ、主人が成代って詫をいたせば勘弁いたさんでもないが、斯(かく)の如く泥だらけになった物が喰えますかよ、此の汁が吸えるかえ」
 と半分残っていた吸物椀を打掛(ぶっか)けましたから、すっと味噌汁が流れました。流石(さすが)温和の仁も忽(たちま)ち疳癖が高ぶりましたが、じっと耐(こら)え、
浪「どうか御勘弁を願います、それゆえ身不肖ながら主人たる手前が成代ってお詫をいたすので、幾重にも此の通り……手を突く」
甲「手を突いたって不礼を働いた家来を此方(こっち)へ申し受けよう、然(そ)うして此方の存じ寄にいたそう」
浪「それは貴方御無理と申すもの、何も心得ん山出しの老人ゆえ、相手になすった処がお恥辱になればとて誉れにもなりますまい、斬ったところが狗(いぬ)を斬るも同様、御勘弁下さる訳には相成りませんか」
乙「ならんければ何ういたした」
浪「ならんければ致し方がない」
甲「斯う致そう、当家(こゝ)でも迷惑をいたそうから、表へ出て、広々した飛鳥山の上にて果合(はたしあ)いに及ぼう」
浪「何も果合いをする程の無礼を致した訳ではござらん」
甲「無いたって食物(くいもの)の中へ泥草履を投込んで置きながら」
浪「手前は此の通り病身で迚(とて)もお相手が出来ません」
甲「出来んなら尚宜しい、さ出ろ、病身結構だ、広々した飛鳥山へ出て華々しく果合いをしなせえ、最(も)う了簡罷(まか)りならん、篦棒(べらぼう)め」
 と侍の面部へ唾を吐掛(はきか)けました。

        十三

 斯うなると幾ら柔和でも腹が立ちます、唾を吐き掛けられた時には物も云わず半手拭(はんてぬぐい)を出して顔を拭く内に、眼がきりゝと吊し上りました。相手の三人は酔っているから気が附きませんが、傍の人は直(じき)気が附きまして、
○「安(やす)さん出掛けよう、斯(こ)んな処で酒を呑んでも身になりませんよ、彼(あ)の位妹が出て謝って、御主人が塩梅(あんばい)の悪いのに出て来て詫びているのに、酷(ひど)い事をするじゃアないか、汁を打掛(ぶっか)けたばかりで誰でも大概怒(おこ)っちまう、我慢してえるが今に始まるよ、怪我でも仕ねえ中(うち)に出掛けよう、他に逃げ処がないから往(い)こう/\」
△「折(おり)を然(そ)う云ったっけが間に合わねえから、此の玉子焼に鰆(さわら)の照焼は紙を敷いて、手拭に包み、猪口(ちょこ)を二つばかり瞞(ごま)かして往(ゆ)こう」
 と皆逃支度(にげじたく)をいたします。此方(こちら)の浪人は屹度(きっと)身を構えまして、
浪「いよ/\御勘弁相成(あいなら)んとあれば止むを得ざる事で、表へ出てお相手になろう」
 とずいと提(ひっさ)げ刀(がたな)で立つと、他の者が之を見て。
○「泥棒ッ」
△「人殺しい/\」
 と自分が斬られる訳ではないが、遽(あわ)てゝ逃出すから、煙草盆を蹴散(けちら)かす、土瓶を踏毀(ふみこわ)すものがあり、料理代を払って往(ゆ)く者は一人もありません、中に素早い者は料理番へ駈込んで鰆を三本担(かつ)ぎ出す奴があります。彼(か)の三人は真赤な顔をして、
甲「さ来い」
浪「然(しか)らばお相手は致しますが、宜くお心を静めて御覧(ごろう)じろ、さして御立腹のあるべき程の粗相でもないに、果合(はたしあ)いに及んでは双方の恥辱になるが宜しいか」
乙「えゝ、やれ/\」
 と何うしても肯(き)きません、酒の上で気が立って居ります、一人が握拳(にぎりこぶし)を振って打掛るを早くも身をかわし、
浪「えい」
 と逆に捻倒(ねじたお)した手練(てなみ)を見ると、余(あと)の二人がばら/\/\と逃げました。前に倒れた奴が口惜(くや)しいから又起上って組附いて来る処を、拳(こぶし)を固めて脇腹の三枚目(芝居でいたす当身(あてみ)をくわせるので)余り食ったって旨いものでは有りません。
甲「うゝーん」
 と倒れた、詰らんものを食ったので、見物の弥次馬が、
△「其方(そっち)へ二人逃げた、威張った野郎の癖に容(ざま)ア見やアがれ、殴れ/\」
 と何だか知りもしないのに無茶苦茶に草履(ぞうり)草鞋(わらじ)を投付ける。
織「これ喜六、よくお礼を申せ」
喜「へえ、誠に有難(ありがて)えことで、初(はじま)りは心配して居りました、若(も)し貴方に怪我でもあらば仕様がねえから飛出そうと思ってやしたが、此の通りおっ死(ち)ぬまで威張りアがって野郎」
 二つ三つ打つを押止(おしと)め、
浪「いや打ったって致し方がありません罪も報いもない此奴(こやつ)を殺しても仕様がないから、御家来憚(はゞか)りだが彼方(あっち)で手桶を借り水を汲んで来て下さい」
喜「はい畏(かしこ)まりました」
 彼(か)の侍は其処(そこ)に倒れた浪人の双方の脇の下へ手を入れ、脇肋(きょうろく)へ一活(いっかつ)入れる。
甲「あっ……」
 と息を吹反(ふきかえ)す処へ水を打掛(ぶっか)ける。
甲「あっ/\/\……」
浪「其様(そん)な弱い事じゃアいけません、果合いをなさるなら立上って尋常に華々しく」
甲「いえ/\誠に恐入りました、酔(よい)に乗じ甚(はなは)だ詰らん事を申して、お気に障ったら幾重にもお詫(わび)を致します、どうか御勘弁を願います」
喜「今度は詫るか、詫るというなら堪忍してやるが、弱え奴だな、己(おら)ような年い老(と)った弱えもんだと馬鹿にして、三つも四つも殴りアがって、斯う云う旦那に捉(つか)まると魂消(たまげ)てやアがる、我身を捻(つね)って他人(ひと)の痛さが分るだろう、初まりの二つは我慢が出来なかったぞ、己も殴るから然(そ)う思え」
 と握拳を固めてこん/\と続けて二つ打つ。
甲「誠に先程は御無礼で」
 と這々(ほう/\)の体(てい)で逃げて行(ゆ)くと、弥次馬に追掛(おっか)けられて又打たれる、意気地(いくじ)のない事。
織「どうか一寸(ちょっと)旧(もと)の席へ、まア/\何卒(どうぞ)…」
浪「いえ、些(ちっ)と取急ぎますから」
織「でもござろうが」
 と無理に旧(もと)の茶屋へ連戻り、上座(じょうざ)へ直し、慇懃(いんぎん)に両手を突き、
織「斯(か)ようの中ゆえ拙者の姓名等も申上げず、恐入りましたが、拙者は粂野美作守(くめのみまさか)家来渡邊織江と申す者、今日(こんにち)仏参(ぶっさん)の帰途(かえりみち)、是なる娘が飛鳥山の花を見たいと申すので連れまいり、図らず貴殿の御助力(ごじょりき)を得て無事に相納まり、何ともお礼の申上げようもござりません、併(しか)しどうも起倒流(きとうりゅう)のお腕前お立派な事で感服いたしました、いずれ由(よし)あるお方と心得ます、御尊名をどうか」
浪「手前(てまい)は名もなき浪人でございます、いえ恐入ります、左様でございますか、実は拙者は松蔭大藏と申して、根岸の日暮が岡の脇の、乞食坂を下(お)りまして左へ折れた処に、見る蔭もない茅屋(ぼうおく)に佗住居(わびずまい)を致して居ります、此の後(ご)とも幾久しく……」
織「左様で、あゝ惜しいお方さまで、只今のお身の上は」
大「誠に恥入りました儀でござるが、浪人の生計(たつき)致し方なく売卜(ばいぼく)を致して居ります」
織「売卜を……易を……成程惜しい事で」
喜「お前さまは売卜者(うらないしゃ)か、どうもえらいもんだね、売卜者(ばいぼくしゃ)だから負けるか負けねえかを占(み)て置いて掛るから大丈夫だ、誠に有難うござえました」
織「何(いず)れ御尊宅へお礼に出ます」
 と宿所(しゅくしょ)姓名を書付けて別れて帰ったのが縁となり、渡邊織江方へ松蔭大藏が入込(いりこ)み、遂に粂野美作守様へ取入って、どうか侍に成りたい念があって企(たく)んで致した罠にかゝり、渡邊織江の大難に成ります所のお話でございます。此の松蔭大藏と申す者は前に述べました通り、従前美作国津山の御城主松平越後様の家来で、宜(よ)い役柄を勤めた人の子でありますが、浪人して図らず江戸表へ出てまいりましたが、彼(か)の權六とも馴染の事でございますゆえ、權六方へも再三訪れ、權六もまた大藏方へまいりまして、大藏は織江を存じておりますから喧嘩の仲裁(なか)へ入りました事でございます。屋敷へ帰っても物堅い渡邊織江ですから早く礼に往(ゆ)かんければ気が済みませんので、お竹と喜六を伴(つ)れ、結構な進物を携(たずさ)えまして日暮ヶ岡へまいって見ると、売卜(ばいぼく)の看板が出て居りますから、
織「あ此家(これ)だ、喜六一寸(ちょっと)其の玄関口で訪れて、松蔭大藏様というのは此方(こなた)かと云って伺ってみろ」
喜「はい畏(かしこま)りました、えゝお頼み申します/\」
大「ドーレ有助(ゆうすけ)何方(どなた)か取次があるぜ」
有「はい畏りました」
 つか/\/\と出て来ました男は、少し小侠(こいなせ)な男でございます。子持縞(こもちじま)の布子(ぬのこ)を着て、無地小倉の帯を締め、千住の河原の煙草入を提げ、不粋(ぶすい)の打扮(こしらえ)のようだが、もと江戸子(えどっこ)だから何処(どっ)か気が利いて居ります。
有「え、おいでなさえまし、何でござえます」
喜「えゝ松蔭大藏様と仰しゃるは此方(こちら)さまで」
有「え、松蔭は手前でござえますが、何か当用(とうよう)か身の上を御覧なさるなれば丁度今余り人も居ねえ処で宜しゅうござえます、ま、お上(あが)んなせえまし」
喜「いや、然(そ)うじゃアござえません、旦那さまア此方(こちら)さまですと」
織「あい、御免くだされ」
 と立派な侍が入って来ましたから、有助も少し容(かたち)を正して、
有「へえ、おいでなせえまし」
織「えゝ拙者は粂野美作守家来渡邊織江と申す者、えゝ早々お礼に罷(まか)り出(い)ずべきでござったが、主用(しゅよう)繁多に就(つ)き存じながら大きにお礼が延引いたしました、稍(ようや)く今日(こんにち)番退(ばんび)きの帰りに罷出(まかりで)ました儀で、先生御在宅なれば目通りを致しとうござる」
有「はい畏りました……えゝ先生」
大「何だ」
有「何(な)んだか飛鳥山でお前さんがお助けなすった粂野美作守の御家来の渡邊織江とかいう人がお嬢さんを連れて礼に来ましたよ」
大「左様か直(すぐ)に茶の良いのを入れて莨盆(たばこぼん)、に火を埋(い)けて、宜(よ)いか己が出迎うから……いや是は/\どうか見苦しい処へ何とも恐入りました、どうか直にお通りを……」
織「今日(こんにち)は宜く御在宅で」
大「宜うこそ……是れはお嬢様も御一緒で、此の通りの手狭(てぜま)で何とも恥入りましたことで、さ何卒(なにとぞ)お通りを……」
織「えゝ御家来誠に恐入りましたが、一寸(ちょっと)お台を……何でも宜しい、いえ/\其様(そん)な大きな物でなくとも宜しい、これ/\其の包の大きな方を此処(これ)へ」
 と風呂敷を開(ひら)きまして、中から取出したは白羽二重(しろはぶたえ)一匹に金子が十両と云っては、其の頃では大した進物で、これを大藏の前へ差出しました。

        十四

 尚も織江は慇懃(いんぎん)に、
織「先ず御機嫌宜しゅう、えゝ過日は図らずも飛鳥山で何とも御迷惑をかけ、彼(あ)の折(おり)はあゝいう場所でござって、碌々お礼も申上げることが出来んで、屋敷へ帰っても此娘(これ)が又どうか早うお礼に出たいと申しまして、実に容易ならん御恩で、実に辱(かたじ)けない事で、彼の折は主名を明すことも出来ず、怖い事も恐ろしい事もござらんが、女連(おんなづれ)ゆえ大きに心配いたし居りました、実に其の折は意外の御迷惑をかけまして誠に相済みません事で」
大「いえ/\何う致しまして、再度お礼では却(かえ)って恐入ります、殊(こと)に御親子(ごしんし)お揃いで斯様な処へおいでは何とも痛入(いたみい)りましてござる」
織「えゝ此品(これ)は(と盆へ載せた品を前へ出し)[#「)」は底本では脱落]何(なん)ぞと存じましたが、御案内の通りで、下屋敷(しもやしき)から是までまいる間には何か調(とゝの)えます処もなく、殊に番退(ばんひ)けから間(ま)を見て抜けて参りましたことで、広小路へでも出たら何ぞ有りましょうが、是は誠にほんの到来物で、粗末ではござるが、どうか御受納下さらば……」
大「いや是は恐入ったことで……斯様な御心配を戴く理由(わけ)もなし、お辞(ことば)のお礼で十分、どうか品物の所は御免を蒙(こうむ)りとう、思召(おぼしめし)だけ頂戴致す」
織「いえ、それは貴方の御気象、誠に御無礼な次第ではあるけれども、ほんのお礼のしるしまでゞございますから、どうかお受け下さるように……甚(はなは)だ何(なん)でござるが御意(ぎょい)に適(かな)った色にでもお染めなすって、お召し下されば有難いことで、甚だ御無礼ではござるが……」
大「何(なん)ともどうも恐入りました訳でござる然(しか)らば折角の思召(おぼしめし)ゆえ此の羽二重だけは頂戴致しますが、只今の身の上では斯様な結構な品を購(と)るわけには迚(とて)もまいりません、併(しか)し此のお肴料(さかなりょう)とお記(しる)しの包は戴く訳にはまいりません」
織「左様でもござろうが、貴方が何(なん)でございますなら御奉公人にでもお遣(つか)わしなすって下さるように」
大「それは誠に恐入ります、嬢さま誠に何とも……」
竹「いえ親共と早くお礼に上(あが)りたいと申し暮し、私(わたくし)も種々(いろ/\)心ならず居りましたが、何分にも番がせわしく、それ故大きに遅れました、彼(あ)の節は何ともお礼の申そうようもございません、喜六やお前一寸(ちょっと)此方(こちら)へ出て、宜くお礼を」
喜「はい旦那さま、彼(あ)の折(おり)は何ともはアお礼の云う様(よう)もござえません、私(わし)なんざアこれもう六十四になりますから、何もこれ彼奴等(あいつら)に打殺(ぶちころ)されても命の惜(おし)いわけはなし、只私の不調法から旦那様の御名義ばかりじゃアねえ、お屋敷のお名前まで出るような事があっちゃア済まねえと覚悟を極めて、私一人打殺(ぶっころ)されたら事が済もうと思ってる所へ、旦那様が出て何ともはアお礼の申(もうし)ようはありません、見掛けは綺麗な優しげな、力も何もねえようなお前様が、大の野郎を打殺(うちころ)しただから、お侍は異(ちが)ったものだと噂をして居りました」
大「然(そ)う云われては却(かえ)って困る、これは御奉公人で」
喜「はい私(わし)ア何(なん)でござえます、お嬢さまが五才(いつゝ)の時から御奉公をして居り、長(なが)え間これ十五年もお附き申していますからお馴染(なじみ)でがす、彼(あ)の時お酒が一口出たもんだから、お供だで少し加減をすれば宜かったが、急いで飲(や)っつけたで、えら腹が空(へ)ったから、二合出たのを皆(み)な酌飲(くんの)んじまい、酔ぱらいになって、つい身体が横になったところから不調法をして、旦那様に御迷惑をかけましたが、先生さまのお蔭さまで助かりましたは、何ともお礼の申上げようはござえません」
織「えゝ今日(こんにち)は直(すぐ)にお暇(いとま)を」
大「何はなくとも折角の御入来(ごじゅうらい)、素(もと)より斯様な茅屋(ぼうおく)なれば別に差上(さしあげ)るようなお下物(さかな)もありませんが、一寸(ちょっと)詰らん支度を申し付けて置きましたから、一口上ってお帰りを」
織「いや思召(おぼしめし)は辱(かたじ)けないが、今日(こんにち)は少々急ぎますから、併(しか)し貴方様はお品格といい、先達(せんだっ)て三人を相手になすったお腕前は余程武芸の道もお心懸け、御熟練と御無礼ながら存じました、どうか承わりますれば新規お抱えに相成った權六と申す者と前々から知るお間柄ということを一寸屋敷で聞きましたが、御生国(ごしょうこく)は矢張(やはり)美作で」
大「はい、手前は津山の越後守家来で、父は松蔭大之進と申して、聊(いさゝ)か高も取りました者でござるが、父に少し届かん所がありまして、お暇(いとま)になりまして、暫(しばら)くの間黒戸(くろと)の方へまいって居り又は權六の居りました村方にも居りました、それゆえに彼(あれ)とは知る仲でございます」
織「実にどうも貴方は惜(おし)いことで、大概忠臣二君に事(つか)えずと云う堅い御気象であらっしゃるから、立派な処から抱えられても、再び主(しゅう)は持たんというところの御決心でござるか」
大「いえ/\二君に仕(つか)えんなどと申すは立派な武士の申すことで、どうか斯うやって店借(たながり)を致して、売卜者(ばいぼくしゃ)で生涯朽果(くちはて)るも心外なことで、仮令(たとえ)何様(どん)な下役小禄でも主取(しゅうと)りをして家名を立てたい心懸(こゝろがけ)もござりますが、これという知己(しるべ)もなく、手蔓等(てづるとう)もないことで、先達(せんだっ)て權六に会いまして、これ/\だと承わり、お前は羨(うらやま)しい事で、遠山の苗字を継いでもと米搗(こめつき)をしていた身の上の者が大禄(たいろく)を取るようになったも、全くお前の心懸(こゝろがけ)が良いので自然に左様な事になったので、拙者などは早く親に別れるくらいな不幸の生れゆえ、とても然(そ)ういう身の上には成れんが、何様(どん)な処でも宜しいから再び武家になりたい、口が有ったら世話をしてくれんかと權六にも頼んで置きましたくらいで、何(ど)の様な小禄の旗下(はたもと)でも宜しいが、お手蔓があるならば、どうか御推挙を願いたい、此の儀は權六にも頼んで置(おき)ましたが、御重役の尊公定めしお交際(つきあい)もお広いことゝ心得ますから」
織「承知致しました、えゝ宜しい、いや実に昔は何か貞女両夫に見(まみ)えずの教訓を守って居りましたが、却(かえ)ってそれでは御先祖へ対しても不孝にも相成ること、拙者主人美作守(みまさか)は小禄でござるけれども、拙者これから屋敷へ立帰って主人へも話をいたしましょう、貴方の御器量は拙者は宜く承知しておるが、家老共は未(ま)だ知らんことゆえ、始めから貴方が越後様においでの時のように大禄という訳にはまいりません、小禄でも宜しくば心配をして御推挙いたしましょう」
大「どうもそれは辱(かたじ)けない事で」
 と是から互に酒を飲合って、快く其の日は別れましたが、妙な物で、助けられた恩が有るゆえ、織江が種々(いろ/\)周旋いたしたところから、丁度十日目に松蔭大藏の許(もと)へお召状(めしじょう)が到来致しましたことで、大藏披(ひら)いて見ると。
御面談申度(もうしたき)儀有之候(これありそうろう)間明(みょう)十一日朝五つ時当屋敷へ御入来(ごじゅらい)有之候様(よう)美作守(みまさかのかみ)申付候此段得御意(ぎょいをえ)候以上
美作守内[#地付き、地より8字アキ]
    三月十日
寺島兵庫
        松蔭大藏殿
 という文面で、文箱(ふばこ)に入って参りましたから、当人の悦びは一通りでございません、先ず請書(うけしょ)をいたし、是から急に支度にかゝり、小清潔(こざっぱり)した紋付の着物が無ければなりません、紋が少し異(ちが)っていても宜い、昌平(しょうへい)に描(か)かせても直(じき)に出来るだろうが、今日一日のことだからと有助を駈けさせて買いに遣(つか)わし、大小は素(もと)より用意(たしなみ)がありますから之を佩(さ)して、翌朝(よくあさ)の五つ時に虎の門のお上屋敷(かみやしき)へまいりますと、御門番には予(かね)て其の筋から通知がしてありますから、大藏を中の口へ通し中の口から書院へ通しました。

        十五

 御書院の正面には家老寺嶋兵庫、お留守居渡邊織江其の外お目附列座で新規お抱えのことを言渡し、拾俵五人扶持を下(くだ)し置かるゝ旨のお書付を渡されました。其のお書付には高(たか)拾俵五人扶持と筆太に書いて、宛名は隅の方へ小さく記してござります。織江から来(きた)る十五日御登城の節お通り掛けお目見え仰付(おおせつ)けらるゝ旨、且(かつ)上屋敷に於てお長家(ながや)を下し置かるゝ旨をも併(あわ)せて達しましたので、大藏は有難きよしのお受(うけ)をして拝領の長家へ下(さが)りました。織江が飛鳥山で世話になった恩返しの心で、御不自由だろうから是もお持ちなさい、彼(あれ)もお持ちなさいと種々(いろ/\)な品物を送ってくれたので、大藏は有難く心得て居りました。其の中(うち)十五日がまいると、朝五つ時の御登城で、其の日大藏は麻上下(あさがみしも)でお廊下に控えていると、軈(やが)てごそり/\と申す麻上下と足の音がいたす、平伏をする、というのでお目見えというから読んで字の如く目で見るのかと存じますと、足音を聞くばかり、寧(むし)ろお足音拝聴と申す方が適当であるかと存じます。併(しか)し当時(そのころ)では是すら容易に出来ませんことで、先ず滞(とゞこお)りなくお目見えも済み、是から重役の宅を廻勤(かいきん)いたすことで、是等(これら)は総(すべ)て渡邊織江の指図でございますが、羽振の宜(よ)い渡邊織江の引力でございますから、自(おのず)から人の用いも宜しゅうございますが、新参のことで、谷中のお下屋敷詰(しもやしきづめ)を申付けられました。始(はじま)りはお屋敷外(そと)を槍持六尺棒持を連れて見廻らんければなりません、槍持は仲間部屋(ちゅうげんべや)から出ます、棒持の方は足軽部屋から出(で)て[#「出(で)て」は底本では「出(で)で」]、甃石(いし)の処をとん/\とん/\敲(たゝ)いて歩(あ)るく、余り宜(い)い役ではありません、芝居で演じましても上等役者は致しません所の役で、それでも拾俵の高持(たかもち)になりました。所が大藏如才ない人で、品格があって弁舌愛敬がありまして、一寸(ちょっと)いう一言(ひとこと)に人を感心させるのが得意でございますから、家中(かちゅう)一般の評判が宜しく、
甲「流石(さすが)は渡邊氏(うじ)の見立(みたて)だ、あれは拾俵では安い、百石がものはあるよ」
乙「いゝえ何(なん)でげす、家老や用人よりは中々腕前が良いそうだが、全体彼(あれ)を家老にしたら宜かろう」
 などと種々(いろ/\)なことを云います。大藏は素(もと)より気が利いて居りますから、雨でも降るとか雪でも降ります時には、部屋へ来まして
大「一盃(いっぱい)飲むが宜(よ)い、今日(こんにち)は雪が降って寒いから巡検(おまわり)は私(わし)一人で廻ろう、なに槍持ばかりで宜しい、此の雪では誰も通るまいから咎める者も無かろう、私一人で宜しい、これで一盃飲んでくれ」
 と金(かね)びらを切りまして、誠に手当が届くから、寄ると触ると大藏の評判で、
甲「野上(のがみ)イ」
乙「えゝ」
甲「今度新規お抱えになった松蔭様はえらいお方だね」
乙「彼(あれ)は別だね一寸(ちょっと)来ても寒かろう、一盃飲んだら宜かろうと、仮令(たとえ)二百でも三百でも銭を投出して目鼻の明く処は、どうも苦労した人は違うな、一体御当家様よりは立派な大名の御家来で立派なお方が貧乏して困って苦労した人だから、物が届いている、感心な事だ、夜(よ)は寒いから止せ/\と御自分ばかりで見廻りをして勤めに怠りはない、それから見ると此方等(こちとら)は寝たがってばかりいて扨(さ)て仕様がないの」
甲「本当にどうも……おゝ噂をすれば影とやらで、おいでなすった」
 と仲間共(ちゅうげんども)は大藏を見まして、
「えゝどうもお寒うございます」
大「あゝ大きに御苦労だが、又廻りの刻限が来たから往ってもらわなければならん、昼間お客来(きゃくらい)で又(ま)た遺失物(おとしもの)でもあるといかんから、仁助(にすけ)私(わし)が一人で見廻ろう、雪がちらちらと来たようだから」
仁「成程降って来ましたね」
大「よほど降って来たな、提灯(ちょうちん)も別に要(い)るまい、廻りさえすれば宜(よ)いのだ、私(わし)は新役だからこれが務(つと)めで、貴様達は私に連れられる身の上だ、殊(こと)に一人や二人狼藉者が出ても取って押えるだけの力はある、といって何も誇るわけではないが、此の雪の降るに、連れて往(い)かれるのも迷惑だろうから」
仁「面目次第もありませんが、此方等(こちとら)は狼藉者でも出ると、真先(まっさき)に逃出し、悪くすると石へ蹴つまずいて膝ア毀(こわ)すたちでありますよ、恐入りますな」
大「御家中(ごかちゅう)で万事に心附(こゝろづき)のある方は渡邊殿と秋月殿である、寒かろうから寒さ凌(しの)ぎに酒を用いたら宜かろうと云って、御酒(ごしゅ)を下すったが、斯様な結構な酒はお下屋敷にはないから、此の通り徳利(とくり)を提げて来た、一升ばかり分けてやろう別に下物(さかな)はないから、此銭(これ)で何ぞ嗜(すき)な物を買って、夜蕎麦売(よそばうり)が来たら窓から買え」
仁「恐れ入りましたな、何ともお礼の申そうようはございません、毎(いつ)もお噂ばかり申しております実に余り十分過ぎまして……」
大「雪が甚(ひど)く降るので手前達も難儀だろう、私(わし)一人で宜しい提灯と赤合羽を貸せ/\」
 と竹の饅頭笠を被(かぶ)り、提灯を提げ、一人で窃(ひそ)かに廻りましたが却(かえ)ってどか/\多勢(おおぜい)で廻ると盗賊は逃げますが、窃かに廻ると盗賊も油断して居りますから、却って取押えることがあります。無提灯でのそ/\一人で歩くのは結句用心になります。或日お客来で御殿の方は混雑致しています時、大藏が長局(ながつぼね)の塀の外を一人で窃かに廻ってまいりますと、沢山ではありませんが、ちら/\と雪が顔へ当り、なか/\寒うござります、雪も降止みそうで、風がフッと吹込む途端、提灯の火が消えましたから、
大「あゝ困ったもの」
 と後(あと)へ退(さが)ると、長局の板塀の外に立って居る人があります。無地の頭巾(ずきん)を目深(まぶか)に被りまして、塀に身を寄せて、小長い刀を一本差し、小刀(しょうとう)は付けているかいないか判然(はっきり)分りませんが、鞘の光りが見えます。
大「はてな」
 と大藏は後(あと)へ退(さが)って様子を見ていました。すると三尺の開口(ひらきぐち)がギイーと開(あ)き、内から出て来ました女はお小姓姿、文金(ぶんきん)の高髷(たかまげ)、模様は確(しか)と分りませんが、華美(はで)な振袖で、大和錦(やまとにしき)の帯を締め、はこせこと云うものを帯へ挟んで居ります。器量も判然(はっきり)分りませんが、只色の真白(まっしろ)いだけは分ります。大藏は心の中(うち)で、ヤア女が出たな、お客来の時分に芸人を呼ぶと、毎(いつ)も下屋敷のお女中方が附いて来るが、是は上屋敷の女中かしらん、はてな何うして出たろう、此の掟の厳しいのに、今日(こんにち)のお客来で御蔵(おくら)から道具を出入(だしい)れするお掃除番が、粗忽(そこつ)で此の締りを開けて置いたかしらん、何にしろ怪(け)しからん事だと、段々側へ来て見ますと、塀外(へいそと)に今の男が立って居りますからハヽア、さてはお側近く勤むる侍と奥を勤めるお女中と密通をいたして居(お)るのではないかと存じましたから、後(あと)へ退(さが)って息を屏(ころ)して、密(そっ)と見て居りますと、彼(か)の女は四辺(あたり)をきょろ/\見廻しまして声を潜め、
女「春部(はるべ)さま、春部さま」
春「シッ/\、声を出してはなりません」
 と制しました。

        十六

 お小姓姿の美しい者が眼に涙を浮(うか)めまして、
女「貴方まア私(わたくし)から幾許(いくら)お文(ふみ)を上げましても一度もお返辞のないのはあんまりだと存じます、貴方はもう亀井戸(かめいど)の事をお忘れ遊ばしたか、私はそればっかり存じて居りますけれども、掟が厳しいのでお目通りを致すことも出来ませんでしたが、今晩は宜(よ)い間(ま)にお目に懸れました」
春「他(ひと)に知れてはならんが、今夜は雪が降って来たので、廻りの者も自然役目を怠って、余りちょん/\叩いて廻らんようだが、先刻(さっき)ちょいと合図をしたから、ひょっと出て来ようと存じてまいったが、此の事が伯父に知れた日にア実に困るから、他(ひと)に知れんようにして私(わし)も会いたいと思うから、来年三月宿下(やどさが)りの折に、又例の亀井戸の巴屋(ともえや)で緩(ゆっ)くり話を致しましょう」
女「宿下(やどさがり)の時と仰しゃっても、本当に七夕様のようでございますね、一年に一度しきゃアお目通りが出来ないのかと思いますと、此の頃では貴方の夢ばかり見て居りますよ、私(わたくし)は思いの儘なことを書いて置きましたから、これを篤(とっ)くり見て下されば分りましょう、私の身にかゝる事がございますからお持ち遊ばせ」
 と渡す途端に後(うしろ)から突然(だしぬけ)に大声で、
大「火の廻り」
 という。二人は恟(びっく)り致しまして、後(あと)へ退(の)き、女は慌(あわ)てゝ開き戸を締めて奥へ行(ゆ)く。彼(か)の春部という若侍も同じく慌てゝお馬場口の方へ遁(に)げて行く。大藏は密(そっ)と後(あと)へ廻って、三尺の開戸(ひらきど)を見ますと、慌てゝ締めずにまいったから、戸がばた/\煽(あお)るが、外から締りは附けられませんから石を支(か)って置きまして、独言(ひとりごと)に、
大「困ったな、女が手紙を出したようだが、男の方で取ろうという処を、己が大きな声で呶鳴(どな)ったから、驚いたものか文を落して行った、これは宜(よ)い物が手に入(い)った」
 と懐へ入れて詰所へ帰り、是から同役と交代になります。
大「此の手紙をいつぞは用に立てよう」
 と待ちに待って居りました。彼(か)の春部というものは、お小姓頭を勤め十五石三人扶持を領し、秋月の甥(おい)で、梅三郎(うめさぶろう)という者でございます。お目附の甥だけに羽振が宜しく、お父(とっ)さまは平馬(へいま)という。梅三郎は評判の美男(びなん)で、婀娜(あだ)な、ひんなりとした、芝居でいたせば家橘(かきつ)か上(のぼ)りの菊の助でも致しそうな好男(いゝおとこ)で、丁度其の月の二十八日、春部梅三郎は非番のことだから、用達(ようた)し旁々(かた/″\)というので、根津の下屋敷を出まして、上野の広小路で買物をいたし、今山下の袴腰(はかまごし)の方へ掛ろうとする後(うしろ)から、松蔭大藏が声をかけ
大「もし/\春部さま/\」
梅「あい、これは大藏殿かえ」
大「へえ、今日(こんにち)は好(よ)いお天気になりました、お非番でげすか」
梅「あゝ幸い非番ゆえ浅草へでもまいろうかと思う」
大「へえ私(わたくし)も今日(こんにち)は非番で、ま別に知己(しるべ)もありませんし、未(ま)だ当地の様子も不慣(ふなれ)でございますから、道を覚えて置かなければなりません、切(せ)めて小梅のお中屋敷へまいる道だけでも覚えようと存じて、浅草から小梅の方へまいろうと存じまして、実は頼合(たのみあわ)せてまいりました」
梅「然(そ)うかえ、三作(さんさく)はお前の相役(あいやく)だね」
大「へえ左様でござります、えゝ春部さま、貴方少々伺いたい儀がござりますが、決してお手間は取らせませんから、あの無極庵(むきょくあん)(有名の蕎麦店(そばや))まで、えへ貴方少々御馳走に差上げるというは甚(はなは)だ御無礼な儀でござりますが、一寸(ちょっと)伺いたい儀がござりますから、お急ぎでなければ無極の二階までおいでを願います」
梅「別に急ぎも致さんが、何か馳走をされては困ります、お前は大分(だいぶ)下役の者へ馳走をして振舞うという噂があるが余り新役中に華美(はで)な事をせんが宜(よ)いと伯父も心配しています」
大「へえ、毎度秋月さま渡邊さまのお引立に因(よ)りまして、不肖の私(わたくし)が身に余る重役を仰付けられ、誠に有難いことで決してお手間は取らせませんから」
梅「いや又にいたそう」
大「どうか甚だ御無礼(ごむれい)でございますが何卒(どうぞ)願います、少々お屋敷の御家風の事に就(つい)て伺いたい儀がございます」
梅「左様か」
 と素(もと)より温厚の人でございますから、強(た)ってと云うので、是から無極の二階へ通りました。追々誂物(あつらえもの)の肴が出てまいりましたから、
大「女中今少しお話し申す事があるから、誰も此処(こゝ)へ参らんようにしてくれ、用があれば手を拍(う)って呼ぶから」
女中「はい、左様なれば此処を閉めましょうか」
大「いや、それは宜しい……えゝお急ぎの処をお引留め申して何とも恐入りました」
梅「あい何だえ、私(わし)に聞きたい事というのは」
大「えゝ、外でもござりませんが、お屋敷の御家風に就て伺いたい儀がござる、それと申すも拙者は何事も御家風を心得ません不慣(ふなれ)の身の上にて、斯様な役向(やくむき)を仰付けられ、身に余りて辱(かたじ)けない事と存じながら、慾には限りのないもので、何(ど)の様にも拙者身体の続くだけは御奉公致します了簡なれども、上役のお引立が無ければ迚(とて)も新参者(しんざんもの)などは出世が出来ません、渡邊殿は別段御贔屓を下さいますが、貴方の伯父御さまの秋月さまは未だ染々(しみ/″\)お言葉を戴きました事もないゆえ、大藏疾(とう)より心懸けて居りますが、手蔓はなし、拠(よんどころ)なく今日(こんにち)迄打過ぎましたが、春部様からお声がゝりを願い、秋月様へお目通りを願いまして、お上(かみ)へ宜しくお執成(とりなし)を願いますれば拙者も慾ばかりではござらん、先祖へ対して此の上ない孝道かと存じますで、どうぞ伯父上へ貴方様から宜しく御推挙を願いたい」
梅「いや、それはお前無理だ、よく考えて見なさいお前は何か腕前が善(よ)いとか文道(ぶんどう)にも達して居(お)るとか、又品格といい応対といい、立派な侍の胤(たね)だけあって流石(さすが)だと家中の評も宜しいが、何ぞ功がなければ出世は出来ん、其の功と云うは他(ひと)に勝(すぐ)れた事があるとか、或(あるい)は屋敷に狼藉でも忍入(しのびい)った時に取押えたとか何かなければ迚(とて)もいかんが、如何に伯父甥の間柄でも、伯父に頼んで無理にあゝしてくれ、斯うしてくれと云っては依怙(えこ)の沙汰になって、それでは伯父も済まん訳だから、然(そ)ういう事で私(わし)を此処(これ)へ呼び寄せて、お前が馳走をして引立(ひきたて)を願うと云って、酒などを飲ましてくれちゃ誠に困る、斯様な事が伯父に知れると叱られますから御免……」
 と云い棄てゝ立上る袖を押えて、
大「暫くお待ちを……此の身の出世ばかりでなく、斯(か)く申す大藏も聊(いさゝ)かお屋敷へ対して功がござる、それゆえ強(し)いて願いますわけで」
梅「功が有れば宜しい、何ういう功だ」
大「愚昧(ぐまい)の者にて何事も分りませんが、お屋敷の御家風は何ういう事でござろうか、罪の軽重(けいじゅう)を心得ませんが、先ず御家中内に罪あるものがござります時に、重き罪を軽く計らう方が宜しいか、罪は罪だから其の悪事だけの罪に罰するが宜しいか、私(わたくし)心得のために承知をして置きとうござる」
梅「それは罪を犯したる者の次第にも因(よ)りましょうけれども、上(かみ)たる者は下(した)の者の罪は減じ得られるだけ軽くして、命を助けんければならん」
大「それは然(そ)うあるべき事で、若(も)し貴方の御家来が貴方に対して不忠な事を致しまして、手討に致すべき奴を手討にせんければならん時、手討に致した方が宜しいか、但しお助けなすって門前払いにいたし、永(なが)のお暇(いとま)を出された方がお宜しいか」
梅「其様(そん)な事は云わんでも知れて居る、斬る程の罪を犯し、斬るべきところを助け、永の暇と云って聊(いさゝ)か手当をいたして暇を遣(つか)わす、是が主従(しゅうじゅう)の情というもので、云うに云われん処が有るのじゃ」

        十七

 大藏は感心した風(ふう)をして聞き了(おわ)り、
大「成程甚だ恐入りますが、殿様も誠に御仁慈(ごじんじ)厚く、また御重役方も皆真(しん)に智仁(ちじん)のお方々だという事を承わって居りますが、拙者はな、お屋敷内(ない)に罪あるもので、既にお手討にもなるべき者を助けました事が一廉(ひとかど)ございます、此の廉を以てお執成(とりなし)を願います」
梅「むゝ、何ういう理由(わけ)で、人は誰だね」
大「えゝ疾(とう)より此の密書が拙者の手に入って居りますが、余人(よじん)に見せては相成らんと、貴方の御心中を看破(みやぶ)って申し上げます、どうか罪に陥らんようにお取計いを願いとうござる」
梅「何だ、密書と云えば容易ならん事だ」
 と手に取って見て驚きましたも道理で、いつぞや若江から自分へ贈った艶書であるから、かっと赤面致しましたが、色の白い人が赧(あか)くなったので、そりアどうも牡丹(ぼたん)へ電灯を映(か)けたように、どうも美しい好(い)い男で、暫く下を向いて何も云えません。大藏少し膝を進ませまして、
大「是は私(わたくし)の功かと存じます、此の功によってお引立を願いとう存じます、只出世を致したいばかりではないが、拙者前(ぜん)に津山に於(おい)て親父は二百四十石領(と)りました、松蔭大之進の家に生れた侍の胤(たね)、唯今ではお目見得已上(いじょう)と申しても、お通り掛けお目見えで、拙者方(かた)では尊顔を見上ぐる事も出来ませんから、折々お側へ罷出(まかりい)でお目通りをし尊顔を見覚えるように相成りたいで」
梅「いや伯父に宜(よ)く然(そ)う云いましょう、秋月に宜く云えば心配有りません、屹度(きっと)伯父に話をします、貴公の心掛けを誠に感心したから」
大「それは千万辱(かたじ)けない、其のお言葉は決して反故(ほご)には相成りますまい」
梅「武士に二言はありません」
大「へえ辱けない」
 春部梅三郎は真っ赤に成って、彼(か)の文を懐に入れ其の儘表へ駈出すを送り出し、広小路の方へ行(ゆ)く後姿(うしろすがた)を見送って、にやりと苦笑いをしたは、松蔭大藏という奴、余程横着者でございます。扨(さて)其の歳の暮に春部梅三郎が何ういう執成(とりな)しを致しましたか、伯父秋月へ話し込むと、秋月が渡邊織江の処へまいりまして相談致すと、素(もと)より推挙致したのは渡邊でございますが、自分は飛鳥山で大藏に恩になって居りますから、片贔屓(かたびいき)になるようで却(かえ)って当人のためにならんからと云って、扣(ひか)え目にして居りますと、秋月の引立で御前体(ごぜんてい)へ執成(とりな)しを致しましたから、急に其の暮松蔭大藏は五十石取になり、御近習(ごきんじゅう)お小納戸(こなんど)兼勤を仰付けられました。御部屋住(おへやずみ)の前次様のお附き元締兼勤を仰付けられました。此の前次様は前(ぜん)申し述べました通り、武張ったお方で武芸に達した者を手許に置きたいというので、御当主へお願い立(たて)でお貰い受けになりましたので、お上邸(かみやしき)と違ってお長家(ながや)も広いのを頂戴致す事になり、重役の気受けも宜しく、男が好(よく)って程が善(い)いから老女や中老までも誉(ほ)めそやし、
○「本当にえらいお人で、手も能(よ)く書く、力も強く、他(ひと)は否(いや)に諂(へつら)うなどと申すが、然(そ)うでない、真実愛敬のある人で、私(わたくし)が此の間会った時にこれ/\云って、彼は誠の侍でどうも忠義一途(いちず)の人であります」
 と勤務が堅いから忽(たちま)ち評判が高くなりました。乃(そこ)で有助という、根岸にいた時分に使った者を下男に致しまして、新規に林藏(りんぞう)という男を置きました。これは屋敷奉公に慣れた者を若党に致しましたので、また男ばかりでは不自由だから、何ぞ手許使(てもとづかい)や勝手許(かってもと)を働く者がなければなりませんから、方々へ周旋を頼んで置きますと、渡邊織江の家来船上忠助(ふながみちゅうすけ)という者の妹お菊(きく)というて、もと駒込(こまごめ)片町(かたまち)に居り、当時本郷(ほんごう)春木町(はるきちょう)にいる木具屋岩吉(きぐやいわきち)の娘がありました。今年十八で器量はよし柔和ではあり、恩人織江の口入(くちいれ)でありますから、早速其の者を召抱えて使いました。大藏は物事が行届(ゆきとゞ)き、優しくって言葉の内に愛敬があって、家来の麁相(そそう)などは知っても咎(とが)めませんから、家来になった者は誠に幸いで、屋敷中の評判が段々高くなって来ました。折しも殿様が御病気で、次第に重くなりました。只今で申しますと心臓病とでも申しますか、どうも宜しくない事がございます。只今ならば空気の好(よ)い処とか、樹木の沢山あります処を御覧なすったら宜かろうというので、大磯とか箱根とかへお出(い)でが出来ますが、其の頃では然(そ)うはまいりません。然(しか)るに奥様は松平和泉守(まつだいらいずみのかみ)さまからお輿入(こしい)れになりましたが、四五年前(ぜん)にお逝去(かくれ)になり、其の前(まえ)から居りましたのはお秋(あき)という側室(めかけ)で、これは駒込白山(はくさん)に住む山路宗庵(やまじそうあん)と申す町医の娘を奥方から勧めて進ぜられたので、其の頃諸侯の側室(めかけ)は奥様から進ぜらるゝ事でございますが、今は然(そ)ういう事はないことで、旦那様が妾を抱えようと仰しゃると、少しつんと遊ばしまして、私(わたくし)は箱根へ湯治に往(ゆ)きますとか何とか仰しゃいますが其の頃は固いもので、奥様の方から無理に勧めて置いたお秋様が挙(もう)けました若様が、お三歳(みっつ)という時に奥様がお逝去(かく)れになりましたから、お秋様はお上通(かみどお)りと成り、お秋の方という。側室(めかけ)が出世をいたしますと、お上通りと成り、方名(かたな)が附きます。よく殿方が腹は借物(かりもの)だ良い胤(たね)を下(おろ)す、只胤を取るためだと軍鶏(しゃも)じゃア有るまいし、胤を取るという事はありません造化機論(ぞうかきろん)を拝見しても解って居りますが、お秋の方は羽振が宜しいから、御家来の内(うち)二派(ふたは)に分れ、若様の方を贔屓(ひいき)いたすものと、御舎弟前次様を贔屓いたす者とが出来て、お屋敷に騒動の起ることは本にもあれば義太夫にも作って有ります。前次様は通称を紋之丞さまと仰せられ、武張った方で、少しも色気などは無く、疳癖(かんぺき)が起るとつか/\/\と物を仰しゃいます。お秋の方も時としては甚(ひど)く何か云われる事があり、御家来衆も苛(ひど)く云われるところから、
甲「紋之丞様を御相続としては御勇気に過ぎて実に困る、あの疳癖では迚(とて)も治らん、勇ばかりで治まるわけのものではない、殿様は御病身なれば、万一お逝去(かくれ)になったらお秋殿のお胤の若様を御相続とすればお屋敷は安泰な事である」
 とこそ/\若様附の御家来は相談をいたすとは悪いことでございますが、紋之丞様を無い者に仕ようという、ない者というのは殺してしまうと云うので、昔はよく毒薬を盛るという事がありました。随分お大名にありました話で、只今なればモルヒネなどという劇剤もありますが、其の時分には何か鴆毒(ちんどく)とか、或(あるい)は舶来の※(「譽」の「言」に代えて「石」、第3水準1-89-15)石(よせき)ぐらいのところが、毒の劇(はげ)しいところです。彼(か)の松蔭大藏は智慧が有って、一家中の羽振が宜くって、物の決断は良(よい)し、彼を抱込めば宜(よ)いと寺島兵庫と申す重役が、松蔭大藏を抱込むと、松蔭は得たりと請合って、
大「十分事を仕遂(しおお)せました時には、どうか拙者にこれ/\の望(のぞみ)がございますが、お叶(かな)え下さいますか」
寺「委細承知致した、然(しか)らば血判を」
大「宜しい」
 と是から血を出し、我(わが)姓名の下へ捺(お)すとは痛(ひど)い事をしたもので、ちょいと切って、えゝと捺(や)るので、忌(いや)な事であります。只今は血を見る事をお嫌いなさるが、其の頃は動(やゝ)ともすれば血判だの、迚(とて)も立行(たちゆき)が出来んから切腹致すの、武士道が相立たん自殺致すなどと申したもので、寺島松蔭等(ら)の反逆も悉皆(すっぱり)下組(したぐみ)の相談が出来て、明和の四年に相成りました。其の年の秋までに謀策(たくみ)を仕遂(しおお)せるのに一番むずかしいものは、浮舟(うきふね)という老女で年は五十四で、男優(おとこまさ)りの尋常(ひとゝおり)ならんものが属(つ)いて居ります。此者(これ)を手に入れんければなりません。此者と物堅い渡邊織江の両人を何うかして手に入れんけりゃアならんが、これ/\と渡邊に打明けていう訳にはいかずと、云えば直(すぐ)に殺されるか、刺違えて死兼(しにかね)ぬ忠義無類(むるい)の極(ごく)頑固(かたくな)な老爺(おやじ)でございますから、これを亡(な)いものにせんけりアなりません。

        十八

 老女も中々の才物ではございますが、女だけに遂に大藏の弁舌に説附(ときつ)けられました。此の説附けました事は猥褻(わいせつ)に渉(わた)りますから、唯説附けたと致して置(おき)ましょう。扨(さ)て此の一味の者がいよ/\毒殺という事に決しまして、毒薬調合の工夫は有るまいかと考えて居りますと御案内の通り明和の三年は関東洪水でございまして、四年には山陽道に大水が出て、二年洪水が続き、何処(どこ)となく湿気ますので、季候が不順のところから、流行感冐(はやりかぜ)インフルエンザと申すような悪い病が流行(はや)って、人が大層死にましたところが、お扣(ひかえ)の前次様も矢張流行感冐に罹(かゝ)られました処、段々重くなるので、お医者方が種々(いろ/\)心配して居りますが、勇気のお方ゆえ我慢をなすって押しておいでので[#「おいでなので」の誤記か]いけません、風邪を押損(おしそこ)なったら仕方がない、九段坂を昇ろうとする荷車見たように後(あと)へも前(さき)へも往(ゆ)けません。とうとう藤本の寄席へ材木を押込むような事が出来ます。こゝで大藏がお秋の方の実父山路宗庵は町医でこそあれ、古方家(こほうか)の上手でありますから、手に手を尽して山路をお抱えになすったら如何(いかゞ)と申す評議になりますと、秋月は忠義な人でございますから、それは怪(け)しからん事、他から医を入れる事は容易ならん事にて、お薬を一々毒味をして差上げる故に、医は従来のお医者か然(さ)も無くば匙(さじ)でも願うが宜いと申して承知致しませんから、如何(いかゞ)致したら宜かろうと思っていました。すると九月十日に、駒込白山前に小金屋源兵衞(こがねやげんべえ)という飴屋があります、若様のお少(ちい)さい時分お咳が出ますと水飴を上げ、又はお風邪でこん/\お咳が出ると水飴を上ります。こゝで神原五郎治(かんばらごろうじ)と神原四郎治(かんばらしろうじ)兄弟の者と大藏と三人打寄り、額(ひたえ)を集め鼎足(みつがなわ)で談(はなし)を致しました時に、人を遠ざけ、立聞きを致さんように襖障子を開広(あけひろ)げて、向うから来る人の見えるようにして、飴屋の亭主を呼出しました。
源「えゝ今日(こんにち)お召によって取敢(とりあえ)ず罷(まか)り出ました、御殿へ出ます心得でありましたが、御当家さまへ出ました」
大「いや/\御殿では却(かえ)って話が出来ん、其の方例(いつも)の係り役人に遇(あ)っても、必らず当家へ来たことを云わんように」
源「へえ畏(かしこ)まりました、此の度(たび)は悪い疫(やまい)が流行(はや)り、殿様には続いてお加減がお悪いとか申すことを承わりましたが、如何(いかゞ)で」
大「うん、どうもお咳が出てならん」
源「へえ、へい/\、それははや何とも御心配な儀で……今日召しましたのは何ういう事ですか、何うか飴の御用向でも仰付けられますのでございますか[#「ございますか」は底本では「こざいますか」]」
大「神原氏(うじ)貴公から発言(はつごん)されたら宜しゅうござろう」
神「いや拙者は斯ういう事を云い出すは甚(はなは)だいかん、どうか貴公から願いたい、斯う云う事は松蔭氏に限るね」
大「拙者は誠に困る、えゝ源兵衞、其の方は御当家へ長らく出入(でいり)をするが、御当家さまを大切に心得ますかえ」
源「へえ決して粗略には心得ません、大切に心得て居ります」
大「ムヽウ、御当家のためを深く其の方が思うなら、江戸表の御家老さま、又此の神原五郎治さま、渡邊さま、此の四郎治さま、拙者は新役の事ではあるが此の事に就(つい)てはお家のためじゃからと云うので、種々(いろ/\)御相談があった、始めは拙者にも分りません所があったが、だん/\重役衆の意見を承わって成程と合点(がってん)がゆき、是はお家のためという事を承知いたしたのだ」
源「へえ、どうも然(そ)ういう事は町人などは何も弁(わきま)えのありません事でございまして、へえ何ういう事が御当家さまのお為になりますので」
大「他でもないが上(かみ)が長らく御不例でな、お医者も種々(いろ/\)手を尽されたが、遠からずと云う程の御重症である」
源「へえ何でげすか、余程お悪く在(いら)っしゃいますんで」
大「大きな声をしては云えんが、来月中旬(なかば)までは保つまいと医者が申すのじゃ」
源「へえ、どうもそれはおいとしい事で、お目通りは致しませんが、誠に手前も長らく親の代からお出入りを致しまして居りますから、誠に残念な事で」
大「うむ、就(つい)ては上(かみ)がお逝去(かくれ)になれば、貴様も知っての通り奥方もお逝去で、御順(ごじゅん)にまいれば若様をというのだが、まだ御幼年、取ってお四歳(よっつ)である、余りお稚(ちい)さ過ぎる、併(しか)しお胤(たね)だから御家督御相続も仔細はないが、此の事に就て其の方に頼む事があるのだ、お家のため且(かつ)容易ならん事であるから、必ず他言をせん、何(ど)の様な事でもお家のためには御意(ぎょい)を背(そむ)きますまい、という決心を承知せん中(うち)は話も出来ん、此の事に就いては御家老を始め、こゝにござる神原氏我々に至るまで皆血判がしてある、其の方も何ういう事があっても他言はせん、御意に背くまいという確(しか)とした証拠に、是へ血判をいたせ」
源「へえ血判と申しますは何ういたしますので」
大「血で判をするから血判だ」
源「えゝ、それは御免を蒙(こうむ)ります、中々町人に腹などが切れるものではございません」
大「いや、腹を切ってくれろというのではない」
源「でも私(わたくし)は見た事がございます、早野勘平(はやのかんぺい)が血判をいたす時、臓腑を引出しましたが、あれは中々町人には」
大「いや/\腹を切る血判ではない、爪の間をちょいと切って、血が染(にじ)んだのを手前の姓名(なまえ)の下へ捺(お)すだけで、痛くも痒(かゆ)くもない」
源「へえ何うかしてさゝくれや何かを剥(む)くと血が染みますことが……ちょいと捺せば宜しいので、私(わたくし)は驚きました、勘平の血判かと思いまして、然(そ)ういう事がお家のおために成れば何(ど)の様な事でもいたします」
大「手前は小金屋と申すが、苗字は何と申す」
源「へえ、矢張小金と申します」
 と云うを神原四郎治が筆を執りて、料紙へ小金源兵衞と記し、
大「さア、これへ血判をするのだ、血判をした以上は御家老さま始め此の方(ほう)等(ら)と其の方とは親類の間柄じゃのう」
源「へえ恐入ります、誠に有難いことで」
大「のう、何事も打解けた話でなければならん、其の代り事成就なせば向後(こうご)御出入頭(おでいりがしら)に取立てお扶持も下さる、就(つい)てはあゝいう処へ置きたくないから、広小路あたりへ五間々口(ごけんまぐち)ぐらいの立派な店を出し、奉公人を多人数(たにんず)使って、立派な飴屋になるよう、御家老職に願って、金子(きんす)は多分に下(お)りよう、千両までは受合って宜しい」
源「へえ……有難いことで、夢のようでございますな、お家のためと申しても、私(わたくし)風情が何(なん)のお役にも立ちませんが、それでは恐入ります、いえ何様(どん)な事でも致します、へえ手や指ぐらいは幾許(いくら)切っても薬さえ附ければ直(じき)に癒(なお)りますから宜しゅうございます、なんの指ぐらいを切りますのは」
 とちょいと其の頃千両からの金子(かね)を貰って、立派な飴屋になるというので嬉しいから、指の先を切って血判をいたし、
源「何ういう御用で」
大「さ、こゝに薬がある」
源「へえ/\/\」
大「貴様は、水飴を煮るのは余程手間のかゝったものかのう」
源「いえ、それは商売ですから直(じき)に出来ますことで」
大「どうか職人の手に掛けず、貴様一人で上(かみ)の召上るものだから練(ね)れようか」
源「いえ何ういたしまして、年を老(と)った職人などは攪廻(かきまわ)しながら水涕(みずッぱな)を垂(たら)すこともありますから、決して左様なことは致させません、私(わたくし)が如何(いか)ようにも工夫をいたします」
大「それでは此の薬を練込むことは出来るか」
源「へえ是は何(なん)のお薬で」
大「最早血判致したから、何も遠慮をいたすには及ばんが、一大事で、お控えの前次様は御疳癖が強く、動(やゝ)もすれば御家来をお手討になさるような事が度々(たび/\)ある、斯様な方がお世取(よとり)に成れば、お家の大害(だいがい)を惹出(ひきいだ)すであろう、然(しか)る処幸い前次様は御病気、殊(こと)にお咳が出るから、水飴の中へ此の毒薬を入れて毒殺をするので」
源「え……それは御免を蒙(こうむ)ります」
大「何(なん)だ、御免を蒙るとは……」
源「何だって、お忍びで王子へ入らっしゃる時にお立寄がありまして、お十三の頃からお目通りを致しました前次様を、何かは存じませんが、私(わたくし)の手からお毒を差上げますことは迚(とて)も出来ません」
 というと、神原四郎治がキリヽと眦(まなじり)を吊(つる)し上げて膝を進めました。

