あらすじ
都会の文化に翻弄され、父と共に水泳場を転々とする小初。父の経営は傾き、二人の生活は苦しい。そんな中、小初は父の旧式水泳場を無償で提供してくれた材木屋の五十男、貝原に惹かれていく。しかし、都会への憧れから、かつての初恋相手、薫との関係は冷め切っていた。やがて、貝原は小初に、自身の家系に血筋を継いでほしいと申し出る。小初は、父や自分の置かれている状況、そして薫との複雑な関係の中で、葛藤し、考え、そして決意をする。しかし、その決意は、小初自身をも巻き込む、予想外の事態へと発展していく……。
 小初は、跳(は)ね込(こ)み台の櫓(やぐら)の上板に立ち上った。腕(うで)を額に翳(かざ)して、空の雲気を見廻(みまわ)した。軽く矩形(くけい)に擡(もた)げた右の上側はココア色に日焦(ひや)けしている。腕の裏側から脇(わき)の下へかけては、さかなの背と腹との関係のように、急に白く柔(やわらか)くなって、何代も都会の土に住み一性分の水を呑(の)んで系図を保った人間だけが持つ冴(さ)えて緻密(ちみつ)な凄(すご)みと執拗(しつよう)な鞣性(じゅうせい)を含(ふく)んでいる。やや下ぶくれで唇(くちびる)が小さく咲(さ)いて出たような天女型の美貌(びぼう)だが、額にかざした腕の陰影(いんえい)が顔の上半をかげらせ大きな尻下(しりさが)りの眼(め)が少し野獣(やじゅう)じみて光った。
 額に翳した右の手先と、左の腰盤(ようばん)に当てた左の手首の釣合(つりあ)いが、いつも天候を気にしている職業人のみがする男型のポーズを小初にとらせた。中柄(ちゅうがら)で肉の締(しま)っているこの女水泳教師の薄(うす)い水着下の腹輪の肉はまだ充分(じゅうぶん)発達しない寂(さび)しさを見せてはいるが、腰(こし)の骨盤は蜂(はち)型にやや大きい。そこに母性的の威容(いよう)と逞(たく)ましい闘志(とうし)とを潜(ひそ)ましている。
 蒼空(あおぞら)は培養硝子(ばいようガラス)を上から冠(かぶ)せたように張り切ったまま、温気(うんき)を籠(こも)らせ、界隈(かいわい)一面の青蘆(あおあし)の洲(す)はところどころ弱々しく戦(おのの)いている。ほんの局部的な風である。大たい鬱結(うっけつ)した暑気の天地だ。荒川(あらかわ)放水路が北方から東南へ向けまず二筋になり、葛西川(かさいがわ)橋の下から一本の大幅(おおはば)の動きとなって、河口を海へ融(と)かしている。
「何という判(わか)らない陽気だろう」
 小初は呟(つぶや)いた。
 五日後に挙行される遠泳会の晴雨が気遣(きづか)われた。
 西の方へ瞳(ひとみ)を落すと鈍(にぶ)い焔(ほのお)が燻(いぶ)って来るように、都会の中央から市街の瓦(かわら)屋根の氾濫(はんらん)が眼を襲(おそ)って来る。それは砂町一丁目と上大島町の瓦斯(ガス)タンクを堡塁(ほるい)のように清砂通りに沿う一線と八幡(やわた)通りに沿う一線に主力を集め、おのおの三方へ不規則に蔓延(まんえん)している。近くの街の屋根瓦の重畳(ちょうじょう)は、躍(おど)って押(お)し寄せるように見えて、一々は動かない。そして、うるさいほど肩(かた)の数を聳(そびや)かしている高層建築と大工場。灼熱(しゃくねつ)した塵埃(じんあい)の空に幾百(いくひゃく)筋も赫(あか)く爛(ただ)れ込んでいる煙突(えんとつ)の煙(けむり)。
 小初は腰の左手を上へ挙げて、額に翳している右の腕に添(そ)え、眩(まぶ)しくないよう眼庇(まびさ)しを深くして、今更(いまさら)のように文化の燎原(りょうげん)に立ち昇(のぼ)る晩夏の陽炎(かげろう)を見入って、深い溜息(ためいき)をした。
 父の水泳場は父祖の代から隅田川(すみだがわ)岸に在った。それが都会の新文化の発展に追除(おいの)けられ追除けられして竪川(たてかわ)筋に移り、小名木川(おなぎがわ)筋に移り、場末の横堀(よこぼり)に移った。そしてとうとう砂村のこの材木置場の中に追い込まれた。転々した敗戦のあとが傷ましくずっと数えられる。だが移った途端(とたん)に東京は大東京と劃大(かくだい)され砂村も城東区砂町となって、立派に市域の内には違(ちが)いなかった。それがわずかに「わが青海流は都会人の嗜(たしな)みにする泳ぎだ。決して田舎(いなか)には落したくない。」そういっている父の虚栄心(きょえいしん)を満足させた。父は同じ東京となった放水路の川向うの江戸川区(えどがわく)には移り住むのを極度に恐(おそ)れた。葛西(かさい)という名が、旧東京人の父には、市内という観念をいかにしても受付けさせなかった。ついに父は荒川放水を逃路(とうろ)の限りとして背水の陣(じん)を敷(し)き、青海流水泳の最後の道場を死守するつもりである。
 このように夏稼(かせ)ぎの水泳場はたびたび川筋を変えたが、住居は今年の夏前までずっと日本橋区の小網町(こあみちょう)に在った。父は夏以外ふだんの職業として反物(たんもの)のたとう紙やペーパアを引受けていた。和漢文の素養のある上に、ちょっと英語を習った。それでアドレスや請求文(せいきゅうぶん)を書いて、父はイギリスの織物会社からしきりにカタログを取り寄せた。中や表紙の図案を流用しながら、自分の意匠(いしょう)を加えて、画工に描(か)き上げさせ、印刷屋に印刷させて、問屋の註文(ちゅうもん)に応じていた。ちらしや広告の文案も助手を使って引き受けていた。
 だが地元の織物組合は進歩した。画工も進歩した。今更中間のブローカー問屋や素人(しろうと)の父の型の極(きま)った意匠など必要はなくなった。父の住居附(つ)きのオフィスは年々寂寥(せきりょう)を増した。しばらく持ち堪(こた)えてはいたが、その後いろいろな事業に手を出した末が、地所ぐるみ人に取られた。その前に先祖から伝えられていた金も道具も失(な)くしていた。だからこの夏期は夜番と云(い)いつくろって父娘(おやこ)二人水泳場へ寝泊(ねとま)りである。
 駸々(しんしん)と水泳場も住居をも追い流す都会文化の猛威(もうい)を、一面灰色の焔の屋根瓦に感じて、小初は心の髄(ずい)にまで怯(おび)えを持ったが、しかししばらく見詰(みつ)めていると、怯えてわが家没落(ぼつらく)の必至の感を深くするほど、不思議とかえって、その猛威がなつかしくなって来た。結局は、どうなりこうなりして、それがまた自分を救ってくれる力となるのではあるまいかと感ぜられて来た。その都会の猛威に対する自分のはらはらしたなつかしさは肉体さえも抱(かか)え竦(すく)められるようである。このなつかしさに対しては、去年の夏から互(たがい)に許し合っている水泳場近くの薄給(はっきゅう)会社員の息子(むすこ)薫(かおる)少年との小鳥のような肉体の戯(たわむ)れはおかしくて、想(おも)い出すさえ恥(は)じを感ずる。
 それに引きかえて、自分への興味のために、父の旧式水泳場をこの材木堀に無償(むしょう)で置いてくれ、生徒を世話してくれたり、見張りの船を漕(こ)いでくれたりして遠巻きに自分に絡(から)まっている材木屋の五十男貝原を見直して来た。必要がいくらかでも好みに変って来たのであろうか。小初は自分の切ない功利心に眼をしばだたいた。
 とにかく、父や自分の仇敵(きゅうてき)である都会文化の猛威に対して、少しも復讐(ふくしゅう)の気持が起らず、かえって、その逞ましさに慄(ふる)えて魅着(みちゃく)する自分は、ひょっとして、大変な錯倒症(さっとうしょう)の不良娘(むすめ)なのではあるまいか。だが何といっても父や自分の魂(たましい)の置場はあそこ――都会――大東京の真中よりほかにないのだから仕方がない、是非もない……。
「小初先生。時間ですよ。翡翠(ショービン)の飛込みのお手本をやって下さい」
 水だらけの子供を十人ばかり乗せ、櫓台の下へ田舟(たぶね)を漕ぎ近づけて、材木屋の貝原が、大声を挙げた。飛騨訛(ひだなま)りがそう不自然でなく東京弁に馴致(じゅんち)された言葉つきである。
「お手本をも一度みんなに見せといて、それからやらせます」
 脂肪(しぼう)づいた小富豪(しょうふごう)らしい身体(からだ)に、小初と同じ都鳥の紋(もん)どころの水着を着て、貝原はすっかり水泳場の助手になり済ましている。小初はいつもよりいくらか滑(なめ)らかに答えた。
「いますぐよ。少しぐらい待ってよ」
 だが、息づまるような今までの気持からいくらか余裕(よゆう)をつけようとして、小初はもう一度放水路の方を見やった。一めん波が菱立(ひしだ)って来た放水路の水面を川上へ目を遡(さかのぼ)らせて行くと、中川筋と荒川筋の堺(さかい)の堤(つつみ)の両端を扼(やく)している塔橋型(とうきょうがた)の大水門の辺に競走のような張りを見せて舟々は帆(ほ)を上げている。小初の声は勇んだ。
「確かだわ。今晩は夕立ち、明日から四五日お天気は大丈夫(だいじょうぶ)よ」
「まあ、そんなところですなあ。遠泳会はうまく行くね」
 掌(てのひら)を差し出して風の脈に触(ふ)れてみてから貝原は相槌(あいづち)を打った。
 肩や両脇(りょうわき)を太紐(ふとひも)で荒くかがって風の抜(ぬ)けるようにしてある陣羽織(じんばおり)式の青海流の水着を脱(ぬ)ぐと下から黒の水泳シャツの張り付いた小初の雄勁(ゆうけい)な身体が剥(む)き出された。こういう職務に立つときの彼女(かのじょ)の姿態に針一突(つ)きの間違いもなく手間の極致を尽(つく)して彫(ほ)り出した象牙(ぞうげ)細工のような非人情的な完成が見られた。人間の死体のみが持つ虚静の美をこの娘は生ける肉体に備えていた。小初は、櫓板の端にすらりと両股(りょうまた)を踏み立て、両手を前方肩の高さに伸(のば)し、胸を張って呼吸を計った。やや左手の眼の前に落ちかかる日輪は爛(ただ)れたような日中のごみを風に吹(ふ)き払(はら)われ、ただ肉桃色(にくももいろ)の盆(ぼん)のように空虚に丸い。
 ざわざわ鳴り続け出した蘆洲の、ところどころ幾筋も風筋に当る部分は吹き倒(たお)れて泡(あわ)をたくさん浮(う)かした上げ潮が凪(な)ぎあとの蘆洲の根方にだぶつくのが覗(のぞ)ける。
 青海流の作法からいうと翡翠の飛込み方は、用意の号令で櫓の端へ立ち上って姿勢を調え、両腕を前方へさし延べるときが挙動の一である。両手を後へ引いて飛込みの姿勢になるときが二で、跳(は)ね出す刹那(せつな)が三の、すべてで三挙動である。いま小初は黙(だま)って「一」の動作を初めたが、すぐ思い返して途中(とちゅう)からの「二」と号令をかけ跳び込みの姿勢を取った。
 それは、まったく翡翠(かわせみ)が杭(くい)の上から魚影を覗(うかが)う敏捷(びんしょう)でしかも瀟洒(しょうしゃ)な姿態である。そして、このとき今まで彫刻的(ちょうこくてき)に見えた小初の肉体から妖艶(ようえん)な雰囲気(ふんいき)が月暈(つきがさ)のようにほのめき出て、四囲の自然の風端の中に一箇(こ)不自然な人工的の生々しい魅惑(みわく)を掻(か)き開かせた。と見る間に「三!」と叫(さけ)んで小初は肉体を軽く浮び上らせ不思議な支えの力で空中の一箇所(かしょ)でたゆたい、そこで、見る見る姿勢を逆に落しつつ両脚(りょうあし)を梶(かじ)のように後へ折り曲げ両手を突き出して、胴(どう)はあくまでしなやかに反らせ、ほとんど音もなく水に体を鋤(す)き入れた。
 目を眩しそうにぱちつかせて、女教師の動作の全部を見届けた貝原は
「型が綺麗(きれい)だなあ」
 と思わず嘆声(たんせい)を挙げてやや晦冥(かいめい)になりかけて来た水上三尺の辺を喰(く)い付きそうな表情で見つめた。
 都会の中央へ戻(もど)りたい一心から夢(ゆめ)のような薫少年との初恋(はつこい)を軽蔑(けいべつ)し、五十男の世才力量に望(のぞみ)をかけて来た転機の小初は、翡翠型の飛込みの模範(もはん)を示す無意識の中にも、貝原に対して異性の罠(わな)を仕込んでいた。子供のうちから新舞踊(ぶよう)を習わせられ、レヴュウ・ガールとも近附(ちかづき)のある小初は、媚(こび)というねたねたしたものを近代的な軽快な魅力に飜訳(ほんやく)し、古典的な青海流の飛込みの型にそっと織り込ますことぐらい容易である。生ぬるい水中へぎゅーんと五体がただ一つの勢力となって突入(とつにゅう)し、全皮膚(ひふ)の全感覚が、重くて自由で、柔軟(じゅうなん)で、緻密な液体に愛撫(あいぶ)され始めると何もかも忘れ去って、小初は「海豚(いるか)の歓(よろこ)び」を歓び始める。小初の女学校時代からのたった一人の親友、女流文学者豊村女史にある時、小初は水中の世界の荒唐無稽(こうとうむけい)な歓びを、切れ切れの体験的な言葉で語った。すると友達はその感情に関係ある的確な文学的表現を紹介(しょうかい)した。