        十九

神原「これ源兵衞、手前は何のために血判をいたした、容易ならんことだぞ、お家のためで、紋之丞[#「紋之丞」は底本では「紋之亟」]様が御家督に成れば必らずお家の害になることを存じているから、一家中の者が心配して、此の通り役柄をいたす侍が頼むのに、今となって否(いや)だなどと申しても、一大事を聞かせた上は手討にいたすから覚悟いたせ」
源「ど、何卒(どうぞ)御免を……お手討だけは御勘弁を……」
大「勘弁罷(まか)りならん、神原殿がお頼みによって、其の方に申聞(もうしき)けた、だが今になって違背(いはい)されては此の儘に差置(さしお)けんから、只今手討に致す」
源「へえ大変な事で、私(わたくし)は斯様な事とは存じませんでしたが、大変な事になりましたな、一体水飴は私の処では致しませんへえ不得手なんで」
大「其様(そん)な事を申してもいかん」
源「へえ宜しゅうございます」
 と斬られるくらいならと思って、不承/\に承知致しました。
大「一時遁(いっときのが)れに請合(うけあ)って、若(も)し此の事を御舎弟附の方々(かた/\)へ内通でもいたすと、貴様の宅(たく)へ踏込んで必ず打斬(うちき)るぞ」
源「へえ/\御念の入(い)った事で、是がお薬でございますか、へえ宜しゅうございます」
 と宅(うち)へ帰って彼(か)の毒薬を水飴の中へ入れて煉(ね)って見たが、思うようにいけません、どうしても粉が浮きます、綺麗な処へ※(「譽」の「言」に代えて「石」、第3水準1-89-15)石(よせき)の粉が浮いて居りますので、
源「幾ら煉(ねっ)てもいけません」
 と此の事を松蔭大藏に申しますから、大藏もどうしたら宜かろうと云うので、大藏の家(うち)へ山路という医者を呼び飴屋と三人打寄って相談をいたしますと、山路の申すには、是は斑猫(はんみょう)という毒を煮込んだら知れない、併(しか)し是は私(わし)のような町医の手には入(はい)りません、なにより効験(きゝめ)の強いのは和蘭陀(おらんだ)でカンタリスという脊中(せなか)に縞のある虫で、是は豆の葉に得て居るが、田舎でエゾ虫と申し、斑猫のことで、効験が強いのは煎じ詰めるのがよかろうと申しましたので、なる程それが宜かろうと相談が一決いたし、飴屋の源兵衞と医者の山路を玄関まで送り出そうとする時衝立(ついたて)の蔭に立っていましたのは召使の菊という女中で、これは松蔭が平生(へいぜい)目を掛けて、行々(ゆく/\)は貴様の力になって遣(つか)わし、親父も年を老(と)っているから、何時(いつ)までも箱屋(芸妓(げいしゃ)の箱屋じゃアありません、木具屋と申して指物(さしもの)を致します)をさせて置きたくない、貴様にはこれ/\手当をして遣(や)ろうという真実に絆(ほだ)されて、表向ではないが、内々(ない/\)大藏に身を任して居ります。是は本当に惚れた訳でもなし、金ずくでもなし、変な義理になったので、大藏も好男子(いゝおとこ)でありますが、此の菊は至って堅い性質ゆえ、常々神原や山路が来ては何か大藏と話をしては帰るのを、案じられたものだと苦にしていたのが顔に出ます。今大藏が衝立の蔭に菊のいたのを認めて恟(びっく)り致したが、さあらぬ体(てい)にて、
大「源兵衞、少し待ちな」
 と連戻って、庭口から飴屋を送り出そうとすると、林藏という若党が同じく立って聞いていましたので、再び驚いたが、仕方がないと思い、飴屋を帰してしまったが、大藏は腹の中(うち)で菊は船上忠助の妹(いもと)だから、此の事を渡邊に内通をされてはならん、船上は古く渡邊に仕えた家来で、彼奴(あいつ)の妹だから、こりゃア油断がならん、なれども林藏は愚者(おろかもの)だから、林藏から先へ当って調べてみよう。と是から支度を仕替えて、羽織大小で彼(か)の林藏という若党を連れ、買物に出ると云って屋敷を立出(たちい)で、根津の或る料理茶屋へ昇(あが)りましたが、其の頃は主(しゅう)家来のけじめが正しく、中々若党が旦那さまの側などへはまいられませんのを、大藏は己(おれ)の側へ来いと呼び附けました。
大「林藏、大きに御苦労/\」
林「へえ、何か御用で」
大「いや独酌(ひとり)で飲んでもうまくないから、貴様と打解けて話をしようと思って」
林「恐入りましてございます、何ともはや御同席では……」
大「いや、席を隔(へだ)てゝは酒が旨くない」
林「こゝでは却(かえ)って気が詰りますから、階下(した)で戴きとう存じます」
大「いや、酒を飲んだり遊ぶ時には主(しゅう)も家来も共々にせんければいかん、己の苦労する時には手前にも共々に苦労して貰う、これを主従苦楽を倶(とも)にするというのだ」
林「へえ、恐入ります、手前などは誠に仕合せで、御当家さまへ上(あが)りまして、旦那さまは誠に何から何までお慈悲深く、何様(どん)な不調法が有りましても、お小言も仰(おっし)ゃらず、斯ういう旦那さまは又とは有りません、手前が仕合(しあわせ)で、此の間も吉村さまの仁介(ねすけ)もお羨(うらや)ましがっていましたが、私(わたくし)のような不行届(ほよきとゞき)の者を目(み)え懸けて下さり何ともはや恐入りやす」
大「いや、然(そ)うでない、貴様ア感心な事には正直律義なり、誠に主(しゅう)思いだのう」
林「いえ、旦那様が目(み)え懸けて下せえますから、お互に思えば思わろゝで、そりゃア尊公(あんた)当然(あたりめえ)の事(こっ)て」
大「いや/\然うでない、一体貴様の気象を感服している、これ女中、下物(さかな)を此処(これ)へ、又後(あと)で酌をして貰うが、早く家来共の膳を持って来んければならん」
 と林藏の前へも同じような御馳走が出ました。
大「のう林藏、是迄しみ/″\話も出来んであったが、今日(きょう)は差向いで緩(ゆっ)くり飲もう、まア一盃(いっぱい)酌(つ)いでやろう」
林「へえ恐入りました、誠ね有難い事で、旦那さまのお酌(さく)で恐入(おそれえ)ります」
大「今日は遠慮せずにやれよ」
林「へえ恐入(おそれえ)りました、ヒエ/\溢(こぼ)れます/\……有難い事で、お左様なれば頂戴いたします、折角(しっかく)の事だアから誠にはや有難い事で」
大「今日は宜(い)いよ、打解けて飲んでくれ、何かの事に遠慮はあっちゃアいかん、心の儘に飲めよ」
林「ヒエ/\有難い事で」
大「さ己が一盃(ひとつ)合(あい)をする」
 とグーと一盃(いっぱい)飲み、又向うへ差し、林藏を酔わせないと話が出来ません。尤(もっと)も愚(おろか)だから欺(だま)すには造作もない、お菊は船上忠助の妹ゆえ、渡邊織江へ内通を致しはせんかと、松蔭大藏も実に心配な事でございますから、林藏から先へ欺(あざむ)く趣向でござります。林藏は段々宜(よ)い心持に酔って来ましたので仮名違いの言語(ことば)で喋ります。
大「遠慮なしに沢山飲(や)れ」
林「ヒエ有難い事で、大層酩酊(めんてい)致しやした」
大「いや/\まだ酩酊(めいてい)という程飲みやアせん、貴様は国にも余り親戚(みより)頼りのないという事を聞いたが、全く左様かえ」
林「ヒエ一人従弟(えとこ)がありやすが、是は死んでしまエたか、生きているか分(わ)きやたゝんので、今迄何とも音ずれのない処を見ると、死んでしもうたかと思いやす、実(ぜつ)にはや樹(け)から落ちた何とか同様で、心細い身の上でがす」
大「左様か、何うだ別に国に帰りたくもないかえ、御府内へ住(すま)って生涯果てたいという志なら、また其の様に目を懸けてやるがのう」
林「ヒエ実(じつ)に国(こに)というたところで、今(えま)になって帰りましたところが、親戚(めより)もなし、別(びつ)に何う仕ようという目途(みあて)もないものですから願わくば此の繁盛(さか)る御府内でまア生涯朽果(こちはて)れば、甘(おま)え物を喰(た)べ、面白(おもしろ)え物を見て暮しますだけ人間(ねんげん)の徳だと思えやす、実(ぜつ)に旦那さまア御当地(こちら)で朽果(こちは)てたい心は充分(えっぱい)あります」
大「それは宜しい、それじゃア何うだえ己は親戚(みより)頼り兄弟も何も無い、誠に心細い身の上だが、まア幸い重役の引立を以て、不相応な大禄を取るようになって、誠に辱(かたじ)けないが、人は出世をして歓楽の極(きわ)まる時は憂いの端緒(いとぐち)で、何か間違いのあった時には、それ/″\力になる者がなければならない、己が増長をして何か心得違いのあった時には異見を云ってくれる者が無ければならん、乃(そこ)で中々家来という者は主従の隔てがあって、どうも主人の意(こゝろ)に背いて意見をする勇気のないものだが、貴様は何でもずか/\云ってくれる所の気象を看抜(みぬ)いているから、己は貴様と親類になりたいと思うが、何うだ」
林「ヒエ/\恐入(おそれえ)ります、勿体至極も……」
大「いや、然(そ)うでない、只主(しゅう)家来で居ちゃアいかん、己は百石頂戴致す身の上だから、己が生家(さと)になって貴様を一人前の侍に取立ってやろう、仮令(たとえ)当家の内でなくとも、他(た)の藩中でも或(あるい)は御家人旗下(はたもと)のような処へでも養子に遣(や)って、一廉(ひとかど)の武士に成れば、貴様も己に向って前々(まえ/\)御高恩を得たから申上ぐるが、それはお宜しくない、斯うなすったら宜かろうと云えるような武士に取立って、多分の持参は附けられんが、相当の支度をしてやるが、何うだ侍になる気はないか」
林「いや、是はどうも勿体ない事でござえます、是はどうもはや、私(わし)の様な者は迚(とて)もはや武士(ぼし)には成れません」
大「そりゃア何ういう訳か」
林「第一(でいいち)剣術(きんじつ)を知りませんから武士(ぼし)にはなれましねえ」
大「剣術(けんじゅつ)を知らんでも、文字を心得んでも立派な身分に成れば、それだけの家来を使って、それだけの者に手紙を書かせなどしたら、何も仔細はなかろう」
林「でござえますが、武士(ぼし)は窮屈ではありませんか、実(ぜつ)は私(わし)は町人になって商いをして見たいので」
大「町人になりたい、それは造作もない、二三百両もかければ立派に店が出せるだろう」
林「なに、其様(そんな)には要(え)りませんよ、三拾両一資本(ひともとで)で、三拾両も有れば立派に店が出せますからな」
大「それは造作ない事じゃ、手前が一軒の主人になって、己が時々往って、林藏一盃(いっぱい)飲ませろよ、雨が降って来たから傘ア貸せよと我儘を云いたい訳ではないが、年来使った家来が出世をして、其の者から僅かな物でも馳走になるは嬉しいものだ、甘(うま)く喰(た)べられるものだ」
林「誠に有難い事で」
大「ま、もう一盃飲め/\」
林「ヒエ大層嬉しいお話で、大分(だいぶ)酔(え)いました、へえ頂戴いたします、これははや有難いことで……」
大「そこでな、どうも手前と己は主家来の間柄だから別に遠慮はないが、心懸けの悪い女房でも持たれて、忌(いや)な顔でもされると己も往(ゆ)きにくゝなる、然(そ)うすると遂(つい)には主従(しゅうじゅう)の隔てが出来、不和(ふなか)になるから、女房の良いのを貴様に持たせたいのう」
林「へえ、女房の良いのは少ねえものでござえます、あの通り立派なお方様でござえますが、森山様でも秋月様でも、お品格といい御器量といい、悪い事はねえが、私(わし)ら目下(めした)の者がめえりますとつんとして馬鹿にする訳もありやしねえが、届かねえ、お茶も下さらんで」
大「それだから云うのだ、此の間から打明けて云おうと思っていたが、家(うち)にいる菊な」
林「ヒエ」
大「彼(あれ)は手前も知っているだろうが、内々(ない/\)己が手を附けて、妾同様にして置く者だ」
林「えへゝゝゝ、それは旦那さまア、私(わし)も知らん振でいやすけれども、実(じつ)は心得てます」
大「そうだろう、彼(あれ)はそれ渡邊の家(うち)に勤めている船上の妹(いもと)で、己とは年も違っているから、とても己の御新造(ごしんぞ)にする訳にはいかん、不器量(ふきりょう)でも同役の娘を貰わなければならん、就(つい)ては彼(あ)の菊を手前の女房に遣(や)ろうと思うが、気に入りませんかえ、随分器量も好(よ)く、心立(こゝろだて)も至極宜しく、髪も結い、裁縫(しごと)も能(よ)くするよ」
林「ヒエ……冗談ばっかり仰しゃいますな、旦那さまアおからかいなすっちゃア困ります、お菊(けく)さんなら好(え)いの好(え)くないのって、から理窟は有りましねえ、彼様(あん)な優しげなこっぽりとした方は少ねえもんでごぜえますな」
大「あはゝゝ、何だえ、こっぽりと云うのは」
林「頬の処や手や何かの処がこっぽりとして、尻なぞはちま/\としてなあ」
大「ちま/\というのは小さいのか」
林「ヒエ誠にいらいお方さまでごぜえますよ」
大「手前が嫌いなれば仕方がない、気に入ったら手前の女房に遣りたいのう」
林「ひへゝゝゝ御冗談ばかし」
大「冗談ではない、菊が手前を誉(ほ)めているよ」
林「尤(もっと)も旦那様のお声がゝりで、林藏に世帯(しょたい)を持たせるが、女房がなくって不自由だから往ってやれと仰しゃって下さればなア……」
大「己が云やア否(いや)というのに極っている何故ならば衾(ふすま)を倶(とも)にする妾だから、義理にも彼様(あん)な人は厭(いや)でございますと云わなければならん、是は当然だ、手前の処へ幾ら往(い)きたいと思っても然(そ)ういうに極って居(お)るわ」

        二十

 林藏はにこ/\いたしまして、
林「成程むゝう」
大「だから、手前さえ宜(よ)いと極(きま)れば、直接(じか)に掛合って見ろい、菊に」
林「是は云えません、間(ま)が悪うてとてもはや冗談は云えませんな然(そ)うして中々ちま/\としてえて、堅(かて)え気性でござえますから、冗談は云えましねえよ、旦那様がお留主(るす)の時などは、とっともう苦(ねが)え顔をして居なせえまして、うっかり冗談も云えませんよ」
大「云えない事があるものか、じゃア云える工夫をしてやろう、こゝで余った肴を折へ詰めて先へ帰れ、己は神原の小屋に用があるから、手前先へ帰って、旦那さまは神原さまのお小屋で御酒(ごしゅ)が始まって、私(わし)だけ先へ帰りました、これはお土産(みやげ)でございますと云って、折を出して、菊と二人で一盃(いっぱい)飲めと旦那さまが仰しゃったから、一盃頂戴と斯う云え」
林「成程どうも…併(しか)しお菊(けく)さんは私(わし)二人(ほたり)で差向(さしもか)いでは酒を飲まねえと思いやすよ」
大「それは飲むまい、私(わたし)は酒を飲まんからお部屋へ往って飲めというだろうから、もし然(そ)う云ったら、旦那様が此処(こゝ)で飲めと仰しゃったのを戴きませんでは、折角のお志を無にするようなものだから、私(わし)は頂戴いたしますと云って、茶の間の菊がいる側の戸棚の下の方を開けると、酒の道具が入っているから、出して小さな徳利(とくり)へ酒を入れて燗を附け、戸棚に種々(いろ/\)な食物(たべもの)がある、※(「魚+獵のつくり」、第4水準2-93-92)(からすみ)又は雲丹(うに)のようなものもあるから、悉皆(みんな)出してずん/\と飲んで、菊が止めても肯(き)くな、然うして無理に菊に合(あい)をしてくれろと云えば、仮令(たとえ)否(いや)でも一盃ぐらいは合をするだろう、飲んだら手前酔った紛(まぎ)れに、私(わし)は身を固める事がある、私(わし)は近日の内商人(あきんど)に成るが、独身(ひとりみ)では不自由だから、女房になってくれるかと手か何か押えて見ろ」
林「ひえへゝゝ是はどうも面白(おもしろ)え、やりたいようだが、何分間が悪うて側へ寄附(よりつ)かれません」
大「寄附けようが寄附けまいが、菊が何と云うとも構ったことはない、己は四つの廻りを合図に、庭口から窃(そっ)と忍び込んで、裏手に待っているから、四つの廻りの拍子木を聞いたら、構わず菊の首玉(くびッたま)へかじり附け、己が突然(だしぬけ)にがらりと障子を開けて、不義者(ぶぎもの)見附けた、不義(ふぎ)をいたした者は手討に致さねばならぬのが御家法だ、さ両人(ふたり)とも手討にいたす」
林「いや、それは御免を……」
大「いやさ本当に斬るのじゃアない、斬るべき奴だが、今迄真実に事(つか)えてくれたから、内聞(ないぶん)にして遣(つか)わし、表向にすれば面倒だによって、永(なが)の暇(いとま)を遣わす、また菊もそれ程までに思っているなら、町人になれ、侍になることはならんと三十両の他に二十両菊に手当をして、頭の飾(かざり)身の廻り残らず遣(や)る」
林「成程、有難い、どうも是ははや……併(しか)しそれでもいけませんよ、お菊(けく)さんが貴方飛んでもない事を仰しゃる、何うしても林藏と私(わたくし)と不義をした覚えはありません、神かけてありません、夫婦に成れと仰しゃっても私は否(えや)でござえます、斯(こ)んな忌(えや)な人の女房にはなりませんと云切(いいき)ったら何う致します」
大「然(そ)うは云わせん、深夜に及んで男女(なんにょ)差向いで居(お)れば、不義でないと云わせん強(た)って強情を張れば表向にいたすが何うだ、それとも内聞に致せば命は助けて遣るといえば、命が欲しいから女房になりますと云うだろう」
林「成程、これは恐入(おそれえ)りましたな、成程承知しなければ斬ってしまうか、命(えのち)が惜しいから、そんなればか、どうも是は面白い」
大「これ/\浮(うか)れて手を叩くな、下から下婢(おんな)が来る」
林「ヒエ有難い事で、成程やります」
大「宜(よ)いか、其の積りでいろ」
林「ヒエ、そろ/\帰りましょうか」
大「そんなに急(せか)なくっても宜(い)い」
林「ヒエ有難い事で」
 と是からそこ/\に致して、余った下物(さかな)を折に入れて、松蔭大藏は神原の小屋へ参り、此方(こちら)は宜(よ)い心持に折を吊(ぶら)さげて自分の部屋へ帰ってまいりまして、にこ/\しながら、
林「えゝい、人間(ねんげん)は何処(どこ)で何う運(おん)が来(こ)るか分らねえもんだな、畜生彼方(あっち)へ往(え)け、己が折を下げてるもんだから跡を尾(つ)いて来(き)やアがる、もこ彼方へ往(い)け、もこ/\あはゝゝゝ尻尾(しりっぽ)を振って来やアがる」
下男「いや林藏(れんぞう)何処へ往(え)く、なに旦那と一緒(えっしょ)に、然(そ)うかえ、一盃(えっぺい)飲(や)ったなア」
林「然うよ」
下男「それははや、左様なら」
林「あはゝゝゝ何だか田舎漢(えなかっぺえ)のいう事は些(ちゃっ)とも解らねえものだなア、えゝお菊さん只今帰りました」
菊「おや、お帰りかえ、大層お遅いからお案じ申したが、旦那さまは」
林「旦那さまは神原様のお小屋で御酒(ごしゅ)が始まって、手前は先へ帰れと云いましたから、私(わし)だけ帰ってめえりました」
菊「大きに御苦労よ」
林「えゝ、此のお折の中のお肴は旦那様が手前に遣る、菊(けく)も不断骨を折ってるから、菊(けく)と二人で茶の間で一盃(いっぱい)飲めよと云うて、此のお肴を下(こだ)せえました、どうか此処(こゝ)で旦那さまが毎(いつ)も召上る御酒を戴(えたゞ)きてえもんで」
菊「神原さまのお小屋で御酒が始まったら、またお帰りは遅かろうねえ」
林「えゝ、どうもそれは子刻(こゝのつ)になりますか丑刻(やつ)になりますか、様子が分らねえと斯ういう訳で、へえ」
菊「其の折のお肴はお前に上げるから、部屋へ持(も)て往って、お酒も適(よ)い程出して緩(ゆっ)くりおたべ」
林「ヒエ……それが然(そ)うでねえ訳なので」
菊「何をえ」
林「旦那さまの云うにア、手前は茶の間で酒を飲んだ事はあるめえ、料理茶屋で飲ませるのは当然(あたりめえ)の話だが、茶の間で飲ませろのは別段の馳走じゃ、へえ有難い事でござえますと、斯う礼を云ったような理由(わけ)で」
菊「如何(いか)に旦那さまが然う仰しゃっても、お前がそれを真(ま)に受けて、お茶の間でお酒を戴いては悪いよ、私は悪いことは云わないからお部屋でお飲(た)べよ」
林「然うでござえますか、お前(めえ)さん此処(こゝ)で飲まねえと折角(しっかく)の旦那のお心を無にするようなものだ、此の戸棚に何か有りやしょう、お膳や徳利(とくり)も……」
菊「お前、そんな物を出してはいけないよ」
林「こゝに※(「魚+獵のつくり」、第4水準2-93-92)(からすみ)と雲丹(おに)があるだ」
菊「何だよ、其様(そん)なものを出してはいけないよ、あらまア困るよ、お鉄瓶へお燗徳利を入れてはいけないよ」
林「心配(しんぺい)しねえでも宜(え)え、大丈夫だよ、少し理由(わけ)があるだ、お菊(けく)さん、ま一盃(えっぺい)飲めなせえ、お前(まえ)今日は平日(いつも)より別段に美(おつこ)しいように思われるだね」
菊「何だよ、詰らんお世辞なんぞを云って、早くお部屋へ往って寝ておくれ、お願いだから、跡を片附けて置かなければならないから」
林「ま一盃(えっぺい)飲めなアよ」
菊「私は飲みたくはないよ」
林「じゃア酌(さく)だけして下せえ」
菊[#「菊」は底本では「林」]「お酌(しゃく)かえ、私にかえ、困るねえ、それじゃア一盃切(いっぱいぎ)りだよ、さ……」
林「へえ有難(ありがて)え是れは……ひえ頂戴致(えた)しやす……有難え、まアまるで夢見たような話だという事さ、お菊(けく)さん本当にお前さん、私が此処(こゝ)へ奉公に来た時から、真(ほん)に思って居るよ」
菊「其様(そん)なことを云わずに早く彼方(あっち)へお出(い)でよ」
林「然(そ)う邪魔にせなえでも宜(え)えが、是でちゃんと縁附(えんづく)は極(けま)っているからね、知らず/\して縁は異(え)な物味な物といって、ちゃんと極(きま)っているからね」
菊「何(なん)が縁だよ」
林「何でも宜(え)い、本当ね私(わし)が此方(こっちゃ)へ奉公に来た時始めてお前(めえ)さんのお姿を見て、あゝ美(おつこ)しい女中衆(しゅ)だと思えました、斯ういう美(おつこ)しい人は何家(どけ)え嫁付(かたづ)いて往(ゆ)くか、何ういう人を亭主に持ちおると思ってる内に、旦那さまのお妾さまだと聞きやしたから、拠(よんどころ)ねえと諦らめてるようなものゝ、寐(ね)ても覚(さめ)てもお前(まえ)さんの事を忘れたことアないよ」
菊「冗談をお云いでない、忌(いや)らしい、彼方(あっち)へ往ってお寝よ」
林「往(い)きアしない、亥刻(よつ)までは往(え)かないよ」
菊「困るよ、其様(そん)なに何時(いつ)までもいちゃア、後生だからよ、明日(あした)又旨い物を上げるから」
林「何うしてお前さんの喰欠(こいか)けを半分喰(こ)うて見てえと思ってゝも、喰欠(こいか)けを残した事がねえから、密(そっ)と台所(だいどこ)にお膳が洗わずにある時は、洗った振りをして甜(な)めて、拭いてしまって置くだよ」
菊「穢(きたな)いね、私ア嫌だよ」
林「それからね、何うかしてお前さんの肌を見てえと思っても見る事が出来ねえ、すると先達(せんだっ)て前町(まえまち)の風呂屋(ほろば)が休みで、行水を浴(つか)った事がありましたろう、此の時ばかり白い肌が見られると思ってると、悉皆(すっかり)戸で囲って覗(のぞ)く事が出来(でけ)ねえ、何うかしてと思ってると、節穴が有ったから覗くと、意地(えじ)の悪い穴よ、斜(はす)に上の方へ向いて、戸に大きな釘が出ていて頬辺(ほゝぺた)を掻裂(かぎざ)きイした」
菊「オホヽヽ忌(いや)だよ」
林「其の時使った糠(のか)を貯(と)って置きたいと思って糠袋(のかぶくろ)をあけて、ちゃんと天日(てんぴ)にかけて、乾かして紙袋(かんぶくろ)に入れて貯っておいて、炊立(たきたて)の飯の上へかけて喰(く)うだ」
菊「忌だよ、穢い」
林「それから浴(つか)った湯を飲もうと思ったが、飲切れなくなって、どうも勿体ねえと思ったが、半分程飲めねえ、三日目から腹ア下(くだ)した」
菊「冗談を云うにも程がある、彼方(あちら)へお出でよ、忌らしい」
林「お菊(けく)さん、もう亥刻(よつ)[#「亥刻」は底本では「戌刻」]かな」
菊「もう直(じき)に亥刻[#「亥刻」は底本では「戌刻」]だよ」
林「亥刻[#「亥刻」は底本では「戌刻」]ならそろ/\始めねえばなんねえ」
 とだん/\お菊の側へ摺寄(すりよ)りました。

        二十一

 其の時お菊は驚いて容(かたち)を正し、
菊「何をする」
 と云いながら、側に在(あ)りました烟管(きせる)にて林藏の頭を打(ぶ)ちました。
林「あゝ痛(いて)え、何(なん)で打(ぶ)った、呆れて物が云われねえ」
菊「早くお前の部屋へおいで何(なん)ぼ私が年が往(い)かないと云って、余(あんま)り人を馬鹿にして、さ、出て行っておくれよ、本当に呆れてしまうよ」
林「出て往(ゆ)くも往(え)かねえも要(い)らねえ、否(えや)なら否(えや)で訳は分ってる、突然(えきなり)頭部(あたま)にやして、本当に呆れてしまう、何だって打(ぶ)ったよ」
菊「打(ぶ)たなくてさ、旦那様のお留守に冗談も程がある、よく考えて御覧、私は旦那さまに別段御贔屓になることも知っていながら、気違じみた真似をして、直(すぐ)に出て往っておくれ、お前のような薄穢(うすぎたな)い者の女房(にょうぼう)に誰がなるものか」
林「薄穢けりアそれで宜(え)えよ、本当に呆れて物が云われねえ、忌(いや)なら何も無理(もり)に女房になれとは云わねえ、私(わし)の身代が立派(れっぱ)になれば、お前さんよりもっと立派(れっぱ)な女房(にょうぼ)を貰うから、否(えや)なら否(えや)で分ってるのに、突然(いきなり)烟管で殴(にや)すてえことがあるか、頭へ傷(けず)が附いたぞ」
菊「打(ぶ)ったって当然(あたりまえ)だ、さっさと部屋へおいで、旦那さまがお帰りになったら申上げるから」
林「旦那様がお帰りになりア此方(こっち)で云うて暇(ひま)ア出させるぞ」
菊「おや、何で私が……」
林「何も屎(こそ)も要(え)らねえ、さっさと暇ア出させるように私(わし)が云うから、然(そ)う思って居るが宜(え)え」
 と云い放って立上る袖を捕(とら)えて引止め、
菊「何ういう理由(わけ)で、まお待(まち)よ」
林「何だね袂(たもと)を押えて何うするだ」
菊「私が何でお暇(いとま)が出るんだえ、お暇が出るといえば其の理由(わけ)を聞きましょう」
林「エヽイ、聞(け)くも聞(け)かねえも要(え)らねえ、放さねえかよ、これ放さねえかてえにあれ着物(けもの)が裂けてしまうじゃアねえか、裂けるよ、放さねえか、放しやがれ」
 と林藏はプップと腹を立って庭の方へ出る途端に、チョン/\チョン/\、
○「四ツでござアい」
 と云う廻りの声を合図に、松蔭大藏は裏手の花壇の方から密(そっ)と抜足(ぬきあし)をいたし、此方(こちら)へまいるに出会いました。
大「林藏じゃアねえか」
林「おや旦那様」
大「林藏出て来ちゃアいかんなア」
林「いかんたって私(わし)には居(え)られませんよ、旦那様、頭へ疵(けず)が出来(でけ)ました、こんなに殴(にや)して何うにも斯うにも、其様(そん)な薄穢い田舎者(えなかもの)は否(えや)だよッて、突然(いきなり)烟管で殴しました」
大「ウフヽヽヽ菊が……菊が立腹して、ウフヽヽヽ打(う)ったか、それで手前腹を立てゝ出て来たのか」
林「ヒエ左様でござえます」
大「ウム至極尤(もっと)もだ、少しの間己が呼ぶまで来るな、併(しか)し菊もまだ年がいかないから、死んでも否(いや)だと一度(ひとたび)断るは女子(おなご)の情(じょう)だ、ま部屋に往って寝ていろ」
林「部屋へ往(え)っても寝(に)られませんよ」
大「ま、兎も角彼方(あちら)へ往(い)け/\、悪いようにはしないから」
林「ヒエ左様なら御機嫌宜しゅう」
 と林藏が己(おのれ)の部屋へ往(ゆ)く後姿(うしろすがた)を見送って、
大「えゝーい」
 と大藏は態(わざ)と酔った真似をして、雪駄をチャラ/\鳴らして、井筒の謡(うたい)を唄いながら玄関へかゝる。お菊は其の足音を存じていますから、直(すぐ)に駈出して両手を突き、
菊「お帰り遊ばせ」
大「あい、あゝーどうも誠に酔った」
菊「大層お帰りがお遅うございますから、また神原様でお引留(ひきとめ)で、御迷惑を遊ばしていらっしゃることゝ存じて、先程からお帰りをお待ち申して居りました」
大「いや、どうも無理に酒を強(しい)られ、神原も中々の酒家(のみか)で、飲まんというのを肯(き)かずに勧めるには実に困ったが、飯も喫(た)べずに帰って来たが、嘸(さぞ)待遠(まちどお)であったろう」
菊「さ、此方(こちら)へ入らしってお召換(めしかえ)を遊ばしまし[#「遊ばしまし」は底本では「遊ぱしまし」]」
大「あい、衣類(きもの)を着替ようかの」
菊「はい」
 とお菊は直(すぐ)に乱箱(みだればこ)の中に入って居ります黄八丈の袷小袖(あわせこそで)を出して着換させる、褥(しとね)が出る、烟草盆が出ます。松蔭大藏は自分の居間へ坐りました。
菊「御酒(ごしゅ)は召上っていらっしゃいましたろうが、御飯(ごはん)を召上りますか」
大「いや勧めの酒はの幾許(いくら)飲んでも甘(うま)くないので、宅へ帰ると矢張また飲みたくなる、一寸(ちょっと)一盃(いっぱい)燗(つ)けんか」
菊「はい、お湯も沸いて居りますし、支度もして置きました」
大「じゃア此処(これ)へ持って来てくれ」
菊「はい畏まりました」
 と勝手を存じていますから、嗜(たしな)みの物を並べて膳立(ぜんだて)をいたし、大藏の前へ盃盤(はいばん)が出ました。お菊は側へまいりまして酌をいたす。大藏は盃(さかずき)を執(と)って飲んでお菊に差す。お菊は合(あい)に半分ぐらいずつ忌(いや)でも飲まなければなりません。
大「はあー……お菊先程林藏が先へ帰ったろう」
菊「はい、何だかも大層飲酔(たべよ)ってまいりまして、大変な機嫌でございましたが、も漸(ようや)く欺(だま)して部屋へ遣(や)りましたが、彼(あれ)には余り酒を遣(つかわ)されますといけませんから、加減をしてお遣(つかわ)し下さいまし」
大「ウム左様か、何か肴の土産を持って参ったか」
菊「はい、種々(いろ/\)頂戴致しましたが、私(わたくし)は宜(よ)いからお前持って往(ゆ)くが宜い、折角下すったのだからと申して皆彼(あれ)に遣(つかわ)しました」
大「あゝ然(そ)うか、あゝー好(よ)い心持だ、何処(どこ)で酒を飲むより宅へ帰って気儘に座を崩して、菊の酌で一盃飲むのが一番旨いのう」
菊「貴方また其様(そん)な御容子(ごようす)の好(よ)いことばかり御意遊ばします、私(わたくし)のような此様(こん)なはしたない者がお酌をしては、御酒(ごしゅ)もお旨くなかろうかと存じます」
大「いや/\どうも実に旨い、はアー……だがの、菊、酔って云うのではないが表向(おもてむき)、ま手前は小間使(こまづかい)の奉公に来た時から、器量と云い、物の云い様(よう)裾捌(すそさば)き、他々(ほか/\)の奉公人と違い、自然に備わる品(ひん)というものは別だ、実に物堅い屋敷にいながら、仮令(たとい)己が昇進して、身に余る大禄を頂戴するようなことになれば、尚更慎まねばならん、所がどうも慎み難く、己が酔った紛れに無理を頼んだ時は、手前は否(いや)であったろう、否だろうけれども性来(せいらい)怜悧(りこう)の生れ付ゆえ、否だと云ったらば奉公も出来難(できにく)い、辛く当られるだろうと云うので、ま手前も否々(いや/\)ながら己の云うことを聞いてくれた処は、夫(そ)りア己も嬉しゅう思うて居(い)るぞよ」
菊「貴方また其様(そん)な事を御意遊ばしまして、あのお話だけは……」
大「いゝえさ誰にも聞かする話ではない、表向でないから、もう一つ役替(やくがえ)でも致したら、内々(ない/\)は若竹の方でも己が手前に手を付けた事も知っているが、己が若竹へ恩を着せた事が有るから、彼(あれ)も承知して居り、織江の方でも知って居ながら聊(いさゝ)かでも申した事はない、手前と己だけの話だが手前は嘸(さぞ)厭(いや)だろうと思って可愛相だ」
菊「あなた、何(なん)ぞと云うと其様な厭味なことばかり御意遊ばします、これが貴方身を切られる程厭で其様なことが出来ますものではございません」
大「だが手前は己に物を隠すの」
菊「なに私(わたくし)は何も隠した事はございません」
大「いんにゃ隠す、物を隠すというのも畢竟(ひっきょう)主従(しゅうじゅう)という隔(へだ)てがあって、己は旦那様と云われる身分だから、手前の方でも己を主人と思えば、軽卒(けいそつ)[#「軽卒」は「軽率」の誤記か]の取扱いも出来ず、斯う云ったら悪かろうかと己に物を隠す処が見えると云うのは、船上忠平は手前の兄だ、それが渡邊織江の家(うち)に奉公をしている、其処(そこ)に云うに云われん処があろう」
菊「何を御意遊ばすんだか私(わたくし)には少しも分りません、是迄私は何でも貴方にお隠し申した事はございません」
大「そんなら己から頼みがある、併(しか)し笑ってくれるな、己が斯(か)くまで手前に迷ったと云うのは真実惚れたからじゃ、己も新役でお抱(かゝえ)になって間のない身の上で、内妾(ないしょう)を手許(てもと)へ置いては同役の聞(きこ)えもあるから、慎まなければならんのだが、其の慎みが出来んという程惚れた切(せつ)なる情(じょう)を話すのだが、己は何も御新造(ごしんぞ)のある身の上でないから、行々(ゆく/\)は話をして表向手前を女房にしたいと思っている」
菊「どうも誠にお嬉しゅうございます」
大「なに嬉しくはあるまい……なに……真に手前嬉しいと思うなら、己に起請(きしょう)を書いてくれ」
菊「貴方、御冗談ばかり御意遊ばします、起請なんてえ物を私(わたくし)は書いた事はございませんから、何う書くものか存じません」
大「いやさ己の気休めと思って書いてくれ、否(いや)でもあろうが其(そ)れを持っておれば、菊は斯ういう心である、末々(すえ/″\)まで己のものと安心をするような姿で、それが情だの、迷ったの、笑ってくれるな」
菊「いゝえ、笑うどころではございませんが、起請などはお止し遊ばせ」
大「ウヽム書けんと云うのか、それじゃア手前の心が疑われるの」
菊「だって私(わたくし)は何もお隠し申すことはありませんし、起請などを書かんでも……」
大「いや反古(ほご)になっても心嬉しいから書いてくれ、硯箱(すゞりばこ)をこれへ……それ書いてくれ、文面は教えてやる……書かんというと手前の心が疑(うたぐ)られる、何か手前の心に隠している事が有ろう、然(そ)うでなければ早く書いてくれ」
菊「はい……」
 とお菊は最前大藏が飴屋の亭主を呼んで、神原四郎治との密談を立聞(たちぎゝ)をしたが、其の事でこれを書かせるのだな、今こゝで書かなければ尚疑われる、兄の勤めている主人方へお屋敷の一大事を内通をする事も出来ん、先方の心の休まるように書いた方が宜かろうと、羞(はず)かしそうに筆を執りまして、大藏が教ゆる通りの文面をすら/\書いてやりました。
大「まア待て、待て/\、名を書くのに松蔭と書かれちゃア主人のようだ、何処までも恋の情でいかんければならん、矢張ぷっつけに[#「ぷっつけに」は「ぶっつけに」の誤記か]大藏殿と書け」
菊「貴方のお名を……」
大「ま書け/\、字配りは此処(こゝ)から書け」
 と指を差された処へ筆を当てゝ、ちゃんと書いた後(のち)、自分の名を羞かしそうにきくと書き終り、
菊「あの、起請は神に誓いまして書きますもので、血か何か附けますのですか」
大「なに血は宜しい、手前の自筆なれば別に疑うところもない、あゝ有難い」
 押戴(おしいたゞ)いて巻納(まきおさ)めもう一盃(いっぱい)。と酒を飲みながら如何(いか)なることをか工(たく)むらん、続けて三盃(さんばい)ばかり飲みました。
大「あゝ酔った」
菊「大層お色に出ました」
大「殺して居た酒が一時(いちじ)に出ましたが、あの花壇の菊は余程咲いたかの」
菊「余程咲きました、咲乱れて居ります」
大「一寸(ちょっと)見たいもんだの」
菊「じゃアお雪洞(ぼんぼり)を点(つ)けましょう」
大「然(そ)うしてくれ」
菊「お路地のお草履(ぞうり)は此処(これ)にあります、飛石(とびいし)へお躓(つまず)き遊ばすと危(あぶの)うございますよ」
大「おゝ宜(よ)い/\/\」
 と蹌(よろ)けながらぶらり/\行(ゆ)くのを、危いからお菊も後(あと)から雪洞を提げて外の方へ出ると花壇があります。此の裏手はずっと崖になって、下(くだ)ると谷中新幡随院(しんばんずいいん)の墓場此方(こちら)はお馬場口になって居りますから、人の往来(ゆきゝ)は有りません。
大「菊々」
菊「はい」
大「其処(そこ)へ雪洞を置けよ」
菊「はい置きます」
大「灯火(あかり)があっては間が悪いのう」
菊「何を御意あそばします」
大「これ菊、少し蹲(しゃが)んでくれ」
菊「はい」
 左の手を出して……お母(ふくろ)が二歳(ふたつ)三歳(みッつ)の子供を愛するようにお菊の肩の処へ手をかけて、お菊の顔を視詰(みつ)めて居りますから、
菊「あなた、何を遊ばしますの、私(わたくし)は間が悪うございますもの……」
 大藏は四辺(あたり)を見て油断を見透(みすか)し、片足挙(あ)げてポーンと雪洞を蹴上(けあ)げましたから転がって、灯火(あかり)の消えるのを合図にお菊の胸倉を捉(と)って懐に匿(かく)し持ったる合口(あいくち)を抜く手も見せず、喉笛へプツリーと力に任せて突込(つきこ)む。
菊「キャー」
 と叫びながら合口の柄(つか)を右の手で押え片手で大藏の左の手を押えに掛りまするのを、力に任せて捻倒(ねじたお)し、乗掛って、
大「ウヽー」
 と抉(こじ)ったから、
菊「ウーン」
 パタリとそれなり息は絶えてしまい、大藏は血(のり)だらけになりました手をお菊の衣類(きもの)で拭きながら、密(そっ)と庭伝いに来まして、三尺の締(しまり)のある所を開けて、密っと廻って林藏という若党のいる部屋へまいりました。

        二十二

大「林藏や、林藏寝たか林藏……」
林「誰だえ」
大「己だ、一寸(ちょっと)開けてくれ」
林「誰だ」
大「己だ、開けてくれ、己だ」
林「いやー旦那さまア」
大「これ/\」
林「何うして此様(こん)な処へ」
大「静かに/\」
林「ど何ういう事で」
大「静かに……」
林「はい、只今開けます、灯火(あかり)が消えて居りますから、只今……先刻(さっき)から種々(いろ/\)考えて居て一寸(ちょっと)も眠(ね)られません、へえ開けます」
 がら/\/\。
林「先刻の事が気になって眠(ねむ)られませんよ」
大「一緒に来い/\」
林「ひえ/\」
大「手前の手許(てもと)に小短い脇差で少し切れるのがあるか」
林「ひえ、ござえます」
大「それを差して来い、静かに/\」
 と是れから林藏の手を引いて、足音のしないように花壇の許(もと)まで連れて来まして、
大「これ」
林「ひえ/\」
大「菊は此の通りにして仕舞った」
林「おゝ……これは……どうもお菊さん」
大「これさ、しッ/\……主人の言葉を背(そむ)く奴だから捨置き難い、どうか始終は林藏と添わしてやりたいから、段々話をしても肯入(きゝい)れんから、已(や)むを得ず斯(かく)の通り致した」
林「ひえゝ、したがまア、殺すと云うはえれえことになりました、可愛相な事をしましたな」
大「いや可愛相てえ事はない、手前は菊の肩を持って未練があるの」
林「未練(めれん)はありませんが」
大「なアに未練(みれん)がある」
 と云いながら、やっと突然(いきなり)林藏の胸倉を捉(とら)えますから、
林「何をなさいます」
 と云う所を、押倒しざま林藏が差して居ました小脇差を引抜いて咽笛(のどぶえ)へプツーリ突通(つきとお)す。
林「ウワー」
 と悶掻(もが)く所を乗掛って、
大「ウヽーン」
 と突貫(つきつらぬ)く、林藏は苦紛(くるしまぎ)れに柄元(つかもと)へ手を掛けたなり、
林「ウヽーン」
 と息が止りました。是から大藏は伸上って庭外(そと)を見ましたが人も来ない様子ゆえ、
大「しめた」
 と大藏は跡へ帰って硯箱を取出して手紙を認(したゝ)め、是から菊が書いた起請文を取出して、大藏とある大の字の中央(まんなか)へ(ー(ぼう))を通して跳(は)ね、右方(こちら)へ木の字を加えて、大藏を林藏と改書(なお)して、血をべっとりと塗附けて之を懐中し、又々庭へ出て、お菊の懐中を探して見たが、別に掛守(かけまもり)もない、帯止(おびどめ)を解(ほど)いて見ますと中に守(まもり)が入って居(おり)ますから、其の中へ右の起請を納(い)れ、元の様(よう)に致して置き、夜(よ)が明けると直(すぐ)に之を頭(かしら)へ届けました。又(ま)た有助と云う男に手紙を持たせて、本郷春木町三丁目の指物屋(さしものや)岩吉方へ遣(つか)わしましたが、中々大騒(おおさわぎ)で、其の内に検使(けんし)が到来致しまして、段々死人を検(あらた)めますと、自ら死んだように、匕首(あいくち)を握り詰めたなりで死んで居ります。林藏も刀の柄元を握詰め喉を貫(つ)いて居(おり)ますから、如何(どう)いう事かと調べになると、大藏の申立(もうしたて)に、平素(つね)から訝(おか)しいように思って居りましたが、予(かね)て密通を致し居り、痴情のやる方なく情死を致したのかも知れん、何か証拠が有ろうと云うので、懐中(ふところ)から守袋(まもりぶくろ)を取出して見ると、起請文が有りましたから、大藏は小膝を礑(はた)と打(うち)まして、
大「訝しいと存じて、咎(とが)めた時に、露顕したと心得情死を致しましたと見ゆる、不憫(ふびん)な事を致した、なに死なんでも宜(よ)いものを、彼(あれ)までに目を懸けて使うてやったものを」
 などゝ、真(まこと)しやかに陳(の)べて、検使の方は済みましたが、今年五十八になります、指物屋の岩吉が飛んでまいり、船上忠平という二十三になる若党も、織江方から飛んでまいりました。
大「これ/\此処(こゝ)へ通せ、老爺(じゞい)此処へ入れ」
岩「はい、急にお使(つかい)でございましたから飛んで参(めえ)りました、どうも飛んだことで」
大「誠に何ともはやお気の毒な事で、斯ういう始末じゃ」
岩「はい、どうも此の度(たび)の事ばかりは何ういう事だか私(わし)には一向訳が分りません、貴方様(あんたさま)へ御奉公に上げましてから、旦那様がお目をかけて下さり、斯ういう着物を、やれ斯ういう帯をと拵(こしら)えて戴き、其の上お小遣いまで下さり、それから櫛(くし)簪(かんざし)から足の爪先まで貴方が御心配下さるてえますから、彼様(あん)な結構な旦那さまをしくじっちゃアならんよ、己は職人の我雑者(がさつもの)で、人の前で碌に口もきかれない人間だが、行々(ゆく/\)お前を宜(い)い処へ嫁付(かたづ)けてやると仰しゃったというから、私はそれを楽(たのし)んで居りましたが、何ういうわけで林藏殿と悪い事をすると云うは……のう忠平、一つ屋敷にいるから手前は他の仲間衆(ちゅうげんしゅう)の噂でも聞いていそうなものだったのう」
忠「噂にも聞いた事がございません、そんなれば林藏という男が美男(びなん)という訳でもなし、彼(あ)の通りの醜男子(ぶおとこ)、それと斯ういう訳になろうとは合点がまいりません、お父(とっ)さん、ねえ少(ちい)さいうちから妹は其様(そん)な了簡の女ではないのです、何か是には深い訳があるだろうと思います」
 と互に顔を見合せましたが、親父の岩吉には尚(な)お理由(わけ)が分りませんから、
岩「訳だって私(わし)にはどうも分らん、林藏さんと斯ういう事になろう筈がないと申すは、旦那さま、此の間菊へ一寸(ちょっと)お暇を下さいました時に、宅へまいりましたから、早く帰んなよ、然(そ)うしないと旦那様に済まねえよ、親元に何時(いつ)までもぐず/\して居てはならないと申したら、お父(とっ)さん、私はと何か云い難(にく)い事がある様子で、ぐず/\して居ましたが、何方(どなた)もいらっしゃいませんからお話を致しますが、お父さん、私は浮気じゃアないが、私のような者でも旦那様が別段お目をかけて下さいますよと云いますから、お前を奉公人の内で一番目をかけて下さるのか、然うじゃアないよ、別段に目をかけて下さるの、何ういう事でと聞きましたら、私ア旦那さまのお手が附いたけれども、此の事が知れては旦那様のお身の上に障(さわ)るから、お前一人得心で居てくれろと申しますから手前は冥加至極な奴だ、彼様(あん)な好(よ)い男の殿様のお手が附いて……道理でお屋敷へ上(あが)る時から、やれこれ目を掛けて下さると思った、併(しか)し他(ほか)の奉公人の妬(そね)みを受けやアしないかと申しましたが、結構な事だ有難いことだと実は悦んで安心していました、菊も悦んで親へ吹聴致すくらいで、何うして林藏さんと……」
大「こら/\大きな声をしては困りますな、併し岩や恋は思案の外(ほか)という諺もあって、是ばかりは解りませんよ、そんならば宅(うち)にいて気振(けぶり)でも有りそうなものだったが、少しも気振を見せない、尤(もっと)も主(しゅう)家来だから気を詰(つめ)るところもあり、同じ朋輩同志人目を忍んで密会(あいびき)をする方が又楽(たのし)みと見えて、林藏という者が来た時から、菊が彼(かれ)に優しくいたす様子、林藏の方でもお菊さん/\と親(したし)む工合(ぐあい)だから、結構な事だと思って居たが、起請まで取交(とりかわ)して心中を仕ようとは思いません、実に憎い奴とは思いながら、誠に不憫な事をして、お前の心になって見れば、立腹する廉(かど)はない、お前には誠に気の毒で、忠平どんも未だ年若(としわか)ではあるし、他に兄弟もなく、嘸(さぞ)と察する、斯うして一つ屋敷内(やしきうち)に居るから、恥入ることだろうと思う、実に気の毒だが、斯(こ)の道ばかりは別だからのう」
忠「へえ、(泣声にて)お父(とっ)さん何(なん)たる事になりましたろう、私(わたくし)は旦那様の処へ奉公をして居りましても、他の足軽や仲間共に対して誠に顔向けが出来ません、一人の妹が此様(こん)な不始末を致し、御当家様へ申訳がありません」
大「いや、仕方がないから、屍体(したい)のところは直(すぐ)に引取ってくれるように」
岩「へえ畏(かしこま)りました」
 と岩吉も忠平も本当らしいから、仕方がない、お菊の屍骸を引取って、木具屋の岩吉方から野辺の送りをいたしました。九月十三夜(や)に、渡邊織江は小梅の御中屋敷(おなかやしき)にて、お客来がござりまして、お召によって出張いたし、お饗応(もてなし)をいたしましたので、余程夜(よ)も更けましたが、お客の帰った跡の取片付けを下役に申付けまして、自分は御前を下(さが)り、小梅のお屋敷を出ますと、浅草寺(あさくさ)の亥刻(よつ)の鐘が聞えます。全体此の日は船上忠平も供をして参っておったところが、急に渡邊の宅(たく)から手紙で、嬢様が少しお癪気(しゃくけ)だと申してまいりました。嬢様の御病気を看病致すには、慣れたものが居(お)らんければ不都合ゆえ、織江が忠平に其の手紙を見せまして、先へ忠平を帰しましたから、米藏(よねぞう)という老僕(おやじ)に提灯を持たして小梅の御中屋敷を立出(たちい)で、吾妻橋(あずまばし)を渡って田原町(たわらまち)から東本願寺へ突当(つきあた)って右に曲り、それから裏手へまいり、反圃(たんぼ)の海禅寺(かいぜんじ)の前を通りまして山崎町(やまざきちょう)へ出まして、上野の山内(さんない)を抜け、谷中門へ出て、直ぐ左へ曲って是から只今角に石屋のあります処から又後(あと)へ少し戻って、細い横町(よこちょう)を入ると、谷中の瑞林寺(ずいりんじ)という法華寺(ほっけでら)があります、今三浦の屋敷へ程近い処まで来ると、突然(だしぬけ)に飛出した怪しげなる奴が、米藏の持った提灯をばっさり切って落す。
米「あっ」
 と驚く、
織「何者だ、うぬ、狼藉(ろうぜき)……」
 と後(あと)へ退(さが)るところを藪蔭からプツーリ繰出した槍先にて、渡邊の肋(ひばら)を深く突く
織「ムヽーン」
 と倒れて起上ろうとする所を、早く大刀の柄(つか)に手をかけると見えましたが抜打(ぬきうち)に織江の肩先深く切付けたから堪りません。
織「ウヽーム」
 と残念ながら大刀の柄へ手を掛けたまゝ息は絶えました。

        二十三

 渡邊織江が殺されましたのは、夜(よ)の子刻(こゝのつ)少々前で、丁度同じ時刻に彼(か)の春部梅三郎が若江というお小姓の手を引(ひい)て屋敷を駈落致しました。昔は不義はお家の御法度(ごはっと)などと云ってお手打になるような事がございました。そんならと申して殿様がお堅いかと思いますと、殿様の方にはお召使が幾人(いくたり)もあって、何か月に六斎(ろくさい)ずつ交(かわ)る/″\お勤めがあるなどという権妻(ごんさい)を置散(おきちら)かして居ながら、家来が不義を致しますと手打にいたさんければならんとは、ちと無理なお話でございますが、其の時分の君臣の権識(けんしき)は大(たい)して違って居(おり)ましたもので、若江が懐妊したようだというから、何うしても事(こと)露顕を致します、殊(こと)には春部梅三郎の父が御舎弟様から拝領いたしました小柄(こづか)を紛失(ふんじつ)致しました。これも表向に届けては喧(やか)ましい事であります、此方(こなた)も心配致している処へ、若江が懐妊したから連れて逃げて下さいというと、そんなら……、と是から両人共身支度をして、小包を抱え、若気の至りとは云いながら、高(たか)も家も捨てゝ、春部梅三郎は二十三歳で、其の時分の二十三は当今のお方のように智慧分別も進んでは居りませんから、落着く先の目途(あて)もなく、お馬場口から曲って来ると崖の縁(ふち)に柵矢来(さくやらい)が有りまして、此方(こちら)は幡随院の崖になって居りまして、此方に細流(ながれ)があります。此処(こゝ)を川端(かわばた)と申します。お寺が幾らも並んで居ります。清元の浄瑠璃に、あの川端へ祖師(そし)さんへなどと申す文句のござりますのは、此の川端にある祖師堂で、此の境内には俳優岩井家代々の墓がございます。夜(よ)に入(い)っては別に往来(ゆきゝ)もない処で、人目にかゝる気遣いはないからというので、是から合図をして藪蔭へ潜(くゞ)り込み、
若「春部さま」
梅「あい、私(わし)は誠に心配で」
若「私(わたくし)も一生懸命に信心をいたしまして、貴方と御一緒に此の外へ出てしまえば、何様(どん)な事でも宜しゅうございますけれども、お屋敷にいる内に私が捕(つかま)りますと、貴方のお身に及ぶと存じて、本当に私は心配いたしましたが、宜(よ)く入らしって下さいました」
梅「まだ廻りの来る刻限には些(ちっ)と早い、さ、これを下りると川端である、柵が古くなっているから、直(じき)に折れるよ、裾(すそ)をもっと端折(はしょ)らにゃアいかん、危いよ」
若「はい、畏(かしこま)りました、貴方宜しゅうございますか」
梅「私(わし)は大丈夫だ、此方(こちら)へお出(い)でなさい」
 と是から二人ともになだれの崖縁(がけべり)を下(お)りにかゝると、手拭ですっぽり顔を包み、紺の看板に真鍮巻(しんちゅうまき)の木刀を差した仲間体(ちゅうげんてい)の男が、手に何か持って立って居(い)る様子、其所(そこ)へ又一人顔を包んだ侍が出て来る。若江春部の両人は忍ぶ身の上ゆえ、怖い恐ろしいも忘れて檜(ひのき)の植込(うえごみ)の一叢(ひとむら)茂る藪の中へ身を縮め、息をこらして匿(かく)れて居りますと、顔を包んだ侍が大小を落差(おとしざし)にいたして、尻からげに草履(ぞうり)を穿(は)いたなり、つか/\/\と参り、
大「これ有助」
有「へえ、これを彼(か)の人に上げてくれと仰しゃるので、へい/\首尾は十分でございましたな」
大「うん、手前は之を持って、予(かね)ての通り道灌山(どうかんやま)へ往(い)くのだ」
有「へい宜しゅうございます、文箱(ふばこ)で」
大「うん、取落さんように致せ、此の柵を脱(ぬ)けて川を渡るのだ、水の中へ落してはならんぞ」
有「へえ/\大丈夫で」
大「仕損ずるといけんよ」
有「宜しゅうございます」
 と低声(こゞえ)でいうから判然(はっきり)は分りませんが、怪しい奴と思って居ります内に、彼(か)の侍はすっと何(いず)れへか往ってしまいました。チョンチョン/\/\。
廻「丑刻(やつ)でございます」
 と云う廻りの声にて、先の仲間体の男は驚き慌てゝ柵を潜(くゞ)って出る。春部は浮気をして情婦(おんな)を連れ逃げる身の上ではありますが、一体忠義の人でございますから、屋敷内に怪しい奴が忍び込むは盗賊か何だか分りませんから、
梅「曲者(くせもの)待て」
 と云いながら領上(えりがみ)を捕(とら)える。曲者は無理に振払おうとする機(はず)みに文箱(ふばこ)の太い紐に手をかけ、此方(こなた)は取ろうとする、彼(か)の者は取られまいとする、引合うはずみにぶつりと封じは切れて、文箱の蓋(ふた)もろともに落たる密書、曲者はこれを取られてはならんと一生懸命に取返しにかゝる、遣(や)るまいと争う機みに、何ういう拍子か手紙の半(なかば)を引裂(ひっさ)いて、ずんと力足(ちからあし)を踏むと、男はころ/\/\とーんと幡随院の崖縁(がけべり)へ転がり落ちました。其の時耳近く。
廻「八(や)つでございまアす」
 と云う廻りの声に驚き引裂(ひきさ)いた手紙を懐中して、春部梅三郎は若江の手を取って柵を押分け、身体を横にいたし、漸(ようよ)うの事で此処(こゝ)を出て、川を渡り、一生懸命にとっとゝ団子坂(だんござか)の方へ逃げて、それから白山通(はくさんどお)りへ出まして、駕籠(かご)を雇い板橋(いたばし)へ一泊して、翌日出立(しゅったつ)を致そうと思いますと、秋雨(あきさめ)が大降(おおぶり)に降り出してまいって、出立をいたす事が出来ませんから、仕方なしに正午過(ひるすぎ)まで待って居りまして、午飯(ひるはん)を食(たべ)ると忽(たちま)ちに空が晴れて来ましたから、
梅「どうか此宿(こゝ)を出る所だけは駕籠に仕よう」
 と駕籠で大宮までまいりますと、もう人に顔を見られても気遣いはないと、駕籠をよして互に手を引合い、漸々(だん/\)大宮の宿(しゅく)を離れて、桶川(おけがわ)を通り過ぎ、鴻(こう)の巣(す)の手前の左は桑畠で、右手の方は杉山の林になって居ります処までまいりました。御案内の通り大宮から鴻の巣までの道程(みちのり)は六里ばかりでございます。此処(こゝ)まで来ると若江は蹲(しゃが)んだまゝ立ちません。
梅「何うした、足を痛めたのか」
若「いえ痛めやア致しませんが、只一体に痛くなりました、一体に草臥(くたび)れたので、股(もゝ)がすくんで些(ちっ)とも歩けません」
梅「歩けないと云われては誠に困るね、急いで往(い)かんければなりません」
若「も往(ゆ)けません、漸(ようよ)う此処まで我慢して歩いて来ましたので、私(わたくし)は此様(こんな)に歩いた事はないものですから、最(も)う何うしても往(い)けません」
梅「往(い)けませんたって…誠に子供のようなことを云っているから困りますな、是から私(わし)の家来の家(うち)へでも往くならまだしも、お前の親の許(もと)へ往って、詫言(わびごと)をして、暫(しばら)く置いて貰わなければなりません、それだのにお前が其処(そこ)で草臥れたと云って屈(かゞ)んで、気楽な事を云ってる場合ではありません」
若「私(わたくし)も実に心配ですが、どうも歩けませんもの、もう少しお駕籠をお雇い遊ばすと宜しゅうございましたのに」
梅「其様(そん)なことを云ったって、今時分こゝらに駕籠はありませんよ、それでなくとも装(なり)はすっかり変えても、頭髪(あたま)の風(ふう)が悪いから、頭巾を被っても自然と知れます、誠に困りました」
若「困るたって、どうも歩けませんもの」
梅「歩けんと云って、そうして居ては……」
若「少し負(おぶ)って下さいませんか」
梅「何うして私(わし)も草臥れています」
 先の方へぽく/\行(ゆ)く人が、後(うしろ)を振反(ふりかえ)って見るようだが、暗いので分らん。
梅「えゝもし……其処(そこ)においでのお方」
男「はっ……あー恟(びっく)りした、はあーえら魂消(たまげ)やした、あゝ怖(おっ)かねえ……何かぽく/\黒(くれ)え物が居ると思ったが、こけえらは能(よ)く貉(むじな)の出る処だから」
若「あれまア、忌(いや)な、怖いこと……」
男「まだ誰か居るかの……」
梅「いえ決して心配な者ではありません、拙者は旅の者でござるが、足弱連(あしよわづれ)で難儀致して居(お)るので、駕籠を雇いたいと存ずるが、此の辺に駕籠はありますまいか、然(そ)うして鴻の巣まではまだ何(ど)の位ありましょう、それに其方(そなた)は御近辺のお方か、但し御道中のお人か」
男「私(わし)は鴻の巣まで帰(けえ)るものでござえますが、駕籠を雇って後(あと)へ帰(けえ)っても、十四五丁入(へい)らねえばなんねえが、最(も)う少し往(い)けば鴻の巣だ、五丁半べえの処だアから、同伴(つれ)でも殖(ふ)えて、まアね少しは紛(まぎ)れるだ、私も怖(おっか)ねえと思って、年い老(と)ってるが臆病でありやすから、追剥(おいはぎ)でも出るか、狸でも出たら何うしべえかと考え/\来たから、実に魂消たね、飛上ったね、いまだにどう/\胸が鳴ってるだ……見れば大小を差しているようだ、お侍さんだな、どうか一緒に連れて歩いてくだせえ、私も鴻の巣まで参(めえ)るもので」
梅「それは幸いな事で、然(しか)らば御同伴(ごどうはん)を願いたい」
男「えゝ…こゝで飯(まんま)ア喰う訳にはまいりやせん、お飯を喰えって」
梅「いえ、御同道(ごどうどう)をしたいので」
男「アハヽヽヽ一緒に行(い)くという事か、じゃア、御一緒にめえりますべえ……草臥れて歩けねえというのは此の姉(ねえ)さんかね、それは困ったんべえ、江戸者ちゅう者は歩きつけねえから旅へ出ると意気地(いくじ)はねえ、私(わし)も宿屋にいますが、時々客人が肉刺(まめ)エ踏出して、吹売(ふきがら)に糊付板(のりつけいた)を持って来(こ)うてえから、毎(いつ)でも糊板を持って行くだが、足の皮がやっこいだからね、お待ちなせえ、私ア独り歩くと怖えから、提灯を点(つ)けねえで此の通り吊(ぶら)さげているだ。同伴(つれ)が殖えたから点けやすべえ」
梅「お提灯は拙者が持ちましょう」
男「私(わし)ア此処(こゝ)に懐中附木(かいちゅうつけぎ)を持ってる、江戸見物に行った時に山下で買ったゞが、赤い長太郎玉(ちょうたろうだま)が彼(あれ)と一緒に買っただが、附木だって紙っ切(きれ)だよ、火絮(ほくち)があるから造作もねえ、松の蔭へ入(はい)らねえじゃア風がえら来るから」
 と幾度もかち/\やったが付きません。
男「これは中々点かねえもんだね、燧(いし)が丸くなってしまって、それに火絮が湿ってるだから……漸(やっと)の事で点いただ、これでこの紙の附木に付けるだ、それ能く点くべい、えら硫黄臭いが、硫黄で拵(こしれ)えた紙だと見える、南風でも北風でも消えねえって自慢して売るだ、点けてしまったあとは、手で押(おせ)えて置けば何日(いつ)でも御重宝(ごちょうほう)だって」
梅「じゃア拙者が持ちましょう、誠にお提灯は幸いの事で、さ我慢して、五町ばかりだと云うから」
若「はい、有難う存じます」
男「お草臥れかね、えへゝゝゝゝ顔を其方(そっち)へ向けねえでも宜(よ)い」
 若江は頭巾を被って居りますから田舎者の方では分りませんが、若江の方で見ると、旧来我家(わがや)に勤めている清藏(せいぞう)という者ゆえ、嬉しさの余り草臥れも忘れて前へすさり出まして、
若「あれまア清爺(せいじい)や」
清「へえ……誰だ……誰だ」
若「誰だってまア本当に、頭巾を被っているから分るまいけれども私だよ」
 と云いながらお高祖頭巾(こそずきん)をとるを見て、
清「こりゃア何とまア魂消たね、何うして……やアこれ阿魔ア……」
梅「何だ阿魔とは怪(け)しからん、知る人かえ」
若「はい、私(わたくし)の処の親父の存生中(ぞんしょうちゅう)から奉公して居ります老僕(じいや)ですが、こゝで逢いましたのは誠に幸いな事で」
清「ま、どうして来ただアね、宿下(やどさが)りの時にア私(わし)は高崎まで行ってゝ留守で逢わなかったが、大(でか)くなったね、今年で十八だって、今日も汝(われ)が噂アしてえた処だ、見違(みちげ)えるようになって、何とはア立派な姿だアな、何うして来た、宿下りか」
若「いゝえ、私はまたお前に叱られる事が出来たのだけれども、お母様(っかさま)に詫言(わびごと)をして、どうか此のお方と一緒に宅(うち)へ置いて戴くようにしておくれな」
清「此のお方様てえのは」
 と梅三郎を見まして、
「此のお方様が……貴方は岡田さまか」
梅「えゝ拙者は春部梅三郎と申す者で、以後別懇(べっこん)に願います」
清「へえ、余り固く云っちゃア己がに分りやせん、ま何ういう訳で、あゝ是は失策(しくじり)でもして出て、貴方(あんた)が随(つ)いて参ったか」
梅「いや別に上(かみ)へ対して失策(しくじり)もござらんが、両人とも心得違いをいたし、昨夜屋敷を駈落いたしました」
清「え屋敷を出たア…」
若「此のお方様もお屋敷に居(お)られず、私(わたくし)も矢張(やっぱり)居(お)られない理由(わけ)になったが、お母(っか)さんは物堅い御気性だから、屹度(きっと)置かないと仰しゃるだろうが、此のお方も、何処(どこ)へも行(ゆ)き所のないお方で、後生だから何日(いつ)までも宅(うち)に居(い)られるようにしておくれな」
清「むゝう……此の人と汝(われ)がと二人ながら屋敷に居(い)られねえ事を出来(でか)して仕様がなく、駈落をして来たな」
若「あゝ」
清「あ……それじゃア何か二人ともにまア不義(わるさ)アして居ただアな、いゝや隠さねえでも宜(よ)い、不義(わるさ)アしたって宜(え)い、宜(え)い/\/\能くした、大(え)かくなるもんだアな、此間(こねえだ)まで頭ア蝶々見たように結って、柾(まさき)の嫩(やわら)っこい葉でピイ/\を拵(こしら)えて吹いてたのが、此様(こん)な大(でか)くなって、綺麗な情夫(おとこ)を連れて突走(つッぱし)って来たか、自分の年い老(と)ったのは分んねえが、汝(われ)が大(えか)くなったで知れらア、心配(しんぺえ)せねえでも宜(え)い、お母(ふくろ)さまが置くも置かねえもねえ、何うしても男と女はわるさアするわけのものだ、心配(しんぺえ)せねえでも宜(え)い、どうせ聟養子(むこようし)をせねえばなんねえ、われが死んだ父(とっ)さまの達者の時分からの馴染(なじみ)で、己が脊中で眠(ね)たり、脊中で小便(はり)垂れたりした娘子(あまっこ)が、大(でか)くなったゞが、お前さんもまんざら忌(いや)ならば此様(こん)な処まで手を引張(ふっぱ)って逃げてめえる気遣(きづけ)えもねえが、宿屋の婿(むこ)になったら何うだ、屎草履(くそぞうり)を直さねえでも宜(え)いから」
梅「それは有難い事で、何(ど)の様(よう)な事でもいたしますが、拙者は屋敷育ちで頓(とん)と知己(しるべ)もござらず、前町(まえまち)に出入町人はございますが、前町の町人どもの方(かた)へも参られず、他人(ひと)の娘を唆(そゝの)かしたとお腹立もございましょうが、お手前様から宜しくお詫びを願いたい、若(も)し寺へまいるような子供でもあれば、四書五経ぐらいは教えましても好(よ)し、何うしても困る時には御厄介にならんよう、人家(ひと)の門(かど)に立ち、謡(うたい)を唄い、聊(いさゝ)かの合力(ごうりょく)を受けましても自分の喰(たべ)るだけの事は致す心得」
清「其様(そん)な事をしねえでも宜(え)え、見っともねえ、聟になってお母(ふくろ)の厄介になりたくねえたって、歌ア唄って表え歩いて合力てえ物を売って歩いて、飴屋見たような事はさせたくねえ、あの頭の上へ籠(かご)か何か乗(のっ)けて売って歩くのだろう」
梅「いえ、左様な訳ではございません」
清「然(そ)うで無(ね)えにしても其様(そん)な事は仕ねえが宜(え)い、そろ/\参(めえ)りましょう、提灯を持っておくんなせえ、先へ立って」
若「お前ね、私は嬉しいと思ったら草臥れが脱(ぬ)けたから宜(い)いよ」
清「まアぶっされよ」
若「宜いよ」
清「宜(え)いたって大(えか)くなっていやらしく成ったもんだから、間ア悪がって……早く負(ぶ)っされよ、少(ちい)さえうちは大概(ていげえ)私(わし)が負(おぶ)ったんだ、情夫(おとこ)が居るもんだから見えして、われが友達の奥田(おくだ)の兼(かね)野郎なア立派な若(わけ)え衆(しゅ)になったよ、汝(われ)がと同年(おねえどし)だが、此の頃じゃア肥手桶(こいたご)も新しいんでなけりゃ担(かつ)ぎやアがんねえ、其様(そんな)に世話ア焼かさずに負(ぶっ)されよ」