クッションというなら全部クッションだ。
羽根布団(はねぶとん)というなら全部羽根布団だ。
だが、水の中は、溶(と)けて自由な
もっといいもの――愛。
跳(は)ねて破れず、爪割(さ)いて
掻き※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)(むし)らりょうか――愛。
それで海豚(イルカ)は眼を細めている。
一生、陸に上らぬ。

 これは希臘(ギリシア)の擬古狂詩(ぎこきょうし)の断片をざっと飜訳したものだそうだ。それと同じような意味を父の敬蔵(けいぞう)は老荘(ろうそう)の思想から採って、「渾沌未分の境涯(きょうがい)」だといつも小初に説明していた。
 瞼(まぶた)に水の衝動(しょうどう)が少くなると小初は水中で眼を開いた。こどもの時分から一人娘を水泳の天才少女に仕立てるつもりの父親敬蔵は、かなり厳しい躾(しつ)け方をした。水を張った大桶(おおおけ)の底へ小石を沈(しず)めておいて、幼い小初に銜(くわ)え出さしたり、自分の背に小初を負うたまま隅田川の水の深瀬(ふかせ)に沈み、そこで小初を放して独りで浮き上らせたり、とにかく、水というものから恐怖(きょうふ)を取り去り、親しみを持たせるため家伝を倍加して小初を躾けた。
 水中は割合に明るかった。磨硝子色(すりガラスいろ)に厚みを保って陽気でも陰気でもなかった。性を脱いでしまった現実の世界だった。黎明(れいめい)といえば永遠な黎明、黄昏(たそがれ)といえば永遠に黄昏の世界だった。陸上の生活力を一度死に晒(さら)し、実際の影響力(えいきょうりょく)を鞣(なめ)してしまい、幻(まぼろし)に溶かしている世界だった。すべての色彩(しきさい)と形が水中へ入れば一律に化生せしめられるように人間のモラルもここでは揮発性と操持性とを失った。いわば善悪が融着(ゆうちゃく)してしまった世界である。ここでは旧套(きゅうとう)の良心過敏(かびん)性にかかっている都会娘の小初の意地も悲哀(ひあい)も執着(しゅうちゃく)も性を抜かれ、代って魚介(ぎょかい)鼈(すっぽん)が持つ素朴(そぼく)不逞(ふてい)の自由さが蘇(よみがえ)った。小初はしなやかな胴を水によじり巻きよじり巻き、飽(あ)くまで軟柔(なんじゅう)の感触(かんしょく)を楽んだ。
 小初は掘(ほ)り下げた櫓台下の竪穴から浅瀬の泥底(どろぞこ)へ水を掻き上げて行くと、岸の堀垣(ほりがき)の毀(こわ)れから崩(くず)れ落ちた土が不規則なスロープになって水底へ影(かげ)をひくのが朦朧(もうろう)と目に写って来た。
 この辺一体に藻(も)や蘆の古根が多く、密林の感じである。材木繋留(けいりゅう)の太い古杭が朽(く)ちてはうち代えられたものが五六本太古の石柱のように朦朧と見える。
 その柱の一本に掴(つかま)って青白い生(いき)ものが水を掻いている。薫だ。薫は小初よりずっと体は大きい。顎(あご)や頬(ほお)が涼(すず)しく削(そ)げ、整った美しい顔立ちである。小初はやにわに薫の頸(くび)と肩を捉(とら)えて、うす紫(むらさき)の唇に小粒(こつぶ)な白い歯をもって行く。薫は黙って吸わせたままに、足を上げ下げして、おとなしく泳いでいたが、小初ほど水中の息が続かないので、じきに苦悶(くもん)の色を見せはじめた。それからむやみに水を掻き裂(さ)きはじめた。とうとう絶体絶命の暴れ方をしだした。小初は物馴(ものな)れた水に溺(おぼ)れかけた人間の扱(あつか)い方で、相手に纏(まと)いつかれぬよう捌(さば)きながら、なお少しこの若い生ものの魅力の精をば吸い取った。

 借家を探しに行った父親の敬蔵が帰って来て雨上りの水泳場で父娘二人きりの夕飯が始まった。借家はもう半月もして水泳場が閉鎖(へいさ)すると同時にたちまち二人に必要になるのだが、価値の釣(つ)り合(あい)などで敬蔵はなかなか見つけかねた。場所はまだ下町の中央に未練があって、毎日、その方面へ探しに行くらしかった。帰って来たときの疎髯(そぜん)を貯えた父の立派な顔が都会の紅塵(こうじん)に摩擦(まさつ)された興奮と、疲(つか)れとで、異様に歪(ゆが)んで見えた。もしかすると、どこかで一杯(いっぱい)ひっかけた好きな洋酒の酔(よ)いがまだ血管の中に残っているのかも知れない。
 都会育ちの美食家の父娘は、夕飯の膳(ぜん)を一々伊勢丹(いせたん)とかその他洲崎(すざき)界隈の料理屋から取り寄せた。
 自転車で岡持(おかも)ちを運んで来る若者は遠路をぶつぶつ叱言(こごと)いったが、小初の美貌と、父親が宛(あ)てがう心づけとで、この頃(ごろ)はころころになって、何か新らしく仕込んだ洒落(しゃれ)の一つも披露(ひろう)しながら、片隅(かたすみ)の焜炉(こんろ)で火を焙(おこ)して、お椀(わん)の汁(しる)を適度に温め、すぐ箸(はし)が執(と)れるよう膳を並(なら)べて帰って行く。
「不味(まず)いものを食うくらいならいっそ、くたばった方がいい」
 これは、美味のないとき、膳の上の食品を罵倒(ばとう)する敬蔵の云(い)い草(ぐさ)だが、ひょっとすると、それが辛辣(しんらつ)な事実で父娘の身の上の現実ともなりかねない今日この頃では、敬蔵もうっかり自分の言葉癖(ことばぐせ)は出しにくかった。父娘は夜な夜な「最後の晩餐(ばんさん)」という敬虔(けいけん)な気持で言葉少なに美味に向った。
 いったいが言葉少なの父娘だった。わけて感情を口に出すのを敬蔵は絶対に避(さ)けた。そういうことは嫌味(いやみ)として旧東京の老人はついにそれに対する素直な表現欲を失っていた。感情の表現にはむしろ反語か、遠廻しの象徴(しょうちょう)の言葉を使った。