        二十四

 鴻の巣の宿屋では女主人(おんなあるじ)が清藏の帰りの遅いのを心配いたして、
母「あの清藏はまだ帰(けえ)りませんかな……何うしたか長(なが)え、他の者を使いにやれば、今までにゃア帰(かえ)るだに……こら、清藏が帰(けえ)ったようじゃアねえか、帰(けえ)ったら直(すぐ)に此処(こゝ)へ来(こ)うといえ」
清「へえ、只今往って参(めえ)りました……もし、此の人は何とか云っけ、名は……」
若「春部さま」
清「うん春部梅か成程……梅さん、そこな客座敷は六畳しかないが、客のえらある時にゃア此処へも入れるだが常にア誰も来ねえから、其処(そこ)に入(へい)って居な、一旦詫(わび)をしねえ内は仕方がねえから……へえ往って参(めえ)りました」
母「余(あんま)り長(なげ)えじゃアねえか」
清「長えって先方(むこう)で引留めるだ、まア一盃(いっぱい)飲んで往(い)けと云って、どうか船の利かないところを、お前(めえ)の馬に積んで二三帰(けえ)り廻してくれと云っていたが、薪(まき)は百把(ひゃっぱ)に二十二三把安いよ」
主「それは宜(よ)かっけな」
清「何よ、それ何(なん)に逢いやした、それ…」
母「誰だ」
清「誰だって大(えか)くなって見違(みちげ)えたね、屋敷姿は又別だね、此処(こゝ)を斯ういう塩梅(あんばい)に曲げて、馬糞受(まぐそうけ)見たように此処にぺら/\下げて来たっけね、今日の髪(あたま)ア違って、着物も何だか知んねえ物を着て来たんだ、年い十八じゃア形(なり)い大(でけ)えな、それ娘のおわかよ、父(とっ)さまに似てえるだ」
母「あれまア何処(どけ)え」
清「六畳に居るだ」
母「あれまア早くそう云えば宜(え)いじゃアねえか」
清「遅く屋敷を出たゞよ」
母「何か塩梅でも悪くて下(さが)って来たんじゃアあんめえか、それとも朋輩(なかま)同士揉めでも出来たか、宿下(やどさが)りか」
清「それがね、お屋敷内(うち)でね、一つ所で働く若(わッけ)え侍(さむれえ)があって、好(え)え男よ、其方(そっち)を掃いてくんろ、私(わし)イ拭くべえていった様な事から手が触り足が触りして、ふと私通(くッつ)いたんだ、だん/\聞けば腹ア大(でか)くなって赤児(ねゝこ)が出来てみれば、奉公は出来ねえ、そんならばとって男を誘い出して、済みませんから老僕(じい)や詫言をしてくんろってよ、どうかまアね、本当に好(え)いお侍(さむれえ)だよ」
母「むゝう……じゃア何か情夫(いろおとこ)を連れやアがって駈落いして来たか」
清「うん突走(つッぱし)って来ただ」
母「それから汝(われ)何処(どこ)へ入れた」
清「何処だって別に入れ処(どこ)がねえから、新家(しんや)の六畳の方へ入れて飯(まんま)ア喰わして置いただ」
母「馬鹿野郎、呆れた奴だよ、何故宅(うち)へ引入れた、何故敷居を跨(また)がしたよ、屋敷奉公をしていながら、不義(わるさ)アして走って来るような心得違(こころえちが)えな奴は、此処(こゝ)から勝手次第に何処(どこ)へでも往(ゆ)くが宜(え)えと小言を云って、何故追出してやらねえ、敷居を跨がして内へ入れる事はねえよ」
清「それは然(そ)う云ったって仕様がねえ、どうせ年頃の者に固くべえ云ったっていかねえ、お前(めえ)だって此処(こけ)え縁付いて来るのに見合から仕て、婚礼したじゃアねえ、彼(あれ)を知ってるのは私(わし)ばかりだ、十七の時だね、十夜(じゅうや)の帰りがけにそれ芋畠(ずいきばたけ)に二人立ってたろう」
母「止せ……汝(われ)まで其様(そんな)ことをいうから娘(あま)がいう事を肯(き)かねえ、宜く考(かんげ)えて見ろよ、熊(くま)ヶ谷(い)石原(いしはら)の忰を家(うち)へよばる都合になって居るじゃアねえか、親父のいた時から決っているわけじゃアねえか、それが今情夫(おとこ)を連れて逃げて来やアがって、親が得心で匿(かく)まって置いたら、石原の舎弟や親達に済むかよ」
清「おゝ違(ちげ)えねえ、是は済まねえ」
母「済まねえだって、汝(われ)は何もかも知っていながら、彼(あ)の娘(あま)を連れて来て、足踏みをさせて済むかよ、只(たっ)た今追出(おんだ)してしめえ、汝(われ)ア幾歳(いくつ)になる、頭ア禿(はげ)らかしてよ、女親だけに子に甘く、義理人情を考えねえで入れたと、石原へ聞(きこ)えて済むか、汝も一緒に出て往(ゆ)け」
清「私(わし)が色事をしやアしめえし、出される訳はねえ、実ア私も家(うち)へ入れめえとは考えたけれども、お侍(さむれえ)さんが如何(いか)にも優しげな人で、色が白いたって彼様(あんな)のはねえ、私ア白(しろ)っ子(こ)かと思えやした、一体お侍(さむれえ)なんてえ者は田舎へ来れば、こら百姓……なんて威張るだが、私のような者に手を下げて、心得違(こゝろえちげ)えをして屋敷を出ましたが、他に知って居る者もねえ、母(かゝ)さまア腹も立とうが、厄介(やっけえ)にはなりません、稼ぎがあります、何だっけ、えゝ歌ア唄って合力(ごうりょく)とかいう菓子を売って歩いても世話にならねえから、置いてやって下せえな」
母「だめだよ、さっさと追出せよ」
清「そう怒(おこ)ったって仕様がねえ、出せば往(い)き所(どこ)がねえが、娘子(あまっこ)が情夫(おとこ)に己(おら)ア家(うち)へ来(こ)うって連れて来たものを追出(おんだ)すような事になれば、誠に義理も悪い、他に行(い)き所(どこ)はねえ、仕様がねえから男女(ふたり)で身い投げておっ死(ち)んでしまおうとか、林の中へ入って首でも縊(くゝ)るべえというような、途方もねえ考(かんげ)えを起して、とんでもねえ間違(まちげえ)が出来るかも知んねえ、追出(おんだ)せなら追出(おんだ)しもするが、ひょっとお前(めえ)らの娘が身い投げても、首を縊っても私(わし)を怨(うら)んではなんねえよ、只(たっ)た今追出(おんだ)すから…」
母「まア、ちょっくら待てよ」
清「なに……」
母「己を連れてって若に逢わせろよ」
清「逢わねえでも宜(よ)かんべえ」
母「宜(え)いよ、己(おら)ア只(たゞ)追出(おんだ)す心はねえから、彼奴(あいつ)に逢って頭の二つ三つ殴返(はりけえ)して、小鬢(こびん)でもむしゃぐって、云うだけの事を云って出すから、連れてって逢わせろよ」
清「それは宜(よ)くねえ、少(ちっ)せえ子供じゃアねえし、十七八にもなったものゝ横ぞっぽを打殴(ぶんなぐ)ったりしねえで、それより出すは造作もねえ」
母「まア待てよ…打叩(うちたゝ)きは兎も角も、娘(むすめ)は憎くて置かれねえ奴だが、附いて来たお侍(さむれえ)さんに義理があるから、己が会って、云うだけの事を云って聞かした其の上で、其の人へ義理だ、娘(あま)には草鞋銭(わらじせん)の少しもくれべえ」
清「うむ、それは沢山(たんと)遣(や)るが宜(え)え、新家にいるだよ」
 と清藏が先へ駈出してまいり、
清「今此処(こけ)へお母(ふくろ)が来るよ」
若「お母(っか)さんが怒(おこ)って何とか仰しゃったかえ」
清「怒るたって怒らねえたって訳が分らねえ、彼様(あん)なはア堅(かて)え義理を立てる人はねえ、此の前彌次郎(やじろう)が家(うち)の鶏(とり)を喜八(きはち)が縊(し)めたっけ、あの時お母(ふくろ)が義理が立たねえって其の通りの鶏を買って来(こ)ねえばなんねえと、幾ら探しても、あゝいう毛がねえで困ったよ、あゝいう気象だから、お前(めえ)さまも其の積りで、田舎者が分らねえ事をいうと思って、肝(きも)を焦(いら)しちゃアいけねえよ、腹立紛れに何を云うか知んねえ、来た/\、さ此方(こっち)へお母」
母「あゝ薄暗い座敷だな、行灯(あんどん)を持って来な……お若/\、此方(こっち)へ出ろよ、此処(こけ)へ出ろ、最(も)う少し出てよ」
 お若は間が悪いから、畳へぴったり手を突いて顔を上げ得ません。附いて来た侍は何様(どん)な人だか。と横目でじろりと見ながら、自分の方より段々前へ進み出まして
母「お若、今清藏に聞きまして魂消(たまげ)ましたぞ、汝(われ)は情夫(おとこ)を連れて此処(こけ)へ走って来たではねえか、何ともはア云様(いいよう)のねえ親不孝なア奴だ、これ屋敷奉公に出すは何のためだよ、斯ういう田舎にいては行儀作法も覚えられねえ、なれども鴻の巣では家柄の岡本の娘だアから屋敷奉公に上げ、行儀作法も覚えさせたらで、金をかけて奉公に遣ったのに、良(え)い事は覚えねえで不義(わるさ)アして、此処(こけ)へ走って来ると云うは何たる心得違(こゝろえちげ)えなア親不孝の阿魔だか、呆れ果てた、最(も)う汝(われ)の根性を見限って勘当してくれるから、何処(どけ)へでも出て往(い)け、石原の舎弟に合わす顔が無(ね)え、彼(あれ)が汝の婿だ、去年宿下(やどさが)りに来た時、石原へ連れて往くのに、先方(むこう)は田舎育ちの人ゆえ、汝が屋敷奉公をして立派な姿で往くが、先方が木綿ものでいても見下げるな、汝が亭主になる人だよと、何度も云って聞かせ、お父様(とっさん)が約束して固く極めた処を承知していながら、情夫を連れて参(めえ)っちゃア石原へ済まねえ事を知っていながら来るとは、何ともはア魂消てしまった、汝より他に子はねえけれども、義理という二字があって何うしても汝を宅(うち)へ置く事は出来ねえ、見限って勘当をするから何処(どこ)へでも出て往くが宜(え)い、汝は此のお方様に見棄てられて乞食になるとも、首い縊(くゝ)って死ぬとも、身を投げるとも汝が心がらで、自業自得だ、子のない昔と諦めますから」
 と両眼には一杯涙を浮(うか)めて泣いて居りました。

        二十五

 母は心の中(うち)では不憫でならんが、義理にからんで是非もなく/\故(わざ)と声をあらゝげまして、
母「これ若、もう物を云わずさっさと出て往け」
 と云いながら梅三郎に向いまして、
「お前様には始めてお目にかゝりましたが、お立派なお侍さんが斯(こ)んな汚(きたね)え処へお出でなすったくれえだから、どうか此の娘(あま)を可愛がって下せえまし、折角此処(こゝ)まで連れて逃げて来たものを、若い内には有りうちの事だ、田舎気質(かたぎ)とは云いながら、頑固(かたくな)な婆(ばゞ)アだ、何の勘弁したって宜(え)えにとお前様には思うか知んねえけれども、只今申します通り義理があって、どうも此の娘を宅(うち)へ置かれません只(たっ)た今追出します、名主へも届け、九離(きゅうり)断(き)って勘当します、往処(ゆきどこ)もなし、親戚(みより)頼りもねえ奴でごぜえますから、見棄てずに女房にして下せえまし、貴方(あんた)が見棄てゝも私(わし)ゃア恨みとも思いませんが、どうかお頼み申します、何や清藏、あのお若を屋敷奉公させて家(うち)へ帰らば、柔(やあら)けえ物も着られめえと思って、紬縞(つむぎじま)の手織(ており)がえらく出来ている、あんな物が家に残ってると後(あと)で見て肝(きも)が焦(い)れて快(よ)くねえから、帯も櫛(くし)笄(こうがい)のようなものまで悉皆(みんな)要(い)らねえから汝(われ)え一風呂敷(ひとふろしき)に引纒(ひんまと)めて、表へ打棄(うっちゃ)っちまえ」
清「打棄らねえでも宜(よ)かんべい、のう腹ア立とうけれども打棄ったって仕様がねえ」
母「チョッ、分らねえ奴だな、石原の親達へ対(てい)しても此娘(これ)がに何一つ着せる事ア出来ねえ、そんならと云って家(うち)に置けば快(よ)くねえ、憎い親不孝なア娘(あま)の着物を見るのは忌(いや)だから、打棄(うっちゃっ)ちまえと云うだ」
清「打棄らずに取って置いたら宜(よ)かんべい」
母「雨も降りそうになって居るから、合羽に傘に下駄でも何でも、汝(われ)が心で附けて、此娘(これ)がに遣ることは出来ねえ、憎くって、併(しか)し家(うち)に置くことが出来ねえから打棄れというのだ、雨が降りそうになって居るから」
清「うーむ然(そ)うか、打棄るべえ、箪笥(たんす)ごと打棄っても宜(え)い、どっちり打棄るだから、誰でも拾って往(ゆ)くが宜い、はアーどうも義理という二字は仕様のねえものだ」
 と立ちにかゝるを引止めて、
梅「ま暫(しばら)く……清藏どんとやら暫くお待ち下さい、只今親御(おやご)の仰せられるところ、重々御尤(ごもっと)もの次第で、御尊父御存生(ごぞんしょう)の時分からお約束の許嫁(いいなずけ)の亭主あることを存ぜず、無理に拙者が若江を連れてまいりましたは、あなたに対しては何とも相済みません、若江は亡(なくな)られた親御の恩命に背(そむ)き、不孝の上の不孝の上塗(うわぬり)をせんければならず、拙者は何処(どこ)へも往(ゆ)き所(どころ)はないが、男一人の身の上だから、何処(いずく)の山の中へまいりましても喰うだけの事は出来ます、お前は此処(こゝ)に止(とゞ)まって聟を取り、家名相続をせんければならんから、拙者一人で往(ゆ)きます」
清「ま、お待ちなせえ……そんな義理立(ぎりだて)えして無闇に往ったっていけねえ、二人で出て来たものが、一人置いてお前(めえ)さんが往ったら娘(あま)も快(よ)くねえ訳だア、宜(よ)く相談して往(い)くが宜(え)い、今草鞋銭をくれると云うから待てよ、えゝぐず/\云っちゃア分らねえ、判然(はっきり)云えよ、泣きながらでなく……彼(あ)の人ばかり追返(おっけえ)しちゃア義理が済むめえ、色事だって親の方にも義理があるから追返す位(くれえ)なら首でも縊(つ)るか、身い投げておっ死(ち)ぬというだ」
母「篦棒(べらぼう)……死ぬなんて威(おど)し言(ごと)を云ったら、母親(おふくろ)が魂消て置くべいかと思って、死ぬなんてえだ、死ぬと云った奴に是迄死んだ例(ためし)はねえ、さ只(たっ)た今死ね、己(おれ)は義理さえ立てば宜(え)い、汝(われ)より他に子はねえが、死ぬなんて逆らやアがって、死ぬなら死ね、さ此処(こゝ)に庖丁があるから」
清「止せよー、困ったなア……うむ何うした/\」
 若江は身の過(あやま)りでございますから、一言もないが、心底可愛い梅三郎と別れる気がない、女の狭い心から差込んでまいる癪気(しゃくき)に閉じられ、
若「ウヽーン」
 と仰向けさまに反返(そりかえ)る。清藏は驚いて抱き起しまして、
清「お前さま帰るなんて云わねえが宜(い)い、さゝ冷たくなって、歯を咬(くい)しばっておっ死(ち)んだ、お前様(めえさま)が余(あんま)り小言を云うからだ……ア痛(いた)え、己の頭へ石頭を打附(ぶッつ)けて」
 と若江を抱え起しながら、
清「お若やー……」
母「少しぐらい小言を云われて絶息(ひきつけ)るような根性で、何故斯(こ)んな訳になったんだかなア、痛(いて)え……此方(こっち)へ顔を出すなよ」
清「お前(めえ)だって邪魔だよ、何か薬でもあるか、なに、お前(めえ)さま持ってる……むゝう是は巻いてあって仕様がねえ、何だ印籠(いんろう)か……可笑(おか)しなものだな、お前(めえ)さん此の薬を娘(あま)の口ん中(なけ)へ押(お)っぺし込んで……半分噛んで飲ませろよ、なに間が悪(わり)い……横着野郎め」
 梅三郎は間が悪そうに薬を含(くゝ)んで飲ませますと、若江は漸(ようや)くうゝんと気が付きました。
清「気が付いたか」
母「しっかりしろ」
清「大丈夫(でえじょうぶ)だ、あゝゝ魂消た余(あんま)り小言を云わねえが宜(え)えよ、義理立をして見す/\子を殺すようなことが出来る、もう其様(そんな)に心配しねえが宜えよ」
若「あの爺(じい)や、私は斯(こ)んなわるさをしたから、お母(っか)さまの御立腹は重々御道理(ごもっとも)だが、春部さまを一人でお帰し申しては済まないから、私も一緒に此のお方と出して下さるように、またほとぼりが冷めて、石原の方の片が附いたら、お母さまの処へお詫をする時節もあろうから、一旦御勘当の身となって、一度は私も出して下さるように願っておくれよ」
清「困ったね、往処(ゆきどこ)のねえ人を、お若が家(うち)まで誘い出して来て置かないと云うなら、彼(あ)の人を何うかしてやらなければなんねえ、時節を待って詫言(わびごと)をするてえが、何うする」
母「汝(われ)と違ってお義理堅(ぎりがて)え殿さまで、往(ゆ)く処(とこ)のねえ者を一人で出て往(い)くと仰しゃるは、己がへの義理で仰しゃるだ、憎くて置かれねえ奴だが、此の旦那さまも斯(こん)なにお義理堅(ぎりがて)えから、此の旦那様に免じて当分家(うち)へ置いてくれるから、此処(こゝ)に隠れて[#「隠れて」は底本では「隠ねて」]いるが宜(え)い」
清「そんなれば早く然(そ)う云えば宜(い)いに、後(あと)でそんな事を云うだから駄目だ、石原の子息(むすこ)がぐず/\して居て困る事ができたら、私(わし)が殴殺(ぶっころ)しても構わねえ」
 と是から二人は此の六畳の座敷へ足を止める事になりますと、お屋敷の方は打って変って、渡邊織江は非業に死し翌日になって其の旨を届けると、直(す)ぐさま検視も下(お)り、遂に屍骸(しがい)を引取って野辺の送りも内証(ないしょ)にて済ませ、是から悪人穿鑿(せんさく)になり、渡邊織江の長男渡邊祖五郎(そごろう)が伝記に移ります。

        二十六

 さて其の頃はお屋敷は堅いもので、当主が他人(ひと)に殺された時には、不憫(ふびん)だから高(たか)を増してやろうという訳にはまいりません、不束(ふつゝか)だとか不覚悟だとか申して、お暇(いとま)になります。彼(か)の渡邊織江が切害(せつがい)されましたのは、明和の四年亥歳(いどし)九月十三夜(や)に、谷中瑞林寺の門前で非業な死を遂げました、屍骸を引取って、浅草の田島山(たじまさん)誓願寺(せいがんじ)へ内葬を致しました。其の時検使に立ちました役人の評議にも、誰が殺したか、織江も手者(てしゃ)だから容易な者に討たれる訳はないが、企(たく)んでした事か、どうも様子が分らん。死屍(しがい)の傍(わき)に落ちてありましたのは、春部梅三郎がお小姓若江と密通をいたし、若江から梅三郎へ贈りました文と、小柄(こづか)が落ちてありましたが、春部梅三郎は人を殺すような性質の者ではない、是も変な訳、何ういう訳で斯様(かよう)な文が落ちてあったか頓と手掛りもなく、詰り分らず仕舞でござりました。織江には姉娘(あねむすめ)のお竹と祖五郎という今年十七になる忰(せがれ)があって、家督人(かとくにん)でございます。此者(これ)が愁傷(しゅうしょう)いたしまして、昼は流石(さすが)に人もまいりますが、夜分は訪(と)う者もござりませんから、位牌に向って泣いてばかり居りますと、同月(どうげつ)二十五日の日に、お上屋敷からお呼出しでありますから、祖五郎は早速麻上下(あさがみしも)で役所へ出ますと、家老寺島兵庫差添(さしそえ)の役人も控えて居り、祖五郎は恐入って平伏して居りますと、
寺島「祖五郎も少し進みますように」
祖「へえ」
寺島「此の度(たび)は織江儀不束の至りである」
祖「はっ」
寺島「仰せ渡されをそれ…」
 差添のお役人が懐から仰せ渡され書(がき)を取出(とりいだ)して読上げます。
一其の方父織江儀御用に付き小梅中屋敷へ罷(まか)り越し帰宅の途中何者とも不知(しれず)切害被致候段(いたされそろだん)不覚悟の至りに被思召(おぼしめされ)無余儀(よぎなく)永(なが)の御暇(おいとま)差出候(さしだしそうろう)上は向後(こうご)江戸お屋敷は不及申(もうすにおよばず)御領分迄立廻り申さゞる旨被仰出候事(おおせいでられそろこと)
家老名判
 祖五郎は
「はっ」
 と頭(かしら)を下げましたが、心の中(うち)では、父は殺され、其の上に又此のお屋敷をお暇(いとま)になることかと思いますと、年が往(い)きませんから、只畳へ額(ひたえ)を摺付けまして、残念の余り耐(こら)えかねて男泣きにはら/\/\と泪(なみだ)を落す。御家老は膝を進めて言葉を和らげ、
寺「マヽ役目は是だけじゃが、祖五郎如何(いか)にもお気の毒なことで、お母(かゝ)さまには確か早く別れたから、大概織江殿の手一つで育てられた、其の父が何者かに討たれ剰(あまつさ)え急にお暇になって見れば、差向(さしむき)何処(どこ)と云って落着く先に困ろうとお察し申すが、まゝ又其の中(うち)に御帰参の叶(かな)う時節もあろうから、余りきな/\思っては宜しくない、心を大きく持って父の仇(あだ)を報い、本意(ほんい)を遂げれば、其の廉(かど)によって再び帰参を取計らう時節もあろう、急(せ)いては事を仕損ずるという語を守らんければいかん、年来御懇意にもいたした間、お屋敷近い処にもいまいが、遠く離れた処にいても御不自由な事があったら、内々(ない/\)で書面をおよこしなさい」
祖「千万(せんばん)有難う存じます……志摩(しま)殿、幸五郎(こうごろう)殿御苦労さまで」
志摩「誠にどうも此の度(たび)は何とも申そうようもない次第で、実にえゝ御尊父さまには一方(ひとかた)ならぬ御懇命(ごこんめい)を受けました、志摩などは誠にあゝいうお方様がと存じましたくらいで、へえどうか又何ぞ御用に立つ事がありましたら御遠慮なく……此処(こゝ)は役所の事ですから、小屋へ帰りまして仰せ聞けられますように」
祖「千万有難う」
 と仕方なく/\祖五郎は我(わが)小屋へ立帰って、急に諸道具を売払い、奉公人に暇(いとま)を出して、弥々(いよ/\)此処(こゝ)を立退(たちの)かんければなりません。何処(どこ)と云って便(たよ)って往(ゆ)く目途(あて)もございませんが、彼(か)の若江から春部の処へ送った文が残っていて、春部は家出をした廉(かど)はあるが、春部が父を殺す道理はない、はて分らん事で……確か梅三郎の乳母と云う者は信州の善光寺にいるという事を聞いたが、梅三郎に逢ったら少しは手掛りになる事もあろうと考えまして、前々(ぜん/\)勤めていた喜六という山出し男は、信州上田の在で、中(なか)の条村(じょうむら)にいるというから、それを訪ねてまいろうと心を決しまして、忠平という名の如く忠実な若党を呼びまして、
祖「忠平手前は些(ちっ)とも寝ないのう、ちょいと寝なよ」
忠「いえ眠くも何ともございません」
祖「姉様(あねさま)と昨夜(ゆうべ)のう種々(いろ/\)お話をしたが、屋敷に長くいる訳にもいかんから、此の通り諸道具を引払ってしまった、併(しか)し又再び帰る時節もあろうからと思い、大切な品は極(ごく)別懇にいたす出入町人の家へ預けて置いたが、姉様と倶(とも)に喜六を便(たよ)って信州へ立越(たちこえ)る積りだ、手前も長く奉公してくれたが、親父も彼(あ)の通り追々老(と)る年だし、菊はあゝ云う訳になったし、手前だけは別の事だから、こりゃア何の足しにもなるまいが、お父(とっ)さまの御不断召(ごふだんめし)だ、聊(いさゝ)か心ばかりの品、受けて下さい、是まで段々手前にも宜く勤めて貰い、お父さまが亡(な)い後(のち)も種々骨を折ってくれ、私(わし)は年が往(ゆ)かんのに、姉様は何事もお心得がないから何うして宜(い)いかと誠に心配していたが、万事手前が取仕切ってしてくれ、誠に辱(かたじけ)ない、此品(これ)はほんの志ばかりだ……また時が来て屋敷へ帰ることもあったら、相変らず屋敷へ来て貰いたい、此品(これ)だけを納めて下さい」
忠「へえ誠に有難う……」
竹「手前どうぞ岩吉にも会いたいけれども、立つ時はこっそりと立ちたいと思うから、よく親父にそう云っておくれよ」
 と云われて、忠平は祖五郎とお竹の顔を視詰(みつ)めて居りました。忠平は思い込んだ容子(ようす)で、
忠「へえ……お嬢さま、私(わたくし)だけはどうかお供仰付け下さいますように願いたいもので、まア斯うやって私も五ヶ年御奉公をいたして居ります、成程親父は老(と)る年ですが、まだ中々達者でございます、旦那様には別段に私も御贔屓を戴きましたから、忠平だけはお供をいたし、御道中と申しても若旦那様もお年若、又お嬢様だって旅慣れんでいらっしゃいますから、私がお供をしてまいりませんと、誠にお案じ申します、宅(うち)で案じて居りますくらいなら、却(かえ)ってお供にまいった方が宜しいので、どうかお供を」
竹「それは私も手前に供をして貰えば安心だけれども、親父も得心しまいし、また跡でも困るだろう」
忠「いえ困ると申しても職人も居りますから、何うぞ斯うぞ致して居ります、なまじ親父に会いますと又右(と)や左(かく)申しますから、立前(たちまえ)に手紙で委(くわ)しく云ってやります、どうか私(わたくし)だけはお邪魔でもお供を」
竹「誠に手前の心掛感心なことで……私も往(い)って貰いたいというは、祖五郎も此の通りまだ年は往(ゆ)かず……併(しか)しそれも気の毒で」
忠「何う致しまして、私(わたくし)の方から願っても、此の度(たび)は是非お供を致そうと存じて居(お)るので、どうか願います」
竹「そんなら岩吉を呼んで、宜(よ)く相談ずくの上にしましょう」
忠「いえ相談を致しますと、訳の分らんことを申してとても相談にはなりません、それより立つ前に書面を一本出して、ずっとお供をしてまいっても宜しゅうございます、心配ございません」
 そんならばと申すので、是から段々旅支度をして、いよ/\翌日(あした)立つという前晩(まえばん)に、忠平が親父の許(もと)へ手紙を遣(や)りました。親父の岩吉は碌に読めませんから、他人(ひと)に読んで貰いましたが、驚いて渡邊の小屋へ飛んでまいりました。
岩「お頼ん申します」
忠「どうれ……おやお出でかえ」
岩「うん……手紙が来たから直(すぐ)に来た」
忠「ま此方(こっち)へお出で」
岩「手前(てめえ)何かお嬢様方のお供をして信州とかへ行(ゆ)くてえが飛んだ話だ、え飛んだ話じゃアねえか、そんなら其の様にちゃんと己に斯ういう訳でお供を仕なければならぬがと、宜く己に得心させてから行(い)くが宜(い)い、ふいと黙って立っちまっては大変だと思ったから、遅くなりましてもと御門番へ断って来たんだ、えゝおい」
忠「お供してまいらなければならないんだよ、お嬢様は脾弱(ひよわ)いお体、若旦那さまは未だお年がいかないから、信州までお送り申さなければなりません、お屋敷へ帰る時節があれば結構だが、容易に御帰参は叶うまいと思うが、長々(なが/\)留守になりますから、お前さんも身をお厭(いと)いなすって御大切(ごたいせつ)に」
岩「其様(そん)なことを云ったって仕様がない、己は他に子供はない、お菊と手前(てめえ)ばかりだ、ところが菊は彼(あ)んな訳になっちまって、己(おら)アもう五十八だよ」
忠「それは知ってます」
岩「知ってるたって、己(おれ)を置いて何処(どこ)かへ行ってしまうと云うじゃアねえか、前の金太(きんた)の野郎でも達者でいれば宜(い)いが、己も此の頃じゃア眼が悪くなって、思うように難かしい物は指せなくなって居るから困る」
忠「困るって、是非お供をしなくっちゃアなりません」
岩「成らねえたって己を何うする」
忠「私が行(い)って来るうち、お前は年を老(と)ったって丈夫な身体だから死ぬ気遣いはありません」
岩「其様(そん)な事を云ったって人は老少不定(ろうしょうふじょう)だ、それも近(ちけ)え処ではなし、信州とか何とか五十里も百里もある処へ行くのだ、人間てえものは明日(あす)も知れねえ、其の己を置いて行くように宜(よ)く相談してから行け、手紙一本投込んで黙って行っちまっては親不孝じゃアねえか」
忠「それは重々私が悪うございましたが、相談をして又お前に止めたり何かされると困るから……これは武家奉公をすれば当然(あたりまえ)のことで」
岩「なに、武家奉公をすれば当然(あたりまえ)だと、旦那さまが教えたのか」
忠「お教えがなくっても当然(あたりまえ)だよ」
岩「然(そ)ういうことを手前(てめえ)は云うけれども、親父を棄てゝ田舎へ一緒に行けと若旦那やお嬢様は仰しゃる訳はあるめえ」
忠「それは送れとは仰しゃらんのさ、若旦那様や嬢様の仰しゃるには、老(と)る年の親父もあるから、跡に残った方が宜かろう、と云って下すったが、多分にお手当も戴き、形見分けも頂戴し、殊(こと)に五ヶ年も奉公した御主人様が零落(おちぶ)れて出るのを見棄てゝは居(い)られません、何処(どこ)までもお供をして、倶(とも)に苦労をするのが主従の間だから、悪く思って下さるな」
 と説付(ときつ)けました。

        二十七

 段々訳を聞いても岩吉はまだ腑に落ちんので、
岩「主従はそれで宜かろうが、己を何うする」
忠「屋敷奉公をすりゃア斯ういう場合にはお供をするが当然(あたりまえ)さ、お前さんには済まないが忠義と孝行と両方は出来ません、忠孝全(まった)からずというは此の事さ」
 岩吉にはまだ言葉の意味が分りませんから、怪訝(けゞん)な顔をして、
岩「何(なん)だア、忌(いや)に理窟を云やアがって、手前(てめえ)近(ちけ)え処じゃアなし、えおう五十里も百里もある処へ行くものを、まったからずって待たずに居(い)られるか」
忠「然(そ)うじゃアありません、忠義をすれば孝行が出来ないという事です」
岩「それは親に孝行主人に忠義をしろてえ事は己も知っている、講釈や何かで聞いたよ」
忠「それですから孝行と忠義と両方は出来ませんよ」
岩「出来ねえって……骨を折ってやんなよ」
忠「うふゝゝ骨を折ってやれと云ったって出来ませんよ」
岩「手前(てめえ)は生意気に変なことを云って人を困らせるが、己は他に子供が無し、手前たった一人だ、年を老(と)った親父を置いて一緒に行けと旦那様が仰しゃりアしめえし、跡へ残れ、可愛相だからと仰しゃるのに、手前の了簡で己を棄てゝ行く気になったんだ、親不孝な野郎め」
忠「なに親不孝ではありませんがね、私は御当家様へ奉公に来て、一文不通(いちもんふつう)の木具屋の忰(せがれ)が、今では何うやら斯うやら手紙の一本も書け、十露盤(そろばん)も覚え、少しは剣術も覚えたのは、皆大旦那のお蔭、今日(こんにち)の場合にのぞんで年のいかない若旦那様やお嬢様のお供をして行かないと、忠義の道が立ちませんよ」
岩「それは分っているよ」
忠「分っているなら遣(や)って下さいな」
岩「分ってはいるが、己を何うするよ」
忠「其様(そん)な分らないことを云っては困りますな、何うするたって私が帰るまで待って下さい」
岩「待てねえ、己(おれ)ア待てねえ(さめ/″\と泣きながら)婆さんが死んでから己ア職人の事で、思うように育てることが出来ねえからってんで、御当家様へ願ったんだ、それは御恩にはなったけれども、旦那様が何も手前(てめえ)を連れてって下さる事アねえ、何う考(かんげ)えても」
忠「分らん事をいうね、自分の御恩になった御主人様が斯ういう訳になったからだよ」
岩「何ういう訳に」
忠「他人(ひと)に殺されてお暇(いとま)になったんだよ」
岩「お暇……てえのは……お屋敷を出るんだろう」
忠「然(そ)うさ」
岩「出て……」
忠「分らんね、零落(おちぶれ)てしまうんだよ、御浪人になるんだよ、それだから私が従(つ)いて行かなければならない、仮令(たとえ)私が御免を蒙(こうむ)ると云ってもお前が己が若ければお供をして行(ゆ)くとこだが、手前(てめえ)何処(どこ)までもお供申して御先途(ごせんど)を見届けなければならんと云(い)うのが[#「云(い)うのが」は底本では「云(い)のが」]当然(あたりまえ)な話だ、其のくらいな覚悟が無ければ、頭(あたま)で武家奉公をさせんければ宜(い)いや、然(そ)うじゃアありませんか、お前さんは屹度(きっと)野暮(やぼ)に止めるに違いないと思ったから、手紙を上げたんだ、分りませんかえ」
岩「むゝ……分った、むゝう成程侍(さむらい)てえものは其様(そん)なものか……だから最初(てんで)武家奉公は止そうと思った」
祖「忠平、親父が来たのじゃアないか」
忠「へい、親父がまいりました」
祖「おや/\宜くおいでだ、岩吉入(はい)んな」
岩「御免なせえまし、誠にお力落しさまで……今度急に忰を連れてお出でなさる事になったんで、まゝ是はどうも武家奉公をすれば当然(あたりまえ)のことで、へえ私(わたくし)も五十八で」
祖「貴様も老(と)る年で親父も困ろうから跡へ残っているが宜(よ)いにと云っても、彼(あれ)が真実に何処までも随(つ)いて行ってくれるという、その志を止められもせず、貴様には誠に気の毒でね」
岩「どうも是もまア武家奉公で、へゝゝゝ私(わたくし)は五十八でげす」
忠「お父(とっ)さん、一つ事ばかり云ってゝ困るね其様(そん)な事を云うものではない、明日(あした)お立だからお餞別(はなむけ)をしなければなりませんよ」
岩「え」
忠「お餞別(はなむけ)をしなさいよ」
岩「なんだ……お花……は供(あ)げて来たよ」
忠「分らないよ、お餞別(せんべつ)」
岩「え……煎餅(せんべい)を……なんだ」
忠「旅へ入らっしゃるお土産(みやげ)をよ」
岩「うん/\……何(なん)ぞ上げましょう、烟草盆の誂(あつら)えがありますから彼品(あれ)を」
忠「其様(そん)な大きなものはいけない」
岩「じゃア火鉢を一つ」
忠「いけないよ」
岩「それでは何か途中で喰(あが)る金米糖(こんぺいとう)でも上げましょう、じゃア明日(あした)私(わし)が板橋までお送り申しましょう」
祖「そんな事をしないでも宜しい、忙がしい身体だから構わずに」
岩「へえ、忰を何卒(どうぞ)何分お頼み申します、へゝゝ誠にもう私(わし)は五十八でごぜえます」
 と一つ事ばかり云って、人の善(よ)い、理由(わけ)の分りません人だから仕方がない。翌朝(よくあさ)板橋まで送る。下役の銘々(めい/\)も多勢(おおぜい)ぞろ/\と渡邊織江の世話になった者が、祖五郎お竹を送り立派な侍も愛別離苦(あいべつりく)で別れを惜(おし)んで、互に袖を絞り、縁切榎(えんきりえのき)の手前から別れて岩吉は帰りました。祖五郎お竹等は先ず信州上田の在で中の条村という処へ尋ねて行(ゆ)かんければなりません。こゝで話二つに分れまして、彼(か)の春部梅三郎は、奥の六畳の座敷に小匿(こがく)れをいたして居り、お屋敷の方へは若江病気に就(つい)て急にお暇(いとま)を戴きたいという願(ねがい)を出し、老女の計(はから)いで事なく若江はお暇の事になりましたは御慈悲(ごじひ)でござります。さて此の若江の家(うち)へ宗桂(そうけい)という極(ごく)感の悪い旅按摩(たびあんま)がまいりまして、私(わたくし)は中年で眼が潰(つぶ)れ、誠に難渋いたしますから、どうぞ、御当家様はお客さまが多いことゆえ、療治をさせて戴きたいと頼みますと、慈悲深(なさけぶか)い母だから、
母「療治は下手だが、家(うち)にいたら追々得意も殖(ふ)えるだろう、清藏丹誠をしてやれ」
清「へえ」
 と清藏も根が情深い男だから丹誠をしてやります所から、療治は下手だが、廉(やす)いのを売物(うりもの)に客へ頼んで療治をさせるような事になりました。其の歳の十一月二十二日の晩に、母が娘のお若を連れまして、少々用事があって本庄宿(ほんじょうじゅく)まで参りました。春部梅三郎は件(くだん)の隠家(かくれが)に一人で寝て居り、行灯(あんどう)を側へ引寄せて、いつぞや邸(やしき)を出る時に引裂(ひきさ)いた文(ふみ)は、何事が書いてあったか、事に取紛れて碌々読まなかったが、と取出して慰(なぐさ)み半分に繰披(くりひら)き、なに/\「予(かね)て申合せ候一儀大半成就致し候え共、絹と木綿の綾は取悪(とりにく)き物ゆえ今晩の内に引裂き、其の代りに此の文を取落し置(おき)候えば、此の花は忽(たちま)ち散果(ちりはて)可申(もうすべく)茎(じく)は其許(そこもと)さまへ蕾(つぼみ)のまゝ差送(さしおくり)候」はて…分らん…「差送候間御安意(ごあんい)之(の)為め申上候、好文木(こうぶんぼく)は遠からず枯れ秋の芽出しに相成候事、殊(こと)に安心仕(つかまつ)り候、余は拝面之上※(「勹<夕」、第3水準1-14-76)々(そう/″\)已上(いじょう)[#「已上」は底本では「己上」]、別して申上候は」…という所から破れて分らんが、これは何の手紙だろう、少しも訳が分らん……どうも此の程から重役の者の内、殊に神原五郎治、四郎治の両人(ふたり)の者は、どうも心良からん奴だ、御舎弟様のお為にもならん事が毎度ある、伯父秋月は容易に油断をしないから、神原の方へ引込まれるような事もあるまいが、何の文だろう、何者の手跡(しゅせき)だか頓と分らん、はてな。と何う考えても分りませんから、又巻納めて紙入の間へ挟んで寝ましたが、寝付かれません。其の内に離れて居りますけれども、宿泊人(とまりゅうど)の鼾(いびき)がぐう/\、往来も大分(だいぶ)静かになりますと、ボンボーン、ばら/\/\と簷(のき)へ当るのは霙(みぞれ)でも降って来たように寒くなり、襟元から風が入りますので、仰臥(あおむけ)に寝て居りますと、廊下をみしり/\抜足(ぬきあし)をして来る者があります。廊下伝いになっては居るが、締りが附いていて、別に人の来られないようになって居りますから、
梅「誰が来たろう、清藏ではあるまいか、何だろう」
 と態(わざ)と睡(ねむ)った振で、ぐう/\と空鼾(そらいびき)をかいて居りますと、廊下の障子を密(そっ)と音のしないように開けて這込(はいこ)む者を梅三郎が細目を開(ひら)いて見ますると、面部を深く包んで、尻(しり)ッ端折(ぱしょり)を致しまして、廊下を這って来て、だん/″\行灯(あんどう)の許(もと)へ近づき、下からふっと灯(あかり)を消しました。漸々(だん/″\)探り寄って春部が仰臥(あおむ)けざまに寝ている鼻の上へ斯う手を当てゝ寝息を伺いました。
梅「す……はてな……何だろうか知ら、気味の悪い奴だ、どうして賊が入ったか、盗(と)るものもない訳だが……己を殺しにでも来た奴か知らん」
 とそこは若いけれども武家(ぶげ)のことだから頓と油断はしません。眼を細目に開(あ)いて様子を見て居りますと、布団(ふとん)の間に挟んであった梅三郎の紙入を取出し、中から引出した一封の破れた手紙を透(すか)して、披(ひろ)げて見て押戴(おしいたゞ)き懐中(ふところ)へ入れて、仕すましたり…と行(ゆ)きにかゝる裾(すそ)を、梅三郎うゝんと押えました。

        二十八

 姿は優しゅうございますが、柔術(やわら)に達した梅三郎に押えられたから堪(たま)りません。
曲者「御免なさい」
梅「黙れ……賊だな、さ何処(どっ)から忍び込んだ」
曲者「何卒(どうぞ)御免なすって」
梅「相成らん……何だ逃げようとして」
 と逆に手を取って押付(おさえつ)け。
梅「怪しい奴だ、清藏どん、泥坊が入りました。清藏どん/\聞えんか、困ったものだ、清藏どん」
 少し離れた処に寝て居りました清藏が此の声を聞付け、
清「あい、はアー……あい/\……何だとえ、泥坊が入(へい)ったとえあれま何うもはア油断のなんねえ、庭伝えに入(へえ)ったか、何(なん)にしろ暗くって仕様がねえ、店の方へ往(い)って灯(あかり)を点(つ)けて来るから、逃してはなんねえ」
梅「何だ此奴(こいつ)……動かすものか、これ……灯を早く持って来んかえ」
 清藏は店から雪洞(ぼんぼり)を点けて参り。
清「泥坊は何処(どこ)に/\」
梅「清藏どん、取押えた、なか/\勝手を知った奴と見えて、廊下伝いに入った、力のある奴だが、柔術(やわら)の手で押えたら動けん、今暴れそうにしたからうんと一当(ひとあて)あてたから縛って下さい」
清「よし、此奴(こいつ)細っこい紐じゃア駄目だ、なに麻縄(ほそびき)が宜(い)い」
 とぐる/\巻に縛ってしまいました。
曲者「何卒(どうぞ)御免なすって……実は何(なん)でございます、へえ全く貧(ひん)の盗みでございますから、何卒御免なすって」
清「貧の盗みなんてえ横着野郎め」
 此の中(うち)下女などが泥坊と聞いて裸蝋燭(はだかろうそく)などを持ってまいりました。
清「これもっと此方(こっち)へ灯(あかり)を出せ、あゝ熱いな、頭の上へ裸蝋燭を出す奴があるかえ、行灯(あんどん)を其方(そっち)へ片附(かたし)ちめえ、此の野郎頬被(ほっかぶ)りいしやアがって、何処(どこ)から入(へい)った」
 と手拭をとって曲者の顔を見て驚き、
清「おや、此の按摩ア……汝(われ)は先月から己(おら)ア家(うち)へ来て、俄盲(にわかめくら)で感が悪くって療治が出来ねえと云うから、可愛相だと思って己ア家へ置いてやった宗桂だ、よく見りゃア虚盲(そらめくら)で眼が明いてるだ、此の狸按摩汝(うぬ)、よく人を盲だって欺(だま)しアがった、感が悪くって泥坊が出来るかえ、此の磔(はッつけ)めえ」
 と二つばかり続けて撲(ぶ)ちました。
曲「御免なさい、誠にどうも番頭(ばんつ)さん、実ア盲じゃアごぜえません、けれども旅で災難に遭いまして、後(あと)へは帰れず、先へも行(い)かれず、仕様が有りませんから、実は喰方(くいかた)に困って此方(こちら)はお客が多いから、按摩になってと思いまして入ったんでございますが、漸々(だん/\)銭が無くなっちまいましたから、江戸へ帰っても借金はあり、と云って故郷(こきょう)忘(ぼう)じ難(がた)く、何うかして帰りてえが、借金方の附くようにと思いまして、ついふら/\と出来心で、へえ、沢山(たんと)金え盗(と)るという了簡じゃアごぜえません、貧の盗みでございますから、お見遁(みのが)しを願います」
清「此の野郎……此奴(こいつ)のいう事ア迂濶(うっかり)本当にア出来ねえ、嘘を吐(つ)く奴は泥坊のはじまり、最(も)う泥坊に成ってるだ此の野郎」
曲「どうか御免なすって」
梅「いや/\手前は貧の盗みと云わせん事がある、貧の盗みなれば何故(なぜ)紙入れの中の金入れか銭入れを持って行(ゆ)かぬ、何で其の方は書付ばかり盗んだ」
曲「え……これはその何(なん)でございます、あゝ慌(あわ)てましたから、貧の盗みで一途(いちず)にその私(わたくし)は、へえ慌てまして」
梅「黙れ、手前はどうも見たような奴だ、此奴(こいつ)を確(しっか)り縛って置き、殴(たゝ)っ挫(くじ)いても其の訳を白状させなければならん、さ何ういう理由(わけ)で此の文を盗(と)った、手前は屋敷奉公をした奴だろう、谷中の屋敷にいた時分、どうも見掛けたような顔だ……手前は三崎の屋敷にいた事があったろうな」
曲「いえ……どう致しまして、私(わたくし)は麻布十番の者でごぜえます、古河(こが)に伯父がごぜえまして、道具屋に奉公して居りましたが、つい道楽だもんでげすから、お母(ふくろ)が死ぬとぐれ出し、伯父の金え持逃げをしたのが始まりで、信州小室(こむろ)の在(ぜえ)に友達が行って居りますから無心を云おうと思いまして参ったのでごぜえますが、途中で災難に遭い、金子(かね)を……」
梅「いや/\幾ら手前が陳じても、書付を取るというは何か仔細があるに相違ない、清藏どん打(ぶ)って御覧、云わなければ了簡がある、真実に貧の盗みなれば金を取らなければならん、書付を取るというはどうも理由(わけ)が分らんから、責めなければならん」
清「さ云えよ、云わねえと痛(いて)えめをさせるぞ、誰か太っけえ棒を持って来い、角(かど)のそれ六角に削った棒があったっけ、なに長(なげ)え…切って来(こ)う……うむ宜(よ)し…さ野郎、これで打(ぶ)つが何うだ」
 と続け打(う)ちに打ちますと、曲者は泣声を致しまして、
曲「御免なすって、貧の盗みで」
清「貧の盗みなんて生虚(なまそら)ア吐(つ)きやアがって、家(うち)へ来た時に汝(われ)何と云った、少(ちい)せえ時に親父が死んで、お母(ふくろ)の手にかゝっている内に、眼が潰れたって、言うことが皆(みん)な[#「皆(みん)な」は底本では「皆(みな)な」]出たらめばかりだ、此の野郎(打(ぶ)つ)」
曲「あ痛(いた)/\/\痛(いと)うごぜえやす、どうか御勘弁を…悪い事はふッつり止(や)めますから」
清「止(やめ)るたって止めねえたって、何で手紙を盗んだ(又打(う)つ)」
曲「あ痛うごぜえやす、何う云う訳だって、全く覚えが無(ねえ)んでごぜえやす、只慌てゝ私(わっし)が……」
梅「黙れ、何処までも云わんといえば殺してしまうぞ、此方(こっち)が先程から此の手紙が分らんと、幾度も読んで考えていたところだ、これは何か隠(かく)し文(ぶみ)で、お屋敷の大事と思えば棄置かれん、五分試(ごぶだめ)しにしても云わせるから左様心得ろ…」
 と
「脇差を取って来る間逃げるとならんから」
清「なに縛ってあるから大丈夫だよ」
梅「五分だめしにするが何うだ、云わんければ斯うだ」
 とすっと曲者の眼の先へ短刀(みじか)いのを突付ける。
曲「あゝ危(あぶの)うごぜえやす、鼻の先へ刀を突付けちゃア……どうぞ御勘弁を」
梅「これ、手前が幾ら隠してもいかん事がある、手前は谷中三崎の屋敷で松蔭の宅に居た奴であろうな」
曲「へえ」
梅「もういけん、此書(これ)は松蔭から何者へ送るところの手紙か、又他(わき)から送った手紙か、手前は心得て居(お)るか」
曲「へえ」
梅「いやさ、云わんければ手前は嬲(なぶ)り殺(ごろ)しにしても云わせなければならん、其の代り云いさえすれば小遣(こづかい)の少しぐらいは持たして免(ゆる)してやる」
清「そうだ、早く正直に云って、小遣を貰え、云わなければ殺されるぞ、さ云えてえば(又打(う)つ)」
曲「あゝ痛うごぜえます、あ危(あぶの)うございます、鼻の先へ……えゝ仕方がないから申上げますが、実はなんでごぜえます、私(わたくし)が主人に頼まれて他(ほか)へ持っていく手紙でごぜえます」
梅「むゝ何処(どこ)へ持って行(ゆ)く」
曲「へえ先方(さき)は分りませんけれども持って行(ゆ)くので」
梅「これ/\先方(さき)の分らんということがあるか、何処へ……なに、先方が分っている、種々(いろ/\)な事を云い居(お)るの、先方が分ってれば云え」
曲「へえ、その何(なん)でごぜえます、王子の在にお寮(りょう)があるので、その庵室(あんしつ)見たような所の側(わき)の、些(ちっ)とばかりの地面へ家(うち)を建てゝ、楽に暮していた風流の隠居さんが有りまして、王子の在へ行って聞きゃア直(すぐ)に分るてえますから、実は其処(そこ)は池(いけ)の端(はた)仲町(なかちょう)の光明堂(こうみょうどう)という筆屋の隠居所だそうで、其家(そこ)においでなさる方へ上げれば宜(よ)いと云付(いいつ)かって、私(わたくし)が状箱を持ってお馬場口から出ようとすると、今考えれば旦那様で、貴方に捕(つか)まったので、状箱を奪(と)られちゃアならんと思いやして一生懸命に引張(ひっぱ)る途端、落ちた手紙を取ろうとする、奪られちゃア大変と争う機(はず)みに引裂(ひっさ)かれたから、屋敷へ帰ることも出来ず、貴方の跡を尾(つ)けて此方(こちら)へ入った限(ぎ)り影も形も見えず、だん/\聞けば、あのお小姓のお家(うち)だとの事ですから、俄盲(にわかめくら)だと云って入り込んだのも只其の手紙せえ持って行(い)けば宜(い)いんで、是を落すと私(わたくし)が殺されたかも知れねえんで」
梅「うん、わかった、いや大略(あら/\)分りました」
清「大略(あら/\)ってお前さんの心に大概分ったかえ」
梅「少し屋敷に心当りの者もある、此の書面は其の方の主人松蔭が書いたのか」
曲「いえ……誰が書いたか存じませんが、大切に持って行(い)けよ、落したり失(なく)したりする事があると斬っちまうと云われて恟(びっく)りしたんで、其の代り首尾好く持って行(ゆ)けば、金を二十両貰う約束で」
梅「むゝう……清藏どん、今に夜(よ)が明けてから一詮議(ひとせんぎ)しましょうから、冷飯(ひやめし)でも喰わして物置へ棒縛りにして入れて置いて下さい」

        二十九

 清藏は曲者を引立(ひった)てまして、
清「これ野郎立たねえか、今冷飯(まんま)喰わしてやる、棒縛り程楽なものはねえぞ」
 と是から到頭棒縛りにして物置へ入れて置きました。翌日梅三郎は曲者から取返した書面を出して見ると、再び今一つの裂端(きれはし)も一緒になっていたので、これ幸いと曲者の持っていた書面と継合(つぎあわ)せて見まして、
梅「中田千早(なかだちはや)様へ常磐(ときわ)よりと……常磐の二字は松蔭の匿名(かくしな)に相違ないが、千早と云うが分らん、彼(あ)の下男を縛ってお上屋敷へ連れて往(ゆ)こう、それにしても八州の手に掛け、縛って連れて行(ゆ)かなければならん」
 と是から物置へまいり、曲者を曳出(ひきだ)そうと思いますと、何時(いつ)か縄脱(なわぬけ)をして、彼(か)の曲者は逐電致してしまいました。そこで八州の手を頼み、手分(てわけ)をいたして調べましたが、何うしても知れません、なか/\な奴でございます。さて明和の五年のお話で……此の年は余り良い年ではないと見えまして、三月十四日(か)に大阪曾根崎新地(そねざきしんち)の大火で、山城は洪水でございました。続いて鳥羽辺が五月朔日(ついたち)からの大洪水であった、などという事で、其の年の六月十一日にはお竹橋(たけばし)へ雷(らい)が落ちて火事が出ました、などと云う余り良い事はございません。二月五日(いつか)、粂野のお下屋敷では午祭(うまゝつり)の宵祭(よみや)で大層賑(にぎや)かでございます。なれども御舎弟様御不例に就(つ)きまして、小梅のお中屋敷にいらしって、お下屋敷はひっそり致して居りますが、例年の事で、大して賑かな祭と申す方ではないが、ちら/\町人どもがお庭拝見にまいります。松蔭大藏の家来有助は姿を変え、谷中あたりの職人体(てい)に扮(こしら)え、印半纏(しるしばんてん)を着まして、日の暮々(くれ/″\)に屋敷へ入込(いりこ)んで、灯火(あかり)の点(つ)かん前にお稲荷様の傍(そば)に設けた囃子屋台(はやしやたい)の下に隠れている内に、段々日が暮れましたから、町の者は亥刻(よつ)[#「亥刻」は底本では「戌刻」]になると屋敷内へ入れんように致します。灯火(あかり)も忽(たちま)ち消しまして静かになりました。是から人の引込(ひっこ)むまでと有助は身を潜(かゞ)めて居りますと、上野の丑刻(やつ)の鐘がボーン/\と聞える、そっと脱出(ぬけだ)して四辺(あたり)を見廻すと、仲間衆(ちゅうげんしゅう)の歩いている様子も無いから、
有「占(し)めた」
 と呟(つぶや)きながらお馬場口へかゝって、裏手へ廻り、勝手は宜く存じている有助、主人松蔭大藏方へ忍び込んで、縁側の方へ廻って来ると、烟草盆を烟管(きせる)でぽん/\と叩く音。
有「占めた」
 と云うので有助が雨戸の所を指先でとん/\とん/\と叩きますと、大藏が、
大「今開けるぞ、誰も居らんから心配せんでも宜(よ)い、有助今開けるぞ」
 と云われて有助は驚きました。
有「去年の九月屋敷を出てしまい、それっきり帰らない此の有助が戸を叩いた計(ばか)りで、有助とは実に旦那は智慧者(ちえしゃ)だなア…これだから悪い事も善い事も出来るんだ」
 松蔭大藏は寐衣姿(ねまきすがた)で縁側へまいり、音をさせんように雨戸を開け、雪洞(ぼんぼり)を差出して透(すか)し見まして、
大「此方(こっち)へ入れ」
有「へえ、旦那様其の中(うち)は、面も被(かぶ)らずのめ/\上(あが)られた義理じゃアごぜえませんが、何うにも斯うにも仕方なしに又お屋敷へ帰(けえ)ってまいりました、誠に面目次第もありません」
大「さ、誰も居らんから此方へ入れ/\」
有「へえ/\」
大「構わず入れ」
有「へえ、足が泥ぼっけえで」
大「手拭をやろう、さ、これで拭け」
有「此様(こん)な綺麗な手拭で足を拭いては勿体ねえようで……さて私(わたくし)も、ぬっと帰(けえ)られた義理じゃアごぜえませんが、帰(けえ)らずにも居(お)られませんから、一通りお話をして、貴方に斬られるとも追出されるとも、何うでも御了簡に任せようと、斯う思いやして帰ってまいりましたので」
大「彼限(あれき)りで音沙汰が無いから、何うしたかと実は心配致していた、手前は彼(あ)の手紙を何者かに奪(と)られたな」
有「へえ、春部に奪られたので、春部の彼奴(あいつ)が若江という小姓と不義(いたずら)をして逃げたんで、其の逃げる時にお馬場口から柵矢来(さくやらい)の隙間の巾の広い処から、身体を横にして私(わたくし)が出ようと思います途端に出会(でっくわ)して、実にどうも困りました」
大「手紙を何うした奪られたか」
有「それがお前さん、鼻を摘(つま)まれるのも知れねえ深更(よふけ)で、突然(いきなり)状箱へ手を掛けやアがッたから、奪られちゃアならねえと思いやして、引張ると紐が切れて、手紙が落(おっ)こちる、とうとう半分引裂(ひっさ)かれたから、だん/\春部の跡を尾(つ)いて行(い)くと、鴻の巣の宿屋へ入りやしたから、感が悪い俄盲ッてんで、按摩に化けて宿屋に入込(いりこ)み一度は旨く春部の持っていた手紙の裂(きれ)を奪(と)ったが、まんまと遣(や)り損(そこ)なって、物置へ棒縛りにして投込まれた、所で漸(ようや)く縄脱(なわぬ)けえして逃出しましたが、近辺にも居(い)られやせんから、久しく下総(しもふさ)の方へ隠れていやしたが、春部にあれを奪られて何う致すことも出来やせんので、へえ」
大「いや、それは宜しい、心配致すな、手前は己の家来ということを知るまい」
有「ところが知ってます/\、済まねえけれどもお前さん、ギラ/\するやつを引(ひっ)こ抜いて私(わっし)の鼻っ先へ突付け云わねえけりゃア五分だめしにしちまう、松蔭の家来だろう、三崎の屋敷に居たろう、顔を知ってるぞ、さア何うだと責められて、つい左様でごぜえますと申しやした」
大「なにそれは云っても宜(い)い、彼(あ)の晩には実ア神原も酷(ひど)い目に遭った、何事も是程の事になったら幾らも失策(しくじり)はある、丸切(まるッき)りしくじって、此の屋敷を出てしまったところが、有助貴様も己と根岸に佗住居(わびずまい)をしていた時を思えば、元々じゃアないか」
有「それは然(そ)うでごぜえます」
大「彼処(あすこ)に浪人している時分一つ鍋で軍鶏(しゃも)を突(つッつ)き合っていたんだからのう」
有「旦那のように然う小言を云わずにおくんなさるだけ、一倍面目無(めんぼくの)うござえます」
大「だによって行(や)る処までやれ、今までの失策(しくじり)も許し、何もかも許してやる、それに手前此処(こゝ)に居ては都合が悪い、就(つい)ては金子(かね)が二十両有るからこれをやろう」
有「へえ、是は有難うごぜえます」
大「其の代り少し頼みがある、手前小梅のお中屋敷へ忍び込んで、お居間近(ぢか)く踏込み……いや是は手前にア出来ん、夜詰(よづめ)の者も多いが、何かに付けて邪魔になる奴は、彼(あ)の遠山權六だ、彼(あれ)がどうも邪魔になるて」
有「へえー、あの国にいて米搗(こめつき)をしてえた、滅法界(めっぽうかい)に力のある……」
大「うん、彼奴(あいつ)が終夜(よどおし)廻るというので、何うも邪魔だ」
有「へえー」
大「彼(あれ)を手前殺して、ふいと家出をしてしまえ、何処(どこ)へでも宜(よ)いから身を隠してくれ」
有「彼(あれ)は殺せやせん、それはお前さん御無理で、からどうも彼(あ)のくれえ無法に力のある奴ア沢山(たんと)有りません、植木屋が十人もよって動かせねえ石を、ころ/\動かします、天狗見たような奴で、それじゃアお前さん私(わっし)を見殺しにするようなもので」
大「いや、通常(たゞ)じゃア敵(かな)わない、欺(だま)すに手なしだ、あゝいう剛力(ごうりき)な奴は智慧の足りないもので、それに一体彼奴(あいつ)は侠客気(きょうかくぎ)が有ってのう、人を助けることが好きだ、手前何うかして田圃伝(たんぼづた)いに行って、田圃の中へ入らなければならんが、彼所(あすこ)にも柵があるから、其の柵矢来の裏手から入って、藪の中にうん/\呻(うな)っていろ」
有「私(わっし)がですかえ」
大「うん、藪の中に泥だらけになって呻っていろ」
有「へえ」
大「すると忍び廻りで權六がやって来て何だと咎(とが)めるから、構わずうん/\呻れ」
有「気味の悪い、そいつア御免を蒙(こうむ)りやす、お金は欲しいが、彼奴(あいつ)の側へ無闇に行くのは危険(けんのん)です、汝(おのれ)は何だと押え付けられ、えゝと打(ぶ)たれりゃア一打(ひとうち)で死にやすから」
大「そこが欺すに手なしだ、私は去年の九月松蔭を暇(いとま)になりまして、行(ゆ)き所(どこ)がございません、何うかして詫にまいりたいが中々主人は一旦言出すと肯(き)きません、あなたはお国からのお馴染だそうでございますが、貴方が詫言(わびごと)をして下すったら否(いや)とは云いますまいから、何分お頼み申しますと、斯う手前泣付け」
有「然(そ)うすりゃア殺しませんか」
大「うん、只手前が悪い事をしたと云って、うん/\呻っていろ、何うして此処(こゝ)へ来たと聞いたら、実はお下屋敷の方へ参られませんから、此方(こちら)へ参ったのでございます、旅で種々(いろ/\)難行苦行をして、川を渉(わた)り雪に遇(あ)い、霙(みぞれ)に遭い風に梳(くしけず)り、実に難儀を致しましたのが身体へ当って、疝癪(せんしゃく)が起り、少しも歩けませんからお助け下さいましと云え、すると彼奴(あいつ)は正直だから本当に思って自分の家(うち)へ連れて行って、粥ぐらいは喰わしてくれるから、大きに有難う、お蔭さまで助かりましたと云うと、彼奴が屹度(きっと)己の処へ詫に来る、もし詫に来たら、彼(あれ)は使わん、怪(け)しからん奴だ、これ/\の奴だと手前の悪作妄作(あくざもくざ)を云ってぴったり断る」
有「へえ、それは詰(つまら)ねえ話で、其様(そん)な奴なら打殺(ぶっころ)してしまうってんで…」
大「いや/\大丈夫だ、まア聞け、とてもいかん/\という中(うち)に、段々味(あじわ)いを附けて手前の善い所を云うんだ」
有「成程」
大「正直の人間……とも云えないが、働くことは宜く働き、口も八丁手も八丁ぐらいな事は云う、手前を殺さないように、そんなら己の家(うち)へ置くと云ったら幸い、若(も)し世話が出来ん出て行けと云ったら仕方が有りませんと泣く/\出れば、小遣いの一分や二分はくれる、それを貰って出てしまった所が元々じゃアないか、もし又首尾好く權六の方へ手前を置いてくれたら、深更(よふけ)に權六の寝間へ踏込んで權六を殺してくれ、また其の前にも己の処へ詫びに来る時にも、隙(すき)が有ったら、藪に倒れてゝ歩けない、担(かつ)いでやろうとか手を引いてやろうとか云った時にも隙があったら、懐から合口(あいくち)を出して殺(やっ)ちまえ、首尾好く仕遂(しおお)せれば、神原に話をして手前を士分(さむらい)に取立てゝやろう、首尾好く殺して、ポンと逃げてしまえ、十分に事成った時には手前を呼戻して三百石のものは有るのう。手前が三百石の侍になれる事だが、どうか工夫をして行(や)って見ろ、もし己のいう事を胡乱(うろん)と思うなら、書附をやって置いても宜しい、お互に一つ鍋の飯を食い、燗徳利が一本限(いっぽんぎ)りで茶碗酒を半分ずつ飲んだ事もある仲だ、しくじらせる事も出来ずよ、旨く行(ゆ)けば此の上なしだ、出来損ねたところが元々じゃアないか」
有「成程……行(や)って見ましょうが、彼(あ)の野郎を殺(や)るのには何か刄物が無ければいけませんな」
大「待てよ、人の目に立たん証拠にならん手前の持ちそうな短刀がある、さ、これをやろう、見掛は悪くっても中々切れる、関(せき)の兼吉(かねよし)だ、やりそくなってはいかんぞ」
有「へえ宜しゅうごぜえます」
大「闇の晩が宜(よ)いの」
有「闇の晩、へえ/\」
大「小遣をやるから手前今晩の中(うち)屋敷を出てしまえ」
有「へえ」
 と金と短刀を受取って、お馬場口から出て行(ゆ)きました。

        三十

 さて二の午(うま)も済みまして、二月の末になりまして、大きに暖気に相成りました。御舎弟紋之丞様は大した御病気ではないが、如何(いか)にも癇が昂(たか)ぶって居ります。夜詰(よづめ)の御家来も多勢(おおぜい)附いて居ります、其の中には悪い家来が、間(ま)が宜(よ)くば毒殺をしようか、或(あるい)は縁の下から忍び込んで、殺してしまう目論見(もくろみ)があると知って、忠義な御家来の注意で、お畳の中へ銅板(あかゞねいた)を入れて置く事があります。是は将軍様のお居間には能(よ)くあることで、これは間違いの無いようにというのと、今一つは湿(しっ)けて宜しくないから、二重に遊ばした方が宜しいと二重畳にして御寝(ぎょしん)なる事になる。屏風を建廻(たてまわ)して、武張ったお方ゆえ近臣に勇ましい話をさせ昔の太閤(たいこう)とか、又眞田(さなだ)は斯う云う計略(はかりごと)を致しました、楠(くすのき)は斯うだというようなお話をすると、少しは紛(まぎ)れておいでゞございます。悪い奴が多いから、庭前(にわさき)の忍び廻りは遠山權六で、雨が降っても風が吹いても、嵐でも巡廻(みまわ)るのでございます。天気の好(よ)い時にも草鞋(わらじ)を穿(は)いて、お馬場口や藪の中を歩きます。袴(はかま)の裾(すそ)を端折(はしょ)って脊割羽織(せわりばおり)を着(ちゃく)し、短かいのを差して手頃の棒を持って無提灯(むぢょうちん)で、だん/\御花壇の方から廻りまして、畠岸(はたけぎし)の方へついて参りますと、森の一叢(ひとむら)ある一方(かた/\)は業平竹(なりひらだけ)が一杯生えて居ります処で、
男「ウーン、ウーン」
 と呻(うな)る声がしますから、權六は怪しんで透(すか)して見て、
權「何(なん)だ……呻ってるのは誰だ」
男「へえ、御免下さい、どうかお助けなすって下さいまし」
權「誰だ……暗い藪の中で……」
男「へえ、疝癪(せんしゃく)が起りまして歩くことが出来ません者で…」
權「誰だ……誰だ」
男「へえ、あなたは遠山様でございますか」
權「何うして己を……汝(われ)は屋敷の者か」
男「へえ、お屋敷の者でごぜえます」
權「誰だ、判然(はっきり)分らん、待て/\」
 と懐から手丸提灯(てまるぢょうちん)を取出し、懐中附木(かいちゅうつけぎ)へ火を移して、蝋燭へ火を点(とも)して前へ差出し、
權「誰だ」
男「誠に暫く、御機嫌宜しゅう……だん/″\御出世でお目出度うござえます」
權「誰だ」
有「えゝ、お下屋敷の松蔭大藏様の所に奉公して居りました、有助と申す中間(ちゅうげん)でござえます」
權「ウン然(そ)うか、碌に会った事もない、それとも一度か二度会った事があるかも知れんが、忘れた、それにしても何うしたんだ」
有「へえ、あなたは委(くわ)しい事を御存じありますめえが、去年の九月少し不首尾な事がありまして、家(うち)へは置かねえとって追出され、中々詫言をしても肯(き)かねえと存じまして、友達を頼って田舎へめえりましたところが、間の悪い時にはいけねえもんで、其の友達が災難で牢へ行くことになり、留守居をしながら家内を種々(いろ/\)世話をしてやりましたが、借金もある家(うち)ですから漸々(だん/\)行立(ゆきた)たなくなって、居候どころじゃアごぜえませんから、出てくれろと云われるのは道理(もっとも)と思って出ましたが、他(ほか)に親類身寄もありませんから、詫言をして帰りてえと思いましても、主人は彼(あ)の気象だから、詫びたところが置く気遣(きづか)いは有りません、種々考えましたが、あなたは確か美作のお国からのお馴染でいらっしゃいますな」
權「然(そ)うよ」
有「あなたに詫言をして戴こうと斯う思いやして、旅から考えて参りましたところが、中々入れませんで、此の田の中をずぶ/\入って此処(こゝ)へ這込(はいこ)みやしたが、久しく喰わずにいたんで腹が空(す)いて堪(たま)りません、雪に当ったり雨に遭ったりしたのが打って出て、疝癪が起って、つい呻りました、何分にも恐入りますが何うか主人に詫言をお願い申します」
權「むう、余程悪い事をしたな、免(ゆる)すめえ、困ったなア、なに物を喰わねえ」
有「へえ、実は昨日(きのう)の正午(ひる)から喰いません」
權「じゃア、ま肯(き)くか肯かねえか分らんけれど、話しても見ようし、お飯(まんま)は喰わしてやろう」
有「有難うござえます」
權「屋敷へつか/\無沙汰(むさた)に入って呻ったりしないで、門から入れば宜(い)いに……何しろ然(そ)う泥だらけじゃア仕方がねえから小屋へ来い」
有「有難うごぜえます」
權「さ行け」
有「貴方ね、疝癪で腰が攣(つ)って歩けません」
權「困った奴だ、何うかして歩け、此の棒を杖(つ)け」
有「へえ、有難うごぜえます」
權「それ確(しっ)かりしろ」
有「へえ」
權「提灯を持て」
有「へえ」
 と提灯の光ですかし見ると、去年見たよりも尚(な)お肥(ふと)りまして立派になり、肩幅が張ってゝ何うも凛々(りゝ)しい男で、怖いから、
有「へえ参ります」
權「さ行(ゆ)け」
有「旦那さま、誠に恐入りますが、片方(かた/\)に杖を突いても、此方(こっち)の腰が何分起(た)ちませんから、左の手をお持ちなすって」
權「世話アやかす奴だな、それ捉(つら)まれ」
 と右の手を出して、
有「へえ有難う」
 とひょろ/\蹌(よろ)けながら肩へ捉(つら)まる。
權「確(しっ)かりしろい」
有「へえ」
 と云いながら懐よりすらりと短刀を抜いて權六の肋(あばら)を目懸けてプツーり突掛けると、早くも身を躱(かわ)して、
權「此の野郎」
 と其の手を押えました。手首を押えられて有助は身体が痺(しび)れて動けません力のある人はひどいもので。併(しか)し直(すぐ)に役所へ引いて行(ゆ)かずに、權六が自分の宅(たく)へ引いて来たは、何か深い了簡あってのことゝ見えます。此のお話は暫(しばら)く措(お)きまして、是から信濃国(しなのゝくに)の上田在(ざい)中の条に居ります、渡邊祖五郎と姉の娘お竹で、お竹は大病(たいびょう)で、田舎へ来ては勝手が変り、何かにつけて心配勝ち、左(さ)なきだに病身のお竹、遂に癪の病を引出しました。大した病気ではないが、キヤキヤと始終痛みます。祖五郎も心配致しています所へ手紙が届きました。披(ひら)いて見ますと、神原四郎治からの書状でございます。渡邊祖五郎殿という表書(うわがき)、只今のように二日目に来るなどという訳にはまいりません。飛脚屋へ出しても十日(とおか)二十日(はつか)ぐらいずつかゝります。読下(よみくだ)して見ると、
一簡(いっかん)奉啓上候(けいじょうそうろう)余寒(よかん)未難去候得共(いまださりがたくそうらえども)益々御壮健恐悦至極(きょうえつしごく)に奉存候(ぞんじそうろう)然者(しかれば)当屋敷御上(おかみ)始め重役の銘々少しも異状(かわり)無之(これなく)御安意可被下候(ごあんいくださるべくそうろう)就(つい)ては昨年九月只今思い出(だし)候ても誠に御気の毒に心得候御尊父を切害(せつがい)致し候者は春部梅三郎と若江とこれ/\にて目下鴻ノ巣の宿屋に潜(ひそ)み居(お)る由(よし)確かに聞込み候間早々彼(か)の者を討果(うちはた)され候えば親の仇(あだ)を討たれ候廉(かど)を以て御帰参相叶(あいかな)い候様共に尽力可仕候(じんりょくつかまつるべくそうろう)右の者早々御取押(おんとりおさ)え有って可然候(しかるべくそろ)云々(しか/\)
 と読了(よみおわ)り、飛立つ程の悦び、年若でありますから忠平や姉とも相談して出立する事になりましたが、姉は病気で立つことが出来ません。
祖「もし逃げられてはならん、あなたは後(あと)から続いて、私(わたくし)一人(ひとり)でまいります」
 と忠平にも姉の事を呉々(くれ/″\)頼んで、鴻の巣を指して出立致しました。五日目に鴻の巣の岡本に着きましたが、一人旅ではございますが、お武家のことだから宿屋でも大切にして、床の間のある座敷へ通しました。段々様子を見たが、手掛りもありません、宿屋の下婢(おんな)に聞いたが頓と分りません、
祖「はてな……こゝに隠れていると云うが、まさか人出入(ひとではいり)の多い座敷に隠れている気遣いはあるまい、此処(こゝ)にいるに相違ない」
 と便所へ行って様子を見廻したが、更に訳が分りません。

        三十一

 渡邊祖五郎は頻(しき)りに様子を探りますが、少しも分りません、夜半(よなか)に客が寝静(ねしずま)ってから廊下で小用(こよう)を達(た)しながら唯(と)見ますと、垣根の向うに小家(こや)が一軒ありました。
祖「はてな……一つ庭のようだが」
 と折戸(おりど)を開けて、
祖「彼(あ)の家に隠れて居りはしないか」
 と手水場(ちょうずば)の上草履(うわぞうり)を履(は)いて庭へ下(お)り、開戸(ひらき)を開け、折戸の許(もと)へ佇(たゝず)んで様子を見ますと、本を読んでいる声が聞える。何処(どこ)から手を出して掛金を外すのか、但(たゞ)し栓張(しんばり)を取って宜(い)いか訳が分りません、脊伸(せいの)びをして上から捜(さぐ)って見ると、閂(かんぬき)があるようだが、手が届きません。やがて庭石を他(わき)から持ってまいりまして、手を伸べて閂を右の方へ寄せて、ぐいと開けて中へ入り、まるで泥坊の始末でございます。縁側から密(そっ)と覗(のぞ)いて見ますると、障子に人の影が映って居ります。
祖「はてな、此方(こっち)にいるのは女のような声柄(こえがら)がいたす」
 と密と障子の腰へ手をかけて細目に明けて、横手から覗いて見ますると、見違える気遣いはない春部梅三郎なれば、
祖「あゝ有難い、神仏(かみほとけ)のお引合せで、図(はか)らず親の仇(かたき)に廻(めぐ)り逢った」
 と心得ましたから、飛上って障子を引開け、中へ踏込んで身構えに及び、声を暴(あら)らげ、
祖「実父の仇(かたき)覚悟をしろ」
 と叫びましたが、梅三郎の方では祖五郎が来ようとは思いませんから驚きました。
梅「いやこれは/\思い掛ない……斯様(かよう)な処でお目にかゝり面目次第もない、まア何ういう事で此方(こっち)へ」
祖「汝(なんじ)も立派な武士(さむらい)だから逃隠(にげかく)れはいたすまい、何(なん)の遺恨あって父織江を殺害(せつがい)して屋敷を出た、殊(こと)に当家の娘と不義をいたせしは確かに証拠あって知る、汝の許(もと)へ若江から送った艶書が其の場に取落してあったが、よもや汝は人を殺すような人間でないと心得て居ったる処、屋敷から通知によって、確かに汝が父織江を討って立退(たちの)いたる事を承知致した、斯(か)くなる上は逃隠れはいたすまいから、届ける処へ届けて尋常に勝負を致せ」
 と詰(つめ)かけました。
梅「御尤(ごもっと)もでござる、まア/\お心を静められよ、決して拙者逃隠れはいたしません、何も拙者が織江殿に意趣遺恨のある理由(わけ)もなし、何で殺害(せつがい)をいたしましょうか、其の辺の処をお考え下さい、何者が左様な事を申したか、実に貴方へお目にかゝるのは面目次第もない心得違い、此処(こゝ)へ逃げてまいりまして、当家の世話になって居ります程の身上(みのうえ)の宜しくない拙者ゆえ、何と仰せられても、斯様な事もいたすであろうと、さ人をも殺すかと思召(おぼしめ)しましょうが、何者が……」
祖「エーイ黙れ、確かの証拠あって知る事だ、天命※(「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56)(のが)れ難い、さ直(すぐ)にまいれ」
梅「と何ういう事の……」
祖「何ういう事も何もない、父の屍骸(しがい)の傍(かたわら)に汝の艶書(てがみ)を遺(おと)してあったのが、汝の天命である」
梅「左様なれば拙者打明けて恥を申上げなければ成りませんが、お笑い下さるな、小姓若江と若気の至りとは申しながら、二人ともに家出を致しましたは、昨年の九月十一日の夜(よ)で、あゝ済まん事、旧来御恩を受けながら其のお屋敷を出るとは、誠に不忠不義のことゝ存じたなれども、御拝領の品を失い、殊(こと)に若江も妊娠いたし奉公が出来んと申すので、心得違いの至りではあるが、拙者若江を連出し、当家へまいって隠れて居りましたなれども、不義淫奔(いたずら)をして主家(しゅか)を立退(たちの)くくらいの不埓者(ふらちもの)では有りますけれども、お屋敷に対しては忠義を尽したい心得、拙者がお屋敷を逃去(にげさ)る時に……手に入(い)りました一封の密書、それを御覧に入れますから、少々お控えを願います、決して逃隠れは致しません、拙者も厄介人(やっかいびと)のこと、当家を騒がしては母が心配いたしますから、何卒(どうぞ)お静かに此の密書を……如何(いか)にも若江から拙者へ遣(つか)わしましたところの文(ふみ)を其の場所に落して置き、此の梅三郎に其の罪を負わする企(たく)みの密書、織江殿を殺害(せつがい)いたした者はお屋敷内(うち)他にある考えであります」
祖「ムヽー証拠とあらば見せろ」
梅「御覧下さい」
 と例の手紙を出して祖五郎に渡しました。祖五郎はこれを受取り、披(ひら)いて見ましたところ、頓と文意が分りませんから、祖五郎は威丈高(いたけだか)になって、
祖「黙れ、何だ斯様(かよう)のものを以て何の云訳(いいわけ)になる、これは何たることだ、綾が取悪(とりにく)いとか絹を破るとか、或(あるい)は綿を何うとかすると些(ちっ)とも分らん」
梅「いえ、拙者にも匿名書(かくしぶみ)で其の意味が更に分りませんが、拙者の判断いたしまする所では、お屋敷の一大事と心得ます」
祖「それは何ういう訳」
梅「左様、絹木綿は綾操(あやどり)にくきものゆえ、今晩の中(うち)に引裂(ひきさ)くという事は、御尊父様のお名を匿(かく)したのかと心得ます、渡邊織江の織(おり)というところの縁によって、斯様(かよう)な事を認(か)いたのでも有りましょうか、此の花と申すは拙者を差した事で、今を春辺(はるべ)と咲くや此の花、という古歌に引掛(ひっか)けて、梅三郎の名を匿したので、拙者の文を其処(そこ)へ取落して置けば、春部に罪を負わして後(のち)は、若江に心を懸ける者がお屋敷内(うち)にあると見えます、それを青茎(あおじく)の蕾(つぼみ)の儘(まゝ)貴殿の許(もと)へ送るというのは若江を取持(とりもち)いたす約束をいたした事か、好文木(こうぶんぼく)とは若殿様を指した言葉ではないかと存じますと申すは、お下屋敷を梅の御殿と申しますからの事で、梅の異名(いみょう)を好文木と申せば、若殿紋之丞様の事ではないかと存じます、お秋の方のお腹の菊之助様をお世嗣(よとり)に仕ようと申す計策(たくみ)ではないかと存ずる、其の際此の密書(ふみ)を中ば引裂(ひっさ)いて逃げましたところの松蔭大藏の下人(げにん)有助と申す者が、此の密書を奪(と)られてはと先頃按摩に姿を窶(やつ)し、当家へ入込(いりこ)み、一夜(あるよ)拙者の寝室(ねま)へ忍び込み、此の密書を盗まんと致しましたところを取押えて棒縛りになし翌朝(よくあさ)取調ぶる所存にて、物置へ打込んで置きましたら、いつか縄脱(なわぬ)けをして逃去りましたから、確(しか)と調べようもござらんが、常磐(ときわ)というのは全く松蔭の匿名(かくしな)で大藏の家来有助が頼まれて尾久在(おうござい)へ持ってまいるとまでは調べました、またそれに千早殿と認(したゝ)めてあるのは、頓と分りませんが、多分神原の事ではござらんかと拙者考えます、お屋敷の内に斯様な悪人があって御舎弟紋之丞様を亡(うしな)い、妾腹(めかけばら)の菊之助様を世に出そうという企(たく)みと知っては棄置(すてお)かれん事、是は拙者の考えで容易に他人(ひと)に話すべき事ではござらんが、御再考下さるよう……拙者は決して逃隠れはいたしませんが、お互に年来御高恩を蒙(こうむ)った主家(しゅか)の大事、証拠にもならんような事なれども、お国家老へ是からまいって相談をして見とう存じます、是は貴方一人でも拙者一人でもならんから、両人でまいり、御城代へお話をして御意見を伺おうと存じますが如何(いかゞ)でござる」
 と段々云われると、予(かね)て神原や松蔭はお妾腹附(めかけばらづき)で、どうも心懸(こゝろがけ)が善(よ)くない奴と、父も頻(しき)りに心配いたしていたが、成程然(そ)うかも知れぬ、それでは棄置かれんと、それから二人が手紙を志す方(かた)へ送りました。祖五郎は又信州上田在中の条にいる姉の許(もと)へも手紙を送る。一度お国表(くにおもて)へ行って来るとのみ認(したゝ)め、別段細かい事は書きません。さて両人は美作の国を指して発足(ほっそく)いたしました。此方(こちら)は入違(いりちが)って祖五郎の跡を追掛(おいか)けて、姉のお竹が忠平を連れてまいるという、行違(ゆきちが)いに相成り、お竹が大難(だいなん)に出合いまするお話に移ります。

        三十二

 祖五郎は前席(ぜんせき)に述べました通り、春部梅三郎を親の敵(かたき)と思い詰めた疑いが晴れたのみならず、悪者(わるもの)の密書の意味で、略(ほ)ぼお家を押領(おうりょう)するものが有るに相違ないと分り、私(わたくし)の遺恨どころでない、実に主家(しゅうか)の大事だから、早くお国表へまいろうと云うので、急に二人(ふたり)梅三郎と共にお国へ出立いたしましたが、其の時姉のお竹の方へは、これ/\で梅三郎は全く父を殺害(せつがい)いたしたものではない、お屋敷の一大事があって、細かい事は申上げられんが、一度お国表へまいり、家老に面会して、どうかお家(うち)の安堵(あんど)になるようと、梅三郎も同道してお国表へ出立致しますが、事さえ極(きま)れば遠からず帰宅いたします、それまで落着いて中の条に待っていて下さい、必らずお案じ下さらぬようにとの手紙がまいりました。なれどもお竹は案じられる事で、
竹「何卒(どうぞ)して弟(おとゝ)に会いたい、年歯(としは)もいかない事であるから、また梅三郎に欺(あざむ)かれて、途中で不慮の事でも有ってはならん」
 と種々(いろ/\)心配いたしても、病中でございますから立つことも出来ず、忠平に介抱されまして、段々と月日が経(た)つばかり、其の内に病気も全快いたしましたが其の後(のち)国表から一度便りがござりまして、秋までには帰る事になるから、落着いて居てくれという文面ではありますが、其の内に六月も過ぎて七月になりました時に、身体も達者になり、こんな山の中に居たくもない、江戸へ帰って出入(でいり)町人の世話に成りたい、忠平の親父も案じているであろうから、岩吉の処へ行って厄介になりたいと、常々喜六という家来に云って居りました。然(しか)るに此の喜六が亡(な)くなった跡は、親戚(みより)ばかりで、別に恩を被(き)せた人ではないから、気詰りで中の条にも居(い)られませんので、忠平と相談して中の条を出立し、追分(おいわけ)沓掛(くつがけ)軽井沢(かるいざわ)碓氷(うすい)の峠も漸(ようや)く越して、松枝(まつえだ)の宿(しゅく)に泊りました、其の頃お大名のお着きがございますと、いゝ宿屋は充満(いっぱい)でございます。お大名がお一方(ひとかた)もお泊りが有りますと、小さい宿屋まで塞(ふさ)がるようなことで、お竹は甲州屋(こうしゅうや)という小さい宿屋へ泊りまして、翌朝(あくるあさ)立とうと思いますと、大雨で立つことも出来ず、其の内追々山水が出たので、道も悪し、板鼻(いたはな)の渡船(わたし)も止り、其の他(ほか)何処(どこ)の渡船も止ったろうと云われ、仕方がなしに足を止めて居ります内に、心配致すのはいかんもので、船上忠平が風を引いたと云って寝たのが始りで、終(つい)に病が重くなりまして、どっと寝るような事になりました。お医者と云っても良いのはございません、開(ひら)けん時分の事で、此の宿(しゅく)では第一等の医者だというのを宿(やど)の主人(あるじ)が頼んでくれましたが、まるで虚空蔵様(こくうぞうさま)の化物(ばけもの)見たようなお医者さまで、脉(みゃく)を診(と)って薬と云っても、漢家(かんか)の事だから、草をむしったような誠に効能(きゝめ)の薄いようなものを呑ませる中(うち)に、終(つい)に息も絶え/″\になり、八月上旬(はじめ)には声も嗄(しゃが)れて思うように口も利けんようになりました。親の仇(あだ)でも討とうという志のお竹でありますから、家来にも甚(はなは)だ慈悲のあることで、
竹「あの忠平や」
忠「はい」
竹「お薬の二番が出来たから、お前我慢して嫌でもお服(た)べ、確(しっ)かりして居ておくれでないと困るよ」
忠「有難う存じますが、お嬢様私(わたくし)の病気も此の度(たび)は死病と自分も諦めました、とても御丹誠の甲斐はございませんから、どうぞもお薬も服(の)まして下さいますな、もう二三日(ち)の内にむずかしいかと思います」
竹「お前そんなことを云っておくれじゃア私が困るじゃアないか、祖五郎はお国へ行(ゆ)き、喜六は死に、お前より他に頼みに思う者はなし、一人(ひとり)ではお屋敷へ帰ることも出来ず、江戸へ行ってもお屋敷近(ぢか)い処へ落着けない身の上になって、お前を私は家来とは思わない、伯父とも親とも力に思う其のお前に死なれ、私一人此処(こゝ)に残ってはお前何うする事も出来ませんよ」
忠「有難う……勿体ないお言葉でございます、僅(わず)か御奉公致しまして、何程の勤めも致しませんのに、家来の私(わたくし)を親とも伯父とも思うという其のお言葉は、唯今目を眠りまして冥土へ参るにも好(よ)い土産でございます、併(しか)し以前(もと)とちがって御零落なすって、今斯う云うお身の上におなり遊ばしたかと存じますと、私は貴方のお身の上が案じられます、どうぞ私の亡(な)い後(のち)は、他に入(いら)っしゃる所(とこ)もございません故、昨夜(ゆうべ)貴方が御看病疲れで能(よ)く眠っていらっしゃる内に、私が認(か)いて置きました手紙が此処(こゝ)にございます、親父は無筆でございますから、仮名で細かに書いて置きましたから、あなたが江戸へ入らっしゃいまして、春木町の私の家(うち)へ行って、親父にお会いなさいましたら、親父が貴方だけの事はどうかまア年は老(と)っても達者な奴でございますから、お力になろうと存じます、此処から私が死ぬと云う手紙を出しますと、驚いて飛んで来ると云うような奴ゆえ、却(かえ)って親父に知らせない方が宜(よ)いと存じますから、何卒(どうぞ)お嬢さん、はッはッ、私が死にましたら此処の寺へ投込みになすって道中も物騒(ぶっそう)でございますから、お気をお付けなすって、あなたは江戸へ入(いら)っしゃいまして親父の岩吉にお頼みなすって下さいまし」
竹「あい、それやア承知をしましたが、もし其様(そん)なことでもあると私はまア何うしたら宜かろう、お前が死んでは何うする事も出来ませんよ、何うか癒(なお)るようにね、病は気だというから、忠平確(しっ)かりしておくれよ」
忠「いえ何うも此度(こんど)はむずかしゅうございます」
 と是が主従(しゅうじゅう)の別れと思いましたからお竹の手を執(と)って、
忠「長らく御恩になりました」
 と見上げる眼に泪(なみだ)を溜(た)めて居りますから、耐(こら)えかねてお竹も、
竹「わア」
 と枕元へ泣伏しました。此の家(うち)の息子が誠に親切に時々諸方(ほう/″\)へ往(い)っちゃア、旨い物と云って田舎の事だから碌な物もありませんが、喰物(くいもの)を見附けて来ては病人に遣(や)ります。宿屋の親父は五平(ごへい)と云って、年五十九で、江戸を喰詰(くいつ)め、甲州あたりへ行って放蕩(ばか)をやった人間でございます。忰(せがれ)は此の地で生立(おいたっ)た者ゆえ質朴なところがあります。
忰「父(とっ)さま、今帰ったよ」
五「何処(どこ)へ行ってた」
忰「なに医者の処へ薬を取りに行って聞いたが、医者殿(どん)が彼(あ)の病人はむずかしいと云っただ」
五「困ったのう、二人旅だから泊めたけれども、男の方は亭主だか何だか分らねえが、彼(あれ)がお前(めえ)死んでしまえば、跡へ残るのは彼(あ)の小娘だ、長(なげ)え間これ泊めて置いたから、病人の中へ宿賃の催促もされねえから、仕方なしに遠慮していたけんど、医者様の薬礼(やくれい)から宿賃や何かまで、彼(あ)の男が亡くなってしまった日にゃア、誠に困る、身ぐるみ脱(ぬい)だって、碌な荷物も無(ね)えようだから、宿賃の出所(でどこ)があるめえと思って、誠に心配(しんぷえ)だ、とんだ厄介者に泊られて、死なれちゃア困るなア」
忰「それに就(つい)て父(ちゃん)に相談打(ぶ)とうと思っていたが、私(わし)だって今年二十五に成るで、何日(いつ)まで早四郎(はやしろう)独身(ひとり)で居ては宜くねえ何様(どんな)者でも破鍋(われなべ)に綴葢(とじぶた)というから、早く女房を持てと友達が云ってくれるだ、乃(そこ)で女房を貰おうと思うが、媒妁(なこうど)が入って他家(ほか)から娘子(あまっこ)を貰うというと、事が臆劫(おっくう)になっていかねえから、段々話い聞けば、あの男が死んでしまうと、私(わし)は年が行かないで頼る処もない身の上だ、浪人者で誠に心細いだと云っちゃア、彼(あ)の娘子が泣くだね」
五「浪人者だと…うん」
早「どうせ何処(どっ)から貰うのも同じ事だから、彼(あ)の男がおっ死(ち)んだら、彼の娘を私(わし)の女房に貰(もれ)えてえだ、裸じゃアあろうけれども、他人頼(ひとだの)みの世話がねえので、直(すぐ)にずる/\べったりに嫁っ子に来(き)ようかと思う、彼(あれ)を貰ってくんねえか父(ちゃん)」
五「馬鹿野郎、だから仕様がねえと云うのだ、これ、父(ちゃん)はな、江戸の深川で生れて、腹一杯(はらいっぺえ)悪い事をして喰詰(くいつ)めっちまい、甲州へ行って、何うやら斯うやら金が出来る様になったが、詰り悪い足が有ったんで、此処(こゝ)へ逃げて来た時に、縁があって手前(てめえ)の死んだ母親(おふくろ)と夫婦になって、手前と云う子も出来て、甲州屋という、ま看板を掛けて半旅籠(はんはたご)木賃宿(きちんやど)同様な事をして、何うやら斯うやら暮している事は皆(みん)なも知っている、手前は此方(こっち)で生立(おいた)って何も世間の事は知らねえが、家(うち)に財産(かね)は無くとも、旅籠という看板で是だけの構えをしているから、それ程貧乏だと思う人はねえ何処(どっ)から嫁を貰っても箪笥(たんす)の一個(ひとつ)や長持の一棹(ひとさお)ぐらい附属(くッつ)いて来る、器量の悪いのを貰えば田地(でんじ)ぐらい持って来るのは当然(あたりまえ)だ、面(つら)がのっぺりくっぺりして居るったって、あんな素性(わけ)も分らねえ者を無闇に引張込(ひっぱりこ)んでしまって何うするだ、医者様の薬礼まで己が負(しょ)わなければなんねえ」
早「それは然(そ)うよ、それは然うだけれど、他家(ほか)から嫁子(よめっこ)を貰やア田地が附いて来る、金が附いて来るたって、ま宅(うち)へ呼ばって、後(あと)で己が気に適(い)らねえば仕様がねえ訳だ、だから己が気に適(あ)ったのを貰やア家(うち)も治まって行くと、夫婦仲せえ宜(よ)くば宜(い)いじゃアねえか、貰ってくんろよ」
五「何を馬鹿アいう手前(てめえ)が近頃種々(いろ/\)な物を買って詰らねえ無駄銭(むだぜに)を使うと思った、あんな者が貰えるか」
早「何もそんなに腹ア立てねえでも宜(い)い相談打(ぶ)つだ」
五「相談だって手前(てめえ)は二十四五にも成りやアがって、ぶら/\遊(あす)んでて、親の脛(すね)ばかり咬(かじ)っていやアがる、親の脛を咬っている内は親の自由だ、手前の勝手に気に適(い)った女が貰えるか」
早「何ぞというと脛え咬る/\てえが、父(ちゃん)の脛ばかりは咬っていねえ、是でもお客がえら有れば種々(いろん)な手伝をして、洗足(すゝぎ)持ってこ、草鞋(わらじ)を脱がして、汚(きたね)え物を手に受けて、湯う沸(わか)して脊中を流してやったり、皆(みんな)家(うち)の為と思ってしているだ、脛咬りだ/\てえのは止(よ)してくんろえ」
五「えゝい喧(やかま)しいやい」
 と流石(さすが)に鶴の一声(ひとこえ)で早四郎も黙ってしまいました。此の甲州屋には始終極(きま)った奉公人と申す者は居りません、其の晩の都合によって、客が多ければ村の婆さんだの、宿外(しゅくはず)れの女などを雇います。七十ばかりになる腰の曲った婆さんが
婆「はい、御免なせえまし」
五「おい婆さん大きに御苦労よ、お前(まえ)又晩に来てくんろよ、客の泊りも無いが、又晩には遊(あす)んで居るだろうから、ま来なよ」
婆「はい、あの只今ね彼処(あすこ)のそれ二人連(ふたりづれ)の病人の処(とこ)へめえりました」
五「おゝ、お前(めえ)が行ってくれねえと、先方(むこう)でも困るんだ」
婆「それが年のいかない娘子(あまっこ)一人で看病するだから、病人は男だし、手水(ちょうず)に行くたって大騒ぎで、誠に可愛想でがんすが、只(たっ)た今おっ死(ち)にましたよ」
五「え、死んだと……困ったなアそれ見ろ、だから云わねえ事じゃアねえ、何様(どん)な様子だ」
婆「何様(どんな)にも何(なん)にも娘子(あまっこ)が声をあげて泣いてるだよ、あんた余(あんま)り泣きなすって身体へ障(さわ)るとなんねえから、泣かねえが宜(よ)うがんすよ、諦めねえば仕様がねえと云うと、私(わし)は彼(あれ)に死なれると、年もいかないで往(ゆ)く処も無(な)え、誠に心細うがんす、あゝ何うすべいと泣くだね、誠に気の毒な訳で」
五「はアー困ったもんだな」
早「私(わし)え、ちょっくら行って来よう」
五「なに手前(てめえ)は行かなくっても宜(え)い」
早「行かなくっても宜(え)いたって、悔(くや)みぐらいに行ったって宜(よ)かんべい」
五「えゝい、何ぞというと彼(あ)の娘の処(とこ)へ計(ばか)り行(ゆ)きたがりやアがる、勝手にしろ」
 と大(おお)かすでございましたから早四郎は頬を膨(ふく)らせて起(た)って行(ゆ)く。五平は直(たゞち)にお竹の座敷へ参りまして。
五「はい、御免下せえ」
 と破れ障子を開けて縁側から声を掛けます。
竹「此方(こっち)へお入(はい)んなさいまし、おや/\宿(やど)の御亭主さん」
五「はい、只今婆アから承わりまして、誠に恟(びっく)りいたしましたが、お連(つれ)さまは御丹誠甲斐もない事で、お死去(かくれ)になりましたと申す事で」
竹「有難う、長い間種々(いろ/\)お世話になりました、殊(こと)に御子息が朝晩見舞っておくれで、親切にして下さるから何ぞお礼をしたいと思って居ります、病人も誠に真実なお方だと悦んで居りました、私(わたくし)も丹誠が届くならばと思いましたが、定まる命数(めいすう)でございまする、只今亡くなりまして、誠に不憫(ふびん)な事を致しました」
五「いやどうも、嘸(さぞ)お力落しでございましょう、誠にお気の毒な事でございます、時に、あゝそれでもって伺いますが、お死去(なくな)りなすった此の死骸は、江戸へおいでなさるにしても、信州へお送りになるにしても、死骸を脊負(しょ)って行く訳にもいかないから此の村へ葬るより他に仕方はございますまいが、火葬にでもなすって、骨を持って入らっしゃいますか、其の辺の処を伺って置きたいもので」
竹「はい、何処(どこ)と云って知己(しるべ)もございませんから、どうか火葬にして此の村へ葬り、骨(こつ)だけを持ってまいりとう存じますが、御覧の通り是からは私(わたくし)一人でございますから、何かと世話のないように髪の毛だけでも江戸の親元へ参れば宜しゅうございますから、殊(こと)に当人は火葬でも土葬でも宜(よ)いと遺言をして死去(なくな)りましたから、どうぞ御近処(ごきんじょ)のお寺へお葬り下さるように願いたいもので」
五「左様でございますか、お泊り掛(がけ)のお方で、何処(どこ)の何(なん)という確(しっ)かりとした何か証(しょう)がないと、お寺も中々厳(やかま)しくって請取(うけと)りませんが、私(わたくし)どもの親類か縁類(えんるい)の人が此方(こっち)へ来て、死んだような話にして、どうか頼んで見ましょう」
 と此の話の中(うち)にいつか忰の早四郎が後(うしろ)へまいりまして、
早「なに然(そ)うしねえでも宜(え)い、此の裏手の洪願寺(こうがんじ)さまの和尚様は心安くするから頼んで上げよう、まことに手軽な和尚様で、中々道楽坊主だよ、以前(もと)は叩鉦(ちゃんぎり)を叩いて飴を売ってた道楽者さ、銭が無ければ宜(え)い、たゞ埋めて遣(や)んべえなどゝいう捌(さば)けた坊様だ、其の代りお経なんどは読めねえ様子だが、銭金(ぜにかね)の少しぐれえ入(い)るような事があって困るなら、沢山はねえが些(ちっ)とべいなら己が出して遣るべえ」
五「何だ、これ、お客様に失礼な、お前(まえ)がお客さまに金を出して上げるとは何だ、そんな馬鹿な事をいうな」
早「父(ちゃん)は何ぞというと小言をいうが、無ければ出してくれべえと云うだから宜(よ)かっぺえじゃアねえか」
五「其様(そん)な事ア何うでも宜(い)いから、早く洪願寺へ行って願って来い」
 是から息子がお寺へ行って和尚に頼みました。早速得心でございますから、急に人を頼んで、早四郎も手伝って穴を掘り、真実にくれ/\働いて居ります。丁度其の晩の事でございますが、宿屋の主人(あるじ)が、
五「へえ娘(ねえ)さん、えゝ今晩の内にお葬りになりますように」
竹「はい、少し早いようでございますが、何分宜しゅう……多分に手のかゝりませんように」
五「宜しゅうございます、其の積りに致しました、何も多勢(おおぜい)和尚様方を頼むじゃアなし、お手軽になすった方が、御道中ゆえ宜しゅうございましょう」
 と親切らしく主人(あるじ)が其の晩の中(うち)に、自分も随(つ)いて行って野辺送りを致してしまいました。

        三十三

 其の晩に脱出(ぬけだ)して、彼(か)の早四郎という宿屋の忰が、馬子(まご)の久藏(きゅうぞう)という者の処へ訪ねて参り、
早「おい、トン/\/\久藏眠(ねぶ)ったかな、トン/\/\眠ったかえ。トン/\/\」
 余りひどく表を敲(たゝ)くから、側の馬小屋に繋(つな)いでありました馬が驚いて、ヒイーン、バタ/\/\と羽目を蹴(け)る。
早「あれまア、馬めえ暴れやアがる、久藏眠(ねぶ)ったかえ……あれまア締りのねえ戸だ、叩いてるより開けて入(へい)る方が宜(え)い、酔(よっ)ぱれえになって仰向(あおむけ)にぶっくり反(けえ)って寝(そべ)っていやアがる、おゝ/\顔に虻(あぶ)が附着(くッつ)いて居るのに痛くねえか、起(おき)ろ/\」
久「あはー……眠(ねぶ)ったいに、まどうもアハー(あくび)むにゃ/\/\、や、こりゃア甲州屋の早四郎か、大層(ていそう)遅く来たなア」
早「うん、少し相談打(ぶ)ちに来たアだから目え覚(さま)せや」
久「今日は沓掛(くつがけ)まで行って峠え越して、帰りに友達に逢って、坂本(さかもと)の宿(しゅく)はずれで一盃(いっぺい)やって、よっぱれえになって帰(けえ)って来たが、馬(むま)の下湯(そゝゆ)を浴(つか)わねえで転輾(ぶっくりけ)えって寝ちまった、眠(ねむ)たくってなんねえ、何だって今時分出掛けて来た」
早「ま、眼え覚(さま)せや、覚せてえに」
久「アハー」
早「大(でけ)え欠伸(あくび)いするなア」
久「何だ」
早「他のことでもねえが、此間(こねえだ)汝(われ)がに話をしたが、己(おら)ア家(うち)の客人が病気になって、娘子(あまっこ)が一人附いているだ、好(い)い女子(おなご)よ」
久「話い聞いたっけ、好(え)い女子(おなご)で、汝(われ)がねらってるって、それが何うしただ」
早「その連(つれ)の病人が死んだだ」
久「フーム気の毒だのう」
早「就(つい)ては彼(あ)の娘(あま)を己(おら)の嫁に貰えてえと思って、段々手なずけた処が、当人もまんざらでも無(ね)えようで、謎をかけるだ、此の病人が死んでしまえば、行処(ゆきどころ)もねえ心細い身の上でございますと云うから、親父に話をした処が、親父は慾張ってるから其様(そん)な者を貰って何うすると、頓(とん)と相手になんねえから、汝(われ)が己(おら)ア親父に会って話を打(ぶ)って、彼(あ)の娘(あま)を貰うようにしちゃアくんめえか」
久「然(そ)うさなア、どうもこれはお前(めい)ん処(とこ)の父(とっ)さまという人は中々道楽をぶって、他人(ひと)のいう事ア肯(き)かねえ人だよ、此の前(めえ)荷い馬へ打積(ぶっつ)んで、お前(めえ)ん処(とこ)の居先(みせさき)[#「居先」は「店先」の誤記か]で話をしていると、父さまが入(はえ)り口(ぐち)へ駄荷(だに)い置いて気の利かねえ馬方(むまかた)だって、突転(つッころ)ばして打転(ぶっころ)ばされたが、中々強い人で、話いしたところが父さまの気に入らねえば駄目だよ、アハー」
早「欠伸い止せよ……これは少しだがの、汝(われ)え何ぞ買って来るだが、夜更(よふ)けで何にもねえから、此銭(これ)で一盃(いっぺい)飲んでくんろ」
久「気の毒だのう、こんなに差し吊(つる)べたのを一本くれたか、気の毒だな、こんなに心配(しんぺい)されちゃア済まねえ、此間(こねえだ)あの馬十(ばじゅう)に聞いたゞが、どうも全体(ぜんてえ)父さまが宜くねえ、息子が今これ壮(さか)んで、丁度嫁を娶(と)って宜(え)い時分だに、男振も好(よ)し何処(どこ)からでも嫁は来るだが、何故嫁を娶ってくれねえかと、父さまを悪く云って、お前(めえ)の方を皆(みん)な誉(ほ)めている、男が好(い)いから女の方から来るだろう」
早「来るだろうって……どうも……親父が相談ぶたねえから駄目だ」
久「相談ぶたねえからって、お前(めえ)は男が好(い)いから娘(むすめ)を引張込(ひっぱりこ)んで、優しげに話をして、色事になっちまえ、色事になって何処(どこ)かへ突走(つッぱし)れ……己(おら)の家(うち)へ逃げて来(こ)う、其の上で己が行って、父さまに会ってよ、お前も気に入るめえが、若(わけ)え同志で斯ういう訳になって、女子(おなご)を連れて己の家へ来て見れば、家も治(おさま)らねえ訳で、是も前(さき)の世に定まった縁だと思って、余(あんま)り喧(やか)ましく云わねえで、己が媒妁(なこうど)をするから、彼(あれ)を※(「女+息」、第4水準2-5-70)子(よめっこ)にして遣(や)ってくんろえ、家に置くのが否(いや)だなら、別に世帯(しょたい)を持たしても宜(え)いじゃアねえかという話になれば、仕方がねえと親父も諦めべえ、色事になれや」
早「成れたって……成る手がゝりがねえ」
久「女に何とか云って見ろ」
早「間(ま)が悪くって云えねえ、客人だから、それに真面目な人だ、己(おら)が座敷へ入(へい)ると起上って、誠に長く厄介になって、お前には分けて世話になって、はア気の毒だなんて、中々お侍(さむらえ)さんの娘だけに怖(おっかね)えように、凛々(りゝ)しい人だよ」
久「口で云い難(にく)ければ文(ふみ)を書いてやれ、文をよ、袂(たもと)の中へ放り込むとか、枕の間へ挟(はさ)むとかして置けい、娘子(あまっこ)が読んで見て、宿屋の息子さんが然(そ)ういう心なれば嬉しいじゃアないか、どうせ行処(ゆきどこ)がないから、彼(あ)の人と夫婦になりてえと、先方(さき)で望んでいたら何うする」
早「何だか知んねえが、それはむずかしそうだ」
久「そんな事を云わずにやって見ろ」
早「ところが私(わし)は文(ふみ)い書(け)いた事がねえから、汝(われ)書いてくんろ、汝は鎮守様の地口行灯(じぐちあんどう)を拵(こしれ)えたが巧(うめ)えよ、それ何とかいう地口が有ったっけ、そう/\、案山子(かゝし)のところに何か居(い)るのよ」
久「然(そ)うよ、己(おら)がやったっけ、何か己(おれ)え……然うさ通常(たゞ)の文をやっても、これ面白くねえから、何か尽(づく)し文(もん)でやりてえもんだなア」
早「尽し文てえのは」
久「尽しもんてえのは、ま花の時なれば花尽しよ、それからま山尽しだとか、獣類尽(けだものづく)しだとかいう尽しもんで贈(や)りてえなア」
早「それア宜(え)いな、何ういう塩梅(あんべい)に」
久「今時だから何(どう)だえ虫尽しか何(なん)かでやれば宜(え)いな」
早「一つ拵(こしれ)えてくんろよ」
久「紙があるけえ」
早「紙は持っている」
久「其処(そこ)に帳面を付ける矢立の巨(でけ)えのがあるから、茶でも打(ぶ)っ垂(たら)して書けよ、まだ茶ア汲んで上げねえが、其処に茶碗があるから勝手に汲んで飲めよ、虫尽しだな、その女子(おなご)が此の文(ふみ)を見て、あゝ斯ういう文句を拵(こしら)える人かえ、それじゃアと惚れるように書かねえばなんねえな」
早「だから何ういう塩梅(あんべい)だ」
久「ま其処へ一つ覚(おぼえ)と書け」
早「覚……おかしいな」
久「おかしい事があるものか、覚えさせるのだから、一つ虫尽しにて書記(かきしる)し※(まいらせそろ)[#「まいらせそろ」の草書体、344-6]よ」
早「一(ひとつ)虫尽しにて書記(かきしる)し※[#「まいらせそろ」の草書体、344-6]」
久「えゝ女子(おんな)の綺麗(きれえ)な所を見せなくちゃアなんねえ……綺麗な虫は……ア玉虫が宜(え)い、女の美しいのを女郎屋(じょろや)などでは好(い)い玉だてえから、玉虫のようなお前様を一(ひ)と目見るより、いなご、ばったではないが、飛(とび)っかえるほどに思い候(そうろう)と書け」
早「成程いなご、ばったではないが、飛っかえるように思い候(そろ)」
久「親父の厳(やかま)しいところを入れてえな、親父はガチャ/″\虫にてやかましく、と」
早「成程……やかましく」
久「お前の傍(そば)に芋虫のごろ/″\してはいられねえが、えゝ……簑虫(みのむし)を着(き)草鞋虫(わらじむし)を穿(は)き、と」
早「何の事だえ」
久「汝(われ)が野らへ行く時にア、簑を着たり草鞋を穿いたりするだから」
早「成程……草鞋虫を穿きい」
久「かまぎっちょを腰に差し、野らへ出てもお前様の事は片時忘れるしま蛇もなく」
早「成程……しま蛇もなく」
久「えゝ、お前様の姿が赤蜻蛉(あかとんぼ)の眼の先へちら/\いたし候(そろ)」
早「何ういう訳だ」
久「蜻蛉(とんぼう)の出る時分に野良(のら)へ出て見ろ、赤蜻蛉(あかとんぼ)が彼方(あっち)へ往(い)ったり此方(こっち)へ往ったり、目まぐらしくって歩けねえからよ」
早「成程……ちら/\いたし候(そろ)」
久「えゝと、待てよ……お前と夫婦(みょうと)になるなれば、私(わし)は表で馬追(むまお)い虫、お前は内で機織虫(はたおりむし)よ」
早「成程……私(わし)は馬(うま)を曳(ひ)いて、女子(おなご)が機を織るだな」