「隣(となり)近所にお化粧(けしょう)のアラを拾うやつもなくてさばさばしたろう」
 これが唯一(ゆいいつ)の、娘も共に零落(れいらく)させた父の詫(わ)びの表明でもあり、心やりの言葉でもあった。小初は父の気持ちを察しないではないが、「何ぼ何でもあんまり負け惜(お)しみ過ぎる」と悲しく疎(うと)まれた。
 今夜はまたとても高踏的(こうとうてき)な漢籍(かんせき)の列子の中にあるという淵(ふち)の話を持ち出して父は娘に対する感情をカモフラージュした。
「淵には九つの性質がある。静水をじっと湛(たた)えているのも淵だ。流れて来た水のしばらく淀(よど)むところも淵だ。底から湧(わ)いた水が豊かに溜(たま)り、そしてまた流れ出るところも淵だ。滴(した)たって落つる水を受け止めているのも淵だ――」
 父親は大体こんなふうに淵が水を受け入れる諸条件を九つの範疇(はんちゅう)にまとめて、
「これを九淵の説と云って、水はいろいろの変化で向うが、それを受け容れる淵はたった一つなのだ。この淵の無心な気持ちになっていれば世間がどう変りこっちにどう仕向けようと、余悠綽々(よゆうしゃくしゃく)なのだ。ここのところをわが青海流では、
死屍(しし)水かかずしてよく浮く
といって、平泳ぎのこころだ」
「それは、よくおとうさんがおっしゃる、あの渾沌未分の兄弟か何かなの」
 小初は食後の小楊枝(こようじ)を使いながら父親を弥次(やじ)った。自分が人を揶揄(やゆ)することを好んで人から揶揄されることを嫌(きら)うのは都会的諷刺家(ふうしか)の性分で、父親はそれが娘だとぐっと癪(しゃく)に触(さわ)った。しばらく黙っていたが、跳(は)ね返す警句を思いつく気力もなく、
「兄弟分でもなんでもない、全く一つのものだ」
 と低い声音に渾身の力を籠(こ)めて言った。これだけ真面目(まじめ)に敬蔵が娘に云うことはめったにない。窮(きゅう)してやむを得ずこれだけまともに言ったのだ。そのせいか、彼(かれ)はそのあと急に気まりの悪い衰(おとろ)えた顔つきをして、そっと汗を拭(ふ)いた。
 父親は電球の紐(ひも)を伸(のば)して、水泳場の下へ入って行った。そこでしばらくごそごそしている様子だった。
「いい具合に宵闇(よいやみ)だ。数珠子釣(じゅずこつ)りに行って来るかな」
 そういって、道具を乗せて田舟を漕ぎ出して行った。父のその様子を、小初は気の毒な儚(はかな)い気持ちで見送ったが、結局何か忌々(いまいま)しい気持になった。そして一人留守番(るすばん)のときの用心に、いつものように入口に鍵(かぎ)をかけ、電燈(でんとう)を消して、蚊帳(かや)の中に這入(はい)り、万一忍(しの)び込(こ)むものがあるときの脅(おど)しに使う薄荷(はっか)入りの水ピストルを枕元(まくらもと)へ置いた。小初は横になり体を楽にするとピストルの薄荷がこんこん匂(にお)った。こんこん匂う薄荷が眼鼻に沁(し)み渡(わた)ると小初は静かにもう泣いていた。思えば都会偏愛(へんあい)のあわれな父娘だ。それがため、父はいらだたしさにさもしく老衰(ろうすい)して行き、自分は初恋から卑(いや)しく五十男に転換(てんかん)して行く……。くらやみの中で自分の功利心がぴっかり眼を見開いているのに小初の一方の心では昼間水中で味(あじわ)った薫の若い肉体との感触を憶(おも)い出している……。
 少したつと小初はまた起き上った。父の様子を見ようと裏口の窓を開けた。雨上りの夜の天地は濃(こ)い墨色(すみいろ)の中にたっぷり水気を溶(とか)して、艶(つや)っぽい涼味(りょうみ)が潤沢(じゅんたく)だった。下(さ)げ汐(しお)になった前屈(まえかが)みの櫓台の周囲にときどき右往左往する若鰡(わかいな)の背が星明りに閃(ひらめ)く。父はあまり遠くない蘆の中で、カンテラを燃して数珠子釣りをやっている。洲の中の環虫類(かんちゅうるい)を糸にたくさん貫(つらぬ)いて、数珠輪のようにして水に垂らす。蘆の根方に住んでいる小鰻(うなぎ)がそれに取りつく、環(わ)をそっと引き上げて、未練に喰い下って来る小鰻を水面近くまでおびき寄せ、わきから手網(てあみ)で、さっと掬(すく)い上げる。環虫類も何だか虫の中では醜(みにく)い衰亡者(すいぼうしゃ)のように思えるし、鰻だとて、やはり時代文化に取り残されたような魚ではないか。衰亡の人間が衰亡の虫を囮(おとり)につかって衰亡の魚を捉(とら)えて娯(たの)しみにする。その灯明り――何と憐(あわ)れ深い情景であろう。むかし父親にとってこの方法の鰻取りは単なる娯しみに過ぎなかったが、今は必死の副業である。
「ゆうべ、少し漁(と)れ過ぎてね。始末に困るんだよ」
 こんな鷹揚(おうよう)なものの云い方をしながら父親は獲物(えもの)を鰻仲買(なかがい)に渡した。憐れな父子と思いながら小初はいつか今夜の父の漁れ高を胸に計算していた自分が悲しかった。
 西空は一面に都会の夜街の華々(はなばな)しいものが踊(おど)りつ、打ち合いつ、砕(くだ)けつする光の反射面のようである。特に歓楽の激しい地域を指示するように所々に群(むらが)るネオンサインが光のなかへ更に強い光の輪郭(りんかく)を重ねている。さらにこの夜空のところどころにときどき大地の底から発せられるような奇矯(ききょう)な質を帯びた閃光(せんこう)がひらめいて、琴(こと)のかえ手のように幽毅(ゆうき)に、世の果ての審判(しんぱん)のように深刻に、夜景全局を刹那に地獄相(じごくそう)に変貌(へんぼう)せしめまた刹那にもとの歓楽相に戻(もど)す。それは何でもない。間近い城東電車のポールが電力線にスパークする光なのだが、小初は眺(なが)めているうちに――そうさ、自分に関係のない歓楽ならさっさと一閃(ひらめ)きに滅(ほろ)びてしまうがいい、と思った。そのときどこからともなく、ハイヤーの滑(すべ)って来る轟(とどろき)がして、表通りで停(と)まったらしい。