久「えゝ…股へ蛭(ひる)の吸付いたと同様お前の側を離れ申さず候(そろ)、と情合(じょうあい)だから書けよ」
早「成程……お前の側を離れ申さず候(そろ)か、成程情合だね」
久「えゝ、虻(あぶ)蚊馬蠅(むまばえ)屁放虫(へっぴりむし)」
早「虻蚊馬蠅屁放虫」
久「取着かれたら因果、晩げえ私(わし)を松虫なら」
早「……晩げえ私(わし)を松虫なら」
久「藪蚊(やぶか)のように寝床まで飛んでめえり」
早「藪蚊のように寝床まで飛んでめえり」
久「直様(すぐさま)思いのうおっ晴(ぱら)し候(そろ)、巴蛇(あおだいしょう)の長文句蠅々(はい/\)※[#かしく」の草書体、345-9]」
早「成程是(こ)りゃア宜(え)いなア」
久「是(これ)じゃア屹度(きっと)女子(おなご)がお前(めえ)に惚れるだ、これを知れねえように袂(たもと)の中へでも投(ほう)り込むだよ」
 と云われ、早四郎は馬鹿な奴ですから、右の手紙を書いて貰って宅(うち)へ帰り、そっとお竹の袂へ投込(なげこ)んで置きましたが、開けて見たって色文(いろぶみ)と思う気遣(きづか)いはない。翌朝(よくあさ)になりますと宿屋の主人(あるじ)が、
五「お早うございます」
竹「はい、昨夜は段々有難う」
五「えゝ段々お疲れさま……続いてお淋しい事でございましょう」
竹「有難う」
五「えゝ、お嬢さん、誠に一国(いっこく)な事を申すようですが、私(わたくし)は一体斯ういう正直な性質(うまれつき)で、私どもはこれ本陣だとか脇本陣だとか名の有る宿屋ではございませんで、ほんの木賃宿の毛の生えた半旅籠同様で、あなた方が泊ったところが、さしてお荷物も無し、お連の男衆は御亭主かお兄様(あにいさま)か存じませんが、お死去(かくれ)になってあなた一人残り、一人旅は極(ごく)厳(やか)ましゅうございまして、え、横川(よこかわ)の関所の所(とこ)も貴方はお手形が有りましょう、越えて入らっしゃいましたから、私どもでも安心はして居りますが、何しろ御病気の中だから、毎朝宿賃を頂戴いたす筈ですが、それも御遠慮申して、医者の薬礼お買物の立替え、何や彼(か)やの御勘定(ごかんじょう)が余程溜(たま)って居ります、それも長旅の事で、無いと仰しゃれば仕方が無いから、へえと云うだけの事で、宿屋も一晩泊れば安いもので、長く泊れば此んな高いものはありません、就(つい)ては一国なことを申すようですが、泊って入らっしゃるよりお立ちになった方がお徳だろうし、私も其の方が仕合せで、どうか一先(ひとま)ず立って戴きたいもので」
竹「はい、私(わたくし)はさっぱり何事も家来どもに任して置きました内に病気附きましたので、つい宿賃も差上げることを失念致した理由(わけ)でもございませんが、病人にかまけて大きに遅うなりました、嘸(さぞ)かし御心配で、胡乱(うろん)の者と思召(おぼしめ)すかは知りませんが、宿賃ぐらいな金子は有るかも知れません、直(じき)に出立いたしますから、早々御勘定(ごかんじょう)をして下さい、何(ど)の位あれば宜(よ)いか取って下さいまし」
 とお屋敷育ちで可なりの高を取りました人のお嬢さんで、宿屋の亭主風情(ふぜい)に見くびられたと思っての腹立ちか、懐中からずる/″\と納戸縮緬(なんどちりめん)の少し汚れた胴巻を取出し、汚れた紙に包んだ塊(かたまり)を見ると、おおよそ七八十両も有りはしないかと思うくらいな大きさだから、五平は驚きました。泊った時の身装(みなり)も余り好(よ)くなし、さして、着換(きがえ)の着物もないようでありました、是れは忠平が、年のいかない娘を連れて歩くのだから、目立たんように態(わざ)と汚れた衣類に致しまして、旅※(たびやつ)[#「宀/婁」、347-6]れの姿で、町人体(てい)にして泊り込みましたので、五平は案外ですから驚きました。
竹「どうか此の位あれば大概払いは出来ようかと思いますが、書付を持って来て下さい」
 と云われたので、流石(さすが)の五平も少し気の毒になりましたが、
五「はい/\、えゝ、お嬢さま、誠に私(わたくし)はどうも申訳のない事をいたしました、あなた御立腹でございましょうが、あなたを私が見くびった訳でもなんでもない、実はその貴方にお費(かゝ)りのかゝらんように種々(いろ/\)と心配致しまして、馬子や舁夫(かごかき)を雇いましても宿屋の方で値切って、なるたけ廉(やす)くいたさせるのが宿屋の亭主の当然(あたりまえ)でへえ見下げたと思召(おぼしめ)しては恐入ります、只今御勘定を致します、へい/\どうぞ御免なすって」
 と帳場へまいりまして、
五「あゝ大層金子(かね)を持っている、彼(あれ)は何者か知らん」
 と暫(しばら)くお竹の身の上を考えて居りましたが、別に考えも附きません。医者の薬礼から旅籠料、何や彼(か)やを残らず書付にいたして持って来ましたが、一ヶ月居ったところで僅かな事でございます。お竹は例の胴巻から金を出して勘定をいたし、そこ/\手廻りを取片附け、明日(あす)は早く立とうと舁夫(かごや)や何かを頼んで置きました。其の晩にそっと例の早四郎が忍んで来まして、
早「お客さん……お客さん……眠(ねぶ)ったかね、お客さん眠ったかね」
竹「はい、何方(どなた)」
早「へえ私(わし)でがすよ」
竹「おや/\御子息さん、さ此方(こちら)へ……まだ眠(ねむ)りはいたしませんが、蚊帳(かや)の中へ入りましたよ」
早「えゝ嘸(さぞ)まア力に思う人がおっ死(ち)んで、あんたは淋(さみ)しかろうと思ってね、私(わし)も誠に案じられて心配(しんぺえ)してえますよ」
竹「段々お前さんのお世話になって、何(なん)ぞお礼がしたいと思ってもお礼をする事も出来ません」
早「先刻(さっき)親父が処(とけ)え貴方(あんた)が金え包んで種々(いろ/\)厄介になってるからって、別に私(わし)が方へも金をくれたが、そんなに心配(しんぺい)しねえでも宜(え)え、何も金が貰いてえって世話アしたんでねえから」
竹「それはお前の御親切は存じて居ります誠に有難う」
早「あのー昨夜(よんべ)ねえ、私(わし)が貴方(あんた)の袂(たもと)の中へ打投(ぶっぽ)り込んだものを貴方披(ひら)いて見たかねえ」
竹「何を…お前さんが…」
早「あんたの袂の中(なけ)へ書(け)えたものを私(わし)が投(ほう)り込んだ事があるだ」
竹「何様(どん)な書いたもの」
早「何様(どんな)たって、丹誠して心のたけを書いただが、あんたの袂に書いたものが有ったんべい」
竹「私は少しも知らないので、何か無駄書(むだがき)の流行唄(はやりうた)かと思いましたから、丸めて打棄(うっちゃ)ってしまいました」
早「あれ駄目だね、流行唄じゃアねえ、尽(づく)しもんだよ、艶書(いろぶみ)だよ、丸めて打棄っては仕様がねえ、人が種々(いろ/\)丹誠したのによ」
 と大きに失望をいたして欝(ふさ)いでいます。

        三十四

 お竹は漸々(よう/\)に其の様子を察して、可笑(おか)しゅうは思いましたが、また気の毒でもありますからにっこり笑って、
竹「それは誠にお気の毒な事をしましたね」
早「お気の毒ったって、まア困ったな、どうも私(わし)はな……実アな、まア貴方(あんた)も斯うやって独身(ひとり)で跡へ残って淋(さび)しかろうと思い私も独身(ひとりみ)でいるもんだから、友達が汝(われ)え早く女房を貰ったら宜(よ)かろうなんてって嬲(なぶ)られるだ、それに就(つ)いては彼(あ)の優気(やさしげ)なお嬢さんは、身寄頼りもねえ人だから、病人が死なば己(おら)がの女房に貰いてえと友達に喋(しゃべ)っただ、馬十(ばじゅう)てえ奴と久藏てえ奴が、ぱっ/\と此れを方々(ほう/″\)へ触れたんだから、忽(たちま)ち宿中(しゅくじゅう)へ広まっただね」
竹「そんな事お前さん云立(いいた)てをしておくれじゃア誠に困ります」
早「困るたって私(わし)もしたくねえが、冗談を云ったのが広まったのだから、今じゃア是非ともお前(めえ)さんを私の女房にしねえば、世間へ対(てえ)して顔向が出来ねえから、友達に話をしたら、親父が厳(やか)ましくって仕様がねえけんども、貴方(あんた)と己(おれ)と怪(おか)しな仲になっちまえば、友達が何うでも話をして、親父に得心のうさせる、どうせ親父は年い老(と)ってるから先へおっ死(ち)んでしまう、然(そ)うすれば此の家(うち)は皆(みんな)己のもんだ、貴方が私の女房に成ってくれゝば、誠に嬉しいだが、今夜同志に此の座敷で眠(ねぶ)っても宜(よ)かんべえ」
竹「怪(け)しからん事をお云いだね、お前はま私を何だとお思いだ、優しいことを云っていれば好(い)い気になって、お前私が此処(こゝ)へ泊っていれば、家(うち)の客じゃアないか、其の客に対して宿屋の忰が然(そ)んな無礼なことを云って済みますか、浪人して今は見る影もない尾羽打枯(おはうちから)した身の上でも、お前たちのようなはしたない下郎(げろう)を亭主に持つような身の上ではありません、無礼なことをお云いでない、彼方(あっち)へ行きなさい」
早「魂消(たまげ)たね……下郎え……此の狸女(たぬきあま)め……そんだら宜(え)え、そうお前の方で云やア是まで親父の眼顔(めかお)を忍んで銭を使って、お前(めえ)の死んだ仏の事を丹誠した、また尽(つく)しものを書いて貰うにも四百(しひゃく)と五百の銭を持ってって書いて貰ったわけだ、それを下郎だ、身分が違うと云えば、私(わし)も是までになって、あんたに其んなことを云われゝば友達へ顔向が出来ねえから、意気張(いきはり)ずくになりゃア敵(かたき)同志だ、可愛さ余って憎さが百倍、お前の帰(けえ)りを待伏(まちぶせ)して、跡を追(おっ)かけて鉄砲で打殺(ぶッころ)す気になった時には、とても仕様がねえ、然(そ)うなったら是までの命だと諦めてくんろ」
竹「あらまア、そんな事を云って困るじゃアないか、敵同志だの鉄砲で打(う)つのと云って」
早「私(わし)は下郎さ、お前(まえ)はお侍(さむれえ)の娘(むすめ)だろう、併(しか)し然(そ)う口穢(くちぎたな)く云われゝば、私だって快くねえから、遺恨に思ってお前(めえ)を鉄砲で打殺(ぶちころ)す心になったら何うするだえ」
竹「困るね、だけども私はお前に身を任せる事は何うしても出来ない身分だもの」
早「出来ないたって、病人が死んでしまえば便りのない者で困るというから、家(うち)へ置くべいと思って、人に話をしたのが始まりだよ、どうも話が出来ねえば出来ねえで宜(え)いから覚悟をしろ、親父が厳(やか)ましくって家(うち)にいたって駄目だから、やるだけの事をやっちまう、棒鼻(ぼうばな)あたりへ待伏せて鉄砲で打(ぶ)ってしまうから然(そ)う思いなせえ」
竹「まアお待ちなさい」
 と止めましたのは、此様(こん)な馬鹿な奴に遇(あ)っては仕様がない、鉄砲で打(う)ちかねない奴なれど、斯(かゝ)る下郎に身を任せる事は勿論出来ず、併(しか)し世に馬鹿程怖い者はありませんから、是は欺(だま)すに若(し)くはない、今の中(うち)は心を宥(なだ)めて、ほとぼりの脱(ぬ)けた時分に立とうと心を決しました。
竹「あの斯うしておくれな私のようなものをそれ程思ってくれて、誠に嬉しいけれども、考えても御覧、たとえ家来でも、あゝやって死去(なくな)ってまだ七日も経(た)たん内に、仏へ対して其んな事の出来るものでもないじゃアないか」
早「うん、それは然(そ)うだね、七日の間は陰服(いんぷく)と云って田舎などではえら厳(やか)ましくって、蜻蛉一つ鳥一つ捕ることが出来ねえ訳だから、然ういう事がある」
竹「だからさ七日でも済めば、親御も得心のうえでお話になるまいものでもないから、今夜だけの処は帰っておくれ」
早「然(そ)うお前(まえ)が得心なれば帰る、田舎の女子(おなご)のように直(す)ぐ挨拶をする訳には往(い)くめえが、お前のように否(いや)だというから腹ア立っただい、そんなら七日が済んで、七日の晩げえに来るから、其の積りで得心して下さいよ」
 とにこ/\して、自分一人承知して帰ってしまいました。斯様(かよう)な始末ですからお竹は翌朝(よくあさ)立つことが出来ません、既に頼んで置いた舁夫(かごかき)も何も断って、荷物も他所(わき)へ隠してしまいました。主人の五平は、
五「お早うございます、お嬢さま、えゝ只今洪願寺の和尚様が前をお通りになりましたから、今日お立ちになると申しましたら、和尚様の言いなさるには、それは情(なさけ)ない事だ、遠い国へ来て、御兄弟だか御親類だか知らないが、死人を葬り放(ぱな)しにしてお立ちなさるのは情ない、せめて七日の逮夜(たいや)でも済ましてお立ちになったら宜(よ)かろうに、余りと云えば情ない、それでは仏も浮(うか)まれまいとおっしゃるから、私(わし)も気になってまいりました、長くいらっしゃったお客様だ、何は無くとも精進物で御膳でもこしらえ、へゝゝゝ、宅(うち)へ働きにまいります媼達(ばゞあたち)へお飯(まんま)ア喰わして、和尚様を呼んで、お経でも上げてお寺参(めえ)りでもして、それから貴方(あなた)七日を済まして立って下されば、私(わたくし)も誠に快(こゝろよ)うございます、また貴方様も仏様のおためにもなりましょうから、どうか七日を済ましてお立ちを」
竹「成程私(わたくし)も其の辺は少しも心附きませんでした、大きに左様で、それじゃア御厄介序(ついで)に七日まで置いて下さいますか」
 というので七日の間泊ることになりました。他に用は無いから、毎日洪願寺へまいり、夜は回向(えこう)をしては寝ます。宵(よい)の中(うち)に早四郎が来て種々(いろ/\)なことをいう。忌(いや)だが仕方がないから欺(だま)かしては帰してしまう。七日まで/\と云い延べている中(うち)に早く六日経ちました。丁度六日目に美濃の南泉寺(なんせんじ)の末寺(まつじ)で、谷中の随応山(ずいおうざん)南泉寺の徒弟で、名を宗達(そうたつ)と申し、十六才の時に京都の東福寺(とうふくじ)へまいり、修業をして段々行脚(あんぎゃ)をして、美濃路辺(あたり)へ廻って帰って来たので、まだ年は三十四五にて色白にして大柄で、眉毛のふっさりと濃い、鼻筋の通りました品の好(よ)い、鼠無地に麻の衣を着、鼠の頭陀(ずだ)を掛け、白の甲掛脚半(こうがけきゃはん)、網代(あじろ)の深い三度笠を手に提げ、小さな鋼鉄(くろがね)の如意を持ちまして隣座敷へ泊った和尚様が、お湯に入り、夕飯(ゆうはん)を喰(た)べて夜(よ)に入(い)りますと、禅宗坊主だからちゃんと勤めだけの看経(かんきん)を致し、それから平生(へいぜい)信心をいたす神さまを拝んでいる。何と思ったかお竹は襖(ふすま)を開けて、
竹「御免なさいまし」
僧「はい、何方(どなた)じゃ」
竹「私(わたくし)はお相宿(あいやど)になりまして、直(じ)き隣に居りますが、あなた様は最前お著(つき)の御様子で」
僧「はい、お隣座敷へ泊ってな、坊主は経を誦(よ)むのが役で、お喧(やか)ましいことですが、夜更(よふけ)まで誦みはいたしません、貴方も先刻(さっき)から御回向をしていらっしったな」
竹「私(わたくし)は長らく泊って居りますが、供の者が死去(なくな)りまして、此の宿外(しゅくはず)れのお寺へ葬りました、今日(こんにち)は丁度七日の逮夜に当ります、幸いお泊り合せの御出家様をお見掛け申して御回向を願いたく存じます」
僧「はい/\、いや/\それはお気の毒な話ですな、うん/\成程此の宿屋に泊って居る中(うち)、煩(わずろ)うてお供さんが…おう/\それはお心細いことで、此の村方へ御送葬(ごそう/\)になりましたかえ、それは御看経(ごかんきん)をいたしましょう、お頼みはなくとも知ればいたす訳で、何処(どこ)へ参りますか」
竹「はい、こゝに机がありまして、戒名もございます」
僧「あゝ成程左様ならば」
 と是から衣を着換え、袈裟(けさ)を掛けて隣座敷へまいり、机の前へ直りますと、新しい位牌があります、白木の小さいので戒名が書いてあります。
僧「あゝ、是ですか、えゝ、むう八月廿四日(か)にお死去(かくれ)になったな、うむ、お気の毒な事で南無阿弥陀仏々々々々々々、宜しい、えゝ、お線香は私(わし)が別に好(よ)いのを持って居りますから、これを薫(た)きましょう」
 と頭陀(ずた)の中から結構な香を取出し、火入(ひいれ)の中へ入れまして、是から香を薫き始め、禅宗の和尚様の事だから、懇(ねんごろ)に御回向がありまして、
僧「えゝ、お戒名は如何(いか)さま好(よ)いお戒名で、うゝ光岸浄達信士(こうがんじょうたつしんし)」
竹「えゝ、是は只心ばかりで、お懇(ねんごろ)の御回向を戴きまして、ほんのお布施で」
僧「いや多分に貴方、旅の事だから布施物(ふせもつ)を出さんでも宜しい、それやア一文ずつ貰って歩く旅僧(たびそう)ですから、一文でも二文でも御回向をいたすのは当然(あたりまえ)で、併(しか)し布施のない経は功徳にならんと云うから、これは戴きます、左様ならば私(わし)は旅疲れゆえ直(す)ぐに寝ます、ま御免なさい」
 と立ちかけるを留(と)めて、
竹「あなた少々お願いがございます」
僧「はい、なんじゃな」
 と又坐(すわ)る。お竹はもじ/\して居りましたが、応(やが)て、
竹「おつな事を申上げるようでございますが、当家の忰が私(わたくし)を女と侮(あなど)りまして、毎晩私の寝床へまいって、怪(け)しからん事を申しかけまして、若(も)し云うことを肯(き)かなければ殺してしまうの、鉄砲で打つのと申します、馬鹿な奴と存じますから、私も好(よ)い加減に致して、七日でも済んだら心に従うと云い延べて置きましたが、今晩が丁度七日の逮夜で、明朝(みょうあさ)早く此の宿(やど)を立とうと存じますから、屹度(きっと)今晩まいって兎や角申し、又理不尽な事を致すまいものでもあるまいと存じますで、誠に困りますが、幸い隣へお相宿になりましたから、事に寄ると私が貴方の方へ逃込んでまいりますかも知れません、其の時には何卒(どうぞ)お助け遊ばして下さるように」
僧「いや、それは怪(け)しからん、それは飛んだ事じゃ私(わし)にお知らせなさい、押えて宿の主人(あるじ)を呼んで談じます、然(そ)ういう事はない、自分の家(うち)の客人に対して、女旅と侮(あなど)り、恋慕(れんぼ)を仕掛けるとは以(もっ)ての外(ほか)の事じゃ、実に馬鹿程怖い者はない、宜しい/\、来たらお知らせなさい」
竹「何卒(どうか)願います」
 と少し憤(いきどお)った気味で受合いましたから、大きにお竹も力に思って、床を展(と)って臥(ふせ)りました、和尚さまは枕に就(つ)くと其の儘旅疲れと見え、ぐう/\と高鼾(たかいびき)で正体なく寝てしまいました。お竹は鼾の音が耳に附いて、どうも眠(ね)られません、夜半(よなか)に密(そっ)と起きて便所(ようば)へまいり、三尺の開(ひら)きを開けて手を洗いながら庭を見ると、生垣(いけがき)になっている外は片方(かた/\)は畠で片方は一杯の草原(くさはら)で、村の人が通るほんの百姓道でございます。秋のことだから尾花(おばな)萩(はぎ)女郎花(おみなえし)のような草花が咲き、露が一杯に下りて居ります。秋の景色は誠に淋しいもので、裏手は碓氷の根方(ねがた)でございますから小山(こやま)続きになって居ります。所々(ところ/\)ちら/\と農家の灯火(あかり)が見えます、追々戸を締めて眠(ね)た処もある様子。お竹が心の中(うち)で。向うに幽(かす)かに見えるあの森は洪願寺様であるが、彼処(あすこ)へ葬り放しで此処(こゝ)を立つのは不本意とは存じながら、長く泊っていれば、宿屋の忰が来て無理無体に恋慕を云い掛けられるのも忌(いや)な事であると、庭の処から洪願寺の森を見ますと、生垣の外にぬうと立っている人があります。男か女か分りませんが、頻(しき)りと手を出してお出(いで)/\をしてお竹を招く様子、腰を屈(かゞ)めて辞儀をいたし、また立上って手招ぎをいたします。
竹「はてな、私を手招ぎをして呼ぶ人はない訳だが……男の様子だな、事によったら敵(かたき)の手係りが知れて、人に知れんように弟(おとゝ)が忍んで私に会いに来たことか、それとも屋敷から内々(ない/\)音信(たより)でもあった事か」
 と思わず褄(つま)を取りまして、其処(そこ)に有合せた庭草履を穿(は)いて彼(か)の生垣の処へ出て見ると、十間ばかり先の草原(くさばら)に立って居りまして、頻りと招く様子ゆえお竹は、はてな……と怪しみながら又跡を慕ってまいりますと、又男が後(あと)へ退(さが)って手招きをするので、思わず知らずお竹は畠続きに洪願寺の墓場まで参りますと、新墓(しんばか)には光岸浄達信士という卒塔婆(そとば)が立って樒(しきみ)が上(あが)って、茶碗に手向(たむけ)の水がありますから、あゝ私ゃア何うして此処(こゝ)まで来たことか、私の事を案じて忠平が迷って私を救い出すことか、ひょっとしたら私が気を落している所へ附込んで、狐(きつね)狸(たぬき)が化(ばか)すのではないか、もし化されて此様(こん)な処へ来やアしないかと、茫然として墓場へ立止って居りました。

        三十五

 此方(こなた)は例の早四郎が待ちに待った今宵(こよい)と、人の寝静(ねしずま)るを窺(うかご)うてお竹の座敷へやって参り、
早「眠(ねぶ)ったかね/\、お客さん眠ったかえ……居ねえか……約束だから来ただ、※(「巾+廚」、第4水準2-12-1)(かや)の中へ入(ひえ)っても宜(え)いかえ入(ひえ)るよ、入っても宜いかえ」
 と理不尽に※(「巾+廚」、第4水準2-12-1)(かや)を捲(まく)って中へ入り。
早「眠(ねぶ)ったか……あれやア居ねえわ、何処(どけ)え行っただな、私(わし)が来る事を知っているから逃げたか、それとも小便垂れえ行ったかな、ア小便垂れえ行ったんだ、逃げたって女一人で淋しい道中は出来ねえからな、私(わし)ア此の床の中へ入(ひえ)って頭から掻巻(けえまき)を被(かぶ)って、ウフヽヽ屈(つく)なんでると、女子(おなご)は知んねえからこけえ来る、中へお入(ひえ)んなさいましと云ったところで、男が先へ入(ひえ)っていりゃア間(ま)を悪がって入(ひえ)れめえから、小(ちっ)さくなってると、誰もいねえと思ってすっと入(ひえ)って来ると、己(おら)アこゝにいたよって手を押(つか)めえて引入れると、お前(めえ)来ねえかと思ったよ、なに己ア本当に是まで苦労をしたゞもの、だから中(なけ)え入(ひえ)るが宜(え)い、入(ひえ)っても宜(え)いかえと引張込(ふっぱりこ)めば、其の心があっても未(ま)だ年い行かないから間を悪がるだ、屹度(きっと)然(そ)うだ、こりゃア息い屏(こら)して眠(ねぶ)った真似えしてくれべえ」
 と止せば宜(い)いのに早四郎はお竹の寝床の中で息を屏(こら)して居りました。暫(しばら)く経(た)つと密(そっ)と抜足(ぬきあし)をして廊下をみしり/\と来る者があります。古い家(うち)だから何(どん)なに密と歩いても足音が聞えます、早四郎は床の内で来たなと思っていますと、密と障子を開け、スウー。早四郎は障子を開けたなと思っていますと、ぷつり/\と、吊ってありました※(「巾+廚」、第4水準2-12-1)(かや)の吊手(つりて)を切落し、寝ている上へフワリと乗ったようだから、
早「何だこれははてな」
 と考えて居りますと、片方(かたっぽ)では片手で探(さぐ)り、此処(こゝ)ら辺(あたり)が喉笛(のどぶえ)と思う処を探り当てゝ、懐から取出したぎらつく刄物を、逆手(さかて)に取って、ウヽーンと上から力に任せて頸窩骨(ぼんのくぼ)へ突込(つッこ)んだ。
早「あゝ」
 と悲鳴を上げるのを、ウヽーンと※(「宛+りっとう」、第4水準2-3-26)(えぐ)りました。苦しいから足をばた/\やる拍子に襖(ふすま)が外れたので、和尚が眼を覚して、
僧「はゝ、夜這(よばい)が来たな」
 と思いましたから起きて来て見ると、灯火(あかり)が消えている。
僧「困ったな」
 と慌(あわ)てゝ手探りに枕元にある小さな鋼鉄(くろがね)の如意(にょい)を取って透(すか)して見ると、判然(はっきり)は分りませんが、頬被(ほうかぶ)りをした奴が上へ乗(の)しかゝっている様子。
僧「泥坊」
 と声をかける大喝一声(だいかついっせい)、ピイーンと曲者の肝(きも)へ響きます。
曲者「あっ」
 と云って逃げにかゝる所へ如意で打ってかゝったから堪(たま)らんと存じまして、刄物で切ってかゝるのを、胆(たん)の据(すわ)った坊さんだから少しも驚かず、刄物の光が眼の先へ見えたから引外(ひっぱず)し、如意で刄物を打落し、猿臂(えんぴ)を延(のば)して逆に押(おさ)え付け、片膝を曲者の脊中へ乗掛(のっか)け、
僧「やい太い奴だ、これ苟(かりそ)めにも旅籠(はたご)を取れば客だぞ、其の客へ対して恋慕を仕掛けるのみならず、刄物などを以て脅して情慾を遂(と)げんとは不埓至極の奴だ、これ宿屋の亭主は居らんか、灯火(あかり)を早く……」
 という処へ帰って来ましたのはお竹で。
竹「おや何で」
僧「む、お怪我はないか」
竹「はい、私(わたくし)は怪我はございませんが、何でございます」
僧「恋慕を仕掛けた宿屋の忰が、刄物を持って来て貴方に迫り、わっという声に驚いて眼をさまして来ました、早く灯火(あかり)を……廊下へ出れば手水場(ちょうずば)に灯火がある」
 という中(うち)に雇婆(やといばあ)さんが火を点(とぼ)して来ましたから、見ると大の男が乗掛(のッかゝ)って床(とこ)が血みどりになって居ります。
僧「此奴(こいつ)被(かぶ)り物(もの)を脱(と)れ」
 と被っている手拭を取ると、早四郎ではありませんで、此処(こゝ)の主人(あるじ)、胡麻塩交(ごましおまじ)りのぶっつり切ったような髷(まげ)の髪先(はけさき)の散(ちら)ばった天窓(あたま)で、お竹の無事な姿を見て、えゝと驚いてしかみ面(つら)をして居ります。
僧「お前は此の宿屋の亭主か」
五「はい」
竹「何うしてお前は刄物を持って私の部屋へ来て此様(こん)な事をおしだか」
五「はい/\」
 とお竹に向って、
五「あ…貴方はお達者でいらっしゃいますか、そうして此の床の中には誰がいますの」
 と布団を引剥(ひっぱ)いで見ますと、今年二十五になります現在己(おのれ)の実子早四郎が俯伏(うつぷし)になり、血(のり)に染って息が絶えているのを見ますと、五平は驚いたの何(なん)のではございません、真蒼(まっさお)になって、
五「あゝ是は忰でございます、私(わし)の忰が何うして此の床の中に居りましたろう」
僧「何うして居たもないものだ、お前が殺して置きながら、お前はまア此者(これ)が何(ど)の様(よう)な悪い事をしたか知らんが、本当の子か、仮令(たとえ)義理の子でも無闇に殺して済む理由(わけ)ではない、何ういう理由じゃ」
五「はい/\、お嬢さま、あなたは今晩こゝにお休みはございませんのですか」
竹「私はこゝに寝ていたのだが、不図(ふと)起きて洪願寺様へ墓参りに行って、今帰って来ましたので」
五「何うして忰が此処(こゝ)へ参って居りましたろう」
僧「いや、お前の忰は此の娘(ねえ)さんの所(とこ)へ毎晩来て怪(け)しからんことを云掛け、云う事を肯(きか)んければ、鉄砲で打つの、刄物で斬るのと云うので、娘さんも誠に困って私(わし)へお頼みじゃ、娘さんが墓参りに行った後(あと)へお前の子息(むすこ)が来て、床の中に入って居(い)るとも知らずお前が殺したのじゃ」
五「へえ、あゝー、お嬢さま真平(まっぴら)御免なすって下さいまし、実は悪い事は出来ないもんでございます、忽(たちま)ちの中(うち)に悪事が我子(わがこ)に報いました、斯う覿面(てきめん)に罰(ばち)の当るというのは実に恐ろしい事でございます、私(わたくし)は他に子供はございません、此様(こん)の[#「此様(こん)の」は「此様(こん)な」の誤記か]田舎育ちの野郎でも、唯(たっ)た一粒者(ひとつぶもの)でございます、人間は馬鹿でございますが、私の死水(しにみず)を取る奴ゆえ、母が亡(なくな)りましてから私の丹誠で是までにした唯た一人の忰を殺すというのは、皆(みんな)私の心の迷い、強慾非道の罰でございます」
僧「土台呆れた話じゃが、何ういう訳でお前は我子を殺した」
五「はい、申上げにくい事でございますが、此の甲州屋も二十年前までは可なりな宿屋でございました処が、私(わたくし)は年を老(と)りましても、酒や博奕(ばくち)が好きでございまして、身代を遂に痛め、此者(これ)の母も苦労して亡りました、斯うやって表を張(はっ)ては居りますが、実は苦しい身代でございます、ところが此のお嬢様が先達(せんだっ)て宿賃をお払いなさる時に、懐から出した胴巻には、金が七八十両あろうと見た時は、面皰(にきび)の出る程欲しくなりました、あゝ此の金があったら又一山(ひとやま)興(おこ)して取附く事もあろうかと存じまして、無理に七日までお泊め申しましたが、愈々(いよ/\)明日(みょうにち)お立ちと聞きましたゆえ、思い切って今晩密(そっ)と此のお嬢様を殺して金を奪(と)ろうと企(たく)みました、死骸は田圃伝えに背負出(しょいだ)して、墓場へ人知れず埋めてしまえば、誰にも知れる気遣(きづか)いないと存じまして、忍んで参りました、道ならぬ事をいたした悪事は、忽(たちま)ち報い、一人の忰を殺しますとは此の上もない業曝(ごうさら)しで、実に悪い事は出来ないと知りました、私(わたくし)も最(も)う五十九でございます、お嬢さま何とも申し訳がございませんから、私は死んでしまい、貴方に申訳をいたします」
 と云切るが早いか、出刄庖丁を取って我が咽(のど)に突立てんとするから、
僧「あゝ暫く待ちなさい、まア待ちなさい、お前がこれ死んだからって言訳が立つじゃアなし、命を棄てたって何の足しにもなりゃアせん、嬢さんの御迷惑にこそなれ、宜(よ)いか先非(せんぴ)を悔い、あゝ悪い事をした、唯(たっ)た一人の子を殺したお前の心の苦しみというものは一通りならん事じゃ、是も皆(みな)罰(ばち)だ、一念の迷いから我子を殺し、其の心の苦しみを受け、一旦の懺悔(ざんげ)によって其の罪は消えている、見なさいお嬢様の一命は助かり、お前の子はお嬢様の身代りになったんじゃ、誠に気の毒なは此の息子さん、嬢さん何事も此の息子さんに免じてお前さんも堪弁(かんべん)なさい、何日(いつ)までも仇(あだ)に思っていると却(かえ)ってお前さんの死んだ御家来さんの為にもならん、宜(い)いか、又御亭主は客に対して無礼をしたとか、道楽をして棄置(すておか)れん、親に苦労をかけて堪(たま)らんから殺しましたと云って尋常に八州へ名告(なの)って出なさい、なれども一人の子を私(わたくし)に殺すのは悪い事じゃから髪の毛を切って役所へ持って行(ゆ)けば、是には何か能々(よく/\)の訳があって殺したという廉(かど)で、お前さんに甚(ひど)く難儀もかゝるまいと思う、然(そ)うして出家を遂(と)げ、息子さんの為に四国西国を遍歴して、其の罪滅(つみほろぼ)しをせんければ、兎(と)ても尋常(なみ)の人に成れんぞ」
五「はい/\」
僧「是から陰徳を施し、善事を行うが肝心、今までの悪業を消すは陰徳を積むより他に道はないぞ」
五「有難うございます」
僧「あゝ何うも気の毒な事じゃなア、お嬢さん」

        三十六

 お竹は不思議な事と心の内で忠平の霊に回向をしながら、
竹「ま、私(わたくし)は助かりましたが、誠に思い掛けない事で」
僧「いや/\世間は無常のもので、実に夢幻泡沫で実(じつ)なきものと云って、実は真(まこと)に無いものじゃ、世の人は此の理(り)を識(し)らんによって諸々(もろ/\)の貪慾執心(どんよくしゅうしん)が深くなって名聞利養(みょうもんりよう)に心を焦(いら)って貪(むさぼ)らんとする、是らは只今生(こんじょう)の事のみを慮(おもんぱか)り、旦暮(あけくれ)に妻子眷属(さいしけんぞく)衣食財宝にのみ心を尽して自ら病を求める、人には病は無いものじゃ、思う念慮(ねんりょ)が重なるによって胸に詰って来ると毛孔(けあな)が開(ひら)いて風邪を引くような事になる、人間元来(もと)病なく、薬石(やくせき)尽(こと/″\)く無用、自ら病を求めて病が起(おこ)るのじゃ、其の病を自分手に拵(こしら)え、遂に煩悩という苦悩(なやみ)も出る、之(これ)を知らずに居って、今死ぬという間際の時に、あゝ悪いことをした、あゝせつない何う仕よう、此の苦痛を助かりたいと、始めて其の時に驚いて助からんと思っても、それは兎(と)ても何の甲斐もない事じゃ、此の理(り)を知らずして破戒無慚(むざん)邪見(じゃけん)放逸(ほういつ)の者を人中(じんちゅう)の鬼畜といって、鬼の畜生という事じゃ、それ故に大梅和尚(たいばいおしょう)が馬祖大師(ばそだいし)に問うて如何(いか)なるか是(こ)れ仏、馬祖答えて即心即仏という、大梅が其の言下(ごんか)に大悟(だいご)したという、其の時に悟ったじゃ、此の世は実に仮のものじゃ、只四縁(しえん)の和合しておるのだ、幾らお前が食物(たべもの)が欲しい著物(きもの)が欲しい、金が欲しい、斯ういう田地が欲しいと云った処が、ぴたりと息が絶えれば、何一つ持って行(ゆ)くことは出来やアしまい、四縁とは地水火風(ちすいかふう)、此の四つで自然に出来ておる身体じゃ、仮に四大(地水火風)が和合して出来て居(お)るものなれば、自分の身体も有りはせん、実は無いものじゃ、自然に是は斯うする物じゃという処へ心が附かんによって、我(わが)心があると思われ、我(わが)身体を愛し、自分に従うて来る人のみを可愛がって、宜(よ)う訪ねて来てくれたと悦び、自分に背(そむ)く者は憎い奴じゃ、彼奴(あいつ)はいかんと云うようになる、人を憎む悪い心が別にあるかというに、別にあるものでもない、即仏じゃ、親父が娘を殺して金子を奪(と)ろうとした時の心は実に此の上もない極重悪人なれども、忽(たちま)ち輪回応報(りんえおうほう)して可愛い我子を殺し、あゝ悪い事をしたと悔悟(かいご)して出家になるも、即ち即心即仏じゃ、えゝ他人を自分の身体と二つあるものと思わずに、欲しい惜しいの念を棄てゝしまえば、争いもなければ憤(おこ)る事もない、自他の別を生ずるによって隔意(かくい)が出来る、隔意のある所から、物の争いが出来るものじゃ、先方(むこう)に金があるから取ってやろうとすると、先方(むこう)では私(わし)の物じゃから遣(や)らん用を勤めたら金を遣るぞ、勤めをして貰うのは当然(あたりまえ)だから、先方(さき)へくれろ、それを此方(こっちゃ)で只取ろうとする、先方(さき)では渡さんとする、是が大きゅうなると戦争(いくさ)じゃ、実に仏も心配なされて西方極楽世界阿弥陀仏を念じ、称名(しょうみょう)して感想を凝(こら)せば、臨終の時に必ず浄土へ往生すと説給(ときたま)えり、南無阿弥陀仏/\」
 圓朝が此様(こん)なことを云ってもお賽銭(さいせん)には及びません、悪くすると投げる方があります。段々と有難い事を彼(か)の宗達という和尚さんが説示(ときしめ)したからお竹も五平を恨む念は毛頭ありません。
竹「お前此の金が欲しければ皆(みん)な上げよう」
五「いえ/\金は要(い)りません、私(わたくし)は剃髪(ていはつ)して罪滅しの為に廻国(かいこく)します」
 というので剃刀(かみそり)を取寄せて宗達が五平をくり/\坊主にいたしました。早四郎の死骸は届ける所へ届けて野辺の送りをいたし、後(あと)は他人へ譲り、五平は罪滅しのため四国西国へ遍歴に出ることになり、お竹は是より深い事は話しませんが、
「私(わたくし)は粂野美作守の家来渡邊という者の娘で、弟は祖五郎と申して、只今は美作国(みまさかのくに)へまいって居ります、弟にも逢いたいと存じますし、江戸屋敷の様子も聞きたし、弟もお国表へまいって家老に面会いたし、事の仔細が分りますれば江戸屋敷へまいる筈(はず)で、何(ど)の道便りをするとは申して居りましたが、案じられてなりませんから、家来の忠平という者を連れてまいる途(みち)で長く煩いました上、遂に死別(しにわか)れになりまして、心細い身の上で、旅慣れぬ女のこと、どうか御出家様私を助けると思召(おぼしめ)し、江戸までお送り遊ばして下さいますれば、何(ど)の様(よう)にもお礼をいたしましょう、お忙しいお身の上でもございましょうが、お連れ遊ばして下さいまし」
 と頼まれて見ると宗達も今更見棄てる事も出来ず、
宗「それは気の毒なことで、それならば私(わし)と一緒に江戸まで行(ゆ)きなさるが宜(よ)い私(わし)は江戸には別に便(たよ)る処もないが、谷中の南泉寺へ寄って已前(いぜん)共に行脚(あんぎゃ)をした玄道(げんどう)という和尚がおるから、それでも尋ねたいと思う、ま兎も角もお前さんを江戸屋敷まで送って上げます」
 と云うので漸(ようよ)うの事にて江戸表へまいりましたが、上屋敷へも下屋敷へもまいる事が出来んのは、予(かね)てお屋敷近い処へ立寄る事はならんと仰せ渡されて、お暇(いとま)になった身の上ゆえ、本郷春木町の指物屋岩吉方へまいり、様子を聞くと、岩吉は故人になり、職人が家督(あと)を相続して仕事を受取って居りますことゆえ、迚(とて)も此処(こゝ)の厄介になる事は出来ません。仕方がないので、どうか様子を下屋敷の者に聞きたいと谷中へ参りますと、好(い)い塩梅に佐藤平馬(さとうへいま)という者に会って、様子を聞くと、平馬の申すには、
平「弟御(おとゝご)は此方(こっち)へおいでがないから、此の辺にうろ/\しておいでになるはお宜しくない、全体お屋敷近い処へ入らっしゃるのは、そりゃアお心得違いな事で、ま貴方は信州においでゞ、時節を待ってござったら御帰参の叶(かな)う事もありましょう、御舎弟も春部殿も未だ江戸へはお出(いで)がない、仮令(たとえ)御家老に何(ど)んなお頼みがありましても無駄な話でございます」
 と撥付(はねつ)けられ、
竹「左様なら弟は此方(こちら)へまいっては居りませんか」
平「左様、御舎弟は確(たしか)にお国においでだという話は聞きましたが、多分お国へ行って、お国家老へ何かお頼みでもある事でございましょう、併(しか)し大殿様(おおとのさま)は御病気の事であるが、事に寄ったら御家老の福原様(ふくはらさま)が御出府(ごしゅっぷ)になる時も、お暇になった者を連れてお出(いで)になる筈がないから、是は好(よ)い音信(たより)を待ってお国にお出(いで)でございましょう、殿様は御不快で、中々御重症だという事でございまして、私共(わたくしども)は下役ゆえ深い事は分りませんが、此のお屋敷近い処へ立廻るはお宜しくない事で」
 という。此の佐藤平馬という奴は、内々(ない/\)神原五郎治四郎治の二人から鼻薬をかわれて下に使われる奴、提灯持(ちょうちんもち)の方の悪い仲間でございますから、斯(か)く訳の分らんように云いましたのは、お竹にお屋敷の様子が聞かしたくないから、真実(まこと)しやかに云ってお屋敷近辺へ置かんように追払(おっぱら)いましたので、お竹はどうも致方(いたしかた)がない、旧来馴染の出入町人の処へまいりましても、長く泊っても居(お)られません、又一緒にまいった宗達も、長くは居(い)られません理由(わけ)があって、或時お竹に向い、
宗「私(わし)は何うしても美濃の南泉寺へ帰らんければならず、それに又私は些(ち)と懇意なものが有って、田舎寺に住職をしている其の者を尋ねたいと思うが、貴方は是から何処(どこ)へ参らるゝ積りじゃ」
竹「何処へも別にまいる処もありませんが、お国へまいれば弟が居ります、成程御家老も弟を連れて、お出(いで)は出来ますまい、御帰参の叶う吉左右(きっそう)を聞くそれまではお国表にいる事でございましょうから、私(わたくし)もどうかお国へ参りとうございます」
宗「併(しか)しどうも女一人では行(ゆ)かれんことで、何ともお気の毒な事だ、じゃアまア美作の国といえば是(こ)れ百七八十里隔(へだ)った処、私(わし)が送る訳にはいかんが、今更見棄てることも出来ないが、美濃の南泉寺までは是非行(ゆ)かんければならん、東海道筋も御婦人の事ゆえ面倒じゃ、手形がなければならんが、何うか工風(くふう)をして私がお送り申したいが、困った事で、兎に角南泉寺まで一緒に行(ゆ)きなさい、彼方(あっち)の者は真実があって、随分俗の者にも仏心(ぶっしん)があってな、寺へ来て用や何(なん)かするからそいらに頼んだら美作の方へ用事があってまいる者があるまいとも云えぬ、其の折に貴方を頼んでお国へ行(ゆ)かれるようだと私も安心をします、私は坊主の身の上で、婦人と一緒に歩くのは誠に困る、衆人(ひと)にも見られて、忌(いや)な事でも云われると困る、けれども是も仕方がないから、ま行(ゆ)きなさるが宜(よ)い、私は本庄宿(ほんじょうじゅく)の海禅寺(かいぜんじ)へ寄って一寸(ちょっと)玄道という者に会って、それから又美濃まで是非行(ゆ)きますから御一緒にまいろう、それには木曾路の方が銭が要らん」
 と御出家は奢(おご)らんから、寒くなってから木曾路を引返し本庄宿へまいりまして、婦人ではあるけれどもこれ/\の理由(わけ)だ、と役僧にお竹の身の上話をして、其の寺に一泊いたし、段々日数(ひかず)を経てまいりましたが、元より貯え金は所持している事で、漸(ようや)く碓氷を越して軽井沢(かるいざわ)と申す宿(しゅく)へまいり、中島屋(なかじまや)という宿屋へ宿(やど)を取りましたは、十一月の五日でござります。

        三十七

 木曾街道でも追分(おいわけ)沓掛(くつがけ)軽井沢などは最も寒い所で、誰(たれ)やらの狂歌に、着て見れば綿がうすい(碓氷)か軽井沢ゆきたけ(雪竹)あって裾(すそ)の寒さよ、丁度碓氷の山の麓(ふもと)で、片方(かた/\)は浅間山の裾になって、ピイーという雪風で、暑中にまいりましても砂を飛(とば)し、随分半纒(はんてん)でも着たいような日のある処で、恐ろしい寒い処へ泊りました。もう十一月になると彼(あ)の辺は雪でございます、初雪でも沢山降りますから、出立をすることが出来ません、詮方(せんかた)がないから逗留(とうりゅう)という事になると、お竹は種々(いろ/\)心配いたしている。それを宗達という和尚さまが真実にしてくれても何とのう気詰り、便りに思う忠平には別れ、弟(おとゝ)祖五郎の行方は知れず、お国にいる事やら、但(たゞ)しは途中で煩(わずら)ってゞもいやアしまいか、などと心細い身の上で何卒(どうぞ)して音信(たより)をしたいと思っても何処(どこ)にいるか分らず、御家老様の方へ手紙を出して宜(よ)いか分りませんが、心配のあまり手紙を出して見ました。只今の郵便のようではないから容易には届かず、返事も碌に分らんような不都合の世の中でございます。お竹は過越(すぎこ)し方を種々思うにつけ心細くなりました、これが胸に詰って癪(しゃく)となり、折々差込みますのを宗達が介抱いたします、相宿(あいやど)の者も雪のために出立する事が出来ませんから、多勢(おおぜい)囲炉裡(いろり)の周囲(まわり)へ塊(かたま)って茫然(ぼんやり)して居ります。中には江戸子(えどっこ)で土地を食詰(くいつ)めまして、旅稼ぎに出て来たというような職人なども居ります。
○「おい鐵(てつ)う」
鐵「えゝ」
○「からまア毎日(めいにち)/\降込められて立つことが出来ねえ、江戸子が山の雪を見ると驚いちまうが、飯を喰う時にずうと並んで膳が出ても、誰も碌に口をきかねえな」
鐵「そうよ、黙っていちゃア仕様がないから挨拶(えゝさつ)をして見よう」
○「えゝ」
鐵「挨拶(えゝさつ)をして見ようか」
○「しても宜(い)いが、きまりが悪いな」
鐵「えゝ御免ねえ……へえ……どうも何でごぜえやすな、お寒いことで」
△「はア」
鐵「お前(めえ)さん方は何ですかえ、相宿のお方でげすな」
△「はア」
鐵「何を云やアがる……がア/\って」
○「手前(てめえ)が何か云うからはアというのだ、宜(い)いじゃアねえか」
鐵「変だな、えゝゝ毎日(めえにち)膳が並ぶとお互(たげえ)に顔を見合せて、御飯(おまんま)を喰ってしまうと部屋へ入(へい)ってごろ/\寝るくれえの事で仕様がごぜえやせんな、夜になると退屈(てえくつ)で仕様が有りませんが、なんですかえお前(まえ)さん方は何処(どこ)かえお出でなすったんでげすかえ」
△「私(わし)はその大和路の者であるが、少し仔細あって、えゝ長らく江戸表にいたが、故郷(こきょう)忘(ぼう)じ難(がた)く又帰りたくなって帰って来ました」
鐵「へえー然(そ)うで……其方(そちら)のお方はお三人連で何方(どちら)へ」
□「私(わし)は常陸(ひたち)の竜(りゅう)ヶ崎(さき)で」
鐵「へえ」
□「常陸の竜ヶ崎です」
鐵「へえー何ういう訳で此様(こん)な寒い処へ常陸からおいでなさったんで」
□「種々(いろ/\)信心がありまして、全体毎年(まいねん)講中(こうじゅう)がありまして、五六人ぐらいで木曾の御獄様(おんたけさま)へ参詣(さんけい)をいたしますが、村の者の申し合せで、先達(せんだつ)さんもお出(いで)になったもんだから、同道してまいりやした、実は御獄さんへ参るにも、雪を踏んで難儀をして行(ゆ)くのが信心だね」
鐵「へえー大変でげすな、御獄さんてえのは滅法けえ高(たけ)え山だってね」
□「高いたって、それは富士より高いと云いますよ、あなた方も信心をなすって二度もお登りになれば、少しは曲った心も直りますが」
鐵「えへゝゝゝ私(わっち)どもは曲った心が直っても、側から曲ってしまうから、旨く真直(まっすぐ)にならねえので……えゝ其方(そちら)においでなさる方は何方(どちら)で」
 此の客は言葉が余程鼻にかゝり、
×「私(わし)は奥州仙台(しんでい)」
鐵「へえ…仙台(しんでい)てえのは」
×「奥州で」
鐵「左様でがすか、えゝ衣を着てお頭(つむり)が丸いから坊さんでげしょう」
×「いしやでがす」
鐵「へ何ですと」
×「医者(いしや)でがす」
鐵「石工(いしや)だえ」
×「いゝや医道(いどう)でがす」
鐵「へえー井戸掘にア見えませんね」
×「井戸掘ではない、医者(いしゃ)でがす」
鐵「へえーお医者で、私(わっち)どもはいけぞんぜえだもんだから、お医者と相宿になってると皆も気丈夫でごぜえます、些(ちっ)とばかり薄荷(はっか)があるなら甜(な)めたいもんで」
×「左様な薬は所持しない、なれども相宿の方に御病気でお困りの方があって、薬をくれろと仰しゃれば、癒(なお)る癒らないは、それはまた薬が性(しょう)に合うと合わん事があるけれども、盛るだけは盛って上げるて」
鐵「へえー、斯う皆さんが大勢寄って只茫然(ぼんやり)していても面白くねえから、何か面白(おもしれ)え百物語でもして遊ぼうじゃアありやせんか、大勢寄っているのですから」
医「それも宜うがすが、ま能(よ)く大勢寄ると阿弥陀の光りという事を致します、鬮引(くじびき)をして其の鬮に当った者が何か買って来るので、夜中でも厭(いと)いなく菓子を買(けえ)に行(い)くとか、酒を買(けえ)に行(ゆ)くとかして、客の鬮を引いた者は坐ってゝ少しも動かずに人の買って来る物を食(しょく)して楽しむという遊びがあるのです」
鐵「へえーそれは面白(おもしれ)えが、珍らしい話か何かありませんかな」
医「左様でげす、別に面白い話もありませんですな」
鐵「気のねえ人だな何か他に」
○「手前(てめえ)出て先へ喋(しゃべ)るがいゝ」
鐵「喋るたって己(おれ)ア喋る訳には行(ゆ)かねえ、何かありませんかな、お医者さまは奥州仙台だてえが、面白(おもしろ)え怖(おっか)ねえ化物(ばけもの)が出たてえような事はありませんかな」
医「左様で別に化物が出たという話もないが、奥州は不思議のあるところでな」
鐵「へえー左様でござえやすかな」
医「貴方は何ですかえ、松島見物にお出(いで)になった事がありますかえ」
鐵「いや何処(どこ)へも行ったことはねえ」
医「松島は日本三景の内でな、随分江戸のお方が見物に来られるが此のくらい景色の好(よ)い所はないと云ってな、船で八百八島を巡り、歌を詠(えい)じ詩を作りに来る風流人が幾許(いくら)もあるな」
鐵「へえー松島に何か心中でもありましたかえ」
医「情死などのあるところじゃアないが、差当(さしあた)って別にどうも面白い話もないが、医者は此様(こん)な穢(きたな)い身装(みなり)をして居てはいけません、医者は居(い)なりと云うて、玄関が立派で、身装が好(よく)って立派に見えるよう、風俗が正しく見えるようでなければ病者(びょうしゃ)が信じません、随って薬も自(おのず)から利かんような事になるですが、医者は頓知頓才と云って先(ま)ず其の薬より病人の気を料(はか)る処が第一と心得ますな」
鐵「へえー何ういう……気を料る処がありますな」
医「先年乞食が難産にかゝって苦しんでいるのを、所の者が何うかして助けて遣りたいと立派な医者を頼んで診(み)て貰うと、是はどうも助からん、片足出ていなければ宜(よ)いが、片手片足出て首が出ないから身体が横になって支(つか)えてゝ仕様がない、細かに切って出せば命がないと途方に暮れ、立合った者も皆(み)な可愛そうだと云っている処へ通りかゝったのが愚老でな」
鐵「へえ……それからお前さんが産(うま)したのかえ」
医「それから療治にかゝろうとしたが、道具を宅(たく)へ置いて来たので困ったが、此処(こゝ)が頓智頓才で、出ている片手を段々と斯う撫でましたな」
鐵「へえ」
医「撫でている中(うち)に掌(て)を開けました」
鐵「成程」
医「それから愚老が懐中から四文銭を出して、赤児(あかご)の手へ握らせますと、すうと手を引込(ひっこ)まして頭の方から安々(やす/\)と産れて出て、お辞儀をしました」
鐵「へえ咒(まじない)でげすか」
医「いや乞食の児(こ)だから悦んで」
鐵「ふゝゝ人を馬鹿にしちゃアいけねえ、本当だと思ってたのに洒落者(しゃれもん)だね、田舎者だって迂濶(うっかり)した事は云えねい……えゝ其方(そちら)の隅においでなさるお方、あなたは何ですかえ、矢張お医者さまでごぜえやすか」
僧「いや、私(わし)は斯ういう姿で諸方を歩く出家でござる」
鐵「えゝ御出家さんで、御出家なら幽霊なぞを御覧なすった事がありましょう」
僧「幽霊は二十四五度(たび)見ました」
鐵「へえ、此奴(こいつ)あ面白(おもしれ)え話だ、二十四五度……ど何(ど)んなのが出ました」
僧「種々(いろ/\)なのが出ましたな、嫉妬(やきもち)の怨霊は不実な男に殺された女が、口惜(くちおし)いと思った念が凝(こ)って出るのじゃが、世の中には幽霊は無いという者もある、じゃが是はある」
鐵「へえ、ど何んな塩梅(あんばい)に出るもんですな」
僧「形は絵に描(か)いたようなものだ、朦朧(ぼんやり)として判然(はっきり)其の形は見えず、只ぼうと障子や襖(からかみ)へ映ったり、上の方だけ見えて下の方は烟(けむ)のようで、どうも不気味なものじゃて」
鐵「へえー貴方の見たうちで一番怖いと思ったのはどういう幽霊で」
僧「えゝ、左様さ先年美濃国(みののくに)から信州の福島在の知己(しるべ)の所へ参った時の事で、此の知己は可(か)なりの身代で、山も持っている者で、其処(そこ)に暫(しばら)く厄介になっていた、其の村に蓮光寺(れんこうじ)という寺がある、其の寺の和尚が道楽をしていかん彼(あれ)は放逐せねばならんと村中が騒いで、急に其の和尚を追出すことになったから、お前さん住職になってくれないかと頼まれましたが、私(わし)は住職になる訳にはゆかん、行脚(あんぎゃ)の身の上で、併(しか)し葬式でもあった時には困ろうから、後住(ごじゅう)の定(きま)るまで暫くいて上げようと云うんで、其の寺に居りました」
鐵「へえー」
僧「すると私(わし)の知己(しるべ)の山持の妾が難産をして死んだな」
鐵「へえー」
僧「それがそれ、ま主人(あるじ)が女房に隠して、家(うち)にいた若い女に手を附け、それがま懐妊したによって何時(いつ)か家内の耳に入ると、悋気深(りんきぶか)い本妻が騒ぐから、知れぬうちに堕胎(おろ)してしまおうと薬を飲ますと、ま宜(い)い塩梅に堕(お)りましたが、其の薬の余毒(よどく)のため妾は七転八倒の苦しみをして、うーんうんと夜中に唸(うな)るじゃげな」
鐵「へえー此奴(こいつ)ア怖(こわ)えなア」
僧「怨みだな、斯う云う事になったのも、私(わたし)は奉公人の身の上相対(あいたい)ずくだから是非もないが、内儀(おかみ)さんが悋気深いために私(わし)に斯ういう薬を飲ましたのじゃ、内儀さんさえ悋気せずば此の苦しみは受けまい、あゝ口惜(くや)しい、私(わたし)は死に切れん、初めて出来た子は堕胎(おろ)され、私も死に、親子諸共に死ぬような事になるも、内儀さんのお蔭じゃ、口惜(くやし)い残念と十一日の間云い続けて到頭死にました、その死ぬ時な、うーんと云って主人の手を握ってな」
鐵「へえ」
僧「目を半眼にして歯をむき出し、旦那さま私(わたくし)は死に切れませんよ」
○「やア鐵う、もっと此方(こっち)へ寄れ……気味が悪い、どうもへえー成程……そこを閉めねえ、風がぴゅー/\入るから……へえー」
僧「気の毒な事じゃが、仕方がない、そこで私(わし)がいた蓮光寺へ葬りました、他に誰も寺参りをするものがないから、主人が七日までは墓参りに来たが、七日後は打棄(うっちゃ)りぱなしで、花一本供(あ)げず、寺へ附届(つけとゞけ)もせんという随分不人情な人でな」
○「へえー酷(ひど)い奴だね、其奴(そいつ)ア怨まア、直(すぐ)に幽的(ゆうてき)が出ましたかえ」
僧「私(わし)も可愛そうじゃアと思うた、斯ういう仏は血盆地獄(けっぽんじごく)に堕(おち)るじゃ、早く云えば血の池地獄へ落るんじゃ」
○「へえー」
僧「斯ういう亡者(もうじゃ)には血盆経(けっぽんきょう)を上げてやらんと……」
○「へえー……けつ……なんて……けつを……棒で」
僧「いや血盆経というお経がある、七日目になア其の夜(よ)の亥刻(こゝのつ)[#「亥刻(こゝのつ)」はママ、「子刻(こゝのつ)」か「亥刻(よつ)」であるかの判別付かず]前じゃったか、下駄を履(は)いて墓場へ行(ゆ)き、線香を上げ、其処(そこ)で鈴(りん)を鳴(なら)し、長らく血盆経を読んでしもうて、私(わし)がすうと立って帰ろうとすると」
○「うん、うん」
僧「前が一面乱塔場(らんとうば)で、裏はずうと山じゃな」
○「うん/\」
僧「其の山の藪の所が石坂の様になって居(い)るじゃ、其の坂を下(お)りに掛ると、後(うしろ)でぼーずと呼ぶじゃて」
○「ふーん、これは怖(こわ)えな、鐵もっと此方(こっち)へ寄れ、成程お前さんを呼んだ」
僧「何も私(わし)に怨みのある訳はない、縁無き衆生(しゅじょう)は度(ど)し難(がた)しというが、私(わし)は此の寺へ腰掛ながら住職の代りに回向(えこう)をしてやる者じゃ、それを怨んで坊主とは失敬な奴じゃと振向いて見た、此方(こちら)の勢(いきおい)が強いので最(も)う声がせんな」
○「へえー度胸が宜うごぜえやすな、強いもんだね、始終死人の側にばかりいるから怖くねえんだ、うーん」
僧「それから又行(ゆ)きにかゝると、また皺枯(しわがれ)た声で地(じ)の底の方でぼーずと云うじゃて」
○「早桶(はやおけ)を埋(うめ)ちまった奴が桶の中でお前さんを呼んだのかね」
僧「誰だと振向いた」
○「へえ……先方(せんぽう)で驚いて出ましたか、穴の中から」
僧「振向いて見たが何(な)んにも居ないから、墓原(はかはら)へ立帰って見たが、墓には何も変りがない、はて何じゃろうと段々探すと、山の根方の藪ん中に大きな薯蕷(やまいも)が一本あったのじゃ、之(これ)が世に所謂(いわゆる)坊主/\山の芋(いも)じゃて」
○「何の事(こっ)た、人を馬鹿にして、併(しか)し面白(おもしれ)え、何か他に、あゝ其方(そっち)にいらっしゃるお侍さん、えへゝゝ、旦那何か面白(おもしろ)えお話はありませんか」
侍「いや最前から各々方(おの/\がた)のお話を聞いていると、可笑(おか)しくてたまらんの、拙者も長旅で表向(おもてむき)紫縮緬(むらさきちりめん)の服紗包(ふくさづゝみ)を斜(はす)に脊負(しょ)い、裁着(たッつけ)を穿(は)いて頭を結髪(むすびがみ)にして歩く身の上ではない、形は斯(かく)の如く襤褸袴(ぼろばかま)を穿いている剣道修行の身の上、早く云うと武者修行で」
○「これはどうも、左様ですか、武者修行で、へえー然(そ)う聞けばお前さんの顔に似てえる」
侍「何が」
○「いえ、そら久しい以前(あと)絵に出た芳年(よしとし)の画(か)いたんで、鰐鮫(わにざめ)を竹槍で突殺(つッころ)している、鼻が柘榴鼻(ざくろッぱな)で口が鰐口で、眼が金壺眼(かなつぼまなこ)で、えへゝゝ御免ねえ」
侍「怪(け)しからん事をいう、人の顔を讒訴(ざんそ)をして無礼至極」
○「なに、お前さんは左様(そん)なでもねえけれども、些(ちっ)と似てえるという話だ」
侍「貴公らは江戸のものか、職人か」
○「へえ」
侍「成程」
○「旦那、皆(みんな)は嘘っぺいばかしでいけませんが、何(なん)ぞ面白(おもしろ)え話はありませんかね」
侍「貴公(あんた)先にやったら宜かろう」
○「私(わっち)どもは好(い)い話が無(ね)えんで、火事のあった時に屋根屋の徳(とく)の野郎め、路地を飛越し損(そく)なやアがって、どんと下へ落ると持出した荷の上へ尻餅を搗(つ)き、睾丸(きんたま)を打ち、目をまわし、嚢(ふくろ)が綻(ほころ)びて中から丸(たま)が飛出して」
侍「然(そ)ういう尾籠(びろう)の話はいけんなア」
○「それから乱暴勝(らんぼうかつ)てえ野郎が焚火(たきび)に※(「火+共」、第3水準1-87-42)(あた)って、金太(きんた)という奴を殴る機(はず)みにぽっぽと燃えてる燼木杭(やけぼっくい)を殴ったから堪(たま)らねえ、其の火が飛んで金太の腹掛の間へ入(へい)って、苦しがって転がりやアがったが、余程(よっぽど)面白うござえました」
侍「其様(そん)な事は面白くない」
○「そんなら旦那何ぞ面白え話を」
侍「先刻(せんこく)から空話(そらばなし)ばかり出たので、拙者の話を信じて聞くまいから、どうもやりにくい」