 がっしりした男の足音が、水泳場の方へ昇(のぼ)って来た。
「どなた」
 貝原が薄暗のなかでちょっとはにかんだような恰好(かっこう)で立ち止った。
「私ですよ。少し遅(おそ)くなりましたが、街へ踊りに出かけましょう。出ていらっしゃいませんか」
「なぜ、裏梯子(うらばしご)から上っていらっしゃらないの」
「薄荷水をピストルで眼の中へ弾(はじ)き込まれちゃかないませんからなあ」
 小初は電球を捻(ひね)って外出の支度をした。箪笥(たんす)から着物を出して、荒削(あらけず)りの槙柱(まきばしら)に縄(なわ)で括(くく)りつけたロココ式の半姿見へ小初は向った。今は失くした日本橋の旧居で使っていた道具のなかからわずかに残しておいたこの手のこんだ彫刻縁(ぶち)の姿見で化粧をするのは、小初には寂しい。小初はまた貝原に待たれているという意識から薫のことがしとしとと身に沁みて来た。だがそれはほんの肉体的のものである。少くともいまはそう思い直さねばならない。くず折れてはならない。すべては水の中の気持で生きなければならない。向って来るものはみんな喰べて、滋養(じよう)にして、私は逞ましい魚にならなければならない。小初はぐっと横着な気持になって、化粧の出来上った顔に電球を持ち添えて
「これでは、どう」と窓の葦簾(よしず)張りから覗(のぞ)いている貝原に見せた。
「結構ですなあ。さあ出かけましょう。老先生には許可を得てますよ」
 小初は電燈を消して、洲の中の父の灯をちょっと見返ってから、貝原と水泳場を脱け出した。

 貝原は夏中七八遍(ぺん)も小初を踊りに連れ出したことがあるので、ちょっとした小初の好きな喰べものぐらい心得ていた。浅夜に瀟洒な鉄線を組み立てている清洲橋を渡って、人形町の可愛(かわい)らしい灯の中で青苦い香気(こうき)のある冷し白玉を喰べ、東京でも東寄りの下町の小さい踊り場を一つ二つ廻って、貝原はあっさり小初の相手をして踊る。
 この界隈の踊り場には、地つきの商店の子弟が前垂(まえだれ)を外して踊りに来る。すこし馴染(なじみ)になった顔にたまたま小初は相手をしてやると、
「へえ、へえ、済みません」
 お客にするように封建的(ほうけんてき)な揉(も)み手(て)をして礼をいう。小初はそれをいじらしく思って木屑臭(きくずくさ)い汗の匂(におい)を我慢(がまん)して踊ってやる。
 ときどき銀座界隈へまで出掛(でか)けることもある。そうすると今度はニュー・グランドとか風月堂とかモナミとか、格のある店へ入る。そこのロッジ寄りに席を取って、サッパーにしては重苦しい、豪華(ごうか)な肉食をこの娘はうんうん摂(と)る。貝原は不思議がりもせず、小初をこういう性質もある娘だと鵜呑(うの)みにして、どっちにも連れて行く。
 月が、日本橋通りの高層建築の上へかかる時分、貝原は今夜は珍(めず)らしく新川河岸(かし)の堀に臨む料理屋へ小初を連れ込んだ。
「待合(まちあい)?」
 小初は堅気(かたぎ)な料理屋と知っていて、わざと呆(とぼ)けて貝原に訊(き)いた。貝原は何の衝動(しょうどう)も見せず
「そんなところへ、若い女の先生を連れて来はしません」と云った。
「でも、いま時分、こんなに遅く、いいのかしらん」
「なに、ちっとばかり、資金を廻してある家なので、自由が利くんです」
 涼しい食物の皿(さら)が五つ六つ並んで、腹の減った小初が遠慮(えんりょ)なく箸を上げていると、貝原はビールの小壜(こびん)を大事そうに飲んでいる。ぽつぽつ父親の噂(うわさ)を始めた。
「どうも、うちの老先生のようじゃ、とても身上(しんしょう)の持ち直しは覚束(おぼつか)ないですねえ。事業というものは片っぽうで先走った思い付きを引締(ひきし)めて、片っぽうはひとところへ噛(かじ)り付きたがる不精(ぶしよう)な考えを時勢に遅れないように掻き立てて行く。ここのところがちょっとしたこつです。ところが、老先生にはこの両方の極端のところだけあって、中辺のじっくりした考えが生れ付き抜けていなさる。これじゃ網のまん中に穴があるようなもので、利というものは素通りでさ」貝原は、父親には、反感を持っていないようなものの、何の興味もないらしい口調だった。
「あたし、何にも知らないけれど、あんた、この頃でもうちの父に、何かお金のことで面倒(めんどう)を見ているの」
「いや、金はもう、老先生には鐚一文(びたいちもん)出しません。失くなすのは判っているんだから。それに老先生だって、一度あたしが保証の印を捺(お)して、いまでもどんなに迷惑(めいわく)しているか、まさか忘れもしなさらないと見え、その後何にもいい出しなさりはしませんがね」
 貝原は宮大工上りの太い手首の汗をカフスに滲(にじ)ませまいとして、ぐっと腕捲(うでまく)りして、煽風器(せんぷうき)に当てながら、ぽつりぽつり、まだ、通しものの豆を噛(か)んでいる。
 小初は一しきり料理を喰べ終ると、いかにも東京の料理屋らしい洗煉(せんれん)された夏座敷をじろじろ見廻しながら、
「あなた、道楽なさったの」と何の聯想(れんそう)からかいきなり貝原に訊いた。
「若いときはしました。しかし、今の家内を貰(もら)ってから、福沢宗(ふくざわしゅう)になりましてね、堅蔵(かたぞう)ですよ」
「お金をたくさん持って面白い」
「何とか有効に使わなくちゃならないと考えて来るようになっちゃ、もう面白くありませんな」
「そう」
 小初は、もう料理のコースの終りのメロンも喰べ終って、皮にたまった薄青い汁を小匙(こさじ)の先で掬(すく)っていた。
 ふっとした拍子(ひょうし)に貝原と小初は探り会う眼を合せた。
「今夜、何か話があるの」
 小初の義務的な質問が、小初の顔立ちを引締まらせた。小初がずっと端麗(たんれい)に見える。その威厳(いげん)がかえって貝原を真向きにさせた。貝原は悪びれず、
「相当な年配の男のいうことですから、あなたも本気で聴(き)いて下さい。これは家内とも相談しての上ですから――まあ、私だちちっぽけなりにも身上も出来てみれば、出来のいい品のある子供が欲しいです。うちに一人ありますが、ひと口に云うとから駄目(だめ)なのです。人を扱いつけてる職業ですから私にはすぐ判ります。血筋というものは争われません。何代か前からきっと立派な血が流れて来ていて、それが子孫に現われて来るんですね」
「これは家内とも相談ですが」と貝原は再び儀式的の掛け合いのように念を押して、
「小初先生。世の中には、相当な知識階級の女でも、何か資金の都合のため、人の世話になるという手があります。先生をおもちゃにする気は毛頭ありません。あなたの持っている血筋をここに新らしく立てる私の家の系図へちっとばかり注ぎ入れて頂きたいのです」
 貝原の平顔は両顎がやや張って来て、利を掴(つか)むときのような狡猾(こうかつ)な相を現わして来た。がそれもじきにまた曖昧(あいまい)になり、やがて単純な弱気な表情になって、ぎごちなく他所見(よそみ)をした。
 小初は貝原の様子などには頓着(とんじゃく)せず、貝原の言葉について考え入った。――自分の媚を望むなら、それを与(あた)えもしよう。肉体を望むなら、それを与えもしよう。魂があると仮定して、それを望むなら与えもしよう。自分がこの都会の中心に復帰出来るための手段なら、総(すべ)てを犠牲(ぎせい)に投げ出しもしよう。だがこの宮大工上りの五十男の滑稽(こっけい)な申込みようはどうだ。
「貝原さん、子供が欲しいなんて云わずに真直ぐに私が欲しいと云ったらどうですの」
「ああ。そうですか。でもあんまり失礼だと思いまして」
 貝原がようやくまともに向けた顔を真直ぐに見て、さびしい声で小初は云った。
「それで子供を生んでもらうためなんてしらじらしい、ありきたりの嘘(うそ)を云ったのですか。失礼とか恥かしいとか云っている世の中じゃないと思うわ。そんなことに捉われていたから、東京人は田舎者にずんずん追いこくられてしまったのよ。私たち必死で都会を取り返さなけりゃならないのよ」小初はきつい眼をしながら云い続けた。「それには私達、どんな取引きだってするというのよ」
 小初のきつい眼から涙(なみだ)が二三滴(てき)落ちた。貝原は身の置場所もなく恐縮(きょうしゅく)した。小初は涙を拭いた。そして今度はすこし優しい声音で云った。
「でも貝原さん、何もかも遠泳会過ぎにして下さい、ね。私、あなたのいい方だってことはよく知ってるのよ」

 二三日晴天が続いた。川上はだいぶ降ったと見えて、放水路の川面(かわも)は赭土色(あかつちいろ)を増してふくれ上った。中川放水路の堤の塔門型の水門はきりっと閉った。水泳場のある材木堀も界隈の蘆洲の根方もたっぷりと水嵩(みずかさ)を増した。
 普通(ふつう)の顔をして貝原は毎日水泳場へ手伝いに来た。自分の持ちものの材木の流出を防いだり櫓台の錨(いかり)に石を結びつけたりした。そして見ないような振(ふ)りをして、やっぱり小初の挙動に気をつけていた。
 小初は四日目に来た薫を、ちょっと周囲から遠ざかった蘆洲の中の塚山(つかやま)へ連れて行った。二人は甲羅干(こうらぼし)の風をしながら水着のまま並んで砂の上に寝(ね)そべった。小初は薫を詰(なじ)るように云った。
「あんた、何でもあたしの方から仕向けなければ……狡(ずる)いのか、意気地(いくじ)なしなのか、どっちなのよ」
 小初の言葉のしんにはきりきり真面目さが透(とお)っていながら手つきはいくらかふざけたように、薫の背筋の溝(みぞ)に砂をさあっと入れる。
「よしよ。僕(ぼく)、今日苦しんでるんだ」
 薫は肘(ひじ)で払い除(の)けるが、小初は関(かま)わず背筋へ入れた砂をぽんぽんと平手で叩(たた)き均(な)らして、
「ちっとも苦しんでるように見えないわ」
「この間、水の中で君に…………、こんなに腫(は)れた」
 薫は黒くなっている唇の角をそうっと大事に差し出して見せる。
「あら、それで怒(おこ)ってるの」
「違う――君はとても強い。なまじっかなこと云い出せないもの」
 じりじりと照りつける陽の光と腹匍(はらば)いになった塚の熱砂の熱さとが、小初の肉体を上下から挟(はさ)んで、いおうようない苦痛の甘美(かんび)に、小初を陥(おとしい)れる。小初は、「がったん、すっとこ、がったん、すっとこ」そういいながら、あらためて前に組み合せた両肘の上に下膨(しもぶく)れの顔を載(の)せて眠(ねむ)りそうな様子をする。
「なに、云ってるの」
「機械のベルトの音」
 ちょうど、水泳場と塚山と三角になる地点に貝原の持ちの製板場があって、機械の止まっているのが覗かれる。
「きゅう、きれきれきれきれきれ。これは機械鋸(のこ)が木を挽(ひ)く音」
「ふざけるの、よしよ。真面目な相談だよ。僕は知ってる」
「知ってる? 何を」
「どうせ貝原に買われて行くんでしょう」
「誰(だれ)が、どこへ」
「知ってる。みんな」
「そんなこと、誰が云った」
「誰も云わない。だけど、僕、その位なこと、わかる男だ」
 薫は女のような艶(なま)めかしい両腕で涙を拭いた。小初は砂金のように濃(こま)かく汗の玉の吹き出た薫の上半身へ頭を靠(もた)れ薫の手をとった。不憫(ふびん)で、そして、いま「男だ」と云ったばかりの薫の声が遠い昔(むかし)から自分に授(さずか)っていた決定的な男性の声のような頼母(たのも)しさを感じて嬉(うれ)し泣きに泣けて来た。
「許す?」
「許すも許さないもありゃあしない」
「薫さん、ついてお出(い)でよ。東京の真中で大びらに恋をしよう、ね」
 小初の涙が薫の手の甲(こう)を伝って指の間から熱砂のなかに沁み入った。薫はそれを涼しいもののように眼を細めて恍惚(こうこつ)と眺め入っていたが、突然(とつぜん)野太い男のバスの声になって
「そりゃ、貝原さんはいい人さ、小初先生と僕のことだって大目に見ての上で世話する気かも知れませんさ。だけど、僕あ嫌いです。いくら、僕、中学出たての小僧(こぞう)だって、僕あそんな意気地無しにあ、なれません」
「じゃあ、どうすればいいの」
「どうも出来ません。僕あ、どうせ来月から貧乏(びんぼう)な老朽親爺(ろうきゅうおやじ)に代って場末のエナ会社の書記にならなけりゃならないし、小初先生は東京の真中で贅沢(ぜいたく)に暮(く)らさなけりゃならない人なんだもの」