        三十八

 向座敷(むこうざしき)にてぽん/\と手を打ち、
宗「誰(たれ)も居ぬかな」
下婢「はい」
 此の座敷に寝ているのは渡邊お竹で、宗達が看病を致して居りますので、
婢「お呼びなさいましたかえ」
宗「一寸(ちょっと)こゝへ入ってくれ」
婢「はい」
宗「序(ついで)に水を持って来ておくれ、病人がうと/\眠附(ねつ)くかと思うと向座敷で時々大勢がわアと笑うので誠に困る」
婢「誠にお喧(やかま)しゅうござりやしょう」
宗「其処(そこ)をぴったり閉めておくれ」
婢「畏(かしこ)まりやした」
 と立って行って大勢の所へ顔を出しまして、
「どうかあの皆さん相宿の方に病人がありやすから、余(あんま)り大(でけ)え声をして、わア/\笑わないように、喧しいと病人が眠り付かねえで困るだから、静(しずか)になさえましよ」
侍「はい/\宜しい……病人がいるなら止しましょう」
○「小声でやってくだせえ、皆(みんな)は虚(そら)っぺえ話(ばなし)で面白くねえ、旦那が武者修行をした時の、蟒蛇(うわばみ)を退治(たいじ)たとか何とかいう剛(きつ)いのを聞きたいね」
侍「左様さ拙者は是迄恐ろしい怖いというものに出会った事はないが、※(「鼬」の「由」に代えて「吾」、第4水準2-94-68)鼠(のぶすま)に両三度出会った時は怖いと思ったね」
○「ど何処(どこ)で」
侍「南部(なんぶ)の恐山(おそれざん)から地獄谷の向(むこう)へ抜ける時だ」
○「へえー名からして怖(おっか)ねえね恐山地獄谷なんて」
侍「此処(こゝ)は一騎打(いっきうち)の難所(なんじょ)で、右手(めて)の方(ほう)を見ると一筋(ひとすじ)の小川が山の麓(ふもと)を繞(めぐ)って、どうどうと小さい石を転がすように最(い)と凄(すさ)まじく流れ、左手(ゆんで)の方(かた)を見ると高山(こうざん)峨々(がゞ)として実に屏風を建てたる如く、誠に恐ろしい山で、樹(き)は生茂(おいしげ)り、熊笹が地を掩(おお)うている、道なき所を踏分け/\段々下(お)りて来たところが、人家は絶(たえ)てなし、雨は降ってくる、困ったことだと思い、暫く考えたが路(みち)は知らず、深更(しんこう)に及んで狼にでも出られちゃア猶更と大きに心配した、時は丁度秋の末(すえ)さ、すると向うにちら/\と見える」
○「へえー、出たんでござえやすか、狼の眼は鏡のように光るてえから、貴方がうんと立止って小便(ちょうず)をなすったろう」
侍「なに、小便(ちょうず)などを為(し)やアせん」
○「それから」
侍「これは困ったものじゃ、彼処(あすこ)に誰か焚火(たきび)でもして居るのじゃアないかと思った」
○「成程山賊が居て身ぐるみ脱いでけてえと、お前さん引(ひっ)こぬいて斬ったんで」
侍「まゝ黙ってお聞き、そう先走られると何方(どっち)が話すのだか分らん、山賊が団楽坐(くるまざ)になっていたのではない、一軒の白屋(くずや)があった」
○「へえー山ん中に……問屋(といや)でしょう」
侍「なに茅屋(あばらや)」
○「え、油屋(あぶらや)」
侍「油屋じゃアない、壊れた家をあばらやという」
○「確(しっ)かりした家は脊骨屋(せぼねや)で」
侍「そう先走っては困る、其家(そこ)へ行って拙者は武辺修行(ぶへんしゅぎょう)の者でござる、斯(か)かる山中(さんちゅう)に路(みち)に踏み迷い、且(かつ)此の通り雨天になり、日は暮れ、誠に難渋を致します、一樹(いちじゅ)の蔭を頼むと云って音ずれると、奥から出て来た」
○「へえー肋骨(あばらぼね)が出て、歯のまばらな白髪頭(しらがあたま)の婆(ばゞあ)が、片手に鉈(なた)見たような物を持って出たんだね、一つ家(や)の婆で、上から石が落ちたんでげしょう」
侍「然(そ)うじゃアない、二八余りの賤女(しずのめ)が出たね」
○「それじゃア気が無(ね)え、雀が二三羽飛出したのかえ」
侍「賤女(しずのめ)」
○「えゝ味噌汁(おつけ)の中へ入れる汁の実」
侍「汁の実じゃアない、二八余り十六七になる娘が出たと思いなさい」
○「へえー家(うち)に居たんだね、容貌(おんな)は好(よ)うごぜえやしたろうね、容貌(おんな)は」
侍「そんな事は何うでも宜しいが、能(よ)く見ると乙(おつ)な女さ」
○「へえー、おい鐵、此方(こっち)へ寄れ、ちょいと見ると美(い)い女だが、能く見ると眇目(めっかち)で横っ面(つら)ばかり見た、あゝいう事があるが、矢張(やっぱり)其の質(たち)なんでしょう」
侍「足下(そっか)が喋ってばかり居っては拙者は話が出来ぬ」
○「じゃア黙ってますから一つやって下せえ」
侍「それから紙燭(しそく)を点(つ)けて出て来て、お武家さま斯様な人も通らん山中(やまなか)へ何うしてお出でなさいました、拙者は武術修業の身の上ゆえ、敢(あえ)て淋しい処を恐れはせぬが如何にも追々夜(よ)は更けるし、雨は降って来る、誠に難渋いたすによって一泊願いたいと云うと、何事も行届(ゆきとゞ)きません、召上る物も何もございませんし、着せてお寐(ね)かし申す物もございません、それが御承知なれば見苦しけれども御遠慮なくお泊り遊ばせと、親切な女で汚い盥(たらい)へ谷水を汲んで来て、足をお洗いなさいというので足を洗いました」
○「へえー其の娘の親父か何かいましたろう」
侍「親父もいない、娘一人で」
○「へえー……母親(おふくろ)もいませんか」
侍「そう喋っては困りますな」
○「もう云いません、それから」
侍「ところが段々聞くと両親もなく、只一人斯(かゝ)る山の中に居って、躬(みずか)ら自然薯(じねんじょ)を掘って来るとか、或(あるい)は菌(きのこ)を採(と)るとか、薪(たきゞ)を採るとか、女ながら随分荒い稼ぎをして微(かす)かに暮しておるという独身者(ひとりもの)さ、見れば器量もなか/\好(よ)い、色が白くて目は少し小さいが、眉毛が濃い、口元が可愛らしく、髪の毛の光艶(つや)も好(よ)し、山家(やまが)に稀(まれ)な美人で」
○「へえー、ふう成程」
侍「何とも云やアしない、まア黙ってお聞き」
○「へえ」
侍「拙者は修業の身の上で、好い女だとは思いましたけれど、猥(いや)らしい事を云い掛けるなどの念は毛頭ない」
○「それは何年頃(いつごろ)の事ですか」
侍「丁度五年以前(あと)の事で」
○「あなたは幾歳(いくつ)だえ」
侍「其様(そん)な事を聞かなくとも宜(よ)い、三十九才じゃ」
○「老けているね……五年以前(あと)、じゃア未(ま)だア壮(さかり)な時でごぜえやすな」
侍「左様」
○「へえ、それから何うしました」
侍「拙者の枕元へ水などを持って来て、喉(のど)が渇いたら召上れと種々(いろ/\)手当をしてくれる、蕎麦掻(そばがき)を拵(こしら)えて出したが、不味(まず)かったけれども、親切の志有難く旨く喰いました」
○「蕎麦粉は宜うごぜえやしたろうが、醤油(したじ)が悪かったに違(ちげ)えねえ、ぷんと来るやつで、此方(こっち)の醤油(したじ)を持って行(ゆ)きたいね」
侍「何を云っている」
○「へえ、それから」
侍「娘は向うの方へ一人で寝る、時は丁度秋の末の事、山冷(やまびえ)でどうも寒い、雨はばら/\降る」
○「成程/\うん/\」
侍「娘は何うしたか何時(いつ)までも寝ないようで」
○「うん(膝へ手を突き前へ乗出し)それから」
侍「拙者に夜具を貸してしまい、娘は夜具無しで其処(そこ)へごろりと寝ているから、どうも其方(そなた)の着る物を貸して、此の寒いのに其方が夜具無しで寝るような事じゃア気の毒じゃ、風でも引かしては宜しくないというと、いえ宜しゅうございます、なに宜しい事はない、掛蒲団(かけぶとん)だけ持って行ってください、拙者は敷蒲団をかけて寝るから、いゝえ何う致しまして、それならば旦那さま恐入りますが、貴方のお裾(すそ)の方へでも入れて寝かしてくださいませんかと云った」
○「へえー、ふう鐵もっと此方(こっち)へ出ろ、面白い話になって来た、旦那は真面目になってるが、能(よ)く見ると助平そうな顔付だ、目尻が下(さが)ってて、旨く女をごまかしたね、中々油断は出来ねえ、白状おしなさい」
侍「ま、黙ってお聞きなさい、苟(かりそ)めにも男女(なんにょ)七才にして席を同じゅうせずで、一つ寝床へ女と一緒に寝て、他(ひと)に悪い評でも立てられると、修行の身の上なれば甚だ困ると断ると、左様ならば御足(おみあし)でも擦(さす)らして下さいましと云った」
○「へえー、女の方で、えへ/\、矢張(やっぱり)山の中で男珍らしいんで、えへ/\/\成程うん」
侍「どうも様子が訝(おか)しい、変だと思った」
○「なに先で思っていたんでしょう」
侍「それから拙者は此方(こっち)の小さい座敷に寝ていると、改めて又枕元へ来てぴたりと跪(ひざまず)いて」
○「其の女が蹴躓(けつまず)きやアがったんで」
侍「蹴躓いたのではない、丁寧に手を突いて、先生私(わたくし)は何をお隠し申しましょう、親の敵(かたき)を尋ねる身の上でございます」
○「うん、其の女が…成程」
侍「敵は此の一村(ひとむら)隔(お)いて隣村に居ります、僅(わずか)に八里山を越すと、現に敵が居りながら、女の細腕で討つことが出来ません、先方は浪人者で、私(わたくし)の父は杣(そま)をいたして居りましたが、山界(やまざかい)の争い事から其の浪人者が仲裁(なか)に入り、掛合(かけあい)に来ましたのを恥(はず)かしめて帰した事があります、其の争いに先方(さき)の山主(やまぬし)が負けたので、礼も貰えぬ所から、それを遺恨に思いまして、其の浪人が私の父を殺害(せつがい)いたしたに相違ないという事は、世間の人も申せば、私も左様に存じます、其の傍(そば)に扇子(せんす)が落ちてありました、黒骨の渋扇(しぶせん)へ金で山水が描(か)いて有って、確(たしか)に其の浪人が持って居りました扇子(おうぎ)で見覚えが有ります、どうか先生を武術修行のお方とお見受け申して、お頼み申しますが、助太刀をなすって敵(かたき)を討たして下さいませんか、始めてお泊め申したお方に何とも恐入りますが、助太刀をなすって本意を遂げさせて下されば、何(ど)の様な事でも貴方のお言葉は背きません、不束(ふつゝか)な者で、迚(とて)もお側にいるという訳には参りませんが、御飯焚(ごはんたき)でもお小間使いでも、お寝間の伽(とぎ)でも仕ようという訳だ」
○「へえー、此奴(こいつ)ア矢張(やっぱり)然(そ)ういう事があるんでげしょう、へえー、なア……鐵やい、左官の松(まつ)の野郎が火事の時に手伝って、それから御家様(ごけさま)の処(とけ)え出入(でへえ)りをし、何日(いつ)か深い訳になったが、成程然ういう事がありましょう、それから何うしました」
侍「然(そ)ういう訳なれば宜しい、助太刀をして慥(たし)かに本意を遂げさせて遣ろうと受合うと、女は悦んで、あゝ有難う草葉の蔭において両親も嘸(さぞ)悦びましょうと、綺麗な顔で真に随喜の涙を流した」
○「へえー芋売(いもがら)見たような涙を」
侍「なに有難涙(ありがたなみだ)を」
○「へえ成程それから何うしました」
侍「ところで同衾(ひとつ)に寝たんだ」
○「へえー甚(ひど)いなア……成程、鐵ウもっと前へ出ろ、大変な話になって来た」
 向座敷で手をぽん/\と打つと、又候(またぞろ)下女がまいって、
下婢「皆さんお静かになすって、なるたけわア/\云わねえように願います」
○「へえ/\……それから何うしました、先生」
侍「いや止そう」
○「其処(そこ)まで遣って止すてえ事はありません、お願(ねげ)えだから後(あと)を話しておくんなせえ」
侍「病人があると云うから止そう」
○「だって先生、こゝで止(や)めちゃア罪です」
侍「こゝらで止める方が宜かろう」
○「落話家(はなしか)や講釈師たア違(ちげ)えます」
侍「此処(こゝ)が丁度宜(い)い段落(きりどこ)だ」
○「おい、よ話しておくんねえな/\」
侍「困るな…すると其の女にこう□□[#底本2字伏字]められた時には、身体(しんたい)痺(しび)れるような大力(だいりき)であった」
○「へえー、それは化物だ、面白い話だね、それから」
侍「もう止そう」
○「冗談じゃアない、これで止(や)められて堪(たま)るものか……皆さん誰か一つ旦那に頼んでおくんなせえな、是から面白(おもしろ)え処なんで、今止められちゃア寝てから魅(うな)されらア」
侍「やるかなア」
○「うん成程、其の女が貴方の顔をペロ/\甜(な)めたんで」
侍「なに甜めるものか、うーんと振解(ふりほぐ)して、枕元にあった無反(むそり)の一刀を引抜いて、斬付けようとすると、がら/\/\と家鳴(やなり)震動がした」
○「ふうん」
侍「ばら/\/\表へ逃げる様子、尚(なお)追掛けて出ると、這(こ)は如何に、拙者が化(ばか)されていたのじゃ、茅屋(あばらや)があったと思う処が、矢張(やっぱり)野原で、片方(かた/\)はどうどうと渓間(たにま)に水の流れる音が聞え、片方は恐ろしい巌石(がんせき)峨々(がゞ)たる山にして、ずうっと裏手は杉や樅(もみ)などの大樹(だいじゅ)ばかりの林で、其の中へばら/\/\と追込んだな」
○「へえー成程、狐(きつね)狸(たぬき)は尻(けつ)を出して何かに見せると云うが、貴方それから何うしました」
侍「追掛けて行って、すうと一刀浴(あび)せると、ばたり前へ倒れた…化物が…拙者も疲れてどたーり其処(そこ)へ尻餅を搗(つ)いた」
○「成程是は尤(もっと)もです、痛(いと)うござえましたろう、其処に大きな石があったんで」
侍「なに石も何もありゃアせん、余計な事を云わずに聞きなさい」
○「な何の化物でげす」
侍「善(よ)く善く其の姿を見ると、それが伸餅(のしもち)の石に化(か)したのさ」
○「へえ、何故だろうなア」
侍「だから何うしてもちぎる訳にいかん」
○「冗談じゃアない、真面目な顔をして嘘ばっかり吐(つ)いてる、皆(みん)な嘘(そら)っぺい話(ばなし)でいけねえ、己(おれ)のは本当だ、此の中(うち)に聞いた人もあるだろう、何(なん)の話さ、大変だな、己ア江戸の者だ、谷中の久米野美作守様の屋敷へ出入の職人だったが、其処(そこ)に大変な悪人がいて、渡邊様てえ人を斬って、其の上に女を連れて逃げたは、えゝ何とかいう奴だっけ、然(そ)うよ、春部梅三郎よ、其奴(そいつ)は甚(ひど)い奴で、重役の渡邊織江様を斬殺(きりころ)したんで、其の子が跡を追掛(おっか)けて行くと、旨く言いくろめて、欺(だま)して到頭連出して、何とかいう所だっけ、然う/\、新町河原(しんまちがわら)の傍(わき)で欺(だま)し討(うち)に渡邊様の子を殺して逃げたというんだが、大騒ぎよ、八州が八方へ手配りをしたが、山越(やまごし)をして甲府へ入(へい)ったという噂で」
鐵「止しねえ/\、うっかり喋るな、冗談じゃアねえぜ、若(も)し八州のお役人が、是(こ)れは何う云う訳だ、他人に聞いたんでと云っても追付(おッつ)くめえ」
 と一人が止めるのを、一人の男が頻(しき)りに知ったふりで喋って居ります。

        三十九

 別座敷に寝て居りましたお竹が、此の話を洩(も)れ聞き大きに驚き、
竹「もし/\宗達様/\/\(揺起(ゆりおこ)す)」
宗「あい/\/\、つい看病疲れで少し眠(ね)ました、はあー」
竹「よく御寝(ぎょしん)なっていらっしゃいますから、お起(おこ)し申しましては誠に恐入りますが、少し気になることを向座敷で噂をしております、他(ほか)の者の話は嘘(うそ)のように存じますが、中に江戸屋敷へ出入(でい)る職人とか申す者の話は、少し心配になりますから、お目を覚(さま)してくださいまし」
宗「あい……はア……つい何うも……はア大分まだ降ってる様子で、ばら/\雨が戸へ当りますな」
竹「何卒(どうぞ)あなた」
宗「はい/\……はア……何じゃ」
竹「其の話に春部と申す者が私(わたくし)の弟(おとゝ)を新町河原で欺討(だましうち)にして甲府へ逃げたと云う事でございますが、何卒(どうぞ)委(くわ)しく尋ねて下さいまし、都合に寄っては又江戸へ帰るような事にもなろうと思いますから」
宗「それは怪(け)しからん、図らず此処(こゝ)で聞くというは妙なことじゃ、江戸の、うん/\職人体(てい)の下屋敷へ出入る者、宜しい……えゝ御免ください」
 と宗達和尚が向座敷の襖(ふすま)を開けて、大勢の中に入りました。見ると矢立を持って鼠無地の衣服に、綿の沢山入っております半纒を着て居り、月代(さかやき)が蓬々(ぼう/\)として看病疲れで顔色の悪い坊さんでございますから、一座の人々が驚きました。
○「はい、おいでなさい」
宗「あゝ江戸のお方は何方(どなた)で」
○「江戸の者は私(わっち)で、奥州仙台や常陸の竜ヶ崎や何か集ってるんで、へえ」
宗「只今向座敷で聞いておった処が、その江戸に久米野殿の屋敷へ出入りをなさる職人というはあなた方か」
○「えゝ私(わっち)でござえやす」
鐵「えおい、だから余計なことを言うなって云うんだ、詰らねえ事を喋るからお互(たげ)えに掛合(かゝりあい)になるよ」
宗「で、その久米野殿の御家来に渡邊織江と申す者があって人手にかゝり、其の子が親の敵(かたき)を尋ねに歩いた処、春部梅三郎と申す者に欺かれて、新町とかで殺されたと云う話、八州が何うとかしたとの事じゃが、それを委(くわ)しく話してください」
鐵「だから云わねえ事じゃアねえ、先方(むこう)は彼(あん)な姿で来たって八州の隠密だよ」
 と一人の連(つれ)の者に云われ、一人は真蒼(まっさお)になり、ぶる/\と顫(ふる)え出し、碌々口もきけません様子。
○「なに本当に知っている訳じゃアごぜえやせん、朦朧(ぼんやり)と知ってるんで、へえ一寸(ちょっと)人に聞いたんで」
宗「聞いたら聞いたゞけの事を告げなさい、新町河原で渡邊祖五郎を殺害(せつがい)した春部梅三郎という者は何(いず)れへ逃げた」
○「あ彼方(あっち)へ逃げて……それから秩父(ちゝぶ)へ出たんで」
宗「うん成程、秩父へ出て」
○「それからこ甲府へ逃げたんで」
宗「秩父越しをいたして甲府の方へ八州が追掛(おっか)けたのか」
鐵「おゝおゝ仕様がねえな、本当に手前(てめえ)は饒舌(おしゃべり)だな」
○「饒舌だって剣術の先生や何かも皆(みん)な喋ったじゃアねえか………何(なん)でごぜえやす……えゝ其の八州が追掛(おっか)けて何したんで、当りを付けたんで」
宗「何ういう処に当りが付きましたな」
○「そりゃア何でごぜえやす、鴻の巣の宿屋でごぜえやす」
宗「はゝー鴻の巣の宿屋……(紙の端へ書留め)それは何という宿屋じゃ」
○「私(わっち)ア知りやせん、其の宿屋へ女を連れて逃げたんで、其の宿屋が春部とかいう奴が勤めていた屋敷に奉公していて、私通(くっつ)いて連れて逃げた女の親里とかいう事で」
宗「うん…それから」
○「それっ切り知りやせん」
宗「知らん事は無かろう、知らんと云っても知らんでは通さん」
○「へえ……(泣声)御免なせえ、真平(まっぴら)御免下さい」
宗「あなた方は江戸は何処(どこ)だ」
○「真平御免…」
宗「御免も何もない、言わんければなりませんよ」
○「へえ外神田(そとかんだ)金沢町(かなざわちょう)で」
宗「うん外神田金沢町…名前は」
○「甚太(じんた)っ子」
宗「甚太っ子という名前がありますか、甚太郎(じんたろう)かえ」
○「慥(たし)か然(そ)うで」
宗「甚太郎……其方(そっち)にいるお方は」
鐵「私(わっち)は喋ったんでもねえんで」
宗「言わんでも宜(よ)い、名前が宿帳と違うとなりませんぞ、宜いかえ」
鐵「へえ、下谷(したや)茅町(かやちょう)二丁目で」
宗「お名前は」
鐵「ガラ鐵てえんで」
宗「ガラ鐵という名はない、鐵五郎(てつごろう)かえ」
鐵「へえ」
宗「宜しい」
鐵「御免なさい」
 と驚いて直(すぐ)に其の晩の内此処(こゝ)を逃出して、夜通し高崎まで逃げたという。其様(そん)なに逃げなくとも宜しいのに。此方(こっち)はお竹が病苦の中にて此の話を聞き、どうか直に此処を立ちたいと云う。
宗「何うして今から立たれるものか、碓氷を越さなければならん」
 と稍(ようや)くの事で止めました。翌朝(よくあさ)になると、お竹は尚更癪気(しゃくき)が起って、病気は益々重体だが当人が何分にも肯(き)きませんから、駕籠を傭(やと)い、碓氷を越して松井田(まついだ)から安中宿(あんなかじゅく)へ掛り、安中から新町河原まで来ますと、とっぷり日は暮れ、往来の人は途絶えた処で、駕籠から下りてがっかり致し、お竹はまたキヤ/\差込んで来ました。宗達は驚いて抱起したが、舁夫(かごや)は此処(こゝ)までの約束だというので不人情にも病人を見棄てゝ、其の儘ずん/\往ってしまいました。宗達は持合せた薬を服(の)ませ、水を汲んで来ようと致しましたが、他に仕方がないから、ろはつという禅宗坊主の持つ碗(わん)を出して、一杯流れの水を汲んで持って来ました。漸(ようや)くお竹に水を飲ませ、頻(しき)りと介抱を致しましたが、中々烈(はげ)しい事で、
竹「ウヽーン」
 と河原の中へ其の儘反(そり)かえりました。
宗「あゝ困ったものじゃ、何うか助けたいものじゃ」
 と又薬を飲まし、口移しに水を啣(ふく)ませ、お竹を□□[#底本2字伏字]めて我(わが)肌の温(あたゝ)かみで暖めて居ります内に、雪はぱったり止み、雲が切れて十四日(か)の月が段々と差昇ってまいる内に、雪明りと月光(つきあか)りとで熟々(つく/″\)お竹の顔を見ますと、出家でも木竹(きたけ)の身では無い、忽(たちま)ち起る煩悩に春情(しゅんじょう)が発動いたしました。御出家の方では先(ま)ず飲酒戒(おんしゅかい)と云って酒を戒め、邪淫戒と申して不義の淫事を戒めてあります。つまり守り難いのは此の戒(かい)でございます。此の念を断切(たちき)る事は何うも難(かた)い事です、修業中の行脚を致しましても、よく宿場女郎を買い、或(あるい)は宿屋の下婢(おんな)に戯れ、酒のためについ堕落して、折角積上げた修業も水の泡に致してしまう事があります、未(ま)だ壮(さか)んな宗達和尚、お竹の器量と云い、不断の心懸(こゝろがけ)といい、実に惚れ/″\するような女、其の上侍の娘ゆえ中々凛々(りゝ)しい気象なれども、また柔(やさ)しい処のあるは真に是が本当の女で、斯(か)かる娘は容易に無いと疾(とう)から惚込んで、看病をする内にも度々(たび/\)起る煩悩を断切り/\公案をしては此の念を払って居りましたが、今は迷(まよい)の道に踏入(ふみい)って、我ながら魔界へ落ちたと、ぐっとお竹を□□[#底本2字伏字]める途端に、温(あたゝか)みでふと気が附いたお竹が、眼を開(あ)いて見ますと、力に思う宗達和尚が、常にもない不行跡(ふぎょうせき)、髭(ひげ)だらけの頬(ほお)を我が顔へ当てゝ、肌を開いて□□[#底本2字伏字]めて居りますから、驚いて、
竹「アレー、何を遊ばします」
 と宗達和尚を突退(つきの)けて向うへ駆出しにかゝる袖を確(しっ)かり押えて、
宗「お竹さん御道理(ごもっとも)じゃ、どうも迷うた、もうとても出家は遂げられん、私(わし)はお前の看病をして枕元に附添い、次の間に寐(ね)ていても、此の程はお前の身体(からだ)が利かんによって、便所へ行(ゆ)くにも手を引いて連れて行き、足や腰を撫(なで)てあげると云うのも、実は私が迷いを起したからじゃ、とても此の煩悩が起きては私は出家が遂げられん、真に私はお前に惚れた、□□□□[#底本4字伏字]私の云う事を肯(き)いてくだされば、衣も棄て珠数(じゅず)を切り、生えかゝった月代(さかやき)を幸いに一つ竈(べッつい)とやらに前を剃(そり)こぼって、お前の供をして美作国(みまさかのくに)まで送って上げ、敵(かたき)を討つような話も聞いたが、何(ど)の様(よう)な事か理由(わけ)は知らんが、助太刀も仕ようし、又何の様な事でも御舎弟と倶(とも)に力を添える、誠に面目ない恥入った次第じゃが、何うぞ私の言う事を肯いてくだされ」
 と云われ、呆れてお竹は宗達の顔を見ますと、宗達の顔色は変り、眼の色も変り、少し狂気している容子(ようす)で、掴(つか)み付きにかゝるのを突退(つきの)けて、お竹は腹立紛れに懐へ手を入れて、母の形見の合口の柄(つか)を握って、寄らば突殺すと云うけんまくゆえ、此方(こちら)も顔の色が違いました。
竹「宗達さん、あなたは怪(け)しからぬお方で、御出家のお身上(みのうえ)で……御幼年の時分から御修業なすって、何年の間行脚をなすって、私(わし)は斯う云う修業をした、仏法は有難いものじゃ、斯ういうものじゃによって、お前も迷いを起してはならないと、宿に泊って居りましても臥床(ふせ)る迄は貴方の御教導、あゝ有難いお話で、大きに悟ることもありました、美作まで送って遣ろうとおっしゃっても、他の方なれば断る処なれど、御出家様ゆえ安心して願いました甲斐もなく、貴方が然(そ)う云うお心になってはなりません、何卒(どうぞ)迷いを晴らして……憤(おこ)りはしませんから、元々通り道連れの女と思召して、美作までお送り遊ばしてくださいまし、是迄の御真実は私(わたくし)が存じて居りますから」
宗「むゝう、是程に云ってもお聞済(きゝず)みはありませんか」
竹「どうして貴方大事を抱えている身の上で其様(そん)な事が出来ますものか」
宗「然(そ)うか……そうお前に強う云われたらもう是までじゃ、私(わし)もどうせ迷いを起し魔界に堕(お)ちたれば、飽(あく)までも邪(よこしま)に行(ゆ)く、私はこれで別れる、あなたは煩(わずろ)うている身体で鴻の巣まで行(ゆ)きなさい、それも宜(よ)いが、道の勝手を知って居(お)るまい、夜道にかゝって、女の一人旅は何(ど)の様(よう)な難儀があろうも知れぬ、さ、これで別れましょう」
竹「お別れ申しても仕方がございませんけれども、貴方の迷いの心を翻(ひるが)えしてさえくだされば、私に於(おい)てはお恨みとも何とも存じませんから」
宗「いや、お前は何ともあるまいが、此方(こちら)に有るのじゃ、私(わし)は還俗(げんぞく)してお前のためには力を添えて、何の様にも仕よう、長旅をして、お前を美作まで送って上げようとは、今迄した修業を水の泡にしてしまうのも皆(みん)なお前のためじゃ、何うぞ私の願(ねがい)を叶(かな)えてください、それとも肯(き)かんければ詮方(せんかた)がない、もう此の上は鬼になって、何の様な事をしても此の念を晴さずには置かん、仕儀によっては手込(てごめ)にもせずばならん」
 と飛付きに掛りますから、お竹は慌(あわ)てゝ跡へ飛退(とびさが)って、
竹「迷うたか御出家、寄ると只は置きませんぞ」
 と合口をすらりと引抜いて振上げ、けんまくを変えたから、
宗「おまえは私(わし)を斬る気になったのじゃな、最(も)う此の上は可愛さ余って憎さが百倍、さ斬っておくれ」
 と云いながら身を躱(かわ)して飛付きにかゝる。
竹「そんなれば最う是迄」
 と引払(ひっぱら)って突きにかゝる途端に、ころり足が辷(すべ)って雪の中へ転ぶと一杯の血(のり)で、
宗「おゝ何処(どこ)か怪我アせんか」
竹「私を斬ったな、法衣(ころも)を着るお身で貴方は恐しい殺生戒を破って、ハッ/\、お前さんは鬼になった処(どころ)じゃアない蛇(じゃ)になった、あゝ宗達という御出家は人殺しイ」
 と云うが、ピーンと川へ響けます。
宗「あゝ悪い事をした、お竹さんが此様(こん)な怪我をする事になったのも畢竟(ひっきょう)我が迷い、実に仏罰は恐ろしいものである」
 と思ったので宗達はカアーと取逆上(とりのぼ)せて、お竹が持っていた合口を捻取(ねじと)って、
「お前一人は殺しはせん、私(わし)も一緒に死んで、地獄の道案内をしましょう」
 と云いながら我(わが)腹へプツリ。
宗「ウヽーン/\」
竹「もし/\……宗達さま」
宗「あい/\……あい……はアー」
竹「あなたは大層魘(うな)されていらっしゃいました」
宗「あい/\、あゝ……おゝ、お竹さま」
竹「はい」
宗[#「宗」は底本では「竹」]「あなたはお達者で」
竹「あなた怖い夢でも御覧なすったか、大層魘されて、お額へ汗が大変に」
宗「はい/\……お前は何うしたえ」
竹「はい、私は大きに熱が退(と)れましたかして少し落着きました」
宗「左様か、ウヽン……煩悩経にある睡眠、あゝ夢中(むちゅう)の夢(ゆめ)じゃ、実に怖いものじゃの、あゝ悪い夢を視(み)ました、悪い夢を視ました」
 と心の中(うち)に公案を二十ばかり重ねて云いながら、手拭を出して額と胸の辺(あたり)の汗を拭いて、ホッと息を吐(つ)き、
宗「あゝ迷いというものは甚(ひど)いものじゃ」

        四十

 さて又粂野の屋敷では丁度八月の六日の事でございます。此の程は大殿様が余程御重症でございます。お医者も手に手を尽して種々(いろ/\)の妙薬を用いるが、どうも効能(きゝめ)が薄いことで、大殿様はお加減の悪い中にまた御舎弟紋之丞様は、只今で云えば疳労(かんろう)とか肺労とかいうような症で、漸々(だん/\)お痩せになりまして、勇気のお方がお咳(せき)が出るようになり、お手当は十分でございますが、どうも思うように薬の効能が無い、唯今で申せば空気の異(かわ)った所へと申すのだが、其の頃では方位が悪いとか申す事で、小梅の中屋敷へいらっしゃるかと思うと、又お下屋敷へ入らっしゃいまして、谷中のお下屋敷で御養生中でありますと、若殿の御病気は変であるという噂が立って来ましたので、忠義の御家来などは心配して居られます。五百石取りの御家来秋月喜一郎というは、彼(か)の春部梅三郎の伯父に当る人で、御内室はお浪(なみ)と云って今年三十一で、色の浅黒い大柄でございますが、極(ごく)柔和なお方でございます。或日良人(おっと)に対(むか)い、
浪「いつもの婆(ばゞあ)がまいりました、あの大きな籠(かご)を脊負(しょ)ってお芋だの大根だの、菜(な)や何かを売りに来る婆でございます」
秋「あ、田端辺(たばたへん)からまいる老婆か、久しく来んで居ったが、何(なん)ぞ買ってやったら宜かろう」
浪「貴方がお誂(あつら)えだと申して塵(ごみ)だらけの瓢(ふくべ)を持ってまいりましたが、彼(あれ)はお花活(はないけ)に遊ばしましても余り好(よ)い姿ではございません」
秋「然(そ)うか、それはどうも……私(わし)が去年頼んで置いたのが出来たのだろう、それでも能く丹誠して……早速(さっそく)此処(こゝ)へ呼ぶが宜(よ)い、庭へ通した方が宜かろう」
浪「はい」
 と是から下男が案内して庭口へ廻しますと、飛石(とびいし)を伝ってひょこ/\と婆(ばあ)さまが籠を脊負って入って来ました。縁先の敷物の上に座蒲団を敷き、前の処へ烟草盆が出ている、秋月殿は黒手の細かい縞の黄八丈の単衣(ひとえ)に本献上の帯を締めて、下襦袢(したじゅばん)を着て居られました。誠にお堅い人でございます。目下の者にまで丁寧に、
秋「さア/\婆(ばゞあ)こゝへ来い/\」
婆「はい、誠に御無沙汰をしましてま今日(こんにち)はお庭へ通れとおっしゃって、此様(こん)なはア結構なお庭を見ることは容易にア出来ねえ事だから、ま遠慮申さねえばなんねえが、御遠慮申さずに見て、※(「女+息」、第4水準2-5-70)(よめ)っ子や忰に話して聞かせべいと思って参(めえ)りました、皆様お変りもごぜえませんで」
秋「婆(ばゞ)ア丈夫だの、幾歳(いくつ)になるの」
婆「はい、六十八になりますよ」
秋「六十八、左様か、アハヽヽヽいやどうも達者だな田端だっけな」
婆「はい、田端でごぜえます」
秋「名は何という」
婆「はい、お繩(なわ)と申します」
秋「妙な名だな、お繩…フヽヽ余り聞かん名だの」
婆「はいあの私(わし)の村の鎮守様は八幡様(はちまんさま)でごぜえます、其の別当は真言宗で東覚寺(とうかくじ)と申します、其の脇に不動様のお堂がごぜえまして私(わたくし)の両親(ふたおや)が子が無(ね)えって其の不動様へ心願(しんがん)を掛けました処が、不動様が出てござらっしゃって、左の手で母親(おふくろ)の腹ア緊縛(しっちば)って、せつないと思って眼え覚めた、申子(もうしご)でゞもありますかえ、それから母親がおっ妊(ぱら)んで、だん/″\腹が大(でか)くなって、当る十月(とつき)に私(わし)が生れたてえ話でごぜえます、縄で腹ア縛られたからお繩と命(つ)けたら宜(よ)かんべえと云って附けたでごぜえますが、是でも生れた時にゃア此様(こん)な婆アじゃアごぜえません」
秋「アハヽヽ田舎の者は正直だな、手前は久しく来なかったのう」
婆「はい、ま、ね、秋は一番忙がしゅうごぜえまして、それになに私(わし)などは田地を沢山持って居ねえもんだから、他人(ひと)の田地を手伝をして、小畠(こばた)で取上(とりや)げたものを些(ちっ)とべえ売りに参(めえ)ります、白山の駒込の市場へ参(めえ)って、彼処(あすこ)で自分の物を広げるだけの場所を借りれば商いが出来ます」
秋「成程左様か、娘が有るかえ」
婆「いえ嫁っ子でごぜえます、是が心懸の宜(え)いもので、忰と二人で能く稼ぎます、私(わし)は宅(うち)にばかり居ちゃア小遣取(こづけえど)りが出来ましねえから、斯うやって小遣取りに出かけます」
秋「そうか、茶ア遣れ、さ菓子をやろう」
婆「有難う…おや/\まア是(こ)れだけおくんなさいますか、まア此様(こんな)に沢山(えら)結構なお菓子を」
秋「宜(い)いよ、また来たら遣ろう」
婆「はい、此の前(めえ)参(めえ)りました時、巨(でけ)え御紋の附いたお菓子を戴きましたっけ、在所に居ちゃア迚(とて)も見ることも出来ねえ、お屋敷様から戴(いたゞ)えた、有りがたい事だって村中の子供のある処へ些(ちっ)とずつ遣りましたよ、毎度はや誠に有難い事でござえます」
秋「どうだ、暑中の田の草取りは中々辛いだろうのう」
婆「はい、熱いと思っちゃア兎ても出来ませんが、草が生えると稲が痩せますから、何うしても除(と)ってやらねえばなりませんが、此間(こねえだ)儲(もう)けもんでござえまして、蝦夷虫(えどむし)一疋(いっぴき)取れば銭い六百ずつくれると云うから、大概の前栽物(せんざいもの)を脊負(しょ)い出すより其の方が楽だから、おまえさま捕(とッ)つかめえて、毒なア虫でごぜえますから、籠(かご)へ入れて蓋(ふた)をしては持って参(めえ)ります」
秋「ムヽウ、それは何ういう虫だえ」
婆「あの斑猫(はんみょう)てえ虫で」
秋「ムヽウ斑猫……何か一疋で六百文ずつ……どんな処にいるものだえ」
婆「はい、豆の葉に集(たか)って居ります、在所じゃア蝦夷虫(えどむし)と云って忌(いや)がりますよ」
秋「何(なん)にいたすのだ」
婆「何だかお医者が随(つ)いて来まして膏薬(こうやく)に練(ね)ると、これが大(でけ)え薬になる、毒と云うものも、使いようで薬に成るだてえました」
秋「ムヽウ、何(ど)の位捕(つか)まった」
婆「左様でごぜえます、沢山(たくさん)でなければ利かねえって、何(なん)にするんだか沢山(たんと)入(い)るって、えら捕(つか)めえましたっけ」
秋「そりゃア妙だ、医者は何処(どこ)の者だ」
婆「何処の者だか知んねえで、一人男を連れて来て、其の虫を捕(つか)まって置きさえすれば六百ずつ置いては持って往(い)きます、其の人は今日お前様白山へ参(めえ)りますと、白山様の門の坂の途中の処(とこ)にある、小金屋という飴屋にいたゞよ、私(わし)は懇意(ちかづき)だからお前様の家(うち)は此処(こゝ)かえと何気なしに聞くと、其の男が言っては悪いというように眼附をしましたっけ」
秋「はて、それから何う致した」
婆「私(わし)も小声で、今日は虫が沢山(たくさん)は捕(と)れましねえと云うと、明日(あした)己が行くから今日は何も云うなって銭い袂(たもと)へ入れたから、幾許(いくら)だと思って見ると一貫呉れたから、あゝ是は内儀(かみ)さんや奉公人に内証(ないしょう)で毒虫を捕るのだと勘づきましたよ」
秋「ムヽウ白山前の小金屋という飴屋か」
婆「はい」
秋「あれは御当家の出入(でいり)である……茶の好(よ)いのを入れてください、婆ア飯を馳走をしようかな」
婆「はい、有難う存じます」
秋「婆ア些(ちっ)と頼みたい事があるが、明日(あした)手前の家(うち)へ私(わし)が行(ゆ)くがな、其の飴屋という者を内々(ない/\)で私に会わしてくれんか」
婆「はい、殿様は彼(あ)の飴屋の御亭主を御存じで」
秋「いや/\知らんが、少し思うことがある、それゆえ貴様の家(うち)へ往(い)くんだが、貴様の家は二間(ふたま)あるか、失礼な事を云うようだが、広いかえ」
婆「店の処(とこ)は土間になって居りまして、折曲(おりまが)って内へ入るんでがすが、土間へは、薪(まき)を置いたり炭俵を積んどくですが、二間ぐれえはごぜえます、庭も些(ちっ)とばかりあって、奥が六畳になって、縁側附で爐(ろ)も切ってあって、都合が宜うごぜえます、其の奥の方も畳を敷けば八畳もありましょうか、直(すぐ)に折曲って台所になって居ります」
秋「そんなら六畳の方でも八畳の方でも宜(よ)いが、その処(ところ)に隠れていて、飴屋の亭主が来た時に私(わし)に知らしてくれ、それまで私を奥の方へ隠して置くような工夫をしてくれゝば辱(かたじ)けないが、隠れる処があるかえ」
婆「はい、狭(せも)うござえますし、それに殿様が入らっしたって、汚くって坐る処もないが、上(うえ)の藤右衞門(とうえもん)の処(とこ)に屏風(びょうぶ)が有りますから、それを立廻(たてまわ)してあげましょう」
秋「それは至極宜かろう、何でも宜しい、私(わし)が弁当を持って行(ゆ)くから別に厄介にはならん」
婆「旨(うめ)えものは有りませんが、在郷(ざいご)のことですから焚立(たきたて)の御飯ぐらいは出来ます、畑物の茄子(なす)ぐらい煮て上げましょうよ」
秋「然(そ)うしてくれゝば千万辱(かたじ)けないが、事に寄ると私(わし)一人(ひとり)で往(ゆ)くがな、飴屋の亭主に知れちゃアならんのだが、何時(なんどき)ぐらいに飴屋の亭主は来るな」
婆「左様さ、大概お昼を喫(あが)ってから出て参りますが、彼(あれ)でも未刻過(やつすぎ)ぐらいにはまいりましょうか、それとも早く来ますかも知れませんよ」
秋「そんなら私(わし)は正午前(ひるまえ)に弁当を持ってまいる、村方の者にも云っちゃアならん」
婆「ハア、それは何ういう理由(わけ)で」
秋「此の方(ほう)に少し訳があるんだ、注文をして置いた瓢覃(ひょうたん)を持って来たとな」
婆「誠に妙な形(なり)でお役に立つか知りませんが」
 と差出すを見て、
秋「斯ういう形(かたち)じゃア不都合じゃが」
婆「其の代り無代(たゞ)で宜うがんす、口を打欠(ぶっけ)えて種子(たね)え投込んで、担(のき)へ釣下げて置きましたから、銭も何も要(い)らねえもんでごぜえますが、思召(おぼしめし)が有るなら十六文でも廿四文でも戴きたいもんで」
秋「是はほんの心ばかりだが、百疋(ぴき)遣る」
婆「いや何う致しまして、殿様此様(こん)なに戴いては済みません」
秋「いや、取(とっ)とけ/\、お飯(まんま)を喫(た)べさせてやろう」
 と是からお飯(まんま)を喫べさせて帰しました。さて秋月喜一郎は翌日野掛(のがけ)の姿(なり)になり、弁当を持たせ、家来を一人召連れて婆(ばゞア)の宅を尋ねてまいりました。彼(か)の田端村から西の方へ深く切れてまいると、丁度東覚寺の裏手に当ります処で。
秋「此処(こゝ)かの、……婆(ばゞア)は在宅(うち)か、此処かの、婆はいないか」
婆「ホーイ、おやおいでなせえましよ、さ此処(こゝ)でござえますよ、ままどうも…今朝(けさ)っから忰も悦んで、殿様がおいでがあると云うので、待(まち)に待って居りました処でござえます、何卒(どうぞ)直(すぐ)にお上(あが)んなすって……お供さん御苦労さまでごぜえました」
秋「其の様に大きな声をして構ってくれては困る、世間へ知れんように」
婆「心配ごぜえませんからお構えなく」
秋「左ようか……其の包を其の儘此方(こっち)へ出してくれ」
婆「はい」
秋「これ婆ア、是は詰らんものだが、ほんの土産(みやげ)だ、是(こ)れは御新造(ごしんぞ)が婆アが寒い時分に江戸へ出て来る時に着る半纏(はんてん)にでもしたら宜かろう、綿は其方(そっち)にあろうと云って、有合せの裏をつけてよこしました」
婆「あれアまア……魂消(たまげ)ますなア、此様(こん)なに戴きましては済みませんでごぜえます、これやい此処(こゝ)へ来(こ)う忰や」
忰「へえ御免なせえまし……毎度(めえど)ハヤ婆(ばゞ)が出まして御贔屓になりまして、帰(けえ)って来ましちゃア悦んで、何とハア有難(ありがた)え事で、己(おれ)ような身の上でお屋敷へ出て、立派なアお方さまの側で以てからにお飯(まんま)ア戴いたり、直接(じか)にお言葉を掛けて下さるてえのは冥加(みょうが)至極だと云って、毎度(めいど)帰(けえ)りますとお屋敷の噂ばかり致して居ります、へえ誠に有難い事で」
秋「いや/\婆(ばゞア)に碌に手当もせんが、今日は少し迷惑だろうが、少しの間座敷を貸してくれ、弁当は持参してまいったから、決して心配をしてくれるな、兎や角構ってくれては却(かえ)って困る、これは貴様の妻か」
嘉「へえ、私(わし)の嚊(かゝあ)でごぜえます、ぞんぜえもので」
妻「お入来(いで)なせえまし、毎度お母(っか)が参(めえ)りましては種々(いろ/\)御厄介になります、何うかお支度を」
秋「いやもう構ってくれるな、早く屏風を立廻してくれ」
婆「畏(かしこま)りました、破けて居りますが、彼(あれ)でも借りてめえりましょう、其処(そこ)な家(うち)では自慢でごぜえます、村へ入(へい)る画工(えかき)が描(か)いたんで、立派というわけには参(めえ)りません、お屋敷様のようじゃアないが、丹誠して描いたんだてえます」
秋「成程是は妙な画(え)だ、福禄寿(ふくろくじゅ)にしては形が変だな、成程大分(だいぶん)宜(い)い画だ」
婆「宅(うち)で拵(こしら)えた新茶でがんす、嘉八(かはち)や能くお礼を申上げろ」
嘉「誠に有難うごぜえます、貴方(あんた)飴屋が参(めえ)りますと、何かお尋ねなせえますで」
秋「其様(そん)なことを云っちゃアいけない」
嘉「実はその去年から頼まれて居りますが、婆(ばア)さまの云うにア、それは宜(え)えが訝(おか)しいじゃアなえか、何ういう理由(わけ)か知んねえ、毒な虫を捕(と)って六百文貰って宜(え)えかえ、なに構ア事はなえが、黒い羽織を着て、立派なア人が来るです」
秋「まゝ其様(そん)なことを云っちゃアいけない」
嘉「へえ/\、なに此処(こゝ)は別に通る人もごぜえませんけれども、梅の時分には店へ腰をかけて、草臥足(くたびれあし)を休める人もありますから、些(ちっ)とべえ駄菓子を置いて、草履(ぞうり)草鞋(わらじ)を吊下(つるさ)げて、商いをほんの片手間に致しますので、子供も滅多に遊びにも参(めえ)りません、手習(てならい)をしまって寺から帰って来ると、一文菓子をくれせえと云って参(めえ)りますが、それまでは誰(たれ)も参(めえ)りませんから、安心して何でもおっしゃいまし、お帰りに重とうござえましょうが、芋茎(ずいき)が大(でか)く成りましたから五六把(ぱ)引(ひっ)こ抜いてお土産にお持ちなすって」
供「旦那さま、芋茎のお土産は御免を蒙(こうむ)りとうございます……御亭主旦那様は芋茎がお嫌いだからお土産は成るたけ軽いものが宜(い)い」
嘉「軽いものと仰しゃっても今上げるものはごぜえません、南瓜(とうなす)がちっと残って居ますし、柿は未だ少し渋が切れないようですが、柿を」
供「柿の樹(き)はお屋敷にもあります」
秋「今日(こんにち)は来ないかの」
嘉「いえ急度(きっと)参(めえ)るに相違ごぜえません」
 と云っている内に、只今の午後三時とおもう頃に遣(や)ってまいりましたのは、飴屋の源兵衞でございます。
源「あい御免よ」
婆「はい、お出でなせえまし、さ、お上(あが)んなせえまし」
源「あゝ何うも草臥(くたび)れた、此処(こゝ)まで来るとがっかりする、あい誠に御亭主此間(こないだ)は」
嘉「へえ、是はいらっしゃいまし、久しくお出(いで)がごぜえませんでしたな、漸々(だん/″\)秋も末になって参(めえ)りまして、毒虫も思うように捕(と)れねえで」
源「これ/\大きな声をするな、是(こ)れは毒の気(き)を取って膏薬を拵(こしら)えるんだ、私(わし)は前に薬種屋(きぐすりや)だと云ったが、昨日(きのう)婆(ばア)さんに会った、隠し事は出来ねえもんだ、これは口止めだよ、少しばかりだが」
嘉[#「嘉」は底本では「源」]「どうもこれは…」
源「其の代り他人(ひと)に云うといけないよ」
嘉「いえ申しませんでごぜえます」
源「私(わし)も十露盤(そろばん)を取って商いをする身だから、沢山(たんと)の礼も出来ないが、五両上げる」
嘉「えゝ、五両……魂消(たまげ)ますな、五両なんて戴く訳もなし、一疋捕(つか)まえて六百文ずつになれば立派な立前(たちめえ)はあるのに、此様(こん)なに、大(でか)く戴きますのは止しましょうよ」
源「いや/\其様(そん)なことを云わないで取ってお置き、事に寄ると為(た)めになる事もあるから、決して他人(ひと)に云っちゃア成りませんよ、私(わし)が頼んだという事を」
婆「それは忰も嫁も心配(しんぺえ)打(ぶ)っていますが、他の者じゃアなし、毒な虫をお前様に六百ずつで売って、何ういう事で間違えでも出来やアしねえかと心配(しんぺい)してえます」
源「其様(そん)な事は有りゃアしないよ、此の虫を沢山(たんと)捕(つかま)えて医者様が壜(びん)の中へ入れて製法すると、烈(はげ)しい病も癒(なお)るというは、薬の毒と病の毒と衝突(かちあ)うから癒るというので、ま其様なに心配しないでも宜い」
婆「お金は戴きませんよ、なア忰」
嘉「えゝ、これは戴けません、此間(こねえだ)から一疋で六百ずつの立前(たちめえ)になるんでせえ途方も無(ね)え事だと思ってるくれえで、これが玉虫とか皀角虫(さいかちむし)とかを捕(と)るのなれば大変だが、豆の葉に集(たか)ってゝ誰にでも捕れるものを大金(てえきん)を出して下さるだもの、其様(そん)なに戴いちゃア済みません」
源「これ/\其様(そん)な大きな声を出しちゃアいけない」
嘉「これは何うしても戴けません」
源「そこに種々(いろ/\)理由(わけ)があるんだ、其様(そん)なことを云っては困る、これは取って置いてくれ」
嘉「へえ立前(たちめえ)は戴きます、ま此方(こっち)へお上(あが)んなすって、なに其処(そこ)を締めろぴったり締めて置け、砂が入(へい)っていかねえから……えゝゝ風が入(へい)りますから、ま此方(こっち)へ……何もごぜえませんがお飯(まんま)でも喰(た)べてっておくんなせえまし」
源「お飯は喫(た)べたくないが、礼を受けてくれんと誠に困るがな、受けませんか」
嘉「へえ」
 と何う有っても受けない、百姓は堅いから何うしても受けません。源兵衞も困って、
源「そんなら茶代に」
 と云って二分(にぶ)出しますと、
嘉「お構い申しもしませんのに……お茶代と云うだけに戴きましょう、誠にどうも、へえ」
源「今日は帰ります、婆(ばア)さん又彼方(あっち)へ来たらお寄り、だが、私が此処(こゝ)へ来たことは家内へ知れると悪いから、店へは寄らん方が宜(い)い、店には奉公人もいるから」
婆「いえ、お寄り申しませんよ、はい左様なら、気を附けてお帰んなせえましよ」
源「あい」
 是から麻裏草履を穿(は)いて小金屋源兵衞が出にかゝる屏風の中で。
秋月「源兵衞源兵衞」
 と呼ばれ、源兵衞は不審な顔をして振反(ふりかえ)り、
源「誰だ……何方(どなた)でげす、私をお呼びなさるのは何方ですな」
秋「私(わし)じゃ、一寸(ちょっと)上(あが)れ、ま此方(こっち)へ入っても宜(よ)い、思い掛ない処で会ったな」
源「何方(どなた)でげす」
 と屏風を開けて入り、其の人を見ると、秋月喜一郎という重役ゆえ、源兵衞は肝(きも)を潰(つぶ)し、胸にぎっくりと応(こた)えたが、素知(そし)らぬ体(てい)にて。
源「誠に思い掛ない処で、御機嫌宜しゅう」
秋「少し手前に尋ねたい事があって、急ぐか知らんが、同道しても宜しい、暫(しばら)く待ってくれ、少し問う事がある、源兵衞其の方は何ういう縁か、飴屋風情でお屋敷の出入町人となっている故、殿様の有難い辱(かたじけ)ないという事を思うなら、又此の方(ほう)が貴様を引廻しても遣(つか)わすが、真(しん)以て上(かみ)を有難いと心得てお出入をするか、それから先へ聞いて、後(あと)は緩(ゆっ)くり話そう」
源「へえ誠にどうも細い商いでございますが、御用向を仰付けられて誠に有難いことだ、冥加至極と存じまして、へえ結構な菓子屋や其の他(た)のお出入もある中にて、飴屋風情がお出入とは実に冥加至極と存じて居ります、殿様が有難くないなどゝ誰が其様(そん)なことを申しました」
秋「いや然(そ)うじゃアない、真に有難いと心得て居(お)るだろう」
源「それは仰しゃるまでもございません、此の後(のち)ともお引廻しを願いとう存じます」
秋「それでは源兵衞、手前が何(ど)の様(よう)に隠しても隠されん処の此方(こちら)に確かな証拠がある、隠さずに云え、じゃが手前は何ういう訳で斑猫(はんみょう)という毒虫を婆(ばゝ)に頼んで一疋六百ずつで買うか、それを聞こう」
 と源兵衞の顔を見詰めている中(うち)に、顔色(がんしょく)が変ってまいると、秋月喜一郎は態(わざ)とにや/\笑いかけました。