 ダンスの帰りの料理屋でのいきさつ――小初を世話する約束(やくそく)のほぼ出来上ったことを貝原は友達である薫の父親にゆうべ打ち明けに行ったことを薫はとうとう小初にはなした。
 薫の弱い消極的な諦(あきら)めが、むしろ悲壮(ひそう)に炎天下(えんてんか)で薫の顔を蒼(あお)く白ました。
「何も、決定的な事じゃあるまいし……」と小初は云ったが語尾は他人のように声が遠のいて行った。小初は今日まで、貝原との約束をどう薫に打ち明けようか、思いなやんでいたのである。それに自分だとてまだ貝原との約束を全然決定し切れない心に苦しめられていたのであるけれど、薫の方から、云い出されてかえって小初の心はしんと静まり返ってゆくのだった。そしてだんだん虚脱(きょだつ)に似た無批判になってゆく心境のなかにいつか涼しい一脈の境界が透(とお)って来た。父に聞いた九淵のはなし、友が訳した希臘(ギリシヤ)の狂詩――水中に潜む渾沌未分の世界……「どうでもいいわ」……小初はすべてをぶん流したあとの涼やかさを想像した。小初の泣き顔の涙も乾いて遠くの葦の葉ずれが、ひそひそと耳にささやくように聞える。小初はまたしても眠くなった。
 薫は腹這(はらば)いから立ち上った。腰だけの水泳着の浅いひだから綺麗な砂をほろほろ零(こぼ)しながらいい体格の少年の姿で歩き出した。小初はしばらくそれを白日の不思議のように見上げていた。小初は急に突きのめされるような悲哀(ひあい)に襲(おそ)われた。自分の肉体のたった一つの謬着物(こうちゃくぶつ)をもぎ取られて、永遠に帰らぬ世界へ持ち去られるような気持ちに、小初は襲われた。
 小初もあわてて立ち上った。小初は薫の後を追って薫の腕へぎりぎりと自分の腕を捲きつけた。
「薫さん、だけど薫さん、遠泳会にはきっと来てね。精いっぱい泳ぎっこね。それでお訣(わか)れならお訣れとしようよ」
「うん」
「きっとよ、ね、きっと」
「うん、うん」
 そして、薫が萎(しお)れてのろのろと遠ざかって行くのが今さら身も世もなく、小初には悲しくなった。
 小初は元の砂地に坐(すわ)って薫の後姿を見送った。風のないしんとした蘆洲のなかへ薫の姿は見えなくなって行った。
 小初は眠れなかった。急に重くなって来た気圧で、息苦しく、むし暑く、寝返りばかりうっていたせいでもあるが、とてもじっとしていられない悲しい精力が眠気を内部からしきりに小突き覚ました。傍で寝ている酒気を帯びた父の鼾(いびき)が喉(のど)にからまって苦しそうだ。父は中年で一たん治まった喘息(ぜんそく)が、またこの頃きざして来た。昨今(さっこん)の気候の変調が今夜は特別苦しそうだ。明日の遠泳会にも出られそうでない……。だが小初にはそんなことはどうでも、遠泳会の後に控(ひか)えている貝原との問題を、どう父に打ち明けたものかしらと気づかわれる。薫との辛(つら)い気持も尾(お)をひいているのに、父を見れば父を見るで、また父の気持ちを兼ねなければならない……小初は心づかれが一身に担い切れない思いがする。父は娘を神秘な童女に思い做(な)して、自家偶像崇拝慾(ぐうぞうすうはいよく)を満足せしめたい旧家の家長本能を、貝原との問題に対してどう処置するであろうか。自分の娘は超人的(ちょうじんてき)な水泳の天才である。この誇(ほこ)りが父の畢世(ひっせい)の理想でもあり、唯一(ゆいいつ)の事業でもあった。そのため、父は母の歿後(ぼつご)、後妻も貰(もら)わないで不自由を忍(しの)んで来たのであったが、蔭(かげ)では田舎者と罵倒(ばとう)している貝原から妾(めかけ)に要求され、薫と男女関係まであることを知ったなら父の最後の誇りも希望も※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)(むし)り落されてしまうのである。
 うっかり打ちあけられるものではない……。だが都会人の気の弱いものが、一たん飜(ひるがえ)ると思い切った偽悪者(ぎあくしゃ)になることも、小初はよく下町で見受けている例である。貝原もそれを見越(みこ)して父に安心しているのではないか。案外もろく父もそこに陥(お)ちいらぬとも限らない。陥ちいってくれることを自分は父に望むのか。それを望むよりほか二人の生きて行く道はないのか……。
 船虫が蚊帳の外の床(ゆか)でざわざわ騒(さわ)ぐ。野鼠(のねずみ)でも柱を伝って匍い上って来たのだろうか。小初は団扇(うちわ)で二つ三つ床を叩(たた)いて追う。その音に寝呆(ねぼ)けて呼びもしない父が、「え?」と返事をして寝返りをうつ、うつろな声。――あわれな父とそしてあわれな娘。
 小初は父の脱いだ薄い蒲団をそっと胸元へ掛け直してやった。
 小初は闇(やみ)のなかでぱっちり眼を開けているうちに、いつか自分の体を両手で撫(な)でていた。そして嗜好(しこう)に偏(かたよ)る自身の肉体について考え始めた。小初は子供のうち甘いものを嫌って塩せんべいしか偏愛(へんあい)して喰べようとしなかった自分を思い出した。自分は肉体も一種を限ってのほか接触には堪(た)えかねる素質を持っているのではないかと考えられて来た。自分は薫をさまで心で愛しているとは思わない。それだのになぜこうまで薫の肉体に訣れることが悲しいのか、単純な何の取柄(とりえ)もない薫より、世の中をずっと苦労して来た貝原にむしろ性格の頼(たの)み甲斐(がい)を感じるのに、肉体ばかりはかえって強く離反(りはん)して行こうとするのが、今日このごろはなおさらまざまざ判って来た。
 自分の肉体がむしろ憎(にく)い――一方の生活慾を満足させようとあせりながら、その方法(貝原に買われること)に離反する。矛盾(むじゅん)と我儘(わがまま)に自分を悩(なや)め抜く自分の肉体が今は小初に憎くなった。――こんな体……こんな私……いっそなくなってしまえばいい……。小初は子供のように野蛮(やばん)に自分の体の一ヶ処を捻(ひね)ってみた。痛いのか情けないのか、何か恨(うら)みに似たような涙がするすると流れ出た。また捻った……また捻った……すると思考がだんだん脱落していって頭が闇の底の方へ楽々と沈んで行った。
 小初は朝早く眼が覚めた。空は黄色く濁(にご)って、気圧は昨夜よりまだ重かった。寝巻一重(ひとえ)の肌(はだ)はうすら冷たい。
「秋が早く来過ぎたかしらん」
 小初は独りごちながら窓から外を覗いてみた。
 靄(もや)だ。
 よく見ていると靄は水上からだんだん灰白色の厚味を増して来る。近くの蘆洲は重たい露(つゆ)でしどろもどろに倒れている。
 今日は青海流水泳場の遠泳会の日なのである。
 小初は気が重かった。体もどこか疲れていた。けれども、父親の老先生が朝食後ひどく眩暈(めまい)を催(もよお)して水にはいれぬことになってしまったので、小初先生が先導と決った。
 十時頃から靄は雨靄と変ってしまった。けだるい雨がぽつりぽつり降って来た。
 小初は気のない顔をして少しずつ集って来る生徒達に応待していたが、助手格の貝原が平気な顔で見張船の用意に出かけたりする働き振りに妙(みょう)な抵抗(ていこう)するような気持が出て、不自然なほど快活になった。
「みなさん。大丈夫よ。いまじき晴れて来ますわよ」
 小初が赤い小旗を振って先に歩き出すと、雨で集りの悪い生徒達の団体がいつもの大勢の時より、もっと陽気に噪(はしゃ)ぎ出した。
 薫も途中から来て交った。濡(ぬ)れた道を遠泳会の一行は葛西川(かさいがわ)の袂(たもと)まで歩いた。そこから放水路の水へ滑(すべ)り込(こ)んで、舟に護(まも)られながら海へ下って行くのだ。
 小初が先頭に水に入った。男生、女生が二列になってあとに続いた。列には泳ぎ達者が一人ずつ目印の小旗を持って先頭に泳いだ。
 水の濁りはだいぶとれたが、まだ草の葉や材木の片が泡(あわ)に混って流れている。大潮の日を選んであるので、流れは人数のわずかな遠泳隊をついつい引き潮の勢いに乗せて海へ曳(ひ)いて行く。
 靄に透けてわずかに見える両岸が唯一の頼みだった。小初のすぐあとに貝原が目印の小旗を持って泳いで来る。薫はときどき小初の側面へ泳ぎ出る。黙って泳いでいる。生徒達は今日の遠泳会を一度も船へ上って休まず、コースを首尾好(しゅびよ)く泳ぎ終(おお)せれば一級ずつ昇級するのである。彼等(ら)は勇んで「ホイヨー」「ホイヨー」と、掛声を挙げながら、ついて来る。
 行く手に浮寝(うきね)していた白い鳥の群が羽ばたいて立った。勇み立って列の中で抜手(ぬきて)を切る生徒があると貝原が大声で怒鳴(どな)った。
「くたびれるから抜手を切っちゃいかん」
 河口西側の蘆洲をかすめて靄の隙(すき)から市の汚水(おすい)処分場が見え出した。
 ここまで来ると潮はかなり引いていて、背の高い子供は、足を延ばすと、爪先(つまさき)がちょいちょい底の砂に触れた。
 小初は振り返って云った。
「さあ、ここからみんな抜き手よ」
 やがて一行は扇(おうぎ)形に開く河口から漠々(ばくばく)とした水と空間の中へ泳ぎ入った。小初はだんだん泳ぎ抜き、離れて、たった一人進んでいるのか退いているのか、ただ無限の中に手足を動かしている気がし出した。小初が無闇に泳ぎ抜くのは、小初が興奮しているからである。初め小初は時々自分の側面に出て来る薫の肉体に胸が躍(おど)った。が、その感じが貝原の小初を呼び立てる高声に交り合ううち、両方から同時に受ける感じがだんだんいまわしくなって来た。反感のような興奮がだんだん小初の心身を疲らせて来ると薫の肉体を見るのも生々しい負担になった。貝原の高声もうるさくなった。小初は無闇やたらに泳ぎ出した。生徒達の一行にさえ頓着なしに泳ぎだした。するうち小初に不思議な性根(しょうね)が据(すわ)って来た。
 こせこせしたものは一切抛(な)げ捨ててしまえ、生れたてのほやほやの人間になってしまえ。向うものが運命なら運命のぎりぎりの根元のところへ、向うものが事情なら、これ以上割り切れない種子のところに詰め寄って、掛値(かけね)なしの一騎打(いっきうち)の勝負をしよう。この勝負を試すには、決して目的を立ててはいけない。決して打算をしてはいけない。自分の一切を賽(さい)にして、投げてみるだけだ。そこから本当に再び立ち上がれる大丈夫な命が見付かって来よう。今、なんにも惜(おし)むな。今、自分の持ち合せ全部をみんな抛げ捨てろ――一切合財を抛げ捨てろ――。

 渾沌未分…………
 渾沌未分…………
 小初がひたすら進み入ろうとするその世界は、果てしも知らぬ白濁(はくだく)の波の彼方(かなた)の渾沌未分の世界である。
「泳ぎつく処(ところ)まで……どこまでも……どこまでも……誰も決してついて来るな」
 と口に出しては云わなかったが、小初は高まる波間に首を上げて、背後の波間に二人の男のついて来るのを認めた。薫は黙って抜き手を切るばかり、貝原は懸命(けんめい)な抜き手の間から怒鳴り立てた。
「ばか……どこまで行くんだ……ばか、きちがい……小初……先生……小初先生……ばか……ばか……」
 風の加った雨脚(あまあし)の激しい海の真只中(まっただなか)だ。もはや、小初の背後の波間には追って来る一人の男の姿も見えない。灰色の恍惚からあふれ出る涙をぼろぼろこぼしながら、小初はどこまでもどこまでも白濁無限の波に向って抜き手を切って行くのであった。
(昭和十一年九月)
了

底本:「ちくま日本文学全集 岡本かの子」筑摩書房
   1992(平成4)年2月20日第1刷発行
   1998(平成10)年3月15日第2刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集」冬樹社
   1974(昭和49)年〜1978(昭和53)年
初出:「文芸」
   1936(昭和11)年9月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:土屋隆
校正:門田裕志、小林繁雄
2007年8月29日作成
青空文庫作成ファイル:
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