        四十一

 さて秋月喜一郎は、飴屋源兵衞を柔らかに欺(だま)して白状させようという了簡、其の頃お武家が暴(あら)い事をいたすと、町人は却(かえ)って驚いて、云うことも前後致したり、言いたいことも言い兼(かね)て、それがために物の分らんような事が、毎度町奉行所でもあった事でございます。源兵衞は何うして知れたかと思って、顔色(かおいろ)を変え、突いていた手がぶる/″\震える様子ゆえ、喜一郎は笑(えみ)を含みまして、物柔らかに、
秋「いや源兵衞何か心配をして、これを言ってはならんとか、彼(あれ)を言っては他(ほか)役人の身の上にも拘(かゝ)わるだろうと深く思い過(すぐ)して、隠し立てを致すと却って為にならんぞ、定めし上役(うわやく)の者が其の方に折入(おりい)って頼んだ事も有るであろうが、其の者の身分柄にも障(さわ)るような事があってはならんから、これは秋月に言っては悪かろうと、斯う手前が考えて物を隠すと、却って悪い、と云うのは元来(もと/\)お屋敷へ出入(でいり)を致すのには、殿様を大事と心得なければならん、そりゃアまた出入町人にはそれ/″\係りの者もあるから、係り役人を粗末にしろと云うのではないが、素(もと)より手前は上(かみ)の召上り物の御用を達(た)す身の上ではないか、なア」
源「へえ誠にどうも其の、えゝ…何うも私(わたくし)がその、事柄を弁(わきま)えませんものでございまして、唯飴屋風情の者がお屋敷へお出入を致しまして、お身柄のあります貴方様を始め、皆様に直々(じき/\)斯う遣(や)ってお目通りをいたし、誠に有難い事と心得まして、只私はえゝ何うも其の有難くばかり存じますので、へえ自然に申上げます事もその前後(あとさき)に相成ります」
秋「なに有難く心得て、言う事が前後(ぜんご)になるというのは可笑(おか)しい一体何ういう訳で手前は当家の婆(ばゞあ)に斑猫(はんみょう)を捕(と)ってくれろと頼んだか、それを云えというんだ」
源「それはその私(わたくし)が懇意にいたします近辺に医者がございまして、その医者がどうも其の薬を……薬は一体毒なもので、※(「やまいだれ+難」、第3水準1-88-63)(よう)疔(ちょう)根太(ねぶと)腫物(はれもの)のようなものに貼(つ)けます、膏薬吸出しのようなものは、斑猫のような毒が入りませんければ、早く吹切(ふっき)りません、それゆえ欲(ほし)いと申されました事でございまして」
秋「其の人は何処(どこ)の者か」
源「へえ実はその……私(わたくし)が平常(ふだん)心易(こゝろやす)くいたしますから、どうかお前頼んでくれまいかと云われて、私が其の医者を同道いたしてまいりまして、当家の婆(ばゞあ)に頼みましたのでございます」
秋「ムヽウ、其の医者は何処の者だえ、いやさ近辺にいるというが、よもやお抱(かゝ)えの医者ではあるまい、町医か外療(げりょう)でもいたすものかえ」
源「へえ、その……大概その外療をいたしましたり、ま其の風(かぜ)っ引(ぴ)きぐらいを治すような工合(ぐあい)で」
秋「何と申す医者だえ」
源「へい、その誠にその、雑(ざっ)といたした医者で」
秋「雑と致した、そんな医者はありません、名前は何というのだえ」
源「名前はその、えゝ……実はその何でございます、山路と申します」
秋「山路……山路宗庵と云うか」
源「へえ、好(よ)く御存じさまで」
秋「是は殿様のお部屋お秋の方(かた)の父で、お屋敷へまいる事もあるで、存じて居(お)る、其の者に頼まれて、貴様が此処(こゝ)の婆に斑猫を捕(と)れと頼んだのか、薬に用いるなれば至極道理(もっとも)の事だ……当家の主人は居(お)るの、一寸(ちょっと)こゝへ出てくれ」
嘉「はい」
秋「婆も一寸こゝへ」
婆「はい」
 と両人とも秋月喜一郎の前へまいりました。
秋「お前方は何かえ、此の飴屋の源兵衞は前から懇意にいたして居(お)るものかえ、毎度此の飴屋方へも行(ゆ)き、源兵衞も度々(たび/\)此方(こちら)へ参るような事があるかえ」
嘉「いえなに私(わし)が処へお出でなすった事も何もない、私は御懇意にも何(なん)にもしませんが、婆が商いに出ました先でお目にかゝったのが初(はじま)り、それから頼まれましたんで、のうお母(っかあ)」
婆「はい、なに心易くも何とも無(ね)えので、お得意廻りに歩き、商いをしべえと思って籠を脊負(しょ)って出て、お前さま、谷中へかゝろうとする途(みち)で会ったゞね、それから斯ういう理由(わけ)だが婆、何うだかと云うから、ま詰らん小商(こあきな)いをするよりもこれ、一疋虫を捕(つか)めえて六百ずつになれば、子供でも出来る事だから宜かろうと頼まれましたんで」
秋「左様か、源兵衞当家の嘉八という男も婆も手前は懇意じゃア無いと云うじゃアないか」
源「へえ、別に懇意という……なにもこれ親類というわけでも何でもないので」
秋[#「秋」は底本では「源」]「親類かと問やアせん、手前が当家の婆とは別懇だから、山路が手前に斑猫を捕(と)る事を頼んだと只今申したが、然(しか)らば手前は当家の婆は別懇でも何でもなく、通りかゝりに頼んだか山路も何か入用(いりよう)があって毒虫を捕る事を手前に頼んだ事であろうと考えるが、これは誰(たれ)か屋敷の者の中(うち)で頼んだ者でもありはせんか」
源「へえ左様でございますかな」
秋「左様でございますかな、と申して此の方(ほう)が手前に聞くんだ」
源「へえ……どうか真平(まっぴら)御免遊ばして下さいまし、重々心得違で」
秋[#「秋」は底本では「喜」]「只心得違いでは分らん、白状をせんか、此の程御舎弟様が御病気について、大分(だいぶ)夜分お咳(せき)が出るから、水飴を上げたら宜かろうというのでお上屋敷からお勧めに相成って居(お)る、その水飴を上げる処の出入町人は手前じゃから、手前の処で製造して水飴が上(あが)る、其の水飴を召上って若(も)し御病気でも重(おも)るような事があれば、手前が水飴の中へ毒を入れた訳ではあるまいけれども、手前が製した水飴を召上ったゝめに病気が重り、手前が頼んで斑猫を捕(と)らしたという事実がある上は、左様な訳ではなくても、手前が水飴の中へ毒虫でも製し込んで上(かみ)へ上げはせんかと、手前に疑ぐりがかゝる、是は当然の事じゃアないか、なア、決して手前を咎(とが)にはせん、白状さえすれば素々(もと/\)通り出入もさせてやる、此の秋月が刀にかけても手前を罪に落さんで、相変らず出入をさせた上に、お家の大事なれば多分に手当をいたして遣(や)るように、此の秋月が重役等(ら)と申合せて計らって遣(つか)わす、何も怖い事はないから有体(ありてい)に言ってくれ、殿様のお為じゃ、殿様が有難いと心得たら是を隠してはなりませんよ、のう源兵衞」
源「へえ、私(わたくし)が愚昧(ぐまい)でございまして、それゆえ申上げますことも前後(あとさき)に相成ります事でございまして、何かとお疑ぐりを受けますことに相成りましたが、なか/\何う致しまして、水飴の中へ毒などは入れられません、透(す)いて見えます極製(ごくせい)でございますから、へえ、なか/\何う致しまして、其様(そん)なことは……御免遊ばして下さいまし」
 と泣声を出し涙を拭(ぬぐ)う。
秋「何故(なぜ)泣く」
源「私(わたくし)は涙っぽろうございます」
秋「涙っぽろいと云っても何も泣くことはない、別段仔細は無いから……左様な事は致すまいなれども、また御舎弟様付とお上屋敷の者と心を合せて、段々手前も存じて居ろうが、どうも御舎弟さまを邪魔にする者があると云うのは、御癇癖(ごかんぺき)が強く、聊(いさゝ)かな事にも暴々(あら/\)しくお高声(こうせい)を遊ばして、手打にするなどという烈(はげ)しい御気性、乃(そこ)でどうも御舎弟様には附(つき)が悪いので上屋敷へ諂(へつら)う者も多いが、今大殿様もお加減の悪い処であるから、誠に心配で、万一(もしも)の事でもありはせんか、有った時には御順家督(ごじゅんかとく)で、何うしても御舎弟紋之丞様を直さねばならん、ところがその、此処(こゝ)に婆(ばゞあ)が居っては……他聞を憚(はゞか)ることじゃ……婆が聞いても委(くわ)しいことは分るまいが……、婆嘉八とも暫時(ざんじ)彼方(あっち)へ退(の)いてくれ」
婆「はい」
 と立ってゆく。後(あと)見送りて、
秋「手前も存じて居(お)る通り、只今其の方が申した医者の娘、お秋の方(かた)が儲(もう)けられた菊さまという若様がある、其の方(かた)を御家督に立てたいという慾心から、菊様の重役やお附のものが皆心を合せて御舎弟様を亡(な)き者にせんと……企(たく)むのでは有りはすまいが、重役の者一統心配して居(お)る、御舎弟様は大切のお身の上、万一(まんいち)間違でもあっては公儀へ対しても相済まんことだが、そりゃア手前も心得て居(お)るだろう、只山路が頼んだというと、山路はお秋の方の実父だから、左様なこともありはせんかと私(わし)は疑ぐる、併(しか)し然(そ)うで有るか無いか知れんものに疑念を掛けては済まんけれども、大切のことゆえ有体(ありてい)に云ってくれ、其の方(ほう)御舎弟様を大切に思うなれば云ってくれ、秋月が此の通り手を突いて頼む……な……決して手前の咎めにはせんよ、出入も元々どおりにさせ、また事に寄ったら三人扶持(さんにんふち)か五人扶持ぐらいは、若殿様の御世(およ)になれば私から直々(じき/\)に申上げて、其の方一代ぐらいのお扶持は頂戴さしてやる」
 と和(やわ)らかに言わるゝ程気味が悪うございますから、源兵衞は恐(おそ)る/\首(こうべ)を上げ、
源「へえ、有難う、恐入りますことで、貴方さまのような御重役が、私(わたくし)ごとき町人風情に手を突いてお頼みでございましては、誠に恐入ります、私も実はその、えゝ……始めは驚きましてございますが……実はその、へえ、お立派なお方さまのお頼みでございまして、斑猫てえ虫を捕(と)って水飴の中へ入れてくれろというお頼みでございます、初めは山路というお医者が、何とかいう、えゝ、※(「譽」の「言」に代えて「石」、第3水準1-89-15)石(よせき)とかいう薬を入れて練ったらと云うので練って見ましたが、これは水飴の中へ入れても好(よ)く分りますので、毒虫を煮てらんびきにいたして、その毒気(どくき)を水飴の中へ入れたら、柔(やわら)かになって宜かろうというお頼みで、迂濶(うっか)りお目通りをして其の事を伺い、これは意外な事と存じまして、お断りを申上げましたら、其の事が不承知と申すなら、一大事を明(あか)したによって手打に致すとおっしゃって、刀の柄(つか)へ手を掛けられたので、恟(びっく)り致しまして、否(いや)と云えば殺され、応(うん)と云えば是迄通り出入(でいり)をさせ、其の上多分のお手当を下さるとの事、お金が欲(ほし)くはございませんでしたが、全く殺されますのが辛いので、はいと止(や)むを得ずお受けをいたしました、真平(まっぴら)御免下さいまし」
秋「うむ、宜く言ってくれた、私(わし)も然(そ)うだろうと大概推察致して居った、宜く言ってくれた」
源「えゝ私(わたくし)が此の事を申上げましたことが知れますと、私は斬られます」
秋「いや/\手前が殺されるような事はせん、決して心配するな、あゝ誠に感心、宜く言ってくれた、これ当家の主人」
嘉「はい」
秋「今私(わし)が源兵衞に云った事が逐一(ちくいち)分ったかえ、分ったら話して見るが宜(よ)い」
嘉[#「嘉」は底本では「梅」]「なにか仰しゃったようでごぜえますが、むずかしくって少しも分りませんが、若(わけ)え殿様に水飴を甜(な)めさせて、それから殿様にも甜めさせて、それを何ですかえ両方へ甜めさせるような事にして御扶持(ごふち)をくれるんだって」
秋「あはゝゝ分らんか、宜しい、至極宜しい、分らんければ」
嘉「それで何ですかえ、飴屋さんが御扶持を両方から貰って」
秋「宜しい/\、分らん処が妙だ、どうぞな私(わし)が貴様の家(うち)へ来て、飴屋と話をした事だけは極(ごく)内々(ない/\)でいてくれ、宜(よ)いか、屋敷の者に……婆(ばゞあ)が又籠(かご)を脊負(しょ)って、大根や菜などを売(うり)に来た時に、秋月様が入(いら)しったと長家の者に云ってくれちゃア困る、是だけは確(しっ)かと口留をいたして置く、いうと肯(き)かんよ、云うと免(ゆる)さんよ、何処(どこ)から知れても他に知る者は無いのだから、其の儘にしては置かんよ」
嘉「はい……どうか御免を」
秋「いや、云いさえしなければ宜しいのだ」
嘉「いう処じゃアありません、婆さんお前は口がうるせえから」
婆「云うって云わねえって何だか知んねえものそれじゃア誰が聞いても、殿様は己(おれ)ア家(うち)へおいでなすった事はごぜえません、飴屋さんとお話などはなせえませんと」
秋「そんな事を云うにも及ばん、決して云ってはならんぞ」
婆「はい、畏(かしこ)まりました」
秋「源兵衞、毒虫を入れた水飴は大概もう仕上げてあるかの」
源「へえ、明後日(あさって)は残らず出来ます」
喜「明後日(あさって)出来る……よし宜く知らせてくれた辱(かたじけ)ない、源兵衛手前に何(なん)ぞ望みの物を取らしたく思う、持合せた金子も少ないが、是はほんの手前が宅への土産に何ぞ買って行ってくれ、私(わし)が心ばかりだ」
源「何う致しまして、私(わたくし)がこれを戴きましては」
秋「いや/\遠慮をせずに取って置いてくれ、就(つい)てはの、源兵衞大概此の方(ほう)に心当りもある、手前に頼んだ侍の名前は、これ誰が頼んだえ」
源「へえ、是だけは、それを言えば斬ると仰しゃいました、へえ、何うかまア種々(いろ/\)そのお書物(かきもの)の中へ、私(わたくし)にその、血で爪印をしろと仰しゃいましたから、少し爪の先を切りました」
秋「左様か、云っては悪いか、併(しか)し源兵衞斯(こ)う打明けてしまった事じゃから云っても宜かろう」
源「何卒(どうぞ)それだけは御勘弁を」
秋「云えんかえ」
源「へえ、何うもそれは御免を蒙(こうむ)ります」
秋「併し源兵衞、是までに話を致して、依頼者の姓名が云えんと云うのは訝(おか)しい、まだ手前は悪人へ与(く)み致して居(お)るように思われる、手前が云わんなら私(わし)の方で云おうか」
源「へえ」
秋「神原五郎治兄弟か、新役の松蔭かな」
 源兵衞は仰天して、
源「よ好(よ)く御存じさまで」

        四十二

 喜一郎は態(わざ)と笑(えみ)を含みまして、
秋「何うも其辺(そこら)だろうと鑑定が附いていた、ま宜しいが、彼(か)の松蔭並びに神原兄弟の者はなか/\悪才に長(た)けた奴ゆえ、種々(いろ/\)罠をかけて、私(わし)が云ったことを手前に聞くまいものでもないが、手前決して云うな」
源「何う致しまして、云えば直(す)ぐに私(わたくし)が殺されます、貴方様も仰しゃいませんように」
秋「私(わし)は決して云わん、首尾好(しゅびよ)く悪人を見出(みだ)して御当家安堵の想いを為すような事になれば、何うか願って手前に五人扶持も遣(や)りたいの」
源「何う致しまして、悪人へ与(く)み致しました罪で、私(わたくし)はお手打になりましても宜しいくらいで、私は命さえ助かりますれば、御扶持は戴きませんでも宜しゅうございます、お出入りだけは相変らず願います」
秋「うむ、承知いたした、一緒に帰ろうか、いや/\途中で他人(ひと)に見られると悪いから、早く行(ゆ)け/\」
源「有難うございます」
 ほっと息を吐(つ)いて、ぶる/\震えながら出て、後(あと)を振返り/\二三丁行って、それからぷうと駈出して向うへ行(ゆ)く様子を見て、
秋「何も駈出さんでも宜さそうなものだ」
 と笑いながら心静かに身支度をいたし、供を呼んで、是から嘉八親子にもくれ/″\礼を陳(の)べて帰られましたが、丁度八月九日のことで、川添富彌という若様附でございます、御舎弟様は夜分になりますとお咳が出て、お熱の差引(さしひき)がありますゆえ、お医者は側に附切りでございます。一統が一通りならん心配で、お夜詰(よづめ)をいたし、明番(あけばん)になりますと丁度只今の午前十時頃お帰りになるのですが、御容態(ごようだい)が悪いと忠義の人は残っている事がありますので、富彌様はお留守勝だから、御新造はお留守を守って、どうかお上(かみ)の御病気御全快になるようにと、頻(しき)りに神信心などを致して居ります。御新造は年三十で名をお村(むら)さんといい、大柄な美(い)い器量の方で、お定(さだ)という女中が居ります。
村「定や/\」
定「はい」
村「あの此処(こゝ)だけを少し片附けておくれ、何だか今年のように用の遅れた事はない、おち/\土用干も出来ずにしまったが、そろ/\もう綿入近くなったので、早く綿入物を直しに遣(や)らなければならない、それに袷(あわせ)も大分(だいぶ)汚れたから、お襟を取換えて置かなければなるまい」
定「左様でございます、矢張(やはり)旦那様がお忙(せわ)しくって、日々(にち/\)御出勤になりましたり、夜もお帰りは遅し、お留守勝ですから夜業(よなべ)が出来ようかと存じますが、何だか矢張(やっぱ)りせか/\致しまして、なんでございますよ、御用が段々遅れに遅れてまいりました」
村「あの今日はお明番(あけばん)だから、大概お帰りだろうとは思うが、一時(いっとき)でも遅れると又案じられて、お上(かみ)がお悪いのではないかと、何だか私は気が落着かないよ、旦那のお帰り前に御飯を戴いてしまおうか」
定「何もございませんが、いつもの魚屋が佳(よ)い鰈(かれい)を持ってまいりました、珍らしい事で、鰈を取って置きました」
村「然(そ)うかえ、それじゃアお昼の支度をしておくれ」
定「畏(かしこ)まりました」
 と是から午飯(ひる)の支度を致して、午飯(ひるはん)を喫(た)べ終り、お定が台所で片附け物をして居ります処へ入って来ましたのは、茶屋町に居りますお縫(ぬい)という仕立物をする人で、好(よ)くは出来ないが、袴(はかま)ぐらいの仕立が出来るのでお家中(かちゅう)へお出入りをいたしている、独り暮しの女で、
縫「御免遊ばして」
定「おや、お縫さん、よくお出掛け……さ、お上(あが)んなさい」
縫「誠に御無沙汰をいたしました、此間(こないだ)は有難う……今日(こんにち)は御新(ごしん)さんはお宅に」
定「はア奥にいらっしゃるよ」
縫「実はたった一人の妹(いもと)で、私(わたくし)が力に思っていました其の者が、随分丈夫な質(たち)でございましたが、加減が悪くって、其方(それ)へ泊りがけに参って居りまして、看病を致してやったり、種々(いろ/\)の事がありまして大分(だいぶ)遅くなりました、尤(もっと)もお綿入でございますから、未(ま)だ早いことは早いと存じまして」
定「出来ましたかえ」
縫「はい、左様でございます」
定「御新造様、あの茶屋町のお縫どんがまいりました」
村「さ、此方(こっち)へお入り」
縫「御免遊ばしまし……誠に御無沙汰をいたしました」
村「朝晩は余程加減が違ったの」
縫「誠に滅切(めっきり)御様子が違いました、お変り様(さま)もございませんで」
村「有難う」
縫「御意に入(い)るか存じませんが、お悪ければ直します」
村「大層好(よ)く出来ました、誠に結構……お前のは仕立屋よりか却(かえ)って着好(きい)いと旦那も仰しゃってゞ、誠に好く出来ました、大分色気も好くなったの」
縫「これは何でございます、お洗い張を遊ばしましたら滅切りお宜しくなりました、尤(もっと)もお物が宜しいのでございますから、はい仕立栄(したてばえ)がいたします」
村「久しく来なかったの」
縫「はいなんでございます、直(じき)に大門町にいる妹(いもと)ですが、平常(ふだん)丈夫でございましたが、長煩(ながわずら)いを致しましたので、手伝いにまいりまして、伯母が一人ございますが、其の伯母は私(わたくし)のためには力になってくれました、長命(ながいき)で八十四で、此の間死去(なくな)りましたが、あなた其の歳まで眼鏡もかけず、歯も好(よ)し、腰も曲りませんような丈夫でございましたが、月夜の晩に縁側で裁縫(しごと)を致して居りましたが、其処(そこ)へ倒れたなり、ぽっくり死去(なくな)りましたので、それゆえ種々(いろ/\)取込んで……お小袖(こそで)ですから間に合わん気遣いはないと存じまして、御無沙汰をいたしました、今年は悪い時候で、上方辺は大分水が出たという話を聞きました、お屋敷の大殿様も若殿様もお加減がお悪いそうで」
村「あゝ誠にお長引きで」
縫「私(わたくし)は毎(いつ)も然(そ)う申しますので、伯母が死去(なくな)りましても悔(くや)むことはない、これ/\のお屋敷の殿様が御病気で、お医者の五人も三人も附いて、結構なお薬を召上り、お手当は届いても癒(なお)る時節にならなければ癒らんから、くよ/\思う事はないと申して、へえ」
村「何分未(ま)だお宜しくないので、実に心配しているよ、夜分はお咳が出ての」
縫「然(そ)うでございますか、それはまア御心配でございますね、併(しか)しまだお若様でいらっしゃいますから、もう程無(ほどの)う御全快になりましょう」
村「御全快にならなくっちゃア大変なお方さまで、一時(いっとき)も早くと心配しているのさ」
縫「えゝ御新造様え、こんな事をお勧め申すと、なんでございますが、他(わき)から頼まれて、余(あんま)りお安いと存じまして持って出ましたが、二枚小袖の払い物が出ましたので、ま此様(こん)な物を持って出たり何かして、済みませんが、出所(でどこ)も確かな物ですから、お目にかけますが、それに八丈の唐手(もろこしで)の細いのが一枚入って居ります、あとは縞縮緬(しまちりめん)でお裏が宜しゅうございます、お平常着(ふだんぎ)に遊ばしても、お下着に遊ばしても」
村「私は古着は嫌いだよ」
縫「左様でございましょうが、出所(でどころ)が知れているものですから」
村「じゃア出してお見せ」
縫「畏(かしこ)まりました」
 とお次(つぎ)から包を持ってまいり、取出して見せました。唐手の縞柄は端手(はで)でもなく、縞縮緬は細格子(ほそごうし)で、色気も宜うございます。
村「大層好(よ)い縞だの」
縫「誠に宜うございます」
村「これは何(ど)の位というのだえ」
縫「これで先方(むこう)じゃア最(もう)少し値売(ねうり)をしたいように申して居りますが、此の書付でと申すので」
村「二枚で此の値段書(ねだんがき)では大層に安い物だの」
縫「へい、お安うございます、貴方お裏は新しいものでございます」
村「何ういう訳で此(こ)れを払うというのだえ」
縫「先方(むこう)はよく/\困っているのでございます」
村「丈(たけ)や身巾(みはゞ)が違うと困るね」
縫「左様ならお置き遊ばしては何うでございます、一日ぐらいお置きあそばしても宜しゅうございます」
村「余(あんま)り縞柄が好(よ)いから、欲しいような心持もするから、置いてっておくれ」
縫「左様でございますか、じゃア私(わたくし)が今日の暮方までに参りませんければ、明朝伺いに上ります」
村「では後(あと)で好(よ)く※(「てへん+僉」、第3水準1-84-94)(あらた)めて見よう」
 是をお世話いたせば幾許(いくら)か儲かるのだから先ず気に入ったようだとお縫は悦んで帰ってしまう、後(あと)でお定を呼んで、
村「手伝っておくれ、解(ほど)いて見よう、綿は何様(どん)なか」
 と段々解いて見ると。不思議なるかな襟筋(えりすじ)に縫込んでありました一封の手紙が出ました。
村「おや、定や」
定「はい」
村「此様(こん)な手紙が出たよ」
定「おや/\襟ん中から奇態でございますね、何うして」
村「私にも分らんが、何ういう訳で襟の中へ……訝(おか)しいの」
定「女物の襟へ手紙を入れて置くのは訝しい訳でございますが、情夫(いろおとこ)の処へでも遣るのでございましょう」
村「だってお前それにしても襟の中へ……訝しいじゃアないか」
定「左様でございますね、開けて御覧遊ばせよ、何と書いてあるか」
村「無闇に封を切っては悪かろう」
定「これを貴方の物にして、此の手紙を開けて御覧なすって、若(も)し入用(にゅうよう)の手紙なれば先方(むこう)へ返したって宜(い)いじゃア有りませんか」
村「本当に然(そ)うだね、封が固くしてあるよ、何と書いてあるだろう」
定「お禁厭(まじない)でございますか知らん、随分お守(まもり)を襟へ縫込んで置く事がありますから、疫病除(やくびょうよけ)に」
村「父上様まいる菊よりと書いてある、親の処へやったんで」
定「だって貴方親の処へ手紙をやるのに、封じを固くして襟の中へ縫付けて置くのは訝(おか)しゅうございますね、尤(もっと)も芸者などは自分の情郎(いろおとこ)や何かを親の積りにして、世間へ知れないようにお父様(とっさま)/\とごまかすてえ事を聞いて居りますよ」
村「開けて見ようかの」
定「開けて御覧遊ばせよ」
村「面白いことが書いてあるだろうの」
定「屹度(きっと)惚気(のろけ)が種々(いろ/\)書いてありましょうよ」
 悪いようだが封じが固いだけに、尚(な)お開けて見たくなるは人情で、これから開封して見ますと、女の手で優しく書いてあります。
村「…文(ふみ)して申上(もうしあげ)※[#「まいらせそろ」の草書体、426-5]…、極(きわ)っているの」
定「へえ、それから」
村「…益々御機嫌能(よく)御暮(おくら)し被成候(なされそうろう)御事(おんこと)蔭ながら御嬉(おんうれ)しく存じ上(あげ)※[#「まいらせそろ」の草書体、426-7]」
定「定文句(じょうもんく)でございますね、併(しか)し色男の処へ贈る手紙にしちゃア改(あらたま)り過ぎてるように存じますね」
村「然(そ)うだの、左候(さそうら)えば私(わたくし)主人松蔭事ス……神原四郎治と申合せ渡邊様を殺そうとの悪だくみ……おや」
定「へえ……何ういう訳でございましょう」
村「黙っていなよ、……それのみならず水飴の中へ毒薬を仕込み、若殿様へ差上候よう両人の者諜(しめ)し合せ居り候を、図らず私(わたくし)が立聞致し驚き入り候」
定「呆れましたね、誰でございますえ」
村「大きな声をおしでないよ、世間へ知れるとわるいわ……一大事ゆえ文に認(したゝ)め差上候わんと取急ぎ認め候え共、若(も)し取落し候事も有れば、他(た)の者の手に入(い)っては尚々お上(かみ)のために相成らずと心配致し、袷(あわせ)の襟[#「襟」は底本では「縫」]へ縫込み差上候間、添書(そえしょ)の通りお宅にてこれを解き御覧の上渡邊様方に勤め居り候御兄様(おあにさま)へ此の文御見せ内々(ない/\)御重役様へ御知らせ下され候様願い上(あげ)※尚(な)[#「まいらせそろ」の草書体、427-1]、申上度事(もうしあげたきこと)数々有之(これあり)候え共取急ぎ候まゝ書残し※[#「まいらせそろ」の草書体、427-2]おお目もじの上委(くわ)しく可申上候(もうしあげべくそうろう)、芽出度(めでたく)かしく、父上様兄上様、菊…と、……菊というのは何かの、彼(あ)の新役の松蔭の処に奉公していた女中は菊と云ったっけかの」
定「私(わたくし)は存じませんよ」
村「松蔭の家(うち)にいた女中が殺されたような事を聞いたから、旦那様に聞いてもお前などは聞かんでも宜(よ)い事だと仰しゃるから、別段委(くわ)しくお聞き申しもしなかったが、是は容易な事ではないよ」
 と申している処へ一声(ひとこえ)高く、玄関にて、
僕「お帰りい」
村「旦那がお帰り遊ばした」
 と慌(あわ)てゝお玄関へ出て両手を支(つか)え、
村「お帰り遊ばしまし」
定「お帰り遊ばせ」
富「あい、直(すぐ)に衣服(きもの)を着換えよう」
村「お着換遊ばせ、定やお召換だよ、お湯を直(すぐ)に取って、さぞお疲れで」
富「いやもう大きに疲れました、ハアーどうも夜眠(ね)られんでな、大きに疲れました、眠(ねむ)れんと云うのは誠にいかんものだ」
 是から衣服(きもの)を着替えて座蒲団の上に坐ると、お烟草盆に火を埋(い)けて出る、茶台に載せてお茶が出る。
村「毎日/\お夜詰(よづめ)は誠にお苦労な事だと、蔭ながら申して居りますが、貴方までお加減がお悪くなると、却(かえ)ってお上(かみ)のお為になりませんから、時々は外村(とむら)様とお替り遊ばす訳にはまいりませんので」
富「いや、外村と代っているよ」
村「今日(こんにち)の御様子は如何(いかゞ)で」
富「少しはお宜しいように見受けたが、どうもお咳が出てお困り遊ばすようだ」
定「御機嫌宜しゅう、お上は如何でございます」
富「あい、大きに宜しい、定まで心配して居(お)るが、どうも困ったものじゃ」
村「早速貴方に申上げる事がございます、茶屋町の縫がまいりまして」
富「うん」
村「彼(かれ)が払い物だと云って小袖(こそで)を二枚持ってまいりましたから、丈(たけ)は何うかと存じまして、改める積りで解きましたところが、貴方襟(えり)の中から斯様(こん)な手紙が出ました、御覧遊ばせ」
 と差出すを受取り、
富「襟の中から、はて」
 と披(ひら)いて読み下し、俄(にわか)に顔色を変え、再び繰返し読直して居りまする内に、何と思ったか、
富「定」
定「はい」
富「茶屋町の裁縫(しごと)をいたす縫というものは何かえ、彼(あれ)は亭主でも有るのか」
定「いえ、亭主はございません、四年已前(あと)に死去(なくな)りまして、子供もなし、寡婦暮(やもめぐら)しで、只今はお屋敷やお寺方の仕事をいたして居りますので、お召縮緬(めしちりめん)の半纒(はんてん)などを着まして、芝居などへまいりますと、帰りには屹度(きっと)お茶屋で御膳や何か喫(た)べますって」
富「其様(そん)な事は何うでも宜(よ)い、御新造松蔭の家(うち)にいた下婢(おんな)は菊と云ったっけの」
村「私(わたくし)は名を存じませんが、其の下女が下男と不義をいたして殺されたという話を聞きましたから、只今考えて居りますので」
富「只松蔭とのみで名が分らんと、他(ほか)にない苗字でもなし、尤も神原四郎治は当家の御家来と確かに知れている、その四郎治と心を合せる者は大藏の外にはないが、先方(さき)の親の名が書いてあると調べるに都合も宜しいが、ス……これ定、其の茶屋町の縫という女を呼びに遣(や)れ、直(すぐ)に……事を改めていうと胡乱(うろん)に思って、何処かへ隠れでもするといかんから、貴様一寸(ちょっと)行って来い、先刻(さっき)の衣服(きもの)の事について頼みたい事がある、他に仕立物もある、置いてまいった衣服二枚を買取るに都合もあるから、旦那様もお帰りになり、相談をするからと申してな、それに旨い物が出来たで、馳走をしてやる、早く来いと申して、直(すぐ)に呼んでまいれ」
定「じゃア私(わたくし)がまいりましょうか」
富「却(かえ)って貴様の方が宜かろう、女は女同志で、此の事を決していうな」
定「何う致しまして、決して申しは致しません」
 と急いで出てまいりました。

        四十三

 お縫は迎いを受けて、衣服(きもの)が売れて幾許(いくら)かの口銭になることゝ悦んで、お定と一緒にまいりました。
定「旦那さま、あのお縫どんを連れてまいりました」
富「おゝ直(すぐ)に連れて来たか、此方(こっち)へ通せ」
縫「旦那様御機嫌宜しゅう」
富「其処(そこ)では話が出来ん、此方(こっち)へ這入れ構わずずうっと這入れ」
縫「はい……毎度御贔屓さまを有難う……毎度御新造様には種々(いろ/\)頂戴物を致しまして有難う存じます」
富「毎度面倒な事を頼んで、大分裁縫(しごと)が巧(うま)いと云うので、大きに妻(さい)も悦んでいる、就(つい)ては忙しい中を態々(わざ/\)呼んだのは他の事じゃアないが、此の払物(はらいもの)の事だ」
縫「はい/\、誠に只お安うございまして、古着屋などからお取り遊ばすのと違って、出所(でどこ)も知れて居りますから上げました、途々(みち/\)もお定どんに伺いましたが、大層御意に入(い)って、黄八丈は旦那様がお召に遊ばすと伺いましたが、少しお端手(はで)かも知れませんが、誠に宜(よ)いお色気でございます」
富「それじゃア話が出来んから此方(こっち)へ這入れ」
縫「御免遊ばして……恐入ります」
富「茶を遣(や)れよ」
縫「恐入ります……これは大層大きなお菓子でございますねえ」
富「それは上(かみ)からの下されたので」
縫「へえ中々下々(しも/″\)では斯(こ)ういう結構なお菓子を見る事は出来ません、頂戴致します、有難う存じます」
富「あゝ此の二枚の着物は何処(どこ)から出たんだえ」
縫「そりゃアあの何でございます、私(わたくし)が極(ごく)心安い人でございまして、その少し都合が悪いので払いたいと申して、はい私の極心安い人なのでございます」
富「何ういう事で払うのだ」
縫「はい、その何でございます、誠に只もう出所(でどこ)が分って居りまして、古着屋などからお取り遊ばしますと、それは分りません事で、もしやそれが何でございますね、ま随分お寺へ掛無垢(かけむく)や何かに成ってまいったのが、知らばっくれて払いに出ます事が幾許(いくら)もございます、左様な不祥(ふしょう)な品と違いまして、出所も分って居りますから何かと存じまして」
富「それは分っているが、何ういう訳で払いに出たのだえ」
縫「まことに困ります、急にその災難で」
富「むゝう災難……何ういう災難で」
縫「いえ、その別に災難と申す訳もございませんけれども、急に嫁にまいるつもりで拵(こしら)えました縁が破談になりまして、不用になった物で」
富「はゝア、これは何と申す婦人のだえ、何屋の娘か知らんけれども、何と申す人の着物だえ」
縫「そりゃアその何でございます、私(わたくし)のような名でございますね」
富「手前のような……矢張縫という名かえ」
縫「いゝえ、縫という名じゃアございませんが、その心安くいたす間柄の者で」
富「心安い何という名だえ」
縫「それはどうも誠に何でございますね、その人は名を種々(いろ/\)に取換(とりかえ)る人なんで、最初はきんと申して、それから芳(よし)となりましたり、またお梅となったり何(なん)か致しました」
富「むゝう、今の名は何という」
縫「芳と申します」
富「隠しちゃアいかんぜ、少し此方(こっち)にも調べる事があるから、お前を呼んだのじゃ、此の着物を着た女の名は菊といやアせんか」
縫「はい」
富「左様だろうな」
 お縫揉手(もみで)をしながら、
縫「菊という名に一寸(ちょっと)なった事もあります」
富「一寸成ったとは可笑(おか)しい隠しちゃアいかん、その菊という者は此方(こちら)にも少し心当りがあるが、親の家(いえ)は何処(どこ)だえ」
縫「はい」
富「隠しちゃアならん、お前に迷惑は掛けん、これは買入れるに相違ない、今代金を遣るが、菊という者なればそれで宜しいのだ、菊の親元は何処だえ」
縫「はい、誠にどうも恐入ります」
富「何も恐入る事はない、頼まれたのだから仔細はなかろう」
縫「親元は本郷春木町三丁目でございます、指物屋の岩吉と申します、其の娘の菊ですが、その菊が死去(なくな)りましたんで」
富「うん、菊は同家中に奉公していたが、少々仔細有って自害致した」
縫「でございますけれども、これはその自害した時に着ていた着物ではございません」
富「いや/\自害した女の衣類(きもの)だから不縁起だというのではない、買っても宜(よ)い」
縫「有難う存じます、その親も死去(なくな)りました、其の跡は職人が続いて法事をいたして、石塔や何(なん)かを建てたいという心掛なので」
富「左様か、それで宜しい、もう帰れ/\……おゝ馳走をすると申したっけ、欺(だま)しちゃアならん、私(わし)は直(すぐ)に上(あが)るから」
 と川添富彌は急に支度をして御殿へ出ることになりました。御殿ではお夜詰(よづめ)の方々が次第/\にお疲れでございます。お医者は野村覺江(のむらかくえ)、藤村養庵(ふじむらようあん)という二人が控えて居ります。お夜詰には佐藤平馬、外村惣衞(とむらそうえ)と申してお少(ちい)さい時分からお附き申した御家来中田千股(なかだちまた)、老女の喜瀬川(きせがわ)、お小姓繁(しげる)などが交々(こも/″\)お薬を上(あげ)る、なれどもどっとお悪いのではない、床(とこ)の上に坐っておいでゞ、庭の景色を御覧遊ばしたり、千股がお枕元で軍書を読んだり、するをお聞きなさる。お熱の工合(ぐあい)でお悪くなると、ころりと横になる。甚(ひど)く寒い、もそっと掛けろよと御意があると、綿の厚い夜着(よぎ)を余計に掛けなければなりません。お大名様方は釣夜具だとか申しますが、それほど奢った訳ではない。お附の者も皆心配して居られます。いまだお年若で、今年二十四五という癇癖(かんしゃく)ざかりでございます。老女喜瀬川が出まして、
喜「上(かみ)……上」
紋「うむ」
喜「お上屋敷からお使者がまいりました」
紋「うむ、誰が来た」
喜「上(かみ)のお使いに神原五郎治がまいりまして、御病気伺いに出ました、お目通りを仰付けられたいと申します、御面倒でございましょうが、お使者ではお会いが無ければなりますまい、如何(いかゞ)致しましょうか」
紋「うむ、神原五郎治か……彼(あれ)は嫌いな奴じゃが、此処(こゝ)へ通せ」
喜「畏(かしこま)りましてございます……若殿がお会いが有りますから、これへ直(すぐ)に」
 と中田千股という人が取次ぎますと、結構な蒔絵(まきえ)のお台の上へ、錦手(にしきで)の結構な蓋物(ふたもの)へ水飴を入れたのを、すうっと持って参り、
喜「お上屋敷からのお遣(つか)い物で」
 とお枕元に置く。お次の隔(へだて)を開けて両手を支(つか)え、
五「はア」
 と慇懃(いんきん)に辞儀をする。
五「神原五郎治で、長の御不快蔭ながら心配致して居りました、また上(かみ)に置かせられてもお聞き及びの通り御病中ゆえ、碌々(ろく/\)お訪ね申さんが、予の病気より梅の御殿の方が案じられると折々(おり/\)仰せられます、今日(こんにち)は御病気伺いとして御名代(ごみょうだい)に罷(まか)り出ました、是(こ)れは水飴でございますが、夜分になりますとお咳が出ますとのこと、其の咳を防ぎますのは水飴が宜しいとのことで、これは極製(ごくせい)の水飴で、これを召上れば宜くお眠(よ)られます、上が殊(こと)の外(ほか)御心配なされ、お心を入れさせられし御品(おんしな)、早々(そう/\)召上られますように」
紋「うむ五郎治、あゝ予の病気は大した事はない、未(いま)だ壮年の身で、少し位の病魔に負けるような事はない、快(よ)い時は縁側ぐらいは歩くが、只お案じ申上げるのはお兄様(あにいさま)の御病気ばかり、誠に案じられる、お歳といい、此の程はお悪いようじゃが、何うじゃな」
五「はア一昨日(いっさくじつ)は余程お悪いようでございましたが、昨日(さくじつ)よりいたして段々御快気に赴(おもむ)き、今朝(こんちょう)などはお粥(かゆ)を三椀程召上りました、其の上お力になる魚類を召上りましたが、彼(あ)の分では遠からず御全快と心得ます」
紋「うむ悦ばしい、予が夜分咳の出るは余程せつないがの、其のせつない中(うち)にもお兄様をお案じ申上げて、予の病気は兎も角、どうか早くお兄上様の御病気御全快を蔭ながら祈り居(お)ると申せ」
五「はア、はア、そのお言葉を上(かみ)がお聞きでござったら、嘸(さぞ)お悦びでございましょう、御病苦を忘れ、只お上のことのみ思召(おぼしめ)さるゝというのは、あゝ誠にお使者に参じました五郎治倶(とも)に辱(かたじけ)のう心得ます、只今の御一言早々帰りまして、上へ申上げるでございましょう、実に斯様な事を承わりますのは、誠に悦ばしい事で」
 紋之丞殿は急に気色(けしき)を変え、声を暴(あら)らげ、
紋「五郎治、申さんでも宜しい、お兄様(あにいさま)に左様な事を申さんでも宜しい、弟が兄を思うは当前(あたりまえ)の事じゃ、お兄様も亦(また)予を思うて下さるのは何も珍らしい事はない、改めて左様申すには及ばん、然(しか)るを事珍らしく左様の事を申伝えずとも、よも斯様の事は御存じで有ろう、左様に媚※(「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72)(こびへつら)った事を云うな」
五「はア……誠にどうも」
老女「左様なお高声(こうせい)を遊ばすと却(かえ)って御病気に障ります、左様な心得で五郎治が申した訳ではありません」
紋「一体斯様な事をいう手前などはな主人を常(つね)思わんからだ、主人を思わん奴が偶々(たま/\)胸に主人の為になる事を浮(うか)ぶと、あゝ忠義な者じゃと自(みずか)ら誇る、家来が主人を思うは当然(あたりまえ)の事だ、常思わんから偶(たま)に主人を思う事があると、私(わし)は忠義だなどと自慢を致す、不忠者の心と引較べて左様に申す、白痴者(たわけもの)め、早々帰れ」
 と以(もっ)ての外不首尾でございますから、
五「ホヽ」
 と五郎治[#「五郎治」は底本では「五郎次」]は手持不沙汰で、
五「今日(こんにち)は上(かみ)の御名代として罷出(まかりで)ましたが、性来(せいらい)愚昧(ぐまい)でございまして、申上げる事も遂(つい)にお気に障り、お腹立に相成ったるかは存じませんが、偏(ひとえ)に御容赦の程を願います」
紋「退(さが)れ」
五「はっ」
老「五郎治殿御病気とは申しながら誠に御癇癖(ごかんぺき)が強く、時々斯ういうお高声があります事で、悪(あ)しからず……あなた、左様なことを御意遊ばすな、それがお悪い、お高声を遊ばすとお動悸が出まして、却(かえ)って、お悪いとお医者が申しました」
紋「うむ、今日(きょう)はお兄上様からお心入(こゝろいれ)の物を下され、それを持参いたしたお使者で、平生(つね)の五郎治では無かった、誠に使者太儀(たいぎ)」
 ごろりと直(すぐ)に横っ倒しになり、掻巻(かいまき)を鼻の辺(あたり)まで揺(ゆす)り上げてしまう。仕方が無いから五郎治はそろり/\と跡へ退(さが)る。一同気の毒に思い、一座白け渡りました。
千「神原氏、余程の御癇癖お気に支(さゝ)えられん様に、我々はお少(ちい)さい時分からお附き申していてさえ、時々お鉄扇(てっせん)で打たれる様な事がある、御病中は誠に心配で、腫物(はれもの)に障るような思いで、此の事は何卒(どうぞ)上(かみ)へ仰せられんように」
五「宜しゅうございます」
老「五郎治殿、誠に今日(きょう)は遠々(とお/″\)の処御苦労に存じます、只今の事は上(かみ)へ仰せ上げられんように、何もござりませんが一献(いっこん)差上げる支度になって居りますから、あの紅葉(もみじ)の間(ま)へ」
 と言われて五郎治は是を機会(しお)に其の座を退(しりぞ)きました。暫く経つと紋之丞様がばと起上って、
紋「惣衞/\」
惣衞「はア」
紋「惣衞、何は帰ったか五郎治は」
惣「えゝ慥(たし)かお次に扣(ひか)え居りましょう、上(かみ)のお使(つかい)でございますから、紅葉の方へ案内致しまして、一献出しますように膳の支度をいたして居ります」
紋「じゃが何(なん)じゃの、何故(なぜ)お兄様(あにいさま)は彼(あん)な奴を愛して側近く置くかの、彼(あれ)はいかん奴じゃ」
惣「左様な事を今日(こんにち)は御意遊ばしません方が宜しゅうございます」
紋「云っても宜しい、彼(あれ)は※(「言+滔のつくり」、第4水準2-88-72)(へつら)い武士じゃ、佞言(ねいげん)甘くして蜜の如しで、神原或(あるい)は寺島等(ら)をお愛しなさるのは、勧める者が有るからじゃの、惣衞」
惣「御意にござります」
紋「心配じゃ」
惣「御病中何かと御心配なされては相成りません、程無(ほどの)うお国表から福原數馬も出仕致しますから」
紋「あゝ數馬が来たら何うか成るか、あゝ逆上(のぼ)せて来た、折角お兄様から下すった水飴、甜(な)めて見ようか」
惣「召上りませ、お湯を是へ」
 是から蓋が附いて高台に載せてお湯が出ました。側に在(あ)ります銀の匙(さじ)を執(と)って水飴を掬(すく)おうとしたが、旨くいきません。
紋「これは思うようにいかんの」
惣「極製(ごくせい)の水飴ゆえ金属(かなもの)ではお取り悪(にく)うございます、矢張(やっぱり)木を裂(さ)いた箸が宜しいそうで」
紋「然(そ)うかの、箸を持て」
 と箸を二本纒(まと)めて漸々(よう/\)沢山捲き上げ、老女が頻(しき)りに世話をいたして、
老「さア/\お口を」
紋「うむ」
 と今箸を取りにかゝる処へ駈込んで来たのは川添富彌、物をも云わず紋之丞様が持っていた箸を引奪(ひったく)って、突然庭へ棄てた時には老女も驚き、殿様も肝(きも)を潰(つぶ)しました。

        四十四

紋「何じゃ/\」
富「ハッ富彌で」
紋[#「紋」は底本では「富」]「白痴(たわけ)……何をいたす」
富「ハア」
 と胸を撫下(なでおろ)し、
富「誠に幸いな処へ駈付けました、どうか水飴を召上る事はお止(とゞま)りを願います、決して召上る事は相成(あいなり)ません」
老「はアどうも私(わたくし)は恟(びっく)りしました、これは何という事です、御無礼至極ではござりませんか、殊(こと)に只今お上屋敷からお見舞として下されになった水飴、お咳が出るから召上ろうとする所を、奪(と)ってお庭へ棄てるとは何事です」
富「いえ、これは棄てます」
紋「富彌、此の水飴はお兄様(あにいさま)がな咳が出るからと云って養いに遣(つか)わされた水飴を、何故(なぜ)其の方は庭へ棄てた」
富「いえ仮令(たとい)お上屋敷から参りましても、天子(てんし)将軍から参りましても此の水飴は富彌屹度(きっと)棄てます」
紋「何うか致したな此奴(こやつ)は……これ其の方は予が口へ入れようとした水飴を庭へ棄てた上からは、取りも直さず予とお兄様を庭へ投出したも同様であるぞ、品物は構わんが、折角お心入れの品を投げ棄てたからは主人を投げたも同じ事じゃ」
富「へえ重々恐入ります、其の段は誠に恐入りましたが、水飴を召上る事は決して相成りません」
紋「何故ならん」
富「何でも相成りません」
紋「余程此奴(こやつ)は何うかいたして居(お)る、無礼至極の奴じゃ」
富「御無礼は承知して居ります、甚(はなは)だ相済みません事と存じながら、お毒でござるによって上げられません」
紋「何故毒になる、若(も)し毒になるなら、水飴を上げても咳の助けには相成らん、却(かえ)って悪いから止(よ)せと何故止めん」
富「左様な事を口でぐず/\申している内には召上ってしまいます、召上っては大変と存じまして、お庭へ投棄てました」
紋「余程変じゃ…」
富「先(まず)ま外村氏安心致しました」
外「安心じゃアない、粗忽(そこつ)千万な事じゃないか、手前は只驚いて何とも申上げ様がない、お上屋敷から下すったものを無闇にお庭へ投棄てるというは何ういう心得違いで」
紋「外村彼是云うな、此奴は君臣の道を弁(わきま)えんからの事じゃ、予を嘲弄(ちょうろう)致すな、年若の主人と侮(あなど)り何(ど)の様(よう)な事を致しても宜しいと存じておるか、幼年の時から予の側近く居(お)るによって、いまだに予を子供のように思って馬鹿に致すな」
富「いえ、中々もちまして」
紋「いや容赦(ようしゃ)は出来ん、棄置かれん、今日(こんにち)の挙動(ふるまい)は容易ならんことじゃ」
富「お棄置きに成らんければお手打になさいますか」
紋「尤(もっと)も左様」
富「私(わたくし)も素(もと)より覚悟の上、お手打になりましょう」
外「これ/\何だ、何を馬鹿を申す、少々逆上(のぼせ)て居(お)る様子、只今御酒を戴きましたので、惣衞彼(かれ)に成代(なりかわ)ってお詫をいたします、富彌儀太(ひど)く逆上(ぎゃくじょう)をして居(お)る様子で」
富「いゝえ私(わたくし)はお手打に成ります」
紋「おゝ手打にしてやる是へ出え」
富「いゝえお止めなすっても私(わたくし)は出る」
 と大変騒々しくなって来た処へ、這入って来ましたのは秋月喜一郎という御重役で、お茶台の上へ水飴を載せてスーと這入って来ながら此の体(てい)を見て。
喜「何を遊ばすの、御病中お高声はお宜しく有りません、富彌如き者をお相手に遊ばしてお論じ遊ばすのはお宜しくない、富彌も控えよ」
富「へえ/\」
 と云ったが心の中(うち)で、此の秋月は忠義な者と思ったから。
富「何分宜しく、併(しか)し水飴はお止(とゞ)め申します」
紋「えゝ喜一郎、今日(きょう)は富彌の罪は免(ゆる)さんぞ、幼年の折から側近くいて世話致しくれたとは申しながら、余りと云えば予を嘲弄いたす、予を蔑(ないがしろ)にする富彌、免し難い、斬るぞ」
喜「これは又大した御立腹、全体何ういう事で」
紋「予が咳を治さんとて、上屋敷から遣わされたお心入れの別製の水飴を甜めようとする処へ、此奴が駈込んで参り突然(いきなり)予が持っていた箸を引奪(ひったく)って庭へ棄てた、これ取(とり)も直さず兄上を庭へ投げたも同じ事じゃから免さん、それへ直れ、怪(け)しからん奴じゃ」
喜「これは怪しからん、富彌、何ういう心得だ、上(かみ)から下された水飴というものは一通りならんと、梅の御殿様の思召(おぼしめ)すところは御情合(ごじょうあい)で、態々(わざ/\)仰附(おおせつ)けられた水飴を何で左様な事をいたした」
富「お毒でございますから、お口に入(はい)らん内にと口でお止(と)め申す間合(まあい)がございませんから、無沙汰にお庭へ棄てました」
喜「それは又何ういう訳で」
富「何ういう訳と申して、只今申上げる訳にはまいりませんが、至ってお毒で」
喜「ムヽウ、是は初めて聞く水飴は周の世の末に始めて製したるを取って柳下惠(りゅうかけい)がこれを見て好(よ)い物が出来た、歯のない老人や乳のない子供に甜めさせるには妙である、誠に結構なものが出来た、後の世の仕合(しあわせ)であると申したという、お咳などには大妙薬である、斯(かゝ)る結構な物を毒とは何ういう理由(わけ)だ尤(もっと)も其の時に盜跖(とうせき)という大盗賊が手下に話すに、是(こ)れは好(よ)いものが出来た、戸の枢(くろゝ)に塗る時は音がせずに開(ひら)く、盗みに忍び入(い)るには妙である至極宜(よ)い物であると申したそうだ、同じ水飴でも見る人によっては然(そ)う違う、拙者もお見舞いに差上る積りで態々白山前の飴屋源兵衞方から持参いたした此の水飴」
富「これは怪(け)しからん秋月の御老人に限って其様(そん)なことは無いと存じていたが、是は怪しからん、あなたは何うかなすったな」
喜「其の方こそ何うかして居(い)る、お咳のお助けになり、お養いになる水飴を」
富「ス……はてな」
 と心の中(うち)で川添富彌が忠義無二の秋月と思いの外(ほか)、上屋敷の家老寺島或(あるい)は神原五郎治と与(くみ)して、水飴を上(かみ)へ勧めるかと思いましたから、顔色を変えてジリヽと膝を前へ進め。
富「相成りません」
紋「白痴(たわけ)……喜一郎あのような事を申す、余程訝(おか)しい変になった」
喜「余程変に相成りましたな」
富「御老臣が献ずる水飴でも決して相成りません、私(わたくし)はお手打に成ります、上(かみ)のお手打は元より覚悟、お手打になっても聊(いさゝ)か厭(いと)いはございませんが、水飴は毒なるものと思召(おぼしめ)しまして此の後(ご)も召上らんように願います、仮令(たとい)喜一郎が持って参りましょうとも、水飴を召上る事は相成りません」
紋「何(なん)じゃ何の事じゃ、白痴(たわけ)め」
喜「拙者が持って参った水飴が毒じゃと申すのか、ムヽウ……それじゃア斯う致そう、拙者がお毒味を致そう。上(かみ)お匙(さじ)を拝借致します」
 と入物(いれもの)の蓋を取り除(の)けて水飴を取りにかゝるから、川添富彌がはてなと見て居ります。秋月は富彌の顔を見ながら、水飴を箸の端(さき)へ段々と巻揚(まきあ)げるのを膝へ手を置いて御舎弟紋之丞殿が見詰めて居りましたが、口の処へ持って来るから。
紋「喜一郎、毒味には及ばん」
喜「はっ」
紋「もう宜しい、予は水飴は嫌いになった、毒味には及ばん、水飴は取棄てえ」
喜「はッ」
紋「喜一郎が勧めるのも忠義、富彌が止(とゞ)むるも忠義、二人して予を思うてくれる志辱(かたじけ)なく思うぞ」
喜「ほう」
富「ほう」
 御懇(ごこん)の御意で喜一郎富彌は落涙(らくるい)致しました。
喜「富彌有難く御挨拶を申せ……有難うございます」
富「あゝ有難うございまする」
 と涙を払い
富「無礼至極の富彌、お手打になっても苦しからん処、格別のお言葉を頂戴いたし、富彌死んでも聊(いさゝ)か悔(くや)む所はございません」
紋「いや喜一郎と富彌の両人へ何か馳走をして遣(や)れ、喜瀬川は料理の支度を」
老女「はい」
 と鶴の一声(ひとこえ)で、忽(たちま)ち結構なお料理が出ました。水飴を棄(すて)ると、お手飼(てがい)の梅鉢(うめばち)という犬が来てぺろ/\皆甜めてしまいました。それなりに夜(よ)に入(い)りますとお庭先が寂(しん)と致しました。尤(もっと)も御案内の通り谷中三崎村の辺(へん)は淋しい処で、裏手はこう/\とした森でございます。所へ頭巾目深(まぶか)に大小を無地の羽織の下に落差(おとしざ)しにして忍んで来る一人の侍、裏手の外庭の林の前へまいると、グックと云うものがある。はて何だろうと暗いから、透(すか)して見ると、お手飼の白班(しろぶち)の犬が悶(もが)いて居ります。怪(あや)しの侍が暫(しばら)く視て居(い)る。最前から森下の植込(うえご)みの蔭に腕を組んで様子を窺(うかご)うて居るのは彼(か)の遠山權六で、曩(さき)に松蔭の家来有助を取って押えたが、松蔭がお羽振が宜(い)いので、事を問糺(といたゞ)さず、無闇に人を引括(ひっくゝ)り、上(かみ)へ手数を掛け、何も弁(わきま)えん奴だと權六は遠慮を申付けられました、遠慮というのは禁錮(おしこめ)の事ですが、權六些(ちと)とも[#「些(ちと)とも」は「些(ち)とも」「些(ちっ)とも」などの誤記か]遠慮をしません、相変らず夜々(よな/\)のそ/\出てお庭を見巡(みまわ)って居りますので、今權六が屈(かゞ)んで見て居りますと、犬がグック/\と苦しみ、ウーンワン/\と忌(いや)な声で吠(ほ)える、暫く悶(もが)いて居りましたが、ガバ/\/\と泡のような物を吐いて土をむしり木の根方へ頭をこすり附けて横っ倒しに斃(たお)れるのを見て、怪しの侍が抜打(ぬきうち)にすうと犬の首を斬落(きりおと)して、懐から紙を取出し、すっかり血を拭(ぬぐ)い、鍔鳴(つばなり)をさせて鞘(さや)に収め、血の附いた紙を藪蔭へ投込んで、すうと行(ゆ)きに掛るから權六は怪しんですうッと立上り、
權「いやア」
 と突然(だしぬけ)に彼(か)の侍の後(うしろ)から組附いた時には、身体(しんたい)も痺(しび)れ息も止(とま)るようですから、侍は驚きまして、
曲者「放せ」
權「いや放さねえ、怪しい奴だ、何者だ、何故犬う斬った、さ何者だか名前を云え」
曲「手前たちに名前を申すような者じゃアねえ、其処(そこ)放せ」
權「放さねえ、さ役所へ行(ゆ)け」
曲「役所へ行(ゆ)くような者(もん)じゃア無(ね)え」
權「黙れ、頭巾を深く被りやアがって、大小を差して怪しい奴だ、此のまア御寝所(ごしんじょ)近(ちけ)え奥庭へ這入りやアがって、殊(こと)に大切な犬を斬ってしまやアがって、さ汝(われ)何故犬を斬った」
曲「何故斬った、此の犬は己(おれ)に咬付(かみつ)いたから、ムヽ咬付かれちゃアならんから斬ったが何うした」
權「黙れ、己(おれ)ア見ていたぞ、咬付きもしねえ犬を斬るには何か理由(わけ)があるだろう、云わなければ汝(うぬ)絞殺(しめころ)すが何うだ」
曲「ムヽせつないから放せ」
權「放せたって容易にア放さねえ、さ歩(あゆ)べ、え行(い)かねえか」
 と大力無双(だいりきむそう)の權六に捉(とら)えられたのでございますから身動きが出来ません。引摺(ひきず)られるようにしてお役所へ参り、早々届けに成りました事ゆえ、此の者を縛(くゝ)し上げまして、其の夜(よ)罪人(とがにん)を入れ置く処へ入れて置き、翌日お調べというのでお役所へ呼出しになりました時には、信樂豐前(しがらきぶぜん)というお方がお目付役を仰付けられて、掛りになりました。此の信樂という人は左(さ)したる宜(よ)い身分でもないが、理非明白な人でありますから、お目付になって、内々(ない/\)叛謀人(むほんにん)取調べの掛りを仰付けられました。差添(さしぞえ)は別府新八(べっぷしんぱち)で、曲者は森山勘八(もりやまかんぱち)と申す者で、神原五郎治の家来であります。呼出しになりました時に、五郎治の弟(おとゝ)四郎治が罷(まか)り出ます事になりお縁側の処へ薄縁(うすべり)を敷き、其の上に遠山權六が坐って居ります。お目付は正面に居られます。また砂利の上に莚(むしろ)を敷きまして、其の上に高手小手(たかてこて)に縛(くゝ)されて森山勘八が居りますお目付が席を進みて。
目付「神原五郎治代(だい)弟(おとゝ)四郎治、遠山權六役目の儀ゆえ言葉を改めますが、左様に心得ませえ」
四「はっ」
權「ほう」
目付「權六其の方昨夜外庭見廻りの折(おり)、内庭の檜木山(ひのきやま)の蔭へまいる折柄(おりから)、面部を包みし怪しき侍体(てい)のものが、内庭から忍び出(い)で、お手飼の梅鉢を一刀に斬りたるゆえ、怪しい者と心得て組付き、引立て来たと申す事じゃがそれに相違ないか」
權「はい、それに相違ございません、どうも眼ばかり出して、長(なげ)え物を突差(つッさ)しまして、あの檜木山の間から出て来た……、怪しい奴と思えやして見ているうち、犬を斬りましたから、何でも怪しいと思えやしたから、ふん捕(づか)めえました」
目付「うん……神原五郎治家来勘八、頭(かしら)を上げえ」
勘「へえ」
目「何才になる」
勘「三十三でございます」
目「其の方陪臣(ばいしん)の身の上でありながら、何故(なにゆえ)に御寝所近い内庭へ忍び込み、殊(こと)には面部を包み、刄物を提げ、忍び込みしは何故(なにゆえ)の事じゃ、又お手飼の犬を斬ったと申すは如何(いか)なる次第じゃ、さ有体(ありてい)に申せ」
 と睨(ね)めつけました。

        四十五

 勘八は図太い奴でございますから、態(わざ)と落著振(おちつきはら)いまして、
勘「へえ、誠に恐入りましてございます。お庭内へ参りましたのは、此の頃は若殿様御病気でございまして、皆さんが御看病なすっていらっしゃるので、どうもお内庭はお手薄でございましょうから、夜々(よる/\)見廻った方が宜(い)いと主人から言いつかりました、それにお手飼の犬とは存じませんで、檜木山の脇へ私(わたくし)が参りましたら、此の節の陽気で病付(やみつ)いたと見えまして、私に咬付(かみつ)きそうにしましたから、咬付かれちゃア大変だと一生懸命で思わず知らず刀を抜いて斬りましたが、お手飼の犬だそうで、誠にどうも心得んで、とんだ事を致しました、へえ重々恐入りましてございます」
目「そりゃアお手飼の犬と知らず、他(ほか)の飼犬にも致せ、其の方陪臣の身を以(もっ)て夜中(やちゅう)大小を帯(たい)し、御寝所近い処へ忍び入ったるは怪しい事であるぞ、さ何者にか其の方頼まれたので有ろう、白状いたせ、拙者屹度(きっと)調(しらべ)るぞ」
勘「へえ、何も怪しくも何ともないんでございます、全く気を付けて時々お庭を廻れと云われましたんでございます、それゆえ致しました、此処(こゝ)においでなさいます主人の御舎弟四郎治様も爾(そ)う仰しゃったのでございます」
目「うむ、四郎治其の方は此の者に申付けたとの申立(もうしたて)じゃが、全く左様か」
四「えゝ、お目付へ申上げます、実は兄五郎治は此の程お上屋敷のお夜詰(よづめ)に参って居ります、と申すは、大殿様御病気について、兄も心配いたしまして、えゝ、番でない時も折々は御病気伺いに罷(まか)り出(い)で又御舎弟様も御病気に就(つ)きお夜詰の衆、又御看護のお方々もお疲れでありましょう、又疲れて何事も怠り勝の処へ付入(つけい)って、狼藉者(ろうぜきもの)が忍入るような事もあれば一大事じゃから、其の方己(おれ)がお上屋敷へまいって居(お)る中(うち)は、折々お内庭を見廻れ、御寝所近い処も見廻るようにと兄より私(わたくし)が言付(いいつ)かって居ります、然(しか)る処昨日御家老より致しまして、火急のお呼出しで寅の門のお上屋敷へ罷出(まかりで)ましたが、私は予々(かね/″\)兄より言付かって居りますから、是なる勘八に、其の方代ってお庭内を廻るが宜(よ)いと申付けたに相違ござらん、然るに彼がお手飼の犬とも心得んで、吠(ほ)えられたに驚き、梅鉢を手打にいたしました段は全く彼何も弁(わきま)えん者ゆえ、斯様な事に相成ったので、兄五郎治に於(おい)ても迷惑いたします事でござる、併(しか)し何も心得ん下人(げにん)の事と思召(おぼしめ)しまして、幾重にも私が成代ってお詫を申上げます、御高免(ごこうめん)の程を願いとうござる、全く知らん事で」
目「むう、そりゃ其の方兄五郎治から言付けられて、其の方が見廻るべき所を其の方がお上屋敷へまいって居(お)る間、此の勘八に申付けたと申すのか、それは些(ち)と心得んことじゃアないか、うん、これ申付けても外庭を見廻らせるか、又はお馬場口を見廻るが当然、陪臣の身分で御寝所近い奥庭まで夜廻りに這入れと申付けたるは、些と訝(おか)しいようだ、左様な事ぐらいは弁(わきま)えのない其の方でもあるまい、殊(こと)に又帯刀をさせ面部を包ませたるは何う云う次第か」
四「それは夜陰(やいん)の儀でござるで、誠にお馬場口や何か淋しくてならんから、彼に見廻りを申付ける折(おり)に、大小を拝借致したいと申すから、それでは己(おれ)の積(つもり)で廻るが宜(よ)いと申付けましたので、大小を差しましたる儀で、併(しか)し頭巾を被りましたことは頓(とん)と心得ません……これ勘八、手前は何故(なぜ)目深(めぶか)い頭巾で面部を包んだ、それは何ういう仔細か、顔を見せん積りか」
勘「えゝ誠にどうも夜(よ)になりますと寒うございますんで、それゆえ頭巾を被りましたんで」
目「なに寒い……当月は八月である、未(いま)だ残暑も失(うせ)せず、夜陰といえども蒸(いき)れて熱い事があるのに、手前は頭巾を被りたるは余程寒がりと見ゆるな」
勘「へえ、どうも夜(よる)は寒うございますので」
目「寒くば寒いにもせよ、一体何ういう心得で其の方が御寝所近くへ這入った、仔細があろう、如何様(いかよう)に陳じても遁(のが)れん処であるぞ、兎や角陳ずると厳しい処の責めに遇(あ)わんければならんぞ、よく考えて、迚(とて)も免(のが)れん道と心得て有体(ありてい)に申せ」
勘「有体たって、私(わたくし)は何も別に他から頼まれた訳はございませんで、へえ」
目「中々此奴(こやつ)しぶとい奴だ、此の者を打ちませえ」
四「いや暫く……四郎治申し上げます、暫くどうぞ、彼は陪臣でござって、お内庭へ這入りました段は重々相済まん事なれども、五郎治から私(わたくし)が言付けられますれば、即(すなわ)ち私が、兄五郎治の代(だい)を勤むべき処、御用あって御家老からお呼出しに相成りましたから、止(や)むを得ず家来勘八に申付けましたので、取(とり)も直さず勘八は兄五郎治の代(たい)でござる、何も強(し)いて之(これ)を陪臣と仰せられては誠に夜廻りをいたし、上(かみ)を守ります所の甲斐もない事でございます、勘八のみお咎(とがめ)が有りましては偏頗(かたおとし)のお調べかと心得ます」
目「それは何ういう事か」
四「えゝ是(こ)れなる遠山權六は、当春中(とうはるじゅう)松蔭大藏の家来有助と申す者を取押えましたが、有助は何分にも怪しい事がないのを取押えられ堪(たま)り兼(かね)て逃所(にげどころ)を失い、慌(あわ)てゝ權六に斬付けたるを怪しいという処から、お調べが段々長く相成って、再度松蔭大藏もお役所へ罷出(まかりで)ました。其の折(おり)は御用多端の事で、御用の間(ま)を欠き、不取調べをいたし、左様な者を引いてまいり、上役人(かみやくにん)の迷惑に相成る事を仕出(しで)かし、御用の間を欠き、不届(ふとゞき)の至りと有って、權六は百日の遠慮を申付かりました、未(いま)だ其の遠慮中の身をも顧(かえり)みず、夜な/\お屋敷内を廻りまして宜しい儀でござるか、權六に何のお咎めもなく、私(わたくし)の兄へお咎めのあると云うのは、更に其の意を得んことゝ心得ます、何ういう次第で遠慮の者が妄(みだ)りに外出をいたして宜しいか、其の儀のお咎めも無くって宜しい儀でござるなれば、陪臣の勘八がお庭内を廻りましたのもお咎めはあるまいかと存じます」
目「うむ…權六其の方は百日遠慮を仰付けられていると、只今四郎治の申す所である、何故(なにゆえ)に其の方は遠慮中妄りにお庭内へ出た」
權「えゝ」
目「何故に出た」
權「遠慮というのは何ういう訳だね」
目「何う云う訳だとは何だ、其の方は遠慮を仰付けられたであろう」
權「それは知っている、知っているが、遠慮と云うのは何を遠慮するだ、私(わし)が有助を押えてお役所へ引いて出ました時は、お役人様が貴方と違って前の菊田(きくた)様てえ方で、悪人の有助ばかり贔屓いして私をはア何でも彼(か)んでも、無理こじつけに遣(や)り込めるだ、さっぱり訳が分らねえ、其の中(うち)に御用の間を欠いた、やれ何(なん)の彼(か)のと廉(かど)を附けて長(なげ)え間お役所へ私は引出されただ、二月(にぎゃつ)から四月(しがつ)までかゝりましたよ、牢の中へ入(へい)ってる有助には大層な手当があって、何だか御重役からお声がゝりがあるって楽(らく)うしている、私は押込められて遠慮だ/\と何を遠慮するだ私の考(かんがえ)では遠慮というものは芽出度い事があっても、宅(うち)で祝う所は祝わねえようにし、又見物遊山非番の時に行きたくても、其様(そん)な事をして栄耀(えよう)をしちゃアならんから、遠慮さ、又旨(うめ)え物を喰おうと思っても旨え物を喰って楽しんじゃアどうも済まねえと思って遠慮をして居ります、何も皆遠慮をしているが私が毎晩(めえばん)/\御寝所近(ぢけ)えお庭を歩いているは何の為だ、若殿様が御病気ゆえ大切に思えばこそだ、それに御家来の衆も毎晩(めえばん)のことだから看病疲れで眠りもすりゃア、明方(あけがた)には疲れて眠る方も有るまい者でもねえ、其の時怪しい者が入(へい)っちゃアならねえと思うからだ、此の程は大分貴方(あんた)顔なんど隠しちゃア長い物を差した奴がうろつか/\して、御寝所の縁の下などへ入(へい)る奴があるだ、過般(こねえだ)も私がすうと出たら魂消(たまげ)やアがって、面(つら)か横っ腹か何所(どっ)か打ったら、犬う見たように漸(ようよ)う這上ったから、とっ捕(つか)めえて打ってやろうと思う中(うち)に逃げちまったが、爾(そ)うして気を付けたら私はこれを忠義かと心得ます、他(ほか)の事は遠慮を致しますが、忠義の遠慮は出来ねえ、忠義というものは誠だ誠の遠慮は何うしても出来ません、夜(よる)巡(まわ)ることは別段誰にも言付かったことはない、役目の外(ほか)だ、私も眠いから宅(うち)で眠れば楽だ、楽だが、それでは済みませんや、大恩のある御主人様の身辺(あたり)へ気を付けて、警護をしていることを遠慮は出来ませんよ、無理な話だ、巡(まわ)ったに違(ちが)えねえ、それでもまだ遠慮して外庭ばかり巡って居りました、すると勘八の野郎が……勘八とは知んねえだ初まりは……犬う斬ったから野郎と押えべいと出たわけさ、それに違(ちげ)えねえでございますよ、はいそれとも忠義を遠慮をしますかな」
 と弁舌爽(さわや)かに淀みなく述立てる処は理の当然なれば、目付も少し困って、其の返答に差支(さしつか)えた様子であります。
目「むゝう、權六の申す所一応は道理じゃが、殿様より遠慮を仰せ出(いだ)された身分で見れば、それを背(そむ)いてはならん、最も外出致すを遠慮せんければならん」
權「外出(がいしつ)だって我儘に旨(うめ)え物を喰いに往(ゆ)くとか、面白いものを見に往(い)くのなれば遠慮ういたしますが、殿様のお側を守るなア遠慮は出来ねえ、外出(がいしつ)するなって其様(そん)な殿様も無(な)えもんだ」
四「えゝ四郎治申上げますあの通り訳の分らん奴で、然(しか)るをお目付は權六のみを贔屓いたされ、勘八一人唯悪い者と仰せられては甚だ迷惑をいたします事で、殊(こと)にお目付も予(かね)てお心得でござろう、神原五郎治の家(いえ)は前(ぜん)殿様よりお声掛りのこれ有る家柄、殊に遠山權六が如き軽輩と違って重きお役をも勤める兄でござる、權六と同一には相成りません、權六は上(かみ)の仰せ出(いだ)されを破り、外出を致したをお咎めもなく、格別の思召(おぼしめし)のこれ有る所の神原五郎治へお咎めのあるとは、実に依怙(えこ)の御沙汰かと心得ます、左様な依怙の事をなされては御裁許役とは申されません」
目「黙れ四郎治、不束(ふつゝか)なれども信樂豊前は目付役であるぞ、今日(こんにち)其の方らを調ぶるは深き故有っての事じゃ、此の度(たび)御出府に成られた、御国家老福原殿より別段のお頼みあって目付職を勤めるところの豊前に対して無礼の一言であるぞ」
四「ではございますが、余り片手落のお調べかと心得ます」
目「其の方は部屋住(へやずみ)の身の上で、兄の代りとはいえども、其の方から致して内庭へ這入るべき奴では無い、然(しか)るを何(な)んだ、其の方が家来に申付けて内庭を廻れと申付けたるは心得違いの儀ではないか、前(ぜん)殿様より格別のお声がゝりのある家柄、誠に辱(かたじけ)ない事と主恩(しゅおん)を弁(わきま)えて居(お)るか、四郎治」
四「はい、心得居ります」
目「黙れ、新参の松蔭大藏と其の方兄五郎治兄弟の者は心を合せて、菊之助様をお世嗣(よつぎ)にせんが為(た)めに御舎弟様を毒殺いたそうという計策(たくみ)の段々は此の方心得て居(お)るぞ」
四「むゝ」
目「けれども格別のお声がゝりもこれ有る家柄ゆえ、目付の情を以(もっ)て柔和に調べ遣(つか)わすに、以ての外(ほか)の事を申す奴だ、疾(とく)に証拠あって取調べが届いて居(お)るぞ、最早遁(のが)れんぞ、兄弟共に今日(こんにち)物頭(ものがしら)へ預け置く、勘八其の方は不埓至極の奴、吟味中入牢(じゅろう)申付ける、權六」
權「はい私(わし)も牢へ入(へい)りますかえ」
目「いや其の方は四月の二十八日から遠慮になったな」
權「えゝ」
目「二十八日から丁度昨夜が遠慮明けであった」
權「あゝ然(そ)うでございますか」
目「いや丁度左様に相成る、遠慮が明けたから、其の方がお庭内を相変らず御主君のお身の上を案じ、御当家を大切と思い、役目の外に夜廻りをいたす忠義無二のことと、上(かみ)にも御存じある事で、後(ご)してはまた格別の御褒美もあろうから、有難く心得ませい」
權「有難うございます、なにイ呉れます」
目「何を下さるかそれは知れん」
權「なに私(わし)は種々(いろ/\)な物を貰(もろ)うのは否(いや)でございます、どうかまア悪い奴と見たら打殺(ぶっころ)しても構わないくらいの許しを願(ねげ)えてえもので、此の頃は余程悪い奴がぐる/\廻って歩きます、全体此の四郎治なんという奴は打殺して遣(や)りてえのだ」
目「これこれ控えろ、追って吟味に及ぶ、今日(こんにち)は立ちませえ」
 と直(すぐ)に神原兄弟は頭預(かしらあず)けになって、宅番(たくばん)の附くような事に相成り、勘八という下男は牢へ入りました。權六は至急お呼出しになって百日の遠慮は免(ゆ)りて、其の上お役が一つ進んで御加増となる。遠山權六は君恩の辱(かたじけ)ないことを寝ても覚めても忘れやらず、それから毎夜ぐる/\廻るの廻らないのと申すのではありません。徹夜(よどおし)寝ずに廻るというは、実に忠義なことでございます。此の事を聞いて松蔭大藏が不審を懐(いだ)き、どうも神原兄弟が頭預けになって、宅番が附いたは何ういう調べになった事かはて困ったものだ、彼奴(あいつ)らに聞きたくも聞くことも出来ん自分の身の上、あゝ案じられる、国家老の出たは容易ならん事、どうか国家老を抱込みたいものだと、素(もと)より悪才に長(た)けた松蔭大藏種々(いろ/\)考えまして、濱名左傳次(はまなさでんじ)にも相談をいたし、国家老を引出しましたのは市ヶ谷原町(はらまち)のお出入町人秋田屋清左衞門(あきたやせいざえもん)という者の別荘が橋場(はしば)にあります。庭が結構で、座敷も好(よ)く出来て居ります。これへ連出し馳走というので川口から立派な仕出しを入れて、其の頃の深川の芸者を二十人ばかり呼んで、格別の饗応になると云うのであります。

        四十六

 時は八月十四日のことで、橋場の秋田屋の寮へ国家老の福原數馬という人を招きまして何ぞ隙(すき)があったらば……という松蔭が企(たく)み、濱名左傳次という者と諜(しめ)し合せ、更(ふ)けて遅く帰るようで有ったらば隙を覗(うかゞ)って打果してしまうか、或(あるい)は旨く此方(こちら)へ引入れて、家老ぐるみ抱込んでしまうかと申す目論見(もくろみ)でございます。大藏は悪才には長(た)け弁も能(よ)し愛敬のある男で、秋田屋に頼んで十分の手当でございます。此の寮も大して広い家(うち)ではございませんが客席が十五畳、次が十畳になって、入側(いりかわ)も附いて居り誠に立派な住居(すまい)でございます。普請は木口(きぐち)を選んで贅沢(ぜいたく)なことで建てゝから五年も経(た)ったろうという好(よ)い時代で、落着いて、なか/\席の工合(ぐあい)も宜しく、床(とこ)は九尺床でございまして、探幽(たんゆう)の山水が懸り、唐物(からもの)の籠(かご)に芙蓉(ふよう)に桔梗(ききょう)刈萱(かるかや)など秋草を十分に活(い)けまして、床脇の棚等(とう)にも結構な飛び青磁の香炉(こうろ)がございまして、左右に古代蒔絵(こだいまきえ)の料紙箱があります。飾り付けも立派でございまして、庭からずうと見渡すと、潮入(しおい)りの泉水(せんすい)になって、模様を取って土橋(どばし)が架(かゝ)り、紅白の萩其の他(た)の秋草が盛りで、何とも云えん好(よ)い景色でございます。饗応を致しますに、丁度宜しい月の上(あが)りを見せるという趣向。深川へ申付けました芸者は、極(ごく)頭(あたま)だった処の福吉(ふくきち)、おかね、小芳(こよし)、雛吉(ひなきち)、延吉(のぶきち)、小玉(こたま)、小さん、などという皆其の頃の有名の女計(ばか)り、鳥羽屋五蝶(とばやごちょう)に壽樂(じゅらく)と申します幇間(たいこもち)が二人、是(こ)れは一寸(ちょっと)荻江節(おぎえぶし)もやります。荻江喜三郎(おぎえきさぶろう)の弟子だというので、皆美々(びゞ)しく着飾って深川の芸者は只今の芸者と違いまして、長箱(ながばこ)で入りましたもので、大概橋場あたりで言付ければ残らず船でまいりまして、着換えなど沢山着換えまして、髪は油気なし、潰(つぶ)しという島田に致しまして、丈長(たけなが)と新藁(しんわら)をかけまして、笄(こうがい)は長さ一尺で、厚み八分(ぶ)も有ったという、長い物を差して歩いたもので、狭い路地などは通れませんような恐ろしい長い笄で、夏絽(ろ)を着ましても皆肌襦袢(はだじゅばん)を着ませんで、深川の芸者ばかりは素肌へ着たのでございます。裾模様(すそもよう)が付いて居ります、紅(べに)かけ花色、深川鼠、路考茶(ろこうちゃ)などが流行(はや)りまして、金緞子(きんどんす)の帯を締め、若い芸者は縞繻子(しまじゅす)の間に緋鹿(ひが)の子(こ)をたゝみ、畳み帯、挟(はさ)み帯などと申して華やかなこしらえ、大勢並んで、次の間にお客様のおいでを待って居ります。秋田屋清左衞門の番頭も、其の頃大名の御家老などが来ると家(いえ)の誉(ほま)れ名聞(みょうもん)だというので、庭の掃除などを厳しく言付けぐる/\見廻って居ります。そらおいでだと云ってお出迎いをいたし、
番「えゝ、いらっしゃいまし」
數「あゝ、これは成程どうも好(よ)い庭で、松蔭好(い)い庭だの」
大「はい誠にその、当家の亭主が至って茶人で、それゆえ此の庭や何かは、更に作りませんで、自然の様を見せました、実に天然のような工合で」
數「うん余程好(よ)い庭である、むう、これは感心……岩越(いわこし)何うだえ」
岩「へえ、私(わたくし)は斯様(かよう)な処へ参ったのは始めてゞごすな、国にいては迚(とて)も斯ういう処は見られませんな、うゝん、これはどうも」
數「お前は何だ」
大「えゝ、これなるは当家の番頭、伊平(いへい)と申します不調法者で」
番「えゝ、今日(こんにち)は宜(よ)うこそ御尊来(ごそんらい)有難い事で、貴所方(あなたがた)のお入来(いで)のございますのは実に主人も悦び居りまして、此の上ない冥加(みょうが)至極の儀で、土地の外聞で、私(わたくし)においても、誠に有難いことで」
數「いや其様(そん)なに、大層に云わんでも宜(よ)い、土地の外聞なんて、亭主は余程好事家(こうずか)のようだな」
番「えゝ鬼灯(ほおずき)などは植えんように致してございます」
數「うふゝゝ鬼灯じゃアない、風流人と申すことじゃ」
番「でございますか、なにほうずは出来ます」
數「何を申す」
番「へい、船の上をずる/\何時(いつ)までも曳(ひ)いているような長いものをほうずと申しますそうで」
數「いや中々の博識(ものしり)じゃ、うふゝゝ面白い男だの、此の泉水(せんすい)は潮入(しおいり)かえ」
番「へえ何と…」
數「いやさ此の泉水は潮が入(はい)るかえ」
番「へえ、何と御意遊ばします」
數「潮入りかというのじゃ」
番「へえ/\只今差上げますあの誰かお盆へ塩を持って来て上げな、どうも御癇癖(ごかんぺき)だから、お手をお洗い遊ばすのだろう、へえお塩を」
數「何を持って来るのだ、此の泉水は潮入かと申すのだ」
番「へえ、左様でございます」
大「何卒(どうぞ)これへ入らっしゃいまし」
數「うん岩越、ひょろ/\歩くと危いぞ池へ落(おっ)こちるといかん、あゝ妙だ、家根(やね)は惣体(そうたい)葺屋(ふきや)だな、とんと在体(ざいてい)の光景(ありさま)だの」
大「外面(そと)から見ますと田舎家(いなかや)のようで、中は木口を選んで、なか/\好事(こうず)に出来て居ります」
數「其の許(もと)は斯ういう事も中々委(くわ)しい、私(わし)はとんと知らんが、石灯籠(いしどうろう)は余りなく、木の灯籠が多いの」
大「えゝ、これはその、野原のような景色を見せました心得でございましょうか」
數「あ成程、これは面白い/\……此処(こゝ)から上(あが)るのか、成程玄関の様子が面白く出来たの、入口(いりくち)かえ」
大「これからお上(あが)り遊ばしませ、お履物(はきもの)は私(わたくし)がしまい置きます」
數「これは好(よ)い席だ」
大「さゝ、是へどうぞ/\」
 と松蔭が段々案内をいたし、座敷の床の前へ褥(しとね)を出し、烟草盆や何か手当が十分届いて居ります。
大「どうぞ此処(これ)へお坐りを願います」
數「余り好(よ)い月だによって、縁先で見るのが至極宜しい、これは妙だ、此の辺は一体隅田川の流れで……あれに見ゆるのは橋場の渡しの向うかえ、如何(いか)にも閑地(かんち)だから、斯ういう処は好いの、えゝ一寸(ちょいと)秋田屋をこれへ」
大「えゝ御家老これが当家の主人秋田屋清左衞門と申します、年来お屋敷へお出入を致すもので、染々(しみ/″\)未(いま)だお目通りは致しませんが、日外(いつぞや)あの五六年以前、大夫(たいふ)が御出府の折(おり)にお目通りを致した事がありますと申し、斯様な見苦しい処ではござるが、一度御尊来を願いたいと申して居ったので、当人も悉(こと/″\)く今日(こんにち)は悦び居ります、どうかお言葉を」
數「はゝあ、秋田屋か」
清「へえ、えゝ今日(こんにち)は宜(よ)うこそ、御尊来で、誠に身に取りまして有難い事でございます、えゝ年来お屋敷さまへお出入をいたします不調法者で、此の後(のち)とも何分御贔屓お引廻しを願います」
數「あい、秋田屋か、成程、貴公は知らんが、貴公の親父の時分であったか、江戸詰の時種々(いろ/\)世話になった事もあった、中々立派な好(よ)い家(いえ)だ、至極面白い」
清「いえ、見苦しゅうございまして、此の通り粗木(そぼく)を以て拵(こしら)えましたので、中々大夫さまなどがお入来(いで)と申すことは容易ならんことで、此の家(いえ)に箔(はく)が付きます事ゆえ、誠に有難いことで」
數「いや/\、格別の手当で辱(かたじけ)ない、あい/\、成程、これは中々立派な茶碗だな、余程道具好きだと見えるな」
大「はい、好(よ)い道具を沢山所持して居(お)る様子でございます、今日(こんにち)は御家老のお入来(いで)だと、何か大切な品を取出した様子で、なに碌(ろく)なものもございますまいがほんの有合(ありあい)で」
數「いや中々好(よ)い茶碗だ」
大「えゝ道具は麁末(そまつ)でござるが、主人が心入れで、自ら隅田川の水底(みずそこ)の水を汲上げ、砂漉(すなごし)にかけ、水を柔(やわら)かにして好(よ)い茶を入れましたそうで」
數「成程それは有難い、其処(そこ)が親切というもので、茶はたとえ番茶でも水を柔かにして飲ませる積りで、自身に川中まで船で水を汲みに往(ゆ)く志というものは、千万金(きん)にも替えがたく好い茶を飲ませるより福原辱(かたじけ)なく飲む」
大「えゝ恐入りました事で」
數「大藏、立派な菓子を取ったの」
大「いえ、どうも甚(はなは)だ何もございませんで、此の辺は誠にどうも……市ヶ谷から此処(これ)へ出張(でば)りますことで、好(い)い道具や何かは皆此方(こちら)の蔵へ入れ置きますという事で」
數「成程、火事がないから道具の好(よ)いのを運んで置くか、それは宜かろう」
大「今日(こんにち)は何も御馳走は有りませんが、御家老へ此の向うから月の上(あが)ります景色を………これは御馳走でございます、求めず天然の楽(たのし)みで、幸い今宵は満月の前夜で」
數「おゝ成程な、いやかけ違って染々(しみ/″\)挨拶もしなかったが、段々と上屋敷の事も下屋敷の事も、貴公が大分に骨を折って大きに殿様にも格別に思召(おぼしめ)し、新参でありながら、存外の昇進で、えらいものだ」
大「えへゝゝ、不束(ふつゝか)の大藏格別上(かみ)のお思召(ぼしめ)しをもちまして、重きお役を仰付けられ、冥加至極の儀で、此の上とも何卒(どうぞ)御家老のお引立を蒙(こうむ)りたく存じます」
數「其様(そん)なに出世をしては往(ゆ)く処があるまい、中々どうして男は好(よ)し、弁に愛敬を持ち、武芸も達しておるから自然と昇進をする質(たち)だ」
大「えゝ、恐入りました事で」
數「手前も壮年の折柄(おりから)は一体虚弱だが、大きに老年に及んで丈夫になったが、どうも歯が悪くなって、旨い物を喰(た)べても余り旨いとは思わん、楽しみと云っても別になし、国に居(お)れば田舎侍だから美食美服は出来んばかりでは無い、一体若い時分からそういう事は嫌いじゃ、斯ういう清々(せい/\)とした処を見るが何よりの楽しみじゃの」
 大藏は座を進ませまして、
大「えゝどうも今日(こんにち)は何もお慰(なぐさ)みもなく、お叱りを受けるかは存じませんが、亭主が深川の芸者を呼び置きましたと申すことで、一寸(ちょっと)お酌を取りましても、武骨な松蔭や秋田屋がお酌をいたしましては、池田伊丹の銘酒も地酒程にも飲めんようなことで、甚だ御無礼ではございますが、お目通りへ其の深川の芸者どもを呼寄せることに致します」
數「おゝ成程その噂は聞いている、深川には大分美人も居(お)り、芸の好(よ)いものも居(お)るという事だが、それは宜(よ)いの、手前は芸者に逢った事はない、武骨者で殊(こと)に岩越という男が是非一緒に往(ゆ)きたい、何でも連れてってくれ、未(いま)だ碌に御府内を見たことが無いというから同道して来たが、起倒流(きとうりゅう)の奥儀を究(きわ)めあるだけあって、膂力(ちから)が強いばかりで、頓と風流気(ふうりゅうぎ)のない武骨者じゃ」
岩越「えゝ拙者は岩越賢藏(けんぞう)と申す至って武骨者で此の後(ご)ともお見知り置かれて御別懇に」
大「今日(こんにち)は図らず御面会を致しました、手前は松蔭大藏で……好(よ)い折柄、此の後とも御別懇に……御家老此(こ)れは濱名左傳次と申す者で、小役人でございましたが、図らず以上に仰付けられ、今日(こんにち)は何うかお目通りを致しまして、何かのお話を承われば身の修行だと申して居ります、武骨ではござるが洒落(しゃれ)た口もきゝ、皺枯(しゃがれ)っ声で歌を唄い、面白い男ゆえお目をお掛け遊ばして、何分お引立を」
數「はい/\、中々様子の好(よ)い男、なれども近い処だと宜(よ)いがの、上屋敷までは遠いから、どうか些(ちっ)と早く帰りたいがの」
大「いえ、今晩は小梅のお中屋敷へ御一泊遊ばしては如何(いかゞ)、寺家田(じけだ)の座敷が手広でござる、彼(あれ)へ御一泊遊ばしますように、是から虎の門までお帰りになっては余り遅うなりますから」
數「それは宜かろう」
大「じゃア早く/\」
 と是からお吸物に結構な膳椀で、古赤絵(ふるあかえ)の向付(むこうづ)けに掻鯛(かきだい)のいりざけのようなものが出ました。続いて口取(くちとり)焼肴(やきざかな)が出る。数々料理が並ぶ。引続いて出て来ましたのは深川の別嬪(べっぴん)でございます。
大「さ、これへ」
芸「今日(こんにち)は」
數「いや/\大勢呼んだの」
大「さ、これへ来てお酌を、大夫様(たいふさま)から」
芸「へえ、大夫様お酌をいたしましょう」
數「いや成程これは綺麗、あい/\、成程松蔭年を老(と)っても酌はたぼと云って幾歳(いくつ)になっても婦人は見て悪くないもんだの、むゝう、中々どうも……何(なん)てえ名だなに、小玉か成程、どんずり奴(やっこ)の男がいる、あれは何だ」
幇間「えゝ手前は鳥羽屋五蝶と申します幇間(たいこ)で」
數「ほゝう、なに太鼓を叩くか」
五「いえ、只口で叩きます」
數「口で太鼓を…唇でかえ」
五「いえ、なに、太鼓持で、えへゝゝ」
數「うん成程、口軽(くちがる)なことをいう、幇間(ほうかん)か、成程聞いていた、中々面白い頭だの」
五「へゝゝ、どうも未(ま)だどんずり奴(やっこ)でございます」
數「太皷持の頭は、皆(みな)此様(こん)なかえ」
五「皆(みんな)お揃いと云う訳ではございませんが、自然と毛が薄くなりましたので」
數「いや形が変って妙だ、幇間(たいこもち)は口軽だというが、何か面白いことを云いなさい」
五「これは恐入りましたな、御家老さま、改まってこれを云えと仰せあられますと困りますが……喜三郎こゝへ出なよ、金公(きんこう)や此処(これ)へ出なよ」
喜「口軽なんぞ迚(とて)もお目通りは出来ないというのは何うだ」
五「何だえ、それは」
喜「足軽という洒落(しゃれ)だ」
五「縁が遠いの、口軽と足軽では」
數「私(わし)は酒が頓といかん、岩越一盃(いっぱい)やれ」
岩「私(わたくし)は斯ういう形のものは始めて見ました、余程違って居ります、云うことも中々面白いようで」
五「これから追々(おい/\)繰出します」

        四十七

 幇間(ほうかん)の五蝶が、
五「大夫様、此のお庭は好(よ)いお庭でございますな」
數「なか/\好いの」
五「大きな緋鯉(ひごい)が居ります、更紗(さらさ)や何か亀井戸もよろしく申すので」
數「何ういう訳で、誰が亀井戸でよろしくと申した」
五「いえなに、然(そ)ういう訳ではありません、これはどうも恐入りましたな」
數「私(わし)も一つ洒落ようかな」
五「これは恐入ります、皆(みん)な此処(こゝ)へ来て伺いな、大夫様がお洒落遊ばすと、お上屋敷の御家老様が」
數「貴公は甘(うま)い物で洒落るから、私(わし)も一つ洒落よう」
五「改まって洒落ようというお声がかりは恐入ります」
數「私(わし)が国は美作で」
五「へえ成程」
數「私(わし)は城代家老じゃ」
五「へえ/\」
數「そこで洒落るのだ」
五「大層どうもお洒落の御玄関(ごげんかん)から大広間(おおびろま)は恐入りました、へえ、成程」
數「美作城代家老私(みまさかじょうだいかろうわし)、というのは何うだ」
五「へえ、恐入りましたな、それは何ういう訳なんで」
數「分らんの、いまさか羊羹(ようかん)鹿(か)の子(こ)餅(もち)」
五「へゝえ、成程気が付きません、美作城代家老私、いまさか羊羹鹿の子餅、これは恐入りました……どうも恐入ったね」
喜「恐入りました、御家老様からお洒落がお菓子で出たから、可笑(おかし)な洒落と云うのをやろうかね、さアと云うと一寸(ちょいと)出ないものでげすが」
みの吉「私がちょいと一つやるよ」
喜「や、これはみの吉さん感心」
みの「私が赤飯(おこわ)を喫(た)べたんだよ」
喜「可笑しな洒落だね」
みの「汁粉屋で赤飯を出したのだよ」
喜「此の節は汁粉屋で赤飯を売るよ」
みの「だから白木屋(しろきや)お駒(こま)というのを汁粉屋赤飯(しるこやおこわ)さ」
喜「前(さき)に本文(ほんもん)を断(ことわ)って後(あと)から云うのは可笑しい」
岩越「手前が一つ洒落ようかの」
五「岩越さま、あなた様のお洒落は」
岩「手前は考えたが余程むずかしいて、これはムヽウ…待ってくれ、えー阿部川餅(あべかわもち)というのが有るの」
五「へえ/\ございます」
岩「一つ八文で」
五「阿部川、へい、一つは八文で」
岩「あべ川の八銭では本当の直(ね)だというのは何うだ」
五「へえー、変なお洒落で、それは何う云う訳なんで」
岩「姉川(あねかわ)の合戦(かっせん)、本多(ほんだ)が出たというのだ」
五「それは余りお固いお洒落でげすな、私(わたくし)が洒落ましょう、斯ういうのは何うでございます、大黒様が巨燵(こたつ)に※(「火+共」、第3水準1-87-42)(あた)ってるのでございます、大黒暖(あった)かいと」
數「うん、成程是は分った、大福暖(あった)かいか」
五「御家老様の御意に入(い)りましたか」
數「私(わし)が最(も)う一つ洒落ようか、是は何うだの、松風は固い岩おこしは柔らかいと云うのは」
五「へえ、それは何ういう訳で」
數「松蔭は堅い男、岩越は柔術家(やわらとり)」
五「へえ成程中々ちょっくら分りませんが誠に恐入りました事で、早くお三味線を」
 とお座付(ざつき)が済み、後(あと)は深川の端唄(はうた)で賑(にぎや)かにやる大分興に入(い)った様子、御家老も六十近(ぢか)いお年で、初めて斯ういう席に臨みましたので快く大分に召上りました。
數「お前のお蔭で私(わし)は斯様(こん)な面白い事に逢ったのは初めてだ、実に堪(たま)らんな、又(ま)た其の中(うち)来たいものだ」
大「何うか御在府中御遠慮なくおいで下されば、清左衞門は如何(いか)ばかりの悦びか知れません、芸者は孰(どれ)がお気に入りました」
數「皆宜(よ)いの、其の中(うち)にも彼(あれ)が好(よ)いの、小まんに雛吉か」
大「彼(あれ)が御意に入りましたら、今度はお相手に前々(ぜん/″\)から頼み置きまして、呼寄せるように致しましょう」
數「それは誠に辱(かたじけ)ない、大きに酔うたな、殿様は御病気での」
大「へえ/\私(わたくし)も大きに心配を致して居ります」
數「併(しか)し私(わし)が顔を御覧があってから、大きにお力が附いて大分に宜しいと、殊(こと)の外(ほか)お悦びでお食(しょく)も余程進むような事で」
大「大夫、何ぞお慰(なぐさ)みを」
數「いや私(わし)は誠に武骨な男で、音曲(おんぎょく)や何かはとんと分らん、能が好きじゃ」
大「はア、左様でございますか、それでは能役者を」
數「いや連れて来たよ、二人次の間に居(お)るが、せめて皷(つゞみ)ぐらいはなければなるまいと思って、婦人で皷を能(よ)く打つ者があって、幸いだから、私(わし)が其の婦人(おんな)を連れてまいった」
大「それは少しも心得ませんでした、何時(いつ)の間(ま)にまいりましたか」
數「芸者どもは少し端(はし)へ寄って居れ」
 と是から灯(あかり)を増し折から月が皎々(こう/\)と差上(さしのぼ)りまして、前の泉水へ映じ、白萩(しろはぎ)は露を含んで月の光りできら/\いたして居(お)る中へ灯(あかり)を置きまして、此方(こちら)には芸者が並んで居りますから、何方(どちら)を見ても目移りが致しますような有様、今襖(ふすま)を開けて出て来ましたは仙台平(せんだいひら)の袴(はかま)に黒の紋付でございます。其の頃だから半髪青額(はんはつせいてん)でまだ若い十七八の男と、二十七八になる男と二人がすうと摺足(すりあし)をして出て来ました。脇を見ると隅の方に女が一人振袖(ふりそで)を着まして、調べを取ってポン/\という其の皷の音が裏皮へ抜けまして奥へ響き中々上手に打ちます。大藏は何うして何時の間に斯様(かよう)な能役者を連れて来たかと思って見ますと、どうも見た様な能役者であるとは思いましたが、松蔭にも分りません。少し前へ膝を進めて熟々(よく/\)見ますと若い方は先年お暇(いとま)が出て、お屋敷を追放になりました渡邊織江の忰(せがれ)の祖五郎、今一人は春部梅三郎、両人共にお屋敷を出て居(お)って、二人が何うして此処(こゝ)へ能役者に成って来たことかと、皷打(つゞみうち)を見ると祖五郎の姉のお竹ですから松蔭は驚きまして、是は何ういう訳かと濱名左傳次と互(たがい)に顔を見合せて居ります内に、舞もしまいました。
數「大きに御苦労/\、さア/\こゝへ来て、ずうっとこゝへ来な、構わずに此処(こゝ)へ来て一盃(いっぱい)……それから松蔭もこゝへ来て……えゝ、これは貴公も知って居(お)る通り、渡邊織江の忰祖五郎で、彼(あれ)は春部梅三郎じゃ、不調法があってお暇になり、浪人の活計(たつき)に迫り、自分も好きな所から能役者となりたいと、何うやら斯うやら今では能役者でやって居(お)るそうだ、これは祖五郎の姉だ、器量も好(よ)いがお屋敷へ帰るまでは何処(どこ)へも嫁付(かたづ)くことは否(いや)だと、皷を打ったり、下方(したかた)が出来る処から出入町人の亭主に心安い者があって、其処(そこ)にいると云うが、今日(こんにち)は幸いな折柄で、どうか又贔屓にして斯ういう事が有ったら前々(まえ/\)屋敷にいた時の馴染もあるから呼んでやってくれ」
大「これは思掛けない事で、祖五郎殿にも春部氏にも暫(しばら)く……」
 と松蔭も腹の中では驚きました。
大「えゝ、只今は何処(どこ)に」
數「いや、国へ尋ねて来た、それからま何うするにも仕方がないから、奈良辺(あたり)で稽古をして、此方(こちら)へ出て来たので、是からが本当の修業じゃ、さア/\一盃(いっぱい)/\」
梅「松蔭殿、面目次第もない、尾羽打枯した浪人の生計(たつき)、致し方なく斯様な営業(なりわい)をいたして居り、誠に恥入りました訳で、松蔭殿にお目通りを致しますのも間の悪い事でございますが、構わんから参れと、御家老の仰せを受けて罷出(まかりで)ました、貴方様には追々(おい/\)御出世、蔭ながら悦び居ります」
祖「祖五郎も蔭ながら、貴方様の御出世は父織江がお世話致した甲斐がござると蔭ながら悦び居ります、今日(こんにち)は思掛けなく御面会を致しました、此の後(ご)共御贔屓を願いとう……斯様な御酒宴のございます節には必ずお招きを願います」
竹「松蔭さま暫く、竹でございます」
大「これはお竹さま、これは実に妙でげすな」
數「いや実に妙だ、芸者は帰したら宜かろう、却(かえ)って此処(こゝ)にいると屋敷の話も出来んから、取急いで秋田屋芸者共を早く帰せ/\」
番頭「へえ/\」
 と急に船に載せて帰しました、
數「さ、こゝへ来て昔の話をしよう、この祖五郎の父織江は福原別懇であった、忠義無二な男であったが、武運拙(つたな)くして谷中瑞麟寺の藪蔭で何者とも知れず殺害(せつがい)され、不束(ふつゝか)の至りによって永(なが)のお暇(いとま)を仰付けられ、討ったる敵(かたき)が知れんというが、さぞ残念であろう」
祖「はっ、誠に残念至極で」
 と眼に涙を浮(うか)めてお竹と祖五郎が松蔭の顔をじろりと横目で睨(ね)め上げるから、松蔭は気味悪くなり、下を向いている。
數「春部梅三郎は腰元の若江と密通して逃げたという事だったの」
梅「はい、誠に恥入った事でございます」
數「うん、それが露顕した訳でもなし、是まで勤め向(むき)も堅く、ほんの若気(わかげ)の至りで、女を連れて逐電いたしたのじゃが、未(いま)だお暇の出たわけではなし、只家出をした廉(かど)だから、お詫をして帰参の叶(かな)う時節もあろう、若江という小姓も少(ちい)さい時分から奉公をしていた者で、先年体好(ていよ)くお暇になったとの事、是も出入りは出来ようかと思う、所でお前たちに私(わし)が問うがな、大殿様は今年はもう五十五にお成りなさる、昨今の処では御病気も大きに宜(よ)いようじゃが、どうもお身上(みじょう)が悪いので、今度の御病気は數馬決して安心せん、もしお逝去(かくれ)にでもなった時には御家督相続は誰が宜かろう、春部だの祖五郎はお暇になってゝも、代々の君恩の辱(かたじけ)ない事は忘却致すまい、君恩を有難いと考えるならば、御家督は何う致すが宜しいか少しは考えも有ろう」
祖「手前の考えでは若様は未(ま)だお四才(よっつ)かお五才(いつゝ)で御頑是(ごがんぜ)もなく、何弁(わきま)えない処のお子様でございますから、万々一(まん/\いち)大殿様がお逝去(かく)れに相成った時には、お下屋敷にならせられる紋之丞様より他に御家督御相続のお方は有るまいかと存じます」
數「それは些(ち)と違うだろう、菊様はお血統(ちすじ)だ、仮令(たとえ)お四才(よっつ)でも菊様が御家督にならなければなるまい、御舎弟を直すのは些と道理に違って居(お)るように心得る」
梅「いや、それは違って居りましょう」
數「違っては居らん」
梅「併(しか)しお四才(よっつ)になる者を御家督になされば、矢張(やっぱり)御後見が附かなければなりません、それよりは矢張(やっぱり)お下屋敷の御舎弟紋之丞様が御家督御相続になって、菊様追々御成人の後(のち)、御順家督(ごじゅんかとく)に相成るが御当然(ごとうぜん)のことゝ存じます」
數「いや/\然(そ)うでない、お血統(ちすじ)は別だ、誰しも我子は可愛もので、御実子(ごじっし)を以(もっ)て御家督相続と云えば殿様にもお快くお臨終が出来る、御兄弟の御情合も深い、深いなれども御舎弟様が御家督と云えばお快くないから御臨終(ごりんじゅう)が悪かろうと思う、どうもお四才(よっつ)でもお血統はお血統、若様を御家督にするが当然かと心得るな」
祖「是は御家老様にお似合いなさらんお言葉で、紋之丞様が御家督相続に相成れば、万事御都合が宜しい事で、お舎弟様は文武の道に秀(ひい)で、お智慧も有り、先(ま)ず大殿様が御秘蔵の御方(おんかた)度々(たび/\)お賞(ほ)めのお言葉も有りました事は、父から聞いて居ります」
數「それはお前たちの知らん事、何でも菊様に限る」
大「えゝ、松蔭横合より差出ました横槍を入れます、これは春部氏祖五郎殿の申さるゝが至極尤(もっと)もかと存じます、菊様は未(いま)だお四才(よっつ)で、何のお弁(わきま)えもない頑是(がんぜ)ない方をお世嗣(よとり)に遊ばしますのも、些(ち)と不都合かのように存じます、菊様御成人の後は兎も角こゝ十四五年の間は梅の御印様(おしるしさま)が御家督になるのが手前に於(おい)ては当然かと、憚(はゞか)りながら存じます」
數「然(そ)うじゃアあるまい」
大「いや/\それは誰が何と申しても左様かと心得ます」
 福原數馬は俄(にわか)に面色(めんしょく)を変え、容(かたち)を正して声を張上げ。
數「黙れ……白々しい事を申すな、松蔭手前はそれ程御舎弟紋之丞様を大切に心得て居(お)るならば、何故(なぜ)飴屋の源兵衞を頼んだ」
大「はっ」
數「神原五郎治、四郎治と同意致して、殿を蔑(ないがし)ろにする事を私(わし)が知らんと思うて居(お)るか、白痴(たわけ)め、左様に人前(ひとまえ)を作り忠義立を申してもな、其の方は大恩人の渡邊織江を谷中瑞麟寺脇の細道において、手槍をもって突殺した事を存じて居(お)るぞ、其の咎(とが)を梅三郎に負わそうと存じて、証拠の物を取置き、其の上ならず御舎弟様を害そうと致した事も存じて居(お)る、百八十余里隔(へだ)った国にいても此の福原數馬は能(よ)く心得て居(お)るぞ、人非人(にんぴにん)め」
 と云い放たれ、恟(びっく)り致したが、そこは悪党でございますから、じりゝと前へ膝を進めて顔色(がんしょく)を変え。
大「御家老さま怪(け)しからん事を仰せられます、思い掛けない事を仰せられまする……手前が何で渡邊織江を殺害(せつがい)し、殊(こと)に御舎弟紋之丞さまを失おうとしたなどと誰が左様な事を申しました、手前に於(おい)ては毛頭覚えはございません、何を証拠に左様なことを仰しゃいますか、承わりとうござる」
數「これ、まだ其様(そん)なことを云うか、手前は五分試(ごぶだめ)しにもせにアならん奴だ、うゝん……よく考えて見よ、先(まず)奥方さま御死去になってから、お秋の方の気儘(きまゝ)気随(きずい)神原兄弟や手前達を引入れ、殿様を蔑(ないがしろ)にいたす事も皆(み)な存じて居(お)る。殊に其の方を世話いたした渡邊を殺害(せつがい)致したり、もと何処(どこ)の者か訳も分らん者を渡邊が格別取做(とりなし)を申したから、お抱えになったのじゃ、上(かみ)へ諂(へつら)い媚(こび)を献じて、とうとう寺島主水を説伏せ、江戸家老を欺き遂(おわ)せて、菊様を世に出そうが為、御舎弟様を亡(な)き者にしようと云う事は、疾(と)うに忠心の者が一々国表へ知らせたゆえに、老体なれども此の度(たび)態々(わざ/\)出て参ったのだ、其の方のような悪人は年を老(と)っても人指(ひとさしゆび)と拇指(おやゆび)で捻(ひね)り殺すぐらいの事は心得て居(お)る、さアそれとも言訳があるか、忠義に凝(こ)った若者らは不忠不義の大罪人八裂(やつざき)にしても飽足(あきた)らんと憤(いきどお)ったのを、私(わし)が止めた、いやそれは宜しくない、一人を殺すは何でもない、况(まし)て事を荒立る時には殿様のお眼識違(めがねちが)いになりお恥辱(はじ)である、また死去致した渡邊織江の越度(おちど)にも相成る事、万一此の事が将軍家の上聞(じょうぶん)に達すれば、此の上もない御当家のお恥辱(はじ)になるゆえ、事穏便(おんびん)が宜しいと理解をいたした、こりゃ最早何(ど)の様(よう)に陳じても遁(のが)れる道はないから、神原兄弟は国表へ禁錮(おしこめ)申し付け、家老役御免、跡役は秋月喜一郎に仰付けられるよう相定(あいさだま)って居(お)る、手前は不忠な事を致し、面目次第もない、不忠不義の大罪人御奉公も相成り兼(かね)るによって永(なが)の暇(いとま)下されたしという書面を書け、これ祖五郎此の松蔭に父を討たれ、無念の至りであろう、手前はお暇を蒙(こうむ)って居(お)る身の上、仮令(たとえ)悪人でも殿様のお側近くへまいる役柄を勤める大藏を、敵(かたき)と云って無闇に討つことは出来んから、暇を取ったら、直(すぐ)に討て……梅三郎貴様は大藏のため既に罪に陥(おと)されし廉(かど)もあり、祖五郎は未(いま)だ年若じゃによって助太刀を致してやれ、これに岩越という柔術取(やわらとり)の名人が居(お)るから心配は無い、貴様力を添えてやれ、さ松蔭書付を書いて私(わし)へ出せばそれで手前はお暇になったのだ…秋田屋の亭主気の毒だが此の庭で敵討(かたきうち)を致させるから少し貸せ」
清「へえ」
 と驚きました。
清「泉水がございますが」
數「いや、びちゃ/\落(おっ)こっても宜しい、急に一時(いちじ)に片を附けなければならんのだ、さ書け書かんかえ」
大「はっ……併(しか)し何(ど)の様(よう)の証拠がござって、手前は神原兄弟と心を合せて御家老職を欺(あざむ)き、剰(あまつ)さえ御舎弟様を手前が毒害いたそうなどと、毛頭身に覚えない事で、殊に渡邊織江を殺害(せつがい)いたしたなどと」
梅「黙れ此の梅三郎が宜く心得て居(お)るぞ、手前は神原と心を合せて織江殿を殺害(せつがい)致した其の時に、此の梅三郎は其の場に居合せ、下男を取押えて密書を奪い現に所持いたして居(お)る、最早遁(のが)れる道はないぞ」
 祖五郎は血眼(ちまなこ)になって前へ進み、
祖「やい大藏、人非人恩知らず、狗畜生(いぬちくしょう)、やい手前はな父を討ったに相違ない、手前は召使(めしつかい)の菊を殺し、又家来林藏も斬殺(きりころ)し、其の上ならず不義密通だと云って宿(やど)へ死骸を下げたが、其の前々(まえ/\)菊が悪事の段々を細かに書いて、小袖の襟へ縫附けて親元へ贈った菊の書付けを所持して居(お)る、最早遁(のが)れる道はないぞ、手前も武士じゃないか、尋常に立上って勝負いたせ」
大「はっ……不忠不義の大罪重々心に恥じ、恐入りましてござる」
數「さ、書け、もう迚(とて)もいかんから書け、松蔭手前も諦めの悪い男だ、最早遁(にぐ)るも引くも出来やせん、書け」
大「はっ」
數「まだ恐れ入らんか」
大「はっ」
數「も一つ云おうか、白山前の飴屋小金屋源兵衞を欺(だま)し宗庵という医者を抱込んで、水飴の中へ斑猫を煮込み、紋之丞様へ差上げようと致したな、それは疾(と)うに水飴屋の亭主が残らず白状致してある、遁(のが)れる道はない」
大「あゝ残念…是まで十分仕遂(しおわ)せたる事が破れたか、あゝ」
 と震(ふる)えて袴(はかま)の間へ手を入れ、松蔭大藏は歯噛(はがみ)をなして居りましたが、最早詮方(せんかた)がないと諦め、平伏して、
大「恐れ入ってござる」
數「おゝ、恐れ入ればそれで宜しい、お秋の方も剃髪(ていはつ)させ、国へ押込める積(つもり)だ、さ書け/\」
大「只今書きまする」
 と云いながら後(あと)へ退(さが)るから、岩越という柔術家(やわらとり)が万一(もし)逃げにかゝったら引倒して息の根を止めようと思って控えて居ります。後へ退って大藏が硯(すゞり)を引寄せて震(ふる)えながら認(したゝ)めて差出す。
數「爪印を押せ、其処(そこ)へ」
大「はっ」
 と爪印を捺(お)して福原數馬の前へ差出し、
大「重々心得違い、是(こ)れにて宜しゅうございますか、御披見(ごひけん)下さい」
數「其の方の手跡(しゅせき)だから宜しい、さ是から庭へ出て敵討(かたきうち)だ/\」
 と云うと大藏は耐(こら)えかねて小刀(しょうとう)を引抜くが早いか脇腹へ突込(つきこ)んで引廻しました。
祖「汝(おの)れ切腹致したな」
 と祖五郎が飛掛って二打三打斬付け、遂(つい)に仇(あだ)を討遂(うちおお)せて、直(すぐ)にお屋敷へお届けに相成り、とうとう悪人は残らず国表へ押込められて、お上屋敷の御家来十七人切腹致し、渡邊祖五郎、春部梅三郎はお召帰(めしかえ)しに相成り、渡邊祖五郎は二代目織江と成り、菊様の後見と相成って、お下屋敷にまいりました。また秋月は跡家老職(あとかろうしょく)を仰付けられ、こゝに於(おい)て福原數馬は安心して国へ帰る。殿様は御病気全快し、其の後(ご)大殿お逝去(なくなり)になって、紋之丞さまが乗出し、美作守に任ぜられ。又お竹を何くれ親切に世話をした雲水の宗達は、美作の国までお竹を送り届け、それより廻国を致し、遂に京都で大寺(だいじ)の住職となり、鴻の巣の若江は旅籠屋(はたごや)を親族に相続させ、更(あらた)めて渡邊祖五郎が媒妁人(なこうど)で、梅三郎と夫婦になり、お竹も重役へ嫁入りました。大力(だいりき)の遠山權六は忠義無二との取沙汰(とりざた)にて百石の御加増に相成りましたという。お芽出たいお話でございますが、長物語で嘸(さぞ)御退屈。
(拠酒井昇造筆記)
了

底本:「圓朝全集 巻の九」近代文芸・資料複刻叢書、世界文庫
   1964(昭和39)年2月10日発行
底本の親本:「圓朝全集巻の九」春陽堂
   1927(昭和2)年8月12日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、話芸の速記を元にした底本の特徴を残すために、くの字点(二倍の踊り字。「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)はそのまま用いました。二の字点(漢数字の「二」を一筆書きにしたような形の繰り返し記号)は、「々」「ゝ」「ヽ」にかえました。
総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」は、それぞれ「其の」と「此の」に統一しました。
底本中では改行されていませんが、会話文の前後で段落をあらため、会話文の終わりを示す句読点は、受けのかぎ括弧にかえました。
※本作品中には、人名などの固有名詞に一部不統一が見られますが、あきらかな誤植と思われる場合を除き、原則として統一はせず、底本のままとしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:小林繁雄
校正:かとうかおり
2001年1月6日公開
2004年7月21日修正
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